似て非なるこの世界で、失われたかつての日常と同じ道筋を歩く意味があるとするならば。
それはたぶん、自己満足以外の何者でもないのだろう。
ある登山家は言ったという。
何故山に登るのかと問われ、そこに山があるからだと。
それはある意味で、究極の自己満足といえるのではないか――?
「ワケの分からないことばっか言ってないで、ほら。さっさと行こうぜ」
「はぁい」
簡単に言ってしまえば、今日は私が再び清澄高校へ通うことになるその第一歩目、記念すべき日だということ。
あー……学校行きたくないでござる。
何が嫌って、まずこの世界のこの時代に本来いないはずの私の足跡を学歴という形で残してしまうことである。
なんていうか、それを考慮に入れたうえで学校へ行けという指令がトシさんから出されたということは、だ。今すぐに元の世界に戻ることはできないからきちんとした生活基盤を手に入れておけ、といわれているようでなんか切ない。
原因が不明な時点でそれは当然そうなんだろうけど……万が一にも明日戻れることになったら、私がいなくなった後学校側にどう説明するんだと。
まぁそうなったらもう向こうに戻った後の私にとってはまるで関係のない話になっちゃうんだけどさ。
実は私、祖父母の家から清澄に通うのは今日が地味に初めてだったりする。
今は亡き(というかまだ建てられてすらいない)マイハウスは駅を挟んだ向こう側にあったから、こっちから通った方が距離的には近いっぽいんだけどね。
いつも通っているものとは違う通学路、とはいえ幼稚園の頃から見慣れた風景ではあるけれども。それでもこうして二人で並んで歩いていると、どことなく新鮮な気がしないでもないから不思議だ。
「そういえばお前、向こうで咲と顔見知りだったりするのか? 面識有りそうな清澄に通ってる知り合いっつーとあいつくらいだと思うんだけど」
「うん? 咲ちゃんっていうと……ああ、京くんの幼なじみの宮永咲ちゃん? うーん、向こうだとたぶん会ったことないんだよね、私」
「たぶん?」
「私のお父さん、ちょっとした有名人だったから。小さい頃っていろんな人がうちに遊びに来てたし、正直今でも顔と名前が一致しないどころかたぶん名前そのものを知らない人もけっこういるんさ」
「へぇ」
超絶に人見知りするお母さんはともかくとして、社交的なお父さんのほうは特に知人友人が多い。
ただ、その中で『みやながさき』という名前を直接両親から聞いたような覚えはないから、おそらく面識はなかったはずだと思う。
でも、こっちでそんな親しい間柄だったとするなら、向こうでそうじゃない理由ってあんまない気もするよなぁ。
さよちゃんの口ぶりから推測するに、こっちの世界の二人は結構仲が良いっていう話だったはず。
もしかしてだけど、向こうの世界の二人の間には何か疎遠になるような事件でもあったのかな?
うーん……まぁ実際にその辺がどうなっているのかは分からないけれど、最近では『幼なじみは負けフラグ』って含蓄のある言葉もあるくらいだし。ぽっと出のお母さんに掻っ攫われたとしても仕方ないよね。
「……って、いやちょっと待てよ。それってつまり今後俺が有名人になる可能性もあるってことか? モテモテ人生!?」
「あー、京くんの場合そのルートはもうフラグがポッキリへし折れちゃってるからたぶんムリムリムリのかたつむり」
「マジで!?」
「本気と書いてわりとマジで」
がっくりと肩を落とすお父さん。まぁ、サッカーやってない時点でこの世界の未来に残されているルートなんてお察しだよね。
「お前の世界の俺っていったい……つーか何やったらそんなことになるんだよ?」
「サッカーだけど? 私がちょうど幼稚園児やってた時代だったと思うんだけど、たしか日本代表だったこともあるはずだし」
「日本代表……だと!? 俺が!?」
「サポの人たちからは不動のセンターバックって言われてたっぽいね」
何気にうちのリビングには東アジア選手権やらの優勝メダルが飾られえていたりする。
「こっちの世界だとハンドボールやってたんだっけ? なんで高校で続けなかったの?」
「……んー? まぁそれは、なんだ。ちょっとばかし色々あってな。どっちにしろハンドじゃ日本代表にゃなれねーし今更それは関係ないだろ」
「ふぅん、そうなんだ」
いかにも興味なさげに、何気ない感じで視線を空に向けて飛ばしたその仕草を見て、頭の中に警鐘が鳴り響く。
あ、これもしかして地雷踏んだ感じ……?
空気の変化を感じ取って話題そのものを丸ごとスルーしてみたものの、どうにも微妙に機嫌を損ねてしまったらしく、そのまましばらく無言で歩く二人。
そのままの状態で、やがて学校の正門が見える所までやって来た時、少し前を行く、本を読みながら歩いている一年生らしき女生徒の後ろ姿が目に留まった。
よくもまぁ歩きながら本を読めるもんだと半ば感心、半ば呆れながら何とはなしにその光景を見ていると。
「よう咲、おはようさん」
隣を歩いていたはずのお父さんが小走りで彼女に近づいて、下を向いた状態だった頭をガッチリ掴んで軽く揺らしながらそう言った。
「~~~~っ!? って京ちゃん? お、お早う……っていきなり変なことするの止めてよ!」
「お前が本読みながら歩いてるからだろ。マジで危ねーからそれ止めろって昔から言ってんだろーが」
「うっ……だって昨日寝る前に読んでたんだけど、続きがどうしても気になっちゃって……」
「せめて教室に辿り着くまで待てんのかい、このアンポンタン。ただでさえどんくさいのに、そんなアホなことやって交通事故に遭いましたーなんてことになったら洒落にもならんっちゅーの」
「……むっ。いくらなんでもそこまでポンコツじゃありませんよーだ」
「あんなぁ、ポンコツってる奴ほどそう言うんだって台詞を知ってるか? だいたいこの数十年間の間に歩きスマホで何人の人間がお亡くなりになってると思ってんだ」
「そ、それは……えと、何人くらいいるの?」
「いやそれは俺も知らんけど。そんな間抜けな人間って一体世の中にどれくらいいるんだろうな?」
「うーん……あっ、そうだ。京ちゃんケータイ持ってたよね? ちょっとそれ使って調べてみてよ」
「おう、その手があったか。オッケー、んじゃさっそく――」
「――ってダメじゃん!」
途中まで普通にお説教していたはずが、なし崩しに彼女のペースに巻き込まれ、取り込まれてしまうお父さん。その無様な姿に、傍観者を決め込んでいたはずにも関わらず思わず普段どおりのツッコミを入れてしまった私である。
ミイラ取りがミイラになるにも程があるってもんでしょうよ……。
「ん? どうしたんだ、いきなり大声出して?」
「歩きスマホダメ、ゼッタイ! って言ってたの京くんでしょー? なに普通にポケットから取り出して操作しようとしてんのさ、このポンコツが」
「おい待て。誰がポンコツだ、誰が。俺を咲と一緒にしないでくれ」
「ふぅん――あんねぇ、ポンコツってる奴ほどそう言うんだって科白を知ってるかい?」
「ぐっ……」
ニヤニヤしながら一言一句違わぬ科白をお返ししてやると、さすがにぐうの音も出なかったらしく黙り込む。勝ったね。
「って、そっちの子はそっちの子で、なんでそんな怯えてるかな?」
「えっ!? いえ、別に……怯えてなんていませんよ?」
なんて言いながら、ちゃっかり図体のでかいお父さんの後ろに半分隠れてしまっているのはどういう了見なのかしら。
いささかムッとしてしまうけど、それはまぁ若干ファザコン気味な私なのでどうか許してもらいたい。
ちょっとばかしの嫌味を込めてチラリとお父さんのほうへ視線を送ると、呆れたようなため息と一緒に隠れていたその子をこちら側に押し出してきた。
あわあわと慌てた様子ではあるけれど、さすがに初対面の相手に対して態度が悪いと改めたのか、すぐさま大人しくなる。
「あー、咲。こいつは俺の親戚でな、今日から清澄に通うことになってんだ。ほれ、隠れてないで自己紹介しなさい」
「ふぇっ、わ、私から!? えーっと、その……初めまして、宮永咲です。よ、よろしくお願いします?」
「何で最後疑問系なんだよ……ってまぁそれはいいか。んじゃ次はそっちな」
「ほいほいっと。初めまして、私は須賀調っていいます。京くんと同じ苗字だし、呼び辛かったら調ちゃんって呼んでね。この人とは従姉弟同士なの、こちらこそヨロシク」
「う、うん。よろしくね、調ちゃん」
「この人って何だよ……でもま、同じクラスになるかどうかはわかんねーけど、なったら仲良くしてやってくれよな」
「あー……うん。分かったよ、京ちゃん」
うん、明らかに乗り気じゃないって分かる返事をどうもありがとうございます。
ていうか、これが噂の宮永咲さんですか……なにこの警戒心バリバリな小動物っぽい娘さんは。
なんとか自己紹介まで漕ぎ着けたのはいいけれども、仲介人がいない状態で仲良くなれる気がほとんどしないんですけども。
若干コミュ障っぽい感じだけど、お父さんみたいな世話焼き人間にとっては放って置けないタイプとでもいうのかな。
ああ、でも冷静に考えると、そこら辺はもしかするとお母さんとよく似ているタイプの子なのかもしれない……と思えば、まぁちょっとは仲良くなれる余地はありそうかも。
その手の人の扱い方は先駆者からきっちりレクチャーされているから対応もバッチリだしね。
「ああ、そうだ。あのね、宮永さん。ちょっとこれ見てほしいんだけど……」
せっかく仲良くなるチャンスを逃すのもあれだから、気になっていた話題を出してみる。
お父さんの友達ならどうせ知り合うことになるだろうと考えて持ってきていた例の雑誌を鞄の中から取り出して、
「ここに載ってるインハイチャンプの宮永照さんって、宮永さんのお姉さんってことで間違いないんだよね?」
「――!?」
差し出した瞬間に、表情が凍り付いて動かなくなる。
……あっ、やっちまったかなこれは。
そう気が付いた時には、周囲の空気は非常に重苦しいものになってしまっていたのだった。
本日二回目の地雷原突入。
朝っぱらから盛大に何をやっているんだと思われるかもしれないけど――これは正しくお母さんの血筋である証拠なのだから、最早仕方がないのである。
やっぱりこれ、仲良くなるのは無理かもしれないなぁ……なんて思いつつ。
とはいえ今更引っ込めるわけにも行かず、雑誌を手にしたまま微動だにしなくなった宮永さんからの返事を冷や汗ダラダラで待っていると。
「おーい調。世間話もいいけど、お前職員室に顔出さなきゃいけないんじゃなかったか? 時間ないし、さっさと行った方がいいぞ」
「え? あ、うん……そうだね、そうしよう」
微妙な空気を読み取ってか、お父さんがナイスタイミングで戦線離脱の切欠を与えてくれた。
これ幸いにと雑誌を回収するのを忘れてその場から逃走する私。あとはお父さんが何とかしてくれるだろう。たぶん、きっと、めいびー。
……そんなことを考えていたバチでも当たったんだろうか?
「えー、今日からこのクラスに転入することになった須賀調さんだ。勝手の分からないこともあるだろうから、皆仲良くしてあげるように」
「須賀調です。これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、顔を上げる。
その先には、何ともいえない表情のままこちらを見つめている、宮永咲の姿があった。
次回、第10局:入部@思惑と誘惑の境界線
麻雀やらない系麻雀小説。つ、次こそは……。