宛の無い場所に一人佇むというシチュエーションは、実に心細いものである。
そんな当然なことを今さらながらに実感した私としては、もはやそう叫ぶ意外に自分を保つことはできそうになかった。
故に、まだ人がたくさんその辺を歩いているであろうこの時間帯に、あえて大声で叫んでやったのだ。
「っそんなオカルト有り得てたまるかぁぁぁぁぁっ!」
――ってね。
これは父が家族で麻雀を打っている時に母に振り込んでからよく叫んでいる言葉であるが、不思議とそれを聞くたびに、私は元気になるのである。
あれどうしてなんだろうね?
と首を傾げて問いかける私に、父はよく微笑みながら教えてくれた。
この科白は自分が大切に思っている仲間の一人がよく口ずさんでいたものなんだよ、と。
そしてその人は、私にとっても決して他人ではないのだと。
言葉の意味はよく分からないけれど、たしかにそれは私に力をくれた。訳の分からない状況で一人佇むことしか出来ない、今この時でさえ。
「ふぅ……ちょっとスッキリしたかな」
一仕事終えた後の爽やかな笑顔を浮かべつつ、額の汗を拭う。
あちこちからこちらを見やる視線を感じるが、もはやそんなものはどうでもいい。気にしても仕方がないのだから。
携帯電話は当然だけど使えない。ネットも不可。こうなればもはや充電されない携帯型ミュージックプレイヤーである。
そんな泣きっ面に蜂な状況ではあるが、今考えなければならない問題は山積み、先送りにできそうのない優先事項は三つもあった。
一、どうやったら元いた場所に戻れるのか。あるいはこうなってしまった原因は何なのか。
二、今日寝る場所はどうしようか。あと食べ物も。財布の中身は残金三千円ほどである。心許ないにも程があるだろう、私の懐よ。
三、どうせなら若いお父さんに会ってみたい。アラフォーなのにあれなのだから、十代なんてきっとアイドル並に格好よかったに違いない。
優先順位は、下から順に高い→低いである。
逆じゃないのか、という突っ込みはあえて聞き流す方向で行くのが須賀家の家訓。
無論、帰りたいと思う気持ちは強い。カラータイマーが鳴りはじめたウルトラマンをして一撃で倒すことができないカプセル怪獣程度には強い。
たかだか高校一年生、味方が誰一人居ない環境で孤軍奮闘できるほどに私の自生能力は高くはないのだから当然だろう。
一番の懸念材料であるカピちゃんの餌やりに関しては、家にいる家族の誰かがやってくれるだろうから問題はないとしても。
一日一回、彼女を撫でて抱きしめてモフらなければ元気が出ない私としては、この状況はまさに非常事態宣言真っ最中であるといっていい。
しかし、あえてそこを抑えて父親との対面の優先順位を引き上げている理由は、
“須賀家(祖父母の家のほう)ならば、衣食住の保障に加えてカピちゃんのお母さんもいるからそっちも満たすことが出来るはずだ!”
という、まさに天才的な発想、これに尽きる。
いやまだ受け入れてもらえるかどうかは未知数な上、獲らぬ狸の何とやら、にしてもいい加減すぎるのだけど。
それでも今の私に残された唯一の希望は『彼』が私を認め、受け入れてくれることしかないのだった。
と、いうわけで。
言い訳をつらつら並べているうちに、やってきました須賀家前。
インターホンを押そう押そうとしていながら、指はそこを押せないでいる。
先程から何度同じ動作を繰り返しているのか分からないけれど、一ついえることがあるとするならば。
なにこのムダに張り詰めている緊張感。
ただ祖父母の家を訪ねてやってきた可愛い孫が一人いるだけなのに、これはいったいどういうことか?
うんうん唸りながらも、右手は一向に進まない。
そういえば、いつもはインターホンなんて鳴らさずにさっさと扉を開けて勝手に上がりこんでいたような。
……という驚愕の事実に気付いたのは、そのままの体勢で十分ほど経過した後のことだった。
「うう、まさかこの私がこんなチキンハートを持つイケてないガールだったなんて……」
どんよりと沈んだ空気を纏いつつも、右手に持ったハンバーガーは口元へと運ばれていく。
半分やけになりつつ噛り付いたそれは、空腹を満たすには十分でも、やはり家で食べる母の手料理とは比べるべくもない程味気なかった。
突発的須賀家奇襲作戦の結果は、惨敗である。
インターホンを押すという、ある意味で箸を持つよりも簡単な作業を何故か実行することができず、すごすごと撤退した頃には既に陽はとっぷりと暮れていた。
駅前にやってきた私は、目に付いた中でも一番安価なファストフードの代名詞であるマク○ナルドにて一番安いセットを注文し、今に至るというわけだ。
これで残金は約2500円也。
今すぐに元に戻れるならばともかく、いつまでこの状況が続くのか、さっぱり読めない現時点で残金がこれというのは流石に涙が出てくるレベルで心許なかった。
この金額だと、そこそこ安く一夜を過ごす事が可能な例のお城のような建物で休憩することすら難しそうだ。
……彼氏居ない歴イコール年齢の私は一度も入ったことなどないうえに、そもそも住宅地なこの近辺にそんな建物が何処にあるのかっていう話ではあるけれども。
ともかくこのままでは公園で野宿コースである。
うら若き花の女子高生がまさかの野宿。花だけに野生なんですね、あはは、って笑えねーよ!?
などと一人でやっていても虚しいだけなのだが、他にやることがないのだから心の安寧を保つためには仕方がないことなのだ。たぶんだけど。
というのにも理由があって、この時代では私が持っている携帯電話は使えないらしいのである。
この時代のそれとは規格そのものが異なる上、SIMカードに登録されているIDが不正だからかネットにもアクセスできない。
携帯による暇つぶしに慣れきってしまった私らの世代は、こうなればもう無条件に手持ち無沙汰にならざるを得ないのだった。
「はぁ……ここからだとお母さんの実家までは遠いしなぁ……どうしよっかな」
くしゃくしゃに丸めた包み紙をトレーの上に放り投げ、残ったポテトを口の中に放り込む。
どうにか小腹は満たされたが、本題はこの先だ。
例のあの「開かずの間」が自由に使えるのであれば、都合よくベッドもあることだし、ある程度の問題はクリアできるはずなのだけど。
鍵はおそらく今持っているこれで問題なく開けられるとしても。
とはいえ、未使用ならともかく部室として使用中であれば住み着いてしまうわけにもいかないだろう。
背に腹は代えられぬ、とは昔の人の言葉であるが。
武士は食わねど高楊枝、とも昔の人は言っている。
どっちを選ぶかは今後の展開次第かな――なんてことを考えながら、窓の向こう側に流れていく人を無意識のままに眺めていると。
一人、不思議な人がいた。
その人は、年齢でいえばきっと私のお祖母ちゃんと同じくらい、けれどよほど機敏な動きで人並みを避けながら歩いている。
まるで、予め他人の動きが分かっているかのようなその流暢な動きに半ば見惚れていたその時。
「――?」
不意に、そのおばあさんの視線が空を舞い――こちらのそれと交錯した。
「……っ」
――ゾクリ、と。
背筋を駆け抜けていく悪寒。
久しく感じた事のなかった、凶事が起こる前触れにも似たその感覚は、子供の頃から私に芽生えていた特殊な『癖』の一つであった。