曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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ホアッホアッムッ
難産でした…テンポ挙げて書く…書くぞ…


第8レース 叶わぬ夢に挑むUMA

 コースから少し離れた渡り廊下。宵闇の輪郭(りんかく)をぼやかす非常灯の下で、素顔を(さら)した用務員ジェシーとマックイーンらが集まっていた。

 ジェシーは正座、それ以外は囲むようにして立ち。近くには謎生物の被り物、その残骸がまとめられ、ジェシーの体から発せられる薄ぼんやりとした光に照らされて何とも言えない無情感を()き立てていた。

 

「……」

「……」「……」「……」

 

 噂の幽霊の正体に辿り着いた。

 しかしてマックイーン達はその正体を前にして誰一人口を開くことが出来ていなかった。

 糾弾(きゅうだん)すべきなのは確かだが、このような真似をする意図が読めない以上、何を話したらいいのか分からなかったからだ。

 

「……色々と聞きたい事が多すぎて何を話したら良いものか」

「そうだね……それでマックイーンはこの人の事を知ってるようだけどさ、知り合い?」

「テイオー、今日話していたでしょう。この方が最近仲良くさせて貰っている用務員さんですわ」

「嘘っ?! この人が?!」

 

 トウカイテイオーは驚いた。いや、こんなの誰だって驚くだろう。マックイーンの噂の相手がまさかウマ娘の恰好をして夜な夜なレースを仕掛ける変態だったとは! 

 世の中には理解が及ばない人がいるから気を付けなさい、と両親に口酸っぱく教えられた事を思い出し、テイオーは思わず距離を置いた。

 

「これから幾つか質問をさせて頂きますが、正直にお答え願えますかジェシーさん?」

「……あぁ」

「今、学園では『首のないウマ娘の幽霊が夜中に出没する』という噂が広がっていますが……その正体は貴方ですか?」

「……噂されている事実はつい最近知ったが、恐らく私がそうだ」

「深夜にこの場所に現れてはウマ娘とレースを?」

「……そうだ」

「毎日ここに現れては、来るかも分からないウマ娘を待っていたんですの?」

「……待ってはいないし連日でもない。偶然出会えたのならばレースを仕掛ける――そのような感じだった」

「以前、サイレンススズカ先輩にレースを仕掛けたのも貴方で間違いはないでしょうか?」

「……? 誰だ?」

「あー、髪が長くて、小柄で。走る事がとにかく大好きな娘だよ。うっかり深夜の学園に忍び込んで走ってた奴」

「……あの美しく、しなやかな下腿三頭筋(かたいさんとうきん)*1を持つ娘か」

「どういう識別してるのさ……」

 

 一連の回答でやはりジェシーが噂の主であり、ただの愉快犯ではないのが分かった。しかしマックイーンは折角親しくなった人物が犯人だったことに少し裏切られた気分になった。

 真摯(しんし)で、変に真面目で、それでいて話の合う面白いお方――そう思っていたのに。一抹(いちまつ)の憂鬱を顔面に漂わせた彼女は質問を続けた。

 

「誰かを脅かす目的でやってたんですの?」

「……違う、脅かすつもりなんてなかった。ただ練習をするのが目的だった」

「ではどうして夜中に?」

「……人に見られずに練習をするなら、深夜以外考えられなかった」

「昼間でもどこでも練習は出来るでしょうに、なぜここにこだわったんです?」

「……どうしてもこの場所を使いたかった。このグラウンドが、私の練習に最も適しているからだ」

「なぜ人に見られてはいけないのです? それは貴方の恰好に関係があるんですの?」

「……関係がある」

「では、そのような恰好をする理由は?」

「……」

「貴方の体が発光する理由は?」

「……」

「練習の目的は?」

「……」

 

 核心に近付くにつれて相手の口数が減っていく。

 両手の指で数えられる程の会話しかしていないが、ジェシーは誠実なタイプだとマックイーンは認識している。そんな相手が黙るのだ、言えない理由は恐らく気まずさではないだろう。

 言えないなら言わなくてもいい、という気持ちもあった。だけどこの質問だけは答えて貰わなければいけなかった。

 

 恐らくは騒動の核心に触れる質問。

 それに触れる事でどのような結末が起こるのか、聡明な彼女は分かっていた。

 しかし、このような騒動を起こした以上聞かない訳にもいかないのだ。

 マックイーンは覚悟を決めて口を開いた。

 

「貴方は……()()()()()()、どうしてウマ娘とレースなんてしようとしたんです?」

 

 ジェシーは(うつ)いたまま何も言わない。

 だがその質問をした途端、膝を抱えるジェシーの手が強張った気がした。

 

「動機は大方理解できます……私達と同じくらい早く走りたい、そう言う目的なんでしょう?」

「……」

「ですが我々ウマ娘と人間では基礎身体能力が根本的に違うのは、この学園で働くならば――いえ、何よりもウマ娘を調べた貴方ならば分かる(はず)ですわ」

「……」

「そしてデータだけではなく身を持って知ったでしょう。我々には到底敵わないと言う事が」

「……まだ、分からない。私の限界は出尽くしていない」

「いいえ、()()()()()()()()()()()()()()。1000mという短い距離で、スタート直後から10馬身以上の大差。それを中盤、後半でも(くつがえ)す事が出来ないのは(いちじる)しい実力差があるという事」

「……」

「転倒など論外中の論外です。コーナーも曲がれないなんて勝負の土俵にすら立てておりません」

「……っ」

「ウマ娘と同じくらい走れるようにトレーニングを頑張る? ダンスも? 結構ですわ。ですがそれで我々と競い合えると思わないで下さいまし」

「ね、ねえマックイーン……」

「テイオー。黙ってて頂けますか? 今は私が質問をしているんです」

 

 マックイーンらしからぬ苛烈(かれつ)な口調に思わず口を挟むテイオー。

 だが他ならぬマックイーンがそれを拒絶し、ゴールドシップもまたテイオーの肩に手を置いて首を振った。

 

「ジェシーさん。貴方が我々に(あこが)れていると言う話は十分に聞いていますわ」

「憧れ故、我々に近付こうとする気持ちも理解出来ます」

「いつかウマ娘よりも早く走りたい、という夢を持つのも否定いたしません。ですが」

 

「叶わない夢に挑むのはお辞めなさい。ただの時間の無駄です」

 

「ッ!」

 

 一方的に言われ続けていたジェシーが思わず立ち上がる。

 彼我の身長差は30㎝以上。テイオーはその厳めしい顔から発せられる威圧感に怯えたが、マックイーンは目を逸らさず、そして態度すら変えずに真っ向から立ち向かっていた。

 

「叶わないと何故分かる」

「分かるでしょう。貴方は人間、私達はウマ娘。それだけでもう差は歴然です」

「それは自分が人間より優れているからこその(おご)りか?」

「貴方がた人間を下に見ている訳ではありません、単純な実力差を見てそう言っているのです。現に、過去に一人たりともウマ娘より早く走れた人間はいない」

「その先駆けに私がなる、ただそれだけの話」

「現実が見えていらっしゃらないようですわね。では貴方はこれまで一度でも手応えを感じた事は? 全てにおいて大差をつけられたのではなくて?」

「……今は、まだ。だがいずれは……!」

「『いずれは』『いつかは』。希望を感じさせる素敵な言葉ですわ。ですが我々の舞台は遊びで足を踏み入れるような世界ではない事をお分かりになって欲しいですわ」

「……ッ!」

 

 途端にジェシーが激情に任せマックイーンの首根っこを掴もうとしだした。

 その暴挙に静観していたゴルシも一瞬動き出そうとしたが、すぐに動きを止める。

 何故なら掴もうとした瞬間、ジェシーの腕をマックイーンが逆に掴み返していたからだ。

 年齢は一回り程違い、体格差も歴然の二人。だと言うのにマックイーンはゆっくりと、そして軽々とジェシーの腕を力で離していく。まるで、お互いの力量を分からせんがために。

 

「今、何と言った……!」

「我々のレースは遊びで挑むような優しい世界ではない。そう言いましたわ」

「私のは遊びなんかじゃ……ない……!」

「まあ呆れた。貴方本気だったんですの? だとしたら――それこそ不山戯(ふざけ)た話ですわ!」

 

 手を振り払ったマックイーンが詰め寄り、ジェシーは思わず後ずさった。

 

「毎年数百数千のウマ娘と競い、その中でたった一人の頂上を決めるのがトウィンクル・シリーズ、様々な強豪達が自らの真なる存在意義を賭け、全身全霊で挑んでいるのです!」

「なのに貴方は何ですか? そんな実力で、そしてあまつさえそんな被り物をして我々に挑む!? 冗談もほどほどにして下さいまし!」

「貴方に精々出来るのは真似事だけ! そしてその真似事では我々には一生辿り着けない! それをいい加減理解なさい!」

 

 強い剣幕でジェシーを壁に追い詰めたマックイーンはひとしきり言い切ると、その長い睫毛(まつげ)を閉じて静かに距離を取った。

 

「目上の方に、淑女らしからぬ無礼な発言を致しましたわ。ですが許せとは言いません」

「……」

「……ウマ娘と人間では根本から住む世界が違うんですの。挑む相手は我々ではなく、同じ人間になさい。ジェシーさん」

「……」

 

 以上ですわ、とマックイーンが最後は静かに締めくくると、ジェシーは項垂(うなだ)れ、そしてよろよろと床に膝をついた。

 途端に訪れるのは重苦しくも痛い静寂。その中でテイオーは一人オロオロしていた。

 二人の関係性や動機についてはよーく分かった。でもこの(いびつ)に育った空気をどうすればいいと言うのだ! と声なき唸り声を上げていた。

 正直な話、このジェシーさんとやらが夢を追おうが(あきら)めようがテイオーにとってはどちらでも良かった、彼女にとって例の幽霊騒ぎが収まればそれで一件落着なのだから。

 

「え、えーっと……ジェシーさん? その……貴方はもう深夜に走り回ったりはしない、でいいんだよね?」

「……」

「あの~……」

 

 勇気を振り絞って聞いて見ても、余程(こた)えたのかジェシーは黙すばかり。

 もうありのままの事を伝えるしかないのかなぁ、とテイオーが今の今まで放置していた警備員用無線に手を伸ばそうとした……その時だった。不意に横から伸びた手が、それを(さえぎ)った。

 

「マックイーン。だがそれでもアタシはこのジェシーを推すぜ」

 

 ゴールドシップである。

 彼女はジェシーを(かば)い立てるようにして、マックイーンに語り掛け始めた。

 

「……貴方、どう言うつもりですの?」

「言った通りだぜ? 確かにお前さんの言う通りだ。ジェシーが進む先は茨の道だ。(くつがえ)す事なんて不可能に近いだろう」

「面白がって持ち上げるような事を言うのはおやめなさいゴールドシップ。不可能に近いじゃなくて、不可能なんですの。始まる前から分かりきってる事ですわ」

「おいおい、今までありえなかったから今後もありえない、なんてつまんねー事言うつもりか? お前がジェシーの事を思ってあえてキツイ言葉をぶつけてるのは良っく分かるぜ。憎まれてもいいから馬鹿な事はやめさせたいんだろ? 本当優しい奴だよなーお前って」

「なっ!? 私はあまりの無謀さにただ……そういう訳じゃっ!」

「『もう友達として話せないかもしれない……』って尻尾がしゅーんってなってるのが見え見えなんだって全くよ~」

「~~~っ、ちがっ、ちゃ、茶化さないで下さいまし!」

 

 咄嗟に尻尾を抑えて顔を赤くするマックイーンに、重ねてゴルシは語り掛けた。

 

「まあ話を聞けって。確かに現時点ではウマ娘に遠く及ばない、だがコイツはやってくれるってアタシは信じてる。今日の走りでそれを確信した」

「はぁ? 貴方ねぇ、いくらなんでも」

「こいつのさっきの記録は1ハロン17.5秒、これがどういう意味が分かるか?」

「……それが、何だと言うのです?」

 

 ハロンを使う以上速度の事だろうが、現役ウマ娘から見ればそれは呆れるほどの遅さだ。

 校内で打ち立てた記録で真新しいのはエイシンフラッシュが出した、上がり3ハロン32.7秒*2という記録。それは1ハロン換算で10.9秒。ジェシーのそれとは約7秒以上の開きがあるのだ。

 マックイーンが(いぶか)し気に見ると、ゴルシはにんまりと笑った。

 

「人間の200m走の世界記録は19秒。コイツは非公式ながらそれを1.5秒塗り替えているって事だ」

「……!」

「しかもつい最近までは同じ19秒だったのに、たった2週間でタイムを塗り替えやがった……2週間で1.5秒の更新だぞ!? ありえねえ成長速度だ!」

 

 マックイーンの表情に驚きが混じる。

 彼女はここに来てゴルシが頻繁(ひんぱん)に彼の実力を推す理由を初めて理解した。

 ジェシーには破格の才能があったのだ――そう、()()()()()()

 

「ジェシーは『私の限界は出尽くしていない』って言ってた、ならアタシは見届けてぇ。コイツの言う限界がどこまで行けるかってのをな!」

「……」

 

 マックイーンの顔が自然とジェシーへと向かい、そしてジェシーの目線とかち合った。

 それは厳めしい顔つきによく似合う、静かに燃え盛る情熱の炎。マックイーンはその眼に見覚えがあった。

 

 四方数十万キロに広がる広大な地球、その中のたった数キロの距離に命を懸ける――ライバル達の目そのものであった。

 

「――確かに、人間の中では速いのでしょう。ですが、我々の主戦場は1000m以上がベース。200mかそこらでバテるようでは話にならないのですのよ?」

「ジェシーお前なら出来るよな! やってくれるよな!?」

「……あ、あぁ走って見せる」

 

「第一カーブも曲がれないのに?」

「第一カーブなんてコツ次第で何とでもなるぜ、見せてやろうぜ相棒?!」

「……ま、曲がって見せる」

 

「まだまだ我々と速度の開きもあるというのに?」

「数秒の差なんて屁みたいなもんだよな! こいつは二週間で1.5秒縮めた奴だぜ!?」

「……さ、差も(くつがえ)して見せる」

 

 何故かゴルシが合いの手を入れる異様な状態ではあるが、ジェシーもただ乗せられるだけではなかった。

 ジェシーはまるで騎士が誓いを立てるかのように膝立ちになり、マックイーンを強い意志で見つめ返していた。

 

「本気……ですのね? 本当に、ウマ娘より早く走りたいんですの?」

「……あぁ。昔、約束したんだ。絶対にウマ娘より早く走ると……!」 

 

 約束がどのような物かは聞いていないし、今この場で聞くつもりもない。ただ、この方なら誰かの為に動くのだろうな、という漠然(ばくぜん)とした確信がマックイーンにはあり、それがジェシーに余りにも似合う物だから、気付けば彼女は笑っていた。

 

「よーし、話は決まったな! ならアタシらでジェシーをウマ娘よりも速くするぞ!」

「ちょ、えぇー!?」「いきなり何を言ってますの?!」「……?!」

 

 そして突如大きく手を叩いたゴルシが言い出したのは、いつも以上に突拍子のない内容だった。

 

「何驚いてんだお前ら。今のはそーいう流れだろ。付きっ切りに練習見れなくてもたまにはアドバイスくらい出せるだろ~?」

「そ、それは……まあアドバイスくらいは良いですが……」

「なんでボクまで入ってるのさ!? あっ、あっ、えっと……いやまあアドバイス出すのはいいです……けど……ソンナメデミナイデ……」

「まあまあまあまあ! アタシに任せろって! 実はとっておきの協力者だっているんだぜ!?」

「協力者!? 協力者って誰ですの!?」

「というか待ってよ! ボクは会長に今日の事何て言えばいいのさー!」

「……」

 

 深夜のグラウンドに、騒がしい声が木霊する。

 足元で呑気にバラバラのままの謎生物は、我関せずと言った態度で風に揺られていた。

 

 

*1
下腿の筋肉の総称。 主に足首を屈曲させる動作をつかさどる。

*2
レース終盤の残り600mからゴールまでのタイムのこと。レースではこの600mを全力疾走する事が多い為、ウマ娘にとっての速度の指標になる。

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