道場は、その中に人が30人以上いるとは思えない程に静寂に包まれていた。正しく言うなら、緊張、か。
俺の数メートル先、一歩飛び出せば拳が届くという間合いでその人は構えていた。正拳突きを放とうとしているような、中段でドシッと構えたまま動かない。
ただ構えている・・・と言葉にすればそんなところ。しかしこの姿を見れば『構えの本質』というのを嫌でもわかる。
構えとは・・・備えだ。どんな攻撃が来ようとすぐさま対応できるように、戦いの中に生じる僅かな隙を逃さないように。その備えが完璧であればあるほど構えは
そのオーラは、その隙の無さは自分がどう仕掛ければいいのか、という考えを曇らせ、動きを詰まらせる。
そのオーラを感じるのは無論、俺だ。そしてそのオーラを放っているのはもちろん目の前にいる愚地独歩さんだ。
要するに俺は仕掛けようにも仕掛けられず、また独歩さんの方からも仕掛けないという膠着状態に陥っていた。
「・・・っっ!」
ジリジリと距離は詰めてみるも、途端に背筋に『いやなもの』が走り、足が引っ込んでしまう。
アグレッシブな攻撃をする克巳さんとは違い、独歩さんはまるで目の前でライオンがこちらをじっと睨んでいるような、動きはしないがこちらから飛びかかれば痛い目に遭うという危機感がある。
「・・・ふぅ───」
さて、どうしたものか。無策に突っ込むのは間違いなく危険だ。だけども何か仕掛けないと・・・というある種強迫観念じみたものが俺の中にあるのも事実。
「へっ・・・」
このまま睨み合う緊張が続くのかと思ったが、独歩さんが突如吐き捨てるような笑いをこぼす。
「武道家らしく構えで圧をかけるのもいいが、
「・・・え?」
独歩さんが突然構えをとき、まさに
「・・・ほら、間合いだぜ?」
「え?え?え?」
さっきまでの構えによる牽制はなんだったのか。ズカズカと俺の間合いに入った独歩さんは不敵に笑みを浮かべながら仁王立ちしている。
──どうして?なに?しかける?罠?なにを?どうやって?とりあえずなにか?なにを?
そんな、あまりにも大胆不敵な独歩さんに一瞬様々な思いが脳内を駆け巡る。
「──ハァ!」
とにかく、間合いに入ったのならこちらが先制を取る。独歩さんの顔面に向けて右ストレートを放つ。
・・・だが先制を取ったのは独歩さんだった。
「カっっっっ!」
一瞬で肺に含む息を吐き出すかのように独歩さんの口から声が漏れる。そして俺の攻撃を先読みしていたかのように先に放たれた独歩さんの正拳突きが俺の胸に突き刺さった。
「──────!」
声が出ない、出すことができないまま吹っ飛ぶ俺。きっとここまで独歩さんの予想通りだったのだろう。
横隔膜がせり上がっているのか肺が呼吸をしてくれない。それでもなんとか気合いで立ち上がる。
「お、今のを受けても立ち上がるかよ。流石、
「ッッ!!!」
息も浅く、フラフラの相手へ向けられる純粋な賞賛。だが、その言葉がなにより俺の闘志を燃え上がらせた。
「・・・ハッ!」
無理やり肺を絞り、その反動で空気を肺に押し込む。胸の中央がズキズキと痛むが問題ない。まだやれる。
「ほら来い、坊主」
俺が再度構え、攻撃の意志を見せても独歩さんの笑みは崩れない。まるでまだこの場が自分の掌の上にあるかのような余裕っぷりだ。
なら、その余裕・・・・・・秒で消し飛ばしてやる!
駆け出す。ミシッと足元から音がする。独歩さんが急速に接近してくる。
「・・・フゥっっっ!!!」
間合いに入ってからのラッシュ、独歩さんも俺の攻撃を捌くが反撃の隙は与えない。
蹴り技のような大技は使わず、腕の軌道も最低限、最小限に抑え、とにかく手数を多く打つ。
徐々に独歩さんの防御が遅れ始める。
「・・・シャッ!」
独歩さんの鉄壁に空いた穴、そこに鋭く左拳を入れる。放った拳はその穴を抜け、独歩さんの顔を捉えた。
「・・・っ!セァっ!!!」
溜めがなかったとはいえ俺の拳では怯みもしない独歩さんはそのまま内回し蹴りで俺を叩き落とそうとするが、流水岩砕拳で横に流し、そのまま一歩退いて間合いの外に出る。
「へへ、やるじゃねえか」
顔の中央を殴られたことで独歩さんの鼻から血がドクドクと出始めるが独歩さんは全く意に介していない。
独歩さんは嬉しそうに顔を歪めながら、構えを変える。両手を真っ直ぐ広げ、前に出し、まるで待てのポーズをしているようだ。
『前羽の構えっ!!!』
誰かがそんなことを口にする。どうやらあのポーズもただの構えではないらしい。身体の脱力具合、重心を見るに防御寄りの構えか・・・?
・・・・・・防御寄りだとしたら少し厄介だ。流水岩砕拳は守りのウェイトが大きい。ラッシュのスピードはボクシングで培った技術で補えるとしても基本的には相手の攻撃をスカし、隙をついて攻撃する技だ。
ゆえに、対守りの型相手に対しては決め手に欠ける。大技を仕掛けてきた時にこそ流水岩砕拳はチカラを発揮するが、攻撃が来なくなればそこまで攻撃力が高くないから押すに押せなくなる。
「だからといって!」
───退くことはしないっっっ!!!
計算高く攻撃することもうしない。そもそも今まで戦ってきた人は誰もが俺の理解の外側にいた。そんな相手に計算?・・・論外でしょ!
「ハアアアッッ!!!」
俺が繰り出した両拳によるラッシュは独歩さんの両手に受け止められ、捌かれ、押しのけられる。
──鉄壁ッッ!!!!
脳裏に浮かぶ鋼鉄の壁のイメージ。いくら打ってもヒビ一つ入らない不倒の面。
ここでこのラッシュを止めればその隙をやられ、大技に出ればそのカウンターをくらう。・・・独歩さんが何を考えてるのか分からないがそれくらいなら簡単に想像が出来た。
でも、本当にそうだというのなら・・・
両腕のラッシュから流れるように右足で上段蹴りを放つ。蹴り出す瞬間、独歩さんの目が見開かれる。
「ヌオッッ!」
間合いを詰めながら蹴りを左手で制し、右手は腰に据えられ、中段の構えになる。
「〜〜〜!!!」
「ふは・・・!」
独歩さんの声にならない掛け声と共に放たれる右拳。その正拳突きに対して、こっちは飛び上がり、左膝をぶつけて下の方へ押し流す。
そのまま無防備な顔面へパンチを撃つ。しかし独歩さんも流石の反応速度でしゃがみこみ、そのままローリングしながら距離をとる。
「おいおい、まるで動物みたいな運動神経だな」
「・・・よく言われます」
元々運動能力も反射神経も人並外れている自覚はあったが、勇次郎さんとの試合以降さらにその人外さにも拍車がかかった気がする。
「おぃらも『空手』をやんねぇと負けるかもなぁ?」
独歩さんの構えがその意味深な言葉と共に変わる。
右腕を掲げ、左腕を下げる。まるで猛獣が口を開き、牙を剥くような構えだ。
『て、天地上下の構え・・・!』
なんだそのくそかっこいい名前!?あの構えそんな名前なんだ!いいな〜俺もそんなかっこいい構え欲しいな〜。
・・・いや、俺も作ろうと思えば作れるのか?流水岩砕拳はこの世界では俺だけの武術なんだし構えてもそれがテキトーなものなんて気づく人いないよね?
バッとそれっぽく腰を落とし、腕を交差させ前につきだす。あ、結構
「ほぉ、中々面白そうな構えじゃねえか」
俺の構えに独歩さんも興味がある様子。さて、肝心なのは名前だが・・・。
「
とかテキトーなことを言ってみる。周りの人や澪花さんが息を呑むのが伝わってくるが、別に構えが変わったからといって何かが変わるわけではない。てか何を変えればいいのか分からない。
「ほぉ、じゃあその構えが
バ、バレてる〜〜〜〜〜〜。
独歩さんがそう言うと一気に距離を詰めてくる。
ヤバい!これがテキトーじゃないこととかどうやって証明すればいいんだ!?これ両腕交差させてるだけだからただ単純に動き辛いだけだよ!?
そんなことを思ってる間にも独歩さんはどんどん近づいてくる。
腕を交差させてもガード以外何にもならない!クロスさせたまま殴る?プロレスか!・・・・・・うん?殴る?
これ・・・このままでもいけるんじゃね?
独歩さんの正拳突き。それに合わせて俺はクロスさせた腕を半ば回転させながら突き出す。流水岩砕拳を伴うこの動きは・・・・・・独歩さんの攻撃の軌道を逸らす。
そして花のように開かれた両手による発勁が独歩さんの腹に突き刺さる。
「・・・ッッッ!!!!」
災い転じて福となす・・・のか?偶然、たまたま技の型を成してしまった。ともかくテキトーであることは隠し通せたと思うがそれ以上に吹っ飛んでいった独歩さんが心配──
「・・・すご」
吹っ飛んだ独歩さんは倒れ込むことなく吹っ飛んだ威力を利用して片腕で倒立していた。こちらから頭皮しか見えず表情を伺うことは出来ないが、向こう側で観戦してる人達が引きつった顔になってるのを見るにあんまりいい顔じゃないようだ・・・俺にとって。
「ふぅ・・・これは一杯食わされちまったぜ」
倒立から元の二足歩行に戻った独歩さんはキツイ一撃を貰ったはずなのにニヤニヤとしていた。それがあまりにも・・・・・・不気味だった。
「
なにやら穏やかじゃない言葉を発した独歩さんは飛び上がる。ミシッと飛び上がる蹴り足だけで道場の床板が破壊された。
とても人とは思えない程に高く飛び上がった独歩さんはそのまま飛び蹴りを放った。
「はぁ・・・っっ!!」
その蹴りを流水岩砕拳で流しにかかる。直線に真っ直ぐくる蹴りを左手の平で右方向へ押しやる。しかしその瞬間、左手に鋭い痛みが走った。
飛び散る赤い液体。それが自分のものであることはすぐに理解した。
っっっっっっ!!!!!!
もはや反射的にも近いレベルで即座にその場を飛び退き、独歩さんの間合いから出る。左手を確認すると手のひらに浅くだがナイフで切り裂かれたような跡ができていた。
「・・・ナイフ、まさかあの蹴りが・・・?」
「おうよ。空手は五体を武器化するからな。この手が、足が鈍器にも刃物にも変わるのさ」
・・・マジかよ。克巳さんといい、独歩さんといい全くこの人が繰り出す技はどれも俺の思考の範疇を超えてくる。
「おめぇさんの技も打撃は流せるけどよ・・・刃物ならどうなんだい・・・!」
独歩さんが再び駆け出す。その手は開かれており、あれが今から刃物に変わると思うと背中に嫌な汗が流れる。
「ナノハァ!!!」
繰り出される
「・・・このままじゃ」
・・・いや、ここで退いてはいけない。
俺が流すのは・・・・・・その面だっっ!
集中しろ・・・独歩さんの攻撃は勇次郎さん程激しくもなければ、克巳さん程速くもない。俺には、俺の流水岩砕拳は、アレを捌くだけの力量がある!
「コォッ・・・・・・!!!」
息を吸い込み、肺を膨らませ、息を止める。呼吸という隙を捨て、全ての意識を独歩さんの攻撃に集中させる。
チカラの流れを読み取り、独歩さんの攻撃の軌道を読みきる。
「・・・チィッッッ!!!」
流せてはいるものの増える一方の傷跡。俺が独歩さんの攻撃に対応しきれていない何よりの証拠だ。
だけどそれだけじゃ足りない。独歩さんの攻撃は拳を回転させ、捻りを加えながら放たれている。その回転も視野に入れなければ完全には流せない。
不思議と頬が緩む。手元が狂えば、目の前の刃物が全身に突き刺さるというのに、こんな危険な状況に
戦いの高揚感が、『あの時』と同じように俺を一つ上のステージへと押し上げてくれる。
濾過を繰り返す水が透明度を増すように、ボクシングや合気道、そして空手といった知識が、技が抜け落ちていき流水岩砕拳としての密度を増強していく。
「カァッッッ!!!」
独歩さんの声とともに繰り出される諸手の貫手。だけど、既に俺の目にそれは凶器として映っていなかった。
「流水岩砕拳ッッッ!!」
独歩さんの貫手が、俺の身体を避けるように逸れていく。俺は、全くの無傷だ。
「・・・なにッッッ!?」
独歩さんも驚きの声をあげるが動きに乱れはなく、間髪入れず薙ぎ払うように蹴りを入れる。
それをこちらはバク転することで避ける。
「へ、面白くなってきやがったな」
「あぁ、本当に面白くなってきたな・・・!」
獰猛に笑う独歩さん。きっと俺も同じように笑っているのだろう。・・・・・・本当に、俺も染まったなぁ。
ドンッッッッ!!!
そんな時に、終了を告げる太鼓が鳴り響く。どうやらもう三分経ったようだ。時間いっぱい、引き分け・・・かな?
「おいおい、これで終わりはねぇだろ・・・なぁ?」
独歩さんが俺の方に問いかける。こちらとしてもまだやりたいという気持ちはある・・・が。
「親父、そこまでだぜ」
「岩技さん、もうやめにしましょう」
俺と独歩さんの間に割って入る克巳さんと澪花さん。克巳さんはやれやれといった感じだが、澪花さんはどこか怒っているように見える。
「おい、なんでおめェが止めるんだよ」
「そりゃあこっちとしても
「あ?怪我人って俺のこと言ってんのか?あ?やんのか?」
独歩さんが克巳さんに不良みたいなつっかかり方をしてるのを見て笑みがこぼれる。こっちもあんな感じで平和に終わればいいのだが。
「岩技さん」
「は、はい!」
澪花さんの声に姿勢がピンとなる。普段通り、のはずだが心なしか怒っているように見える。しかしその顔はどうしていいのか分からないといった感じだ。
「ボクサーにとって拳は命と同等の価値を持ちます。もっと大切にしてください」
「あ、はい」
澪花さんの言葉を聞いて、手を見ると確かにボロボロだ。骨までは見えてないが、浅くは無い傷がチラホラ見える。けど、俺の謎治癒力をもってすればすぐに治るだろう。
「・・・・・・すみません。本当は責められるべきは私なのに・・・岩技さんを良かれと思って連れてきた私に・・・」
・・・・・・え?ここまでで澪花さんに悪いところあった?
俯きがちに俺に謝る澪花さんになんと声をかければいいのか。ともかく変な誤解は受けているようなのでそれは解くべきなのだろう。
「えーと・・・澪花さん?その今回の件、けっこう俺は澪花さんに感謝してるんですよ?俺が知らない世界を教えてくれたし、おかげで俺自身も成長出来ました。・・・だから、ね?感謝してる人がそんな暗い顔してたら俺もどうすればいいのか分からなくなります」
「岩技さん・・・・・・ありがとうございます」
「あ、あはは・・・」
澪花さんも一応、納得してくれたようだ。あまり慣れないことをした・・・下手すると今日で一番気を使った気がする。周囲の視線が痛い、気のせいか・・・いや全然気のせいじゃない。すごい睨まれてる。
「・・・けっ、これじゃ始めるに始めれねぇじゃねえか」
そう悪態をつく独歩さん。苦笑いする克巳さん。そして謎にオラつき始める周り。少しの笑みがこぼれる澪花さん。もう何をすればいいのか分からない俺。
・・・・・・・・・とりあえず、一件落着、かな。
「え、廻し稽古?いや、俺怪我・・・え、関係ない?ちょ、待って、怖い、目が怖い、やめ、ちょ、やめ──」
一件落着・・・なのか?
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ふと、思い出した。伝説に意気揚々と挑み、死の境目を経験したあの日を。
あの男にそこまで力量があるとはとても思わなかったが、あの時俺に見せた目が、どうにも脳裏にこびりついて離れないのだ。
例えるならまさに、ケモノ。獰猛というより猛獣、アレが見せた覇気はまさにそれだった。だからあの男、範馬勇次郎を思い出したのだろう。
戦いの中、奴の技術レベルは急激な上昇を見せた。武に励み、武に捧げているからこそ分かる。
それはチカラを隠していた、発揮しきれなかったことにほかならない。もしも奴が己のチカラを『あの試合』の時のように全て解放していたらどうなっていたのか。
俺は、勝てていたのか。
「・・・・・・ふっ」
とりあえず、強いことには変わりない、と。
今はそれでいい。次にあった時に確認すればいい。
「次、待ってるぜ岩技ぃ・・・」
今回少なめですいません。もう克巳さんで全部出し切ってしまった・・・。
さて、次こそは刃牙くんを・・・!
誰とイチャつく?(物理的に)
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元祖ハーレム(ピクル)
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かませ犬なわけないだろ!(オリバ)
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噛道!(`・ω・´)キリッ(ジャック)
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その他(鎬兄弟とか相撲とか)