Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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muv-luv UNTITLED 11

2002年 12月 ―

 

 

朝鮮半島。甲20号鉄原ハイヴ。

鉛色の雲垂れ込める荒野、吹き荒ぶ寒風にまた強くなりつつある雪。

聳えるは地上高300m超の異形の岩山 ― 異星種の地表構造物。

 

 

日米合同の主攻部隊が接敵したBETA群と、ハイヴ東20km付近で戦端を開いてから1時間程度。

 

初期遭遇した1万を超える師団規模BETA群にその後地下侵攻の形で増援として出現した同規模以上の集団を合わせたとしても、戦術機4個連隊相当の主攻部隊前衛は電磁投射砲戦術により比較的容易にこれを殲滅しうるはずであった。

 

当然の如く事前に複数の状況が想定され数々の不測の要素や困難は予想されてはいたが ― その想像をゆうに絶する新巨大種の出現と、BETA地球侵攻より30年弱前例のない規模での重光線級の一斉出現とが同時発生して、総ての算段がこの短時間で根底からぶち壊しにされるとは誰も予測し得なかった。

 

混乱する戦場で精鋭による2度の光線級吶喊が跳ね返され、3度目の血路を抉じ開けんとした勇士らの挺身によりついに突入に成功するも――その時すでに日米主攻部隊の前衛は4割強、後衛までも2割近くの損耗を出し、支援艦隊砲戦力も帝国海軍連合艦隊第2戦隊の壊滅によりその戦力は3割以上減となる惨状であった。

 

その一方で半島西部より上陸したアジア連合中心の国連軍と統一中華戦線派遣軍とは、その額面上6個連隊に上る大戦力で、甲20号西50km近辺で師団級BETAと交戦状態に突入。

しかしその後ほどなく主攻部隊より新巨大種及び夥しい数の重光線級群出現とその被害の連絡を受けるやいなやその動きは鈍化し始め、とりわけ統一中華軍は対BETA戦における国連軍指揮系統の優越を認めるバンクーバー協定を半ば以上無視する形で戦線を停滞させていた。

 

明らかに統一中華軍の狙いは自軍の損耗抑制と日米の戦力消耗、そしてあわよくばハイヴ本体攻略作戦の主導権を握らんとするものではあったが、主攻を担う日米もまた今次作戦にてバンクーバー協定を事実上形骸化させた上で爾後の改訂をも視野に入れる立場にあり、その非を論うことは難しかった。

 

これを受けて半島南部より北上する日米に同調的な欧州・豪州派遣の2個連隊は戦線の押し上げを急ぐもその距離はまだあまりに遠く――

 

会敵種とその戦力の事前想定からの大幅な逸脱は軍事行動上撤退を考慮に入れるべき事態ながら、現地での大規模作戦行動開始からの経過時間はまだあまりに短く、上位指揮層はこれまでに払われた政治的コストと達成すべき目標を勘案し、そして現場では新巨大種のそのあまりの猛威と逆に一定の弱体化に成功した現状から討てるときに討つべしとの気運が高まり、日米連合の主攻部隊は独力での新巨大種含むBETA群排除に臨むことになる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拡がっていく爆光を見たとき、ユウヤの胸中に広がったのは怒りと哀しみだった。

 

そこまでするのかよ――!

 

 

エイジ・イワヤといえば、アメリカ軍でも衛士の間ではそこそこ知られた名。

 

どちらかといえば、奇策を用いてまで無理矢理模擬戦での勝ちだけを狙った人物として。

 

当時のユウヤも反日感情ゆえに嫌悪感が強かったが、後になって思えば自分とてなりふり構わずF-15EでF-22に勝とうとした経験がある。衛士とはそういう生き物であるべきとも。

 

XFJ計画の提唱者。ユイの後見人。

そして実際は強面の堅物という外見にさらに反して、プライベートでは気さくな人だった。

 

母の知人、そして父親だった人間とは親友だったと。

ハイネマンと共にヨコハマ基地で会い、3人で酒を飲みながら若かりし日の思い出話を聞かされた。

 

大概当たり障りのない内容だったが、お前さんは母親似だな、と言った時の眼の優しさは。

生まれて初めて正面から見た気がする、大人の男の不器用な暖かさだったように思う。

 

 

そんな男が命を捨てて生み出した最後の光が消えていく。

衝撃波とその後に襲ってきた爆風の影響は、その男が発端となって生まれたType-94Re. Test Type02 シラヌイ ニガタ のバランサーが見事に収束させた。

 

そういうのがニホンジンのわかんねえところなんだよ…!

 

 

殉じる。なにかの犠牲になるということだ、少なくとも英語ではそう訳す。

以前ユイにそう言ったら、間違いでは無いが正しくでは無いとも。

 

メッシホウコウ、自分を棄てる潔さに美を見出すことが行き過ぎている。

 

 

ただ、今は…!

 

突撃! とユイの命令が聞こえた。

網膜投影には彼女の涙。しかし泣き顔ではない。ただ涙に暮れてはいない。

濡れる彼女の黒い瞳はしかし憎しみと怒りとを戦う意思に哀しみと嘆きとを殺意に換えて爛々と光り、すでにBETAの返り血で赤黒く染まりつつあるブライト・イエローのゼロを駆って敵中へと突撃していく。

 

中佐、あんたの遺志は受け取った!

 

軍人としてなのか日本人としてなのか、それはわからない。

ただ、その生命を擲ってでも成すべきことだと決意したから。

 

「行くぜイーニァ!」

「うん!」

 

ユイの率いるゼロの2小隊 ― 元は中隊だったらしい ― の最後尾につけ、要撃級共の合間を縫う。

 

通常戦術機の匍匐飛行といえば高度40m程度まで、しかしロイヤルガードのそれは時として20mすらも切り。若い女ばかりの癖して手練れ揃い、鳴りっぱなしの高度警報と振りかざされる要撃級の衝角前腕などまるで無視したかのような高速飛行。

 

 

ゼロの跳躍ユニットFE-108はType-94と同じ、対してニガタはFE-140。

サムライチューンのホワイト・ゼロにもパワーは負けず劣らずで、扱いやすさは圧倒的に勝るはずだが彼女らは揃って機体制御とピーク・パワーの引き出し方がかなり巧くて、低速時から高機動時のコーナー速度に至るまで自在に操って見せてくれる。

 

 

「やっぱりとんだジャック・イン・ザ・ボックスだぜ!」

 

イワヤ中佐、あんたのデシたちは!

 

「蹂躙せよ! 一匹も生かして帰すなッ!」

 

遮蔽に使った要撃級群を抜け。目標の重光線級共に先頭で襲いかかったユイのゼロ、手始めとばかりに突撃の勢いのまま真正面にいた個体を大上段から真っ二つにし、その死骸をぶち破って直進すると瞬く間にさらに2体斬り殺した。

 

「ユイすごーい」

「負けてられねえ、俺たちもやるぞ!」

「うん!」

 

続いて斬り込んでいく白いゼロたちとは少し離れ、ユウヤはイーニァと共に単身敵中に躍り込む。長刀を主装備とする彼女らと違い両主腕は突撃砲、兵装担架に1本背負いはしているものの非常用兼アミュレットのようなもの。

 

 

重光線級を実戦で相手にするのは初めてだが、データは頭に入っている。

目立つ弱点の大きな照射皮膜にはしかし強固な保護皮膜、戦術機同等のサイズにBETAならではの強靱な生命力で36mmは有効性が低く120mm推奨。

だが120mmは装弾数6、突撃砲は計3丁装備で18発。携行予備マガジンは4つと貴重、補給の余裕も見込みもなし。狩るべき重光線級はイワヤ中佐援護機の自爆で数を減らしたとはいえまだ200体程度はいる、ロイヤルガードの連中も手練れではあっても光線級吶喊の経験はそう多くないだろう。

 

 

なら――

 

「イーニァ!」

「うん!」

 

語らずとも、言葉にせずとも。

火器管制を司るイーニァはユウヤの発した思惟のままに。

 

開かれた両主腕から手始めに近場の重光線級2体に120mmがそれぞれ2発、保護皮膜展開後の照射粘膜付け根に着弾。装填されていたのは劣化ウラン貫通芯入仮帽付被帽徹甲榴弾 APCBCHE。保護皮膜と異なり比較的軟弱な重光線級の外皮を易々と突き破り内部で弾体の炸薬が爆発、重光線級の突き出たレンズの如き部位が内部から破裂して周囲に体液を振り撒いた。

 

そしてBETA群の只中、確保できた僅かな空間でユウヤは機体を振り回す。

 

隙だらけだぜ…っ!

 

視線誘導による照準、それをイーニァが補完した。

両の主腕を拡げたまま高速で回転する間に間に2門の87式突撃砲が火を噴いて36mm劣化ウラン貫通芯入高速徹甲弾 HVAPが数発ずつ ― 林立する重光線級共の間を抜けて、それぞれ30mほど離れてまだ防御態勢に入っていない重光線級の無防備な照射粘膜に突き刺さり、そこから赤黒い体液を噴出させる。

そうして瞬時に4体の光線属種を葬り去るも、

 

「ユウヤ!」

「!」

 

イーニァの鋭い誰何、意識の視界上部に弾ける光 ― 両脚が接地するほどの低空飛行、その状態からさらに倒れ込むように機体をひねり込む。横倒しの姿勢から的を見つけてイーニァが36mmでさらに1体屠ったが、襲ってきた敵の正体にユウヤは戦慄した。

 

「生きてやがったのか!?」

 

前方100mほど向こうに半壊しつつもまだ聳える新巨大種、その主体節左右の赤黒い前部副節に蠢くは本体に比すれば相当に細くしかし対戦術機には必殺の威力を秘めた衝角触腕。

そしてユウヤがなんとか回避に成功した今の初撃で共に突入した帝国軍部隊が数機串刺しにされ、それらが崩れ落ちる前に周囲の重光線級共が一斉にその巨大な単眼を光らせ始めた。

 

そして照射。指向するは東。不運にもその斜線上にいた2機が貫かれて爆散した。

 

重光線級は通常30秒程度の照射に36秒ほどの充填、しかしこの戦場の同種はそれ以上の照射とそれ以下の充填時間で吶喊部隊には目もくれず日米連合軍本隊の方角へレーザーを照射し続ける。

 

「阻止しろっ!」

「本隊の後退はまだなのか!?」

「上に注意しろ衝角が来る!」

「正面からじゃ弾が溶けちまう!」

「横だ、回り込め!」

「迂闊には隙間に入るな! 後ろの照射に当たっちまうぞ!」

 

俄に混乱を呈する帝国軍吶喊機群、僅か遅れて突入した米軍部隊は突撃砲が効き難い重光線級、しかし果敢に ― 果敢に過ぎる攻勢を見せた。

 

「海兵魂を見せろォ!」

「サー・イエス・サー!」

 

濃いブルーのF-18Eは中隊未満、両肩に多弾ミサイルランチャー装備の海兵隊爆装仕様。

だが長刀がなければ気づけても躱すしかない衝角触腕の攻撃、まさに1機の海兵隊機に襲いかかったそれを弾き返したのは。

 

「出過ぎるな! 重光線級を盾にするんだ!」

 

帝国軍突入部隊・先鋒のニガタ、帝国軍の暗灰色に仕立てられ右肩部に日の丸が映える。

両主腕には2門の突撃砲・兵装担架は2本の長刀と強襲前衛装備、早業で抜き放った長刀で米軍機を守ってのけた。そして続いて姿勢を低くし放り出した突撃砲を拾いあげつつ味方を鼓舞しながら動き回って、一見無軌道そうな動きの一方確実に重光線級を仕留めていく。

 

なるほど専門の吶喊部隊じゃなくともデキる奴がいるとユウヤが感心した時、少し前方ロイヤルガードと共にいた黒い00式がその隊列から離れ――

 

なんだ!?

 

漆黒に沈む装甲各所が僅かに展開し、跳躍機が吐き出す炎が朱く吠える。

そして機体各部の発光部がその灯を橙から不吉な輝きを伴う紅へと変じた。

 

「…――」

「おいどうした!」

 

繋がったデータリンク、しかし通信ウィンドウはブラックアウトし「SOUND ONLY」の表示。加えてバイタルデータも取得不能に変じた。

わずかに聞こえるのは深く鋭く強烈な殺意を堪えるかのような呼吸音――そして。

 

「 ― 疾ッ」

 

一瞬の呼気。

黒いゼロが極小半径の旋回、続いて飛び上がる。周囲の充填中だった4体の重光線級が間髪入れず追撃のためその単眼を追尾させ――次の瞬間、上下に分かたれた光条をでたらめに撒き散らすと揃って照射粘膜が爆散した。破裂した巨大な単眼痕から大量に汚れた体液が噴き出して残らず地に沈む。

 

やや離れた目標を狙撃し撃ち抜いていたユウヤはそれを横目で見て瞠目した。

 

「何が起きた!?」

「きずつけた。眼に」

 

そして黒いゼロはそのまま鋭く高度を取って新巨大種へ、すかさず照射をかけんとする重光線級の十字砲火はしかしBETAは同士討ちをしない、同じく迎撃のため向かってきた衝角触腕の只中へ突入することで未然に防いで見せた。

 

そして荒れ狂う漆黒の颶風。

 

BETAに死を振り撒くが如くに絶え間なく回転する左の長刀が血風を裂いて襲い来る衝角を弾き飛ばし。閃く右の長刀は空間にその太刀筋を赤黒い異星種の血痕で刻みつけていく。

奔流となって迫る触腕の群れ、瞬殺を期してか頭部胴部を同時に狙った2本の衝角突きを機体を翻しての半身で躱し、続いて必殺の槍としたはずの4本の触腕は背を向けたまま風車のように回転しつつ拡げた主腕脚部の間を通して避け、次のもう一回転で伸びきった4本を余さず斬断した。

 

「あれが…」

 

そして瞬間新巨大種に背を向けた形になっていた漆黒の鬼は兵装担架の突撃砲から36mmをばら撒きつつ脚を振り上げてその勢いのままに逆落としを掛け、さらに本体へと肉迫していく。

その機動は刹那たりとも止まらない。寸断される新巨大種の衝角触腕から噴出する赤黒い体液が飛び散る空を、跳躍機の噴射炎と機体各所の発光部とが曳く朱く紅い光の尾が鋭く不規則な軌跡を描いて貫いていく

 

「『ツイン・ブレード』…!」

 

以前垣間見た時よりさらに。

その凄まじさにユウヤの背筋が粟立った。

 

「普通じゃないぞ、まさか薬か!?」

「それもあるとおもう…でもあのひとは…」

「イーニァ?」

「ごめんねユウヤ、でもカスミがいわないでほしいって」

 

曖昧なやり取り、しかしユウヤはイーニァの意思を受け容れて。

忙しく眼と手と足とを駆使して重光線級共を屠りながら、それでもつい追う、宙空にBETAの死を刻みつけていく黒の処刑者が駆使する機動の凄絶。

 

 

生残の触腕は左右副節それぞれ30程度か、黒いゼロは向かって右、戦術機の全長にも等しい赤黒く巨大なその部位 ― 左前部副節 ― へと迎撃触腕を斬り払い弾き返して距離を詰め、察知したのかそちら側に残る総ての触腕が防御へと向かう。

 

「…――ッ!」

 

しかし八方から襲いかかる衝角に正対してスラストリバーサー全開での急制動、僅かの遅滞すらなく全速後進。その動きに合わせさせ機体正面のみに集中させた衝角攻撃を2刀を旋回させて弾くと瞬転して稲妻の3次元機動で空を駆ける。

追う触腕の群れを引きつけながら新巨大種の巨体自体を盾にする様に下部へ回り、戦術機にとっても巨木のサイズの装甲脚の合間を縫って再度上昇、引き戻されて来る触腕よりも早く左前部副節に近接し――

 

「――シィッ!」

 

十条の銀光が奔る。伸ばし出されていた触腕がその斬撃数分切断され、その断面から赤黒い体液の尾を引いて落下していく刹那にさらに斬撃。

取りついた左副節触腕の残余は10を切り、しかし残る総てが反転して後背から刺し貫かんと迫るも離脱をかけたブラック・ゼロは今度は新巨大種の巨体上部を僅か数秒の急機動で回り込み、吶喊部隊へ襲いかかる触腕を伸ばす逆側の右前部副節に迫る――と見せて、新巨大種前部中央の青白く不規則に明滅を繰り返す部位へと肉迫した。戦術機から見てなお眼前を塞ぐ壁の如きそこへ――

 

「カァアッ!」

 

先を超える十二の銀閃が疾り、遅れて噴き出した体液が黒いゼロの機体を濡らす。だがそれらは高速稼働の排熱によって瞬時に蒸発、すかさず動いた背部の補助腕がすでに展開していた左右腰部装甲から120mm弾倉を1つずつ掴み出して宙へと放り、それらをゼロは瞬撃の2刀により峰で弾いたか新巨大種に刻みつけた斬撃痕へ打ち込んだ。

 

しかしその時ついに新巨大種は左右両側残余の触腕総てを黒いゼロへと差し向け、地上近くのユウヤがすんでで回避した衝角も瞬時に本体へと戻り。

それらが一斉に絶死の槍となって本体へ取りつき背後を晒すゼロへと向かう――

 

「――捕捉されたぞ!」

「――向こうもな」

 

死ね、と聞こえた気がした。

低く澱んだ憎悪の声が。

 

ゼロは目の前の本体を蹴りつけて離脱をかけダウンワード方式の兵装担架、脇下から繰り出した2門の87式突撃砲の36mmと120mm双方が火を噴いて新巨大種本体中央へ弾雨を浴びせる。

120mmは粘着榴弾HESH、着弾した内蔵の可塑性爆薬が次々に炸裂するとその衝撃が埋め込まれた同弾種弾倉の信管を作動させ連鎖爆発を引き起こした。新巨大種本体中央の外皮が抉れ、内部の発光が強く漏れ出す。

 

「――…、」

 

しかしそれでも新巨大種の巨体にすれば致命打にはほど遠い疵か、変わりなく追撃をかけてきた衝角触腕の第一撃を舌打ちの代わりとばかりに2刀で弾き、追い縋るそれらを再び鋭角の機動で引き剥がしにかかった。

 

 

「とんでもねえな!」

 

とうとう全部自分1機に引きつけやがった!

しかも新巨大種が数歩 ― といっても一歩がデカいが ― 後退すらして、重光線級群から500mほど離れた。

同じく一瞬たりとも動きを止めず極低空での機動で両主腕の突撃砲を駆使しながらユウヤがそう感嘆の声を上げるも、

 

「いやダメだ! 急げ、殲滅するぞ!」

「! どうした!?」

「中尉がもたん、このままでは…!」

 

歯噛みするユイが言いつつ放った一撃は強引、照射を続けていた重光線級の両脚を横から2本纏めて断ち斬りその胴体が地に落ちる前に跳ね上げた長刀が照射部位を根元から寸断して死の光芒をもせき止めた。

 

「もう2分経つんだっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ!あと120体!」

「そんなすぐには!」

「無理でもやるんだ!」

 

超低空をお構いなしの3次元機動で突撃砲を操る国連軍仕様の青い弐型、返り血に染まりながら血刀をさらに薙ぎ払う山吹の00式。そしてそれが率いる斯衛部隊は血風の舞が如くに長刀を振るい、中隊未満とは思えない突撃力で彼方へと照射を続ける重光線級を討ち倒し骸へと変えていく。

 

あの連中は半端じゃない、けど…っ!

 

龍浪響少尉は暗灰色の帝国軍塗装、その弐型の操縦桿を操りペダルを蹴りつけて機体を振り回す。

 

ようやくに引いていった衝角触腕、しかしまだ射程内ではあるだろうし突入後の初撃で吶喊部隊は30機を切り、BETA誤射以外は頓着しない重光線級の照射によって機動に制限がかかる状況で。

 

「前衛の要撃級どもが戻ってきたぞ!」

「ッ――了解! 本隊の後退はまだか!?」

「まだもう少しだ!」

「よし、踏ん張りどころだ!」

 

支援抽出の中隊長代理 ― 中隊長はさっき九段へ赴いた ― の先任が注意喚起を、応えた響はあえて強い口調で。

残弾管理を一旦忘れて迫りつつある要撃級群へ先制の120mmを両主腕の突撃砲2門から1弾倉分撃ち込んで先鋒数体を肉塊へ変えせしめる。

 

 

敢えて口にはしなかったが。事実上の敵中孤立。

 

後続BETA群の出現が止まり前衛だった要撃級とも入り乱れてしまえば、遮蔽物が何もないハイヴ周辺では光線属種を排除しない限りこちらの増援の目処が立たない。戦域を大きく迂回させるにしても、その所要時間とリスクからしてどのみち今少し以上重光線級を駆逐せねばならない。

 

だがそれでも――

 

 

巌谷中佐…! やり遂げますよ!

 

快活で活発な意思が踊る茶色の瞳には決意の色。

足りない部分は気合いで補う、凡人にできることはそれくらいだ。

ただそれが、後事を託して散っていった先人達への餞と信じて。

 

 

伝説だった。帝国軍衛士なら知らぬ者などいない。

 

その下で戦えるなんて、最初は夢かと思った。

 

甘い人ではなかったが、理不尽は一切なかった。

さらに任務を離れれば意外に気さくで、話のわかる上官だった。

しかし口で多くを語るより、行動で示す方だった。

 

そんなお人だから部下に死ねと言うならまず自分が、と考えたのだろうか。

 

 

「早まって中佐殿の後を追おうとするな! 重光線級が分散すると手に負えなくなるぞ!」

 

しかし響はともすれば逸りすぎる帝国軍吶喊部隊を掣肘し。

 

頼んますよ中尉――!

 

「よし、『上』は凄腕が抑えてくれる! 俺に続け、光線級狩りだ!!」

 

英語と日本語、あらん限りの大音声で叫ぶ。

そしてコントロールパネルに指を走らせスロットにとっておきを放り込む。

輝きを増した弐型のバイザーが水色の光を放った。

 

― XM3・ミッションディスクSG、起動! ―

 

「ぐっ…オラオラオラぁ!」

 

自らを鼓舞して。響は一際増した加減速Gに耐える。

 

 

柚香の協力を得て組んだマニューバ。

ある意味あいつは俺より俺を見ているから。

 

あの時目で見て必死に食らいついた、「双刃」のあの機動を模倣再現流用するため。

高い限界を誇る弐型の性能、衛士保護のためのリミッターをいくつか解除し半ば以上強引に運動性を引き上げる。

 

なんといっても開発局で一緒の「本人」も一部監修。

ゆえにか響の習熟はまだ完全とはいえないが――

 

 

全速での噴射地表面滑走、目指す重光線級と衝突寸前で旋回をかけて肩部装甲が接触するギリギリで躱しざまに36mmの連射を柔らかな側面から背部へと叩き込み、そのままの機動で単眼を光らせ照射を続けるもう1体の横腹めがけて120mmをお見舞いする。

 

そこで左方50mほどの重光線級数体が横殴りの120mmの嵐を受けて地に沈み、その周囲にも弾雨が降り注ぐ。さっきはどうも!と勝ち気そうな女の声がした。

網膜投影の友軍機表示には米海兵隊第536・318海兵戦術歩行戦闘機隊。

 

吶喊に参加してきたた米軍部隊。

元々共にかなりの被害を受けていたはずの隊で合流機は10機足らず、しかし勇猛で知られる米海兵隊。今度はドスの利いた女の声が回線に響き、

 

「豚娘共! 海兵隊を愛してるか!?」

「生涯忠誠! 命賭けて!」

「Gung Ho! Gung Ho! Gung Ho!!」

「よーし! 石器時代に戻してやりな!」

 

そのかけ声と共に濃紺の海兵隊仕様F-18E スーパーホーネットが両肩に担いだMGM-140 ATACMSを全門斉射。

1機あたり32発、至近距離からの計300発以上のIR弾は一度上昇した際に重光線級に大半が撃ち落とされたがそれでも残りがBETA群へ降り注ぐ。

 

「草を育てるものはなんだ!?」

「Blood! Blood! Blood!!」

「貴様らの仕事はなんだ、お嬢様!」

「Kill! Kill! Kill!!」

「声が小さい! 聞こえんぞ!」

「KILL! KILL! KILL!!」

 

ちょっ…!

 

技量がどうとかよりその勢いに。

迎撃され宙空で爆炎となったミサイルと着弾して巻き上がるBETAの肉片と土煙との中、海兵隊機は空になった肩部コンテナを切り離すと両主腕のAMWS-21をあたり構わず撃ちまくり出し、響はそれにやや呑まれながらも休まず手を動かして初弾のミサイルを含めて海兵共の雑な仕事の後始末に追われる。

 

「ちゃんと止めを刺してくれ! 要撃級はしぶといぞ!」

「五月蠅いね、ほら『ジャイアント・キリング』のデビッド・ボーイがお怒りだよ! 殺し屋志願共、きっちり仕事しな!」

「Sir! Yes! Sir!!」

 

真面目にやれと言いたくなるがあれが連中の流儀なくらいは知っている。

負けじと響も素早く保護皮膜を展開する重光線級に接近し、その単眼の真下に銃口を突っ込んで連射を喰らわせ内部をメチャメチャに破壊してやり。隣の奴には足首の細くなった部分に120mmをぶち込んで吹き飛ばし転倒させて、処理は後続に指示して任せる。

同じように3体処理して弾切れになった右の突撃砲は放り出し、兵装担架から長刀を引き抜いた。

 

「寝かせれば脆いぞ! 足を狙え!」

「了解!」

 

重光線級の耐久力は確かに高いが、トップヘビーなのは間違いがなく。

BETA共ほどじゃなくとも人間だって数は力だ。そして何より連携こそが。

 

 

本当の英雄なんかには成れない、きっとそれはあの中尉殿とか国連の青い弐型乗りあたりの役で。だが虚名でもなんでも人のために成るなら利用して、泥にまみれてでも前に進む。

人を生かして活かすための苦労なら、なんでもかんでもどんだけでも来やがれ!

 

 

跳躍機で噴射地表面滑走、突撃砲で巨木の如く林立する重光線級の片脚ずつを狙いながら。

時折襲う要撃級の衝角前腕と重光線級の流れ弾ならぬ流れ照射は地に突き立てた長刀を杭が如くに利用しての急旋回で躱して見せる。だが。

 

まだ手が足りねえか…っ!

 

地から引き抜いた勢いのままに振り回した長刀でそこにいた重光線級の片脚をぶった斬り、またもう一度突き立てて旋回をかけてから同じく抜いて振り回す。

 

 

引き連れてきた中隊を入れて大隊程度、そこからまた数を減じた吶喊部隊。

残る重光線級はようやく100を切ったか、先任達の自爆がある程度は巻き込みもしてさらに狩り込んでおきながら。

吶喊駆逐のペース自体はそう悪くなかった、だが敵の数が多い上突入時に遮蔽に使った要撃級群が反転してきて護衛が如くに重光線級に張りついている。

米軍部隊も頑張ってくれているが絶対数の少なさはどうしようもなく、重光線級共は誤射を避けるためか照射の数と頻度がやや減ったが今度はこちらの殲滅速度が明らかに低下しだした。

 

 

振り回した長刀がその要撃級の強固な衝角前腕に当たって弾かれ、逆方向に流されつつも響は左突撃砲で120mmを人面めいた前部に叩き込んでその1体を肉塊に変える。

 

糞っ、中尉が引きつけてくれてるうちに…!

 

あの凄まじい機動には時間制限があるらしい、篁中尉のやり取りを端から聞いてその程度は把握できた。

ほとんど目をやる余裕はないが一旦はあの新巨大種相手に単機で押し込むほどだと――

 

「中尉ッ!!」

 

回線に覚えのある女性斯衛 ― 白服の誰だったか ― の声、いや悲鳴が響いて響が機動の最中反射的に見やる上空、そこには衝角を断たれ失った触腕がなお鞭と化して黒い00式の左肩部を打ちすえていた。

 

 

致命打にはほど遠く当たった装甲部位によっては仕込まれた超硬炭素刃が逆に切り裂きもするが戦術機が機動を乱され阻害されるには十分、同じく衝角のない触腕や短く断たれたものまで加えて繰り出される無数の鞭撃。それらを新巨大種の後退によって開いた間合いの空間ごと圧するように振り回されてはあの「双刃」が操る00式ですら高G機動の連続で大きく回避し続けるしかなく、わずかの間に防戦へと追い込まれていく。

そしてさらにその機動もやや鈍りつつあり、単機突撃以降暗転して音声のみとなった通信窓にも彼の食い縛っているらしい歯の間から漏らす呼気だけが届く。

 

 

機体もヤバいのか!? 頑張ってくれ、もうちょいなんだっ!

 

響は弐型の片肺だけを全力噴射、低く錐揉み回転しての叩きつけるような縦の斬撃を重光線級に浴びせて真っ二つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

500mほど向こうの上空、雪の舞う曇天に繰り広げられる攻防は一気に旗色が悪くなっていた。

 

今あいつを墜とされるわけには――

 

「――俺が援護に行く! タカムラ中尉、あんたはここの指揮を!」

 

ユウヤは機体を振り回しながらロイヤルガードの白いゼロを狙った要撃級の尾節を撃ち抜いた。人面を模したかのようなその部位に正確に3発、眉間を撃ち抜くが如くに浴びせる。

 

「やれるのか!?」

 

そしてそれに応答したユイもまた、袈裟懸けに重光線級を斬り裂く。瘤に覆われた外皮が割れてこぼれ出る臓物と体液、振り返る勢いのまま薙いだ二刀目が光りかけていた背後のもう一体の照射皮膜を横一文字に断ち割った。

 

「やってみせるさ!」

「――行ってくれ! 触腕が来なきゃなんとかなるんだ!」

 

そう叫んだ帝国軍のニガタが要撃級の一匹の後ろを取り、その尾節を首を刎ねるかのように斬り捨てる。

 

「目処がつけばこっちからも支援できる、頼む!」

 

衝角触腕の残りは30ほどか、ヤツが沈めばそれが全部襲ってくる。

1機あたり1本を凌ぎながら重光線級を狩り切れるか。

なによりヤツが墜とされれば吶喊部隊の士気は瓦解するだろう。

 

「よし任せるぞ! イーニァ!」

「――うん!」

 

そしてユウヤはニガタを駆って、黒いゼロを追う。

全力噴射ならわずか数秒の距離――

 

 

「大丈夫か、イーニァ」

 

 

普通のやり方じゃあ届かない、いつかの、イーニァの視界を――

 

――心を開いて受け容れた、その、世界の在り様を。

 

 

「うん。いくよユウヤ」

 

 

シートに座った姿勢のまま曇天の空に放り出される――周囲は硝煙と血煙舞う戦場――

 

襲い来る数多の衝角触腕、その軌跡の――コンマ数秒先の姿が複数候補――

 

既知の情報から予測される衝角触腕の軌道――

 

 

前席のイーニァからは一切の表情が消え、糸の切れた人形の如くシートに沈んだ。

 

「ナガクハモタナイ」

「ああ解ってる! 無理はするなよ!」

「ウン ユウヤダイスキダヨ」

「なんだおい!」

 

言いつつもイーニァから渡された火器管制を即座に掌握、両主腕の突撃砲。

 

人機一体――!

 

装甲を通して感じる気流の流れ、それを引き裂くBETAの触腕。

集中が生み出すものかほんの少しだけ重く遅く感じる時間の流れ、イーニァの視界から得た予測候補目がけてミリ単位で照準を調整すれば突撃砲の銃口もまたごく僅かずつ修正を加え――

 

――そこだ!

 

右砲で36mmを2発、発射された弾丸は狙い違わず黒の00式を背後から狙おうとしていた衝角を弾き飛ばした。

 

――次!

 

左で同じく2発。逆側から黒を狙った触腕を撃ち破る。

 

「――!?」

「援護する!」

「―…了、…解…ッ」

 

顔の見えない網膜投影の通信ウィンドウ越しに。

 

「イーニァ、付け根だ! 速度も遅いし動きも少ない、ネキリだぜ!」

「リョウカイ」

 

 

高い限界を誇る00式、それでもあまりの酷使にその機体は悲鳴を上げ始めていた。

しかし一瞬たりとも機動を止めない黒の衛士は歯を食い縛ってかその高Gに耐え。風車の如く旋回する長刀、曇天に斬撃の軌跡を残す長刀とを左右入れ替え縦横無尽に途を斬り開かんと。

 

同じく鋭く回避機動を描きながらその黒を援護するユウヤの弐型。

地上の重光線級共からは巧みに新巨大種本体と触腕とを挟む様にしながら。イーニァがもたらしてくれる演算結果、視覚野へと投写されるその影を両主腕と兵装担架の計3門の突撃砲で狙い撃ち、避け得ない誤差と埋め切れない可能性とは技量で補ってみせる。

 

 

黒の00式の死角を狙って音速を超えて迫る衝角は弐型の放つ弾丸が弾き飛ばし、その一瞬で翻る黒刀が寸断する。

弐型を崩さんと動く触腕は00式が突撃の機動を描いて掣肘し。守勢へ回った瞬間に正確無比な36mmと120mmとが逆撃し、根元近くから撃ち破る。

 

 

そして進む。前進する。その剣の切っ先が、放つ銃の弾丸が。

 

全方向から襲いかかる衝角触腕を躱し、斬り捨て、撃ち抜いて。

 

攻防としては僅かに数十秒、しかし数倍にも感じるその空間――

 

ついに総ての衝角を奪い去り触腕を断ち斬って、青白く明滅を繰り返す中央部位へと過稼働により機体各所から火花を上げながら黒の執行者が迫る。

 

「いけええ!」

「―――ッ!」

 

ユウヤの叫びを後押しに突進する00式、跳躍機FE-108が最後の力を振り絞るが如くに絶叫した。噴き出すロケットの赤炎が咆哮する。

 

しかしそれを待ち受けていたのは ― 新巨大種主体節下、毒々しい緑の大型衝角。

 

一度も動かず必殺の機会を虎視眈々と狙っていたそれが音速を超えて撃ち放たれた。

だがそれすら予期していたのか僅かに機動を逸らさんとする黒の00。

 

しかし酷使しすぎた機体と肉体とが意思を裏切り、その寸毫の遅れは致命の一瞬に――

 

「させるかよぉおお!!」

 

だがそれはかつて見た攻撃、要塞級と同じ! たとえ長刀で断つ業が無くとも。

衝角触腕群の滅殺を見越して地を迅り回り込んで突進をかけてきていた響の弐型が突撃砲で斉射を浴びせた。

 

そして放たれた弾丸が衝角と触腕に命中し極僅かにその速度を減じ――刹那の差で間に合い交差した黒の2刀が衝角を受け止め――砕け散った。

 

「――ッ!!」

 

瞬転、その突き出された衝角に乗るが如くの宙返り、折れ砕けた長刀を放り棄てた黒の武御雷の両腕から00式近接戦闘用短刀が伸び出す。

 

あれじゃ――

 

――無理だ!

 

「こいつを!」

「使ってくれっ!」

 

空のユウヤと地の響、2機の弐型が背部兵装担架からパイロンの火薬式ノッカーでまさに抜き打つ勢いのままに投げ放ったは74式近接戦闘長刀。

後方と左方から豪速で回転して黒き処刑者を追った2刀は掲げられたその両主腕へと吸い込まれ――

 

「――オオオオッ!!」

 

魂削る黒の衛士の咆哮。

その乗機00式は激突する勢いのまま逆手に握った両の長刀を振るった。目も眩む迅さの十文字の斬撃、新巨大種中央、その場所こそは先の攻撃で剥き出しにしかけた発光部位。

激しく噴出するBETAの体液、それを浴びる00式の機体は酷使により摩耗し果てまさに最期の力で2刀を突き立てて――もう動かない。跳躍機も力尽きたかの如く爆発して脱落した。

 

だが黒の00式はまさに鬼と化し、新巨大種に突き刺した2刀と二叉の爪先先端部の超硬炭素刃とを支えに今や無防備となった眼前のその青白い輝きへと向けて、背部から展開した突撃砲を零距離で連射した。

 

「ゥオオ雄雄雄――ッ!!」

 

火を噴く2門の87式突撃砲、2×2000発の36mm高速徹甲弾と残余の120mm粘着榴弾が露出した発光部位へと叩き込まれる。

飛び散るBETAの体液と着弾による爆発の余波がほぼ機能を停止しつつある00式へと浴びせられる中、新巨大種のその部位は激しく明滅を繰り返すとその巨体までもが蠕動するかのように震えて――

 

――突如発光部から噴出した不可視のエネルギーの奔流に、黒の00式が吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――!?」

 

瞬間、唯依には何が起きたのか理解できず。

 

「な――」

「にが――!?」

 

彼女よりは新巨大種に程近く、伸び切った大型触腕の衝角部を120mmで破砕したユウヤと触腕部を叩き斬った響にも解らなかった。

 

腰部から下を失って吹き飛んだ黒い00式C型は宙を舞い、数100m離れた地点に落下した。落着の衝撃で二転三転し、残っていた両の主腕も頭部もげて失われる。そうしてほとんど原形を留めぬ鉄塊と化し、冷たく雪の降る荒れ地で停止した。そこは吶喊部隊と乱戦状態のBETA群からは離れた場所。

 

「ちゅ、中尉――ッ!!」

 

泣き叫ぶが如きの悲鳴は誰の物だったか、しかし新巨大種もまた明滅を止め4対12本の装甲脚により聳え立ったままでその活動を止めていた。

その一方で、地に墜ちて細く数条の黒煙を上げる00式の残骸には至近のゲートから湧き出た戦車級が群がりだした。

 

「中尉…ッ!」

「篁中尉、重光線級がまだ! それにここからじゃ…!」

「く…! 頼む誰かっ! 誰か行ってくれ!!」

「――俺が行くッ!」

「頼む!…イーニァ、おいイーニァ! もういいぞ、イーニァ!」

 

救出に走り出しそうになった唯依をしかし彼我の距離と未だ終わらぬ戦況とが押し止め、その懇願に等しい叫びに響が応え。ユウヤは「繋がり」が解けて意識を失った前席のイーニァを気遣い大半径の回避機動に入った。

 

「間に合え…っ、!?」

 

超低空の全力噴射、しかしその瞬間に響は信じられないものを見た。

 

黒の00式の胸部残骸その上側平らになった部分が盛り上がり、内側から突き破られた。

そしてそこから姿を現したのは、灰色の無骨な機械の塊 ― 89式機械化歩兵装甲。

 

緊急脱出・ベイルアウト不能時の最終手段、破壊脱出・パワーアウト。

 

「生きてる!?」

 

しかし管制ユニット内コネクトシートが変形する歩兵装甲と87式フィードバックインターフェースとに覆われるのは頭部と四肢。露出した腹部を覆う漆黒の零式強化装備の特殊保護皮膜は遠目にも判るほど出血に濡れていた。

 

戦術機搭載の歩兵装甲はあくまで脱出用、パワーアシストはあっても丸腰。それでもなお、黒の衛士は歩兵装甲背部に備えられた小型固体燃料ロケットモーターを点火し――後退でなく、前へ。

真っ先に躍りかかってきた戦車級の1体、3m近い赤銅色の四足歩行で二腕のBETA、その前面上部に突き出た首の如き器官を歩兵装甲の腕部スレイヴモジュールで殴りつけた。

 

「グァ…っ、ガ、ッ!」

 

2mになる機械化歩兵の殴打を受けて拉げる戦車級の首、しかしまさに吐血するが如き苦悶は黒の衛士から。

だがそれでもさらにもう1体の戦車級を殴り倒し――横合いから別のもう1体に押し倒された。

 

「だ――!」

 

めだ!

 

響からは、戦術機の速度とサイズからすればそこはまさに指呼の間。36mmなら戦車級なんて一撃、だが撃てば一緒に吹き飛ばしてしまう――

 

その逡巡は一瞬未満、しかしその先をも響が幻視した時。

 

飛来した1発の弾丸が、その戦車級の首を吹き飛ばした。

 

「――!?」

「射線を開けて下さい!」

 

高い少女の声だった。

慌てる間すらなく反射的に響は機動の軌道を変えて、わずか回り込む形で周囲のBETA共から長刀で薙ぎ払った。

その間にもさらに1発、2発、そして3発4発とほぼ規則的に飛んでくる弾丸 ― ごく普通の36mm HVAP ― が、倒れ伏す黒の衛士の歩兵装甲には掠り傷ひとつ付けずに次々と戦車級の首を撃ち抜いて肉塊へと変えていく。

 

繋がったデータリンクで確認すればその射手はまだ西方4kmから接近中、さすがに87式支援突撃砲なのだろうが36mm高速弾とはいえその距離を貫くのには10秒程度かかるはず。BETAの挙動は基本単純とはいうもののまさに針の穴を通すが如きそれを低空機動しつつなし得るとは、神技に等しい狙撃技術。

 

嘘だろ、と瞠目しつつも響は来援方向の射線を開けて、動かなくなってしまった黒の衛士を背後に守るが如くに立ち回る。

一方それらをやや遠望する形となったユウヤはその魔弾の射手さながらの衛士の正体に見当をつけ、イーニァのバイタルからも一応の無事を確認して一息つく形になっていた。

 

「タマセか? 助かった!」

「ブリッジス少尉! 援護の部隊も――」

「待たせたな」

 

他の仲間の安否を問う間もなく。

割り込んできたのは低く落ち着いた男、ネイティブの英語。もうずいぶんと前になるが聞いた覚えのある声。

そして複数砲分の36mmと120mが正確な照準を以て乱戦中のBETA群を外縁部から射倒していく。

 

ブレイザー中尉…!?

 

IFF信号を発しながら接近、タマセほどまでではないにせよ、2km近く離れたあの位置から機動中に狙撃してきた技量の持ち主たち。

重光線級の数が減り、その照射が東へ集中することから大きく西側から回り込んできたものらしい。

 

「騎兵隊の到着だ。遅れてすまん、本隊の後退と再編に時間がかかってな」

 

言いつつた傘壱型で迫ったは9機。

その黒に近い濃紺の機体、ゼロとはまた異なる刺々しく攻撃的なシルエット。かつてユウヤも駆ったF-22、アメリカ軍の最新鋭機。かけられたコストが最高ならば、その性能も最高峰。速度差の関係でタマセらのニガタに先んじる形になったのだろう。

 

「ああ、そこの国連軍機、ヴァルキリーズ? 貴様いつぞやのゴースト04…いや」

「隊長、今は!」

 

レオン…!

 

割り込んできた懐かしい声、やっぱりまだ生きてやがったか。

例の特殊装置装備なのかさらに腕を上げていやがる。

 

「よし、蹴散らすぞ。フォーメーション・ハンマーヘッド・ワン!」

「了解!」

 

戦域支配戦術機たるF-22の本領は対人類戦闘、しかしその機動力運動性は群を抜く。

さらに彼らの研ぎ澄まされた技量を補強するのは鍛え抜かれた強靱な肉体と精神、そして情報と科学の力。

 

敵味方入り乱れた戦況であってすら華麗でさえある隊列飛行で要撃級を遮蔽に使い、セオリー通りの砲撃戦。計18門のAMWS-21から規則的かつ正確に吐き出される砲弾が重光線級を3体ずつ狙い通りの文字通りに蜂の巣の血祭りにあげ、間合いを見切っての一撃離脱戦法。

 

さすがに巧い。だが――

 

「今頃来やがって…」

「なんだと、ユウヤてめえ…!」

「うるせえレオン! 文句あるならもっと早く来やがれ!」

 

久し振りながら相変わらずのご挨拶、痴話喧嘩を始める男二人に同隊のシャロンが茶々を入れるまでにはほぼ重光線級を殲滅し終わり。

 

倒れて動かなくなってしまった黒の衛士の周りには、青いUN仕様のニガタが4機、駆けつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鎧衣急いで! 彩峰周囲の安全確保!」

「了解!」

「…もうやってる」

「――心音微弱! かなり危ない状態だ!」

「処置急いで!! ああ中尉、中尉、どうか、どうか……」

「ああぅ、血があんなにぃ……ぐすっ」

「珠瀬泣かないで!! 縁起でもない!!」

「ご、ごめんなさぃい…うぅう…」

「…榊うるさい」

「運ぶよ! そっとだよ!」

 

 

敵新巨大種並ビニ重光線級群ノ駆逐ニ成功セリ

 

その報に加えての回線に聞こえる少女達の怒鳴り声やら泣き声やらに、月詠真那中尉は彼女の主を護るべく乗機深紅の00式Fに構えさせていた追加装甲を漸くに下ろした。

 

 

光線級吶喊を敢行した部隊の戦場から、後方40km。

被害状況の確認と部隊の臨時再編が続く甲20号日米連合主攻部隊本陣。

 

 

強くなる雪は止む気配を見せず ― 立ち続けていた二機の月詠機とその横に立つ、青の00式R、斑鳩機。

 

そして彼らの後ろで管制ユニットのハッチを開け放ち、その上で立てた太刀に両手を衝いて凝と佇む強化装備姿の「殿下」。その青成す黒髪の上にもやや白く降り積もっていた。

 

 

新巨大種の出現後、本来の本陣からさらに下げ。

重光線級の照射距離から抜け出はしたものの、高所からの撃ち下ろしになる新巨大種の前には裸も同然、お退きをと願っても「殿下」はお聞き入れ下さらなかった。

 

その決然として厳しくも闘志を絶やさぬ御尊顔は通信回線に乗り、周囲の帝国軍機総てに運ばれていた――が、その、伝刀・皆琉神威の柄尻を掴む御手が血が滲まんばかりに握り締められ、小さく震えていた事迄は傍役の真那・真耶のみが知って居れば良かった。

 

それは決して、何時襲い来るか判らぬ光線を怖れるが故のものではなく――

 

 

「片付いたようだな」

 

そんな中、出来れば新型砲で射止めるなり更に可能ならば生擒にしたかった等とさらりと言ってのけた斑鳩公崇継という男は、やはり危険だと真那は感じた。

 

 

「殿下」が残ると言い出す前に政威軍監閣下は後退再編に臨んだ軍を前に怖ける素振り等欠片も見せぬは当然としても、「双刃」が破れて吶喊部隊も敗滅の折には16大隊総員で突撃自爆し相討つ故それを以て総攻撃なり撤退なりの布石となされよ、とその辺に漫ろ歩きに出る程度の気軽さで口にしたのだ。

 

決意の挺身にて散華した巌谷殿あたりとは明らかに異なる。

他人の生命どころか究極的には己の生命にも拘泥しない人間等は、時に凄まじい害悪を齎しかねない。

 

 

「あの様な物が他にもおれば甲20号攻略どころではないが、さて」

「どうでしょうか、居るなら出て来る出して来るのではないかと」

 

共に立つと渋ったのを強いて下げられていた赤の真壁機もまた戻ってきた。

斑鳩公の懐刀たる男は、主が光線属種の照射に灼かれた場合の後事を託されて。

 

「BETA共の戦略術眼は未だ不明乍ら、例え一体でもあの多銃身砲が如き連射を続けられた方が我々には厄介でした。結果囮となったのが海軍一戦隊とは些か値が張り過ぎましたが」

 

露助を纏めて吹き飛ばした事には拍手を送りたい、とは言わずもがな。

 

「軽々に口にされるな真壁殿。今後同じ物が現れんとも限らぬ。その犠牲極めて大なれば、その際は如何様に押し止める心算か」

「さて、自分の様な者には謀りかねますな」

 

韜晦するが如きの物言い、その真壁の言い振りからしてその腹積もりが大方真那には読めもした。

 

矢張り斑鳩一門にこれ以上の攻勢の心算は無いのだな…

 

 

成程道理と云えば道理。

帝国にとって目下の脅威たる甲20号・鉄原ハイヴを攻略してさえ仕舞えば、後は約定通りにハイヴ本体は米軍が、解放域はアジア連合がその防衛の第一座。再度新巨大種が現れようとも先ず主として防戦に当たるはその両者。

 

さらに云えば、殊斯衛に限れば元来八洲護国こそが本懐。

帝国総体でも現状領土的野心どころか海外進出の予定すら。奪還成った国土の復興が漸くに進み出した現在其方に注力したいのが本音の処。

 

そして確かに新巨大種の戦闘力は甚だを超えて脅威、無傷でとはとても済むまいが、向こうから攻め寄せると成った場合は伏撃なり地雷原なり。

ましてや他異星種共と同じく進軍に足並みを揃える事等考慮もしない様で有れば、彼の巨体でのこのこと徒歩で孤立した処を集中攻撃。

 

彼奴の渡海能力は不明乍ら、今後甲16重慶・18ウランバートル・19ブラゴエスチェンスクより発して沿岸部へ到達したとしても、帝国へ最寄りと成る朝鮮半島経由で旧釜山から北九州まで200km近く、旧ソ連極東部から北海道までなら300kmを超える距離。新巨大種が重光線級同等の索敵照射能力且つその4倍高80mからの撃ち下ろしとしても、本土はゆうに地平水平線下の距離と成る。

艦砲のロケット補助推進弾ならば最大射程は180km超、噴進弾なら言わずもがな。艦橋の高い大和型等はより注意が必要乍ら、事前に索敵発見さえ出来ていれば安全圏よりの飽和攻撃計画も立てられよう。

 

尤もこれらは、新巨大種が1体若しくは極少数にしか出現しないという仮定が前提で――もしも彼奴が複数同時出現等しようものなら、其れこそ連合艦隊総てを囮に戦術機数個連隊規模で先の大戦末期宜しく必死必沈の鉢巻を締めて突撃自爆戦法でも採る他無い。

 

故に巌谷殿と其の朋友らの挺身こそは、現状採り得る最適解でもあった――

 

 

「真壁、楽観は戒めようぞ」

「は…」

「さて殿下、軍の再編に目処がつき次第手を休めずハイヴへと進みとう御座います」

「…宜しなに」

「御意。就きましては殿下にも御出座戴き後詰めと共に督戦下さればと」

「! 斑鳩公、それは」

「よい、月詠。感謝致します斑鳩公、それこそが我が務めなれば」

「上奏お聞き入れ下さり恐悦至極」

 

通信窓に芝居がかって低頭する斑鳩公、その言う処の後詰めとは。

恐らくハイヴ入口近辺にて、今の如くに立って務めよと云う処。

 

士気の鼓舞という眼目は理解すれど徒に危地へと「殿下」を晒す政威軍監のやりようは真那には素直に受け容れ難い。

しかもそれを、「殿下」が自らお望みになるとあっては尚更。

 

況してや――

 

彼の中尉の生還と、その後の容態の重篤さ等を知るにつけ。

それ等に甚だしく一喜一憂する内心を押し隠さんとする「殿下」のお気持ちを察するにつけ、真那は暗澹たる思いに囚われる。

 

 

あの、只只管に異星種との闘争のみを追い求める殺戮機械。

身の振り方も周囲の都合も勘案せずただ己が手で彼奴等を殺せれば良いと、その故に斑鳩公崇継に良い様に使われ続けるあの愚かな男。

 

そのBETA共の返り血に真っ黒な手で、「殿下」 ― 冥夜様のお心を掴んで離さぬあの男。

 

 

あの男が居る限り、そしてこのまま戦い続ける限り、冥夜様もまた斑鳩公が云うがままに危地へと立ち続けられるだろう。

御剣の家は冥夜様を曲がらず真っ直ぐにお育てした一方で、やや武威に偏重した嫌いが ― 其れには真那も干与したが ― 有って、冥夜様の御気性は明らかに悠陽様より武断的であられる。

そして其れが故に、尚更己の腕一本で誰よりも圧倒的な力を示すあの男には惹かれずにはおられないのではないか…

 

何れにせよ ― 「何方も」望外の拾い物だった、斑鳩一門の上位連中はそうほくそ笑んでいるであろう。

昨今煌武院と斑鳩の関係はその長い歴史の中でも屈指と云える程に良好乍ら、今以上に斑鳩の権勢が大きく成り過ぎることを掣肘したい煌武院の一派としては警戒の念を抱かずには居れない。

 

だがそれを判っていても、斑鳩の犬たるあの男の帝国が為の功績が、生半ではない処がまた悩ましい。

 

最早一体誰が、あの男に等しい働きが出来ると云うのだろう。自分でも、真耶でも、或いは二人同時でもあの様な真似に届くかどうか。いやあの新巨大種相手にあれ程の戦い様、はっきり敵わぬと申しても恥ではあるまい。

 

功一等の斯衛として武家の名乗りを上げても最早可笑しくないであろうし、是非婿にと食指を伸ばさんとする家も、真那が知るだけで両手指の数程は有る。

 

彼奴は確かに孤独を好んで愛想もなく市井出身故にか礼や作法に欠けるが、不必要に排他的でもなければ露悪主義でもない。殊戦術機機動に関する事で新任同僚らに頼られれば、その態度が親切とは程遠くとも何らの惜しみも隠し立てもせず伝授教導するが為に所属隊での信望は相当に高いらしく、また実際にその成果も高く評価されていると云う。

 

そんな衛士を失うことは、帝国にとって損失以外の何者でもない…

 

 

「政威軍監はどうなさるのです」

「陣頭にて指揮を。ああ迄部下の益荒男振りを見せられては長刀のひとつも振って見せねば他の者が着いて来ぬ様に成りますゆえ」

「…ご武運を」

「勿体なきお言葉。月詠二機は命に替えても殿下をお守り致せ」

「ご下命に及ばず」

「元より其れが我等が使命なれば」

 

野暮を申したな、と笑って。

斑鳩公崇継は、真壁介六郎を伴って離陸した。

 

 

 

 

負傷者・損傷機を後送し、洋上の損傷艦と共に下げ。

 

赤のF型2機を従えた紫の00式R型が見送る中、米軍部隊と合わせてハイヴ攻略第一陣・4個連隊を超える戦術機部隊の前に青のRが立った。

 

そしてずらり、と背部兵装担架から長刀を抜き放つ。

 

「戦局は最後の関頭に直面せり! 我等是れより修羅に入る! 仏と会えば仏を斬り! 鬼と会えば鬼を斬る!」

 

向けられた切っ先がびたりと指すはハイヴ入口。

その深淵、闇がりの奥からは今また、異星種共の踏み均す重低音。

 

「参るぞ! 余は常に諸子の先頭にあり! 続けぃ!!」

 

 

 

4日後 ― 日米連合軍は甲20号・鉄原ハイヴ最深部主縦坑大広間を制圧。

 

作戦目標たる反応炉の確保に成功した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。

2000時。照明が煌々と各施設を照らす。

2年前に奪還された東海・西日本地区の軍事施設群の設備はまだ十全とは言い難く、帝国軍・米軍併せての一大後方基地として今次作戦においても稼働していた。

 

地上施設には海路から陸路で後送されてきた損傷機に負傷者が事前の計画通りに運び込まれ処置を受け、後者の中には処置の甲斐なく死亡する者も当然出ていたが、すでに届いた戦勝の報が基地全体の雰囲気を明るいものに支えていた。

 

そして、地下。地上の喧噪も、その一種浮ついた空気も届かない。

自らの執務室で、副司令・香月夕呼博士は己の成すべき事をただ行っていた。

 

 

作戦開始以降、逐次上がってきていた報告には残らず目を通してきた。

 

手駒たるA-01の損害状況。

 

未確認の巨大種の出現。そしてその能力。

 

 

「…」

「――失礼します…」

 

ノックの後入室したのは長い銀の髪に黒い制服姿の社霞。

手にした書類を夕呼に渡すと、そのまま執務机の前に起立して待つ。

夕呼は数ページのその書類を流し読みめくりながら、その霞に問いかけた。

 

「シェスチナ…イーニァの容態は?」

「――疲労がありますが問題ありません、ただ多用は禁物…です。今は退院した神宮司大尉がついています」

「そ。でもまりもはもう出たの? さすがに頑丈ね」

 

イーニァはフランク・ハイネマンにブリッジスと一緒に渡すことが決まっている。

死体でもまあ嫌味程度で済むだろうが、生きているならそれに越したことはない。

 

そしてまりもも頭脳労働専門の自分とは、さすがに身体のつくりが違う。

もっとも元から軽傷だったということも――遺体どころか突撃級に轢き潰されて乗機の残骸すら判別がつかなかった、伊隅や速瀬とは違って。

 

「で…」

 

夕呼がぱらりとめくったページには、いよいよの本題が。

 

「どう思う?」

「…優先度1・自己破壊に直結する大火力。同2・BETA由来技術…です」

「…よねえ」

「…ML機関に反応しない保証はありません。……00ユニットにも」

「…よねえ」

「…両者を備えるXGは真っ先に狙われる可能性があります」

「…よねえ」

「…大照射には耐えられません。諸元通りの出力が出たとしても」

「…よねえ」

「…それでなくとも、間断ない連続照射も危険です。単機相対は自殺行為です」

「…よねえ」

 

夕呼は書類を放り出し、天井を仰いで大きな溜息をついた。

 

終わるときってのは、ホント…造作もないのね。

 

 

生涯を賭けてきた目標は、今や砕け散った。

 

 

人間の力というのは、凡人たちが皆で死力を尽くした結果というのは。

時に独りの天才が冷徹に計算仕切ったつもりの事象を凌駕して見せてきた。XG系列機もG弾もなしでの佐渡島ハイヴ攻略しかり。リヨンハイヴ攻略とその後の展開しかり。

 

しかしそこには常に、BETAという変数が存在して。

多かれ少なかれ、「奴等が今までと同じなら」という前提でプランニングされてきた。

 

それは、天才を自称する夕呼の「第4計画」とて――変わらない。

 

 

生体反応ゼロ・生物的根拠ゼロの非炭素系疑似生命。

「第3計画」の成果により強力なリーディング・プロジェクション能力を備え、さらには因果律量子論に基づき開発された量子電導脳は多元世界の同位存在との並列演算処理により既存のコンピュータを遙かに超越する能力を持つ――それが00ユニット。

 

この00ユニットによりBETAと本格的に交信するのみならず、その存在の正体と太陽系来訪の目的・意図並びに現在の戦略戦術総てに至るまでをリーディングで入手する。

 

その為の方舟として選ばれたのが、戦略航空機動要塞開発計画・Hi-MAERFの産物たる単艦制圧兵器・XG-70シリーズ。

20年前のコンピュータ技術では到底不可能であったこれらのML機関とラザフォード場の演算制御を00ユニットにより成し遂げ、対BETA絶対無敵の戦術航空要塞として次々にハイヴを攻略していくのが「第4計画」のメインプランだった。

 

 

だが、その。

絶対無敵となるはずの、XG-70シリーズをただの空に浮く鉄の塊とするBETAが出現した。

 

00ユニットの完成すらもほぼ完全に頓挫した現状において、致命的に過ぎる状況。

 

代替とすべく進めてきた案も、未だ道のりは遙かに遠く――

 

 

「…どうしますか」

「四型の2700mmを下ろすわ、アレなら8km/s出せるはずよ」

 

どうせもう無用の長物でしょ、現物で2門用意できるしと。

 

それに以前なら、こんなことを聞く娘ではなかったのだけれど。

霞の問いが、あくまで「当面の現実的対応」を問うものだと夕呼には理解できたから。

 

 

奴には上背がある。それが利点となっての長大なレーザー照射圏。

それを逆手にとっての、極超音速弾での狙撃作戦。

 

ブローンの戦術機なら奴の照射可能距離はおよそ80km。

戦艦装甲に準ずる対L耐熱処理を施した高速徹甲弾でこの距離を10秒以内に突破し、弱点と露呈した主体節中央部を狙い撃つ。

口径の大きい01型砲ではまだ不可能な弾速、単純な運動エネルギー弾ゆえの重装甲化と、現状の装備と技術で実現可能なプランはこれしかない。

 

 

「…帝国は当面動かないと思いますが」

「社、あたし達はいちおう国連軍なのよ?」

「…すみません」

「……入れ込まないことよ。言いたかないけど」

「……すみません…」

 

無表情ないつもの霞、それでも。

 

他人の情愛にあれこれ言うなんてのは、本来夕呼の主義には反する。

でも二度目の言葉は、謝罪ではなく拒否を詫びるものだとも判った。

 

「『読んだ』あんたがそう想うのは、まあわからなくもないけど。あいつは応えてなんかくれないだろうし、お望み通りに破滅に向かって一直線よ。またあんな薬なんか使って」

「………でも、可哀想すぎます………」

 

霞は目を伏せ、ぽつりと呟く。

 

 

あれは呪いか、それとも罰か。

 

なにも知らないままに。ただ戦い続けて。

 

死んでも死んでもまた繰り返し、狂うことすら赦されず。

 

ずっとそばにいたはずのひとですら、もうはっきりとは思い出せない――

 

 

「教えてやったところでどうにもならないわ。知ればその場で銃を咥えて引き金引くんじゃないかしら、それか今より無謀に突っ込むかもね。本当はもう『死にたい』のよ、あいつは」

 

そして帝国は、世界は得がたい衛士を無為に失う。

生きていれば、最後の瞬間までBETAに抗おうとする強力な衛士を。

 

「生きることは戦うことよ。あたしは、それをやめない」

 

たとえ明日、世界が終わるのだとしても。

 

恰も不死であるかの様に今日を生きる。

 

それが人間の姿のひとつだと考える夕呼が折れることは、おそらく無い。

 

破滅が眼前に迫っていても、心中が千々に乱れても。

傲然と胸を反らして顎を上げ、鼻で笑って立ち向かう――

 

 

 

 

――そしてこの年の暮れ、国連軍横浜基地副司令・極秘計画「オルタネイティヴ4」最高責任者 香月夕呼大佐待遇博士の下に。

 

 

第5段階計画「オルタネイティヴ5」の発動が通達された。

 

 

 

 

 

 




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超重光線級さんは00ユニット未リーディングのために、光線属種積乱雲と重金属雲をまぜまぜした通信妨害機能はまだ実装されてないってことで……わ、忘れてたわけじゃないですよ?w
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