Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 14

2003年 4月 ―

 

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ。

地球上8番目のハイヴである。建設開始が確認されたのは1981年。

 

以来20年余。この地は光線属種の存在により衛星による偵察を除いて事実上人跡未踏の地と化した。

現在その規模はフェイズ5にまで達するとみられ歪な形状の地表構造物は地上600mに大質量を以て聳え立ち、地下茎構造も半径30kmに及ぶと推定される。

さらに周囲11万㎢超はほぼ平坦に均され、その外縁に至るまで動植物の影一つとて存在しない死の荒野 ― 本来なら冬期の積雪が未だそのままに一面の銀世界が保たれるはずが、この異形の城塞から湧き出し続けるBETA群により踏み荒らされて、純白を醜く汚す黒と茶とが来たるべく春の泥濘の園を約束していた。

 

 

そしてハイヴは、ひとつの例外もなく人類が流した血と涙と骨と怨嗟で出来ている。

 

 

――1973年・BETA着陸ユニットからのカシュガルハイヴ建設を皮切りに、最初期姿を見せなかった光線属種の出現によりこの異星起源種に一方的に空を制圧された人類は敗走を続けた。

はじめ西進したBETA群は02・マシュハドハイヴ建設後に北上を開始。

社会主義陣営の盟主として東側世界に君臨していたソ連であったが、数の暴虐で押し寄せるBETAに抗う術もなく続く2年で03から05、ウラリスク・ヴェリスク・ミンスクと立て続けにハイヴを打ち建てられてしまった。

 

そして78年。05・ミンスクハイヴの攻略を企図した北大西洋条約機構・ワルシャワ条約機構両軍による一大反攻作戦・パレオロゴス作戦が失敗。

結果両軍はその戦力を減退させ、その後のBETA群の逆撃を食い止められなかった。

 

80年ユーラシア西側の防壁となっていた東欧国家群へのBETAの猛攻が続く中、北進したBETA群が北極海に到達、これによりついにソ連が東西に分断。この東側盟主の敗北後、欧州社会主義陣営は雪崩を打ち相次いで陥落。

そして大陸から持ち出せる物総てと民間人とを後方へ逃がすダンケルク作戦が遂行される一方、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の崩壊に続き必死の防戦むなしく85年には欧州自由主義陣営の雄・フランスとドイツ連邦共和国(西ドイツ)が揃って陥落。

その後87年まで各国政府機能はポルトガル西端に残り北欧でも抵抗が続いていたものの、反攻作戦はおろか防衛戦すらままならない状況は如何ともしがたく ― 人類は、その文明の発祥より歴史を刻んできたユーラシアから追い落とされた。

 

その間に失われた生命・財産はあまりに膨大であり、犠牲者の数は未だ正確な算出ができていない。1970年当時6億人程度であったウラル山脈以西の人口は2003年現在、1億と少し程度まで激減していると言われている――

 

 

そしてさる一昨年、2001年秋。

12・リヨンハイヴ攻略成功によって悲願であるユーラシア奪還の口火を切った欧州連合であったが、世論の沸騰を受けての見切り発車であった作戦の成果は南北600kmを超える長大な防衛線として結実。

この結果、欧州連合は構成各国の利害の調整が進まないまま膠着させるほかない巨大な戦線を抱えて、一強たるアメリカのさらなる台頭と日本の協調による太平洋自由主義国家陣営の構築、そしてソ連の逆撃に始まる旧東側社会主義陣営の復古という世界の流れに完全に乗り遅れていた。

 

落日の王国 ―

 

栄枯盛衰を繰り返しながらも連綿とその歴史を紡いできた欧州各国は現在、下り始めていたその坂をさらに速度を上げながらその先の断崖へと避けようもなく転がっていく――

 

 

 

コロンビアが星の付いた三角帽を頭に乗せてやって来た。

 

アマテラスも日輪を背負い雷の防人を遣わせる。

 

 

――が、それでも。

 

 

ブリタニアはすり切れかけた最後の一張羅に丹念にブラシをかける。

 

ゲルマニアは時間を気にしながら欠けた剣を研ぎ傷だらけの鎧を身につけた。

 

そしてマリアンヌもまた、引き破れたドレスの裾を翻して立ち上がって。

 

 

 

Europe was not built in a day.

Europa ist nicht an einem Tag erbaut worden.

L'Europe ne s’est pas faite en un jour.

 

 

我等の歴史こそが人類の歴史。

 

人類の歴史こそは我等の成果。

 

傲慢も偏見も過去への執着も、誇りと自負と未来への渇望に換えて。

 

たとえ相争いながらでも、膝を屈せず進む事こそが自らの証明であるとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

昨年末、6個連隊に及ぶ欧州連合スカンジナビア攻略軍は2ヶ月に及ぶ作戦期間の後、その進軍の停止を余儀なくされた。

遙か東方・鉄原ハイヴにて初めて確認された新巨大種・超重光線級の出現の可能性が当地においても否定できなかったためである。

オール・TSF・ドクトリンによりほぼ戦術機のみの編成となる欧州連合軍にはその時点で ― 半年近く経過した現在でもだが ― 超重光線級排除の術が存在しなかった。

 

これを受けて欧州連合軍総司令部は、来春以降のロヴァニエミハイヴ攻略を見据え水面下では進めてきていた国連及び日米への援軍要請の前倒しを画策。

 

しかしイギリス・ドイツが、中心となって進めるスカンジナビア・ユトランド両半島攻略とその防衛線構築維持に助力を求めようとする中、フランス以西の国家群は戦力的に逼迫するリヨン東防衛戦への派遣打診を希望。

 

そうして欧州連合が常の悪癖ともいうべき内部調整の困難さから援軍要請案策定に難航する間に、ソ連が旧社会主義勢力を糾合して極東部のエヴェンスクハイヴを攻略。

日米軍主体にて攻略成り制圧した朝鮮半島・鉄原ハイヴ至近で続く両軍と中ソ軍との事実上のにらみ合いには早期終息の気配はなく、東西対立の表出が太平洋の二強国を圧迫する状況下で――しかし欧州連合はそれを有効に利用する機会を与えられた。

 

欧州連合はアメリカののG弾戦略によるユーラシア荒廃を危惧していたものの、東西対立の再燃により欧州西側諸国の対米友好的存立が、当のアメリカにとってその重要度を増したためである。

 

結果アメリカは米統合軍隷下の欧州軍へと増派した戦力を加えて、ニミッツ級2隻が擁する2個増強大隊を含む計4個連隊もの戦術機戦力派遣を決定。うち2個連隊をリヨン東防衛戦へ向かわせる。

 

日本も遠隔地投射可能な正面戦力として軌道降下兵団を再編。この精鋭による2個連隊はまた、最新鋭の超長射程リニア・レールライフルを装備し超重光線級排除の重責を担う。

 

なお戦力の空白化も危ぶまれる極東部については、日本とは事実上東太平洋における競争相手でもあるオーストラリアが、影響力を保つイギリスからの打診に加えてアメリカの仲立ちを受け、価値観を共有する国家として西側諸国に加わる立ち位置を鮮明にして、アジア連合の一部と共に後詰めとして控えることになった。

 

これらにより欧州連合はロヴァニエミハイヴ攻略に向け、スカンジナビア方面への戦力のみでも戦術機4個連隊 ― それも、精強な2.5-3世代機中心 ― の支援を獲得。

あえて指揮権の一本化を求めずその感謝の表れとした。

 

しかしハイヴ主攻となる欧州連合軍自体はまた、容易に一丸となれる状況ではなく。

 

長大なリヨン東防衛戦を抱えるフランスを中核とする国家群には、スカンジナビアまでに戦力を抽出する余力はなく。アルプス山脈を一応の防壁としつつも油断できるはずもないイタリアも同様、地中海に特化した海軍力も派遣を見合わせた。

さらにフランスでは先行して攻略した…攻略してしまい破壊してしまったリヨンハイヴの立ち位置や埋蔵されていたはずの国連に接収されたG元素の行方について、各種の疑念が真偽定かならぬ陰謀論めいた言説を呼び巷を賑わせており、民衆のみならず軍にもアメリカの増援を素直には喜べぬ空気が醸成されていた。

 

そして連合の事実上の盟主たるイギリスはハイヴ制圧後のプレゼンス維持増大を考慮して前面への展開を望み。

西欧州大陸最大戦力を矜持としつつもこの「大家」に逆らいきれない西ドイツは、主としてハイヴ突入前の制圧戦を日本の支援部隊と共に担当することになった。だがその対価として、寸土となるも国土の奪還には違いない解放したユトランド半島南端への防衛線構築にはイギリスの同意を得ることに成功。こちらは国土の奪還成った形のデンマークと共にその守備についた。

 

その後の展開に読めない部分が多すぎるにせよ祖国の解放には違いはなくそもそも独力での国土回復を夢見てすらいなかった北欧諸国は、長い冬を耐えることにも慣れており待たされた分なお戦意に燃えていたが、連合にオブザーバー的に参画していた欧州社会主義同盟の各国はさる2月のエヴェンスクハイヴ攻略の一件から事実上西側とは袂を分かつ形となり、ソ連の顔色を伺いつつ旧自国領域内のハイヴへの攻撃は手控えるよう要請した上で作戦への参加と戦力の供出を拒否した。

 

また、不足が見込まれる海上砲打撃能力を補うためアメリカは国連軍麾下としていたアイオワ級戦艦4隻を含む戦隊をバルト海へと向かわせようとしたものの、これらは国連憲章第43条により国連軍の戦費で賄われており国連軍の装備を特定国の事情で動かしているとして中ソの猛反発により国連安全保障理事会の許可が下りず頓挫。

これにより海上戦力はほぼ英海軍の駆逐艦・フリゲート艦による艦隊火砲のみとなった。

 

そして欧州連合各国軍並びに日米軍もナショナル・カラーを纏っての参戦が決定しており、国連軍の3形態 ― 臨機応変に列強から編成される非常設軍・供出戦力による準常設軍・避退国家中心の常設軍のうち、極僅かな例外を除けば北欧諸国軍により構成される3番目のみがUNカラーでの陣営参加となり――日米による鉄原ハイヴ攻略から始まり先のソ連によるエヴェンスクハイヴ攻略に続く形で、保留となったバンクーバー協定改訂を待つまでもなく、対BETA戦における国連主導という原則は有名無実を通り越して一顧だにされない建前以下のものと成り果ててしまった。

 

 

 

 

かくして、2003年 4月。

スカンジナビア半島にて停滞していた戦線は再び動き出した。

 

長い冬の間、イギリスはドーバー海峡基地群「地獄門」へと戻されていた主攻部隊がバルト海・ファスタオーランド島前線基地へと再集結を始める。

 

アメリカ軍は在欧米軍に加えて展開力に優れる軌道降下兵団を以て、まずはより緊急性が高いリヨン東防衛線への支援を優先。

 

そしてハイヴ突入はイギリス軍4個連隊と西ドイツ軍2個連隊が中核。

これにアメリカ軍海兵隊を中心とした後発の第2陣・2個連隊が加わる。

 

しかし各軍の砕氷船配備数は十分とはいえず、よってボスニア湾の氷結が緩み艦隊の進入が確保される4月末以降が本格的なハイヴ攻略開始となる中、それに先立つ形でおおよそ旧スウェーデン・ウーメオー ― 旧ノルウェー・サンネシェーン間で維持されていた戦線の押し上げをせねばならない。

 

それを担うのは――最初からハイヴ戦を想定していない北欧諸国軍により構成される国連軍2個連隊と、西ドイツ軍2個連隊。

 

そしてその中には、栄光のドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・「地獄の番犬」ツェルベルスの姿があり。

 

 

その支援となるべく、遙か極東の日出ずる国より。

 

サムライの末裔たちが天駆けて訪れる手はずとなっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧スウェーデン、ヨックモック・ボーデン中間点付近。

 

高度30m。雲の切れ間の、朝の弱い陽光を反射する雪原。

正面からは足を取られる低μの大地と、大きな気温・気圧差により活動レベルの低下が発生するとはいえ氷点下の気温程度はものともせず爆進するBETA群。

 

「敵集団確認、大隊規模、多めです。先頭突撃級集団相対距離2km切ります」

「ローテ01了解。中隊鶴翼参陣、背後を取って攻撃である」

「了解っ」

 

斥候機よりの報。

ローテ12 ― イルフリーデ・フォイルナー少尉は、乗機EF-2000で抱えるリニア・レールガン共々今回は出番がないことを察して隊列の最後尾につける。

 

前方50kmに至るまで光線属種の存在は確認されていないが、それで迂闊に高度を上げるような衛士は新米含めてツェルベルスにはいない。

 

欠員が出ている1中隊11機で素早く鶴翼陣を形成し、あえて薄く散開しつつ中央部にBETA前衛・突撃級の群れを受け入れやり過ごすとそれこそ熟達の編隊機動でその左右側面を逆進。

そうしていとも容易に背後を取り、中隊長ローテ01 ゲルハルト・ララーシュタイン大尉の号令の下突撃砲の斉射をかけて後背の弱点を晒す突撃級を次々に仕留めていった。

 

 

 

 

昨年暮れからの3ヶ月間、停滞させた戦線の維持のためにバルト海の前線基地に居残り。

 

西ドイツ軍1個連隊に北欧軍の2個連隊、日々の任務はローテーションでの哨戒に警戒ラインからの報があれば駆けつけてBETAを排除すること。

 

北欧の冬は聞きしに勝る厳しさで。外に出れば、強化装備でもバッテリーの減りを気にして保温を下げたりしたら当たり前に凍える寒さ。

しんしんと降り積もる雪に凍りつく海原、最初こそ物珍しく感じていたけれどすぐに飽きてしまった。

 

それまでと比べれば実に静かで、体力を維持するため食べる癖をつけていたのが災いしてちょっとだけ(ちょっとだけよ!)太ったり。

 

ともかく平穏で、でも遣る瀬ない日々。

それというのも大隊長アイヒベルガー少佐の伝手で国連軍戦術機開発計画部門から手に入れた、超重光線級のデータ。

 

それを元に幾度も行われたJIVESでの演習。

でもその結果は、予想以上にはかばかしくなかった。

 

 

現状遭遇したとの設定で始めればまるで話にならず。

後方火力の支援がなければ接敵すらままならず大隊ごと、あるいは連隊ごと文字通り全滅させられる。

 

チョルォンの再現として超重光線級がレーザーを失い配下の重光線級群の排除から開始しても ― なお困難極まるそれは、距離を開け要撃級らに入り混じりつつMk-57 中隊支援砲の火力を集めて超重光線級を狙っても重光線級群のレーザー迎撃網に阻止され。

重光線級群の排除を優先して近接戦に持ち込んでも、アイヒベルガー少佐をはじめとする幾人かはEF-2000前腕のスーパーカーボン・ブレードで頭上に迫る超重光線級の衝角を跳ね返すような離れ業を演じられても、その他は威力はあれど取り回しに劣るフリューゲルベルデではその攻撃を防げず次々と串刺しにされた。

 

西ドイツ最強。すなわち欧州連合最強部隊。

ゆえにおよそ戦術機でなし得る戦果に、届かないものなどないはずと――

 

それが自惚れに過ぎなかったと思い知らされれば、特に新人たちの消沈ぶりが目についた。

 

 

そんな中の先月上旬、停滞させていた戦線の押し上げが命じられた。

 

 

 

 

現在。ハイヴまで、あとおよそ200km。

ボスニア湾西岸近く、ハイヴにもより近いエリアの制圧を前衛として担うツェルベルスの負担は大きい。

この1ヶ月ほどは、去年以上のペースで出撃を続けていた。

 

「ローテ06、大丈夫?」

「ふーっ、ふー、ふ…っ、はぁ、…大丈夫だ、問題ない」

 

低空での高G機動の連続、呼吸すら惜しむ勢いでBWS-8 フリューゲルベルデを振るい一気に残る要撃級数体を文字通りに蹴散らして見せたローテ06・ヘルガの息は荒かった。

500m程後方に位置どるイルフリーデは、中隊内通信ウィンドウにのそのヘルガが端正な顔に流れる汗をざっと拭うのを見た。

 

 

8集団めの駆逐を完了。

周囲には斧槍で断ち斬られ弾痕を穿たれた戦車級要撃級の死骸が無数に転がり、雪混じりの荒野に異星種の汚れた体液が染み込んでいく。中隊が進んできた後方には、先んじて屠った突撃級群が屍をさらしていた。

 

 

極端に日照時間が短い冬期から、白夜の夏はまだ先。この4月ではドーバーあたりとそう変わらない。そしてイルフリーデの網膜投影の情報には14:30の表示。日の出直前の出撃からすでに8時間、3時間前に前線後方の物資集積所で補給した以外は索敵と戦闘の連続。

 

大隊唯一の装備機としてイルフリーデは要請に応じて他中隊も行き来し、抱えるレールガンは今日すでに3射。砲身は交換済みで携行にもう予備はない。

もう1射してしまえば完全に死に体、砲と砲身は保全を厳命されているから打ち捨てて身軽になり接近戦というわけにもいかない。

元々交換砲身は潤沢とは言い難かったのにハイヴ戦に備えるためかその供給が絞られ、さらに口はばったい物言いをすれば「母艦級もしくは1射1500体以上撃破が見込まれる状況」での使用ガイドラインを他部隊があまり守っていない。おまけにソ連が盗用したせいで管理がより厳格化して、以前以上に希少化している。

 

 

ハイヴまで150㎞程度までなら、おそらくそのくらいは大丈夫だろうと。

科学班が寄越したそんな、信憑性はまるで不明の前提。

死にに行けと言われているに等しく、それでも押し上げた戦線距離は一ヶ月で300km近く。

BETA群との会敵の頻度もその規模も、当然といえば当然、ハイヴに近づくに従って段違いに高まっていた。

いたずらに危険度が高まる夜間組は防衛に徹させる中で冬の間能動的な間引きも行えなかったツケが回ったか、フェイズ5を境にハイヴ周辺BETAはその総数が減少傾向に転じるという定説もどこへやら。

大型種の出現が引きも切らない現実から小型種の割合が増えるという言説も含めてすでにあまりアテにならず、衛星からの情報ではロヴァニエミハイヴ周辺には5個軍団15万体以上のBETAが滞留しているらしい。

 

実際のところ、当たり前だが戦力が足りない。

 

特にこの一週間ほどは解放域をわずかずつでも押し拡げるので精一杯の状況。

損耗も軽視できる状況ではなくなってきて、前線を担い続けるツェルベルスはすでに新人中心とはいえ脱落機が4、うち3名は戦死。制圧部隊全隊でもすでに2割に近い被害が出ている。

 

 

それでもなお、急ぎ北上してきた理由は――

 

 

「周辺の掃討を新人らに。我らは今少し進むのである」

「了解」

 

中隊長の号令の前に、イルフリーデはすでに前衛へ近づいていた。

ひたすら前線を押し上げつつの作戦行動、CPは常に後方遠くになりがちで基本的に現地部隊での判断が求められる。

 

ララーシュタイン大尉も大隊長からくれぐれも無理はするなと言い含められているらしいけれど、降下部隊の安全を考慮するなら前進するに越したことはない。西方を進んでいる第3中隊が少し先行する形になってもいるからその側面を空けるわけにもいかない。

機転が利く古参連中で先行、半ばの強行索敵も兼ねてで進軍距離を稼ぎ。発見会敵戦闘開始、後続合流後の排除で撃ち漏らしその他は殻の取れはじめた新兵たちの仕事にした。当然どちらも危険を伴う作戦行動。

 

だがそれでも作戦目標達成は遅れに遅れて。

 

「…もう無理だぞ」

「ああ…そうだな」

「前進する意味があるのか? そもそも何故我々が…」

「無駄口を叩くな」

「はッ…」

 

新人たちの愚痴でしかないぼやきに第2小隊長ベスターナッハ中尉の叱責が飛んだ。

本来はもっと進んでいなければならなかった。それも今日までに。

 

「…」

 

イルフリーデは操縦桿を握り、後方視界に散開していく同中隊の新人らを見送る。

彼女自身にも、思うところがまったくないわけじゃない。

 

 

もう間もなく、ライヒからの応援部隊が後方のベステルビーク近辺に降下する。

 

そしてそのままファスタオーランド前線基地へ入り、明後日からは戦線に加わる計画。

海路搬送の機材なども時を同じくして届く手はずだそうで、その辺りはヨーロッパでは随一の計画実行性の高さと言われ自認もするドイツ人をして、日本人の細かさには舌を巻く――が。

 

 

「ヤーパンの連中、大体なんでベステルビークなんだ。..もっと後方にすればいいだろう」

「意外に見積もりが甘いのさ、前大戦でもそれで痛い目見てるのに学習しない」

 

 

ベステルビークは現地点からはおよそ950km。

1988年のトライアッド演習の結果導き出された「軌道降下する物体を迎撃する光線属種は、その最終目的地付近のものに限られる」という定説はあれど ― ほとんど姿を見せなくなったとはいえ、最大射程300km程度とされる光線級はともかく同1000kmを誇る重光線級なら射程内とされる距離。

 

無理を重ねて押し上げ続けてきた戦線は、結局届かなかったというわけだ。

 

 

「…ご自慢の装備があるならもっとさっさと来いよな」

「ヴァイスコフ・ゼーアドラーの羽の手入れをして差し上げるのに忙しいそうだ」

「そんなお上品なものか……ゲルバー・アッフェだぞ」

「! 貴様ら…!」

「おーいお前らー。次言ったらさすがに庇えねえぞ」

「…はい」

「…すみません」

 

中隊内通信に遠ざかる新人たちの聞こえよがしの愚痴こぼし、さすがに問題がある内容。

ヘルガが声をあげかけると、兄貴分的に彼らに人望のあるブラウアー少尉がほんの少しだけ冷たい声を出した。

 

一番の負荷を担っているとはいえ、精鋭と名高くユンカーゆかりの子弟で構成されるツェルベルスでこれ。

他部隊がどうなっているかなんて考えるだけで気が重くなる。

 

 

ハイヴ攻略とそれに先立つ地上制圧のために、他国の支援が必要なのは重々承知しているけれど。招かざる客で気に食わないという案配。

ましてそのために仲間が死んだともなれば。

この隊ではとりわけ半数を占めるリヨン以降任官の新人たちがそう、ライヒの衛士らと共に轡を並べた経験もなければ同期を失った形の者たち。

 

 

ヤーパン・ライヒ。日本帝国。極東の島国。

 

可憐なショーグン・ジェネラルを前面に奉じて。この栄光のドイツァ・オルデン、ツェルベルスをして打倒の方策がない超重光線級を屠るほどの装備を持ち。

人類共闘の御旗を高く掲げBETA殲滅の大義名分を振りかざして、その実アメリカにハイヴ独占なんかを囁いて。それがなければウニオンにも他に手立てがあったかもしれないのに。

 

 

そんな身勝手な言い分、ただの八つ当たり。

しかしイルフリーデにしても、新人らと同じ立場ならばそう感じたろうと思いもする。

 

なにせ彼らは知らない。

 

はるばる極東からの本格支援へのせめてもの謝意として、降下の安全をプレゼントすると。

そう言ったウニオン司令部の本音は、ヤーパンライヒの来援前に成果を挙げておきたいというだけではなくて。

 

 

耳のいいルナが聞きつけてきたには ―

 

そもそもライヒ側は降下地点にスカンジナビア半島南端コペンハーゲンあたりを提案してきたらしく…それをウニオン司令部が光線属種の排除を請け負った上で北上を要請したのだとか。

 

ライヒのユトランド方面への介入の可能性を嫌い、スカンジナビア方面への展開に限定させるため――というのすら、実は表向き。

 

そもそもライヒの軍を来援時にユーラシア本土から遠ざけたところで、軌道経由である以上帰還時には大規模宇宙港のあるイギリスへと行かねばならず、その際には給油を挟んだ自力飛行の空路にせよどこかの助力で海路にせよ、北海を渡ることには違いがない。

そして直接的に国土の防衛に繋がる西ドイツにデンマークは逆に拘泥するつもりがなかった一方で。

 

まさに本音のところはフランスにスペイン・ポルトガルのイベリア半島国家などの、スカンジナビア攻勢のためリヨン東の防衛線から戦力を引き抜かれたことに対するひとつの報復。

これにわずか防衛線の外に位置するがためにあといくばくかの前進を望んだにも関わらずそれが叶わなかったベネルクス3国にイタリアが消極的ながら同調し、極めつけは欧州連合大陸国家間に一定の楔を入れておきたいイギリスまでもが囁いたとか。まさにお得意の二枚舌三枚舌。

 

そしてもし万が一ライヒの降下部隊に被害が出たら、フランスやイギリスは「現地部隊」たる西ドイツ軍に責任を押しつける腹積もりなのかも。もしかすると逆に最初からそうなる可能性を見込んでの方策である可能性すら。

とりわけイギリスはアメリカとの「特別な関係」が続く以上ライヒとのプライオリティは高くないし、ロヴァニエミ攻略後の連合内パワーバランスを考慮すればライヒと大陸国家とで妙に仲良くなられても困る。おまけに先の大戦でロイヤルネイビーご自慢のフッドやらウェールズやらを沈めてその海洋覇権終焉の象徴にしたのは他ならぬ日独だったりもする。

 

ともかく大隊長は、上の連中のくだらない見栄や邪推のために部下を殺せんと言われて。

正式にライヒの降下地点南下と叶わぬなら戦力の補充をと要請して下さったらしいけれどどちらも通らず。そしてその際の西ドイツ軍司令部の様子からして、逆にルナの情報が正しかったことが証明されてしまったそうで。

 

 

しかしルナには上官がたから口止めが促された。

たしかに真偽はともかくこんなことが流言として広まってしまえば、直接戦地に立つ衛士のみならず遠くバルト海での任に当たる整備含めた多くの要員たちの士気が保てるはずがない。

 

でもそのせいで、ライヒへの悪感情はよけいに広まってしまった――

 

 

ライヒはともかく、罵りたくもなるわ…

 

祖国奪還と欧州の正義に燃えていた新人らは、そんな政治の都合で死んだのだ。

その上結局、安全域の確保もあと少しとはいえ果たせなくて隊の面子も丸潰れになった。

 

でもこんな状況で大丈夫なの…?

 

成否にかかわらず今日が作戦の一区切りになるとはいえ。

明日もしくは明後日からは地上掃討が本格化し、さらに本来の目的たるロヴァニエミハイヴ本体の攻略はその後になるというのに。大隊の半数近くの要員らの士気が下がりがちで、支援に訪れる他国軍にも悪印象とあっては。

 

 

 

 

索敵、戦闘、そして前進。さらに索敵と繰り返して。

雲はやや少なくなりだすも、日は傾きだしていた。

 

10番目の集団、中隊規模程度小型種含めて300体未満の群れ。

中隊は突撃級群を排除した後、要撃級との乱戦の最中イルフリーデは後方位置を心がけながら空いている脚で戦車級を蹴りあげ踏み潰していた。

 

「前方にBETA群発見! 突撃級多数、後続続きます連隊規模予測っ!」

「後方より日本帝国軍降下開始の報!」

「む…光線属種は?」

「確認できず! しかし震動センサーに反応が入り混じってて不明瞭ですが後方にさらに敵集団の可能性!」

 

多すぎる…!

 

斥候機からの連絡、1中隊で相手取るには明らかに不利を通り越して無謀。

 

 

後続の、さらに後続までの可能性を加味すれば、大隊集結を促しても戦力的に及ばない。それにデータリンクでは他中隊も現在戦闘中。

万が一敵中包囲された状況に陥り、後方に光線属種が出現すれば離脱も困難になる。

掃射戦術を採るにしてもイルフリーデ機が抱えるレールガンはもうあと1射を残すのみ、補給に戻ろうにも前線基地へは片道700㎞の距離。

 

リスクを最小化するには遅滞戦闘に努めて後退するほかない状況、しかし退がって縦深を確保すればその失地の回復は短時間では不可能で、敵増援に重光線級がいたら降下部隊が危険にさらされる。

 

 

今ここで、リスクを承知で踏みとどまって戦うか。

 

それとも光線属種の存在は予想に過ぎなかったとして、その危険はライヒの降下部隊に押しつけるか。

 

 

残るべきだわ…!

 

「中隊長、意見具申を」

「聞こう」

「掃射戦術を具申します。ライヒの降下計画の詳細は知らされておりませんが、リスク分散で分波降下させたとしても所要時間はさほど…我々は今しばし現地点を確保し、敵後方に重光線級出現の場合にも光線級吶喊の余地を残しておくべきかと」

「フム…」

 

イルフリーデの言に、中隊長は自慢のカイゼル髭をひとつ揺らした。

七英雄の一人たる大尉には、この程度の状況は危機でもなんでもないのだろうけれど。

 

しかし、

 

「隊長、自分もフォイルナー少尉に同意します」

「私もですわ、大尉」

「小官は反対です!」

「小官もです」

「私もです、すでに当初の作戦目標の達成は不可能です。現状光線属種も確認されておりませんし、隊の保全を優先すべきかと」

「後退・誘引して後詰めと合流の上迎撃しましょう」

 

ヘルガとルナの同意の援護をよそに、新人らに混じって中隊の古参ら数人までもが。

 

「反対です! 万一ライヒの降下部隊に被害が出たらどうするんですか」

「それは降下ポイントの設定をした日本軍の責任だ、希望的観測に基づいて前線に寄りすぎたんだ。南に下げることだって出来たろうに」

「それは…っ」

 

ちらと通信ウィンドウのルナを見るも、返されたのは左右に小さく振られて揺れた髪。

 

「しかし今後共同戦線を張る部隊です、信頼関係醸成を考慮すれば…」

「そのために我々が今以上の危険を冒す必要があると、ファルケンマイヤー少尉? そもそも連中が積極戦を展開するとも限らんではないですか」

「ライヒの軍は任務に忠実だ」

「では命令次第では、それこそジョンブル連中のように我らに鉄火場を押しつけることも厭わないということでは?」

「――それはないわ」

 

イルフリーデは言い返されたヘルガに言を添え。

 

「リヨンの時には、他国衛士の命のために背任の汚名を着てまで戦術機を供出してくれた指揮官や…それこそ自分の生命を擲って私たちの脱出を助けてくれた衛士もいたのよ」

「それに意地の悪い言い方ですけれど。ライヒの軍や政治にそんなあれこれ小器用な振る舞いができるとは思いませんわ。もしウニオンがライヒの立場にあったら、アジア連合なんてとうに使い潰されておりますでしょうし」

 

ルナは目線はBETAに、突撃砲を撃ち放ちながらくすりと小さく笑んで。

彼女のそういう外見にそぐわぬ皮肉屋の部分は、その明晰な頭脳と併せて隊にも理解されている。

 

 

そしてイルフリーデも ―

領地領民なき貴族、それでも何かの足しになるなら過去の名声の残骸をかき集めて。

恥を承知でライヒの「ブルー・ブラッド」ヘアツォーク・イカルガにフォイルナー家のドラッヘの家紋入り封蝋の書簡でもなんでも送って助力を懇請したっていいとさえも。

 

 

「よかろう、ローテ12の意見を採用する」

「ありがとうございます!」

 

ララーシュタイン大尉の応え、しかしその様子からイルフリーデはとうに隊長の中では決まっていたとも察した。

 

 

ツェルベルスの誇り、仲間を見捨てず、自らも棄てず。

そして祖国と人類への奉仕を。

 

 

左右に展開する直掩機、すっかり慣れた作業でしかし丁寧にイルフリーデはレールガン発射のプロセスを進める。

装備のおかげでしかないとはいえ。撃破数だけでいえば、おそらくもう欧州でも十指に入るのかも。

 

メグスラシルの娘、幸運を運ぶ者。

その放った光条が異星種を貫き、灼き払った。

 

「アーレ・ローテス、残敵掃討である!」

「了解っ!」

 

号令一下番犬共がロッテで展開、残余のBETAを薙ぎ払う。

しかし「想定外が想定内」の異星起源種、さらに後続の集団が予想以上に多い。

 

「旅団規模ですっ!」

「帝国軍部隊の降下順調!」

「我が中隊は現地点を維持。第1,第3中隊に連絡」

「了解!」

「ローテ12、貴機は先んじて後退せよ。護衛機を」

「了解、いえ、単機で行きます」

 

イルフリーデは歯がゆい思い、手は尽くしたが今もう出来ることはない。

レールガンの保全は最優先で、部隊の仲間の足を引っ張るわけにもいかない。

 

匍匐飛行の連続で帰投するだけなら、逆に堅守に努める第2中隊がツェルベルスの他中隊や他部隊からの支援を得られるのかが気にかかる中――

 

「後方から接近する部隊あり!」

 

 

厚い雲の切れ間から色づきはじめた陽の光。

 

1中隊12機。低空を斬り裂いて傘壱型で迫る極東の鬼。

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター。

 

 

識別信号を発しながらBETA群へと斉射をかけ、そのまま敵中へ躍り込んだ戦術機部隊はその手に手に握り構える長刀を振り突撃砲を撃ち放っての立ち回り、得物の間合いからして必然とはいえ敵要撃級との彼我距離は近接戦を厭わないツェルベルスをして目を疑う近さ。

 

そうして作り出された戦場の空白、そのわずかな時間と空間。

 

「――此処迄だ」

 

白い11機を率いて立った鬼神は――深紅。

 

この声――!?

 

「清らかなる雪原を乱し我が同胞に禍き牙を向ける異星種共よ」

 

雪混じりの湿った土煙が低く棚引く中。

 

「我が愛刀は貴様ら邪悪を区別なく截断せん…!」

 

ずらりと抜き放った長刀を真横に掲げ。

 

「神仏は唯御座し、只見守るのみ」

 

空の左手はその面を覆うが如く。

 

「ならば天に代わりて誅を下すはこの俺――」

 

その狭間に青く輝くセンサーバイザー。

 

「栄光のツェルベルス、37番目の衛士。我が名は真かぅわッ!?」

 

真横に迫った要撃級の一撃を慌てて回避した。

 

「真壁隊長、止まってると危ないですよ」

「いつもの病気だ、仕方ない」

 

イルフリーデがそう遠くない記憶を辿るのと同時に、何やら呟いて棒立ちになっていた深紅のゼロは這う這うの体とばかりに距離を取る。その間も僚機たる白のゼロたちは狩りを続け、丁重に隊長を無視している模様。

 

「清十郎!?」

 

繋がったデータリンク、イルフリーデの網膜投影に浮かんだその少年 ― いや青年…青年? の、整っているが目は大きくてどちらかといえば可愛い系の顔立ち。

 

「んんッ、ん、…久方ぶりです、フォイルナー少」

「んまあ! まあまあ!」

 

やはり愛らしさが先立つ面差しに、だがニヒルに形作られようとした口の端。

しかしそこに割り込むローテ08。突撃砲での支援に忙しいはずのルナの声。

 

「ど、どうもヴィッツレーベン少」

「ゼーーーローーー~~~♡♡♡」

 

戦闘中でさえなければ、戦術機ごとぴょんぴょんと跳ねて悦びを表しそうな勢いで。

ですよねー、と期した腰を完全に折られてか清十郎もげんなりとした風。

 

「どうしましょうどうしましょうこんなにいっぱいゼロがいっぱいああもう本当にどうしたらよくてわたくしこれじゃあ壊れてしまいますこんなにいっぱい無理ぃ♡ですわねえヘル」

 

開始1.5秒、皆で揃ってヴィッツレーベン機からの音声を切った。

 

 

――ガでもでもよくよく見ればヴァイス・アーにローテ・エフだけですのね出来ましたらシュヴァルツ・ツェーにブラウ・エグも同時に観察して出力運動性の違いや衛士ごとのセッティングの差なども是非拝見したかったところですのにそういえば以前グラフ誌で拝見したUN仕様のブラス・ゼロがあればヴァイス・ローテ・シュヴァルツと揃って聖ヨハネスのフィーア・ライター・デァ・アポカリュプセですわまあなんて○二病的なのでしょう真Ⅲでも強かったですわよねはい?ええ『キル・エム・オール』は名盤ですわ個人的にはメガ○ス派なのですけれど最近なんだか揉めているようでしてうふふグラフ誌記事といえば数回だけチョルォン付近でUNカラーの肩だけ塗り分けたゼロが確認されたことがあるそうですのよまさにショルダー野郎!ですわねでも欲をいえば『ディープ・パープル』ショーグン・ユウヒのプープル・エグも是非に一度王族専用機なんてそうありませんものM○じゃないんですのよああ今はG○Mでしたわねでもツァ○トウ○トラ・ア○ター○リンガーとか中○心に突き刺さるネーミングですわともかく各色合わせて並べて見せて貰おうかヤーパンライヒのTSFの性能とやらをそうそうイルフィご存知でしてなんでもゼロは整備調整にずいぶんと人手と手間が必要らしいですのなので海外への持ち出しは難しかったのだとか考えてみれば当然のお話であれほどに精緻を極める造形美に全身に及ぶスーパーカーボン・ブレードは言うまでもなくライヒスリッターのドクトリンはタクティシェ・モビール・シュヴェルトクンスト前提の近接戦重視ですからいくらライヒが非科学的な精神論で服に身体を合わせろコーボーはフデを選ばずなどと仰っても実際は細やかな個人設定あっての戦果ですしそれでいて高い耐久性を維持するにはえなんで知っているのかですってそれは最近ユーコンのとある方と知己を得たからですのギリシャの方なのですけれどねふふ以前あすこにはかの『ライトニングソード』のゲルプ・エフが持ち込まれたことがあるそうですわそのときにあれやこれやとこっそり調べたとかああ羨ましいあら話がそれましたわねそうそうそれで今回こんなにゼロを寄越したからにはそれこそ多くのライヒの整備兵が同行するはずですものあらリント少尉のように小銭を握らせてなんてことは考えませんわよ仄聞するにはライヒのショクニン・マイスターはとても誇り高くて彼女はそれで怒らせてしまったそうだとかですので是非ともセイイとマゴコロで彼らにお近づきになってメンテナンスハッチのひとつも開いているところを見せても――

 

 

「ライヒの部隊、来援に感謝するのである」

「はッ、日本帝国欧州派遣軌道降下兵団第1連隊遊撃斯衛第1中隊、貴隊を支援致します。自分は隊長の真壁清十郎大尉であります」

「キャプテン!? 清十郎そんな偉いの!?」

 

脇で聞いていたイルフリーデは驚いたが、当の清十郎は八割方ナナヒカリというやつですと恥じ入るように。ただ第1陣降下だったという隊を危険を承知で北進させてまで支援に駆けつけてくれたことには素直に感謝を。

 

「ありがとうございます、大尉殿!」

「…止して下さい、受けた御恩の一部をお返しした迄の事。而して彼の約定、果たさずして先に再び見える縁があろうとは」

 

フッ、と。自嘲するかのように笑んだ清十郎は通信ウィンドウの中。

軽く目を閉じ斜め下を向いて。いるけれど。

 

「え? なにか約束したっけ?」

「……し、城を。日本の城をご案内すると」

「あー…、そうだっけ、じゃなくてそうでしたっけ」

 

そういえばそんな話をしたような覚えがあるようなないような。

愕然としてしまった可愛い顔にあははと愛想笑いでごまかそうとするも、ヘルガが「酷い奴だな」なんて呆れている。

 

「そ、んな……、い、いや…んんッ、とまれ遅滞ですか、敵方右翼は受け持ちます由」

 

清十郎はとうにひび割れてしまった冷徹の仮面をなんとかもう一度かぶり直して。

 

「焔狼共、刻限だ――」

 

じゃきり、と主腕に握る長刀を構え。

 

「我等鬼と成りて魔を討たん…然もなくばこの昏衢の闇を晴らす事能わず! 参るぞ!」

 

えいま夜だっけ聞き間違いかなと思ったイルフリーデをよそに、任せたのであるとのララーシュタイン大尉の了解を背に清十郎機は11機のホワイトゼロと共に素早く楔壱型に隊列を整えて敵陣へ突入した。

 

 

先頭の清十郎機、紅の機体。主腕に携えるは74式近接戦闘長刀。

兵装担架には同じく長刀1に87式突撃砲。

 

基本の4機小隊を崩さず前衛の2機が要撃級に斬りかかれば、先んじて後衛2機が的確にその脚部を狙って36mmを撃ち込み動きを制する。あるいは前衛が振り下ろされた前腕衝角をいなして躱す間に回り込んだ後衛が側面から人面めいた尾節を撃ち抜いて止めを刺す。

 

隊を率いての突撃にも、展開する戦闘にも。

清十郎も隊員たちも動きにはまさによどみがなく、実に訓練されているそのほどを窺わせ。

繋がったデータリンクから判別できる、初々しささえ感じさせる年若い衛士の集まりということを考えれば、十分感嘆に値する――も。

 

 

「…普通ね」

「普通だな」

「普通ですわね」

「普通であるな」

「普通じゃねえか」

「普通」

 

堅実で無難なその戦いぶり。

大仰に傾いた前振りのわりには。

 

物見高く自分たちも戦いながら横目で見ていた番犬部隊古参の感想、キコエテイマスヨコンチクショウ、と日本語でなにか異議申し立てがあった気がした。

 

「お言葉ですがッ! 他国に出回る映像の、あの方々が特殊なんだッ!」

「まあ、それはそうだろうな」

「お解りいただけるか! ファルケンマイヤー少尉ッ」

「ああ。あれほどの使い手たちともなれば、いかなリッターとて精鋭中の精鋭だろうし」

「そ…、そうですとも」

 

言外にお前は違うなと言われてしまい、ちょっぴり傷ついた風な清十郎。

 

でも――

 

実際には十分すぎる働き。

近接攻撃の割合は明らかに西ドイツ軍より多く、密集戦をものともせずに小隊または分隊を崩すことなく無理せず無駄なく効率的な掃討の進め方。

 

そしてそれらを支えているのはおそろしくなめらかなTyp 00の挙動。同じ第3世代型機だというのに明らかにEF-2000とはスムーズさが違う。

そして多くの機体の機動の挙措が、至るところで似通うどころか瓜二つ。これが例のライヒの新装置の成果なのか、さっきからさらにブツブツとルナがなにかを言っているけどそれもたぶんそのことだろう。

 

ただそれらはどこか教科書的ですら。

だからよけいに物足りなさを感じるのかもしれないし、

 

これは、たぶん…

 

でもなんとかこれで、良くも悪くも清十郎のふるまいに毒気を削がれた隊員たちも含めて他中隊の合流まではなんとか保たせられそうながら――

 

「敵後方の震動パターン判明、これは…母艦級です! 敵後方40km!」

「!」

「おやおや」

 

ついてない、とベスターナッハ中尉がMK-57 中隊支援砲を撃ち放ちながら嘆息。

判断ミスを犯したかとイルフリーデは我知らず唇を噛むも、かといって他に手立ても。

小隊長も責めるつもりがあったわけではない、戦術機搭載のセンサーだけが頼りの現地調査現地判断の連続では不足する情報の中で臨機応変に対応するしかない。

 

「ローテ12、早く下がれ。仕方ない、ツキがなかったのさ」

「は…了解です」

 

乗機EF-2000の高度をさらに下げ、今やただのデッドウェイトでしかないレールガンを提げて南を向きかけたイルフリーデは――空が光ったのを見た。

 

「重光線級ですッ!」

 

十数条の光線がBETA群後方から南の空へと走る。

 

「ライヒの降下部隊が!?」

「母艦級から出現の可能性っ、推定小隊規模未満…ですがっ…!」

「いかん…!、焔狼中隊、光線級吶喊に移る!」

「清十郎!? 無茶しちゃダメよ!」

「心配無用、我等斯衛たる者如何な時も死地に赴く覚悟は相済ませ候」

「でも…!」

「いや、そういう問題じゃなくてよ大尉さん」

 

網膜投影の通信ウィンドウ、クールに決めたつもりらしい清十郎の台詞を遮ったのはブラウアー少尉。

 

「言いたかないが、あんたら実戦経験はあんまないだろ」

「む…」

 

それは、比較するのが我が百戦錬磨のツェルベルス古参でなくとも。

 

彼らは確かに優秀だが、まだ実戦という焦熱による錬鉄が足りていない。

それゆえのあの妙に綺麗な、言ってしまえばなにかに欠ける戦いぶり。

 

「そりゃウデはそれなりに立つみたいだがレーザーヤークトの経験あんのか? チョルォンの映像には映ってなかったぞ」

「…しかし」

「みなまで言わせんな、ここは俺らに任せとけってことだぜ!」

 

元々それが、番犬部隊ツェルベルスの仕事。

先任の貫禄を見せるかのように跳躍ユニットの出力を上げていくブラウアー機に続く第2中隊各機、しかしそこに。

 

 

「こちら日―帝国欧州―遣軌道降下―団第1連―遊撃斯―第2中隊――」

 

 

再突入シーケンス中か。

静止軌道上のデータ中継衛星経由、やや遠く感じる無線。

 

怜悧で鋭利な女の声。

 

 

「戦―警報。是れより再突入―機で敵陣へ突―を敢行―る。付近の友軍―退避せよ」

 

 

そしてその発信源を探り当てたが如くに、重光線級の光条は南東の空へ。

20近い光条が厚い雲の中へと突き刺さり――

 

 

「当地ハ天気晴朗ナレドモ雲多シ」

 

 

しかしそれには頓着せず、続く友軍へと。

 

 

「天佑ヲ確信シ全隊降下セヨ」

 

 

先の女の声で即席の電文がばら撒かれ、曇天の空を逆に貫いて。

 

 

「然シテ黒ガ征ク。異星種討滅ノ時来タレリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切れ間を見せる、しかし厚い雲へ。

南東の方角へと撃ち放たれる十数条の光線、それを受け止め潜り抜けて。

 

再突入カーゴは全長約30m、戦術機を格納した再突入殻を2基搭載。

通常、目標まで1000km未満・高度40km程度で分離するそれらは落下速度に加えて限界までロケットモーターによる加速を得。

しかし北欧の空をマッハ7超の極超音速で疾駆する7機のその飛行編隊は、敵陣100km手前、地上の番犬部隊の60km後方まで維持されていた。高度2000m。

 

「正気かよ!?」

 

呆れと怒声と驚愕とに彩られた声をブラウアー少尉が上げ。

突撃体制に移行しようとしていたツェルベルスは、大気を引き裂くつんざくような衝撃音と共に天空から飛来してレーザーに灼かれながらも鋭角に突き刺さる巨大な矢を目に――知覚した瞬間には着弾した。

 

言うなれば単なる質量弾、しかしその超々高速ゆえに。

 

凄まじい衝撃波、遅れて轟音。

 

雪混じりのしかしそんな判別は不能な土柱が高く複数噴き上がる中。

うち3発のそれが「口」に直撃、母艦級はひしゃげ潰されへし折れながら一拍おいて同じく高く血しぶきを上げた。

 

さらに続いてその周辺には13の鋼鉄の棺 ― 再突入殻だ ― が降り注ぎ地表に激突。

9割程度のその信頼性から揶揄される「フライング・コフィン」。それをそのままBETAに押しつけるが如くに先の衝撃によろめいた要塞級に突き刺さり、吹き飛ばされ地に伏しかけた要撃級を圧死させ、棺から墓標への鞍替えとばかりに次々と地に突き立った。

 

カーゴと再突入殻の対L装甲に高空までの分厚い乱層雲を利用して…!?

 

後退しかけていたイルフリーデは乗機EF-2000の望遠の視界にて。

軌道爆撃の直撃に等しい衝撃によってさらに舞い上げられた土砂の向こう。

 

 

最大9Gに及ぶ減速負荷を耐えきって。厚い雲を突き破り来たる。

 

漆黒の装甲に身を包み。

 

橙に点る全身各所のセンサーが昏く光の尾を曳いて。

 

鈍色の提げた二刀がBETA共に死を告げる。

 

戦場に舞い降りたは黒の絶刀・戦術歩行戦闘機 00式武御雷。

 

 

「 ― 殲滅する」

 

地に足など付けぬまま。

 

手近の要塞級をついでとばかりに通り過ぎ様その巨大な頭節を接合部から斬り落とし、残余の重光線級の群れへと躍り込む。

手始めの1体は保護皮膜の展開前に照射粘膜を十字に斬り裂かれ、即座にもう1体が照射に必須の放熱翼ごと背部を刈り取られて体液の噴水と化した。そして半ば死骸と化したそれを蹴りつけ蹴飛ばし踏み台にして、背後で単眼を光らせようとしていた1体をその機動の勢いのまま滑らせた長刀で二枚に下ろす。

 

出現した重光線級その数はおよそ20足らず、しかし賢しくも緩慢ながら散開するかの如き動き。だがそこに同じく降下してきた12の鋼鉄の防人が襲いかかった。

 

ヴァイス・ファング。

ゲルプ・ゼロに率いられた白きヴァルキュリアたちの群れ。

 

「鏖殺せよ」

「了解っ!」

 

敵中分隊にて。

白の戦侍女らは手に手に長刀を翻し短刀で貫き追い詰めた重光線級共を屍へと変え。

 

そして山吹の戦姫が単機距離を取る異形の単眼種を追う。

最大の加速をかけるや手にしていた長刀を瞬時に左主腕の逆手に持ち替え横合いから襲いかかってきた要撃級を一閃、すぐさま同じく兵装担架のもう一刀に右主腕とそして逆手長刀を手放した左主腕をも添え。

 

―心機応発勝―

 

その振り下ろし様の一太刀――北欧の大地には髪一本で触れること無く。

 

―以為神気也―

 

遠く見ていた者もうかつに瞬いていれば、引き戻された納刀の動作が目に映ったのみ。

 

そしてわずか一瞬の停止、手近に突き立つ放り出した長刀を回収しつつ再度跳躍ユニットを吹かして山吹の00式が飛び去る。

だがその迅った唐竹の太刀筋の証に ― その場に残された重光線級の、黒く沈んだ放射皮膜から背部、そして瘤に覆われる膨れた胴部へとかけて ― その巨体がずるりと真っ二つに裂けて沈んだ。遅れて噴き出した体液が辺りを濡らす。

 

「運動エネルギーをすべて抜きつけの一太刀に…!?」

「機体ごとで一振りの剣ということであるな」

「よう元訓練生の小僧大尉、お前さんもライヒスリッターならあのくらいできんの?」

「ぐぬぬ…あの鬼嫁共奴…! しかし流石は我が黒き心の師」

 

図らずもごく短い時間。観戦する形となったツェルベルスと共に、その圧倒的な技量を見る羽目になって噛み砕かんばかりに歯軋りする清十郎、一方で黒い颶風と化した先頭のゼロを目で追いなるほどさすが参考になる今度は俺ももっと高い所から登場せねばとか意味のわからないことを言っている。

 

「こちら日本帝国欧州派遣軌道降下兵団第1連隊遊撃斯衛第2中隊、篁唯依中尉。西独軍の方々とお見受け致す、順序が逆になって申し訳御座いませぬが参陣の許可を戴きたい」

「こちらドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊第2中隊、ララーシュタイン大尉である。貴隊の降下成功に祝意と、支援に感謝する。サムラーイの思うがままに埒を明けられよ」

 

了解、との英語での返答に続いて。

 

「真壁隊長、参ります」

「む、応っ! 篁中隊に遅れるな! 今こそ武家の威光を此の北辺の地に示す好機ぞ!」

 

そして番犬部隊第2中隊と同じく、赤色を家門に背負いし若き侍もまた。

 

「赤狼の紋章の下、果て無き荒野の領域を駆け! 呪われし宿命持ち服わぬ異星種共の宴に終止符を打ちて我等が武威を知らしめよ! 俺に続けぇ!」

 

深紅の00式、そのFE-108を吹かして突入する――

 

「…お前らンとこの隊長は、さっきからなんつーかこう、なんかの病気か?」

「病と云えば病です。アレで同期では首席でしたが」

「いや言動以外は良い奴なんですよ本当に」

 

隊員らはブラウアー少尉と心温まる会話を交わし、重光線級を排除し終わり楔壱型で鋭く敵陣を斬り開くライヒスリッター第2中隊へと続いていく。

 

そのまさに先陣も先陣、黒の双刃はBETAの海面を胸部装甲を地にこするほどの低空で ― 実際に全身各所のカーボンブレードで小型種を寸断しながらの稲妻を描く軌道、両の長刀が閃くたびに要撃級の尾節が寸断され遠間から狙った要塞級の衝角触腕が弾かれて火花を散らす。

 

突き進む双刃へと同時に3方向、正面左右から迫る要撃級。

しかし下から振り上げられた左刀が衝角前腕の付け根を断ち斬り突き出された右刀が顰め面めいた前部を刺し貫き、そして弧を描く左・引き抜かれた右の双刀が交差して正面の1体の一撃を受け止め、その瞬間にダウンワード展開した両脇の突撃砲が36mmの驟雨を叩き込んだ。

そこへ追随する山吹の機体がその左方へ自然に入り、

 

「任せよっ」

「…了解」

 

一方の前腕を失った要撃級に止めを刺す。

 

「…」

「どうした、中尉」

「……いや」

「聞かぬさ。如何な貴様とて方々で大丈夫か大丈夫かと問われて倦いておるだろう?」

「……ああ」

「貴様がいくさ場に立つと言うならそれは戦う戦えると云うこと。戦陣に立つ益荒男を止める事等せん…それが武家の女だ」

 

言いつつ血払いし、さらに一刀ながらあるいは黒を上回る剣速を以て金剛石をも上回る硬度の衝角を避けて要撃級を次々に両断しながら、その足さばきで小型種を踏み殺す。

 

「況して共に刃を振るうと成れば、果ては枕も共に並べよう。だろう?」

「!?」「え!?」「はぁ!?」

「……」

「たっ…!、たたた隊長っ!?」

「うわだいたーん」

「篁中尉が告白したぁ!」

「――!? なぜそうな…ッ、!? ち、ちち違うぞ! そういう意味ではない!」

「抜け駆けズルいっ!」

「焦ってるのよ。いい歳だし」

「職権乱用! 戦術機馬鹿!」

「剣術馬鹿! ゴリラ女ッ!」

「言葉の綾だ! 枕と云っても死に枕だ死に枕! それにゴリラとは何だ!」

 

そして姦しくもその両機を援護し、続く12の白い00式が突撃砲を撃ち放ちつつ。

 

「嫁き遅れ隊長を支援、0406続け!」

「誰が嫁き遅れだ!」

「05は中尉を――、って」

「委細承知!」

 

なかでも古参らと思しき数機が前衛2機の、背後に脇にと固めて先を行くその2機の突撃力を維持し続ける。

 

そしてそのBETAに死を振り撒く極東の衛士らを遠望する番犬部隊もまた。

 

「好機である、Rote Rush!」

「は! 中隊突撃、Rote Rush! Rote Rush!!」

 

音速の男爵の号令に隻眼のメドゥーサが促した。

紅のEF-2000を筆頭に、同じく9機の跳躍ユニットAJ200が唸りを上げる。

 

「押し込むぞ、全速突撃だ! イルフリーデは下がれ!」

「了解、ヘルガ、気をつけて…! ……ルナ、よだれ」

「はッ!? ああ申し訳ございませんわあのリッターの部隊は以前リヨンに来られた方々ですわよねまさに本領発揮とでも申しましょうかF-15改修機の折よりさらに見事というほかないですわそれに『ザ・シャドウ』のゼロが少しですけれど資料映像より運動性があがっているような気がいたしましてカイゼンはニホンの文化ですものねほらご覧になって外観の形状は一切変わっておりませんけれども主関節部の稼働速度と跳躍ユニットの取り」

「よし突撃ッ!」

 

しかし気負いすぎないのが彼ら本来の流儀でもあり。

今や西ドイツ軍のシンボリックな存在にすらなりつつある、メグスラシルの娘たちもまた。

 

 

ようやくにそこから離れて後退をかけたイルフリーデは、東西から同じく突入の機動を描くツェルベルス第1第3中隊のシグナルに加えて、後方から接近する後詰めの西ドイツ軍大隊に後事を託して南東の前線基地へと進路を取った。

 

そしてその上空には先発隊に続いて果敢にも北進降下してくる帝国軍部隊の機影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

さすがに冷える。

 

さっみぃ…

 

午前中、気温5度。よく晴れ、そして西からの風は強く。

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。

 

立ち並ぶ戦術機格納庫の一棟から出た龍浪響中尉は、帝国軍野戦服のブルゾンの前を閉じた。

 

 

響が見渡す前線基地の、視界は開けていて ― 雰囲気としては当然ながら、帝国の開発局よりリヨン攻略以前に転戦していた欧州の各基地に似通っている。

ただ設備はお世辞にも新しいとは言い難く、欧州連合の窮状が垣間見えもする。あるいはもしかしてもてなす必要なし的なアレで古い設備を宛がわれたのか。

そうでなくとも、そういうともすれば本人たちもまるで無自覚でごく自然な人種差別は、最初の派遣以来何度も経験している。

 

 

しかしまさか北欧の地を踏むことになるとは。

士官としての自覚に欠けていると言われれば返す言葉もないが、去年の暮れ、甲20号鉄原ハイヴを攻略した頃には思ってもいなかった。

 

 

軌道経由の強行軍、昨日午後の現地到着。

強引に前線へ躍り出た斯衛中隊を追って、響ら第2連隊第3大隊も予定地点をかなり北上して降着した。同行したのは帝国軍と行動を共にする、たった4機の国連軍機。

 

特務小隊ヴァルキリーズ。

腕利き衛士で構成された対超重光線級の特殊部隊。

 

派遣部隊全軍で4門のみ配備の03型狙撃用大型電磁投射砲。

衛士と戦術機よりむしろ厳重に軌道輸送されてきた、うち2門を抱えて彼女らと共に大急ぎで斯衛2中隊の後を追ったが、幸いというか超重光線級は現れなかった。

 

もっとも実戦担当の自分たちは大慌てだったにせよ大隊長以下その準備自体は周到にされていたから、斯衛部隊の突出は、元々囮として予定されてもいたのだろう。

 

 

ともかくその後戻ってバルト海島嶼の当基地に入るや否や欧州連合軍主催で略儀ながら歓迎の式典が催され、続いては食事会。

 

関係ねえなと思っていたら、大隊長神宮司少佐の命令一下で御相伴にあずかる羽目に。

うへえと思い緊張しながらの食事で味わう余裕などなく ― いや、ただあの高名なツェルベルスの大隊長殿がひたすら無言で「ふりってん」とかいう…ジャガイモを揚げたやつだよな?ばっか食べて白ワインを水みたいに飲んでたのは覚えている。

ああいや、「おかわりをくれ」と「約束したろう」って斯衛の新人隊長さんに同じのを山盛り喰わせたり(アレ絶対無理してたぞ)くらいは喋っていたっけ。

 

ただそのあと――

 

 

格納庫前の広い着機場、一角に立ち並ぶ4機の戦術機。

青い国連軍塗装にしかし見慣れない型。その足下にはこちらは見慣れた山吹の斯衛服。

 

「おはようございます」

「…おはよう」

 

敬礼して挨拶すれば答礼。

帝国斯衛通してみても、謹厳さには定評のある篁唯依中尉。

 

 

挙げたる功績は数知れず、響の愛機たる弐型も彼女の手になる戦術機。

成したる戦果も凄まじく、衛士としての能力も疑いがない。

とりわけ近接戦の能力は斯衛でも有数だとかで、戦術機戦なら所属隊でも今や上位とひそかに自負する響をして、模擬戦で彼女の間合いに入って無事で済んだことは一度もない。

本来ならとうに昇進していておかしくないのに中尉どまりで変わらないのは、噂じゃなんでも同期の斯衛衛士に赤の家格でも彼女以上の階級の者がいないからなんだとか。

 

甲21から20号、本土奪還からその安堵までの戦いの中で巨大な戦果を挙げた斯衛軍。

その名声と人気にある意味で対抗しようとして、帝国軍によって祭りあげられたうちのひとりが他ならぬ自分で。先の作戦の成功を以て昇進したのも半ばたぶんそのため。かの黒の中尉が示すように、斯衛の方へは入って功績を挙げても昇進はできませんよと。

 

 

ともあれその、篁中尉の整った顔も今朝は明らかに土気色。

 

 

昨夜――我らが第2連隊第3大隊大隊長・神宮司まりも少佐殿が、最初は固辞していたもののあまりに欧州軍の高官らに勧められてやむを得ずとやがて杯に口をつけ――折り目正しい挙措のまま、すいすいと空けていくのに気づいた彼女・篁中尉が真っ青になって少佐殿を連れ出し……あとはどうなったか知らない。知らない方がよさそう。

 

 

「…昨夜はだいぶ遅くまで?」

「……ああ。万が一にと予め酒保から葡萄酒やらぶれんびんなる地酒を用意しておいたからな。少佐殿は全く素晴らしい軍人で衛士でいらっしゃるが…」

 

あの酒癖だけは頂けん、そう言って篁中尉は頭を振った。

 

「常の如くに酒がないと裸で暴れて部屋から転び出られでもしたら帝国軍の沽券に関わる」

「裸!?」

「其処に反応せずとも良い」

「す、すみません」

 

一緒に行けばよかった。

 

もっともいつもああではない、今日の出撃がないことを承知の上でだし鋼の肝臓は二日酔いも殆ど無い、それに用意されていた独逸の酒は余程に上物だったようだぞとも。

 

「前から思ってましたが、少佐殿とは親しくしてらっしゃるんですね」

「ん…そうだな。私的な付き合いと迄は云えぬが…まあ、お互い命のある内にな」

 

後悔先に立たず、巌谷閣下にも、もう少し孝行しておきたかったものだと。

冷たい碧空、立ち並ぶ見慣れない1小隊の戦術機を見上げて篁中尉は言った。

そういえば、閣下に後見役をしてもらっていたとか誰かに聞いたこともある。

 

「この機体…」

「ああ。龍浪中尉、知っているか?」

「…すみません」

「少しは他国軍の装備にも気を払え」

 

響の正直に苦笑して。

 

「JAS-39 グリペン。瑞典軍の有翼獅子だ」

「へえ…これが」

「佳い機体だな」

「――あら、わかる?」

 

後ろからかけられた声。若い女性だ。

篁中尉と共に振り返れば、そこにはプラチナ・ブロンドに碧い瞳、透き通る白皙の肌。彫刻めいた美貌はしかし笑んでいると愛らしくあり。

そして国連軍のBDUが窮屈そうに、それは窮屈そうに、それはそれは窮屈そうに――

 

でけえ!

 

「どこを見てる」

「ぉぐッ!」

 

柚香並に迅く鋭い。

唯依の肘鉄に肝臓を抉られて響は悶絶した。

 

「うぐぐすいませんごめんなさいだってこの寒いのにジャケットの前開けてタンクトップからあーんな大きくて深ぁい谷間が覗いているんですものああそういえば5℃くらいでしたらオープンカーでドライブするんでしたっけ」

「それはフィンランド人だ」

「ぎゃッ!」

 

ぐしゃ、とかかとで踏みつけられて(位置は不明)横転した響はさらにうずくまった。

 

「ふふ、お久しぶり。少し雰囲気変わった?」

「ああ…、そうか? だといいが…」

 

互いに敬礼を交わしてから。

 

階級の差、それを敢えて踏み越えたのはやはりまだブレーメル少尉 ― ステラが先で。

唯依は内心で感謝し、差し出された白くほっそりとした手を取った。

 

「元気そうね。良かった」

「ステラこそ。壮健そうで何よりだ」

「ご活躍は聞いてるわ……聞いても、いいのかしら?」

「ああ、構わん」

 

ほんの少し迷った様なステラの問い、しかし唯依は肩を竦めて。

 

「察しの通りだ。ブリッジスは生きている」

「やっぱり…あれはユウヤだったのね」

「色々事情があってな、皆を謀る事になった…詫びて済む事ではないが、すまなかった。あれ以来日本にいたが今はもう米国に戻っている」

「そう…ソ連軍の衛士と一緒に?」

「ああ…いや、シェスチナ少尉は一緒だがビャーチェノワ少尉はあの折に亡くなった。元々長くなくてな、何とかしてやりたい一心での逃避行というわけだ」

 

幸せだ、と遺したらしい。

最期の僅かな時間を好いた男と過ごして。

 

彼女がそう感じたのを、今さら責めても詮無き事。

 

「何なら連絡先が必要か?」

「そりゃもう…タリサにも伝えていいかしら?」

「構わん。マナンダル少尉は怒っていたからな、ステラから伝えて貰えるなら有り難い」

「彼女チョルォンには国連軍で参加してたそうよ。あとになって知って歯噛みしたって」

「そうか…まあ、無事ならそれに越したことは無い」

 

袖触り合うも多生の縁とは云うが。

一時とは云え同じ釜の飯を食った者同士、息災の報を聞くに優る物は無い。

 

「でも2nd、素晴らしい機体に仕上がったわね」

「ああ。ステラのおかげでもある」

「そう言ってもらえれば開発衛士冥利に尽きるわ」

「そうか…だがこのJAS-39も佳い機体だ」

「あらユイ、自画自賛? 欧州の第3世代型機には残らずエンパイアの技術が流入してるのは公然の秘密でしょ」

 

え、そうなのか。と。

ようやくに再起動を果たした響は立ち上がった。柚香も聞きたかっただろうなと思いつつ。腰の後ろをぽんぽんと叩きながら。

 

笑んで敬礼をしてくれた北欧美人に応じてから、軍歴の長さはそちらでしょうからと過度の礼は遠慮する。偶然とはいえ年齢に触れなかったのは僥倖であった。

 

「たしかになんか、97式に似てますよね。でもホントに良さそうだ」

「ふふ、さすがねタツナミ中尉。アメリカ製のデコレーション・TSFばかりに慣れた連中とは違うのね」

「いやあ…」

「そうだな、確かに小型機故のペイロード不足は否めないにせよ、割り切った設計の機体は軽量で軽快な運動性を約束していて山がちな地形の国土事情にも合致している。瞬発的な上昇速度などはEF-2000にも引けは取るまい、そしてあらゆるコストの低減・維持運用の容易さにも繋がっているのだろう。さらに恐らくこの機体最大の強みは地上に降りてから、推定整備時間はF-15比で概ね3分の2、他の第3世代型機でも4分の3以下と見た。また戦闘中補給に下りても再出撃まで5分半…こいつは早い!」

 

嬉しげにグッと拳を握る唯依に、響はたしか西独軍にもこういう士官がいたようなとおととし辺りの記憶を探ってみたが。

 

「でもお詳しいっすね。もしや篁中尉は乗ったことが?」

「いや、一度もないがな」

 

ないのかよ!

 

「あー…でも帝国軍で採用してもよかったくらいですね?」

「まあな」

「ふふ、いいのよユイ。気を遣わなくて」

 

素知らぬ顔で流して見せた唯依、楽しげに笑むステラの表情は優しい。

 

まあ、94式があった以上…ましてや今は弐型があるしな。

 

 

百歩譲って、国産戦術機開発の意義を置いたとしても。

「よく出来ている」程度の、廉価機F-5の系譜では曲がり形にも列強の一角を占める帝国には。質を置いて数で勝負できるほどに人口があるわけでもなく、さりとて小国や避退国家の軍の如くに形だけとは言わないまでも限定的な能力しか持たない軍備で済ますことが出来ようはずもない。

ましてや従来はハイヴを抱えた国内事情、近接戦も可能で再出撃も早いとはいえペイロードに劣る小型機では単一出撃機会の継戦能力でどうしても見劣りしてしまう。

 

 

「ただ中期防衛計画たる高汎混成調達運用の指針にしても、現状『汎』は弐型で決まり…なのだが、やはりコスト的に安価とは言い難いのと思いの外出来が良くてな。『高』を担う機種を如何すべきか、またそれが00式後継の要求仕様をさらに高める事にも繋がってしまってな」

「贅沢な悩みね」

 

羨ましい、と溜息をついて立ちながら頬杖をつくようにしたステラの片腕がその豊満な乳房をぐいと押し上げ。

細い腰との対比もあって、思わず注視した響はその後の回避に傾注したおかげで斯衛が現在進めているらしい00式の改良については漏らさずに済んだ。

 

「でも気をつけて、ユイ。ここじゃエンパイアの評判はあまり良くないの」

「…何故?」

「貴方たちの降下地点の安全確保のためにかなり強行に戦線を押しあげたのよ」

「…なんだと? 降下地点の指定は欧州連合からだったと聞いているが…支援部隊来援の為に被害が出ては意味が無いだろう」

「ああ……ならはっきりしたことは言えないけど、ユーロお馴染みのあれこれに巻き込まれたってことなのかしらね?」

 

なんかめんどくせーことになってんなあ…

 

欧州が連合内でいつも揉めているのはまさに日常茶飯事とはいえ。

懸かっているのは国籍を問わず衛士の人命ともなれば、とても他人事とはいえない。

 

「そうか…情報感謝する、ステラ。龍浪中尉、隊の統制に気を配れ」

「はっ」

「私も注意するわ、西ドイツ軍にも少し知り合いがいるし」

 

上品に整った顔立ち、控え目な仕草に口調。にもかかわらず、うふ、と目と口で少し笑んだ金髪巨乳の美女衛士から香るは艶然たる色気。

 

響も思わずゴクリと喉を鳴らして、なるほどこいつは任官したての10代新兵なんかじゃたまらない、揉んでよし吸ってよし挟んでよし。俺によしお前によしみんなによし。

じゃなくても数ヶ月も孤島の基地にカンヅメ食らえば「お世話」になってる奴も多そうだとして、ひらりと踏みつけられそうになった足をどかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隊の集合を告げ呼びに来た同僚少尉の所へ、走って行く小柄な背を見送り。

 

「…乗り換えたの?」

「は? ……っ、な、なにを言って、……いや」

 

悪戯気なステラの声に、唯依は反射的に反論しかけて苦笑した。

 

「まさか。それに龍浪中尉は売約済みだ」

「あら、そうなの、ああ……ちょっとヤンチャそうだけどまっすぐで、危なっかしくて母性本能くすぐるタイプね」

 

二人して遠く敬礼を送ってきた黒髪の女性衛士 ― 千堂少尉へ答礼して。

そのステラの評に、母性本能云々を除けば概ね唯依も同意は出来た。

 

「でも…さっき向こうでちょっとだけ見たわ。彼でしょ、『ツイン・ブレード』」

「ああ。会ったのか」

「寡黙な感じではあったけど意外といえば意外だわ、ユイはああいうのが好みだったの?」

「好みと云うか、な…」

 

衒いも無く。

聳え立つJAS-39を見上げる。

 

「最初に出逢ったのは戦場だった。私はまだ実戦を数回経験しただけの新兵同然でな」

 

命を救われた。

 

そしてその後、同僚や部下やらに成り。

 

その圧倒的な強さに惹かれた。

 

何も飾らず、何も信じず。

 

唯、自らの握る力だけに依って。

 

「普段然程に話す事も無い。平時も任務を除けば共に過ごす事も殆ど無い。思えば戦場でこそ最も会話をしているのかも知れん、それも通信機越しに」

「…それでいいの?」

「佳いも悪いも無い」

 

自嘲する様に笑みが零れた。

 

それが唯、己の半生の依り処でもある気がして。

 

「好きな人と一緒にいたいとは思わない?」

「思うさ。私とて木の股から産まれた訳では無い、人並みの幸せを思う事は有る」

「ならいいじゃない、それにロイヤルガードの掟に恋愛禁止と書いてあるのかしら」

「歳に似合わぬ初心さだと云うなら甘んじて受ける。箱入りには違いが無いのだし、事実初等教育以後は訓練校から実戦配備で世間知らずと云われれば其れ迄だ。接吻どころか実際に殿方の手を握った事すら稀だな」

 

抱く抱かれる等最早想像の埒外。

斬り殺した事なら数人あるが。

 

「はあ…ヤマトナデシコは貞操を重んじるとは聞いたけど、純潔運動も真っ青なのかしら」

「噂に聞く瑞典ほど奔放で無いのは確かだ」

 

不得手な分野の話に苦笑した唯依に、それは悪評の類よとステラも笑い。

 

「それに…彼は殺すBETAと、其れを殺せる戦術機を求めて居るだけだからな」

「ポーズじゃなくて?」

「偽りで五体が引き千切られそうに成る迄戦えるか?」

 

 

一体何が、彼を彼処まで駆り立てるのかは未だに解らない。

 

住んでいた街をBETAに滅ぼされ、家族含めて周りの者を惨たらしく殺されたが故だろうと云われては居るが。同じ様な境遇の者は、帝国だけでも山と居る。

 

 

「…だから貴女はそのための戦術機を造るの?」

「そうだな。無論、それだけでは無いが…」

 

帝国のため、殿下の為。

篁家とそれを取り巻く人達の為に。

 

「お役目お役目なのは変わらないのね」

「こればかりは性分だからな、変わり様が無い」

 

ふわりと吹いた風に、流れた黒髪を唯依は押さえ。

低温ゆえに海の匂いもあまりしない。

 

 

それに想いを告げたところで、困らせるだけ。

 

彼には応えるつもりが端から無いのだから。

 

況して篁の家に入って、窮屈な武家の道を歩んで欲しい等と。

 

 

抑抑彼は未来を視ていない。

 

誰かとの将来どころか自らの明日さえも。

 

 

 

だから彼へのこの想いは。何処にも辿り着くことは出来なくて。

 

 

 

唯もしも、ひとつだけ我が侭が赦されるなら――

 

 

 

「彼は、おそらく死ぬ」

 

戦いの中で。或いは果てに。

甲20号の時の様な無理をまた重ねて。

 

 

そうなる前に、BETAを滅ぼし切れるだろうか。

以前、神宮司少佐と話した様にオリジナルハイヴ迄を撃滅して。

 

多分…不可能だ。

 

 

「だから私は、叶うなら」

 

 

そう、叶うならば。

 

 

「彼が生き終えるその瞬間、その隣に居たい」

 

 

もしも止めを欲するならば、それを与えて上げられる様に。

 

山城さんには ― 上総には、して上げられなかった、そのことを。

 

そうして仇を討てたなら、後を追うことだって出来る。

 

 

「だがそんな折には、恐らく私が先に死んでいる。要らぬ用心の類だな」

 

縦んば順序が逆に成っても、彼が死ぬそんな戦場で、自分が永らえられるとも思えない。

それに彼は武器が無くとも殴りかかって、腕が無ければ蹴るだろうし、四肢奪われてもなお噛み付いて、BETAと闘うだろう。

 

 

 

唯依は目を閉じ軽く笑んだ。

その瞼の裏に、何時か訪れるその瞬間を――幻視して。

 

 

 

青緑に薄暗く発光する魔窟の最奥。

 

巨万の異星種が蠢く其の地の底で。

 

山吹の愛機の中、物言わぬ肉塊と化した己の骸のその隣には。

 

同じくその命が燃え尽きるまで抗う、黒の衛士の姿が。

 

 

 

嗚呼、其れが叶えば――

 

 

 

今際の際にも添い遂げられぬ

 

なれば我が血で清めし蓮華台

 

半座を空けて待ちましょう

 

愛しい貴男が来るその時を

 

 

 

「然れば来世は番い雛、と云う訳だ」

 

薄く開いた瞼から、僅かに覗く黒い瞳と。桜色の唇もまた、僅かに弧を描いて。

 

「共に死ねれば其れで佳い」

 

湛えるは清冽なる色香、破滅に臨む佇まい。

 

「私にしては、上出来だろ?」

 

唯依は薄笑みを容作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます

いつも励みにさせて頂いてます
一言でもお寄せ下さると嬉しいです

でも…あれ、おかしいな
ハイヴまで行かなかったw

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