Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 23

 

 

 

 

 

それは、満たせぬ想いと、それでも触れあい重ねた肌の感触と。

 

 

口中に残る鉄錆の味と、涙の跡が頬をひりつかせる痛みと。

 

 

そして血と骨と命のすべてを鉄と火薬と燃料に換えて抗い続けた ― 追憶の情景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遙か星の海へと旅立つ同胞を見送り。

 

だが深淵の暗黒へと発った彼らの無事を祈る暇はなく。

 

褪せぬ敗色、染みゆく窮乏。燻り続ける終焉への熾火。

 

それが燎原の火が如くに廃滅の劫火へと変じるまで、もう ―

 

 

すでに鍔際、世は誰そ彼。

 

時に皇紀2663年。

 

それでも人類はまだ、戦い続けていた。

 

 

 

 

真夜 ― 新潟県中越。

古来、夜の闇は人類の味方ではなく――それは今も。

 

「照明弾あげて!」

「了解!」

 

隊員は揃って黒基調の国連軍99式強化装備。

 

大きな眼鏡に長いお下げの小隊長の叫びに短髪短躯の活動的な工兵が即座に応じ、乗機国連軍仕様の94式の87式突撃砲の120mm弾倉を素早く入れ替え上空へと向けて2発のマグネシウム弾をやや広角に打ち上げた。

 

夜空に目映い黄みがかった光の下、長く影を背負って地響きと共に爆進して迫る――

 

「突撃級、大隊規模!」

「狙撃は?」

「やってますけど数が…! それに正面からじゃ…」

 

問うた冷静かつ俊敏そうな前衛に、長髪を結った矮躯の狙撃兵が答えた。

 

「前線を喰い破られた…!? 帝国軍の第5師団が、指揮所は!」

「ダメだ繋がらないよ!」

「クソっ、俺が前に出るッ」

 

一振りの74式近接戦闘長刀を携えた茶色の髪の隊内唯一人の男性衛士 ― 突撃兵がそう逸るも、

 

「馬鹿、先走らないで! 北の藪神の部隊と――」

「サーカスリーダーよりCP及び周辺部隊! BETA群が旧国道沿いの地雷原に……入るっ」

「UNCP了解。起爆する」

 

遮ったのはその北側部隊からの報と国連軍部隊CPの応答、北東20kmで高く爆炎が ―

 

「――起爆しない!?」

「こちらサーカスリーダー、ぞろぞろ来やがる!」

「支え切れないぞ! 前線はなんでこんなあっさり通してんだよ!?」

「後退だッ、帝国軍めポンコツを寄越しやがって!」

「いやおかしいぞ、サブ回路も反応しないなんて…」

「馬鹿野郎、ここを抜かれたら東北はガラ空きなんだぞ! 俺の故郷(くに)が…っ」

 

元からして足りない戦力、薄氷を踏むが如きの防衛戦。

回線に飛び交う混乱は加速していく。

 

「CPよりヴァルキリーズ。サーカス・ギャンブル両隊と合流、地雷原を調査し起爆せよ」

「了解、でもこの清水街道方面は…っ」

「指揮所は下げて直掩で保たせる、まずは一旦後続BETAを断つ」

「了解…、聞いたわねみんな」

 

指示を受け取った小隊長は網膜投影に並ぶ小隊員らを見やる。

そしてその中の、焦燥に駆られた風がありありと判る突撃兵 ― 隊にただひとりの男性衛士の顔へと。

 

「――『地球と全人類を護る』。そうでしょ、□□?」

「ッ…、ああ」

「なら手始めに日本くらいはきっちり護ってみせないとね。…私は、その次でいいわ」

 

任務へ向かう意思と義務感、そして恐怖と逡巡。

終わりの二つが一番大きく、だがない交ぜになったそれらを隠して生真面目な顔に貼りつけたのは、少し無理のある悪戯な笑み。

 

「あ、ずるいよボクだって」

「わ、私も」

「…次は私の番のはず」

 

口々に言う彼女らは、皆かけがえのない仲間で、友人で、そして――

 

 

 

 

自分が彼の一番でなかったことは、彼女ら4人はみんな知っていた。

 

でもその一番を送り出したあと、彼と一緒に戦い護り護りあうのは自分たちなのだと。

 

だからたとえ慰めであっても、しょせんは今は代わりにすぎなかったとしても。

 

戦って戦って戦って、生きて生きて生き抜くだけ。

 

 

みんなで笑いあえる時代なんて、来るとは元から思ってなかった。

 

 

なぜなら世界が残酷なのは――当たり前だと知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

払暁の空。

漸く白く成りゆく山際、紫立ちたるは絹雲。

 

高度40m、匍匐飛行高度にて明け方の大気を切り裂く4機編隊。

長機を青、次席が赤で残るは白の00式小隊。

 

「ホーンド02より各小隊。状況を報告せよ」

「此方04。生存者確認出来ず」

「05同様に御座います」

「06同じく」

 

戦域に散開させた各小隊長からの報告に、その細身の赤の斯衛は内心に一息。

 

眼下に広がるは無残に荒らされ草木も疎らな瑞穂国の大地。

所々には舗装道路の痕跡や倒され踏み砕かれた電柱の破片やらの嘗て此処で日々を営んでいた民の痕跡が残りはするものの、彼方此方に穿たれた砲弾痕に散乱する戦術機の残骸らしき部品類、そして自らが造り出した赤黒い体液の沼に沈む異形の群れ ― 異星種BETA共の死骸。

 

 

昨日夜半。

甲21号・佐渡島ハイヴを発した異星種共が南下を開始。

 

初動では旅団規模と推定された其れ等は、然し後続が途切れる事無く小なりと雖も師団規模相当にまで膨れ上がった。

 

日本海海上の第一海上防衛線を突破し、越前浜近辺に上陸した後分散浸透。

続々と押し寄せるその猛威で新潟・群馬・福島県境に渡る第二防衛線まで押し上げられていた前線を喰い破り、八海山北麓の北関東絶対防衛線へと迫り――

 

 

夜通しの戦闘を経て、状況は既に掃討戦を終え。

 

「然し衆庶の軍が脆すぎますな」

「やむを得まい。米国の手先が如き軍略で士気揚がろう筈も無い」

 

麾下衛士らのややの軽口、それらの乗機には残らず乾きかけた異星種共の返り血。

 

昨夜中の斯衛軍第16大隊のいくさ働きと云えば、即応救援火消しにと、その長・摂家当主が直卒の精鋭の名に剴切するものではあったが。

 

 

来るべき一大反攻計画 ― 巴比倫(バビロン)作戦。

 

五次元効果爆弾・G弾の大規模投入による全ハイヴ一斉攻略。

 

 

だがその大作戦の要たるG弾はあの忌々しき米国のみが保有するが為、国連主導と云いつつ実質米国中心となるのは自明。

 

一方そのG弾こそは4年前一度横浜で使用されたきりの未知未解明なる代物で、その際には想定威力を大幅に下回ったという一方で効力範囲外の異星種共に謎の大量死を引き起こしたとも伝う。

ゆえに斯様な奇々怪々な兵器に乾坤一擲の作戦の帰趨を委ねるはあまりに無謀との声が、当の米軍内からも上がる程ともなれば。

 

よってバ作戦実施に先立ち実証試験の地と定められたのが――甲21号・佐渡島。

 

計画名 ― 氷山(アイスバーグ)作戦。

 

 

「是れに優る立地条件の巣は無し等と、いけしゃあしゃあと毛唐ら奴」

「米軍の展開のし易さと云えばそれも事実、然し…」

「抑抑がだ、実際の投下に際しては先ず複数ハイヴを同時に地上制圧等と…可能か其れが」

「出来るのだろうよ。国土を失陥した欧州含めても戦力を隠して居るのさ」

「奴原奴、肌は白くとも其の腹は真っ黒と来る。対する我が國の政治屋共の腑甲斐無さは」

「衆愚の極みたる今の政など与し易かろう。反対の立場を崩さぬ欧ソに比すれば尚更よ」

「皇軍を先に立たせて力削ぐもまた米国の目論見の内と彼奴等は気づいておるのか?」

「無能なりべるたりあ気取り共に神州の壟断を許す等惨事の極みと彼程迄に云うたのにな」

「選良が聞いて呆れるわ。四方や斯様に早く榊の時代を懐古する事に為ろうとは」

 

政の中心 ― 政府とその内閣よりは距離を置く武家と斯衛としても。

 

 

毀誉褒貶ありと雖も長く国政を担い来た与党首班・榊是親退陣後、所謂世論の風を手にした野党が連立にて悲願の政権奪取となるも ― その舵取りたるや惨憺たるもの。

 

内に於いては出来もしない夢物語の様な数々の選挙公約は蜃気楼にさえ成り得ず二転三転、外に向けては圧倒的国力と軍事力を背景にした米国の恫喝混じりの圧力に周章狼狽右顧左眄した挙げ句に唯々諾々と丸呑みする有様と来ては。

 

 

ゆえにその政府首脳の余りの果敢無さを、糾す可しとの声があるのもまた事実だが――

 

 

まあ、彼の愚物共を一掃するは義憤に燃える憂国の志士とやらに任せておけば良い…

 

我等の出番はその後と、ちらと赤が様子を伺うは生涯の忠義を誓う其の青の斯衛。

帝国斯衛最強の大隊の長にして、此の日の本にて至尊の位に最も近い方 ―

 

「――大隊長」

「ふむ」

 

昨夜よりの鬼神そのままと云った戦いぶりとは打って変わって、今は常の気怠げな空気にて回線に飛ぶ麾下等の軽口程度は聞き流す鷹揚さ。

 

「此の辺りは国連軍の担当域にて」

 

00式の排気轟音と共に過ぎ去る眼下の大地、曙光に明らかにされゆく激しい戦闘の跡。

異星種共の死骸に混じって散らばるやや薄い青色に塗装された戦術機の部位。74式か。

 

「退いた隊は在ったか?」

「多少は。然れど前線の帝国軍がああも易く抜かれては、早期に指揮系統を喪失して後は壊乱に程近い有様だった模様です。何せ此の時勢での国連軍、まして此度は『拠出組』より『志願組』が多いとの著聞も」

「裏切り者扱いでは救援も後回しにされような」

「は。支援先候補としては繰り下げ続けられていた由に御座います」

 

 

そう云えば、例の部隊も此の辺りにいた筈。

 

無論内密乍らも先般成り行きから色々と調査した、彼の宇宙へと旅立った ― 或いは旅立たせられた ― 「横浜の女狐」隷下の小隊。

 

 

一度は良人の願いを容れて、武家の誓いを曲げたあの娘。

 

然し武家の内でも秘中の秘と為る、其れ即ち今上の――

 

ゆえに此の国難の折に國を民をと乞われて仕舞えば其の赤い糸の約束とても儚く。

 

 

確か魚沼は小出の辺りに――

 

其処はこの先数kmにて。

緩やかとはいえこの速度であれば僅かに数分、だが。

 

…?

 

「卿、気付いたか」

「は。何故か此の一帯だけ、異星種共の死骸が御座いませぬな」

「避退に注力して戦闘が無かったのでは」

「かも知れぬ…が」

「救難信号の類は在りませぬ。動体反応は――む」

 

 

この先、2km。

 

戦術機ではなく ― 人間。

 

 

先行致しますと増速をかけた白らは只、任とそして主と仰ぐ青への誠ゆえに。

そして続いて増速をかけた赤は――その光景を眼下に見た。

 

 

徐々に増える。増えるBETAの死骸。

 

疎らな草木の緑はその下の地面ごと体液に赤黒く染められ。

そして現出したは一面の血池地獄。

 

穿たれ斬り裂かれた大型種共が頽れはらわたを晒す其の間に間に、蹴り破られ踏み潰された小型種共が体液溜まりに沈んで地を埋め尽くす。

光線級も相当数居たらしく、兵士闘士戦車級の死骸に混じって討ち破られた照射被膜が天を仰ぎ濁った翠色の人体めいた両足が千切られ飛んで散らばっていた。

そして突っ伏し又は引っ繰り返って息絶えた要撃級らをさらに押し潰すのは巨大な要塞級ら、其の髑髏めいた首を落とされ芋虫の様な体節を斬り開かれては屍体に変じ、数多の個体が其処彼処に小山の如くに蟠る。

 

小型大型合わせれば、其の総計は凡そ三千を下るまい。

 

 

「是れは…凄まじい」

「思った以上に踏み留まった隊が居たのか…」

 

歴戦の手練れ、16大隊の衛士をしてそう呟かせる程の。

先の空白地帯は異星種共が此処に群がったが故のものだろう、しかし ―

 

「いや…、ふむ」

「どうなさいました?」

「此れは殆ど1機の仕業よ」

「な…、なんですと!?」

 

信じ難いがな、と。

常の漠たる眼差しを僅かに眇め凝っとそれら死骸の疵を見て取った、稀代の英雄にして帝国きっての武傑たる青の斯衛にそう言わしめる者とは――

 

「発見、降機中の模様っ」

「救難信号も出さずに何を――、む」

 

先行機からの報に続いて赤の斯衛もそれを認めた。

搭乗者の注視を感知した00式の制御機器が自動的に網膜投影の視界を望遠に切り替える。

 

 

累々たる異星種の死体の中、片膝をつき停止するは ― 94式か。

 

右主腕は肘から先が失われ、だらりと下げた左主腕には罅割れ欠けて折れた74式長刀。

 

 

矢張り例の隊機か…

 

乾きこびり付いた返り血が全身を覆い判り難いが恐らくその塗装は水色の国連軍仕様。

94式は世界初の制式量産第3世代型機にして未だ当の帝国軍にすら行き渡らぬ、それを装備する国連軍の部隊等は。

 

そしてその94式の開いた胸元・管制機からは昇降索条が垂れ。

 

「此方斯衛軍第16大隊第1小隊。其処な生存者、聞こえるか」

 

先行の白の呼び掛けに応えはなく、だが喩え降機していても強化装備に通信機はある筈。

接近する00式の飛行音を気にした素振りすらも無く、その人間の十倍になる巨人の膝下で黒基調の国連軍仕様99式強化装備を纏った衛士は――

 

 

死して肉塊と化した戦車級によじ登り、手にした短刀でその腹を割く。

 

続いて噴き出た体液にも構わず頭ごと突っ込むが如くにして ― 何かを探しているのか?

 

 

更に拡大される視野、赤は94式の足下に集められたそれらを見つけた。

 

 

ひしゃげ潰れた眼鏡の弦。

 

欠けて折れたと思しき短刀。

 

元の色が判らぬ程迄血濡れた髪飾紐。

 

擦れ千切れた工具帯。

 

 

「――」

 

赤の脳裏に掠めるは、以前調べた資料に在った少女等の顔。

元首班の。彼の名将の。国連次官の。辣腕の内偵の。

 

そしてそれら遺品の傍らにはまた ―

 

 

長い髪の残った頭皮の一部。

潰れた眼球と何処かの肉片。

保護被膜に包まれた侭の指。

操作靴を履いた足首から先。

 

 

轟、と00式の編隊が上空を通過して尚。

まるで無視して「作業」を続けるその男へ ―

 

 

「己も異星種の腹に収まる迄其れを続けるか? ま、それも佳かろうが――」

 

 

捨てる命ならば余に預けよ。

 

より有為な遣い方を教えてやろう。

 

然してBETA憎しの念果てぬのならば ― 其の技倆、活かせる武具も与えようぞ。

 

 

「共に来い。□□□――」

 

 

そう呼び掛けた高貴の青の斯衛のその声に。

 

 

BETAの血にまみれゆらりと振り仰いだその茶の瞳には、既に闇が棲みはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

荒野の只中。全長18mの巨大な鎧武者たちが同じく巨大な剣を地に突きたて屹立していた。

 

その中央の1機より降機し、胸を反らして凛然と歩むはうら若きショウガナル。

 

纏うは美々しい紫の強化装備、その背後にはBETAの返り血も生々しい同色の機械鬼神。

 

手には黒塗りの鞘のカタナを握り。冥い夜の海の色をした眼差しが前を向く。

 

その清冽にして純麗な美、両脇に列をなすのは片膝をつき頭を垂れるロイヤルガード。

 

青赤黄に黒の装束を纏う彼らは皆が皆、一騎当千のディセンダンツ・オブ・サムライ。

 

その精鋭らを見事に従え、彼女は迎えた兵共へと手にしたカタナを拳ごと突きあげ ―

 

「皇紀三千! 国威燦然!」

 

怒濤のような歓呼の叫びが拡がった。

 

 

その物語の一幕の如き光景、テロップに流れるは「BUSHIDO dignified!」。

ショーグンの現地到着後にあえて撮らせたものだったろうその映像は、しかしBETAによる大規模侵攻の報せと共にイギリス国営放送の電波に乗って全世界へ拡散した。

 

 

その日――旧ソ連・ヴェリスクハイヴからBETA群が北上を開始。

 

同ハイヴ近傍に滞留していたBETAは20万超、7個軍団規模に及ぶ極大集団。

 

そしてそれらから制圧なった旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴを防衛するのは、北欧国家軍により構成された国連軍戦術機部隊2個連隊と日本帝国同2個連隊。

 

国連統合軍隷下となる北欧国連軍と、独自指揮権を認められつつも共同歩調を取る帝国軍は、共に国連並びに欧州連合に対して即座に支援要請を発し ― アメリカはニューヨークの国連本部にて安全保障理事会が緊急に招集された――が。

 

 

再燃した東西対立を基に、ソ連は旧自国領内立地のハイヴが原因たるにも関わらず「我々は外国の領土を片足ほども欲していないが、我々の領土は誰にも一寸たりとも明け渡してはならない」と国父の言葉を引いては(今現在アメリカより租借中のアラスカについても帝政ロシア時代の売却自体が不当だったとする向きすらあるらしく)非協力的な態度をとり続け、また統一中華もそれに共同歩調を取る中で、常任理事国の一角たるフランスも国連軍の増派には積極的とは言い難かった。

 

なぜなら現状、西側陣営に限っても対BETA戦線は、今回のスカンジナビアのみならずその攻略の足がかりとしても必要だったユトランド半島南、そしてフランスが抱えるリヨン東に89年以来のスエズ運河防衛線、さらに東南アジア沿岸部に最近になって加わった朝鮮半島38度線という多さ。

 

このため列強といえる各国も、とりわけ欧州連合加盟の大陸諸国は現状すでにほぼ限界近くまで戦力を動員していて、残るアメリカと日本にしても、前者は余力の度合いという意味では最も大きいものの元々世界的に展開しているうえ欧州戦線への今以上の増派は避けたい意図が垣間見え、後者は半ばの後方国になったとはいえ数年前よりの3ヶ所に及ぶハイヴ攻略を含む連戦による兵力減の状況で極東から東アジア防衛を担っている。

 

一方、通常BETAは種別ごとおおよそ決まった割合でハイヴより湧出した後その近辺に留まり続けるが、やがて次々と産み出されてくる後続に押し出される形で周囲へと拡散を始める。そしてこれの頻度・個体数が大幅に増加すると新ハイヴ建設を目論む長駆侵攻が発生する――というのが、現時点で明らかになっているハイヴ増設のプロセスのひとつ。

ただその押し出し拡散にせよ長駆侵攻にせよ、それに至る条件としての滞留BETA数は未だ絶対値としては判明していない ― すなわち。

 

各国共にその現状は増派という形で各戦線を増強するのは困難な一方で、各防衛線が対面するハイヴにも多かれ少なかれ滞留BETAが確認されている以上、それらから軽々しく兵力を引き抜いて振り分けることなどできようはずもない。

 

よってリヨン東の防衛線を堅守したいフランスの立場としては、スカンジナビア攻略のために抽出されてしまった戦力の穴をアメリカ軍の増派によってようやく埋めえたところに、まかり間違ってもそれを持っていかれることは絶対に避けたいのは自明の理だった。

 

 

そもそもが、連合などといいつつも参加各国それぞれの、打算計算二枚舌に三枚舌がまかり通るのがユーロユニオン。

 

その事実上の盟主たるイギリスからして、元来の国家規模に加えて欧州連合列強で唯一国土を全面失陥しておらずさらに国連常任理事国たる地位にもあるも ― この栄光の世界帝国の後継者は、欧州大陸諸国からすれば、先のロヴァニエミ攻略戦時からしてハイヴ本体制圧の段に至ってようやく現れ「いいとこ取り」をしていったと見る向きすらある。

 

無論当のイギリスにしてみれば、広大に過ぎる戦線を抱えて常に沈没の危機にある欧州大陸諸国と一蓮托生になる気はさらさらない。

その一方で、長年の「特別な関係」にある米国と友好な関係を続けつつその上で互していくためには、大陸にしかないハイヴとそのG元素が必要という二律背反が存在する。

また大陸の事情に対してあまりに素知らぬ顔を決め込めば、国土を失陥した欧州諸国からの避難民を国内に大量に抱え込んでいるというただでさえ不安定な国内情勢がさらに悪化しかねない。

そのため単一の国家としては欧州連合最大規模の兵力がありはするものの、本土の防衛をはかりつつ複数の戦線へ分散して派兵せざるを得ない状況は必ずしも楽観を許さない。

 

他方、85年のBETAによる本土侵攻時には栄えある霧の都の南半分までが戦場と化しその撃退のため大陸から逃げてきた「間借り人」らの手を借りざるを得なかったという歴史は、誇り高い大英帝国とその国民の中に「その両方とも」苦々しい記憶として刻まれている。

なにせわけのわからない異星生物にあのちょび髭伍長にも果たさせなかった大ブリテン島への上陸を許した上、独力での反攻など到底かなわず本音をいえばやたらに暑くて砂だらけのアフリカあたりへさっさと出て行ってほしい避難してきた大陸友邦のご隣人たちには借りと間借りの口実とを作る形になってしまった。

 

よってイギリスとしては、可能な限り自国戦力の損耗を抑制しつつその増強を図り、大陸の防衛線は大陸の国家に委任するという名目の元実際は半ば以上押しつけてついでに極東の島国には大陸の戦線にコミットさせるがまかり間違ってもそれがかの国の欧州におけるプレゼンスの増大ではなくその勢力の摩耗に繋がるような状況に追いやれるのが望ましい。

そうしてかなうならあの小癪なイエローの国を追い落として米ソに続く世界第3位の地位を掴むと同時に、そのアメリカの大西洋側のパートナーとして確固たる立ち位置を築きたいという思惑があろう事は、容易に想像のつくところ――ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白夜の平原。

BETA大規模侵攻の報を受けた帝国軍の動きは迅速だった。

 

退却があり得ぬのならば。

支援要請を発すると共にかねてより策定していた防衛作戦の概要を欧州連合及び北欧国連軍とに通達。

 

日本帝国軍欧州派遣部隊司令部が提案したその防衛計画は、ハイヴを利用した籠城作戦。

 

 

フェイズ5・ロヴァニエミハイヴの、半径30kmに渡り張り巡らされたハイヴ地下茎構造。

全数の調査を終えているというそれらを地上への出入口たる「ゲート」と共に必要数を除いて爆破崩落させて封鎖し残りを広大な地下壕とする。

 

そして最大限確保した地上の縦深をもって、たっぷり1000kmを旅する間に移動速度差から突出が目立つようになる突撃級群をはじめハイヴ本体へと殺到するBETA群を、残置隠蔽した「ゲート」から都度出撃して背撃により排除。防衛を重ねて援軍を待つというもの。

 

 

「しかし――変更を要請する、と」

「…」

 

旧フィンランド・スオムッサルミ帝国軍駐屯地。

欧州派遣隊に属する日本帝国陸軍施設科第12施設群4個中隊により設えられたその拠点は、すべてが仮設とはいえ大規模なプレハブ工法の指揮所に兵舎に格納庫そして500m程の耐熱パネルを用いた戦術機用野戦滑走路を備えている。

 

そしてその指揮所内にて ― 苦虫を嚙み潰すが如くの第1・第2連隊長にその幕僚らと、腕を組んで眼を閉じたままの斑鳩公崇継を冥夜は見ていた。

 

 

日本帝国欧州派遣部隊司令部から発起された防衛計画は、戦況次第での予備計画 ― つまり追い込まれてからの最終手段とされ ― 欧州連合と北欧国連軍により事実上拒絶された。

 

 

「連中は正気か?」

「あの数相手に正面からぶつかれば飲み込まれるだけではないか」

「たしかに地下侵攻への脆弱性に大規模侵入を許せば閉鎖空間での戦闘にはなるが…」

「だがそれも逆に『出口』や地下茎構造で待ち伏せれば99型で一掃できる」

「数が頼みのBETA共を一網打尽よ、多少討ち漏らしが出ようとそれこそ白兵で」

「北欧軍機がハイヴ戦を想定しておらぬのは判るが、今回は攻めでなく守りの戦だ」

「欧州軍の戦術規範にも合わんだろうが。なればこそ最前面は我々で担うというのに」

 

御前なれどさればこそ闊達な論議をと促した崇継はじめ、冥夜と黙して控える真那もまた強化装備から各色の斯衛服へと着替えていた。

本来その迎賓のため、連隊長以下軍服姿に改めていた幕僚らは揃って眉間に皺を作る。

 

 

昼間の戦闘にて大幅にBETAを押し返し。

ひとたび落ち着いた戦況を地盤ごとひっくり返す報が入ったかと思えば、その対策すら覆されるとは。

 

 

なにしろBETA群北上が確認された時点での彼我の戦力比は、およそ1:600。

それはレールガン戦術が機能すれば必ずしも絶望的な値ではない ― だがそれは、数字上の話。

 

なぜなら戦域となるスカンジナビア半島東部は、最も狭隘となる大陸接合部ですら東西350kmを超える広大さ。

そしてヴェリスクハイヴ近傍に滞留しているBETA群は20万超。

 

 

BETA大型種でもっとも個体数の多い要撃級は全幅28m、前後長19m。BETA群中含有率15%に当てはめ3万体いたと仮定し、隙間なく整然と並ばせてもその占有面積は約17平方km。

続いて突撃級は同17m・18m、7%で14000体。同約4.3平方km。

最大種の要塞級は同37m・52m、1%で2000体。同約4平方km。

また実際にはこれらに加えて小型種とりわけ通常は総数の半数近くにもなる戦車級が全幅2m・全長4.5mの小型貨物車に等しいサイズで10万体・1平方kmと、BETA大戦前に興業されていた後楽園球場に換算するとおよそ20杯分となる大群で大型種の足下含めて溢れかえる。

 

さらに昨今は従前よりもBETA群における大型種の比率が高まっていることはほぼ確実とされており、すなわちフェイズ5・ヴェリスクハイヴに聳え立つ地上高600mのその地表構造物を中心に滞留するBETAの群れは、総体としては不定型の原生生物の如くに蠢きつつもおよそ半径3km超にも渡り ― 仮に帝都城を中心とすれば東は先々々帝の御祀神宮から西は隅田川までを飲み込む範囲を、BETAが隙間なく埋め尽くす計算になる。

 

 

そんな想像を絶する規模のBETA群がその外縁部より旅団から師団規模の「群」に分かれて北方へと移動を開始した。

そしてBETAにもある種戦術的行動めいた動きや集団行動性といったものがないではないが、それらは統率の取れた人類軍に比べればせいぜいが習性と呼べる程度の雑然としたもの。同時に知能も存在しないと推測されてはいるものの、だからといって制圧された古巣のひとつ・ロヴァニエミハイヴを故意に無視して北上の勢いのままにみんな揃ってノルウェー海に飛び込むとは考えがたく――

 

逆にいえば、連中総てが最短距離を一直線に突撃してくるわけではないということ。

 

これが、数的不利というにも馬鹿馬鹿しい程の数の差がある迎撃・防衛側の対処をより困難にしている。

 

まず移動距離の長さがBETA種別による移動速度の差からその侵攻に大きな時間差を生む。

最高速が170km/hにも届く突撃級でも常時かつ永続的にその進軍速度を維持するわけではなく、平均すればおよそ80-120km/hと、仮に最短距離を直進したとしてもロヴァニエミ・ヴェリスク間の1000kmを走破するには10時間程度を要する。

そして要撃級や戦車級により構成されるBETA中衛の移動速度はその半分ほどであり、要塞級や重光線級を擁する後衛はさらにその半分程度。

 

またヴェリスクの西、旧フィンランド国境に近いソ連領域内にはオネガ湖というヨーロッパで2番目に大きい湖があり、さらにその西には欧州最大となるラドガ湖が共に未だ湖水を残して存在している。

BETAの陸上侵攻を優先する傾向(水を避けるわけではない)からして、ヴェリスクを発したBETA群の一部はそれらを迂回する形でさらに分派しつつ北上するだろう。

 

つまり20万以上のBETAが襲ってくるといっても、一気にその総数が眼前に現れるわけではない。しかし一度会敵が始まれば、そこからはまさに大津波が連続で襲い来るが如くにおそらくは最低でも常時旅団規模5000体を超えるBETA群との絶え間ない戦闘状況に陥る。しかも領域守備の地上戦となればその戦域全体で。

 

 

現有装備でほぼ唯一面制圧を企図できる電磁投射砲は、理論的には99型で3000体以上・01型では5000体以上のBETAをその一斉射もしくは一射で葬ることが可能だが ― 99型の掃射角自体はそれほど広くなく、01型の収束弾も効率的な運用ができなければ無駄な花火を打ち上げるだけに終わりかねない。

そして共に砲門数にも交換砲身数にも余裕はなく、より強力な01型砲については超重光線級出現の可能性を考慮に入れれば支援砲として必要なため迂闊に使い果たすこともできない。

 

挙げ句人類側の事情として、迎撃防衛を担う国連北欧軍に帝国軍は、スカンジナビア東部を南北に貫くソ連国境を越えられない。

 

そもそも防衛に参画した当初の帝国軍には、01型砲を装備した部隊をヴェリスクハイヴ近辺まで長駆派遣し遠間から滞留BETA群に撃ち込んで高効率の漸減を行うという素案もあったのだが、ソ連がそれを認めるはずもなく(また、不用意にハイヴとBETAを刺激する可能性があることも指摘されていたが)。

結局のところ現在に至ってもなお、たとえ緩く粗いものであってもスカンジナビア東部のどこかにボスニア湾と白海を繋ぐ防衛線を形成してのBETA北上を機動封殺する作戦も採り得ない ― もっとも現状それに足るだけの戦力自体がないためお話にもならないのだが、索敵用震動センサーの設置すらも許されない領域が防衛対象たるロヴァニエミハイヴ東150kmあたりからもう始まるのは悪条件といって差し支えない。

 

 

よって元から絶対数にも劣る帝国軍にしてみれば、防衛対象であるロヴァニエミハイヴをごく短時間で要塞陣地化することなど不可能である以上、地下に立て籠もる形で援軍の到着までハイヴ本体 ― なかんずく反応炉とG元素生成プラントを守ろうと考えるのはごく自然の成り行き――

 

 

「閣下、これはやはり…」

「――『誰が故郷を想わざる』か?」

「は…元より北欧軍には忍辱し難いとは思っておりましたが」

「其れに国土回復(レコンキスタ)であったかな。欧州連合の御題目は」

「解放域の再失陥は避けたい、と。…その責は帝国に強いるとばかり」

「そうしたいのは山々であろうよ。だが如何に我等が底抜けの御人好しであろうが、其処まで云われて今後又合力しようと思うか?」

「金輪際欧州には関わり合いになりたくないとは思いまするな。…なるほど、これほどまでの規模の侵攻、散逸したBETA共はスカンジナビアの西端にまで至るやも。亀になって籠もっておればなおさら…さすればこたびハイヴを守り抜いたとて」

「八州の倍の広さよ。再防衛し乍ら其れの再掃討等青息吐息の欧州諸国に敵う仕事かね」

「そこでも帝国の力を欲すると。…どこまでも虫のいい…」

「実際既に連中にも余裕は無かろう。即座に英国が腰を上げる程にはな」

 

ま、それだけではなかろうがとは言いつつ腕組みを解き、高貴の青が漏らした吐息は何処か或いは常以上に冷たく。

 

 

とも有れ掛かる事態に欧州連合盟主国たる英国が、ロヴァニエミハイヴ防衛のためボスニア湾上に配備していた王立海軍が擁するミサイル型含む駆逐艦4隻からなる戦隊に加え、戦力の逐次投入になる事は承知の上で、英本土にて再編中の部隊からの緊急抽出分に加えて本土防衛戦力の一部を引き抜いての2個連隊が増援として急派すると。

 

 

ただそれでも…

 

殿下に成り代わっての軍議の席、沈黙を強いられる冥夜の心はしかし乱れる。

 

 

洋上艦艇からのミサイル攻撃は強力ながら持続性に乏しく、限定的といっていい。

ハイヴ攻略戦時と同じく汚染を考慮して熱核弾頭搭載型の巡航ミサイルを使うことはないだろうし、旅団規模以上の大群に対する面制圧力としては先んじての光線級吶喊など含めて高効率運用が果たせたとしても3回が限度だろう。

 

そして戦場たる此処、スカンジナビア東部は英国本土より2000kmの彼方。

増援部隊が送られてくるにもそれだけの距離ともなればおよそ戦術機の戦闘行動半径を優に超えてしまっている。

 

 

戦術機の燃料推進剤に弾薬含む兵站に関しては国際もしくは欧州規格で共通部分が多く、また設備等もハイヴ攻略戦時以来のものを北欧国連軍が使用してきているため当面の目処はつくだろうが ―

 

まず、増援部隊を自力飛行での「直行便」にさせれば増槽装備でほぼ丸腰にするほかなくなり、到着後に大量の火器類の支給から考えねばならない。

さりとてユトランド・ゴットランド・ファスタオーランド等の陸上拠点を中継もしくは北海・バルト海に展開中の王立海軍が誇る空母クリーン・エリザベス級やインヴィンシブル級を「飛び石」的に運用するにしても、前者はともかく後者については、英海軍空母はQE級で2個小隊の運用が限度と小型であり200機を超える戦術機部隊のバッファとなるのは現実的に不可能である。

また現在スカンジナビア大陸側・ボスニア湾東岸を「掃除」できる状況にないため湾内西よりの洋上を匍匐飛行することが求められ、直線的に最短距離を急ぐことは出来ない。ゆえに全航程共通で搭乗衛士への負荷は相応に大きい。

元来戦術機という兵器は基本的に長距離長時間の飛行を想定しておらず、帝国軍には増槽使用の94式をフェリー飛行させての単独長距離長時間飛行の記録がありはするもののその際の研究結果として、離陸後2時間程度から衛士に疲労が自覚され始めその後直線的に増大する傾向があり、離陸前と着陸後ではアドレナリン・ノルアドレナリン双方が増大していたことから肉体・精神両面へのかなりの負荷が確認されている。

さらに留意すべきはこの先例は非戦闘状況下のフェリー飛行においての報告であり、仮に自律稼働を利用して衛士の負担を軽減するにせよ進軍速度を優先しての強行軍とするには、今回現着後即座に作戦展開が必要とされる状況からしてリスクの高い判断となる。

 

次に各国軍と共に帝国軍も採用しているAn-225・ムリーヤによる空路という手段もないではないがその巨体を以てしてもペイロードは1機あたり戦術機2機と、2個連隊216機もの戦術機を輸送するには108機もこの巨人機が必要になる。

英国ひいては欧州連合軍の同機の保有数は不明だが、BETA大戦での光線属種出現以降は空挺降下戦術自体がそれ以前よりさらに特殊かつ稀な運用法であり、さらには国家の避難先かつ策源地たる英国本土は作戦地たる旧各自国領からそう遠くなく、また大山脈を除けばBETAにより平坦に均されてしまった大陸を主戦場としてきた彼らにとって、遠距離空路輸送力を大規模に整備する必要性があったとも考えがたい。

そして何らかの形で空路輸送を実現するとしても北上してくる侵攻BETA群中の光線属種の脅威を考慮すれば、北のノルウェー海経由でスカンジナビア山脈を盾にしての困難かつ危険な低空飛行となるうえハイヴ最短となる山脈北部で戦術機部隊を降下させてもハイヴ近傍からは300km程度の距離「しか」ない。それはほぼ上限とはいえ光線級の射程内にほど近く重光線級ならば言わずもがなで、降下後に山越えをする戦術機部隊は狙い撃たれることになる。

それを避けるべく山脈の影で降下後に大きく北へ迂回しての進入ルートをとる方策も考えられるが、その場合の移動距離は仮にハイヴまででも600kmを超える計算になりそれでは陸上拠点中継策の最終段とさほどに変わらなくなってしまう。

 

そして残る戦力投射の手段は軌道経由。

だがこれも英国本土には打ち上げ用のマスドライバーがありほぼ弾道となるその航路自体は短くとも、HSST・再突入型駆逐艦への戦術機搭載数は1隻あたり2機とAn-225に等しく多数の同艦が必要となり、空路輸送力と同じ理由で英国はじめ欧州連合は遠隔地への戦力投射手段は限定的なことから保有数での問題に加えさらには排除しきれない使用機器の信頼性の問題が他手段に比しても大きい。

 

 

これら各手段を複合的に利用するにせよ、そもそも英国本土での動員と編成・空港宇宙港への移動と搬入など考慮すれば ―

 

「陸上拠点中継なら各地で給油を挟む都合上でも休止を入れよう。早くて明後日だな」

「長距離飛行で初手から空きっ腹の2個連隊か、備蓄燃料に響かんといいが」

「空挺が先遣されれば…明日中には来るか」

「英国御自慢の特殊部隊はたしかに強力だろうが、BETA戦は数だぞ」

「だが軌道輸送でも駆逐艦をかき集めるに3日はかかろう。順次発進させるにせよ…」

「やるかそれを。まるきり逐次投入の愚のお手本ではないか」

「いずれにせよ最低2日はあの数相手にほぼ現有戦力のみで、しかも野戦で応じろと?」

「馬鹿な、よしんば踏み止まれはしても領域防衛など到底叶わん」

 

幕僚らが机上の作戦図を見つつ口を開くも、打開策は見つからない。

 

「それにその英軍の2個連隊が額面通り来援したところで…」

「BETA共はこの数だ、おまけにヴェリスクからは未だ湧出が続いていると」

「かつての欧州劫掠の折には同規模群が各ハイヴから恒常的に溢れていたそうだしな」

「混乱のせいで詳細な数は不明とはいうが…5年前本土を侵した奴らも似た規模だった」

「あの時は甲16・20合計で25万程度予想が実際はその倍だ、今回もどうなるか解らんぞ」

「…まさか、再び拡大期が来たというのか…?」

「だとしても20年前とは違う。装備も、戦術もだ。先人を軽んじるわけではないが」

 

いやむしろ、今よりはるかに性能が劣り数も少なかった戦術機で。

他通常兵器の支援があったとはいえ、まだ未解明点も多かった異星生物に対してあれほどまでに抗った欧州の先達らの奮戦はまさに驚嘆に値する――し。

 

「よもや我らなら不可能ではないと踏んだのか?」

「ふん、だとすれば買い被りだとは言い辛いな」

「そう思わせて使い潰すつもりなのやもしれん」

「冗談ではない、あたら無闇に兵を死なせることになる」

「まして北欧国連軍は定数割れも良いところなんだぞ」

 

 

今この戦域で帝国軍と轡を並べるのは北欧軍によって構成される国連軍。

彼らは額面上こそ2個連隊とされてはいるが先のロヴァニエミハイヴ攻略の前哨戦たるスカンジナビア西部掃討からの消耗に加えて、ハイヴ前地上制圧その最終盤での重光線級群殲滅戦において中核となる精鋭らを多く喪失していた。

また彼らの母国たる北欧諸国は元々の国力自体が大きくはないため戦力の補充や回復は容易ではなく、ハイヴ戦から半月程度でその目処がつくはずもない。

 

 

「なんにせよ根を絶てないうえソ連側領域も封鎖できないとなれば出血を強いられ続ける」

「それで援軍到着までに我らがすり潰されておればそれこそ逐次投入の愚だな」

「だが北欧軍に欧州軍はまずはどうあっても地上戦を選ぶと…」

「…我らの籠城策を強行すれば彼らを見捨てることに。さすれば――」

 

歴戦の幕僚らから言葉を継いだ、この場では最年長でもあり壮年も過ぎようとする第1連隊長はちらとも視線を寄越さなかったが。

 

将軍の顔に…泥は塗れぬと……

 

冥夜は反射的に唇を噛みそうになるのを堪えた。

 

 

今の今から離脱をすれば、兵らの士気は瓦解する。

臆して逃げたと諸外国にも喧伝されよう。

 

 

日本を離れて遠い北の地で身命を賭して任務に励む兵らに、何某かの力添えでもと足を運んだつもりがとんだ勇み足。

婉曲的には彼らに戦いを強いることになりはしたとて、まさか直接的に退路を塞いで死地に留まらせる一因となろうとは。

 

然し…思い返せば…

 

姉上 ― 否、殿下が抑抑、この帝国軍の欧州派遣に引き続く形での北欧戦線への助太刀には否定的で在られた事は畏れながらもお察し申し上げていた。

 

 

軍部はここ数年の激戦により摩耗した軍の現状と、本土近辺では北は対ソ警戒に南のアジア連合支援・さらに朝鮮半島38度線で中ソとの事実上の睨み合いという帝国がおかれた情勢下から、欧州の苦境は当然知るところであれば国際貢献自体は吝かでないにせよハイヴ攻略に引き続いての防衛任務などといわれても、当初派遣戦力以上の増派はかなわずゆえに作戦遂行能力は限定的だと念を押したそうだが ―

 

先の大逆未遂事件で非業の死を遂げられた榊前総理より政を継いだ現内閣は、元がその辣腕宰相の足下を固めるべく党内国会内での調整能力を買われて集められていた面々。彼らとて必ずしも能力が低くはないのだろうが予想外の事態による急遽の登板ということもあり、内政面ではやや腰砕け気味なうえ外交では明らかに弱腰傾向。

 

派遣部隊での外地での奮戦が伝わるにつけ「ス肩比ニ国米ビ再ハ國帝 戦作持維和平ノデ陸大」などとの過熱気味な報道に再び煽られがちな世論、悪い意味でそれを気にして兵の引き時を決めかね。

また脅し賺しに泣き落としなどは朝飯前の欧州連合外交部の手練手管に抗すべくもなく、欧州ノ天地ハ複雑怪奇ナリと半ば自国の我を通すための努力の放棄を暗に示したかのような言い様まで聞こえてくる。

 

そんな現内閣では、気づけばなし崩し的に帝国軍がほぼ単独で新たに形成されたスカンジナビア防衛線の最前面を担うなどという事態になっており、これには今般軌道降下兵団が所属する航空宇宙軍をも指揮下に置く本土防衛軍を統括する帝国軍参謀本部も話が違うと頭を抱えた。

 

だが一方で軍部は、先年、近代以降4件を数えるのみの大逆事件の犯人を現役の軍人それも生え抜きの精鋭たる帝都防衛師団から出すという前代未聞の不祥事をしでかしていた。

しかも大逆を主導しまた荷担した帝都防衛師団は帝国軍きっての精兵であったはずが、その彼らが装備に差があったとはいえ斯衛軍によって撫で斬りにされ揃って取り囲んでいた帝都城に屍をさらす始末ときては、軍の威信は文字通り地に落ちたといっていい。

そして本来なら結果としては未遂に終わったとはいえこの震天駭地の大不祥事の責任を取り、参謀本部総長次長をはじめとして本土防衛軍指導部のすべてが更迭されてもおかしくはないところを、実際には首謀者を出した帝都防衛師団の幹部将校らの処分に留められ ― 言葉を飾らずいえば、見逃してもらっていた。

これには当時目前に控えた甲20号攻略とそのための実務能力を備えた人員の不足という事情はあったにせよ、大逆犯鎮圧において出御遊ばされ御自らその意と威とを示された殿下の「過剰な連座の責は問わぬ」との御意向を掲げた政威軍監と、それを追認した形の政府に救われたに等しく…結果、軍は両者に対して大きな借りを作ることになった。

 

疲弊した戦力と組織の再建が目下の大命題たる帝国軍にとって良好な政軍関係はいま欠かすべからざる事項であり、また誅殺と称して政府首班を斬り殺し名実ともに文民統制を蔑ろにした大罪人を出した直後に強硬な姿勢を見せるのも得策ではなく――

 

そしてまたそんな状況下で、高い国民人気に支えられながらもその統帥権がまた文民統制の名の下に帝國政府の決定を追認するものにすぎず、しかしそれをよしとされている殿下が、だが斑鳩公よりの帷幄上奏がある迄黙然と文箱に向かって居られたのは。

 

ともすれば衛士のみならず支援要員も含めれば優に千を越える派遣部隊の臣民の生命を徒に喪う事になりはせぬかとの宸憂から、暗に不服をお示し遊ばされんと御製を詠まれるべきかと悩まれていたのでは無いだろうか。

 

 

それを…浅知恵ゆえの軽挙妄動だったと…云う訳だ…

 

影たるこの身に、元より何らの選択権もないとは云え。

少しばかり刀が振れて、戦術機を操れるからと増長しては居なかったか。

民のため國のためだと。しかしてそれを口実にしたのではないだろうか。

宸慮を忖度し得ず、自覚せぬ間に肉親の情に甘えて己が分を見失っていたのでは。

そんな己が重石となって、散る必要のなかった命を散らせてしまうのではと。

 

極力表情を消しつつも。冥夜は俯きたくなるのを漸く堪え、が――

 

「――フム。然しな連隊長」

「は」

「元より我等も軽々には退けぬのよ」

「たしかにここで戦わずして退くというのも…、…御心中をお伺いしても?」

「構わぬよ。なに、今欧州連合に沈まれては少々困るのでな」

「…確かに。欧州とは利害の衝突がございませんし、BETA禍のみならず対ソも鑑みれば」

 

連隊長は政威軍監の胸襟に触れ得、

 

「そして先々も期すれば……かの超大国と一対一では抗し得ませぬ」

 

 

それが人類統合軍などという夢物語とはかけ離れた、現実の話。

いかに友邦であろうとも、万が一の備えは欠かすべきではない。かの国内部で再び強硬派が発言力を得、今以上に帝国を対ソ対BETAの盾にすべくおびやかして来ないとも限らない。

 

欧州連合は ― というより日本以外の列強は、基本的に他国を信用していない。このおそらくは開闢以来最大の人類全体の危機においてなお。だからこそたとえ友邦相手であろうと、種々の工作を用いることを厭わない。

 

だが、なればこそなおさら、少なくとも戦陣に立つ帝国軍は、毅然たる一面を彼らのみならず世界に対して示す必要がある。

 

人に教ゆるに ― 行を以てし、言を以てせず、事を以てせず。

そして武士道と云うは――身を殺して仁を成すもの也と。

 

 

そうして聡く察した連隊長に、青の貴人はそうだと応えてゆえにと継いで。

 

「すまぬが貴官等は此処で死んでくれ」

 

――!

 

そう、さらりと告げられたその斑鳩公の言葉に。

しかし固まったのは、冥夜だけだった。

 

「――は。元より承知しております」

「まあ、よしんば籠城となったところで」

「そうですな、防禦を喰い破られればどのみちそうなります」

「いずれにせよ、この一命で能うならば」

 

いや他の皆とてほんの刹那の空気の硬直、だがその直後には、連隊長はじめ幕僚らは首筋をさすりながらの諦観と共に ― 戦意を漲らせた。

 

皆が揃って伸びた背筋に整った軍装、しかし皺が目立ちはじめた面差し達に迷いは無く。

 

 

参謀本部や、陸軍の本土・大陸派遣両軍の戦力を吸収した本土防衛軍の上層を除けば、帝国軍には高齢の高級軍人は多くない。

日本がBETA大戦へ参戦したのは91年と早くはないが、アジア大陸を東進するBETAの攻勢を止められなかったその後の10年足らずの間に世界有数の激戦区と化した。

とりわけ98年夏のBETA本土侵攻以降立て続けに国内に2ヶ所のハイヴの建設を許すなど敗色の濃い戦況が続く中で、旧陸軍航空隊由来の指揮官率先の伝統を持つ帝国軍衛士は佐官級の軍人が前線で戦死することが珍しくなかった。

 

また軌道投入のコスト面から1グラムでも軽くし同時に無駄を省くことが奨励される降下軌道兵団においては、文字通りに最後の一兵まで戦える体制とすべく連隊の長に幕僚らもまた衛士。

そして有事には帝國最後の護りともなる帝都防衛師団、この欧州派遣に際してそこから抽出されてきた者らもまた同じく戦人たるを良しとする精鋭。

 

 

「重慶から光州、京都に明星そして甲21から20までもと生き恥を晒して参りましたが」

「この北のハイヴを枕に討ち死にするなら、まあ、悪くはありません」

「おお、長いこと九段で待たせた同期らにも笑われずに済みそうだ」

 

 

紆余曲折を経て、26年前制式化したF-4J 撃震。

既存の兵器とはまったく異なるこの鉄の巨人を手足とすべく、当時既に軍務に就いていた彼らは死に物狂いでその習熟に勤しんだ。

 

そして先達を失い友を見送り。

部下に先立たれてなお歯を食いしばって帝國を ― 日本を守り通してきた護国の(さむらい)

 

 

「我ら先任を差し置いた巌谷の阿呆への土産話にもできますな」

「ですが若すぎる連中はなんとか国に帰してやりたいものです」

「それをするのが我らの仕事よ」

 

 

そう口々に云う武人たちを見回してから、連隊長が貴人たちへと向き直り。

しかし畏れながら、と口を開いた。

 

「どうか殿下と閣下に於かれましては、皇軍の武運拙き折には何卒落ち延びられますよう」

「!」

 

――逃げよ、と…申すのか…

 

自分たちを捨て石にして、生命を繋げと。

覚悟の程は同じとは云え咄嗟には言葉を失い眼を反らさぬのがやっとだった冥夜を置いて、

 

「応。遅れてのこのこ九段の坂を上って、先立つ貴官等に雑用を命じられたくはない故な」

「ははは、万が一にもそうなれば雑巾がけからこき使いますぞ」

「そうそう、それがおいやでしたら我らが閣下と判らぬほどまで齢をお重ね下さい」

 

 

彼らはそう朗らかに、そして爽やかに笑い。

 

 

「帝国を――日本を、お頼みしますぞ」

 

 

男達の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力出撃となる。

 

 

薄暮の夜明け。雲間から差すその日の陽は妙に赤く、白夜の平原を切り取っていた。

 

明確な境のない夜と朝との狭間を知らせてくれるのは、網膜投影に浮かぶデジタル時計。

黒基調に暗紫色の特殊保護被膜の帝国軍99式強化装備に身を包む衛士らは、それぞれの乗機の中でその時を待っていた。

 

 

物資に人手、そして時間が許す限りの用意はした。

 

スオムッサルミの駐屯地は放棄。

夜を徹して人員及び装備をロヴァニエミハイヴへと後送し陣を構えた。

否、正確には、同ハイヴ攻略戦時より海路輸送され運用されていた30両ほどの87式自走整備支援担架に加えてその他支援車両は、駐屯地からハイヴまで200km超の距離を陸路移動し終えたばかりでこれから引き続きハイヴ近傍の地上に簡易とはいえ拠点とすべく設営作業が始まるところ。

 

さらにハイヴ後方100km地点へ予定を早め軌道から投入された本土からの補給物資を受領。

糧食やらはすべて後回しにし、戦闘に関連する物資のみを補給コンテナから引っ張り出す。

 

長刀。短刀。突撃砲に交換弾倉。

 

さらに携行型S-11が10発。

これは主に籠城作戦となった場合に地下茎構造の爆破に使われる見込み。

 

そして各型電磁投射砲用交換砲身。

各大隊につき2門配備全12門の99型電磁投射砲用が既存と合わせて64本。

同1門ずつ全6門の01型用は15本。特殊用途の03型用は全4門に対して2本ずつの8本。

 

帝国の薄い財布を考えれば現在本土で出来上がっているものはほぼすべて送られて来たに等しく、政威軍監よりの火急の要請に応じた形ではあるものの、先般の交戦により得られた知見をも含めて開発が進む対超重光線級の切り札になるとされる零式改・超水平線徹甲弾は試作品も間に合わなかった。

 

 

そうして一旦退いた帝国軍は、籠もって固めるのではなく縦深を活用すべく打って出た。

 

ハイヴ東は北欧国連軍に直掩として委ね、自分たちは100kmほど南へ。

そして開いた扇形に陣を散らしてボスニア湾沿岸からソ連国境までを睨む。

 

軌道降下兵団由来の第1連隊の装備機は主に89式が100機。

帝都防衛師団由来の第2連隊の装備機は主に94式で103機。

そして御座乗機に御麾下隊と遊撃斯衛隊で00式が計31機。

 

全機が特殊装置・XM3に換装慣熟済みの、日本帝国が誇る精鋭ら。

 

 

「…」

「…」

 

軽口を利く者は既に居らず。だが怯えて逃げ出す者も居よう筈が。

すでに ― かねてより埋設されている駐屯地南150km地点を中心に許される範囲で東西を見張る震動センサーの数々からは、大地を揺るがす地響きが警報となって伝えられて来ている。

 

そして――

 

「――来たぞ!」

 

その警告は誰が発したか。

やや雲が多い空の下、不吉に赤い曙光を帯びて地平の彼方に最初は小さく浮かび上がる黒い影 ― 人類に敵対的な地球外起源種・BETA。

 

地球上のほぼすべての生命体より巨大なその体躯、体高16mの砲弾型の異形。

時速100km/h超で爆進してくる突撃級の群れが泥濘混じりの土煙を上げて迫る。

 

「照明弾!」

「連隊、いや旅団規模――ッ」

「突撃級だけでか!」

「総数不明、計測不能!」

「泡食ってんじゃないっ、手順通り行け!」

突撃級(イノシシ)はやり過ごして尻を貰うぞ!」

「投射砲はまだ温存だッ、装備機は逸って前に出てくるなよ!」

 

鶴翼から素早く散開する帝国軍機、しかし突撃級群の陣容は東西にも長く。

焦ったか数機の89式が高度を上げかけ――

 

「予備照射検知ィ!」

「馬鹿高度を下げろッ!」

「第1級光線照射危険地帯警報っ!」

「クッソなんで前衛に光線級(出目金)が混ざってる!?」

「掃討漏れだろこん畜生、大盛りの連中とは別口だ!」

「準備に駆けずり回ってそれどころじゃなかったよっ!」

「…CP、照射地点送れ」

「了解お待ちを…、送りますっ、どうか、中尉、お願いします!」

「…了解」

 

後方から。

 

東西へと分かれゆく友軍機の列さえ過ぎて低くそして迅く。

滑り出した黒の1機が迫る暴虐・突撃級群へと直進して突っ込んだ。

 

それは目指す指定地点への最短距離、地を這う高度で目まぐるしくも小刻みに角度を変える跳躍機の青いジェット炎にて鋭角の軌跡を描き四肢をも使って機体を捻り。

さらに時には交錯する突撃級の装甲殻上部に手を突き最低高度で飛び越えながら、乗機00式C型のセンサーが予備照射を検知するより先に機を沈めに入って遠く20km先から狙い放たんとする光線級にけしてまともには撃たせない。

そして両の主腕に沿わせた逆手の74式長刀でその機動のまま行きがけの駄賃にとすれ違いゆく突撃級の片側3脚を斬り裂けば、痛覚とてないBETAは半ば断たれた自らの足に気付かず爆走を続けそして自重と走行の負荷に耐えきれなくなったそれらが千切れ飛ぶや大地へと片腹を打ちつけ擦り、続いてその運動エネルギーのままに横転しつつ周囲の同種を巻き込む形で吹き飛んでいく。

 

「凄え!」

「相変わらず無茶苦茶だなあの大将…っ」

「ざまみろクソBETAぁ!」

 

まだ1発の砲火も発していない帝国軍機、しかし押し寄せる突撃級群のただ中にその突進ゆえとは異なる理由の土煙がいくつも上がり、同時に横転・衝突・止まりきれず乗りあげた突撃級が次々に宙を舞う。

そして突撃級はその強固な外殻に強靱な生命力ゆえ浮かび上がって叩きつけられようと同種と衝突しようとも容易には絶命しない、同士討ちをしないBETA共はそれがために大規模な山津波そのままに押し寄せる後続群は、横倒しに転がり仰向けにもがく同種を避けるべくいっそ機械じみたといっていい同調性で揃って強引に進路変更をかけ――二手に分かれた。

 

「突撃!」

「了解!」

 

その空隙を逃さず、黒に続く形で後方から低空を滑るは12機の牙。

躊躇する素振りすらも見せずに対向する突撃級の大群にそのまま突っ込み長刀を振るい火線を伸ばしてBETAの大津波をさらに斬り開いていく。

 

「第1連隊各機は所定の作戦行動を続けられたし」

「了解。斯衛の助力に感謝する、各部隊は展開急げ!」

 

 

広大かつ平坦な戦域、突撃級など戦術機の敵ではない。

 

ただしそれは、単体もしくは少数 ― いや、対処可能な数であれば。

 

 

最初期に接敵する突撃級群にはいったんの突破を許すことを前提として、防衛対象たるロヴァニエミハイヴを中心に円弧を描いて設定された防衛線は300km超。

 

すなわちほぼ戦術機のみで構成される防衛戦力・1機あたりで1km近くを守る計算になる。

無論通常は単機戦闘などすべくもなく敵BETAの数も莫大であれば4機1個小隊での行動ですらリスクが高く、ならばと中隊単位での作戦行動となれば受け持つべき戦域は差し渡しで10kmを超える。

 

 

「くそったれ! キリがねえ!」

「まだ2時間しか経ってない、冗談きついぜ!」

 

夜は明けた。しかし曇天。

暗灰色の89式の中隊がオレンジのセンサーを光らせながらFE-100を噴かし突撃砲を撃ち放つ。

 

左右散開、交差前進からの背撃。

ただ対突撃級のセオリーの繰り返しとはいえ。

 

切れ間なく伸びる劣化ウランの火線が1300m/sで無防備に背部をさらす突撃級群に突き刺さり、しかし首尾良く絶命させても残る運動エネルギーのままに滑り転がるその死体が遮蔽になって次なる獲物に取りかかるまでにも時間を要する。

 

「残弾2割ッ」

「こっちもだ!」

「CP、こちらオスカーリーダー、補給後退まで300支援を乞うっ」

「CP了解、CPよりヴィクターリーダー。オスカーの支援へ回れ」

「ちょっと待ってくれ、まだこっちの牡丹鍋を食べ切れてない」

「オイオイ帝都の衛士サマはお上品だな! 急いでくれ、俺たちゃ玉袋が小さいんだぜ!」

「度胸自慢の降下兵がよくも言う」

「おっと臆病だから生き残ってんだ、言うだろ小心降下兵(チキン・ダイバーズ)ってなあ!」

 

米国機F-15の改修機たる89式陽炎はその膝部に予備弾倉もしくは短刀を格納するが、その容量は94式不知火に比して小さい。

片脚につき左右2・計4ヶ所の収納部をすべて87式突撃砲用36mm弾倉にすれば8本携行できるもその場合は120mm交換弾倉及び短刀が持ち込めなくなり、同様に120mm弾倉は最大4つ短刀は最大4本と予備兵装にも取捨選択が必要になる。

 

兵站及び総体としての戦力に余裕があり寡兵での戦いをある程度考慮せずに済む米軍ならば問題にはなり難い点が、この戦況では弱点として露呈する。

 

 

だが暫時交代用の予備兵力などあるはずもなく。

 

辛うじてそれに近い斯衛部隊は遊撃即応火消しにと始終戦域を駆け回り ― 先鋒をも担う。

 

 

「ホワイトファングリーダーより斯衛各機へ。長丁場になる、留意せよっ」

 

眼前を高速で過ぎゆく突撃級の外殻 ― その壁と壁の間をすり抜けて。

 

だが凄まじく多い。まだ群れの終点が見えない。

素直に交差中の攻撃を諦めて唯依は突破に専念する。

 

若葉組にはまだ不安が残るも既に言っていられる段階になく。

現在の戦線から南へと突出しての、古参機らを直後に伴う突撃行。

 

「極力近接戦は避けろ、関節部温度に注意。機体を労れ、不調を来せばもう出られんぞ!」

「了解!」

「英海軍補給小隊との二次邂逅まであと3600っ」

「最寄りの輜重地点確認、送ります!」

 

その堅牢性は折紙付きの頗る付きだが兎に角整備修理に手間がかかるのが00式の泣き所。

被弾に限らず過稼働等でも不具合を出せばその時点で脱落となる。

 

そして武器弾薬に燃料程度は戦域各所に補給コンテナもしくはそのまま裸で放り出してでもざっくり準備をした上に、斬り込みを担う少数の斯衛部隊に対してはボスニア湾の英海軍空母の所属機らが給油用に増槽を背負い海岸線まで来てくれるが――

 

戦闘薬(モダフィニル)が効いているとは云え…っ

 

疲労感はなくとも疲労をしない筈も無く。

自覚せぬ間に鈍る剣筋、気付かぬ間に緩む機動。其処を見誤れば即・死に繋がる。

 

人は無限には走れない。よく鍛えている者でも無酸素運動なら1分足らず。

そして集中力の持続時間も90分程度が限度とされる中、既に戦闘時間は4時間を超えた ― つまり。

 

「もうじき中衛共が来るはずだ、震動センサー網はどうなってるっ」

「まだ6割方は生きてますっ、ですが『足踏み』が多過ぎて総数が…震度4!」

「ハイヴ東の北欧軍から支援要請!」

「連隊規模の突撃級群に抜かれました、後続多数につき追撃不能と!」

「ちぃ…! 真壁大尉!」

「任せよっ。焔狼共、転進だ! 全身全霊で武名を刻め!」

「了解っ!」

 

唯依の網膜投影の視界には舞う土煙に噴き上がる土塊、すれ違う突撃級の異形に通信窓に浮かぶ仲間達。別行動で戦域北東部に展開している赤が率いる若武者らもまた動いている。

だが左上の電探とその下の戦域図は広域に切り替えればBETAを示す赤の輝点で満たされてしまい殆ど意味を成さない――

 

「! 11時方向に要撃級確認ッ!」

「来たか、――!!」

 

反転追撃をかけて突撃級を葬っていた唯依は味方機よりの報に愛機の機首を巡らすも――刹那、その余りの光景に言葉を失った。

 

 

望遠の視界、曇天の下土煙を捲いて異星種の大群が迫る ― それは変わらない。

 

だが――見はるかす地平、ほぼその総てがBETAに埋め尽くされて。

 

 

「な、んて…数……!」

「くッ…、此方遊撃斯衛第2中隊、戦域南部一帯は異星種の為大地が見えない!」

「こちらCP、今何と!?」

「BETAが八分に大地が二分ない! 師団規模だ、解ったか!」

「りょ、了解!」

「東側のソ連国境からだ、投射砲部隊の展開急げ! 我々は所定の行動を――」

 

操る山吹の00式に突撃砲を握る主腕を上げさせ隊機の統率を図る唯依の網膜投影、その右端から敵群へと地を這う高度で疾り征くはロケットの赤い尾を曳く漆黒の影。

 

「…こちらホーンド03。光線級を捜索撃滅する」

「応、ホーンドリーダー了解。中尉、長槍隊の花道を造れ」

「…了解」

 

未だ動かず遠く本陣で督戦中の大隊長・政威軍監の許可と指示の侭に。

 

「思うように埒を明けよ ― 我等が八咫烏よ」

 

 

そう、記紀に曰く。

 

武家の頂点たる摂家 ― その棟梁が皇祖の先触れたる金鵄ならば。

 

皇師に先駆け戦場の霧を斬り裂くのは黒い翼の大鴉。

 

 

「…」

 

黒の00式が紛れていた突撃級群から飛び出して中衛へ向かえば数秒中に襲い来る数条の死の光線、しかし描いた稲妻の軌道で回避 ― 光線を、ではなく射線上に要撃級を入れ ― 、そのまま一切の躊躇すら見せず万を数える異星種の群れへと飛び込んだ。

光線級は歩行もしくは走行中での照射はしない、そして進軍中は多くの場合数体から十数体の規模で固まることが多い。ゆえに時速60km/hで爆進するBETA群中地上高3mの光線級が数体同時に立ち止まれば同程度の全高しかない戦車級は避けるほかなく。また巧くすれば跨いで上を通れる要撃級とて、光線級らの上を通るその瞬間は照射をさせぬ遮蔽物。

 

狩人と化した黒い鬼神は逆手に構えた74式長刀を両の主腕に添わせる形でその鋭い機動のままに通りすがりのもののついでと要撃級の尾節を次々に刎ねては斬り飛ばし、赤黒い濁流が如きの戦車級の奔流がわずか分かたれ滞る場所を見つけて迫る。

そして地に擦らんばかりの低空飛行からさらに捻りを加えて螺旋の如く、わずかも動きを止めることなく小隊規模の光線級をその付近の戦車級もろとも跳ね飛ばしながら00式の肩部腕部に腰部に脛部、そして爪先踵の超硬炭素刃で微塵に斬り裂いた。

噴き上がる血煙に飛び散る肉塊、蹂躙を終えた黒の00式が飛び去る背後で寸断された幾本もの人体めいた光線級の両足が宙を舞う。

 

「…次だ」

「中尉、飛ばしすぎるなよ!」

「…解っている」

 

同じく突撃行に移りゆく唯依の警句は念押しに過ぎず。

 

 

斯衛の中でも特異を極める彼の闘法、其れは一重にBETAを狩る業。

 

背負いし双砲はおおよそ背後を守るためのみ。何故なら携行弾薬には限りがあるゆえ。

そしてまた近接戦闘兵装という大質量を主腕で「振れ」ば、如何に練達の剣士が手首に肘部に肩部にと各所にその衝撃を分散させても機体関節への負荷自体は避け得られぬ。無論生半の衛士が扱うのとは天と地の差は有れども戦術機という機械の限界は超えられない。

 

ゆえに ― 黒の双刃が剣の本質はその「機動」。

 

主腕部の関節は基本固定しその超絶にして精緻な機動にて正に機体を刃そのものと化し、絶対多数・斃しても斃しても押し寄せる異星種を推進剤の続く限りに討ち続けんが為。

喩え敵中孤立し援軍どころか撤退の目処すら立たぬ状況下でも、命ある限りにBETAを斬り続ける為の――

 

 

加えて表示される彼の脳波も脈拍も呼吸数も軽い運動程度とは、あの機動の負荷からしても十分過ぎる程平常に近い。

 

一体どう云う神経をしている…!

 

其れは驚嘆でもあり気丈夫でもあり。

 

唯依とて正直をいえば八割方は、此処が死地になると思っている。

心残りが無いとは云えぬ未熟さなれど、其れを言い出せば切りはなく。

 

 

そして恐らくあの殿下は御本人ではあるまいが ― 姿形は瓜二つ、加えて声音に口調・立ち居振る舞い歩み方に至る迄実に堂に入った役者振り乍らあの長刀の振りを見れば一目瞭然。

 

だが雲上には雲上の企みがあろう。

況して戦陣にあらば唯役目に殉ずるが斯衛の依って立つ処。

 

 

列機を率いて敵中に躍り込む唯依もまた揺るぎない。

何にせよ、御指南役を務めていた彼の中尉が気付いておらぬ筈も無い故に。

 

 

彼が云わぬのなら私も云わぬ。それで良かった。

 

ましてこの先彼が西独逸等へ取られてしまうやも知れぬなら、此処で一緒に死ぬのも佳い。

 

 

然し八咫烏とはな…言い得て妙な。

 

 

濃霧立ち籠める宇須比坂にて、其の大鴉に出会いしはいにしえの勇者。

 

その武傑こそ、神州最古の英雄――日本武尊。

 

 

その伝承といい、そして彼の名といい。

上古の時代とは云え皇統に並ばれる方ゆえ斑鳩公も敢えて口にはされなかったので在ろうが、この戦域にてあの通信を耳にした者は誰しも思い浮かべたであろう。

 

自在に戦場を翔ぶ00式C型が八咫烏ならば ― それを操る彼の衛士こそはと。

 

 

だが ― ああ、そうか。それならば。

 

彼がああまでして戦い続けるそのわけもまた。

唯依には今、不思議に腑に落ちて。

 

近しい者を殺されたがゆえの復讐なのだと、己に近いとそう漠然と捉えていたのが。

しかして彼が喪ったのは肉親、近親、そして友人。だがそれだけでなく。

 

 

その黒翼で斬り裂き撃ち抜き屠り続けて。

累々と積み上げたBETAの骸、血煙に閉ざされたその頂の上で。

 

前からずっと、今この瞬間も、そして或いはこの先永劫に。

 

 

吾嬬者耶――

 

 

彼はそう、哭き続けているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々ありがとうございます

またしても冗長になってしまいました

戦術機って、速度や航続距離がはっきりしないところが困るというかミソというかw
あんなん絶対長距離飛ばないよなあとか言い出しますと、そもそも空を飛べるということ自体がアレなのでさじ加減がなんともはや

でも人型兵器にはロマンがありますよね! …ロマンしかないともいいますかw
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