Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 25

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

地上4番目のハイヴ・旧ソ連ヴェリスクを発した大規模BETA群より先般攻略なった同8番・旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴを防衛すべく日本帝国・北欧諸国両軍部隊による迎撃戦が開始されてから、40時間が経過していた。

 

両軍はロヴァニエミを中心とした扇状の防衛線を広角に東から南へと300kmもの範囲にわたって構築し、戦術機部隊による機動防御と電磁投射砲を用いた誘引掃射戦術により2日間に渡る戦闘の中で実に18万に及ぶBETAをすでに撃滅せしめていたが ― 当初20万余と目された北上BETA群は、政治的な理由により詳細な探査がかなわない旧ソ連領域内を侵攻しロヴァニエミへ向かわずそのまま北進した集団を含めると、この時点で確認されているだけで30万にも及ぼうとしていた。

 

そしてまた激戦の中で両軍は摩耗を続け稼働機数はすでに帝国軍約5割・北欧軍約3割にまで落ち込んでおり、戦線の後退に伴う防衛線縮小により戦域あたりの火力密度の低下を補っていたが ― これは事前策定通りとはいえ、防衛戦開始当初ハイヴより100km離れて形成していた主戦線は今や同40kmの位置にまで後退。

 

フェイズ5ハイヴ・ロヴァニエミの地下茎構造物の平均半径はおよそ30kmに及ぶため今や彼らが守り固める後背ほど近くの地表にはハイヴ内へと通じる無数の「門」がほぼ無防備にその口を開けていると同時に、10時間ほど前より接敵が始まったBETA後衛集団に混じる重光線級がハイヴ直掩の戦術機全高を照射圏内に収めうる直前・すなわち防衛戦線より本作戦の策源地への直撃を許すその寸前にまで迫っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遮るものが何一つとして存在しなくなった地平線 ― そこに鎮座する沈まぬ太陽の光はやや赤く、まだ多い雲を抜いて荒野のただ中のロヴァニエミ日本帝国軍欧州派遣隊本陣を包む。

 

そして低空を匍匐飛行にて帰投してくる帝国軍戦術機部隊7機のシルエット。

 

「第3中隊が戻ったぞぉ!」

「畜生、やっぱ1機足りねえ…」

「損傷のない機はエプロンへお願いしまあす!」

「こちらタンゴリーダー了解。…、少佐殿申し訳ありません、お預かりした兵を」

「引きずるな駒木、お前も死ぬぞ」

「…は」

「よし整備班、かか――」

 

突如鳴り響く警報 ― コード991。

 

「地下侵攻です! 連隊規模、東部防衛ライン内側!」

「同南南東10km地点にも反応あり、共に投射砲部隊待機地点付近っ!」

「遅参のモグラ組が寄せ餌に引っかかったぞ、迎撃急げ」

「北欧軍司令部より伝、ハイヴ内66.508・26.207 B層に震動検知大隊規模予測と」

「連絡に感謝すると伝えろ、城内に紛れ込んだはぐれ共は英軍北欧軍に任せるともな」

「了解――、両軍支援の第2大隊より東部地上侵攻群への支援要請緊急電っ」

「手が回らんか。神宮司隊を走らせろ」

「はッ、第3大隊各機・補給完了機より管制の指示を待たず出撃せよ、繰り返す――」

「こちらウォードッグリーダー、モグラ叩きはよそに譲るぞ。分隊単位で急行しろ」

「了解ッ」

「私含め99型持ちは現地装備機とあわせて迂回機動、誘引が主だ砲身は大事に使え」

「了解っ、各機撃ち漏らしの掃除も忘れるな!」

「くぉら龍浪、おめえはてめーの嫁だけじゃなくて少佐殿もしっかり守りやがれよ!」

「わかってますよ! ウォードッグ03、出るぞ!」

 

明らかに空元気と判る怒鳴り声を残して。

便宜上滑走路とされたただの荒れ地をロケットの朱い炎を曳いて飛び立ちゆく94式不知火と不知火弐型 ―

 

精鋭が揃っていた第2連隊第3大隊をして、大隊全体ですでに11…から今しがたさらに1減り12機の損耗。第1・第2中隊にも損失が相次ぐなか要員の臨時編成を行いつつ稼働するどの機体も暗灰色の塗装の上に色濃くBETAの返り血を残したまま、だがそんな状況でも彼らはまだ比較的被害の少ない隊といえた。

 

そしてもう何度目かは誰も数えていない出撃に臨む僚友たちを避け、帰投しつつあった傷ついた中隊は機転を利かせてややの迂回機動から少し離れた位置に着地していく。

 

「っし、整備班かかるぞ!」

「了解! 兵装点検、燃料車まわせー」

「吹かさないでー! そっと歩いて、土埃がひどいんで、何度も言ってるでしょ!」

「伍長、どれくらいかかる?」

「30…いえ20分下さいっ」

「了解だ。私の弐型の左主腕は直さなくていい、87式をくくりつけておいてくれ」

「わかりました大尉、少し休んで…」

「ああ、そうする」

「洗浄は点検ハッチ周辺だけだ、水も薬剤も余裕がない。鬱陶しいからって防護マスクも外すんじゃねーぞ!」

 

同じくBETAの体液に塗れた第2連隊第3大隊第3中隊各機は迎えた整備兵らに誘導されて滑走路脇に複数設けられた駐機場 ― といっても爆風爆弾で適当に整地しただけの場所へと機を落ち着けた。

日本と違ってこの時期雨が多くはないこの地ゆえにこその力技、簡易とはいえ露天での戦闘後点検整備に補給にと、衛士に劣らず疲労困憊の身体に鞭打って整備兵らが駆けずり回る。

 

 

帝国軍の欧州派遣と同時に海路輸送されてきていた整備車両群のうち簡易ハンガーたりえる87式自走整備支援担架は30両ほどしかない。格納庫設備を遺棄し失った今は青空駐機の他はない上、わずかでも出撃機数=砲門数を維持するため小破程度ならば機体は継続運用とされていた。

そして運動性向上を狙って重心位置が意図的に高めてある第3世代型機は主機を落としてOSの補助がなくなれば自立がかなわないため94式の中隊機らは片膝をつく形で停止し、うち数機からは強化装備姿の衛士がホイストケーブルで降機してくる――

 

 

それらを見やりつつ ― 長いお下げに大きな眼鏡、生真面目な顔にも疲労感を隠しきれない榊千鶴は乗機の国連軍仕様・94式弐型を自隊の駐機エプロンから滑走路へと歩行にてタキシングさせた。そしてすぐ後ろには同じく続く隊機が3。

 

「みんな休めた?」

「…」

「うん、なんとか15分くらいは」

「同じく、です」

 

通信にて隊員らに声をかければ、無言で頷く黒髪の女闘士・彩峰慧につとめて明るい声を出してくるのが短躯の少年めいた鎧衣美琴、そして表情を取り繕うのに失敗している小動物・珠瀬壬姫からの返答。

 

鎧衣以外は…

 

我が身のみならず、小隊長として隊員らの状態を観察すれば。

美琴は小柄で華奢ながら、過酷な環境下でのサバイバル技能に秀でるがゆえ今この状況下では身体的に最も余裕がありそうだった。

 

 

ダイマキシオン・スケジュールに類似する分割睡眠、8時間ごとに30分程度の仮眠を取ることになってはいるが現実にはそうもいかず。

本来の帝国軍の編成からあぶれたしかも小所帯ゆえ、火消し部隊への付け足しから小規模群の掃討支援までいわば雑用係として駆り出されて結果前線へのはりつきから除外されている千鶴らにしてすら先の休息が3度目でしかない。

 

しかも寝床となる戦術機の管制ユニット内コネクトシートはその無骨な見た目とは裏腹に緩衝樹脂の採用など人間工学の粋が凝らされているうえ長期搭乗待機時の筋萎縮防止のためのEMS機能を利用して疲労軽減マッサージも施されはするが、長時間の連続戦闘により蓄積していく疲弊を補いきることはできるはずもないし停滞緩解剤を投与されて強制的に叩き起こされるその寝起きは最悪の一言に尽きる。

 

 

たかが二日、されど二日。

なにせ今この戦線において日本軍兵士に課された任務は単なる寝ずの番ではなくて。

まして今次作戦までの前段としては三週間にもほど近い、繁多を極めた防衛作戦。

 

そんな条件下で衛士にはその搭乗時間の大半で高機動のGに抗いつつ一撃で死をもたらすBETAの突進に衝角の振りから跳びつきに至るまでを躱し去なして撃ち抜き斬り払い続けることが求められ、整備兵はじめ後方の要員らにも一度の失敗に一瞬の遅滞が衛士個人の生死に直結するのみならず戦線全体の崩壊にも繋がりかねないがために緊張の連続が強いられる。

 

 

だから当の千鶴も、休息直後にもかかわらず疲労から目尻が小さく痙攣するのを自覚していた。胸の奥から頭にかけるような疼痛も。

規定通りにすでに2回目の摂取を終えた戦闘薬が効いていて眠気はさほどではないけれど、当然もはや万全の状態からはほど遠い。

 

機体モニタリングによれば乗機の弐型も最新の米国製部品を多用して強化を受けている甲斐あってか概ねまだ問題は出ていないが02式中隊支援砲を振り回し続けてきた右主腕肘関節部はすでに要点検のレベルを超えている ― が。

 

「神宮司大隊支隊・ヴァルキリーズ出ます!」

「CP了解。投射砲使用の場合は射弾観測を願う」

「了解!」

 

あえて腹の底から声を張り、フットペダルを強く踏み込んで乗機弐型の推力を上げる。

 

 

精強を誇る帝国軍戦術機部隊をしてすでに全体としての稼働機数は5割を切る。

損失のすべてが衛士の戦死を伴うわけではないが、実際のところその大方は九段の坂を上った。

 

そしてハイヴ東を固める北欧国連軍も奮戦の一方その戦力はおよそ7割の損耗。

単軍での大展開は不可能な状態にまで至り、ファスタオーランド基地より先遣されてきた英軍の精鋭2個中隊及び今朝方到着した同1個大隊の支援を受けてようやく防衛線を支えているのが現状。

 

つまり戦力的にはすでにほぼ壊滅状態、前線を大幅に後退させ形成する防衛線を半分以下に短縮して拮抗状態をつくりだしているにすぎない。

そしておそらく投射砲の交換砲身及び専用弾薬も残り少ないだろう。

 

だがそんな状況でなお、帝国軍が士気を維持しえているのは ―

 

 

「――報告! サーリカマに御親臨の殿下が敵連隊規模集団を撃破遊ばされました!」

「麾下2中隊も損傷軽微、総員意気軒高!」

 

広域回線に乗る指揮所の報、次いで網膜投影のウィンドウに浮かぶはBETAの返り血も生々しい紫の00式。

 

「起て撃て守れ! 忍びて勝たん!」

「オオオオ!」

 

凛然と決した冥き夜の眥、その立ちのぼる闘気を示すが如くに紫の将軍機が今まさに要撃級を斬り捨てた長刀を血払いに一振りすれば、その勇姿を見た者は皆拭いがたい疲労の中でなお当地の麾下部隊のみならず鬨の声を上げる。

 

 

「殿下」の御進前は数時間前から。

敵陣深くへ長駆浸透していた斯衛部隊が戦線後退と共に戻って政威軍監・斑鳩公崇継の手勢となり、御麾下の独立警護小隊の返還を受けて。

 

以降、前線の指揮を執りつつ掌握した斯衛部隊を配下に即応として戦域を飛び回る政威軍監に代わる形で防衛線の中央に陣取られ、当該域の戦線部隊と共に押し寄せるBETA群の迎撃と掃討とに当たられている ―

 

 

やってくれるわ御剣…

 

防衛戦線全体からみれば必ずしも突出した働きではなく本当に危なくなれば下げられるのだろうし他の衛士とまるきり同じ状況だとまでは思わないにせよ、彼女の奮戦が今の帝国軍のよすがたり得ていることに間違いはない。

 

そしてわざわざ指揮所のやりとりが広域通信に載せられることも含めてその程度は皆が皆、理解しているから――

 

 

あと、何時間。

 

誰もが口に出さないが、誰もが願い疑うその二言 ―

 

 

「――至急電! 西部海岸側を通過北上中の旅団規模BETA群・丙二〇二(フタマルフタ)が進路変更っ」

「! 後発の丁一四八(ヒトヨンヤー)・突撃級群が釣られました! 約1000体大隊規模!」

「まだそれだけの突撃級(イノシシ)がいたか、前線からは10分程度でここまで来るぞ戦線部隊を前に出せ、最優先で迎撃させろ」

「戦域担当のホテル・ウィスキー両中隊は残存BETA掃討中…、排除急げっ」

「待って下さい! 予測進路近傍に丙三六九・三七〇BETA群――」

「四群合計推定1万、師団規模です!」

「…!」

 

途切れぬ重圧の中積もりゆく疲労に耐え、常に焦燥の空気が張りつめる指揮所にさらなる緊張が走る。

ロヴァニエミハイヴ西方面は侵攻BETAの源たるヴェリスクとの位置関係上比較的(あくまで比較的に、だが)侵攻BETAとの会敵が少ないがためにやや手薄な地域でもあり、痛い所を突かれた形になった。

 

「投射砲部隊を向かわせろ、斯衛部隊はっ」

「こちらCP、ナイトオウルズ応答せよ ― 」

「斯衛は南部および東部で光線級排除中です――ホーンド01より入電っ」

「暫時支えよ。篁隊から向かわせるが推進剤が心許ない」

「ナイトオウル01、すまねえこっちも補給が終わってねえっ」

「こちらホテル01、駆込客の出迎えにベッドメイクが間に合いそうにない、支援を乞う」

「国連軍、ヴァルキリー小隊いけるか?」

「は、はっ!」

「ウォードッグ01。榊、逸るなよ。こちらが片づき次第我々も向かう」

「了解! ヴァルキリーズ向かいますっ」

「頼むぞ少尉、ホテル・ウィスキーは掃討続行、のち突撃級群背撃から遅滞戦闘に努めよ」

「了解、ホ・ウ両中隊長へ通達――」

「英・北欧軍にも繋いでおけ国連軍小隊には『発破』を持たせろ、整備大隊に通達」

「併せて第5級光線照射危険地帯警報発令しますっ、榊少尉 ― 」

「了解、ヴァルキリーズは特殊装備を受領ののち転進、敵群諸元を乞う!」

 

千鶴は低空で後続の隊機らに促し機首を巡らせ返し、即座に送られて来た敵群の詳報は ―

 

「突撃級1000、後続に戦車級5000要撃級が1600で……、うち『オーラ付き』が推定150」

「…!」

「ぇぅ、う」

 

敵陣への強行偵察を兼ねていた斯衛部隊が後退した今、索敵の情報源は生き残りの震動・音紋センサーに加え主に国連軍の有する低軌道衛星群になる。

それら由来の指揮所からの情報をデータリンク経由で千鶴が隊機に共有すれば、無言で眉根を寄せたのが慧で絶句して弱音を吐きかけなんとかそれを飲み込んだのが壬姫。敵群の膨大さもさることながら ―

 

 

近接格闘戦を得手とするBETA大型種・要撃級。

今次作戦から確認されだしたのは、その強化亜種と思しき青く燃える燐光を背負う個体群。

 

それらは高硬度の衝角前腕を利用した能動的防御とより優れた定常円旋回速度に俊敏な攻撃動作、そして既知の同種を遙かに上回る生命力を備え ― 突撃砲での排除を困難にさせると共に近接戦を得意とする帝国衛士と戦術機にも多大な損害をもたらしている。

 

千鶴らもすでにこれまで三度遭遇を経験していて他隊と合同であたってなんとか隊から欠員を出すことなく退けてはこられたものの、近接戦ではその技量隊内最優の慧をしてそれら多数を同時に相手取るのはかなり危うく美琴でなんとか2体まで、千鶴と壬姫においてはそもそも近づけないよう立ち回る方が無難なうえに突撃砲が効き難いときてその厄介さは骨身にしみている。

 

 

個体数がそこまで多くはないのがせめてもの救いで投射砲の掃射により他種とまとめて一緒くたに吹き飛ばしてしまうのが一番ながら、装備部隊の到着までそれは願うべくもない。

しかも同じ群れの中に少なからぬ光線級までも伴っているときては――

 

「増援がボクたちだけじゃ無理だよ、なんとか時間を稼ごう!」

「そうね、手強い相手でもやることに変わりはないわ」

 

しかし残る美琴のあえての率直な意見、彼女と壬姫の片側兵装担架にはそれぞれ行きがけに寄った本陣で整備班からの指示に従い受領した「発破」 ― 全長3m超・手提げのついた橙色の六角柱、特殊爆薬 S-11。

種々の方策は立ててある、ゆえに小隊長たる千鶴は内心の怖気を払い切れはせずとも飲み込んでみせた。

 

 

言うまでもなく課せられた任務はかなり困難 ― 否、明らかに荷が勝ちすぎる。

たとえ機体と身体とが万全の状態であったとしても。

 

だから今度こそ…死ぬかもしれない。

 

いや逆に、各部隊の名だたる衛士が散っていくなか一番戦歴の浅い自分たちが生き残っていることの方が不思議なくらいで。

 

これももう何度目かもわからなくなった自問自答。

 

でも今は、弐型の性能と。

そしてなにより帝国最高の衛士につけてもらった訓練の成果とを支えにして。

 

あとは運頼みでもなんでもいいから、力の限り戦うだけ。

 

 

戦乙女たちの駆る鋼鉄の巨人が彩峰機を先頭にした傘壱型にて北欧の空 ― 否、ほとんど地表すれすれを駆ける。

生き残りの古参たちをして唸らせるその高速匍匐飛行、弐型の快足ならば40kmの距離を詰めるのにも4分とかからない。

 

「まずは突撃級を優先。後方追撃してくる部隊と連携、半迂回から前方側面並行砲撃 ― 」

 

そのわずかな合間に小なりといえど隊の指揮官たる千鶴は管制ユニット内コネクトシート脇のコンソールに強化装備に包まれた指を走らせ、

 

「進行ルートの予測がついたら最外縁の『門』より向こうで『発破』を――」

 

手早くまとめた戦術プランを隊員らの網膜投影へ、だがその刹那。

 

「照射検知!」

「! 乱数回避!」

 

曇天を貫き伸び出す死の光条は少なくとも50を超えて。

だがそれらは千鶴たちを狙ってのものではなくわずかな角度で虚空へと消えた――が。

 

「六番機被だぁん!」

「光線級だ!」

 

標的にされたのは防衛線で先の残敵の掃討を続けていた89式・94式の戦線部隊、鶴翼からの左右散開・到来した突撃級群をやり過ごした後にその後背を討たんと反転したところを逆に背後から狙い撃たれた。

 

「全速退避ぃ!」

「糞ッ、尻と頭を押さえられたぞ!」

「第1級光線照射危険地帯警報!」

 

先手の光線級吶喊が途絶えたいま北上BETAに混じる光線属種は折り込み済みのリスクとはいえ20km超の距離から照射されては戦術機の通常兵装では手も足も出ない。

 

だが光線級は基本的に照射対象たりえる目標をその圏内に捉えた時点で即・照射を浴びせてくるため ― 今回のように照射圏ギリギリからの狙撃であれば、運が良ければ融除材たる蒸散被膜と耐熱対弾装甲とがもたらす3+2秒の猶予の間に地平線下へ逃れ得る可能性もある――

 

「イノシシ共を遮蔽に使え!」

「全機東へ――畜生予備照射っ…がァッ!」

「ホテル01シグナルロスト…っ、指揮権を引き継ぐ!」

 

機を伏せさせ全力で前方東へと離脱をかける戦線部隊、2個中隊とはもはや名ばかりのわずか15機の集団が掃討し残しのBETAも遮蔽に使う匍匐飛行。

だが一度通した突撃級群を追って追い越し照射圏から逃れるまでにさらに2機が西から伸び来るレーザーの餌食になった。

 

「おのれ…、仕切り直す、接近中の国連軍小隊、やるぞっ」

「了解――砲弾使用制限を解除、やるわよ!」

「了解」「了解ですっ」「了解だよ!」

 

死の閃光から命からがら逃げ延びた生き残りの帝国軍、そして千鶴の号令に異口同音に答える僚友ら。実際にはすでに歴戦と称しても差し支えなくなりつつある元・落ちこぼれ訓練小隊207Bの仲間たち。

 

その彼女らは全速で、迫る突撃級の壁の眼前を北側からあえて横切る半迂回機動そして急減速から一糸乱れぬ60°回頭、後進噴射で相対速度を即座に合わせてその右斜め前方に占位するとすかさず砲を開いた。

 

狙うは異星種共が蹴立てる土煙の帳の向こう、突撃級の1対6本高速で動き続ける瘤で覆われた醜悪なペールピンクの脚部。

 

長砲身かつ高威力の57mm・02式中隊支援砲を1門ずつ提げるのが小隊長たる千鶴の機体と支援中心になんでもこなす美琴の機、そして狙撃に秀でて口径火力をその精度で補いうる中・遠距離では今や世界屈指の精密砲戦衛士・壬姫は87式支援突撃砲を構え敵隊列中央以遠目がけて砲撃を放ちその命中弾ではたとえ仕留めきれずとも次々に擱座横転させていき、

 

「榊、距離を詰める」

「了解気をつけなさいよっ」

「支援お願い」

「了解ですっ」「慧さん気をつけて!」

「珠瀬は敵中央から左翼へ、鎧衣は転進に留意!」

 

目の前の戦闘とはまた違う部分にも頭を使う千鶴に対して。

常と変わらず動きの少ない慧の表情、だがかつての悪癖たる独断専行ではすでになく。

 

突撃級の前進速度は最大でおよそ時速170km程度と戦術機からすれば低速もいいところながらその体躯は全高全長共に14mにもなる巨大なもので、撃破しえても大質量にため込んだ運動エネルギーは破壊的といって差し支えない。

横転して吹き飛ぶそれら自体や死骸に乗りあげ予測不能な大砲弾と化す生き残りらに巻き込まれでもすれば戦術機のしかも第3世代型機の運動性重視の薄い装甲なぞは一瞬でスクラップにされてしまうが、戦闘機動のセンスに優れる慧は味方機からの火線を背負い減速をかけてリスク承知のあえての接近、その距離からの近接戦で次々と劣化ウランの弾丸を叩き込んでハイペースかつ高効率での排除を実現させる。

 

そう俊敏に舞う慧に並ぶべく敵前に滑り出してきた傷だらけの94式が同じく砲を開きつつ、

 

「よく動くな国連軍、貴官の名を聞いておこう」

「…彩峰慧少尉です」

「……もしや…」

「…」

「…いやいい。――九段の坂を上る前に望外の報恩の機だ、是非に同道させてもらうぞ!」

 

その搭乗者・第1連隊所属の元帝都防衛師団の衛士はそう気を吐くや抜剣して前に出た。

 

「…」

 

そんなやりとりの後に瞬間向けられる慧の視線に千鶴は無言で小さく頷き返すに留め。

 

互いの死んだ父親同士、もつれあった因縁の。

 

慧が意外なところで気を遣う人間だとはもう知っているけれど、笑みを渡すまでの気分になるはずもないし何よりそんな状況にない。

 

「余計な気を回してる場合? 手早く片づけて次いくわよ!」

「いつもひと呼吸遅い榊に言われたくない」

「あなたがいつも早いのよ!」

 

そう言いあいつつ再度動き出した慧とまったく同時に千鶴も再度02式砲を開いて誘引支援の火線を伸ばし、なお前進を続ける敵群をして少しずつでも削って同時に遅滞も促さんと ―

 

「撃破20・21、22っ」

 

――やっぱり数が…!

 

多すぎる。そしてこちらは足りなさすぎる。

負けはしない、そして墜ちもしないが戦線部隊と合わせてせいぜい20機たらずの戦術機部隊では1000体の突撃級を殺しきるには相応の時間と距離と燃料と砲弾とが必要になるがそのどれもが今は足りないし惜しい。

 

 

なにせこの突撃級群なんていってしまえば前座にすぎず、厄介な本命は光線級を擁する後続のBETA中衛群、そいつらもすでにハイヴ最終防衛ラインたる40kmの距離にまで近づいている。

だがそれ以前に速度に優れる突撃級を狩りきれずに突破を許せば丸裸の本陣なんてひとたまりもないのだし、それでなくとも最寄りの「門」に雪崩れ込まれでもしたら自分たち国連軍部隊も含め帝国軍にはたぶん、「手出しのしようがなくなる」。

 

 

「『門』の入口付近だけでいいからせめて散兵壕に使わせてほしい」

「ないものねだりはやめて彩峰」

 

踊るように機を操りながらの慧の愚痴に支援を続ける千鶴はあえての否定、でも本音としてはまったく同意で。

今となれば帝国軍をハイヴ内に入れたくないという欧州連合軍の思惑がわからないでもないけれど、そんなこと言ってる場合かとわめきたいのがたぶん帝国軍全衛士共通の願い。

 

 

たしかに北欧軍のJAS-39は山の稜線下に機体を隠蔽しての索敵・照準が可能な頭部センサーマストを備えると聞くから同様に『門』入口に身を潜めての伏撃も容易だろう、けれどとうに東部防衛だけでも手一杯すら通り越している同軍にその守備と侵入BETAの駆逐とを担うだけの力が残っているか。

 

 

だから、それなら――

 

「進行ルート概算…予測完了、鎧衣、はじめてっ」

「了解、壬姫さん預かるよっ」

「お願いします!」

 

慧が口にしたのと類似の手段がとれなくはない、そのために提げてきたS-11。

隊機の分とあわせて2発、その伸長させた手提げ部分を掴んだ戦乙女の04番機が増速して戦線から離脱をかけた。

 

 

突撃級群の予測進行ルート上、先行した工兵機がS-11を地表に設置。

今次防衛作戦にあたり本土からの補給物資として送られて来たうちから2発、整備班が突貫工事でこしらえ底部に穿孔機が取りつけられたそれらは設置後即座に自己埋伏を始め地下5m程度まで埋没したのち設定強度以上の地上震動 ― すなわちBETA群の直上通過 ― を検知すると起爆する。

 

小型戦術核に匹敵する威力を誇るこの高性能爆弾は炸薬の配置により指向性を持たせることが可能、そしてそれらは今回大型地雷よろしく地上目標を吹き飛ばしもするがむしろ主眼としてはそれぞれ50m程度離して設置し大地に最大深さ15m・広さ100m程度のクレーターを穿つように設定されている。

 

その広さにクレーターリムを含めた深さは中隊規模の戦術機部隊が突撃級に続いて迫るBETA中衛群内光線級の照射から身を隠すための壕たりえるもの、爆発により舞いあげられた土砂の何割かはクレーター内に戻るだろうが突撃級の隊列前半ないし中ほどまでに起爆させれば愚直に前進を続けるであろう後続のイノシシ共がある程度は土木作業のブルドーザーよろしく残土をどけてくれもするはず ―

 

 

「よし予定地点、って待って…やっぱりだ、この先に未登録の『門』があるよ!」

「また!?」

「半分塞がってるけど既知最外縁のさらに外っ、中規模相当66.248・24.896!」

「本部に通達っ、爆破地点を予定より西へ変更、『門』から距離を取って!」

 

従来機より優れた弐型の対地探知性能に加え工兵技能と同時に目も早い美琴からの報に、千鶴はまたかと吐き捨てたくなる思いをその言葉と共に飲み込んで。

 

 

戦域をあちらこちらに飛び回らされる便利使いのヴァルキリーズをしてデータにない「門」の発見はこれで2つ目、おそらく他の隊からも同様の報があがっているのではないか。

調査漏れの「門」を崩落させるくらいなら問題ないがS-11で吹き飛ばし宙を舞わせた突撃級を殺しきれずにそこへ逃げ込まれでもしたら目も当てられない。

 

 

これは、やっぱり…

 

千鶴は網膜投影に映る減光されたマズルフラッシュの照り返しの向こうに敵影を捉えながら。

 

 

事前に欧州連合軍から提供された情報が意図的に改ざんされている可能性もあるにせよ。

 

BETAが形作るハイヴとそれに付随する地下茎構造そしてその地上出口たる「門」の配置及び総数に関しては、もしかしたら何らかの規則性や法則性が存在するのかもしれないが、制圧ずみの複数ハイヴの調査を経てなお現時点ではそれらしきものは発見されていない。

 

そしてフェイズ5・ロヴァニエミの地下茎構造その半径は30km。

つまりその範囲は2800平方キロメートルにも及び、単純面積としては神奈川県全域を呑み込んでも余りある広さ。

 

それだけの広漠な領域を、攻略戦時の対地ミサイル攻撃で半ば塞がったり何らかの理由でBETAも利用しなくなって潰れかけていたりとか、そうした半隠蔽された状態のものまで含めてつぶさに調査検分するにはどれだけの人手と手間が必要になるか ― 少なくとも、ロヴァニエミ制圧後の欧州連合にそれだけの余力と時間とが与えられていたとも――しかし。

 

 

いくらなんでも泥縄に後手後手が過ぎるわ…!

 

欧州連合は、可及的速やかにハイヴを確保する必要があったにせよ。

やはり政治的都合を軍事的合理性に優先させれば破綻は目に見えていた。

 

欧州連合軍にはロヴァニエミ攻略作戦自体の成算はあったのだとしても爾後の防衛計画までの目算が立っていたとも思えない、そんな準備不足の彼らにむざむざとつきあわされている日本軍。

そして今なお自らが宿る庇の国連軍、世の中の物事はそう単純じゃないとわかっていたつもりでも、まだ心のどこかでここは正義と公正の実行機関なのだとそう位置づけてはいたのかも。

 

 

けれど人類存亡危急の折といっても各国各軍各勢力それぞれの思惑を除外することなんてできるわけもなく ― それぞれがそれぞれの都合で物を言いだせばこうなることが目に見えていたし実際そうなってしまった経緯があったがゆえの、対BETA戦における国連主導を定めた79年バンクーバー協定だったはずが――BETA由来のG元素、それが戦後の世界においての戦略物資たりえることがこう白日の下にさらされてしまっては。

 

仮にどこかの国が協定違反を咎めんとして非難決議や是正を促そうとしたところでそのG元素を欲して相争うのが国際連合最上層・安全保障理事会の常任理事国同士では、互いに拒否権を振りかざしあって何も決まらなくなるのは自明の理。

 

だが、そのこと自体は国連という組織の手続き上ではなんら瑕疵のあるものではない。

 

要するに元から国連なんて、安保理常任理事国=先の人類同士の大戦における戦勝国・核保有国倶楽部がその先も自分たちの都合によって世界の流れを決めていくためにつくりだした機構にすぎない。

 

だから世界の現実として、そんなものをありがたがっているのは国力の裏打ちがなく単独では国際社会への訴えが届く見込みのない小国だとか援助を受けねば生きていけない貧困国くらいのもので、その彼らにしてもあくまで国連を即物的に利用した上で謝意を示しているだけの話で事実自分たちの要求が通らなかったりわずかでもその支援が不足したり滞ったりすればすぐさま口々に反国連を叫んだり暴動が起き人死にが出たりする有様で、日本のように国連を一種神聖視して闇雲にあがめ奉っていたりはしない。

 

 

でも、父は…

 

かつて父のとった方針は、当時の日本のおかれた情勢を鑑みての国連の利用であって偏重そして盲信などでは決してなかったのだと思っているし思いもしたい。

 

 

先の甲20号攻略にしても、国連の指針を丁重に無視してアメリカにG元素鉱山たるハイヴ掌握を使嗾することで本土の安全保障をはかったもので。

 

皆が皆ご都合主義で動く世界で日本だけが誰も評価しない考査での優等生を気取ってどうなる、ならばたとえ我が身を叛徒の刃に斬らせてでも祖国の将来を担保せんとして。

それこそが実の娘である自分を含め、国内のわからずや達への供犠として捨身してまで父がこの日本に遺してくれたかけがえのない財産だから。

 

 

なのに父が生きている間には、その真意までをくみ取ろうとせず。

いやそんな少し考えれば理解できた話を、おおむね単なる子供じみた反発心から無言のうちにただ反抗を続けていたのは今の千鶴の一生の悔恨。

 

だからそれを守り、次代へとつなげていくのが父へのせめてものつぐないだとして ―

 

 

でもそれでも。

大局観に基づいて国防の方針を決めていくのはお上の仕事だとしても、結局のところすべての辻褄をあわせんがために文字通りに血を吐かされるのは現場の兵士。

上官の命令一つで荒野を右往左往して何体のBETAを道連れにできるかで計算される数字上の存在 ― だがそれが、本当に払わねばならない対価なのかを、今の日本政府は明確に示せているのだろうか。

 

変えられない ― なにも ― 一兵卒では ―

 

網膜投影の視界の隅に開始される起爆予想のカウントダウンを見、トリガーを引き続けながらも千鶴は来るかどうかすらまだわからない「先」のことを考えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発するぞ、と誰かが叫んだのを美琴は荒れ果てた北欧の大地に伏せさせた乗機弐型のコネクトシート上で聞いた。

周囲には数十m間隔ほどで散らばり同じく機を低くする小隊の仲間たちに帝国軍機。

 

 

美琴が発したS-11設置完了の報を受けて牽制込みの砲撃を加えつつ少しずつ増速して距離を取る戦術機部隊を追うように猛進した突撃級群 ― その最前衛が埋伏したS-11地雷直上に達したとき、狙いあやまたずそれは起爆した。

 

 

「 ― !」

 

誘引を確実にするためと後背に未発見の「門」を背負ったがために、爆心からの距離は200mなかった。

 

工作者当人の責任として成果を見届けようとしていた美琴はしかし自動減光されてなおまばゆいその爆発光に瞬間目を閉じ顔を伏せ ― と同時に地中爆発につき大幅に減殺されているとはいえ至近といっていい距離で発生した超音速の爆風に伏臥姿勢の乗機を揺さぶられ――直後に同じく戦術機の自動遮音機能を超えて直接管制ユニット内にまで届いた爆音に聴覚を直撃された。

 

「ッぐ、うっ」

「ううう!」

「各機損害報告――ッ」

 

続いて爆心で発生した負圧による戻り爆風と小規模ながら局所的に発生した人工の地震とに再度機体を揺さぶられる中、皆と同じく一時的に耳をやられたか小隊長の千鶴の確認は怒鳴り声に近かった。

 

美琴は耳鳴りに顔をしかめながら損傷なしの報告をしつつ急いで弐型を立ち上がらせ、舞い上げられた大量の土砂と共に吹き飛ばされ再び地表へと落下してくる生きていたり死んでいたりする突撃級への警戒を ― あの強固で大きい外殻はたとえ半分になっていたとしても十分な脅威 ― すべく急速に形成されていく2本のキノコ雲の周辺へと目を走らせる――と同時に左側方数10mの位置からタタタンッっと鋭く伸びあがるバースト射撃が続けて2射、

 

「2体撃破っ」

 

命中をコールするのは少女の高さを残した壬姫の声、ブローン(伏臥射)から器用に兵装担架と跳躍ユニットを畳んでごろりと機体を転がすや支援突撃砲を放ったその狙撃はまさに宙へと打ちあげられ落下軌道に入りつつもさらされたままだった突撃級の最も柔弱な腹部へと突き刺さった。

 

「嘘だろっ、なんだそりゃ!」

「だが上出来だ、小隊行動ッ」

 

降り注ぐ土砂がばらばらと装甲を叩く音、さらには落下してきて轟音と共に大地に突き刺さるのはつい今壬姫が屠ったものも含めて原型を留めていたりいなかったりする突撃級の死骸。

神技に等しい壬姫の砲撃技術に感嘆というより唖然としつつも帝国軍部隊は素早く隊伍を組んで散開、形成された爆発孔とその周辺へと猛進してくる後続の突撃級群へと襲いかかった。

 

「分散を許すな殲滅するぞ!」

「続くわよ!」

「了解!」

 

S-11の地中爆発により穿たれた二つのクレーター ― 突撃級群中その即席壕へと突っ込むものは壕内の残土ををあたかも耕すかのように爆進し、大爆発で掘り返された大地にもさほど足を取られるでもない ― しかしそのほんのわずかの速度低下を見逃すことなく帝国軍機とたった4機の国連軍たる美琴たちは交差前進をかけて小隊単位の迂回軌道。異形の異星種の背面をとりその弱点たる尾部背部に劣化ウラン弾を叩き込む。

 

「一匹も逃がすな!」

「撃てっ、殺せ!」

 

だが敵の数は爆破作戦までの追撃・並行攻撃で200体以上さらにこの爆発で数十体は葬ったろうがそれでもまだ残余は600体を越える膨大さ、駆け抜けていくその総てをたった十数機の戦術機で即座に殺し得るものではない。

 

つい先ほど後続BETA群内の光線級から照射を受けたことから、この東進BETA群の本命たる中衛群はすでに西20km近辺にまで迫っている ― それらが照射圏内にまで到達すれば即座に再び死の閃光が瞬くだろう。その猶予は、

 

10分は…ないよね…っ!

 

誘引を試みる暇もないだろう、強化装備の網膜投影・情報視界に映り込む04式支援砲のマズルフラッシュに照らされながら美琴もまた内心の焦燥を押し殺す ―

 

「距離も時間もないが間に合わせるぞ国連軍、焦らず急いで正確にいけ!」

「了解です!」

「くっそジャムりやがった!」

「カバー」

「すまねえ嬢ちゃんっ」

「彩峰出すぎないでッ、珠瀬は遠方個体の処理を優先、鎧衣は!」

「了解壬姫さんをカバー!」

「お願いしますっ」

 

帝国軍機らと共に慧とコンビで巴戦に入る千鶴の命に従い壬姫は東へと走る撃ち漏らしの突撃級の狙撃に移り、同じく美琴もその周辺を固めつつ砲を開き ―

 

「――クリア!」

「クリア!」「クリア!」「こっちも片づいた!」

「よし壕まで再前進、本命を迎え撃つぞ!」

 

列機からあがる異口同音、荒涼たる大地のそこかしこに巨大な異星種の骸が転がる中で寒冷な大気に加熱された砲身から立ち上る陽炎のゆらめきを残して防人たちは再び西へ。

 

戦術機の高速ならわずかばかりの距離とはいえ。いつ鳴り響くかもわからない照射警報への恐怖を噛み殺しつつの全速匍匐飛行、できたばかりの即席壕へと無事飛び込んだ時にはやはり皆一様に吐息を漏らす。

そして緩やかな傾斜のついた壕中央部の最も深い部分へと機を落ち着けた。一列の横隊になって片膝をつき、地平線下へと機体を隠蔽する。

 

「CP、位置についた」

「了解。BETA中衛群到達まであと――」

 

12分。

 

それは時速60km/h程度で迫る光線級の対戦術機射程22kmから換算すればほぼギリギリのタイミング。壕に飛び込むのがあと数十秒遅かったら揃って照射を受けていただろう。

 

燃料はまだ大丈夫、残弾は…

 

30%を切っている。

美琴は千鶴の指示を待つまでもなくさっと計器類に目を走らせそう見取るや、02式中隊支援砲の左右に両付けされたドラムマガジンのうちもう空になっていた右側のものを切り離した。今次作戦では極力持ち帰るべきものだけれど、今は少しでも軽くしておきたい。

 

 

焦れる気持ちに尽きぬ怖気と戦いつつの待ち伏せ戦法。

 

あらかじめ壕の縁から砲だけ出して牽制射を加えようにも、光線級の正確無比な照射は飛来する砲弾もろともわずかに露出した戦術機の主腕や兵装担架を灼き溶かす。

だから今から30年以上前まだ生身の歩兵が最前線でBETAと戦っていた時代にも似た、塹壕を利用しての近接戦闘戦術。

 

いずれにせよ ― 後続の支援部隊が間に合わなければ…終わりだ。

 

 

そして美琴の視界の前方やや斜め上方、せり上がっていくクレーターの縁。

めくれあがった茶褐色の大地と曇天の空との境。

 

――来る…

 

この死地で轡を並べる89式はもとより94式よりさらに鋭敏な弐型のセンサー。

それが、遠くBETA共が蹴立てる大地の響きを伝えて。

 

「国連軍、我らが先陣で斬り込む。支援を頼むぞ」

「…、了解。…武運を」

「ありがとう」

 

帝国軍機へと固い声で応答してから2度目の機体チェックをかける千鶴に飲料水を含む慧、そしてなにかを言おうとして失敗した風な壬姫を見てから美琴もまた乗機に02式を構え直させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突撃!」

 

傷だらけの94式が発したその号令を、千鶴は乗機管制ユニット内部で聞いた。

 

前方斜め上、壕の縁にBETA中衛のうちの大型種・要撃級がその醜悪なシルエットを覗かせ戦車級の大群が流れ落ちてくるその寸前。

わずか7機の94式部隊は待機状態だった跳躍ユニットFE-108に一斉に火を入れ、赤くロケットの尾を曳いて6000を越えるBETA群へと突撃をかけた。わずかとはいえ高所となる壕の縁を光線級に陣取られるわけにはいかない。

 

「 ― 行くわよ!」

 

そしてあえての一拍、いや長く感じる2秒の間を置き。

了解の応えを受けつつ僚友たる分隊員らに帝国軍89式5機も加えて引き連れ千鶴もまた弐型のFE-140を全開にした。

 

爆発的な加速、そのGによりコネクトシートに押しつけられながら。

乗機カメラから映し出される情報視界、前を征く94式の背中と高速で流れ去る地表面、続いてクレーターの縁からごくわずかに跳びあがってそれを乗り越えたとき――

 

 

見えたのは、もう幾度目かにもなる地獄。

 

赤黒く地を埋める戦車級と、その中でなお威容をさらす要撃級が数多。

 

そして視界のあちこち複数箇所から閃く幾十もの死の光条。

 

 

「照射検知ィ!」

「蒸散膜がッ、――クソぉ!」

「集中射では…! 俺が引きつけるっ」

「武藤ォ!」

「かまうな行けぇ!」

 

すかさず襲い来る必殺のレーザー光が大気を裂き ― まず1機の94式がその複数照射に捉えられ数秒の猶予をもたらすはずの対L蒸散膜を瞬時に無効化され上下に溶断されて爆発し、続いて自ら囮となるべく乱数機動でわずか高度を上げたもう1機もまた次の瞬間火球へと変じた。

 

だがゆえに、辛うじてだが狙い過たず。

 

「足を止めるな!」

「紛れてしまえばッ」

「大尉――援護!」

「光線級に顔を出さすな砲撃継続!」

 

残る5機の94式隊は揃って蒸散膜を灼き剥がされて機体要所から白煙を上げつつ要撃級群へと肉迫し、それに遅れず千鶴らもまた異星種の群れへと突入した。

 

そして始まる乱戦、押し寄せるBETAの波濤のただ中に伸びては拡がる36mmの火線と120mm砲弾の爆光。

 

「光線級は!? 50匹程度はいやがるはずだッ」

「鎧衣ッ」

「10ヶ所以上に分散して…っ、ポイント送るよデータリンクっ」

「まとめて吹き飛ばせ!」

 

直撃弾は望めない ― 光線級への射線が開いているなら先にこちらが撃たれているはず、よしんば先制がかなったとしてもその必殺必中の光線の前には36mmは当然120mmもまた迎撃される。

ゆえにその駆逐にはできればHESHもしくはAPCBCHEを至近で炸裂させて、その爆圧あるいは破片で全長3mとBETA中では小型種にすぎず体皮も柔弱な点を衝くほかない。

 

戦車級の取りつきを警戒しつつ要撃級との白兵間合いを避ける89式隊が火砲を開き、5体程度の小集団にまとまる光線級群を二つ三つと排除に成功する――が。

 

「畜生『鬼火憑き』が邪魔しやがる、化け物のくせに知恵つけやがってッ!」

 

光線級小隊をその足下に匿うが如くに要撃級が立ちはだかって、中でも青い燐光を放つ個体群は強固に交差させたその前腕衝角でもって36mmHVAP高速徹甲弾のほぼ一切を弾き飛ばして受け流し同じく57mmの連射ですらもその衝角と共に主体節を削られながらもたじろぐ様子のひとつも見せない。

 

「クッソ…!」

破魔矢(APFSDS)が数発刺さったところで死なん、柘榴(HESH)で足下の光線級を先に殺れ!」

「わかっちゃいるがよ予備弾倉はコイツでカンバンだっ」

 

千鶴らと共に支援に回る89式、だが地に満ちて群れ走るBETA群は徐々に遠いハイヴより手近な精密機械の塊すなわち戦術機への誘引を開始されたか十重二十重に押し包むように迫り来るその圧力。

 

そして数十秒を数える間に彼らは完全に包囲されていた。

 

「阻止火力が足りてねえ!」

「接近戦は――」

 

元々タフな要撃級、それが強化亜種となればなおさら。多少の被弾は元より腰の引けた斬撃程度は意に介さない。

さらに同種の急所のうちで最も狙いやすいのは醜悪な人面めいた尾節なのだが通常種より数割以上も敏速な定常旋回能力で容易にはそこを狙わせず ―

 

「こうアタマを抑えられちゃ…!」

「手が足り――グおッ」

「吉田ッ、…畜生、馬鹿野郎!」

「戦車級がっ、クソぉ脚があっ」

 

地上に縛りつけられ空間機動を封じられた89式隊、要撃級が掲げる必殺の前腕衝角の間に間に押し寄せるは赤黒い小型の悪魔・戦車級。

排除し損ね群がられ飛びつかれればその信じがたいほどの咬合力で戦術機のスターライト樹脂装甲などは瞬時に噛み砕く。

 

横合いからの小跳躍 ― といってもその飛距離は数10m ― にて一気に間合いを詰めてきた「鬼火憑き」の体当たりを受けた89式は砕かれた装甲を飛散させつつフレームまでひしゃげさせられ吹き飛び、そこへさらに止めとばかりに跳びあがった「鬼火憑き」から両腕の衝角を叩きつけられて機体上部の原形を留めぬまでに破壊された。

そしてその僚機の惨状にわずか気を取られたもう1機は殺到する戦車級数体に右主脚を囓り折られて体勢を乱し瞬間の噴射で倒れ込むことだけは避け得たものの片脚を失っては跳躍機への依存が大きくなりすぎ地上での継戦能力を大きく損なう。

 

この、ままじゃ――

 

想定を上回る厳しい状況、網膜投影の映像と情報とを追う千鶴の眼球はせわしなく動き操縦桿を握る両手は02式のトリガーを引き続ける。

 

 

時間を稼ぐ程度なら、なんとかなるかもしれないと。

だがそれすらも今の帝国軍には甘すぎる見積もりだった。

 

敵勢力の大きさは想定とさほどに乖離しないというのに、機体も衛士も長時間の連続戦闘によって疲弊し消耗し果てた今では当初予定した遅滞戦闘すらもままならない。

 

 

「クソおっ、俺が突っ込んで…!」

「バカよせ分散されたら手に負えんぞ一旦下がれッ」

「畜生すま―― グボッ!」

「な…っ、明野お!」

 

尻もちをつくように半擱座した先ほどの損傷機、すぐさま飛びつく戦車級群。

片脚を失った89式は一斉に群がったそれらを短刀と主腕とで必死に排除しつつ地を滑るように離脱を図ったがそこへ「鬼火憑き」が降ってきた。

全長全幅それぞれおよそ20m30mにもなる巨体、それが大跳躍からの落下。轟音と共にあがる土煙の中にややの破片を飛び散らせた89式はその搭乗衛士もろとも一瞬で押し潰されていた。

 

…!

 

千鶴から89式隊まで距離は300mほど、この短時間で今や小隊未満となり果てた彼らを支援しようにも。

 

壬姫は静止かそれに近い状況での狙撃と射撃には極めて秀でるものの激しい機動砲撃戦ともなればやはり精度と効率は落ちる、だからそれを護衛する美琴も襲い来る「鬼火憑き」の排除と牽制で手一杯 ― そして前衛を担う慧は94式隊と共に常時3体以上の同種を相手取って瞬きの間すらない近接戦を展開していて千鶴は損失が大きい89式隊の分までその支援に忙殺される。

 

「こちらヴァルキリーリーダー、損害多数、支援を! はやく!」

「CP了解、支えられたし!」

 

千鶴は反射的にもう無理だと叫び返しそうになりながらもトリガーを引き絞り02式砲を連射する。

レティクルに映る500m先の「鬼火憑き」の交差した前腕衝角、千鶴の放った57mmAP弾は強固にすぎるそれを削りながらも弾かれ混ぜられた曳光弾と共に残弾カウンターの表示もまた吹き飛んでいく。

 

もう弾が…!

 

同時に砲身の加熱を訴えるアラート、地上での主脚中心の機動では冷却が追いつかない。

即座に背部兵装担架をダウンワード展開させて2門の87式突撃砲での牽制射に切り替えるも、

 

止められ、ない…っ!

 

 

「彩峰っ…」

 

 

対抗火力の低下を見て取ったような「鬼火憑き」の指向を感じて千鶴は乗機弐型を後退機動、支援の距離が開くのを慧に警告すべく ―

 

 

「榊後ろ!」

 

 

慧の鋭い叫びとほぼ同時、弐型のセンサーがもたらす警告音に。

 

 

――!

 

 

振り仰がんとする千鶴の思惟に触れて網膜投影の情報視界もまた即座に後方へ。

そしてその視界内上方にやや低くも速く飛びかかってくる大きな影――

 

 

しまっ…

 

 

食いしばっていた奥歯は恐怖に歯の根が鳴るのを止めるためでもあった。

 

だがたとえ最後の瞬間が来ようとも。

戦い抜きたい、その決意がために目を閉じなかった千鶴は、1秒後には自分の命を終わらせるべく振り出されるゴツゴツとした深緑色の前腕衝角を知覚し――

 

 

東方よりの2本の火線が襲い来る「鬼火憑き」の横腹に突き刺さるのも見た。

 

 

「!!」

 

 

36mm程度ではタフな要撃級を絶命させるにも跳躍する大質量を止めるにも至らない、だがそれらをも見越したように間髪入れず続いて鋭く空を衝き裂いて飛んできたのは74式近接戦闘長刀 ― それが一対。

 

刹那の時間差で狙い過たず「鬼火憑き」へと深々と突き刺さったそれらの衝撃力はさすがにBETA大型種の跳躍軌道を逸らすに足り得、その要撃級は瞬間硬直しかけた千鶴機を掠めるが如くの距離を通過し大地に激突して轟音と土煙と押し潰された戦車級数体の体液とが噴きあがる。

 

 

それはまさに瞬きの間の出来事で。

 

そして疾風と化して飛び込んでくるたった1機の戦術機。

 

 

「し――」

 

 

紙一重で命を拾った千鶴は乗機を翻すよりも早く理解していた。

 

 

一対の跳躍機・FE-108は瞬前まで点火していたロケット焔の赤い残滓を散らし。

漆黒に染め落とされたその装甲は上塗りを続けられるBETAの体液に今なお濡れて。

 

鬼を裂き魔を討つ黒翼の機動。

異星起源種に終焉を告げる追儺の双刃。

 

日本帝国斯衛軍・00式戦術歩行戦闘機。

そしてそれを駆る者こそは、最強の誉れも高い斯衛第16大隊席次参番。

 

 

「中尉…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わずか時間は遡り。

 

雲の多い空へと地上から高速で立ち上がった一対の対流雲 ― 茸雲は僅か数秒で地上数kmの高さに迄至る。

 

帝国軍本陣、解放した乗機00式胸部ハッチのせり出した管制ユニットからさらに身を乗り出した唯依は其れを視認した。

 

 

30km超の距離を置く西の防衛線で起爆したS-11――1.5TNT換算キロトン*2の爆発。

其の爆轟が生んだ衝撃波こそ直接に届きはせぬも遅れて聞こえる遠雷と云うにも大きく重い爆発音、更に遅れてやや強く吹き付けた西風こそは爆風か。

 

 

「急いでくれ!」

「やってます!」

 

唯依は詮無き事を承知でBETAの返り血に塗れた愛機に取り付く整備兵らに強めの語調で声を掛け、同時に怒鳴り返してくる気力があるだけ未だ大丈夫かと確認をした。

 

見れば周囲に駐機した白袴の機体色が見えなくなるほど異星種の返り血に染まった麾下の隊機にも同じく整備兵達が群がって、各種補給に簡略乍らも点検整備と目まぐるしく動き回る。

 

狭隘な戦術機内から出た処で。

肺に取り込める外気は機械油に航空燃料そして硝煙とBETAの体液の金属臭が入り混じり、寧ろ濾過された機内の其れより清冽とは言い難く。

だが其れでも唯依は、着座姿勢で戦闘機動のGに抗い続けるがためにその過負荷に悲鳴を上げて久しい全身の筋を僅かなりとも伸ばそうとした。

 

 

帝国斯衛に白い牙ありと持ち上げられた中隊をして、既に半数が脱落。

然し長駆敵中浸透しての光線級吶喊等と云う前代未聞の無茶な戦術、未だ戦死が4人に留まる事自体が望外とすら。

 

其れも、是れも――

 

 

「…補給を頼む」

 

一番最後に戻った黒の機体、00式C型。

つまり戦線からの離脱も一番最後、一見無造作乍らも実際には無駄の一つとて無い挙動で片膝をつき並ぶ列機の端へと同じく機を落ち着けた。

 

 

実際の処、常に先陣を切ってくれる彼が居てくれなければ、隊はとうに全滅していた。

 

何となれば ― 彼の全力機動に直接追随する事は困難でも、彼が地に満ちるBETAの群れを啓開し引き付けてくれたその間隙に斬り込み続く程度なら。

彼と共に飛び続けてきた唯依と唯依の中隊には其れが可能だったがゆえに、漸く生きて戻れたに過ぎない。

 

 

衛士は操縦席を離れても強化装備頬部に付随する網膜投影の機能は失われない、故に唯依の視界には彼の機体に取り付いていく整備班との通信も混じり。

 

「お疲れ様です中尉殿機体に違和感はありませんかっ」

「…右膝のイニシャルをプラス0.3」

「了解ですッ、長刀は新品を出して120mmはHESHを4本!」

「けど割り当ては1機2本までだと ― 」

「第1中隊から回してもらって、真壁大尉ならわかってくれるから!」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ自らも工具を振るう機付長の女子下士官、その喧噪の中、しかし浮かぶ彼の無感情な瞳は変わらず虚無を映して。

 

そして機を駐めるなり操縦席に座したまま、慣れた手付きで取り出したるは携帯糧秣。

その無味乾燥な固形食の密封包装を歯を使って噛み破り徐ろにかぶりついて咀嚼し嚥下する、が――あれは、その食味食感が機械油を固形にした様だとか或いは固体の機械油其の物だと云われかの悪名高い米軍のMRE(誰もが拒否した食物)をも上(下)回りMRB(BETAも食べない何か)と迄酷評されて衛士からは忌避される代物。

 

其れを眉一つ動かさずシャキサクと食べてのけるや同じく密封包装されていた飲料水で流し込み、1分足らずで其れ等自身への補給行動を済ませてやや俯いて目を閉じていたが、

 

「……済んだか」

「あッ中尉殿…、は、はいっ」

「…各部チェック…問題ない」

 

ものの10分程。

一通りの作業を終えた機付長が少しでも休ませるべきかと慮ってか声を掛けるか否かを躊躇った風な数瞬の間に、彼は自ら再び其の澱んで昏い眼を開くと機体再起動の手順を進める。

 

 

赫奕たる戦果に彩られた彼の戦歴、其の中に一際燦然と輝く甲20号作戦での太刀始め。

決して多くは無いあの作戦からの生還衛士、しかもハイヴ突入前の地上制圧戦からその最深部攻略に至るまでほぼ無休息で戦い続けた者等極一握り。そしてその代表格こそ今や神州の先導者たる斑鳩公と、他ならぬ彼たれば。

 

連続長時間の戦闘にも経験が豊富で在ろうし ― 常に点検整備補給の所要時間が短いのも一見ぴんしゃかと飛び跳ね回る其の機動術が実際には一切の無駄が削ぎ落とされて極めて効率的かつ効果的にBETA共を狩り殺すべく最適化されているが為、燃料推進剤機体共々消耗が少ない事の証左に他ならぬ。

 

 

だがその彼とて畢竟独りの衛士。

 

今次防衛戦開始時の防衛範囲は13000平方粁、乃ち北海道全域の1.6倍。

その広大さは帝国軍ならば平時においてすら戦術機複数個連隊を中核とした諸兵科連合4個師団以上を以て当たるべきとされるもの。

 

幾ら戦術機が機動力に秀でるとは云え其れだけの広漠な戦域を支え切れる筈も無く ―

 

 

「…補給完了、先に行く」

「頼む中尉、すぐに追う」

「…了解。ホーンド03、出る」

 

其れでも尚、当然の如くに単機での先発。

流石に隠し切れはせぬ疲労の影、然しそれでも機械的と云うより機械其の物と云った遅滞の無さで彼と彼の駆る漆黒の00式は朱い炎の尾を曳き――再びの戦いの空へ。

 

飛び発つ間際の其の彼に、御武運をと願い了解整備に感謝すると無感情の侭乍らも返された機付長が飛び立ち遠ざかり征く其の黒い機影へと、ぎゅっと硬く目を閉じ組み合わせた両手で何かに祈るが如き仕草を見せる処迄含めて此度の防衛戦が開始されてから既に幾度目かにも成る彼の再出撃の光景、

 

「…」

 

だが僅か、ほんの僅かに。

彼が急いでいる風にも見えたのは、蓋し唯依の気の所為では無く。

 

二人三人抱えた処で危ぶむ事も無かろうが…

 

悋気等と此の場に余りにそぐわぬ、唯依は小さく頭を振って。

 

 

戦場に絶対は存在せずともそう柔な男では無いとは既に信頼を超えた確信の域、況して国連軍横浜基地所属の四人娘も元は神宮司少佐殿門下ときて相応以上の業前。

装備機の性能含めて彼女等で足手纏いだと云うなら此の戦場の衛士の八割方が皆揃って足手纏いだ。

 

 

寧ろ殊戦闘に於いての持久力には矢張り劣る女の我が身を今更乍らも唯依は悔やまざるを得ない。

 

 

万難を排し家督を継がせてくれた亡き父にせよ、生まれ落ちた此の身が男児で在れば其の難自体が無かった上に。

然して男で在れば彼と共に駆ける今此の瞬間にも体力面から拡がりゆく遅れに加えて彼や是やの他念なぞ無く只只管に並びて剣を振るう事が出来たのやも ―

 

 

埒も無い…

 

唯依は疲労ゆえの眉間の奥の疼痛と共にそんな想いも追い遣らんとして僅か目を伏せ息を吐く。

 

 

共に死ねれば其れで良い。

 

だが彼の足を引っ張る様な真似だけはしたくない。

 

そんな無様を晒すくらいなら自爆釦を押す程度の覚悟は疾うに済んでいる。

 

 

「――白牙中隊出るぞ、我が剣に続け!」

「了解っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中尉――」

「―下がってろ」

 

通信越しの低いその声。

それが千鶴の耳朶に響くや否や、現れた黒い機体は再び颶風となった。

 

この戦域へと飛び込むや否や自ら投擲した長刀の、「鬼火憑き」に突き刺さったその柄尻を足場に。

未だ絶命に至らぬ異形の異星種をさらに地に縫い止めんとばかりに蹴りつけ押し込む反動で機体を反転させた瞬間にはすでに跳躍機には再び火が入り。

 

寸毫の静止からの爆発的な加速、低く鋭いその機動で敵BETA群へと突撃をかける。

 

「斯衛の黒か!? 助かった!」

「…光線級は俺が」

 

敵中血刀を振るう94式隊へも含めて亜種との一対一は避けろと言い捨てつつも、自らは地を這う戦車級を四肢に纏う超硬炭素刃で斬り裂き跳ね飛ばし切り刻みながら一切の遅滞もなく「鬼火憑き」へと間合いを詰め。

早業で伸ばした右腕部00式短刀でその前腕衝角を付け根部分で斬り飛ばし宙へと舞いかけたそれを空いた左主腕で掴むや機を翻しつつの投擲、その回転の慣性力に瞬間的な機体全体の電磁伸縮炭素帯の捻転収縮解放による出力すべてを乗せられたそれは唸りをあげて空を裂き、300m先の光線級の1小隊へと。

 

光線級の放つレーザーは大気程度はプラズマ化させても輻射圧はさほどでもない、ゆえに対向してくる数本のレーザーに灼かれ焦がされ溶融しつつもその慣性と回転とを保持し続けた前腕衝角は瞬く間に残る距離を突破。照射源たる数体の光線級らの護衛よろしく立ちはだかる「鬼火憑き」の足下に10m超の鈍器となってぶち当たった。

 

120mmの着弾に比すればさして目立たず上がる土煙、そして2対4本の多足に加えて大質量を有する要撃級には痛撃にまで至らずとも ― その膝下に蠢く全高3m程度の光線級に戦車級にしてみれば。

直撃を受けた個体は潰され吹き飛びまたその飛散した個体や土塊が質量弾と化して残余の個体を襲い、まだ生きているものがあればそれらもまた瞬間の遮蔽たり得て――噴きあがる血飛沫の中、黒の処刑者は敵中深くへと。

 

「武装が――」

 

00式には内装式の短刀に兵装担架の突撃砲があるとはいえ。

ごくわずかの硬直から脱した千鶴は慌てて地に縫いとめられた先の「鬼火憑き」の尾節に36mmの連射を叩き込んで動きを止めるも突き刺さった長刀を抜かんとすぐに接近するほど迂闊ではない、だがいくらあの中尉殿でもその異名の所以たる対の刃を持たぬままではと ―

 

しかし装備の欠如に構う素振りとてなく黒の斯衛は文字通りに地を這う機動、瞬間機体を屈めて大きく回転しつつの地を払うが如くの回し蹴り ― 中国武術でいう前掃腿 ― 、吹き飛び宙へと浮かんだ戦車級数体を遮蔽としつつさらにそのうちまだ生きている一体を空いた右主腕で引っ掴むや即座にデータリンク共有されていた光線級群の位置へと目がけて投げつけさらにそれを追って吶喊 ― そしてそれらを数回、計5分とかからぬ間に会敵BETA群内の光線級を排除し終えてみせた。

 

「…光線級排除完了。遅滞戦闘に移行する」

 

次いでそうぼそりと言い捨てるや無造作なまでに敵中へと再突入、雲霞の如き小型種を踏み荒らし血飛沫を上げながら疾駆する。

遭遇した大型種たる要撃級とてすれ違いざまに尾節を刎ね飛ばされまた前転宙返りの最中にその背を両主腕の支えにされた個体は次の瞬間に同じく尾節を捻り切られて共に直上へと体液を噴出させる。

 

そこにさらに迫るは「鬼火憑き」、数10mの間合いから高度を取らない跳躍攻撃 ― しかし飛んできたその強化亜種の前腕衝角はわずか退がった黒の機体に触れることなく。

続いて間髪入れず跳びあがるや絶死となる叩きつけの攻撃を繰り出 ― す、その0.2秒前には低く低く姿勢を下げた00式に下へ潜られ。

防御も回避も叶わぬ宙空にて絶対の急所たる下面を処刑者に晒し、兵装担架に跳ね上げた突撃砲より36mmの連射を受けて尾節をその付け根から引き裂かれた。

 

信じられない…!

 

「―右後ろ脚」

「りょ、了解!」

 

急所を吹き飛ばされてなお未だすぐには絶命に至らぬ「鬼火憑き」、しかし半ば唖然としつつも黒の命に即座に反応した千鶴はさすがに動きも鈍ったそいつの二対四本の脚部のうち後ろ一本に構え直した57mmを連射で叩き込んだ。

無痛覚のBETAゆえ半ば吹き飛ばされた後ろ脚にも構わず動き回るもさすればどうなるかは自明の理、数秒のうちに自重を支え損ねてその脚部が折れて千切れて尻もちをつき機動力を大幅に削がれて事実上の死に体と化し放っておけばやがては実際に死ぬ。

 

その間にも素早く離脱をかけた00式は血払いの一振りと共に収納する右短刀、使ってくれと94式から投じられた予備の長刀を背を向けたままに発止と掴む左主腕。

 

「…助かる」

「それはこっちの台詞だ、頼むぞ!」

 

未だ双刃には一振り足らぬ、それでも躊躇の欠片すら伺わせず。

空いた左主腕に背面兵装担架よりの87式突撃砲を握らせると2体の「鬼火憑き」に迫るや衝角前腕の間合い直前にて鋭角にターン、うち1体に真正面から突撃をかけ ― その個体が差し向けられた突撃砲の斉射を警戒したか両の衝角を交差し掲げた次の瞬間にはその衝角前腕こそを足場に跳躍機を使わずして低くも宙に舞う。

 

跳んだ――

 

滞空時間は1秒にも満たぬとはいえ光線級を排除し終えているが為の機動、そして宙空にてするりと下げた長刀の峰に脛部を押し当て落下速度に自重をも載せたその一刀にて要撃級種の死角たる頭上から尾節を縦に断ち割りさらに着地の一瞬前には既に次なる方向への噴射角度の変更を終え待機していた跳躍機 FE-108に火が入る。

 

そして轟と噴き出す赤い噴射炎と同時に00式の蹴爪が大地を蹴りつけ穿ち、豪速を得た黒い機体は再びBETAに死を振り撒く風となる。

 

 

その手管は鮮やかではあっても、いっそ無機質にすら。

慣れた作業を簡便に済ませるとでもいうような。

 

 

「冗談じゃねえなんであんな…っ」

「簡単に見えちまうがよ、マネしたら5秒と保たずにあの世行きだぜ!」

 

引き続き小型種を蹴散らしながら青い燐光を纏う要撃級強化亜種を次々に戦闘不能へと追い込んでいく00式に、残存する89式隊と共に千鶴に壬姫に美琴らは都度その意を汲んでとどめの火砲を撃ち放つ傍ら前衛を担う慧への支援も再び厚く。

 

そしてその慧もまた戦陣を組む94式隊と並んで死線を越えつつ黒の動き自体は察知していて瞬間飛び込んできた00式に即座に呼吸を合わせて背中合わせの回転機動、左主腕の突撃砲を撃ち放ちつつ180°ターンする間に離れていった黒の機体はさらにもう1体へと向かっていた。

 

「…パターン?」

「…そうだ」

「教えて」

「…まずは生き残れ」

 

とはいえ「鬼火憑き」だけでもまだ120体を優に超え。

圧倒的な双刃の戦闘力を以てすら頑強極まる強化亜種を葬り去るには単体ごとに時間を要し、支援と共に止めを担う列機の火砲の残弾にもすでに余裕は ―

 

ゆえに通信越しの視線すら合わせぬままに交わされる戦士の会話、いや彼は。

 

「…支援は来る。出過ぎるな」

 

つっけんどんなのは誰にでも。

だがとりわけ207Bの面々には、常には相対してなお視線を交わすことを避けている ― その理由など戦乙女達が知るよしもなく。

 

「…」

 

 

守りたかった。守ると誓った。そう約束した ― 何度も、何度も、何度も。

 

なのにいつも――守れず喪う。

 

 

共に戦い続けた。連れて逃げたことさえあった。

 

だが耳と魂に残された彼女たちの響きは、戦いの合間の安らぎの一時の微笑でもなければ甘やかな密事の吐息でもない。

 

 

痛い痛い痛い ―

 

 

無力な男を呪うでもなく。

哀願の言葉すらも漏らさぬまま。

 

 

怖い、怖いよ ―

 

 

最早いつのことなのか定かですらない、この永劫にすら思える繰り返しの中で。

いつも、やがては。

 

 

助けて、助けて ―

 

 

断末魔のその一瞬、苦悶の呻きとこの掌からこぼれ落ちていった彼女たちの最期の思惟。

色とりどりの瞳に刻まれたその、悲痛なまでの叫びだけが――

 

 

助けて□□――!!

 

 

 

「…」

 

闇に沈んだ茶色の双眸、そこにもやはり疲弊は滲むも。

 

「……BETAは鏖だ」

 

尽きせぬ憎悪が澱みゆく。

 

 

「…装甲展開…出力制御変更…強制冷却開始…XM3通常駆動停止…入力予測演算停止…」

 

漆黒の装甲、その両肩・主腕・膝部から下が僅かに開き。

跳躍機FE-108からの噴射炎がその大きさを増した。

さらにその黒鬼を操る男の右手はコントロールパネル上を淀みなく動く。

 

「…弐番機起動」

 

管制ユニット内に設えられた、二基目の特殊装置が稼働を始め。

網膜投影の情報視界に浮かびあがるは「Alternative 4」の文字。

 

第3計画の遺児にして第4計画の寵児、その銀の娘の手になる完全同調。

そして奏でられる微かな高周波と共に――

 

 

Я думаю о тебе(I think of you)

 

 

「…」

 

しかしそのソプラノの声も管制ユニット内部で流れて消えて。

 

「……最大稼働開始…演算能力最大…全出力を強化装備へ…」

 

男は独り、抗い続ける。

 

「…筋電流操作最大…保護皮膜耐G収縮上限解除…感覚欺瞞最大持続…」

 

橙に光る00式C型各所の発光部、その総てが昏く闇色へと変じ。

 

― eXecute and Massacre alien Monsters Maneuver MAGATSUHI ―

 

「XM4、00外式・禍津日 ― 起動…」

 

軍神から、災厄の穢れへと。

妖しく金の粒子を混ぜる黒の双眸が光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またぼつぼつ続けていきたいと思いますのでよろしければおつきあい下さいw
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