地上最強のホモ(に追われる俺)   作:100000

6 / 10
原作の方で凄いカミングアウトがありました。ネタ小説である本作が割と笑えなくなりました。いやなんでやねん。


限界を超えて伝説に挑む

会場のボルテージはいまや最高頂に達しようとしていた。それはこの地下闘技場を知るものなら誰もが尊敬し、畏怖し、羨望し、愛してやまない『チカラの象徴』が顕れたからだ。

 

『つ、ついに姿を現したッッッ!!!鬼の、鬼の(かお)だアアアッッ!!!』

 

(いやいや、なんだよアレ・・・・・・・・・・・・)

 

岩技がそう思うのも無理はなかった。岩技の目の前に現れた鬼とは、範馬勇次郎の背中に浮かび上がった筋肉の形だった。

 

一体どういう成長をしたらあのような筋肉になるのか、岩技には全く想像がつかなかった。

 

(あの背中の筋肉は多分、背筋、ヒットマッスル・・・・・・打撃の時に扱う筋肉だ。俺も周りの皆も背中の筋肉は鍛えてるけどあそこまで異質な筋肉は初めて見た・・・)

 

短くも格闘技の世界に身を置き、あまつさえその頂きにいる岩技でさえ異常と思える筋肉。そこから放たれる威圧感に岩技は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

「とうとう本気を出してきたか・・・」

 

一方観客席では、愚地ら三人が勇次郎の背中へ視線を向けながら深刻な面持ちで腕を組んでいた。

 

「ああなった勇次郎さんを果たして岩技さんは止められるかのぉ」

 

「できるできないではありません。()()()()()岩技の敗北は決するでしょう」

 

渋川の言葉を本部は切り捨てる。しかし実際そうであるゆえに渋川もそれ以上言うことは無かった。

 

ただ、一つだけ思うのは。

 

「岩技さんはもう技を出し尽くしておる。だが、勇次郎さんにはまだ先がある」

 

そう、それは勇次郎が背中の鬼を見せる前に既に岩技の武は限界に達していたということだ。これまで勇次郎の暴力に岩技は高い技術と適応力で逃れてきた。だが、もはやそれもさっきので打ち止めであろう、そう思ったから出た言葉だった。

 

『岩技選手が仕掛けた・・・がしかし弾かれたァ!範馬選手の豪腕を流せていないィ!』

 

渋川の言葉通り、岩技の技が通用しない光景が目の前で繰り広げられる。

 

先制をかけた岩技だったが、勇次郎の攻撃を流すことは叶わず、殴り飛ばされる。血を吐きながら宙を舞う岩技。そのあまりに悲惨な姿に観客の中にはとうとう目をそらす者も現れ始める。

 

「やはり・・・」

 

本部も渋川同様に岩技の限界を悟り始める。

 

 

 

 

 

「さて、それはどうでしょうな」

 

しかしその言葉を否定したのは愚地独歩だった。

 

「あの技、あの技術、よもやまだ先があるかもしれねぇ。それにさっきも奴は一瞬で飛躍的な進化を遂げた・・・もしかすると、な」

 

 

 

 

 

『なんと!?岩技選手、空中ですぐさま体勢を立て直し再び仕掛けるゥ!』

 

「・・・マジかよ」

 

本部が思わず口調を崩してしまうのも無理はなかった。範馬勇次郎の攻撃は一撃必殺、マトモにくらえば並のファイターならまず立ち上がることはない。実際、岩技選手もこれまで一発貰う度にダウンしていた。

 

だが、今のはどうだろうか。殴り飛ばされた岩技は空中で体勢を整え、すぐさま攻勢に転じている。先程までのやられようが嘘のようだった。

 

(何が起こってるんだ・・・・・・・・・・・・!)

 

その奇怪な光景に口から言葉を紡ぐことが出来ず、思うまでに留まる本部。

 

そして本部が衝撃を受けている間も岩技と勇次郎は何度も何度もぶつかり合い、その度に岩技の体が宙に浮く。

 

「これは・・・」

 

その光景は渋川の脳裏にある出来事を思い起こさせた。

 

それは、過去に渋川剛気が地下闘技場で範馬勇次郎のもう一人の息子、ジャック・ハンマーと闘った時のことである。

 

体長2メートルを超えるジャックに対して渋川は160センチもないという圧倒的な体格差だったがその差をものともせず合気でジャックを何度も投げ飛ばした。

 

しかしジャックはその圧倒的な耐久力で何度も投げ飛ばされながらも顔色一つ変えずに渋川を攻め続けたのだ。渋川の脳裏にはその過去の記憶が蘇っていた。

 

もっとも、相手の力を利用するとはいえ自分の合気と勇次郎の攻撃では威力に大きく差があるのは渋川にも分かっている。

 

「耐久力が人並外れている・・・というわけではない。おそらく・・・」

 

「流している・・・おそらく『骨格』で」

 

「「「!?」」」

 

聞き馴染んだ声に一同後ろを振り向く。そこには・・・。

 

「親父がここでやるって言うんで飛んできましたよ」

 

「遅かったじゃねぇか()()()()()()

 

現地下闘技場チャンピオンにして、範馬勇次郎の実の息子、範馬刃牙が立っていた。

 

「・・・おや、刃牙さん。どうして汗だくなんじゃ?」

 

しかし、そこに立っていた刃牙は空調の効いた闘技場であるにも関わらず全身汗まみれだった。

 

「ちょっとランニングにね」

 

その言葉に鍛錬ご苦労さまと周りは流すが、そのランニングの距離が42.195kmというフルマラソンの長さであることなんぞ知る由もなかった。

 

「ところで刃牙さん、骨格で流すというのは・・・やっぱり」

 

「間違いない・・・あの、範馬勇次郎の攻撃を、親父の攻撃を腕や足といった末端ではなく骨格、体の一部で流しているんだ」

 

『!!!』

 

武術家が技をかける時、手や足あるいは体全体を使って一つの技を繰り出すのはよくある話である。

 

では、()()使()()()技などいままであっただろうか。功夫(クンフー)や空手のような部位鍛錬による肉体硬化ではなく、骨を使って技を放つ・・・果たしてそんなことができるだろうか。

 

しかし、岩技はそれが出来てしまった。

 

範馬勇次郎の拳、それはボクサーとして鍛えた筋肉の鎧を容易く貫き、骨に達した。

 

本来ならその後に待つ光景は、胸骨粉砕という悲惨なものである。だが、岩技はその光景を、未来を回避するだけの術が備わっていた。

 

そう、流水岩砕拳である。骨に達した拳を、その骨を使って押し流す。

 

胸骨は他の骨と比べ、幾分かアーチ状になっているせいか他の骨よりは流しやすいッッッ!・・・尤もそう思っているのは岩技だけなのだが。

 

つまり岩技は骨で流すことで本来受けるダメージを極限まで分散しているのだ。その技術が叶い、並のファイターなら一撃で絶命する範馬勇次郎の攻撃をしのぐことができていた。

 

・・・だが。

 

『こ、これは・・・なんということでしょう・・・見てられません』

 

最小にすることはできてもその打撃を放つのは地上最強の生物、範馬勇次郎である。流し、分散できたとしてもその馬鹿げた威力は確かに岩技の体に刻まれていた。

 

岩技の体には無数の()()()()()()()()()()。皮膚は浅くも抉れ、そこから血を流しており、いつの間にか岩技の全身は血塗れになっていた。

 

「まったく・・・天才だな。(オーガ)の拳をあれだけくらってまだ立ってやがる。・・・正直羨ましいぜ」

 

愚地の言葉に渋川は何か考え事をしてるように俯く。本部が気をかけ、その顔を覗き込むがその表情は落ち込んでいるというより何かに対して憎らしくも清々しく、そして愛らしいというなんとも難しい表情だった。

 

「達人だの、武の神様だの、もてはやされては来たが・・・・・・。上には上がいるもんだ・・・」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

渋川が口にしたことは二人も少なからず心に秘めていたことだった。

 

それは、なんてことない、誰もが持つ、強さに対しての嫉妬(ジェラシー)だった。

 

「若者に嫉妬とは、わしもまだまだ若いの」

 

「渋川先生・・・」

 

「刃牙さん、あんたの()()()()があんなに楽しそうだがどう思う?」

 

渋川は己の若さを笑いながら、刃牙に『意地悪な質問』をする。

 

「・・・正直言うと、面白くないです」

 

そう言いながら、刃牙は渋川の隣に立つ。若干髪を逆立てながら。

 

「刃牙さん・・・」

 

「・・・・・・そんなこと考えるの、今は止めにしません?多分自分も、皆さんも考えること一緒ですよね?」

 

「ククク、違いねぇ」

 

「・・・ですな」

 

刃牙の言葉に愚地も本部も笑う。いや、渋川もはじめから笑っていたのかもしれない。彼らは空手家、柔術家、闘技者(ファイター)であっても強い人が目の前に出てきたら思うことは一つだった。

 

((((早く俺も()りてぇな〜〜〜〜〜〜))))

 

男たちは無邪気に笑う。まるで遊園地のアトラクションの順番待ちをする子どものように。

 

年齢に差はあれど、彼らもまた根っからの闘士(ファイター)なのである。

 

────────────────────

 

 

 

 

幸か不幸か、俺は今もこうして立っている。立つことができている。

 

身体は傷だらけ、血もたくさん出てる、もはや赤くないところの方が少ない気がする。・・・それでもまだ立っている。

 

勇次郎さんの攻撃に咄嗟に思いついた『体で流す流水岩砕拳』は思いつきでありながら()()()見事に体現できた。

 

でも分かる、この体に限界が近づいてることに。血が、肉が、骨が、俺に警鐘を鳴らしていることが分かるのだ。

 

「でも・・・・・まだいけそうだ」

 

そんな根拠の無い自信が俺を支配している。特に意味もなく、特に訳もなく、ただ『やれそうな気がする』というだけだ。

 

実際その自信に、発想に身体はついてきてくれている。突拍子もない提案にこの体は応えてくれたのだ。きっと、きっとまだ俺には・・・先がある。

 

だから確かめにいこう、俺の限界を。

 

「・・・・・・フゥ〜〜〜〜〜〜」

 

俺が熱くなっていくなかで勇次郎さんは一息つくように大きく息を吐いた。こっちは今からやりますよという時に出鼻をくじかれたようだ。

 

「もしかして飽きましたか?」

 

「いや、ただ満足してるだけだ。この闘争に、この出会いに」

 

そう言うと勇次郎さんは両手を広げる。そう、さっき鬼の顔を出現させた時のように。

 

「お前は知らないかもしれないが。俺は、最強だ」

 

「・・・そうですね、知りませんでしたよ。最近までは」

 

「最強ってのはなァ〜〜〜退屈なんだよ」

 

───だから、どうか

 

 

 

 

 

 

俺を飽きさせるなッッッ!!!!!!!!

 

ドンッッッと爆発するような音と一緒に大きくなっていく勇次郎さん。

 

今の流水岩砕拳じゃ、通用しない・・・ならば!

 

「ハッ!」

 

突っ込んでくる勇次郎さんに合わせて拳を突き出す。流すことができないなら流す前に制する!!

 

俺の拳は勇次郎さんの顔面のど真ん中を捉える。向こうのスピードとこっちのスピード、ぶつかり合えば凄まじい威力になる。

 

──え、嘘

 

瞬間俺の頭を駆け巡ったのはこの思考だった。

 

だってそうだろ、どうして殴ったこっちが()()()()()()()!?

 

殴ってるのに後ろに吹っ飛ぶという奇妙な体験をしながらもなんとか体勢を崩すまいと足を踏みしめる。

 

そんななか勇次郎さんの腕が引き絞られるのを目にする。来る、渾身の一撃がッッッ!

 

「うおおッッッ」

 

無理やり体を捻らせて、回避体勢をとり、地面を転がる。

 

次に何が来る、何をする、どうすればいい、その他一切の思考を振り切り、体をすぐさま起こす。

 

地面から視界が上に切り替わると既に目の前には勇次郎さんの拳が迫っていた。

 

四つん這いの体勢で両手を握りしめ両足を踏ん張り、関節を柔らかく曲げ、その一撃を頬を掠めながらも避ける。

 

だが、次に放たれた二撃目は避けられないと判断。腕をクロスさせ、防ぐ。

 

「ッッッ・・・・・・!!!」

 

ガードした腕が吹き飛んだのではないかと勘違いする程の衝撃。腕を斜めにしてできるだけ威力を軽減したにもかかわらず身体は簡単に浮かび上がった。

 

腕が、痺れてるッッッ!

 

ビリビリとダメージを知らせてくれる腕を力を込めて黙らせる。もう怪我を庇うとか、負傷したとかそんなこと言ってられない。

 

空中でのつかの間の浮遊、時間にして一瞬のことながらそれすらも鮮明に感じ取れる程に集中している。

 

着地地点を確かめる・・・・・・・・・あぁ、やっぱり。

 

そこには既に勇次郎さんが体を捻り、腕を振り絞り、その野性的な目を光らせながら、俺が降ってくるのを待つ姿があった。

 

やられるかよッッッッッッ!!!

 

こちらも体を反転、空中で流水岩砕拳の構えを取る。もう避けることはできない。次の一撃に対応出来なければやられる・・・なら、できなくてもやるしかない!

 

──シュッ

 

勇次郎さんがそんなことを言った、気がした。口から息を吹き出した時に出るあの音が聞こえた訳でもないのに耳に届いた気がした。

 

少なくとも今目の前に迫るこの拳にそんな擬音は似つかわしくないのだが。

 

──流水岩砕拳ッッッ!!!

 

体の中のありとあらゆる力、気力、集中力、その他全てのパワーを振り絞る。

 

「ハァ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ?」

 

パッと気づく。さっきまで勇次郎さんを視界に収めてたはずがいつの間にか天井を見上げていた。

 

「──痛ッッッ」

 

起き上がろうとするが腹部に激痛が走る。体にも力が入らない。

 

「おい岩技!」

 

どうしたものかと考えているとコーチが鬼気迫る顔でグイッと顔を近づけてきた。チラッと横を見ると澪花さんが心配そうにこちらを見ている。

 

「岩技、もう止めろ!これ以上は本当に死んじまうぞ!ボクシングも人生も続けられなくなるぞ!」

 

・・・何を言ってるんだろ。あ、そうか。俺って今闘ってたんだ。それで・・・・・・勇次郎さんに殴り飛ばされたんだった。もしかして観客席まで飛んじゃってる?

 

──おい、聞いているのか!?

 

コーチが何かを言っている。でもそんなこと気にするよりも()()()()への気づきが俺の脳内を支配していた。

 

今でも手に残っている、勇次郎さんの打撃を流そうとした感触。

 

強く、(つよ)く、(つよ)く、頑丈(つよ)く、破壊(つよ)く・・・・・・・・・

 

あの瞬間に俺の中に流れてきた情報の中に、いままで感じ取れなかった特別なモノがあった。

 

・・・・・・多分あれは、()()だ。チカラの、向き、大きさ、芯の強さ。そんなものいままでになかったモノだ。

 

流水岩砕拳は俺の身体が覚えていて、俺の意思に半自動的についてきてくれるものだ。

 

もしかすると、あれは・・・・・・流水岩砕拳を行う上でとても大切なモノなんじゃないのか?

 

「・・・・・・確かめないと」

 

震える手に力を込める。痙攣する腕に活を入れる。そうして伸びきった腕を、肘から思いっきり地面に叩きつけ、その反動で起き上がる。

 

「岩技!」「岩技さん!」

 

「いってきます」

 

この二人はきっと俺を止めようとしてくれたのだろう。試合が始まる前の俺だったら間違いなく縋っていたその手を取ることはなかった。

 

闘いへの興味、意識あるいは興奮、そんなよく分からない感情が俺の足を進めていた。

 

「ほぉ、また気がでかくなりやがったな・・・」

 

勇次郎さんが俺にそう言う。何を言ってるんだ、体はボロボロ、内側も外側も傷がないところを探す方が難しい程だ。足取りも不確かで、視界もたまに霞んでいる。これで気がでかくなったとは言えないだろ。・・・てか気ってなに?

 

「ちょっと気づいたことがありましてね」

 

「ほぉ?」

 

「もしかすると・・・・・・またアンタに追いつけそうだ」

 

そんな大した強がりでもない俺の言葉に勇次郎さんの髪が逆立つ。こころなしか体が膨張しているようにも見える。

 

「俺に追いつく、だァ?」

 

顔を歪ませながら一歩一歩足を進める勇次郎さん。

 

「面白い・・・見せてみろ」

 

俺と勇次郎さんの距離が縮まり、間合いが触れ合う。

 

先に動いたのは勇次郎さん。それでいい、先に動いていい。俺が見たいのはあなたのチカラの流れなのだから。

 

なんのフェイントもない、純粋な右ストレート。シンプル、否、最強だからこそ単純な攻撃。流水岩砕拳で流そうと俺の体も動く・・・その刹那。

 

確かに捉えた力の奔流、まさに嵐の如く猛々しい流れを。そして・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・捉えた」

 

確かに掴んだ勇次郎さんの力の流れ。そして拳は俺の顔の僅か右を通り抜ける。それは俺の流水岩砕拳が勇次郎さんに届いた何よりの証拠だった。

 

「ッッッ!」

 

間髪入れず、勇次郎さんが左フックを放つ。左腕を肘からプロペラのように半回転させ、手を圧しあて、流す。

 

・・・ようやくスタートラインに立てた気がする。随分と痛い目を見たが、そもそも俺が未熟だったのが悪い。しょうがない。

 

そして勇次郎さんの三発目は左足を天高く振り上げてからのかかと落とし。それも少し横に流しながら、間合いを詰める。

 

「フッ・・・!」

 

そして全身を巡る力の流れを拳に集中させ、一息で勇次郎さんの胸に正拳突きを三発お見舞いする。

 

単純な技量じゃない。相手の力の流れ、向きが理解出来た今、流水岩砕拳はようやく真価を理解できた気がする。

 

俺はこの武術を半分も理解していなかった。ただ相手の攻撃を流すことに特化した技、だけではなかったんだ。

 

相手の攻撃だけじゃない、この五体に流れる僅かな力の流動も感じ取ることができるようになってきた。

 

「あぁ、なんか分かった気がする」

 

まるでパズルが全て完成したかのような爽快感と何かが俺を護ってくれるような安心感に同時に包まれる。

 

流水岩砕拳、『水のように流し』『岩を砕く』と思っていたけどもしかすると違うのかもしれない。相手の攻撃を水のように流し、無力化するのではなく、俺自身が水になるからこそ攻撃を流せるのかもしれない。

 

なら、この身体中を駆け巡る『流れ』は俺を水へと誘っているのだろうか。

 

「フフ・・・」

 

自分を水化する・・・その荒唐無稽な話に笑いがこぼれるが、その考えが間違いでないと思えるのは何故だろうか。誰も正解と言ってくれないのに不思議と合っていると思える自信。もしかするとこれが武道家の人が持つ信念というものなのだろうか。

 

「今ならなれそうだな・・・水に」

 

さぁその自信に、信念に、身を任せよう。

 

────────────────────

 

 

 

 

 

(こ、これはッッッ!?)

 

烈は一瞬、己の目を疑った。ほんの一瞬、だが確かに、流野岩技の体が液状化したように見えたからだ。

 

「何かが・・・起ころうとしているのか?」

 

「もう起こっとるよ」

 

烈の言葉に郭海皇は言う、既に始まっていると。

 

『い、今なんかおかしくなかったか?』

 

『体・・・溶けてなかったか?』

 

その変化には観衆も気づき始めていた。

 

そしてその異変は岩技だけに留まることはなかった。

 

(なんだ、砂が・・・・・・・・・?)

 

闘技場の砂が突如動いた・・・ように見えた。だが、烈はそれが()()()()()()()()()()()()ことに気づく。

 

砂の上を何かが流れているのだ。それが水であり、その水が砂を動かしているように錯覚していたのだ。

 

(その若さでなんという技術(わざ)ッッッ、なんという()ッッッ!!!)

 

昨今様々な武術家が修行の一つとして水を扱うことはよくある話である。時には水に打たれ、水を叩き、水を持ち、中には水に変化()ろうとした者もいた。

 

しかし、烈の目には岩技が、岩技こそが、いままででどの武術家よりも『水』であることが直感的に理解できた。

 

「・・・流れじゃ」

 

「ッ!老師、あれが何か分かるのですか!?」

 

「分かるも何も、あやつが()()()()のはわしらも普段から感じておるモノ・・・チカラじゃ」

 

「・・・チカラ」

 

「力こぶを作る、上腕二頭筋にチカラを入れる。腕を振るう、腰を切り、足を踏みしめ、肩から腕そして手先へとチカラを放つ。わしらが触覚、イメージで感じ取るものをあやつはより正確に感じておる」

 

「そ、そんなことが・・・!」

 

可能なのかと言おうとしたところで烈は口を塞ぐ。今の言葉を口にしたのが一般人ならともかく、郭海皇、中国武術そのものである『伝説』が言うのだ。間違っていないと思いを新たにする。

 

「ほほ、分からんのも無理あるまい。他の者にはそのアレが水としてまでしか見えておらんからの」

 

「・・・ッッッ」

 

『その他の者』に自身も入っていることに烈は歯噛みする。

 

「イメージは、無限大。それも確かな実感を持ってすれば他者にそれを()せることも可なり」

 

「で、ではそこまで武を大成させたのであれば」

 

「うむ、()()()()

 

そこまで成した技術(わざ)の結晶。通じなければ敗北、通じればもしかすると・・・・・・

 

『いくぞッッッッッッッッッ!』

 

『来いッッッッッッ!』

 

そして観客が目にしたものは──

 

 

 

 

 

 

 

横に落ちる?・・・・・・滝??????

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

なぁ皆の衆、お前たちにとっての日常(あたりまえ)ってなんだ?

 

顔を殴られる、痛てぇよな?

 

腹を蹴られる、痛てぇよな?

 

それをプロ選手がやったら─多分死ぬ─なんて思うよな?

 

違ぇんだよ。俺はもうそれが日常(あたりまえ)じゃないんだ。

 

俺なんて、顔を殴られたら殴った方の拳が砕ける。

 

腹を蹴られても、腹筋を割られることなく無傷で済んじまう。

 

プロだろうが素人だろうが裏の人間だろうが俺にはそこら辺にいる虫と大差ないんだぜ。

 

達人と称される武道家達の技、なるほど競技レベルじゃないな。

 

でもそんな技ですら、俺には届かない。

 

技をかけられようも、それが集団で襲いこようとも腕を振るうだけで相手は死屍累々になる。そもそも大抵の技なんぞ見ただけで真似できる。

 

国家権力ですらそうだ。

 

貴様らが基本相手にしない、できないであろう連中も俺の前には平伏しちまう。

 

この拳にはなんでも収まる、それが俺の日常(あたりまえ)なんだよ。

 

それがどうだよ・・・・・・・・・・・・。

 

殴る、当たらない。

 

殴る、倒れない。

 

蹴る、かわされる。

 

蹴る、返される。

 

殴られる、血が出る。

 

蹴られる、視界がブレる。

 

なぁ、お前らには想像もつかないだろうな。

 

テレビで野球の点数が中々入らないことに歯噛みすること、格闘技で敵が逃げ、攻撃が当たらないことにイライラすること・・・・・・。

 

そんなことが俺にとっては()()()()なんだぜ。

 

当たらないという非日常(あたりまえ)

 

(かわ)されるという非日常(あたりまえ)

 

血が出るという非日常(あたりまえ)

 

倒せないという非日常(あたりまえ)

 

全く、こうも楽しいのは久々だ。

 

見ろよ、この男。

 

たかがイメージ、されど人並外れた想像と体術で滝を生み出しちまった。

 

俺の攻撃は滝に飲まれ、怒涛の水しぶきが俺を襲う。

 

あぁ、どうかこの時間が・・・・・・・・・・・・・・・終わりませんように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

───────────────────

 

 

観衆は思う。我々の目には果たして何が写っているのか、もはや何を写しているのか。

 

横に流れる滝(のようなもの)、舞う水しぶき(・・・多分)、そして・・・・・・・・・。

 

まるで爆撃音のような(多分)肉弾音。

 

ふと、滝が突然消え、そこから一人の男が飛び出してくる。

 

流野岩技だ。観衆は目の前で起こった非現実をあの日本人ボクサーが魅せたという事実を目で見えても頭で理解することができなかった。

 

『す、すげぇ・・・・・・・・・』

 

誰かがそんなことを口にする。だが、その一言が観衆の心情を何よりも表していた。

 

「・・・・・・・・・いいものだな、闘争というのは」

 

辺りが静寂に包まれる中、範馬勇次郎が口を開く。その顔はどこか名残惜しそうで愛おしいというそんな表情をしていた。

 

「ちょっとだけ・・・・・・その考えも分かった気がするよ」

 

それに答えるのは流野岩技。手を膝に当て、明らかに疲労した状態ながらもなんとか応えているという様子だ。

 

それもそのはず、勇次郎も出血こそしてはいるが岩技と比べたらその量は微々たるもの。外傷だけでなく内臓の方もダメージが深い岩技には本当の限界がおとずれようとしていた。

 

「終わりにしよう」

 

その言葉と共に勇次郎は右腕を振り上げる。

 

認めるかその言葉、認めてなるものかと目を見開き、限界を迎えつつある己の体にムチを打ち、構える岩技。

 

その変化は遠くから見つめる観客からもありありと掴めた。

 

勇次郎の右腕が突如()()()()のだ。極太麺のような血管が浮き上がり、力こぶはもはや『コブ』と呼ぶにはあまりにも肥大化し、勇次郎の右腕を一回り巨大化させたのだ。

 

「・・・ハハ」

 

その脅威的暴力を前に岩技は、笑っていた。

 

(はぁ、やっぱりまだ本気じゃなかったか・・・・・・)

 

岩技が薄々と感じていた手加減。最初の時点であれだけのものを放つことはできたはず。なのにしてこなかったということは気を使わせていたということ。

 

その現実に岩技は落胆・・・などしていなかった。むしろ喜んですらいた。

 

(ようやく、向こうの本気(マジ)を体験できるわけだ)

 

範馬勇次郎、その存在に自分が勝てないことは()()()()()()()()。スピードが、パワーが、反射神経が、経験が、もしかすると技術(わざ)が、何もかも劣っていることなど岩技は初めから分かっていた。

 

そんな自分に与えてくれた本気という『プレゼント』に岩技は己がどれほど危険な状況なのかを理解しながらも感謝を感じていたのだ。

 

(なら、俺も応えないとな・・・全力で)

 

足を踏みしめ、上半身を脱力、それでいて必要最低限の力を保持する。

 

己の中に感じる力の流れを再認識する。そして、勇次郎の右腕に込められた力の流れ、太さを確認する。なるほど、馬鹿げている・・・と。

 

観衆も徳川も刃牙も愚地も渋川も本部も烈も郭海皇も・・・・・・そして岩技も次で決まると確信する。

 

───この出会いに感謝を

 

それは誰かの思いか、岩技も、そして勇次郎も感じ取ったその言葉を皮切りに地面を蹴り出す。

 

己を水化させた岩技は滝となり、勇次郎に迫る。

 

対する勇次郎はその場に留まり、右腕を引き絞りフルスイングの体勢に入っていた。

 

「流水岩砕拳ッッッッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滝が、割れた。




流水岩砕拳・()
岩技が死闘の果てに辿り着いた流水岩砕拳だったモノ。自己解釈の中で我流化したが本人的にはまだ流水岩砕拳らしい。力の流れを強いイメージで可視化するまでに至り、あらゆる攻撃の流れを操ることに成功した。


次でラストです。

誰とイチャつく?(物理的に)

  • 元祖ハーレム(ピクル)
  • かませ犬なわけないだろ!(オリバ)
  • 噛道!(`・ω・´)キリッ(ジャック)
  • その他(鎬兄弟とか相撲とか)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。