「――定刻となった。これより第45期トレセン学園生徒会定例会議を始める。議事進行役はエアグルーヴが。本日の議題については配布した資料を見て欲しい」
窓から入り込む心地よい春風が頬を撫でる、桜が散り終わった晩春。
隅々まで清掃の行き届いた部屋の中には名実備わった
容姿端麗、学業優秀。最優の生徒と名高い生徒会副会長。『女帝』エアグルーヴ。
硬派で頑固な一匹狼。感情を滅多に表に出さない生徒会が幹部。『シャドーロールの怪物』ナリタブライアン。
栗東寮は寮長。人を楽しませるの生きがいとする生粋のエンターテナー。『
美浦寮は寮長。弱きを助け強きを挫く、一本筋の通った人物。『女傑』ヒシアマゾン。
明朗快活。まだ見ぬ未踏を目指すダイヤモンドの原石。『帝王』トウカイテイオー。
――そして。
冷静沈着、公明正大。七冠を制したトレセン学園は生徒会長。『永遠なる皇帝』シンボリルドルフ。
トレセン学園生徒会――それはウマ娘達の学園生活をサポートする生徒主体の学園公認活動。
活動内容は多岐に及び、掲示物の管理、各種備品発注、清掃活動と言った校内の日常業務から、新入生歓迎・ファン大感謝祭などの各種イベント業務の取り締まり、トレーニング環境、生活環境の向上を図るなど数えきれぬ程。
未来あるウマ娘達の今後を左右する活動故か、はたまた居並ぶ娘達の覇気によるものか……室内の空気はどことなくピリピリしていて、ちょっと力を入れて蹴とばしさえすれば大抵のものはあっけなく崩れ去りそうにも思えた。
「では1つ目の議題に入ろう。『学園生徒のSNS使用について』。最近はウマッターやウマスタグラムといったSNS上において、ウマ娘達のリテラシーやモラルに欠いた投稿が続き、ひいては――」
エアグルーヴの
各々の参加者らは挙げられた議題に対してああだこうだと意見を出し合い、シンボリルドルフが最終的な採否を決める。その繰り返し。
意見がまとまらない事があったとしてもルドルフの
そして会議開始から1時間。数十はある議題がとんとん拍子で解決していく中、とある議題にさしかかった途端エアグルーヴの端整な顔が
「――次の議題は『深夜に現れるウマ娘の幽霊について』だ。この議題を上げたのは誰だ?」
「はい」
フジキセキが挙手をすると途端にエアグルーヴの鋭い視線が飛んで来る。が、彼女も慣れたものだ。冷たい視線など素知らぬ顔で語り始める。
「最近になって『深夜になるとグラウンドを走っている幽霊が居る』なんて噂が学園で広まり始めたんですよね。当然ですが私もその程度なら別に、と考えたんですが……どうにも影響力が強すぎる。至急対策が必要だと思って議題に挙げさせて頂きました」
「ふむ……具体的にはどういう影響だ?」
「色々です。面白おかしく
「美浦寮でもその噂でパニックを起こした子が居た。無断外出や門限破りは少なくはなったがね、ちょっと広まりすぎだ。是正なりなんなりしないと、今後も騒ぎが広がる一方な気がするよ」
フジキセキの発言にヒシアマゾンが付け足す。
この噂、出所は定かではないがもう学園で知らぬ存在など居ない一番ホットな話題になりつつある。下級生の子やそういった物が苦手な子は
「下らん」
「意見があったなナリタブライアン。……ちなみにだがフジキセキ、また貴様の仕業ではないだろうな?」
「おいおい待っておくれよ。あの時の事は反省しているよ。それに私はタキオンにちょっと協力しただけだ。実行犯ととられかねない発言は心外だよ」
実はフジキセキには過去にアグネスタキオンの実験*1を『面白そうだから』という理由で黙認した経緯があったが、本人は今回の件は覚えがないと首を振るばかりだ。
「問題は何故そこまで広がったか、だな。
「カイチョー、ボクから説明していい? 実はね、実際の目撃証言があるんだよ。サイレンススズカ先輩がその幽霊……いや、不審者なのかな? その子に会ってるんだって」
「体長3mでやたらと首の長い血まみれのウマ娘とか!?」
「虹色に全身発光していてワープして追いかけてくるウマ娘とか!?」
「そんな娘じゃないよ!? なんでそんな話になってるのさー!」
噂が加速度的に広がった結果、伝言ゲームの要領で背
「ボクがスズカ先輩に聞いた話だと『変な動物の被り物をした全身が光る娘がレースを仕掛けてきた』って内容だよ。夜中に一人で走ってたら遭遇したんだってさ」
「……そもそも何故スズカは深夜に走ってるんだ」
「何となくって言ってたよ。……あーいや、でもね? ほらスズカ先輩は特に走るの大好きだからさ! き、気持ちは分からなくないかなーって……スコシダケ……」
こめかみを指で押さえて
「証言の裏付けは? それもまた
「私が出来るよ。深夜に警備員さんから叩き起こされてね、スズカが学園のグラウンドでへたりこんでいたのを見つけたってさ。彼女から直接聞いた理由もその幽霊の話だった」
「それで警備員は幽霊を見たのか?」
「うっすらと何かが光っていたのを見た、と言う話は聞けたよ。その後はもうネチネチネチネチネチネチと警備員さんからありがた~~~いお小言を貰ってもうね……」
「貴様の苦労話は聞いていない。スズカへの注意は?」
「始末書も反省文も書いて貰ってるよ、あと数週間は奉仕活動をして貰う予定」
当時の事を思い出して肩をすくめるフジキセキに、小さく頷くはシンボリルドルフ。
若紫色の澄んだ瞳に、長い
「大方、スズカが実際に見たという話が広まった結果
「アタイもそう思うね。大方体が光るってあたりアグネスタキオン辺りがまた絡んでいるんじゃないのかい?」
「あ。えーっとね、ダイワスカーレットが探りを入れてみたんだけど本人は知らないって話は聞けたよ。光る薬は配布したけど、イタズラに使うような人には与えてないって」
ほんとかぁ? と呟いたアマゾンの言に誰もが首を縦にも横にも触れなかった。
しばしの
「
「えぇ会長。少なくともその噂の人物は幽霊などではないという事ですね」
「そんなの当たり前だ。幽霊など馬鹿げていると言わざるをえん」
「全く。私を差し置いて面白…ンンッ、けしからん事をしてくれるよ」
「これ以上野放しには出来ないねぇ、さーてどうしたものか」
「え? え? ……あっ、ぼ、ボクも勿論幽霊だとは思ってないけどね! トーゼン!」
わざとらしく大きく胸を張った途端、注目の的になるテイオー。
直後一部は苦笑し、一部は面白そうにニヤつき始め、テイオーは少し居心地が悪そうに耳と尻尾をしょげさせた。
「ほーお、ふーん。そりゃ本当かいテイオー?」
「あ、あったりまえじゃん! ボクがそんな非科学的な事信じる訳ないじゃん全くさー!」
「ふっ」「くくっ」
「なに笑ってんのー!」
「まあ皆がこうして言ってくれた通り、私も幽霊が実在するとは到底思っていない。いたずらに生徒達の不安を煽るのも、夜遅くまで警備してくれる警備員さんに要らぬ仕事を増やすのも好ましくない。何かしらの対策を講じよう」
「と言って、どうするつもりなんだ?」
「なに。噂には噂で対抗するのさ」
直後、沈黙が場を支配し始める。意図を図りかねた皆の目線が特に皇帝と共にするエアグルーブに行くが、彼女もまた難しい顔をしていた。
「そう難しい話じゃない。正体の分からない幽霊君にメッセージを伝えるのさ。『これ以上、深夜に走るのはダメだ』とね」
「……どう伝えると言うんだ? 我々は犯人も分かっていないんだぞ?」
「そうだね。それに会長が馬鹿正直にそんな事を言ってたよ、と噂しても聞いてくれないんじゃないかな?」
如何にルドルフのものとはいえ、この提案は少し突拍子のないもののように思えた。
全員の
「まず校内の掲示板に『届け出のない夜間外出、ならびに門限破りを硬く禁ずる』項を張り出す。もしもイタズラ目的であるならばこの時点でやめてくれる可能性はある」
「それでは今まで通りではないか?」
「あえて明言をする事で意識も変わるものだよ。……そうだな、確実にするのならば噂を付け加えておこうか。『シンボリルドルフが夜間外出に怒り心頭である』と広めてくれるだけでいい。
「……」
「そしてだ、それでも辞めない場合――噂の人物が筋金入りのイタズラ娘か、はたまた本気でレースを望む変人だった時は」
「その時は?」
「直接出向こう。深夜のグラウンドで張り込みを行ってね」
しばしの静寂の後、部屋の中に誰とも言えぬ「え」の声が零れた。
「……カイチョー、それ本気?」
「本気だとも。警備員さんに余計な手を煩わせるのは心苦しいからね。実際に会って話し合って貰おう」
「だけどその人物がいつ頃出現するかは定かではないんじゃないかな?」
「恐らくだが、数日張り込むだけで目的の人物に出会えると考えている。罰則を恐れぬイタズラ好きなら
「お話は分かりました会長。ですが、
顎に手をやったエアグルーヴの呟きに、ルドルフが
「あぁ。張り込む人物がこの時この時間帯に出現する、とそれとなく告知すればよい。例えば生徒会主体の夜間の見回り、清掃、グラウンド整備作業。理由はどうとでもなるさ」
「なるほどな。それなら誰かを絞る必要はないな」
「そーなると私達寮監は外出する娘に特に気を配ったりすればいいって感じかい?」
「話が早くて助かるよ、苦労をかけてすまないが二人は消灯や夜回りに関しては念入りに頼む。不審な動きをする娘が居ないか、目を配ってくれ」
「了解」「あいよ」
――テイオーは眼前に広がる光景に目を輝かせていた。
この場に居る並み居る強豪ら全員が首を
知恵も、走力も、実力も、名声も。その全てを兼ね揃えた七冠ウマ娘。自分はこの人だからこそ
あぁ、この人に並び立つ為にはなんだってするぞ。
どんなキツイ練習でも、どんなにツライ勉強だって。なんだって、なんだって、なんだって――
「で。肝心の張り込みは誰がするんだ?」
――あ、でもやっぱり明日からにしようかな。
テイオーがキラキラと輝いていた表情を一気に
その問いに全員が全員お互いの目を見合った。
シンボリルドルフは会長。エアグルーヴは副会長、どちらも多忙の身だ。当然ながら対象から外れる。フジキセキ、ヒシアマゾンの寮監グループは言うまでもない。
……そうなると必然的にナリタブライアンとトウカイテイオーに注目が集まっていく。
「私は忙しい。パスだ」
「えっ、ちょっ!」
そして即座にブライアンがノーと申し立てしたため必然的に
テイオーは猛烈に抗議しだした。別に幽霊とか全然信じてないけどそういうオカルティックとかホラーっぽいのは
「ぼ、ボクだって忙しいんだよ! 練習とかさ! 最近だとオリエンテーリングの準備とか!」
「そんなの私だって同じだ。と言うか私は学年がお前より上だからより忙しい。先輩命令だ、お前がやれ」
「うぅぅ~~、横暴だ! 横暴だぞ! 大体ブライアン先輩こそ幽霊が怖いから嫌なんじゃないのー!?」
「はんっ、幽霊なんて存在しないもの怖いもんか。お前の方こそ怖いんだろう」
「こっ、怖い訳あるもんかっ、怖くないもんっ!」
「お子ちゃまが。声が震えているぞ」
「そっちだって尻尾がピンってなってるよ先輩っ! やっぱり怖いんでしょっ!」
「なっ馬鹿を言うな! 私の尻尾がそんな筈が」
「嘘だよー! でも気にしてるって事はやっぱり怖いんじゃん!」
「みっともないぞ二人とも。やめないか」
ムキになる二人組を心底呆れた目で見るエアグルーヴ(と生暖かい目で見るフジキセキとヒシアマゾン)に二人とも納得はせずとも大人しくなる。そんな様子を見て苦笑したルドルフは二人を交互に見てこう言った。
「正直な話、レースを控えている君たちにこれ以上の負担を強いるような事をしたくはないと思っているが、全ては生徒達のためだ。理解してくれると嬉しい」
「む……」「う~~~」
「そして個人的な要望を言わせて貰えば――テイオー、君にお願いしたいと思っているが、構わないかい?」
「ぼ、ボク? でも……」
「君の才能を思うと
「……うん。他ならぬカイチョーのお願いなら」
「ありがとう」
会長の安心させる笑みを見て、テイオーはずるいなぁという感想を抱かざるを得なかった。
本当はやりたくなかったけど、もう一度頷いたのだ。会長の信頼を裏切る訳にはいかない――が、幽霊そのものは少し苦手なので、どうしたものかと迷っていると、彼女の顔色を見たルドルフが再度優しく声をかけた。
「なぁに例え本当の幽霊で、もし呪われそうになったとしても逃げればいい」
「の、呪われたくないよ! でも……でも実際そうなったら逃げられる事、出来るかな」
「大丈夫だ」
「……何でそう言いきれるのさカイチョー……?」
「幽霊の呪いは、
トウカイテイオーのやる気が下がった。
エアグルーヴのやる気が下がった。
シンボリルドルフ台詞難しすぎ問題