2003年 5月 ―
旧スウェーデン・エベルトーネオー付近。
欧州連合西ドイツ軍・国連北欧諸国軍が中心となって前進させてきた戦線は、その最前線部が目標たるロヴァニエミハイヴまで残り100kmにまで迫っていた――
およそ旧スウェーデン・フィンランド国境に等しい形で南北に走る防衛線。
夜間戦闘。
一定の間隔で撃ち上げられ、ゆっくりと降下する照明弾の照らすオレンジの視界の中。
毎分120発もの高速で連射される57mmAP弾には4発に1発曳光弾が混ぜられ、それらが赤い火線を曳く。
中隊毎各2門のMk-57中隊支援砲、隊伍を組んでそれらを撃ち続け防衛に徹するのは西ドイツ軍戦術機 ― トーネード ADV 部隊。
米国製廉価機・F-5 フリーダムファイター の欧州版、F-5G トーネード の強化改修機。
欧州連合軍の現行主力・第3世代型機 EF-2000 タイフーン は3年前に配備が開始されたばかりで、その数は十全とは言い難い。
そしてその老兵らに ― 土砂を蹴立て巻き上げて怒濤の如く迫るのは、直進性の強い照明弾の光を受けて夜の闇になお色濃く影を作り出す――BETA群。
「BETA第4波接近! 連隊規模突撃級多数っ!」
「くっそ、支え切れん!」
「支援要請ッ!」
「了解っ、CP!CP! 支援要請! こちら第100機甲猟兵大隊! 支援をくれ! すぐにだ!」
突撃級は体高15m超、全幅全長は18m近く。
300体近いそれらが時速150km/h超で列を成して迫り来る。
防衛に当たる中隊長は通信ウィンドウに唾を飛ばして怒号する。
「足下を狙え!」
「っても死骸が遮蔽になっちまって!」
「いいから撃て! 撃ちまくれ!」
「A-10部隊は退避しろ、轢き殺されるぞ!」
「しかし…!」
「第109、あんたらの武勇は知ってるがここは無理だ!」
「戦車級駆逐機」の異名を取るA-10C サンダーボルトⅡ 、その象徴たるGAU-8 両肩部36mmガトリングモーターキャノンは単機でF-4 1個小隊相当の制圧火力を実現するも ― 突撃級の前面を覆う装甲殻は極めて強固で、かつ巨大な嘴の如く曲面を描いてすぐれた避弾経始効果を発揮する。入射角次第では120mm砲弾すらも弾き除けるそれは火力に優先すれども運動性においては大きく劣後するA-10Cの天敵ともいえ、戦線維持を担う部隊にとってもほぼ悪夢に等しい。
挙げ句足止めを期待して1対6本の脚部を狙おうにも、戦場には今宵これまでに屠ってきた異星種共の死骸が多数転がり弾よけになってしまっている。
「裏取りに回った24大隊の連中はどうなった!」
「現在展開中!」
「くッ、やはりかかるな…!」
突撃級群相手に正面切って撃ち合うのは愚策でしかなく。
戦線で護りを固める2個大隊を残して背後への迂回機動作戦。
しかし速力は元より運動性にも優れるとはいえない1.5世代型機。交差機動での敵中浸透突破など彼らの機体と技量とからして不可能とまではいわないまでも、少なくとも蛮勇の範疇は通り越している。
今次作戦の前線配置ににあたってデータリンク機能含むアビオニクスの更新がなんとか間に合ったのがせめてもの救いで。
視界の利かない夜間戦闘でかつ大規模戦ともなれば、P2Pネットワークの維持のため中継機器をばら撒くことができたとしても、敵味方入り乱れる情報過多に第2世代型機未満の管制ユニット用装置の演算能力では到底足りずに精度の低下どころか飽和遅延は不可避だったろう。
それに震動センサーやデータ中継器等の装備資材も無限に有るわけでなし、巨大な防衛線を複数抱える欧州連合軍はそれら周辺装備の生産配備も現状追いついていない。
「隊長、レールガン! レールガンは!」
「もう交換砲身がない!」
「クソヤンキー共、けちりやがって!」
「やむを得ん、鶴翼から散開して後ろを取るぞ!」
突破を許したところで、後方至近に何があるというわけではないにせよ。
しかし突撃級に反転される前にすみやかに撃破殲滅しなければ通した意味がないし、指揮所を襲われたらそれこそ洒落にならない。挙げ句に失探でもしてしまえば今後は背後にも怯えながら前進なり防衛なりに当たらなければならなくなる。
そんなやむを得ない次善の策、しかし。
「敵群後方に光線級ですッ!」
「なんだとぉ!?」
夜の闇が切り裂かれた。走った光条は多くはない、20本程度。特に予兆も反応もなく、数多点在する地下洞からでも出てきたか。
そしてそれらが放つ必殺の光線は、迂回機動中にそれらを発見してデータリンク経由でその存在を送って寄越した24大隊の戦術機をその衛士の命ごと灼き融かしていた。
「第二級光線照射危険地帯警報!」
「大隊長機シグナルロストっ!」
「突撃級群止まりません! 距離2000切りました!」
「糞ったれ! 支援はまだか!?」
撃ち尽くし加熱したMk-57を放り出し、ADV部隊は突撃砲GWS-9を構える。
近接戦用の腕部クローをつける機体もいた。とはいってもあの暴走列車よろしい突撃級群相手に近接戦をやらかすとなればそれはほぼ防衛線は破られたに等しい。
そうはさせないため西ドイツの誇り、ツェルベルスあたりが来てくれれば。
だが昼間の戦線拡大を担う精鋭連中には夜間の援護まで望むべくもなし、ダメならせめて国連北欧軍のあの金髪デカパイ衛士の部隊でもいい、今はその乳でなしに射撃戦の腕が欲しかった。
「CP!」
「こちらCP」
「支援は!」
「もう出てる、腕っこき…だそうだ、評判通りなら」
「はァ!?」
「南から回り込むはずだ、誤射するな」
その通信が終わる直前。
南方から火線が走った。
「57mm!?」
「来ました! ――データにない機体!? 24機!」
砲は6門か。曳光弾の軌跡が見慣れた光の尾を刻む。
防衛部隊からBETA群は肉眼では遠く黒々とわだかまる壁としか視認できない、しかし網膜投影のデータビューには処理された望遠画像。その中で、横合いからの弾幕に比較的柔らかな脚部に側部、後部を撃ち抜かれて疾走の勢いのままに横転側転する突撃級群。
そして叩きつけられる火線がなお数を増し、それらが射程に入った36mmの火線だと気がついて10秒もしないうちに防衛線の目の前で来援した戦術機部隊のうち、12機が残余の突撃級群に横合いから突っ込んだ。
突撃級の全高すら下回る高度、戦術機のサイズからすればほとんど地面すれすれ。
視界の悪い夜間戦闘で、しかも突進を続ける突撃級の合間を縫っての戦闘機動。無防備な背後を晒す突撃級を撃ち抜きながら北へと突破していく。
そしてその間に迂回路をとっていたもう1中隊12機が後背から襲いかかり、反転してきた突入部隊と合わせてものの数分で300体の迫る猛威を300体の地に伏す骸に変えて見せた。
「やりやがる…あの部隊、まさか」
「ああ、あいつら…ヤーパンの連中ですね」
中隊長の確認に部下が応え。
助けられはしたものの。よりにもよってこいつらか、という思い。
西ドイツ軍はじめ欧州連合軍が手も足も出ないデカブツの排除を請け負って、ということらしいが――西ドイツ軍の作戦予備はすでに払底しているのか。
つい先日まで。はるか東の果てからお越しの方々へのプレゼント、帝国軍の戦線近くへの安全な降下のために死んだ部下の数は片手では足りない。
そのくせやってきた連中は自分たちよりよほど上等な第3世代型機中心の強力な装備、そこへ戦術機1個連隊あたり1整備大隊付という欧州連合軍の常識からすれば考えられない贅沢さ。おまけに精鋭のリッター様がたは2個中隊で1個整備大隊のお供を侍らせてのご来欧とあっては、前線をバカンス用の保養地かなにかと勘違いしてやいませんかと吐き捨てたくなる。
しかし日本軍の夜間組はF-15の改修機で、もっと北を担当しているはず。
昼間担当はTyp 94とやらで、とするとあのサムライめいたTSFがTyp 00 タケミカヅチ、噂のリッターが最新鋭機でおでまし。
だが認めたくはないが…あの手並みはこと機動に関していえばそこらの精鋭どころか、ツェルベルスをすら凌駕するかも。
「…支援に感謝する」
「いや何の、間に合ったは僥倖でした」
しぶしぶと繋がったデータリンク、通信ウィンドウに浮かんだ2名の隊長級日本人衛士は共に若い男女。赤と黄色、ずいぶんとハデな強化装備。
堅い英語でマカベ大尉と名乗った衛士にまだガキじゃねえかと中隊長は思いつつ、東洋人は幼く見えるとも言う。それこそツェルベルスの若手組と同じくらいなのかもしれない。
「…そりゃ、Mk-57か?」
「フッ、流石にお目が高い。此れぞ異星種共を遠雷の轟きにて祓う破邪の閃光。我が帝国の新たなる力、そして日独の友誼の証足る、その名も02式中隊支援砲!」
誇らしげに語る青年衛士、隊のうち数機が提げる大型銃器を問えば。
「ディスタント・サンダー…ブレイク・ジ・イービル…? なんだって?」
「気になさらず、では我らは是れにて」
共に英語は母語ではない、しかし冷ややかに言い放ったのは整った顔立ちの女性衛士。ヤパーニッシュ・プペもかくやのポーカーフェイス。
あの黄色い機体の操縦者らしいがまさかこんな細い女とは。副隊長格らしいが、その可憐な容姿の一方で赤の男より列機の長らしき不思議な貫禄。
先ほどはカタナで突撃級を装甲殻ごと真っ二つにしていたりと信じられない豪傑ぶりで、もっとゴリラのような衛士を想像していたのだが。
「…ン、光線級警報は?」
「――解除されているでしょう?」
去り際。
跳躍ユニットを吹かしはじめた黄色はさも当然の如くだった。
「ああ、別働隊がいたのか」
「いえ。『隊』等居りませぬ」
「――なに?」
中隊長がデータリンクの表示を広域に切り替え――確かに前方ハイヴ方向に存在するマーカーは、まだ遠方なれども多数残る赤い光点・BETAの表示以外には、退避経路を辿る半壊した24大隊の生き残りと思しきものと――いや。
その赤い光点のまっただ中に、一機だけ。
「おい! 孤立してる奴がい――、や、なんだ…? 周りのBETAが…?」
中隊長が見つめる情報ウィンドウ。
しかしそこから、瞬き毎に。
アイン、ツヴァイ、ドライフィーアフュンフゼクス――
赤い光点が消えていく。
「まさか…たった一機で…!?」
呆然と見送る ― 見上げればゆるりと上昇を始めた極東のオウガ共が。
そのモノ・ヴィズィアを青色に光らせて、西ドイツのトルナード達を睥睨していた。
西ドイツ軍の中隊長はほんのわずかだが息を呑んだ。
その年若い衛士らの平然たる佇まいに、この世の者ならざる気配すら感じて。
「連隊規模、要撃級が600前後で要塞級は30程度か」
「中尉には少ないでしょう、光線級もあの程度の数では春雨にも成りませんね」
「むう、しかし中尉独りに任を負わす訳にもいかん。我らも火急駈付けねば」
宙空での楔型、一糸乱れぬその機動。
「今宵我らは此の煉獄にて異星の客を饗応すべき料理人。彼奴らが招かざる客で有ろうとも粗餐で迎えるは恥となろう。だが心せよ、一歩過てば我ら自身が彼奴らの血塗られた晩餐に供犠として並べられよう…焔狼共、参るぞ!」
「…第1中隊は支援でお願いします」
「わ、わかっていますよッ」
西ドイツの衛士たちは放り出したままのMk-57を拾い最装填することも忘れて、その夜闇に刻みつけられた24の排気焔を見送った。
「た、隊長…」
「ああ、あれが――」
中隊長はようやくに我に返って動き出し、損害報告と隊列の再編を列機に命じた。
その間にも戦域データリンク上の赤い光点は次々に消えていく。
わずか一機の戦術機によって。
「この目で見ても信じられんが…」
トーネードは00式に比べれば何割かも緩慢な動作で、取りあげたMk-57に新しいマガジンを叩き込みコッキングレバーを引いた。
いくら衛士には若年者が多いとはいえ。あんなガキ共がとは。
ツェルベルスの若手組と同じくらいだとしても、二十歳もいいところ。
サムライの末裔。ニンジャの子孫。
たやすく万の兵士を殺戮するBETAを単機で仕留める化け物衛士のいる部隊。
ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター ― 日本帝国斯衛軍。
「噂通りか……!」
同年 同月 ―
早朝。やや晴れ。5月に近づいても、フィンランド北部の気温は低い。
朝ともなればまだゆうに氷点下。スウェーデン以上にその国土には湖沼が多く、20万近いそのほとんどが無垢な白かもしくは透明に氷結している。ハイヴとBETAの影響で、涸れてさえいなければ。
高度40m。標準的な匍匐飛行高度。
純白の雪原をメチャクチャに引っかいてその下の茶色い荒れ地を露出させたのは、よその星からやって来た化け物連中。
乗機・94式弐型の管制ユニットの中から、鎧衣美琴はその眼下の光景を見ていた。
飛行編隊は13機。
元207の弐型4機に加えて、随伴する8機の白い00式に ― 黒い鬼神。
護国の英雄たる彼がいなければ、きっと皆逃げ出したくなっていた。
「欧州は思ってた以上に厳しいね」
「そうね、西独に北欧軍はよくここまで…」
今次作戦の欧州連合軍地上制圧部隊において、最新鋭の第3世代型戦術機を装備した部隊は半数程度に留まる。支援火砲もほとんど存在せず、甲20号・鉄原ハイヴ攻略時の日米連合に比べれば明らかに見劣りする戦力で、偉そうな言い方になるがよく頑張っていると言ってよかった。
「でも歓迎してもらえるとまでは思ってなかったけど…雰囲気よくないよね?」
斯衛・帝国軍と共に前線基地にて合流した欧州軍。
さすがに面と向かって罵詈雑言を投げつけられたり絡まれたりはしないものの、彼らは一部を除いてお世辞にも友好的とは言い難く。
「…妬まれてる?」
「彩峰、それは言い過ぎ。馴れ合いに来たわけじゃない、リヨンの戦訓も踏まえて派遣部隊の自己完結性は向上してるんだし、帝国軍同様に現地軍とは極力接触を避けるべきよ」
しかし話しながらも通信ウィンドウの榊千鶴はずれてもいない眼鏡の位置をしきりに気にして、やはり緊張は隠せない。
普段から捉えどころなく表情もさして動かさない彩峰慧はさすがというべきか大して変わらぬ一方で、最も責任重大となる珠瀬壬姫に至っては明らかに平静を装おうとして失敗している…パニックを起こさないだけ、十分成長しているともいえるが。
美琴も隊内では果たす役目は端役の方とはいえ、正直怖じ気を自覚している。
だが担う重責からすれば、それも当然――
押し上げられた戦線は、先日ついに甲08号・ロヴァニエミハイヴ東80kmまでに迫り。
5日前に来援した帝国軍部隊が担った北部戦線も旧スウェーデン・フィンランド国境のペッロ付近を蝶番とする形で南方へと閉じ、「く」の字形にハイヴを半包囲した。
そしてこの季節の西風によって海氷が東岸フィンランド側に寄せられることも見越して、ボスニア湾を西岸よりに北上してきた海上戦力 ― 米軍ニミッツ級空母2隻が擁する戦隊で東沿岸部を先行掃除しながら ― が、ハイヴまで200kmとなる旧スウェーデン・ルーレオー沖にまで到着し。
そうしてついに、これまでも警戒待機を兼ねて前線付近で準備を続けてきたとはいえ。
いよいよ本格的に超重光線級討伐を担う国連軍特務小隊・ヴァルキリーズの出番となる。
「――でも、足りるのかなあ」
「正直アイオワ級が4隻も抜けたのは痛いわ。英国海軍だって空母も小型で大型艦艇はないし、西独海軍もフリゲートやコルベットでしょ? 潜水艦のVLS含めてもミサイルだけじゃ…」
牽制にしろ誘導にしろ。海上砲打撃力の不足は明らかに不足気味。
駆逐艦でも1隻あたりのVLSミサイルセルは40~60、ミサイル駆逐艦ならばそれ以上。よって英国王立海軍のみでも同時に500発程度の弾体を撃ち込める計算にはなるうえ来援した米軍艦隊にもミサイル駆逐艦は複数存在する。しかしミサイルの洋上補給は事実上不可能なことから有効な面制圧力を確保するには3波攻撃程度が限界とみられ、火力に継戦能力をも備える大口径砲を有し大和級にも匹敵するアイオワ級がごっそりと抜けてしまったのは最大の不安要素となる。
「軌道爆撃は?」
「超重光線級の射程から軌道艦隊の安全を考慮すれば投下座標は6000km以上向こう、アフリカ上空やら北大西洋上、カナダのトロントや朝鮮半島北部上空よ。固定目標で精度には問題がないとしても極超音速弾でも発射から着弾まで10分以上、有効な連携は難しいわ」
言わずもがな、聞かずもがなの慧の問いにも。
見かけ常と変わらぬ彼女にしても、やはり内心には思うところがあるのか。
そしてそれらを察してなのか、随伴の斯衛部隊もなにも言ってこなかった。
香月博士の各種分析に基づいて、もう幾度もシミュレーションした内容。
「現状」 ― これが、今後も続く保証はないが ― 超重光線級は、美琴らも実際に目にした甲20号・鉄原に加えてソ連軍が攻略した甲26号・エヴェンスクのケースからして、ハイヴ近傍の地下に潜んでいると考えられる。
その理由は未だ不明 ― 単に超重光線級がBETAの巣たるハイヴ防衛のために生み出された(作り出された?)か、もしくは著しく移動適性が低い大型種なのか、はたまた単に「気づいていない」だけなのか ― ながらも、もしこの新大型種が他種BETAと共にユーラシア各地での前進・侵攻に加わっていたら、人類は今以上に追い込まれる形になっていただろう。
そしてその出現は甲20号の折には攻略部隊がハイヴ20kmにまで迫り支援砲撃が効力射を出してから、甲26号の際の詳細なデータはソ連からの提供がなく不明ながらも、戦術機部隊による接敵自爆攻撃で撃破したというのが事実であれば、超音速戦術機なるものが存在しない以上現行のいかな高速機を用いたとしても極大照射後の充填時間10分の間に肉迫できる距離 ― すなわち100~130km程度の距離には自爆部隊が存在していたことになる。
つまり現在得られている情報からの分析では、ハイヴ近辺に滞留するBETA群への大規模砲撃等を行わない限り、100km程度まで接近することは可能なはずだと ― この香月博士の推論は、国連軍経由で欧州連合にも共有されてきたはず――こう雰囲気が悪くては、日本発、もしくは魔女発ということで信憑性を疑われたかもしれないが――
「確認するわよ。4門の03型砲はハイヴ西部に扇形に配置。私たちは南、クンプラ付近。初手の軌道爆撃と海上からの支援砲撃の目標がハイヴ南側になる以上目標の出現確率は高いとみられるし、出現位置が東部に寄っても射界に入れられる可能性が高い…これは珠瀬、あなたの狙撃能力を見込んでの配置よ」
「は、はいっ」
「目標が出現しても焦らないで。少なくとも南西担当の神宮司少佐が準備を完了するまでは待つこと…ただあまり時間はかけられない。囮に使える洋上火力には限りがあるし、可能な限り『すみやかに・なにもさせずに』撃破しろとの副司令の命令よ」
「はい、わかってます」
「私はあなたたちから西、ハイヴ120km地点から支援砲撃。狙撃が失敗すれば艦隊火力での飽和攻撃、それでも駄目なら――」
米軍が、「なんとかする」そうだ。
つまりおそらくは、ここロヴァニエミが第二のヨコハマになる。しかもより大規模な形で。
そして海上火力の不足が明白な以上、狙撃作戦の失敗がほぼその未来を決定する。
しかもそれで、撃破が確実かどうかすらわからない――
「狙撃に成功してもハイヴ近辺の残存BETAが動き出す可能性もあるから、即退避。ぐずぐずしてると飲み込まれるわ」
「…『おとも』の光線属種は?」
「目標さえ排除すればさすがにそちらは欧州連合軍が担当するそうよ、向こうも手柄は必要でしょ…彩峰、逸って突っ走るんじゃないわよ」
「…わかってる」
「じゃ、私はここで」
「千鶴さん、気をつけて」
最終確認を終え。そちらもね、の応えと共に隊列から千鶴の弐型が離れる。
彼女の機が抱えるのは大型の01型電磁投射砲、護衛として焔狼中隊から分遣された1小隊4機が随伴する。
01型砲装備機は両主腕は投射砲で埋まり、兵装担架も動力ユニットと交換砲身で占められる。長竿持ちで運動戦を望むべくもないうえ、自衛戦闘すらおぼつかない。
千鶴さんも本当は中尉さんに護衛してほしかったんだろうけど。
彼女は任務にそう、私情を挟むタイプではないにせよ。
その内心を察して余りある美琴は、そっと小さく溜息もついてみた。
残るもう1小隊・03型砲付の護衛は白牙中隊より。
突撃戦を得意とする彼女らながら、護衛任務のため2機が新装備・02式中隊支援砲を携行する。
「白い牙」 ― 剣姫・篁唯依中尉が指揮する精鋭中隊。
本来開発衛士隊とされながらも数々の試験を兼ねての実戦参加でその勇名を馳せ、明言されたことは一度とてないが発足時から女性衛士のみで構成されてきた。そのため今や、武家の女子のみならず帝国の衛士を志す女性にとっては憧れの部隊。
入隊者は斯衛軍付属女子訓練校の成績上位者からさらに選りすぐられるという正真正銘のエリート部隊ながらその一方で苛烈な第一線を担うことでも知られ、死傷率も低くはなく創設時からの生き残りはもはや数名を残すのみとも言われている。
そんな血塗られた歴史の一方、隊長の経歴と所属する武家女子衛士らの清廉さから、彼女らは日本特産・山中に自生しながらも華麗に咲き誇る山百合 ― 花言葉は「荘厳」 ― にも喩えられる。
そしてまさにその花の如く一般武家の白い花弁の中央に、山吹を纏う譜代・篁中尉が立ち。
凜としたその美と誠、それを以て彼女らが真に付き従うのは――
美琴がちらと見る隊内の通信ウィンドウには、無表情な黒の衛士。
伸びかけた茶色の髪、同色の瞳はしかし光に乏しく沈んでいて。
常の如くに乗機・漆黒の00式。
両主腕には74式近接戦闘長刀が二振り、兵装担架には87式突撃砲が二門。
遊撃・予備兵力として夜間戦闘に及ぶまで思うさまにその力を振るい、この数日で欧州での異名たる「ザ・シャドウ」をさらに広めているのだとか。
「予定ポイントに到着」
「降下するよ」
「りょ、了解っ」
一番の重責、堅さがとれない壬姫を気の毒に思いながら。
彩峰機と揃って携行する大型追加装甲の空気抵抗は当然大きく、それに留意しながら弐型を降下させる美琴は、予め複数挙げられていた狙撃ポイントを思う。
やっぱりあの時の士官さんなんだろうな…
年明けごろ。米国はアラスカのユーコンから横浜基地を訪れた女性士官を副司令室まで案内したのは美琴だった。
薄い色の金髪、細いフレームのフォックスグラス。
戦闘将校という気配はなかったけれど。デキる女、という雰囲気を隠そうともしていなかった。あとになって調べたらギリシャ軍出身だそうで…つまり国連軍所属とはいえ、欧州連合との関わりが深い人物。
国土の詳細な地形情報などは時として重要な軍事情報。
にもかかわらずかなり早い段階で北欧地域のそれが手に入っていて、座標海抜に始まり投射砲の射線が啓開されているかまでもを再現したJIVESで訓練を重ねてきた。
そしてユーコン基地といえば、国連軍の戦術機開発を担う場所。
なにか取り引きでもしたのかな。
自分たちのボスがそういう裏仕事的な動きを常にしていることくらいは理解している。
そして現在日米が戦術機関連の技術では世界をリードしていることにはほぼ疑いがなく、その中で横浜基地は同じ国連軍に在りながらユーコン基地ほどに戦術機開発を前面に押し出してもいないのに、大きくその一翼を担う立ち位置。
そしてその根幹のひとつたる、特殊装置に覚え込ませたパターンで ― 今、美琴の弐型は地面を掘っていた。
少し離れた場所で慧の乗機も同じ作業を行っている。冬期には凍りつく北欧の大地とはいえ、永久の凍土ではなく。
03型砲機護衛班が抱えるタワー・シールド、その裏面に用意されていた戦術機サイズのシャベル。水平掘りでプローン姿勢の戦術機を半埋伏してハルダウンさせるため。92式多目的追加装甲のように下部をドーザーブレード化するには本体が巨大すぎるがゆえの措置。
そしてこの掘りモーションは隊内では工兵技術に長ける美琴が考案し提供したのだが――
あれ。
自前のシャベルで自分用の浅い壕を掘るはずの壬姫機が、やはり緊張のためか長大な03型砲の置き場に困った風に少しおろおろとし。
そのわずかな逡巡の間に、さっとそのシャベルを取りあげた黒い00式が同じくさっさと穴を掘り始めた。
平生は目にもとまらぬ機動でBETAを屠る英雄機が土木作業よろしく穴を掘る光景に、呆気にとられた風な白牙小隊の衛士らと共にいいのかな、と思った美琴は同時に違和感を抱いた。
こんな作業のパターンは、外には出してなかったはずなのだけれど――
「お上手ですね?」
「…」
「帝国軍にいらっしゃった時に覚えられたんですか?」
ふと気になって。緊張を紛らわすためもあり。
そういえば現場で戦術機搭載のS-11を起爆可能にしたとかいうし、工兵技能にも長けているんだっけ。それを斯衛がやるとも思えないから、その程度の質問。だったのだけれど――
「――いや」
黒の機体は、ひたりと手を止め。
え……?
瞬間、美琴は息を呑んだ。
上がってこちらを見た黒の衛士の茶色の視線、常の如くに澱んだその奥底に。
ほんの、ほんの一瞬だけ。
なにか透き通った哀しみのような、あるいは郷愁のような。
とても、切なそうな光が――
「……昔、教わった」
「そ、そうですか」
その、ひどく寂しそうな色に。
どきりと鼓動が跳ね、美琴はなにか、見てはいけない彼の秘密を垣間見た想いに囚われた。
な、なによ鎧衣のやつ…!
網膜投影の通信ウィンドウを通して。
実際には遠く40km以上も離れた場所の千鶴は、軽くだが動揺していた。
美琴の顔に、今までまず見たことがなかった女を感じて。
しかし今は重大な作戦直前。ナーバスになるのも仕方がないがそんな場合でもないと、矛盾した思考を頭を振って追い払う。
集中しなければ、できなければ死ぬ。
自分だけでなく、仲間も皆も。
出来うる準備はしてきたつもりだが、懸念材料も挙げればキリがない。
砲撃であぶり出せるのか。その位置が突然至近になったりしないか。狙撃は成功するのか。
いや、そもそも本当にハイヴ周辺に超重光線級が存在するのか。
さらにスカンジナビア半島東部の大陸との接続部方面には、本格的な防衛線の構築はされていない。その理由は3つ。
甲08を刺激しすぎることを避けるがためと、西独・国連北欧軍の損耗から単純に戦力が足りなくなったこと、そして ― フィンランドの東は、旧ソ連領だからだ。
欧州連合からは正式にソ連へ旧領域内への進入を一時的にでも容認してもらう旨打診したらしいが、すげなく拒否された上に冷戦期資本主義体制を維持しつつもソ連の影響下にあった、フィンランド内のハイヴ攻略に対して重ねての抗議があったという。
現状1000km南東の甲04・ヴェリスクハイヴからのBETA長駆群は確認されていないものの、当然今後もないとは言い切れず。
そのソ連といえば、攻略成った甲26号・エヴェンスクハイヴ防衛について、戦線の前進でなく70年代後半から東独軍が採用した ― とはいえその大本は前大戦時のソ連軍が用いたものだが ― 要塞陣地化を以て当たっているとか。
ハイヴ南がオホーツク海北部シェリホフ湾に面するという立地も最大限に活かす形で歪なコの字型を描く堅固な防御陣地は有効に機能し戦力のはりつけも損耗も最小限に留めているらしいが、ひとたびBETAに包囲されるなりしてしまえば敵中孤立待ったなし。防衛部隊の士気の維持も容易ならざるものと思われ、西側諸国では安易に採り得ざる苛烈な戦術といえた。
そして湖沼と同じく洞窟洞穴が多いこのフィンランドの地。
ハイヴを中心とする半径30km超の地下茎構造のみならず、過去現地軍にすら完全には把握し切れていなかったそれらをBETAに利用されるようなことがあれば、一応近辺の掃除は済んでいるとはいえ地下侵攻による伏撃の危険性が大幅に高まる。
それに大体なぜ、いつの間にか欧州連合軍には、超重光線級の排除については帝国軍とそれに随伴してきた横浜基地の国連軍部隊 ― 自分たちのことだ ― がその責任のほとんどを負う、というような雰囲気が醸成されているのか。
たしかに現状、現実的に超重光線級を撃破可能な装備を持つのは自分たちしかいない以上その任に当たるのはやぶさかではないとはいえ、支援部隊として来欧したのにG弾投下への忌避もあいまって「失敗したら許さないぞ」的な視線を向けられるのはどうにも筋違いではないだろうか。
聞けば後方の現地世論もそんな論調になっているらしく…これは明らかに政治的駆け引きからプロパガンダに世論の誘導まで、欧州政府に巧くやられてしまっていると思えた。
やっぱりどうにも、今の内閣は外交に弱いわね…
もう何度目になるかもわからない、亡き父の偉大さを思い知らされる気もして。
千鶴は内心に溜息、そんな今ここで巡らしても詮のない思考もやや乱れがち。
ハイヴ滞留のBETA群排除を兼ねてのあぶり出しの砲撃が始まるまで、あと――
まだか、と時間表示を眺める、なんてことまだ2分と経っていない、深呼吸してから脳裏で手順を再確認して眼鏡を直し、また時間を眺めてと繰り返して。
隊内の通信では時折鎧衣が珠瀬に話しかけるも当たり前だが珠瀬の方には余裕がない、緊張に乾いた声でひび割れた笑いをなんとか返したりしている。
そんな中。リンクされた通信ウィンドウ。
並ぶ衛士の面々の中に腕組みをして目を閉じ、わずか俯いた黒い衛士。その漆黒の00式の機体は、白牙小隊らと共に狙撃班より2kmほど下がって地に伏せられている。全力噴射なら10秒足らずで埋められる距離。
ね、寝てる…?
上位者に当たるため、バイタルは表示されていないけれど。
緊張の色どころか気負いの欠片すらも見えず。
「あの、中尉…?」
「…」
す、と開いたその無感情な瞳。
無言の中に何か用か、と。
「い、いえ、申し訳ございません。集中してらっしゃるところを」
「…」
「その……、作戦についての、中尉のお考えをお聞かせ頂ければと」
意味のない問い。
しかし直接の会話自体が久しぶりで。
春先の退院後には数度横浜基地へ来ていたらしいけれど、個人的な接触としては甲20号の折の救助に対して斯衛様式の礼状が素っ気なく届いたきり。あまり字が上手でないのが意外といえば意外だった。
「……外れたら逃げろ」
「は…はあ…」
ぶっきらぼうに過ぎる物言い。
その口調と内容に、聞いていた壬姫は元より期待されていないと感じたのか小さな身体をより縮こまらせた。
「……避退時は」
「…は。心得ております」
わずか向けられた黒の視線、その先の白牙小隊。
応えを返した05番機、その微妙な間に千鶴は不安を抱いて。
「中尉は…どうなさるのですか?」
「…殿だ」
嘘だ、と感じた。
「失礼ですが……逆撃を企図されていませんか」
「…」
狙撃による撃破が失敗、とはいえそれまでに砲撃などである程度照射させていれば。
衰えたりとはいえかつての英雄、巌谷閣下なればこその特攻だったとはいえ。
帝国の最精鋭たる彼と00式、閣下が77式で出来た突破がなし得ないとも思えない。
「そんな無茶は…中尉を喪えば……、帝国は」
本当は、私は、と。
千鶴は口にしかけた言葉を飲み込んで。
甲20号時、救助と同時に回収した彼の管制ユニットのSDSボタンの保護ガラスは――粉々になっていた。
あまりの衝撃に割れたとも、戦車級に囓られたせいだとも考えられて判然としないにせよ。
装備されたS-11ごと乗機が吹き飛ばされていなければ、超重光線級を道連れにするつもりだったのかも――
そして。
「…俺の命に意味などない」
あまりに、素っ気なく。
「…BETAは殺す。手段は問わん」
「――そ、んな…」
返す言葉を失う千鶴、彼に従う白牙小隊も辛そうに顔を伏せ――
「なんだ、がっかり」
通信に響いた声は、その言葉の通りに。
ちょっとだけどホントに落胆しちゃった、そんな風に聞こえるその声の主は。
「彩峰!?」
「英雄なんて言われてるわりにココロザシが低い」
「け、慧さん!」
「一山幾らのザコと相討ちで満足とか」
「貴様…! 中尉に、上官に向かって…!」
千鶴と美琴の制止もむなしく。
歯ぎしりせんばかりに怒気を露わにする白牙小隊、しかし慧は気にもとめず。
「…」
そして批判された当人もまた、常通りの無感情で虚無的な視線を無感動に向けるも。
「そんなに強いのに。死ぬならBETAの親玉の喉笛食いちぎるくらい言ってほしかった」
回線越しでも。黒の衛士としっかりと瞳を合わせて。
慧の紫の視線、しなやかな猫科の肉食獣のそれを受けて。
「…」
ほんの一瞬、茶色の瞳が――
わ…笑った!?
それは表情こそもほとんど変えず、ごくごく小さかったけれど。
驚きに目を見開いた千鶴は、同じくつきあいの長さの割に見たことはなかったのだろう、瞠目する白牙小隊の面々と共に。
――変わんねーな、お前は――
かすかに動いた唇は、そう言ったような気さえもして。
「……いいだろう。…だがBETAは甘くない」
「それはわかってる」
「……生き残れ。旨い物を教える」
「それは、楽しみ」
愛想もなく短く交わされる会話、しかしその淀みのなさに。
あ、彩峰ぇ…!
平気な顔でタメ口、しかもわずかながら妙に打ち解けたかのような雰囲気。
千鶴は大慌てで内心チェックリストの慧の項目に「要注意!」とぐるぐる丸を付けた。
そして黒の衛士はそれだけ言って、またその目を閉じ――
「……珠、瀬少尉」
「はっ…はいっ」
「……気楽にやれ」
「は…、はい」
「……お前にできないなら他の誰にも無理だ」
「! …はい!」
それきりまた、むっつりと黙り込むも。
いよいよその時が迫ったがために青ざめを通り越して白くなっていた壬姫の顔には、みるみると生気と表情とが戻った――が。
…え? 私には何もないの?
疎外感、蚊帳の外感がそこはかとなく。
うっすらと期待するも、中尉殿はもう口を開かなくて。
うぅ、と内心でほぞを噛むも、すでに千鶴は身を縛る緊張を忘れていた。
予定時刻きっかりに。
ロヴァニエミハイヴ外。聳え立つ600m高の地表構造物を中心に、遠望すれば赤黒く蠢く波の如きBETA群、その総数は今なお5個軍団規模15万体を超え。
その南側集団に、三方向 ― 北米上空より米軍・アフリカ上空より欧州連合軍・朝鮮半島上空より日本帝国軍 ― の軌道爆撃艦隊からの攻撃が、遙か天空よりの鉄槌となって極超音速で叩きつけられた。
ロケットブースターで最大加速し再突入時の大気減速を相殺しつつ軌道周回速度・7km/sのままに飛来するMRV 多弾頭突入体は各方面10発程度がおよそ2分間隔で計3波。
念のため第1波をAL弾としたそれらはしかし事前の索敵通りに散発的な光線属種の迎撃網をそのほとんどが潜り抜け、滞留するBETA群の只中に激突。遠く6000km彼方にて間髪入れず投下・撃ち放たれていた第2波以降の本格攻撃が効力射たり得て、地表構造物の中ほどまでの巨大な爆煙を次々と立ち上げていく。
始まった…!
甲20号・鉄原ハイヴの時も、こうして初動の砲撃から眺めていた。
ハイヴ西南西80km地点。龍浪響中尉は乗機・94式弐型を浅い壕の中伏臥半埋伏させ、体感的には自らもうつ伏せの状態になって遙か前方 ― 東の空に立ち上った爆煙と着弾震とを確認した。
数十m、人間サイズでいえば数m後方にて03型砲を構える狙撃係の弐型・神宮司まりも少佐機の護衛役。
装備は至近に寝かせた大型追加装甲*1、兵装担架には長刀と突撃砲が各1。
やや離れて同姿勢を取る千堂柚香少尉機も同様の装備となる。
残る同小隊機の1機は大隊副長を兼ねる駒木咲代子大尉が駆り、40kmほど離れた場所で01型砲を構える。
さあ出てきやがれ…人間の悪知恵を思い知らせてやるぜ…
今一度、各手順と護衛小隊らの配置も含めて最後となる確認をして。
響は操縦桿を握り締める。
甲20号の時はさんざん煮え湯を飲まされた。
だが痛い目を見させられた人類は、それが害獣であれ毒であれ、あるいは病であっても。
頭を寄せ合い知恵を出し合って、それに打ち勝たんと対策をひねり出すもの。
そんな一環、意図的に設けられた砲撃の間。3波目を以て軌道爆撃は一旦止む。
ハイヴ120km圏にまで忍び寄った戦術機部隊も息を潜めて。
戦場には不気味な静寂、想定通りの効果に二次攻撃への誘惑をぐっと堪え――そして。
「震動センサーに感ッ!!」
「波形照合…、地下侵攻! いえ、タイプ331も同時! 来ました! ヤツです!!」
「出現位置を予測しろ! 地下侵攻の連中も追尾怠るな!」
「了解ッ!」
「艦隊に砲撃要請! OMOTENASHIの準備だ!」
にわかに活況を呈するも殺気立つ指揮所の無線、そして後方200kmのボスニア湾上から。
蒼空を引き裂く数多の白い噴進煙。
対地ミサイル中心。攻撃は囮を兼ねる通常ミサイルと巡航ミサイルによる超低空侵攻とに分散され。その巡航ミサイル群は前縁部の戦術機部隊の誘導により、BETAによって均されたが故の超平坦な地形を最大限活かす形で、高度20mの超々低空を亜音速で疾駆してハイヴへと殺到する――も。
「地下に高熱源反応ッ!!」
「うおッ!?」
光の柱――というより壁だった。
地表を粉砕しながら天に仇なすが如くに突き立ったそれは、響の脳裏に焼きついて離れない甲20号のそれよりもはるかに多く分厚く。
薄く形成されかけていた重金属雲帯など意にも介さず、一瞬で押し寄せていたミサイル群を消滅させると次はあたかも扇を倒したかのように水平射されて地を這う巡航ミサイル群をもまた消し飛ばした。
そして衛星経由の情報は素早く人類軍に伝達され。
響が確認した網膜投影のサブウィンドウには、予測通りに地表構造物至近といっていい数kmの位置、照射により自らが造りだした巨大な穴から這い出るかのような超重光線級が――
「2体!?」
「隷下と思しき重光線級、大隊規模! 400はいますっ!」
「なんだそりゃ…ッ!」
「地表構造物付近の残存BETA群が動き出しました!」
「外郭部ゲートからもBETA出現っ! 各狙撃班まで1200秒以内に接敵します!」
見る間に地表構造物付近の上空には巨大な光線属種積乱雲が発生する中、続々と動き出す状況。その中でまた空が光る。
微弱なはずの輻射圧、しかしそれに物理的な圧迫を感じるほどに。再度の一斉照射か、第2波のミサイル攻撃が1発の例外もなく撃ち落とされた。
「うろたえるな! 想定内だ!」
神宮司少佐の喝が飛ぶ、必要以上に激しく。
それに響も気を取り直し。最悪に近いケースだが、確かに予想の範疇内。
事実第1波第2波の巡航ミサイル群はすべてAL弾、従来の戦術ではBETA群上空に構成されてきた重金属雲がハイヴ南側地上20m付近に荒野を閉ざす霧の如くに形成されていく。
頼んますよ少佐殿…!
「目標・超重光線級2体、西側から『イ』『ロ』と呼称する!」
「了解ッ!」
「各狙撃班報告せよ! ウォードッグ01、アイムインポジション!」
「こちらホワイトファング13、位置に就いた。射線確保」
「こ、こちらヴァルキリー03、準備よし!」
「こちらナイトオウル03、射線確保できず! 匍匐飛行で後退後南下します!」
ハイヴ北担当の帝国軍部隊は射界に捉えられず――北上して安全圏まで退避、その後西回りで次候補の狙撃位置まで南下する行程は200km近くになる。03型砲を抱えてでは、おそらくゲートから出現したBETA群の接敵にかち合うタイミングにしか間に合わない。
「3門でやるぞ! 第1目標『イ』号、01型砲支援砲撃…てェ!」
「ヴァルキリー03、珠瀬、貴様に合わせる!」
「っ……了解!」
神宮司教官 ― いや少佐機からの号令に壬姫はひとつ大きく深呼吸をした。
ハイヴ近辺、地上からは無数の光条が伸び上がる。2体の超重光線級の合計6つの放射節と、隷下400体の重光線級が短時間充填にて構築する絶対防空網。
上空へと飛来するミサイル群は完全に迎撃されていたが、これは最初から牽制を主眼としたやや散発的なもの。さらにAL弾の他に混ぜられた収束弾頭が本来の有効距離以前に炸裂し子爆弾をばら撒いて手数を稼ぎ、迎撃されたそれらが宙空に爆炎の華を数多開かせ戦場を彩る。
そして千鶴や駒木らの01型砲機から「イ」号目がけて二式AL弾が撃ち込まれ、そもそもBETAには当たらぬそれらは重光線級にも無視されるも、時限信管によって低高度 ― 03型の射線へと重金属雲を形成していく。
通常の砲撃時の如く、強力なレーザーを完全に無効化する必要はない。ある程度減衰できさえすればそれでいい。
重光線級の攻撃にも10数秒耐えられる戦艦の装甲と同等の耐L処理がなされた03型砲の弾頭は、わずか10秒で80kmの狙撃距離を駆け抜ける。
決めます…見ていてください!
壬姫はもう一度だけ、網膜投影のサブウィンドウに呼び出した後方カメラの映像に目をやり。
ずっと憧れてきた。同じ斯衛に入りたかった。
それは図らずも、叶いそうになって。たとえお世辞でも嬉しかった。
だから、この道は間違ってなかった。だから進み続ければ、いつかは。
そして今、一緒に戦える!
管制ユニット内、壬姫が短躯を預けるコネクトシート。その背部に設えられた特殊装置のユニットが高速稼働を開始する。
狙撃補助のため、新たに用意された装備――
「珠瀬、なんであんたは狙撃が得意なんだと思う?」
冷徹な「魔女」。週刊誌にも名前が出て来るくらい。
「訓練、それはある。素質……一言でいえばそうなるけれど。あがり症のあんたが?」
鼻で嗤われる。正直、怖いと思うことの方が多い。
「言い方を変えるわ、あんたの弾は『当たりやすい』。その理由を考えたことは?」
副司令にとっては。
「あたしはこう考えてるのよ。あんたは、『発射した弾丸が目標に命中する確率分岐をする未来』を引き寄せ選び取る能力に長けているんだってね」
自分なんて、モルモットにすぎないんだろうけど。
乗機弐型からの射界、肉眼で見れば前方に濃度を増していく重金属雲で見通せない。さらに衛星画像も目標直上からでは光線属種積乱雲が邪魔をする、ゆえに複数衛星由来の情報を装置で処理して、網膜投影で疑似的に構成した狙撃視界を確保。
相対位置・風力・コリオリ力etc. そして超重光線級について持ちうる総ての情報から演算処理された予測情報がそこに重なる。
他ならぬ壬姫自身が連日倒れるまで酷使されて数えきれない回数の狙撃データを提供した。
「この装置なら擬似的にあんたの狙撃を模倣できる…ただ、覚えておきなさい」
現状、魂のデジタル化には成功していない。だから、あんたに限っては――
壬姫の網膜へは、装置が算出する予測値が複数の薄いシルエットになり目標の超重光線級に重なっては離れて付近をたゆたう。狙うは主体節中央、不規則に青白く明滅する部位。
長大な砲身はバイポッドで固定し構えるは鋼鉄の巨人とはいえ、この地平線ギリギリの超長距離の狙撃ともなれば表示される狙撃用レティクルはゆらゆらと不安定に揺れ。
発射後の弾道調整などは一切利かず、その意味ではいつぞやのHSST迎撃よりも難度は高い。
だが、それでも。
積み上げた訓練の成果と。
装置が描き出す希薄な未来像、揺れる照準。
最後は――
そしてそれらすべてがシンクロした、いやするその刹那――
――直感!
壬姫は一切の迷いなく引き金を引いた。
極東最高の狙撃手に続き。
放たれたマッハ24・秒速8km超の超々高速の零式徹甲弾は計3発。
弾体の分厚い耐L装甲材に覆われた弾芯は高硬度のタングステンと劣化ウランにより構成され、その全長は3m・重量は2tを超える人類史上最大級の質量兵器。
その内の1発、神宮司まりも少佐機が放った弾丸もまた発射音も衝撃波も置き去りにして、地平線下すれすれの目標を狙い撃つべく射角1℃未満で伏臥する龍浪・千堂両機の間を通って撃ち出された。
「ぅおッ!」
「きゃあ!」
通信での中尉少尉の声、彼らが発射を知覚した瞬間にはもう弾丸は通り過ぎ、一瞬のち襲ってきた衝撃波に機体を揺さぶられている――
もらったっ…!
当たる。
まりもの長年の衛士の経験、狩人としての感覚がそう告げた。
着弾まであと8びょ――
――!?
「目」が合った。
上空からのミサイルを迎撃していた「イ」号の放射節が3つともぴたりとその照射を止めるやいなや生物的かつ機械的な動きを見せて。
閃光。そして轟音。
「ッ――、ぐうう!」
正面。数km先の大地が抉れ、大爆発を起こした。
大出力レーザーによって照射された地表面が瞬間的にプラズマ化して発生した衝撃波による。光と音、そして衝撃の圧力にまりもは歯を食い縛った。
「少佐っ…!」
「大丈夫だ、壕から出るな!」
「りょ、了解!」
龍浪中尉はさすがの反射神経、しかし、
「零式弾が迎撃されました!」
「3発ともか!?」
「3発全部ですッ!」
「重金属雲はどうした! 濃度不足か!?」
「目標数値には到達していますが…!」
爆風が吹き抜けた一瞬の沈黙後、後方指揮所も含めて騒然となる。
「あの威力はなんだ、重光線級どころじゃない!」
「極大照射だったのか!?」
「まだ不明ですがそこまでの威力では…それに3方向同時に迎撃されています!」
「く…!」
重金属雲濃度は予定通り、弾頭は重光線級の照射を受けても十分突破できたはず。しかし突き進んだ零式徹甲弾はものの5秒で耐L被甲を蒸散させられ戦場の宙空へ溶けて消えた。
狙撃が外れる可能性は考慮されていたが、まさか極大照射以外で迎撃されるとは。
一放射節で重光線級3体分、その一斉発射ということか…!?
複数の重光線級が、複数の箇所から照射をかけてきてもそれぞれを重金属雲で減衰できる。
しかし一箇所から通常に数倍する照射ができるとなれば話が違ってきてしまう。
「次弾装填ッ!」
「ですが少佐ッ、次無効化されれば2体目の討伐は困難に…!」
各狙撃機が携行する交換砲身は1本ずつ。
装備弾数は6発ながらも同砲身では2射までとされ、3射すれば貴重な砲身は使い捨て前提となるうえ精度は大幅に低下する。
後方には多少の予備があるものの、そこまでいけば実質的に狙撃作戦は失敗となる。
「だが放置もできん…!」
散発的に続く牽制のミサイル攻撃を見やり、まりもは歯噛みした。
すでに猶予はあまりない。
超重光線級2体に加えてあれだけの数の重光線級、よしんば米軍の準備が必要十分だったとしても、あのレーザー防空網を突破可能なだけのG弾攻撃ともなるとどれだけの2次被害が発生するか見当もつかない。そして――
「G弾はできるだけ使わせたくないのよ、感情論じゃなくてね。ヤツらは投射砲にも対策を取ってきた、G弾もそうならないっていう保証はないわ」
夕呼の言葉を思い出す。
G弾がどうこう以前に、またとんでもない新種でも繰り出されたらその場の人間では対応しきれない。つまり次々人が死ぬ。
おのれ、やはりBETAは予想を超えてくる…!
国防を考えれば持ち出せる戦力と装備には限度があり。
今回の派遣戦力にしろ超重光線級対策部隊にしろ、甲20号と同等以上の状況でも目標の撃破は十分に可能だと判断されての編成だったのだが――
「もう一度やるぞ! 狙撃班!」
「りょ、了解っ!」
「待って下さい! 地下侵攻分析完了、推定位置ハイヴ付近に3、もう1箇所――65.752・25.620、…クンプラ南ルオラヤラヴィ湖付近! 推定5000以上、旅団規模です!」
「なんだと…!」
CPからの報にまりもは即座にデータリンクの表示を広域に切り替え。
ヴァルキリー03。横浜基地の国連軍機、珠瀬少尉機。この狙撃作戦の中核。
しかし今その至近、南の湖畔付近に――赤の光点。ぽつりと浮き出たそれが爆発的に増えていく。この辺りには湖に通じる洞窟なり地下水脈路あたりは無数に存在する、それらをBETA共は地下茎構造から掘削して繋げてきたのか。
「珠瀬――」
「少佐殿、目標を!」
ヴァルキリー01、榊少尉機からの通信。
「撃ってません、『イ』号の照射が止まってます!」
「――なに?」
狙撃機から分配されていた映像を見ていたのか、千鶴の声に目標を見れば。
ミサイル攻撃も散発的で、ゆえにやや離れた「ロ」号と重光線級群らも余裕すらあるかのように間隔を空けてレーザーを上空へと撃ち上げていてわかりにくいが、たしかに「イ」号はなにも――いや、なにかを警戒するかの様に主体節左右の副節からほんの少しだけ衝角触腕を出して蠢かせている。
通常の照射以外はそれなりに充填が必要なのか!?
「よく見つけた! だがインターバルの長さを確かめるわけにもいかん、もう一度仕掛けるぞ! 『ロ』号が邪魔する前に仕留める!」
「了解っ!」
「ナイトオウル小隊、南進急げ! 場合によっては貴様ら頼みになる!」
「りょ、了解!」
「よしホワイトファング、2門でやるぞ! 珠瀬は退避!」
「いえ…やります! やらせてくださいっ」
通信に出た小柄な女衛士・珠瀬壬姫が決然と。
たしかに事前の演習でも、単独で4割以上の撃破率を誇るのは彼女一人。
4方向同時狙撃で最良とする作戦案から、1名欠けた上に最高の狙撃手が抜けてしまえば作戦の成否自体に大きく関わる。
そして超重光線級をおびき出し地上に引きずり出してしまった以上、可及的速やかに撃破する必要がある――「ヤツらにこれ以上あれこれ覚えさせるな」、それが夕呼からの助言でもある。
「鎧衣さん、彩峰さん、ありがとう。ここは私が…だから下がって!」
「だ、だめだよ壬姫さん!」
「…狙撃手を護るのが私たちの任務」
ヴァルキリー02に04、彼女らも同じくV字陣形で乗機を伏せさせたまま。
伏臥しかも半埋伏の状態でBETAの波に呑まれればどうなるかくらいは考えるまでもない。おまけに投射砲はBETAを引き寄せる。
それにあちらも位置はハイヴより80km近辺。撤退するにも迂闊に戦術機を立たせれば重光線級はともかく超重光線級の照射圏には入ってしまう。ゆえに確実に狙撃機を逃がすための盾が2機、重金属雲は形成されつつあるとはいえ戦術機の耐L装甲は戦艦並みの零式弾とまではいかず、絶対の保証にはなり得ない。
そこへ――
「…神宮司少佐」
割り込んできたのは平坦な声。
まりもにはしかし、やはりの思い――
「――征ってくれるか、中尉」
「…了解」
伏臥姿勢を取っていた黒の00式が、そのままの姿勢で極僅かに動き出した。
この光線属種に文字通りに頭を押さえつけられた状況下で。
しかし死地への赴き、否、斯様な風情等は無く。
「支援します!」
「…」
声をあげた白牙小隊へは沈黙のまま視線を向け。
不退転を示す彼女らの思惟に触れたか、しかし目だけが頷きを。
「…前には出るな。火力支援」
「了解っ!」
只々無機質に、BETAを狩る為だけに。
黒の00式がずらりと双刃を抜き放った。
南へ。BETA湧出部は5kmほどしか離れていない。
たった一機で、ロケットの朱い焔を曳いて。
溶けかけの雪混じりの荒野の直上。伏せる慧の視界の隅で、黒の00式が突撃する。
そして――
「発射ッ!」
右方を通り抜けていった砲弾は肉眼では追えない。
2射目の03型砲、甲高い発射音と衝撃波が再び遅れて。
後方の珠瀬機はすかさず砲身を交換している、普段は気弱だが本当の本当のここ一番では肝が据わる、訓練と実戦を経て身につけたその思い切りの良さを慧は知っていた。
そして放たれた魔弾は今度こそ狙い過たず――
「命中ッ!」
北西、南西、そして南から。
3発の零式徹甲弾は重光線級群の迎撃網を潜り抜け、耐L装甲を溶融させながらも目標の「イ」号へ衝撃波を引きずりながら殺到した。
単なる質量弾、しかし極超音速のその衝突力はあまりに破壊的。
斯衛機が放った一撃は主体節後部に着弾、超重光線級の背部右翼状器官を吹き飛ばし。
神宮司機の砲撃はわずかに逸れ、主体節左の衝角触腕基部を穿ち。
そして珠瀬機の放った2700mm砲弾こそは致命の一撃となり、主体節中央を貫いた。
口径通りの射入口に遅れた衝撃波が叩きつけられるよりも先に弾芯は着弾の衝撃にわずか変形しつつ超重光線級内部を破壊しながら巨体を貫通。大きく創出された射出口と衝撃波を受けた射入口から、共に一瞬遅れて不可視のエネルギー流と赤黒い体液がまさに間欠泉の如く噴出し地を濡らし天を汚した。
極小の時間差で巨大な運動エネルギーに三方向から嬲られる形になった「イ」号はその場で身を捩られ抉られ破壊されて、4対12本の装甲脚でもその巨体を支えきれずもんどりを打って自らの配下よろしい重光線級の群れへとそれら10数体を押し潰しながら轟音と共に倒れ込んだ。
「や…やった!!」
「撃破! 撃破確実!!」
「油断するな! 砲身交換、次弾装填ッ!」
「了解ッ!」
神宮司少佐の檄が飛び、珠瀬機以外は各々抱える狙撃砲の砲身交換作業に入る。
機関部銃床部との接続が解除され、各種ロックがリリース。排出可能になった長大な砲身を空いた主腕で排除し、次いで兵装担架に背負う交換砲身を抜刀するかのようにしかし慎重に抜き放って砲へと据え付ける――特殊装置のプログラム通り、そして訓練通りの淀みない動き。
しかしこの間、20秒強。
ヴァルキリーズの南では超低空で回り込んだ黒の00式がBETA湧出部へと到達した。
先頭は突撃級群、地下侵攻のためか常の属種編成とは異なり旅団規模ながら同種は200体程度。
既存の地下茎構造と洞穴とを掘削穿孔、その後多少の地下水と共に岩盤をぶち破って地上へと躍り出、最大速度170km/hめがけて加速しようとするその突撃級群先頭数体の横合いへと黒い00式は躊躇なく迫り、錐揉み回転しつつ翻った二刀がうち2体の尾部と後ろ脚2本を斬り飛ばすと続いてその機体を擦らんばかりの低高度のまま二叉に割れた右脚爪先親指だけを大地に突き刺し支点として鋭角にターン、全身の超硬炭素刃で地を這い群れる戦車級闘士級兵士級ら小型種を斬り刻みその血煙をさらに斬り裂いて残る突撃級も次々と屠っていく。
しかし猪突猛進が習性の突撃級、または投射砲に誘引されてかいかな黒の衛士とはいえやはり極端な高度制限に加えての単機吶喊では完全な足止めは望むべくもなく。
狙撃班へと向かう突撃級群、そこへそのやや後方にて伏臥したまま向きを変え防戦隊形を整えた白牙小隊からの直接火砲支援が87式より射程の長い04式のそれを以て届き始める。
強固な装甲殻を避け徹底して突撃級の足下を狙い57mmが掃射されれば、それが僅かな足止めであっても黒き刃には十分な空隙と化し ― 行き脚を挫かれた個体から柔らかな背面に36mmを叩き込まれて横死し後ろ足を複数本同時に斬り飛ばされて半ば擱座したところを支援砲撃で蜂の巣にされてその数を減らしていく。
やっぱり、凄い…
慧は呼び出した網膜投影のサブウィンドウでその殺戮劇を確認しながら。
あんな制限のかかる姿勢での機動、一歩どころか数十cm、いやともすれば数cmでも操縦を誤れば地面に激突するか接触してバランスを崩す。そうなってしまえば要撃級に潰され戦車級に集られて食い殺されるというのに。
慧は反射速度と戦闘センスには自信があるが、操縦の正確性にはとてもあれほどの緻密さはない。
訓練でその機動に接した少ない機会 ― 彼はいつも、半歩先に居た。
慧がどれだけ上達して、ブリッジス少尉や速瀬中尉との差を縮めてもなお。
いつも必ず、半歩だけ。
その意味が解らないわけがない。
無言の内に掠める茶色の視線が、同じく物言わぬその背が。
何よりただ淡々と語る――「…付いてこれるか?」と。
もしかして私よりも私を知る ― 目が合うどころか振り返ることも稀なのに。
帝国最高・斯衛最強。なのに伝統武術を修めるでもなく「ただ強い」、あの黒の双刃。
父を喪い兄と思った人を亡くして、衛士の道に生を見出した私だからこそ。
恩讐相混じるあの漆黒の迅雷の軌跡をただ追っていけば、いつか遙かな高みへと――
「『ロ』号が動き出しました!」
CPからの急報、別のサブウィンドウにその異形の威容が。
こっちへ来る…!?
速くはない。いやむしろ遅い。
その巨体ゆえ一歩で進む距離は大きいが、数秒から十秒に一度程度歩を進めるのみ。
だがそれでも、
「こちらホワイトファング13、変数過多により予測値の信頼性低下!」
「ウォードッグ01同じく、命中予想確率が4割を切った…!」
巨大で遅い歩みはしかし不規則でもあり。超重光線級の移動方向と狙撃の射線とに角度がつく斯衛機と神宮司少佐機からの照準は一層困難になる。
各機あと2射を残すのみ、だが先ほどの集中照射を計3回引き出さなければならない。一方光線属種の照準能力は驚異的で、「当たらない弾」を迎撃する可能性がどれほどあるか――
「――でもなんであんなに動きが遅いんだろう…もしかして」
「ええ、一歩ごとに射程内を全部走査しているのかも。それに見て」
美琴の呟きを千鶴が継いで。
網膜投影に映る最大望遠のやや粗い画像 ― だがその中で、各放射節に3基ずつの巨大な黒いレンズの如き照射膜が時折 ― ごくごくわずか、動いているように見える。
超重光線級の射程内の地上からは、脅威と判定されて照射の対象となり得るものは排除している。ゆえに可能性があるとすれば――
「たぶん中尉の機体を狙っているのよ…!」
「そうか、数瞬ずつほんの少しだけ地平線上に見えるんだ!」
「ええ、そしてその後は再走査のためか前進しない。つまり」
「…狙う相手がいれば動きが止まる?」
「可能性は…」
閃いた慧は乗機の脇に寝かせた大型特殊装甲へ主腕を伸ばそうと――持ち手を掴み、機を起こしながら押し立てて構えさせるには2秒と少し。その間弐型の耐L装甲が重光線級並の照射に耐えられるかはそれが本来の任務とはいえ実際賭け――しかし。
「……いいだろう」
平坦な声が告げる。
狙撃班南、荒野と化した湖畔。BETAの只中で単機戦いながら。
漆黒の00式がわずかに高度を上げた。姿勢は水平飛行。
すぐさま襲い来る絶死の光条、しかし重金属雲の突破によりさすがに減衰したそれを前方に掲げた左刀で遮り断つ。
そして瞬時に跳躍機の推力方向が下方へ転じ18mの機体を降下させるや再度の急上昇、超重光線級の予備照射を一瞬引きつけてから眼前にまで再び肉迫したBETA群 ― その突撃級の1体を追尾してきたレーザーの盾にしてからまず1体の片側3脚だけを斬り飛ばし。強制的に旋回させられ激しく大地を擦るそいつは放置して、さらに1体の片側脚部へダウンワード展開した突撃砲36mmを叩き込んで擱座させる。
地下侵攻ゆえ速度差による隊列時間差がさほどにないBETA群、すでに追いついてきている要撃級戦車級の群れへと高速の噴射地表面滑走で飛び込んで、南へと回る動きで手近な要撃級の衝角前腕を事もなげに躱しつつ今度はそいつの片脚2脚を斬り飛ばすと先に防御に使って灼かれ劣化しかかった左刀をその平らな背面から突き刺し貫く、しかししぶとさには定評のある要撃級は絶命には至らず地面に縫いつけられながらも当たりもしない衝角前腕を振り回し続ける――黒い鬼の予定通りに。
続く戦車級、全高18mの戦術機に3mのそれらは膝より下の小動物程度。
残る一刀を峰打ちに返しすくい上げるように振り回し、絶命にまでは至らず宙を舞わされる数体の戦車級、さらに地を回転する00式がその二叉の爪先と踵とで蹴りあげながら空いた左手を貫き手に揃えて落下してくる戦車級の一体、その噛みしめた人間の口めいた上顎部を抉った。赤黒い体液が噴出して指先から前腕を濡らす。
00式の五指先端はスーパーカーボン・ブレード。
金属装甲すら噛み砕く戦車級の強靱な顎、とはいえ噛み合わせの片側を奪われればその威は生身の人体相手ならばともかく戦術機の装甲の前には無力に等しい。挙げ句折り曲げた二指により顎内部を突き刺されて引っかけられて、赤黒い体躯を捩って醜く藻掻くも外れない。
そうして右の一刀と兵装担架の突撃砲を駆使して襲い来る要撃級を次々と屠りながら。
時には未だ這いずり蠢く突撃級と大地に縫い止めた要撃級らの後ろへ入り、手にした戦車級が力尽きそうになれば血払いの如くに主腕を振り打ち捨てるついでに手近な要撃級にぶつけ、新たな戦車級をすくい上げ蹴りあげては貫き手で鋭く串刺しにしての立ち回り。
その黒の00式は常に半身。
北へと磔刑に処した戦車級を掲げて。
BETAは味方を誤射しない。それらが生きている限り。
そして基本的に光線属種は、致命の一撃を優先する。
遙か遠方からでも射程内に00式を捉える超重光線級、しかし80m近い高所からの撃ち下ろしとはいえその彼我距離は80km超。俯角は1度未満のわずかなもので、しかもその照射径は最小でも重光線級並・直径3m以上。
地上での機動ならば戦術機膝下は地平線下。突撃級要撃級の影に入られ半身に構えて胸部から上あたりを戦車級等「BETAの盾」で塞がれてしまえば管制ユニットを撃ち抜こうにも腰部あたりを狙おうにもほぼ必ず「味方に当たる」。
光線属種対策に鋭敏なセンサーを装備し特殊装置で高い運動性と応答性を備える第3世代型機、まして衛士は黒の絶刀。重金属雲で減衰された予備照射を察知すればすぐさま犠牲BETAの盾を動かすなり死に損なわせた大型種の影に入るなり程度は――
「理屈じゃそうなんだろうけど…!」
あんな真似が他の誰にできる。
後方、浅い壕の中に乗機を伏せさせる美琴はその姿勢のまま兵装担架から突撃砲を抜き出した。
黒の00式が前後左右・四方を要撃級に囲まれる、正面の1体が左衝角前腕を振りかぶればそこへ左主腕に突き刺した戦車級ごと殴りつけるようにつきつけ、ほんの僅か遅滞が生まれたその1体の顰め面めいた正面へ袖部から飛び出した00式近接戦闘用短刀で手にした戦車級ごと貫き通して放り棄て、そしてあろうことか空いた左主腕でその要撃級に掴まりそれを支点に最小半径での旋回。容易く包囲から抜け出し要撃級の後背を取ると右の逆手刀で用済みとばかりに眼前の尾節を刎ね飛ばしつつ、引いた左脚で地を這う小型種共を後ろ回し蹴り。轢き潰され跳ね上げられたそれらの只中へ自ら飛び込み、翻る長刀に手刀で異星種を血煙に換えながらまた新たな戦車級を確保する。
その黒い鬼神が刻む、鋭くも精緻極まるその機動。それは一切の躊躇も迷いも感じさせず。
半呼吸どころかその半分でも遅れたり、少し過てば即、死。しかも次々に湧き出るBETAの只中に身を晒しながら。
彼はまさに戦場刀だ ― 一片の装飾も無く、只々削ぎ上げ研ぎ上げ、BETAを斬り殺すためだけに鍛え上げた ― 怖くないんだろうか。
いや、そもそもなんで怖いのか。
やられたら痛いから、究極的には死んでしまうから?
じゃあ強がりなんかじゃなくて――彼は本当に、死を恐れていないのか。
いや、あのとき見た一瞬の茶の瞳の深い絶望の色は。
来るべき終焉 ― 絶対なる終の瞬間の訪れこそを、まるで希求しているかのようで。
でもまだまだ…死んでもらっちゃ困るんだ…っ!
それに彼の力は帝国にも、世界にも。
まして千鶴さんや冥夜さんや壬姫さんや――ボクだって、もう知り合った人がいなくなることなんて経験したくない。
「援護射撃! 撃つのは――」
「近づいてくる奴だけですね!」
「そうだ! 中尉の盾を減らすんじゃない!」
「了解!」
伏臥射撃姿勢ながら援護のため南へ向き直っている戦侍女ら、その白牙小隊にそれを聡く察していた美琴が続く。
美琴機は壕中から突撃砲だけを南へ向けた姿勢、主腕だけを動かして。戦術機ならばその姿勢でも射撃自体に問題はない。
「慧さんは無理せず引きつけて、フォローはボクが! 壬姫さん、頼むよ!」
「了解…っ!」
「やっぱり鎧衣、やる…!」
機動に指揮に状況判断、射撃に狙撃に格闘戦。
ほぼ総ての面で隊で2番手、工作技能も併せ持ち。
総合力なら第1位。それが鎧衣美琴という衛士。
「こちらヴァルキリー01、『ロ』号の動きが止まってます! 各班状況は、早く!!」
「ウォードッグ01準備よし!」
「ホワイトファング13、予測値上昇中!」
「ウォードッグ02、二式弾支援砲撃を開始ッ、ヴァルキリー01続け!」
三度目の連係が機能し始める。
戦乙女たちの戦陣に。
「珠瀬、貴様に合わせるぞ!」
「珠瀬ッ!」
「当てて…!」
「壬姫さんっ!」
揺れる照準を睨むまりも、固唾を呑む千鶴に突撃砲を撃ち放って支援を続ける慧と美琴。
三度の重責にひとつ武者震いをする壬姫に ― 数千の異星種の只中で単機、襲い来る装甲殻に衝角前腕を去なし躱して斬り裂いて、瞬きの間に灼き殺される可能性をも潜り抜け続け。いかな斯衛の絶刀とはいえそこまでの余裕はなかろうはずが――
「……たま、瀬」
「は、はい!」
寄越されたのは無言の視線、ほんの一瞬。
しかしそれが、壬姫の心に大きな勇気と――小さな花を咲かせて。
――見ていてやる、最後までな――
「――はい!」
満を持し、壬姫は三度目のトリガーを引き絞った。
日本帝国欧州派遣部隊は、その最大目標たる超重光線級の撃破に成功した――しかし。
遙か遠く、実際に肉眼で視認する事などはおぼつかない距離。
4度目の3本の砲弾が鋭く巨大種を貫くのを、響は網膜投影の情報窓で確認した。
「『ロ』号の撃破を確認! 少佐殿っ」
「――よしっ、みんなよくやった!」
「イ」号と同じく不可視のエネルギーの奔流と膨大な赤黒い体液とを噴出しながら崩れ落ちる「ロ」号、神宮司少佐のねぎらいの前には短くも深い安堵の吐息があった。
あとは…
響は南東方向で未だ超低空の高度制限をかけながら戦い続ける「双刃」の戦闘に気を配りつつ ― おそるおそる、しかし思い切って手近に横たえていた大型追加装甲へ乗機の主腕を伸ばした。
弐型の出力でも片腕で扱うにはギリギリの質量のそれ、浅い壕の中膝立ちになるや上半身のひねりの遠心力も利用して眼前へと押し立てる。
全高18m。照射はなかった。
続いて今度こそは内心ながらも怖々と、その盾の陰から乗機弐型頭部のセンサーマストから覗かせるようにして顔を出していく。
「安全確認――」
ヨシ!
何故か安全帽をかぶった猫が思い浮かんだ。
「CP了解、欧州軍並びに国連軍部隊へ目標・超重光線級の撃破を通達します。以後は両軍が前進する予定です、続いて各狙撃班へ。第1級光線照射警報解除、第4級へ移行。順次匍匐飛行にて後退せよ」
響がデータリンクで確認すれば、横浜基地の特務小隊にもいち早く「顔」を出してみせた機があった。
本当に、あの小隊の連中の思い切りの良さときたら柚香をも上回るだろう。
「こちら05! 中尉、高度制限変更です、対重光線級高度へ!」
「…了解」
「篁隊長、近接支援のため突撃許可願います!」
「許可する。だが遅滞を優先せよ、狙撃班後退後に離脱しろ。…中尉、貴様もだ」
「……了解」
順次離脱し後退を開始、帝国軍各狙撃班とその護衛部隊の集結地点は旧スウェーデン・フィンランド国境・ボスニア湾北部トルネ川河口付近。
幸いにも損耗なく、途中で前進する欧州連合軍部隊らとすれ違い各狙撃地点から十数分で集結を完了した――が。
こりゃまずいぞ…
データリンクの表示を見ながら、口に出すわけにもいかず響は内心でぼやいた。
「少佐殿…」
「ああ、わかっている。これでは――」
撃ち尽くしたとはいえ貴重極まる03型砲とその砲身を抱える神宮司少佐機、その言葉の途中でハイヴへと、はるか彼方 ― 6000kmの向こうから放たれた第2次第1波の軌道爆撃弾が極超音速で飛来するや予定調和の如くに迎撃されて重金属雲を形成していくも――
「重光線級が散開…というほど統制があるわけではないが、分散を始めているな。これではハイヴ近辺だけに重金属雲が形成されてもその意味が薄い…」
重光線級が5,6体程度の小群に分かれてばらばらに動き出し。
やつらはよくて時速40km/h程度の鈍足とはいえ、軌道爆撃の発射から着弾までの10分間には6km以上移動してしまう。
事実第2波の本命弾には重金属雲に護られ着弾に成功したものもあったがその効果は限定的で、まだゆうに300体以上の重光線級が生き残っていた。
あげく小群の一部は湧出BETA群を押し止めるべく戦闘を開始した欧州・国連軍部隊の戦線方面へと移動して、彼らの頭を押さえ始める。
ならばと艦隊からミサイル攻撃が飛来するも、
「数が少ないですね…」
「ああ。あれじゃ仕留めきれない」
ほれ見ろ、と言わんばかりに。
柚香の言葉に同意した響の情報視界の中で、重光線級のレーザー防空網によってそれらのほとんどが迎撃され宙空で爆発した。
親玉の超重光線級がいなくなって反則的な短時間充填がなくなったとはいえ、重光線級の照射は長ければ30秒以上、しかも掃射が可能だ。
目標が散開したせいで重金属雲濃度も不足気味ならそもそもの手数からして足りていない。
こりゃ厄介だぞ…
重光線級群の挙動は人間で言えば戦力分散の愚。しかし相手はそれぞれが必殺の槍を抱えた異星種で、疲労もなければ恐怖も躊躇もしない。
対してこちらは火砲でやれなければ光線級吶喊でしらみ潰しにするしかない、しかしそれを成し得る部隊が列強の集合体とはいえ疲弊著しいとも聞く欧州連合軍にどれだけいるのか――そう、
「欧州軍指揮所より入電っ」
なるよなあ、やっぱり。
内心に溜息をつきつつ。
派遣団長と連隊長を通してくれとやり取りをする神宮司少佐を通信窓に見ながら響は大型追加装甲を地に突き立て、気持ちのスイッチを切り替えて操縦桿を握る。
「中尉、俺も行きますよ」
「……好きにしろ」
まだ神宮司少佐の命令は出ていないが。
焔狼中隊の白い00式から長刀と弾倉とを譲り受ける ― 響には脅し取っているように見えたが ― 「双刃」に呼びかけた。そして彼に倣って、
「千堂少尉、装備を俺に――」
「駄目です。譲りません」
「…命令だ」
「ですが…」
「まあ待て、千堂少尉」
凜とした声音と表情の山吹の斯衛、篁唯依中尉。
斯衛・帝国軍合同開発衛士隊の、事実上の次席士官。
「龍浪中尉の流儀は兎も角、今回は実戦での光線級吶喊の経験がある衛士のみで行う…真壁隊長、宜しいですね? 故に彩峰少尉、貴様の志願も受け付けない」
「むう…止むを得まい」
「……了解」
彼女がケチ、と呟いたのは聞こえなかったふりをしてくれたのか。
「いいな、千堂少尉」
「…了解です…龍浪中尉、どうかご無事で」
「ああ、任せとけ」
「そして――」
秘匿回線?
とんとん、と耳の辺りを叩いた篁機より。
ごく限られた面々にのみそれが繋がった。
「一当てする程度でいい。損耗を極力抑えろ」
「…いいんですか?」
「欧州連合も実際困っては居るんだろうが…六割方は押しつけだ、我等の人の好さにつけ込んでな。むざむざ乗ってやる必要もあるまい。最大目標は排除したのだし、我等の力も業前も十分に見せた。降下直後から遊撃任務含めてな」
「…お知り合いの方は?」
たしかスウェーデン軍のあの巨乳、いや爆乳美人。
「武運を祈るさ。なにしろ我々とてハイヴ攻略が始まれば外部防衛担当で、運が悪ければ其処が死地になる」
おどけてなどはいないが。軽い口調で。
しかし言われたその言葉の意味に、我知らず響はごくりと喉を鳴らした。
可愛い顔して…おっかねえ人だぜまったく…
「中尉、貴様もだ。と云うか、特に貴様だ。直言されて多少は蒙が啓いたか?」
「…」
「戦うなとは決して言わぬが命の捨て時は考えろ。貴様程の男だ、安売りされては此方が堪らん…それに戦争はまだ続く」
「……了解」
「なに、そう焦るな。死ぬ時は私も一緒に死んでやると言ったろう」
篁唯依中尉は、事もなげに小さく笑んで。
…さらっと重いこと言うよこの人…
響は喉に苦いものを突っ込まれた気分になった。
秘匿回線で柚香が聞いてなくてよかった。変に参考にされても困る。
彼女がいうのは自動的な道連れコース。
他力本願とはいえ心中希望、ああまで言われちゃ死ぬに死ねないものだが――
神宮司少佐からの号令がかかり、秘匿回線通話の終わるその間際。
「……俺に死はない」
ぽつり、と。
「――え?」
聞き返す間もなく、響の回線は切れた。
気にはなるが疑問はさておき切り替えて、現実の困難な任務にその瞬発力と精気は集中していく。それができるからこその精鋭部隊所属――
やや明度の下げられた管制ユニットの中。計器類の放つ淡い光。
操縦席のコネクトシートに座るは漆黒の00式強化装備。
「…」
喪った者たちは二度と戻らない。
失った世界ももう帰ってこない。
「……ならば」
此処が永久の修羅の巷なら、その修羅すら喰らう羅刹と成りて。
――永劫の苦痛の中で、俺はBETAを殺し続ける。
何度でも、何度でも、何度でも!
「…」
僅か握り締められる操縦桿、徐々に高まる高周波音。
同調する二基の特殊装置は静かに、唯その時を待っていた。
ご感想・評価下さる方々本当にありがとうございます
少々期間が空いてしまいました すみません
その割になんだかこう、平坦な展開になっちゃいました…やっぱ壬姫や美琴が出たからですかね、こう凹凸的な意味でw