季節は初夏。
春名残の桜の花は全て新緑に切り替わり、肌に照りつく日差しがうっすらと夏を予感させる、そんな時期。メジロマックイーンはうきうき気分で部室へと向かっていた。
何を隠そう彼女は久々のスイーツ解禁日を迎えていた。
メンタルを鍛えるために、そしてカロリー調整のために来る日も来る日も渇望していたこの日を、マックイーンはこれでもかと堪能してきたのだ。それも人気殺到で滅多に食べれない、数量限定イチゴミルフィーユをだ!
あぁ素晴らしきあの味と来たら!
三層構造のパイ生地と生クリーム、そして鮮度
そして、ひとたび口に運べばシャキシャキ触感の生地がほろりと崩れ、苺の程よい酸味、薄っすら効いたバターの塩味とふわふわ生クリームの優しい甘さが調和した見事な旨味が広がるのだ。苺を育てた農家と、パティシエの技術に涙を流して感謝する他ない。
一口だけでもほわんと
そんなウキウキメジロが口内に微かに残る
「うー……やだなぁやだなぁやだなぁ…………」
ぐるぐる、と部室の中で円を描くように歩き続けるテイオーと出会った。
彼女は入ってきたマックイーンにも気づかず延々とその場を回っており、マックイーンが横を通り過ぎてロッカーにカバンをしまっても未だに回り続けている始末であった。
ふと見れば彼女の傍のベンチには大量のにんにくや塩、コショウの小瓶、葉っぱ(恐らくはローリエ?)が散らばっており、その関連性が分からずマックイーンはとうとう声をかけた。
「……何をしてらっしゃいますの?」
「うぅぅ~~~……え? うわっ!? ま、マックイーン!? いつの間に!」
「呆れた……普通に扉を開けて普通に入ったのですけど?」
あれだけ堂々と入ったのに気付いていない辺り相当深刻な悩みを持っているようだ。そう考えたマックイーンはテイオーへと切り出す、一体全体何を悩んでいるのかと。
「別に、な、なんでもないよー」
「嘘おっしゃい。あんなあからさまな悩む素振りを見せておいてそれはないですの」
「あ、あれはー……ほら! スズカ先輩の真似*1っていうか……!」
「何でそんな真似をしてるのやら……人には言えない悩みですの?」
「……いや。だから、そのー……」
耳も尻尾もしょぼんとへたれたテイオーは指先同士をつんつん合わせ始める。
反応を見るに別に言えない悩みでもなさそうではあるが一体何を抱えているのか。そう思っていると彼女は明らかに間違えた声量で話題を変えてきた。
「そ、そういえばさぁ!? 最近マックイーン調子いいじゃん! 何々なんかあったのー?」
「貴方ね……まあいいですわ。えぇ、最近はすこぶるいいですわね。やはり日頃の行いがモノを言うのでしょうか、レースも順調、体調も順調、念願のスイーツデイを迎えた今の私は、向かう所敵なしだと言っても過言ではありませんわ!」
「ふーん?」
テイオーと対象的に耳をぴん! 尻尾をぶんぶん! と振りたくるマックイーンはまさに絶好調の一言である。直近で天皇賞(春)を制し、学園内ではその名を知らぬ娘は居ないくらいの評判だ。だが彼女の調子を向上させた理由は日頃の行いや限定スイーツ以外にも理由がある、とテイオーは
「ボクとしては別の理由がある気がするんだけどね~」
「別? なんですの?」
「とぼけちゃって~、
マックイーンは首を傾げた。例の人、と言われてピンと思い当たる節がないからだ。そして予想通りの反応を得られなかったテイオーは「もー!」と両手を振ってもどかしさを表現した。
「キミが良く談笑してる用務員さんだよ!」
「用務員……あぁ。あの方」
「最近よく話してるところ見かけてるじゃん~、結構
「な、熱愛って――ただ話してるだけでそんな噂されたら溜まったものではありませんわ!」
「とか何とか言っちゃって~。中々見せないような笑顔が見れたって言ったよ? 本当の所はどうなのさ~?」
うりうり~、と小悪魔めいた笑みで突っつつけば「やめてくださいまし!」とマックイーンはぷんすか怒った。
この学園のウマ娘達は
「あの方はただの友人ですわ! ちょっと仲良くなって会うたびに話してる程度ですの!」
「それがまさしく『そう言う事なんじゃない?』っていう噂の元だよマックイーン」
「もう! あの方はそのような浮ついた対象ではございません!」
「どうだかどうだか~」
「あと単純にあの方は私の好みから外れてます。あの方は少し……厳めしい方なので」
「あっ……そっか」
急に素の顔に戻るマックイーンを見て脈なしを悟ったテイオー。反応に
「でも二人で一体何を話してるのさー、何でもないって言うなら教えてよ」
「別に構いませんわ。単なる世間話も多いですが、主に話が
「へぇ~、じゃあマックイーンのファンって感じ?」
「明確には違いますわね。あの方は私と言うよりかはウマ娘全員のファンですの」
「え?」
「速く走るコツ。レースの心得、ダンスのポイント、普段のトレーニングなどをあの方は熱心に聞いて、それを実践していますわ」
「……実践してるんだ」
テイオーは思った。ちょっと自分の知ってるファンとは
「あの方の『Make Debut!』も荒い所はありますが、中々サマになってきてますわ」
「踊るの!?」
「実践してると言ったでしょうに」
「いや、言ってたけど予想外すぎるよ……生徒じゃなくて用務員なんだよね?」
「そうですわよ? 飲み込みの早い方ですわ、伸びしろもありますし努力もなさっているようです。やるからには本気で取り組む姿勢も含め、好感が持てますわね」
「……へ、へー」
テイオーの脳内にある
「く、くくく……っ! ふっ、あはははっ……す、すごいメイクデビュー……っ!」
「……何笑ってらっしゃいますの?」
「いやっ、ちょっと……なんでもっ……だって、想像したら……くっくっくっくっ……ご、ゴリラがっ……!」
「何でそこでゴリラが出てきますの!?」
脳内ではゴリラ用務員がしつこくキレのある踊りをし続けたため、テイオーはしばらく笑いを止める事が出来なかった。そして笑いのツボが収まった直後に初めてマックイーンの呆れ顔がすぐ傍にある事に気付き、驚く羽目になった。
「それで。私の話はもうよろしくて?」
「ウェ……な、なにさ」
「『なにさ』も何もないですわ。私は話しましたわ、ですから次は貴方の番。そう言いたいだけですの」
「……」
「貴方の下手糞な話題転換に付き合ってあげたのです。少しくらい私に役得があってもよろしくなくて? まあ、どうしても言えないデリケートな悩みなら仕方ないですが」
「下手糞って何さ! ……むー……笑わない?」
「笑いませんわよ」
「……誰にも言わないでね? 例の幽霊の話。あるじゃん」
「ありますわね」
「あれさ、ちょっと噂が広まりすぎて生徒会の議題にも上がったんだよ」
「あら」
「掲示板にも張り出されてるでしょ。『夜間の無許可外出は固く禁止します』って言うあれ」
「会長が怒り心頭だっていう話もちらほら聞いてましたが」
「その会長プンプンの噂も踏まえて幽霊対策の一環なんだよね~。で、対策がもう一個あってさ……」
「何ですの?」
「……夜間の見回りって
「……張り込み? 幽霊の?」
マックイーンが聞き返すと、まるで仕切りが取り払われたかのように、それこそ
「そう張り込み! 信じられないよね、でも会長の話を聞いてボクもなるほどって思っちゃったんだよ! その時はね! でも蓋を開けてみたらボクがやる事になってた! 深夜に! 一人で!」
「あ、あらあら。そう言えば夜間の自主的な見回りも実施予定と書いてありましたわね?」
「そうなんだよ~! ボクも会長のお願いだし、他ならぬこの学園の為だし全然嫌じゃない、嫌じゃないんだけどさ……なんか、この、そう……ちょっと踏ん切りつかないって言うか」
「……」
「勿論幽霊なんかが怖い訳じゃないんだよ。もう全然怖くない。全然っ! でも幽霊とかってボク会った事ないし、実際何してくるかよくわかんないし……その幽霊とか会話とか通じるかなって。レ、レースを仕掛けられたらどうしよう……ボク、首とか取られて……」
「……」
「あっ、いや負ける気はないけどさ! 無敵のテイオー様は絶対負けないもん! でもねでもねでもねぇ、ボク一人で幽霊に何が出来るって言うのさ~! 塩でも
「……じゃ、じゃあこのあなたの横に散らばってるこのニンニクとかはもしかして?」
「な、なにって……幽霊対策だけど……あ! 笑った! 今笑ったよね!? 笑うなって言ったのに!」
「くっ、くくっ……くふふふっ……! に、ニンニクと塩はまだしも、コショウにローリエって……!」
「しっ! 仕方ないじゃんかよー! すぐに用意出来るのそれくらいしかなかったんだもん!」
これで笑うなと言うのが無理である。
幽霊という単語が出るたび耳も尻尾も力なく頭を垂れる反応もそうだが、まさかの幽霊対策が調味料全般とは! 一体何を料理するつもりなのか聞きたいくらいである。
「ふんだ、信じたボクが馬鹿だったよ」
「しっ、失礼しましたわ、くふっ……予想外過ぎて……ちょっとお腹が……ふっ、ふふふっ」
「マックイーン!」
「ん、んんっ! でもお陰で悩みは分かりましたわ。言わせて貰えれば幽霊なんてのはそもそも居ません。ですから貴方の心配は
「って言ってもさぁ……」
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言うでしょう、実態なんて暴いて見たら案外大した事ないものですわ」
「キミは当事者じゃないからそう言う事言えるんだよー! と言うかこうなったらマックイーンも来てよ!」
「どうしてそうなるんですの!?」
口からでまかせめいた提案だったが存外にしっくりくる案だ、とテイオーは思った。真剣な悩みを茶化したにっくきメジロまんじゅう*2にはもう同じ気持ちを味わって貰うしかない!
「『旅は道連れ世は情け』って言うでしょ? 困ってるボクを助けると思ってついてきてよ!」
「あ、貴方が任されたお仕事なのでしょう!? でしたらあなたがやるのが道理で」
「でも助け合うのが友達ってもんでしょ~?」
「この上なく都合のいい使い方の『友達』ですわね!? お断りします!」
「なんでだよー! 幽霊怖くないんでしょ!」「こ、怖くはありませんが夜更かしなど私には」
「話は聞かせてもらった! この世界は滅亡するぞ!」
「うわぁ!?」「きゃっ!?」
そうしてきゃんきゃんひひんとやり合っていた所、急に真後ろから二人の首を描き抱いてきたウマ娘が現れた。そう、皆さんご存じ楽しい物大好きカオスの権化、ゴールドシップである。どこからともなく現れた彼女は二人の顔を満面の笑みで覗き込んでいる。
「なんだよなんだよなんだよ~! 楽しそうな話してるじゃねえかおいおい~!! その幽霊触れ合い体験ツアーって今日だよな!? おやつは300円までか!? バナナはおやつに含まれるのかよ~!?」
「ご、ゴールドシップ! ちょっと貴方どこから現れて!?」
「そこのテイオーのロッカーの中からだ。寂しいじゃねえかよ私の今の最推しウマに会いに行くツアーなんて、あたしを抜きでやるんじゃねえよ! ファンクラブ一号を舐めんなよ!?」
「絶好調だねゴールドシップ!? 勿論ボクは構わないよ、多分カイチョーも許してくれると思う!」
ちなみにテイオーは許されなくても許してくれるまでねばるつもりであった。巻き添えは多ければ多い程良い。そしてそんなテイオーに気分良くしたゴルシの矛先は、当然ながら拒否の姿勢を取るマックイーンへと向かっていく。
「アタシの方が誰よりもアイツに詳しい。だからアタシが行くのは当然の話だ」
「結構だと思いますわ。でしたら私を放って二人で行ってくださいまし」
「おいおいおい。違う、違うんだよなぁマックイーン。お前の食ったスイーツより甘い考えだ。アタシが行くのは確定だ、テイオーも生徒会の仕事だ。じゃあお前は何だ? なんのために行くんだ?」
「何で行く前提になってるんですの! 行かないと言いましたわよね!?」
「細けえことを気にすんな! いいか、アタシはお前達にアイツの素晴らしさを教えてあげたい……そしてゆくゆくは学園皆に認めて欲しいんだ! つまりマックイーン、お前は生き証人だ! 生きて帰って、皆に伝えてあげてくれ……! アイツの伝説を……!」
「嫌ですわ!?」
「その話し方だとボクとゴルシが犠牲になるパターンじゃんかー!」
腕のロックを外そうとじたばたもがくマックイーン。しかしながら剛腕は一向に外れる事なく、逆にゴルシから見て無防備なマックイーンの耳が狙われ始めた。
「オラッ、マックイーン行くぞっ! 夜中のファン感謝祭だオラァッ!」
「ひいぃぃぃぃっ! 耳に息を吹きかけないでくださいまし! やめてくださいまし! やめてくださいまし!?」
暴れるマックイーンは最後までゴールドシップから離れる事が出来ず、執拗な耳への攻撃に音を上げて渋々と同行を許可。深夜の見回りパーティはめでたくテイオー、マックイーン、ゴールドシップの3人になったのだった。
銘菓メジロまんじゅうの発売をお待ちしております。