Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 21

2003年 5月 ―

 

 

最初の空気は友好的とは言い難く。

だがまあそれはそうだろうと、表向きには表情の一つも変えずに山吹の零式衛士強化装備の上に腰下丈で薄灰色の充電外套姿の日本帝国斯衛軍・篁唯依中尉は歩を進めた。

 

 

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地、主格納庫。

 

 

人工の照明に煌々と照らされた広大な空間は人々の熱気を吸ってもまだ冷ややか。先頭に立つ神宮司まりも少佐に続き、隊を率いて足を踏み入れた其処は決して敵地ではないものの。

 

格納庫内中央、起重機に掲げられた数枚の大きな液晶表示板の付近に集まる衛士に整備兵らは優に百人を超え、すなわち二百を超える色取り取りの瞳が一斉に非友好的な視線を送って寄越す。

 

やはりやり過ぎたのではないか…?

 

迎える人数が多い分、その圧はユーコンの折の比では無い。

 

 

衛士の価値判断の基準、其れは即ち ― 腕が立つか否か。

 

ゆえに親睦を兼ねての模擬戦に先立ち教導隊指揮官たる神宮司少佐から、斯衛の流儀で構わん能う限り片っ端から斬って捨てろと命じられての仕儀ではあったが。

 

 

その御当人たる神宮司少佐殿はこの重い空気の中平然たる素振り乍らも、続く龍浪響中尉に千堂柚香少尉は明らかに気圧され気味。

赤服斯衛の真壁清十郎大尉は小柄の身で負けじとばかりにその胸を逆に張ってみせているが却って態とらしい。

 

ユーコンの時は問題児が妾腹の兄一人だったが為にその解決も難しくは無かったものの、またしても先が思いやられると唯依は内心に嘆息を一つ。

 

「いや篁中尉も大概で…、いえなんでもないっす」

 

賢しく聡く心中を察して見せたか小声乍らも不埒な台詞を吐きかけた龍浪中尉を一瞥して黙らせる。

 

 

迂闊な衛士は長生きせぬにも拘わらずよくもこの男は此処迄無事なもの、いやその粗忽さを補って余りあるだけの技量があるとの証左だろうか。

 

龍浪中尉の流儀は悪い意味での無手勝流も良い処で、其の力量は手練れと称して差し支え無い水準にあるにせよ特優と迄は言い得ぬだろう。しかし此処一番での集中力と瞬発力は帝国斯衛併せて尚屈指と云って良く、取り分け逼迫した状況下での爆発力は目を見張らされる物がある。

 

そして ―

 

 

実戦の場で、たとえ勝算が百に一つでも。

その1%を捥ぎ取り掴むのが奴の強さだと。

まして己ではない、誰かの命が懸かっているなら尚更。

 

其れが彼の中尉の龍浪評。

 

 

予想以上の高評価に以前聞いた折には僅か乍らも嫉妬に似た想いを抱いたものだが、其の実力が常より発揮出来れば、いや出来ぬのが散漫故かと唯依が取り留めも無く思考を巡らすと ― そこへ、乾いた音が。

 

矮躯に波打つ金の髪。挑戦的な光を放つ碧眼の仏軍衛士ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

椅子代わりに腰掛けていた大きな工具箱から立ち上がったその身のこなしも軽く。

薄灰色の充電外套の下の薄紫の強化装備、指先までその特殊保護被膜に覆われた両手を打ちあわせての拍手。

 

三拍目まではそのリヴィエール大尉一人によるうら寂しきその響き、だがそこからは彼女の副官と思しき男性衛士と同じく並んだ金髪の女性衛士二名とが続き、さらに他の部下等も追随する。

 

そしてその開手の打音が徐々に大きくなる中、現れたは黒き狼の王・アイヒベルガー少佐。

 

漆黒の強化装備にやはり充電外套、同じく降機した部下等を引き連れての堂々たる歩みと共に打ち合わされたる両の大掌。

 

「勝者を讃えよう!」

 

低いが朗々としたその大音声に五月雨の拍手は万雷の喝采へと変じ。

 

「ジングウジ少佐、見事だった。してやられたと言わせて貰う」

「いえ失礼をばアイヒベルガー少佐殿。胸をお借りできて光栄でした」

 

その中を共に進み出るや固い握手を交わす両部隊の指揮官に加えて、

 

「リヴィエール大尉にも感謝を。フランス衛士の手並み、見せて貰った ― 敬礼はいい」

「は…、恐縮です。勉強させて頂きました」

「殊勝だな。だがまだ食い足りないという顔だ、まあ夜は長い」

 

ご所望の相手も連れてきたぞと。近づいてきた仏軍衛士に目配せする戦場の犬、刹那切られたその視線の先は唯依の隣、無言の儘の黒の衛士。

 

一戦終えるやさっさと兵舎へ戻ろうとした処を神宮司少佐が取っ捕まえて頭ごなしに命令だとして引っ張ってきたのだが、

 

よくも唯々諾々と従ったものだ…

 

その彼は向けられた視線に対して無言の儘敬礼を返すや神宮司少佐に手招きされて、外人衛士としては異例の短躯・見下ろす背丈のリヴィエール大尉と何やら会話。

 

その光景を何とはなしに目で追いつつ、唯依には意外の念が大きい。

別に彼が平生より反抗的だとか命令違反の常習者だ等と云う事は無いものの、可笑しな話で彼が誰かの命に依って或いは拠って動いているのを見た覚えが余り無い。

 

 

斯衛軍開発衛士隊に於いては帝国陸軍技術廠第壱開発局との協力の下、当時は中佐でいらした軍神・巌谷閣下の直下にて軍務に当たり。

巌谷閣下はいち尉官如きの箸の上げ下ろしに迄口煩くされる方では無かったし、一方で言少なくして開発と実戦との能力に富む彼を気に入っておられた様に思う。

 

そして元来彼の所属は斯衛軍きっての精鋭部隊・第16大隊。

同隊は城内省直下の同軍の中でも帝都城は北の丸に駐屯し内裏の守護を司る正に禁軍、そしてその長こそ政威軍監・斑鳩公崇継殿。

帝国国権の全権代理・政威大将軍煌武院悠陽殿下の御名の下斯衛軍を指揮監督するほか国軍の統帥をも補弼するのが政威軍監、その真なる子飼いの部隊にて大隊長直卒小隊の一員を務め各中隊長を脇に置いての席次参番。それも戦場では独自行動すら赦される「ホーンド03」。

 

そんな救国の英雄、護国の刃。斯衛が誇る黒の鬼札。

 

要するに ― 放っておいても成すべき事は大抵既に済ませているし、難癖を付けようとする者がいたとしても彼の背後を見れば黙らざるを得ない。更に当人も其れ等を嵩にかかって横車を押したりする事はまるで無い処か世俗の事には何も興味が無いといったその風情から実は入道しているのではないかと迄噂される始末で、精々が同輩等との茶話に会食、酒宴への付き合いが悪いとの話を聞く程度 ―

 

 

で、今まさにその酒席への参加を強いられて居る処。

 

「…よく来ましたね」

 

また小声ながら率直に過ぎる感想を龍浪少尉が述べれば、

 

「少佐殿が上手だったと云う事だろうか」

「たしかに無礼講って言いつつ今度は命令だとか結構強引ですよね」

「少佐殿の横浜基地時代から面識はあったとも聞くし、その誼やもしれん」

 

かの魔女が統べる伏魔殿・国連軍横浜基地。

彼の中尉は甲20号攻略作戦での負傷前にはそれこそ斑鳩公の命の下、時折赴いてもいたようで。

 

余計な詮索は火傷の元かと、昨今は種々の謀めいた領野に迄思い巡らせる機会も増えた唯依はこの辺りで口を噤もうとしたものの、

 

 

「もしかして年上の女性が好みだったりするんでしょうか」

 

 

!?

 

 

その千堂少尉の少し冗談めいてはいるが何の気も無い風な言葉に、眼を白く塗り込め蟀谷には青い縦線、黒背景に稲妻を走らせ凍りついた女子斯衛は何人居たか。

 

「なん…だと……」

「言われてみれば…隊には同い年か年下ばかり…そんな…最初から射程外だったと…?」

「軍医の言うことも…わりによく聞いているような…っていうかあの女も怪しい…」

 

目眩を覚えてたじろぐ者に口を塞いで絶句する者、中には疑わしきは罰せよとばかりに爪を噛み出す者まで現れて。

 

「え? か、かもしれないってだけですよ? それにお医者様の言うことは聞かないと…」

「ほっとけほっとけ……畜生裏山。もげろ。爆発しろ」

 

己が言葉が誘った乙女達の暗黒面の流出に、焦った柚香の諫めを聞いているのは何人いたか。

しかしそう口を尖らせた響はその2秒後にむっとした柚香に足を踏まれて飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ程々に、だが好きにやれと。

そう多くはない佐官級や高級士官のひとたちと連れだって、神宮司少佐は格納庫を出て行った。

 

出来る人だなあと、柚香は思う。

 

大して長くは仕えられなかった巌谷閣下も立派な方だったけれど、神宮司少佐は少なくとも細かいところの目配り気配りに関してはそれ以上で。

戦地においては兵を知り、平時においては人を知る方だと感じる。

 

 

そして前線での戦地整備場でもない限り本来飲食は控えられる場所ながら。

気を利かせた他国軍の衛士の何人かが本来の会食場から料理に飲み物までも運んできて、あちらこちらに数人でグループを作って食事をはじめる者たちもいる。

 

それでもほとんど床に座ることはなく大概が工具箱やら作業台やらそれこそ戦術機の脚に至るまで何かに腰掛けたりしているのが柚香に文化の違いを感じさせもするし、聞こえる言語はほぼ英語なのもここが異国なのだとより実感させた。

 

 

というのもなにしろ今日の明け方 ― といっても完全には日の沈まない白夜で薄暮の丑三つ時頃 ― まで柚香がいたのはこの基地から700km近くも北に離れたスカンジナビア半島の大陸側。

 

そこは明らかに足りない戦力で日々駆けずり回る必要がある長大極まる防衛線で、一応は共に守備に就いている国連軍北欧部隊とは当然担当地域も仮設の兵舎も別の場所、つまり周りは帝国軍だけ、要するに日本人しかいなかった。

だからそれこそ柚香を含め帝国軍欧州派遣隊の彼らに異境の地を感じさせるものといえば、沈まない太陽を遙かに見通す地平線だとか日本だったらとうに桜は終わって花水木や躑躅が咲く新緑の季節だというのに朝は薄氷の張る寒さだとか、その程度。

 

なにしろ澄んだ湖に針葉樹林、そんな以前に本で見た光景などは。

全部BETAに均されきって、佐渡島やリヨンあたりの風景と何も変わらないから。

 

 

「っとに、やってくれたぜお前さん達はよ」

「いたたた、痛いですってブラウアー少尉」

 

そんな柚香から少し離れた場所では、西ドイツ軍の男性衛士が真壁大尉 ― 清十郎を脇に抱え込んだ形で首を絞め、周りの衛士も手にした皿から何かをつまんだりしながらそれを笑っていた。

 

もちろん本気であるはずもない、だが真壁家といえば摂家にも程近い親藩の御家柄、柚香でも知っているほどの名家も名家。

真壁大尉はその名の通り十男と、家督には遠いとはいえそんな方にじゃれついた上に首を極めるだなんて帝国では階級差以上に想像しがたい光景といえた。

 

とは言っても…

 

出迎えの拍手が終わりかける頃にいち早く真壁大尉に歩み寄っては絡んだブラウアー少尉なる人物は、そういう目端が利く人なのだろうとも。おかげで一気に空気が動いて皆が動きやすくなった。

 

 

だからまた違う場所ではカバーオール姿の整備兵たちが輪を作って。

 

「へえ、やっぱり関節には相応の負荷がかかるのか」

「そりゃそうよお前さん。衛士の腕もあるっちゃあるがそれに合わすのもこっちの仕事よ」

「ヒュウ、さすがジャパニーズ・オヤッサン。でも整備体制の充実は羨ましいわ」

「あんたら欧州軍には正直頭が下がる、そんだけの人数で…日本はホレ、国も狭ぇからよ」

 

その年かさの帝国軍整備兵はすでに少し赤ら顔。

 

「大陸の広さはなぁ…忘れもしねえ、92年の重慶撤退戦じゃァよぅ…」

「あー、またとっつぁんのジュウケイガーが始まった」

 

茶化してその老兵になんだとこの野郎、と食ってかかられた若い兵も本気ではない。

席を共にする欧州連合軍の整備兵らにもそれは判った。

 

「でもニッポンのTSFはこう…ちょっと繊細に見えるな。扱いには気を遣いそうだ」

「そうっすねえ…まあ正直89式やら、最近じゃあ弐型やら見ますとね」

「アメさんはやっぱり凄いスよ。こう…、設計自体の視野が広いっつーか」

「なんだとぅ手前ら」

「まあまあとっつぁん」

「んー、サムライTSFはクラフトマンシップが行きすぎてる気は、確かにするわね」

「手間だの難しさだのをなんとかするのが職人の心意気だって叩き込まれるんスよ」

「へえ。マンパワーの評価基準が違うのかな」

「主機メーカーの遠田の社長さんなんて顔出しちゃあ、なあ」

「半端な仕事はするんじゃねえ!ってスパナで殴るもんな、洒落になってない」

「前時代的ね…とはいえ実戦でも近接の頻度は高いのでしょ? 作業時間は」

「ウチの衛士は手練れが多いんで今はまあ…完徹程度でなんとかナリマスヨネ」

「ああ、それこそ斯衛の整備大隊に比べれば…はるかにずっとマシデスカラネ」

「…あそこは…やばい。同期が二人入ったけど…82式はまだしも00式とか…」

「誉れとやりがい以外には……死の匂いしかしない」

「そ、そう」

 

やいのやいのと話しながらも途端うつろな目になった帝国の整備班 ―

 

「――随分な言われ様ね」

「これは、大尉殿!」

「護国の剣を研ぐのですもの、肝の冷え方も夕涼みには良い塩梅よ」

 

そこへやって来た斯衛技術大尉殿は急に気をつけの姿勢になった彼らには一応釘を刺すに留めて、楽にしなさいとひらひらと手を振り――しかしその直後には、背後に忍び寄って来ていた胸の大きな西ドイツ軍女性衛士に捕捉され、まさに怒濤の質問攻めに遭って目を白黒させる羽目に陥った。

 

 

護国の剣、か…

 

その光景を遠く眺める柚香にも。

まさかそんな人や人たちと同じ部隊になって同じ任務に就くとは、2年前最初に欧州派遣が決まったときには思ってもみなかった。

 

 

戦術機の操縦については、今でもそんなに自信があるわけじゃない。

 

想いを寄せて、呼吸が合って。

そんなひとがいてくれるから、必死にその彼についていっているだけ。

 

 

そしてその彼 ― 龍浪響中尉は今、再びこの主格納庫に戻ってきたところ。

帝国軍のCウォーニングジャケットの前を閉じながら隣の、例の中尉殿と連れだって。

 

「いやー、参りました。あそこであんな滅茶苦茶なスパイラルダイブされるとは」

「…」

「英軍の練度もさすがっすね。仏軍はどうでした?」

「…ああ」

「でも流石ですよ、あのチビエール大尉もそうですけど2機相手とか」

「……動きは知っていた。…片方は」

 

え? と聞き返したりまた無言を返したりしている、中尉二人のところへ。

小走りに向かう柚香の手のうち片方は料理を載せた皿。そしてもう片方は飲み物で埋まり敬礼はできずその気配を読まれたか、

 

「ああ千堂少尉、敬礼はいいって。ありがとう」

 

そしてどうぞと差し出すのは、龍浪中尉 ― 響にだけ。

 

柚香は気がつかなかったわけでも意地悪をしたわけでもなく。そのもう一人には、世話を焼きたい人が何人かいるのを知っていたから。

 

案の定白い強化服の斯衛衛士が間髪入れずにやって来てまず飲み物を渡し、待機するその両手には小綺麗に盛りつけた皿。

言葉なく目礼して受け取る黒の中尉に満足げなその白斯衛と、向こうで他国軍の衛士たちに囲まれて身動きが取れず「出し抜かれた!」とまた眼を白くして顔に縦線以下略(恐ろしい子…!)の山吹のひとを柚香は見ない振りをした。

 

 

うちのとやりたい者がいれば遠慮は要らんぞ。

 

そう言い置いた神宮司少佐の言に従ったのか、模擬戦手合わせの希望者は引きも切らずに。

それで面倒だからと撃墜判定された後も退場なしの地稽古乱取り形式でとなって ―

 

意外というか、欧州軍には白兵間合いを志向する衛士がそう多くはないためか、はたまた長刀戦での触れなば斬らんの印象が強すぎたのかその篁中尉への手合わせ希望は数名だけに留まって、その一方で「二つ名持ち」の男性中尉二人にはJIVES内の待機空域で大隊が組める程度に挑戦者が集まった。

 

 

そして「巨大種殺し」には時には土が付きもする一方で、もう一人はほぼ完勝に次ぐ完勝。

 

一分粘れる衛士もほとんどおらず、しまいには分隊でいいですかと遠慮がちにも言い出したフランス軍の二人組相手すらも完封して見せ――

 

 

「Salut, "Ninja Blade"」

 

そこへ。二人の部下らしき女性衛士を引き連れてやって来たのはその仏軍の「前衛砲兵」。

 

 

ふわりと長い金の髪、つり上がり気味の青い瞳はしかし大きく美しく。

その輝きはやや勝ち気そうながら小児と見紛う小柄な肢体と相まって、ともすれば見る者に倒錯的な感情を想起させさえもする可憐な麗人 ― それが、ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

 

ただ今は、声の調子は明るいもそれが務めてのものなくらいは柚香にもすぐに解った。

実際彼女はあからさまに嫌そうな顔をした響を眼中にないとばかりにほっぽって、ついさっき二度に渡って苦杯を喫させられた黒の中尉に水を向け。

 

「ああ、敬礼はいいわよ。まずはお礼を言っておくわ」

「…は」

「で、単刀直入に聞くわ。私のどこがいけなかった? 機動? 砲撃? それとも全部?」

 

ただその水はまさに立て板に流れるが如くで。

 

「ああ論評に値しないならそう言って、無様すぎてベテランが聞いて呆れるユンヌ・コナス(クソバカ女)だったってわけ判ってるまず機動ね、中距離以降はレティクル内にも入れられなかったホントに空間戦闘で敵に回すとパルクール(大運動会)も真っ青の機動と機体制御なのね具体的には500m圏内、それ以前のレンジだってズームにすれば視界外へ消えられるし広角じゃ当たりゃしない、それで間合いに入られたあとはさんざん振り回されてたのは見ててわかったでしょものの1分左後方からバッサリでおしまい。んで二戦目は格闘戦を避けての一撃離脱を狙ったのはまあ当然といえば当然でしょ、こっちもあんたがなにもしないエプヴァンタイユ(かかし)だんて思っちゃいなかったけどあっさり食いつかれてあとは一戦目と同じ」

「…」

「恥も外聞もなくフルオープンで弾ばらまいた方がよかったのかしら、でもそうしたところで距離を取るなりで時間を稼がれて砲身加熱にマグチェンジを待たれるだけなんじゃないかと思ったわけ大体あともつかえてるしねだからって2門じゃ弾幕密度が足りないだろうし3門開けたらなんとかなったのかしらそれにしたって時間かければ冷却は追っつかなくなるし、まあ実際2機がかりとはいえこっちのエイスにダンベルクールの方がまだしも粘ったくらいじゃない? 機動術で水を開けられてるのは理解してるけど情けない話ああも呆気なく撃墜されたんじゃまずどこから改善してけばいいのかわかんないのよ」

「…」

 

 

黙して立てばプペ・アン・ビスキュイ(フランス人形)、口を開けばル・ティグレ(人食い虎)

 

 

その細い両肩をすくめて天井を向く両の掌、美しくも薄い唇から迸る流暢な公用語の奔流。

だが青の双眸には明らかに剣呑な光、自らへの失望と憤りとを隠しきれない苛立ちが踊る。

 

「大体あんたが――…、なによ、だんまり?」

「……いえ」

 

百戦錬磨の「四丁拳銃」、たとえ実力優位が明らかになった「ニンジャブレード」に対してさえもその矜持は揺らぐことなく。

 

元々口数が少なくはないフランス人、しかも彼女はその苛烈な砲撃同様(もしくはそれ以上に)猛烈な口撃を浴びせることが一部では知られている。

 

相手の都合などまるで斟酌しない高速連射の舌鋒と自らの視線の低さをものともしないその下からの睨めあげに、並の衛士ならその眼光を受けてすくみ上がるまでは行かずともたじろぐ程度はしてもおかしくないものの ― 黒の衛士は無言で変わらずただ虚無的なその視線を向けるのみ。

 

「言いたいことがあるなら――」

「あー、あの。大尉殿」

 

黒の無反応をノン()の意思表示と取ったかまなじりをつり上げたベルナデットに傍に居た白斯衛が補足する、中尉殿はあまり英語が堪能ではなくそう早口でまくし立てられると、況んや仏語混じりをやと。

それを聞いたベルナデットは一瞬唖然としたようだったがすぐに額を押さえてため息をついてその母語らしきなにかの呟きを漏らした。

 

見ていた柚香にもそれはたぶん、「これだから日本人は」とか毒づいたと解った。

しかし一方、黒の中尉といえば気にした素振りも見せることなくそのベルナデットの後ろの二人をちらと見て。

 

「え、エレン・エイス少尉ですっ」「ジョセット・ダンベルクール少尉です!」

「…」

「中尉殿には、身勝手をお聞き入れ下さりありがとうございましたっ」

「…」

 

共に金髪、少し紫がかかる青い瞳。片や肩口までに切りそろえ、片や長く波打って。

勝手を言って分隊で挑んだのはこの二人、不要だと言われていた敬礼をしたのは思わずだろう。だがそれを受けた黒の中尉は ― 彼にしては珍しく ― その二人を見つめるというか眺めて。

 

「あ、の…、なにか?」

「…」

「え。なんスか中尉」

「…」

 

え?

 

エイス少尉、ダンベルクール少尉。そこからなぜか龍浪中尉を見てからこちら ― 柚香の方を見る。

その瞳の虚無的な茶色は常と変わらないものの、どこかしら戸惑いというには小さくも少し思案するような――が。

 

「……まあいい」

 

いいのかよ!

 

響が思わずのツッコミを堪えたのが柚香には判った。

無論ちらりとながらしっかり金髪二人の立派な胸部をいやチラ見というには少々長すぎる秒間確認していたことにも気づいたから、それはあとでおしおきすることにする。

 

 

ともあれ斯衛開発中隊と行動を共にする帝国陸軍試験小隊、その中でもかの英雄「双刃」と、親しいとまではいえずともそれなりの同僚としての間柄なのが「巨大種殺し」龍浪響中尉。

 

やはり強者が認めるのは強者なのだと、誰も疑問には思いもしない ―

 

 

「…大尉」

「あン?」

 

ざっくりとブランシェ・ゼロの衛士から訳を聞いたのか、黒に手招きされたベルナデットは大人しくそれに応じた。

 

僭越乍ら通訳等をと主張は控えめな胸をしかしふんすと張りかけたその白斯衛をも制して、格納庫中央通路に適当に置かれていた黒板 ― 収容機体の整備順序及び状況報告掲示板 ― の一部をざっと消して空きを作った。

 

「…大尉の流儀は間違ってない。BETA相手なら」

「ふ、ん?」

 

そして彼は、ヘタクソな英語は聞くに堪えないから喋りやすいようで構わない、と割り込んで釘を刺したベルナデットに従って。

 

「…単位時間あたりの殲滅力は図抜けている」

「面映ゆいわね」

 

ベルナデットは大して愉快ではなくとも鼻を鳴らす。

俺でも敵わない、とまで言われれば。

 

主腕2門に兵装担架の2門を含めた計4門での制圧射撃。

ベルナデットの代名詞でもある「前衛砲兵」、地表面での対BETAではその高い空間認識能力に裏打ちされた瞬間火力と面制圧力は世界屈指といって過言ではなく ― しかし。

 

「お世辞はいいわ、本題を」

「…地上戦や低速度域なら四門展開は有効だが」

「空気抵抗大きくて高機動戦には不向きだっていうんでしょ」

「…」

 

無言のままの小さな頷き。

 

 

対BETAの戦闘域は地表面とその付近。ヴァルス・フランセーズ(砲戦円舞)と称されるベルナデットの戦闘機動はその戦域にある種特化したやや二次元的なもの。

無論三次元機動の技量も精鋭の名に恥じぬ水準にはあるとはいえ、「さらにその上」の衛士らから見れば、多少手強い程度なのだろう。

 

そうした連中相手の高速戦闘ともなれば、いかに彼女が巧緻な機体制御に照準能力を誇ろうとも、拡げた主腕や伸ばした兵装担架・さらに構える4門もの突撃砲が生む空気抵抗と気流の乱れによる大減速はほぼ悪手に等しい。

さらに派手にばらまく火線は自機の位置を敵に知らせることと同義で、敵手が狙撃技能に秀でていればその落ちた速度と相まってカモ撃ちの的になる可能性も ―

 

 

だが一方、小隊単位以上での戦闘なら意味は異なり、そしてそもそも。

 

「…単機戦訓練など無意味だ」

「それでロワ・デ・ルー(狼王)を降すような奴に言われてもね」

「…戦況が不利なら後退を」

「ハン、あんたみたいなのが敵だったら逃げられやしないじゃない」

「…」

 

ベルナデットの反論に黒の衛士はすでに短いチョークを取ると、黒板の空けた余白に二本の線を描いた。平行、追随、そして螺旋。

 

 

戦術機動は性能と発想と耐Gの鬩ぎ合いの中決定される。

 

 

短く簡潔なそれは彼の持論か、斯衛や帝国軍で彼に教えを請うた者が耳にするもの。

ゆえに実際に彼の隣の白斯衛は通暁ずみとばかりにうんうんと頷いているが、しかし海外のこの地、それも当代最強とされる衛士の機動理論となれば衆目を集めないわけがなく、それとなく聞き耳を立てる者から少し近寄る者も現れる。

 

その一方でベルナデットはそれらを歯牙にもかけず、

 

「発想ね…もっと間接思考制御の洗練が必要かしら」

「…そう難しくはない」

「実に説得力があるわ、あんな自在に失速下機動を操るあんたが言うと」

「…」

疾風(ラファール)の名はダテじゃないけど、こっちはあんたのノワール・ゼロほど特別仕立てってわけにはいかないのよ」

 

 

ゼロは最も廉価といわれる黒のC型ですら、シュヴァリエ・デ・ラ・ギャルデの専用機。

熟練の職工らが手作業で組み立てるとまでいわれているその性能は折紙付きで、今回先んじてベルナデットが一戦交えて一敗地にまみれたドゥ ― シラヌイ・ニガタをも上回る。

対して実際のところフランスの騎士・ラファールは、「血筋」が似通うEF-2000に対してすらもその誇りを別にすれば決して優位とは言い難く、例えばEF-2000の跳躍ユニットAJ200に比してラファールのS88は燃費に優るも出力ではやや劣り、また両肩部スラスターも非装備となる分わずかなりといえども瞬間の運動性には不利なのだと ―

 

 

それを踏まえての手練れの衛士の皮肉だったが、

 

「…機体のせいにするな」

 

黒の無感情なその一言に緊張感が走った。

 

「……なんですって」

 

侮辱されたと取ったか一瞬で剣呑さを倍化させた「前衛砲兵」、睨め上げるその眼光が鋭さを増しその気配を察して背後の部下二人も小さく息を呑む。

 

「…」

 

しかしそれに取りあうどころか気にした素振りも見せない黒の衛士は黒板へと向き直り、そこに適当な三角形を描き込んだ。

 

「なにを……、…ああ。…いや、でも…」

「…肩部装甲は」

「! そうね、それでダブルデルタに…でもそれだと安定性が…、それが狙い!?」

 

一見から単語ばかりの短いやり取り、それでもベルナデットの見開かれた青い瞳にみるみると浮かぶ理解の光。

無意識に軽く開いた両手両脚、それは間接思考制御による愛機の姿勢に他ならず。

 

 

砲を握る両主腕にて形作る三角翼、さらにその付け根たる肩部装甲は元々副腕による支持のため可動式。それを稼働させその角度を変えることにより全身として擬似的に二重の前縁後退角を創り出す。

そのダブルデルタ ― 縦スピン(スーパーストール)に陥りやすいその翼平面形状は失速下機動(ポストストールマニューバ)への移行を容易にするもの。

 

 

「そうだわ…跳躍ユニットの制御には習熟が必要だけど、これなら」

「…回転中の敵機捕捉も」

「フン、今さらお世辞を言っても遅いわ」

 

半歩近寄る黒は言葉少なに言いつつ、その胸より下に位置するベルナデットの白く細い顎をついと持ち上げ。それはラファールの鋭角にデザインされた頭部をも空力制御に使えとの意思。

 

それを漏らさず受け取るがゆえに逆らいもせずおとがいをそらすベルナデットは、さらに続いた言葉の外に、たとえ機動中でも「四丁拳銃」ならば照準すらも可能だろうとの意味をもくみ取り間近に見上げる闇色の茶を負けじと見つめて不敵に笑う。

 

 

この呼吸に息遣いはそう、あのリヨンの地下で背を預け合ったときとまったく同じ。

 

刹那の齟齬が死を呼ぶ地獄、その死地で共に踊って描いたパ・ド・ドゥ(双演舞)

 

あの瞬間には言葉すらも必要でなく、ただ互いの駆ける思惟だけを感じあい ―

 

だがそれでも己ほどには、彼が満たされていなかったのなら。

 

 

今の私じゃグラン・コーダ(最高潮)の相手には物足りないってのね…でも!

 

「まあ見てなさい。すぐに追いついてあげるわ」

「…」

 

その宣言へと応じた無言を(ウィ)ととった、ベルナデットの両の碧眼。

彼女が見据えるはBETAを切り裂く漆黒の稲妻、それを操る不変不動の黒の衛士。

 

 

戦いを、望みはしないが人々の未来のためには抗う以外に術はなく。

 

ゆえにただ、一振りの剣たらんと ―

 

そう志す己にとっての道標たりえる衛士こそはやはり彼。

 

ただ惜しむらくはその彼から学びを得る機会と時間に限りがあること、そして。

 

 

「…随分仲が良い様だ」

 

 

底冷えのする声で。

 

 

「た、篁中尉…っ」

「…貴様は少し目を離すとすぐ是れだ…」

 

端で見ていた柚香はそれがまるで気配を感じさせずに隣へ来ていた篁中尉 ― 唯依の発したものだと気づいて跳びあがるほど驚くも、続いた呆れ声の中に剣気を感じて素早く響の方へと避難した。

 

 

たしかに今の彼と彼女の体勢は、身長差からわずか背伸びすらしてその細面を上げるベルナデットと、至近距離にてその下顎を右手二指にて持ち上げ見下ろす黒の衛士。

 

それは秘やかな逢瀬で口づけを交わそうとする恋人(アムルー)同士に見えなくもなく。

 

 

「ン?、あ、ああ……コホン」

「…」

 

その日本語の響きと、まるで動じないままその音源へと流れた黒の視線とにベルナデットも己が姿勢と周囲の耳目にようやく気づき、我に返っては半歩下がって小さく咳払いなどをして。その小さな顔の白皙の頬がわずか朱に染まって見えたのは、十分に明るいはずの格納庫の照明のせいか。

 

で、デレた!? ツンしかないあの凶悪猫が!? おのれ我らの合法ロリを…!

そんな囁きが何カ所からか聞こえる中、常には凜とし毅然たる小柄な上官の、ついぞ見た覚えのないその愛らしい仕草と表情とにダンベルクール少尉が萌え萌えするも、

 

「安心しなさいマジョリー(かわい子ちゃん)、あんたのベベシュー(大事なキャベツ)を盗りゃしないわよ。でもこんなのカラン(ハグ)にもなりゃしないのに、女サムライはずいぶん器量が小さいのね」

 

気を取り直したか軽い嘲り混じりのベルナデットの先制打、小柄なその身をものともせずにわずか顎を上げてのその誹り口。

 

「…まさか。古来何とかは甲斐性等とも云いますれば高が弐号参号程度に逐一目くじらは立てますまい。唯己が身の節として端女の如くに誰彼構わず嬌態を作って秋波を送り軽々に尻尾を振る様な真似はせぬだけです大尉殿」

 

だが応じた唯依もその言葉通りに水仕女を見るが如くの傲然たる眼差しで睥睨し。

 

互いの間合いは約3m、非友好的な雰囲気の中 ―

 

「フン、言うわね。でもそのわりにはまるで悋気が隠せてない、本音のところじゃフェル・ラ・ビーズ(挨拶のキス)の一つも許せないって顔よソレ。まあ夜も更けてきたんだし」

 

金髪短躯の仏軍衛士はその秀麗な顔をわざと歪めて、

 

ラ・ヴィエルジュ(嬢ちゃんは)セ・マスタベー・エ・ドート(マスかいて寝たら)?」

 

腰に手を当て睨め上げるように言い放たれた軽侮の言葉、しかし対する長い黒髪の女斯衛はあえてか一度その黒瞳を閉じ。

 

「……仏軍の騎士は気位()()は高いと聞いては居りましたが…其の匹婦裸足の卑語悪達者、最早聞くに堪えませぬ。斯くなる上は――」

 

 

――斬る!

 

――ハ、上等!

 

 

開かれるや剣呑極まる光を放ったその黒曜に、挑戦的な藍玉が応え。

 

 

「誰ぞある! 具足を持て!」

「は?、…、はッ! 唯依姫の武御雷を!」

 

宴の一角の騒がしさになんだなんだと酔眼を向けた帝国の整備兵は弾かれた様に気をつけの敬礼から右手を振って指示を飛ばし。

 

「火を入れなさい、すぐに出るわよ! Marchons, marchons!(行くぞ、進め!)

「…! アンタンデュ! Qu'un sang impur Abreuve nos sillons !(皆殺しだ!)

 

一方誇るべき国歌の一節を引いた隊長の言にその部下らが続くフランス軍。

 

しかしそれにも退かぬ唯依は酷薄な笑みを浮かべて、

 

「笑止。不埒な泥棒猫は手足を斬り落として後三枚下ろしで阿鼻地獄に堕としてくれよう」

 

跋、と音さえ立てて薄灰色の充電外套を脱ぎ捨てた。

途端転び出たは山吹色の強化装備に包まれた、実は主張強めの豊かな双丘。

 

柔らかくも瑞々しく弾力を備えて揺れたその二つの甜瓜(メロン)、その光景を目にした野郎共がおおおと野太い歓声を上げた。

なぜなら常にはとうに見慣れて馴染んだはずの薄衣越しのその肢体、しかしそれは秘され隠されていたものの出現と云うあたかも稀な暁起でたまさか目にした山の端よりの曙光の如き神々しささえ伴う新鮮味。

 

また至近にいたため投げられた充電外套を思わず受け止めた響はその唯依の甘い残り香と、普段の彼女の凛然たる立ち居振る舞いからはおよそ想像しがたいほどの眩くも蠱惑的な曲線美を改めての形で見せつけられて、思わず生唾を飲み喉を鳴らすや隣の柚香に間髪入れず肘鉄を食らってくの字に身体を折らされた。

 

しかし対するベルナデットとて、

 

「笑わせんじゃないわよこのチャンバラギャミン(小娘)が!」

 

勢いよく羽織っていたCウォーニングジャケットを放り投げ。

 

揺れも極小のその二つの膨らみに ― 多くの者は興味なさげな視線を向けたが心優しい者は見ない振りをし、また一部の者らがロっリBBA! ロっリBBA! と謎の怪気炎を上げる一方「…まだ大きすぎるな」「ああ」とさらに極端なミニマリズムに囚われた貧乳解放戦線の有志やつるぺた教恭順派の使徒たちは望んで苦難の道を歩む。

 

「ちょうど新しい発想もらったことだし、あんたのコ○ヌ(×××)に120mmブチこんで計画倒れのテュネル・スー・ラ・マンシュ(ドーバートンネル)の代わりに開通式と洒落込むわよ」

「出来もせぬ事は口にされぬが宜しかろう。可惜無闇にそう黒星ばかりを重ねては、貴軍が誇りの戦術機とて心あらば泣いて居りましょう」

テェトワ(うるせえ)、蜂の巣にしてアヘアヘ言わせてやるわ」

 

睨みあいつつ搭乗前の舌戦(トラッシュトーク)を続ける二匹の美獣に、いいぞ、やれー、いてまえーなどと囃したてる周囲の観衆。

 

「え、ちょ…ホントにやるのか?」

 

その中で響は肘鉄を捻り込まれたみぞおちをさすりながら立ち上がる ― 強化装備の特殊保護被膜は拳銃弾程度なら防ぎ止めるほど耐衝撃性に優れるのだが、ともかくあのチビレ大尉が実はフランス生まれじゃなくて米海兵かでなけりゃ千○や○城出身じゃないかと思う程度に口が悪いのはわかっちゃいたが、応じた唯依も妙に沸点が低い気がする。

 

「もしかして篁中尉、酔ってんのか?」

「いやー」「ちょっとですけど」「飲まされてましたねー」「でも本性」「うんうん」

「ってもいいのかよアレ…中尉ちょっとなんとか……って、いねえし!」

「帰られました」「『…やらせておけ』だって」「あ、似てるw」「もう一回もう一回」

「遊んでんなよ…てか中尉が原因なんじゃねえか、なんであの二人でケンカになるんだ?」

「あー」「わかってない」「ダメダメ」「これだから売約済みは」「女の敵は女」

「はあ…、そんなもんかね」

 

とりあえずはそう納得した風にしておくのが賢明そうだ、考えてみれば今この基地には世界三大おっかない女衛士が誰かを決められるくらい女傑が集まっているんだったと響は隣の柚香の機嫌を伺いつつ、どっちが勝つか賭けようぜとやって来たツェルベルスの男性衛士に渡す紙幣をまさぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 6月 ―

 

 

「ヴァルキリーリーダーよりCP及びナイトオウルズ。敵影見ゆ。距離8000、進路北北西。要撃級・戦車級多数、総体大隊規模と推定。また後発第52波の突撃級群と思しき集団が接近中」

「ナイトオウル01了解。急行する、無理に先走んなよ千鶴っち」

 

まだ聞き慣れない隣接小隊長・大上中尉のそのガラの悪い警句に了解、と返して。

長い三つ編み・大きな眼鏡の榊千鶴は、高度40mにて哨戒匍匐飛行中の乗機・94式弐型の速度を上げた。

同じく続くは3機の青い国連仕様の同型機。よく晴れてはいるが生命の気配とてなく荒れ果てた大地に跳躍ユニットFE-140のジェットの轟音が木霊し、弐型の頭部や肘部のブレードベーンにナイフシースが高緯度地域の大気を切り裂いた。

 

 

現在地点は ― スカンジナビア半島大陸側・旧フィンランド中部。

甲08よりおよそ220km南下したスオムッサルミに設定された帝国軍駐屯地から、さらに南へ60kmほど。

 

20年間に渡りBETAに支配されてきた眼下の地表は草一本生えていない赤茶か黄褐色の荒土。そしてそこかしこには連日の戦闘の残滓となる砲撃痕に累々としたBETAの死骸。これらを従来の手順通りに焼却撤去するだけでも途方もない手間と時間と費用がかかるだろう。

 

そして古くは湖水地方と呼ばれたこの地域は湖沼の多いフィンランドでもとりわけその比率が高かったそうで、あちこちに見える地形の起伏は枯れ果てた湖沼の跡だろうか ― 今でも水を残すものはおそらく今冬の雪解け水が流れ込み貯まったものか、湛えるというにはほど遠いその様の中にはさらに赤黒く汚れたBETAの体液が大量に流れ込んで腐臭混じりの金属臭を放つ。

 

 

甲08・ロヴァニエミハイヴ攻略より2週間ほど。

 

 

国連軍横浜基地所属特務小隊・元207Bヴァルキリーズは特務たるその名の通り、本来は極超音速・超長射程を誇る03型電磁投射砲を以て、BETA巨大種・超重光線級の排除を主眼とする小隊。

先の甲08攻略作戦の前段たるハイヴ前地上制圧戦ではその能力を遺憾なく発揮し事前想定の最悪に近い2体同時出現という事態をもはねのけ見事任務を達成したものの、それで御役御免にて堂々の凱旋というわけでもなく。

 

旧ソ連領・甲04ヴェリスクハイヴより甲08めがけてか1000km超の距離を走破せんと北上するBETA共に同ハイヴ発の新たな超重光線級が混じってこない保証などはどこにもない以上、欧州連合政府の要請を受けて防衛線を担う日本帝国欧州派遣部隊と共にこの北辺の地に留まる必要は確かにあった。

 

 

そして北欧神話にいう戦乙女の戦隊などと大層な名を戴くものの、所属は外様の国連軍。

しかもその長機はたかが少尉で軍歴も浅い千鶴が務める小所帯。

 

そのためだろう今次派遣に際しては帝国軍第2連隊第3大隊の指揮監督下に置かれ、その長たる神宮司少佐殿はいわば旧知の間柄。

これが偶然であるはずもなく本来のボスたる横浜基地副司令・香月夕呼博士の差配によるにまず間違いなく、よってその少佐殿が折に触れては情報の伝達等あれこれと気配りを下さっていたためその点で不自由を感じることはまずなかったものの。

 

本来の任務とそのための待機、それは重々理解していたが、借りた庇どころか概ね同じ釜の飯を食い寝起きも共にするといってよい帝国軍が、担わねばならない防衛線の長大さに比してあまりに足りなさすぎる戦力でまさに東奔西走して忙殺される光景を横目に最新鋭の高性能機を遊ばせての無為な時間 ― それを喜ぶ者は4人の内に1人もいなかったから、せめて哨戒任務程度はとの千鶴の上申は隊の皆の総意でもあった。

 

そして神宮司少佐経由で香月博士へと伝えられたその申請は、ある意味望外にもすんなりと許可された――ある条件をつけての上だったにせよ。

 

 

「光線級確認できず。会敵時には後発の突撃級群と先にぶつかりそうだよ」

「了解、砲戦で減らせるだけ減らすわよ。周辺の震動センサーはどう?」

「微弱ながら感あり、でも半径50km圏内に地下洞窟が既知のだけでも10以上あるから…」

「まったく、警戒ラインもなにもあったものじゃないわね」

 

呆れたくなる千鶴の網膜投影画面左下、小隊内通信に浮かぶ鎧衣美琴は小さく苦笑して。

発声に応じてわずか拡大された、その整ってどこか少年めいた顔にはよい緊張を保ちながらもすでに場慣れした空気感。

 

「仕方ないよ、いっそ追撃戦の方が後ろ取れるし楽じゃないかな」

 

しかしその中にはすでにわずかながらも疲労の色。

千鶴はその美琴の言葉は軽口の類だとわかってはいたが、それに小さく頷いている隊員らの顔も確認しながら生真面目な台詞を吐いた。

 

「縦深が確保できてるっていっても失探したら面倒すぎるわ、前提にするのは危険よ」

 

 

なにしろ大陸の戦域は、おそろしく広漠で。

 

侵攻してくるBETA群は五月雨式 ― といっても大抵がそれぞれ中~大隊規模で1000近くにもなる数 ― で、種別による進行速度の差から長駆する間に後発の前衛突撃級群が先発あるいは先々発の中衛戦車要撃級群や後衛要塞重光線級群に追いつき追い越しまた入り混じることも間々発生する。

 

それを食い止めるべく構築された東西200kmに及ぶ防衛線を守るのは、帝国軍わずか2個連隊。

 

総数200機程度の戦術機部隊を3交代制。

機体の整備を兼ねた休息組に場合によっては停滞睡眠も用いる即応待機の控え組、そして哨戒・迎撃にあたる上番組に3分割されている。

 

スオムッサルミに構築された拠点にはBETAが狙いやすいとされる大量の精密機器と評価されうる戦術機群が置かれる他により明確な誘引効果が認められる電磁投射砲が配備保管されているため、防衛戦開始以降全体としてはBETA誘引の傾向が多少は観測できてはいるものの、実際の誘引効果範囲についてはいまだ検証されていない上リヨン防衛線の如くに一定距離で同様の拠点を複数設けてその有効性を担保することなど戦力的に望むべくもない。

 

そのため現在の帝国軍の基本方針としては、可能な限り設置した震動センサーの警戒網に戦術機の快足を活かしての機動防御戦術 ― しかし常備は都合2個大隊70機ほどで日本本土なら本州縦断に等しい距離の防備にあたるというのはほとんど無茶無謀と同義とも――そのため控え組が休めることはほとんどない。

 

 

なるほど欧州連合軍の、帝国軍はもとより在日国連軍の基準からしてすら時折目と耳とを疑いたくなるような、規律の緩さや不徹底さというものは。

文化・人種に国民性、それらの要素はあるにせよ、すべてのことにミリ単位の正確性など求めるべくもなく ― また求めても無意味なほどの、この広大な大陸が戦線ゆえなのだと。

 

 

おまけに一週間前から、神宮司少佐はその派遣部隊中屈指といわれる直卒小隊と共に不在。

 

そして本来即応としてその刃を振るうはずの斯衛部隊もまるごといない。

 

もちろんその一員というかむしろ筆頭ともいえる、あの中尉殿も。

 

 

友軍への教導が重要な任務というのは重々理解できるにせよ、あの赤服の新人大尉の隊はともかく護国の神剣たるあの中尉殿に加えて神宮司少佐の小隊と、男女の別なき衛士の世界においてなお別式で御座いといわんばかりに身を飾ることのひとつもしないくせして黒耀の明眸はぱっちり二重で細面、おまけに濡羽色の長い髪に羽二重肌でさらに媚びなど知らぬ武家の女と無言のうちにその態度でありありと主張しまくるわりに豊かな胸に柳腰ときて気づけばたいてい正妻面して付かず離れずあの中尉殿の傍にいる、本当は内心始終発情しまくっているに違いないあの篁とかいう小憎たらしいがとにかく腕は立つ雌犬斯衛とその中隊がいないのも大きい。

 

 

「ちょ…、千鶴さん、顔怖いよ」

「え、…んん、ソ連領内を北上するBETA群は?」

「確認できてるだけでも大隊規模が5つ、多ければ1万近くになるかも」

「北で守る国連北欧軍には余裕がない。定数割れしてるし」

「あぅあぅ、でも白海にはソ連の艦隊が出てるって…」

 

気を取り直して既知の情報を再確認する美琴との通信に混ざってくるしなやかな獣・彩峰慧。実戦経験を重ねてなお、どこか小動物めいた雰囲気を持つのは珠瀬壬姫。

 

「噂じゃあね、でもどのみち支援は望めないわよ」

 

その疑問に千鶴はごく軽いため息で応えた。

 

スカンジナビア半島大陸側を南北に走る旧ソ連国境。

東西冷戦の再開により事実上不可視の壁と化したそこから、さらに10km圏が非武装の緩衝地帯とすることが求められている ― ボクたち国連軍なんだけどなあとは、美琴の穿った意見ながらも。

 

 

BETAの思惑なぞはまるで不明のままで、はるか南方の甲04から突っ走ってくる連中が半島北限のノルウェー海なりにぶち当たるまでただ前進を続けるにせよ、その途上にはようやく攻略した甲08が存在する。

 

甲08防衛については戦線構築ではなく甲26・エヴェンスクにてのソ連軍よろしく要塞陣地化をもってあたる案も出るには出たらしいが、欧州連合参加国の失陥国土の奪還と解放というお題目もとい悲願に加えて、甲26は海岸至近という地勢から洋上火力による面制圧力が見込める一方、甲08は海からも遠い上に防備を固める欧州連合軍はオールTSF・ドクトリンの弊害として陸上砲火力に極めて乏しい。そのため大規模BETA群に包囲された際の殲滅力は電磁投射砲に頼らざるを得ないが、そちらもコスト高で数もそう多くはない「借り物」と来ては。

 

ゆえに甲08の防衛策としては縦深確保といった意味でも可能な限りスカンジナビアの大陸側に東西に渡る防衛線を設定し、機動防御にて速やかに北上BETA群を各個撃破していくことが望ましい ― というかそれしか手がないのに、人類側の都合で半島の東側半分はヴェリスク発ロヴァニエミ行のBETA急行は木戸御免(フリーパス)というありさま。

 

 

「西側戦力の消耗はソ連の思うつぼ」

「でも他に手段はないわ、ハイヴの確保は欧州連合にとっては絶対だし」

特殊装置(XM3)の配備も含めて戦力の回復が急務だね」

「投射砲も、です」

 

 

もはや東側は国連を、単に政争の舞台としてしか見ていないのだろう。

旧支配領域に残存ハイヴが多い分、欧州西部戦線を西側諸国へ押し付けてBETAと相撃させる間に戦力を整えるつもりなのか ― それこそ、10年20年とかけてでも。

 

それに対抗するためにも今以上の欧州連合軍の損耗は避けたい。

西側勢力の有力国としての日本の立場からすれば、大陸西部に対ソ姿勢の国家があるのとないのとでは話がずいぶん違ってくる。

 

 

一方そんな人類と違ってBETAは同士討ちをしない。

匍匐飛行にて低空を進む千鶴たち4機が目指す先、網膜投影に等倍ではまだほんの小さくにしか見えない敵群があげる土煙は前後にふたつ。その距離は目に見えて詰まっていく。

 

およそ60km/hで猛進するのは先発の要撃級戦車級群大隊規模BETAの中衛層、要撃級200超に戦車級が400程度。

従来フェイズ5以上のハイヴからの発生BETAは戦車級以下の小型種が7割以上といわれていたが、昨今は闘士級兵士級あたりの比率が明らかに小さく、戦術機にとって脅威たり得ないそれらが減少傾向にあるのは奴らの学習の成果だという説もあるらしく。

 

そしてその連中は後方から120km/h超で爆進してくる突撃級群にはね飛ばされることもなく、それらと浸透・混在そして通過と一切の遅滞なく追い越しを完了させた ― 一匹一体として接触さえすることなく。

動物というより、いや虫というより。どこかしら機械じみたその集団性。

 

「来たよっ」

「よし、南下しつつ西側面を突く。全機平行砲撃から西へ誘引。進出座標マーク」

「了解千鶴さん、座標マーク。64.486、29.807。国境線まで10km、ギリギリだね」

 

白海のソ連艦隊は監視兼示威にすぎないだろうが、仮にも国連軍たる自分たちがいくらなんでもそう簡単に開戦までには至らずとも難癖の口実にされるわけにはいかない。

 

「各機確認を厳にして。彩峰出すぎないでよ」

「うるさい」

「不安があるから言ってるのよ」

「大きなお世話」

「あぅ、け、喧嘩は…」

「大丈夫だって壬姫さん、いつものスキンシップだよ」

「誰が」

「誰がよ。まあいいわ…、打ちー方、始めッ」

 

そんな風にやや姦しくも。

 

相対距離は4km弱、肉眼ならば荒野の彼方に見える土煙。

その源の150体を超える突撃級群へと向けて、小隊長たる千鶴と04鎧衣美琴の弐型が主腕に提げる02式中隊支援砲、そして極東最高の狙撃手たる03珠瀬壬姫のロングバレル87式支援突撃砲が火を吹いた。近接機動戦闘を得手にする02彩峰慧は両主腕の87式突撃砲で、今少し距離が詰まるのを待つ。

 

 

もしほんの2年たらず前 ― 訓練中の身で、先々はたった1小隊4機でこれだけの規模の突撃級を日常的に相手にするのだと聞かされていればいくら千鶴に負けん気とそれを支える父への反抗心があったにしても怖じ気づいてはいたかもしれないし、表面上ナイーブさとはほど遠い慧も眉根を寄せるくらいはしたろうし、平時の度胸はそのふくらみと同じく小さめな壬姫は青ざめる程度では済まずもっとぺったんながらその代わりに勝負勘を持ち合わせる美琴は半ば以上死を覚悟しただろう。

 

 

だが今の彼女らが躊躇なく狙いすますは網膜投影に拡大された、その視界内を右から左へ爆進する突撃級のむき出しの脚部。

 

1対6本のその部位はペールピンクの表皮で醜く瘤に覆われ、全高15m超の突撃級の巨体を最高速度では170km/hで突進させるべく高速で運動し続ける。そこへ戦乙女たちが放った36mmと57mmのHVAP高速徹甲弾が次々と着弾して穿たれ血を噴き動きを止めて、被弾した突撃級群は言うなれば片輪を破壊された暴走車両に等しく自己の運動エネルギーに突き飛ばされる形で吹き飛び横転、時には周囲の同種を巻き込む形で荒れ果てた大地に更なる土煙をあげさせていく。

 

「撃破2、横転3」

「進路変更の兆候なしっ」

「なかなか頑固ね…、砲撃継続っ」

「了解ッ」

 

主腕に抱えた02式、その砲身両側に2連装としたドラムマガジンに換えの携行はない。

千鶴は相対距離を維持しつつ自機と小隊の進路を北へと向けて、平行砲撃を続ける。

 

「突撃級群の減速を確認! 進路変わるよ!」

「よし引っ張る!」

 

千鶴たちがもう20体ほど撃破すると ― 現代の地球上の生命体ではあり得ない巨体群が土煙に地響きを伴って徐々に減速をかけた。そして100m近くの空走ののち停止に至るやいっそのそのそといった動作でややばらつきながらも一斉に方向を変えてくる光景は、5階建てビルに相当するそれらの巨大さから威容といってもいいのだろうが、どこか間の抜けた光景でもある。

 

にもかかわらず、現実には一歩どころか半歩間違えば死ねる状況とその連続 ― それに慣れて順応しはじめているからこそ、連日連戦の疲労もあってややもすれば緩みそうになる緊張感の維持を千鶴は心がける。

 

中尉がいないんだから…!

 

 

この会敵に限らず。全体としての戦況は統制が取れている。ぎりぎり、だが。

 

広すぎる戦域に薄く散らばる帝国軍、だが皆が皆、愚痴をこぼして憎まれ口を叩きながらも走り回って飛び回り、摩耗を伴いながらも大損耗は避けて現状ほぼ文字通りのしらみ潰しでBETAを叩いて回れているのには大きく分けて理由が4つ。

 

1つにはまず、個別の敵集団の規模が大抵はそう大きくないこと。

2つめが光線級の出現数が相変わらず少ないこと。

3つめは防衛する帝国軍部隊が士気練度共に高く、現状物資にも問題がないこと。

そして4つめはある意味皮肉な話で防衛線が旧フィンランド側だけですんでいるから。

 

だが実際のところはそのどれもが砂上の楼閣が如きの均衡で。

 

大規模群や母艦級をさして見ないとはいえこうして日々迎撃駆逐を続けてすでに葬ったBETAは万単位に上るだろうに衛星観測によれば南方の甲04に滞留するBETAの数はさして減じるでもなく20万をくだらないというし、侵攻BETAに光線属種の姿が少ないことはほぼそのまま超重光線級の存在に繋がるだろうし、事実上国際共通基準になっている戦術機の燃料砲弾の類こそはさすがに欧州連合軍が補給を負担してくれているが帝国しか運用していない74式長刀だとかさらには投射砲に至っては本土からの到着を待たざるをえない上、戦況は流動的が常とはいうが本来の欧州派遣の目標だった超重光線級排除と甲08攻略とを成したにもかかわらず先の見えない防衛作戦にまで急遽駆り出されることになった帝国軍は、その士気の高さには定評があるとはいえそれが無限に続くはずもないし、何より素通りさせるほかないソ連側を北上するBETAについては甲08近傍で防衛に就く欧州連合軍の負担になるわけながら万一彼らが現在編成中とかいう英国本土からの増援到着前にその負荷に耐えかねた場合には、半島大陸側に布陣する帝国軍が救援に走るほかなくそれすら間に合わなければ全体としての戦線が大規模に瓦解するし、もしその支援に成功しても帝国軍はさらなる戦力の分散を否応なくされてしまってこの大陸側防衛線の維持などとてもおぼつかないだろう。

 

 

それでもなお。千鶴たちヴァルキリーズのみならず、帝国軍欧州派遣部隊全体にともすればどこか切迫感の欠如というか、窮迫の雰囲気が伴わないのは。

 

おそらくそれは、ここが、祖国たる日本からは遠く離れた外地であるということ。

 

防衛線を抜かれたところで、直接的に瑞穂国が侵されるわけでもなく。

家族や親類、友人知人がBETAに喰われて死ぬわけでもない。

 

防衛戦の後背には甲08まで200km以上無人の荒野が続くのみ、ゆえに突進を阻止できないほど敵集団の規模が大きければ先の美琴の言葉のように素通りさせて背撃を企図するという手段がとれるし、また部隊が戦域に広く哨戒のため小隊単位で分散している以上即時糾合できる火力での対処が困難なほどの大集団なら駐屯地近くに設定されたキルゾーンへと誘引して投射砲で殲滅する手はずにはなっている。

 

そしてそれでも無理なら ― とっとと後退してしまおうと。

 

 

「そう考えると在日米軍って真面目な方なんだね。それとも日本は狭くて退いたらすぐ、目に見える被害が出ちゃうからかなあ」

「それに太平洋が広大とはいえBETAの長距離渡海がないとは言い切れないし、古くと今は共産圏への防波堤でもあるんだから。配備されてるのには精鋭もいるし」

「なら世界各地の米軍は違う?」

「どうかしら、永住権に公民権を餌にぶら下げられた移民中心だって聞くけれど」

「ならなおさら生き残らなくちゃ無意味」

「それはそうね、士気が高いとも限らないか」

「あ、でもでも。海兵隊は米国民かその確定者しか入れないって聞いたことありますぅ」

 

網膜投影に映り込む、適度に減光されたマズルフラッシュに照らされながら。

4機揃って噴射地表面滑走にて西への進路、相対距離を調節しながら引き連れる突撃級には正面からの砲撃は効果が薄く、ぐるりと背後へ回した主腕で時折の刺激と牽制に留める。

 

 

遠征軍の難しさ、しかも対BETAでの守備的援軍ともなれば。

 

勝ったところで目に見える形で得られるものはなにもなく、人類共闘という錦の御旗を心から信じている人間なんて大していやしないことくらいはもう千鶴たちにも解っていた。

 

国連軍としてはあるまじき心持ちながらも、元々千鶴は ― おそらくは、他の3人も ― 心底から国連の思想に感銘を受けて志願したわけでもない。

 

 

そもそもこうして自国戦力にもそう余裕はないなか国際貢献の美辞麗句の下遠く離れた北欧の地で奮戦する帝国軍に血湧き肉躍って意気軒昂たりえるのは当の日本帝国臣民くらいで、ご当地の欧州連合市民にはさして周知もされていない ― 勝って、防げているうちは、だが ― ことが容易に推察できる千鶴にしてみれば。

 

そんな風にごく小さな国政選挙での票集めに繋がりはしても対BETA戦を抱える状況下での西側における国際的な日本の立ち位置という意味では、現時点ですでに外交的に敗北とまではいかずとも都合よく利用されつつはあると考えてしまえば、あの嫌いな母からどこかしらはやはり父に似ていると腐されるのにも合点がいってしまう部分も。

 

 

だがゆえにだからこそ、下手は撃てない。負けられない。

 

ここで帝国軍が崩れれば、それこそ欧州連合は全責任を押し付けてきかねないのだから。

 

千鶴が率いるのはほんのわずかに1小隊。

だがその敗退が蟻の一穴になりはしないとの保証なんてどこにもない。

 

 

が――

 

「すまねえ千鶴っち! 第3小隊から支援要請、緊急だ!」

「連隊規模の地下侵攻…!? 了解です、行って下さい中尉」

「誘引して投射砲を使う、悪ぃけどそっちが片付くまで砲塁には近づけないでくれ」

「了解、…聞いたわねみんな、一仕事になりそうよ」

 

網膜投影の通信からがらっぱちで赤い長髪の大上中尉がいったん消え、左下の戦域マップにCPから送られてきた駐屯地南の砲塁からやや南西へと伸びる投射砲の砲撃予想範囲が表示される。

広大に過ぎる戦域からすれば99型砲の15km程度の射程はそう問題にはならないが、大型の01型砲が放つ三式収束弾の射爆範囲は確認しておく必要がある。

 

「彩峰と私で追ってくる突撃級の南を抜けて後ろを取りつつ後続の要撃級へ突撃、遅滞戦闘。鎧衣と珠瀬は迂回機動から側面背後で突撃級を砲撃、接近戦は禁物よ」

 

CPへの報告と同時に視線誘導で戦域マップにざっと描いた作戦ライン、それを隊機へと送信しつつの千鶴のアイコンタクト。

 

それを受けて顔は動かすことなくだがほんの小さな頷きを返したのは慧と美琴。

 

 

― 珠瀬だけはなるべく生かして帰せ ―

 

それが帝国軍との作戦参加に際して香月博士が出した条件。

その意味が解らない千鶴ではなかったし、同時にそれはつまり他の隊員はどうなってもいいということで。あの冷血の女博士が言いそうなことだと、当の壬姫を除いて打ち明けられた慧も美琴も思ったろう。

 

 

でもまだ死ぬつもりなんてない、臆して逃げることもしない。

それが3人 ― いや、なんとなくは察してもいる壬姫も含めての彼女たちの戦う意思。

 

 

死力を尽くして任務に当たれ ― 生ある限り最善を尽くせ ― そして決して犬死にするな

 

それが戦陣に散っていった先達たちから受け継いだ、ヴァルキリーズ(戦乙女隊)の隊規。

 

 

「行くわよ!」

「了解」「了解!」「了解です!」

 

彼女たちの翼、94式弐型の跳躍ユニットFE-140が吠えた。

薄青色の国連軍仕様の機体が4本の矢と化して宙空を駆ける。

 

2機ずつ二手に分かれる中で機動自慢の彩峰慧機が対向する突撃級をあえて至近に掠める間合いですれ違いながら36mmに120mmをばら撒いて、爆走する小山のような突撃級の片側脚部を次々に穿ち撃ち抜き爆裂させては派手に転がしていく。

 

「先は長いのよ!」

「わかってる」

 

そう注意喚起する千鶴は残弾が6割を切りつつある02式の砲撃をまずは堪えて突撃級群をやり過ごしてからその斜め後方からの射界で指切りを入れて3斉射、きっちり3体の突撃級のその柔らかな後部に撃ち込み血しぶきを上げさせ息の根を止めた。

 

「こっちは頼むわよ、震動センサーにも留意!」

「了解っ、気をつけて!」

「任せてくださいっ」

 

迂回機動の美琴と壬姫に千鶴が言いつつ弐型の機首を巡らす間にすでに慧は増速をかけて後続の要撃級への突撃行、後を受けた形の壬姫は両主腕に保持させた87式支援突撃砲での3点バースト、それをほぼ確実に遠ざかりゆく突撃級の後部2脚に撃ち込んではあたかも後輪を奪われた装輪車の如くに尻餅をつかせ腹部を引きずらせて大幅に速度を奪い、すかさずその個体から美琴が千鶴に同じく指切りを入れた02式の57mmを叩き込んで血祭りに上げる。

 

光線級の存在は確認されていないがそれでもみだりに高度を取らないのは衛士として当然の心得、だがそうして三次元機動を封じられてもこれだけ交戦域が広大でしかも付近に防衛対象もないのであればこの程度の数の突撃級は戦術機の敵ではない。携行砲弾にしても壬姫らにはまだ余裕が――一方。

 

千鶴と慧の分隊が突入したのは大隊規模BETA群のその中衛層。

連射される砲弾が400を超える地を這う地上高3mの異形の6足獣・戦車級の赤黒い絨毯へと突き刺さる中、全高は12mに過ぎないがその全幅は30m近くにもなる平らな怪獣・要撃級が200体、一体一対計400の衝角前腕を振りかざして向かってくる。

 

「彩峰左!」

「、!」

「今度は右よ――次後ろ!」

 

千鶴は80m前に出した慧へと矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ02式で掃射をかけて戦車級の群れを薙ぎ払う。

その千鶴の指示とほとんど同時に跳び舞う機動を見せる慧の弐型が要撃級の弱点となる側面及び後方至近距離から両主腕2門の87式で砲撃を浴びせ、続けて2体を肉塊に変えるやその死骸を踏み台にしてごく低空での後方宙返り、7時方向から振り下ろされた衝角前腕を躱した。

 

「榊うるさいっ」

「あなたの方が速いから前衛を任せてるの、できないなら自分でやるわ!」

「誰ができないって」

 

慧は弐型に地を蹴らせつつの噴射地表面滑走、挑みかかるは4体の要撃級。

BETA程度には軌跡を読ませぬ鋭いターンの2角目で右主腕の87式を後ろへと投げて放り出し、即座に兵装担架の74式長刀を火薬式ノッカーの勢いのままに振り下ろして旋回しかけた要撃級を半ば断ち割るも幅広の巨体のわりに旋回能力だけでなく俊敏性も高い要撃級に囲まれ ― かけたところに慧を狙って背部を晒した2体へと千鶴の57mmが叩き込まれた。

 

「すぐそうやって無闇に突っ込む!」

 

半ば以上の怒声を上げるその千鶴機の左主腕にはしかし慧機が放った87式突撃砲。

支援に立ったその位置の、主腕を伸ばせば掴める距離に降ってきたのが偶然であるはずもなく。

 

分間120発で放たれる02式の大口径57mm砲弾の威力は36mmの比ではなく、たとえ至近弾でも戦車級の半身を引き千切って吹き飛ばせるがこの状況下ではややもすればオーバーキルで交換弾倉もなく弾が惜しい、そこへ兵装担架から自前の87式を取り出す前に投げ渡された慧の36mmで戦車級へ掃射をかける。

そして右主腕のみで扱うにはやや照準が不安定化する長竿02式のため千鶴は30mほど下がって過日の戦闘で屠られ伏した要撃級の死骸を回り込みその背に02式のバイポッドを立てて腰だめでの支援砲撃姿勢をとった。

 

「射角左右20°、支援域40mっ」

「狭い」

「あらできないの?」

「そうは言ってないっ」

 

言いつつ右へと疾った慧、すかさず千鶴の砲撃がその背後左方をカバーし57mmの連射で慧の背を狙った要撃級の尾節を吹き飛ばす。

 

「2発でいけた」

「珠瀬ほどの腕はないのよ悪いけど!」

「あれと比べる方がおかしい」

「それはそうね!」

 

掛け合いやり合い減らず口、言葉を交わすが視線は交わさず ―なにせ数的比では1:300、直撃させれば36mm一発程度で仕留められる戦車級はともかく要撃級のしぶとさには定評がありその一撃がほぼ必殺になるのは向こうも同じ。

 

そしてBETA群中に飛び込んだ慧機のみならず動きを止めた千鶴機へと向かう戦車級、慧はその千鶴の87式の弾倉交換動作を視界の隅に見て取るや左突撃砲の斉射でそれらを背後から撃ち抜き、と同時に給弾を終えた千鶴は左ナイフシースより副腕によって65式短刀を掴み出すやそのまま主腕を振って放り投げ、わずかに放物線を描いたそれを慧機の後ろ回し蹴りが捉えて彼女を囲まんと迫る要撃級のうち1体の渋面めいた前部へと突き刺さった。

 

「ちょっと、大事に使いなさいっ」

「再利用するし」

「あくまで遅滞よ、気張りすぎない!」

「わかってる」

 

そう言う慧が長刀を振るい近距離からの砲を放って敵中で舞い、千鶴はそれを支援しこの場こそが我が胸壁とばかりに要撃級の死骸から57mm・120mmの火線を伸ばし近接防御に36mmの弾幕を張りつつ内心で舌を巻いた。

 

彩峰、さすがにやるわ…!

 

 

反射とセンスに優れた慧は同時に近接戦での機動砲撃斬撃に長ける。

そして総合力のバランスが高い美琴に、もはや言及するまでもない狙撃能力を誇る壬姫。

 

ゆえに隊内で衛士としての戦闘力には最も欠けるのがこの自分。

だからこんな状況下なら小隊長としての指揮もなにも彼女らの長所を阻害しなければ問題ないだけの話で、とにかく視野は広く、戦況を見て。

 

 

いける、か…?

 

網膜投影の情報視界にもくまなく目を配る千鶴は残弾数に推進剤残量、味方部隊がキルゾーンへの誘引に成功しつつある状況等から概ねの成算を予測――したが。

 

「震動センサーに感っ!」

 

8割近くの突撃級を血の海に沈めたその美琴の報告に。

千鶴もまた戦車級をほぼ駆逐し切り慧が食い止める要撃級群への攻撃へさらに注力しようかという時で、

 

「地下侵攻ですっ! 連隊規模予測!」

「…かなり速い、洞窟を使ってる」

「待って波形が混ざってる…、まだ遠いけどこのパターンは…母艦級だよ!」

「まずいわね…、CP! こちらヴァルキリー01ッ」

 

唇を噛む間も惜しんで回線を開く。すでに残弾は5割を切った。

慧を酷使する形でなら現在交戦中のBETA群を駆逐すること自体は不可能でないにせよ新手の後続BETAに対しては誘引を兼ねた後退がせいぜいで、もし光線級が混じっていればそれすらおぼつかなくなる。だから可能な限り早く味方部隊に続いてこちらも投射砲戦術をとるほかない。

 

そして目の前のBETAが地を踏むのとは異なる揺れ、急速に大きくなるそれを弐型のセンサーが捉え――

 

「来るわ!」

 

南方1km、戦術機にBETAのサイズからすればほとんど接近戦の間合いとも。黄褐色の大地が弾けるように裂け吹き上がり、同時に巨大な一塊と化して飛び出してきた突撃級のその姿を千鶴は見た。

 

突撃級共は2体1組で腹部をくっつけあっているのかそれを1単位としてさらに円陣を組むように寄り集まって層を成し、地下掘削のシールドマシンさながらの回転穿孔で既存の地下洞窟から地上までをぶち抜いてきたらしく ― やや飛び上がりすらして地上に踊り出ると同時に結合を解除して突進を開始してくる。

そして全高16mの突撃級が幾層かを成し穿って空けた大穴は歪ながらもおそらく直径50m近い巨大なもので、そこから残余の突撃級に続いて湧き出るように要撃級と戦車級が姿を見せる。

 

「多すぎるよ!」

「囲まれる前に退くわよ、CP! 連隊規模BETA出現、投射砲エリアへ誘引する!」

「こちらCP。ヴァルキリー01、誘引方向をいったん南へ2分稼いで――え!?」

「! どうし――」

 

――!?

 

前線指揮所の管制官にあるまじき言い淀み、そのただならぬ出来事の気配に。

問いただしかけた千鶴の頭上 ― といってもかなりの上空 ― を凄まじい速さでなにかが突っ切っていった。

 

速度にして音速の7倍近く、大気摩擦で真っ赤に灼熱した3つのそれは。

 

「再突入カーゴ!?」

 

遅れて空気が爆発したかのような轟音、周囲一面へと叩きつけられたその衝撃波に管制ユニットには自動遮音が入る。

遙か南方へ飛び去っていく再突入カーゴはしかしあの程度まで高度が下がっていれば、トライアッド演習での実証があるとはいえ光線属種の目標たり得て2km/sを超えるその速度で遠ざかりながら程なく次々に地上から伸び上がった多数の光条の中へ今度こそ消えていった。

 

「無人、よね?」

「はい、後方30kmに降下…成功してるみたいです、よかったぁ」

「カーゴ3つで6機かな?」

「今になって軌道降下作戦、そんな小規模で」

 

千鶴は隊機の糾合と慧への支援とを同時に進めながら後退をかける、その時。

 

「信号弾!?」

 

高く高く、北欧の蒼空に打ち上がったそれは。

 

 

まずその頂点から落下軌道に入ってなお発光を続ける「吊り星」。その輝は緋。

 

次に続いて疾く鋭く上昇しながら短く強く瞬く星が五つ「流星」。その彩は青。

 

そして最後に撃ち出され天へと駆け昇る、眩く輝く軌跡は「龍」。その光は紫。

 

 

これ、は…!

 

瞬間空を見上げた千鶴は、しかし意味を図りかねたか隊内の仲間のやや戸惑う様子に無言のままで通信回線を広く開き――途端、戦域全体の帝国軍機から押し寄せる怒濤の如き歓呼と歓声にヴァルキリーズ全機の管制ユニット内スピーカーは占拠された。

 

「うるさい」

「な、なんですかこれ?」

「千鶴さん?」

「…鎧衣、あなたでも知らないことはあるのね」

 

 

言う千鶴にも、国連軍所属たる己が身の立場を思えば素直に歓呼を上げられぬ部分が。

 

 

「帝国十式信号弾」

 

 

死んだ父が愛して。捨身してまでなお。

護り盛り立てようとした、その祖国の防人たちへと奮起を告げるこの狼煙。

 

 

「緋色は斯衛、青の五つ星は五摂家。そして紫の龍は――」

 

 

日本帝国全権代理・政威大将軍 ― 煌武院の名の下に。

 

 

「推して参る」

 

 

冥き夜の其の名乗りが、全周波に乗って響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます 本年もよろしくお願いします

いつもご感想・評価下さる方々ありがとうございます
いやホントに

いつもながらうまくまとめられませんでした
前はもっとちょっとこう、テンポ良く話が進んでた気が…するだけですかねw
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