Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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欧州戦況概略図

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Muv-Luv UNTITLED 22

2003年 6月 ―

 

 

高度200km、熱圏。

 

青成す黒髪に深海の瞳 ― 御剣冥夜がはじめて体験した地球低軌道は、強化装備に身を包みさらには管制ユニット・乗機00式の装甲に再突入殻そして再突入カーゴという幾重もの障壁を挟んだ上で網膜投影越しに見る、舞い降りる深淵の宇宙の黒と――そしてその下で緩く弧を描いて仄淡く光る巨大な水と雲と大地の星が織りなすグラデーション。

 

そしてその光景を美しいなとも恐ろしいなとも思う間もなく、現実への対処が始まる。

 

 

わずかに時は遡り。

帝都最寄りの大規模軍用宇宙港といえば、横浜になる。

 

極東地域最大の国連軍基地であるそこはしかし、日本帝国斯衛軍からの要請を同基地副司令の文字通りの鶴の一声で二つ返事というにもあまりにも迅速な応答で承諾して、2基の大型リニアカタパルトを稼働させた。

 

梅雨入り直前のためやや雲が多くも、黄金色の混じる残照の茜に染まった空へとそのマスドライバーを利用して打ち上げられたのは帝国軍より借用の再突入型駆逐艦が3隻 ― その背には総計わずか6機6名にして、だが帝国屈指の衛士とそして貴人を載せて。

 

 

斯くして昇り昇って低軌道。南回りの航路、BETA支配圏に東側勢力域を避けて。

オーストラリア東沖から南極大陸、大西洋を北上してアフリカ大陸西岸とイベリア半島を掠めて英国本土へと。それぞれの上空を経由しても音速の23倍近い速度での1時間半に満たない旅程。黄昏の空へ飛び立ったものが、当地芬蘭は夏時間にて正午過ぎのはず。

 

そして北海を経て徐々に高度を下げていた母機たる駆逐艦から旧ノルウェー・オスロ上空にて切り離された再突入カーゴ3機は、濃度を増していく大気との摩擦で赤熱に染まる――

 

 

天翔る極超音速の再突入船、大気で減速がかかったとはいえマッハ7。

 

一路向かう先は ― 戦地。

北欧は斯干的那維・寡兵にて帝國軍が固める防衛線。

 

 

「して殿下、出御地点は前線から些か遠う御座います」

「はい。……前進を?」

「賜れるなら。又加うれば折良く手頃な規模の異星種共が最前に展開して居る模様、畏れながら彼奴原めへ御物の一振り等御披露賜れれば兵共の士気弥増さんと愚考致しまするが」

 

通信回線越しでのそんなやり取りは、皆が皆それぞれの家色を纏う強化装備姿。

 

「お待ちを斑鳩公、それは」

「……可能なら、私はそれを致したく思います」

「はは。では決まりですな」

「な…っ、め…、殿下、お戯れを申されますな」

 

少し面白いことを思いつきましたぞ、そんな程度にも聞こえる青い強化装備・斑鳩公崇継の提案のままに予定の変更を決めた冥夜に、斯衛にしてまさに近衛、赤にして御傍役の月詠真那が抗議の声を上げた。

 

「いやいや宸意ぞ、月詠、戯れとは無礼であろうが」

「公…!」

 

真那が眦を吊り上げてその緑眼で射殺さんばかりの視線を向けても、薄く笑んでどこか愉しげですらある口ぶりの崇継には動じる素振りのひとつもない。

 

「すまぬ、月詠」

 

だが冥夜はその真那が応えに窮するのを承知の上で、あえて装いの口調を捨てて詫び言を口にした。

 

 

多忙な政務に欠かせぬ祭祀、加えての頻繁な行幸の御疲れゆえか少しばかり体調を崩された殿下…いや姉上様にしばしご静養戴くにも好都合なこの「陣中見舞い」。

 

元来予定されていた帝国軍派遣部隊への軌道輸送での補給計画に相乗り先乗りする形、あくまでもお忍びとして英王室を始めとする欧州各国の王家には略式の電文にて欠礼の挨拶のみで済ませて。

 

急遽決まった欧州行でも畢竟武家の私軍といえる斯衛軍、さらに近侍の者共のみでの小所帯ゆえに身軽といえば身軽な動き。

 

 

当初予定していた降下地点は旧芬蘭・オウル北、ボスニア湾北辺の海岸。

そこは後背を海に守られ前線からもソ連国境からも程遠く、周辺のBETAの駆逐も済んでいるというそんな場所。

 

だが冥夜の決断は、そこから一気呵成に距離を詰め帝国軍拠点より前に出て、さらには続けて敵群への突進までをも目指すもの。

 

 

「神代・巴・戎にも苦労をかけるが…」

「な、何を仰います!」

「私共へ等勿体無い…」

 

真那に付き従う三人の衛士、斯衛軍第19独立警備小隊。

御剣の家の頃からの知己に加えて煌武院への心底よりの忠誠疑いなしとして、「事情」を知る一握りの範疇にいる者らだが ―

 

「いえ、畏れ乍らその御高配は賜れません。何卒御叡慮の御再考を戴きたく」

 

唯一、涅色の肌に緑瞳の神代巽が直言を寄越す。

 

「皇国が永永たる青史を繙いて尚、御親征の様が鮮少なるを念慮下されませ。殿下が当地に臨御遊ばされるのみで十全に兵共の士気は亢進致しましょう」

「左様、牙営督戦を軽々に遊惰の証左と断ずるは畏くも曩祖への嘲罵とも成りましょうぞ」

「乃祖を軽んじるわけではない」

 

その神代の言に助太刀を得たとばかりに真那が言い募るも冥夜は退かない。

 

「そも我らが往古の先つ祖の時代には、兵馬を率いて戦陣に立つなど尋常一様だったはず」

「それは戦国乱世の砌なれば…」

「今が戦乱の時代でないと申すか。それに如何な全権代理とは云え、武門が棟梁を帝と同一視しすぎてはならぬと常々殿下 ― 姉上様も仰っておいでであろう」

「それは…」

「はは、卿の負けだな月詠。乳母日傘も大概にせよ、『殿下』は能くお解りよ」

 

不毛な主従の会話に割って入ったは政威軍監。

 

「斑鳩公、そもそも…」

「抑抑と云うなら抑宸謨たれば臣たる身としてはお止めするに当たらぬわ」

「都合良くもまた大御心と騙られるか、幾ら公と云えど僭上にも程が御座いますぞっ」

「ならばはっきり妹御と申しても良い。私にとっては何方も変わらぬのでな」

「…!」

 

およそ余人には聞かせられぬその明け透けな物言いに、真那は反駁を呑まされるも。

 

「ま、卿が如何在っても愁眉を開けぬなら構わぬ。常に砲弾を一発残しておけ」

「また其の様な物言いで…!」

 

 

今日 ― 斑鳩家とその郎党の権勢たるや今上殿下の煌武院を凌ぎ、事実上帝国最大の武家一門。

その長たる崇継の、常のどこかしら気怠げで茫洋とした眼差しは鋭すぎる才気を韜晦してのものとはすでに多くの者が知るところ。

ゆえに彼のその双眸の底の冷たい光に口許に浮かべる古拙の微笑も相まって、その言をそのまま信じる武家の人間は居ない。

 

 

「徒に冥夜様を危地へ追い遣らんとされては見過ごせませぬ!」

「もうよい月詠」

「冥夜様、しかし」

「よいと申した…」

 

真那が執拗に反駁を重ねるのは、一重にこの身を案じての事と承知してはいるものの。

冥夜は出そうになる嘆息を堪えた。

 

「私などには公のお考えは解らぬ。だが公が如何な謀を巡らされようともこうして私と同じ再突入船に乗り込まれ、共にいくさ場へ向かわれるもまた事実。そして公と斑鳩御一門に私心無きを仰るのは他ならぬ殿下だ…その一条のみで十分ではないのか」

 

この後戦陣に立たんと今、乗り込み操縦桿を握るこの紫の00式にしても。

実は真成る将軍座乗機たるR型ではなく、弐番機として同色に塗られ設えられたF型。

 

 

唯でさえ運用に難のある00式の、しかもR型などと。

過剰性能も良い処故ユーコンにて外地運用実績を積んだ上現在戦地でも稼働しているF型で十分よ、不敬も何も「御本人」が弐番機として座乗されるに何の差合が在ろうかとは、同じく青のF型塗替機を用意させた政威軍監の言。

 

一見して判る頭部メインセンサーのバイザーだけはR型の「睨み眼」へと換装されたが、その上部庇の部分は「此れに気付くは偏執狂(マニア)のみよ、連中の酒肴や言い種には丁度良かろ」と公ならではの諧謔を込めてあえてF型のままにされているも――

 

 

似紫とは言い得て妙、努々本紫たらざる我が身にはいっそ相応しい。

 

初見の折には僅か自嘲してそう心中に呟きもしたが――喩え口が裂けても末紫とは云うまいと。

 

 

それに冥夜としても、畢竟換言すれば借り物にすぎぬR型でなく、紛い物のF型とはいえ正真正銘自分用の機体という響きには衛士として昂ぶるものがあるのも確か。

 

 

しかしこんな機体を用意する以上、今後の外征も考慮している事に他ならず。

さらに前線の兵らの鼓舞慰労が目的ならばそう長期の親臨は必要無いはずで、わざわざ別機を仕立てるなどと――

 

要するに最初から輸送上の喪失含め戦闘での被撃墜をも想定しているということ。

さすれば万一撃破された処で、「御搭乗の殿下は御無事」と云えば済むだけの話。

 

 

それらを知悉するがゆえにあまり姉上様は好い御顔をされず真那も寒心するのであろうが ― 影たるこの身、この命。それらは共に姉上様――否、殿下に捧げたるものなれば。

 

その殿下が信じ用いるに値するとされた斑鳩公の、喩え謀であろうとも、使い潰されて文句の一つも出ようはずが。

 

 

いやむしろ、其れが為の影である筈。

 

ゆえに惜しむべきは我が身に非ず。戦線に立つ防人らへの鼓舞鼓吹こそ。

 

其の上で、帝国の威信と煌武院の名の弥栄を。

 

 

「正に聖慮よ。月詠、此れぞ宸旨たれば卿こそ気を付けよ」

「斑鳩公…!」

「公、どうかその辺りで…」

 

崇継の、再度重ねてのわざわざ御前であるぞとまで付け加える聞えよがしの挑発に真那が柳眉を逆立てる。

 

あれやこれやの事情を知りうる面々ばかりの前とはいえど、冥夜にはそれが公が生真面目な真那を揶揄ってのものと判るだけに、もういっそ懇請に近く。

 

 

何故なら諸々の周辺経緯は置いたとしてもなんといっても実際は、冥夜にとっては降下戦術自体が初体験なだけではなくて、能動的な戦闘参加もほとんど初。

 

死への恐怖が無いと云えば嘘にはなるが、前へ前へと言いながらその実新たな降下予定地点とて、降着後には一先ず地平線下へ逃れる形で対光線級見逃し距離は確保する、前線より30kmの後方。

おまけに僚機ならぬ護衛機を、しかも帝国有数斯衛屈指の衛士らが操るそれらに幾重にも守られながらを実戦というに憚りはあれど――万に一つも無様な姿は見せられぬ。

 

 

それこそ能うならば先の斯衛の戦闘詳報にあったと同じくBETA直上への強襲降下を成したくはあるも、再突入前に得た情報からして現在前線ではすでに近接戦を展開中と聞く。

 

軌道降下戦術において本来単に敵中突入させるだけの再突入船、大質量弾と化したそれをうっかり味方にぶつけましたでは洒落では済まないし、そんなものを巨大とはいえ地に生えた母艦級へと狙ってぶつけてのけるなどと半歩過てば地表激突か海に突っ込みボスニア湾で魚の餌になるような、彼の中尉らの芸当を真似られるとまで増長もしていない。

 

 

とすれば事前に幾度か仮想演習を熟したとはいえ留意確認すべきことは山とある、一方大気による大減速を経ても極超音速を維持する再突入船の足は速くスカンジナビアを西から東へ半ば貫く1000kmの旅路で10分かからない。

再突入船1機あたり2基搭載の再突入殻の切り離し地点まではもうさほども――

 

と、焦燥とまでは云わずとも気が急くには違いがない冥夜ははたと気づいた。

 

もしや…故意にか……?

 

直前に無言の時間を過ごして重圧に潰されてしまわぬようにと。

しかしちらとうかがい見る青と赤との斯衛の表情からは、何を察することも出来ず。

 

斑鳩公に真那とくれば、軌道降下はさておくとしても実戦経験豊富な古兵に間違いがなく。

新兵もしくは未熟練兵の取り扱いなぞ慣れ親しんだものだろう。

だがそれを言葉にしたとて肯んじる傍役ではなかろうし、素直に応える政威軍監でもなかろう。斯くして真相は判らぬまま。

 

何れにせよ――

 

吸気は短く、そして呼気を長く。

そうして取り込んだ酸素を五臓六腑へ行き渡らせて、冥夜は今一度気を引き締めた。

 

 

十全に、いや叶うならそれ以上に。まずは御役目を果たしたいという思いが第一義。

 

無論 ― 望外にも彼に逢えるだろうという喜びはないではないが。

 

それを云うならそれ以上に、実際に轡を並べられるであろう歓びが勝っている。

 

 

「――参りましょうか」

「御意」

「…は」

 

冥夜が口調を改めれば、崇継の応えに真那の傅き。

 

事ここに至っての口舌の応酬はもはや無意味としたか或いは時は満ちたと察したか、黙った真那とその小隊には当然先発の危険を負ってもらわねばならぬのだし、この現地視察においての警護のために遙か700kmの南の基地から移動を命じられていた先遣の斯衛部隊にはさらに所定の行動を変更させることになって申し訳ないが――

 

「地上部隊聞こえるか。此方ブラッド01」

「こちら迎玉鹵簿隊ウルフブレイズ01」

 

繋がる回線、通信窓に新たに加わったのは現地指揮官の赤服斯衛 ― 名門・真壁家の末弟らしい、隠そうとはしているらしいがやや緊張気味だろうか。

 

「宸襟を通信にて騒がせ奉り下情恐懼の至りに耐うる事無し」

「構いません。活躍は聞いていますよ、教導任務からの転進含め苦労をかけますね」

「勿体無き御言葉。我ら一同身命を賭して精励恪勤する所存に御座います」

「よしなに」

「畏れながら。大尉、時間がない、ホリーホック01降下地点変更、送る」

「了解、受領し…、…応。了解した」

「当初予定より200km近く南方になる、匍匐飛行では移動時間が…、真壁大尉?」

「は、問題ありま…ああいやゴホン、了解。第2中隊が数分で合流可能だ」

 

やや早口の真那の求めに、派遣前の急な昇進とも聞いた気がする真壁大尉は慣れないのだろう、上官口調に改めた以外には大して焦りもせず。

 

「…隊を分けて居られたので?」

 

それに真那はやや責める口調 ― 如何に階級に上下在りまた現場の判断も有るとは云えど、いくさ場にも程近い化外の地にて神出鬼没の異星種共より玉体を護持せんとする斯衛の者が、無断で軍略を変更するなど有ってはならぬとそう言いたげに。

 

しかし。

 

 

「殿下ならば――必ずや前進を聖断なさると、そう申す者が居たゆえに」

 

 

 

 

そう、読まれていたことに。

 

 

「彼の者は参内拝謁適わぬ市井の身なれど、嘗ては御指南役も相務めたれば」

 

 

中尉…!

 

 

「殿下の宸慮宸謨の分厘には畏れ多くも触れたるものと。此の愚考管見の責は小官に御座いますれば兵法引き違えに就いては如何な譴責をもお請けする所存」

「はっは、いや何。構いませぬな、殿下」

 

それらの応答は、冥夜の耳には入れど半ばは既に聞こえておらず。

 

「…無論です」

 

短く答えた冥夜の心を震わせたのは、得も言われぬ歓喜の念。

そして同時にその身を震わせたのは、高ぶる意気の武者震い。

 

これは、尚更無様な姿は見せられん…!

 

緩みそうになる頬の一方、気を引き締めんと操縦桿を握り締め。

 

その冥夜が見る通信窓には、やや愛らしくもある新人大尉の生真面目な顔に並んでさも愉快そうに笑う政威軍監・第16大隊大隊長斑鳩公崇継。

 

「ははは、常はてんで甲斐性無しの唐変木の割にいくさと為れば実に鼻の利く男よ」

「…亦、畏れながら。閣下が其の様に上奏なさるだろうとも」

「クク、其方も読まれたか。然し卿の兄とて彼奴には振り回され通しよ、兄弟揃ってか?」

「いえ、彼の漆黒にして血風捲く益荒男振りには学ぶ処大にて、魂の師と仰いでおります」

「…止めはせんが、師資は選んだ方が良いな」

 

わずか呆れたように言葉を紡いだ斑鳩公に、無言のままでも珍しく真那が同意の気配。

 

「まあ頼むぞ、間もなく降下地点ゆえ」

「は。第2中隊を急がせまする。就いては彼方は家格優れぬ者のみなれど、玉音直通を御赦し戴けますでしょうか」

「無論です。加えていくさ場、過度の曲礼も必要ありませんよ」

「ははっ」

 

冥夜がそう言った傍から通信窓の中でさえも判るほど低頭して、真壁大尉が消えた。

 

「では殿下、切り離し操作をお任せできますかな」

「…よろしいのですか?」

「予行演習は随分為されたとか。某は一度しかしておりませぬ故」

 

手ぶらで漫ろ歩きに出る程度、そんな風情で青の斯衛が言う。

 

 

再突入船1機につき2基搭載された戦術機格納用再突入殻は最大で9割の信頼性確保といい、それを限りなく万全へと近づけるため整備兵らは寝食を惜しんで励んでくれたに違いなく。また実際の強襲降下ほどまでには負荷はかからないにせよ、それでも絶対はない。

なにかひとつのわずかな故障なり誤作動なりで、離脱ならずに大気摩擦で燃え尽きてしまうかそのまま大地へ衝突してしまうか。

 

ゆえに影たるこの身に何かがあっても政威軍監其の人さえ無事であればどうとでも取り繕えるところのはずが、これでは半ばの一蓮托生。

 

 

今の日の本に必要なもの。公に限ってはその対象が姉上様という一個の人ではないにせよ。

 

その権威権勢名声名聞を弥増す御為ならば、影武者も使い潰すし己の命すらも賭金として。

 

そして万が一、いや億が一。有っては成らぬが姉上様に不予に崩御の事態など有ろうものなら、平然と影たるこの身を替え玉として祭り上げるのではなかろうか。

 

 

恐ろしい方だ…が。

 

ふと、よもや積もりに積もった書類仕事に飽きられたのではと。

副官たる真壁殿(兄)を連れだっていないのはまさかそれらを押し付けて来られたゆえでは。

 

そんな愚にもつかない考えが冥夜にもよぎりはしたが、それが実際4割方は正解だとは流石に思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主君の刃たれと。

只管に研鑽を積んだは唯其の為。

 

御立派に成られた。

 

その歓びと共に今此の胸に在るのは、幾許かの未練なのやも知れなかった。

 

 

「ぐぅうう…っ」

 

軌道降下の最終段階、再突入殻の減速Gは最大8Gを超える。

時間にすれば1分と少しの間乍らも歯を食い縛って其れに耐えつつ月詠真那は網膜投影の情報に隈無く目を走らせる。

 

「再突入、船は…っ」

「近傍、からの、迎撃、なし…っ」

「小隊、陣形も、問題、なし…っ」

「機体、各部も、異常、なし…っ」

 

己に続く神代・巴・戎の独立警護小隊各機も同じく耐えつつ切れ切れの報告を寄越した。

再突入殻離脱後に南方へと先行させた3機の再突入船は囮であり観測機、秒速2km以上の極超音速で飛び去る其れ等へ少なくとも50km圏内からの照射はない。

 

「所定高度到達…っ、突入殻分離っ」

「了解…ッ!」

 

高度2000m。

 

再突入船より分離した蒼空を裂く6つの飛行体は「飛空棺桶」の悪名で知られる対レーザー装甲で構成された再突入殻、それが横から見てハの字に展開しつつ分解すると内部の戦術機が姿を覗かせる。

そして離脱と同時に更なる減速をかけるその戦術機に先行する形で抜け殻に成った再突入殻は地表へと落下していく ― BETA直上への軌道降下戦術ならば空になった再突入殻は後尾のロケットモーターで再加速し敵群へ突撃をかけるのが定石だが、今は無人の荒野へ突き立つのみだろう。

 

真那の乗機は深紅の00式F型。

同じく分離に成功した列機3機は白栲のA型にして、小隊全機が兵装担架に長刀*1に突撃砲*1、そして降下中に光線属種の照射あらば自機諸共主の盾と為るべく両主腕には92式追加装甲を構えて僅か南寄りの進路を取る。

 

「光線級警報なしっ」

「警戒を緩めるな!」

「御料機降下順調!」

 

減速は続けながらも緩む下方からのG、真那は後背にやや遅れて降下してくる紫の00式 ― 御座乗弐番機の無事を確認した。

 

 

確か十の砌の頃で有られたか。冥夜様の御側に勤仕したのは。

以降人質紛いに国連軍へと出向かれる迄、其の御成長を間近にて拝覧した。

 

其の日々の中で文武御指南を相勤めたのも総ては武家の覚悟と王者の意気とを伝えんが為。

 

其れは冥き夜と名付けられ、悠か陽の当たる道を生涯歩けぬ身に生まれ落ちたとは云え。

幽々暗晦たるその境涯に何時か訪れるやも知れぬ和合相見の日に備える可しと、一縷にも届かぬ冀望を抱いての事だったろうか。

 

然うして共に過ごしたあの揺籃の日々 ― 思い返すも今や既に何も彼もが皆懐かしく。

ゆえに今、畏れ乍らも、此の胸に去来するのは。

子の巣立ちを。いや妹の旅立ちを見送る心境とでも云う可きか。

 

 

判ってはいた。

 

そう、只流されて影の身に落ち、其れに甘んじられたのでは無く。

唯自ら選んだ故と、終生続く冥き夜道を覚悟と共に進み征かれると云うのなら。

 

今日此の時よりは、其の暗夜行路の道行きにと曖曖として幽かに照らす残月では無く。

血風逆巻く鉄火場にても、常に離れず御側に侍り総てを切り裂く鈍色の斬月と成らん。

 

害成さんとして迫るのが異星種の顎であろうと、同じ人間の策謀であろうとも。

此の曇り無き鏡を濁らせては為るまいと ― 畢生を賭して護り導かんと決意した、あの日の誓いは其の侭に。

 

 

然し其れでも、冥夜様が選ばれたのが寂然たる孤独の道に違いは無く。

 

己を始め傅く者は幾人か居れど、真に心許せる者は居られない ― それは畏れ憚り乍ら実姉で有られる悠陽殿下ですら――ゆえに。

 

 

矢張り冥夜様の御為には ― あの男が、必要なのやも知れぬ。

 

 

然うして真那は急な降下地点の変更にてんやわんやの大慌てに成ったと思しき30km程後方の帝国軍指揮所はさておいて、凡そ40km西方から接近中の出迎えの斯衛隊へと回線を開く。

 

「御座乗機降下中、此方第19独立警備小隊ブラッド01」

「此方ホワイトファング01、殿下並びに貴隊の無事の降下にお慶び申し上げます」

 

隊の長として、また参内の許される譜代武家の当主として。

一人通信窓に加わり伏し目がちに拝跪の気配を見せる若き山吹の女性斯衛。

 

「畏れ多くも畏くも行幸に有らせられる殿下に於かせられましては斯様な化外の地への着御、我等一同全霊にて玉輦侍衛相勤める所存に御座います。小官並びに隊の者共皆揃って身分卑しく不調法者故至らぬ点多々御座いまするが何卒御寛恕を賜りたく」

「構いません、世話になります。篁殿、貴女の武名は聞き及んでおりますよ」

「恐悦至極に存じます」

 

見目も凜乎たる黒髪の。

更に「殿下」のお声に応えるその佇まいには何処か剛胆ささえ。

 

 

崇宰一門、赤でなく山吹の譜代にして事実上の筆頭衛士。

 

巷間称される斯衛八傑が一、「鞘走る稲光」篁唯依中尉。

 

 

雲上の歓心を乞わんと足繁く参内して謁見する様な真似はせず、唯其れが己が家門の依る辺とばかりに帝国と斯衛の武具精錬に邁進しては只管に戦場を駆ける撃剣の鬼姫。

 

其の剣技は広く欧州連合軍にも称えられ、先達てはかの西独逸が誇る番犬部隊より友誼の証としての隊籍贈与に留まらず名誉称号に過ぎぬとは云え剣術指南(メガマイスター)の位を贈られたとか。

 

 

そして真那が網膜投影に確認する戦域図にはその山吹の隊長機F型1機に白のA型が11機。

 

基本2機分隊・500m間隔。

通常匍匐飛行とは高度40m程度を指すものを凡そ其の半分の20m。

そんな正に地を這う如きの超低空をかなりの高速で、速度と警戒範囲とを両立させての匍匐飛行、現在交戦可能範囲にBETAは確認されていないが ―

 

敵はBETAのみに非ずか。確かに実戦慣れしている。

 

傍付とは云えそれなり以上に場数を踏んだ、赤の斯衛は即座にその意図を察する。

 

米軍特殊部隊との合同訓練の経験も豊富だと…成程な。

 

喩え東側だろうと或いは米国だろうと現在帝国の要人を害する蓋然性は考慮し難いものの、何時如何なる時でもその種の危険の可能性は排除出来ない。例外や跳ねっ返りも又然り、万一にも情報が漏れていた場合には伏兵が居らぬとも限らない。

 

 

現行の戦術機が搭載する電探はゆうに100km先の目標を捕捉可能ながら、火器管制装置のレーダー波は地平線下に隠れた物体は探知不能なため、敵性部隊が隠蔽のため飛行を避ければ地上高20mを切る戦術機が地表から同高度を探査可能なのは概ね30km程度。

さらに逆探知を防ぐため無線封鎖の上で帝国軍とのデータリンクまでも遮断し、極力隊の存在自体の露見を避けつつ分隊単位で広く展開し電探に頼り切らずに目視の範囲を確保しての進行であろうが ― 難度も危険度も燃費の悪さも跳ね上がる戦術行動。

 

 

そして機動術は彼奴仕込みか、然もありなん。

 

彼の16大隊にも比肩すると迄称される白牙中隊、真那は今其の技量の一端を垣間見た。

 

「政威軍監閣下にもご指導賜れればと」

「尻を叩かれるのは此方ではないかな篁中尉。後方安全圏への降下と嗤ってくれるか」

「まさか我等とて直接降下の音速突撃等彼の中尉の発案、其れこそ閣下の薫陶の賜物では」

「はて大隊の教課にそんなものが在ったかな」

 

当の本人には聞こえない通信にてのそんな軽口も少々ある中、

 

「閣下、斯様な場で恐縮乍らお訊きしたき儀が御座います」

「申してみよ」

「は、畏れながら此度の殿下の御出座、憚りながらも先の甲08地上制圧戦に於ける我等の光線級吶喊に関しての仕儀でしょうか」

 

緩まぬ眼差しの篁中尉、真那は彼女と個人的に相知る仲では無いものの、先の剛胆と感じた印象をまた少し異なるものに変えた。

 

 

此処で其れを訊くか、御前で譜代風情が。

 

若し是と返されれば、場合によっては腹を切らねば成らなくなる。

 

いや是れは ― 無知ゆえではなく唯己が身を厳しく律せんがため。

 

そして怯懦を厭うがゆえの敢えての問いか。

 

 

「…ふむ」

 

きりりと逸らされぬ篁中尉のその黒耀の視線に、斑鳩公は常の何処かしら茫とした視線を刹那だけ光らせた。

 

 

去る甲08攻略の前哨戦その地上制圧作戦において、超重光線級排除の後に戦域へと散開した重光線級群は実に300体超。

 

作戦参加の帝国・国連合同軍は総勢で2個連隊に及んだが、主目的たる超重光線級の撃滅のための前線配置の埋伏狙撃部隊は護衛含めて2個中隊、其の目標を無事達成した後の彼等へ「帝国軍派遣隊司令部を通さずに」欧州連合軍現地司令部から支援要請が来たのが抑抑の始まり。

 

単に喫緊の事態故に急いだのか ― 将又「現場の判断・義勇参加」に留めたかったのか。

 

其の真偽は定かならず、後に吶喊参加は正式要請となったものの――現地指揮官だった彼女篁中尉(真壁清十郎大尉には発言権が無かった模様乍ら其れは問題にされていない)と帝国軍神宮司少佐は、当時現地にて展開していた欧州連合軍部隊が単純な数的規模では其の任務達成に十分であると判断した事と、制圧作戦前段からの帝国派遣軍就中斯衛部隊への万屋宜しく便利使いする欧州連合軍司令部の振る舞いから後者の可能性を考慮したらしく。

 

貴重極まる狙撃型電磁投射砲の警護も加味するとして精鋭中の精鋭に限っての吶喊参加、戦果は欧州部隊の十分の一に留まるも参加機数自体が十分の一。

そして何より欧州部隊が壊滅瓦解に等しく損耗したのに対して斯衛・帝国部隊は殆ど無傷での所定目標達成と在っては、欧州連合軍の面目は丸潰れになったと云って良かった。

 

当時の篁中尉等の判断は帝国側の軍事的合理性から鑑みれば概ね妥当、損耗差の大なるも参加衛士の技量も然る事乍ら近接戦対応の比重が高い帝国斯衛の装備と戦闘規範とが、少数単位で戦域へ散逸した重光線級の駆逐という状況に合致していた結果に過ぎないのだが ―

 

 

帝国は、助力を惜しんだ。出し惜しみをしたと。

 

喩え小さくとも、そう非難され得る由と成ったのではと。

 

 

しかし ―

 

「増上慢も大概にせよ。卿等如きの箸の上げ下げ一つに宸儀が左右される事等在りはせぬ」

 

崇継から唯依へと浴びせられたその叱責は、激しくはないが冷水の如く。

 

「やれ五剣だ八傑だ等と持ち上げられて己が分際を廃忘したか? 万が一にも斯様な仕儀たれば高が譜代の家ひとつ、取り潰すに造作もない」

「は、ははっ」

 

己が身一つ、命一つで済む話ではないのだと。

冷徹 ― と云うより寧ろ、取るに足らない羽虫一匹殺す程度の話の様に。

 

斑鳩公崇継が見せる生来の支配者ゆえの高貴に傲慢、それに畏まる篁中尉は操縦席に座りながらも拝跪の気配。だが。

 

「まあ――外交の司が欧州連合大使やらに嫌味の一つも言われたのは確かよ、其れで内閣が好い顔をしたくなったのもな」

「は…」

「だが卿等が総出で吶喊して三百体の重光線級を道連れに此の北の大地に枕を並べて討ち死にした処で、あの手管の欧州狐共に懸かれば空泣きしての礼一つで終わる話であったろうよ」

 

青の斯衛はやおら空気を入れ換え気散じて。

忘恩と迄は云わぬが国家に真の朋友は居らぬとは正に連中の先人の言では無かったかな、と。

 

「何の道此の防衛線は維持せねばならん。斯衛たる身の生命の捨て時と云う意味では、卿の判断は間違っては居らぬ」

「は…寛大なる御言葉に拝謝致します」

「然し篁の。彼や是やの要心も良い、卿の成長を泉下で祐唯殿に恭子殿も喜んで居ろうが他念が過ぎれば剣も鈍ろう。少しは何処ぞの赤の様に単細胞に成ってみるもよい」

「は、はぁ…」

 

それは死するに上下の別無きいくさ場に於けるいくさ人同士の気安さか。

云いつつ態々ちらりと寄越された崇継の視線に真那は睨み返すも、そんな上役らの非友好的なやり取りに戸惑う唯依とて平素は髪もBETAも人間も「思い切って斬るが吉」を地で行く武断の質ながら。

 

そしてそんな傍ら臣下同士の遣り取りに等には立ち入る要無しとの素振りで ― 実際には一切の差し出を戒める影の立場ゆえ ― 最後に降り立った御料機も無言のままに堂々たる機動にて着地を決めた。

 

「さて殿下は前線での督戦を御所望ぞ」

「は。露払いはお任せを。就きましては合流迄暫し御時間を頂戴したく」

「いやそれには及ばぬ。一番槍は殿下が御つけに成るゆえな」

「…は?」

 

愉しげな青の言葉に今度は耳を疑うとばかりの山吹の顔、

 

「我が儘を言いますね。月詠、このまま私たちも南進します。まずは信号弾を」

「御意」

 

其の命に従い真那が乗機肩部の射出機から規定通りに打ち上げる帝国十式信号弾。

それら信号弾は北欧の蒼空に伸び上がり、光りて棚引く光煙は広く目視で10km、戦術機の感覚機ならばその10倍の距離から判別できるもの。

 

 

そしてそれは、防衛線西でBETAの遅滞誘引を企図するとある89式の小隊にも見えていた。

 

 

「糞、時間稼ぎしろったってこれ以上は…っ」

 

降下兵団以来の荒くれ衛士らが、数的には100倍になる化け物相手に大立ち回り。

 

「光線級がいないとはいえこの歳で鬼ごっこは堪えるぜ!」

大用個室(投射砲塁)はまだ空かねえのか!?」

「急いでくれねえと漏れちまいそうだ!」

 

衛士としてはやや年嵩にしてその分場数も踏んだ彼らにしても、高度を取ったり離れすぎれば釣り餌の役は果たせない、残弾数に推進剤の残量計とにらめっこしつつ北の荒野を西に東に行ったり来たり。

 

「向こうじゃ国連軍の嬢ちゃんらだって身体はってんだ、ガタガタ言わずに…信号弾?」

「はぁ?」

「なんでわざわざ…赤、いや明るいな緋色か、おお。斯衛が戻ったのか」

「んで青が五つに…、紫。え」

「…ま、まさかおい隊長!」

「バカタレ帝国中探したって紫が他にあるかッ、騙れば不敬罪だぞ!」

「じゃ、じゃあ…」

「こんな北辺の地に…?」

「ああ――」

 

忙しなく、視線に手足を動かしながらも空を見上げたその小隊長に小隊員らは揃って無精髭の生えた顔に野太くも喜色を浮かべた。

 

「殿下だ! 殿下がいらっしゃったぞ!」

 

 

斯くして真那が開いた通信からは、音量を下げて尚。

 

 

殿下! 殿下だ!

煌武院悠陽殿下、万歳!

日本帝国、万歳!

 

 

怒濤の如き、いや正に怒濤其の物の歓呼の圧。

 

信号弾の光煙が見えぬ距離の部隊には、通信の波に載って伝播して征く。

 

そして ―

 

 

「人に仇なす異星種共よ――」

 

 

次いで全周波に乗り、皇国の将兵等に留まらず傍受する他国軍へもその御声と御姿が届く。

 

 

「遠からんならば音にも聞けい、近くば寄って目にも見よ!」

 

 

青成す黒髪、深海の冥き夜の瞳。紫の強化装備に宝刀を掴み。

 

 

「普く十方窮尽虚空、周遍法界微塵刹中、所有国土の一切有情に名代とされにし階号の、冠は大徳・位は政威! 五大摂家が降三世、日本帝国全権代理――」

 

 

その発気に荒野を蹴って火線を背負い、異形の群れへと紫が駆ける。

 

 

「我こそは煌武院悠陽! 今此処に――推して参るッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…? えぇ!?」

 

彩峰慧から借り受けていた左主腕の87式突撃砲を投げ返しつつ、反転してくる突撃級群含めて押し寄せるBETAの群れに残弾少ない02式中隊支援砲で掃射をかけて遅滞戦闘を続けながら南方への誘引を試みる榊千鶴は我が目を疑った。

 

 

信号弾を確認してほどなく。

新たに戦域マップへ加わった味方機表示のマーカーは ― 三葉葵。

 

そしてその6機の戦術機編隊は、北から高速で接近するなり紫色の00式を先頭にしたやや伸長した楔型でBETAの群れへと突っ込んでいく。

 

 

御剣よね!?

 

一国の元首が最前線に出てきてしかも突撃するだなんて正気の沙汰とは思えな――いや、おおよそはその意味も意義もわかるにせよ。

 

いくら影武者だからって…!

 

「こちら国連軍横浜基地所属特務隊っ、接近中の斯衛部隊へ! その数では…!」

「此方第19独立警護小隊ブラッド01。榊少尉か? 控え居ろう、殿下の進御である」

 

通信ウィンドウに出てきたのは既知の赤服女斯衛 ― 月詠中尉の凛然たる顔と声。

 

 

横浜基地時代から護衛だったと思しき彼女が「御剣冥夜」を知る立場なのは間違いない。

でも今にして思えば彼女だって良くも悪くも滅私奉公が板に付くあの山吹の雌犬斯衛に近しいタイプ、やはり御役目ならばと人命だろうが供犠に差し出す人なのかも ― それはたぶん、自他問わずなのがある意味よけいにタチが悪い。

 

なぜなら父は、そうやって死んだのだから。

 

 

みすみすほぞを噛む羽目になりはしないかとはいえ援護に出られる状況になしと瞬間気を揉む千鶴を他所に、その視界の300体近い突撃級群が上げる土煙の向こう、紫の将軍機はまずは青と赤の00式を直後に従えて。

目指すは大きく穿たれた地下道からの湧出が未だ続くBETA中衛、膝下に数多の戦車級を蠢かす要撃級600匹の群れ。

 

「我が一太刀――」

 

左脇構え。回線に響く声。間違いない。

そして地を蹴った紫の00式のその跳躍ユニットが瞬間的に赤炎を吐き瞬きの間に100mの距離を詰め ―

 

「受けよ!」

 

駆け抜けすれ違いざまのその瞬撃の太刀、抜く手も見せぬ抜刀術。

 

「戦術機動剣 ― 『紫電』」

 

低く呟かれたその業名、そして血払いも素早く。

 

受けた要撃級がその右斬り上げの太刀筋のままに鮮血を噴き出し両断されてずれ落ちたのは、すぐさま次の獲物へと斬りかかっていくその紫を守護すべく青と赤の00式が続く形で敵中へと躍り込んでから。

 

「うっそ」

「ヒュウ、やる」

 

通信がパッシブになっていることは当然確認の上ながら、「殿下」の鮮やかに過ぎるその業前に刹那呆然とする千鶴と小さく口笛を吹く慧。

そして、

 

「オオオオ!」

「見たか今の!」

「煌武院悠陽殿下万歳!」

 

開かれた通信回線に満ちるは再度の歓呼の波濤に混じる男どもに女たちの驚嘆の声、後続機からの映像を戦域の帝国軍機に回しているらしい。

 

そしてさらに紫の将軍機が鋭い踏み込みのままに二太刀三太刀と長刀を振るい一切の遅滞なく続けて2体の要撃級を葬り去るや、帝国衛士らのあげる歓声の怒濤は物理的な重みさえ感じさせて回線を満たした。

 

「おおぉお!」

「なんたる冴え!」

「遅れるな、殿下に続け!」

「応!」

「全機抜刀! 異星種打倒!」

「宿敵BETA! 今ぞ討つ時!」

 

ちょっ…!

 

記憶よりもさらに腕を上げた同期の手並みに気を取られていた千鶴も回線に飛び交いだした、さすがに威勢の良すぎるやり取りに焦るが ―

 

「政威軍監、斑鳩である」

 

瞬転。勇壮な剣舞を魅せる紫の将軍の映像に入れ替わる形で広域通信へ浮かんだのは、涼やかな笑みの中にも不敵なまでの戦意を湛えた青い強化装備姿の美丈夫。

 

「者共、今此の時より此の戦線は御天覧ぞ、腕に覚え有らば金鵄勲章の好機と心得よ!」

「おぉお!」

「但し! 殿下は蛮勇を好まれぬ。万の首級より十の輩の輔翼こそ大功に値すると知れ」

「は――、ははッ、相承知仕り候!」

 

望外の至尊の方の参陣に、血潮を滾らせ殿下に続けとばかりに鬨の声を上げ抜剣して戦線各所で敵中突撃しそうな勢いになったもののふたちもその言葉にやや落ち着きを取り戻した。

 

一方BETA群へと突入した3機の00式は ― 手練れの衛士顔負けの近接戦を繰り広げる紫をしてやや霞ませるほど、その青と赤とが凄まじい。

 

青い00式のその構えすら取らない無造作にさえ見える挙措、しかし周囲の要撃級群から次々に狙って振りかざされる前腕衝角をひょいとばかりに躱してはひらひらとその長刀が翻るごとに衝角が飛び尾節が刎ねられ、そんないっそ呆気なく見えるほどにたやすい素振りのままに次々と主体節を断ち割られた要撃級が地へと骸と化して転がされ。

 

赤い00式は初撃以降は堅実な立ち回りを見せる紫の主の機体の脇を堅固に護りながらもその主腕に脚部が止まる事なく。縦横に走る銀閃ごとに寸断されたBETAの部位が宙を舞い、さらにその血煙を裂いて疾る太刀筋が虚空に真紅の月輪を描くたび両断された要撃級が血飛沫をあげて真っ二つに哭き別れた。

 

そしてその青と赤の剣鬼の膝下では、小型種たる戦車級群がその鬼の足さばきのまま00式の超硬炭素刃たる爪先に踵で赤黒い身体を蹴り貫かれ踏み潰され、さらに頭上で次々に屠られゆく大型種たる要撃級から斬り飛ばされては降って落ちてくる超硬度の衝角前腕に巻き込まれ潰されて、その同じく赤黒い体液で自らが造り出した荒野を染めていく。

 

「ふ、月詠の。何駄感駄と云い乍ら久方振りの戦場には熱り立つか?」

「無駄口を利く、暇があらば殿下を御守り下されよっ」

「やっているよ。然し従姉妹の方とも遜色が無い、鮮血の双月(ブラッディムーン)とは能く云ったものよ」

「そ、その呼び名を何処で聞かれた!?」

 

そんな余裕さえ漂わせながらも青と赤、両機が振るう74式近接戦闘用長刀の刃圏に捉えられたBETAは悉く死んでいく。

 

 

摂家斑鳩 ― 其の当主にして稀代の英傑・「天命の蒼い星」斑鳩崇継。

傍付月詠 ― 双月の守護刀、御側御用人・「空を裂く朱月」月詠真那。

 

 

近い過去、練達の筈の先達等が直面した機体の限界と云う無念の枷は既に無く。

 

ならば今、彼等を含む先人達が連綿と積み上げ至った此の業を以て其の復仇を果たさんと。

 

 

すごい…!

 

誘引する突撃級群から離れすぎないように速度を調整しながら後退しつつ遠望するその光景に、率直に千鶴は驚嘆する ― 同じ衛士として。

 

 

本来対BETA戦は小型大型の区別なく、基本的には中距離以遠の間合いが推奨されるもの。

 

なにせ戦術機の装甲なんて、それも薄めの第3世代型機では、要撃級の衝角を一発貰えばそれでおしまい。戦車級だって数に任せて足下にたかられれば斬りつけにくく、主腕に主脚に跳躍ユニット噛み砕かれた場所が悪ければ即致命打にはならずともほとんど死に繋がる脅威。

 

それを自ら敵群中に飛び込んで、あんな一方的かつ継続的に駆逐するなんて。

しかも端で見ていればまるで危なげもなくあたかも草でも刈るように、あるいは台本ありの形稽古か殺陣を眺めているような。

 

 

同じ斯衛でもあの黒の中尉殿とはまた違う種類の強さ――いや、これが本来の斯衛衛士の流儀と言うべきか。

 

「ふええ、撃破カウンターが止まりませぇん」

「め――、『殿下』も前より凄いね」

「うん。腕を上げてる」

 

隊機の珠瀬壬姫に鎧衣美琴へと次いで言いつつ管制ユニット内で操縦桿を握り締めた彩峰慧の、その視線の先には青と赤とに挟まれ護られながらも一瞬たりとも動きを止めずに長刀を振るう紫の将機。

 

その機体さばきは流れや間、あるいは拍子を刻む剣術衛士ならではのもの。

訓練校で教わる現代(C)近接(Q)戦闘(C)術とは明らかに違う。

 

 

そうあれは ― 訓練前の早朝に。そして訓練後の日没後にも。

 

長い髪を後ろで結んで、独り黙々と木刀を振り続けていた彼女の動き。

 

そなたのは技で、私――いや我々のは業なのだと。

 

今はもうその名を出せない同期の桜はそう言った。

 

 

「後続も来た、月詠中尉の隊機だ!」

 

共に南へ後退誘引を続けながら機を寄せてきた美琴の声に千鶴もデータリンクを確認、以前横浜基地で月詠中尉と共に御剣に付いていた3人組か。

 

「殿下を御護りせよ! 汚らわしい異星種共には聖体に衝角一本触れさせるなッ」

 

先行の3機より遅れたのは主機と跳躍ユニットの出力差ゆえにか、しかしその白い00式A型3機もまたためらうことなくBETA群中に突入するや、すぐさま主たる紫の00式の背後について長刀を振り突撃砲の火線を伸ばす。揃って片の主腕に追加装甲を構えるのはあえての選択なのだろう。

 

 

列強たる帝国 ― いや、近世から近代への変遷の中諸外国へそう名乗りを上げるはるか以前より、大和の民が集い住まう国・日本。

 

その連綿たる歴史の中で武を司る者たちが永永と鍛え伝え来た、人を斬る業。

それをこの新たな闘争の時代においては、人でなくその異星種共を断つ刃に変えて。

 

 

まさに斬魔刀 ― そのさらに切っ先の力。

 

あれが斯衛軍 ― 至尊の方を護るべく侍り、剣に拠りて魔を斬り屠る現代の北面の武士。

 

 

その彼らは今、前衛3機の青赤紫が駆逐力、後衛の白の3機がその後背を護り固めて。

わずか6機で連隊規模のBETA群に突撃しておきながら、まるでねじり込まれた槍の如くにその速度を減じず敵陣を切り裂いていく。

 

「…退かない?」

「まさかあのまま突破しちゃうつもりなのかな」

「それはさすがに無茶ですよう、もし後続に光線級が出てきたら…」

「でも本当に冗談みたいな連中ね…」

 

もっとも防衛戦や殲滅戦でないからこその、その衝撃力の最大発揮。

元からそれなり以上の成算があっての慰撫工作といえば言葉は悪いが、殿下と斯衛は此処に在りと旗幟掲げるにはうってつけの舞台とも。

 

そしてさらに後方30kmに接近する部隊。

 

「――此方ホワイトファングリーダー。其処な国連軍機、聞こえるか」

 

凜たる黒耀、やや低くも通る声。

通信ウィンドウに現れたその山吹の。

 

「こちらヴァルキリーリーダー、榊です。現在突撃級群を誘引中」

「了解、我が中隊は現時刻を以て連隊に帰任となる。誘引は中止、我々と貴様等とで突撃級を殲滅するぞ」

「は、了解しました。…いいんですか?」

「ああ、御馬廻は任せよとの閣下の仰せだ」

「は…」

 

本来殿下を敵中にして斯衛が余所見等出来んのだがと、生真面目で知られる篁唯依中尉が吐くその台詞に同じく堅物で通る千鶴がやっぱりちょっと癇に障ると感じたのはおそらくは一方的な苦手意識かあるいはライバル心からだけではなくて、

 

斯衛のそういう秘密主義に上意下達なところは問題だって解ってるのかしら。

 

 

帝国軍の様子からして、彼らも「殿下」のお越しを報されてなかったようだし。

護衛に呼び戻されたのだろう、彼女らとデータリンクが繋がったのがつい先ほどならレーダーに出現したのもその瞬間から、つまり通信封鎖で低空飛行の隠密行動。

 

こちらは国連軍で帝国所属ですらなく斯衛はさらに別組織、ニード・トゥ・ノウはわかるにしても面白くないと感じてしまう部分はどうしても。なまじ斯衛は強くて頼りにしたくなる分、なのに預けきったら危ない気がするもどかしさも。

 

 

だがそんな千鶴の内心なぞに斟酌する素振りなどなく、

 

「四方や真に突入なさるとは……然し」

 

遠く。後方から接近しつつ望遠で「殿下」の戦いぶりを確認したと思しき唯依の双眸がわずか細められたのを、通信越しでも千鶴は見逃さなかった。

 

「…中尉、なにか?」

「……いや。では突撃級群を排除するぞ、貴様等は支援を。神宮司少佐殿も――」

「敵後方、母艦級の反応上昇! 出てくるよ!」

「!」

「こちらCP、出現予測地点…64.202、29.414…、ッ!」

 

美琴の警告に続くCPからの広域警報。

そしてそれはこの現在の最前線たる現地点からおよそ20km、つまり。

 

「さ、最南の御麾下隊が第5級光線照射危険地帯警報内ですっ」

 

明らかに焦った風な女性CPを咎める者はいない、同戦域にいて言及のなかった当の千鶴たちを含めても。

 

多ければ旅団規模のBETAを内包して運んでくる母艦級、その中に光線属種が混じっている可能性も高い。光線級吶喊部隊を除けば通常、可能ならばいったん距離を取る状況下ながら――

 

「――こちらウォードッグリーダー、祝砲準備よし。殿下のご到着に花を添える」

 

戦域に予備警報、01型大型電磁投射砲。

60km後方の帝国軍駐屯地から進発した4つのマーカー。

 

「魔女殿の猟犬が獲物の匂いを嗅ぎつけて来たか。盛大に頼む」

「了解。ですが何分即席の礼砲隊です。将礼砲21発とはいきませんがご容赦を」

 

なに構わんよ、と笑う再び広域通信へと浮かんだその斑鳩公崇継の顔を ― 日本の最高権力層に位置し、すなわち父の死に少なからず関与したのであろう男の顔を ― 千鶴は複雑な思いを抱きながら横目で見、目の前の戦闘に注力しつつ母艦級出現の揺れを伝える遠方の震動センサーの報と出現位置の特定を告げるCPのコールを耳にした。

 

 

政治、武家、平民。日本の在り方。

生き残れて父の思いを継ぐのであれば、いつの日か対峙する事になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその千鶴たちから北へ30km。

代わり映えのしない赤茶けた荒野に降り立つ94式・不知火弐型の4機小隊。

暗灰色の塗装、右肩部に映える日の丸。対なる左肩には牙を生やしたその94式の頭部の意匠 ― 戦場の猛犬のエンブレム。

 

「超伝導機関起動、四式弾装填。戦域に砲撃警報」

 

管制ユニット内で手早くコンソールを操作する、紺色基調の帝国軍99式衛士強化装備。

後ろで結んだ長い栗色の髪、やや下がり気味の大きな瞳はしかし長い軍歴を窺わせる厳しさも備える神宮司まりも少佐。

 

「CP了解、射線上に味方部隊なし。砲撃開始許可」

「こちらヤクモ01、欧州派遣第1連隊長。殿下御渡御の慶事である、少佐、かまわんから奇数発でお祝い申し上げろ。砲身代は連隊で持つ」

「了解。四・四・三で焼き上げます。駒木、交換弾倉一番。龍浪千堂は先行して突撃級の処理に加われ」

「了解ッ」

 

放たれる猟犬の手勢、残る長機が腰だめに構えた巨砲の先端が淡く発光する。

 

戦場の犬が狙いすますは50kmの彼方、横倒しでなお地上高180m・全長2km近くにも及ぶ異形の巨大な円筒 ― 母艦級。それは頭部と思しき先端を西南西へと向けて地表に現れ、ばくりと開いた開口部からはすでに次々と要撃級を中心としたBETA大型種を吐き出しはじめているが――

 

「諸元入力、目標捕捉。連隊長、号令をどうぞ」

「うむ、では――。御親臨を、祝し」

 

 

煌武院悠陽殿下、万歳!

 

 

「発射!」

 

 

万歳!

 

 

「発射!」

 

 

万歳!

 

 

「発射!」

 

 

ほぼ地表面と平行に3本の光条が疾った。

 

通常砲とは異なり装薬の炸裂する轟音はなく ― だが強大な電磁気力によりマッハ17超まで加速された巨大な砲弾が大気を引き裂き生み出す衝撃波音はそれに代わって余りある。

それが連隊長の発声に唱和する帝国衛士らの万歳三唱の合間を埋める中、きっかり10秒間隔で放たれた3発の砲弾は50kmの距離をわずか8秒足らずで駆け抜ける。

 

母艦級はその巨体でなお大深度地下を高速で掘削穿孔可能な能力を持ち、さらにその外殻は大型艦砲の直撃にすら耐えうるが――初遭遇から早2年、交戦を重ねて得られた知見から人類はもうその殺し方も知っている。

 

戦場の猟犬の狙いは過たず、北へ横腹を晒して地表へ出現した母艦級のまさにそこへ。

先んじた2発の四式徹甲榴弾のうち初弾は母艦級の尾部近くへ、続いて次弾がそこから200mほど先端方向へ進んだ位置に突き刺さった。

 

四式徹甲榴弾は、巨大なAPCBCHE。

まりもが放ったそれらは最外面の仮帽で空気抵抗を減殺し着弾時にはさらにその下の比較的軟質な被帽で跳弾を防ぎつつ同時に破壊的に強大な運動エネルギーで強引に母艦級の外殻をぶち破って貫通浸徹、瞬時に遅延信管が作動して弾体内部の炸薬が巨大な爆轟を生む。

 

そして内包する炸薬はCL-20・ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン。

特殊爆弾・S-11に使用される電子励起爆薬を除けば、軍用爆薬としては現行最強。

 

その威力はTNT換算でおよそ2倍、爆速は9400m/sと実に音速の27倍超。99年に帝国企業・旭日化成が新たな結晶析出法を開発したそれを詰めも詰めたり1発あたり400kg。

その炸薬量は前大戦時のAN-M66 ― 1トン爆弾にほぼ等しく、同時にその破壊力はM66の後継たるMk84のトリトナール比ですら5割増し。地表面で炸裂すれば対生物での致死半径は500mにも及び、直径20m・深さ15m超のクレーターを作り出すほど。

 

それが母艦級内壁射入口で炸裂し ― 至近の戦車級や兵士級といった小型種を跡形もなく吹き飛ばす。さらに発生した強烈な爆風圧と衝撃波の前にはBETAの強固な外皮外殻とてもほぼ意味を成さない、要撃級や要塞級といった大型種でも体液が循環する内部構造を破壊され感覚器と思しき部位よりその赤黒い液体を噴出させるがそれも爆発と同時に発生した5000℃を超える熱によって体組織ごと消し炭と化す。

同時に炸薬の爆発により破裂した四式弾の弾体は瞬間的に4000m/sを超える数万の超音速散弾と化し爆心から放射状に拡がる形で母艦級内部のBETAを細切れに引き裂きつつ内壁へと突き刺さる傍ら、吹き飛ばされ挽き肉に変えられたBETAの硬質部位は残余の同種に質量弾となって襲いかかった。

 

だがそれでも母艦級内部には搭載というより充填との表現が相応しい密度でBETAが詰め込まれており2度にわたる四式弾の蹂躙も文字通りBETA自体の血と肉の防壁を以てその拡大をせき止め――るが、超大型砲弾の直撃と内部での爆発により母艦級自体はその活動を停止、また閉鎖空間内で発生した爆圧と絶命したBETAの死骸肉片体液の混合物は逃げ場を求めて今や巨大な死骸となった母艦級の先端開口部へと殺到、母艦級内部の生き残りと「発進」を続けていたBETAとがそれらに圧される形で高さ150m近い赤黒い奔流と化して開口部から噴出したとき――猟犬のとどめの牙が襲いかかった。

 

三式収束弾。発射後7.5秒で拡散しばら撒かれる500個超の子爆弾。

子、といってもその大きさが1個250mm*900mmに及ぶそれらが大減速を経たとはいえ超音速を保ったまま開口部付近一帯に着弾、またも発生した爆圧と熱波、そして一斉に立ち上がる爆炎の壁の中にいたかもしれない光線級もろとも数多のBETAを封じ込めて葬り去った。

 

 

それを遠望し見届け、過熱しゆらめく陽炎を放つ01型の砲身を切り離しながら。

 

「武家として斯衛として、戦人の範たるを示すか」

 

まりもは網膜投影の戦域マップへ視線を送る。

数千にも及ぶかというBETAの赤い輝点、その中へ突き進む6つのマーカー。

 

「だが無謀に死ねとは教えなかったはずだぞ」

 

彼女はけして手のかかる訓練生ではなかったから、口汚く罵ったことも少なかったが。

 

でも甘さがゆえの迂闊さが、殺してしまうのは自分一人に限らない。

あるいは逆に厳しさゆえの判断が、犠牲を伴うことだって。

 

そのどちらをも身を以て知り知らされてきた ― 長く戦場にいすぎたうちに。

 

 

本当は、誰ひとりにだって死んでほしくない。

 

それでも雛はいずれ親鳥の下から飛び立っていく ― 戦いの空へ。

 

それを知りつつ今、母犬もまた子らの為に焔で道を開いた。

 

信じると決めた道ならただ前だけを見て進めとばかりに。

 

 

だから――

 

「――遅くなったわね」

 

今のを同時に、弔砲としたのを知るのは自分だけで良い。

 

「貴女達の後輩は立派にやってる。せめてもの手向けよ、伊隅、速瀬」

 

 

戦いを越えるたびに拾って集めた、潰れて焦げて溶かされ歪んだ認識票(ドッグタグ)

 

そのもう首にはかけてはいられないほど多くて重い、鎖の束が私の首輪。

 

 

傷だらけでなお生ある限り戦い続ける戦場の犬は、他に術なく見送ってきた戦友と教え子たちの魂だけに届けるために独り瞑目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんと凄まじい…だが!

 

集中は途切らせぬまま視界は広く、正面の南、はるか先で起きた爆発をも知覚し。

 

32…ッ!

 

額から流れる汗を拭う間はなく。瞬きの間もない。それでも冥夜はさらに一体、袈裟懸けの太刀にて眼前の要撃級を斬り捨てた。

そしてそれが頽れるやいなやその向こうから飛びかかってきた新手の要撃級の衝角前腕、受ければ刃が折れ飛ぶそれを、去なし滑らせ掻い潜りつつ左斬り上げにて屠ってみせる。

 

「御無理遊ばされませんよう!」

「わかっていますっ」

「何々、畏れながら実に佳い剣腕をされておいでだ」

 

しかし冥夜には、我が大隊でも十分通用しますぞとのその崇継の追従に返す余裕まではなく。

 

 

剣の腕には多少なりとも自負があれどもほぼ初陣でこうまで戦えるのは、一重に両脇を固めてくれる青と赤、そして背中を守る近侍のおかげ。

 

彼と彼女らの動きをつぶさに感じ取りながら、冥夜は乗機を操り ― 否、すでに操縦という己と機械とを隔てる感覚はないまま長刀を振るう。

 

 

そうしてさらにもう1体、斬り捨てた要撃級の向こう ― 未だ視界を埋めるBETAの群れ。

その先もう1km程先にあるらしきBETA湧出部、荒れ果てた大地にぽっかりと口を開けたそこまで至れれば最上とは思っていたが――

 

「そろそろ機を、御見繕い下されませっ」

「もう、少しだけ…!」

 

変わらぬ鋭さで血刀を振るう真那の進言にそう応えるのはもう3度目、いや1度目は突撃からすぐだったゆえその数には入れぬとしても。

 

ここまでに斬り開いてきた背後の道にはBETAの死骸が折り重なるも、十重に二十重に押し包んでくる新手によってすでに再び埋められ閉ざされている。

 

 

斯衛屈指の衛士たる真那に斑鳩公の二人にすれば、進むも退くもまだ割にどうとでも成る戦場とはいえその彼らとて足手纏いを気に掛けつつで。

さらに後衛の神代ら3名は、精鋭たるに違いはないが流石に真那たちほどまでの域にはない上護り固めるその役目上動きの自由度が低い。

 

 

これ以上は欲で、危険だ。

 

実戦経験浅くして、新兵とさして変わらぬ己にしてもそれくらいは判っていた。

 

そもそも単に戦意高揚に資するべくとするなら一当てして退けば良かったものを。

 

 

だが、それでも――!

 

進み出でては斬らねばならぬ。能うならばそう、一体でも多く。

こうして矢面に立ちて剣を振るう機宜など、そう得られぬならば尚更。

 

冥夜の瞳が決意に光る。

 

 

なにせ此度の「御親臨」、千軍万馬を率いた大援軍での到着ならば未だしも苦しい帝国の台所事情ゆえ寡兵も寡兵で高々6機・3個分隊増強小隊程度と以て御親征とは到底呼び得ない。

加えて戦地が遠い北欧とはいえ遅参も遅参、現実として先んじて現地で血と汗を流している派遣部隊からは見舞候冷やかしかつ賑やかしと誹られても言い返せぬところ。

 

ゆえに対外的な思惑も在ろうが要は唯、至尊とされる政威大将軍其の御方が、御自ら八洲より遙けき羅北の地へと鼓舞激励に進御されたとそう喧伝せんが為。

 

確かにその一事を以てのみでも軍立ちに疲れ果てたる皇師らは血湧き肉躍って奮い立とうが、だがそれは、病者に治療薬ではなく動かぬ身体を無理に動かす劇薬を投与するようなもの。

 

すなわちこの我が身の一挙手一投足は、いや此処に居るというその事実のみで、彼を彼女を何処かの誰かの大事な人を、黄泉國へと誘い逃がさぬ予母都志許売の腕に等しい。

 

 

だがそれら総ては解った上で、他に方策なきがための仕儀たれば。

せめてこの機を逃さずこの身を張って、要撃級の百匹なりと斬って見せねば。

 

己が死地へと駆り立て走らす者たちへ、何らの申し訳も立たぬがゆえに。

 

 

「――散れッ!」

 

その焦りとまでは言わぬにしても逸る気持ちが剣に出た。

眼前の要撃級から振り下ろされた前腕衝角、前へ前への思いあってか擦り躱しての踏み込みからの大上段。

冥夜の操る紫の鬼は見事その個体を両断せしめるも、後衛の白が追随しきれずわずか開いたその空隙に雪崩れ込んだが戦車級群。

 

「めッ――殿下っ!」

「巴、後ろ!」

「く…!」

 

慌てて乗機を翻したブラッド03 ― 巴雪乃少尉が左主腕の92式多目的追加装甲を叩きつけ、その指向性爆薬を起爆させての一撃でまとめて戦車級を薙ぎ払ったがやや連携の乱れたその間隙に迫った要撃級が衝角を振り上げる。

 

「させないっ!」

「戎左脚!」

「ッ、く!」

 

ブラッド04 ― 戎美凪少尉が至近距離での120mmで僚機を救うも、その乗機左脹脛部に取りついた戦車級が振り払う間もなく00式の白色の装甲を喰い破った。

 

「左脚部損傷、まだいけますっ」

「ッ…、戎、その言相違ないな?」

「はっ!」

「…!」

 

だが耳でその真那と部下のやり取りを聞き、眼で辛うじて背後の様子を垣間見て。

冥夜は白の斯衛の言葉こそは忠義が為の挺身に過ぎぬと理解して、肝と頭を同時に冷やした。

 

ここまでか…!

 

「退きます、我が儘を言いました!」

「――は! 西方へ転進致しましょう、私が啓開申し上げます故――」

「真那様!」

「む――」

 

ブラッド02 ― 神代巽少尉からの警告に振り仰いで南を見れば。

荒れた大地に穿たれた大穴 ― ぞろぞろと地を踏み鳴らしつつ這い上ってくる要撃級群のさらに後ろ。

 

ぬらりと最初に見えたのは、戦術機でも抱えて余る巨大で歪な曝首。

大穴から湧き起こる様に全身を見せたそいつは赤銅色の装甲脚が一対十本、それらに持ち上げられて異様を晒す羊毛色の芋虫めいた醜悪なる三胴構造。

 

「要塞級…!」

「――いかん!」

 

だがその真那の警句の真意は続々と現れる要塞級共 ― 連隊規模なら30体を超えてくるはずだがそれらそのものよりむしろ、地上へと出るや前進もせずその場に留まるその行動。

その足下は眼前の要撃級群に阻まれ視認すること叶わないが――

 

「光線級を出してきます! 独立警護小隊、殿下を御護りして後退せよ!」

「真那様…! っ、了解…!」

「! 待て月詠、其方は…」

「吶喊し時を稼ぎます」

「しかし…!」

「御心配なく。精々暴れて御覧に入れます」

 

ずらりと長刀を抜いては気負う風もなく言う赤の斯衛に。

 

囮になって敵陣深く斬り込めば周りを囲むは要塞級。

その状況下で光線級を殲滅し切らねば、高度を取って離脱する事もままならない。

 

真那の技倆を疑うわけではないが、眼前の要撃級の海を渡りきっての単機突撃・その後の遅滞戦闘等幾ら何でも危険が過ぎよう。喩え死すとも構いはせぬと、なまじその常よりの覚悟を知っていれば尚更。

 

私のせいだ…!

 

一瞬の判断の錯誤が己のみならず仲間の死へと繋がる。

斯衛の突撃力は確かに凄いがそれは蛮勇と無謀とまでを許容はしない、そんな事くらいは解っているつもりでいたのに。

 

「斑鳩公、殿下をお頼みします」

「ふむ――」

 

冥夜が内心唇を噛む暇すらなく、真那が赤のF型跳躍機FE108-FHI・225の出力を上げんとした時。

 

「そう雰囲気を出す事もなかろ」

 

小跳躍から飛びかかってきた要撃級を事もなげに斬り捨てつつも、青の斯衛 ― 崇継はさして大事でもないかのように。

 

 

其れはそう、何故成れば。

連続近接格闘戦中拡大表示の戦域図、網膜投影のそれを広域へと無段階に拡げれば。

 

 

提げた二刀に担いだ二門。僅か1機で荒野を疾る漆黒の影。

 

 

「彼奴が来たぞ」

 

 

人々は云う ― その隔絶の機動にて霹靂を掴み太陽を射り。月を摘んでは星をも超える。

 

 

そして呼ぶ ― 斯衛八傑・孤高の絶刀。只只管に異星種を追う――「復讐の黒い炎」と。

 

 

「さあ中尉、狩りの時間ぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホーンド01より03。中尉、思うように埒を明けよ」

「…了解」

 

主機と跳躍機との最大出力を伝える微振動、そのコネクトシートの上。

 

「…」

 

無造作に伸ばされた髪と無機質の中に闇を宿した茶色の瞳。

鍛え抜いた肉体を包むは暗黄色の差しが入った漆黒の強化装備。

 

 

戦場を迂回し、大きく東から回り込んで。

00式の三仕様のうちでは最も出力に劣るC型ゆえに短時間での直線加速では白と山吹とには水を開けられる、しかしその移動距離の長さを逆手に加速時間へと換え。

 

 

高度は地表数m、しかし対地速度は最高速。

赤炎を曳き狙うは無防備に後背を晒すBETA共の群れ。

 

大地に空いた大穴から地上に出でた要塞級群はやや進んで展開し、巨大な昆虫の腹めいた三胴中央体節を下ろしそこから伸ばした排出管より粘性の液体と共にぼとぼとと1体につき6体の光線級を産み出していた。

 

BETAは要撃級を除けば旋回速度に優れるとは言い難く、要塞級の衝角触腕もまた後方までもが攻撃可能範囲とはいえ初期射出の方向自体は前方になる。また大型種は対人対物探知能力も比較的低い。

しかしそれらを補って余りある知覚照準能力に遠隔攻撃能力を有するのが光線属種、だがその人類から空を奪った元凶種とても、要塞級より降ろされた直後は攻撃状態にないこともまた周知の事実。

 

 

比較論ではあっても。真後ろとはBETAに於いてもまた死角。

 

狩人――否。奴等にとっての処刑者にすればそれすなわちデッド・シックス。

 

 

「…」

 

殺し間に捉えてなお快哉も昂揚もなく。

 

ただその薄い唇は、死ね、と紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは遠く。飛来した砲弾が空を裂いた。

 

120mm――

 

冥夜は目にしたロケット炎を曳かないそれを、HESH ― 粘着榴弾と認識した。

 

87式突撃砲上部の滑腔砲から連続で放たれたそれらは通常装備の弾種としては比較的低速 ― とはいえその初速は1500m/sを超え凡その射程限界とされる3kmの距離を突破するのに2秒と少し。

 

着弾。

やや扇状に撒かれたそれらは計24発120mm弾倉4個分、うち数発はすでに体勢を整えていた光線級に迎撃されて消し飛ばされたが残りは次々に地表へそして屹立する要塞級へと襲いかかって爆発した。

 

 

粘着榴弾は弾殻が薄く飛散破片の数も威力も通常榴弾に劣るとはいえ120mmの大口径。

地表への着弾の場合危害範囲は1発あたり対人想定およそ30m、それは全高3mでも比較的軟質な外皮の光線級を殺傷もしくは転倒させるに十分なもの。

 

そして粘着榴弾の要諦は目標物への密着爆破による裏面剥離のスポール破壊すなわちホプキンソン効果。

要塞級の弱点である体節接合部を狙い撃ったとは言えない砲撃のため高耐久を誇る同種を沈めるまでには至らないものの ― 大きく当てやすい双胴部へと着弾爆発しその内部へ破壊をもたらすと同時に爆圧を以て巨大な体節の一部を破裂させ、その体組織と体液とを大量に地上高60mの位置から次々と周囲に振りまく――

 

 

「そうか、照射粘膜を!」

 

光線級には重光線級の様な保護被膜が無い。

榴弾の爆風を免れ、排出され終え立ち上がり後方へと振り向きかけた光線級らは頭上から豪雨となって降り注ぐ赤黒い要塞級の体液に濡れ。通常の雨程度ならばものともしないレーザーのその高出力、以て照射皮膜上の汚垢を蒸発させることも出来るがさらに数瞬の遅滞――

 

そして双刃には、その空隙で事足りる。

残る距離を一挙に詰めるや敵中へと躍り込み ― 吹き荒れる漆黒の颶風。

 

雷の如く鋭角、時に蜿蜒たるその機動。

 

足下に蠢く光線級に戦車級を00式の脛部爪先超硬炭素刃にて潰し蹴りあげ斬り裂き殺し、周囲より超高速で撃ち放たれる要塞級の衝角触腕、視認することさえ困難なはずのそれらを意にも介さず ― 来る瞬間もその方向も識っているとばかりに。

 

次いでその黒い刃は目障りな害虫駆除は終わったとして、ひとつ地を蹴り虚空へ跳んだ。

続き襲いて来たる衝角触腕、しかし時折その撃発を止める要塞級がいることに冥夜は気づく。

 

! 中尉が躱せば後ろに当たると…!?

 

それは隙あらば衝角先端よりの噴出を狙う要塞級の溶解液もまた然り、確かに要塞級自体の動きは緩慢、00式の機動には及ぶべくもないとはいえ。

衝角触腕の攻撃は高速射出と刺突のみに留まらず、鞭撃よろしく振り回されもするものをその伸長射程50m内に機を置きながらさして苦もなく避け続け。時には主腕に沿わせた逆手握りの長刀を以て左右から迫った衝角部分を去なし弾くや脇にそびえる1体を打ちすえさせ背後のもう1体のその頭部へと突き刺させる等、同士討ちをせぬ異星種を嘲笑うが如きの名人芸。

 

「…」

 

そして斬り出し創り出したその間隙に。

ロケットの炎が稲妻の軌跡を赤く描く。

 

直線の機動のままに巨大な芋虫めいた要塞級の右体節を斬り開き。

露出した長い装甲脚の付け根は黒を追おうと反転しかけた自重を支え切れなくなり開放骨折するが如くに残る肉と組織とを引き破り、斬り倒される大樹そのままに左隣のもう1体に寄りかかるように頽れるや動きを阻害されたそいつも無防備になった頭節の付け根に背後から双刀を突き込まれて動きを止めた。

 

続いて廻るは螺旋の軌跡、刻まれるのは構えた双刀と機動そのままの斬撃痕。

捉える事到底能わず立ち竦んだ要塞級は奔流の如く体液を噴き上げ、同時に横倒しの竜巻と化した00式背部兵装担架が撃ち放った機関砲弾に滑腔砲弾が一斉にばら撒かれて周囲の要塞級へもまた弾痕を穿ち爆炎の華を咲かせた。

 

そしてその花弁を散らし、さらに迅り駆けるが黒の双刃。

 

斬り。撃ち。裂き。穿って。

 

噴出する血飛沫が霧となって赤く閉ざされるその空間を縦横無尽に斬り刻む。

 

 

なんという業前…!

 

記録映像では幾度となく見た光景でも。

実際に目の当たりにすれば尚更現実味の無いその益荒男振りに冥夜は焦がれる。

 

「…空前絶後とは正に此の事」

「ほう月詠、卿でも思うか」

「力量ならば疾うに認めておりまする」

「まこと彼奴にとっては要塞級の三・四十体、茶の湯の主菓子程度よな」

 

並の衛士ならば一対一でも死を覚悟する要塞級の、それも群れを相手に宙空を踊り殆ど一方的な殺戮を続ける黒の軌跡の圧倒ぶりを遠望しつつ。

 

「…公、お譲り戴けませぬか」

「ほう?」

「つ、月詠?」

 

傍役が発した目的語のないその請いに。

 

 

冷たく冥い夜ばかりが続く地下の日々、それでも彼がそばに居てくれるのならば。

 

 

いや、何を馬鹿な…

 

突発的に繋がり浮かぶそんな想いなど。冥夜は頭を振ってでも追いやるほかなく。

 

 

この胸に抱く想いは単なる憧憬ではなく ― 女としての思慕だとは思う。

 

だが御役目たる影に生き、何れは陰にて死すべき此の身には。

 

いつの日にかは添い遂げるなど到底叶うことなき願い。

 

だから生あるうちに、時折だけでかまわない。逢って話して。

 

能う限りに磨き続ける剣と機動を、ただ見てもらえさえ――すれば。なのに。

 

 

「ふむ。然し彼奴への勧誘招請は順番待ちよ」

 

 

その技倆と戦果を称えられ、柏葉付騎士鉄十字章の叙勲と共に贈呈されたその栄誉。

 

西独逸連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「地獄の番犬」・席次零番(ツェルベルス・ゼロ)

 

深き友誼と無尽の敬意、同大隊長よりその番号は常しなえに彼にのみ叙するものと迄して。

 

 

「に、西独逸!?」

「殿下、外交辞令かと」

「そ…そうですね」

「さて存外…家門背負わぬは身軽ですしなあ」

「う…」

 

共にする未来は望めないにせよ、まさかそんな遠くへ行ってしまうのか。

そうつい素が出かけた冥夜を真那が諫め。しかしやや含みありげな視線を向けた崇継の言葉に再び冥夜が詰まると、真那は何度目かの射殺す目線をその崇継へ刺し ―

 

そこで開いた通信窓、漸く現れた黒の衛士は無感動に言い放った。

 

「…大隊長、お早く」

「応、後は任せる」

「中尉貴様、御前だぞ!」

「…は」

「よいのです月詠」

 

急機動での戦闘中に礼を求める要も無い。

それでも冥夜は自分には向けられることのないその沈んだ茶色の視線に。

 

「…見て、頂けましたか?」

「……は。大隊長、お早く」

 

そんな、素っ気ないやり取りだけで。

 

「ああ中尉、狼王殿から秘蔵の葡萄酒を貰ったとか。飲まぬであろ、寄越さぬか?」

「…いえ。もう神宮司少佐に」

「何と…、全く卿も卿だが彼の少佐も物の価値を判っておるのか?」

 

斑鳩公は大袈裟な迄に天を仰ぐや牛や鯨であるまいに底無しだとかの猟犬等には虚無之酒(スト○ングゼ○)でも呑ませておけとぼやきつつ、とまれ彼奴の御陰で後続BETAの杞憂は絶てたと、転進に移りながらも真那と共にいっそ勢いを増して有象無象を斬り狩り或いは恰も枯れ枝を払うが如くに要撃級を断ち割り続けて道を開く。

 

冥夜からすればそんな青と赤ともほぼ懸絶した域の衛士にして剣士、少し御休遊ばされよと数呼吸分だけ後ろに下げられればすぐさま警護小隊の3機が囲みを作り。

 

さすれば情けない話で安堵と疲労が押し寄せて、重々油断を戒めながらもほんの少しだけ操縦席に背を預ける。

 

 

会えて、話せて。そうしたら自分で思っていたよりもずっと ― もっとたくさん言葉を交わして触れ合っていたいと感じるのに気づいて。

 

 

そう、逢って見て。声を聞いてしまえば止めどなく。

 

彼のことをもっと知りたい、自分のことも知ってほしい。

 

されど口には決して出せぬ事情ゆえ、名乗ることすらままならない。

 

互いにいつまで生きていられるかも定かではないのに。

 

悪戯に笑んで「来てしまったぞ」だなんて言えたら、どんなに気持ちが佳かったのだろう。

 

 

 

 

挙げた成果の内にもそう名残惜しさを抱いて退がりゆく模造された将軍機を他所に ―

 

意気上がる帝国軍はこの日、赫々たる戦果と共にBETAの攻撃を押し返した。

 

 

しかしその数時間後、白夜の地平に。

 

甲04・ヴェリスクハイヴに滞留していたBETA群が大挙北上を開始したとの報が走る。

 

 

時に2003年 6月 ― 甲08・ロヴァニエミハイヴ制圧より、18日が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます
どしどしお伝え下さい 待ってまーす

でも気づけば大分期間空いてました、すみません

話が進まない…次回はもうちょっと頑張りたいです
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