Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 24

 

 

発 日本帝国欧州派遣軍司令部

宛 欧州連合軍在斯干的那維司令部

 

 

本日払暁ヲ期シ 人類ノ必勝ト芬蘭ハイヴノ安泰ヲ念願シツツ防衛戦闘ヲ敢行スル

特ニ本ハイヴヲ防衛セザル限リ斯界永遠二安カラザルニ思ヒ至リ

縦ヒ魂魄トナルモ誓ツテ帝國ヲ守護シ人類ノ捲土重来ノ魁タランコトヲ期ス

 

我ラ一介ノ武弁ニシテ政客ニアラズ 為レバ身ヲ以テ北欧ノ防波堤ト成ラン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

バルト海・ファスタオーランド前線基地。

 

夕食時の士官食堂の空気は当然いつもと違っていた。

欧州連合軍の練達の衛士ばかりが集められたこの基地でさえ。

いや、だからこそこれは、浮き足だっているのではなくて臨戦態勢に入ったがための緊張感。その中に身を浸す軍服姿のイルフリーデ・フォイルナー少尉は、結い上げた金髪をひとつ揺らした。

 

「さすがに落ち着かんな…」

「できることはありませんわ。部隊は半壊したままですし」

「補充の話も…どうなったのかしら」

「…本当に余裕がない、か…情けないがそれが現状だな」

 

同期かつ代えがたい僚友でもあるところのヘルガローゼ・ファルケンマイヤー、ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉と共に入ったのはすでに馴染んだビュッフェ式の食堂。

 

 

昨夜飛び込んできた、ヴェリスクハイヴを発した大規模BETA群侵攻の報。

そしてなんの巡り合わせか今現在、欧州連合の希望・ロヴァニエミハイヴを護り固めるのは遠い極東から来たサムライ達。

 

ゆえに今朝早くにはこの基地からも、DANCCT参加部隊中最大勢力であるところのイギリス軍2個中隊がそのライトグリーンのEF-2000を駆り飛び立っていった。一路、北へと。

 

 

だが栄えあるツェルベルスにドーバー基地群司令部から与えられた命令は、他加盟国部隊と同様現状任務の続行。

そんなわけで、定時となる夕食時間であっても元から広さはあるうえイギリス軍が抜けたせいもあって食堂内に空きテーブルはすぐ見つかった。

 

セテ・プレ・セ・エ・リバ(ここいい)?」

 

そしてイルフリーデたちが座ってほどなく。

あえてかわざとか意識してか、母国語で声をかけてきたのは際立つ短躯のフランス軍士官ベルナデット・リヴィエール大尉。

西ドイツ軍の機能優先のパンツァーヤッケ、そんな無味乾燥な黒い軍服に対してやや装飾的とも見えるキャバルリィ由来のフランス軍の軍服に身を包んで。

 

その仏軍大尉にメグスラシルの娘たちが三人揃って無言のままにどうぞと席を勧めたのは、彼女が後ろに金髪の部下二人を従えて食事を載せたトレーを持ちつつもそのつり上がり気味の大きな瞳にややの苛立ちを秘めていたからと。

だからこそ、自分たちの中でもあちらこちらに「お友達」が多くて耳が早いルナに情報を求めてやって来るだろうと思っていたから。

 

「なにか聞いてる?」

「多少ですけれど。知っていることでしたらお話できますわ」

モン・プティ・ルー(ああ私のオオカミさん)、話が早くて助かるわ」

 

食べること飲むことに喋ることまでその小さな口に強いながら、ベルナデットはその口調がざっくばらんでも食事の進め方は行儀がよい。

 

「会敵からもう12時間以上? になると思うけど。戦況はどうなってんの」

「情報は錯綜していますが、戦闘が続いていることは確かですわ」

「あっけなく飲み込まれたわけじゃないってことね…援軍は?」

「御存知の通りイギリス軍が動いています。ここを発った部隊もボスニア湾上の空母を足がかりにして到着済み、作戦行動を開始しているかと」

「2個中隊ぽっちじゃ話になんないでしょ、ジョンブル連中はその気ンなりゃ給油用の増槽抱えた機体をリレーさせてでも作戦機送り込むくらいのことはしそうだけど」

「それだと給油機が何機必要になりますの? この状況下では単機もしくは数機を増援に追加したところでポーズにすらなりませんしむしろ逆効果ですわ」

 

イギリス軍に「ザ・シャドウ」のような規格外の衛士が5人10人といるならいざ知らず、とのルナの言を聞いたベルナデットもたしかにアイツは敵陣に放り込んで炸裂させる対BETA爆弾みたいなもんねと同意を返すも、

 

「だいたい指揮権統一してない状態で防衛戦闘なんて国連はまた機能不全ってわけ?」

「西側の意思すらまとめきれていませんもの」

「ああどうせウチの政治屋連中がコミー共の次くらいに問題児扱いされてるのは解ってる、ここで袋叩きにされないのを感謝すべきかしら」

「ウニオンは加盟国同士のもめ事には慣れっこですわ、いつものことかと」

 

しれっとしてカトラリーを扱うルナはさして大食ではなく。

小さくした料理を楚々たる手つきで口へ運ぶも、流れ出す言葉にはやはり棘。

 

その言い様に同席するダンベルクール少尉が居心地悪そうにしたがそれを気にしたのは隣のエイス少尉だけ、他の皆は意地悪でなく気遣いからあえて触れはしなかった。

 

 

先の大戦以降も、明確に西側陣営に属しながらも核の独自開発に拘るなどわりに独自路線を行くことが多いフランスはなにかと話題の種になることも多い国家で。それはBETA大戦においても変わらない。

今回もまた国連の場で、言葉を飾らずいえば臆面もなく自国の利益を主張して、リヨン東防衛線からの戦力抽出を断固阻止すべく立ち回っているという。

 

 

「指揮権といえばつい先ほど仄聞した限りですけれど。ライヒは当初『オペラツィオン・イオートー』を提案したそうですわ」

「イオー…、ああ。…、……本当それ?」

「だそうですわ」

「…いや…成程そうか、そう来て…いや、まさか」

「日本人はナニ考えてんの…」

 

イルフリーデには聞き慣れない固有名詞、だがベルナデットは記憶の底を探って思い当たって、その後瞬間の納得から逆に唖然としたような。

同様にヘルガも思考を巡らしては自問自答するかの如く。

 

「ルナ…」

「ライヒはマリーエンブルクをやろうとしましたの」

「……、ああ」

 

それははるか昔、ドイツァ・オルデン栄光と没落の軌跡の一節。

攻囲側との6倍の兵力差に耐え抜いて防衛を成し遂げた籠城戦。

 

ハイヴを砦に見立てて籠もろうって…

 

援軍のめどもあり。

ハイヴの地下茎構造を巧く閉鎖するなりして利用できるなら。

 

「…いい案じゃない?」

「…」

「…」

 

しかしイルフリーデが向けられ得たのは呆れかえった冷たい目線が2対、どちらの固有名詞も解らなかったらしいフランス新人2人を除けばそこにルナのものが加わらなかったのは、単に予想していましたわとばかりに眼を閉じグラスの水に口を付けていたからにすぎない。

 

「…お前は、ウニオンの将官には絶対になれないな」

「衛士適性があったことを両親と神に感謝しなさい、でなきゃどっかの基地の警備部隊かひと山いくらの歩兵部隊で今ごろBETAの腹の中ね」

「な、なによ…」

 

その散々な言われようにイルフリーデはなにか間違ったかと頭を捻って素通りさせたBETAの散逸と拡大という可能性に思い至るも、

 

「それこそBETA共にマジノにされるのだけを警戒してるってわけじゃないわよ」

「大尉がそれを私たちに仰るのも皮肉ですわね」

「ハン、言ってなさい」

「なによ、どういうこと?」

「お前なあ…」

 

さすがに頭にきてやや語気を強めてしまえば、ため息をつきつつのヘルガが察しの悪い生徒を諭す口調になった。

 

「ハイヴは最重要の戦略資源だぞ」

「そうね、それは解ってる」

「いやお前…」

「はっきり言わなければイルフィには伝わりませんわ、ヘルガ」

 

 

友邦に()()()()帝国(ライヒ)をハイヴに入れることなど出来るはずがない ―

 

 

そのルナの目におどけは一切なく。

 

「……信用、してないってこと?」

「それはもちろんそうでしょう。ライヒとはなんらの同盟も結んでおりませんもの」

「それだけじゃないでしょ、仮に今――」

 

 

ハイヴ内に招き入れた帝国(オンピア)がその占拠に動いたら、一体誰が止められる?

 

 

そのベルナデットの青い瞳にも怜悧な光。

 

「ハイヴ内じゃ少数同士の近接戦になりやすい。あんた達でさえ撫で斬りにするシュヴァリエ共が1個大隊近くいんのよ、他にもあの狂犬少佐みたいなのがいる94シラヌイが1個連隊」

 

そして残りの1個連隊だって精強なF-15改修機、しかも全部隊全機がXM3搭載済み。

一方居合わせる北欧国連軍はといえば手練れのJA-39乗り(グリフォンライダー)の多くは彼らのいうヴァルホールへと旅立ってしまい、その現状はJA-37 ヴィッゲン を中心とする第2世代型機部隊。

 

「北欧連中のウデを侮るわけじゃないけど分が悪すぎるわ」

「それにライヒはレールガン装備ですもの、防衛戦後に居座られたらウニオンの力では排除できません。おまけにS-11搭載機だらけですから、それで反応炉とG元素精製プラントを破壊すると脅されたら手出し自体ができなくなりますし」

「その点からいえば彼らをハイヴへ入れてしまった時点でほぼ生殺与奪を握られて実効支配を許すことに繋がるな。撤収の条件は…大幅な権益割譲か」

「そんな、ことって…」

 

ありうるのだろうか。

矢継ぎ早に語られる悪夢のようなシナリオにイルフリーデは言葉を失うが、同意してくれそうなのは同じく話の流れについていけてないフランス軍の新人ふたりだけ。

 

 

あの戦闘技能以外は言ってしまえば純朴にすら見えた彼ら彼女らが、そんな火事場泥棒めいたことをするのだろうか。

 

いや ― 主命たれば鬼にでも成るのがリッターだと。

タカムラ中尉を見ていればそうも判る――けれど。

 

 

「ライヒがそんなことをする理由は?」

「はぁ? G元素に決まってるでしょ」

「でもライヒにはもうヨコハマがあるじゃない、だか、ら……まさか」

 

言い募りつつもイルフリーデの中で一本の線が繋がる。

より多くのG元素を。欲して用いるとすればそれは、

 

「G弾戦略…?」

「ああ。ライヒが事を起こすとなれば、背後にアメリカがいる可能性は高い」

「オンピアが独自のG弾開発を目指すって線は…まあ、ないわね」

「ええ。ヘルツォーク・イカルガはライヒの対米協調路線の中心人物ですもの」

 

折しもの来欧がBETAの侵攻と重なったのは単なる偶然だとしても、なにしろわざわざ地球を南回りに3万kmも旅してお越しですのよ、と。

 

 

確かにアメリカは先んじてハイヴを手に入れはしているものの、その規模はフェイズ4。

さらにアサバスカにて撃破したBETA降下ユニット由来のものや今や軍事及び情報筋では公然の秘密ともいえるリヨンハイヴ攻略時に非正規的手段で獲得したものを加えても、今後の継続的な入手量としては、欧州連合が手にしたフェイズ5・ロヴァニエミ産のものが優る道理。

 

 

「だからアンクルサムの立場ならロヴァニエミの権益の何割かは押さえたいと思うでしょ」

 

フランス人大尉はきちんとマナー通りにナイフとフォークに安めを命じて、水のグラスを手に取った。

 

 

大陸外縁のハイヴを一斉攻撃・順次G弾も投入しそれらを攻略せしめて後、制圧したハイヴから入手したG元素を用いてG弾を再生産しさらなる攻撃に移るというのがG弾戦略の大まかな流れ。

 

欧州連合は政軍ともに、その作用原理も効力の程も後々への影響も不明な点が多すぎるこのG弾という兵器の使用それも旧自国領域においての大規模投下となるこの戦略に反対の立場を崩していない。

しかし対するアメリカはこの対BETA基本戦略を、今のところ引っ込めてはいるが撤回したとの発表もないしそれに類するシグナルもない ― そして日本は、そのアメリカと軍事面においては明らかな共同歩調をとっている。

 

 

振り返ればハイヴ本体攻略戦時、イギリス軍4個連隊と共に突入戦を担ったアメリカ軍は2個連隊。西ドイツ軍は突入2個連隊に地上制圧2個連隊、そして北欧国連軍が2個連隊に帝国軍も2個連隊。

すなわち当時の北欧地域における欧州系と日米系の戦力比は5:2で、いかに日米には装備に優る面があったとはいえ武力衝突に発展する可能性のある行動を取るとは考えにくかったが ― 今は違う。

 

しかも穏便にハイヴ内にさえ入ってしまえば、大してBETAとも戦わないまま居座りを決め込むことだって可能になる。

 

 

「現実として今のウニオンは軍民共にアメリカ抜きでは立ちゆかない。だがそのアメリカもヨーロッパからの移民や難民を多数受け容れている以上荒事の矢面には立ちたくない」

「そこでライヒを使うというの?」

「ええ。撤収に関してライヒとトラブルが起きた場合ウニオンがその調停者としてまさか中ソに頼むわけがないですもの、アメリカ以外に適格国がありませんわ」

「で、その後もしユニオンが協定を反故にすれば日米から制裁されるってわけね。ヘタすりゃ事実上ハイヴを奪われることになるかも」

「そんな…」

 

ちなみにライヒではこういうのをシュトライヒホルツ・ウント・プンペ(マッチポンプ)というそうですわ、と。唖然とするイルフリーデに、ルナはいつもの柔らかな口調と声音に明らかな皮肉の響きを混ぜた。

 

 

現状、日米には明文化された軍事同盟の関係はない。

それがゆえにアメリカは係争の調停仲介者たりえるとも言えはするが ―

 

日本にハイヴ権益のいくらかを割譲して撤収を実現するにせよ、それが安いもので済む保証はなく。渡したG元素の「行き先」も知る術を得られるとも限らない。

そしてより好条件あるいは無条件撤収を目指してアメリカに日本への圧力を願うとしても、「最初の支払いの対象が変わるだけ」。

 

 

「で、でも…ニッポンがそんなことをすればユニオンとの戦争になってしまうんじゃ…」

「かもね。でもそうはなんないわよ、たぶん」

「あるいはできないとも言えますわね」

 

おずおずと口を挟んだのはダンベルクール少尉、あっさりと上官に否定されるも。

彼女は彼女で多少というかそれなり以上の事情ありだとイルフリーデもルナから聞いている。

 

「ジョンブル共は本音じゃオンピアを蹴落としたいでしょうけど、後ろにアンクルサムがついてる可能性を考慮すれば対日開戦なんて認めないわよ。あいつら最終的には大陸を見限ってヤンキー共の手を握るでしょ、となれば今オンピアと明確に敵対するのはうまい話じゃない。ヘタすりゃもう話はついててG元素の融通は決まってるのかもしれないし」

 

そもそも連中は核開発の時だってアメリカに技術協力してもらったでしょうがと、核は独自開発にこぎ着けたフランス人たるベルナデットはとかく外交面では信用できない連合の盟主様を腐す。

 

大体あのいいとこ取りが大の得意の連中が今回大急ぎでこの基地から精鋭を鉄火場に送り込んだのだってハイヴ防衛もさることながら、日本への牽制と貸し、先々そのどちらにでもできる一手にしようとしている可能性が高い。

 

「その場合紳士の方々は日和見なさると思いますわ。ライヒと決定的にこじれていいことはなにもありませんし、かといって宥和策を強調しすぎれば――」

「避退中のウニオン諸国民の不満が高まり…最悪の場合、グロスブリタニアで内戦だな」

「そんな…」

 

国籍は西ドイツとはいえイルフリーデたちの世代にすれば、愛国心とはまた別に、実のところハイマートについてはおぼろげにでも覚えていればいい方で。

逆にイギリスの地は実際に暮らし育ってきた場所であると同時に、18年前、敬愛する大隊長たちが多くの戦友を喪いながらもBETAから守り通した地でもある。それを今度は同じ人類同士で流しあった血で染めることになるなんて。

 

 

そこまではいかずとも欧州連合内での不一致を抱えたままに、加盟国が個別で対日開戦するとしても ―

 

お互い遠隔地への戦力投射能力が乏しい勢力同士の戦いになり、おのずと攻撃手段が限られる中でそもそも日本にロヴァニエミを押さえられてしまっていれば圧倒的に状況は不利な上、仮に軌道爆撃等で本土を攻撃しようにも同じ手段での報復攻撃を負うことになるのは欧州避退国家の「家主」のイギリス。

そのイギリスが戦争に不参加であればとばっちりを受けてはたまらないとして軌道兵力投入のための宇宙港やマスドライバーの使用許可を出さない可能性もある。

あるいは日本に欧州主要国の各種権益と生産拠点たるアフリカ諸国を狙われれば、その防衛に割くための戦力抽出で大陸に抱えた戦線は崩壊するだろう。

 

ならばとおもむろに切り札たる核戦力に訴えようにも、連合加盟国内でイギリス以外の独自核保有国はフランスしかない。

そして軌道爆撃での投入を封じられてしまえばフランスが保有していたIRBMはBETA禍で失われた上あったとしても元々射程が足りないし、SLBMに頼るとしてもその射程は最大8000km程度。確実を期してそれ以上に距離を詰めれば米海軍ですら舌を巻く優秀さという日本の有するはるしお型通常潜水艦部隊の航続距離内に納まる可能性が出てくる。

 

さらに帝国軍が今回レールガン及びレールキャノンを計20門以上持ち込んでいることから推測すれば日本本土にはおそらくより多数の同砲が配備されているはずで、わずか1門で国連軍横浜基地へのHSST落着テロを防いでみせたそれらにより形成される対ミサイル防衛網を突破するには老兵 ル・ルドゥタブル級原子力潜水艦をはじめとして相当数の核戦力をつぎ込んで飽和攻撃をかける以外に方策がない。

 

これは軌道爆撃が可能であったとしても同様で、それでも成功するとは言い切れない上核兵器の再生産が困難な現状では、核戦力の裏付けを喪失してさらなる発言力の低下を招くことになるフランスがその大規模な使用に同意しない可能性も高まってくる。

 

 

元より欧州連合は米ソに次ぐ第3の勢力として国際舞台に立ってはいるが、その盟主たるイギリスですら単一国家としての国力では日本に及ばない。

国土を失陥した他加盟国では言わずもがなで、イギリスと同じく常任理事国の地位に座すフランスにしても、統一中華と並んで国連憲章の下その任期が恒久的なものとされていることを根拠にようやくしがみついているだけにすぎない。

 

 

「そしてもしライヒとの武力衝突が起きれば…XM3の慣熟部隊はウニオンでは我々だけだ」

「ハイヴ奪還のため周辺と内部での作戦行動ですか…レールガンの防空網を突破するだけでかなりの被害が出そうです…」

「単独で面制圧が可能なキャノンに超長距離狙撃してくるライフルまで…突入できたとしても閉鎖空間での近接戦とか…」

 

そのヘルガの指摘に、合同訓練期間中にさらに腕を上げた風でもあるがその過程で日本帝国教導部隊に近距離戦を挑んでは幾度となく撃墜されたフランス軍の新人二人は表情を曇らせ。

 

さらに装備の優劣以前にそもそもの数からして連合軍XM3部隊は先行したイギリス軍2個中隊を入れても2個大隊程度しかないのに、帝国軍派遣部隊は2個連隊とその定数は200機を超える。

 

「まともにぶつかったら勝ち目はありませんわ」

「…籠城戦術を予備的かつ最終的なプランとしたのはそのためでもあるのか」

「ですわね。ライヒ部隊を相当に消耗させてからならなんとか、と」

「フン、ずいぶん弱気ねモン・ベベ」

「あれだけ斬られてまだやる気が残っているのは尊敬しますわ」

「テェトワ、揉むわよ」

 

ベルナデットのみならず今や歴戦の古参といっていいルナにヘルガも加えての姦しいやりとり。

しかしそんな面々をよそに。

 

「…でも… いくらなんでもそんな…」

 

一気に食欲が失せたイルフリーデは自分でも気づかないうちにナイフを置いていた。

 

 

合同訓練期間中、決して多くの時間ではなかったけれど。

以前からの知り合いだった清十郎とだけではなくて、タカムラ中尉やタツナミ中尉、それに他の衛士の面々とも任務以外でいくばくかの交流を持った。

 

そこで知った彼らの素顔は、生真面目に過ぎると感じはしても好感が持てるもので。

 

その、彼や彼女らと。殺しあうことになるんだろうか。

 

イルフリーデは今になってあの模擬戦の時のヘルガの言葉を思い出す。

やりたくないし、やれないと思う。

それに気持ちを奮い立たせて戦場に立ったところで、よほど有利な状況でなければ殺されるのはこっちだろう。

 

だが ―

 

 

「だからそんなことにならないようにエスカレーションの芽は摘もうって話でしょうが」

「疑心暗鬼はウニオンの常ですけれど。今回に関してはやむを得ない部分もありますわ」

「…うん。それはわかるわ」

 

誰があの連中とやりたいなんて言ったのよと柄悪く呆れた風に片手を振ったベルナデットと一通りの食事を終えて上品な仕草で口元を拭うルナの言い様に、イルフリーデも今度は理解を示した。

 

 

考えてみれば ― ハイヴとその反応炉の確保という発想自体がなかったリヨン攻略時はともかく、ロヴァニエミ攻略作戦においては欧州連合軍は帝国軍に対して超重光線級の排除に加えて地上制圧の担当を願い、ハイヴ本体攻略に際しては外縁部の警戒を、その後はハイヴより離れた地域での防衛を要請してきた。

 

それは単に欧州軍が帝国軍に「できない・難しい・やりたくない」任務を押しつけたというだけに留まらず――同時に、彼らをハイヴから徹底して遠ざけるためでもあったのだろう。

 

 

「ですので今回、後退してきたライヒ部隊の臨時拠点もハイヴ外にと願ったそうですの」

「それは…あからさますぎない?」

「『観測指揮に出撃帰還、効率を考えれば地上に設営した方が合理的です』」

 

理由はいくらでもつけられますわ現に北欧国連軍はそうしているのですしと、表向きには瑕疵ひとつない理論武装。

 

 

だがそれもこれも、欧州連合軍上層が従前より日本帝国軍の戦術機の性能と戦力とを高く評価してきた事の裏返し。

ECTSF計画におけるEF-2000やスウェーデン軍が有するJAS-39などの開発に際する技術協力に加えて、なにより二度に渡るハイヴ攻略の実績を踏まえればそれも当然の話だろう。

 

 

そして先のDANCCT ― 帝国軍の彼ら、いや正確には彼らを派遣して寄越した帝国の上位者達にはそれなりの思惑があったのだとは思う。

あえていうならそれは人類軍規模でみた対BETA戦能力の向上という、崇高かつ高邁な目的

で ― 実際のところはおそらく特殊装置・XM3の売り込み。

 

日本で開発・実用化されたXM3ユニットは自国軍機のみならず世界最大の戦術機保有数を誇るアメリカ軍に採用され、すでにその生産に関わる大日本電気や日達に甲芝といった精密電算機器を得意とする日本企業、またそれらとの協業や合弁を早々に決めた管制ユニット本体のパテントを有する米マーキン・ベルカーをはじめとするアメリカ企業にも大きな利益をもたらし ― その上で、今後の欧州連合軍への納入も見越した形でかなりの規模で生産体制の拡充を行っているらしい。

 

 

「けれど、あるいはそれがゆえでしょうか」

 

それは受け取りようによっては、あまりに無頓着なまでに。

 

「そうね。素直に力を見せすぎたのよ」

 

やや冷たく、ベルナデットとルナの言葉は食堂に響いた。

 

 

このファスタオーランド基地でのDANCCT期間中の顛末は、今や広く知られるところ。

特に余興とされた模擬戦の内容と結果を受けて、欧州連合軍上層部と連合政府の安全保障担当者たちは真っ青になった。

 

従前より日本帝国軍戦術機部隊の優秀さは周知されてはいたものの、オールTSF・ドクトリンによりその戦力が戦術機に著しく偏っている欧州連合軍にとって、その主力兵器が、しかもようやくに本格配備が進みつつある最新鋭機での戦闘において悉く苦杯を舐めさせられたという事実は、あまりにも大きく重い。

 

その日本軍機の優位性の根幹たる新型装置・XM3については導入が決定しているにせよそれが全軍に行き渡るまでには相応の時間を要するため ― 少なくともその間欧州連合軍は日本軍に対して戦力的に大きく劣後することが白日の下にさらされてしまった。

 

ゆえに教導任務の名の下実際に行われたのはおよそ示威行動に等しいと ― 欧州連合の制服私服のトップたちにはそうも映った。

 

しかもその主犯たる帝国軍の精鋭らが今もハイヴ近傍にいるとあっては、よほど摩耗して数を減らして半死半生にでもならない以上その内部へ招き入れることなどまかりならない――

 

 

「なら ― こう、条約までは無理でもせめて覚書を交わしたりとかは無理だったの…?」

「難しいですわね。なにより時間がなかったのですから」

 

小さくも、嘆息そのままといった風に。

 

BETAの大規模侵攻確認から、第一波との会敵まで8-10時間程度しかなかった。

防衛準備を進めながらあれこれ折衝しようにも、帝国軍側も元々が人手不足に加えて派遣先でのBETA殲滅だけを主眼とした戦闘部隊をほぼそのまま持ってきた形になっていて、法務担当の事務方の軍官僚なんてほとんどいなかったらしいと。

 

そうルナが肩を竦めれば、

 

「そもそもオンピアの参戦はハイヴ攻略前の時点から有志よ、それでもユニオンにとっちゃ喉から手が出るほどに欲しい戦力でしょ。その後の防衛線維持にはなおさらよ」

「…なのに前もって『でもあなたたちは信用できない、だからハイヴに入ったとしても何もせずにすぐ出て行きますとサインして』とは言えませんよね…」

「…撤退されちゃいますよね…いえ、『撤退の口実』にされてしまうかも。それに兵に知られれば士気があがるはずないですし」

「フン、珍しく軍と政治屋共の意見があってるってわけよね」

 

フランス軍の上官の言にその部下たちとりわけ片方は複雑な顔で微妙な相づちを打つが。

 

「でも、今回ハイヴを守り切れなかったら元も子もないんじゃ…」

「そうとも限んないわ、BETA連中に奪われたんならまた取り返せる可能性は残るでしょ」

「……人間に奪われたら戻ってこないと」

「そゆこと。BETA相手ならオンピアの援軍はもう無理でもアンクルサムには頼めるかも」

 

相当な痛手には違いがないし、欧州製レールガンの導入を待ったりとか何年後の話になるんだかわかりゃしないけど、とも付け足され。

 

お友達(リント少尉)が仰るには、ハイヴ攻略後のライヒ部隊の防衛線参加についてもウニオン情報部が出兵を煽る世論誘導工作をした可能性があると」

「そんなことまでしてるわけ…」

「…それが本当だとすれば、いっそ同情を禁じ得んな…」

 

あまりの話に唖然とするイルフリーデに呆れ果てたというようなヘルガだが、ルナはあくまで合法的にですからと平然としたもので。

 

「だがそこまでして集めた戦力だ…ウニオンはまだ運がよかったというべきなのか」

「ですわね、さすがにライヒもショーグンが来ていなければ今回の大規模侵攻の事態を受けて籠城戦術の拒否を理由に撤退していたかもしれませんもの」

「…そっか、『味方』を見捨てて逃げるわけにはいかないと」

 

連合軍に北欧軍が残るのならば。

なんとも大時代的な話で、貴族の裔だなんていっている自分たちよりよほどに古い時代の気風を地で行くライヒス・アルメー。

 

そしてその段に至っても馬鹿正直に日本への不信を明言したりはしないのが欧州連合の老獪さを示すところで、

 

「そんなことをしたら面子にこだわってくれているサムライにむざむざ撤退の口実を与えることになってしまいますわ」

「『デンカを盗人扱いするのか信頼関係は損なわれた』って、まあユニオンならそう言うわよね」

「…外務連中の有能さを褒めるべきなのだろうが…」

 

大して気にした素振りもないルナとベルナデットに、ヘルガはため息で応じるも。

 

いずれにせよ欧州連合にとっては、帝国軍に退かれたらほぼ間違いなくあっという間にBETAによる蹂躙の憂き目を見ていたロヴァニエミハイヴをなんとか守れる可能性が出てきたことは大きい。

 

その意味ではウニオンは一番最初の賭には勝ったといえるのかもしれないが――

 

 

「でも……ライヒは本当にそんな企みを持っていたのかしら?」

 

 

そう、イルフリーデがつい問えば。

 

 

「ないと思いますわ」

 

 

私見ですけれど、と付け加えながらもルナの応えは素っ気なく。

 

 

「え…、じゃ、じゃあ」

「まずライヒのハイヴ、ヨコハマは最前までUNの基地でしたし今もアメリカ軍が駐留しているそうですもの。再同盟も間近とはいえ現状単なる友好国の部隊が自国の戦略拠点にいるんですのよ、彼らにはそれが当たり前になっているかもしれませんし――」

 

そう言うルナのやや下がりがちの大きな瞳がきらりと光り、

 

「ただあそこにはゼロの部隊がいるそうですのよそれも希少なUNカラーの中隊がそうそうゼロと申しますと今般ライヒからやってきたあのショーグんがッ――」

 

始まりかけたその長広舌を押しとどめたのは、その今にも高速回転を始めようとするルナの口目がけて電光石火の早業でテーブル上のブロートヒェンを投げ込んだベルナデット。

 

「時間が惜しいのよ。本題」

「んぐっ、ごほごほ…っ、ひ、非道いですわ…もう大尉にはなにもお教えしませんの」

「ブ○ヤの再販キットで手を打たない?」

「なんでもお話しいたしますわ」

 

ふざけている場合かとヘルガが水を差し出すも、ルナは涙目で咳き込んだのもフリにすぎなかったのか途端けろりと姿勢を正して、

 

「今回の侵攻が発生する前、北上BETA群の迎撃率の高さと北欧国連軍への通報含む支援体制から鑑みて、ライヒの展開ぶりは献身的でさえありました」

「ほとんど押しつけられたようなものなのにな、先を考えてハイヴ防衛戦力の漸減を狙うならもう少し北欧部隊にストレスをかけてもよかっただろう」

「とにかくお堅いのよあの連中」

 

国民性なのかしらねとベルナデットもその細く小さい肩を竦める。

 

 

だから、ただ真面目に。

ハイヴを守ろうと考えていたはず――少なくとも、現地司令部は。

 

 

「ですが、ヘルツォーク・イカルガはそうとも限りませんわ」

 

特権階級たる武家の長にしてライヒの英雄、タカツグ・イカルガ。

その彼の肩書きは政威軍監という聞き慣れないもの。

外交部からのリリースによれば武家が有する私設武装集団・斯衛軍の指揮官である一方、概ね名誉職相当でありながら実際はライヒの政軍両面に多大な影響力をもつという。

 

「件のヨコハマにゼロ部隊を送ったのは彼です。アメリカ軍との戦力比からしてポーズに過ぎない程度ですけれど、だからこそ他国軍が自国のハイヴに存在することの意味は承知しているはずですもの」

「大体オンピアの意思決定のプロセスが不透明なのよ」

 

その私設武装集団がやたら強力なのもちょっと、と血で血を洗う革命の果てに王権の代表をギロチン送りにした国の騎士が言う。

 

 

日本帝国は ― その辣腕を諸外国にも知られた榊是親亡き後空洞化していく政府を横目に、少なくとも軍事面においてはG弾戦略を根底とするアメリカへの協調の旗幟を鮮明にする斑鳩崇継を事実上の舵取りと仰いでいるらしい。

 

欧州連合にとって、日本の政治家らは特に外交面では手玉に取るのは比較的たやすい一方で、血縁と姻戚関係によって継承され存続している武家とその頂点たる五摂家という特権階級の者たちが本来の選良たる政治家らを上回る国民の人気を背景に法の裏付けとはまた別に大きな影響力を振るっている今の日本は、イギリスと同じ立憲君主制と呼ばれこそすれその実態は議会主義的君主制とはほど遠い、要するにほとんど権威主義国家に見えもする。

 

 

「…そういえばTSFの技術協力とかそれこそ清十郎の研修とかは知ってるけど、今でもライヒとは外交的にそう親密だって印象はないわね」

「正式な国交こそあってもBETA大戦以降はお互い余裕がないのもあるし…こう言ってはなんだが、ライヒはとりわけ安全保障面では強いられた面もあるにせよ同盟破棄までほぼ完全にアメリカ依存でやってきたようだからな」

「ですのでBETA禍で経済的な関係が遮断されてしまって以降は外交のチャンネルが乏しいんですの。特に『裏口』に類するものがほぼないのがこういう時に困りますわね」

 

 

とかく出口裏口勝手口、場合によっては非常口や避難口まで用意するのもやぶさかでない欧州列強諸国の外交筋からしてみれば、およそ日本のやりようはその国力にまるで似つかわしくなく言葉は悪いがまるで途上国の如き振る舞いとすら。

 

 

「なんだかんだ、ライヒとは文化・慣習的にも差異が大きいということだな」

「そうした距離感は重要ですの。ウニオンの各国それぞれ歴史的な経緯もございますし」

 

ルナはあえて人種的とは言わず、そしてハイマートとは旧同盟国の誼とはいえ。

かつての自称枢軸国とはつまるところはのけ者同士の寄り合い所帯でもあったし加えて物理的距離が遠いこともあり、本当の意味で親交が深かったとは言い難い。

 

 

BETA大戦以前、先の大戦よりもさらにさらに前の時代に、「遅れてやって来た極東の島国」はあっという間に列強の一角にその名を連ねた。

中世において世界有数の軍事大国でありながら250年に及ばんとする鎖国政策の結果、その間進歩を続けていた大西洋諸国に完全に後れを取っていた伝説の国・ジパングはしかしわずか50年で国際情勢の大舞台に躍り出るとその30年後には世界最大の戦艦を建造した。

そして起きた大戦争の結果 ― 彼らは敗北したが欧州もまた、収奪をほしいままにしていたアジアの権益を失った。

 

さらにまた、BETA大戦においても煉獄と化した欧州に遅れること10年 ― 日本はその中国大陸にはじまる出だしから自国領土の約半分の失陥に至るまでは百戦錬磨の欧州諸国からすればともすれば鼻で嗤ってしまうような展開のまずさを露呈した一方、その後2年足らずで態勢を立て直すや瞬く間に2つ、いや本国の縦深とすべく攻略したチョルォンを含めれば3つのハイヴを陥落せしめて一挙に本領安堵を成さしめ ― ようやくに旧自国領域の寸土を回復したに過ぎず実際にはその復興どころか平定の目処すら立っていなかった欧州連合各国を煩悶させるに留まらず、今度はあの新大陸人と一緒になってG弾でユーラシアを丸ごと吹き飛ばしにかかるかもしれないとなれば。

 

 

実際のところ ― 日本はたいていの場合自分たちを無害な子猫だと評価して行動しているらしいが欧州連合の多少目端の利く人間からすれば、彼らはそう思い込んでいるだけの虎にすぎないとして常に警戒すべき相手でもある。

 

だからいかに政治外交的に手玉に取るのは比較的容易で現実侮ってはいるにせよ、気づかないうちにその尻尾を踏んでしまって大ケガするのは御免被りたいのに彼らと来たら、ふつう外交の場では自国の利益を最大化するため誇張混じりでもできるだけ大声で主張するとかそれが無理なら何らかの形である意味あからさまなシグナルを送るだとかが通例なところをとにかく自己主張や自己表現を控えたがりがちなのに実はプライドは高いときている。

それで知らない間に怒りをため込みこちらから見ればある日突然キレちらかしてパールハーバーよろしくドーバーに襲撃でもかけられたら、往時のアメリカほどに体力がない今の欧州連合などは破滅へ向かって一直線になってしまう。

 

 

そしてまたその一方で、戦後までをも考えるなら名実ともに超大国となるアメリカは、たとえその虎であっても太刀打ちできない巨大な怪物。

そのアメリカに対日強硬派なりが再台頭でもしてくれば ― 他の列強が衰え埋没した世界で日出ずる処の帝国は、最悪スター・アンド・ストライプス51番目の星に組み入れられてその二千年の長きに渡る歴史に終止符を打つことになるだろう――

 

 

「で、そのへん含めてそのデューク・イカルガについてのあんたの見立てはどうなのよ?」

「まったくのシロではないと思いますけれど…」

 

長い巻き毛をひとつ揺らしたベルナデットに、ルナは小さく嘆息して。

 

「ここまでの動きからして、少なくともイカルガ閣下は『解っていてやっている』と考えた方が自然ですわ。そのためにわざわざショーグンを連れてやって来たのかと」

 

 

影武者(Doppelgänger)だろうと云われてはいても。

 

国内的には大いに士気が上がると共に、対外的なメッセージとしてはショーグンの勇敢かつ清廉な印象そのままヤーパンライヒの人類への貢献を喧伝するため。

 

 

「先ほども申しましたが押し込み強盗をするつもりなら彼女を連れてはこないはず」

「ま、ジョンブルのとこの国営放送にも撮らせてたくらいだしね」

「そこがライヒらしくないというか…こう、迂遠じゃないか?」

「そうでしょうか」

 

ヘルガの言にわたくしそうは思いませんの、とルナはいつもの柔らかな雰囲気の中にしかし微量の毒気を混ぜた。

 

「会敵前に、ライヒスアルメーの指揮官から連合軍司令部に連絡があったそうですわ」

 

 

― 我々は口舌の徒にあらず 御下命如何にても果すが皇軍の儀

故に我が命我が物と思わず 援軍到着まで支えて御覧に入れる ―

 

 

「…撤退するつもりはないということ?」

「ええ。ですがそうしてハイヴに手を出す気はないと言われたところで馬鹿正直にそれを信じるウニオンですの? ですから彼らは――」

 

 

口約束だけではとても。だが念書をくれとは言い難いと。

 

そうしていつも外交儀礼(プロトコール)に則った上でわかりにくくも丁々発止をするのが欧州流というのなら ―

 

 

「――血と剣で、証すつもりなのだと思いますわ」

 

 

まさに血判。

帝国に、仮に底心有れども賊心なし。そして欧州友邦の衰亡を良しとせず、と。

 

 

まったく度しがたいですわ、あちら(ライヒ)こちら(ウニオン)もとルナはため息。

 

「対米協調ではあっても盲従ではない、イカルガ閣下はそう示されたいのかと」

「つくづく力技ね…積みあげたBETAと衛士の死体の丘の上が調印式の会場ってわけ?」

「会議場のデスクの上の紙とペンより説得力があると考えたのでは」

 

ベルナデットがその細く小さな肩を竦めつつ皮肉げに吐き捨てれば、あのリッターたちの長なのですものとルナが応じる。

 

「その場合オンピア衛士の血で作った借用証にサインさせられるのはユニオンでしょうが」

「借りたい時に借りられる相手がいるだけ幸運かと、大尉はよくご存知ではないですの?」

「フン、あんたらはフランス・リーブル(自由フランス)がなくったって負けてたわよ」

「しかし…断臂程度は厭わんというわけだ…」

 

そうまた脱線しかけたその二人に割って入ってニホンの精神文化に通ずるヘルガが低く唸った。

 

 

武士タル者ハ武勇ニ大高慢ヲ成シ 死狂ヒノ覚悟ガ肝要也

相手何千人モ在レ 片端ヨリ撫デ斬リト思ヒ定メテ立チ向カフ迄ニテ――

 

 

その尚武の気風は、あるいは極端なまでに。

 

いや、イルフリーデらにベルナデットたちが知る日本帝国衛士の印象といえば。

言葉少なく己が身を削りただ「力」のみを体現するあの黒の双刃と、まさに電光の速さですべてを斬り伏せるタカムラ中尉 ― 初遭遇した超重光線級すら犠牲を厭わず白兵戦で倒してのけた彼らからすれば、それは至極当然の振る舞いなのか。

 

 

端から多大な流血は避け得ぬ軍事的貢献。

しかも国家の全権代理人自らが文字通りの陣頭に立っての。

 

独裁者というのは、実は大衆の支持を必要とする。

防衛戦の帰趨がどうあれ欧州連合が今後この件を素知らぬ顔でやり過ごしたくとも、世界は当分そして日本帝国の臣民たちは永劫に忘れないだろう。

 

 

「――なるほどね。ま、それに水を差そうってわけじゃないけど」

 

メルシィ・ビヤン(ありがと)と言いつつ。

ベルナデットはトレイを持って席を立った。

 

「ロヴァニエミはユニオンのものなのよ」

 

ただ、剣たれと。

市民を、国を、そして連合を守るため。

 

「サムライに任せっきりってのも性にあわないわ」

 

青い大きな瞳が凛然たる光を放ち。

 

「…行くつもりなの? 命令はまだ…」

「ま、番犬は飼い主の云う事聞いてなさい」

 

言い捨てるようにして踵を返し、歩み出したその小さな背中へ慌てた部下二人がこちらへ急いだ敬礼をしてから続く。

そうして振り返ることもせずひらひらと手を振り去りゆくフランスの竜騎士を、メグスラシルの娘たちはただ見送った。

 

「…義勇参加を志願するのかしら。無茶しないといいんだけど」

「大尉には前科がありますけれど、そこまで短慮をなさる方ではないでしょう」

 

いつも通りの細くて高いルナの声に、誰かと違ってと皮肉の香りを嗅ぎ取ってイルフリーデはむっとするも、

 

「わざわざこんなところで話させたんですもの。考えておいでですわ、色々と」

「――成程な」

 

物見高くて誇りも高い、手練れ揃いの連合衛士がこんな時事ネタをむざむざ逃すはずもなく。

やや声を潜めてのそのルナの言葉にヘルガは振り返らずして周囲の席の気配を探り。

 

「我々もいつでも出られるように準備はしておこう――援軍として、な」

 

耳をそばだてる衛士らにも届くようそう発したヘルガにしかし、

 

「……間に合うと、いいのですけれど」

 

ルナが小さく付け足したのを、イルフリーデは聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BETAに支配された土地は例外なく荒れ果てる。

それが20年の長きにも渡ればなおさら、水は涸れ草木は枯れ果て鳥も動物も姿を消す。

ましてそのBETAの牙城たるハイヴ近傍は尚更。

 

旧フィンランド・レフティニエミ付近。

 

夕刻を過ぎても沈まぬ太陽の光を遮る雲は、所々に切れ間を見せるもやはり厚く。

見渡す限りに広がる荒野 ― しかしそのそこかしこには穿たれた砲弾跡と赤黒い体液を垂れ流す異星種の死骸が散乱し、大気には砲煙と排気煙と金属臭とが入り混じるこの世の果て。

 

 

ロヴァニエミハイヴ防衛戦の開始より、13時間が経過していた。

 

 

「旅団規模BETA確認っ」

「データリンク来ました!」

「一斉発射! ミンチにしてやれ!」

「くたばりやがれぇ!」

 

懸命に火線を伸ばす日本帝国欧州派遣部隊第1連隊・89式 陽炎の1中隊 ― だが定数12機よりは、すでに2機が欠けていた。

 

それでもその18m超の機械巨人たちが組むは10m間隔の横隊、搭乗衛士らの網膜投影には隣接部隊とデータリンクを介して共有される十字砲火地点が刻々と変化しつつ映し出され、腰だめに構える02式中隊支援砲や肩付けする87式支援突撃砲から撃ち出される57mmと36mmのHVAP弾が約4km先のその地点へ殺到する。

 

その劣化ウランの嵐は装甲車両でも粉々に吹き飛ばす猛威となって荒野を蹴立てて迫り来る異形の大群・BETA中衛大集団に襲いかかり、小型大型戦車級要撃級問わず次々に噴き上がる血煙の中で肉片へと変えていく ― が、たとえ隣の同種が弾痕を穿たれ弾け飛ぼうとも一切の躊躇も遅滞も見せないのがこの恐るべき異星起源種の特色。

 

「残弾100っ」

「カバーする!」

 

常ならばある程度の裁量が許される残弾を幾分か残してのタクティカルリロード、しかし今のところ問題がない砲弾備蓄も次の補給の目処は立っていない。

ゆえに防衛に当たる帝国軍機には残弾3%以下での交換に留意するよう促されると共に、歩兵操典に則り使用済み弾倉も可能な限り持ち帰って臨時本拠の装填機にかけるべしとされている。

 

 

そして戦術機が使用する36mmケースレス砲弾は事実上世界共通規格となる一方で、帝国軍制式の87式(支援)突撃砲の36mm弾倉は通常砲後方上部に砲身と平行にマウントされる直方体形状の独自規格のもの。だがその砲後方下部には他国軍で多く使用されているSTANAG式弾倉が利用できる挿入口も用意されている。

今この戦線では近接戦での取り回しを重視する前者の帝国軍式を使用するのは主に斬り込みを担う94式 不知火 以降の機種とされ、89式部隊は先人の知恵に感謝しつつ欧州連合軍から供与された交換弾倉を用いていた。

 

 

だがしかし、押し寄せるBETAの山津波にはその果てどころか途切れすら見えず。

 

「クソッタレが北欧美女はどこ行った、しかめっ面のカニ(要撃級)しかいねえ!」

「鏡見てもの言え、美女がいたっててめえなんかを相手にしちゃくれねえよ!」

 

皆が揃って顔はこわばり目も血走らせつつの減らず口に冗談口の応酬は、半ばは恐怖をまぎらわせるため。

今この瞬間には大義がどうとか人類の未来のためとかそういうものは関係なくて、撃って斬らなければ自分が死ぬし、仲間が死んでも自分もそうなる確率が上がる。

 

「英軍の増援はもう来てるって話だが…っ」

「ハ、殿下もどこにどんだけ来てくれたとは仰らなかったろうが察しろよボケッ!」

 

昼前に英軍部隊の来援が殿下直々に伝えられたが ― それが虚偽とは言わないまでもおおよそは士気高揚のためのものとは誰もが理解していて、少なくともここでこの戦線を担う彼らは英軍機のシルエットすら目にしていない。

 

「畜生キリがない!」

「だからって迂闊に飛ぶなよ燃料計と流量計に気を配れッ」

「腹ペコでやれってのか、次の補給は何時だよ!?」

「ウィンドウは1930(ヒトキュウサンマル)以降だったぜたしか!」

「冗談じゃねえ、次もすぐ来るんだろ!?」

「泣き言を言うなッ、撃て! 撃て撃て!」

「こりゃ明日にゃ昨日までの通算撃破数超えそうだ…!」

「明日まで生きてられっと思ってんのかめでてえなッ」

「微速後退っ、距離を保つぞ!」

 

89式部隊は撃ち続ける突撃砲はそのままに、跳躍ユニットではなく主脚を動かす。

データリンクで共有された後退許容ラインまで――

 

「やべえぞあと300!」

「解ってる! 敵群伸長密度低下…っ、こちらシエラリーダー、頼むぜ帝都の色男!」

「ロメオリーダー了解、中隊抜剣、突っ込むぞ!」

「了解!」

 

次いで89式部隊と並んで砲を放っていた94式中隊・第2連隊所属の帝都防衛師団由来の精鋭らが揃って背部の兵装担架に預けていた74式長刀を抜き放つやその跳躍ユニットFE108から青い火赤い炎を曳いての噴射地表面滑走、敵陣に突撃をかける。

 

敵中に躍り込んでは戦車級を踏み蹴り砕いて要撃級の背後を狙い。かつ機体の消耗を避けるべく長刀の使用頻度には留意しつつの至近距離での砲撃戦。

全周囲に伸びる火線の一方その砲煙はBETAが噴き出す血飛沫に混じって消され、跳び付きを去なすついでで斬り払われた戦車級の身体の破片が宙を舞う。

 

基本的に小隊規模から群れでの行動をするBETAの習性、また加えて高性能な電子部品を搭載した兵器を狙う傾向があることも解っている。

ゆえに敵陣突入した94式中隊こそは狩人であり釣り餌であり。全体としては北上を目指す大規模BETA群、だがそのごくごく一部とはいえ今ここ近傍のBETAの群れには新たな標的が設定され――すなわち誘引の開始。

 

「よし続くぞ、押し返せ!」

「目標ラインマーク!」

「BETA共をぶっ殺せ!」

 

運動性により優れる94式中隊が引き裂きかつ引っ張りはじめたBETA群をより南へと押し戻しつつ殲滅すべく、後退を続けていた89式部隊もまた前進へと転じて間合いを詰め接近戦へと移行していく。

 

 

単体での火力と機動力ならBETAなどは及びもつかないのが現代の戦術機、そして特殊装置・XM3の恩恵により第1世代型機ですらもその応答性と運動性も従前の2.5世代機相当にまで引き上げられている。

だがそれらの差を埋めて余りある数の暴虐こそがBETAの真骨頂。ゆえにある程度は縦深を維持して戦線を構築し、圧倒的なその物量を受け流しながら戦うより他に術がない。

 

 

だからこそ、本来ならばここから大口径砲火力などでの面制圧を企図するのだが ―

 

「寄ってこないヤツらはほっとけ、あとで追っかけてって尻を掘るっ」

「こなくそ…っ、よくガイジンさんらは砲兵なしでやってたな!」

「せめて海軍さんがいりゃあ、なあっ」

「忘れてた、俺は船乗りになりたかったんだよちょっと転属願い出してくる」

「一回海に出りゃしばらくカンヅメだからってやめたんじゃなかったのかよ?」

「そいつはここも変わんねえ! もうかれこれ2ヶ月かたはご無沙汰だろうが!」

「諦めやがれ、ただ艦の上にゃ野郎しかいねえが陸の上は違うだろっ」

「強化装備に慣れちまって恥じらいのない連中なんざメスゴリラと同じじゃねえか!」

「まったくお喋りの多いオスゴリラ共だよ!」

「その役立たずのナニより今握ってる87式をせいぜい気張ってシゴけっての!」

 

旧フィンランド中南部を中心に敷設してあった震動センサー群はあまりの移動BETAの多さに稼働しているものもほぼ飽和状態、それがこの先の戦況の過酷さをまざまざと見せつけてくる。

 

ゆえに今の彼らがアテにできる目と耳といえば国連と欧州連合の偵察衛星からの情報と ―

 

 

ここから100km以上先、巨万のBETAが蠢く地獄のただ中で。

 

突破浸透が常套手段のそれら異星種に対し逆に散兵戦術を以ての浸透襲撃。

 

いわば先行強行光線級吶喊(レーザー・ヤークト)、それに伴う威力偵察。

 

手練れも手練れ、日本帝国斯衛軍の最精鋭らがもたらす詳報。

 

 

「光線級がいないってだけでダンチなんだよ、斯衛の英雄サマとお嬢様がたに感謝しな!」

「愛想はねェし若えくせしてやっぱりとんでもねえなあの中尉殿はッ」

「あの嬢ちゃんらも可愛い顔してんのに、なあ」

「でもああ糞、勿体ねえ、死んじまうのかな篁中尉も」

「人の心配してる場合か、どのみちオブケサマは俺らなんざ歯牙にもかけやしねえって」

「そりゃまそうだがよっ」

「――ちょい待ちっ、…やべえぞ東から来やがる、推定師団規模ッ!」

「クソッタレ、ソ連国境側からかよ突撃級も混じってる!」

「 当然『掃除』は済んでねえよな!?」

「ビビってんじゃねえ! ンだがCP、こいつは無理だぞ!」

「こちらCP。投射砲小隊を向かわせる、あと550」

「そいつはありがて――ぐぉッ!」

「06被弾っ、おい佐竹!」

「糞、畜生…、ドジった、ぜ…」

 

その89式は後ろから迫った要撃級の前腕衝角を躱し損ねて。

振り向きかけたところに一撃を喰らい、左主腕から胸部までを抉られ凹まされていた。

 

「おい大丈夫か、おい!」

「退がれ馬鹿、CP!」

 

被害は管制ユニットにまで及び、被弾の衝撃に歪み破損し飛び出た構造物にその衛士は直撃されていた。鋭利な刃と巨大な鈍器と化した内壁は防御性に優れる強化装備を以てしても防ぎ止められず胸部腹部に突き刺さるほか左脚近辺を半ば押し潰され、隊内の通信にも吐血し蒼白となるその表情が流れて共有されるバイタルの数値も一気に悪化した。

 

「CP! 中破1、負傷者だ!」

「ぐぅ…、ぃや……、へへ…こりゃ…ダメだ……」

 

兵装担架に残っていた2門の突撃砲をあえて落とし左主腕の長刀をも手放して、残る右の突撃砲1門を乱射しながら半壊した89式が突進をかける。

 

「な――、おい、待て!」

「悪ィ……」

 

赤く尾を曳いて吠える跳躍ユニットFE100、その主たる衛士の男はすでに自らの頭部の重みすらも支えかねてほとんど下を向いていた。

 

「あと、頼まァ…」

「――耐爆防御!」

 

次の瞬間、30m近辺まで上昇したその89式が巨大な火球と化し ― 小型戦術核に匹敵する爆轟が生み出す熱と加圧力とが周囲のBETAを薙ぎ払う。

 

「大バカ野郎――!」

 

怒りと憎悪に駆られながらも。

歴戦の隊機らは素早く機を伏せさせその体勢でも突撃砲を撃ち長刀を払い周囲のBETAを排除し続け、遮るものとてなにもない荒野に爆風が過ぎ去るとすぐさま再び立ち上がった。

中でも突っ込んだ衛士の僚機らは遺された砲に刀を拾い上げ、さらに激しく火線を伸ばして剣風を生む。

 

「こんチクショぉおお!」

「データリンクっ、突撃破砕射撃!」

「了解!」

「全力射撃許可!」

「このクソBETA共がぁあ!」

 

94式・89式の衛士らの網膜投影に映し出される火力集中点、BETAの影の有無にかかわらず温存していた120mm HESHも含めて局所的に面制圧を試み――

 

「頼むぜ少佐殿ぉ!」

「――了解」

 

各機早まるな、と。

務めて感情を消したその声が回線に響いた。

 

楔型で北から急速に接近してくる4機小隊。

全体的なフォルムは94式に準ずるも、わずか大型化した脚部を含めより精悍な印象を見せるXFJ-01 94式不知火弐型。

 

 

硝煙漂う戦場をなお駆ける猟犬の群れ ― その長は秘めて見せない優しさ甘さを常よりさらに押して隠した神宮司まりも少佐。

 

 

「03、行け」

「了解!」

 

そして先陣を切るはその子飼い、「巨大種殺し」龍浪響中尉。

右主腕に長刀を、左主腕の突撃砲にそして兵装担架は2門の砲の前衛装備。

長時間の戦闘に色濃くなりだす疲労を滲ませながらも、なおその短躯と双眸に生気と闘志を漲らせる。

 

「龍浪中尉、吶喊します!」

 

跳躍ユニットFE-140が青い炎を吐き出し唸り、瞬く間に最大戦闘速度に達した響の弐型が楔型の頂点となって赤黒く蠢く波濤・BETA群のただ中へと斬り込みをかけた。

 

「対光線級警戒、高度20照射なし!」

「誘引を開始する。駒木千堂は続け、索敵を厳にせよ」

「了解!」

 

ひた走る猟犬たちが目指すは戦線部隊が穿ってくれた突入口。

 

無駄にはしませんよ…!

 

データリンクから網膜投影の左下に小さく並んだこの戦域の面々の表示に刻み込まれた赤い×印。せいぜい200人程度の欧州派遣部隊の衛士同士、名前までは知りはしないがその顔くらいに見覚えはあった。

 

戦線部隊と交戦していた旅団規模BETA群はすでに半数近くにまでその数を減らしていたがまだ3000に及ぶ異形の群れ、あえての減速によりその残余ほぼすべてを引き連れながら東進する投射砲小隊はほどなく目標の師団規模BETAその先触れたる突撃級群を視認し――再度の増速をかけてそこへ突入した。

 

眼前眼下に広がるは禍々しく地を這い埋めるBETAの異形、響は等倍の視界のすべてのそれらがざあっと音すら立てるようにして一斉にこちらを ― 正確には後に続く神宮司機、そしてその99型電磁投射砲を ― 指向するのを理解する。

 

戦意を圧して余りあるこの異様もすでに4度目、それでもまだ内心に拡がろうとする怖気を響は食いしばった奥歯で噛み砕いて振り払い、あえて猛って吠えて見せる。

 

「俺はここだぁ! かかってきやがれ!」

 

 

電磁投射砲のもつ強力なBETA誘引効果を利用して、待ち受けて引き撃つのではなく装備機自ら進出してBETAを寄せ集めては最大戦果を狙う攻防一体の戦術。効果的だがリスクは高い。

 

 

長大な投射砲とそれに給弾ベルトで繋がる大型の弾倉ユニットを背負う神宮司機の動きは鋭いとは到底いえず ― 飛びつこうとする戦車級にはギリギリ届かない高度、そして次々に跳びあがらんとする要撃級もその多くは速度差で置き去りにできるも中にはあたかも偏差攻撃の如くに前もっての跳躍をかけてくる個体は危険。

 

「やらせるかよっ!」

 

ゆえに響はそれらを見逃さず36mmの連射を浴びせ長刀の振りで叩き落とし、

 

「2時方向3200に光線級です!」

「にゃろ…っ」

 

回し蹴りで吹き飛ばして遮蔽にしつつ、落ちた速度を補い降下のための足場も兼ねる。

 

「邪魔だ!」

 

響の両の眼が忙しなく踊り、次々に定めた標的へと36mmをばらまき120mmを放ちながらさらに長刀を振るって血路を開く。地に満ちるBETAの赤黒い絨毯のただ中に爆炎が生じ噴き上がる血飛沫がすでに返り血に染まる弐型の暗灰色の塗装をさらに汚した。

 

投射砲小隊員皆の網膜投影の情報視界には駒木機が発する最適進路、そこへ斬り込みを担う龍浪機が即興で加える機動にも神宮司機後方とりわけその左を固める千堂機から伸びる火線が的確な支援を寄越し――敵群直上を直進でなく蛇行して突き進む。前へ、そして南へ。

 

殺到するBETAの群れをかき乱して引っぱり縒り集めて ―

 

「南端へ抜けます!」

「まだもう少し引きつける、増速降下っ」

「光線級群の位置情報送ります…小隊規模、どうぞ!」

「よしカウント10で反転砲撃!」

「了解!」

 

猟犬部隊は地表へ降下、全速での噴射地表面滑走。

そうして上空から俯瞰すれば追い縋らんとするBETA群を漏斗状に吸い出し――神宮司機は通常手順をすっ飛ばし飛行状態のまま砲後部のマウントアームを乗機肩部に固定するや一気に増加した空気抵抗に乱れる姿勢と落ちる速度を精緻な機体制御と跳躍ユニットの出力増で補って見せ、砲身左のフォアグリップを握らせつつ長大な砲を振り回すように時計回りの旋回をかけた。

 

「出力最大、掃射角30っ…発射!」

 

隊機が素早く散開したのを確認し、減速しつつも後進を続け引き撃つ神宮司機が構えた砲から伸び出す光条 ― 電磁加速された120mm砲弾は音速の10倍に及びその連射速度は分間800発。

 

地上高12mの要撃級は弾体の直撃により消し飛び同3mの戦車級光線級も至近距離で発生する衝撃波に押し潰されると同時にその加圧力で内部組織を損傷させられ、それを免れ得た個体も掃射方向に巻き上げられたものは続く連射の射線内に捉えられて瞬時に肉片と化した。

 

10km離れた突撃級の外殻ですら貫通可能なその威力で約15秒間の掃射、そして1射目を終えるや間髪入れずに神宮司機は2射目を放つ――

 

「砲身温度許容限界、ローレンツ力低下 ― 少佐っ」

「保たせる!」

 

長機の砲撃を補佐すべく投射砲の状況をモニタリングする駒木機からの警告にまりもはコネクトシート脇のコントロールパネル上に素早く指を滑らせ連射速度を変更しつつ、背部大型弾倉が空になるまで見事撃ち切り迫る赤黒い波濤・BETAのうねりを貫き引き裂いた。

 

「撃破7000! 光線級の排除を確認ッ」

「こちらウォードッグリーダー、シエラ・ロメオ両中隊へ。残敵を掃討せよ」

「イエスマム!」

 

残敵とはあえての表現、いまだなお戦域のBETAは3000超で連隊規模。

しかしそれでも地を埋め尽くしていたBETAの大集団は今や中央部から真っ二つに分断されてそれぞれおよそ2個大隊規模1500体の群れへと減じ、そこへ誘引中に体勢を立て直していた戦線部隊が火力を集めた。南を指向するBETA群の側方西側から一気呵成に殲滅せんと、次々に36mmで穿ち120mmを炸裂させる。

 

「よし…ウォードッグリーダーよりCP、66.944, 27.946地点の支援完了」

「CP了解」

「ソ連国境側からの侵出が厄介だ、03型を回せるか」

「は。貴隊は66.325, 25.927地点で補給、のち次の支援ポイントへ向かわれたし」

「了解…聞いたな、転進する」

「は!」

 

投射砲小隊は隊列を組み直し後退を続けのち離脱、空中で神宮司機が過負荷により過熱し劣化した投射砲の砲身を切り離すと淀みなく駒木機が投射砲マウントアーム後方の砲身カートリッジから交換砲身を取り出し換装作業を行う。01・03型用砲身は回収不能で廃棄する場合はその破壊が義務づけられているが99型用はそうでもない。

 

そうして速やかに戦線部隊が生み出す砲炎から遠ざかりつつ、しかし響は小隊内のみの通信となった瞬間に、敬愛する上官が音も立てず表情さえも変えないままにそれでも疲労の混じった吐息を漏らしたことに気づいていた。

それは、先の大型投射砲の追加投入要請などおそらく実現しようもないことを見越してのものに留まらず。

 

いくら鍛えてるたって…

 

個人差はあれど戦闘行動に必要なスタミナの類が男性優位なことはたしかで、その響にしてすらとうに消耗を自覚している。

ろくな休息も取れないまま戦い続けて、神宮司少佐のみならず駒木千堂両衛士にも明らかな疲弊の気配。揃って死線を潜ったことはとうに一度ならずも、これほどの長時間に渡る連続戦闘の経験はない。

 

 

それでもまだ、今はいい。

これでまだ、いい方だろうと言えてしまう。

燃料弾薬衛士に整備員らの消耗だってまだなんとかなる範囲。

 

 

それに逆説的な話だが、投射砲を任されて即応的な運用をされる自分たちはまだマシな方だとすら。

大規模BETA群に対して突撃誘引からの掃射掃討なんていうのは衛士の技量に機体性能そのどちらかが不足しただけであっという間にあの世行きになる任務だが、その両方が揃いさえすれば一戦闘ごとにわずかとはいえ小休止じみた間合いを取ることすらできるのだから ― とはいえ。

 

 

保つのか、これで…

 

不意に差し込む弱気、いや否定し続けなければいつでも覆われてしまいそうなそれ。

 

 

定数を保った隊はすでにほぼなく、今もまたひとり手練れが散った。

戦力減はそのまま衛士1人戦術機1機あたりの負担を増すし、その上で投射砲を撃ち尽くせば押し寄せ止まないBETAの津波を止めることすらままならなくなる。

 

それに戦線全体を下支えしているといっても過言ではない精鋭斯衛の先行光線級吶喊だって、いつまでも続けられるはずが ―

 

 

いや――保たせて見せる!

 

それが自分の任務。

来るとだけしか聞かされていない援軍本隊、だがその来援まで。

 

 

中隊単独での南進を命じられ、毅然と死地へ赴いたのがあの白い牙なら。

 

それでもこっちは死ぬのを前提に戦いに臨むつもりなんてない。

だったらどれだけみっともなくたって、力の限りあがいてあがいてあがき抜いて手が届く範囲くらいは守ってみせる。

 

政治の向きがどうあろうとも現場の衛士にできることはそれくらいで、またそれがすべて。

 

 

「孤立無援ってわけじゃない…なんとかなる」

 

半ばは自分に言い聞かせるためだったかもしれない響のその呟きを、上官たるまりもも今は咎めずそうだな、とだけ返した。

 

 

だが――出撃前。搭乗を控えて諸準備を進める山吹と黒とに。

 

 

「篁中尉、お気をつけて」

「ああ。其方も抜かるなよ」

「わかってますよ。中尉も、どうか」

「…ああ」

 

これが今生の別れになるかもとの思いを振り払う響に、いつも通りに無機質な応えを返した黒の背中はしかし何かをぼそりと呟いた――

 

 

……シアトル(最後の楽土)が陥ちた時もこうだったか、と。

 

 

 

 

そしてこの1時間後。

日本帝国軍部隊は戦線を10km後退させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイヴ東側を防衛する北欧国連軍、その戦意の高さを疑う者はいない ― が。

 

ロヴァニエミハイヴより東へおよそ80km。旧フィンランド・ケミヤルビ付近。

 

 

陽が沈んだ。日付が変わって30分ほど。

いや地平の彼方にはまだわずかその頭頂を覗かせてはいるものの、雲の多い空に残照は弱くしかし次なる日の出はわずか2時間後。

 

訪れた短い薄闇に照明弾の打ち上げを待つまでもなく ― ステラ・ブレーメル国連軍少尉は乗機JAS-39 グリペンの管制ユニットから前方はるかに大きく立ち上がる炎の壁を見た。

網膜投影の明度調整は素早く、目が眩むことはなかった。

 

それは60kmほど先に臨むソ連国境、そこから西進してくる師団級BETA群に先んじて浴びせられたエンパイア・オブ・ジャパンが擁するリニア・レールキャノンの一撃。

 

「こちらヨルズ01、有効射と認む。インペリウムのミスティルテインに感謝を」

「礼には及ばず ― さあ焔狼共!」

 

続いて未だ爆炎逆巻く前線へと打ち上がる照明弾、

 

「射干玉の夜の地平に燦爛と燃え! 抑如何なる異星種の顎、乃至腕が襲い来ようとも我等が鋭刃たる爪牙を阻む事能わず――続けぃ!」

「応!」

 

先んじて地を疾るは極東のサムライ部隊、その先頭にはすでに夥しくBETAの返り血を浴びた深紅の若武者、紅顔のセイジュウロウ・マカベ大尉が率いる12機のType-00。

 

通信ウィンドウの片隅に並ぶその面々は日本が誇るロイヤルガード、歴戦のステラから見れば幼気にすら見える彼らはそれでもその若さを恃みにもう幾度めかもわからなくなった突撃行へと愛機を乗せる。

 

「第2大隊も続かれませいッ、千灯万火明滅離合・不知火の名にし負うまま!」

「応ともさ、真壁隊に遅れるな!」

「了解!」

 

まだ到底先が見えない戦況を、澱み固まりつつある疲労と共に喝破するが如く。

彼らに続くは30を数えるType-94、今となっては懐かしささえ覚えるその機影。

 

「よしレギンレイヴ01より中隊各機へ。残敵へ砲撃――開始!」

 

そしてその中隊長の命令一下、ステラもまた乗機に抱えさせるAMWS-21 戦闘システム支援突撃砲を開く。

帝国軍部隊の後を追って前線を押し上げつつ、ロングバレルに換装した36mmで狙い撃つは数km先 ― 網膜投影の望遠視界の中、上空へ抜けていった爆煙の帳を突き破って現れ来たるは仲間の死体を踏み越えて進む要撃級の群れ。

 

すでに両軍部隊の呼吸は合い ― 北欧軍部隊の支援を受ける形で敵中に斬り込んだ帝国軍はゼロの部隊を筆頭に小隊単位に分かれて押し寄せるBETAの波を斬り裂き、その分断なった小群 ― といっても大隊規模1000体近い数 ― へと北欧軍機がさらに制圧砲撃をかけていく。

 

本当によくやってくれるから…!

 

帝国軍とりわけロイヤルガードの彼らの、勇敢ではあってもいかにも良家の子弟といった風情(マカベ大尉は日本語でなにやら口数が多いけれど)は、ああやっぱりユイの仲間なんだとステラに実感させる。

 

「やはり突撃・近接戦には凄まじいものがある…」

「04、本当にあれでロイヤルガードじゃ新米の範疇だってのか?」

「個人の技量ならもっと上がいるのは確かよ」

 

中隊長と僚機へと返しつつ、ステラもまた砲撃の手は緩めない。

それに若すぎるからか彼らにどこか甘さや線の細さを感じてしまうのは杞憂であってほしかった。

 

 

遺されし者(レギンレイヴ)と名付けられた中隊。

先のハイヴ攻略戦・光線級吶喊からの生き残り。

ステラ自身はなんとか生還を果たしはしたが、また多くの戦友を喪った。

 

 

感情論から叫べるならば、ユイを詰りたくもあった。

あのとき彼女らがもっと大規模に参加してくれたなら、多少なりと北欧部隊の損耗は少なかった可能性は確かにあった。それが犠牲者が出る可能性を彼女らに押しつけることに他ならないものだとしても。

 

だからそういう意味では、ハイヴ攻略戦後に彼女と個人的に話す機会も時間もなかったことはかえって幸いだったのかもしれない ― 戦闘直後の頭が冷える前にユイの顔を見てしまったら、あの綺麗な顔をひっぱたくまではいかないにせよ声を荒らげることくらいはしてしまったかもしれないから。

 

それに――

 

 

「確かにあの連中を止められるかと問われれば、ネイ(No)と言わざるを得ないな」

「ロイヤルガードの精鋭に近接戦に持ち込まれたら米軍のトップガンでも敵いません」

 

これまで戦場を共にしつつも帝国軍部隊のその戦いぶりを目の当たりにすることがそうはなかった北欧軍の面々からすれば。

今さらながら遠く後方の基地から聞こえてきていた噂話もまるきり嘘ではないのだなと唸る中隊長に、以前直接この目で見ましたから、とはユーコンでの経験をもつステラならでは。

 

 

ロヴァニエミハイヴ攻略完了後、日本帝国軍と共に北欧軍がその防衛に就くことが決まりかけた頃。

ステラは所属隊の小隊中隊長どころか大隊長、のみならず連隊長からさらにその上の北欧国連軍上層の士官らからの聴取を受けた。

 

曰く ― 我ら(ハスカール)彼ら(サムライ)に抗する術があるか否か。

 

衛士としてどうあるべきかとか、あえて自己を厳密に規定はしないステラにすればそんな政治的な動きにはあまり深入りしたくはない一方で、国連軍の名を冠すれども今や欧州連合軍とほぼ一体化したスカンジナビア諸国軍の危惧というのもまた容易に察し得た。

 

そしてこの防衛戦開始直前、自分たちの最初の任務は「ハイヴ近辺にまで後退してくる日本軍への警戒」 ― バカバカしいと思うと同時に、それが必要な用心であることも解っていた。

 

 

そもそも列強の狭間で生きるしかない小国にとっては、最初から選択権などないも同然。

 

旧自国領域内に位置するハイヴ本来の攻略自体を早々に諦めたのもそうした現実主義からのもの、祖国を解放しえた段に至ってもようやくに整備を進めた新鋭機・JAS-39の多くはその道半ばで失われてしまい、解放国土の防衛を独自戦力で賄うことすらかなわない。

 

ゆえに今や数的に戦力の中心たるのは第2世代型機のJAS-37 ヴィッゲン。

極低空域での良好な機動性能と軽量機ゆえの整備・補給時間の短さを活かして高サイクルの出撃を続け過大な任務に挑み果たし続けてはいるが、

 

「1個大隊の支援にエリートサムライ、レールガンに加えてキャノンを2門も回してもらってやっとの我々が威張れる話ではないな!」

「我々が抜かれても防衛作戦自体が破綻しますから」

 

だが実際、今こうして北欧軍が戦線を維持しえているのは侵攻BETAの先駆けたる突撃級群に突破を許しかけて以降日本帝国軍の助力あってのもの ―

 

でも――よくて今日一日保つか、ね。

 

持久戦になることは最初から承知の上で、他戦線の状況までは知る術がないにせよ。

それでも今この北欧国連軍が担うハイヴ東に限っても、ステラが持ち前の判断力で客観的に考えれば。

 

 

戦闘薬が効いてはいてもまるで休息の必要がないわけじゃなく。

予備兵力がほぼ皆無の現状がいつまでも続けられるはずもない。

 

欧州連合軍には非効率を承知で逐次増援部隊をその準備が整い次第送ってもらわなければ、防衛部隊に脱落機が増え阻止制圧力の低下があるレベルを超えた時点で ― 一気に崩壊に至る可能性が高い。

 

 

ステラは短い夜の薄闇に吠えるマズルフラッシュに照らされながら猛烈な勢いで減りゆく残弾カウンターを見つつトリガーを引き続けるが、その彼女にも肩口で切りそろえた薄い色の金髪のややの乱れを気遣う余裕もすでになくなりつつある――そこへ。

 

「こちらシグルドリーヴァ01、妙なヤツが…!」

 

北に5km地点に展開中の隣接部隊からの急電。

データリンクを介して送られ共有された映像には ― 50体程度小隊規模の要撃級。

 

上空から低速で降下する照明弾のオレンジ色の光源の下、それらからゆらめき立ち上る――燐光。

 

あれは――!?

 

まるで見覚えのない光景に疑念を抱くステラをよそに、闇夜に青い炎の尾を曳くように突進してくるそいつらは、連射され伸びゆく曳光弾混じりの36mmの火線を主体節前面で交差させた前腕衝角で斜め上へと弾きつつ真っ向から迫り来る。

 

「砲が効かない!」

「違う防いでやがるんだ、120mm!」

「了解!」

 

要撃級の前腕衝角は高硬度かつ靱性にすぐれるのは周知の事実、だがそれらを能動的に防御に使うだなんて見たことも聞いたこともなく。

また生命力が強いことも知られているが、それでもサソリの尻尾の如く持ち上げられた後部尾節は一種の弱点、気味悪く歯を食いしばった人面のようなそれを破壊すれば一気に動きが鈍化することは判っているし、主体節へも36mm HVAPの10発も直撃を食らわせれば仕留められるはずましてや120mm砲弾ならばキャニスター弾以外であればおおよそどの弾種でも――

 

「ッ! 畜生当たってるのに!」

「やたらにタフだぞ!」

 

素早く攻撃を切り替えたJAS-37・39混成の北欧国連軍部隊、だがその青く燃える要撃級群のうち動きを止めることができたのは10体程度。

 

残る8割40体ほどはタングステンや劣化ウランの合金で構成され細長く鋭い矢状で高い貫徹力を誇るAPFSDSの弾芯を幾本も前腕衝角に突き立てられ着弾後被帽が潰れることで跳弾を避け炸薬の爆発で対象を破壊するAPCBCHEで体節各所を損壊させられながらもなお突進を止めず ―

 

「止まらん!? 散開、 背後を取るぞッ」

「120mmの残弾が…っ」

「36mmでいい、小隊単位で火力を集めろ!」

 

ハイヴまではまだ十分に縦深があるゆえ側方攻撃に移った北欧軍機の集中射を受けた個体からようやくに前進を止め数多穿たれた弾痕からあふれ出る体液の池に沈んでいくも、火力密度と引き換えに防衛範囲を失ったうえ処理に手間取る間に散開からの交差攻撃により生じた戦線の空隙に他のBETA群が雪崩れ込む。

 

「突破されるぞ!」

「支援を――」

「ウルフブレイズ向かう! 第1小隊俺に続け!」

「レギンレイヴ分遣する、04、2機連れていけっ」

「了解!」

 

折しも前方の敵群を突破し終えた深紅のゼロとそれに続く同白3機が機を翻し全速の噴射地表面滑走、ステラも隊機を率いて続いて北へ向かう ― 5kmと少しの距離を詰めるに1分とかからない。

 

「シグルドリーヴァは抜けた奴等を追われませい、此奴等は我々で引き受ける!」

「マカベ大尉――、頼むっ」

「04から各機、ロイヤルガードを支援するわよ」

「忝い少尉、よし焔狼共得体が知れんぞ慎重に行けっ」

「了解ッ」

 

列機を従え疾る紅の武者、その彼らを支援するステラ達もまた突撃砲を撃ち放ちつつ距離を詰め、不気味な要撃級群の側方を衝く。

次々に着弾する36mmを意に介した風もなく向き直って前腕衝角を構えた要撃級、だが素早く分かれた紅と白の前衛2機のゼロはすでに剣の間合いに入っていた。

 

「散れッ!」

 

即座に斬り込む赤い疾風、マカベ機が小刻みに動く跳躍ユニットFHI-225によるベクタード・スラストに主脚先端二叉の爪先で夜の荒野を掴んで蹴立て、瞬時にその要撃級の背後を奪うと右主腕の74式長刀を振り必殺の一刀を ―

 

「――!」

 

本来ならば袈裟懸けに要撃級の背面尾節から主体節中央部付近まで斬り裂くはずのその一太刀、だが端で見ていたステラからすれば信じがたくもその個体はマカベ機の動きに追随したのか1/4ほどとはいえ振り返りかけ。

しかしマカベ機はそれにも即応して見せ斬り返しからの跳ね上げで見事その要撃級の苦悶とも憤怒とも取れる表情に見える人面めいた要撃級の尾節を刎ね飛ばすも、

 

「――ちぃ!」

 

危険を察知し即座に後退をかけたマカベ機のいたその位置に尾節を刎ねられ失った要撃級の前腕衝角が振り下ろされたのは一瞬の後、マカベ機は跳び退りつつも間髪入れず至近距離から左主腕の87式突撃砲にて36mmを浴びせるがその個体は初弾数発の命中をものともせずに再び交差させ掲げた前腕衝角で続く連射を弾いて逸らし、劣化ウランの弾丸はその要撃級から立ち上る暗闇に燃える青い炎を貫くに留まる。

 

「く――、虚仮威しではないか!」

 

だがさすがに堪えはしたのかその要撃級はそれ以上動かなくなり、そして手強いとみたか一旦間合いを離すマカベ機にしかし――同じく突入をかけたもう1機の白いゼロは離脱に失敗していた。

 

そのゼロが狙い定めた獲物としての要撃級、その背後でなく真横を取って振るった初太刀は想定以上のその個体の旋回速度によって阻まれ ― 上段からの振り下ろしが前腕衝角によって大きく弾かれがら空きになった機体胸部へともう一本の衝角が迫り、しかし辛くも噴射後退により難を逃れたその次の瞬間背後に迫ったもう一体の、青黒くいびつな三日月型の巨岩 ― 前腕衝角の直撃を受けた。

 

決して鋭利ではなくいうなれば巨大な鈍器、だがスリークォーターに振り下ろされたその衝角前腕の一撃に薄い第3世代型機の装甲はひとたまりもなく。

 

「な――ぎゃッ」

 

被弾したその00式は胸部付近から白い装甲片と内部機構を飛び散らせつつ管制ユニット内部の搭乗衛士ごと拉げて潰れ、上下に千切られるように分断された。

 

「な、中村!?」

「こ……、こいつらあっ!」

 

――いけない!

 

眼前の惨劇と響いた仲間の断末魔に。

若すぎるロイヤルガードたちの撃発をステラは刹那に察した。

 

「おのれぇえ!」

「この野郎おお!」

 

後衛の白2機がおそらくはその激情のままに公用英語も残弾管理も忘れた上に足まで止めて120mmまでも混ぜた砲撃を始め、それらは目標を変えたらしくこちら支援部隊へと向かわんとしてくる要撃級の群れへと次々に着弾する。

 

「よくもぉお!」

「この、このぉ!」

「――マカベ大尉!」

「ッく…!、落ち着け皆落ち着けっ、取り乱すなッ!」

 

ほとんど叱責に近いステラの警告、それに若き隊長はその命令のみならず乗機の腕まで振って統制を図るもその声自体もうわずっていて。ステラは自分の予想が嫌な方向で正しかった事を知る。

 

そりゃ誰もが最初からベテランなわけじゃないけど…!

 

 

やはり彼らは新兵とまではいわないにせよ ―

 

優秀な資質、優秀な技量。そして恵まれた機体性能。

ゆえに彼らはこの激戦の最中にあってすら、1中隊12機が20時間も欠けることなく。

 

だがそれこそは、彼らの強さの証左であると同時にあまりに巨大な落とし穴。

 

戦友の死に激することは珍しくはないにしたって今の彼らはただ泣き叫んでいるに等しい。

 

 

「砲撃をやめさせて! 着弾の炎と煙でBETAが見えない!」

「わかっている! 貴官等は一旦距離を取れッ、そして撃つなやめろ0204!」

 

マカベ大尉のその制止が届く直前。

爆煙が戦闘により発生する風に吹きさらわれるより早く青い燐光を纏った要撃級がその帳より飛び出した。

 

その個体はわずか一息の蹴り出しで60mの距離を詰め、乱射により撃ち尽くした120mm弾倉の自動交換が入り打撃力を喪失して無防備な白いゼロへと前腕衝角を交差させたまま激突した。

 

「ぁッ…!」

 

冷静であれば ― その衛士であれば十分に対処できたはずだった。

しかし今の彼に出来たのは、反射かあるいは本能的な防御行動として突撃砲を握る左主腕に加えて長刀を掴む右主腕を前に突き出すことだけで。

だが両の主腕程度で高速で宙を飛びぶつかってきた超硬質の大質量に抗えるはずもなくへし折れ潰されその被害は本体にまで及び、大きく胸部を凹まされたたらを踏んだ白いゼロへと無感情なBETAは即座に無慈悲な追撃を――小さくも跳躍すると振りかぶった両の前腕衝角を大上段から叩きつけた。

 

「坂井――!」

「せ、せいじゅ――ォグ」

 

戦術機の外装と内部構造とが力任せに一緒くたに押し潰される轟音の中、通信の最期に響いたのはその内部でもぐじゅりとなにかが潰れる湿った音。

原型を留めぬまでに破壊された近接戦最強の呼び声も高い第3世代型戦術機、だがその残骸が頽れる前にマカベ大尉が駆けた。

 

「う、おおお!」

 

その秀麗な顔は激情に歪み見開かれた大きな眼には憎悪が燃える。

 

「これ以上はやらせん!」

「! マカベ大尉退がっ――」

「支援を頼む!」

「――了解!」

 

意外にも。

咆哮した若すぎる大尉に闘気はあれど暴発の気配のなさを感じ取りステラは彼を制止するのをやめ、彼が狙うと思しき今一機の白いゼロに迫らんとする要撃級以外を掣肘すべく火線を伸ばせば彼女の僚機らも即座に続く。

 

そしてその歴戦の北欧軍衛士らの援護を背負い、深紅の00式を駆る清十郎は ―

 

 

何も彼もが足りない。何も彼もが。

力も経験も、そして何より真の覚悟が。

 

だが其れ等総てを埋め得ぬ侭に――時は来て仕舞った。

 

統制された戦場しか知らず庇護されるまま精鋭の末席に名を連ねていた己等に、血と鉄の洗礼が舞い降りる時が。

 

それでも ― そう未熟なればこそ、赤の男爵の教えは ――「常に冷静であれ」と。

 

 

怒りを燃料に換え哀しみで頭の芯を凍てつかせ。

清十郎は87式突撃砲を撃ち放ちながら瞬きの間に100mの間合いを詰め ― その機動に反応した要撃級が襲い来る砲弾を防禦せんと交差し掲げた前腕衝角、だがその動作こそが内心に猛る赤き狼の狙い。

 

跳躍ユニットの噴射に大地を蹴っての低くも迅い小跳躍、宙空に横倒しになり平たく醜い要撃級の至近直上を飛び越えながら振りかざすは右主腕の74式戦闘長刀。燃える燐光を突き破りながらのその一刀は狙い過たず部下の仇たる要撃級の尾節を刎ねて飛ばした。戦術機動剣 ― 「疾風」。

 

清十郎はさらにそのまま背後へと抜ける離脱行程、一瞬動きの止まった要撃級の主体節へと36mmの連射を浴びせつつ。ようやくに頽れて沈んだその個体へと残心を取りつつ残る1機の隊機を叱咤する。

 

「呆けるな! 二人の死に泥を塗る気か、斯衛の名を汚す気か!」

「ッ…!」

「落ち着けばやれん相手ではない! 囲まれないよう留意するのは基本だろう!」

 

言いつつ僚機の肩部を掴み促しややの後退、追って迫らんとする要撃級群へと砲を開く。

 

「俺達は『特別』じゃない! だから今ここにいる!」

 

 

あの巨万のBETAが迫る南方の戦域へ、白い牙への同行の指示が出なかったのは。

生還は元より、負うべき任に堪えるだけの力は無いと見定められていたからこそ。

 

 

「最精鋭との訓練を経て己が器が拡がったなんていうのも思い上がりだッ、考えてもみろ彼の中尉からの一本どころか篁中尉に打ち返せたことが一度でもあったか!?」

 

 

世界でも指折りの衛士らと共に教練に励み。

同じ任務に就いた束の間に、近しい域へは達したのではと思い違いをしていなかったか。

 

 

「片手間で勝てる力もなければ戦気を読み取る経験もない、戦果があるのは00式の性能のおかげで戦死が出なかったのも単に運がよかっただけだ!」

「っ…」

 

 

そして搭乗衛士の生残性をおよそ倍にするとまでいわれるXM3 ― それがなければとうに。

 

 

「清十郎っ…」

「格下なんだ俺達は…!」

 

 

遙か前方を征く黒き両雄の背はまだあまりに遠く。

遅々として進まぬ我が拙き歩みは道半ばにすら届いていない。

 

それでも ―

 

 

「それでもこの場の斯衛は俺達だけだ!」

 

 

― 武士道ニ於ヒテ遅レ取リ申スマジキ事

 

 

「だから卑下するな誇れ、驕らずに走れ!」

 

 

そして全身全霊を賭して祖国と人類に尽くせ ―

 

この、およそ死地たる戦場では生を繋げと言えぬにしても。

 

 

「さあ駆けよや焔狼! 命な惜しみそ名を惜しめ!」

「お――応ッ!」

 

再びの気炎を吐く若武者ら、さらに駆けつける僚友のもののふ達を見ながら。

北欧の熟練射手は彼らへ向かう無機質な殺戮生物の尾節をそのレティクルに捉えていた。

 

「ロイヤルガードを支援するわよ!左から ― 照準内っ」

 

ステラは僚機2機との集中射で1体の尾節を吹き飛ばしてから後退気味の機動に入り、兵装担架の砲も開いて足止め目的の火線を伸ばす。

 

ほんとにオトコノコっていうのは ―

 

なにかのきっかけを掴んだら、ほんの少しの間に一気に伸びることがある。

ユウヤもそうだったように。

 

「牽制射撃――マカベ大尉お願い!」

「了解いい腕だっ、流石は白夜の森の有翼獅子よ!」

 

今までにも幾人もそういう衛士を見て――見送ってきた。

 

「大尉にも他の皆にも、腕によりをかけたショットブラールにカロープスを用意するから――」

 

みんな生き残って!

 

見送られる立場にならない保証はなくとも。

ステラはさらに重くなりゆく疲労を押しやりトリガーを引き続ける。

 

 

 

 

奮戦を続ける両軍部隊はしかし徐々に押し込まれ始め ―

この2時間後、摩耗を続ける戦力を再編しつつ戦線を後退させることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥夜はただ立っていた。

 

74式長刀を突き立て屹立する紫の00式、開きせり出した管制ユニットの上 ― 皆琉神威の黒鞘を握り、ただ。

 

時折吹き抜ける風が長い黒髪を揺らす。

10℃を下回る気温は冷涼ながら強化装備の体温調節機能により肌寒さはなく、しかし北辺の戦地の空気には火薬と航空燃料の匂いそしてBETAの体液が放つ金属臭までもが入り混じる。

 

すぐ隣に侍るは真那の赤い00式が1機のみ、独立警護小隊の4機は防衛線中央で陣頭指揮を委ねられ執る斑鳩公の側仕えにと駆り出されている。

 

 

今暫しの督戦をとの斑鳩公崇継の上奏 ― 実際は命令 ― を容れ。

 

最早降下時の如き我が儘が通る状況では無く、徒に前へと出れば前線に混乱を齎すのみとは冥夜も解っていた。

 

 

恐らく進前が許されまた求められる事態に成るは、戦線窮迫の折。

 

傷つき疲れ果てた兵達を尚死兵として駆り立てねばならぬ其の時。

 

 

「…」

 

努めての無表情、何も出来ぬ己が無力と ― 否、それどころか総てと迄は云わぬにせよ衛士らをより死地へと追い立てる一因と成った、己が身のその振る舞いとを悔いる気持ちは消し切れず。

 

さりとてしかし他に遣る方が有ったのだろうか。

 

 

人類の勝利を目指すべく命を賭すのは衛士の本懐。

まして戦略拠点たり得るハイヴを守護することには大きな意義が――だが。

 

 

そう繰り返す自問自答、遠く聞こえる爆発音が遠雷の如くに響いてくる。

 

 

欧州連合よりの要望を容れ、野戦での防衛に応じてスオムッサルミよりロヴァニエミまで陣を下げた帝国軍部隊へ告げられたのは、「駐屯及び司令部設営はハイヴ外に願いたい」。

そしてまた、防衛準備で忙殺されている筈の北欧軍の一線級部隊が完全武装で態々の御出迎え。

 

彼や是やの尤もらしい理由を述べては居たが、その段にも至れば冥夜も欧州連合が日本に対して抱く不信に本当の意味で気づかされ ― そこまで信用されぬどころか疑われてまでおるのかと憤りを覚えさせるに十分なもの、だが対する連隊長らは矢張りか成程と呟いたのみで。斑鳩公に至っては、眉一つとて動かさなかった。

 

 

戦場に在る衛士達は…国や所属の垣根を越えて背を預け合っているというのに……

 

 

それを指揮する立場の者達は、常に互いの腹を探り合い。

 

僅かたりとも隙を見せぬようBETAのみならず人間を見張り、逆に隙あらば出し抜かんと権謀術数の限りを尽くし。

或いは斯様に議に於いての手練手管に終始する者らに失望し果て、武こそが恃みと衛士の命そのものを贄にし相手の選択肢を奪おうとしている。

 

 

「…」

 

曲がり形にも国連軍に身を置いた経験のある冥夜からすれば。

東西の対立以前にその同陣営内ですら仮にも列強といわれる国同士がそれぞれの利益を最大化しようと画策して結果足を引っ張り合い、しかも場合によっては各国国内各組織の事情などと云う枝葉末節の些事に気を取られるこんな有様で。

 

 

人類の勝利など…ありうるか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます
とても励みになりますのでどんどん頂けると嬉しいです

またしても随分間が空いてしまってすみません
んで、時間かかったわりには…うーん

次回はちゃんと武ちゃんを出したいデス


追伸:
アンケートのご回答、ありがとうございました
ここで終了とさせて頂きます

まあいいんじゃねえか的なご意見を頂けたみたいで実はちょっと意外w
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