曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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盛り上がりに欠けてごめんなさい……。


第4レース 自分だけの目的

 その日、メジロマックイーンはついてない事だらけだった。

 かけていた筈の目覚ましは沈黙し、数学の小テストではケアレスミスで満点を逃し、あげくの果てに目下のライバルであるトウカイテイオーとのトレーニング中の2000mレース走で惨敗。いつもなら煽ってくるテイオーも思わず「マックイーン、大丈夫?」なんて真顔で問われる始末だった。マックイーンはかなり落ち込んだ。

 

(無様ですわマックイーン。こんなの貴方らしくありません……)

 

 トレーナーにも今日は早めに上がれと言われて、反抗する気概も起きずにぼとぼと耳も尻尾もしょげさせながら学園を後にしようとする彼女。

 こういうツイてない日には行きつけのカフェでスイーツを頬張ってしまおうか。いやでも……などと葛藤していたマックイーンだったが――ふと、彼女の足が止まった。

 

「……え?」

 

 視線の先、学園に林立するケヤキの木の近く。

 そこにはどこか見覚えのある動きをする、違和感しかない人物がいた。

 

「――手を伸ばせばっ、と……掴めるっ、Glory……!」

 

 用務員である。

 浅緑色の帽子と全身ツナギを身に包んだその精悍(せいかん)で強面な人物が、するべき職務を放棄して踊っていたのだ。

 誰が見ても『お粗末』の一言で一蹴出来るその振り付けは、断片的に(つぶや)いている歌詞から『Make Debut!』*1であるのは間違いなさそうで、彼女はなぜ目の前でこんな光景が広がっているのが理解出来なかった。

 

「勝利の女神も……夢中にっ……させるよっ!」

 

 全身を躍動(やくどう)させて明後日の方向を交互に指差す用務員。

 その指差す遠く先には、屋外の空きスペースに集まったウマ娘達が同じような振り付けをしているのが見えた。まず間違いなく動きを真似ているのだろう。

 

 マックイーンはどうするべきなのか大いに迷った。

 『仕事はどうしたのです?』と声をかけるべきか、熱心なファンならばこそ静かにスルーするべきか。いやここは本人の熱意を鑑みると放置すべきなのだろうそうしよう、と(きびす)を返そうとしたところで、肝心の本人と目があってしまった。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に流れていた時間が止まる。

 用務員は両手を大きく広げた状態で固まっていたが、しばらくして音もなくその手を下げ、木陰に立て掛けていた(ほうき)を取って何事もなかったかのように掃除をし始めたではないか。

 動けなくなっていたマックイーンはその様子に耐えきれずに吹き出した。

 

「くっ! いやっ、その……ふふっ! すみませんですのっ、笑っちゃっ……ふふっ、あははははっ!」

「……」

 

 恐らくは一回りも違う年上が頬を染めて恥ずかしがるという反応もまた面白く、マックイーンはひとしきり笑い続けてしまうのだった。

 

「~~~はーっ、ふ。ふふっ……ほ、本当に申し訳ありませんわ。いきなり笑ってしまって」

「いや、笑われるような事をしていたのは事実だ。見苦しい物を見せてしまってすまない」

「そちらが謝る事ではありませんわ。お陰様でちょっと気分が晴れました」

「?」

 

 いきなり笑ってくる相手にも真摯(しんし)な対応をしてくれた用務員に、マックイーンはどこか親しみを覚えていた。本来なら考えもしない事だが、今日は時間もある事だ。笑ってしまった手前、なんとなく目の前の人物と話したくなった。

 

「その振り付け……『Make Debut!』ですわね。私もかなり苦戦してた口でしたわ。簡単な(はず)の振付けも歌と合わせると、まあ難しい事難しい事。ひたすら練習の日々でした」

「そうか」

「えぇ。お恥ずかしい話、ようやくモノになったのはメイクデビューの2日前ぐらいでしたのよ」

「……」

「改めて、先ほどは笑ってしまって本当に申し訳ありませんでしたわ。別に踊ってたのがおかしい訳ではなくて、無かった事にしようとする仕草がなんだか可愛らしくて笑ってしまったのです」

「おかしくはないのか? だって私は――」

()()()()()()()()()()()()()。一生懸命に練習する人を笑う権利など、誰にも持ちえませんから」

 

 マックイーンはメジロ家の生まれであることを誇りに思っているが、鼻にかけた事など一度もなかった。

 家柄や才能にあぐらをかかず、どんなに高い壁や目標も努力することで1つ1つ乗り越えてきた彼女である。努力を笑う事など不可能であった。

 

「やってみたいから踊る、いいと思いますわ。どんな事であれ真剣に取り組むのは素敵な事ですもの」

「……ありがとう」

 

 目の前の人物の反応に、満足そうに鼻の下を人差し指でさするマックイーン。この時点でマックイーンは用務員を熱心なファンの一人だと考えていたが、それも無理もない話だろう。

 トゥインクルシリーズ*2を走る娘は世界中で一番熱い視線を受ける存在でもある。推しウマ娘を思うがあまりグッズを買い占めたり、歌詞もダンスも完コピするような人も少なくないからだ。

 

 そして二人の会話はそれだけで終わらなかった。

 視線を合わせてくれない無口な用務員相手に、珍しくも乗り気なマックイーンが一方的に話しかけていたためだ。

 

 もうお仕事は終わりましたの? まだ終わっていない。

 清掃は一人でやってますの? 清掃員は他にも10人はいる。

 このお仕事はもう長くて? まだ1年たらずだ。

 箒、触ってみてもいいですの? ……好きにしていい。

 

 初めて箒で掃除しましたわ!初めて箒で掃除しましたわ!と口には出さずとも顔と体でテンションを表すマックイーン。そんな彼女に会話のボールが飛んできたのは、二人が出会って10分経つ頃だった。

 

「君達は凄いな」

「え?」

「限られた年数の中で全長数kmのコースを全速力でかける。ダンスもする。体力も、そして気力も段違いだ。本当に尊敬する」

「あら……えっと、ありがとうございますわ?」

「そして(あこが)れる。私もそんな事が出来るようになりたい」

「……そ、そうなんですわね。まあもとよりこの学園に通うウマ娘達は選ばれし者達。レースでも一番、ライブでも一番を目指して日々努力するのは苦でもなんでもありませんわ」

「あぁ。毎日こうして観察しているからこそ分かる。練習量もそうだが、掛ける情熱も段違いだ。誰しもが一番になれることを目指して走っているな」

「……」 

「? どうした?」

「い、いえ。何でも……」

 

 他意はないのだろうけれども、言葉の節々が怪しく感じて仕方がない。

 実はファンをこじらせすぎてウマ娘になりたいと倒錯(とうさく)した人物なのだろうか、ポリスメン案件なのかと、マックイーンは不安になった。

 

「君達からは見習う事が多い。走り方も、息の吐き方も、練習方法も、ダンスも。何もかもだ。出来る事なら私も一緒に――」

「え……えーっと」

「……すまない。つい熱くなってしまった」

「いえ、いいんですの……それだけウマ娘に興味を持ってくれたのなら、光栄ですわ」

 

 ただ仕事をサボってウマ娘ウォッチングに勤しむのはどうかと思ったが、それは言わないようにしておいたマックイーンだった。

 

「ただ分からない事もある……なあ、君達はどうして踊るんだ?」

「?」

「ウマ娘の本分は走る事だ。誰よりも速い事を証明する、それだけでいい筈。だが君たちはその上で踊る。それは何故だ?」

 

 ウイニングライブ*3――それはウマ娘だけが挑める一大舞台。互いの速さを競い合った彼女らはその舞台上で自らの勝利を誇示する。

 参加者は誰しも舞台に上がれるが、センターを飾れるのは勝者だけ。ウイニングライブはウマ娘の走りに魅了されたものを更に狂わせる熱量のあるものなのは間違いないが、肝心のウマ娘達がレースと同じくらいダンスに時間をかける理由が、用務員には分からなかった。

 マックイーンはその純粋な疑問に苦笑しながらも、滔々(とうとう)と語り出す。

 

「勝敗を決めるだけならレースだけでいい。ライブなんてただファンに媚びるだけの金稼ぎの手段でしかない――お恥ずかしい話ですが、私も昔はそう思っていましたの。レースとライブなんて、結びつく要素が全然見当たらない」

「……」

「ただ練習は真面目にしましたわ。センターでもバックでもどちらも完璧に踊れるように。無様を(さら)さないように。……でも私のダンスを見てとある先輩はこう言いましたの。『貴方のダンスは中身が入ってない。空っぽだ』と。私は怒りましたわ」

 

 振付けも歌も誰よりも正確な自信があった。そう出来るように努力をしてきた。

 だからその努力を否定するような一言は許せなかった。ウイニングライブなんてレースに関係ない練習でも全力を尽くしてきた! なのに空っぽだなんて!

 

「『お前は与えられたタスクをただこなしているだけだ。ライブを本当にやりたいなんて思ってないんだろう?』『何のためにライブをするのかも分かってない奴のダンスなんて、退屈なだけだ』って、はしたない事に先輩後輩の垣根も忘れて喧々囂々(けんけんごうごう)の大喧嘩ですわ」

「……」

「今思えば図星を突かれたからムキになってただけですわね。売り言葉に買い言葉という形で、『では何を目的にしてライブをすればいいんですの!?』と子供のように(わめ)いたものですわ。そうしたらどういう返答が来たと思います?」

「……いや」

「『そんなの自分で考えろ』ですわ」

 

 二人の視線の先では、夢中でダンスの練習に勤しむウマ娘達が居る。何度も何度も同じシーンを繰り返し練習している彼女らは、全員が楽しそうに見えた。

 

「あるウマ娘にとっては勝った時の喜びを皆にも知ってほしいから。あるウマ娘にとっては負けた時の悔しさを忘れたくないから。一生に一度しかないドラマを一人一人が目的を持って、確かな足跡として残す、それがウイニングライブだ。だから自分の理由は自分で決めろ――そう(おっしゃ)ってくれましたの」

 

 言われてすぐにハイそうですか、とマックイーンが納得出来るわけもなかった。

 だから彼女は様々な子に、貴方はどうしてライブをするのかと聞いてみた。そうしたら様々な答えが返ってきた。

 

 『みんなに私の歌もダンスも見て欲しいから』

 『自分の可愛いさを、もっともっと知って欲しいから』

 『レースを見てくれた人に感謝の気持ちを伝えたいから』

 

 陳腐(ちんぷ)な答えだと思った。それでも自分の姿勢よりも(はる)かに立派な内容だった。

 そして迎えたメイクデビュー戦での初勝利、初めてお客さんに向けて踊ったセンターでの「Make Debut!」はマックイーンにとって忘れられない思い出になった。

 

「レースを見てくださった同級生、先輩、そして来場してくださったお客様が私の歌と踊りを見て、そして喜び、声援を下さるのがどれだけ喜ばしい事か。どれだけ私を元気づけ、どれだけ私を高揚させる事か。全く知りませんでしたの」

「……」

「そして、無我夢中でライブを踊り終わった後。初めて定まったんですの。私がライブを踊る目的が」

「……それは?」

「自分が一番輝いている存在である事を、皆様に伝えるためですわ」

 

 緩やかに撫でおろす春風が、マックイーンの艶やかな薄紫色の髪を揺らした。

 

「それからは先輩に中身がないなんて言われなくなりましたし、より練習にもより熱が入るようになりましたわ」

「……」

「レースで勝っても勝てずとも、私は踊りますわ。皆様の記憶に『私』と言う存在を色濃く刻むため」

「……」

「用務員さんも自分だけの目的を作ってみるといいと思いますの。そうすればライブだって、いえ、なんだって上達する筈ですから」

「……名前」

「え?」

「君の名前は何て言うんだ?」

 

 今まで一度も交わる事のなかった視線が、交わった。

 マックイーンが見上げるような形で話している相手は、体格も相まって威圧感こそあるが、サファイア色の瞳に映る純真さはどこか子供のようにも思えた。

 

「これは失礼しましたわ。私の名前はメジロマックイーンと申しますわ」

「私の名前はジェシー。ジェシー・応援(オーエン)だ。素敵な話を聞かせてくれてありがとう」

 

 この時初めて用務員が笑顔を見せ、マックイーンは少しだけ後ずさってしまった。

 強面の人物が見せる重圧たっぷりの笑顔は、年頃の娘には少々厳しかったようだ。

 

 

*1
アニメ版第1期のオープニングテーマ。歌唱はチームスピカメンバー全員。メイクデビューレース後のライブで必ず踊る曲でもある。

*2
ウマ娘のいる世界に存在する国民的スポーツ・エンタテイメントで、超人的な走力を持つウマ娘たちが繰り広げるレースの総称。 また、レース後には上位に入選したウマ娘たちによる<ウイニング・ライブ>が行われ、彼女たちにはアイドル的な人気もある様子。

*3
レース後に行われるライブイベント。 レースの着順によってダンスポジションが変化する。1着はセンターポジションで、一番目立つ立ち位置になる。




ウマ娘が躍る理由はこじつけです。何で踊るんでしょうね…
あと先輩役は皆さまの頭の中で決めていただければ幸いです。(個人イメージはヒシアマゾン先輩)
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