2002年 12月 ―
スカンジナビア半島南東部。旧スウェーデン。エストハンマル近辺。
冬の北欧は寒く。
イルフリーデの飲むバルトのコーヒーは苦い。
BETAにはクリスマス休戦なんてものはないし。
そして高緯度地域の日の入りは早く、この季節ともなると1500時頃には日没。
夜はBETA達の時間。センサーの類があるとはいえ、外部情報の多くを視覚に頼る人類に分がいいとはとても言えない。
ゆえに愛機EF-2000を駆り早々に本日の作戦行動を終えて、バルト海に浮かぶファスタオーランド島前線基地へと中隊で帰投する――その途上にて。
「地上設置センサーに感! 母艦級です!」
「基地から迎撃に出るより早かろう、片付けるのである」
「ひゅう、ローテ12、出番だぜ」
「了解、予想出現位置願います」
晴れていたがゆえの茜色の残照は見る間に翳っていく。
結局今日もこうなった、どうして今かな出て来るかな、そう言いたいのを堪えて中隊前衛に続いてEF-2000をターンさせた。放置して明日の遅い夜明けまで待っていては、吐き出されたBETA群が分散してよけいに手間がかかる。
リヨンハイヴでの大隊の損耗とその補充を経ての再編以降、イルフリーデは結局第2中隊第3小隊所属にて砲撃支援のまま。
前衛への憧れ、というのはまだあるには…ある。
でも半数近くが新任になってしまった大隊において、それを通せば自分より適性に劣る者が支援に就くということ。
その結果がどうなるかなんて、考えるまでもない。
イルフリーデの乗機、その右主腕には米軍貸与のリニア・レールガン、背部兵装担架には専用弾倉。幸いというか今日の相手は小群ばかりで一射もしていない。
運動性の低下はMk-57中隊支援砲に比べてすら目を覆いたくなるほどながらもその威力は折紙付き。ただし有効射程は20km未満、巨大かつ一部硬質な母艦級相手に貫通力保持を狙うなら15km程度まで。戦術機で運用可能な通常砲に比べれば圧倒的なその数値も、
「距離を詰めて仕留めます、『口』の向きの確認を」
送られてきた予想出現位置を中心に対重光線級ギリギリの安全半径30kmの円軌道で噴射地表面滑走。BETAに均されたおかげで人工物も低木すらも存在しない海岸近くの荒野ゆえに可能な機動。最近ほとんど光線属種を見ないものの、構築された戦闘規範と衛士としては当然の用心の範疇。
巨大な円筒形の母艦級はたいがい斜めに横倒しになって「顔」を出す。
光線級自体の動きは遅く、母艦級に後ろから接近できればその内部に積まれていようとも出て来る前に始末できる。要塞級搭載の場合でも、有効射程内に入れさえすれば「二重の容れ物」ごと片付けられて、実際それが一番手間がない。
ただそれも半分くらいは運頼み、鈍足のレールガン装備で最長の半円90km移動となってしまえばいくら光線級でも顔を出すというもの。ヤーパン・ライヒが実用化したと聞く大口径のレールキャノンがあれば、もっと安全圏から狙撃できるのに。
「焦るなローテ12」
「大丈夫、ローテ06。ヘルガ、直掩お願い」
「了解!」
宵闇に沈んでいくフィヨルドの複雑な海岸線。
背後を取れますように、イルフリーデはそう祈る――何に?
大きな声では言えないけれど、信仰を意識したことはなく。
だから偉大なる祖と、勇敢な仲間と。守るべき人々と、そして衛士の誇りとに。
「出現位置特定! 座標転送、60.245、18.521! オスト・スートスト!」
「了解…っ!」
その祈りが通じたが、何かの加護があったのか。
激震に揺れる大地、荒れ地を突き破って出現した母艦級は遙か向こうでその無防備な背中を見せて。
イルフリーデは残り10kmを詰めるため、跳躍ユニットAJ200を全開にした。
イギリスはドーバー基地群、「地獄門」を発って早2ヶ月。
今次作戦においてドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」は、その最精鋭の名に恥じぬ働きを期待されて欧州連合軍より最先鋒に任じられた。
目標はスカンジナビア半島制圧。
そしてその先に目指すは旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ攻略作戦への橋頭堡並びに侵攻ルートの確保と構築。
同半島の制圧解放に成功すれば、バルト海航路のみならずスカンジナビア山脈を盾にした北回り空路の利用すらも視野に入る。
もっともこの前線基地より少し先、オーランド諸島以北のボスニア湾は冬期に氷結してしまう為、攻略作戦自体は春期以降初夏あたりになるのだろう。
ユトランド半島の掃討制圧を進める他部隊と同時進行で北海から海路カテガット・エーレスンド両海峡を斥候部隊先行で通過、スカンジナビア半島南端を駆け抜けるように船で走破し、バルト海ゴットランド島経由で基地化を目論むオーランド諸島ファスタオーランドまで無事到達。
スカンジナビア半島に存在するBETA群はそのほぼすべてが旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ発のものと推測され、沿岸部においては定期的に漸減作戦が ― それこそ数年前にはライヒからの候補生が居合わせてしまったように ― 行われてきた。
今次作戦はそれに輪をかけるように、すなわちBETA発生源は一カ所にほぼ特定されているため、そこへ向けて半島南部沿岸から内陸部へと北上する形でまさにサーチ・アンド・デストロイにて掃討駆逐していくもの。
機動力・索敵能力・打撃力・殲滅能力を兼ね備えた戦術機ならでは。
欧州連合のオール・TSF・ドクトリンの面目躍如といったところ。
そして現在、東を旧スウェーデン・ウーメオー、西を旧ノルウェー・サンネシェーン近辺までを掃討しセンサーによる探知線も構築し終え。
本命の目標たるロヴァニエミハイヴまでおよそ400kmの位置まで進軍を果たした――のだが。
無事母艦級を討伐。借り物の装備のおかげに過ぎないけれど、これで通算7体目。
報告を終えたイルフリーデは、駐屯地の頼りない暖房にガタガタ震えながらシャワーを浴びて、西独軍冬制服に着替える。
食堂へ向かうと、微妙に光量が足りない照明が薄暗さを際立たせるそこには同期同中隊の二人。女騎士然たる凜としたヘルガと、柔らかな雰囲気に実はやや有毒のルナ。
ただ二人共に、自分と同じく疲労は溜まっているらしく。整えられたヘルガの髪はまだわずかに湿っているようだったし、ルナの瞼は少し落ちかけているようだった。
隊全体に疲労が蓄積している。
戦況自体には問題がないというのに。
派遣の中心は西ドイツとイギリスの欧州連合軍。戦術機のみで4個連隊。
これに北欧避退国家軍中心の国連軍が2個連隊ほど加わって、数だけ見れば600機を超える大部隊。まして国土の奪還に直接繋がる上に、欧州人類勢力最後の砦として93年まで粘ってみせた北欧各国軍の士気は高い。
とはいえこの戦力も、無理を重ねてかき集められたもので。
リヨン攻略後に設定されたフランス東部の防衛線から、フランス・スペイン・ポルトガル以外の欧州連合各国軍は事前協定下限を下回るほどまでにその戦力を引き抜き。
今次作戦で同時進行となる、ユトランド半島の制圧とその後のラベ川を利用したハンブルグ起点の防衛網の構築、加えてドーバー「地獄門」の後詰めにその先の作戦予備にも戦力分配が必要なことも考慮すれば、まさに上限ギリギリの捻出数。
今年初頭までは落ち着いていたフランス東部防衛線はこの秋以降、逼迫とまでは言わずとも小中規模BETA群の接近が頻発するようになっていて。
大量の高度な精密機器に誘引され易いBETAの性質を最大限利用する形で戦術機大規模駐屯地の一部を敢えて防衛線外に突出配置することでその任に宛て、解放域への背撃が危ぶまれる母艦級のおびき出しにも成功していたものの、その撃破撃退のみならず誘引のための「量」として当て込んでいた連合内他国軍の戦力を引き抜かれ、リヨン攻略後一応の国土解放を成し遂げ一部では都市の復興をも進め始めるなど明らかに内向きなフランス及びイベリア半島国家は猛烈に反発する一方で、泡を食って防衛計画をまとめ直した。
多大な犠牲を払い血反吐を吐きながら未だ奪還ならぬハイマートを眺めてきた西ドイツ軍にしてみれば正直ある種溜飲の下がる思いはあったが、こうした措置は欧州連合内に容易く恢復できはしない亀裂を残したろう。
なのにそこまでしても、それでもやはり、戦力が足りない。
スカンジナビアはヨーロッパ最大の半島。陸地面積は日本列島の倍以上。
さらに夏を超えれば顕著に日照時間が短くなっていく高緯度地域、12月ともなれば明るい時間は6時間ほどしかない。
危険度が上昇する日の出前・日没後の作戦行動は避けたいものの、それをすれば作戦期間全体の延長を招く。いきおいなんとか回避を試みながらも、結局は暁闇薄暮の中でのより神経を使う戦闘も増えていく。
おまけに参加衛士の半数以上がリヨン以降に任官の新兵さながらとあっては、古参の酷使とそこから来る疲弊は目に見えていた。
実際をいえば、その搭乗使用に高い適性と高度な教育に訓練を施した衛士が求められる高価な戦術機より、より安価で搭乗員の養成も比較容易な戦車なり自走砲なりMLRSなりの地上砲兵力で数を揃えた方がいい場合だってある。
オール・TSFなどといってもその実情は78年のパレオロゴス作戦の失敗から85年に始まった欧州西側陣営国家の陥落、そしてその2年後難民脱出のためポルトガルに留まっていた各国政府がイギリスとグリーンランドへ避難するまでの間に、それら地上砲兵力の大半を喪失・遺棄したがゆえの苦肉の策。
そのためリヨン奪還後はそれら装備の生産・購入も始まっているが、よしんば機械は作って買えても人はすぐには湧いてこない。どころか教える立場の人間すら不足するありさまとあっては。ましてや海路兵力を輸送する必要が出て来れば、戦術機運用に偏重した欧州連合軍のロジスティクスからして無理難題もいいところ。
可能な限り海という防壁を隔てて島嶼部に前線基地を設定するのも、渡海にコストを要するBETAの特性ゆえだけでなく、定点火力が不足しているという実情あっての話でもある。
しかし、それでも、やらなければならない。
それも、可及的速やかに――何故なら。
「お疲れ様。さっきはありがとう、助かったわ」
「いや。そっちこそ、幸運はあったが見事だった」
「同じく、ですわ」
食事を受け取りヘルガらの席に着くと、もうすでに二人は終えかけているようで。
品を失しない程度に急いでイルフリーデも食を進める。慣れた舌にもとてもおいしいとは言えないけれど、お腹は空いていた。食べるのも任務だ。
食事を済ませて、その後の情報交換という名のお喋りもそこそこに3人で連れ立ってブリーフィングルームへ。
今夜はある意味でここのところしばらく待っていた、しかしあまり知りたくもない情報が入ってくることになっていた。
欧州連合には時間がない。
残された時間が。正常な国土の回復のための。
今月上旬、極東で実施されたチョルォンハイヴ攻略作戦。
成功裏に終わった ― 成功してしまった、とまではさすがに言いたくない ― その作戦の結果自体は、すでに伝えられていた。
国連におけるバンクーバー協定の改訂決議は未だながら。
アメリカは事実上、G元素鉱山を手にした。
これでもう、たとえ国連決議が下りなくとも、手放しはしないだろう。
日本帝国はそのアメリカと実質の再同盟国となり。
朝鮮半島という従深を得て、半ば以上の後方国となった。
政治外交上の態度としては変わらず真面目で誠実でつまり幼稚だが、さすがにもう現実的利益がなければ容易に極東から出ては来ないだろう。
事実上ほぼ2カ国の戦力のみで、まして想定外の強力な新巨大種の攻撃までもはね除けて、ハイヴ攻略を成し遂げたアメリカと日本は名実ともに対BETA戦における二大強国となった。さらにいえば、G弾を使わずして。
地理的要因もあり自国へのBETAによる直接的な脅威は取り除かれた上戦略物資の確保にも成功した今、異星種排撃のための人類の一致団結という叶いもしない綺麗事の大義名分を除いてしまえば、彼らはすでに他地域へは我関せずを決め込むことも出来るようになってしまった。
無論両国とも表向き友邦であり極端な排外主義でも孤立主義でもないから、いわば外交儀礼的に今回欧州連合派遣軍と同様申し訳程度の戦力を後方・側面支援として出しはするだろう。
そして両国が明らかにその他国家に対して先を行くレールガン系装備などのレンドリースを含む商いもするだろう、そしてそれらは必ずしも無償供与ばかりになるはずもなく。
結果主戦場たる欧州ユーラシア各国からは、一方的にあらゆる財が流出することになる。
戦時国債借款の類のみならず、国内の残された資産に加えて外地の各種権益に至るまで。
それを厭うて短期的な一気呵成のBETA駆逐とハイヴ攻略を目指して血の助力を欧州連合から願えば、両国は自軍損耗抑制を眼目にまずG弾を落とすがいいかね? その後の利権もよろしくね?と問うてもくるだろう。
それを容易く拒絶することはできない。爾後に反故にすることも。
拒絶すればそもそも支援は得られないし、約束を破れば報復される。
アメリカと日本には新時代の兵器たるG弾・レールガンの現物も技術も材料も揃う一方で、欧州には貸与品を除けばどれひとつとして存在しない。
そして万が一欧州戦線が劣勢になるなどして、大西洋を挟んだ米国と遠く離れた日本が卑近の脅威だけでなく将来の危険も取り除くべきと判断して走り出した場合にも。
この、人類文明の草創期より豊かな歴史を育んできた誇りあるユーラシアは、否応なく彼らの落とすG弾によって異星種諸共灰燼に帰さしめられるであろう。
だからそうなる前に、自分たちの手で、「サック・オブ・ヨーロッパ」の復仇を果たしBETAを駆逐せしめて、浄化された国土を取り戻し。
さらに戦後へと繋がる武器として、欧州民主主義圏の牙として、ロヴァニエミハイヴのG元素を手中に収めなければならない――のだが。
BETAの侵攻により失陥した地域の領有権は、慣例的にも避退した国家の主権がそのまま認められている。ゆえにいかに対BETAやハイヴ攻略のためとはいえ主権者たる当事国に無断で大量破壊兵器を使用できるはずもないのだが…アメリカにはすでに前科がある。他ならぬ、日本において。
かように事実上欧州連合の生殺与奪を握る立場にあり続けるアメリカは、しかし傍若無人を絵に描いて動かしたが如き彼らでもやはり人種的な親近感ゆえか ― いや先の大戦ではドイツに核を使用してもいる ― 、「再犯」に及ぶにはさすがに単独では踏み切れぬ部分があった。
しかしそこに、最初の被害者ともいえる日本が ― イルフリーデは同意しないが、あの「遅れてやって来た小癪な極東の島国」が ― 加わってしまっては。
その庇護下のアジア連合の一部は追随する可能性が高いし、欧州内でもドーバーを挟んだイギリスは同意しかねない。そうなれば英連邦たる豪州にオセアニアも足並みを揃えるだろうし、北南米はアメリカに従う。産油利権があるとはいえ実際には国土を失陥している中東諸国の発言力は弱く、同じく避退国家化している旧東側勢力国家の領域などには、かえってアメリカ強硬派などは小躍りしてG弾の雨を降らせるだろう。そして事実上欧州の後背地といえるアフリカの諸国だって、いつまでも旧宗主国の顔色ばかりを窺うとは限らない。
お得意の政治工作で日米を離間させる手もあるし実際やってもいるのだろうが、こと作戦が動き出してしまって以降は実働となる両国の軍部同士の紐帯が強いことは以前から判っていたし、アメリカは元々多頭蛇で交渉窓が多い分こちらのリソースも分散しがちで即効力には欠ける上、今は容易に足元を見られる時節。ライヒはもっと問題外で、国内で圧倒的支持を持つショーグン・ジェネラルが明白な親米姿勢とあっては。
つまるところ、欧州は、もはや沈没しつつある。
実際に、奪還成った地を見ても。
BETA大戦以前から2次産業がその利益の大半を占めていたのが欧州一流国。しかしBETAに蹂躙された国土は1次産業の基となる山林農地河川海洋が丸裸に荒れ果て枯れ果て汚染され切っているだけでなく、2次産業の大前提たる整備の行き届いた社会基盤に経済インフラの類もまた、根こそぎ破壊し尽くされていた。
復興のためにアフリカより募る労働力にしても、BETAの欧州侵攻以前・人類同士の前大戦の傷跡から見事に復興を遂げた栄光の時代をつぶさに知るのは、すでに20代後半の世代から。
フランスなどが声高に復興事業従事者に成果如何では居住権をなどと上から目線の人参をぶら下げてみたところで、どれだけの馬が走るだろう。それを「美味そうだ」と思っているのは、もうすでに当の欧州人しかいないかもしれないのに。
まして欧州連合各国同士、さらにはそれぞれの内部の事情もバラバラ。
フランス以西の国家は本領安堵で戦線を拡げるつもりはさらさらないのは見え見えで、現在の防衛線の確保と内地復興とが第一義。イタリアも実は、もう少し防衛線を東進させてそっち側に入りたい。
欧州連合大陸国で最大戦力を持つ西ドイツは祖国解放が未だ叶わぬ悲願の一方、連合最大国家のイギリスは大陸の事情に付き合いすぎるつもりはなく単にG元素確保が主眼。
バルカン半島のギリシャは周辺国家が旧東側ばかりだし、東西どっちつかずのノルディック・バランスの過去が災いするスカンジナビア半島の北欧各国と並んで元々の勢力の小ささもあって発言力は弱い。
実質ソ連と切り離された格好の旧東側諸国などはもっと悲惨で、東欧社会主義同盟などと名乗ってはいるが長くBETAの蹂躙を受けたせいもあって疲弊著しい上にまとめ役の東ドイツですらほとんど傭兵まがいの立ち位置で、辛うじてオブザーバー的に欧州連合への参画が認められている程度に過ぎない。
そして国内事情的にも、たいがいの国は大分類では親米G弾容認派と欧州主義通常戦力派の二派になるとはいうものの、その実際は両派内部でもG弾の被害規模の不明さや増大する一方の戦費などを巡ってグラデーションを構成し意見がまとまらない。
しかしただ一点、各国各勢力に共通するのは。
国民に課せられる重税の因果双方であるところの軍事費を、際限なく食い潰すにも関わらずいつまで経っても目に見える成果を挙げられない軍への失望――
「浮かない顔だな」
「明るくなりようがないわ…いえ、だめねこんなことでは」
ヘルガの言葉にイルフリーデはかぶりを振った。
もう、困ったときは素直に顔に出してしまって、先任に頼れば良い気楽な立場ではない。
移動するにも心なしか薄暗い廊下。
島嶼部の施設の多くは欧州防衛戦時から使用されていたものも多く、ここもそのご多分に漏れないということながら。これほどの大作戦にも関わらず、いやゆえになのか、その更新を図る余力もすでにないということだろうか。
希望を掲げ、ささやかな野心を燃やして任官に臨んで早3年近くになる。
「炎の中から己を高めよ」――
その家訓のままに、BETAの駆逐と祖国ひいては欧州奪還を目指して。
しかし倒すべき敵はあまりに多く、取り戻すべき地は…もう喪われてしまっているのかも。
栄光のツェルベルス。
西ドイツ最強、精鋭の名も誉れ高き騎士団。
わずか1年前、リヨン攻略後に民衆に歓呼で迎えられた三頭獣の紋章は、しかし今やただ金のかかる無駄飯喰らいで役立たずの駄犬として蔑む者たちすら。
そして悪い知らせというのは、友を連れてくる。
ただでさえ気の重くなるチョルォン攻略の情報、今日はそこで出現したという新巨大種――超重光線級と名が付いた、との戦闘詳報が届く手はずになっていた。
駐屯地のブリーフィングルームは手狭で設備もやや古く、ここも他と同じく照明もやや光量が足りず。まるで今の欧州の現況を示すかのようで、それら総てがイルフリーデの気分をより暗鬱なものにする。
「始めるぞ」
定時。大隊長とその副官を正面に。
隊員が揃ったのを確認した、いかなる時も冷徹なる銀の狼王 ― 大隊長アイヒベルガー少佐が号令。とはいっても、実際の進行を担うのはくすんだ金髪の美しき副官 ― 后狼たるファーレンホルスト中尉。
「当面は部外秘となる。留意せよ」
「はっ」
ブリーフィングルーム正面大型ディスプレイ。動く画は国連軍の提供による。
各々の席に着いたまま、皆押し黙ってそれを観る。
攻略作戦の手順自体はそう特別なものではなかった。
欧州戦線では沿岸部での間引き以外あまりお目にかかれず助けてももらえない艦砲兵力があるということを除けば、リヨン以前も以後も幾度となく机上やシミュレータで演習してきたものとさほどに変わらない。
しかし前進する攻略部隊の前に、新巨大種・超重光線級が現れた時点からそれが一変した。
地から天を貫く巨大な光芒。
その一射でソ連軍の軌道爆撃・降下部隊合わせて1万人以上が戦死したとみられ。
そして姿を見せたのは ― あまりに巨大な、その異形。
足下には見たこともない数の重光線級を引き連れて。
ライヒスリッターが先頭となった大隊規模の光線級吶喊すら無数の衝角触腕による超高速攻撃ではねのけて見せ、次いで乱射されるレーザーでまさに草でも刈るが如くに日米の精鋭を薙ぎ倒していった。
「…」
全高およそ100m。主体節上部に突き出る放射頭節が3、照射皮膜は各3。
通常照射は重光線級と同程度、照射間隔は…0.2秒。
極大照射は威力射程とも計測不能、ただし照射間隔は長く10分程度。
近接防御兵装として、主体節下部に要塞級同等の衝角触腕。
さらに小ぶりな物が背部に隠し持たれる他、伸長1000m以上の衝角触腕が左右副節に50ずつ。これらは細いが衝角は鋭利で、刺突の直撃は即撃墜に繋がる。
現状判明している特性としては、軌道爆撃や艦隊砲撃などの遠方大火力に対して優先的に極大照射で反撃する他、通常照射時はリニア・レールガン装備機を狙う傾向が高いこと、また同時出現の光線属種群がその照射間隔を大幅に短縮させており、何らかの因果関係も予想される――
一旦映像が止められ、現在判明している超重光線級の各諸元などが后狼から説明されるも。
入室以来イルフリーデには薄暗く見えたブリーフィングルームが、さらに一段暗くなったように感じられた。
西ドイツ最強と謳われる部隊をして、誰も一言も発することが出来ない。
七英雄に列せられる中隊長達ですら。
ましてリヨン以後に入隊の、統制の効いた戦場しか知らず訓練より実戦の方が楽だなどと嘯いてきた新任達に至ってはすでに顔色がない。
そしてイルフリーデも、正直、怖じていた。
こ、こんなの…どうするのよ……
例えるなら、100mほどの高台の上に充填不要の重光線級がずらりと並んでその周囲を100体の要塞級が囲んでいるようなもの。飛べば死。地を行っても死。
一同を沈黙が支配する中、記録映像は再開された。
後方から望遠で撮られたとみられやや荒く、しかし戦況の推移自体を俯瞰してみることはできた。
ほどなく2度目の大照射。ライヒの艦隊が大打撃を受けたそうだ。
そしてその充填時間を狙って光線級吶喊部隊が再度の突撃をかけるも触腕に阻まれ失敗、見るも無惨に討ち倒されてその数を減らしていく――しかしその絶望的な戦況に転機をもたらしたのは。
「自爆戦法…!」
「自発的志願者だったそうよ」
ファーレンホルスト中尉の声は意識してか冷たく。
イルフリーデの脳裏には、リヨンでの最終局面の記憶が再び。
画面に数多花開くは命の華。
男たちが、その命を対価に後に続く者達へと途を斬り開かんと。
重光線級を、衝角触腕を道連れに。
そして最後に、一際巨大な爆光が超重光線級の直上で炸裂した。
「二段構えの囮作戦…だがよくあそこまで近づいたな…」
「……皆、手練れでしたわ。噂のライヒの新装置があるにしても、F-4であれほど…」
「…大方、盛りを過ぎたベテランが手前の命に見切りをつけたんだろうな」
細かな画像から読み取るヘルガとルナに、ブラウアー先任少尉が添える。そのいつもの軽口と皮肉にもさすがに陰り。
巨大BETAを巻き込んだ大爆発の足下、開始される3度目の光線級吶喊。
しかし主体節上部と3つの放射頭節総てを吹き飛ばされながらまだ生きていた超重光線級が、残存する衝角触腕を以て迎撃に当たる――も。
「『ザ・シャドウ』…またこいつかよ……相変わらずとんでもねえな」
「…ルナ、あれは…どうなってるんだ一体」
「……わかりません…リヨンの時よりさらに…いえ、機体の違いはたしかにございますけれど…予想されるG負荷、反応速度、どちらもとても常人の域には…」
時折ズームされる画面に展開されたは、まさに風を捲き重ねて来たる漆黒の嵐。
黒い稲妻の如き機動、その翻りさえ目で追えない長刀の閃き。
数十に及ぶ音速の触腕攻撃すらも躱しはね除けて、単機で巨大種を後退せしめた。
「...薬か」
「おそらくは。あの衛士、常用しているのでしょうか」
「…その手の男には見えなかったが…」
「――ヴィッツレーベン少尉?」
「は。推測になりますが、おそらく…切り札ということなのでは。衛士本人、機体の負荷共に。リヨンの際にもこれに似た機動を示したのは最後の最後だけだったかと」
「凄まじいの一言である。あれほどに長刀を旋回させて、よく下腕が保つものであるな」
「ライヒの機体は近接戦闘の考慮が十全ですわ、とりわけゼロは…残念ながら我らが白騎士で同じ事を試みれば20秒ほどで手首が焼き付いてしまいますでしょう。また運用が巧みなのは無論ですが、ティープ・フィア・ウント・ズィーツィヒ・ラングシュヴェルトはフリューゲルベルデよりも軽量ですし、重心位置も柄に近いですから」
鬼と同色を纏う狼王の疑問に、察した后狼からの問い。撫でつけた髪に細いカイゼル髭と片眼鏡、やや偏屈な学究肌のユンカーといった見るからに貴族然とした長身痩躯の「音速の男爵」もそれに加わって。
答えるルナを隣に、イルフリーデはあのとき見た昏い瞳を思い出した。
――BETAを殺す為だ――
あの、深い憎悪に満ちた眼差しと声。
英雄というのは、我らが敬愛する大隊長のような方であってほしい。
なのに同じ色を身につけながら、彼はまるで正反対で。
背に人の希望を、しかし胸には絶望だけを抱いて。
果てなき復讐の荒野に独り立ち続ける。
その強さと技量には敬服するが、彼はたぶん、それらをすべて個人的理由のために振るっているような。ゆえに嫌悪…というより忌避感があった。
だが、そんな超絶の衛士ですら押して除けるBETAが、単体で存在したとは。
ひとたび斬り払われた触腕までも振り回してその射程すべてをまさに制空圏と化し、見切りの極意とさえ感じる刹那の機動を封じて来た。
EF-2000も同様だがライヒの戦術機もまた ― むしろ源流はあちらかもしれないが ― 各部の微細な空力制御によってその機動の最大値が発揮される。
無論損壊の可能性が排除できない兵器ゆえダメージコントロールも考慮されているとはいえ、ただでさえ精緻を極めるその黒いゼロの機動制御。BETAの鞭打が一撃致死とはほど遠くとも、連続で受けてのち衝角が来れば撃墜は免れ得ない。
「…学習、したというのか…?」
「どうなの、でしょうね…」
眼球でのみ忙しくブラック・ゼロの軌跡を追いながら。
半ば呆然とするヘルガの疑問に答えられる者はいなかった。
無論新種ということもあるが、これまで単体のBETAと単機の戦術機とが、これほどの長時間干戈を交えることなどなかったはずで。
そして一気に悪化していく形勢、しかしそこに援護の機体が現れた。
「あれは!」
欧州連合軍にとってはわりに見慣れた、UNブルーの、だが見慣れぬ戦術機――
「――ティープ・フィーア・ウント・ナインツィヒ・ツヴァイ!!」
「知っているのかルナ!?」
「ええ、以前フォトグラフ誌で見たことが。まさかもう実戦投入していたなんて…」
がたりと椅子を蹴倒して立ち上がった雷で…もといルナテレジアにヘルガローゼが問うた。
そして後悔した。
「ライヒは耐用年数の迫るF-4改修機 ゲキシン の代替機としてTyp94 シラヌイ の改修型を求めましたがえ?なぜゼロを量産しないのかってそれは機密としてライヒも語りはしませんけれどもあれほどの精緻さに高性能ですものおそらくはコストの問題だと考えるのが妥当ではないでしょうかともかく皆様ご存知の通り元々F-15を参考に突き詰めた設計によりその高い要求仕様を満たし世界初の実戦量産配備第3世代型戦術機となったTyp94には拡張性がほとんど存在しなかったと言われておりますのそのためかその改修機の開発は相当難航したそうですわそうした状況を打開するため先年アメリカとの共同開発に踏み切り大隊長もよくご存知のあのハルトウィック閣下のいらっしゃるアラスカはユーコン基地にてボーニング社の協力の下完成したのがあのTyp94 2nd ですわ発表時のカラーリングは今一つでしたけれどもご覧下さいませあの頭部センサーマストに腕部ナイフシース等空力特性を突き詰めたライヒのコンセプトにアメリカ製の高性能パーツが見事マッチングして口惜しくもなかなかに美しい機体だとは思われませんことTyp94比で大型化した脚部は推進剤搭載量の増加を伺わせますでしょう加えて背部跳躍ユニットも新型となりそれだけでなくおそらく外装全般はかのフェニックス構想により生み出されたそうあのMSIPモジュールに換装されているとみられ主眼は近接機動格闘戦能力の向上ではあるのでしょうが一方中距離までの砲撃戦能力も頭部形状の変更が最新型の戦術前方監視赤外線装置やアクティブ電子走査レーダー等の搭載によるものだと考えれば探知照準能力の向上は従来機比でかなりのものとも推」
「お、おう」
「…レポートに纏めさせておけ」
「了解しました」
アイヒベルガー少佐は眉一つ動かさず。
ファーレンホルスト中尉も目を閉じて応えた。
休暇もろくに取れない現在、そんな余裕があるかどうかは別として。
地上付近の戦闘から上空へと舞い上がったTyp94 2nd は鋭角な機動を描きつつ、両主腕の突撃砲と兵装担架のさらに1門を駆使して信じがたい精度の砲撃戦を展開し始める。
ある種無軌道かつ超・反射的な黒い00に対して、高速で高機動であり続け常に理論値の最大をなぞり続けるかのような2nd。
しかもその中で2ndは戦術機比では大して太さのない ― 人間で言えば腕程度か ― 衝角触腕を、おまけに超高速で振り回されるそれらを2点3点のバーストでほぼ確実に撃ち抜き続けていく。
「…なんだありゃ…」
「しょ、小隊長…」
装備と戦闘スタイル的に似通うがゆえにより唖然とするブラウアー少尉、イルフリーデは自隊の長、隻眼の射手・ベスターナッハ中尉に問いかけるも、喪った片眼を機械化してまで射撃に振った彼女ですら肩を竦めてその硬質の美貌にお手上げの表情を浮かべた。
イルフリーデ自身、中長距離なら機動砲撃戦には精密性含めて多少なりと自信があるのだが。
「…天才というのは、いるものだな」
黒色の外套を纏う狼王をして、そう呟かせるほどの。
イルフリーデの知る中で最高の機動砲撃衛士といえば、かのフランスの竜騎兵。「前衛砲兵」「四丁拳銃」の異名を取るベルナデット・リヴィエール中尉。
彼女なら、この2ndの衛士に比しても瞬間火力と面制圧力では勝るだろう。ただその砲撃の精密性をおくとしてもなお、機体制御と三次元機動能力で1枚ならず上を行かれている。
「搭乗衛士は…駄目ですね、在日UNの特殊部隊だそうです」
「日本人だとは思いますわ。私の得た情報ですと、Typ94のUN供出は搭乗衛士を日本人に限定することが条件だそうですもの」
「しかしとんでもない技量だ、『ザ・シャドウ』だけでなくあんな衛士までいるのか…」
そしてその2ndと00とが、神業の応酬とばかりに互いを援護し合い。
即席の連携だったなどと、誰が信じるだろうか。
その一大スペクタクルたる攻防の果て、ついに触腕の檻と嵐を突破した黒いゼロは、さらなるもう1機の2ndの援護を得てその刃を巨大種へと突き立て突撃砲を乱射し――
音もなく吹き飛ばされたところで、映像は止まった。
「――調査の結果、現時点での結論として超重光線級のあの部位は、反応炉もしくはそれに準ずる器官だと考えられるそうです」
「…フツーS-11とかで吹き飛ばすものに剣ぶっ刺して零距離射撃したってことですか?」
「そうなるわね」
副官中尉の返答に、無茶するぜ、とブラウアー少尉。
噴出したのはおそらく、未だ詳細は解明されていないハイヴ深奥の反応炉や光線属種の超出力の、その源たるエネルギーだったらしい。ちなみに黒いゼロの衛士は瀕死ながらも生還したとのこと。
「総括します――現時点で我々の装備でこれと相対した場合、勝算はありません」
たとえ「おとも」の他光線属種がいなくとも。いたらさらに話にならない。
それが現実。
巨大種の射程外となる地平水平線下からの飽和砲撃など、現時点で望むべくもないツェルベルスには。
「戦術機戦力でこの個体を撃破するには、上部放射頭節の破壊が大前提となります。しかし『通常の方法』でそれを成すのはほぼ不可能です」
つまり、核なり、S-11なりを抱いて。
極大照射の合間を狙って高機動戦闘が可能な戦術機そのものを爆弾として、触腕をかいくぐり爆破道連れにしながら接近するほかない。
まさしく、ライヒの彼らがそうしたように。
「…まるで懲罰部隊であるな」
「いつから西ドイツはソ連になったんスか」
「誰もナチ時代に戻れとは言っていませんわ」
「斥候を密に、万一発見した場合は即時撤退せよ。本部の許可も取ってある」
后狼に狼王が添えた。
人類の頂点の戦いぶりに、戦慄のどこかに高揚さえ覚えていた大隊衛士たちはまた静まりかえる。それはどこか、安堵というより屈辱を交えたもので。
しかし。
「近傍ハイヴでこれと同種のBETAはまだ確認されていません、ですが」
「――未確認の情報だが、チョルォン近辺では今春以来光線級が極端に少なかったそうだ」
「!!」
それが意味するところがわからない隊員は、新任でもツェルベルスにはいない。
メグスラシルの娘たちとブラウアー少尉は絶句したし、ララーシュタイン大尉は口ひげを弾いてモノクルを光らせ、怜悧なベスターナッハ中尉も天井を仰いで溜息をついた。
スカンジナビアでも、不自然なほどに、光線属種を――見ていない。
「皆早まるなよ。対策は戦技班と科学班が総出で検討中だ」
「成果が出る前に会わないことを祈りましょう」
「……ですが、妙ではありませんか? 大火砲はともかく、レールガン装備機を優先的に狙うという点がチョルォンに辿り着いたサドガシマの残存個体もしくは先年来のライヒによる間引きからの『学習』の成果でしたら、それはチョルォン固有のいわば特化個体になるはずでは…」
ルナの疑問はもっともだった。
現在定説となっているBETAの戦術的な情報の伝達方式は、各ハイヴはあくまで独立的で、ただし派生系の下位に相当するハイヴにのみ伝達されていくとされているもの。そしてチョルォン下位のハイヴは、もう地上に存在しない。
「無論、リヨン戦残存個体による『持ち帰り』の可能性も否定は出来ませんが、ロヴァニエミの『親』は位置と建設時期からしてヴェリスクのはず。リヨン離脱の個体がブダペスト・ミンスク両ハイヴをあえて通過し3000kmも旅してそこまで行くのでしょうか?」
「…いいところに気づいたな」
アイヒベルガー少佐の視線の促し、受けたファーレンホルスト中尉は続ける。
「ヴィッツレーベン少尉の疑問はもっともよ…ただ、科学班でも現時点では推論の域を出ていない。流言の元ともなりかねない、皆詮索も他言も無用と心得なさい」
「はッ!」
本来続けるべきハイヴ本体の攻略作戦については、時間の関係上後日ともなり。
でも、それって……
解散となったイルフリーデは、しかし何やらまだ考え込む風のルナに声をかけた。きっと彼女も同じように ― いや、自分では気づいていないことも彼女は考えているのではと。
そして当然のようにヘルガも誘い、自室へと入った。
疲労はあるが、どのみち目が冴えてしまい眠れない。
あと1時間程度なら明日の任務にも支障はないだろう。
殺風景な部屋。デスクにベッドが一つずつ、それで一杯。
部屋の主としてイルフリーデはベッドに腰掛け、ヘルガは椅子をルナに譲って、軽くその細い腰をデスクの縁にもたれさせた。
「ルナ?」
「いい方と悪い方、どちらから?」
さっとヘルガと目配せをしあい。悪い方から、と。
「…まず、今の私たちの任務は、変更というか…停滞するのではないかと」
「…だろうな」
「そうなるわよね…」
嘆息と共に受け容れる。
大隊の戦力と装備では撃破不能なBETAが確認された。
長大な射程と絶大な威力の巨大な光線属種。
そしてそいつは、この地域にもいる可能性がある。
今ある情報でも攻撃習性の予測はある程度可能とはいえ、他種と同じく進軍するのかそれとも全く新しい拠点防衛型なのか等、そうした行動習性はまだ不明。何しろBETAの出生地たるハイヴから出てきたところで撃破されてしまったからだ。
「…うっかり見つけて見つかって、誘引でもしてしまえば目も当てられん。向こうから攻めてこなかったとして、やるとすればボスニア湾の氷が溶ける春以降か?」
沿岸部ならイギリス艦隊を中心に火力が使えるだろう。
内陸侵攻されれば止める手立てはなく、囮にする砲兵力すらないまま一方的に蹂躙されて、どこかの海峡なりへ追い落とされるだろう…その時まで、生き残りがいれば。
「でも春先以降だなんてそんな悠長なこと言ってられるの? それに湾の狭隘部は両岸60kmない、『掃除』が終わってなければとても艦隊を招き入れられないわ」
「山越えのミサイル攻撃はどうだろうか。西側へ誘ってスカンジナビア山脈を盾に…囮部隊は全滅だな」
「それだけじゃないわ、もし万が一にも『登山』されたら2000m級の山脈よ? 単純計算で400km先まで照射範囲になって艦隊も全滅するわ」
「それにさっきも言った、従来のハイヴ間の情報伝達モデルのことですけれど」
「ああ」
「もしも現実にロヴァニエミにも同じ超重光線級が存在した場合、各ハイヴは建設の順や系統に関わりなく相互に情報を伝達しあっている可能性がありますわ。重要度や選択の基準はまったく不明ですけれど」
「そうなると当然…」
「他のハイヴにもあれがいる可能性があるな」
「ええ。それにもしあれが反応炉に近しい器官を持つために新ハイヴ建設に等しいコストが必要なBETAだとしても、ユーラシアには成長したフェイズ5ハイヴも多いですから…まさにロヴァニエミもそうですし。ですので場合によっては、同時に複数という可能性も」
「…地獄だな」
ヘルガは目を閉じ、ゆっくりとかぶりを振った。ルナも努めて平静を保って見せるも、ほとんど自らも含めて死刑判決を告げるようなもの。
「……いい方の話は?」
イルフリーデの心は不思議に落ち着いていたが、それは凪いでいるのではなく麻痺しているのだと自分でも判った。
「私の希望的観測が入った話になってしまいますけれど…」
んん、とルナは軽く咳払いをして。
今はそれくらいの方がありがたい、とイルフリーデもヘルガも思った。
「もしかすると、アメリカのG弾戦略も停滞するかもしれませんわ」
同年 同月 ―
年の瀬の迫る時節。
例年に比して寒さは変わらずとも初雪は未だ。
日本。帝都城。
参賀も行われる東庭にて催された、甲20号戦勝戦没慶弔式典を終え。
主催された政威大将軍・煌武院悠陽殿下の背後に大きく飾られた巌谷榮二少将 ― 二階級特進 ― の遺影に別れを告げて、3万人を超える参列を許された従軍者は冷めやらぬ哀悼の意とそして同量の熱気と共に帰路に就いた。
その多くはこの後帝都市内へと繰り出し、酒食をするなり買い物に興じるなりしてその高揚した雰囲気を年末の市中にさらに回していくことになるだろう。
そして一方、帝都城内。
その300坪になる大広間、壁一面には日本画の大家による雲棚引く暁の空が描かれ、床には同じく日本人作家作乍らもまた少し趣の異なる洋風の筆致になる絵図の絨毯が敷かれていた。
本来は外国の賓客もしくは政財界の重鎮、参内を赦された譜代以上の武家のみが立ち入ることができるこの場所。
しかし今この場は、堅苦しくないようにせよ、との政威軍監閣下の厳命により立食式に設えられた宴会場となり、500名を超える帝国軍・斯衛軍の衛士らに加えて友邦友軍として轡を並べた米国軍人らの一部もまた、列席の栄に浴していた。
正面、雛壇というには高さもなく、ただ雰囲気のみで示されるそこに。
青の斯衛服を纏う長身の美丈夫と並び立つは、まさに巨躯、巌の様な体つきの金髪白人の米国軍人。先の鉄原ハイヴ攻略戦では、米軍最新鋭機F-22で構成された第66戦術機甲大隊を率いて獅子奮迅のいくさ働きを見せた武人でもある。
「壮観ですな。デューク・イカルガ」
「はは、なに、ウォーケン少佐。これはかたじけない」
言って杯を受け取った斑鳩公崇継。
口の端に上るは流暢なクイーンズ。
「さて。お集まりの衆。就中友邦米軍の精鋭らには、お初にお目にかかる日本帝国政威軍監・斑鳩崇継と申す者」
そこで一旦言葉を切り、見渡せば。
ざわざわと波打つ空気が静寂を取り戻す。
「此度甲20号攻略に際して、お手前方の助太刀・御助力に当たっては僭越ながら帝国斯衛を代表して御礼申し上げる」
す、とわずかな目礼。
「とまあ、さて。斯衛のみの堅苦しい寄り合いならば近年の士魂の在り様等講釈垂れるが常なれど、杯を手に長々と蕪辞並べるも埒無きもの。我等の心ばかりのこの宴、大いに呑んで喰って荒ぶる衛士共の英気血肉となれば是れに勝るもの無し――」
乾杯!
「乾杯!」
掲げられた杯に、同音に唱和が上がり。
一息にそれらが飲み干されると、宴席には一挙に音が戻った。
「向こうの月も赤かったなあ…」
「それに戦場の夕日ってのも血の色をしてやがるがね…まァ、綺麗だわな」
「違いない、ニューヨークは平和さ。でもなんかくすんでやがってよ」
「辛気臭い話してンじゃね、Heyベンジャミン、ジャパンのビールも冷えてて美味いぜ」
荒くれ者の男共に女共、国は違えど一皮剥けば皆戦陣に立つ者同士。
そんな中。
「さ、さすがに場違い感があるね…」
「は、はい…」
適度な暖房、手にした冷たい飲み物のグラスは少しだけ汗をかいて。
国連軍の制服を身につけた鎧衣美琴は、隣の珠瀬壬姫国連軍少尉に小声で告げた。
広さは十分に取られているとはいえ、周りは軍服を着た軍人だらけ。
その多くは帝国軍で、しかしその中に目立つ色とりどりの斯衛の制服に、他には一際大柄な米国軍人。
衛士としては一番低い階級、しかも日本人としてもさらに小兵の美琴と壬姫にとっては気後れしがちな要素ばかり。
「でも壬姫さんはほら、お嬢様だし。慣れてるんじゃない?」
「そ、そんなことないですよぅ…」
もじもじとさらに小さくなる壬姫、とは言っても二人揃って食べ盛り。
天然物中心らしい豪華な料理が並べられたテーブルに連れだって向かい、お喋りよりむしろこちらを重視する衛士らに混じって皿に盛る。それらに舌鼓を打ちつつ、アルコールは控えて。
そして会場には打ち解けた空気が流れ。
米海兵隊の制服を着た大柄な赤毛の女性がその話し相手の小柄な帝国軍少尉の肩を叩いて陽気に笑ったかと思うと、不意に抱き寄せその体格に比してもなお大きいその胸の合間に彼を埋めさせていた。周りの海兵達からはすかさず口笛が吹かれるも、小柄少尉と一緒にいた黒髪長髪の女性少尉は眉をつり上げる。
「しょ・う・い~!」
「ち、違うって千堂…ちょ、苦し…!」
ワハハ、と豪快な笑い声の米国人女性に抱きすくめられたまま情けなくも少しだけ幸せそうな様子のその少尉に、やっぱり大きい方が好きな人多いよなあと思いつつ美琴は彼が誰だったかを思い出していた。
「ああ、『巨大種殺し』の」
「龍浪少尉さんですかぁ…ブリッジス少尉も褒めてました」
壬姫はちびり、と飲み物に口をつけながら。
そしてハイヴ外攻防戦、超重光線級撃破の立役者のもう一人。
その後のハイヴ攻略戦でも赫々たる戦果を挙げた、国連軍横浜基地所属のブリッジス少尉。
その彼はまた少し離れた場所で山吹の女性斯衛となにやら話していた。いつも一緒のシェスチナ少尉は、体調は問題ないものの賑やかなところは苦手だと言って来ていない。
「そうか、65戦闘教導団はもう帰国したのか」
「ああ。元々あんまり表に出て来る部隊じゃないからな」
「勧誘されたのだろう。いいのか?」
「二度目なんだよ実は。ブレイザー中尉には悪いが…はっきり対人類戦闘のために、って言うからな、俺には合わない」
斯衛だ…あれ、あの人は。
「だがハイヴから出てきて38度線の態を見たろう。必要な措置だぞ」
「そりゃそうだが、ステイツとエンパイアが協力すればもう2つ3つのハイヴは落とせるんだ。ヨコハマのボスにあの化け物対策さえ考えてもらえりゃ…これ以上『ツイン・ブレード』に無茶ばっかりさせられない、俺はハイネマンとそういう戦術機を造りたい」
黒髪の美男美女の取り合わせ、しかしその話はまるで色っぽくはないようで。
米国人と日本人、だがどことなく似ているような?
「『雲燿閃』の篁中尉さんですよ」
「はー、実物は…ホントに同い年なんだね」
年若く、しかし凜として威厳を備え。どうやらブリッジス少尉とは知り合いらしい。
美琴も作戦後読んだ新聞報道などで聞いてはいたが、実際に目指すだけあって昨今の壬姫は斯衛軍に詳しく。
この甲20号攻略作戦においてはハイヴ外での戦闘から内部攻略に至るまで凄まじい戦果を挙げ、それこそかの16大隊と肩を並べた「白い牙中隊」の指揮官にして突撃前衛。
「山吹の修羅雪姫」、単に「鬼姫」とも。五摂家の一、崇宰に連なる譜代の当主として。先年九段へ赴かれた主家ご当主の字名を継ぎ称されるほどまでに。
帝国軍人でなくとも、やはり斯衛の衛士は特別視してしまう。
美琴が個人的に知っている ― といっても面識がある程度だが ― 人も、護国の英雄と呼ばれ物凄く腕が立つ上になにを考えているのかよくわからないひとで――
――でも、ホントはけっこう優しい人なんじゃないかな。
今夏以降、主命だとして斯衛第16大隊から時折出向してきては国連軍と斯衛の連絡役及び横浜基地副司令の命令により合間を見てはA-01の教導をさせられていた、かの黒の衛士。
――……お前はそのままでいけ。センスはある――
俺は知っている、と。
接した機会は決して多くはなかったが、衛士としての技能に取り立てて長所がないと抱えていた悩みを話したことすらなかったのに。
そんなひとの危地を救ってあげられたことは、何より安堵の対象で。
そんないい思い出を反芻する美琴の前に、人垣が割れてやって来たのは。
わ、わわ! う、嘘…!
慌てて手近なテーブルに皿とグラスを置いた。
隣のまだ気づいていない壬姫もつついて促す。遅れた壬姫はより慌てて食器を手放した。
すらりとした見上げる長身、青の斯衛。
そしてその隣には、青成す青成す黒髪に深海の瞳。紫の斯衛服。
それまで話していた日米両軍の高官らしき人たちは、近侍の赤服達が取り持っていった。
「ああ、そう堅くならずとも良い。香月副司令の秘蔵っ子というのは、貴官等だろう?」
「は、はっ…」
反射的に敬礼しそうになった手を取られ。
ひんやりとして冷たい大きな手、斑鳩だ、と名乗り。
「何より彼奴を…彼の中尉を救ってくれて、礼を言う。鎧衣少尉、取分け貴官の救命措置が無ければ危なかった、というか死んでいた」
「は、あ、いえ」
あやつは部下だが、戦友でね、と。
もうほとんど残っていない、明星作戦以来の。
「それに珠瀬少尉、記録は見た。げに凄まじき狙撃の腕よ。どうだ貴官、我が大隊に来ぬか?」
「!? こっ、このっ、え…えぇ!? ひゃ、ひゃい…っ」
「ちょっ…み、壬姫さん…っ!」
いきなりの展開、狼狽しきる壬姫、だが美琴も呑まれつつも連れ立つ至尊の方をほったらかしの斑鳩公のその様子に、やっぱりそうなんだろうかとも思ってしまう。
「――斑鳩公、彼女のお父君は」
「やはり無理ですかな。して殿下、別室の用意が御座いますゆえ。30分程でしたら」
「……いいのですか?」
「ご随意に」
す、と道を空ける様な斑鳩公の所作、音もなく現れたは瓜二つの赤服の女性斯衛。
彼女らは他所にいた千鶴と慧とを伴っていて、共に別室へと誘われる。またお声かけ致します、と言って辞した近侍に促されたそこは30畳ほどか、ソファにテーブルの洋風の設えの中にも紅白梅の日本画に檜や螺鈿の調度品。
「…久しいな」
少しの躊躇い、自然に上座に就いていた「殿下」が言葉を発した。
「…やっぱり」
「み、御剣さん…なんですか…?」
「…だと思った」
溜息の千鶴、驚きを隠せない壬姫にテーブルの上のお菓子に手を伸ばす慧。
「事情は聞かない。他にも漏らさない。それでいいのよね?」
「かたじけない、榊」
「よしてよ、下手打ったら不味いのはこっちなんだから」
「そうだな、すまぬ」
今この時だけ、冥夜に戻った彼女は苦笑するように。
元からそう、仲が良かったわけじゃない。
ただ同じ釜の飯を喰って、同じ教官にしごかれて――
「――戦死も出たと、聞いた」
「…ええ。先任の方がふたり。神宮司大…教官は、軽傷だったけど」
「…すまぬな…私は、後方でふんぞり返っているだけだ」
「なに言ってるの、それが大将の役目でしょ」
「…偽装横坑から出てきた要撃級を真っ二つにしたって聞いたけど」
「たまたまだ」
今度こそ、まさに冥夜は苦笑して。
ルレサバ遊断両テニ身自御下殿、種星異シセ襲奇陣本
攻略作戦中、本土の新聞一面に踊った記事だった。
うっかり手ずから長刀を振りでもすれば傍役の斯衛は腹を切らねばとか言い出すのだから堪らない、とも。
「…で、要件は? 息抜き?」
美琴から見ても、慧は先程から大して興味もなさそうに。
そもそも赤服に連れられてきたときから皿の料理は持ったままだったり、ある意味一番の大物でもある。
「それもある、が…一言礼を言いたくてな。――ありがとう」
彼を、救ってくれて。
座ったままとはいえ。
至尊の方に成り代わる程の人間が、深々と頭を下げ。
しかし。
「――あ?」「え?」
濁点がついてそうな声を上げたのは、千鶴だった。
きょとんとした風なのは壬姫。
瞬間総てを察してしまって、うわ、と逃げたくなったのは美琴で、慧は変わらず我関せずでお菓子を物色していた。
「カレって…なに? 中尉殿のこと?」
「ああ。…そうか、横浜基地にも行っているとは聞いていた、神宮司教官だけでなくやはり皆とも面識があったのか?」
「面識って……そりゃ。御剣、あなたは?」
「うむ、夏から調練で世話になってな……」
言った冥夜に微妙な間、千鶴と視線が絡み合う。
「へえ…」
「ほう…」
突如醸し出される剣呑な雰囲気に、あわわと壬姫がたじろいだ。
「前に新聞で見た記事は、『あなた』じゃないと思ったのだけど?」
「如何にも。しかしこと戦術機に関しては総て私に任されていてな。遠乗りともなればふたりで伊豆あたりまで、な。しかも中尉殿は私の身の上もご存知でいらっしゃる」
「なッ…、…私も夏以降にはと・て・も・お世話になってるわ。そもそも初対面のときから名前で呼んでもらったり」
したような気がする、とつけなかったのは千鶴の意地か。
なんと、と面食らう冥夜にふんすと得意げに鼻を鳴らしさえもして。
「し、しかし…となればさぞかし容態も知りたかろう」
「それは…当たり前でしょ、…ご無事なの?」
「無論だ、護国の英雄だぞ。万全を期して治療に当たっている。まだ歩けるまでには回復していないが、心配無用だ。殿下にもお許しを戴いて、三日にあげずお見舞いに伺っている」
「な…ひ、卑怯よ。こっちは城内省病院には入ることも出来ないのに…っ」
「ふ、今度伺った折には榊のことは申し伝えよう」
悔しがる千鶴に上から目線で余裕ぶる冥夜。
本当は直に顔を見たのはまだ意識が戻る前と後の2回、それ以降は事情が許さず人伝に様子を聞くか人目を忍んで夜間に病室外から覗くのが関の山なのだが。
「…嫁気取り戦争勃発」
「あはは…」
お菓子を頬張りながらぼそりと皮肉を言う慧に、美琴も愛想笑いを漏らす。
訓練であの中尉さんと一番合う連携を見せていたのは、他ならぬ彩峰機なのだけれど。
言葉も交わさず。時には視線すらも合わせないまま、ただ呼吸だけで。
学ぶところがいくらでもある、もっともっと強くなれると。
加速していく慧の動きをさらに引き上げるように、先んじていくあの中尉さんを追いかけて。亡くなってしまったあの速瀬中尉をして、こりゃもう油断どころか喰われかねないわねと言わしめたほどまでに。
「でも冥夜さんが元気そうで、良かったよ」
「うむ。心配してくれるのか、鎧衣」
「そりゃ…色々大変そうだもん、やっぱりお武家さまは」
そんな風に、いい具合に落ち着きそうだったところに。
「――わ、私もその、頭を撫でてもらったり…その」
「は? いつ?」
「…聞き捨てならんな珠瀬…」
うっかりと遅れた爆弾を投げ込んでしまった壬姫は、2匹の蛇に睨まれたようになって小柄なその身をさらに縮こまらせた。
2003年 1月 ―
太平洋北端風の冷たさは、筆舌に尽くしがたい。北極圏ほどではなくとも。
精密機械の塊である戦術機にも当然過酷な環境。潤滑油は元より可動部の樹脂装甲にも廃熱利用等の低温・氷結対策が必要となる。
要するになにが言いたいかといえば、対レーダー波のみならず振動音波探知の対音響・熱探知の対赤外線に至るまで厳密に隠蔽性が高められたステルス機には、かなり相性が悪い。
ベーリング海。ソ連領極東管区沿岸。
カムチャツカ半島ペドロパブロフスク・カムチャツキー基地より北へ300km。
猛烈な吹雪は、今は止み。だから出てきているのだけれど。
煌々と照らす月明かりの下、眼下には海氷混じりの大荒波。
超がつく低空を疾駆する9機のF-22EMD。ほとんど黒に近い濃紺の機体からは、国籍所属を示す一切が取り除かれている――と言っても、ラプターなど運用しているのはアメリカしかないわけで。
視界の広さには定評があるシャロン・エイム少尉は、周囲への警戒も怠りなく。
極東でのヒーローごっこが終わるやいなや、その足ですぐ裏仕事行き。
ステイツ西端のニア諸島発、ソ連領海での極秘任務。
目標は ― ソ連軍ペドロパブロフスク・カムチャツキー基地へ、同軍ウランゲリ基地より海路輸送される「なにか」の破壊。
コードネーム「ゴルフセット」。
それが何か説明されることもないし、知りたいとも思わないけれど。
「…」
網膜投影の小隊内通信ウィンドウには、真顔のレオン・クゼ少尉。
彼が、ライバルとは口が裂けても言いはしないがきっとそう思っているに違いないユウヤ・ブリッジスよりも大人なのは、こういう時に黙っていられるから。
昨年末のチョルォンハイヴ攻略戦。
大いに気を吐いた米軍部隊の一角に、第65戦闘教導団・インフィニティーズは…いなかった。
予想外のハイヴ外での新型巨大種討伐には遅ればせながら駆けつけたものの、ハイヴ内突入戦自体には後詰めとして参加しなかった。
その理由はきわめて単純。究極的にインフィニティーズは、対人類の部隊だからだ。
日米の連合軍がハイヴ戦を開始して程なく、朝鮮半島西部から進軍してきた統一中華戦線とアジア連合中心の国連軍とが現着した。
両軍共に突入戦を受け持つという日米の主張を肯んじ、そしてほぼ無傷でやって来た統一中華軍3個連隊は、ハイヴ北方の守りを固めるとして38度線以北に布陣し――
攻略成功後も、そこを動くことはなかった。
それどころか簡単な野戦陣地に始まった宿営地は急速に拡充され、作戦の後処理を終えて日米連合軍主部隊が当初の帰還予定日を迎える頃には、それらはまだ仮設とはいえ大規模な駐屯地と化していた。
そしてその頃には壊滅した軌道降下兵団の代替増援として新たにソ連軍1個連隊が軌道経由で来援し、統一中華陣営に加わった。
これを受け ― 当然予想もしていた日米連合軍もまた現地に兵力を残置すると共にチョルォンハイヴ地表構造物近辺に駐屯地の建設を始めた。
国連軍には確保したハイヴその奥の反応炉と、地表に屹立したままの貴重な標本たる超重光線級の死骸の守備のためと説明された――誰から守るのかは、言うまでもなく。
BETA大戦勃発前の、コリアン・ウォー。
およそ半世紀ぶりにその同じ休戦ラインを挟んで、東西の対立が表面化した。
「被探知圏内に入る」
「了解」「了解」
インフィニティ01 ― ブレイザー中尉の冷静な声。
以後は無線封鎖となる。
相手は小なりといえど艦隊規模で、目標艦もおおむねの目星。そういうわけで背部の兵装担架には、予備の突撃砲ではなく対艦用の特殊爆弾。
作戦海域は今回の策源地たるアッツ島から700kmほど、従来機比で格段の高速巡航低燃費化を果たしたF-22でも海上気流の影響が大きい匍匐飛行の連続では決して近いとはいえない距離。背に負う爆弾も軽くはない。ゆえに戦闘機動は少なく抑え、作戦目標を達成する必要がある…が。
――イヤな予感がするわ。
シャロンは第6感やらは信じない。
ただ様々な状況と経緯、物事の流れからこの先敵に出くわすとしたらその相手をほぼ正確に洞察していた。
そしてそれは彼女だけでなく、精鋭たる第65戦闘教導団ならば皆。いかなる情報も、可能性も、有無が不明ならば頭からの排除はしない。
しかし何事もなく数分の飛行――
「――!」
レーダーに感。
現在実用化されている中でも最高性能のF-22の昆虫めいた複合センサーが、月明かりの中その影を捉えた。
両肩に大きく張り出したブレードベーン、悪魔めいた禍々しいフォルム。
大型の戦術機。1中隊規模12機、白基調の1機が隊長か。
Su-47 ヴェールクト ― 2年前、アラスカの地でわずか相見えたソヴィエトの狗鷲。
「やはり来たか! 構うな、突破するぞ!」
厳重に暗号化されていてもリスクを伴う通信、それでもブレイザー中尉は回線を使って。
電子隠蔽などまるで存在しないかのように向かってくる敵中隊へアローヘッド・スリーで突撃、事前のJIVES演習通りに9機18門の火線を1機に集中する。
「よけた!?」
「狙いを散らせ、集めすぎるな!」
「なんだあいつら! まさか本当に見えてんのか!?」
「南西敵基地方面から増援! 1中隊が我々の進路上、もう1中隊が目標護衛へ!」
「く…早すぎるな」
作戦が漏れていたというより。
ごくごく当たり前に、相手のレーダーに映ってしまっていたかのようなタイミング。
やっぱりステルスが無効化されてる…!?
いつぞやのアラスカでもそうだった。
「やむを得ん、作戦中止! 全機撤退!」
戦力評価ならインフィニティーズ9機で大隊相当とされるも。
臆病とは程遠いブレイザー中尉は、しかし無謀ではなかった。
決して相手を過小評価はしない、どうやら本当に連中にはステルスが無効。さらに中隊単位の統制射撃を回避するなど通常では考えられない。そんな相手が大隊規模では、全滅覚悟でも突破と目標撃破は叶わないだろう。
おまけに連中は正規軍で正規の軍事行動だろうが、こちらは後ろ暗い非正規戦部隊。
派手になりすぎればBETA大戦そっちのけで第3次大戦が始まる可能性すら。
巴戦には持ち込ませない、よしんば運動性で互されたとしても機動力では勝るはず。新型装置の恩恵を当てにはしすぎず早々に背負った「重石」も投棄して、インフィニティーズは大きな機動で離脱を図った。
2003年 2月。
ソ連軍を中心とした東欧社会主義同盟・統一中華戦線の連合部隊は旧ソ連領・極東地域に存在するエヴェンスクハイヴの攻略を開始した。
動向を察知したアメリカを筆頭とする旧西側諸国の反対を押し切っての強行であった。
オホーツク海のソ連艦隊から支援砲撃を受けハイヴへと迫った攻略部隊の前にゲート近辺から超重光線級が現れ、艦隊及び陸上の砲戦力に多大な被害を受けるも――
「純粋な革命精神から挺身を熱望する」衛士達数十人の肉弾攻撃によりこれを撃破。
続いて国連軍の同行も不要としハイヴ突入戦に着手。
なお――ここに至るまでの佐渡島・リヨン・鉄原各ハイヴ戦にて遺失喪失した電磁投射砲の総数は数十門に及び、その顛末までが詳らかになっているものは半数に満たない。
それらは幾重ものセキュリティでリバース・エンジニアリングが不可能にされてはいても、元々が多国籍の軍が入り混じる戦場での使用が前提の装備品であり、また擱座した装備機ごと回収されたりコアモジュールの再使用程度なら、まだ――
フェイズ2ハイヴ内での戦闘記録は一切公開されず、2日後に制圧の完了が発表された。
そしてソ連及び東欧社会主義同盟と統一中華戦線からの公式声明に明言はなかったものの、反応炉は破壊せず確保したと見られ――
世界は、新たな緊張の段階へと進んだ。
なんか脱線した話が長くなりましたw
また厨二成分が足りない…
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