Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED

1999年 3月 ―

 

春の帝都、陸軍技術廠。

巌谷榮二中佐は多忙な軍務の合間のひととき、茶飲み話として耳の良い部下の話を聞いていた。

 

「面白い新兵がいるって話を聞きました」

「ほう」

「基地配備の撃震で、教導に来た富士の部隊の不知火を2機食ったそうです」

「…なんだと?」

 

巌谷はいわゆる強面だ。衛士として軍においては知らぬ者とてない輝かしい武勲の持ち主で、壮年を過ぎ前線を退いた現在でも節制と最低限の鍛錬は欠かしていない。そして海外での戦傷である顔の傷を消すこともなく、普段は武断的な印象が強い。しかしその一方で、近しい者たちには稚気に富んだ面があることも知られていた。

 

「それもその新兵、まだガキなんだとかで。徴兵前の志願兵で、14、15だったかな?」

「本当か? 末恐ろしい話だな」

「さすがに小隊同士の模擬戦自体は教導隊が勝ったらしいですが…面目丸潰れだそうですよ」

「だろうな…」

 

その少年兵の才能もあろうが、いくらなんでもいくつかの幸運と偶然とが重なった結果なのだろう。にしても、教導隊の連中にとってもたまには良い薬だ。

 

「それで、どうなった」

「は、元々その基地では腕がいいのは知られてたそうなんですが、富士からも引き抜きの話が出たりして…それで試しにとシミュレーターで不知火に乗せたら乗るなりモノにした上、あくまで仮想上ということで設定を好きにいじらせたところ…その数値が試製98式に酷似していたとか」

「……偶然か?」

「…どうでしょう…で、たまたま遠田の技術屋が居合わせたらしくて」

「斯衛か」

「ご明察です。そこから話が流れて、一本釣りされちゃったそうです」

 

遠田技研が、富嶽重工と共同で斯衛用の新鋭機を開発しているのは周知の事実だ。

まさにその試作機がすでに実戦試験に入っている、試製98式。

その開発に有用そうな衛士が見つかったとなれば、放っておく手はないだろう。

 

しかし帝国軍の、しかも指導部としては手放しで喜べない話だった。

 

斯衛は五摂家それぞれの色があるにせよ、全体的にはやや閉鎖的で秘密主義的だ。

士気も練度も高く戦場では頼りになるがそれゆえにプライドも高く、巌谷本人にしても自らの古巣とはいえ、現状とこれからの時代とを考える上ではそうした部分が害になる可能性を憂慮していた。

 

「どこが拾った?」

「斑鳩公の、ところだそうです」

 

五摂家の一、斑鳩家の若き当主・斑鳩崇継。

眉目秀麗にして文武両道、才気溢れる ― 傑物といってよい男。

しかしどこか飄々としてつかみ所がなく、武断一辺倒に走りがちなここ最近の斯衛の中では、最有力でありながらも異彩を放つ。

 

英雄というよりは、どこか梟雄というような。

 

個人的に親交があるわけではないが、巌谷はそういう印象を抱いていた。

また最近は、先の京都防衛からの撤退戦で負った損耗の補充として、家や格式といったものに縛られず才ある者を貪欲に集めているとも聞いた。

 

「なるほどな…まあ、良いさ」

「は…しかしなんにせよ、次の作戦を生き延びられれば…ですか。16大隊で黒なら、最前線でしょうし」

「だろうな…」

 

いくら才能があろうと、初陣で大規模作戦。

しかもその最前線で、そこで長らえたとしても万が一のときには殿。常に兵を導き、常に戦場に在り、常に兵を見捨てず。それが斯衛のありようだからだ。

 

しかし一兵卒で全体の状況がどうにかなるものではないのだから、その彼もしくは彼女が、あたら若い命を散らさないことを願いたい。

 

そもそもその新兵に限らず、今夏に迎える横浜ハイヴ攻略 ― 明星作戦においては、どれほどの損耗が出るのか。いや、果たして成否すらどうなのだろう。

常にこちらの予想を上回ってくるBETAの物量。帝国・国連・大亜連合、そして米国と、各軍のそれぞれの思惑ゆえの不統一な指揮系統…

 

楽観論をとなえる連中もいる。しかしとるべき手段、果たすべき責務には全力を尽くしているが、それで届くかどうかは、巌谷にしてもわからないのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2000年 5月末 ―

 

西日本・中国地方に再上陸したBETA群を撃退すべく、帝国軍・斯衛軍は激戦を繰り広げていた。

 

夜間戦闘。BETAによって均されてしまった瑞穂ノ国、その昏黒の夜を照らすのは擱座炎上する味方機と銃火のマズルフラッシュ。

 

「うっ…うぉぉおおお!」

 

乗機・山吹の瑞鶴の管制ユニットの中で、篁唯依は独り落涙し咆哮した。

激情のまま突撃砲の連射を周囲に襲い来るBETAに浴びせる。

 

大恩ある、憧れの人でもあった、五摂家当主が一、崇宰恭子。

その乗機のマーカーが、先ほど消えた。

 

「な、何故ッ、こんな…! 恭子様…ッ!」

 

まだ幼さも残る整った顔を悲しみと怒りとに歪め、そのすべてをBETA共にぶつけんと操縦桿を操る。

同世代、同部隊の衛士の中でも、唯依の力量は図抜けていた。

それは持って生まれた才もあるが、常に厳しく ― あの、京都での惨劇と明星作戦で父を喪って以降はさらに ― 自らを鍛えてきたからでもある。

そして常に冷静であれと自らを戒めてきたのも。内に秘めた激情を自覚するがゆえ。

 

しかし ― 友を。父を。そして敬愛する恩人までも。次々とBETAに奪われ続け。

 

「クッ…、ううっ…!」

「退きましょう篁さんっ! もう限界でしてよ!?」

 

損傷を受けつつも残存する僚機からの通信に、退くなら退けと言ってしまいそうになった。

生き残れ、という恭子の言葉に背いて。

 

歯を食いしばりながら了解、と返すもBETA群は続々と押し寄せ続ける。ここで放置して撤退したとして、後詰めの部隊はどうなっているのか。CPの壊滅によってそれすらもわからないのだ。

 

安全圏まで思い切り後退を ― 譜代の山吹が? ― 敵に背を向けて?

 

許される行為なのか。忙しく操縦桿を操りBETAを屠りながら。

残弾も2割を切った。

 

その焦燥と逡巡、その間隙に。黒い嵐が舞い降りた。

 

「 ― 援護する」

 

低空からの侵入。

側方からやって来たのは、夜の闇に疾る黒。

 

両の腕には逆手に構えた戦術刀。

背面2門の突撃砲を自在に操り、敵中に降り立ったそいつは颶風と化した。

 

なっ…なんだ…!?

 

唯依の驚愕、それは時間にしてわずか数秒の出来事。

その見慣れぬ漆黒の戦術機により一息で5体の要撃級が斬り倒され撃ち抜かれ、その足下では無数の戦車級が踏み潰された。

 

そして続いて同色の瑞鶴が3機到着すると、それら4機の小隊は鮮やかな連携を見せて周囲のBETAを駆逐し、わずかとはいえ戦場に空白を作り出した。

 

「こちらは斯衛軍第16大隊第3中隊第3小隊、小隊長佐々木勇中尉であります。崇宰公はこちらに?」

 

開かれた回線、後着3機の瑞鶴のうちに長機がいたらしい。

 

「っ……公は…殿を引き受けられ…敵中に突入されました…」

「なんと…申し訳ございません、我ら大隊長斑鳩公より崇宰公の後退支援として分遣されましたが、間に合わず…」

 

共有した近接データリンクから、彼らにも崇宰機のロストが確認できたようだった。

すまなさそうな小隊長の声音、唯依の網膜投影にその小隊の衛士たちが浮かぶ。

 

皆、若い。

小隊長は20代半ばほどか、沈痛な面持ちで。

ひとりは油断なく周囲を警戒するようで、もうひとりはどこか皮肉げな表情で。

 

そして残るひとり…最先鋒だった、あの見慣れない戦術機の衛士。凄まじい技量のわりにとりわけ若く ― 自分と同じくらいだろうか ― なのにほとんど感情を感じさせることがない。

 

あの機体は…

 

00式戦術歩行戦闘機《Type00》 武御雷 ―

 

唯依には篁の者として、戦術機には並ならぬ思いがある。

ゆえにその見慣れぬ機体が未だ五摂家当主とその傍役までにしか配備されていない、最新鋭機ということに気づいていた。

 

「…いえ…支援に感謝致します」

「恐れ入ります…では後退を。我ら殿を引き受けますゆえ」

「はい…頼みます」

 

黒の小隊長が階級も年齢も上なのに、丁寧な姿勢を崩さないのは自分が山吹だからだ。

だからといって居丈高に振る舞う気には、唯依はなれなかった。

自分はまだともかく僚機は機体も衛士も限界だったし、忸怩たる思いを抱きながらも素直に受け容れる。

 

「友軍の集結はこのポイントで…よろしいか。ではお気をつけて」

「はい…」

 

唯依は跳躍ユニットに出力を入れ、損傷ゆえ片肺飛行となる僚機を支援する。

光線種はいないはずだが、それでもの低空飛行。炎の光源に照らされ、去り際にようやく全体を観察できた、その支援部隊。

 

手練れ、という言葉がこれほど相応しい部隊もないと感じた。

とりわけ最先鋒として現れたあの一機は…

 

「クロウ01よりクロウズ、かかるぞ」

「了解」「了解」「…了解」

「クロウ04、崇宰公のご遺品を回収したい。可能か?」

 

なッ…

 

「…了解、やってみる」

 

オープン回線でのそのやりとりに、唯依は耳を疑った。

そしてその、抑揚のないクロウズ04の応答内容にも。

 

「無茶を…! クロウズへ、要塞級が多数確認されています!」

 

気持ちは嬉しい、というより…彼らは命じられてもいるのだろう。

実質ロストよりさほど時間は経っていない。五摂家当主の遺体もしくは遺品、さらには貴重なR型の武御雷も回収できるなら…斯衛とはいえ、彼らは黒。一般出の彼らの損耗などは対価ということか。

 

「ご安心を。生き汚いのが平民出でしてね」

「口を慎め、クロウ03」

「支援するぞ、クロウ04」

「了解…支援は突入の120秒後に。流石に周りを見てられない」

 

クロウ04 ― 最先鋒の武御雷の衛士はぼそりと言うやいなや、跳躍ユニットに火を入れて敵中へと突入していった。

 

また、私は…!

 

クロウ01からお早く、という促しの言葉、悔しさに歯噛みしながら唯依は傷ついた僚機を支えて帰投し、無事集結ポイントへと到着した。

 

そこには決して多くはないが崇宰一門の生き残り部隊も集まっており、しかし自分たちの生命こそ助かれども一門の長を喪った衝撃はやはり大きかった。

 

そこに現れたのは、強化装備姿が勇ましくも美々しい斑鳩公崇継だった。

 

「そうか、崇宰の鬼姫がな…」

 

その挺身に救われた身として、唯依はその最期を報告した。

時に対立関係ともなる五摂家とはいえ、崇宰の恭子様と斑鳩公は、一定以上の敬意を持った間柄だったと唯依は認識していた。

 

「その異名も誇りたるかな。武人かくあるべし、とは言うが……其方らは死ぬなよ。恭子殿が悲しむ」

「は…」

 

秀麗な眉をわずかに寄せての崇継の言葉に、唯依は畏まった。

 

「お言葉とご支援に感謝申し上げます…しかし畏れながら斑鳩公、殿の彼らは、その…」

「いや、結果的とはいえ間に合わなかったのは連中が悪いわけではない。分遣を指示した私の判断が遅かったのだ。責めないでやってくれまいか」

「は、いいえ、そうではなく、その」

 

若すぎる譜代武家の当主、いかに身の丈に合わずとも懸命に勤めんと励んできた唯依とはいえ、流石に五摂家の斑鳩公相手では格の違いを必要以上に意識せざるを得ない。

そういう今ひとつ要領を得ない唯依の言葉にも、崇継は聡く察したようで。

 

「ああ、成程。篁殿は優しい方なのだな」

「は?」

「案ずるな。アレが還ってこないほどの戦場では、なかったろうよ」

 

にやり、とこぼされる笑み。

 

そしてその20分後。

崇継のその言葉通りに、損傷機こそあったものの大破した青い武御雷を抱えて、クロウズは全機帰投した。

 

 

 

 

 

同年 8月 ―

 

帝都・篁邸。

客間にて、巌谷は唯依の応接を受けていた。

 

彼女の父であり、自分の無二の友であった祐唯の一周忌。

そして遅くなってしまったが彼女の中尉への昇進祝いと。

 

京都の本邸には幾度となくお邪魔したものだが、こちらには祐唯の葬儀以来。

互いに軍服。巌谷は帝国軍、唯依は山吹の斯衛。和服姿の母の栴納は当主同士の話として一線を引き、今は下がっていた。

 

「励んでいるようだな」

「は」

「壱型丙の改善案、見せてもらった。なかなかの成果といっていい」

「は、恐れ入ります。ですが…」

「拡張性はとうに限界か」

「は。仰る通りかと」

「わかっていたことだがな…まあ、それについては次期主力機についての話にもなる」

「は」

 

装備制作に熟達した譜代という家系だけでなく、その優れた操縦技術と適性とを買われて開発衛士となった、篁唯依中尉のまなざしに揺らぎはなく。

軍人とはいえまだ年若い彼女のことは、それこそまだはいはいをしていた頃から巌谷は知っている。まだまだの部分はあれど、大きくなったと感慨もある。

 

「で…例の報告…というよりは要望だな? 読んだぞ」

「は、恐れ入ります。運用に難点はありますが、非常に有効かと愚考します」

 

試製99型電磁投射砲。120mm砲弾を分間800発もの高速で連射し、掃射すれば射線上のBETAをその弾体が大気摩擦で燃え尽きるまで薙ぎ払うという超兵器。

 

電磁投射砲自体の原理は古くからあったものだが、その動力確保が問題となって未だ実現していなかったのだが…

 

「政治的な配慮が必要なことは存じております。ですが、数が揃えば使いようによっては戦況を一変させることができる装備かと愚考します」

 

ですので、何卒。

 

出撃回数こそそこまで多くはないとはいえ、唯依もまた実戦とその厳しさを知る者だ。

きりり、とこちらを見つめる瞳に甘えはない。

 

「ふむ…」

 

巌谷とて、戦果が挙がることも被害が減ることも当然やぶさかではない。

新装備が有効ならば、まだシミュレーション上でしか試験できていないそれをさっさと実射させて、データをより多く集める必要がある。

しかし99型砲にまつわる主に政治的なあれこれは、技術廠を預かる巌谷にとっても容易な課題ではなかった。

 

電磁投射砲。その心臓たる機関部の生産は、あの悪名高い「横浜の魔女」が一手に握っているのだ。

 

「なんとかかけあってみよう」

「是非に、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」

 

今日のこの日のこの場にかける、唯依の意気込みには気づいているつもりだった。

だからそれに応えてやるのが、上官としてもまた同じく国を憂う者としても、さらには大人として父親代わりの端くれにともひそかに自認する巌谷としては、親友の忘れ形見へ果たすべき当然の責務だった。

 

「さて、それはともあれ…00式、届いたんだろう。どうだ、最新鋭は」

「は、なんとか…とはいえ、自分の未熟を思い知ります」

「難物だそうだな」

 

上申と陳情に手応えを感じて肩の荷が下りたのか、少し雰囲気の和らいだ唯依に巌谷は自然に笑みを零した。

 

「斯衛向きとはいえるかと。ですが、開発任務上乗らねばならない壱型丙とは方向性が違いすぎて……いえ、弱音でした。申し訳ございません」

「ははは、いいさいいさ、たまにはこぼせ。部下に、とんでもないのがいるんだろ?」

「ご存知でしたか…」

 

ため息をつく唯依は、笑う巌谷に倣って茶を口にした。

 

唯依が中尉への昇進と共に斯衛軍の開発部へ異動したのが先月のこと。

そこで新たに知り合った何人かの同僚のうちに、かの「クロウ04」 ― 斑鳩公の16大隊に所属し、唯依とは同い年で同大隊でも最年少ながらも最精鋭のひとり、という凄腕の少尉がいた。

 

「F型で94式相手に一勝もできないんです。たまりませんよ」

「ほうほう」

 

剣技「だけ」ならば負けてはいない、とは口に出さないのは唯依の意地。

しかし心底悔しげなその唯依、巌谷は若人はいいなあとつい意地悪な思考にもなってしまう。

もっとも自分にしても、あと10若ければなにするものぞと張り合っただろうとも思う。

 

「実はな、件の少尉の話は前から聞いていたんだ。なんでも新兵の頃から撃震で教導隊をノしたとか、初陣のときから顔色一つ変えずに死線を越えてくる逸材だと」

 

時代は変わったのかねえ、などと巌谷はからから笑うも。

 

「少尉からデータは見せてもらってますし、どう動かしているのか、理解は…できるんですが」

 

おそろしく繁雑かつ小刻みな操作を、超がつく精密性で。

練習用複座機に同乗しての戦術機動を見せてもらったが、開発部隊で一番耐えた唯依ですら降りたときには立っているのがやっとの有様なほどの絶え間ないGとの戦い。その環境下で精緻極まる操縦を平然と行っているのが、その件の少尉だった。

 

 

その少尉は ― 2年前のBETA本土侵攻により、住んでいた横浜が壊滅。一人生き残り廃墟で倒れていたところを撤退中の部隊に拾われたのだという。

本人もその前後の記憶がややはっきりしないらしいが、生き残っていたこと自体が奇跡的 ― 周りの人間は、すべてBETAに喰われたはず ― なのだから、その衝撃からすれば無理もない話だった。

 

身寄りも一切なかったため、養護施設へ送られるも徴兵年齢前に志願入隊。

 

訓練校では当初体力的には訓練未修の年齢相応にごく普通、しかし訓練態度は非常に真面目で、かつ座学や各種技術に関しては任官水準をすでに満たしており。戦術機適性に至っては最優も最優で、操縦技術はその頃から神がかっていたらしい。

 

その後3ヶ月の促成ながら身体ができてくると、来る時節も踏まえて繰り上げ任官。

そこで富士教導隊との一件となったという。

 

そして斯衛入隊後に初陣となったのが、あの明星作戦。

 

唯依と巌谷からしても父そして親友を喪った忌まわしき作戦だったが、そこでその少尉は危なげないどころか殿だ光線種吶喊だと大回転の活躍をし、斑鳩公直々にお言葉を頂戴するほどの戦果を上げたという。

 

まさに腕一本でのしあがった、気鋭の若き衛士。

 

しかし当人はそれを鼻にかけるところはまるでなく…というかそもそも口数もあまり多くなく、任務以外では進んで他人と交わろうとはしない…要するに、すこし暗い人間である、というのが唯依の彼に抱いている印象だった。

 

けして大柄ではないが厳しい訓練と強烈に過ぎるGに耐えうる肉体は一切の無駄を削ぎ落とされており、少し色が薄く茶に近い髪は適当に伸ばされ、今時の男性衛士としてはやや長いか。

容姿はまあ、それなりに整っている方だといっていい。

 

ただそれらすべてを台無しにしているのが、あまりに虚無的な瞳だった。

なにか、すべてに絶望してしまっているような。

 

なのにその戦いぶりは捨て鉢とはほど遠く、非常に冷静かつきわめて効率的。

 

BETAを殺す機械というのがあるなら、彼のような感じなのかも。

そう呟いた自分の小隊員を唯依は咎めたが、内容自体にはほとんど同意だった。

 

 

「しかし、少尉から得られたものも多いだろう?」

「はい。壱型丙の改善に関して、少尉の意見は貴重でした。99型砲についても同様です。しかしながら少尉は、戦術機自体の開発強化はもとより衛士全体の底上げをなんとか、と常々希望しています」

「ほう…?」

「少尉曰く、00式までいかずとも94式程度の性能でもさらなる戦果を…いえ、もっと『戦死者を』減らせるはずだ、と」

「…どうやってだ」

「未習熟者、とりわけ初陣時の新兵などですが、際立って高いその死亡率を抑制するため緊急時の誤操作防止に特定状況下での無秩序な操作を無効化する、熟達者…たとえば少尉本人ですが、その機動パターンを大量に予め強化装備もしくは管制ユニットに記憶させ、単純な操作で呼び出せるようにしてはどうか、などだそうです」

「…処理が膨大になりすぎる。記憶領域も足りないだろう。それに熟練兵にはあまり意味がないのではないか? ともすれば大規模に再訓練ともなりかねん」

「は、申し上げた通り前述はとりわけ未習熟者向けの内容かと。具体的には任官前の訓練より、戦術機の操作はそうした前提のもの、として躾けるものになるでしょう。また熟練兵向けには、現在の機動制御の仕様をさらに洗練させるほか、繁雑かつ複雑に過ぎる高機動操縦の方法を簡略化するなどの方策も提案されています。またお言葉の通り現状の処理装置ではこれらの試案はほとんど実現不可能です…が、富嶽はともかく遠田の技術陣が興味を示しています」

「フム…」

 

腕自慢のいくさバカかとも思っていたが…

 

巌谷はまた茶を飲んで考えた。

 

「貴様はどう思う」

「は。個人的には、検討に値する案かと愚考します。現実的に戦術機の性能向上による損耗率の低下を、衛士の質の低下が相殺してしまっています。BETAの物量は圧倒的に過ぎますし、実現可能性のある改善案はとりいれるべきではないかと」

「つまり帝国軍としても動いてほしいと?」

「…ご一考頂ければと」

 

話の流れから唯依の希望は概ね見えていたから。

あえて堅い口調で問いかけて確認をとってみた。

 

その少尉とやら、若さ、そして技量と実績。にもかかわらず、「死人を減らす」ことを言い出すあたり、悪くない。

また旧知の仲の唯依嬢ちゃんにしても、武断一辺倒で力ずくの正面突破しか考えないカチコチの堅物になりかけていたのが、怪物に出会って多少なりとも違う角度からのものの見方を考えるきっかけくらいにはなったのだろう。

 

「いいだろう。遠田とも連絡をとってみよう」

「は! ありがとうございます!」

 

ぴしりとした敬礼。

思えば任官以降、常に厳しくあろうとする唯依の姿は巌谷にとっても好ましくはあったが、まだはたち前の少女の範疇に残る年齢だ。

時と場合はあるにせよ、余人のいない場所では今しばらく気を許してもらっても良いようにも思う。

 

「なに、他ならぬ唯依ちゃんのお願いだしな」

「え、いえ、自分はそのような」

「昔のように巌谷のおじさまと甘えてくれれば良かったのだ」

「ちゅ、中佐殿!」

 

意味のない軽いからかいに赤面するあたり、まだまだだなと巌谷は軽く笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

先年8月、横浜ハイヴ攻略は成った ― 結果的には。

米軍による、予告なき新型特殊爆弾・G弾の投下によって。

 

これによりBETA上陸時の一方的な同盟破棄から険悪化していた日米関係はさらに悪化し、そうして奪還された横浜にも米国の傀儡と通説される国連軍の基地が建設されるとあっては ―

 

そんな政軍織り交ぜた軋轢の傍ら、急ピッチで建設された横浜基地。

 

司令パウル・ラダビノッド准将を頂点とするこの基地は、極秘計画「オルタネイティヴ4」の本拠であり。

その推進者たる副司令香月夕呼大佐待遇博士こそが、真の権力者であった。

 

先頃の基地完成式典以降の、お歴々の来訪スケジュールも一段落した頃。

先日来の懸案のひとつを、夕呼は解決すべく動いていた。

 

横浜基地・地下。副司令執務室 ―

 

派手な色の髪は長く、妖しく艶やかだが硬質の美貌。その肢体は強く女性らしさを強調するも、彼女の怜悧極まる知性はむしろ性を超越している。

人呼んで「横浜の魔女」、その夕呼はデスクにて、書簡を手に組んだ長い足を揺らしていた。

 

「さて、どうしたものかしら」

 

そして同室にてソファに座るのは、白皙の肌に大きな瞳、長い銀の髪は兎耳の髪飾りをつけた無表情な少女。ある意味夕呼の腹心中の腹心ともいえる、社霞だった。

 

ちら、と霞を見やってから。

夕呼はその形の良い顎にそっと指を添えた。

 

帝国軍に、斯衛まで食いついて来るとはね。

 

日本帝国と現在の国連の一部の支持を取りつけているのが「オルタ4」、夕呼が主導する計画だ。対してこれに反対…いや、敵対的といっていいのが「オルタ5」。主に米国にその主勢力及び支援母体をもつ連中。

 

政軍両面から、常に楽観的な状況とはほど遠く。

そのための政治的なエサ…とまでいえば言葉が悪いが、供犠として差し出したのが例の電磁投射砲だった。

 

コアモジュールにG元素が必要なため、日本ではここ横浜でしか造れない。

いち早くG元素を入手しながらあの爆弾程度にしか活かせていない米国には、少しとはいえ時間がかかろう。

夕呼にしてみれば「つまらない」仕事の範疇なのだが、やるだけの価値を見出したがゆえの選択だったわけだが…

 

「ちょっと見誤ってたのかしら」

 

まだ温かいコーヒーを含む。

べっとりと口紅がカップについた。

 

XG-70に比べれば、あんなのはオモチャ以下の価値しかない。

昔からある発想を、異星種由来の物質と技術でカタチにしただけ。

 

夕呼は世の人間の大多数…というかほとんどすべてが、救いようのないバカだと思っている。だが同時に、自分が全能だとも思っていない。

だから知識として各種戦術やら兵器のデータは把握しているだけで、自分が軍事のプロだとまで自惚れるつもりはなかった。

 

あの理解不能な異星起源種どもの企みを暴き出し。

強大無比な超兵器で、雲霞の如くのBETA群も、あの目障りな地表構造物も、きれいさっぱり吹き飛ばす。

 

前段の情報戦よりもさらに、後段部分は軍事行動の色が濃い。

XG-70は予期できる物理的破壊力もさることながら、「アレ」をハイヴ最奥まで送り届ける任務がより重要なのだ。

 

電磁投射砲などと御大層な名前のわりに、突撃砲なぞよりはよほど強力とはいえ、一撃で戦局を決定することなど望むべくもない。そんな程度のものはテッポウが大好きなアホを釣るエサくらいの思いだったのだが。

 

夕呼に届けられたその書簡は、帝国陸軍技術廠と斯衛軍開発局。さらに遠田技研の連名にて、詳細な仮想試験の詳細な結果までもが添付されていた。

 

成程、蟷螂の斧とて使いよう、ってわけね。

 

その戦果きわめて大なりと期待す。

伏して希くは、女史の寛大なる御措置を。

厳正なる誓約を我らお誓い申す。

 

コアモジュールのブラックボックス化も、自壊装置の設置すらも問題視せず。

斯衛 ― というか五摂家の雄、斑鳩公が「夕呼を」支援するとのこと。

 

悪くはない取引だった。

電磁投射砲に必要なG元素量は、XG-70に比べれば微々たるものでしかない。

過度の期待はしないが ― うまくすれば、スケジュールの遅れを多少なりと埋め合わせることができるかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 1月 ―

 

佐渡島。

先年BETA支配地域となって久しいこの地に、今や日本帝国軍を中核とした大戦力が雪崩れ込んでいた。

 

総兵力60万。

大規模水雷作戦からの艦砲による援護、軌道爆撃後に海兵部隊の強襲上陸による橋頭堡の確保。

そして揚陸兵力の展開と共に、昨年秋以降の間引き作戦にて試験運用を重ねられた電磁投射砲 ― 99型砲の掃射戦術が始まった。

 

すごいわね…

 

閃光に衝撃、そして轟音。

該当大隊に数門ずつ配備された99型砲、その2交替での掃射。

 

搭乗する国連軍仕様の94式戦術機・不知火の管制ユニットの中で、特務部隊A-01の伊隅みちる大尉はすでに有視界内にBETAの存在がないのを確認した。

 

「大隊5000前進ッ! ゲート付近へBETA共を押し込め! 迂闊に跳ぶなよ!」

「了解!!」

 

オープン状態の無線にCP及び他部隊の通信が流れ込む。

最前線からやや距離をとるA-01から遠く、突出していく部隊 ― 斯衛軍だ ― とそれに続かんとする帝国軍の戦術機部隊を臨んだ。

 

今回の作戦、中心は帝国陸軍、そして斯衛。

国連軍と米軍とは、それぞれの思惑があっての参加だ。なかでもA-01は香月博士直属の特務部隊として、独自の立ち位置があった。

 

 

発足時には連隊規模108機による編成だったというA-01だが、みちるの着任時にはすでに定数を大きく割り込んでいた。それがさらに今では実働は20機を下回り大隊としてすら事実上の壊滅に近い状態で、任官数年でしかないみちるが最先任として指揮を執るありさまだ。

 

補給や装備、待遇こそは優遇されて。

しかし与えられる任務は総じて過酷…それも度を過ぎていて、戦力を勘案しての妥当性が疑われるようなものばかり。

損耗補充はおぼつかなく、やってくるのは民間人に毛が生えた程度の促成教育の坊っちゃん嬢ちゃんばかりで、来るなりそのほとんどがBETAのエサになっていく。

 

まあ補充に関しては今や帝国軍でも似たようなものらしいが、ド素人のオモチャにされている、あのクソ女いつか犯してやる、というのがみちるの先任たちの遺していったボヤキだった。

 

 

そんなA-01には、今回は最初はヨイヨイ終わりは地獄、という任務が与えられていた。

 

曰く、ゲート確保までは避戦。のちハイヴへと突入せよ。

最終目標は、反応炉の破壊。そして ―

 

 

「右翼、左翼の部隊は誘引を開始せよ」

「投射砲はBETA共に大人気だ! 引っ張ってサービスしてやれ、直掩はアイドルを喰わせるなよ!」

「北西より突撃級多数!」

「北、ハイヴ方面から戦車級、要撃級続きます! 師団規模!」

「CPより斯衛第16大隊。ホーンド01、北よりの敵勢力N01迎撃を求む」

「ホーンド01了解。掃射隊形、 3、5、7番」

「ッ…、待ってください! 光線種です!! 3次砲撃迎撃率92%!」

「投射砲の射程距離外…! 再掃射すると光線種の射線が開きます!」

「AL弾装填っ! 重金属雲形成急げ!」

「ホーンド01よりCP。是非もなし、北正面から切り崩す。光線種吶喊だ。グレイオウル中隊、思うように埒を開けよ」

「グレイオウル01拝命致しました。各小隊、遅れるなよ。クロウ小隊のカラス共に手柄を総取りされたくなきゃな」

 

そして艦砲のAL弾による重金属雲形成とほぼ同時に、斯衛軍部隊が敵中へと突入していく。

 

信じられない…!

 

遠望するみちるにすれば、その白と黒の武御雷で構成された部隊の練度たるや、精鋭を自認するA-01をして白旗を揚げざるを得ない程の疾く鋭い機動。時に乱数回避よろしく散らばったかと思えば、次の瞬間にはコンマ数秒違わず統制のとれた回避と突破のラインを描く。

そしてその最先鋒には、長刀を2振り逆手に構えた黒い武御雷 ―

 

「なんだぁ、ありゃ…!」

 

同中隊、突撃前衛の速瀬水月中尉の声が届く。

それは呆れたような…或いは驚嘆したかのような。

 

紙一重、いや当人からすれば余裕すらあるのか。

すれ違いざまに必要なだけ、それも後続が通れるだけの要撃級の急所を寸断しながら。さらには時折おそらくは故意に高度を上げ、光線種の発振を誘発しては即座に降下。照準の正確ささえ逆手にとって、重ねた長刀で自機の胸部や跳躍機を守ってから数度の防御で劣化したそれらを敵に投げつけ放り捨てれば、小型種を適当に駆逐しつつ追いすがる列機から新たな長刀が投げ渡されている。

 

言葉にするのは簡単だ。そして現代の新鋭機ならば、光線種の照射にも数秒なら耐えられる。

しかしそれを実戦の中で、突撃機動中に他種を排除回避しながら、さらにはほとんど正確に照射間隔をカウントしていると思しきタイミングで。そして光線照射はほぼ回避しきっている。防御は保険、或いは追随する味方機のため。ヤツを追う味方機は、ヤツを先導機にしているのだ。

 

「すっ…ごい…!」

 

その驚嘆には、畏怖すら入り混じり。

衛士というより、「戦術機乗り」として。

あの機体の主が、隔絶した領域に在るのをまざまざと見せつけられた。

 

そして第3種光線照射警報の領域から、40kmの距離を蠢くBETAの海を切り裂き斬り開いて。

最後に列なす壁の如く立ち塞がった要塞級の群れすらも、超高速の触腕を難なく回避し潜り込み、躊躇なく一方の脚を斬り飛ばすなり腹下をくぐって跳躍のための足場にするようにして蹴り倒し。隣の要塞級へとぶつけてさらに足下の中型小型種を押し潰させつつ、自らは逆側の要塞級へと斬りかかる。

そして後続の同じく黒い武御雷数機が他の要塞級へと挑みかかり、その隙をついて吶喊部隊の列機がさらに後方の光線種の砲列へと躍り込んだ。

 

「隊を分けるぞ! クロウズ、東はくれてやる!」

「クロウ01了解。クロウ04、食べ放題だぞ!」

「…了解」

「全力戦闘許可! 中衛は散弾装填っ、遅れるな」

 

蹂躙。

 

翻る長刀が、仕込みの短刀が、火を吹く突撃砲が。

この時点での戦力分散が愚策となり得ない、最大効率で想定より多数であったろう光線種を殲滅すると鮮やかに離脱していった。

 

なに、あの部隊…!

 

これが、帝国斯衛か。

装備は最新鋭なのだろう、しかしてあの凄まじい練度。

数年前までお飾りのお公家様部隊と言われていたはずだ。それが、見ている者に寒気さえ感じさせるほどの。

 

みちるは我知らず身震いし、いてもたってもいられなくなっているだろう、水月を抑えるべく回線を開いた。

 

「我々の出番はまだだぞ! 落ち着け、おすわりっ」

「誰に言ってんだコラぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、夕刻 ―

 

 

『反応炉ノ破壊ニ成功セリ。煌武院悠陽殿下万歳』

 

 

回線は、歓呼の声に満たされていた。

 

 

「うおお! やった、やったぞ!!」

「やっと、やっとだ…! 万歳、万歳ッ!」

「煌武院悠陽殿下万歳っ!」

「斑鳩公だ、16大隊がやったぞ!」

「斑鳩公万歳っ! 武家の威光を讃えよ!」

 

フェイズ4ハイヴの攻略は、慎重に進められた。

兵站の確保、隠蔽路の発見と排除。

 

無論損害も大きく、随伴した米軍部隊はかなりの勇戦を見せたが突入から7時間後に半壊して後退、兵站の確保に移行。

国連軍は特務部隊A-01を除いて壊滅状態。帝国軍も6割が損耗、ほぼ全滅判定ながらも最後まで戦い抜いた。

そして作戦中大半の部分で先鋒を担った斯衛軍もまた、甚大な被害を受けていた。

 

よく、これで…

 

ハイヴ外、侵入ゲート。

その外気に晒されながら、激戦を終えて異星種の返り血で赤黒く汚れた山吹の愛機の足下、篁唯依中尉は黄昏に染まりながら続々と帰還してくる友軍機の列を見上げていた。

 

帰還機には、損傷のない機体も多い。

それは激戦でなかったことの証左ではない。損傷機は早めに後退させたのもある一方で、被弾すれば還ってはこれないという事実の裏返しでもある。

 

そんな中で最後尾集団の中の、主腕を片方失った青い武御雷がゲートから現れると、出迎えの群衆はそれぞれの作業すら忘れて歓喜の声を上げた。

 

「斑鳩公だ!」

「斑鳩公!」

「斑鳩公っ!」

「斑鳩公万歳!」

 

その、乾いた返り血で染まった青い巨人は地響きを伴う歩みを止め。

携えていた電磁投射砲をあたかも太刀を立てるかのように、その銃床を地に着けた。

 

「皆の尽力に感謝を。余は生涯忘れぬことを誓う。煌武院悠陽殿下万歳」

 

さすがにやや疲れを感じさせもする、外部への音声。

しかしそれを吹き飛ばして余りある歓喜の渦が、偉業を成し遂げた英傑へと向けられた。

 

「…」

 

殊更に、将軍殿下の御名を讃えるのは。

要するに、配慮ということなのだろう。

この期に及んで、とは唯依の正直な思い。

 

結局また、自分はハイヴへの突入組から外された。

兵站・退路の確保も重要な任務とはいえ。崇宰一門の、戦力回復も捗っていなかったから。とはいえ。とはいえ。

 

周りの空気に水を差さぬよう、そっと息をつく。

 

ハイヴ深層、その最奥にて。

中枢たる反応炉と並んで、最重要目標とされるのがG元素貯蔵庫・通称アトリエ。

BETA由来の特殊かつ希少なその素材の所有権を巡って、作戦前から米国・帝国そして国連の間で丁々発止のやりとりがあったことは、一定以上の立ち位置にある人間にとって周知の事実だった。

 

ハイヴ攻略とその鹵獲物について、各国の独占を禁止するバンクーバー協定の発案者である米国自体が、ハイヴ攻略が現実味を帯びるやいなや大国のエゴをむき出しにしてそれを事実上無視しようとすることは、日米関係のさらなる悪化を招くこと必定の行いだ。

 

もっとも米国にしてみれば、協定により鹵獲物の所有権を優先的に有する国連が、例の「横浜の魔女」の意図を汲んで動いていること自体が予想外かつ許せないはずで。

今作戦の前、実証実験を兼ねた漸減作戦の頃からその驚異的な有効性を示した電磁投射砲も魔女の手によるものであり、その核心にはG元素技術があるとあっては座視黙認することなどできるはずもない。

 

ゆえに監視の意味で横浜からは魔女直属の特務部隊がハイヴ突入に参加し、場合によっては交戦すらやむなしかとすらされていた。

さらには強硬手段に出た米国が魔女の部隊を打ち破った場合…外界にてそれを押しとどめることを、唯依の部隊は斯衛として密命を受けていた。

 

緑なす瑞穂の國を取り戻したことには大きな喜びがあるものの。

この状況下ですら政治的思惑が入り込むことへの釈然としない思いと、最前線でのいくさ働きを願ったのは自らの欲に過ぎないのだと自戒しつつも満たされない想いを抱えて。

 

あ…

 

しかし唯依は、BETAによって変えられてしまった環境、悪臭すら入り混じる風にその長い黒髪をなびかせ。

そして斑鳩公の機体に続き、本当の最後尾にて帰還してきた黒の武御雷を見つけた。

 

「…こちらホワイトファング01、クロウ04」

 

一瞬迷ってそれでも呼びかけたのは、中破した赤い機体 ― 傍役の真壁どのか ― を支えて現れた、黒の衛士。

こちらクロウ04、とわずかな間の後にいらえが返る。

 

「無事の帰還と、戦果に感謝を。よくやってくれた」

「…了解」

「ああ、本当に……」

「…残ったのは、俺だけです。小隊の仲間、は……」

 

唯依の空白に、黒の衛士は彼にしては珍しく感情を揺らしていた。

そうか、と応えるのがやっと。あれほどの手練れが……

 

「皆の者、聞いてくれ。我らはついに、この地を異星種共より奪還した。これは多くの輩の、その凄烈な散華の末に成された偉業である。九段へ赴いた先達を称えよ! そして前を向け! 我らは今、新たなる英雄武傑の誕生を目にした!」

 

駆動音と共に、斑鳩機が黒の衛士の機体に向き直る。

 

「我ら斯衛、我ら日の本の民、そして将軍殿下の忠勇なる刃! 常に最先鋒を努めては我らを導き、ハイヴ最奥にても血路を開いてBETA共の首魁へと迫りし破邪の剣!」

 

斑鳩機が手にしていた投射砲を黒の機体へと手渡した。

そして続いて背負っていた長刀もまた、外して下賜するかのように受け渡す。

 

「その名を称えよ! 彼こそは我らの剣! 彼こそが我らの切っ先!」

 

 

「我らの英雄、白銀武少尉である!!」

 

 

嗚呼、彼はきっと、そんなこと望まないだろうに。

 

斑鳩公の演説を聞きながら、唯依はただその機体を見上げていた。

 

 

 

作中斯衛とその界隈の漢字(厨)表現について

  • いいぞもっとやれ!
  • 別に気にならない
  • 少し減らせよ
  • 読みづれェ! なくせ!
  • 好きにしろよ構ってちゃんか

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