Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 19

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。ボスニア湾南端・旧フィンランド多島海域。

世界最多の島嶼密集海域、その中で最大の島となるファスタオーランド島。

欧州連合軍前線基地。

 

北緯60度になる当地は初夏が近づく現在20時を過ぎてもまだ日は沈みきらぬ薄明の夕べ、去る93年にBETA制圧地となって以降絶えていたこの地に人類の灯火が戻ったのは昨年秋。

 

しかし往時の北欧防衛・撤退戦に用いられその後放棄されてから再度の駐屯に至っても最低限の更新だけですまされている基地施設は十全とは言い難く、警戒線は主に旧スウェーデン東岸と旧フィンランド西岸の陸上に三重に張り巡らされた震動センサーが中心でサーチライト等の夜間装備は必要最小限の復旧に留められている。

 

広大な基地施設の照明類もそれは同様で、また遅くまで沈まぬ太陽とはいえ夕刻を過ぎれば気温も10℃をゆうに下回るが――今宵、主格納庫は熱気に包まれていた。

 

 

衛士達の宴がなお続いていたがゆえに。

 

 

JIVES。

 

膠着状態を打ち破ったのは、最初と同じく出力に勝る漆黒の戦術機EF-2000 ― いや、それを駆るヴィルフリート・アイヒベルガー少佐はそう思っていなかった。

 

 

銀髪に浅黒い肌の美丈夫。

西ドイツ最精鋭部隊の長として、広く欧州に知らぬ者などおそらくいない「黒き狼王」。

 

その鋭い眼差しは知性に満ちた冷静さに冷徹さを備え ― だが今は、常にはそこに存在しない…いや自覚しつつ秘めてきた獰猛さが黒い炎と化し燃えていた。

 

 

その乗機たるスペシャルチューンのEF-2000、その管制ユニット内の狼王が見る機能視界には手四つに組み合う敵機 ― 狼王機の黒よりさらに闇に沈む黒に染め抜かれた機体。

 

 

極東の機械仕掛けの鎧武者、00式C型。

操る衛士は「ザ・シャドウ」 ― ドッペルクリンゲ・アム・エンデ。

 

雑に伸ばされた茶色の髪、同色の瞳はしかし虚無を宿して。

 

 

拮抗した状況下、狼王機に右マニピュレーターの警告表示。

EF-2000の形作った拳を握る闇色の00式C型 ブラック・ゼロはその指先までもがブレードエッジ。

その左主腕にて先の狼王の蹴撃を受け止めた際に頑強に保持していたはずの兵装を取り落としたことからして、破損とまでいかずともさすがに機能低下を引き起こしたのかすぐさま握り潰されるようなことこそなかったが ― このまま爪立てられれば手背から貫かれて損壊は免れ得ぬと――

 

否、だからこそ尚の事狼王は主機と跳躍ユニットの出力を上げた。

EF-2000の両の跳躍ユニットから噴き出す赤炎。

 

右拳は握り潰されるに任せ、逆にその勢いのままにブレードで貫く――

 

「…ッ」

 

崩れる均衡、だがその押し込む直線的な力の軸を瞬時に横方向へとずらされたのは双刃の業。そして双方ロケットに点火しての瞬間的な速度の上昇で砂塵を巻き上げながらその場で2回転するや、その遠心力を利用した形で狼王機は双刃に投げ飛ばされた。

 

「やる、…だが」

 

読み合いには敗れたかに見えた狼王、しかしうっちゃられたその方向こそは我が征く道とばかりに、

 

「…!」

「使わせてもらおう」

 

投げの勢いには逆らわずさらに飛行した先には先に双刃が取り落として地に突き立つTyp-74 サムライブレード 74式近接戦闘用長刀、着地などせぬままにその柄を掴み取るやさらにそれを支点に反転するや抜き放ち追撃にと迫った双刃へ斬りかかった。

 

グロントフーテン・フォム・ターク。上段からの豪壮な斬り落とし、双刃が咄嗟に残された一刀で防ぎ止めるや即座にドビヤン ― その弾きの反動までも利用しての再度の一撃、大質量物同士の衝突音が二度。

 

撫で斬るのではなく叩き斬る、だがただ苛烈なだけでなく芯を捉えて重心の乗った振り下ろしを受け止めさせられさしもの双刃も離脱の隙を奪われる。

しかし三度目の太刀が黒い雷となって振り下ろされるその瞬間、双刃が跳躍機の噴射と共に地を蹴って前へ出――るや、まさに落とそうとしてた刃を返して狼王機が飛び退った。

 

あのまま振り下ろせば双刃はその右肩口で狼王の一刀を刃区 ― 鎺金のほど近くにて受け、同時に空いた左主腕の00式近接戦闘用短刀にてその胸部ユニットを狙っていた、それを読んでの攻防ながら今度はすかさず攻守ところを変えて退がる狼王機を黒い鬼が追う。

 

「状況は如何でしょう、マイン・ケーニッヒ」

「面倒をかけるな、もう少し頼む」

「なんだ中尉、苦戦中か?」

「…ああ。だが問題ない」

 

そして伺う雌狼に佇む牙の、立ち合い場所を挟み越えて駆け抜けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――くすんだ長い金髪を編み、碧眼に純白の強化装備。

「白き后狼」ジークリンデは地上戦を続ける。

 

応じるは黒髪にわずか紫がかった黒瞳の。

山吹色の強化装備に身を包む、極東屈指の剣闘衛士・篁唯依。

 

 

共に付近に生存の隊機はなく。

今、飛び去った男達が空戦を続ける蒼穹の下、赤茶けた荒野を現出させたこのJIVES。

被撃墜機がもたらす煙までは再現されないが、機能停止と判定されても爆発四散扱いでなければその残骸や兵装は領域に残り続けて彼女らの戦いを見届ける。

 

 

高く。ジークリンデは右主腕で柄を掴み、掲げたフリューゲルベルデの刃は唯依機に向けつつ同じく上げた左主腕のマニピュレーター掌で支える。置くだけならば斬れなしない。

 

「…」

 

眼前にはカタナを構えるタカムラ機、彼我の距離はおよそ30m。

 

よく…デュオンは立ち向かいましたわね…

 

こうして武器を構えて差し向かえば、判る。

戦術機の管制ユニット内、しかも強化装備着用で空調は完璧のはず。

にも関わらず、こめかみから滑り落ちる一筋の汗をジークリンデは自覚した。

 

 

空気が、わずかにだが重く。

さらに微量に帯電したかのような緊迫感が押し包む。

 

 

例えば単機で要塞級に相対した場合 ― 60mを越えるその無機質な巨大さゆえの威容に圧倒されることはあったとしても。

目の前のTSFは、しかしそのBETA巨大種すらも火器を用いずして容易に屠りうる威を18mのサイズに凝縮したいわば暴力の塊。

 

その発する、静謐の中の確固たる殺意が周囲の空気を圧して撓ませるのか ―

 

 

 

すでに一足一刀の間合いの直前、迂闊に動けば即座に斬り捨てられる。

 

地上戦に応じているのはあえての部分がないではないが、実際のところ左兵装担架の突撃砲GWS-9を使おうにも主腕に握らせるどころかダウンワード展開する間に相手は眼前に迫っているだろうし、そもそも左脇に展開してしまうとその後は左主腕の動作を阻害することになる。逃げの姿勢で飛び立ち距離を取って砲戦に持ち込もうなどとしても、この距離からでは120mmの照準を定める前に両断されてしまうだろう。

 

 

とはいえ…やりようがないわけではないですわ…

 

動かぬタカムラ機にじりじりと少しずつ待機状態の跳躍ユニットの出力を上げ、そして長柄の間合いに――

 

「Los!」

 

流麗なる一撃、しかしその破壊力は重く。

右主腕一本、だが関節部の扱いを極めて精緻に柔らかく。振り出し以外に負荷をかけずにしならせてはフリューゲルベルデの重さ自体を武器とした振り下ろし、さらに左跳躍ユニットが一瞬だけ下方へ噴射し機体を僅か浮かせたその自重をも載せて。

空中ならばまだしも「足下を塞がれた」地上で、見かけ以上に荷重が大きく迂闊に受ければ防いだ長刀ごと截断ならずとも敵機にめり込ませるその威力、だがそれすらも、

 

「ッ――」

「!」

 

やはり初見でも!

 

瞬時に察したか絶妙に刃上を滑らせ流してみせた唯依機の動きに逆らわず、ジークリンデは振りきりの形を後押しするように右跳躍ユニットの噴射で乗機をくるりと回転させつつやや沈ませて、狙い来た唯依の右手突きを――

 

「Jetzt!」

「!」

 

その長刀の腹を左踵後ろ回しで蹴りあげ逸らす。

そしてそのままさらに噴射をかけた右跳躍ユニットの推進力でもう一回転 ― 斧槍の柄をマニピュレーター掌中で滑らせ間合いを調整、体の崩れた唯依機へとフリューゲルベルデを振り下ろした。

 

流麗だが剛風を伴うその一撃、途切れぬ斧槍の風切り音に重なる断続的な噴射音。

二度に渡る斬撃の軌跡、描かれる銀月に吠える和音 ― ヴァイスヴォルフヴァイゼン。

 

だがその二つ目の月輪もまた長刀を跳ね上げられた姿勢のままに上体を反らした唯依には半身で見切り躱される。

そして逆撃にとそのまま左脚部を大きく踏み込ませて右主腕から左を添えての斬り上げが ― 地擦り斬月。

 

またも振り切り流れるジークリンデ機はしかし、躱され地を穿ったフリューゲルベルデを一瞬の支点に同じく踏み込んで唯依機の主腕から背へと廻るように舞いを見せ、下から大きく弧を描いた唯依の一刀から逃れて距離を取る――が。

 

「――」

「…!」

 

やはり迅いっ…!

 

長刀を振り上げた勢いそのままにその山吹の00式を翻した唯依が瞬時にジークリンデを追撃、右脇構えからの斬り上げは即応して右主腕にてフリューゲルベルデを掲げた純白のEF-2000の死角たる左側から襲いかかるはずが、

 

「ッ」

 

短距離噴射地表面滑走からの唯依の最後の踏み込み、だがその地点には撃墜され倒れ伏す白の00式の残骸。

骸への慮りというより不安定な足場を嫌う実理の面から思い留まったか避けた唯依にすかさずその間合いの外からとなるジークリンデの横薙ぎ ― しかしそれも柔軟に上体を反らした00式に頭部遮光板その寸前で躱され、斧刃の烈風が山吹色の装甲を撫でるに留まる。

 

「成程――」

 

回線に流れる唯依の呟き、と同時にやや崩れた姿勢からの戻しを反動にして脚部出力も用いての小跳躍、続く刹那の降下噴射から斬り下ろし、薙ぎ、払うも ― それらをジークリンデは受け、退き、そして払いの一瞬前に至近に膝を突き擱座していた番犬機EF-2000の陰に後進で滑り込んだ。

 

「地の利に――」

 

わずか棚引く土煙。

山吹色の戦術機は残骸に斬り込む寸毫手前で太刀を止めていた。

 

「流水ですか」

「貴女と同じように動いていてはついていけませんもの」

 

そして残心を取り直る雷鳴の剣士に白き狼はさらに退く。

 

玉鋼の無表情の唯依にジークリンデは薄笑みを絶やさず。しかしその実片や感嘆、片や手に汗うなじに冷や汗。くすんだ金髪が白い肌にわずかはりつく。

 

 

間合いは長柄のフリューゲルベルデに利があり、一撃の重さもまた。

いや、現実はそうとばかりに限らないことを歴戦の白き后狼は理解していた。

 

 

BETA比でも明らかに俊敏な第3世代型戦術機。

ゆえにそれ同士での近接格闘戦において真に重視されるべきは――速度。

 

軽量なTyp-74、単純に考えれば大質量のBWS-8が破壊力に勝る。

だが精鋭リッター ― 中でも眼前の彼女の域にまで達した衛士が振るうその剣速はBWS-8比で5割は速く、適切な作用点でのその運動エネルギー量はフリューゲルベルデのそれを凌駕する ― おそらくは最高速となるのであろう大上段からの振り下ろしで、モース硬度にして15を超えダイヤモンドに匹敵する強度の突撃級の装甲殻を一刀両断にする映像はその脅威を如実に示すもの。

さらに高い斬撃速度はあたかも手練れのサムライが舞い散る花びらすらも寸断するが如くに、仮に空中戦時に攻撃対象の見かけの重量が小さいすなわちベクトルが同方向の状態等であっても十分な装甲貫通・切断能力を実現する。

そして武器自体の耐久力の低さは高精度で特定部位を狙える衛士の技量が補う形で、同時にそれが高い殺傷力の源ともなる。

 

本来、個の戦力に特化した「武術の達人」などというのは、軍組織の中では教官として重宝されることはあっても戦場では大して役に立たない存在だったはず。しかしその個の力を幾重にも倍化させる戦術機戦闘、しかも双方頭数の限られた局地戦となった場合のその威力たるや――

 

 

さらには目の前のゲルプ・ゼロ ― 唯依機のその動きは連続しての噴射地表面滑走や細かなステップワークから隙をうかがう戦法ではなく。

摺り足もしくは停止状態から瞬時に最高速へと至るかのような、静から動へと突如変化するその歩法闘法はジークリンデから見てまさに東洋の神秘。

 

だがそれに応じる后狼とても機体制御の精密性と文字通りの柔軟性で、数多の戦闘経験から来る視野の広さと推測に優れた反射でもって後の先を狙う。そして迂闊に兵装担架の突撃砲に頼る愚を犯さない、この距離では射撃を意識したその瞬間に機体の重要部位のどこかが斬り飛ばされてしまうだろう。

 

「しかし見事な…この手数で仕留められなかった相手は久方振りです。浅学を晒すようですが、独逸の剣術というのはそのような?」

「半分は自己流ですわ。女の細腕にはラングシュヴェルトは重すぎますから」

「そうですか、しかし至極理には適って…こと戦術機戦に用いるならば、その斧槍の質量に機体重量をも載せた一撃を以てすればたとえ太刀筋を見切られようとも――」

「相手がダガーやモーターブレードならば、受けたそれごと潰せますでしょう?」

 

対BETAにはほぼ必要がないとはいえ、仮想敵には有効な手段。

 

その言葉に膝を打ったように感服致しましたと述べた唯依に、周囲の張りつめていた空気のわずかな緩みをジークリンデは感じた。

 

「マイスターのお褒めに預かり恐縮ですわ」

 

とはいえ防禦以前に初撃以外を総て躱されていては話にならない。

どうやら最初のあの一太刀だけでその意図に間合いから太刀筋までも読み取られたらしい、そもそもわざと受けたのかも。

リント少尉からもらったデータで、ゲルプの近接戦時の「ミキリ」距離が10cm程度だったというのは誇張でも誤りでもなかったようで。

 

主に攻めていたのはこちらだったが内容的には明らかに負けている、それが判らない相手ではないはず。だから今こうして交わす会話の時間も、もしやすり減らされる集中力の回復の暇を与えるためのものなのかもしれないとすら。

 

「そう過分に持ち上げられましても…もう一つお尋ねしても宜しいでしょうか」

「お答えできることでしたら」

「では ― 最初背を向けた中尉殿に私がこう、突いたとき。蹴りで払われましたね」

「ええ。はしたなかったのはお許しいただけなくて?」

「いえ、そうではなく。あの時私がこう、刃を立てていたら――」

 

00式が突きの構えを取る。

引かれた長刀は刃が地を向き。

 

「下から蹴り出した脚部が逆に寸断されるやも。そうお考えにはならなかったのですか?」

「いえ――」

 

ほんのわずかジークリンデは言い淀む。

 

咄嗟の判断、根拠はなかったと、言ってしまうのは簡単ながら。

そんな誤魔化しが通じる相手でもないだろう。

 

「――貴女なら」

 

 

確信していた。

背後から突くなら ― 刃を寝かせると。

 

 

「前後屈曲を考慮した取り回しのTSF背面装甲を貫通するには、その方が」

 

 

そして少しでも横方向に広い破壊範囲で、管制ユニットを「中身ごと」攻撃するため。

 

 

それは紛れもない、殺人の手管。

 

 

「――成程」

 

答えを得るや、再び黒の瞳が半眼に落ちかけ。

 

「確かに、筋の通ったお考えです。お答え頂きありがとうございます」

 

緩みかけた周囲の空気がまた硬度を増した。

だがジークリンデは返って好都合だったとばかりに、あえて掲げていたフリューゲルベルデを下ろした。

 

「元々は骨に邪魔されず背後から内臓を刺すための技術だったのでしょう?」

「はい。よく御存知ですね」

「その程度は。…AH戦の先達たる貴女には種々ご教授いただきたいですわ」

「そう呼ばれるほどに経験があるわけでは」

「少なくとも5機以上。それだけ有人機を墜とした衛士はそう多くはありませんわよ」

「……確かに、彼是と御存知の御様子」

 

紫にやや剣呑な光を放つ黒瞳、しかし対する碧眼はそれを真っ向から受け止めた。

 

「揶揄するつもりはございませんわ。隊を預かる者として何か参考にさせて頂ければと」

 

 

彼女は数少ないAH戦の実戦経験者。しかも近接白兵戦。

共に遠くアメリカはユーコンと、ライヒの鎮圧戦で。

 

正確には戦闘法の教授を願うというより。その後の身の処し方を聞きたかった。

失礼な問いだとジークリンデは解っていたし、命令と任務への服従が義務の軍人としては無意味とも。だが隊を率いていく上で、聞けるなら聞いておきたかった。

 

このご時世に長く衛士などをしていれば、死していく人間を見た回数などそれこそ両手足の数でも到底足りなくなる。

他ならぬジークリンデ自身、BETAに潰され喰われる味方の衛士のみならず今際の際の苦しみに「慈悲の一撃」を与えられる同僚を見送ったこともあれば、自ら手を下したことさえも。

 

だがそれとは、根本的に異なる問題。

それを彼女自身は、あるいはライヒはどう整理しているのかを。異星の怪物BETAではない、同じ人間を殺さねばならなくなったとき、殺してしまったとき。

群れの仲間たちのケアの方策を探る意味でも聞いておきたかった――のだが。

 

 

「そうは仰いますが」

 

唯依もまた、突きの姿勢から長刀を降ろした。

そして一息とばかりの呼気の後に戦気を収め、ジークリンデもそれを悟ったが場の空気から緊張感は消え切らない。

 

「音に聞こえた欧州屈指の精鋭部隊、貴隊の衛士はそう柔では御座いますまい」

「もちろんそう信じてはおりますわ。けれど現実が優しいとも思いませんの」

 

后狼の金髪の美貌にやや陰が落ち。

実年齢よりははるかに若く見えるジークリンデだが、地獄と化した欧州撤退戦からの85年イギリス本土防衛戦を経験したその戦歴は欧州連合生残の現役衛士の中ではほぼ最古参に相当する。

 

 

78年のミンスクハイヴ攻略を企図したパレオロゴス作戦の失敗による戦力損耗の影響もあり、以降80年代中頃にかけて東西欧州各国はBETAの数の猛威の前に次々に陥落した。

その総死者数は未だ詳細な数が算出不能な規模に及ぶが――その犠牲者のすべてが、異星生物の直接的な蹂躙によるわけではない。

 

我先に逃げようと他人を蹴落とす者、隣人より少しでも多くの物資を蓄えようとする者、そしてそれを奪わんと企む者にそれらを抑えんとする者。我が身我が妻我が夫、そして我が子の可愛さゆえに。

 

混乱。内乱。暴動に略奪、そしてその鎮圧。

 

自らの生存に直結する巨大な社会不安は、従来存在した矛盾に対する不満を倍化させて爆発させ人々を混沌の渦に叩き込んだ。騒乱の規模が大きくなりすぎ警察機構では手に負えず軍が動員されても、その軍自体があまりに圧倒的なBETAの戦力の前に疲弊していた。

 

代表的なものでは79年、BETAの逆襲によりミンスクハイヴからわずか500km西の首都ワルシャワを直撃されたポーランドは早期に政府上層が丸ごと喪われて大混乱に陥り、その撤退戦は酸鼻を極めた。

第二次世界大戦後に復古された街並みを根こそぎ破壊しながら迫ったBETA群にむさぼり食われる人々の傍ら ― 彼らを守らんと戦った軍も、指揮系統が混乱する中そのあまりに絶望的な戦場に任務放棄の逃亡や生命惜しさの裏切りが横行。その後ワルシャワ条約機構軍の救援があったものの結果的には膨大な数の市民の命が失われ、また生き残った者たちの心にも消せない疵を残した。

 

窃盗、強盗、暴行、傷害、そして殺人。

各国各地域でそれぞれに差はあれど、BETAの脅威によって発生しまた浮き彫りにされた人と人との諍いの構図により多くの人命が喪われた。

極限状況の中でただ生きるためだけに人々は有無を言わさず直接間接問わぬ加害被害の状況に置かれた。時に善意を仇で返されその復讐がさらに復讐を呼ぶ負の血の連鎖に絡め取られて、結果その両者ともの多くが大陸脱出後も心理的な負荷にさいなまれ続けた。

 

その意味では、人類の護りとして戦陣に立つ軍人、なかでも自らの身を危険に晒す衛士などはその分そうしたいわばサバイバーズ・ギルトからは免れえている方だといってもいい…

 

 

一方で、現在すでに欧州連合軍の年少者たちはその悲惨極まる欧州撤退戦を実体験した世代ではなく。比較的大陸からの脱出が遅かった者たちだとしても欧州脱出ダンケルク作戦の終了は84年で避難時はおそらく記憶定かならぬ幼年のころ、若い彼らはその人と人とが奪い殺しあう日常を目にしたとしても覚えているかどうか。

 

概して若く瑞々しい感受性は弾力的でも傷つきやすく、時として恢復不能な疵を負う。

ジークリンデ自身、なんらかの理由で精神に傷を負って戦えなくなるに留まらず、病床から起き上がることもままならなくなった戦友や部下を幾人も見てきた。

人類の前衛として立つ、その自負があってなお。

 

 

なれば況んや同族殺しをや。

旧い傷を持つ者も、未だ怨嗟の断末魔の叫びを浴びせられてはおらぬ者も――しかし。

 

 

「御説は一々御尤も乍ら…何某かの参考に等、私は些か不適格かと」

 

極東のサムライは、ひとつため息をついた。少しだけ申し訳なさそうに。

 

「なぜかしら」

「先ず状況です。そも、ユーコンの折の相手は武装し攻撃の意思も明白なテロリスト。交渉の余地なぞ端から無く鎮圧の手段も他に御座いますまい」

「それはそうですわね」

「まして大逆未遂の徒等はまさに逆賊。果ては畏れ多くも玉体に弓引く迄に至るとは凡そ沙汰の外、罪過弥天にて万死を以ても贖い切れませぬ」

 

拠って斬って当然斬られて当然。

 

そう、まるで平然として。それはおよそ狂信者の物言い。

 

「……ですから忌避感や罪悪感のようなものは一切ないと?」

「まさか。無論御座います」

 

その言葉とは裏腹に。しれっとした即答は、自らの行為の正当性を疑わぬよう。

だからとてもそうは見えないとの言葉をジークリンデはなんとか飲み込んだ――が。

 

「如何な理由が在ろうと人斬りなぞ羅刹の所業。理非を問う事自体が詮無き事」

「…ではどうやって克服を?」

「克服…、それが妥当な表現かは解りませぬが、最寄りの寺で卒塔婆の一つも建てて供養を手向けました。斬った内では帝都防衛師団は兎も角、RLFの者等の信教に反すると云われれば否定は出来ませぬが」

「贖罪の行為で解消したということかしら」

「贖罪…、西洋的に申せばそうなるのでしょうか」

 

とは云え抑抑、と。

 

「一切衆生悉有仏性、此岸の万物には皆等しく仏たり得る資質があると…其れからすれば人斬りもBETA殺しも然して変わらぬのやも知れません」

「……それは恭順派にも通じる危険な思想ではなくて?」

「さてそれは。ですが少なくとも私は、旧くは甲斐の禅林に新しくは八百八寺と共に滅した仏僧等とは違い、心頭滅却すれば火もまた涼し等と世迷い言を申して座して死を待つ気は毛頭御座いません」

 

父を戦火の中に喪い、友を先達を恩師を殺され。

その上言葉も誠も通じぬ相手と為れば、此の身の血肉最後の一片になろうとも戦い抜いて鏖殺せしめるかそれに程近く迄に数を減らして膝下に組み伏す他に術はなく。

 

「何れにせよ元より――」

 

ゆっくりと持ち上げられゆく74式長刀。

 

「我等斯衛は誓いて刃抱く者にて」

 

山吹の鬼火たりえて青光を放つその双眼、面前にて糸直刃を眺めるが如く。

 

「…ショーグン・ジェネラルへの忠誠ということ?」

「そして其れと同時に唯一点依る可きものが」

 

 

其れは刀を帯びると云う事。

 

此の人を斬る道具を家伝と継ぎて佩く者は、人を斬り又斬られる覚悟を持つ者に他為らず。

 

 

「喩え戯れでも我等斯衛に刃向けるなら路傍の砂と果てて後、自らの剣の重みを知るのみ」

 

其れはBETA相手に限った話では無し。

ジークリンデが見る通信ウィンドウのその向こう、刃持つ戦術機の中から。

唯依の紫がかる黒い瞳の奥底に、冷たく光るは剣の理。

 

一点の曇りもないその苛烈な物言い、だがそれは相互主義の皮を被った一方的な価値観の強要でしかなく。

 

「…ライヒにはレヒトシュタートリヒカイト…ルールオブロウはございませんの?」

「無論御座います。然れど裁を下すは斯衛に非ず、従うは殿下の大御心に」

「…ヴァッヘンSSもさながらですのね」

「貴国が過去の大罪人と一絡げとは…然し洋の東西を問わず近衛とは本来斯様なものでは」

「…それもそうですわね」

 

確かに不適格だったようだと、ジークリンデは内心に嘆息した。

 

サムライの矜持のみに留まらず、自らの暴力を国家の暴力と自覚して適切に振るったと主張する彼女は、軍人に他ならない。その結果についての折り合いも、彼女の中では整理されていて。

 

そしてジークリンデも、実は欲しい答えが自分の中でおおよそ決まっていての質問だったと気づかされ。いかにも女の問いだったとも自覚する。

 

それに ―

 

「貴族の出などと嘯く私が大時代的と笑うには、王制を戴く方々には失礼ですわね」

「いえ。国制の在り様は夫々にて、自国を一等と想うは自然の成り行きなのでは。我等も友邦は欲しますが、なべて斯界悉皆殿下の御名の下に統べよう等とは露も思いませぬ。またできるとも思いませぬ」

「その点でナチやスターリニストとは違うと」

 

 

そして忠義と掟と矜持とが、強固に ― 或いは雁字搦めに ― 彼女を支えて。

 

でも――

 

 

「貴女は、それで良くって……?」

 

 

ライヒスリッターとて、鉄で出来ているわけではなかろう。我が王がそうであるように。

友人がいれば家族もいて、それにもしかしたら好きな男だって。先に垣間見た彼女らの素顔めいた表情の、年頃の娘らしき囂しさには微笑ましささえ。

 

だが今の彼女は少なくとも、女ではなく。

あるいは人間ですらない。人で在ろうとしていない。

 

 

高貴の ― というより、戦うことを宿命づけられた生まれ。

ユンカーの裔としての自分たちと近しい立場、しかし彼女ら――とりわけ彼女の生き方はあまりに強固で、純粋で、それだけに危うく脆く思える。

いや、そもそも死生観の違いだろうか。どう生きるか、ではなく。

 

どう死ぬか。

 

それは生の帰結としての死ではなく。

その死に様こそが生の在り様を決定するとでも言いたげな。

 

 

だから白き后狼は老婆心ゆえについ、そう問うも。

 

 

「我等斯衛は錬磨した牙携えて主に傅くを選んだ狗」

 

 

持ち上げられた長刀が再び剣気を纏う。

 

 

「疾うに修羅に入りては既に善悪の彼岸――」

 

 

黒曜の双眸が半眼に落ちた。やや動いて変形の霞。

 

 

「國軆が為に戦陣に散るは寧ろ本望、贖いが為悪趣に堕ちては四劫の果てにも成仏を得ようとは思いませぬ」

 

 

ドイチェ・フェヒトシューレで云うグロントフーテン・オークス。

 

 

「そう…、わかりましたわ」

 

こちらを指向する鋭刃の向こうの黒い瞳に、ジークリンデは半ばの嘆息を見せた。

義務感で塗り固めていた自分の若い頃よりさらに純度が高く、迅雷の剣士は揺るぎない。

 

 

武士道は死ぬことと見つけたり。そして修羅道とは唯、斬ることに依ると見つけたりと。

 

明日の未来を見ることもせず、ただ主命とした戦いの中にのみ生きる――

 

 

「ですが…犬では永遠に狼には勝てませんわよ」

 

 

ジークリンデは再度構えを取る。高く掲げられるフリューゲルベルデ。

 

誇りある狼たらんとするなら ― 全身全霊で祖国と人類に尽くしながらも、決して自分を棄てない。そして仲間も見捨てない。

果てなき戦いを生き抜いてなお、変わらず色あせぬあの日からの思いと想い。

 

そして――

 

 

「さて。ならば冥府魔道の住人としては番犬に躾が必要でしょうか」

 

 

応じるは剣姫(鬼)。

いずれ訪れる破滅の時まで研ぎ上げ続ける煉獄の稲妻。

 

 

いや堕ちたその先にこそ、恋慕し止まぬあの黒き刃も軈て来たるに相違ないと――

 

 

 

火花散らすは二人の碧瑠璃と黒瑪瑙。

闘気を顕すが互いの跳躍機に炭素帯。

 

 

白き后狼と殺意の雷霆 ― 決着の時、来たる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手練の女衛士同士がその剣技にて舞い競いあう地上から、5kmの空域。

 

「おい、ヤバいのが来るぞ!」

 

金髪の公爵令嬢イルフリーデ・フォイルナー少尉は乗機EF-2000での空戦の最中、さらに少し離れた位置でドッグファイトを繰り広げている気取らぬ貴族 ヴォルフガング・ブラウアー少尉の警告を聞いた。

 

「ヴァイスファング・ゲシュヴァーダー…!」

 

飛来する計7機のヴァイス・ゼロ、後方に損傷2機を下げての楔壱型。

 

「アイツらはマズい、その気ンなって間合いに入れたシュヴァルツにブラウのおっさん連中があっという間に輪切りだぞ。TSFをシンケンやらヴルストヒェンだかと勘違いしてるんじゃねえか?」

「ローテ11、ブラウアー、真っ二つにされたシュトルム隊長を笑った罰だ、ちょっと突っ込んで攪乱してこい。その間に08と12とで狙って墜とせるだけ墜とす」

「おいおいおい笑ってねえし無理だって中尉、食いつかれたら1機で手一杯だ」

 

そもそも有視界戦において単機で複数機を相手取るなんていうのは、言うは易いが本来はその機体性能に加えて搭乗衛士の間に隔絶といっていい実力差があってもなお困難な話。

 

同型の3機と追いつ追われつを繰り返していたツェルベルス第2中隊ローテの03と11。長機たる03、隻眼の女衛士ブリギッテ・ベスターナッハ中尉の冷たい声はおおよそ冗談だったとしても。

増援7機にこちらの5機と合流されれば一挙に数的不利になる、接敵までもうあと10秒か。

 

 

旧知の少年の部下だとじゃれあっていたら裏目に出た。

からかいの無駄口に憎まれ口も叩くにせよ、腕は十二分以上に認めていた他中隊の古参兵たちがまさかこんな短時間で屠られるとは。

 

 

「ヘルガ、いける?」

「近接戦じゃ1対1までだ、それならなんとか、抑えるくらいは、だがルナっ」

「砲戦でも時間稼ぎは無意味ですわ。接近部隊に応答なし、フランス軍じゃないですもの」

 

前衛後衛を入れ替えるゼロ2機相手に幾度目かもわからなくなった斬り合いとその支援の中、声をかけあう青黒髪の女騎士ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー侯爵令嬢に緑髪天然ほんわか巨乳その実メカフェチ腹黒伯爵家次女ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉。

 

 

同時参加となるも初期地点が離れてしまった、フランス軍部隊と日本帝国軍部隊。

 

そして演習開始からすでに15分以上。

先刻ツェルベルス機のレーダーに現れた光点 ― 接近するアンノウンは3つ、だがウニオン共通回線の周波数で応答はなく。

 

 

「リヴィエール大尉が負けたの? 清十郎の分遣隊に合流されても相手は10機だったはず」

「挟撃を受けたのだとしてもな。率直に言って清十郎の隊機では列機相手でも精一杯、とてもあのドラゴーナーを沈められるようには思えん。…とすれば」

「カンプフント、ジングウジ少佐の隊でしょう。対BETAで優秀なのはわかっていましたがAH戦もお手の物のようですわね」

 

 

マリモ・ジングウジ。戦場の犬。

 

その戦歴は「ズィーベン・ヘルト」に比すれば劣るとはいえ、90年代前半から現在より遙かに性能の劣る第1世代型戦術機を駆り熾烈な中国戦線を戦い抜いた古強者。

そしてかのヨコハマ・ヘクセの懐刀とされる強力な衛士。

 

 

「隊にはあのタツナミ中尉もいるしな」

「昼の演習で見た限りでも、優秀なわりに個の力に頼りませんから小隊としての脅威度はリッターに劣りませんわ。ツヴァイも良い機体ですし――」

 

 

――けれど半分アメリカ製だとかいうのが実に口惜しいですわですがツヴァイはあくまで汎用機とはいえ開発主任でいらしたタカムラ中尉のリッター流法とはずいぶん毛色が違いますわよね中尉が優れた衛士でいらっしゃることには相違ないにせよそれほど器用な方とはお見受けできませんものあいえこれはわたくしが申し上げたのではなくてそこのファルケンマイヤー少尉が言っていたんですのごめんなさい本当に失礼ですわよねほほほ実はわたくし主任開発衛士は他にいたとか噂を小耳に挟みましていえあくまで噂ですのよそこでとある知人のギリシャの方にお尋ねしたら答えられないと仰るじゃありませんのそれは要するにJaということですわよねまあ機密でしたら仕方がないのですけれど日米での合同開発計画だったのでしたらおそらくアメリカ軍人だったと考えるのが自然ですがあの粗野でがさつな新大陸人にあんな繊細な戦術機が開発できるとは少し考えにくくはございませんこと皆様はどう思われますのともかくツヴァイの現時点ですでに確認済みのスペックでそうチョルォン・ファイルの『TCD・ミラージュ』ですわあれこそツヴァイの格闘砲戦運動継戦能力のバトルプルーフに他なりませんよってすでに多くの点でツヴァイは我らが白騎士EF-2000に比肩あるいは凌駕している事実を残念ながら認めねばなりませんがあれでライヒが計画するハイロー・ミックスのロー側だというのですからたまりませんわなぜってでしたらハイ側はなにになさるつもりなのでしょうあの粗野でがさつで野蛮なアメリカ中心で国際共同開発中の粗野でがさつで野蛮で醜いF-35は難航していると聞くうえにライヒは不参加だったと思いますしそもそもツヴァイ比での性能差もステルスを除けばそれほどでもでしたらまさかF-22だなんておっしゃいますのあの粗野でがさつで野蛮で独善的なアメリカが粗野でがさつで野蛮で醜くその独善と下品の象徴たる虎の子を売るとは思えませんけれど昨今の日米蜜月を考えればあり得ない話ではないのかもしれませんわねそれとももしやゼロの後継機を以て充てるつもりでしょうか現行機の強化改修計画も進められているとかいうお話もなくはないそうですしゼロの高性能は今や各国軍も認めるところですからもしやそれをベースに自国開発の道を進まれますの?――

 

 

「帰って来い、おい! ルナっ」

「駄目よヘルガ、もう来る――、ごめんね! もらうわ!」

「おっとやるじゃねえかイルフリーデ! ほれこっちも1機、ッは!」

 

換えを持たないMk-57中隊支援砲のドラムマガジン、最後の連射でイルフリーデが1機獲り。さらに撃ち切る覚悟で止めず続いたその火線を回避した白いゼロへと、先任のブラウアー少尉機がすかさず強襲掃討の証たる4門のGWS-9の顎を開いてその弾雨を浴びせた。

 

「悪ィな、遊びは終わりだぜ!」

 

近接戦は分が悪く。遠距離戦では戦果が薄い。

ならば臨むは中距離戦、2秒足らずで迫られるなら1秒以内で狙い撃つのがツェルベルス。

 

不要な馴れ合いはせぬ狼にせよ狩りは総じて共同作業、画一的な型に嵌めずとも個々の高い技量が信頼でなく信用を以て高次元の連携すらも成立させて、およそあらゆる状況下でも獲物を弱らせ仕留めてのける。

 

そうして軽薄その実気配り屋さんはあえて獰猛に笑うも、

 

「偉ぶるのはもっと落としてからにしろ、11は06と前へ、残りは支援砲撃。08も聞こえてるんだろうから現世に戻ったら続け!」

「ヤボール、フラウ!」

 

しかし残る3機の格下ゼロらは殊勝にも先達に合流を優先したらしく取り逃がし。

戦力比は1:2と圧倒的不利の状況から迎撃を急ぐ番犬部隊アーレローテン。

 

 

そして一方、対する極東の若きサムライたちは ―

 

 

「真壁大尉、支援に参りました」

「む…、応。しかし面目ない正直遊ばれているっ」

「分遣隊も全滅したようで…」

「いえ相手は欧州最強部隊に仏蘭西の撃墜王、拠ん所なきことかと」

「こちらも若葉組は半分やられてしまいましたし」

 

深紅の00式とEF-2000が空戦を繰り広げる中。

 

「白牙の、今暫く其方は預けたいっ」

 

本人の意思とはまた別に秀眉愛々しい真壁清十郎大尉は逆袈裟の太刀と見せかけて突きに切り替え、受けを狙ったカイゼル髭に片眼鏡の「音速の男爵」ゲルハルト・ララーシュタイン大尉に距離を取らせる。

 

「了解、そちらはお任せします。『色つき』相手に我々では話になりません」

「応!」

 

戦気に満ちる青年は、年上の女部下らに頼られて実際満更でもない――

 

 

「大尉ひとりで大丈夫ですかね?」

「まあ無理だな、勝てるわけがない」

「でも私たちが加勢すれば向こうさんも一騎討ちをやめちゃうでしょ」

「その気になった独逸さんにあの『赤揃え』が合流する方が厄介じゃない?」

「というわけで大尉には精々足止めをしておいてもらおうと」

「成程」

 

 

本音だだ漏れなそのやり取りにお前らそう云うのは聞こえない様にやって下さいと回線に叫んだ清十郎を他所に戦侍女らは隊列を組み直し、第1中隊と損傷機とを支援に回して突撃行へ移る。

そしてあたかもその後背を守るかのように新人大尉は乗機の紅い00式を突出させた。

 

「フム。良いのであるかな?」

「力不足は先刻承知、役者不足も重々承知。然し攻めねば勝てぬも承知!」

「その意気や佳し、良い見切りである。――では」

 

その若武者の一撃を受け止めた片眼鏡の男爵衛士は自慢のカイゼル髭をひと弾き。

日本語のやり取りまではわからぬにせよ年若き彼らの腹の内程度は読めて当然、

 

「参るぞ」

「応! 来られませ――ぅお!」

 

空を払って振られた赤の貴族のフリューゲルベルデ、応じんとした清十郎は瞠目した。

一直線に迫り瞬時に間合いを詰めてきたEF-2000の鋭角なシルエット、これまで引き気味に受けていたララーシュタイン機とは打って変わった動き。

兵装担架の87式突撃砲を起動する間などあるはずもなく74式長刀で受け――

 

いかん!

 

突進の慣性力に上体のひねりをも加えた斧槍の一撃は迂闊に受ければ74式が折れ飛ぶだろう、刹那に察してその強烈な右からの薙ぎの一刀を青眼から上方向へと受けて流すも手応え重視で両主腕への感覚直結比率を高めてあった操縦桿を握る両手が痺れるほどの衝撃力。

 

「流石は! しかし!」

 

大振りの男爵機、去なしに成功した清十郎機は絶好の機を得て――

 

――!?

 

瞬間最初に視界に映ったのは紅い機体の背、振り回したフリューゲルベルデの慣性力に左跳躍ユニットの噴射、そして去なしの抵抗すらも計算に入れたか左方へ飛び去りながら高速回転してみせた男爵機がその左主腕一本で斧槍を振るう。

 

「ぬあッ! くッ、――!」

 

考えての判断というより積んできた鍛練の成果から生まれた反射で清十郎は今一度右から襲い来た重い一撃を流してのけるも高速機動中に確実にその刃部分が当たるよう長柄武器を操る音速の男爵の技量に戦慄させられ、さらにもう一回転しつつ離脱行に入らんとする深紅のEF-2000の右主腕に構えられたGWS-9突撃砲の銃口を目にして慌てて回避機動に移った。

 

確かに、これは…!

 

止まず追い来たる火線を躱すべく連続しての乱数回避、清十郎は歯を食い縛りGに耐え。

反撃の糸口を掴む間もなく猛禽の如く襲い来るララーシュタイン機に辛うじて即応する。

 

300mほどの距離を空けての徹底した一撃離脱。いや正確には二撃三撃。

 

互いに戦闘機動中、しかしこちらを狙って走る火線の動きは正確で。しかもそれは命中ならずとも確実にこちらが選べる機動の幅を狭めた上で、速度が落ちるその瞬間を狙いすまして突撃が襲い来る。

 

音速の男爵。

紅い機体を朱いロケットの炎が押し出し、各部センサーの橙が光の尾を曳く。

 

そしてその離脱後のララーシュタイン機をなんとか見れば ― 跳躍機の噴射のみならず大質量の斧槍を故意に振ってはその慣性をも利用しての鋭い旋回。接近しても斬り合いには持ち込まず、一行程を多くとも数合までの斬撃に留めては同時に高速の突撃・離脱行により抵抗風の流速を高めて関節部の高効率な空気冷却も視野に入れているのか。

 

 

その機動は直線的で単純明快、しかしそれを可能にするのは高度で緻密な操縦技術。

 

もう中低速での格闘戦にはつきあうつもりはさらさらないと己の有利な点のみを一方的に押しつける、貴族そのままの傲岸な戦い。

 

 

受けては勝てん!

 

しかしそれを否定する力が紅顔の若武者に欠けているのもまた事実。足を止めての剣術戦ならまだしもその名にし負う七英雄が高速機動の達人にその機動戦で挑むには。

双刃ほどの機動術あらばその赤の英雄にすらも追随凌駕することが出来、雷閃までの剣技があれば力任せの突撃等は刃圏に捉えて迎撃瞬断する等やりようがあったのやもしれぬが、

 

「――ままよ!」

 

挑むが他に遣る方無し!

 

四度目の突撃を辛うじて流し、長刀にぴしりと走った軋み音。

ララーシュタイン機からの離脱射撃の36mm数発が装甲を掠めまた当たるも弾くに任せて清十郎は突進した。

 

未だ勝算はなくはない、兵装担架から抜いた突撃砲を撃ち放ちながら追い縋り、剣の間合いに捉えるや否やそれを放り捨てて斬りかかるも切り結ぶ素振りすらなく大きく動いて距離を空けんとした男爵機には掠めて終わり、その乾坤一擲の突撃を躱されてはとばかりに長刀一本残したのみで必死に離脱を図る。

 

跳躍機の出力全開、いや00式Fの跳躍機FE-108 FHI・225ならば直線加速においてすらEF-2000を凌駕するも背後から狙い撃たれる弾雨を避けての逃避行では――

 

――ここだ!

 

わずか落ちる00式の速度、追い来たるEF-2000。

同系色の両機の相対距離は180m、追撃をかける男爵機が右主腕にフリューゲルベルデを抜き放つ。

だが横薙ぎにその巨大な刃が振られるコンマ7秒前に、清十郎は全開の跳躍機の噴射角度を強引に真下へ向けた。

 

「!」

「受けよ!」

 

瞬間の上昇からさらに角度を変化させる跳躍機の噴射につれて天地逆となる紅の00式、全身で受け止めていたGが瞬時に移動し深紅の零式強化装備が即応して加圧部位を変化させるも消し切れはせぬ負荷に清十郎はぎりりと歯を食い縛りつつも制御下に置いた00式の機動は緩まず。

前進速度は空気抵抗で落ちるに任せ極僅か10mの高度上昇すなわち追い越しゆく敵機を剣薙ぐ間合いに捉える大仰角での極小半径後方宙返り。

 

「頭上の不利を知れ――!」

 

紅の鬼が右主腕にて握るは必殺の長刀。翳した左主腕と交差させては上体を捻っての渾身の左薙ぎ、刹那後眼下に現れるだろう減速しきれず通過してゆく無防備な独逸電気騎士のその後頸脊柱上部の予測位置へと斬撃を繰り出した。

 

「戦術機動剣 ― 『鍾馗』!」

 

殺った!

 

そう清十郎が勝利を確信――する間もなく。

 

「いや。ナインである」

 

反時計回りに旋回するBWS-8 フリューゲルベルデが、がら空きになった清十郎機の右腹部を直撃していた。

 

「ぐはッ!?!?」

 

EF-2000の右主腕にて薙がれ始めていたフリューゲルベルデ ― 高機動中での大慣性に空気抵抗に大振りの一撃では斬撃軌道の大幅な角度修正ましてや上方へ等は容易ではなかったはずが ― 繰り出されたのは斧槍の柄を握る掌部を回転させての風車の如き旋風撃。

単純な横方向への線となるはずの太刀筋が清十郎の想定よりはるかにその攻撃半径を増して宙空の00式を捉えていた。

 

旋回による剣速はさほどに速くはなく致命打には至らぬものの大質量を誇るフリューゲルベルデの衝突のその衝撃は小さくはなく、腹部装甲を損傷させつつ姿勢を乱された00式内部の揺さぶられるコネクトシート上で清十郎には何が起きたのか解らなかった。

 

「またしても良い動きであった――が」

「くッ…!」

 

勝利を掴みかけた一瞬からの転落、その混乱を一時追いやり。

姿勢制御・損害事後処置・各部確認 ― 離脱をかけつつそれだけのことを平行する清十郎に容赦なく迫る赤い男爵の眼光。

 

「戦闘においては興奮は禁忌である。僚機が分解しようが戦況が地獄と化そうが、ましてや絶好の機会を得ようが――未熟ならば尚更、常に冷静であれ」

 

紅のEF-2000がまたフリューゲルベルデを振った慣性を利用しての鋭角ターン、そして無慈悲な照準で動きの鈍った清十郎の00式にその火線を浴びせつつさらに突撃、そして振りかぶられた荘厳なる翼は極東の鬼武者が掲げた魂を叩き折ってついにその機体へと食い込んだ。

袈裟がけの一刀、致命の一打。

 

「ぐッ…、……、無念…」

 

左肩部から押し込まれた斧槍の肉厚の刃が斬るというより圧し割るようにし、00式の胸部までを破壊判定。撃墜。

 

「……お見事です。仕合下さり有り難う御座いました」

 

矢張り届かず。

暗く明度の落ちた管制ユニット内、清十郎は下を向いた。

本来なら潰されて即死、いや或いは死ぬに死ねずに地獄の苦しみ。

 

「うむ。卿も実に見事であった」

「いえ…我が身の未熟を思い知った次第です」

「弛まず学ぶが良い若人よ、その悔しさが卿を男にするであろう」

 

我が輩とて卿の最後の一手、崩せたは半ばは学びによるものであると。

 

そう片眼鏡を光らす男爵、共に目指すべき頂は未だ遙かに遠く。

唯その気づきと目標とを見せてくれた男の背を追い尚誉む可し。

 

その言葉にやや俯いて唇を噛んでいた清十郎は一度はっと顔をあげ、

 

「その御言葉しかと胸に…ですが心技至らず貴隊の末席を汚すにも未だ…」

「であるな。卿が真に我らが大隊の一員となるには到底届かず」

「っ…、…心得て、おります…」

 

突き放したかのようなその言葉にまた突き落とされ――たが。

 

「なにぶん我が大隊の入隊基準は身長163cm以上が必要である」

「またそこ!?」

 

通信から消え去る瞬間にも表情ひとつ変えずにカイゼル髭を弾いてみせた壮年貴族の言いようが、どこまで本気なのかは清十郎にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火花が散った。

 

先に討ち取られ片膝をついて擱座するグレーのEF-2000 ― そのスターライト樹脂の装甲板が瞬斬され。鋭角な頭部は刎ねられ飛んで、斧槍を握ったまま垂れ下がっていた左主腕が千切れ飛ぶ。

 

実戦ならば ― この先んじてヴァルハラへと旅立っていた部下の機体を盾にして、ジークリンデの純白のEF-2000は円の軌道で立ち回る。

 

ジークリンデ機が正面に捉え直接視界に入れているのは前方7m足らずに擱座した部下機、その向こうにちらちらと垣間見えるのが敵機 ― 山吹色の00式F型・篁唯依機。

 

「Ha!」

 

右方向へ回り込み踏み込んでのフリューゲルベルデの右主腕片手振り下ろし、躱されるやすかさず襲い来る反撃の突きを地を穿った斧槍の柄を躊躇なく放して地を蹴り逃れ、ぐるりと左に回りつつ部下の遺品たる斧槍を拾い上げての両主腕斬り上げ。

しかしそれもすでに振り返っていた00式のその鼻先を掠めるように外れ ― 否スウェーバックで躱された、ジークリンデは伸び上がる武器の慣性に逆らうことなくさらに後押しする形で機体を捻り翻して背を向けて、跳躍ユニット噴射で距離を取りつつ後方90°近くまで横薙ぎにした右主腕フリューゲルベルデの切っ先で唯依の追撃を押し止める。

 

そして直進は戒め。

すぐさま機体自体は擱座機を盾にするため左方へ転じながらも時計回りで向き直り、迫る唯依機に向けられたままだった斧槍を最速で引き戻して柄を寸断されるのを防いだ ― と見せて瞬間その柄を手放すや宙空のそれを機体を素早く旋回させつつの左主腕で掴み取り、開く機体の右方を擱座機で守っての左突き――を、

 

「っ!」

 

すくい上げの一太刀で跳ねあげられそして一息に迫る山吹の00式 ― ジークリンデは全力でEF-2000を後退させつつ主腕への負担は承知で上方へと跳ねさせられたフリューゲルベルデを強引に振り下ろす、しかし同じく上から下へと帰るカタナの刃が閃き――撃ち落とし。

甲高い硬質の衝撃音と意外にもそう大きくない衝撃、あろうことか斧槍の肉厚の刃が斜めに切断されて喪われていた。

 

さすがに…っ、とんでもないですわ…!

 

こめかみに伝う冷や汗、后狼の内心の戦慄はしかし操縦の正確性を損なうことなく。

刃部分が半分になってリーチこそは減じたものの軽くなった斧槍を振って牽制をかけ、噴射に加えて地を蹴りつけて右手側の擱座部下機を後ろ向きのまま回り込む形でさらに退がる。

 

 

端的に言って化け物だ。

 

剣の間合いの、しかも地上で戦っていい相手ではない。

 

 

追い追われ、いやほぼ追われて。

 

 

そもそもEF-2000は近接戦も考慮に入れた全領域機、しかしTyp-00は近接機動格闘戦性能を極限まで追求した機体。

ゆえに本来以上にこの状況下で機体性能において劣るのは承知の上、だがこちらにしてもXM3の搭載と慣熟によりこれまではやはり存在していた機体の応答性と速度における意思と五感とのズレはほとんど解消されているというのに。

 

 

しかも特段、相手はそのTyp-00が持つ出力や反応速度に寄りかかるでもなく。

たとえば跳躍機メインで立ち回るこちらに対して、タカムラ機はあまり噴射を使わない。

 

「その足、…っ」

「流石、一太刀毎に手の内を剥かれますか」

 

元々は我が剣流向きではないのですが等と言いながら。

 

脇構えにて追って迫った唯依の立て続けの二閃、斬り上げ、斬り下ろし。

ジークリンデがその剣筋を目で追えたのもかろうじてのこと、至近というにも近すぎる場所を剣先が掠めていったのは見切りゆえではなく必死の後退の結果でしかない。

 

 

設計段階での優位性といえばそれまでながら、多少の可動域を持つとはいえ足部が単純な靴型にすぎないEF-2000と違い00式は爪先が二叉かつ踵部とも別々に独立して稼働するようになっているらしく ― 剣の達人の素足の五指の如くに地表を確実かつ最適に「掴ん」で、踏み込み・転じて・跳び退る。

 

 

「貴女こそ、その若さでその技量とは…本当に驚嘆します、わっ」

 

さらに追い来る唯依から退いたジークリンデは護りにしていた擱座機からはわずか離れつつ断たれた斧槍を素早く右主腕へ持ち替えて見せたその瞬間、先に放り出し地に伏せていたフリューゲルベルデの柄の末端を左脚踵部で踏みつけ立ち上がらせるや空けた左主腕で掴み取っての逆胴左薙ぎ、だがそれも躱され――空を斬った大刃は擱座機の胸部へと火花を上げて叩きつけられ、物言わぬ無辜の部下機が仰向けに倒れ込むより迅くその凶器の柄をさらなる凶器の刃が疾って寸断した。

 

ジークリンデ機に繋がったままの通信回線、網膜投影の視界の左下に浮かぶのはその感情を伺わせぬ半眼にしかし端整な面差しのうら若き黒髪の女衛士。

 

「正に過分な頌詞にて」

 

やはり二人の剣力の差は后狼の危惧よりさらに大きく ― そして剣姫の警戒よりは小さく。

それでも唯依がまたも見せる謙遜に、だがここまでの立ち合いですでにこちらの底をほぼ識られたことをジークリンデは悟っていた。

 

「とはいえ、さて――」

 

そしてふい、と気のない呟きのように。

向かい合って30m、停止した山吹の00式が頭部をセンサーと共に上空の蒼へ向けた。

 

 

そこには飛び交い銃火を交えて剣戟を交わす黒と黒の軌跡。

持ち得たあらゆる技量の限りを尽くして繰り広げられる闘争はいつ果てるとも知らず。

 

 

「宴は楽しいものなれど、後も閊えて居りまする」

 

男達を遠望する半眼に落ちた黒い瞳は、ごくわずかに眇められ。

 

― そろそろ斬るが、宜しいか ―

 

一見隙だらけの立ち姿、戻ってきた黒耀の視線がそう問うように。

おおむね誘いに挑発か、あるいは事実を述べたのか。

 

百戦錬磨のジークリンデは逸らない、しかし唯依とて言葉面ほどに驕りも気負いもなく。

おそらく実際に人を斬る段に至っても彼女はこうなのだろうとジークリンデは確信していた。

 

「…ひとつ尋ねてもいいかしら」

「ええ、どうぞ」

「我らが王、貴女なら勝てて?」

「いえ無理でしょう。抑抑中尉殿にせよ、こうしてお付き合い頂けねばどうなることか」

 

変わらず口にされるは謙り、確かに徹頭徹尾近接戦の間合いに入れねばなんとかなったのかもしれないが、1対1の状況下では砲戦から入ったところでおそらく変わらなかったろう。

ゆえにジークリンデは唯依のその即答には買いかぶりでしてよと返しつつ、

 

「なんにせよ…敵わないと自覚する衛士を王の御前に通すわけにはいきませんわね」

 

純白のEF-2000が握るのは、半ば断たれた右手の翼、柄だけ残した左の翼。

 

実際のところ、時間稼ぎはもう十分だろうし王が責めたり恨み言を言うはずもなし。

それでもまがりなりにも二つ名を戴く衛士としては、何もせず斬られるわけにもいかない。

 

「それは無用の御心配かと。何しろ我らが双刃、狼王殿にもおさおさ引けは取りませぬ」

「あら…」

 

だが手練れの衛士のその半眼に、わずか婀娜めく女の素顔を后狼は見逃さず。

 

「ではお互い信じる殿方のため力を尽くすと致しましょうか」

「私は武家の女の節を通すのみにて――参る」

 

そして脇構えの山吹の00式が滑るように動き出す。

 

言いつつも聞く余裕はなく全速で後退をかけるジークリンデ、地の利とするべき高さを保った擱座機は後方200mにあと1機を残すのみ、しかし策がないわけではなく。

迫る唯依機に右を振っての牽制 ― と見せての棒きれと化した左を投擲、稼ぎ出した砂金より貴重な1秒で残る擱座機 ― 頭部と右主腕とを失って力なく長跪した1機 ― の左方へ辿り着いた。

 

勝負は一瞬、一撃に賭ける。

 

故意にコンマ5秒の遅滞を取ったジークリンデは追い来る唯依機の姿を見、全速で右方へ短距離噴射滑走、右脇構えからの薙ぎから逃れるべく擱座機の裏へ。

 

その気になれば縦横問わず戦術機をも寸断せしめるリッターの太刀、今度はそれを止めるまい。これまで幾度も回避に使った障害物、それを先に除かんがためのその一刀 ― だがさしものリッターとはいえ地を踏みしめての大斬撃のその直後には寸毫とはいえ硬直がある。

 

そう読んでいたジークリンデは最速で機体を沈めさせながら半ば断たれた右の翼フリューゲルベルデを背後まで引き絞るように構えるや肩部を除く右主腕ユニット全関節部のロックを解除。そしてカーボニックアクチュエーターの最大出力で振り出した直後にさらに残る肩部のロックも外して右主腕全体をしならせ伸ばしての鞭斬撃 ― ヴォルフスモント・パィチェシュヴィンゲン。

 

火花散らして悲鳴を上げる電磁伸縮炭素帯、その先に握るは大刃を断たれ軽量化した斧槍。

そして鋭い刃風と共に鞭の如くにしなる右主腕はさんざんに躱され見切られた間合いの長さを易々と越えて障害物を挟んだ視界外死角から00式へと襲いかかる――手応え――

 

――軽い!?

 

機を沈めるジークリンデは網膜表示の機体ステータスで振り出した右主腕が一気にオレンジ表示に変じるのと遮蔽に使った擱座機の胸部から上が横一文字に断たれるのを同時に見、その低い姿勢からあらかじめ入力操作していたロケットの噴射で右方向へと滑り出す。

 

躱された!? いえ、

 

体が崩れながらも右薙ぎの太刀を振りきっていた唯依の00式、その左脇腹には損傷痕。

深くはないが浅すぎもなく割れた山吹色の装甲からして衛士にはそれなりの衝撃もあったはず、しかし最大出力の振り出しであの程度とは断たれ軽くなり失われたフリューゲルベルデの質量は速度を以て補ったはず、まさかあの崩れた体勢からして斬撃の途中に読まれ気づかれ跳ばれて衝撃を逃がされたのか。

 

いずれにせよこのまま――!

 

一瞬で剣の間合いの外、さらに通常の斧槍の間合いの外まで逃れたジークリンデは右主腕に入る関節部の再ロックとチェックのフェーズをすっ飛ばし、再度の最大出力を以て今度は大上段から振り出した。狙うは薙いだ太刀を振り切りながらも動き出そうとする唯依機のその頭部 ― シャイテルハウ・アウフシュリッツェン。

 

肉眼では追えない速度の世界 ― 5割近くの勝利を予期しつつもそれとは別に思考と手動での制御と入力を始めていたジークリンデ、その視界中央からやや右寄り上に大きくも鋭い弧を描くフリューゲルベルデの斬撃線――

 

だが閃く雷がその上方から ― ブリッツシュラック。

 

「――!」

 

同じ太刀筋での真っ向勝負、しかし後出しの雷閃の一太刀に追いつかれ撃ち落とされ断たれる荘厳の翼 ― 残された刃はもう亡く。

それでも右主腕機能停止の表示にさえも構わず後退をかけるジークリンデはすでに左兵装担架をダウンワード展開させつつあり、降り来たるGWS-9での砲撃を企図す――る――、違和感。

 

機体の ― 動きが ― いえ ― 私が ― 遅い ― ?

 

集中力が加速し引き延ばすその時間感覚の中、じれったくも感じる自らの動作に対して。

視界には迫り寄る山吹色の鬼。

 

「――御美事です」

 

そして通信ウィンドウには人形めいた美貌に半眼の黒耀 ― 其処に今は殺気も威圧も無く。

 

そして粘性を増したかのような時間と空間の中、自分だけが違うとばかりにするりとすべりこむその動き。修練の果てに一分ならず一厘までも無駄が削がれて最適化されたその歩法。

人間が視覚情報を元に無意識に生み出す未来予測、そこからコンマゼロゼロ秒だけ先んじて、さらに闘気を鎮めて寂静の境地に至る「見えているのに掴まえられない」あの機動。

 

そして極々至近。武器も振れない、腕を伸ばして押すのが精々の間合い。

 

后狼の先行入力、EF-2000の下がり終えたGWS-9が火を吹く ― しかしそれは00式の左主腕がいっそ優しく感じるほどの挙措にて外側へと砲を押しやり発射された36mm弾は空を穿った。そして下げられたままの剣姫の愛機の右主腕には、提げられた逆手の97式近接戦闘長刀。

 

 

「然れば拙き業為れど――」

 

 

そう呟いた通信越しに目が合った。その瞬間 ― 否刹那。

 

唯依の黒瞳の向こうにジークリンデが幻視したのは ― 静謐なる昏衢の闇。

 

 

 

―視死事―

 

 

 

只静寂 ― そして眼下には無限の水鏡、いや何も写さずその水底に。

 

 

真円の黒とその縁に燃える青白焔 ― トタール・ゾネンフィンスターニス。

 

 

そしてその無の空間の水面にはじまりひろがる無音の波紋 ―

 

 

 

―唯如帰―

 

 

 

すべては一瞬に満たぬ ― 雲燿の間に。

 

 

「!!」

 

ブヅン、と。しかしその小さな異音と衝撃はJIVESからの切断によるもの。

暗転した視界、大半が消えた網膜投影の情報には「Zerstört」の表示。

 

「い、今のは……」

 

ジークリンデは自分の声がひび割れていることに気づいた。

それは恐怖ゆえ。全身からどっと汗が噴き出した。

 

 

完全なる静寂から。最後に奔った凄まじいまでの殺気。

 

 

斬られたのか。だがあの距離でどうやって。

真っ赤に染まった機体ステータスを見れば左脇腹部から右肩部へと斜めに切断されての大破判定、衛士死亡。

 

衝撃すらもさほどに感じず。抜く手も見せぬまさに神速の逆手抜刀術。

 

実戦ならば斬られたことに気づく間もなく死んでいた。

いや、今自分は一度本当に殺されたのかもしれない。

そう思いつつ、強化装備の高伸縮排泄物パックの残容量は見ずにいるそこへ。

 

「御相手下さり有り難う御座いました」

 

網膜投影左下、小さく現れた黒髪黒眼の女衛士。

変わらずの鉄面皮ながら殺気も剣気もすでになく、黒耀の瞳も大きかった。

 

「こちらこそ……、完敗でしたわ」

「いえ、繰り言になりますが此方の土俵に上がって下さったが故でしょう」

 

実戦においては繰り出されるその剣にこそ隙がある。

それに先んずる奇襲の一撃を辛うじて凌げたのも「人体≠戦術機」という戦い方を見知っていたがゆえだけのことだと。

 

「…彼のことかしら?」

「御想像の儘に」

 

 

小さく笑んだジークリンデには語りはしないが唯依の最後の一太刀にしても ―

 

本来居合いは守りの形、ゆえにあの業こそは本来は。

「順手の剣では近すぎる間合いにまで超高速で潜る衛士」を「その間合いにまで迫られた上でそれを上回る超々高速で迎撃相討つ」ために編み出した外式抜刀術。

 

 

「どうか大尉殿にもよしなに」

「申し伝えますわ。でもそれだけの力を持ちながら…本当にリッターは謙虚ですのね」

「今世にて衛士の個の武勇等如何程の意味が御座いましょう、単機若しくは少数で出来る事等高が知れて居ります」

「たしかに1対1での優劣なんて、戦場では大して意味はございませんけれど…」

「此度とて当初より大尉殿に中尉殿の加勢あらば私は為す術無く討ち取られていました」

 

そうは言うけれど彼女相手の近接戦では2対1でも怪しかったとは思いつつ。

 

「ですが軍事大国の精鋭部隊というのは、実態以上に誇張され喧伝されるものでしてよ?」

 

それは他ならぬ自分たち、欧州に広く名を轟かす番犬部隊。

その白き后狼、ジークリンデにはまだ残る通信に時間稼ぎの意図も無くは無いにせよ。

 

 

そしてそのツェルベルスを以て尚、こうして瞬きの間に斬り伏せたのが彼女と彼女たち。

 

余戯たるブレイコー、模擬戦の帰趨がどうなるにせよ、人の口に戸は立てられない。

いずれ国元に戻る衛士のみならず整備兵らからも、今夜の出来事は広まっていくだろう。

 

ライヒス・ヴァッハリッター。日本帝国斯衛軍。その剣の武威と共に。

 

 

しかしその后狼の指摘に、「七英雄」の内二人を屠り去った極東の女剣士は頭を振った。

 

「風評は兎も角、文字通り剣に生き剣に死す等との徒事が赦されるのもあと如何程でしょう、恐らくは技術の進歩が再び剣を過去の遺物に押し流す迄の寸刻に過ぎませぬ」

 

それは恐らく、厳然たる予想された未来。

小型ミサイルの登場を待つまでもない、

 

「…近接信管を搭載した砲弾の量産配備でAH戦は砲戦主体になると」

「然り。ステルス機が標準化されても有視界距離の砲戦になるだけでは」

 

無論近接戦技総てが徒に成ると迄は申しませぬがと、変わらず平然とした応え。

オールTSF・ドクトリンにおける対BETA編成というなら、貴隊の装備体系は最適解のひとつであろうとも。

 

「それに目にも留まらぬ抜き打ちに殺気を消して人の呼吸を欺く歩法等、異星種相手に如何程の役に立ちましょう。修練の手間を鑑みればまるで割に合いませぬ」

「そこまで解っていて貴女は…」

 

驚いたというより、ジークリンデは呆れた。

 

 

二十歳程度の年齢でこの技量の積み上げ ―

いかに才があろうとこれほどまでに剣を修めるのは生半可な鍛練ではなかったはず。

まして開発衛士としての優れた業績からして、その方面の努力も。

 

つまり年若い彼女は、これまで生きてきた時間のほぼすべてをそこに注ぎ込んで。

技を磨き、智を蓄え、その手を血に染めてまで。

にも拘わらず、その多くが時勢という己一人の力ではどう仕様も無い大きなものに飲み込まれ消えゆくことには従容として迫らず、唯その流れに依りて総て受け容れようと。

 

 

「忸怩たる思いはなくて?」

「國軆が護持こそ我等の宿願、その本懐を遂げる可く時機に応じて手段は問わず。剣への拘泥も放捨出来ましょう、少なからず業としては残るでしょうし」

 

既に数百年を閲してきたのです、日の本の民在る限りそうそう無くなりはしますまいと。

 

では、と締めくくって消えていったその声に、そうではなくて貴女自身はどう思うかと問おうとしたジークリンデは繰り言になると自ら気づいてやめていた。

 

若い子を見るとついつい偉そうなことを言いたくなるのは…歳のせいでしょうか。

 

部下にそう言われたら、三割増しの笑顔でこめかみぐりぐりの刑だけれども。

ジークリンデは意識して身体の各所の緊張をほぐしていきつつ、発汗のべたつきをとるべく強化装備の分解濾過機能をONにしコネクトシートにしばし身を委ねた。

 

サムライにはサムライの道があるのだろう。それは女であろうと変わらない。

そして少なくともライヒは敵国ではなく当面戦場で相対することはなさそうなのは僥倖で。

 

「それにしても……」

 

BETAの物量は常に圧倒的で、目下人類最大の脅威であることに間違いはないが ― 来たる人類同士の闘争の時代も、現在におさおさ劣らぬ厳しい情勢になりそうだ。

なにしろ本格的にその時代が来るということは、あんな破壊の権化のような異星種相手に圧倒的不利・圧倒的少数の状況から人類が勝利を得たがゆえに他ならず。

古来戦争になれば頭も回って元気が出るのが人類だなんて言われているのは本当かもしれない、そんな人類同士で知恵を絞りあい力を尽くして殺しあったらどれほどの死者が出るのだろう。

 

せっかくBETA大戦を生き残っても来たるべき未来はそんな世界なのか。

 

いや元々そんなだったところにBETAが降ってきただけの話、ここは旧冷戦期を知る古老らに知恵を借りるべきところなのかも。

 

ともあれ今夜は。

 

王のためにできる限りはした、それに自分にも得がたい良い経験にもなったとジークリンデは感じる一方、余興のはずが予想をはるかに超える重労働になったことにも思い当たって、彼の秘蔵のコレクションから特上のトロッケンベーレンアウスレーゼの一本も頂戴しようとひそかに決心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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唯依ファンの方ごめんなさい
なんか清十郎を上回る立派な厨二病患者になってしまいましたw

模擬戦全部は終わらなかったし…アイヒベルガー戦なしでいいですかねw
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