Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

18 / 29
Muv-Luv UNTITLED 18

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。

 

衛士達の宴はまだ終わらない。

 

 

この日この夜、この前線基地にいて。この戦いを見た衛士は幸せであろう。

心躍らせる頂点を見られたのだから。

 

イルフリーデ・フォイルナー少尉はその一人だった。

 

 

JIVES空間・北東空域。

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルスと日本帝国斯衛軍部隊との戦闘はまだ続いていた。

 

 

蒼空を斬り裂く、黒と黒の影。

 

運動性の向上を主眼の一つとして成り立つ第3世代型戦術機、中でも防御力のみならず空力特性をも重視した装甲形状とさらに機体各所に配されたブレードベーンにナイフシース。

それらの翼端が両機の機動の鋭さを顕すが如く薄くヴェイパー・トレイルを曳き、時に鋭角に時に螺旋状に上昇し下降しては縺れ合い離れ一進一退の攻防を続ける漆黒の闘いの軌跡を虚空に刻みつける。

 

「…」

「――」

 

互いの音声のみは繋がった回線、しかし対峙する男たちに言葉はなく。

 

「黒き狼王」 ― ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス 大隊長ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

浅黒い肌の鍛え抜かれた肉体、銀髪に端正だが緩むことのない鋭い眼差し。

高Gの機動にも眉一つ動かさず、網膜投影に揺れるレティクル内に獲物を捕らえんとその牙を研ぐ。

 

黒色の強化装備に身を包み、操る乗機は同色に染め上げられたEF-2000 タイフーン。

ウニオンがユーロファイタス社の誇る最新鋭機、さらに彼の機体は狼王たるその力量から同社によりテストベッドとして主機出力等に手が加えられたチューンド機。

 

 

各種作戦でその性能を見せつけたアメリカはロックウィード・マーディンのF-22 ラプター、そしてヤーパンライヒのフガク・オンダのType-00 タケミカヅチ。

それらに刺激され負けてはならじと出力加速運動性から格闘性能に至るまで ― 関節強化のために重量増となればそれを補うべく出力を増し代償として悪化する燃費を購うべくピークゾーンを狭めたりと ― ともすれば行き過ぎの感すらある程にまで性能向上が図られたこの漆黒のEF-2000は、その代償として並の衛士ではおっかなびっくり飛ばすだけならまだしも戦術機動などおよそ覚束無い劣悪極まる操縦性の機体に成り果てたものの、卓越した狼王の技量と先般導入なったXM3の恩恵を以て、その真価をJIVES上とはいえ今試されていた。

 

 

背部兵装担架には突撃砲GWS-9にBWS-8フリューゲルベルデ。

そして両の主腕に構えるは、開幕の号砲となった近接戦の拮抗をその出力に物をいわせて押し切った後、地から拾い上げたMk-57中隊支援砲。

 

主機出力・跳躍ユニット出力最大。

点火したロケットが朱い焔を曳き、狼王機が一直線に天空へと――しかしそれを阻止せんと走る2条の火線、そして同じく紅の炎を吐いて追い縋るは極東の黒き双刃。

 

 

日本帝国斯衛軍・00式戦術歩行戦闘機《Type00》 武御雷 ―

 

闇色の機体色と各所に遇われた橙の感覚機。

そして逆手に提げた二刀と担ぐ二門。74式近接戦闘長刀と兵装担架の87式突撃砲。

同国斯衛に同型機の搭乗衛士も数あれど、今や世界各国軍にて「ブラック・ゼロ」と云えばこの機体と衛士を指す。

 

 

加速・出力に勝るは狼王機、数合の機動戦から黒い鬼を引き剥がし、こじ開けたその間隙に距離を得る。

やや上方から両主腕のMk-57を撃ち放ちながら急速降下、並の衛士なら撃ち抜かれて投了となる鋭さながらも敵は極東の黒い鬼神。照準内に捉えたその瞬間には影だけ残して跳び退る。

だが駆け抜けた狼王にも驚きの欠片すらなく、いやこの突撃自体がまず布石。わずかとはいえ鬼神に距離を取らせて、再度の最大出力で上昇をかける。追う双刃の2条の火線など当たらぬとばかりの螺旋の軌道。

 

そして見る間に高度を勝ち取り何者の追随も許さぬ孤高、その高みから狙うは――今度は逆に思い切り高度を下げ、地表へと降下していく双刃。

望遠視界には無機質に天を見上げるその様 ― 否、長刀を地に突き立てるや半身に構え、そうして空けた右主腕が軽く持ち上がった。

 

― 来い ―

 

それを眇めて我知らず。常には緩みを知らぬ狼王の目元に浮かんだものは。

 

「――征くぞ」

 

ぐるりとその場で転回し、再度ロケットに点火。漆黒のEF-2000が蓄積した位置エネルギーを速度へと変えて真っ逆さまに突撃する。空気抵抗を最小限、飛び込むが如くの姿勢でシュトゥルム・ランツェに見立てた両主腕のMk-57。

所詮は戦術機の格闘空域、とはいえ高度3000m。そこから設計限界近くまで加速しながらしかし狼王機は砲撃開始を引きつける。

 

そして勝負は10秒間 ― 分間120発の速射性能を誇るMk-57、あえて指切りをせず連射を選んだ狼王が超音速で撃ち降ろす必殺の弾丸。

 

対する地上の黒鬼は絶死の流星群と化したそれらからまず機体を捻り避け ― 戻る火線を躱し ― 再度狙った弾道を潜り ― 生身ならば至近弾未満ですら死を齎すその威力も戦術機ならば然して意味なく、噴き上がる着弾の土煙の中漸くに待機状態の跳躍機に火を入れるや追う弾雨を背負って鋭くも円い軌道から上昇に転じた。

 

地上400m、引き起こし高度の限界を超えてなおMk-57の顎を閉じぬ狼王機が遂に逆噴射に四肢を使ってのダイブブレーキ、再上昇の暇など無く瞬間照準外へと消えた双刃が襲い来るまでわずか2秒。

だが狼王はその方向まで読んでいたが如くに加熱したMk-57を振り回し、疾る二閃にその砲身が刻まれるに任せて急速離脱。すかさず抜き放った斧槍で迫る二刀を受け止めるや弾き返して横薙ぎの一撃、離れた双刃に相対しつつ加速をかけた。

 

そしてまた目まぐるしく互いの位置を変えては続く斬撃の応酬に奔る火線――数秒前まで両機がいたその宙空には斬られ分かたれ置いていかれたMk-57が遅れて咲かせる爆発の華。

 

急激な加減速を伴う高速機動、管制ユニット内に襲い来る強烈な縦横のGに全身の筋肉で抗いながら、同色の強化装備を纏った男同士がそのどちらもほぼ表情ひとつも揺らさぬまま鎬を削る。互いの網膜投影の視界には、瞬時に位置を変え合う敵機の姿と撃ち合わされる超硬炭素刃同士が散らす赤い火花。

 

出力に加えて関節部の強化もなされた漆黒の狼王機はその質量を感じさせぬ程に軽々とフリューゲルベルデを振り回し、しかし実際には鋭く重い一撃で二刀合力での防御を双刃に強いる。

瞬間の運動性に優れる双刃をして、躱せず受けねば懐には入れぬ斬撃の迅さ――と。

 

「、」

「!」

 

双刃は右薙ぎの一撃を二刀で受けるやそれに逆らわずあたかもその重い刃に乗るが如くに流れて動き、すかさず左方から斬りかかる。そしてそれにすらも即応して振り切った主腕手首を返して突き出される狼王が斧槍の石突、だがそれこそが狙いだったのか、

 

「――ッ」

「ぬッ!」

 

二条の銀閃が走り硬質の金属音と共に寸断される斧槍の柄、握りを失えばトップヘビーゆえの遠心力を用いたフリューゲルベルデは大きくその威を減じ取り回しもまた。

しかしそこへ畳みかけんとする双刃に狼王機は刹那の躊躇もなく手斧と化した得物の残骸を投げつけるや、即座に反応した双刀にてそれが弾かれたその瞬間に跳躍ユニットの出力に回転力を載せた渾身の右回し蹴りを叩きつけた。

 

「…!」

 

EF-2000の爪先に脛部前縁は超硬炭素刃、さらに短刀形状たる爪先で被弾すれば甚大な損傷を被るところを咄嗟ながらも踏み込むことでその蹴撃を脛部で受け止めた00式の前腕部もまた同じく超硬炭素刃。

散る火花に甲高く響く衝突の轟音、軋みを上げる両機のフレーム。そして防ぎはしたが大質量打撃の衝撃に大きく吹き飛ばされた00式の左主腕からは長刀が零れ落ち地表へと落下、

 

「よもや足技が卑怯とは言うまい」

「……お好きに」

 

虚を突かれた動揺も伺わせず瞬時に姿勢を制御した双刃の無機質な応え――しかしそれに今度こそ狼王は口の端を緩めた。

 

そして丸腰になったはずの狼王機が追う、迫る。

双刃の上方に占位し強圧的に地上へと押し込めんとばかりに徒手空拳での戦い、間合いの近い逆手剣ですら大きくは振れないCQC。

EF-2000左主腕前腕部の大型超硬炭素刃こそは00式に残された右刀が応じるものの、突き込まれる同左のブレードには同じくブレードエッジ装甲たる空手の左主腕を絡めての組み討ち。

 

瞬時に下がる高度、赤茶けた大地までは僅かに数秒。

激突の瞬間に跳躍機と接地した脚部で地を蹴って離脱を図った双刃に逃がしはしないと追う狼王、振り向きざまのその右刀を逆手握りをまさに逆手に、突き出した左主腕で拳部分を掴んで受け止め。

そしてEF-2000の右ブレードの刺突は逆に、00式の空いた左掌がそのマニュピレーター部分で堰き止めた。

 

まさに手四つ・ロックアップ、両機が瞬時にダウンワード展開させた突撃砲は2対1。

しかしどちらも発砲はせず、のちの咆哮に備えるが如くに低く唸って赤く青く炎を吐き出す跳躍ユニットが砂塵を舞い上げ黒と黒との激突を彩る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦闘空域から2kmほど。

 

「あれは…!」

 

自ら操るEF-2000の管制ユニットの中 ― 眼前の戦場から視界の隅にその攻防を望んでいたイルフリーデは、通信に響いたルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉があげたその驚愕の声に気を取られた。

 

「タオゼントターゲガー・クリーゲ!」

「なにそれ?」

「いにしえの闘士の時代、実力伯仲の者同士での戦いにおいてごくまれに発生したと伝わる膠着状態のことですわ。ほらご覧になって、互いの拳は互いの掌底に阻まれ両脚もまた互いの蹴りに備えて牽制の形に…」

「わ、ホントだー」

「たとえこのまま千日戦い続けても決着がつかないがためにそう呼ばれたという話ですの」

「そうなんだ…さすがルナ、物知りね!」

 

そういう出自妖しげな知識はどこから仕入れてくるのだろう、そのうちむう以前我が老師にお聞きしたことがあるとか言いそう、出典はミンメイショボウですわとか。

 

でも本当にすごい!

 

さすがはヴィルフリート様、と。

敬愛する大隊長として、尊崇する七英雄の筆頭格として、自分などは及びもつかない域の衛士だとはずっと思っていたけれど。まさかあの「ザ・シャドウ」に真っ向から機動戦を挑んで互するだなんて。

 

それにあんな ― 常に冷静かつ強靱で同時に風格と品格をも併せ持つ大隊長が、言葉を選ばず言ってしまえばあんな野蛮さすら感じさせる獰猛な戦いをなさるとは。

 

しかも隊内の通信ウィンドウに見た、あの不器用にさえ見える小さな笑顔。

 

かーわーいーいー♡♡

 

「ふふイルフィ、甘いですわ」

「え、なに?」

「大隊長と『ザ・シャドウ』…共に周囲とは隔絶した実力の持ち主、そして圧倒的強者の高みとはすなわち孤独の頂。ですから全力を出しあう戦いができるのは互いに相手だけ、でも遠く世界の東西に分かたれてまみえることはなかろうと…でもそんなふたりがついに出逢ってしまいました。そう、今あのふたりの瞳には互いしか映っておりませんの。そして敵意でなく闘志だけを燃やして死力を尽くしぶつかりあう男と男、すべてをさらけ出しあった激突の果てに通じあい認めあいわかりあったふたりの間にはライバル心を越えた友情……いえ、それはすでに愛!」

「ええ!?」

 

 

煌めく星々が飛ぶオーロラピンクの宇宙 ― 周囲を紫の薔薇が飾る中。

そこにふたりきり向かい合うは裸体のアイヒベルガーと「ザ・シャドウ」。

寡黙な男同士はただ見つめ合い、鍛え抜いた腕を伸ばして指を絡め合い――

 

 

「いやああ! ヴィルフリート様にはジークリンデ様というお相手ががが!」

「乙女☆美ジョンに女は映りませんの。難点はどちらも受けっぽいところですけれど」

「腐った世界にヴィルフリート様を巻き込まないで!」

「行ったぞイルフリーデ!」

「え?、あ――わわ!」

 

ルナのまき散らす妄想に絶叫して、両頬を押さえるために操縦桿から手を放すだけでなく実際のところ意識の半分以上をそちらへ移してしまっていたから。

 

ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉機からの警告、曳光弾まじりの36mmの連射を回避したイルフリーデは間髪入れず続いて迫るヴァイス・ゼロから距離を取るべく、反撃のため網膜投影のレティクル内に敵機を捉えることは一旦放棄して後退をかけた。

あの脇構えに引きつけられたカタナが振り抜かれればさすがに撃墜は免れない、取り回しに劣るMk-57を抱えてはなおさら近距離での回避は難しい。

 

もっとゆっくり見たいのに~!

 

「ローテ6、ヘルガ、またそっち行ったわ!」

「なんだと、おいルナっ、少しは手伝え!」

「ごめんなさい、忙しいんですの」

「嘘を言うな!」

 

猜疑に歪んだ瞳がせせら嗤うわけではないが、イルフリーデが軽く弾幕を張って追い払ったゼロは近くでフリューゲルベルデを振り回して別のゼロと格闘戦を演じているヘルガ機の方へと向かっていった。

その彼女が振り下ろし・斬り上げ・突いたところで連続使用で加熱し始めた乗機腕部の冷却を挟む必要からそのゼロとの間合いを開けたため、イルフリーデはその空隙にMk-57で射撃を差し込む。

ぱっと回避してのけたゼロはそのまま距離を取り、くるりと回転するようにしてカタナはそのまま、空いた主腕に兵装担架から突撃砲を取り出し砲撃を開始。

入れ替わるようにヘルガ機へと向かったゼロはといえば、その支援を受けてカタナで切り結ばんと距離を詰める。

 

フリューゲルベルデはゼロが持つTyp-74 ラングシュヴェルト 「カタナ」に対して一撃の重さとリーチの長さで勝るが、対するゼロは主に守備的に立ち回ることでその攻撃を受けるというよりいなしていた。

 

「うーん、みんな巧いなあ」

「カタナは元々、防御用の武器だったという見方もあるそうですわ」

「へえ、そうなんだ」

「おまえらもっと、真面目に、やれ…っ」

 

この状況に陥って以降、ほぼ休みなく近接戦を続けているヘルガの額には汗が光る。

 

ゼロ部隊は明らかに突撃砲戦より近接格闘戦の方が得意なようで、しかしリッターのそれと戦い続けられるヘルガの技量にイルフリーデは改めて感心してもいた。

 

やはり今や彼女は ― が、一方列機たるルナはといえば、主腕のMk-57が撃ち放たれる頻度は少なく。狙われないようにかあからさまに距離も遠い。

不必要に望遠にしたカメラであちこちのゼロを ― とりわけ向こうでヴィルフリート様と戦う「ザ・シャドウ」を ― 舐めるように見回し観察しては、あん本当はもっと近づいて見たいですわそれにできれば本物をなどとなにやらブツブツ呟きふむふむと頷いては時折だらしなく口元を緩めたりしている。

 

さらに500mほど離れた空域では、ベスターナッハ中尉とブラウアー少尉のロッテに3機のゼロが追いつ追われつを繰り返していた。

 

 

決して油断していい相手ではないとはいえ。言葉を飾らず言えば格下。

それでなお戦況が膠着気味なのは――

 

守勢に巧く立ち回るヴァイス・ゼロ5機の健闘がもちろんあるにせよ。

イルフリーデ自身はあまり目にする機会のない大隊長の、それもおそらく本気の戦いを見られるからで。

ルナに関しては言わずもがなでしれっとブレイコーですものと言い放っては鼻歌交じりに飛び回り。

それら負担を押しつけられるヘルガが一人ほぼ精一杯でバランスを取る。

 

それに数的不利をあえて肯んじて拮抗どころか優位に進める先任二人にとっても、今このツェルベルス第2中隊・ローテの戦場となった空域で事の推移を見届け見守る、そんな空気になったのは。彼ら皆が敬意を抱く大隊長の戦いに水を差さぬようするだけでなく、

 

 

「はぁっ!」

「ふむ」

「ちぇい!」

「ほう」

「せやっ!」

「なかなか」

 

共に深紅を纏うEF-2000とゼロ。

 

かたや斧槍フリューゲルベルデを自在に操り、かたや一振りのカタナを頼りに挑みかかる。

グロスブリタニア防衛の七英雄が一人、「音速の男爵」ゲルハルト・ララーシュタイン大尉に立ち向かう若武者・真壁清十郎大尉。

 

清十郎が駆る深紅のゼロはリーチに優るフリューゲルベルデ相手に淀みない動きで突き・払い・斬り上げて迫る。対する深紅のEF-2000、英雄ララーシュタイン大尉機は余裕こそあれ退き気味に応じる。

 

力の差は歴然、それでもなお。

共に隊を率いる長として、一対一での堂々たる立ち合いぶり。

 

「清十郎、ホントに強かったんだ…」

「ああ、まあ、驚いたな。まさかここまでとは」

 

追って迫るゼロへGWS-9突撃砲を斉射し間合いを開けたヘルガ機からも目を配ったか同意の通信。

 

 

いくらローテ・ゼロがEF-2000に対して機体性能において勝るとはいえ、相手はツェルベルスが誇る歴戦の英雄。大隊長自身が突撃前衛を務めるその備えとして平生は迎撃後衛に就くものの、本来ララーシュタイン大尉も近接戦を得意とする衛士。その英雄をして、得物の不利な間合いを厭わせ後退させるとは。

 

東洋、それもヤーパンの剣術など知りようもないイルフリーデにはその業前のほどは詳細にはわからない。しかし生身での剣には多少の自負があった彼女から見て、清十郎のそれがおそらくはあの奇矯な言動に反して正統派の研鑽を積んだものだとは容易にうかがい知れた。

 

また同じくもある種違った意味で奇異な振る舞いや所作が常の「音速の男爵」。

おそらくは故意に空気を読まないその言行にも定評があり、座興の範疇とはいえまるで面白みのない相手に合わせて時間を浪費する質でもない。

 

 

「だが流石は…、ならば!」

「ふむ?」

 

清十郎が動きを変えた。

 

わずか距離を空け加速を稼ぐや陰の構えにて突撃、やや角度をつけての袈裟斬りをララーシュタイン機が引きつけた斧槍の刃で防いで弾き――返せず、いやその弾きの衝撃をカタナを滑らせ上方へ逃がした清十郎機はそのまま沈み込む。

 

「受けよ! 我が心の師譲りの――」

 

左右独立して稼働するローテ・ゼロの跳躍ユニット、先に右肺が赤く炎を吐き機体を左方にごく短距離平行移動。さらに瞬時に点火された左肺が旋回しつつの前進力を与えるさなか急機動のGに耐えつつ曲芸じみた手さばきでカタナを左主腕に持ち替えた清十郎は一瞬で同色を纏う英雄機の背後を取っていた。

 

「『飛燕』ッ! ――、っ!?」

 

しかし回転力をも乗せ必殺を期したその一刀は清十郎機が視界から消えるや即座に前進をかけたララーシュタイン機には届かず、さらに間合いを離した上でぴたりと狙いをつける背部兵装担架の突撃砲の銃口をのぞき込む羽目になった清十郎は慌てて回避機動に入った。

 

「良い動きである。もうコンマ2秒速く身長も10cm高ければ届いたであろう」

「し、身長は関係ないのでは!?」

 

際だって長駆のララーシュタイン大尉は36mmを数秒の連射に留めて向き直り、カタナを構える清十郎へと再びの対峙。

 

 

 

「やはりゼロの白兵能力侮り難しですわね。むろん清十郎君の力に加えて中隊長がおつきあいされている、ということも大きいのでしょうけれど」

 

言いつつルナは機体を向ける素振りもなく主腕と砲だけでMk-57を撃ち放ち ― そしてそこはやや突出して回り込もうとしたヴァイス・ゼロが描く軌道上、その機は慌てて回避して突撃行から外れる。

 

「おいたはいけませんわ」

 

瞬間わずか冷たく響く声、彼らフラーメンヴォルフが長の一騎討ちの場を守らんとするその健闘を知るがゆえ、今はその先走りこそを掣肘して。

 

「よし…、行くぞ」

 

ヘルガは腕部の冷却に目処が立ったのか、兵装担架のブレードマウントへ戻していたフリューゲルベルデを再び握る。

無闇な連続使用で加熱警報が出る前にこまめなインターバルを挟めるならばその方が効率がいいらしい。

 

「頑張ってね」

「いってらっしゃいませですわ」

「お前らな…まあいい。こう近接戦ばかりする機会もそうないからな、いい訓練になる」

「存分に楽しまれて。取得したパラメータはあとで分析いたしますので」

「ああ、頼む。モードは引き続き7から試す」

「…そういうことも、してるのね」

「向こうもきっと同じですもの、お互い様ですわ」

 

平然たるルナに、しかしイルフリーデは今一つ釈然としない思いも。

カタナの連撃への対処の動作やその負荷は、基本的に大ぶりの一撃で仕留めていくBETA相手とはまた違うものになることも確かながら。

 

「でも…本来長柄の武器は圧倒的に有利なはずよね?」

「そのわりにあまり分はよくありませんわね」

「その理由はおそらくは三つ…悔しいがまず単純に――練度の差、だっ」

 

ヘルガはEF-2000で牽制から間合いを詰めるヴァイス・ゼロと切り結び、斬り上げの一撃でそのカタナを弾き返してから。

 

「我々の槍術はハイマート伝統のドイチェ・フェヒトシューレ由来とはいうが」

「あれは完全に絶えていたものを文献を元に復興したものだと聞きましたけれど」

「え、そうなの?」

「ともかく、ラムズゲートのUN統合教育センター時代から正式配属以降含めても体系的な斧槍術の訓練に時間を割いたか?」

 

 

長柄の得物は戦力化がたやすいとは古来いうが、本来斧槍は極めて扱いの難しい武器。

 

そして欧州では銃火器の発展につれ、古来存在してきた白兵技能の多くが失伝した。

広義での戦闘技術自体は近代化と共に発達はしてきたものの、軍隊においては原始的な兵器とされる殴打斬撃武器の類の技術体系の整備や訓練は、ナイフを用いた格闘術を除けばほとんど行われていない。

 

 

「…振って薙いで切り返して突いて離脱、それくらいよね」

「BETAにはそれで十分だからな、どのみち関節も保たんしそれでいいと、なっ」

 

大きく弾き上げたはずのヘルガ機の一撃にしかしゼロは素早くカタナを引きつけ再び前へ出、逆にフリューゲルベルデの引き戻しが間に合わないと悟ったヘルガは柄の部分を振って打撃としそれは防がれたものの間合いを取った。

 

「だからこうして潜り込まれたあとの対処など教わってもいないっ、だが――」

 

 

だが、彼らは違う。

 

 

――如何に剣に拠りて屠るか――

 

 

只只管に、追究するは唯それのみ。

その為だけに数百年に渡り代を重ねてなお研鑽を続け連綿と受け継がれてきたその術と業。

 

泰平の世においては形骸化し、およそ使い物にならない奥義だの真偽定かならぬ秘伝だのが粗製濫造されて跋扈した時期もあったそうだが ― その中にも実戦での有効性を追い求め続け、剣と剣、刀と刀にのみならず、槍に薙刀弓矢に投石、無手から果ては鉄砲に至るまでそれらを相手にどう対処し勝利を得るかを或いは武器を選ばず参究し続けてきた者たちがいた。

 

そしてこの戦乱の世に、皮肉にもBETA共による容赦ない選別と試練とが彼らの中から泥中砂金を浚うが如くに強者を洗い出し。その中からさらに生を繋ぎ得た真なる強者たちが、人類と自らの生存を賭けて弥が上にもその刃を研ぎ澄ました。

 

そして戦術機という、人の動作を真似て人以上を為す兵器の誕生を以て。

 

ヤーパンライヒスパンツァークリーゲ。

タクティシェモビールシュヴェルトクンスト ― 彼らの云う、戦術機動剣は完成した。

 

 

「体系化された技術が伝承されて、カリキュラムに組み込まれているんですわね」

「それと前にも言ってた、機体の近接戦対応の話?」

「それもあるが――、なっ」

 

ヘルガ機は再度接近の気配を見せたゼロを、大ぶりの薙ぎで牽制する。

 

「長柄の利点はリーチの長さ、だがリッター相手ではたやすく潜り込まれる。中隊長ほどならともかく我らの技量では追い払えれば御の字で、最適解は後退だ」

 

それすらも叶えばの話。

イルフリーデから見て、今や我が西ドイツ最強・最精鋭たる番犬部隊のその英雄らに次ぐ近接戦の技量の持ち主・ファルケンマイヤー侯爵令嬢。

本人は控え目な物言いに終始するもたしかにその彼女をして、白兵戦では派遣リッター中明らかに格下の清十郎の部隊機にようやく優勢という状況。

 

「そして間接思考制御によるのだろう近接戦時の跳躍ユニット使用法にも一日の長がある」

 

 

なにしろ300mの距離を2秒足らずで詰められる第3世代型機。

人間に換算すれば、30m向こうの武装した敵が一呼吸未満で目の前まで来る計算。

 

同じく間接思考制御により衛士には網膜投影にスムーズかつシームレスな望遠映像が提供されるも、目視ならば遙か遠くに30cm程度の大きさに見える人型がたとえばデータリンク表示の僚機の位置にわずか気を取られたりでもすればその次の瞬間には望遠され視野角が狭まった照準内から消えてしまったりあるいは数倍の大きさになって目の前に迫っていたりするという、生身では到底不可能な踏み込み速度。

 

その一方で後進のための逆噴射は速度と効率両面で前進のそれに劣るため ― まさに一息たらずで踏み込まれる50m以下、さらに完全にカタナの間合いとなる20m近辺の距離に捕まってしまうと離脱も容易ではなく ― 長柄の利点は潰されがち。

 

 

「なるほど…それに第3世代型機でも通常四肢の稼働速度は人体とさほどに変わりませんから、移動速度が生身の数十倍になったところで逆にアジャストは比較的容易なのかもしれませんわね」

「そうだ、そして次に二つ目の理由は――」

 

 

それは装備の、質の差。

 

 

「カタナの品質がいいの? ニホンセイはいいって言うし」

「馬鹿、そうじゃない。私にしろお前にしろそれなり以上にBWS-8を扱えるのは任官前から配備を知った上で訓練してきたからだが…なにか気づかないか?」

 

問うヘルガが振らずに突いてゼロを牽制する、フリューゲルベルデ。

個人的な好悪をいえば剣の方が好きなイルフリーデはであったが、

 

「…家にあったものとは形が違う?」

「その通り、BWS-8を人間大にしたとしたら我々の筋力では到底扱えない代物になる」

 

 

古式ゆかしい形状の斧槍ですら、本来重量武器の範疇に入る。

そして無痛覚で生命力に富み多足歩行種の多いBETAに対して急所刺突用の短いスパイクや引き倒すための鉤爪などは無意味とされて省かれたものの、その対BETAとしてより一撃の重さを求めて極端なトップヘビー構造となったフリューゲルベルデという名のあの形状の武器は、つまるところ戦術機上でしか扱えない。

 

 

「あくまで対BETAが前提という点では、形状にしろ質量にしろ合理的ですけれど」

「でも衛士にフィードバックされる使用感は機械的補正が大きいということよね」

「そうだ、ある程度は慣れの問題だし主に運用対象となる要撃級やらは振って当たりさえすれば大抵それでなんとかなってしまうから、速度も精度も機体任せのまま突き詰められてはこなかった」

「それに重量バランスの問題から兵装担架マウント時はともかく主腕装備時の運動性低下は避けられない事実ですし…」

「そもそも1体、欲張っても数体まで倒したところで離脱する運用法だからな。だが――」

 

 

対するTyp-74 ラングシュヴェルト ―

 

ヤーパンの強力無比な剣術流派の思想を取り入れ、戦術機とこの装備とで「一本のカタナ」と成すべく設計されているという――人機一体を成さんが為に。

 

 

「あちらも本来からすればノダチとされる程度には大型になっているそうだが、設計段階から敵中で主兵装として振るうことが前提になっていると」

「それも機体込みで、ですわね」

「そうだ、――ダンケ助かったっ」

 

やや単調になったのかヘルガが放つ牽制の突きが三度目でゼロに去なされ、接近を許しそうになったところにイルフリーデとルナの十字砲火がそれを押し止めて離脱を助ける。

 

「そんなにすごいんなら他国にも回してくれればいいのに」

「最初に機体の対応云々を言ったのはお前だぞ。それにカタナは扱いの難しい武器、ミツドウ・ナナツドウとかいって人体なら数人並べて両断するような名刀でも、我々が振ったところで藁束一つ斬れないらしい」

「なにそれ…」

「前にも言いましたでしょう、それだけ習熟にはコストがかかるのですわ」

 

もちろん単純に切りつけ殴りつける分にも使えなくはないのだから、こと戦術機での運用ならばそうすることもできなくはない ―

 

「ただ、あっという間にダメになるそうだ」

「そんなデリケートな…」

「Typ-74ではさすがにカイゼンはされていますわ、ただ確かに耐久性はBWS-8ほどでは」

「だからライヒに生まれリッターになることを志す、あるいは家名を背負う者たちは、物心つくころには剣を振りはじめると」

 

そうして幼少より我が身の一部とすべく叩き込むが武士の魂。

そして長じて後は、それを自身の延長たる戦術機において。

 

技に勝る者が取り回しに優れた武器を持ち、熟れた体捌きで襲い来る。

それに対して当たれば強力とはいうものの、技術の幅の少ない者が大きく重い得物を振り回したところで――

 

「でもその速度と精度はXM3で向上したって……、開発元はライヒだったわね」

「ですわ。開発初期からリッターは関与しているそうですし、私たちが後追いですの」

 

 

ユーコンにてEF-2000を用いた先行試験隊『レインダンサーズ』は凄腕ながら多国籍部隊。

イギリス軍も近接戦においては機動砲撃戦主眼へと移行している現在、たとえ同郷のハルトウィック大佐の口利きがあっても西ドイツ軍のためだけにBWS-8の戦技研究を進めてもらえるはずもなく。

 

 

「それなら私たちも同じ剣にしてイギリス軍のBWS-3あたりかどこか他の部隊が使ってるとかいうツヴァイヘンダー・ランツクネヒトでも持ってきた方がまだよかったのかしら」

「それでも大して変わらないか、かえってまずかっただろうな」

「え、どうして?」

 

また数合の剣戟の後、一度退いて兵装担架の突撃砲を展開させたヘルガに並びイルフリーデとルナとで牽制の弾幕を展開、交互に弾倉交換のコールをかわす。

 

「前言を翻すような物言いになるが私がリッター相手に多少なりと有利に戦えているのは長柄のフリューゲルベルデがあるからだ。従軍前には私なりに剣の訓練も積んだつもりだが所詮は貴族の手習いだからな、今さら両手剣なぞ振り回したところでたかが知れている」

 

イギリス軍のアレはたしか大型種相手の突き専門みたいなものだったし、そもそもその剣の鍛練自体をここしばらくしていないだろうと。

ずっと戦地に居続けやっと下がれたと思ったらこのある種特務の演習参加で休暇の消化の当てすらもない番犬部隊。

 

「まして相手は手練れともなればシステムの補助なしでも誤差10cm以下の機動斬撃を叩き込めるというライヒスリッター、我々の白兵戦技など基本単純な動きのBETAには十分でも彼らからすれば生兵法もいいところだろう。たやすく太刀筋を読まれて懐に入られるのはそのためだ」

「なら私たちも最初から剣を装備してればよかったのに」

「それができる事情があればな。最初に言ったろう、長柄武器は戦力化が容易だと」

「ユーラシア失陥以降、対BETA即戦力の確保がウニオンの至上命題でしたわ。のんきに失伝流派のシュヴェルトマイスターを探して訓練校を建てるような余裕はありませんでしたもの」

 

皆が皆、小さい頃からお抱えの剣術指南を雇える公爵家の生まれとは限りませんのよ、と。

 

「むー…」

「むくれないでほしいですわ、そういう意味ではやはりツェルベルスは特殊ですの」

「それにブケ階級たるリッターもな。だが帝国軍においてもヤーパンでは古来ある程度の規模の街ともなれば剣を教えるドージョーのひとつふたつはあるのが当然らしいからな、程度の差はあれ心得のある人間の母数が違う」

「はあ、本当にところ変わればなのね」

 

節約しながら撃ってきたMk-57のドラムマガジン、だが残弾も心許なくなってきた。

再現されたマズルフラッシュの光に照らされながらイルフリーデは言い返せない不満の気分を入れ替えて軽くため息。

清十郎にニホンのお城を案内してもらう約束をしていたらしいが(やっぱり思い出せない)、そうも異文化となれば感慨もひとしお。それでも。

 

「私はちょっと、自信あるんだけどな」

 

前衛配置への願望は、遠くなりはしたとはいえ。

こう眼前で見事に斬り合う仲間たちを見ていると未練がうずいた。

だが、

 

「――やめておけ」

 

打ち込み打ち合いごとにEF-2000主腕部のパラメータを素早く変更してはデータ取得と模索を続けながら、響いたそのヘルガの声には常にも増して真剣味。

 

「…どうして?」

「いいか、」

 

迫るゼロをヘルガ機が迎撃する。

 

 

「こうして模擬戦でやりあう程度にはいいが、実際のAH戦になれば――どうなる?」

 

 

それは自分が死ぬかもしれないということと同時に。

 

同じ人間の、敵の衛士を殺すかもしれないということ。

 

 

「任に当たれば否やはない、全力を尽くす。だがやりたいかと問われれば答えはナインだ」

 

 

元来軍というのは国家なりの集団を、それを害しようとするものから守るためのもの。

 

だがその害しようとする者が、人間からBETAになって早30年余。

 

BETA相手の戦線は概ね厳しく、そこに仲間の死は付きものでも。

実際に人間相手に殺し殺される戦いをした経験のある者なんて、今やどこの国の軍にも多くはいない。

 

 

「相手は動く限り破壊を続けるBETAなんかじゃない。家族がいたり友人や恋人がいたりする人間だ。我々と同じ、命令に従っているだけの」

「ですのでエルスター・ヴェルトクリーク以降銃火器の発達もあって白兵戦は廃れましたわ。目の前の顔を見て刺し殺すよりは遠くで引き金を引くだけの方が罪悪感も少なくてすみますもの」

 

手に感触が残ったりもしませんし、と言ったルナの表情はしかしおどけてはいなかった。

 

「せいぜい外交上のさや当て程度で終わってくれることを祈るばかりですわね」

「だが備えは必要だ、それが抑止力になる。無用に侮られれば暴発を招くからな」

「…そうね」

「その点では――」

 

重い思いを振り切り集中し直すように。

ヘルガは兵装担架につけたまま射撃していたGWS-9突撃砲を背部へと跳ねあげ再び前へ。

そして切り結ぶ数瞬前、その深い青の視線がちらと見た方角。

 

 

少し離れ ― 5kmほどの距離。

傘壱型に編隊を組んだ第1中隊シュヴァルツ5機と、第3中隊ブラウの6機。

純白と青の英雄機に従う彼らに相対するは、楔弐型で山吹の鬼姫が率いるゼロ11機。

 

共に東西に勇名を馳せる手練れ同士の睨み合い。

1kmほどの間合いを開けて、やや遅い速度で大きく旋回を続ける。

 

 

「あちらはこんな、悠長に戦える相手じゃないぞ」

「でもズィーベン・ヘルト『七英雄』がおふたりよ?」

「それはそうだ――が」

 

ヘルガは意表を突こうとあえて距離をやや詰め、振り回した刃でなく柄の部分でゼロに打撃を繰り出した。

しかしそれも咄嗟というにはやや予想の範疇でもあったかのようにカタナ柄手前のウェイトで受け止められて、続いての石突きでの牽制から刃を返す。

 

「たしかに『七英雄』がたはEF-2000もフリューゲルベルデも真の手足のように使いこなしておいでだが――」

 

それは10年以上も最前線に在り続け、数多の死線を越え生き残ってきた今やユニオン最古参ともいえる豊富な実戦経験ゆえ。

 

だがヤーパンライヒの衛士たち、それもとりわけリッターたちが1対1での白兵戦に秀でることはもはや自明。その中でも向こうにいるのは手練れも手練れ、先のハイヴ戦でもそのカタナを手にBETAの海を乗り越えて易々と重光線級群を狩り殺したヴァイス・ファング。

 

それらとあんなに、目視できるほどの距離で向かい合っては。

 

「少なくとも私では、1対1ならヴァイスでやっと。ゲルプ相手では話にならん」

「白旗ですの?」

「ああ。実戦ならば絶対に近接戦など挑まない」

 

だが恥とは思わん、ほとんど自殺に等しいからなと。

元々冗談口を聞く質ではないがイルフリーデとルナの通信ウィンドウに映るヘルガは真顔。

 

 

そして言った ― 我ら西ドイツ最強たる栄光のツェルベルスをして。

ライヒスリッターに近接戦で劣後する、その三つ目にして最大の理由を教えようと。

 

 

「我々のユニオンTSF近接戦闘術はあくまでBETAを倒すためのものだが――っ」

 

振り下ろされる斧槍・フリューゲルベルデ、大質量の強烈なはずの一撃はしかし同じスーパーカーボン製のカタナの刃上を滑らされ、すでに幾度目とも知れぬ空を斬る。

 

「見ろ、彼らは違う」

 

 

喩え力に劣ろうとも、譬え速さで遅れようとも。

弾き返せねば受け流せ。捉えられねば身を切らせてでも。

 

 

斬撃後の隙を狙って進み出るゼロへすかさずヘルガはEF-2000の手首を返して柄での突きを放つも、それを螺旋を描く刀身の動きに巻き取られそうになって後退をかけた。

 

「彼らの刀法の根幹は――」

 

 

大上段の一撃で始末が付けば上々なれど、戦の常はそうあらじ。

なれば敵の刃を絡め取り、隙が無ければ創り出す。

そんなおおよそ対BETA近接戦には求められてはいない技術。

 

 

畢竟それは、人を斬る業。

 

 

BETAを斃すは時代の要請、だがいやゆえに。

その根底に深く横たわるは永永と紡がれてきた不変の基。

 

 

「元々が対人技術でそれを対BETA戦に利用しているにすぎないと。BETA戦の技術を前提にAH戦をする我々とはスタート地点が違うということですのね」

「ああ、少なくとも近接戦に限ってはな」

 

ヘルガは短距離ながら全力で後退をかけ、逆撃に出るゼロから離れる。

要請はおろか合図さえせずともイルフリーデとルナとが援護してくれる。

 

「では私からも情報をひとつ。あのゲルプのリッターはかのユーコンテロの際に鎮圧に参加して何機か撃墜を記録しているそうですわ ― 有人機も数機含めて」

「え、AH戦の経験者なの?」

「それに隊としても昨年のクーデター騒ぎの際に出動してやはり何機か墜としているとか」

「…撃墜機の衛士は…死んだの?」

 

問えばユーコンの際は確実だそうですと、ルナはあえて表情を変えず。

テロリストが相手ではやむを得ないとはイルフリーデも思うけれど。

 

「キルマークつきの実戦経験者というわけか」

「ええ。ヘルガの見立ても時には当たりますのね、凄味が違うと」

「どういうこと?」

「今の世界で対人 ― AH戦に最も注力しているのはアメリカだろう。だが先のルナの話で、そのアメリカのF-22、しかも教導団にすら白兵戦では優るというライヒス・ヴァッハリッター…」

 

 

戦域支配戦術機・F-22 ラプター。

最先端技術と膨大なコストを注ぎ込み成り立つ現行最強の戦術機。その要諦は言ってしまえば「戦術機を狩る戦術機」。

その高性能はステルス性により語られることが多いものの、機動力・運動性・応答性等の純粋な機体性能で比較してなお、唯一採用を賭けた概念実証トライアルにて苦杯を舐めさせられたYF-23を除いて、過去から現在に至るまでの総ての戦術機を凌駕しているとされる。

 

そしてアメリカ軍教導団、その中のF-22装備部隊といわれるのは「教導隊の教導役」。

彼らがF-22を駆っての戦績は ― F-15相手に100戦・F-18なら200戦無敗。F-16とのキルレシオは144対1にも及び、第2世代型最強機との呼び声高いF-15E2個小隊8機を「分隊2機・近接戦のみ」で全滅させたとまで言われ。

 

言うなればAH戦の世界最強部隊。

そんな衛士たちを、限定された特殊条件下とはいえ。

 

たしかにTyp-00も高コストの優れた機体ではあろうが、あくまで機体の主眼は対BETA。

近接戦時の運動性と即応性もF-22比で大きく凌駕するとまでは考えがたく、とすれば衛士の技量で上回って見せたと云うこと。

 

 

「中でも資料映像等で垣間見たに過ぎないが」

 

 

天衣無縫・融通無碍なる天破の剣「ブルー・ブラッド」。

影に侍りて玉体護持する双焔の刃「クリムゾン・ツイン」。

そして死線すら斬り裂く雲燿の閃「ライトニングソード」。

 

 

「リッター中でもこの4機は桁外れだ」

「機動術の極み、『ザ・シャドウ』とはまた違う強さ…」

「そうだ。彼らこそがおそらくは――」

 

 

そう、彼らこそがおそらくは。

 

その刃圏は絶命領域。

 

古来言い習わされ、今も世に言う ― シュヴェルトアデプト。

 

 

「剣の到達者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を過った、ということもなかったはず。

 

半ばまではいかずとも、3割は呆然とした思いで。

襲い来たヴァイス・ゼロから後退して距離を取ったジークリンデ・ファーレンホルスト中尉はその碧眼の視界の隅に、真っ二つに分かたれゆっくりと左右に斃れゆく青い味方機を捉えていた。

 

誇り高く左肩部にあしらわれていた薔薇の紋章ももう確認のしようがなく。

内部構造まではJIVESでも再現されないがゆえ、真っ黒に塗り潰された切断面を覗かせて泣き別れゆく英雄機。あたかも討ち取られた遺骸そのままに。

 

「な…っ、…!」

「た、隊長…!?」

「シュトルムガイスト大尉ィ!」

 

舞う土煙、方々で白の戦侍女らと切り結びながら口々に叫ぶは数多の戦場を共に斬り開いてきた歴戦の番犬たち。

 

欧州の戦場における絶対存在、それがズィーベン・ヘルト「七英雄」。

 

だが至難の戦況を覆し幾多の死線を越えて生還し続けてきた圧倒的強者は今、崩れ落ちた。

我が目を疑う光景にほんの一瞬とはいえ自失し、反射を超えた速度さえ求められる近接戦の最中にそれが致命的な隙となって一気に劣勢に陥る隊機も出る。

 

そして ―

 

「一太刀二太刀と撃ち合わせる、様子見の稽古など不要と…そう言ったのだがな」

 

完全に分かたれ地に沈んでから爆散したシュトルムガイスト機、その爆光に照らされ。

ゆるりとした残心から、そして素早く血払いが如くに太刀を払うは山吹の00式F型。

 

ジークリンデは繋がったばかりの回線から聞こえたその冷たささえ宿した声の響きと、網膜投影のウィンドウに浮かぶ感情を伺わせないその半眼に落とした黒髪の美貌に我知らず息を呑んだ。

 

シュヴェルトデモン――

 

 

命令は、というより受けた願いは、手強そうな敵の足止め。

 

 

今の世にしては十分に恵まれた、しかし探せばどこにでもいる貴族の坊やとお嬢だった。

ひとつ違いの幼馴染みの間柄、やがていつかは彼の家名を名乗るのだろうと淡い想いを抱いていたことも。

 

しかし時世の激流に抗う術なく。

はじめは貴族の務めが6割に生者としての義務感が3割、そして残る1割だけを自己生存への闘志に燃やして。やがては数多の先任と数多の部下の死を乗り越え糧として、受け継ぎ託された想いと願いを次代へと繋ぐため。そうして共に駆け抜けてきたこの十余年。

 

気がつけば揃って英雄などと持ちあげられ、大仰な異名で祭りあげられ。

今となってはその役目に自らの生を捧げんと鉄血の道を歩み続ける彼を支えることこそ自らの生の目的と至上の歓びとはいえ。

 

彼が人知れず積みあげた血の滲むような訓練の成果とまさに血を吐く実戦の経験とは主に「不羈の英傑」の一言で片付けられてしまい ― 謹厳実直・鋼鉄製の無敵の軍人としてのイメージ戦略が行きすぎて、自分も含め隊内で轡を並べる英雄に叙せられる衛士らとすら互いの名に傷をつけかねないとして、対BETA戦スコア以外での競い合いは慎むべく指示が下るほどの。

 

 

そんな、彼が自ら以て任じた役目ゆえとはいえ。

永く内に秘めもはや忘れかけさえした熱を、束の間だけでも滾らせてあげられればと。

 

 

その目論見自体はおおむね上手くいっているものの、

 

こちらもとんでもないモンスターだったようですわ…

 

演習に過ぎないというのに。

飛び交う火線とぶつかり合う刃が発する火花を背景に、ただこちらを向いて佇む山吹色の戦術機を眼前にして、急な喉の渇きをジークリンデは自覚した――

 

 

 

 

 

――わずか、数分たらず前。

 

睨み合いでの牽制、大きく旋回しあいながらも徐々に高度を下げていくリッター部隊をジークリンデは追った。

 

JIVESでも燃料推進剤の残量は考慮せねばならないし正直戦闘にならず時間が稼げるならそうしても良い。自隊で頭上を占位して無用に圧迫するよりはとジークリンデが考えた一方、隊の皆はサムライ達がどう出ようとも受けて立つと意気込んでいたようなれど。

 

先んじて地に降りたリッター達から500m以上離れた地点へ降下した ― いや、する瞬間だった。

 

リッターが一斉に発砲、着地の瞬間オートバランサーが働いて膝部が曲がり衝撃を吸収するそのわずかな隙は熟練者なら誰もが知るところ、XM3の導入なる前から手動操作で一瞬跳躍ユニットを吹かすことくらいは番犬部隊の衛士ならば常識以前の操縦だったが。

 

それでもなおやはり空中もしくは噴射地表面滑走中に比べれば極小時間対応が遅れるその刹那、襲い来た砲撃にも即座に反応したツェルベルスだったがしかしそれらは隊機を狙ったものではなかった。

120mmHESH 粘着榴弾。きっかり11*2発連射で放たれたそれらは番犬部隊前方100mほどの地点に線状に着弾、1発あたり半径30m近くまで猛烈な爆風を伴い立ち上がった土煙の壁を突き破って――

 

 

鬼が現れた。

 

 

手に手に握るは鉛色に鈍く光るカタナ、なんと他の装備はすべて投棄したのかそれのみを恃みにある者は低く地を這うようにある者は急角度の上昇から猛禽が獲物を狙うように。

 

そして迅い。

身軽にしたのはそのためか、変幻自在の「ザ・シャドウ」とはまた異なる、空気より抵抗の少ない流体の中を進むが如くにおそろしくなめらかなその機動の軌跡。

 

迎撃か回避か、ジークリンデの逡巡は半秒にも満たず。

そして死に損ないの熟練兵の集まりをして、交戦許可とまったく同時にすでに構えられ砲列を並べていたMk-57にGWS-9が一斉に火を吹いた。

 

4機に命中。2機を大破させ2機中破。

しかしツェルベルスにはその快哉を上げる暇などなかった。

 

隊のEF-2000は最初の接触で即座に2機が斬り捨てられた。

熟練兵の名に恥じぬ反応速度で兵装担架に斧槍を背負ったがゆえにそれを抜き ― 一合二合と切り結んだまでは良かったが、いとも容易く去なし流され間合いを詰められ主腕を落とされ首を刎ねられて胸部ユニットを貫かれた。

 

そして隊列中央最前列にいたジークリンデ機の前にも1機のヴァイスが ― いや、最初に接触したのはそちらに気を取られた瞬間視覚のみならず意識の死角に滑り込むような角度から襲い来た1機。

右主腕のカタナにそして虚を突く左前腕部から伸び出るダガー、変則のツインブレードを操るその肩部には誇らしげに墨書された「白牙05」。

ジークリンデは辛くもMk-57を盾に一撃を防いで逆撃の間もなく後退をかけ、正面の1機に備えたがそちらは他機へと向かっていった。

 

そうして初撃で生まれた数的優位を活かす暇もなくほぼ同数での巴戦と化したため、相互連携もままならないまま一挙に劣勢へと追い込まれていく。

 

 

そのゼロ・エアストシュラックによる葬列に遅れて加わったのが「衝撃の薔薇」 ― 七英雄に叙せられるデュオン・シュトルムガイスト大尉の青い機体。

 

 

貴公子然とした気障な振る舞いが鼻につくことがあるにせよ、英雄の名は伊達ではなく。

間合いに捉えられた中砲撃戦で挑む危険を素早く察したか抱えていたMk-57を放り出してフリューゲルベルデを引き抜き、向かい来たゲルプ・ゼロに対して先制さえして見せた。

 

その三度の振りは凡百の衛士なら寸断して余りあるほどの鋭さながら、よくよく見れば武装は他と同じく背に佩くカタナ一本のみのゲルプはそれすら抜かずして易く躱し。

そしてこれはこれは戦場に咲く一輪の花よ等々、女性解放や男女同権というより女性尊重という意味でフェミニストを自称する青い薔薇のその言葉に、

 

「――剣で語られよ」

 

平坦なその声に宿るは刃の冷たさ、言い捨てついに抜刀したゲルプへデュオンは小さなため息に肩を竦めて ― だが実際は油断などなく、誘いと思しき一撃の次に先の攻撃ではおそらく故意に見せなかった長柄武器の間合いを活かした最速の右手突き ― シュトルム・シュテッヘンを繰り出し――

 

 

自らを襲ったヴァイスへの恐怖からでなく指揮者としての動きから、大きく乗機を後退させていたジークリンデは見た。

 

 

ゲルプが前に進んだ。

決して速くは見えない動き、しかしするりと「見えていたのに掴めない」、その右方へ身を転じる動きでデュオンの渾身の突きを躱し、そのまま青い機体の首を狙った右片手薙ぎ。

しかし賞賛すべき反応で左主腕を掲げたデュオンは前腕部のブレードでその一刀を受け止めた。信じがたいことに同じスーパーカーボン同士のはずが振られたカタナはEF-2000の幅広の刃に半ば以上食い込み、かつその勢いのままに流れでもしたようにゲルプの機体は右側へ開く。

 

刹那の膠着かと――いや、実際はここで詰みだった。

 

デュオン機の左主腕は受け止めた斬撃の衝撃自体には耐えたようだがカタナが食い込み固定されてしまい、伸びきった右主腕はフリューゲルベルデの長柄末端を握った状態。

そして左兵装担架の突撃砲はダウンワード展開したところでデュオン機左側面へと開いたゲルプは射角の外、瞬時にそれを悟ったデュオンは躊躇なく右の斧槍を放したが――遅かった。

 

「――」

 

声ではなく。音もわずかだが裂帛の呼気。

 

片手、右、開いた姿勢に固定された刃。

しかしその状態から仮想の大地に爪立てた脚部を支点にゲルプ機全体の電磁伸縮炭素帯が静止状態でなお撓み捻れて縮むや即座に伸び上がり、同時に点火した跳躍ユニットが瞬間的に朱い炎を吐き出す。そしてコンマ1秒未満でトップスピードへと達したゲルプの回転力その総てのベクトルは唯一点、デュオンのEF-2000の左ブレードに食い込んだカタナへと伝達された。

 

 

―斬鉄―

 

 

ゲルプのその一刀は一瞬でデュオン機のその左主腕とセンサーの集中する頭部ユニットとを斬り飛ばし、続いて身を翻すや大上段からの一撃でその勢いに1/4回転させられた英雄機の命脈を真っ二つに断ち斬った――

 

 

 

 

――目の前の出来事が信じがたい。

 

絶望的な戦場は何度も見てきたし体験もしたが、この現実感のなさは極めつけだ。

 

テイクバックもなしに戦術機のみならず超硬炭素刃を寸断してのけるとは。

それぞれわずか収縮捻転させた機体四肢と跳躍ユニットのロケット、そのすべての出力を練り集めて脚部を支点としてカタナのしかもデュオンのブレードとの接触点に集中させたのだろうと、そんなおおよその推測だけは立てられるとはいえ。

そんな精緻極まる制御が可能なのかと、一方ジークリンデは自分の中の冷静な部分でこれが演習で良かったと心底安堵していたものの、

 

「! おやめなさい!」

 

彼我の距離100m以下、こちらを向いて一見無警戒にしばし佇んだかのようなゲルプにその右側から隊機が1機、突撃砲を撃ち放ちつつ突っ込んだ。

背に負うフリューゲルベルデを抜くその動作も名にし負う西ドイツ最強部隊、ひょいと無造作に火線を躱したゲルプを逃がさぬ読み通りとばかりに横薙ぎの一閃 ― しかしそう振りかぶった瞬間にはすでに懐に入られていた。

 

―天(転)―

 

EF-2000は斧槍を振り出す右主腕をゲルプに絡め取られてさらに上方向に捻られ自らの推進力で縦方向に一回転、同時に重量武器を最大速度で扱う必要からその方向へ強固にロックされようとしていた右主腕のカーボニックアクチュエーターは予期せぬ方向からの力に断裂。

 

―地(血)―

 

搭乗衛士の思考制御など到底追いつかぬ中 ― EF-2000のシステムは機体の回転を検知しオートバランサーが噴射もしくは逆噴射での姿勢制御を提案したが前者は高度制限により排除され後者は単純に必要推力の確保が間に合わなかった。

側面から轟音と共に地に叩きつけられたEF-2000はその衝撃で激しく揺さぶられるに留まらず跳躍ユニット片肺が破損、

 

―人(刃)―

 

そしてその無防備に晒される胸部側面にゲルプのカタナが突き込まれた。

管制ユニットに致命的な損傷。衛士死亡。

 

 

実際の時間にして、わずか2秒たらずの攻防。

一分の無駄とてないその動作は、まさに――

 

 

「な――!」

「く、この…!」

「おやめなさい!」

 

今一度。常になく珍しい、隊内通信へのジークリンデの叱責。

動揺し憤る列機衛士らの顔を見渡しつつ目配せ、視線に込めるは「こいつに近づくな」。

といっても、

 

「おのれ次々と…!」

「だが我々とてさんざん戦場では近接戦を積んできたんだっ」

「大ぶりは避けろよ!」

「懐に入れるな、突いて放せ!」

 

残る隊機は未だ意気軒昂なれども、それぞれ食いつかれては有利な間合いを欲して引き離し引き剥がそうとしてすでにほとんど地上におらず。

初撃で4機戦闘不能に追い込みはしたがこちらもすでに4機落とされ――中でも今向こうの古参機と思しきヴァイスに追われる列機の命運は。

 

明らかに戦況は不利。

周囲には斬断され擱座した味方機の残骸に、投棄されたり被撃墜時取り落とされた兵装の類が散らばりあるいは突き立つまさに戦場の様相。

 

「…聞きしに勝る凄まじい手並みですわね」

「過褒です。先の大尉殿の手妻もお見事でした」

 

その中でジークリンデが繋がったままの通信ウィンドウに話しかければ。

そのゲルプを操るリッターの整った容貌は感情の有無を疑いたくなる程度に人形めいてすら見えたものの、つきあってくれる程度の愛敬はあるらしい。

 

「あら、デュオンを御存知?」

「貴軍就中貴隊の武名は遠く八州に迄響いておりますれば。『七英雄』の名、知らぬ衛士は居りますまい」

「それは光栄ですわ」

 

綺麗だが、おそろしく堅い英語。

どこで覚えたのか妙に古い言い回しが多く、聞き取りに少し自信がなくなる。

 

 

だが、してやられた。

地上への引き込み意図は予測の範疇内だったとはいえ、まさかここまでとは。

 

空中でもおそらくは他にやりようがあったのだろうが、土煙を利用した目くらましといい地表を強力無比な剣術の確固たる支点として利用するのみならず大地そのものを凶器とする体術といい、やはり近接戦、なかでも地上戦はカンプクンストに秀でる彼らに一日ならずの長がある。

 

 

「数も合わせてくださったのかしら」

「慧眼恐れ入ります」

「侮られたと怒っていいところ?」

「まさか。貴隊には胸を借りる所存にて、然りとて多数で攻めるは如何かと思った次第」

 

しれっと返される答えに。東洋人の表情は本当に判りにくい。

リッターらが降着していた地点には突撃に参加しなかった1機が佇み、そこへ被弾し中破した2機も合流していく。

 

「でしたら期待外れを詫びなければなりませんね」

「それこそまさかです。憚らず申し上げれば、元から我らに有利に過ぎる条件です」

「どういうことかしら」

 

問うたジークリンデに、ジングウジ少佐もお人が悪いと黒髪の女剣士は言葉を紡いだ。

 

「我らは言うなれば局地戦部隊。必要とあれば先陣でも殿でも光線級吶喊でも務めまするが、全領域での任務に当たる貴隊とは装備も人員の質も異なるもの。通常の対BETA戦、こと他兵科連携での運動戦ともなれば貴隊の戦果には到底及びますまい」

「貴女たちにそう言われても信憑性がないですわ」

「恥を申し上げるようですが、衛士としての総合力では自分を含め貴隊の隊長格の方々に比肩しうる者は我が隊に居りませぬ」

 

その言葉に内心ジークリンデは顔をしかめたくなった。

開幕の砲撃後に速度と運動性の確保のためだろうがカタナ以外の装備を全部投棄しての突撃などと、自棄でもなければ最初から近接戦で仕留める自信があったのだろう。謙遜は日本人の美徳だと聞きはするがそれも過ぎればかえって嫌味、しかしそこへ、

 

「隊長は突撃と殲滅しか言いませんもんね」

「…余計な事を言うな」

 

空から地から、ゲルプの周りに集いて来たる揃ってカタナを携えたヴァイスが4機。

仮想ゆえオイル濡れまで再現されていないだけで、おそらくはそれらの刃すべてが我が隊機の血を吸ったもの。古参の番犬共を狩り殺した凄腕達。

 

あっという間に静かになってしまったツェルベルス第1第3混成中隊内通信。

ちらりと目を配ればほど近い場所でそれぞれ主腕を飛ばされ脚部を失い、そして例外なく胸部を斬られ貫かれて頽れ停止した番犬機たちの骸が晒されていた。

 

だが ―

 

 

「07と09がまだやってます、良い鍛練にはなるかと」

「そうだな、やらせておこう」

「ところで隊長、あの」

「なんだ?」

「これ…よかったんでしょうか」

「ちょっとやりすぎだったのでは?」

「だが斯衛の流儀を存分にご覧に入れろとの神宮司少佐の御命令だ」

「でも独逸さんは明らかに時間稼ぎのようでしたよね」

「そうだな」

「仏軍部隊を待つのではなく、中尉と戦う大隊長機の処へ行かせぬがためでは?」

「そうだな」

「真壁大尉の隊も向こうで相手してもらってますし。墜とされてないの不思議です」

「そうだな」

「それに不利を承知でわざわざ抜いて向かって来ますからね、でなければこう簡単には」

「そうだな」

「要するにとりあえず仕合いつつ大将機同士の決着を見守る的な雰囲気だったのでは?」

「そうだな」

「なのに先手必勝初手全開でやりたい放題」

「しかも『色つき』まで斬っちゃって」

「正直ドン引きされてませんか」

「また空気読めないとか言われますよ」

「…そうだろうか」

「そうですよ」「そうだそうだ」「私達まで同類と思われちゃいます」「え、それは嫌」

「ちょっと待て貴様等……、いや、問題なかろう。中尉の邪魔をするつもりはない、敵は総て斬り倒して決着を待てばいい。異議あらば剣にて申し受けるのみ」

「えー」「ほんと刀を握ると…」「駄目だこの人…」「脳筋」

「黙れ。仏軍部隊撃滅の報は貴様等も聞いたろう、ほどなく少佐殿が此処へおいでになるぞ……目標未達で折檻されたいか?」

「ええ…」「こ、今度はどんな辱めを…」「お嫁に行けなくなる…」「なら代表で隊長が」

「ふざけるな、連帯責任だ」

 

 

なにやら日本語で口々に言いあうリッターら、その素顔らしき様子はツェルベルスの若年組とそう大差ない。むしろ容姿としては余さずヴァルハラへと発ってしまった最年少組に近く幼く見えるほどだが、前もって閲覧したデータからするとおそらくリヨン攻略の際には参加していた衛士らなのだろう。F-15改修機に乗っているときも精鋭だとは感じたが、さらに腕を上げたかゼロに乗せて本領を発揮させるとここまで脅威とは。

だが任務上一度見た顔と名前は覚えるようにしているジークリンデにしても、ごくわずかな邂逅だった東洋人ひとりひとりまではさすがに記憶に留めていない。

 

今、名前と顔を知悉するのは色違いの装備に身を包んだ一人だけ。

 

「決定だ、さあ行け」

「了解しましたー」

 

そのゲルプの衛士がこれ以上は取りあわないとばかりに目を閉じて命じ。

通信ウィンドウに加わっていた4人の白い強化装備を纏った衛士らが飛び立った。向かう先は――第2中隊ローテの戦域か。

見れば一旦後退していた中破機2機と、そもそも最初の突撃には加わっていなかった1機とが投棄されていた兵装を集め抱えて合流した後、見事なデルタを組んで同方向へ飛んでいく。

 

参戦したフランス軍中隊も現れない。

機数からしてこの戦域にいないライヒ部隊はわずか4機1小隊のはず、かの「前衛砲兵」を除けば真の手練れは数名程度だとは思っていたが、まさか敗退したのだろうか。

 

「――こちらツェルベルス・シュヴァルツ02、ローテ01」

「ローテ01である」

「ゲルハルト卿、申し訳ございませんわ。抜かれました、完調5機に損傷2機がそちらへ」

「ほう。了解である」

 

普段と変わらぬララーシュタイン大尉の声の背景には、近接戦の轟音に衝突音。

それに別れを告げてから向き直れば、隙をうかがう素振りすらなく佇む山吹色の鬼。

 

「――お待たせして?」

「いえ」

 

 

実際のところ、ことはそう深刻ではないにせよ。

 

いっそのこと欧州最強部隊などという重い看板も外してしまいたいほどだけれど、その誇りが支えているのは実は当のツェルベルス隊員ではなく国を喪い間借りの傭兵じみた境遇に甘んじている我が同胞ら。

 

そして――

 

 

「!」

 

そこで管制ユニット内に警告音、接近する味方機と敵機の表示。

対峙する白と山吹、そのそれぞれの背後をまさに地を這う高度で甲高いジェット音を響かせ別れ駆け抜けて行く黒が二機。

 

「状況は如何でしょう、マイン・ケーニッヒ」

「面倒をかけるな、もう少し頼む」

「了解いたしました」

「なんだ中尉、苦戦中か?」

「…ああ。だが問題ない」

 

交わされる二対のやりとり、視線は互いの敵手に向けたまま笑んだ女たちに後事を託したかのように、膠着状態から脱した黒と黒とがその鋭い機動が描きあう弧の交点にてもう幾度目かとも知れない衝突で火花を散らす。

 

 

傲然と聳える指揮者としてではなく。

鍛えに鍛えたその力を、ただ一人の衛士として思うさまに振るうその姿。

 

 

そう、我が王のその、稀な愉しみを中断させるわけには。

 

 

ジークリンデは刹那その長い睫を伏せて、口元に常の優美な微笑を浮かべた。

 

「申し遅れましたわね、私はジークリンデ・グラーフ・フォン・ファーレンホルスト」

 

ヴァイスヴォルフ ― その名にし負う純白のEF-2000の右兵装担架が持ち上がり、そして帯びたるは荘厳なる翼 BWS-8 フリューゲルベルデ。

 

平時に戦時を問わずして、狼王の傍ら常に典雅に控えては陰に日向に支える后狼。

そのやや目尻の下がった優しげな眦はしかし――

 

「ブンデシア・フィーアウントフィアツィヒ・パンツァーバタリオン『ツェルベルス』ロイトナント・アングリフスアヴァンガルデ・グルッペンフューラー」

 

 

本来子狼に狩りを教え込むのは、王のつがいの雌狼の役目。

 

他ならぬ、我が身こそが突撃前衛長。自ら突撃前衛として最前衛で指揮を執る、狼王の補佐がために実戦で斧槍を振るう機会はそう多くはないとはいえ。

 

 

「――これは失礼した」

 

そして対するもののふもまた。

 

「鄭重なる御名乗り痛み入る。私は日本帝国摂家崇宰一門が譜代、正六位衛士所司篁唯依」

 

だらりと提げていた74式近接戦闘長刀を両主腕に持ち替え。

持ち上げられゆくその刃は堂々たる八相 ― 蜻蛉の構え。

 

「斯衛軍中尉を拝命し欧州派遣兵団第1連隊遊撃斯衛第2中隊を預かっております」

「高名はかねがね。ライヒスリッターが誇る若きサムライマイスターのおひとりと」

「噂には尾鰭が付き物と雖もこの未熟の身には些か過ぎた風聞です――が」

 

そして蜻蛉から霞へ、黒耀の瞳が再び半眼に落ち――

 

「いくさ場の倣いにて」

 

 

― 御命頂戴仕る ―

 

 

天を向く刃、その切っ先が狙うは紛れもなく后狼の喉元。

 

その刹那に途端、空気がわずかに重く。

ジークリンデは通信越しにも関わらず首元にひやりと冷気を感じ、冗談に聞こえませんわとゆっくりとフリューゲルベルデを持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます

えー…収拾つきませんでしたw

いい加減そろそろ模擬戦編は終わります、すみません

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。