Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

13 / 35
Muv-Luv UNTITLED 13

2003年 3月 ―

 

 

アメリカ。国連本部。

 

3月のニューヨークは寒い。

そして先月末からの緊急招集に引き続く形となった国連安全保障理事会もまた、熱を伴わずしかし大荒れに荒れていた。

 

 

 

 

昨年末までの予定としては、新常任理事国たる日本帝国の提起によりバンクーバー協定の一部改訂が進められ、攻略成ったハイヴとその鹵獲物については作戦参加国の同意の下に所有権を特定国が有する(避退国家領土であった場合はその各種条件等を当該国同士でも協議)という方向へ大筋での合意が見込まれていた。

 

これは事実上、当時日米2ヶ国中心で攻略予定だった朝鮮半島・鉄原ハイヴを米国管理とし、その継続的なG元素供給源とすることを狙った改訂といえた。

そして同時に国連の管理下にあった横浜ハイヴを日本へ移管し、その反応炉の稼働非稼働の事実は伏せられていたものの、明らかにすでに準軍事同盟関係にある両国の連帯を強めると共に、安全保障上の紐帯と連携と地位とを高めるものとみられていた。

 

国連安全保障理事会は17ヶ国の参加で行われるも、改訂について事実上の最終決定権を持つ常任理事国7ヶ国において、アメリカと長らくの「特別な関係」を築くイギリスとその影響下にあるオーストラリア、そして発起者たる日本は賛成。

そして多くの場合意見が対立する中ソも、BETA大戦による避退中とはいえ主権下の地域に多くのハイヴを有するため今回は賛成に回るとみられた。

またハイヴを有しながら改訂案発起前に反応炉を破壊されてしまったフランスも、元々消極的に賛成せざるを得ない状況からさらに、欧州連合の内部事情により現在抱える防衛線から戦力を引き抜かれてしまったため、今後連合内外の西側諸国からの支援を取りつけるためには賛成がほぼ必須とされる局面へと追いやられていた。

 

アメリカには唯一無比の戦略兵器・G弾があり、日本はそのアメリカにすらわずかとはいえ先んじる形でのリニア・レールガン系兵器群に加えて複数のハイヴ攻略で実証された戦術機関連の技術とノウハウを持つ。

この太平洋の2大強国ががっちりと手を結んだ上での鉄原ハイヴ攻略成功を以て、以後の世界的な趨勢は日米主軸の西側自由主義勢力の主導によるものになる ― そうでなくとも、自国に直接的なBETAの脅威を持たない世界第1位と3位の軍事大国同士の事実上の再同盟である ― と、少なくとも当事者の一方の、外交音痴には定評があり当面の自国の安全を手に入れられる日本政府と、自領域内の情勢に余裕がなく傍観者たる立場を強いられる形の欧州連合は、共にそう考えていた。

 

 

そして鉄原ハイヴの攻略自体は完全に成功した――のだが。

 

 

米国のみが保有する超兵器 ― G弾。

 

正式名称は五次元効果爆弾。

実用化に至ってなお、その動作原理は未だ不明。

 

ただ引き起こされる現象として、使用されているG元素・グレイ11の臨界制御の解放によりムアコック・レヒテ(ML)即発超臨界反応の境界面=ラザフォード場が発生する。

ラザフォード場は強力な重力偏差を伴い球状に拡大、この境界面に接触した物体は潮汐変形を引き起こしさらに境界面内部は多重乱数指向重力効果域と化して、内包したあらゆる質量を持つ物質を分子レベルで引き裂いていく。

これらの現象がグレイ11の完全消失に至るごく短時間いわゆる「爆心」との距離は一切関係なくその効果範囲内に等しく破壊をもたらしたのち、効果範囲内の質量を「どこかに消し去って」唐突に終了する。

 

その破壊原理上効果範囲内の物質の強度や硬度、質量にほぼ関係がなく、物理的な破壊が非常に困難なハイヴの地表構造物ですら問題としないため、実際にフェイズ2横浜ハイヴの地上高50mほどの地表構造物をその周囲の地表ごと文字通り跡形も無く消滅させた。

 

そして現象終了後も超臨界ラザフォード場の効果が及んだ範囲は重力異常地帯となり、その持続期間は不明でまたそれが原因とみられる動植物の生育阻害や異常が見られるようになる――

 

しかし対BETA戦においてより評価されたのは、基本的に迎撃不能の兵器であるという点。

 

G弾は適切な減速材を搭載することで投入後爆発までは制御されたML機関として機能する。ゆえに臨界制御されたラザフォード場の重力偏差により戦略核規模の爆発を除くあらゆる人類の迎撃兵器はおろか、電磁波である光線属種のレーザー照射をも無効にする――

 

のだが、しかし。

 

実際には、同時かつ多数の光線属種によるレーザー照射に対しては、その安全性は担保されていない。

 

そのためにG弾戦略におけるハイヴ制圧作戦においても、内部突入がG弾投下後になり大規模なハイヴ内戦闘が見込まれないだけで、それに先立つ軌道爆撃その他による地上制圧という手順は必要とされてきたのである。

 

一方超重光線級は現時点で判明しているその能力として、3本の放射頭節にそれぞれ3基の放射器官を備え、それらを多銃身砲よろしく連続照射する場合、照射間隔はほぼ無くその能力は単体で重光線級300体分に匹敵する。

そして3つの放射頭節を同時使用する極大放射の場合、使用後は10分程度の充填時間が必要とみられるものの、現時点判明しているだけでその威力は重光線級比で10倍以上・射程は6倍ほどと考えられている。

 

これらの解析情報からG元素由来兵器の祖・Hi-MAERF計画の産物たるXGシリーズを現有し実戦投入を目指していた国連軍横浜基地・香月博士は、70dの標準的な戦術機の10倍になる全高も災いして主砲たる荷電粒子砲の射程に入る前に超重光線級の照射圏に捉えられてしまうため単艦制圧の設計思想が果たせないことも明記しつつ、こう結論づけた。

 

 

――XG-70dのラザフォード場が想定通りの出力を発揮したとしても、超重光線級の各種データを解析した結果、その極大照射に耐えられるかどうかについては否定的な見解とならざるを得ない。補足として、70bのML機関で横浜型G弾20発分の臨界出力。70dはそれよりさらに高出力型となる。

ゆえに単純な帰結として、単発もしくは数発同時であっても、投入されたG弾が発生させる程度のラザフォード場ではそれ単体で超重光線級のレーザー防空能力を突破することは、ほぼ不可能であると予測される。

 

なお投下したG弾が途上にて破壊された場合、減速材等の弾頭構造の破損は即座にグレイ11の超臨界を引き起こす可能性も存在し、被迎撃位置によっては展開する自軍及び友軍部隊に損害をもたらす可能性も否定できない――

 

 

すなわちこの個体が出現した場合、万全を期すならその排除が完了するまでG弾の投入は見送るほかない。

だがその一方、通常戦力での超重光線級の撃破には遭遇時の状況次第では相当な困難が伴うことが予想された。

 

ゆえに他国軍がG弾の使用に反対して作戦参加を拒否した場合、多大な犠牲を覚悟で米軍のみでこの困難極まる光線級吶喊を成し遂げることになる。

そしてその場合、米軍自体へ求められる戦力の増大により、複数ハイヴへの一斉投下という戦略は些か現実味を失う。

 

いっそG弾投下を強行してその他もろとも消し飛ばすとしても、現状では「何らかの犠牲を払って」極大照射を誘発させ10分の充填時間に投入せねばならない。

しかしG弾投下を担う低軌道上のHSSTはその周回周期が約90分。一度投入に失敗すれば敵の誘引足止めをも考慮した場合、G弾攻撃機が1機では最長1時間半もの間部隊は危険域に留まらなければならなくなる。G弾の保有数には限りがあって攻撃機を無制限に増やすことは不可能な一方、現実的に作戦実行には最低2機・2発以上、確実を期すなら3機・3発以上が求められることになる。

 

まして鉄原で確認されたように超重光線級が「おとも」の光線属種を多数伴っていた場合はさらに危険度難度が跳ね上がり、それが重光線級群であった場合はまさに鉄原の再現になる。

加えるなら同作戦にてソ連軍降下部隊を消滅させたが如くに、超重光線級が初撃にて軌道上のG弾投下HSSTを狙わないという保証もない。

おまけに超重光線級には大火力とG元素由来技術を用いた兵器とを優先的に狙う傾向があるとみられ、軌道上から投下されるG弾は軌道爆撃弾に等しいマッハ20程度の高速となるもそれは光線属種の迎撃可能範囲内速度であり、また起爆時までML機関として振る舞うため、優先攻撃の2条件を共に満たしてしまうとも考えられた。

 

これらを受け、有効か否か実際に試してみれば良いと強弁する米軍高官もいないではなかったが…万一G弾が超重光線級に阻止されてしまった場合、米国の軍事的プレゼンスは著しく低下する。

 

伝家の宝刀が実はとうに陳腐化したなまくらでした、と喧伝する必要があるだろうか――

 

 

まさに想像の埒外だったとしか表現しようがない、新型巨大種・超重光線級の出現。

 

各国の軍から政府へと伝播したその情報は、まさに彼らを震撼させた。

 

 

そんな折のソ連のエヴェンスク攻略作戦。

 

 

今年に入って先月、ソ連は旧東側の戦力を糾合して自国領域内極東部のエヴェンスクハイヴを電撃的に攻撃。

 

常々言われる秘密主義の面目躍如とばかりに自陣営以外の影響力を一切排除し、おそらくはおよそ西側諸国の価値観からすれば「あらゆる意味で損害を度外視した」戦術を用いて速やかに同ハイヴを制圧。

また彼らは幸運に恵まれていたとでも言うべきか、あるいはエヴェンスクハイヴがフェイズ2と若かったためか、出現した超重光線級は鉄原ハイヴの時とは異なり配下の如くの光線属種の数がそう多くはなかったらしい。

 

 

しかしこの、超重光線級出現の事実自体がまた世界を駆け巡った。

 

ヨーロッパからも報告されている通り、どうやらすでに複数の ― いや、最悪の場合は総ての ― ハイヴにこの巨大種が存在する可能性が高くなったゆえに。

 

 

ともあれこの一連の作戦行動に対する非難決議のため国連安全保障理事会が緊急に招集されるも、当然の如くソ連は中国と共に早々と拒否権を発動。

 

さらにその上で、堂々と後日協議のバンクーバー協定改訂案には賛成する、と表明して見せたのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。

 

正門前の桜並木は、また今年も花をつけ始めていた。

荒れ果てた大地、そして早朝のまだ少しの肌寒さの中にも春の兆し。

 

「…」

 

合わせていた両手を解いて、最後にもう一礼。そして榊千鶴少尉は踵を返した。

もう着慣れた国連軍の制服姿。

 

感傷に浸るほど年齢も経験も重ねてはいないが、過ぎた時間に喪ってしまったものの多さに思いを致せば、あまりにも芽吹きの季節にはそぐわなかった。

 

 

先年末以降、年明け以降は顕著に、この横浜基地の陣容は様変わりした。

 

極東最大の国連軍基地であったものが既存の帝国軍由来の部隊含めて人員が減らされ、広大な施設は空漠とした雰囲気に包まれた。

見知った顔が戦死以外の理由で減った一方、もうしばらくすれば米軍部隊がそれなりの規模で駐屯する予定だという。

 

 

とはいってもそれらは甲20号攻略成功によって、この横浜基地の立ち位置が戦略地政学上変化した影響だとも千鶴は思う。

これからは対BETA前線基地というより、そのひとつ後ろの拠点としての機能が求められることに――あるいは、対人類としても。

 

 

一方で、香月副司令直属のA-01部隊は、事実上ほとんど解体された。

 

先の甲20号作戦での損耗は2名に留まったが、神宮司大尉は帝国軍へ異動。

 

宗像中尉以下、風間・柏木両少尉の元第1小隊の人員と、第2小隊だった涼宮茜も同様に帝国軍へ移っていった。

 

なかでも同期で元々親しかった涼宮は、戦死した速瀬中尉のことを自分をかばったと言ってずっと引きずっていて。

その後のハイヴ突入戦で気を吐いて、気負いすぎて。結果被弾負傷して、命に別状はなかったものの病床にありながらの転属となってしまった。

 

そしてブリッジス・シェスチナ両少尉はすでに発った。

別に機密でもないと、除隊して米国ボーニング社へ移るのだと言っていた。

たしかにあの2人の技量は中隊でもずば抜けていたし、甲20号で見せたあの戦闘なんてほとんど常軌を逸した水準。戦術機開発で最先端を走る米国企業が引き抜いていくのも納得できてしまう。

 

 

千鶴は正門の衛兵らに挨拶し、きちんと手順通りに手続きをして基地へ入る。

この後の予定も当然頭には入っている。

 

 

結局これで、元A-01で基地に残されたのは207Bの面々だけ。

だが今回は以前のような、自分たちの出自が絡んだ話ではないのだろう。

未だ不明な鎧衣の係累のせいなのかもしれないけれど、珠瀬の父が国連次官を辞したとはニュースになっていないし、新聞などにもこの先そうなりそうとも書かれていない。

 

 

よくよく考えてみれば、元から実験部隊のようなものだったのだろう。

同じ基地に駐留する国連軍部隊とも明らかに異なる編成と装備で、しょっちゅう最新型どころか試験段階のようなものまで回ってきて。

 

その中で、直属の上司たる香月副司令は替わらないのにその手元には一番戦績も経験も浅い連中が残されたわけで。なにか政治的な力でもはたらいたのか。

 

だがそれを副司令に問うたところで、ただこれまで通りの冷たい無表情かあるいは時折の皮肉げな笑み。階級も違いすぎるし、何か言葉が貰えてもはぐらかされたり「アンタたちが知る必要はない」で一刀両断されるだけ。大佐の下にいきなり少尉なのだから無理もないが、お世辞にも風通しがいい部隊とはとてもいえない。

 

 

まだ多少は時間の余裕、朝食を摂りにPXに向かうと馴染みの面々。

元207B。4人だけの1小隊、小隊長は千鶴になった。

 

「あ、千鶴さん」

「おはようございます」

 

声をかけてきたのは鎧衣、なんだかんだ隊のムードメーカー。

挨拶をしてきた珠瀬に答え、無言の彩峰とは互いに目で会釈を交わす。

 

 

珠瀬と鎧衣は普通につきあう分にはまったく問題がないし、もう彩峰ともあまり感情的な齟齬はない。

 

必要以上にベタベタすることもないが、もう丸2年以上同じ隊にいる。共に実戦の洗礼を浴びて死線をくぐり抜けた。

仲間を見捨てたりする連中じゃないことは重々わかっているし、元分隊員に関しての妙な秘密を共有する間柄にもなってしまった。

 

 

「彩峰、それは?」

「…読む?」

 

ふと気になった、退屈そうに彩峰が開いていた雑誌。

大物な彼女はまさに野戦ずれした兵士の如く、食堂で平然とくつろいでいる。

 

 

世の風聞から醜聞を集めたゴシップ誌。

表紙に踊っていた「ソ連軍の秘密計画!」なる見出しが気になって。

 

…本当はその横の「袋とじ・斯衛軍美男美女番付(顔写真入)」も見たかった。美女はいらないけど。

 

 

ソ連軍の甲26号攻略のニュースは、国内でも報道されていた。おおむね否定的に。

千鶴は慧から受け取った雑誌をパラパラとめくり、知っている・予想した物事と照らし合わせてみる。

 

「『米軍の秘密作戦で各地の極秘研究所を破壊され、ウランゲリ島に集約した』って…」

「ああ、そこが『工作員の墓場』って言われてるって記事でしょ。ボクも読んだよ」

「『米軍の投射砲技術者からエスパーが情報を読み取った』って、ロマンがあるもんね」

「…なにこれ」

「…雑誌はそういうもの」

 

実話ですか、実話です、と訳のわからないやり取りをする美琴と壬姫を横に。千鶴は苦笑して慧に雑誌を返しつつ、最後にちらと見た袋とじに載っていた顔写真にはちょっと不満。

もうちょっと、いやもっとちゃんと撮ってほしい。カメラマンには猛省を促したい。

 

他愛なく ― といっても衛士同士、さして色気のある話はない。なにせ4人揃って住んでいた街をBETAに攻め滅ぼされて以降、ほとんど基地暮らししかしていない。

その中で千鶴が朝食を進めていると、広い食堂の同じく広い窓の向こうから轟音が複数。戦術機のものじゃない。

 

87式…?

 

音だけで判る程度には。戦術機輸送車両・87式自走整備支援担架。

席を立ち窓に向かった美琴に、わ、見てよと促され。丁度食事を終えた千鶴は、窓外の眼下、正門から続々と入ってくる87式の車列を見た。

 

「…00式?」

「すごいよ、2中隊…かな? 駐屯するんだね」

「そうね…」

 

87式の懸架台に搭載された00式は幌で覆われることもなく。堂々と、見えるように。

そしてさらには国連軍仕様の暗めの青に塗装されて。

 

供出? いやまさか…だったら米軍だけじゃなくて斯衛も……そうか。

 

87式に混じる支援車両の数からして、本格駐屯。

各種装備に予備部品、人員までも出してくるんだろう。

 

 

今やディセンダンツ・オブ・サムライ ― 日本帝国斯衛軍といえば、世界屈指の精鋭部隊。

 

なかでもあの第16大隊 イカルガ・バタリオンは、米国軍第103戦術歩行戦闘隊・ジョリー・ロジャースやドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルスに比肩しあるいは凌駕するとさえ。

 

 

千鶴はその中でもあの中尉殿が一番だからと内心でふんすと鼻息を荒くし、一方では斯衛部隊が国連軍基地に入ることの意味を理解していた。

 

 

その後予定の時刻となり――ブリーフィングルームで打ち合わせ。

 

資料の類は先にもう貰っている。以前はCP要員含めれば20人以上で使っていた部屋はがらんとして広く感じ、情けないが心細ささえあったけれどようやくに慣れてきた。

 

強化装備に着替えてJIVES演習に移る。

再現・構成される空間は、実際には見たことのない景色。

 

洋上の戦術機母艦から発進。

彩峰・鎧衣機を前衛にした縦型、穏やかな波を眼下に低空飛行。

後衛となる千鶴の乗機・弐型が抱えるのは長大な01型砲、同じく隣の珠瀬機にはさらに砲身の長い特殊砲。

 

 

試製03型大型電磁投射砲 ― 口径2700mm。全長30m。砲身長24m。最大射程200km。

 

形状としては01型砲を細長くしたようなもの。二脚支持装置付。

厳重に対L処理された高速徹甲弾を弾速8km/sすなわち音速の約24倍で分間3発発射可能。

 

伏臥態勢の戦術機で、対超重光線級推定見逃し距離の80km地点から狙撃する。

その為の装備。

 

 

00式を造りあげた富嶽・遠田のような企業に代表される、国内民間企業の持つ各種工程で驚異的な精度を誇る基礎技術力とそれを支える職工たち。

 

元々大型電磁投射砲用の砲身はコストも高いが精度を上げる技術的ハードルも通常砲よりさらに高く、この03型用の5N精度までともなれば先行する日本にしても生産には相応に手間がかかるため、数を揃えることはそう容易ではないらしくて。

 

米軍が大型砲を甲20号に持ち込まなかったのは温存・秘匿と云うより単に間に合わなかったと思われて――あるいはもっと単純に、必要ないと思ったがために予算すら下りなかったのかもしれない。

米国にしたってその財布が無尽蔵なわけはなく、ただでさえ戦術機関連の予算は絞られているというし、その戦術機での運用が前提の新型兵装開発の予算を確保するのはさらに難題になるはず。

 

何しろ日本製のものにしてもその初期投資の段階には国連軍からかなりの資金が投入されたのだとかで、誰が絡んでいるかは考えるまでもないだろう。

また民間とはいえ職人気質の職能集団は、「お国の為に」「世界一の仕事」と奮起して寝食を忘れてそれこそ奴隷労働もかくやの仕事ぶりだったとか。

 

そして文字通りに地平線の向こうに等しい距離を確実に狙撃するための補助支援とすべく、珠瀬にあらゆるデータを取らせた上で米国に発つ前のシェスチナとあの謎の特務少尉 ― 社に手伝わせて、例の特殊装置に組み込んだらしい。

 

 

社といえば、最近前にも増してまったく見ないがまだ基地にはいるのだろうか。

 

 

「CP、こちらヴァルキリー01、指定ポイントに到着」

「了解、03を待て」

 

涼宮中尉も異動してしまっているから。

でも聞き慣れつつあるCPの声、隊列を組み匍匐飛行での侵攻。海岸で二手に分かれる。

千鶴機は目標120km近辺で停止、残る3機の狙撃班は更に進む。待機は数分。

 

「ヴァルキリー03、ポイント確保。狙撃態勢に入りますっ」

「CP了解。01、支援砲撃用意。02、04直掩」

 

千鶴機の位置は山間の渓谷 ― 元は緑成す山と谷だったのか、しかし今は木々も水もない。

そして見はるかす向こうには小さく、だが実際は地上高600mに届く地表構造物。

 

フェイズ5相当…マンダレー…ボパール? アンバール…いえ、ロヴァニエミね

 

次回作戦がどこかなんて聞かされていないけれど。

脳裏に浮かべる世界地図、ハイヴと各国勢力・戦線の位置。

とすると向かう方角は北東で渡ってきたのはボスニア湾か。

 

千鶴機は腰だめに01型砲を構える。

兵装担架には01型砲動力ユニットに交換砲身が1。携行弾数は装着弾倉の6発のみ。援護機もいなくてほとんど丸腰、伏撃に遭えばお終い。実戦では直掩が付いてくれるらしいけど。

さらに40km先では珠瀬機が伏臥し03型砲で狙う。その近くで姿勢を低くし左右に展開した彩峰・鎧衣両機には、92式よりはるかに分厚く巨大な追加装甲、戦術機サイズのタワー・シールド。照射を受けたら、狙撃機を ― 実際は今は衛士と機体より貴重な大型砲を ― 文字通り機体ごと盾になって逃がすため。

 

「01、データリンク確認。二式弾準備よし」

「03、超伝導機関起動、諸元入力…零式徹甲弾準備よし」

 

肉眼視界では到底見えない、地表構造物近辺。

データリンク経由で網膜投影に映し出される――超重光線級。

 

 

正直、怖い。

 

レーザーに灼かれれば一瞬とはいえ。

それに戦闘記録を何度見たって近接戦であの触腕攻撃を避けられるとは思えない。

実戦で突入した斯衛と帝国軍機があの状況で戦っていたなんて信じられないし、シミュレーションとはいえ彩峰が2回防いで見せたのには心底敵わないと思った。

 

 

でも――!

 

操縦桿を握る千鶴の瞳は折れてはいない。

劣るなら劣るで、出来ないなら出来ないで、それでも方法を考えるのが人間の力。

 

「支援砲撃、来ます」

「迎撃率…100%! ヴァルキリー01!」

「了解。砲撃警報、射線クリア! 二式AL弾、発射!――時限信管…作動確認!」

「帯状重金属雲、 地表10-15m。予定濃度まで後……01、第2射用意」

「了解…っ」

「こちらヴァルキリー03、ターゲット…ロック!」

 

 

特務小隊ヴァルキリーズ、JIVES演習における作戦成功率 ― 87%。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。帝都・陸軍技術廠開発局。

 

立ち並ぶ実験施設と戦術機格納庫、そして練機場。

さらにその周囲に植えられた桜の木々は、雨にも見舞われず今まさに満開。

 

暖かな春の陽気。

窓外に望むその景色と、開いていた窓からの微風に乗って香る桜の舞う花びら。

唯依は流れた黒髪を押さえた。

 

 

世界はまた、動き出した。

 

いや、正確に言えば逆戻りしたのやもしれぬ。

 

 

山吹の制服姿で開発局内を進み、現在の上官の下へ。

佐官室の扉をノックし、応えを得てから入室して書類を渡す。

 

執務机に就く帝国軍の制服。階級章は少佐を示す。

栗色の長い髪を結い上げ、同色の瞳は大きく ― 本来は、優しい光を宿すのだろうか。

 

「ふむ…問題はないようだな」

「は。ご覧の通り実射試験の結果も良好です」

 

書類を確認しての問い。

先月巌谷少将の後任として着任したのは、国連軍からの「出戻り」、しかし帝国軍では名高いという神宮司少佐。

 

 

謹厳にして実直、規律を重んじつつも豊富な実戦経験故の融通さも垣間見せ。

少佐が有能な軍人で優秀な衛士でいらっしゃることは直ぐに判った。

 

以前同じ部隊にいたという、既に米国へと発った腹違いの兄・ブリッジスなどは「『狂犬』なんていうからてっきり左手はでかいクローでマシンガンでも仕込んであるのかと思っていた」等と意味の解らないことを言っていたが、別に少佐は秘密工場で組み立てられたり全体的に青かったりもしない。

 

 

兎も角そんな神宮司少佐が帰参の「手土産」として持ち込んだのが、件の書類の新装備。

試製03型大型電磁投射砲。

 

「流石ですね、横浜の魔女殿は」

「本人に伝えておく、篁の姫が褒めていたとな」

「御容赦下さい」

 

大して表情も変えないのは軍人の鑑だが、意外に軽口をされる方だとも知った。

無論同時に匂わせたのは、伏魔殿たる国連軍・横浜基地にて変わらず研究に勤しんで居られるという香月博士との個人的な繋がり。

 

「…」

 

唯依としては。

 

「少佐殿、非礼を承知で申し上げます」

「なんだ」

「前任の巌谷少将閣下が結ばれた香月博士との縁…それが無ければ少なくとも、斯衛の今は無かったと…いえ、軍はおろか神州の今日は存在し得なかったと私は思っております」

 

この期に及んでこの日の本の内部、斯衛だ帝国軍だで下らぬ腹の探り合いに意地の張り合い、縄張り争いをしたくなかった。

 

そして少なくとも、死線を共にすることになるこの開発部隊の中では。

 

「斯衛でも政威軍監閣下をはじめ多少なりと枢機に触れ得る者は皆香月博士の御助力と御功績には真底より感謝の誠を捧げておりますれば、万一の折には微力を尽くさんとお誓いした少将閣下の言に相違なき様後に続く我等皆共に励む心算の旨、御理解を戴きたく」

「……」

 

凝っと送られる栗色の視線。

唯依は眼を反らさない。

 

 

政威大将軍・煌武院悠陽殿下の御下命として政威軍監・斑鳩公崇継の采配により、在日国連軍への協力部隊として斯衛軍から横浜基地へと戦力が抽出された。

規模こそは同基地に駐留が開始された米軍全体に遙かに劣るも、精鋭たる殿下直轄の部隊が専用機を以て、態々色まで塗り替えて国連軍と化す。

 

横浜基地の、誰の指揮下に入るのかは言うまでもない。

 

 

唯依としては、個人的に神宮司少佐に好感を抱いてはいる。

巌谷閣下の後任が、少佐殿でよかったとも。

 

しかし将校下士官、選り抜き生え抜き叩き上げ問わず。

生まれながらの特権階級たる武家が嫌いな人間と云うのも、一定数いるもので。

神宮司少佐がそうであればどうしようも無かった――が。

 

「…堅いな。まあ、いいだろう。斯衛の誠意は見せて貰っているし、私も貴官の戦歴には敬意を表する。先の甲20号では見事だった、私は早々に脱落のざまだったからな」

「は。いえ、御無事で何よりです。隊の方々には、お悔やみを」

「ああ。同僚だったが、元教え子でな…慣れたつもりだったが、堪えたよ」

「私も、また部下を喪いました…」

 

もう、中隊発足当時からの生き残りは片手程しか。

 

「うむ…――よろしい、楽にしろ。貴官を含めた斯衛中隊は元より、巌谷閣下の遺された試験小隊も手練れの集まりだ。内示の段階だが近日発足する欧州派遣部隊へ、新装備の実戦試験を兼ねて配属となる」

「は。質問をよろしいでしょうか」

「ああ」

「我々が03型砲で超重光線級を排除した後、米軍はG弾を使用するのでしょうか」

 

ふむ、と。

何処を攻めるのか等とは聞きはしない。だが問うた唯依に、

 

「貴官の経歴は知っている。無論、お父上の事も。ゆえの質問か?」

「は、いいえ。単に戦術・戦略及びその他故の質問です」

「その他、か。篁家は政治にも興味があったのか? …いや、失言だ、取り消す」

「いえ」

 

もう、只剣を振って、良い武器を造って居れば良い立場では無い。

気付けば家格劣るに関わらず、未だ次期当主幼き主家・崇宰の有力譜代。

何れ戦場にて散るが本望とは云え、最早平生は一門の安寧をも考慮せねば軽率の誹りは免れぬ。

 

ま、いいだろうと神宮司少佐 ― まりもは言い、机上に組んだ両手の上に顎をのせた。

僅かだが和らぐ雰囲気、少し雑談もよかろうとばかりに。

 

「――私の『友人』の言になるが。十中八九は、ないだろう」

「欧州連合に配慮すると」

「そうなるな。私も貴官も直接は知らん時代だが――」

 

 

世界はこれから、冷戦の続きを、始めるだろう――

 

 

「…この米国圧倒優位の状況でですか?」

「それゆえだろうな。でなければ米国はソ連のハイヴ攻略後でも遮二無二潰しただろう」

 

まあBETA大戦以前の物も終わったとは誰も言っていないのだし。

そもそもハイヴ攻略とG元素入手自体もある程度は予想の範疇内だったろうよ、とも。

 

「国内のタカ派が、よく…」

「ふむ…これは大方が受け売りで、私の推測も入る話だ。そのつもりで聞け」

「は」

「米国も当然一枚岩ではない。対ソ主戦派の中心はタカ派の中でも最強硬派、明星作戦の折に…G弾投下を決定づけた連中だ。だが彼らは、必ずしも多数派ではないのだそうだ」

「…通常戦力でのハイヴ攻略が疑問視されたが故の方策だったと」

 

実際に明星作戦の進行は、BETA群の分断誘引に軌道爆撃・艦砲火力の組み合わせにより地上制圧迄は順調に推移したものの、甲22号・横浜ハイヴへの突入後、フェイズ2と云う成長予測に反してその地下茎構造がフェイズ4規模に達していた為戦力不足に陥り頓挫しかけていたと聞く。

 

「そうだ。無論実戦試験の意味合いも強かったろうが…だがそれが覆された現在、無闇矢鱈と覇権主義な連中は邪魔だ。連中の理屈の行き着く先は、列強総てを敵に回しかねん。対BETAの戦況は結果だけ見ればここ3年ほどの戦況は5年前とすら比べものにならない。米国内の中道と左派…あるいは保守本流もだが、商売っ気を出しもしたろう」

「は、それはわかるお話です」

 

唯依も甲12号・リヨンハイヴ攻略戦に参加した同僚達から、その戦線を支えた米製物資の話は聞いている。実際に参加した甲20号・鉄原ハイヴ攻略時にも米軍の兵站の強さと物資の豊富さには驚かされた。

 

「ですがそもそもBETA大戦の最中に…」

「ふむ。貴官、米国には行ったことがあるのだったな? どう感じた」

「はい…」

 

もう一昨年前の秋になる。

余りに色々有り過ぎた訪米期間、唯依は記憶を探り――一番最初の、印象を。

 

「…『緩い』と感じました。厳密には国連軍の基地でしたが、アラスカのソ連国境です。後方とは云え、信じ難いと」

「だろうな。だが概ねそれが米国の空気なのだそうだ。なにせ一度たりともBETAに国土を侵されたことがないのだからな」

 

米国は、元々からして後方国。

それは74年、北米大陸へのBETA第2のオリジナルユニットの落着展開をカナダ国土の半分と引き換えに戦略核の集中運用にて阻止した果断さの結果。

 

しかし、それが今や。いや、逆に幾つもの仇ともなって。

 

「――難民、ですか」

「そうだ。協定により米国はカナダ難民を優先的に受け入れている。それが他国からも大量に流入する難民の不満を呼んでいてな、治安の悪化が社会問題化していると…まあ、貴官には説明の必要もないな」

「…は」

 

ナタリー…

 

ユーコンは歓楽街の店にて知り合った女性。

確か、カナダ経由のフランスだったかヨーロッパ出身で。

唯依にとっては面識程度だったが、その彼女もまた、テロリストのシンパに身をやつしていたらしい。

 

 

あの事件、裏や上では色々とありそうな気配がしたが、一般には単に「難民が起こした大規模テロ」としか伝わっていまい。

 

 

「そして戦術機輸出等の莫大な利益でも賄いきれない戦費…米軍は世界中に展開しているからな、大規模な国債発行でインフレ傾向が懸念されると」

「景気と治安ですか。同じ世界の話とは思えません」

「それが後方だ。遙か海の向こうの戦線の状況より今夜の食卓の勘考というわけだ。これからは我が国も他人事ではない……と、いいんだがな」

 

日本は後方になった――はずだったが。

 

「で、諸国からの失業難民の大口の雇用先は何処だ?」

「…軍、ですか。…成程、どのみち危険な最前線は『未来の米国国民』が担ってくれると」

 

 

自由と人権の美名の下、自国民以外のそれらはきちんと法で縛ってあるのが合衆国。

 

一番手っ取り早いのは軍に入って。

まず親が勤めて永住権、子までが勤めあげて公民権。

 

2代に渡って軍務を終えねば公民権は得られない。ゆえに当然、投票権もないわけで。

さらに配属先は最前線と相場が決まり、遺族補償も雀の涙。

 

つまり「年季」を全うする前に、それなりの数は「物理的にいなくなる」。

 

先の甲20号で轡を並べた海兵隊の彼女 ― シェルベリ少尉らも、そうだったのだろうか。

 

 

「G弾でハイヴごとユーラシアを吹き飛ばしてしまえば今は英国やアフリカに逼塞している避難民がそのまま難民になる…英国一国で捌ききれなくなれば、難民は米国に恨みを持ちながらその米国へ流れ込む可能性も」

 

来るなと言っても来るのが難民。

まさか遙々大西洋を渡ってきた難民船を沈めるわけにもいかない。

 

「或いは世界に散らばったとしても、それこそ難民解放戦線などに…」

「ああ。一度は祖国奪還の希望が見えてからの再度の喪失だ、しかも今度は永遠のな。怨嗟の声は生半では済まんだろう」

「そしてBETA大戦は終わって兵器は売れなくなり、失業の受け皿の軍も今程の規模は必要なくなる…」

「戦費は縮小するだろうが兵器だけでなく現在の莫大な軍需が唐突に消失すれば米国はおそらく大不況に陥る。その後の復興特需もなにもその復興すべき土地を吹き飛ばしてしまうのだからな、移民や難民のみならず米国民も職を失うだろう。現状米国内で優位の保守派とはいえ、昨年の中間選挙で議席を減らして来年は大統領選だ。それで選挙に勝てると思うか?」

「…ゆえに煙たがられた最強硬派は排斥されたと」

「ああ。当面実行予定のないとある『計画』をガス抜きに与えられて、今や窓際だそうだ」

 

 

国連の名を借りた、米軍主体の「計画」。

 

それがゆえ最終的な「スイッチ」を大統領が持つ以上、米政府の承認なしには実行のしようがない。

 

 

「しかし…まさか、その、経済のための次なる戦争、と云うのですか…?」

「いや、そこまでは言わんがな」

 

立ったままの唯依を見上げ、まりもは組んでいた手を解いて椅子に背を預けた。

 

「ですがそもそも今のお話ではBETA殲滅が大前提になっています。いくら米国が緩いとは云え超重光線級なる新種が出現した今、今後また異なる新種が現れぬとも限りませぬのに」

「まさにそこだな。要するに」

 

 

米国人の大半は、人類が負けて滅ぶなどと考えてもいない。

 

 

「現状国を追われている欧州人も、数年前迄はいざ知らず、今は国家の衰亡を勘案しはしても人類廃滅にまで考えが至っているかどうか」

「…確かに…」

 

唯依自身も、自省を求められる言葉だった。

 

お国の存亡に身体を張る事があっても、自分独りの生き死にに思いを致す事はあっても、それが人類全体迄となると。口にした事はあっても始終心懸けている自覚はない。

というより、余りに話が大きすぎて実感できないと云った方が正しい。

 

「そして実際にハイヴは攻略できている。甲26を除いたとしてもこの4年足らずで実に4つ、しかもハイヴ本体の攻略自体は先の甲20号ではどうだった?」

「…確かに、超重光線級の被害を除けば…」

 

 

突入部隊の練度も高く、戦術も練られて。

 

投射砲による殲滅に、斬り込みの00式と掃討を担うF-22の組み合わせは強力だった。

ハイヴ内戦闘での損耗の少なさは驚きと云っていい水準だったろう。

また主縦坑大広間攻略用に用意された収束・衝撃熱圧力爆弾2種も想定通りに威力を発揮し、ハイヴ最深部の床を衛士の血と戦術機の潤滑油で洗わずに済んだのも大きい。

 

そしてさらには、フェイズ4ハイヴ、概ねその「予想通り」のBETA会敵数。

先立っての漸減が効いていたのもあろうが、流石にあんな化け物を造る傍ら有象無象を無尽蔵宜しく生み出す訳にもいかぬのか。

 

 

「横浜、佐渡島、リヨンそして鉄原。その総てに米軍は参加している」

「…逆に云えば、米軍抜きでのハイヴ攻略など不可能だと」

「政治家連中だけでなく、軍にもそう思った者はいたろうな」

 

 

確かにソ連のやり様は、想定の埒外とも。

 

平然と組織的に他国の装備を盗用、自国兵士をおそらくは投薬洗脳脅迫その他諸々用いて大隊規模での自爆攻撃、万単位の兵士を最初から必死の囮にして使い潰す前提での作戦立案など。

 

まさに共産圏はなんでもありで、神風だなんだと揶揄される帝国軍ですら。

まして西側民主主義国家の常識では考えられまい。

 

 

「では計算ずくではなく見誤ったと?」

「必ずしもそうではないな…まず、米国はできる限りソ連とは事を構えたくはないだろう。当然ソ連とて同様だが、少なくとも表立っては互いに面子を潰したくない。アラスカ租借は事実上北米大陸の盾だからな」

 

滅びてしまうなら仕方がないが、自分から滅ぼす必要はない。

 

「そして核と同じくG弾による相互確証破壊の時代がやって来ると言う者は以前からいたし、とりわけプラグマティストを気取る米国のエリート層には多かったらしい。現実的にもハイヴの多くは旧東側で、制圧したとしてその管理が困難なのは考えるまでもない」

「確かに米国が甲20号を確保した時点でソ連が東側の反応炉破壊を認めるわけがありませんし…結果安保理の決議は降りず国際協調なきハイヴ攻略等と、BETA排除後の大広間か『アトリエ』前で戦闘に成るやも知れません」

「戦費削減の面からしても、東側勢力だけでハイヴを落としてくれるならな。どのみち手には入らない、攻略が失敗しても懐は痛まないし共産圏の戦力も減る」

 

そして。

 

「ソ連のG弾の開発から配備には幾ら早くとも数年単位はかかろうし、そもそも現状からして超重光線級を排除しつつ旧領域の全ハイヴを制圧するなど東側戦力だけでは到底不可能だ。解放域を拡げれば拡げる程長大な防衛線が必要になって、今の欧州連合の二の舞になる」

「統一中華も支援するなら尚更…」

「そうだな」

 

唯依の指摘にまりもも同意する。

 

 

第3次国共合作以降大家になった台湾総統府の発言力が増しているとは云え、軍閥化した実戦部隊の圧倒的多数は人民解放軍由来の中国共産党の支配下。

中共のソ連共産党との不仲は有名でBETA大戦直前には米国とのパイプを築きつつあったが、勃発後には協調していたし先の甲20号での振る舞いを見ても明らかに東側。

 

 

「その間に米国は甲20号のG元素でさらにG弾を増やすことも出来る。欧州戦線から引き気味になれば戦費も縮小できる。駐留軍の名目で維持費を出させるかもしれんな」

「移民兵中心の在欧軍に思いやり予算で北大西洋条約機構再び、と云った処ですか」

「まさにそうだな。欧州連合が立て直せばユーラシアの西側はBETAにも共産圏にも防衛線になる。北欧もBETA大戦で西側に引き込めたのだしな」

「鉄のカーテンですか。それで甲08・ロヴァニエミを落としてしまえば」

「そう、残りは東側ばかりなのだから、連中には旧自国領域内ハイヴの領有権を主張するなら早く落とせと圧力もかけられる」

「そして東側の足りない戦力を補う為にソ連がハイヴにG弾を使えば――」

「米軍にも、いちおうG弾使用の名分は発生するな」

 

尤ももう、米軍は既に横浜で一度使っている。

ソ連側も実用化後にはそれを口実に使うかも知れない。

 

「…」

 

話の流れとしては、唯依にも理解はできた。

 

「しかし…正直…そう上手く行くでしょうか」

「さあな。だが核の冷戦時代、なんだかんだ20年、米ソは必殺の武器を突きつけあいながら破滅に至らずに連れ添ったんだ。下手な同盟国より気心は知れていて、他のよくわからない東側国家に握られるよりはマシだとは思わんか?」

 

同じ凶器持ちなら知らない隣人よりは冷めた夫婦の方がまだ安心だろう?

いや逆に危ないか? と小さく皮肉げに笑んでいうまりもに、さすがにそれはと唯依は僅かに顔を引きつらせるも。

 

云えばBETA大戦よりずっと前、月面でのサクロボスコ事件よりさらに前から冷戦下の米ソ首脳を繋ぐ直通回線があったとも聞く。

 

「まやかし戦争、というわけですか」

「その認識は間違いだな。危険だぞ、中尉」

「は…」

 

唾棄したい思いに図らずも吐き捨てる風になった唯依に。

まりもは声の調子を鋭い物に変えた。

 

「一歩間違えば核からそれこそG弾が飛び交う事態になる。そんな危険な綱渡りの連続が始まる。絶え間ない駆け引きと裏表両面の攻防、代理戦争の類程度は起きるかもしれん」

「そんな…しかしソ連とて勝って何とします? 今さら全世界の共産化等と…誰がついて来ましょう」

「ついて来ずとも関係なかろう、そもそも今の世界にイデオロギー闘争はない。国家の面子軍の権威、何でも良いが事実上貴族化した共産党首脳部の考える事など究極的には保身だろうさ。連中は内部でも熾烈な権力闘争が常で、それぞれが情報機関なり軍閥化した各方面軍なりを実行力として抱えて暗闘を繰り返しては潰し潰し合うまさに蠱毒の壺だ」

 

ゆえにそこからは何が飛び出すか解らない。

統治者の最終的な良識を期待しようにも。

 

「対する米国は…まあ自覚なき傲慢と覇権主義に善意の顔した利己主義はタチが悪いが、少なくとも元首や政府の悪口を二度言ったらある朝玄関先で突然転んで運悪くそこにナイフが落ちていて刺さって死ぬ、ということまではなかろう」

「…強者の余裕という可能性は?」

「それもあるだろう。馬鹿馬鹿しい仮定だが、実際米国にそれ以外の列強が束になってかかっても勝ち目がない。それに我々は米国の善意に期待する訳ではない」

「そして結局、米国には最終的にはBETA等G弾で殲滅出来るという自信があると」

「だろうな。そもそものG弾戦略なる物は…ユーラシア外縁のハイヴをG弾で攻略し、そこで入手したG元素でG弾を製造し…という循環が前提だったようだが――」

 

米国は既に、我々含む他国が推定する以上のG弾を保有しているのかもしれん――

 

「…リヨンのG元素ですか」

「…知っていたか。予想されていたフェイズ5ハイヴのG元素貯蔵量はかなりのものだ。それが7割方なくなっていたそうだからな。超重光線級がいようとも、ハイヴ攻略とは別に最悪2発3発と時間差で撃ち込んで殲滅できるだけの数が備えてあるのかもしれんし…」

「…他に何らかの秘匿兵器があるかもしれない、と?」

 

アタシほどじゃないにしても、向こうにも天才はゴロゴロいるわよ。

こっちは元々テッポウは門外漢だしそもそもG元素由来兵器の元祖はあちらさんよ、と「友人」の言を引いたまりもに唯依は図らずも眉をひそめた。

 

「ソ連の甲26号攻略にしても、米国が何もしなかったとは逆に考え難い。連中の抱く自国像がどんな物かは知らんが、本当に普段は知らず横柄なだけだと見えて妙な処で体面を気にするからな。何らかのルートで警告程度は発したかもしれんし、もしくは」

「…秘密作戦の類いですか」

 

唯依は ― 甲20号・鉄原ハイヴ攻略後、早々に帰還していったという第65戦闘教導団・インフィニティーズを想起する。

 

 

対人戦闘の専門家達で手練れ揃いだったのは重々承知、先年夏から共同訓練をしていた事も有る。だが教導部隊という割に、時折見せる殺気の鋭さは単なる精鋭と云う以上に――

 

無機質な殺しに慣れた、兵士の気配だった。

 

 

「ああ。だが裏で格好良く片付ける事に慣れ過ぎて、ソ連の形振り構わなさに横っ面を引っ叩かれたのかもしれん。もっとも大事になればソ連の面子を潰しかねんからな、成れば佳し・成らねば牽制程度で上々と……まあ、空想や大衆誌ネタの類だ」

「しかし……それでは我が国は――」

 

唯依はやや俯き、そして面を上げる。

 

「日本は、使い潰されませぬか。米国の移民兵同様に」

「可能性は否定できんな。そうならないようにするのが政治と外交だが…期待薄か?」

 

軍人同士の会話としては、やや踏み込み過ぎた話。

 

 

しかし国内のみならず外交に於いても辣腕を振るっていた榊前総理は身罷られた。

常に唯依に道を示してくれた巌谷榮二も九段へ発った。

陰に日向に支えてくれた雨宮も、神宮司少佐の教え子達も。

 

それでも残された者は、遺していって貰えた何かを。

託された何かを握り締めて、戦わねばならない。

 

 

「何にせよこの話は聞きかじりに私の拙い推量を交えたものに過ぎん」

 

まりもは座ったまま、僅か目元を緩めて肩を竦めた。

 

 

存外に米国にしても泥縄かも知れず。

方々で頭を抱えつつ場当たり的に対処しているのかもしれない。

 

あれほどに巨大な国家の複雑化した数多の組織、首班たる大統領閣下お一人で把握しきれる筈もなし。

情報組織に政軍関係の難しさだけとっても、帝国の比ではあるまい。

 

故に対ソ連にせよ対BETAにせよ、米国内でも時としてはそれぞれの思惑と絡み合った利害関係からこっちの組織は阻止に動いたがあっちの機関は放置を選んだ、将又終いにはその判断が政敵競争相手との派閥やらともすれば個人関係に迄落とし込まれて結果が左右されていって仕舞う事すら。

あからさまに人が死ぬ事が少ないだけで権力闘争の激しさ自体はソ連と大差ない、どころか動くカネの大きさは明らかに巨大かも知れない。

 

 

「貴官の存念はわかる。だが不戦の平和などあり得ん。米国は傲慢だが理不尽が過ぎはしない、少なくとも今のところは」

「は。元より戦陣に立つは武家の誉れ。それが日の本の為ならば尚の事」

「そしてBETAは甘くはない。確かに理屈では、この03型砲であの超重光線級にも抗し得よう。…理屈ではな」

「仰る通りです。言うは易し、かと」

 

 

確かに、フェイズ4ハイヴでも周囲半径およそ40kmはBETAにより平坦に均されてしまう。フェイズ5ともなれば60km以上はそうなろう。

しかし狙撃距離80km迄が必要となると、好条件の地点が見つかるか否か。

兵要地誌から云っても今後は基本的に情報の少ない外地での作戦ばかりになろうし、通常の狙撃とは逆に高所は絶対に選択できない。

事前調査で候補を複数挙げるにしても、向こうがハイヴ近辺の何処から出現するかも判らない上此方も狙撃砲が無数にある訳ではない。

 

そして艦砲が使える地理なら兎も角、でなければ射程の問題から支援に見込める砲火力はMLRS程度。殊ユーラシアでは纏まった戦車戦力を持つのはソ連のみ、ゆえに01型砲も援護に回して地表付近に重金属雲帯を形成。出現予測から狙撃ポイントへ移動し、狙撃体勢へ移行して発射。

 

それだけの工程の間、間違っても重光線級が前進せぬ様引きつける必要もある。

 

そして発射から着弾までのおよそ10秒。

動かれない、もしくは動いた先を予測しての狙撃が求められる――

 

 

「実際に相対した経験から申し上げれば、そう動き回るBETAではないと…甲26号の際の詳細は不明ですが、迎撃に出て来る都合上ハイヴ接近と事前砲撃等で炙り出せるとも。初撃で仕留められる状況であれば成算はあるとは思います」

「…現時点ではな」

 

嘆息するかの様なまりもの言を唯依も首肯して、

 

「…進軍の可能性も有るとお考えで」

「否定はできん。BETAの動きがどう変化するかなど、予測できようはずもない。足が付いていて、動けるのは確実なのだろう?」

「それは間違いなく。実際に見ましたので」

 

あの、黒の衛士がたった一機で後退せしめた折に。

 

 

実際の処、BETA、就中ハイヴについては未だ不明な事象ばかり。

 

横浜・佐渡島に始まり、制圧した各ハイヴで確認された人体標本の如き鹵獲物は単に研究目的やら兵士級辺りの材料だとしても。

小型中型大型問わず、各種BETAがハイヴから出て来ることにはほぼ疑いがないにも拘わらず、そして稼働中(と思しき)反応炉を確保したハイヴも既に複数に上るのに、何処にも各種BETAを生産また製造等していると思われる箇所が見付からない。

 

反応炉そのもの若しくはG元素精製プラントから湧出するように発生する、未発見の「工場級」とでも云うべき大型種から生まれている、等とも言われているが、人類が確保した反応炉やハイヴにそのような現象や個体が確認されたことは未だない――

 

 

「万一あれが今欧州内陸部で前進を始めたら、例えそれが1,2体でも壊滅的な被害を被る。英国のドーバー基地群ですら、旧ベルギー領から照射圏内に入ってしまう計算だ。加えて海を挟んでいるにせよ、これまでにBETAの渡海上陸を受けた事がある地域は当然、危険だ」

 

それは英国と、そして帝国。

 

「ましてその進軍が同時発生的に起きた場合は…」

「現在の防衛線を維持するだけで青息吐息の欧州連合には到底止められまい。内陸部を進まれたらフランスは終わりだ。中東とアフリカは、BETAが常通り陸上移動してくれると楽観してなお地中海からの海軍力でスエズで阻止できるか否かにかかっているな」

 

人類戦力が大陸から叩き出されて漸減も行えなくなれば、飽和したBETAはまた渡海を始めるだろうし、ハイヴの建設も始めるだろう。

 

そしてそこからはまた、BETAが湧き出す。超重光線級も含めて。

 

 

甲20号に現れた新種・超重光線級が、甲26・エヴェンスクにも現れ。

欧州連合軍からは、光線属種の少なさから甲08・ロヴァニエミにも存在する可能性が報告されている。

 

回収したそのサンプルの組織は、月面戦争から現在に至る迄のあらゆるBETAのサンプルに該当せず。

故にこれは、母艦級の様にその存在が予想されていたが単に未確認だった種が今になって出てきた訳ではなく、全く新しく生み出されたまさに新種のBETA。

 

おそらくは、電磁投射砲戦術に対抗するために。

そして結果としてだが、G弾戦略術にも少なからぬ影響を与えた。

 

兎も角これでBETA個体間はともかく、おおよそハイヴ同士がその建設系統に関わりなく相互に情報を交換しているのはほぼ確実。

 

しかしその、情報の取捨選択や重要度の順序づけに始まり新種を生み出すに至る意思決定のプロセスはどうなっているのだろう。まさか会議や投票をして決める筈もなし、何処でどうやって決まっているのだろうか。

 

 

「『友人』が言うには、まあ単純に考えてもおそらく甲01 ― カシュガルのオリジナルハイヴが決めているのではないかとな」

「…では大将首を取れれば少なくとも新種の出現は止まると?」

 

保証はないがな、と。

また小さく肩を竦めた神宮司少佐に、唯依は壁に掛けられた世界地図 ― ハイヴの位置が示してある ― を見遣る。

 

「場所が不味すぎます」

「…ああ」

 

 

東トルキスタン。新疆ウイグル・カシュガル。甲01号カシュガルハイヴ。

 

しかしその位置は海から1800km近く離れた内陸奥地。

先に旧インド・甲13号ボパールハイヴを落として橋頭堡としたとしても、さらにそこから北上すること直線距離でも1700km。

 

カシュガル東西北の甲14号敦煌・甲02号マシュハド・甲06号エキバストゥズ各ハイヴの方がまだ近いほどで、さらには陸路北上しようにもヒマラヤ山脈の存在から地形も急峻。

迂回すればさらに進軍に時間を要し、しかし山越えは万一光線級の見落としがあれば撃たれ放題。

 

そして超重光線級の存在が無視できない限り、直上への軌道降下戦術はリスクが高すぎる。

 

 

「そもそも悠長にフェイズ5のボパールを攻めれば周囲がBETAだらけになります。防衛線の長さはリヨン東の比ではありませんし、その後の進軍にしても機械化部隊とはいえかなり時間が…あれだけの広大な地域、陽動と牽制をかけるにしても必要な戦力は膨大になります。まして――」

「それ以前に攻略作戦の陣容自体がまとまらない可能性もあるな」

 

 

甲13号・ボパールハイヴ攻略。92年スワラージ作戦に続くアジア連合の悲願。

 

BETAの侵攻があと10年、いや5年遅ければ。

冷戦下で非同盟を標榜しつつも第3次印パ戦争以来ソ連との距離が接近していたインドはしかし、80年代に入ると西側への取り込みも射程に入ってきていたところだったのだが。

 

今そんな所のハイヴを攻略すれば、それこそ反応炉の所有権を巡って米ソの鞘当てどころか、下手をすれば実際に戦端が開かれかねない。

そうならないように破壊してしまいましょうなんて日本あたりが言い出しても、皆聞いてもくれないだろう。

 

当のインドにしてもBETA大戦以前には核保有国だった程で、オーストラリアへ政府を逃がした現在でも主権自体を放棄したわけでは決してない。

 

 

「それに甲01号は元・中共の支配地域だ。73年の紅旗作戦とそれに先立った展開の様に、また国連を締め出しソ連と組んで独占を目論むやもしれんしな。何せあそこはオリジナルハイヴ、何が埋まっているか解らんぞ。大方甲20号での統一中華軍の動きもそれを睨んでの事だろう」

 

ま、何にせよまだ当分は無理だろうと。

 

「些か話が長くなったな。取り敢えずは目の前に任務に集中してくれ」

「は」

 

言いつつ立ち上がった神宮司少佐とは、堅い話の傍らしかし唯依は少し距離が縮まった気がした。

 

これから先 ― お互い生きていれば、だが ― 、実務実戦で付き合っていく上では角突き合わすより多少なりと気心が知れていた方が有り難い。

 

そして少佐殿の気持ちも同じように思えて――

 

「外征になる、本来国内任務のはずの斯衛にすまんが…ご家族には?」

「御存知の様に母も武家の出ですので」

 

それも五摂家、崇宰に所縁の。銃後の覚悟は言う迄もなく。

しかし今の唯依には、先日久し振りに本宅へ戻った時の記憶。

 

「ですが流石に小言を貰いました。何時までも戦術機戦術機と、そろそろ婿の来手を考えろと」

「はは、そうか」

 

少佐殿の軽やかな笑み、だから唯依は油断をしてしまって。

 

「そうか、貴官『も』嫁き遅れか」

「いえいえ、私『は』まだまだ……」

 

 

――!?

 

 

突如張り詰めた空気に慌てて口を塞いだがもう遅い。

 

 

 

「…わたし、『は』…? …ほう、そうか貴官…私を…そう…」

「しょ…ッ、少佐殿…っ!? し、失言をおわ……――ひぃ!」

 

 

 

こうしてこの日、斯衛きっての衛士は予期せず般若の姿を見。

 

「狂犬」の渾名の理由をその身と心に深く刻み込まれる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 4月 ―

 

 

帝都。帝都城・城内省病院。

 

春の午前の光が病室を明るくしていた。

開け放たれた窓からは爽やかな空気。

 

洋風でしかし如何にもな病室ではなく。本来中尉風情が入る部屋では無い。

しかし個室が宛がわれていたのは何も拘りは無さそうで実際そうであろうこの部屋の使用者の意思とは関係なく、元々城内省病院に相部屋が少ない事と、単に先月迄の入院の際にも使っていた部屋で、見舞に訪れる者等の立場を考えればある程度の設えや広さが必要だったが故。

 

側仕えとしては当然、しかしノックをしようとした真那はいつもの如く冥夜によって制された。そして応えに続いて病室の扉を開けた冥夜の肩には微量の寂寥感か。

 

 

紫の斯衛服 ― ではなく、冥夜は市井の女子が着るが如くの私服姿。ぴったりとして肢体の描く隙無くも優美な曲線も露わな黒の長袖徳利襟、短いスカートの下にも同色のタイツの出で立ち。

 

付き従う真那は赤の斯衛服なれど、もし彼女が居らず此処が城内でなければ、まさか「殿下」だと思う者は居るまい。その尊顔を観察しない限りは。

 

 

「失礼…します、中尉」

「…」

 

冥夜に続いて入室した真那は無言での敬礼に答礼。

そして今の部屋の主たる黒の衛士 ― 検査の為昨日からまた此処に戻って来た ― の、変わらず無表情な様子を見た。

 

着替えの途中だったのか黒の斯衛服の上は着ておらず、その下に身につけた機能性肌着が少し痩せたのかも知れぬ無駄のない肉体を包んでいた。

 

 

昨年末の甲20号作戦で死にかけ、十日以上も意識不明に陥った上二月近くは歩く事も出来なかった。全身の筋組織が酷く傷付き、内臓にも深刻な影響が。

何とか回復の軌道に乗り、その後は医師の指示に従い理学療法・作業療法等のリハビリに勤しんで。元が鍛えられているせいもあってか回復は早かったものの。

 

そして先月の退院後、漸くに原隊へ復帰。

 

 

しかし――

 

二言三言と言葉を交わす冥夜と彼から数歩下がって、真那は部屋の隅へ。

 

 

あの強烈なG、限界を超えた反応速度。

 

しかし其れ等を受け止め実現するのは生身の肉体。

 

限度解除した感覚欺瞞で無理矢理誤魔化し、更に戦闘薬の類で強引に精神をも加速。

 

 

…死ぬぞ、貴様…

 

 

医師の所見は、とても冥夜様には見せられない。

 

米国から導入していた最新の蘇生医療が無ければとうに。

この短期間で再び戦術機に乗れる様になった事自体、奇跡的な話で。

また次同じ様な真似をすれば、良くて廃人。命の保証等到底無い。

 

 

「出征されると聞きました」

「…は」

「欧州派遣部隊、ですか…?」

「…は」

 

少しもどかしげな冥夜様のお声、本当はもっと聞きたい事も云いたい事もお有りの筈。いっそ面倒な装いの言葉遣いもかなぐり捨てて。

その心中を察すればこそ、居たたまれず真那は、僅か視線を落とした。

 

 

日本帝国は欧州連合軍による甲08号・ロヴァニエミハイヴ攻略作戦の支援を決定。

 

帝都防衛師団からの抽出を中心として軌道降下兵団を再編し、正面戦力2個連隊規模の欧州派遣部隊を編成した。

 

そして其処に、斯衛軍より2個中隊が増強される。

 

斯衛は本来神州護持こそが真面目、帝都防衛師団が手薄になると有ってはより。なれど閉じ籠もって世界の趨勢に遅れるもならじと、装備機の都合も有れば精一杯の数。

 

とは云え帝都城護りの要たる第16大隊からは参加の無い予定であった処、彼奴は本人たっての希望で、同時に籍を置く斯衛試験部隊に付いての渡欧となる。

 

狭い世界の斯衛軍、派遣ならずば帝国軍なり国連軍なりへ移るとさえ無表情に言うたとか、無神経にも除隊届の書き方を真壁殿に聞いて握り潰されたとか、斑鳩公は一笑してその大器を示されたとか、そんな噂が流れていた。

 

 

「…そろそろ。時間ですので」

「…はい」

 

立たせたまま応対する無礼を咎める冥夜様でないことは知っていた。

故に真那も黙って居たが、動き出す気配を見せた薄着の中尉に先立って冥夜が壁際の衣紋掛けへ素早く動いた事には流石に驚いた。

 

「め――、で、殿下っ」

 

その制止にも構う事無く。

冥夜は其処に掛かっていた黒の斯衛服の上着を取ると、手を差し出した中尉も無視して有無を言わせず後ろからそれを羽織らせた。

 

「…」

「な…ッ…、貴様…」

「よい、月詠」

「は、……は」

 

貴人のする事、させる事では無い。

まして其れを平然と ― いや、少し困っているのか? ― 受ける黒が居る等と。

 

無言のままで袖を通して釦を留める中尉の後ろでその背を見つめる冥夜は、口の端の持ち上がりこそ僅かなものの、その目元は明らかに微笑んで。

 

そして着終わる迄を見届けると、続いて服の隠しから取り出したるは京都は鞍馬の燧石に、誂えさせた超硬炭素の火打ち鎌。

 

背を向けたままの中尉の右肩口へと、カチカチカチと三度の鑽火を。

清めの作法、出掛けの祈り。

 

「――ご武運を」

「……は」

「いってらっしゃい」

「………は」

 

其方の戻る場所は此処ですよと。

 

一部始終を見る羽目になった月詠真那は、部屋の隅で頭を抱えた。

 

 

 

 

流石に病院正面入口での御見送りは「殿下」にはお控え戴いて。

予めそれを御理解頂けた上での先程の仕儀なのであろうが。

 

本来なら参内すら叶わぬ身、この病院に入る事すら赦されぬのに躊躇なくすたすたと歩を進める黒の衛士を真那は追った。

 

「待て、中尉…!」

 

小さくも鋭い呼び止め。

内心の憤懣のままに真那は立ち止まり振り返った「双刃」の腕を取り、手近の壁へと追い詰めた。流石に広い玄関広間は避け、曲がり角の向こうへ。

 

「貴様…判っているのだろうな…!」

「…」

 

長めの焦げ茶の髪。同色の、しかし闇を宿して沈んだ瞳。

己より僅かに背が高い彼に、真那は詰め寄る。

 

小声のまま、噛みしめる様に。

 

「軽挙は許されんぞ…貴様は最早、安く死ぬ事は赦されん…!」

 

いっそ、こうなる前に死んでいてくれれば。

今となってはどれ程に冥夜様が悲しまれるか。

 

 

冥夜様は――

 

此奴がすわ戦死かと危ぶまれ、生死の境を彷徨う間は寒中水垢離にて百度を踏まれ。

 

戯れにでも、此度御親征は成らぬのかな、等と迄仰られる始末。

 

 

敢闘しての戦死ならば、折り合いも付けられよう。

 

どころか是れ程の技量ならば如何な余程に苦難のいくさ場からでも生還しよう。

 

しかし次なる芬蘭の地でも、恐らくは彼の巨大種が出現しよう。

 

然すれば此奴は、再び自ら命を放り出す様な真似をしかねん。

 

其れでも尚、生きて戻ると信じて祈る冥夜様が御為にも。

 

 

「…戦場に絶対はありません」

「巫山戯るな…生きて帰ってこい、命令だ!」

「…」

「返事はっ…命令だぞ、必ず生きて還ると、約束しろ!」

「……」

「どうした!、 ……?」

 

極至近の闇茶の視線、それが向く先は――後ろ?

 

 

――!?

 

 

振り返った真那は、驚愕した。

そして見た顔達も、驚愕していた。

 

其処に居たのは、女官等を連れた神代・巴・戎の三白斯衛。

皆揃って両目と口とで三つのOを描いていた。

 

 

確かに、端から見れば、この体勢は。

胸座を掴む迄には至らず、しかし寄り添い手を添え懇願する様にして。

 

 

「ま…真那様が…!?」

「つ、月詠中尉が……まあ、まあ!」

「大変ですわ、大変ですわ…っ!」

「これは皆様のお耳に早く…!」

「ちょ…、待っ…! ちぃ、追え神代っ、独立警護小隊ッ! 妙な噂を広めさせるな!」

「ぇ、は、…はッ!」

 

愕然として硬直、それが溶けたのは女官等が早かった。

何故か嬉しげに走り去って行く彼女等を部下共を叱咤し急いで追わせ。その背を見送ってから、真那は大きく息を吐いた。

 

「…面倒な……、…貴様、何を他人事の様な顔で…」

 

睨み付けるも変わらず無表情で、いえ、等と言う。

殿下が女性であられる事も有り、側仕えには女も多い。兎角流言の類は好まれる傾向。

 

「…兎に角…貴様の命は、もう自分だけの物では無いと知れ」

 

吐き捨てる様に。言って頭を振る。

 

「貴様独りが気を吐かずとも、戦略術は用意してある。鉄原の再現等には早々ならぬ」

「……BETAはそう甘くありません」

「識っているとも。故に貴様も先駆けばかりを考えず、少しは指揮も覚えよ」

「…」

「付いて来られる奴がいないとでも言いたげだな。だが存外に貴様は甘い男、単に部下に死なれるのを恐れて居るのでは無いか?」

「…」

「貴様は既に多くの物を背負っている。易く其れ等から逃れられはせん」

「……俺にあるのはBETAと戦う意思だけだ」

「本性が出たな。其れが逃げだと云うのだ。縁に柵、没蹤跡等とそう都合良く行くものか」

 

鼻で笑って見せる。

 

 

此奴斑鳩公の狗だと思っていたが、其れすら逸する単なる阿呆。

忠義を口にせぬ処か異星種を道連れに死ねるなら只其れこそが本望とばかりに。

 

 

こう成れば多少の無理はあれども、矢張り自隊辺りに引き込んで。

 

 

何の道冥夜様の事情も知られている事。

是れほどの戦功と技量の持ち主が至誠一貫足れば正しく斯衛の帝国衛士の鑑として、何れは武家の名乗りさえ。そう躾け直す暇の為にも、

 

 

「貴様は縛り付けでもしておかねばな…還ってきたら私の処で飼ってやる」

「卿、随分と歪んだ性癖なのだな」

 

――!?

 

かけられた涼やかで、しかし呆れた風な声に真那が音が出そうな勢いで振り返れば。

 

長身の、勲章付きの青の斯衛服。整った面差しに眠たげな眼からの視線。斑鳩公。

何かの序でに退院時間に迎えにでも参られたのか。さらに傍役の赤の真壁殿に付き従うは、彼の大隊の面子が数名。

 

「な――!?」

「他人の情痴の類に文句は付けぬがな、同意は得たまえ」

「不潔です」

「月詠中尉がそう云う御趣味だとは…ついぞ知りませなんだ」

「他隊の方としては尊敬して居りましたのに…残念です」

「不潔です」

「小官で宜しければ首輪持参でお邪魔致します! 高踵靴でお踏み下さい!」

「馬鹿者、何故敢えて軍靴から履き替える。解って居らぬな、其処は馬上鞭よ」

「不潔です」

「変態ばっかりだったんだ…」

「中尉もご同輩で?」

「……いや」

 

男女取り取りに言いたい放題。

 

真那は傍付の役名の儘に傍観を決め込む真壁介六郎に救いを求める視線を送るも、与えられたは溜息一つと竦められた肩だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

欧州。フランス。リヨン北東220km。

欧州東部防衛線・その突出誘引部。

 

降り続く雨が荒野を濡らしていた。豪雨。

地に落ちた雨水が流す泥に混じって黒く金属臭を放つ体液の出所は、点在する突撃級・要撃級の死骸の山。

それらは人間が退かしたのではなく、5日と間を置かず現れるBETA共の進撃によって押しのけられただけ。元々すでに、この防衛線突出部にはその手の作業にまで人手を割く余裕はなかった。

 

「隊長! 後続です、今日はサービス満点ですね!」

「嬉しかないわよ、砲兵共の援護は?」

「デニャ・コマンデ、あいにくと売り切れだそうです!」

 

ベルナデット・リヴィエール大尉の舌打ちは、率いる中隊12機の部下たちの軽口に紛れた。

 

「CP、迎撃部隊は?」

「こちらCP、ヴェルダン01、10分くれ」

「冗談! 突撃級共には抜かれるわよ、何皿目だと思ってんの?」

「ない袖は振れん、ごちそうさまは許可できない」

「マゥンス! 皆、7皿目も平らげるわよ!」

「了解、フルコースは久しぶりだ。腕が鳴る」

「炭化した肉なんてもういらねぇ」

「ヒュウ、胃薬が欲しいぜ」

 

隊の士気が保てていること、それだけが救い。

 

 

生還しても干される覚悟で参加した義勇軍、情勢の変化に慌てて戻り戻されたお調子者に、しかし昇進があったりするのはアブない軍の証拠みたい。全体として全然勝ってもいないのに。

 

 

遊撃として防衛線より前に出て、俯瞰しつつ援護の要請があれば穴を塞ぎに行くのが本来の仕事。薄く広く拡がってしまった戦力はどこも乏しく呼び出しコールはひっきりなしで、今もようやく戻ったところで招かざる客に頼んでもいないムニュのお出迎え。

 

これで東部戦線異状なしッてんだから…!

 

去年開始された後方での都市復興、作業員その他の避難が開始されたのは今年に入ってから。それでも表向きには、戦力再編成のためとなっているらしい。

再編成には違いがないが、それを前向き鵜呑みにする民衆でもない。さっさと荷物をまとめて逃げ出した人が多かったのがある意味救いで――

 

情けなくもある。

 

「突っ込むぞ! 02,03着いてこい、突破して敵右翼の突撃級共をケツから戴くから残りは好きに料理してやんなさい!」

「了解っ!」

 

泥まみれの愛機・ラファールを駆り、彼方より迫るBETA群へと向かう。

 

激しい雨に光量が足りず視界はよくない、抱える2丁のFWS-G1は共にとっくに重整備が必要な段階を超えているし機体についてなんて言わずもがな。

索敵の為の振動センサーも遠方のものの中には故障したか破壊されたかで信号を送ってこなくなったものも数知れず、再設置する予定は聞いたが実行されたと聞いていない。

 

「チぃッ…!」

 

敵はそう、多くはない。いつも通りせいぜい大隊級の群れ、だから突撃級も50匹前後。

操作に対してわずか反応が鈍く感じる疾風の名を冠する機体、それらを微妙に技量でアジャストしながら迫る壁の如き突撃級の合間をすり抜ける。

 

光線級は――いない――か…っ…?

 

少なくとも確認できる範囲では。

ちょっと前までなら朗報だ幸運だと喜ぶところ、今でも完全にゼロではないのが鬱陶しいがそれ以上にその意味するところがいつも心を折りかける。

 

 

戦死による損失は、大して多くない。

戦術機の性能が上がっているのもあるし、BETAも絶対数でいえばそこまで絶望的な数でもない、多くても連隊規模程度。

ジョンブルにクラウツ共がユトランド方面ではしゃぎだして防衛線を構築してからはミンスク発の連中はそちらへ引き寄せられているらしいし、ブダペストからも単純距離なら向こうの方が近い。

 

 

だが、忙しい。

 

熟練兵の酷使で、なんとか保たせているだけ。

 

糧食はある。弾薬等の物資にしても、まだ。

ただ圧倒的に手が足りない。身体も機体も休ませる暇が少なすぎる。

おまけに実戦ばかりの繰り返しで逆に隊の練度が落ちてきた。

 

それでもリヨン以降の新米連中じゃ数あわせの意味しかなくて、まれに混じってくる光線級数匹程度で大混乱に陥ってしまう。遊撃的に機動防御なんてできるわけもなし。

中隊規模で光線級吶喊できる部隊なんてどこの戦線でも放したがらない。

 

イギリスとドイツに引き抜かれた戦力は、ある意味その数以上に質が惜しかった。

元々欧州連合の中核に成って担って戦っていただけあって、二線級部隊ですらウチの新米やガバチョの連中よりは安心して任せられたのに。

 

アンクルサムのレールガンは何門か確保はしてあるが、アレは母艦級が出てきたときのとっておき。あのご立派なランセ・シュヴァルじゃなきゃ被害少なく仕留められない。

 

 

防衛主力が突出部施設から離れすぎると、誘引の役目が果たせなくなるとのお達しで。

抜かれちゃならないラインを背後にいつも少ない数での防衛戦。

 

 

そんな戦況やらをまとめて丸めて一番クるのは正直、

 

あの殻なしエスカルゴが来たら終わりってのは――!

 

ベルナデットのラファールは突撃級の群れを抜けた。

 

本当に軽めのメイク、目の下の隈をいつも隠して。

忙しなく動き回る両の眼球が次々と獲物を捕らえていく。

 

「殺ってらんないのよ!!」

 

両主腕と兵装担架のFWS-G1が火を吹いて、36mmと120mmとをばら撒き吐き出し柔らかな突撃級の背部に突き刺さっては降り続く雨に血しぶきを添える。

 

 

もうじき、ラップランドで作戦が始まる。

 

ハイヴを押さえて、そこにある反応炉を手に入れるため。

 

それは欧州のものになるはず、そして欧州にはフランスもいる――はず。

 

どこで間違った、どこで間違えたのだろう。

 

リヨンの反応炉を何も知らずに壊してしまった時なのか、あるいは自国優先をもっと隠せばよかったのか。

 

それともただの剣たれと、面倒さから逃げ続けたツケが回ってきたとでも?

 

だが政治屋共の尻を蹴飛ばそうにも――一介の衛士になにができる。

 

 

「掃討完了! 次は要撃級連中を平らげるわよ!」

「ははっ、大尉、ここじゃスコア稼ぎたい放題ですね!」

「ハン、大方水増しだなんだって認めちゃもらえないわ、それより油断すんじゃないわよ! 戦車級に注意!」

「了解!」

 

素早い殲滅でBETA群中衛との差を埋めさせず。

ラファールを翻したベルナデットは隊列の再編と給弾を兼ねてわずか留まる。

 

 

ロヴァニエミのハイヴが片付いたら。

 

ヤンキーとサムライたちはそれこそさっさとゴーホームなんだろうか。

 

 

最初に勇んでハイヴ攻略してしまい、気づいたときにはハシゴは外れ。

 

狡猾なライミーと冷血のボッシュに騙されたと皆は言うけど。

 

 

助けに来てよ、「ニンジャブレード」…!

 

その一言だけはそれこそ死んでも漏らすまい。

我知らず食い縛っていた奥歯を開くと、ベルナデットは突撃の号令だけを声にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は1年ほど遡る――

 

 

2002年 アーリースプリング。

イリノイ州シカゴ。ミシガン湖畔の大都市。

 

退勤時間の街路は混雑していた。オフィスを出た男は一息つき、その中へ混じる。

年の頃は中年、しかし体型もそう崩れてはいない。

 

そして彼はたまの習慣、行きつけのバーで一杯やってから帰ろうと思い。

 

曲がり角で人とぶつかった。きゃ、と上がったのは女性の声。

その彼女が持っていた飲み物が男のスーツに少しかかった。

 

男のサラリー相応に、そう安価なスーツではない。

内心やや憤慨しつつも手を差し伸べると、衝突相手は若い女性。

 

20代後半か、アッシュブロンドの長い髪。白皙の美女。

 

季節相応の厚着、しかしコートの前開きから覗える優美な肢体。

 

詫びと礼とを口にしながら立ち上がった彼女はしかし、男の服を汚したことにすぐに気づいてすまなさそうな顔をした。

改めて述べられるお詫びの言葉を、男はあまり聞いていなかった。ああ、いや、という生返事は、単に彼女の美しさゆえだけでなく、あまりに好みのタイプに過ぎたから。

 

クリーニング代を出します、いやかまわない、いえそれでは申し訳ないと少しのやり取り、その受け答えも実に知的で押しつけがましくはなく。彼女の左手薬指に光るリングも、男は目ざとく見つけていた。

 

「本当にすみませんでした」

「いや、かまわないよ。…求職中なのかい?」

「はい、なかなか…難しいですけど」

 

怜悧に見える美貌を苦笑の形にして。その顔も魅力的だった。

彼女が飲み物とは別に手にしていたのか落とした大きな封筒。近くにある会社のロゴ。

 

「そうなのかい?」

「ええ。両親が移民なんです」

「ああ…」

 

彼女が手にしたハンカチ、やや忙しく胸元を拭ってくれる甲斐甲斐しい手つき。

妻にも久しくされたことがない動作、長身の女性の長い髪の甘い香り。

 

「失礼かもしれないが…軍には?」

「適性検査で落ちました」

「そうか、すまない」

「いえ」

 

移民や難民がアメリカの居住権なりを得るのは、そう容易ではない。

それくらいは徴兵免除の立場の男でも知っていた。

 

自由の国でも移民難民がそれを得るにはかなりの代価が必要で。

 

「ああ、…もういいよ、ありがとう。かえってすまなかったね、ハンカチが汚れてしまったろう」

「いえ、いいんです。本当にごめんなさい」

 

美女のしおらしい態度に男にはほんの少しの欲求が持ち上がるも、それをそのまま出すほど若くなければその手の度胸もなかったので、せいぜい紳士ぶってその場を立ち去ることにした。

 

「私はこの近くで勤めていてね、もしかしたら少しだけ力になれるかもしれない」

 

 

男は勤めはこの近くのとある企業。

 

それなりの地位にもいる。

 

 

「え…本当ですか、…あ、いえ、悪いです」

「かまわないさ」

 

男は取り出した名刺を渡し、

 

「! すごい…でもこんな大企業、私では無理です」

「いや、試してみなければわからないだろう?」

 

ひとつ肩を竦めて「あまり期待されすぎても困るよ」とおどけた。

 

 

数分になってしまった、それでもわずかな出会い、ほんの少しの立ち話。

 

格好をつけたつもりの男も数日もすれば忘れてしまう、そんな出来事。

 

 

しかし――

 

 

「Спасибо, я слышал хорошую историю」

 

 

美しい女は最後にそう言い。心なしか冷たい笑みで。

 

 

きょとんとして見送った、男の勤める会社は「ボーニング」。

 

TSFで有名ながら、彼が造るのは「トラクター」。

 

 

そして周囲を行き交う雑踏の中には、彼女と同じく銀の髪を隠した女達が紛れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつもご感想・評価下さる方々、ありがとうございます

最後までお読み頂きありがとうございますw
なんかまた冗長になってしまいました


G弾とG弾戦略については、設定資料集から情報を引きました

…ぽいぽい落として解決の爆弾じゃ、なかったんですねw
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。