Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 26

 

 

発 日本帝国欧州派遣軍司令部

宛 欧州連合軍在斯干的那維司令部

 

 

今ヤ剣折レ弾丸尽キ最期ノ敢闘ヲ行ハントスルニ方リ 熟々皇恩ヲ思ヒ粉骨砕身モ亦悔イズ

茲ニ平素ノ御懇情御指導竝ニ絶大ナル作戦協力ニ任セラレシ各友邦部隊ニ対シ深甚ナル謝意ヲ表シ 以テ訣別ノ辞トス

何卒後方要員ラヘハ格別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

 

皇軍斯ク戦ヘリ 煌武院悠陽殿下万歳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

宵の口を過ぎても、変わらず闇はなく。

バルト海・ファスタオーランド前線基地。高級士官用区画の一室。

 

大隊長室ともなれば一応はそれなりの広さだが、隣接して付属する寝室はそうでもなく。

寝台に至っては当然一人用で大きさも質も尉官らのものとさして変わらない。

 

ナイトガウンを羽織っただけの姿でその硬いベッドに腰掛ける、ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐の銀の髪はまだ濡れていた。

 

浅黒い肌に端正な顔立ち、シャワーを浴びてしかし緩むことのない鋭い琥珀の視線は髪を乾かすのもそこそこに、ベッド脇のデスクに置かれた端末の画面を見つめている。施設の老朽化を示すやや光量が足りない気がする照明の下、両膝に乗せた肘、組んだ両の掌が半ば引き結ばれた口元を覆う。

 

昼間部下たちの前では常と変わらぬ鋼鉄の王としての佇まいを崩すことはないにせよ、今の彼のそれは苛立ちとまではいかずとも焦れている時の仕草だと、長いつきあいになるジークリンデ・ファーレンホルスト中尉には判っていた。

 

「…」

 

いつも通り編んでまとめていたくすんだ金髪を解き、黒色の軍服を脱いだシャツの背に流して揺らす。同色のタイトスカートに包まれた形のよいヒップのラインはしかし同時に熟れた色香を放つ。

 

 

残務を片づけ終えてのいくばくかの時間。たまにしか持てない、久しぶりのふたりだけの逢瀬の時。こんな事にならなければ、もっと違う展開があったのかも。

 

今ここでどんなに焦れてみせても遠く700km向こうの戦況に変わりがあるわけではない、でも、そう万事に割り切りを見せないのが彼なのもよく知っているから。

 

並ぶ者とて稀な武傑、卓越した前線指揮官。

それでも自分が愛した男のその素顔は、弛まぬことを己に課しただけにすぎない、不器用なひとなのだとも。

 

 

ジークリンデは内心へのため息一つで気持ちを切り替え、サイドボードに置かれたヴァイスヴァインを取りあげた。

グラスは二つ、コルクはもう抜いてある。フルート型のボトルの中身も栓も、さして富貴を求めぬ部屋の主の数少ない好みに応えるべく「本物」。

 

もっともそれらすべてを準備し整えているのは、副官たる彼女自身の仕事でもあり。

中身を合成ものにすればさすがに気づくだろうけれど、地中海沿岸の産地がアフリカ側に限られてしまった栓のコルクが金属か樹脂のスクリューキャップになっても、きっと彼は文句を言わないだろう。

 

グラス1/3と1/4にそれぞれ注ぎ分け、多い方を王へと。

彼は差し出されたグラスに数瞬だけ寄越した目で礼を言い、受け取り喉を潤した。

 

ジークリンデもまた彼の隣へと腰掛け、ぎしりと古いスプリングがわずか軋む。空いた手でグラスを傾ければ口当たりよく美しい酸味。

そうしてふたりで並んで端末の放送を観ながら、

 

「…ユーコンから続報はあったか?」

「安保理ではソ連側から一定の譲歩は引き出せる見込みと」

「白海の艦隊か」

「はい。ソ連領内を北上するBETAについては火力支援が得られそうです」

「対価は…東側への食糧支援あたりか。陸上兵力は出さんのだろうな」

「はい、その条件の『電子部品』の融通について折り合いがつかないようですわ」

「…結局は、彼ら頼りか」

 

その応えは半ばの嘆息と共に。

誇り高い狼の王が漏らしたそれは、自責の念ゆえか。

 

 

この基地より北東へ約700km、時差は1時間。

より明るい白夜に砲火を発して眠れぬ夜を乗り越えるべく抗い続ける戦友(カメラード)たち。

 

彼らはTSUNAMIの如くに押し寄せるBETAの大群からすでに二昼夜、欧州連合の戦略資産となったロヴァニエミハイヴを守り通している。

 

 

「戦況の詳報は」

「こちらに」

 

王の求めに従い、后が差し出した数枚の衛星画像は同じくユーコンよりもたらされたもの。

 

その低軌道衛星の高い地上分解能がもたらす画像はそれなりに鮮明で、茶褐色の大地にはほぼ黒色に見える大集団 ― BETAの大群。

 

「…流石によく守ってはいる…が」

「はい、いくらライヒとリッターが強力でも数の少なさまではどうにも…おそらく支援要員まで含めて薬物を使用していると思われますが、人員の疲弊は免れません」

 

ジークリンデはわずか、眉根を寄せて。

 

「増援は」

「当基地を発ったイギリス軍2個中隊は当初ボスニア湾沿岸を担当していましたが、現在は帝国軍の要請によりリッターの光線級吶喊(レーザーヤークト)支援に当たっていたQE所属の2個小隊と共に北欧軍の支援としてハイヴ東へ。XM3搭載の成果は想定以上だそうですが、彼我共に数が数ですので…」

「ドーバーからは?」

「同じくイギリス軍の先遣隊が今朝方空挺で1個大隊。現地までは3時間、展開に1時間でした」

 

白き后狼の報告した所要時間はかなりタイトなものながら。

その先遣隊が Who Dares Wins をモットーにする精鋭中の精鋭集団と知れば頷けるもの。

 

「虎の子を出して来たか。配置は?」

「現地のライヒ司令部は同じく北欧軍の支援へ回してくれと」

「…健気な程だな……だが実際は、ショーグン救出部隊か」

「はい。当基地進発の隊も含めて、ライヒへの牽制または貸しにもできる動きですわ」

「…」

 

王の再びのため息に。

戦に政を持ち込まれることも珍しくはない立場とはいえ、それが好みとは限らない。

 

「ですがライヒは諸々折り込み済みなのでしょう、明言こそしていませんがオプションは放棄したものと…籠城戦術に移行する段階の戦力水準はすでに下回っています」

 

 

― 武士道トイフハ死ヌ事ト見附ケタリ

二ツ二ツノ場ニテ 早ク死ヌ方ニ片附クバカリ也 ―

 

 

やはり彼らはすでに死を覚悟しているのだろうか。ハイヴを襲うBETAを道連れにして。

 

 

「……用心を怠る者は愚者の誹りを免れ得んが…」

 

とはいえウニオン(我々)は少々疑心暗鬼が過ぎる、と大きく傾けグラスを干した狼王のそれをジークリンデは受け取った。サイドボードのボトルから新たに注ぎ足す。

 

強力な部隊を率いる者として、また欧州連合屈指の英雄として。

政治からは逃げられない身でありながらも、戦士で在りたい狼の王には面白くもない話だろう ― けれど。

 

「ですが、そのライヒの籠城作戦はそもそも実現性が乏しかったのです」

「…何故だ?」

「ライヒの作戦は籠もるべき城塞・ロヴァニエミの把握が完全に終わっていることが大前提です。ウニオンは制圧後の発表で15日間を計画しているとしていましたが」

「……完了したとは聞いていないな」

「終わっていないとの発表もありません」

 

そのあえての平坦な応えに差し出されたグラスを受け取りながらも黒き狼の王はさらに苦虫を噛みつぶした。

 

 

こんな小噺(アネクドート)がある ―

 

待ち合わせをすると、約束の時間の前に5分前に来るのがドイツ人。定刻にイギリス人。5分遅れでフランス人が来、15分後にイタリア人。30分後にスペイン人がやって来て、結局来ないのがポルトガル人。

 

 

「リント少尉の分析では最近の搬入資材や人材から調査はまだ継続中だった可能性が高いと…我々は大陸諸国のそういう欠点に慣れていますが」

「…ライヒは何も言われなければ当然計画通りだと判断したか…」

 

 

ちなみにその小噺では、日本人が来るのは約束した時間の10分前と言われている。

 

 

「調査団の人員構成についてもイニシアチブを握りたいイギリスの横車を私たち大陸国で止めましたが、その後その我々の方でも話をまとめるのに時間を要したと」

「…笑えない冗談だ」

 

こと権益が絡むと一向に話が進まなくなるのがウニオンの常の悪癖とはいえ。

呆れてものが言えない風な王の姿に、ジークリンデはきっと軍に入る前のヴィルフリートだったらもうとっくに怒りだしたか頭を抱えていたに違いないと過ぎた時間へと思いを致す。

 

 

もっともハイヴ先進国の日本にしても、「生きたハイヴ」で知悉するのはフェイズ4まで。

帝国軍もロヴァニエミと同じくフェイズ5となるリヨン攻略戦には参加していたものの深層まで帯同したのはわずかに2機のみ、しかもロヴァニエミはリヨンと同じフェイズ5に分類されてはいるがその建設は81年とリヨンより5年早く、その時間差からかその地下茎構造は、深度こそ大差なかったもののリヨンのものより数的に増大しまた複雑化していた。

 

 

「大型の横坑だけでもかなりの数に…ですので仮に地下茎構造の封鎖作業を侵攻BETAの迎撃と並行して行うにせよ、ライヒ部隊が保有するS-11を加味してなお強固なハイヴ内壁を破壊して封鎖するに足るだけの爆発物が現地にあるかどうかも」

「…ならばどの程度必要かと問われても調査が終わっていなければ答えようがないしな」

「また前例のない戦術になりますのでBETAの反応が読み切れません。レールガンや戦術機といった誘引の原因になりうるものをハイヴ内に集めすぎると、リヨン攻略時と同様に主縦坑に直接複数の母艦級が同時に出現する可能性もあります」

 

ライヒの答えは「それも撃退すればよい」だったらしいが、いきなりの背水の陣を敷いて失敗した場合に替えの効かない戦略資源を喪うのはウニオンである。そして――

 

 

「『生きたハイヴ』にBETAが侵入した場合、何が起きるか全く解っていませんでした」

 

 

ハイヴは未だ、謎だらけ。

 

ハイヴの何処からBETAが湧いてくるのかも判明していないため、「制圧」などといっても人間がその最深部の反応炉まで到達して棲息BETAを駆除し終えれば、その再出現はどうやらないらしいということが経験則として解っているだけ。

 

ゆえに侵攻BETAがロヴァニエミの地下茎構造に足を踏み入れた瞬間、言うなれば再起動を果たしたハイヴが突然大量にBETAを吐き出し始めるかもしれなかった。

そうなれば籠城した防衛部隊は逃げ場のない地下空間で挟撃され、為す術なく蹂躙されるだろう。

 

 

「もっともこれについては、現在すでにハイヴ内への直接地下侵攻が確認されています」

「…ライヒはこれに関しての情報を持っていたのか」

「そこまでは。ですがウニオンは日米を排しての調査を進めてきた手前…ましてライヒのハイヴ研究の第一人者はあの――」

「ドクトル・コーヅキか」

 

 

魔の巣・ハイヴに文字通り住まう「横浜の魔女」。

 

国連の極秘計画に携わりその主導権が日本からアメリカに移った現在でも枢要を担っているといい、またレールガンにXM3といった今やTSF戦略術上欠かすべからざる装備の開発元でもある。

 

 

「たとえわずかでも彼女に情報を渡す可能性となる行為は控えるべきと考えるかと」

「…XM3の欧州供与に関してはハルトウィック閣下と連携したとは聞いたが」

「はい。先のDANCCTは閣下からの要請をドクトルがヘルツォークへ繋いで実現したそうですが……交渉役として実際に会ったリント少尉の印象は ― 『危険人物』だそうですわ」

 

 

紛れもなく ― あるいは途方もなく ― 能力は高いのだろうが、利己的かつ排他的・攻撃的で秘密主義そして自尊・傲慢それらすべてを隠そうとしない、きわめて付き合いづらい人間という印象だったと。

 

 

「結局…『人』だということか」

「はい」

 

狼王のその少しの酒精混じりの大きなため息に、ジークリンデは肯んじた。

 

 

信頼関係の醸成ができていなかった。人も、組織も、国同士も。

 

タカツグ・イカルガにユーコ・コーヅキ ― ヤーパンライヒのこの二人の重要人物に関しては、かたや閉鎖的な武家社会の頂点でしかも表向きには政治勢力とは関わり合いを持たないとする立場にあり、かたや絶大な影響力に命令権を持つ一方で合法・非合法問わずほぼ一切の情報が遮断される伏魔殿から一歩たりとも出てこない謎の引きこもり科学者と来ては、共にその異名に異聞ばかりが先行する形にもなっていて。

 

 

「ですが少なくとも ― ブケに関してはつなぎを取れそうでは?」

「ン…」

 

端末の英国国営放送には、紫色のTyp-00。

 

放送では昨日からすでに幾度となく繰り返されているその映像、カタナを握って昂然と立つショーグンに傅くリッターら ― 青赤白に黄色に黒と、彼らの中にジークリンデは先だって知己となった若き衛士たちの顔も見つけていた。

 

「タカムラ中尉やマカベ大尉はフダイ・シンパンと呼ばれるハイ・サムライ。彼女たちを窓口にBETA大戦勃発以来絶えていた王室外交を再開させられないかとの打診が来ています」

 

それは欧州連合外交部と ― 情報部から。

 

そのマカベ大尉の数年前の来欧時、当時は候補生に過ぎなかった彼に隊章を授与したのは単に記念の意味程度しかなかったにせよ。先般のタカムラ中尉ともう一人への隊籍及び叙勲といったものが、単純に友誼の印であったはずもなく。

 

「…」

 

しかし狼王のあえての無言、それは我々の職分を超えた話になるし現在の状況を考えれば彼らが生還するかさえもわからない、大体己は貴族なんぞといってもほぼ名前だけでノイエ・タンツのひとつも踊れぬ無骨者だぞと言いたげに。

 

当然それを予想していたジークリンデはため息一つもつくことはせず、

 

「日中、ショーグン・ジェネラルへリヒテンシュタインのアダム2世陛下が表敬と激励の通信をされたところ戦闘中の管制ユニットに繋がったそうですわ。明日にはエリザベート女王陛下も通信のご予定と」

 

その報告にも無感情にそうかとだけ口にした自らの王を見ていた。

 

王を戴く立場にはとうにないとはいえ貴族の裔を名乗る番犬部隊、本来なら現存する世界最古の王朝から国権を委任されていると謳うショーグンの存在を軽んじはしないが――

 

 

欧州連合にも今なお王室を残す国家は少なくない。

 

その代表格は言うまでもなくイギリスながら、当の北欧国家においてもフィンランドを除いた2ヶ国の王家は健在。

国土の失陥という非常時に、その維持に国費を要する王室など残す必要があるのかとは各国において常に存在する議論ではあるが、逆に祖国の土を喪ったからこそ国民統合の象徴が必要という意見も根強い。

 

ゆえにこそと言うべきか、欧州の王族にも軍務に服す者は多い。

すでに従軍しているスペインやベルギー王族のほか現在18歳となる英王室の長男は士官学校に進んでいるし、2歳年下の次男もまた軍への志望を公言しているらしい。

 

しかしその一方で ― 少なくとも現在は、実際の最前線に立つ王族出身者が稀なのも事実。

 

BETA戦では比較的安全ともいえる艦艇要員も後方勤務者も欠かすことのできない重要な存在だが、そもそも砲兵含む陸戦能力を喪失しているのが欧州連合軍。

20年前までならいざ知らず、現代の対BETA戦で小火器を担いだ歩兵が最前線に躍り出ることなどはまずありえない。

 

そして戦車や航空機に取って代わった現代の主力兵器たるTSFを操るためにはある種生まれついての資質ともいえる衛士としての適性が必要で ― つまるところ、「非適格だった」ということも可能――

 

 

「――あのショーグン・デンカも実際には『影』ではないかと言われています。乗っている機体もチョルォンで確認されたR型とは異なる可能性があると」

 

ユーコンはリント少尉からの情報提供に留まらず、とある部下にうっかり尋ねてしまった白き后狼はあれこれと資料を見せられた上で少々…いや大分丁寧に過ぎる説明を受けていた。

 

「否定は出来まい。おそらくはそうなのだろう…が、無意味な議論だな」

 

しかし戦人たる黒き狼の王は取りあわない。

 

 

仮に彼女を替え玉だ偽者だと他国が騒ぎ立てたところで、ライヒが認めるはずがない。

 

そして手術で似せたか他人の空似かあるいは実際に縁者であるのか、それも含めてどうでもいい。旧い権威を笠に着て人々を死地へと走らせることに、貴族の裔と嘯く己らが何かを言える立場にない。

 

加えるならたとえ影武者が操る代替機であろうともあれだけの技量を備える衛士が強力なTSFに乗って前線にいるという事実に変わりはないし、何より王を名乗る人間その者が、自ら戦場に立って最も意気が上がるのは至難の戦陣を共にする帝国軍の兵士たち。

 

そして政治の都合で振り回されて、意に反してあの場に立たされているのだとしても。

一挙手一投足にまで注意を払い、生命を賭けるあの衛士は十分敬意に値すると ―

 

 

「――だがいずれにせよ…今の局面を乗り越えねば話にならん」

「はい」

 

杯を干しきり、狼王はそれを置いた。

 

 

7時間後 ― 明朝払暁、イギリス軍が派遣する援軍本隊がこの基地に到着する。

2個連隊200機超の戦術機部隊はここで最後の補給を済ませて自力飛行で戦地へ向かうが、その際の飛行時間に補給に要する地上時間も含めれば、さらに3時間程度は必要になる。

 

すなわちあと10時間、それまでは――

 

 

「ですが…」

 

常の怜悧な后狼には珍しく言葉を濁して。

これを、とそのジークリンデは残っていた衛星画像を王へと差し出す。

そこに写るのは ― 広大な荒野に黒々とわだかまる――BETAの群れ。

 

「旧ソ連領内を通過北上したBETA群が滞留しています」

「…数は」

「およそ10万」

「…」

 

鉄血の黒き狼王をして、眉根を寄せて微かに唸る。

 

 

ラップランド最大の湖跡、旧フィンランド・イナリ付近。

 

ロヴァニエミハイヴまでおよそ260km。

それは突撃級なら2時間程度・要撃級でも4時間ほどで走破しうるだけの距離。

 

 

「これらに南下の兆候が…いえ、情報の時間差を考慮すればあるいはすでに」

 

遠くユーコンからこのファスタオーランド基地の番犬部隊へ届けられるまで ― いや、そもそも偵察衛星による監視体制自体に空白の時間帯がある。

 

 

光線属種の出現により航空偵察が封殺されて久しい現在、対BETA戦での最も有効な監視偵察手段は人工衛星を用いたものになる。

そのために赤道上空36000kmに位置する静止衛星に加えて、各ハイヴと防衛線とを重点対象とすべくその上空には低軌道衛星が複数基で高度2000kmを周回している――が。

 

それら国連及び各国軍なかんずく列強が保有して運用する低軌道衛星は総数ではそれなりの数に上りはするものの、いかんせん監視対象となるエリアが多すぎる。

 

まだ地球上に残る20のハイヴに加え、ヨーロッパ戦線だけでもリヨンハイヴ攻略後に形成された長大なリヨン東防衛線にアドリア海沿岸、さらに今次作戦に前後して発生したユトランド防衛線。中東方面では紅海から続くスエズ絶対防衛線、アジアに目を転じても旧マレーシアから南・東シナ海から黄海にまで続く沿岸防備とBETAのみならず同じ人類にも目を光らす必要のある朝鮮半島38度線。

 

低軌道衛星の軌道周期は90から120分程度のため文字通りに間断なく監視の目を向けるためには各エリアごとに少なくとも30基以上が必要になるが、それだけの数の衛星を打ち上げるほどの余力はもはやどこの国にもあるはずもなく ―

 

ゆえに今次焦眉の対象たるロヴァニエミハイヴとその防衛線に対しても、監視画像の撮影はおおよそ20分間隔。

 

しかしこれらは欧州連合軍に限らず人類戦力側の逼迫による事情とはいえ、広大な大陸の戦線、しかも数年前までのユーラシア完全失陥という状況ゆえでもあり。

昼夜問わず移動するBETAの持続性は侮れぬにせよその速度は先鋒たる突撃級でせいぜい最大時速170km程度と、とりわけオールTSF・ドクトリンに基づく欧州連合軍にとっては戦術機の優速は揺らがぬがゆえに最悪大陸側沿岸部で邀撃すればよいとして、消極的ながらも作戦上の空隙としては補いうるものと見なされてきた部分も――

 

 

「ヴェリスク最後発のBETA後衛群はまだ北上中です。湧出自体は軟調化していますが…」

「…挟撃されるか」

「はい」

 

狼王はプリントされたその画像を琥珀の視線で射貫くも――

 

 

いかに精強を誇るライヒスアルメーにヴァッハリッターといえど、丸二日に及ぶ戦闘の末に南から引き続き要塞級に重光線級までもが入り混じる後衛群が襲い来るなか手薄な北を3個軍団規模をも越えるBETA群に衝かれるとあっては。

 

 

そして端末には、最新の ― つい2時間ほど前らしい ― 映像が流れる。

 

 

 

露天、荒野。

立ち並ぶ暗灰色の94式不知火に89式陽炎、そしてまばらながらも各色の00式武御雷。

 

その足下に整列する強化装備の衛士らにカバーオールの整備兵たち。

わずかに手空きの者だちだけ集めたのか数は決して多くはなく、その誰もが仮眠どころか殆ど休息すらとれていないと思しく並ぶは無精髭に化粧気のない顔 ― それらには疲弊を通り越し憔悴にも至らんとする消耗の影。

だが同時にそこには、死兵と化してなお戦い抜かんとする烈気があった。

 

そして彼らの前には、解いた青成す黒髪を風に靡かせその白皙の頬にも黒く拭った煤の跡を残す、政威大将軍・煌武院悠陽殿下その御方が。

 

 

― 皆の者、いよいよ我らの真価が問われる時が来た

 

私は皆が帝國の一員として誇りを持って戦ってくれることと信ずる

今やこの芬蘭の地は人類の最重要拠点、すなわち我らが瑞穂の国を護るに等しい

 

ゆえに神州がため、皇国がため、そして世界のために

我々は…たとえ最後の一兵になろうとこの地で異星種共を踏み留める!

 

だが案ずるな、援軍は来る!

欧州が友邦、かつての同盟国の精鋭らが間もなくやって来る

 

ゆえに各々、易く死することは禁ずる

 

戦え! そして生きよ! 生きて再び祖国の地を踏もうぞ!

私は、そして斯衛は常に諸子の先頭に在る!

 

 

鬼気迫るとは正に此の事。

黒塗りの鞘に収まる伝刀を掲げ爛々と光を放つ冥い夜の瞳、振り乱した青成す長い黒髪をさっと結わえ上げると総員へ搭乗を告げた――

 

 

 

「…ドーバーに打電を」

「五度目になりますが」

「かまわん」

 

立ち上がる狼王、羽織っていただけのガウンが落ち露わになるブルネットの肌。

その下の鍛え抜かれた筋肉に戦気が満ちていくのを、王のガウンを手にした后狼は感じて。他国部隊所管の分まで含めたリニア・レールガンの融通から血中アルコール分解剤の手配まで含めてすばやく算段を立てた。

 

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス。

だが手練れ揃いの精鋭部隊とはいえ、事ここに至っては尚更、半壊した大隊で出来ることなどたかが ― 否、今だからこそ出来ることがあると言うべきか。

 

すなわち増援到着に先んじての嚮導の名目にて――帝国軍残存兵と要員の後退支援をこそ。

 

 

「では、本隊進発前の威力偵察兼光線級排除として要請します」

「頼む」

 

 

誇り高きライヒの将兵はBETAなどには決して膝を屈しないだろう。

 

ゆえにたとえ前進がどれ程までに困難であっても、只管にその道を征こうとするはず ― 後に続く者あるを信じて。

 

ならばその、続く者たちは守らねばならない。

 

極東よりは遙か遠い地の果て、この欧州を守らんとして。

義によって起ち、散っていった衛士達の死が、無駄ではなかったことの証のために。

 

 

「総員起こし、15分で出る」

「ヤーボール、マイン・ケーニッヒ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霽れぬ曇天の下、白夜の荒野に吹きつける強風は自然のものではなく。

 

聴覚には起動し出力を上げていく戦術機とその跳躍機が奏でる轟音、嗅覚にはその燃え盛る航空燃料のパラフィンにナフテンの香りと機体にこびりついたBETAの体液とが放つ金属臭。

 

その中で冥夜は、ようやくに搾り出した己の声が。

 

「…武運、を……」

「…は」

 

掠れひび割れていたことに気づいたとき、その目に映ったのはすでに形通りの敬礼を終えて踵を返した黒い背中だった。

 

…!

 

「…ッ…」

 

覚悟等、疾うに終えていた筈で。

 

然し其れでも――反射的に己が身の立場も忘れて伸ばしかけてしまった手を止められたのは、単に殿下の影たる挙措を、心よりむしろ身体の習い性にしてきたからに過ぎず。

 

これよりの作戦の内容を知悉していたらあのような道化染みた鼓舞激励など、果たして遣り果せただろうか。

 

去りゆく黒の後ろ姿、そして片膝をつき出撃に臨む00式の機列の下にて其の彼を迎えるは山吹の零式強化装備。

遠くからぴしりと寄越された敬礼には一分の隙もなく ― そして彼女の濡羽色の黒髪、常にはその左頬脇に揺れていた白い髪留め紐で結わえられた一房もなく。

 

機は寸刻を争い、搭乗直前で他に時が無いとは云え。

自ら斬り落としたのであろうその一房を、持っていってくれないかと手渡す様をまざまざと見せつけられて。

 

紫紺の強化装備の保護被膜、冥夜はあまりの遣る瀬なさに彼に触れ得なかったその手を自らの胸元で独りきつくきつく握り締めた。

 

 

 

 

 

血で血を洗い、輩の屍を乗り越えて。

まさに血を吐きながら一日千秋の思いで待ち望んでいた欧州連合軍よりの援軍。

 

だが帝国軍にはしかし、ようやくに確定したその到来を言祝ぐ暇は与えられなかった。

 

 

 

ハイヴ北北東、260km近辺から。

南下を開始した滞留BETAは計3個軍団超・約10万体。

 

元々ロヴァニエミハイヴ北側の索敵網は、同ハイヴ攻略に先立つ地上制圧作戦時に欧州連合軍が敷設した決して十分とは言えない数の震動センサーのうちさらに数割が生き残っていたのみ、しかも折悪しく偵察用衛星の軌道周期の間隙を衝かれる形になり ― その報が帝国軍指揮所にもたらされた時には実際に南下が始まってからすでに20分以上が経過しており南下BETA群前衛の突撃級はすでにハイヴへと向けて50km・同中衛群は20kmの距離を詰めていた。

 

そして対する帝国軍は出撃可能な戦術機がすでに80機を割り込み。

完調の機体などもはや1機とて存在せずそれは衛士もまた同様、さらには99型・01型 両電磁投射砲用の交換砲身もまたそれぞれ4本と2本を残すのみ。

 

すなわち欧州連合軍の援軍到着まで、未だ続くヴェリスクよりの北上BETA群を迎撃しつつさらにその南下群を排除するに足る力など、帝国軍には、すでに――

 

 

 

― BETA群南下開始より90分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東110km。

旧フィンランド・ソダンキュラ付近。

 

 

 

鳴り響く高度警告は断続音。

そしてそこに重なり続ける甲高いアラートは ― 照射警報。

 

「――、っの!」

 

その中を飛ぶというより駆けるというべき高度で。

龍浪響中尉はその本来生気に溢れる短躯と敏活な精神にすでに隠しようもない疲弊を滲ませつつもそれらへ自ら叱咤すべく発気し、同じく網膜投影の情報視界・右側上部に表示される機体ステータスのほぼ全ヶ所がイエローを通り越してオレンジ表示になりつつある乗機弐型を駆って全速での噴射地表面滑走――否、飛行そのものの姿勢でBETAの海を駆け抜ける。

 

 

屠り続ける異星種の返り血により、日本帝国軍制式戦術機の暗灰色の装甲・右肩部の日の丸が皆揃って見えなくなってしまっているように。

徐々にというにも目に見えて確実にその数を減じていく味方機、戦力の欠損を補うべく小休止の暇すらなくハイヴ防衛のため戦線各所を飛び回る最中での急遽の招集。

 

補給の後すぐさま戦闘速度で北上、そして交戦開始から ― すでに30分。

 

 

想定されうる超重光線級出現への備えすらも破却して、01型砲を使い果たすにせよ英王立海軍より支援打診のバルト湾駆逐艦戦隊によるミサイル攻撃をかけるにせよ。

限られたというにももはや少なすぎるそれらの火力に最大の戦果を発揮させるには、鉄壁の対空防御を成す光線属種の排除が必須。

 

ゆえに南下を開始したBETA群から速度に勝る突撃級が遊離してしまう前に。

それら目がけて残存戦力からひねり出した手練れを以て突破浸透。

 

有象無象には目もくれず、狙うは敵BETA群内・光線属種。唯其れのみ ― しかし。

 

 

10万ものBETAとなれば。

周りは敵、敵。敵しか見えない。

 

荒野を埋め尽くす戦車級は赤黒く蠢く波濤さながら、さらにその中を押し寄せてくるのは無数の異形・突撃級に要撃級。そして見はるかせば途切れることなき悪夢の波の間に間に屹立する要塞級の姿すら。

 

 

薄暮続く白夜の天、その直下にはすでに光線属種積乱雲(レーザークラウド)が形成されBETA群中数多の同属種が励起状態にあることを示し。

そして地は、異星種に荒らされ果て生命の影ひとつとて存在せずそれら異形のものどもが巨体による踏み鳴らしにより局所的な地震さえも発生している。

 

 

「吶喊部隊応答せよ。神宮司少佐、聞こえるか」

「こちら神宮司…っ、光線級排除率…25%、想定進捗より…-12、っ篁中尉!」

「此方篁、進捗同程度『鬼火』が多数、ッ…!」

 

 

決死行の吶喊部隊、指揮官には魔女の猟犬・神宮司まりも少佐を据え。

次席に斯衛屈指の撃剣衛士・篁唯依中尉。

 

そして数多のBETAの返り血を浴び続けて元の白栲の装甲色が今やもう見えぬほどの牙たちが4人、さらに帝都防衛師団由来の第2連隊よりの精鋭3名に加え「巨大種殺し」龍浪響中尉も名を連ね。さらに ―

 

 

「…――!」

 

敵中散開しつつも俯瞰すれば楔型陣形をとる斯衛部隊。

そしてその切っ先を担うは黒の双刃。

 

独立稼働する左右の跳躍機を縦横に操り、地を空をそして自ら斃したBETAの死骸を足場にして超低空を迅る漆黒の機体は文字通りの刃そのものと化し異星種共がその漆黒の鬼神に触れ得るのは寸断されるその瞬間のみ。

蹴りあげられた戦車級は半ば潰されながら宙を舞い人面めいた尾節を刎ね飛ばされた要撃級が赤黒い体液を噴き上げその血煙の帳と共に更なるBETAを斬り裂いて黒の00式が突き進む――が。

 

「隊長っ、中尉の00式だけ前に、出過ぎて…!」

「なにやってる、05は!」

「頑張ってますが…!」

 

黒のそのおよそ常人には成し得ぬ域の機動術、果て無き異形の波濤の僅かな狭間を縫い避け斬り開いて単機圧し進むも ― その機動によって刻まれた軌跡は異星種の大洋に比してはあまりにか細い。

ゆえに斯衛きっての、否、もはや世界屈指と称して差し支えない白い牙中隊の突破力を以てすら追随しきる事が敵わない。

 

いくら中尉とあの連中でも ― BETAの数が多すぎる!

 

響は乗機弐型の管制ユニット内、そのコネクトシート上で息つく間もなく操縦桿を操りフットペダルを蹴飛ばしながら瞬きする猶予さえも与えられず網膜投影が映す目の前の地獄と伝えてくる各情報のウィンドウとに目を走らせ ― その左側の戦域マップ、赤の光点に満ち満ちたそれ。

 

わかっちゃいたが…これじゃ誘引どころか光線級の排除だって…!

 

 

いかに手練れ揃いとはいえ吶喊部隊はわずか11機。戦力比およそ1:9090。

 

各BETA種中そのほとんどは近接攻撃手段しか持たないがゆえにランチェスターの法則でいえば一次法則の存在に過ぎず二次法則の住人たる戦術機とは非対称戦と呼称しうるにせよ、その数的規模の格差はあまりに圧倒的に過ぎ。

 

何より光線属種の放つレーザー攻撃は現在人類が保有するおよそ総ての兵器に対してその威力・射程・精密性において凌駕しているのは明白で、また、遙か南方ヴェリスクハイヴのBETA北上が始まってすでに50時間近く。

それは通常BETA群中衛に属する光線級のみならず、同後衛に属する重光線級までもがスカンジナビア北辺にまで到達するのに十分な時間。

 

通常BETA群中およそ1%程度ずつ含まれる光線級・重光線級、すなわちこの南下群10万体中に予想されうる両光線属種の総数は ― おそらくは1800体超。

 

現時点で戦史上最大級の光線級吶喊は先のハイヴ攻略に際する地上制圧戦・その終盤で欧州連合軍精鋭2個大隊が成し遂げたもの。

 

だがいま帝国軍は、その6倍以上の敵に7分の1の戦力で挑まねばならない。

 

 

「 ― ク!」

 

飛びかかってきた要撃級を回避した響はさらにその先で振り下ろされた衝角前腕をも避けるべく超低空での錐揉み回転、網膜投影の情報視界に天地を目まぐるしく入れ替わらせながら惜しみつつ使うほかない突撃砲をやむなく放つ。

 

 

無謀でしかない作戦計画。

 

巨万のBETAの海の中から数多の光線属種を排除し、能うならば誘引をかけてS-11と投射砲に英海軍戦隊の対地ミサイルにまでをも用いて形成するキルゾーンでその大半を殲滅するなどと。

言うは易く行うは難しどころか不可能と云って差し支えない。

 

 

実際に、旧ソ連領を通過北上したBETA群は旧フィンランド・イナリ付近で半径5km超の歪なアメーバ状の滞留隊形から突出する突撃級群が先んじる形でその形状を崩しながらややの帯状に南下してきて ― そのただ中へ突入するのがたかだか10機程度の戦術機部隊では、押し寄せる大津波に小石を投げ込んで止めようとするに等しい。

 

そのためハイヴ防衛の戦線各所から急遽集められ北上をかけた吶喊部隊が会敵し交戦を開始したハイヴ北140kmの地点から、30分経過した現在の時点ですでに30kmの前進を許し――辛うじて優速のBETA群前衛突撃級群の素通りを防ぐべく吶喊部隊中機体性能では引けを取る94式小隊にそれらの掣肘を命じた神宮司少佐の差配が奏功する形でハイヴ北側直掩部隊の負担は最低限度軽減できてはいるものの、中衛たる戦車級要撃級群の進行速度およそ時速60km程度に照らし合わせればその進軍を遅らせることはまるでできていない。

 

加えておそらくは1000体近く或いは超えるやもしれぬ数の光線級とさらに同数近くは存在するであろう後衛群内重光線級共はおよそ5~10体程度の小隊規模未満の小群に分散してBETAの激浪各所に点在していて、対地ミサイルでAL弾戦術を用いようにも英海軍バルト湾戦隊・駆逐艦5隻程度の鉄火量では到底足りないのは明白な上によしんば重金属雲形成に成功したとしても南下前進を止められない以上本命の対地弾頭が飛来する頃には肝心のBETA群はすでにその雲下を通過していることになる。

 

また光線属種の分散については既述ランチェスターの法則・クープマン分析における分割戦略の対象たりえると云えなくも無いがそのレーザー攻撃は人類にとって文字通りの必殺必死。

さらに虎視眈々とその照射を狙うそれら巨眼の怪物をあたかも護衛するが如くに立ち塞がるのが総数およそ20000体にもなろうかという要撃級と1000体に及ぶ要塞級、別けて前者には今次防衛線より確認されだした青白く燃える燐光を纏う強化亜種・「鬼火憑き」が1割強、推定2500体程度も混じるとあっては。

 

 

それらすべての要素と懸念、糅てて加えて吶喊部隊の致命点が――

 

 

「龍浪かまわん要撃級はこっちへ投げろ!」

「少佐…っ」

「機動術では貴様が次点だ、後ろに構うな!」

「了っ…!」

 

解、と切れ切れでの応えを返す間すらなく乗機を操る響はほぼ横倒しの体勢から振り回した右主腕の74式近接戦闘長刀の一閃で「鬼火」の左後脚の根本近くを半ば以上寸断した――が、重い衝撃と共にその超硬炭素刃が止まり弾かれ。要撃級種の脚部主体節近くに配されている強固極まる四角錐上の突起物 ― 衝角前腕と同じ材質か ― を迂闊にも斬打した自らの遣り損じを強制的に悟らされる。

 

クッソ2本目なんだぞ、まだ保つか!?

 

一瞬たりとも止まらず走行旋回跳躍を強いられる響には叩いてしまった刃の状況を目視確認する余裕などあるはずも無く。

この吶喊行に持ち込んだのは突撃砲*1に長刀*3、突入しての乱戦その状況下での継戦能力だけを最重視した選択だったがうち長刀最初の1本はすでに使い潰してしまっている。

 

そして高速で流れる情報視界の外部映像、その隅に。つい数瞬前に機動力を奪った「鬼火」の尾節へと的確な36mmの連射を叩き込むやしかし撃ち尽くしたと思しきその弾倉を即座に交換する神宮司機の姿がわずか映り込んだ。

 

いくつ目だ、残りは…!

 

刹那案ずる響とて、すでに120mm交換弾倉は残り1本。

 

 

弾薬が足りない。近接兵装にも換えがない。

 

しょせん市井の生まれで帝国軍の一衛士でしかない響の身、他国軍衛士に較べればはるかにマシだが長刀を扱う体系的な技術としては基礎を訓練生時代に促成で叩き込まれたにすぎない。実戦配備後も不得手と感じたことがなかったのはまさに井の中の蛙、斯衛部隊の剣術衛士たちに出会うまで。

それでも機動術と練り合わせればBETA共を斬り捨てる程度ならばと実際にそれで数多の戦場と死線とを潜り抜けてきたのだが――おそらくはそれは、程度の差こそあれ神宮司少佐も同様のはず。

そして響ら一般帝国軍衛士の無手勝流の実戦剣法とは一線を画す妙技によって、折れず曲がらず能く斬れるとの言い習わしを74式長刀にても体現するが如くの斯衛軍衛士らにしてもこれほどの激戦下においては限界があろう。

 

 

そしてそれと同様あるいはより決定的に ―

 

 

「ッ!」

 

地を這う機動の最中センサーが発した警報の一瞬後に情報視界へと落ちかかる影を感じた響の入力と思惟とに応えた乗機弐型は即座に跳躍機FE-140の左肺からロケットの赤炎を吐き出すと共に肩部スラスター全開、機体へと強引に水平方向へのベクトルを加えすんでで大跳躍から飛びかかってきた要撃級のその一撃を回避、響は急激かつ苛烈なGに耐えつつ落着によりわずか動きの止まったそいつの尾節を長刀で刎ねるも、

 

燃料計――残り40%切ったか畜生っ!

 

忙しなく動かす眼球で情報視界中左の戦域マップ内から次目標たる光線級群を捜索しながら同右上の機体ステータス内からただ苦境を伝えるだけの情報をも拾い出す。

 

 

このままでは、推進剤も燃料も足りない。

 

戦術機の戦術機たる所以・三次元機動を担保する跳躍(ジャンプ)ユニット、腰部脇一対のそれを稼働させるのが推進剤、そして特殊装置XM3や間接思考制御含む各種管制装備に加機体本体及び四肢を駆動させる電磁伸縮炭素帯への主機電力を賄うのが燃料電池――だが、その双方共に補給の目処どころか策定すらもされていない。

 

ハイヴ防衛戦開始当初、斯衛部隊による遙か南方敵中での光線級吶喊を輜重の面から支えてくれたというバルト湾上英王立海軍空母の戦術機小隊はすでにハイヴ直掩へと回され激しい砲火を北上BETA群と交えており、また今や稼働機が4割を切る帝国軍には補給部隊を回す余剰などあるはずもなく吶喊部隊そのものに一時後退が許されるだけの数的規模があるわけもない。

ならばと任務機自体でそれを補おうにも増槽装備となれば兵装担架との換装となり火力減は著しく、また増槽装備に伴う機動性運動性の低下は光線級吶喊という任務内容上許容できる範囲を大きく逸脱するため採り得るべくもなかった。

 

ゆえに ― 36mm・120mm砲弾は撃ち切ることを所与の前提とし燃料推進剤を使い果たすその前に世界に冠たる日本帝国軍が所以の近接白兵戦闘にて吶喊任務遂行を目論むも――あまりにBETAの数と規模とが膨大過ぎた。

 

最大速度の半分以下となるフェリー飛行ならばともかくおよそ全開稼働にほど近い戦闘機動の連続、他国軍機に比すれば空力に配慮したうえ原型機たる94式に較べても稼働時間の延長叶った弐型にしてすらすでに燃料推進剤の残量は4割を切った、況んや高出力を誇る00式の、よりさらに高機動となるA型F型をや。ましてごく短期的な運動性の向上と引き換えに燃料消費が跳ね上がるリミッター解除等の手法も文字通りの自殺行為に等しく――

 

 

未だ被撃墜こそ出ないのはまず第一に選りすぐられた衛士の技倆、そして第二にそれを補佐しまた倍化させる特殊装置・XM3あってのこと。

 

だが現実としては ― すでに完遂について一切の成算も勝算も存在し得ないこの吶喊行。

 

 

しかし、それでも――

 

 

 

― BETA群南下開始より120分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東80km。

旧フィンランド・セイパヤルヴィ付近。

 

 

 

「光線級排除率42、遅れがっ」

「BETA中衛ハイヴ外縁到達まで50分!」

「こちら04弾が、もう…っ」

「06同じく燃料推進剤10%!」

 

さらに四半刻、飛び交う通信に拡大しゆく絶望の声。

 

そしてついには神宮司機の左主腕、突撃砲を握っていたそれの肘部から下が要撃級の衝角前腕の一撃に捉えられひしゃげて千切れ――

 

「ちぃぃ、ッ!」

「! 少佐!」

「かまうな、片腕をやられただけだっ」

「はッ、くっ、ソ!」

 

――否、機体への直撃と引き換えにしたのだと響は瞬間的に悟ると同時にもう何体目か100から先は数えてもいない要撃級のさらに目の前の1体を斬り捨てるもついに半ばから折れ飛ぶ3本目にして最後の長刀、それを護衛役を排除し終えた光線級の小群へと投げつけまとめて押し潰しさらに飛びかかってきた「鬼火」を紙一重で回避しつつ蹴りつけ足場にして右主腕肘部ナイフシースを展開させた。

 

1秒未満で手にする65式近接戦闘短刀、残された一対きりの最後の刃。

だがそれを振るわんとする両主腕のステータスは酷使によりすでにレッドゾーンに入って久しくたった今BETAを蹴りつけた右主脚の表示もまた警告域を示す橙から夥しい出血を思わせる赤へと変じた。

 

諦めねえ…! 諦めてたまるか!

 

「まだだ!」

 

すぐそこまで迫る死、だが拡大する怯懦の総てを闘志と執念で覆い尽くして。

響の弐型は蜒蜒たる軌跡を刻む機動からより最低限の要撃級だけを狙って急所たる尾節へ極力関節部への負担を避けるべく体当たりが如くに突っ込み排除、絶命前のそいつを盾にして新たな光線級群へと肉迫する。

 

 

すでに作戦の遂行は絶望的。

だがこのBETAの大軍団への吶喊は無論命令だからにせよ。

 

こいつらを無傷で通せば、このままの勢力でハイヴへと殺到される。

 

そしてもしハイヴに引き込んで最後の抵抗として籠城戦を試みるとしても ― もはや現在の戦力ではそこでしらみ潰しに殲滅することなど可能なはずもなく、地下茎構造(スタブ)のほぼ総てを放棄して主縦坑(メインシャフト)に籠もったとしても南北から押し寄せるBETA群に押し潰されるだろう。当然地上に置いていけるわけもない負傷兵や後方要員も皆道連れになる。

つまり今なお砲火を開いてハイヴの守りを固める衛士の仲間たちもここまで必死に支えてくれた整備班の皆も。

 

為すすべなく蹂躙され――踏み潰されて食い殺される。

 

 

そしてその中には、哀願にさえ等しかった同行の志願が認められず、最期までずっと、だが気丈にも涙は見せずに見送ってくれた、千堂少尉 ― 柚香もまた。

 

 

ならば一分一秒でも長く。一種一体でも多く。

 

こいつらの侵攻を遅らせ、たとえわずかでも数を減らして。

 

機体共々本当に力尽きるその瞬間まで抗い続ける。

 

 

「まだ――死ぬかよ!!」

 

咆哮した響は超高速で撃ち出された要塞級の衝角を紙一重で避け、そのままその個体の真下へと潜り込んで摺り抜けざまに巨大種の弱点たる体節めがけて最後の36mmを撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決然として。

 

 

「神宮司少佐より入電――、『我レ攻勢限界点ニ達ス』」

「十分だ、よくやってくれた。返信『ツクバヤマハレ』」

「は…はッ」

 

 

ハイヴ北20km地点、荒野へと進発していた老兵の群れは指揮所との通信を終えた。

 

 

77式を長機に戴く混成8機2個小隊。

最前線を担い続けた部下らの機体と同じくBETAの返り血に染まり、青炎を吐く跳躍機FE-79FHIやFE-100FHIは後進の第3世代型機に比して明らかに重く太い排気音で唸る。

 

それらを駆る連隊長以下、参謀並びに大隊長級佐官の彼らが纏うのは77式衛士強化装備 ― 濃紺基調の旧型のそれ。

 

そして各々その額には白地の鉢巻、日章を赤く赤く染め抜いて。

両脇へ霜烈にも墨書するは「国報生七」。

 

 

「士魂隊、出るぞ」

 

 

彼らの機体の四肢各所には不要となった投射砲核心部を溶接。

その背部兵装担架には残存する計8発の携行型S-11を分配し搭載。

 

 

「帽振れ、帽!」

 

 

作戦概要の通達を受けたボスニア湾上の英王立海軍駆逐艦戦隊も遠く見守るなか。

 

昔取った杵柄とばかりに、前線を抜けハイヴ外縁付近へと到達し始めていた突撃級群を数少ない直掩部隊から引き受ける形で交差前進して突破、あえて速度を落として投射砲核心部の強力な誘引性を利用しそれら異形の異星種共を引き連れて進む ― 若人らがその血潮を燃やして斬り開いてくれた、北へと。

 

 

「連隊長――、」

「少佐、よくやってくれた」

 

開いた通信の向こう、神宮司少佐機の管制ユニット内には幾重にも鳴り響く警告音、高速で点滅する赤色灯。

尤なる軍人、先の電文に従い吶喊部隊を率いてBETA群よりの離脱行に入っているその彼女をして明らかに疲弊と焦燥の色は濃くその苦境が如実に伝わるなかで、しかし同時に彼女は老兵達の決意をも敏に察したらしく小さくだが息を呑んだ。

 

「後退せよ。ファ島より西独軍先遣隊進発の報があった、連中なら90分で来援するぞ」

「! ツェルベルスが」

「ああ、だが」

 

音に聞こえた欧州最強、かの番犬部隊とはいえこの数相手では。まして数的には半壊したままだとも聞く。

仮に投射砲をかき集めて持ってきてくれると期待したとしても、そして彼らは無謀ではなくとも疑義の余地無く勇敢だろう、そんな彼らは退かぬと決めた現地軍をどうするだろうか。

 

他国とはいえ友邦、そして彼らもまた紛うことなき人類の刃。

代われる者がいる戦場ならばあたら無闇に散らせてよい命ではない。

 

ゆえに ―

 

「さあ行け。現時刻を以て貴様を連隊長代理に任ずる」

「…は…」

「斯衛らもだ。閣下の許可は得てある、命を粗末にするな」

「…」

 

身命を擲って尚及ぶかどうかすら、定かではない己が身の無力。

だが後事を託せる俊英在らば何を躊躇う事があろうか。

 

 

我等が上に戴くは悠陽殿下の大御稜威。

今ぞ此の身を捧ぐれば皇国は永久に栄えまつらん。

男子の本懐、是れに過ぐるは無し。

 

 

「日本を頼むぞ――護国の神剣よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして追随する数多の突撃級の群れを翻弄しつつまさに引き連れる形で。

 

「敵影見ユ。我レ敵群ニ突入ス ― では」

「ああ。九段で会おう」

 

噴射地表面滑走、100km/h以下という戦術機としてはかなりの低速。

間隔500の雁行陣。薄くも広く拡がって、BETA誘引効果を最大限に発揮しながら老兵らは敵中へと突入した。

 

「横隊で引っ張るぞ!」

「了解!」

 

そして一斉に集る知性なき異星種共をまとめて引きずる ― 東へと。少しでも、遠くへ。

 

 

現役の精鋭らを真似て敵陣突破後にも誘引を続けてさらに距離を稼げれば上々だろうが、それは出すべき色気ではないと連隊長は自らを見切っていた。

 

前線に立ち続けるがために鍛練を怠ったことなどないが、やはりもう、眼も身体もついてこない。仮に最新の第3世代型機に乗って特殊装置を稼働させたとしてもその真価を引き出すことは到底叶わないだろう。

 

事実 ―

 

 

「!」

 

連隊長がその光芒を認識する前に乗機77式の左主腕は消失しており一瞬のちに轟、と響いた輻射圧が管制ユニット内のコネクトシートまでをも揺らす。

網膜投影の情報視界の向こう、視線を向ければ握らせていた突撃砲ごと一瞬で失われた左主腕上腕部には溶融し赤熱した切断面。

 

やはり敵わんか、しかしな。

 

 

強烈な誘引性を発揮する投射砲核心部を各機四肢へと配してあるのは。

BETA群南側の光線級はあらかた排除済み、後方北側より迫る重光線級群へ対しても周囲総てをBETAに囲まれている状況こそを逆手にとって、照射光線半径が直径3mにもなる重光線級のレーザーには容易に的を絞らせぬため。

 

だがそれは生残のためではなく――

 

 

手でも足でもくれてやる、「花火」に当ててはくれるなよ!

 

 

そしてより確実に、1機でも多く。起爆地点まで辿り着くため。

 

 

「ぐ! 片肺やられましたっ!」

「右主脚損傷推進剤漏洩、――まだいけます!」

 

 

絶死の光条が閃く毎に斬り飛ばされ灼き溶かされていく列機らの機器と四肢。

 

だが速度も運動性も最早不要、そのまさに「死の8分」だけを越え。

 

延々と続いた赤黒く蠢くBETAの海。その果てへと――

 

 

「――抜けます!」

「全機回頭180°、鶴翼参陣!」

「了解!」

 

そして辿り着くのは変わらぬ荒野、生命の気配ひとつとてない死の世界。

 

五体満足な機体はもはや1機とてなく、BETA群を抜けるその寸前にややのばらつきを見せながらさらに散開しつつ機首を巡らす8機編隊。

 

彼らが異形の群れを脱したその瞬間、閃く幾十もの閃光が文字通り瞬く間に6機を貫き溶断するも ―

 

「連隊長!」

「ああ、皆、ありが――」

 

満身創痍の老練の兵は、同じく擱座寸前の乗機の中で。

その頭部を襲い来たレーザーに焼かれ消し飛ばされながらも淡く輝くSDSの表示へとその拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より130分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東9()0()km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

大規模な破壊が荒野を駆けた。

 

長機からの信号により起爆に成功したS-11は計10発。

 

 

前方120°・上下18°へと爆轟が指向するよう炸薬が配置されていたそれらが一斉に起爆すると数千分の1秒で発生した熱放射がそれぞれ2.5kmの距離までを襲い範囲内のBETAを小型大型問わず焼いた。そして同時に発生した強烈な閃光は自爆機らを狙っていたがゆえにそれを直視する形になった光線属種の照準能力を短時間ながら大きく減退させる。

続いて急激に熱せられた大気は圧縮された空気泡を大規模に発生させ、のち爆発的に膨張したそれらが極超音速の爆風と化し衝撃波と共に5km圏内を薙ぎ払った。

 

近距離での強烈な熱放射を受けたBETAは瞬時に炭化しある程度の距離があり強固な外皮そのものは耐えた個体も内部に循環する体液が沸騰し膨張、内部組織を破壊され内側から爆裂。

またその熱放射による致死距離にはいなかった個体にも1秒未満の遅延で拡大した衝撃波と爆風が襲いかかりそれら自体と共に原形を留めたもの・あるいは粉々になったもの問わず前方BETAの死骸と破片が超高速の散弾と化して浴びせられ、千切られ穿たれ吹き飛ばされて屠られた。

 

その数およそ5万体。

誘蛾灯へ群がるが如くに集った10万のBETAのうちおよそ半数を道連れにして、烈士たちは九段へと発った。

 

 

 

「…!」

 

その起爆地点より南40kmほど高度20mの低空から。

まりもは機体損傷のアラートが鳴り続ける乗機弐型の管制ユニットの中、ハイヴ駐屯地への南下途上でその光景と戦果とを後方視界に確認しつつ敬礼を捧げた。

そして凄烈な散華を遂げられた連隊長以下の挺身への感傷とはまた別に、

 

どう動く…

 

それはBETA共と、己ら双方。

それを考えねばならぬのは、連隊長代理を拝命したからだけではなく。

 

 

強烈な閃光とそれに続く衝撃波と爆風、そして戻り爆風までの一連の現象が終息すると、残余BETA群5万の動きは鈍化していた ― 至近距離から受けていた強い誘引力を唐突に喪失したためか。

 

その動向への注視が欠かせぬ一方で――もはや帝国軍には打つ手がない。

 

突撃級を追わせていた94式隊含め奇跡的に吶喊部隊に喪失機は出ていないがそれは損失ゼロを意味しない。

 

 

ほぼ全機が使い果たしているであろう燃料推進剤に弾薬の類を置いたとしても、隊機の状況を確認する限り。

自機は左主腕を失い中破。龍浪機も四肢こそ繋がってはいるものの機体全体が過稼働により機能停止寸前。篁中尉以下白牙中隊には目立った損傷機こそはないもののやはり完調どころか今次防衛戦開始直後からの長駆浸透光線級吶喊等の酷使によってその状態は龍浪機と大差ない。

 

機体性能で劣るがゆえに突撃級を追わせた94式隊の消耗が一番軽度なほどで、残る7機、すなわち吶喊行にと選び出された精鋭11名のその殆どは ― これから補給に帰還しても、短時間での再出撃はもう不可能といっていい。

 

 

「ですが少佐殿、ツェルベルスが」

「――ああ」

 

前連隊長方の壮烈な散華を受けてか唇を引き結んだ龍浪中尉の声は硬いが、見出せたわずかな希望の光明を逃さぬようにかもう飛ばすだけで精一杯のはずの機体を操る。

 

 

もはや援軍本隊の到着まで戦線を保たせるのは極めて困難。

しかし無損耗の最精鋭、それもXM3搭載と慣熟によって文字通りの一騎当千となった地獄の番犬連中の来援までは、あと――

 

 

しかし。

 

 

「震動検知!」

「パターン解析…これはッ」

 

母艦級!

 

「データ送れっ、CP出現地点予測急げ!」

 

まりもがそう代理拝命の通知より先に回線に告げる中、徐々に、飛行する戦術機にはセンサーが伝えるのみだが確実に強くなる地上の震動。

 

いかん…!

 

たとえ今の立場になくともそれを口に出すほど迂闊では無く。

 

防衛作戦においては地下侵攻群に対しても投射砲の集積場所への誘引効果が確認されていたゆえに、あれだけの数を集めれば先んじて地下深くに潜んでいたのが核心部の誘引力に晒されてもおかしくはない――

 

だが…まさか……

 

 

母艦級や地下侵攻への備えとして運用される誘引戦術、それは一定以上の成果を挙げているといって良い。が。

 

実際には、我々人類の想定よりもはるかに多数に。

すでに、そして常に、容易には探査かなわぬ地下空間には数多の母艦級が蠢動しているのではないだろうか。そしてそれは同時に、巨万のBETAが潜み移動していることに他ならない。

 

 

そうまりもが抱いた恐怖に近い黙考は一瞬、

 

「出現予測地点――67.153・26.945っ」

「起爆地点付近…来ます!」

 

激化した大地の鳴動が大気をも震わせ、そして続くはある種見慣れてしまった光景。

網膜投影の情報視界、その望遠された後方となる北の荒野に岩塊と土塊と同族の死骸とを押しのけ吹き飛ばしながら地下より横倒しに突き出るのはその直径が180mにもなる巨大な円筒。

 

その赤黒く醜悪な塔はやはり常の如くにギチギチと音さえ聞こえてくるような光景にて先端から周囲の外皮を後退させる形で「口」を開き ― 多量のBETAを吐き出し始める。

 

「く…!」

「…!」

 

思わず漏れる苦悶の呻きは誰のものだったか、まりもが見た吶喊部隊の皆の瞳にも隠しきれない絶望の色が――否。

 

「…借りるぞ」

「な、おいっ」

「! 中尉!」

 

その茶の瞳には、元々闇が棲んでいた。

 

するりとした機動、隊列の最後尾につけていた黒の00式は動き出すと合流していた94式隊から長刀に突撃砲を半ば以上強引に奪って機を巡らした。

 

次いで遅滞なく加速、跳躍機FE-108が甲高く青焔を吐き出し向かうは――北。

 

「中尉、まさか!」

「…足止めする必要がある」

 

白牙の僚機の誰何にも常と変わらぬ平板な声。

そしてその言を証すかの如くに吐き出されたBETA共は一斉に動き出す――南へ。

 

「やめて下さい!」

「無理ですよ! 燃料だって、もう…っ」

「…20分保てばいい」

 

それら悲鳴に近い制止の声もただその背に受けるのみ。

 

 

ファ島基地を発ったという先遣・ツェルベルスの到着が80分後。

南下するBETA群中衛のハイヴ地下茎構造最外縁到達が60分後。

 

 

たしかに機体の損耗も、燃料推進剤の消費も。最も少ないのが彼だろう。

そして彼が保つというのなら保つのだろう――その時間、だけは。

 

 

隊に走る逡巡の数瞬、いや唯一人山吹の剣姫だけは遅れること無く。

 

「貴様ならそう云うと、私も征――」

「来るな」

 

しかしその、遠ざかりゆく黒より。

 

「来るな、篁中尉」

 

今一度同じく告げたその常よりわずか厳しい声音、だがそれゆえそれだけに彼女だけには伝わったのか。

 

「な…、……何故、だ…」

「…1機いればいい。少佐。後は頼みます」

 

そしてそれきり切れる回線。無線封鎖。

 

「…」

「…」

 

続く数秒、隊内には今まで以上に重く沈黙が垂れ込める。

 

 

帰投して使える機体があったとして。

乗り換えて出撃、あの交戦地点まで至るには少なく見積もって ― 30分。

 

すなわち――

 

 

「……少佐」

「却下だ中尉」

「隊長、自分も」

「貴様等は帰投せよ。少佐、許可は不要です」

「駄目だと言った」

「不要と申しました。では」

「やめろ、止めろ龍浪」

「は、はッ」

 

隊列を崩し機首を巡らす山吹の00式、まりもから飛んだ命に反応する龍浪機。

 

「篁中尉、どうか…っ」

「邪魔を――」

 

損傷から緩慢な動きにならざるを得ぬ響の弐型、だがそれすらも押しのけすり抜けようとした唯依の00式にまりもは自制をあえて吹き飛ばした。

 

「熱吹くな小娘!」

「…!」

「貴様の機体は全開であと何分動く、F型の消費量で5分と保つのか!? 役になど立たん! 敵の殲滅が目的でない以上自爆したところで意味がない、隊と任とを放り出してなにが斯衛だ失望したぞ中尉!」

「しかし……私、は…せめて…一緒に…死ぬくらいは、と……」

「それがのぼせ上がりだと言うんだ『然れば来世は番い雛』か!? 斯衛が殿下の御言葉に背いた上に連隊長の遺志を無駄にする気か!」

「ッ…」

 

回線に浮かぶ唯依の秀麗な美貌に堪え難いまでの苦渋の色、一方で幼いといって良い程に無垢でまっすぐな彼女の想いは十二分に察するにつけ。

 

 

けして結ばれ得ぬ現実、それでも別れ難く離れ難い程の思慕。

ゆえに彼が消えて仕舞った現世等には一片の未練すらも無いのだろう、そして互いに何時斃れるかも判らぬ衛士の身なれば共に死ねるその瞬間だけが此の無明の世の最期に差す暗夜の灯、想いを成就させられる唯一つの依る辺なのだと――

 

 

「理解しろ。いや…判っているだろう」

 

 

篁中尉のことは買っていた。同様か、あるいはそれ以上に、彼の中尉のことも。

 

 

彼はきっと、あまりにひどく傷ついて、傷つきすぎて。

それでも彼は、あまりに強かったから。

 

その傷の癒し方も、慰めの方法すらも見失ってしまったような ― そんなところは、どこか夕呼に近かったのかもしれない。

 

 

およそ彼を倒すに足るBETAなど、存在しなかったのだろう。

 

だが人の身と、人が造った機械の限界はやはり超えられない。

 

ゆえに不破の衛士は、不敗のまま去る。

 

 

「帝国は、()()()()…優秀な衛士を失えん」

 

 

衛士にとって死は身近な事象。それは自分自身にも自分以外にも。

 

そしていなくなった者の欠落は、生き残った者たちで、足掻いてでも埋めねばならない。

 

だが歴戦の戦場の犬をしてこの損失は、あまりにも大きく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体の消耗はパラメータ変更で誤魔化せる範囲をとうに超え。

そして燃料と推進剤は残り15%未満。

 

「…」

 

 

所詮は皆、誰も彼もが。写し身に過ぎない。

 

「終わり」が来て「また始まれば」、見た顔聞いた声そして知っている匂いでまた出会う。

 

――唯、一人を除いて。

 

 

二振りの長刀は先ほど巻きあげたもの、自分で使っていたものよりは状態がいい。

突撃砲も同じく2門、装填されていた36mmと120mmに残弾が少々。

 

「…十分だ」

 

低空を迅らす乗機00式の中、常より明らかに振動の多い管制ユニット内のそのコネクトシートの上で、血色の悪い薄い唇がそう紡いだ。

 

 

だが、それでも。

 

この、すべてがたやすく壊れてまた呆気なく元通りになる偽物だらけの終わりなき魂の牢獄の中で。

 

BETAと戦う意思を燃やす者達の、その闘う意思だけは――本物だと思える。

 

少なくとも、「死」が無くまた其れを無いと知る、こんな己の仮初の命よりは。

 

 

漆黒の強化装備、保護被膜に包まれた指がコントロールパネルを操る。

 

「…弐番機起動」

 

 

BETAは高度な精密機械に誘引される性質も持つ。

特殊装置・XM3 ― その核を二基同調起動させたとき、相乗効果によって通常の戦術機よりは強力な誘引性を発揮する可能性があると――そしてそれは、すでに実戦試験で確認している。

 

 

加速剤を使わないとはいえ身体への負荷は少なくない、多用は禁物。

そう伝えられはしたがどうでもいい、たとえ鬼に此の身を食わせてでも。

 

 

「…BETAは殺す。皆殺しだ」

 

 

ちりちりと散る金色の粒子。その鬼の双眸が闇色の光芒を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より140分。

 

ファスタオーランド前線基地より北へ150km。

ボスニア湾上高度20m。

 

 

 

洋上の白夜の天に雲は少なく。しかし目指す先のそれは厚い。

 

通常戦術機の長距離移動はフェリー航行速度・もしくは巡航速度を以て行い、それらは最大戦速の概ね50%以下に保って最大限燃費を考慮したものとなるが、

 

「急ぐぞ」

 

出立前の狼王のその一言で彼と彼が率いる大隊は現着後の戦闘継続時間をある程度代償とするまでの増速をかけ、到着予想は ― 70分後。

 

 

爆装した機体は重く、総じて海深は浅く波も穏やかなボスニア湾上とはいえともすれば波をかぶりそうな低空での飛行には気を遣う。万が一にも両主腕に抱えさせたリニア・レールガンと背部兵装担架の弾倉ユニットを失うことなどあってはならない。

 

アッシェグラウの塗装に右肩部へアイザーネス・クロイツを刻み込んだ西ドイツ軍仕様・愛機EF-2000を駆るイルフリーデ・フォン・フォイルナー少尉は、結わえ上げた金髪を管制ユニット内でひとゆすりした。

 

 

後方の基地で送る日々のなか、内地勤務時に等しいスケジュール。

その起床時間からすれば早すぎるどころかむしろ就寝時間に近い寝入り端に叩き起こされ。

しかし即応部隊としてそれなり以上の期間を過ごしてきた彼女と彼女の僚友ら、そしてさらに古参の輩にすればむしろ慣れ親しんだ空気感とすら。

 

いや正確には、2日前からこの命令を待っていた。

しかしさらに正確にいうならそれはツェルベルスだけでなく。

 

 

「高度注意、東側の掃除は済んでない、着いたら全力戦パリを背に守ってると思いなさい」

「ウィ・マダム!」

 

EF-2000によく似たシルエット、フランスの騎士・ラファールが12機1個中隊、さらにはイタリア軍部隊を始めとする欧州連合加盟各国軍の計2個中隊相当までもが続く。

 

 

総勢50機超の増強大隊規模、すなわち「白き后狼」のレールガン"徴発令"に端を発して我も我もと名乗りを上げたファスタオーランド前線基地でのDANCCT参加機その総て。

 

元々が皆激戦の欧州各地から集められた手練れも手練れ、揃ってほんのわずかの遅滞さえもなくしばらくの間実際には動かしていなかった乗機に火を入れるや敬愛する上官大隊長らに付き従って、ひどく久方ぶりとさえ思える戦気に満ちた空へ飛び――

 

一路、北へ。

 

 

当初は防衛部隊の避退支援のための先発の目論見ではあったがこれだけの衝撃力があれば、あるいは ― と、逐次ハイヴ防衛に当たるイギリス軍よりの情報が届き出す。

 

「情報の更新を、ファーレンホルスト中尉」

「は、リヴィエール大尉。防衛線の綻びからハイヴ本体及び地下茎構造への侵入が増加中、ですが現時点では逐次排除に成功していると」

「現時点では、ね…」

「はい」

 

オープンの回線で交わされる通信は英語、それは指揮系統の統一も緩い即席の混成部隊がゆえに可能な限り情報の共有をすべきという本人は独語も自在に操るフランス軍大尉の気遣いでもあり。

 

「南下10万については?」

「ライヒ部隊が光線級吶喊、続いての攻撃でおよそ半数の殲滅に成功したと」

 

その報には、おお、との感嘆の声に軽い口笛までもが混じるが。

 

「…そんだけのレールガンを残してたとも思えないわね」

「はい。やや情報が錯綜していますが…大規模にS-11を用いて自爆攻撃をした模様です」

「…!」

 

小さく息を呑む者、襟元に手をやる者、十字を切る者。

それぞれながらも皆一様に、喉の奥まで苦いものを突っ込まれたような。

 

「加えて」

「まだなにかあるわけ」

「母艦級が出現したと」

「…予想以上の魔界だったってことねスカンジナビア()

「ええ。大陸(ヨーロッパ)はどこも地獄ですわ」

 

一貫して極力感情を排した表情に声音で、その地獄から悪魔が溢れ出さぬがための門番でもある后狼は首肯した。

 

「それで? 着くまで保ちそうなの?」

「そのための増速です、が…難しいかと。――ただ」

 

 

その、南下群残余5万と新たに現れた母艦級群とを足止めするため。

 

たった1機で、前線に残った吶喊機がいるらしい――

 

 

「…あのバカ…」

 

リヴィエール大尉 ― ベルナデットの大きくもつり上がり気味の青い瞳に走る感情は。

 

「いつになってもジャポネはカミカゼやらバンザイ・チャージやらが忘れらんないの?」

 

そりゃ考えるまでもなく、2個軍団規模のBETAだなんてオンピアの残存戦力全部ぶつけたって野戦じゃ足止めできっこない。

 

「だからってたぶんリヨンの時みたいになんか誘引手段は考えてるんでしょうけど『吶喊機』でしかも『残った』って、それじゃ補給はどうなってんのよ」

 

おおかた援軍到着までの時間差だけ埋められればいいっていう、端から不帰を前提にした選択なんだろうけれど、

 

「使い捨てにして…いい衛士じゃないでしょアイツは」

 

吐き捨てるようにしてすら出されたその声が回線に流れ、今や腹心となった金髪の部下2名も皆も、一様にかける言葉を探した時――

 

 

「! レーダーに感!」

 

 

方位南西、距離120km。

 

 

「高度5000m――」

 

 

速度はおよそ ― マッハ20。

 

 

MRV(多弾頭突入体)! いえ――」

 

 

軌道投入により一筋の流星と化し白夜の天を貫き引き裂き北の高空を疾駆するのは。

 

 

「再突入カーゴ!? IFF照会――」

 

 

大気摩擦の赤熱に燃える漆黒の機体、その主翼に描き込まれた識別徽には ―

 

 

「返信――UN YOKOHAMA!」

 

 

大事そうに双剣を抱く、耳だけ黒い銀色の兎。

 

 

「――――!」

 

 

そして伴ったつんざくような衝撃波音すらも置き去りにして。

 

漆黒の流星は7km/s超で欧州の精兵たちをやすやすと追い越しその頭上を飛び去った ― 朧雲に覆われた、北へ。

 

 

 

「…カーゴだったよな」

「なんだか前にもこんなことが…」

「ああ。だが今回は無人…か?」

「ですわね、人が乗っていたらあの速度では…」

 

ツェルベルスの若年組が顔を見合わせる中、

 

「…奥の手、ってことかしら?」

 

どうやらアイツに死なれちゃ面白くないって人間が、存外他にもいるのかも。

願わくばアレがそうであり、どうかアイツのところにまで無事届きますように。

 

戦える力まで使い果たしては意味がない、ベルナデットは逸る気持ちを抑える一方ひどく珍しくもなにかに祈る思いで一直線に戦場へと消えていったその航跡を見送り――

 

 

流星は、燃え尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんだかまた思ったよりも進みませんでしたw

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