トレーナーに基本的人権は無い!

あるのはゴルシちゃんに従う権利だ!

それが幸せだろ!

よし、温泉旅館って良いよね!


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ゴールドシップと温泉旅館に行って、トレーナーが罠にハメられる話

 ──なあ、今度この旅館に行かね? 

 

 と、雑誌を広げながら言われたのが1週間前。俺はゴールドシップと山奥の旅館にやって来た。厳かな雰囲気の入り口には【霧が山温泉旅館】と立派な看板が掲げられている。

 

 しかし、俺は入り口で来た事を後悔した。

 別々の部屋で予約していたのに、着いたら女将が開口一番に「部屋が1つしかありません」などとほざき始める。あの顔は確信犯に違いない。

 ネットで見た事がある。こうやってカップルをそそのかして動画に収め、ネットなどで販売する手口があるらしい。これもそうなのだろう。

 その手には乗らないし、俺はアイツの体なんかに興味は無い。ざまあみろババア。

 

 案内された部屋は広く綺麗だ。しかし、きっとどこかに隠しカメラが置いてあるに違いない。

 俺がテレビを眺めていると、客室用の電話機が鳴った。近くにいたゴルシが迷い無しに出る。

 

「はいはい、なんですか?」

 

「あー、そうですか。分かりました」

 

 ガチャンと受話器が降ろされ、俺は茶を飲む。

 

「なんか、風呂の調子が悪くて混浴しか空いていないんだとさ。どうする?」

 

 そーら、おいでなすった。だがババア、甘かったな。ウマ娘の動画は高く売れるとか思っていたんだろうが、コイツはあのゴールドシップだ。

 他のウマ娘はともかく、トレーナーを定食屋の湿気った爪楊枝くらいにしか思っていない。

 

「じゃ、風呂行くか。ほら、さっさとしろよ」

 

 ……そうか、だから俺に羞恥心が無いんだった。

 いや、それは凄く不味い。俺の将来に凄く関わる問題だ。こいつ恥という言葉を捨てたのか?

 

「あー、先に入ってこいよ。俺は後でいいや」

「別にアタシは小さくたって笑わないぞ?」 

 

 本当にデリカシーの欠片も無いウマ娘だ。あと俺は別に小さくは無いぞ。標準……それ以上か?

 

「いやほら、そうじゃなくて、ほら、あれだろ」

「お? なんだよ。母ちゃんと風呂に入った事ぐらいあるだろ? それに笑わないってば」

「だから大きさの話はしてねえんだよ」

「いやオバサン言ってぞ。息子の息子は小さい。5歳の時に風呂で見たけど将来が不安。だとさ」

「いやそれ5歳の時だろ。今は25の大人だから」

 

 ん? 今なんかとんでもない事言っていなかったか? オバサン、言ってたぞ……は?

 しかし問いただそうと顔を上げた時には、もうその姿は無かった。聞き間違いだと信じよう。

 ふと、耳を澄ませば風の音がする。途端に体が冷えてきた。風呂に入って飯食って早く寝よう。

 

 30分ぐらいしてゴルシが戻ってきた。まだ体からは湯気が昇っていて、髪はつやつやで、なんか頬が赤い。大き目の浴衣でもハッキリと胸が……。

 待て待て、俺。しっかりしろ。騙されるなあれはゴルシだ。湯上がりのエロいウマ娘じゃない。ゴールドシップという珍生物だ。惑わされるな。

 

「飯は何時ぐらいなんだ?」

「今が18時過ぎだから、30分後くらいだろうな。多分、俺が戻ってすぐだと思うけど」

「早く上がれよな。アタシは腹減ってんだ」

「分かってるよ」

 

 そう、分かっているんだ。その一線だけは何があっても超えてはいけないと。

 

                  

 

 源泉掛け流しの露天風呂が名物という謳い文句なだけあって、それは見事なものだった。

 遠くには青白く染まった町が見える。頭上には薄らに無数の星が浮かんでいた。

 ただ、不思議な事に他に誰もいない。そういえば、チェックイン時の台帳には俺ら以外の名前が無かった。つまりこの旅館は貸切り状態という事になる。なんとも贅沢な話だ。運が良い。

 ん? まて、つまり、さっきアイツは1人でこの風呂に入り、それからアイツ以外に誰も、俺が入るまでここに来ていない事になる。

 という事は、今浸かっている温泉にはアイツのアレやコレやが100%の濃さで存在……。

 落ち着け俺。やめろ、考えるな。混ざり合うとか、溶け合うとか、1つになるとか、考えるな。なんだか柔らかくて滑らかだな、とか思うんじゃない。お湯を肩にかけて、後ろから腕を回される妄想とかするな。顔にかけるな。

 そうだ、深呼吸しよう。ホットマイナスイオンを体に取り込むんだ。アイツが吸った空気と同じ空気を肺に流し込んで……違う、俺は常識人だ。

 同じ姿勢で入っていたからのぼせてしまったのかもしれない。足を広げて、腕を広げて、腰を楽にして、そうしたら俺のが水面に飛び出して。

 

「これはあれだ、体温の上昇によって血行が良くなり、結果としてこうなっているだけだ。あと、やっぱりそんなに小さくはねえよな」

 

 おや、少しだけ冷静になった。口に出して言う事で物事を客観視出来るようになったのだろう。

 

「ふっ、俺とした事がくだらねえ。ゴルシがなんだよ、ただ背がデカくて胸がデカいだけのウマ娘じゃねえか。ま、あんだけデカいと、風呂に入ったら浮くんだろうな。胸が、湯船に……」

 

 待て待て待て、俺よ、待て。考えるな。考えたらまた、せっかく小さくしたのに、また、また。

 

「……っ! 鎮まれぇ! 3.14159265359……」

 

 くそっ、もっと勉強しておけばよかった。9の次はなんだ? 思いだせ、あの少年時代を……!

 

                  

 

 俺は馬鹿だ。風呂から出るだけで全部解決する事だった。結局、1時間近く浸かってしまった。

 コーヒー牛乳を2本買って部屋に戻ると、予想通りゴルシは俺に次々と文句を言った。

 しかし、コーヒー牛乳をちらつかせると大人しくなった。念の為2本渡すとあっという間に機嫌が良くなった。子供かよ。まあ、安いもんだ。

 それから程なくして、女将を先頭にゾロゾロと料理が運ばれてきた。これは期待出来ると思う。

  

                  

 

「食前酒のマムシ酒です」

「山芋と茸の味噌和えです」

「レバーとニンニクのホイル焼きです」

「アスパラガスの湯じめです」

「川海老と山菜とマムシの茶碗蒸しです」

「国産鰻の白焼きです」

「アサリと牡蠣のクラムチャウダーです」

「和牛もも肉と三元豚のステーキです」

「スッポン鍋です」

「大豆と鯖の炊き込みご飯です」

「皇帝です」

 

 前言撤回。ちょっと意味が分からない。

 まずなんだこのラインナップは。これ全部、精のつく食材ばかりだろ。無駄に美味そうだが。

 極めつきは最後だ。「皇帝」そうあの皇帝だ。シンボリルドルフの事じゃない。栄養ドリンクの「皇帝」だ。ありえないだろこんなの。

 俺は文句を言おうと、女将を呼びつけた。

 既に箸をつけているゴルシの事は無視だ。

 

「あの……すみません、この料理は……」

「どうぞ。当館名物の亜鉛茶です」

「あっ、はい。どうも。それでですね……」

「お布団は敷いてありますので」

「ええまあ、ありがとうございます。それで……」

「お湯加減はいかがでしたか?」

「っえ? あ、よ、良かったですよ」

「お2人では入られなかったのですか?」

「はっ!? ま、まあ、別々にしました」

「……チッ……あら、そうでしたか」

「それで、それでなんですけどね?」

「申し訳ありません。そろそろ失礼致します」

 

 駄目だ。このババア、客の話聞く気がねえ。

 あと舌打ちが露骨すぎるだろ。絶対に帰ったら低評価つけてやる。こんなの星1だ、星1。

 

 そうしてババア達は部屋から出ていった。だが俺は見逃さなかった。部屋から出る直前にババアがゴルシに小さくないガッツポーズをした事を。ゴルシがおう! と堂々返事した事を。

 俺の本能が叫んでいる。早く逃げろと。ここにいたら大切な物を全て失うぞと。

 とにかく、俺はここから逃げるんだ。トイレに行くフリをして外から出れば、勝てる。

 まずは冷静にふすまを開けて、開かない?

 なんだこれは。これは……鍵がかけられている?

 ふすまに鍵? ふすまに? 鍵?

 

「あー、言い忘れてたけど。そこのふすまは朝になるまで開かないからさ。トイレはそこの扉」

「アー、ソウナンダ。アリガトウ」

 

 言われた扉を開けて短い廊下を進み、もう1つの扉を開くと確かにそこはトイレだった。

 Q:なぜゴルシは知っていたの?

 A:ゴルシだから。 

 これで通るのがアイツの恐ろしいところだ。

 

 もう、いいや。飯を食べて徹夜しよう。ずっとテレビでも見ていよう。そうすれば、何も起こらずに朝を迎えられる。何も間違いは起こらない。

 少し、いやかなりヤケクソになった俺は食事に手をつけた。味は文句無しに美味かった。多分、そっちの効果も凄いのだろう。既にアレが熱い。 

 

「美味いなこれ!」

「そうだな。うん。味はいいな。味は」

「ほら、手が止まっているぞ! それっ!」

 

 俺の箸が止まると、ゴルシが料理を口まで運んで喉の奥まで入れてくれる。人権? なにそれ?

 

 「ごちそうさま」と言う時の、ゴルシの表情になぜだか俺は見惚れた。料理のせいだ。 

 あと、俺には「いただきます」と聴こえた。

 

                  

 

 食後は普通に過ごした。トランプで出来る遊びを一通りやったり、くだらない話をしたり、枕投げをしたり。枕と言うよりも砲弾だったが。

 そうやって楽しい時間が流れて、突然電気が消えた。それに変わって館内アナウンスが入る。

 ババアがマイクを掴む音が聞こえた。

 

《23時を回りましたので消灯させて頂きます。朝までごゆっくりと、お楽しみください》

 

 修学旅行かよ。しかもお休みくださいではなくてお楽しみくださいって言ったぞ。なんかの法律で裁かれろ。今すぐ110番を……ここ圏外だ……。

 とにかく、俺は寝ない。寝たら全部終わるという自信がある。こうなれば、朝まで通販版組でも見よう。クワバタオハラに欲情はしないからな。

 ……つかない。テレビの電源が入らない。画面の向こうにいるクワバタオハラに会えない。

 そしてまたアナウンスが入った。

 

《テレビも部屋の明かりも、朝までつきません。スタンドライトはつきます。それぐらいの明かりがあった方がやりやすいでしょうから。それでは朝までお楽しみくださいね。あ、シップちゃん。テレビの下にある引き出しに、一応アレを入れて置いたから。まあ、いらないと思うけどね。まあどうしてもというなら、使ってもいいわよ》

 

 何から言っていいか分からねえ。冷静さを保つためにもババアの言葉を分析しよう。

 その1。朝までテレビも照明もつかない。

 その2。電池式のスタンドライトはつく。

 その3。ババアはゴルシの事を知っている。しかもシップちゃんなんて呼ぶくらいの関係。

 その4。テレビの下に何かがある。テレビの下の引き出しに……あった。小さな箱だ。中には帯状の物が……ビニールで包まれていて何か丸い。そうこれは、これは……完全にアレだ。

 よし、その5。ほぼ間違いなく部屋にはカメラが仕掛けられている。そうに違いない。

 その6。これはババアとゴルシが結託して俺をはめるために仕掛けた罠だらけのお泊り計画だ。

 一通り分析したが冷静にならない。むしろ、頭が熱を帯びて上手く回らない。ソコもどんどん熱くなっている。俺は今、危険な状態だ。

 

「お、女将さんさ……」

 

 その声が耳に触れた瞬間。俺の全身を一気に血が巡った。俺をくすぐる、甘い声だった。

 

「や、やっぱりさ。カメラは止めてくれよ」

 

 おい、何言っているんだよ。やめろ。

 

「い、今だって恥ずかしくて心臓がおかしくなりそうなんだ。れ、レースの後よりも苦しいんだ」

 

 やめてくれ。そんな声で言わないでくれ。

 

《分かったわ。ごめんなさいね。それじゃあ、胸張って頑張りなさい。貴方なら大丈夫だから》

「うん……ありがとう。アタシさ、頑張るよ」

《おやすみなさい。シップちゃん》

「おやすみなさい。女将さん」

 

 やめろ。

 アナウンスと会話するな。

 そんな事を言うな。

 

 部屋は静かで少し寒いが、俺の耳は熱かった。

 

                  

 

 消灯からどれぐらい経ったか。時計の針は30分以上進んだだろうか。俺は身動き出来なかった。

 ゴルシは、ゴールドシップは、布団に入ったままずっと動かない。互いに体を動かせなかった。

 

「……ゴールドシップ」

「なん……だよ」

「この旅館に来てからおかしな事ばかりだった。けど、大体の事が分かって来た」

「そう、なんだ。察しがいいな……」

「でもな。だからこそな。俺は」

「とりあえずさ……布団……入れよ。デカいから」

 

 いつもの俺なら絶対にありえない。ありえないが、今の俺は、多分おかしい。俺は、言われるがままに布団の端に入った。ダブルサイズのデカい布団の中に。ゴルシが入っている布団の中に。

 

 ゴルシは窓の方を向いて、俺に背中を向けていた。俺も壁の方を向いてゴルシに背中を向けた。

 俺達は出来る限り離れていた。俺の方から距離を出来る限り取っていた。それが最善だった。

 なのに布団の中は熱く。熱でもあるみたいに俺の息は荒かった。全身が熱かった。

 

「なあ、もっとこっちに寄れよ」

「駄目だ。これ以上は、駄目なんだ」

「もう分かっているんだろ? この旅館の事も、アタシの目的も、この状況も」

「ああ、そうだよ。良く分かったよ」

「じゃあさ、もっと……近くに来てよ」

 

 駄目だ。近づいてはいけないんだ。

 その一線を越えてはいけないんだ。

 

「俺はこういうの分かんねえし、経験も少ねえけど、多分、俺の事好きになってくれたんだよな」

 

 返事は無かった。その方がありがたかった。

 

「普通なら嬉しいんだろうな。まあ、その、普通の男は、お前みたいな美人のウマ娘に好かれたら簡単にYESと答えるんだろうよ。でもな、俺は違うんだよ。俺は、お前のトレーナーなんだよ」

 

 小さな小さな返事が聞こえた。泣き声だった。

 

「俺は、お前がもっと強くなるのを見たい。その道を後ろからずっとついて行きたい」

 

「けど、ここで、俺がそういう気持ちに負けたら道が、その道が無くなっちまうんだよ」

 

「俺が負けて、お前にも負けてほしくない」

 

「だから、このまま寝て、朝になったら俺達はまた元の俺達だ。最強のウマ娘ゴールドシップと、そのトレーナー。だから、だから、だから……」

 

「悪いけど、その気持ちには答えられない。答えてやる自身が無い。答えるのが、怖い」

「勝手な事言うなよ」

 

 小さな呟きだが、なぜかはっきりと聞こえた。

 その声はどんどん大きくなっていった。

 

「何が、負けてほしくないだ」

 

「勝手にカッコつけて身を引くな」

 

「自分でも認めてんだろ。怖いって」

 

「アタシも怖いんだよ。この想いは届かないかもしれないって考えると、指が震えるんだ」

 

「それでも、怖くても、回りくどくても、多少は卑怯なやり方をしてでも、伝えたかったんだよ」

 

「それなのになんだお前は。アタシを傷つけたくないとか言って、変な優しさ見せて」

 

「そんなの」

 

「全然優しくねえから……!」

 

 怒りながら泣く背中を、俺は布団の端から見る事しか出来なかった。言い訳を口にしようとして言葉を飲み込む度に、その背中が離れていった。

 

「お前にアタシの気持ちが届いているのか分からないんだよ。拒否するなら……ちゃんと、はっきり拒否してよ……。ちゃんと嫌いって……言ってよ……」

 

「真面目にお前を好きになったアタシが馬鹿みたいじゃん。何で、何で好きになったのかな……」

 

 息が苦しい。今すぐ逃げ出したい。体が重い。全部忘れたい。真っ白な関係に戻りたい。

 

「なあ、頼むよ……もうやめてくれ……これ以上は駄目なんだ。戻れるなくなるんだよ……」

「何いってんのさ……もう、戻れないじゃん……」

 

「アタシが好きって言ったらさ、もう元の2人には戻れないから。だから、アタシを楽にしてよ」

「楽にって……おい、何を言って……」

「嫌いって言ってよ。そしたら消えるからさ」

 

 ……嫌いって言えるわけねーじゃん。

 嫌いじゃねえんだから。好きなんだから。

 あー、これは俺の負けだ。

 ゴルシに負けたんじゃない。

 俺自身に負けたんだ。

 ある意味勝ったと言えるかもしれない。

 はは。すげーズルいやり方。そんなの言われたらさ、断れねえじゃん。もう、逃げられねえよ。

 ……もう、逃げるのは止めないとな。

 

 気づけば、俺はゴルシの背中を撫でていた。

 

「やっと覚悟決めたのかよ。遅いんだよ……」

「この先、どうなってもいいんだな」

「……ん。好きにしろよ」

「あー、くそっ。俺のペースってもんがな……」

「くくっっ……あははははっ!」

「おい、何がおかしいんだよ」

「いや。なんか安心したら急におかしくてさ」

「どこがだよ。人の気持ちも知らないで」

「だってよ、目の前にこんなイイ女がいるのに、襲わずに我慢して、童貞のくせにやるなあって」

 

 やっぱり、俺は笑うゴルシが好きなんだな。

 あーあ、俺まで気が抜けちまったよ。

 ……ん? 今、コイツなんて言った?

 

「誰が、童貞だって?」

「え、だってお前童貞だろ? ヘタレ童貞」

 

 そうか、コイツ勘違いしているのか。

 全身の熱は引いたが、ソレの熱は収まらない。

 ありがとうな、ババア。おかげで初めてコイツに勝てそうだわ。それだけは感謝してやる。

 

「経験無いのはお前の方だろうが」

「いや、それは、まあ、そうだけど……」

「クイズを出してやる。25歳、トレセン学園でトレーナーとして勤務、趣味無し、毎日残業、土日出勤上等、割と顔に自信あり。こういう男が何に金を使うか知っているか? いやあ、トレーナーというのはストレスが溜まりやすい仕事なんだ。特にゴールドシップのトレーナーはな。さて、俺の経験人数を知っているか? ああん?」

「お、おい、ちょっと落ち着けよ。目が怖いぞ」

「いーや、落ち着かない。あの料理効きすぎだから。もう開放しちゃったから。止まんねえよ!」

「いやいやいや! 待て待て待て! まだ、心の準備が! ゴルシちゃん未経験採用だから!」

「うるせー! 仕事はしてもらうからな!」

「お許しくださいお奉行様 手違いです!」

「ゴールドシーップ! お縄につきやがれぇ!」

 

 スタンドライトの明かりは少し眩しかった。

 

                  

 

 朝だ。朝日と雀の鳴く声がなぜか嬉しい。

 上に乗っかって大いびきのゴルシを転がして、ゆっくり起き上がると目眩がした。

 貧血気味だ。少し調子に乗りすぎた。

 もう解錠されたのか、ふすまは何の抵抗も無く開いた。マジで、どうやって鍵をかけるんだよ。

 ふらつく足で廊下に出る。別に逃げたいわけではない。正確には逃げたのかもしれない。

 自分でも驚きだが、ゴルシを転がした時に何かがバクンと跳ねた。あのままだと寝起きでやりかねない。そうなると地獄だ。だから逃げた。

 まだ遠くの街は夜の中だ。山の向こうから昇る太陽が柔らかく辺りを照らしていた。

 ふと、玄関の方まで行くと、あのババアの話し声が聞こえてきた。自然とその声が耳に入る。

 

《あ、もしもし? 霧が山温泉旅館の女将です》

 

《聞きたい? Vよ。V! 間違いなくVよ》

 

《アンタの息子はヘタレじゃ無かったよ》

 

《いやいやホント、シップちゃん頑張ったよ》

 

《あんな良い娘、アンタの息子には勿体ないね》

 

《ウチのあとを継がせたいくらいだよ》

 

《駄目? あらそう》

 

《でもあれね。あれはトウモロコシ男ね》

 

《え? ああ、種が沢山って事よ》

 

《はいはいそうね、分かっているわ》

 

《駅まで送ると言ってアンタの家まで送るから》

 

《うんそう、そうそう、じゃあ後はよろしくね》

 

 アンタの家? アンタ……まさか、母ちゃん?

 いや、まさか、なんで母ちゃんが?

 ……ああ、グルだったのか。全員グルなのか……。

 逃げよう。これは逃げなきゃいけないやつだ。

 今すぐ……今すぐゴルシに肩を掴まれたまま……。

 

「や、やあゴルシ、さん。よ、よく眠れた?」

「おめー、どこに行くつもりだ?」

「え、いや、ちょっとそこまで……」

 

 ゴルシは無表情だ。すげー美人に黙って睨まれるのは怖い。何考えてんのか分からなくて怖い。

 

「よし、トレーナーゲットだぜ」 

「ゴルシさん? ゴルシさん? ゴルシ?」

「まだ朝ご飯食ってねえだろ? 勿体無いぞ?」

「あの、お願いします。見逃してください」 

「み の が し て く だ さ い ?」

 

 それは言ってはいけない言葉であったと、1秒後に思い知った。鯖折りにされて肩に担がれた。

 部屋まで連れ戻されるとそのまま布団に投げられた。ゴルシが飛んでくるのが見えた。

 俺は基本的人権を放棄させられた。

 

「おら、さんざんアタシが許してくれ、見逃してくれと頼んでも聞かなかったよな? 鬼のようにいたいけなアタシを滅茶苦茶にしたな? よし、午前6時03分。ゴルシちゃん保護法違反で逮捕」

「待て、体力が、いや、ホント悪かったから」

「ゴルシちゃんのスタミナは底なしなんだぞ☆」

「あー、流石は黄金色の不沈艦だー、あぁ……」

 

 そこで俺の意識は途絶えた。

 落ちる視界、光に染まる世界が美しかった。

 




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