Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 27

 

 

― 2003年 6月

 

 

欧州連合軍を中心とした西側勢力により攻略された地上8番目のハイヴ・ロヴァニエミ。

その後3週間弱の時を置き同ハイヴより遙か1000km南方の第4番・ヴェリスク発のBETA群による大規模侵攻が発生した。

これを受けてロヴァニエミ守護にあたっていた日本帝国軍欧州派遣兵団並びに北欧避退国家国連軍部隊は、圧倒的寡兵の状況下で必死の防衛戦を展開。

 

丸二日間に渡る激戦を経てようやくにもイギリス軍を中心とする増援部隊の到着が見込まれるなか、しかし著しく戦力を消耗した両軍は、東西陣営対立のゆえに迎撃敵わぬ旧ソ連領域内を無傷で北上し滞留していた約10万・計3個軍団規模超のBETA群による南下背撃を受けてその増援部隊の到来を待たず北欧の荒野に力尽きようとしていた。

 

そのためハイヴ防衛にあたる両軍を一刻も早く支援すべくバルト海ファスタオーランド島より欧州連合軍最精鋭部隊が有志の先遣として進発。

しかし戦況は悪化の一途を辿り彼らの行動もまた遅きに失しようとする中――

 

一筋の流星がボスニア湾上の白夜の天を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より145分。

 

ロヴァニエミハイヴ・帝国軍駐屯地。

 

 

曇天の死の荒野に聳える、地上高600mにもなる地表構造物(モニュメント)

本防衛戦に際し帝国軍本陣がその南側に幕営されたのは一重に軍事的合理性では無く政治的理由に拠る。

 

硬質の美貌の麗人にして日本帝国斯衛軍屈指の使い手・月詠真那中尉は、終生の忠義を捧げる主・御剣冥夜 ― 政威大将軍・煌武院悠陽殿下の実妹にして影武者 ― と共に補給のため帰陣して直ぐその喧噪に出会した。

 

 

斯衛部隊付の整備班の一部が87式自走整備支援担架を動かし ― その架台には強引に搭載したと思しき戦術機用補給コンテナ。

 

「伍長なにやってる!」

「コンテナに跳躍機をつけて飛ばすんです!」

「バカ言うな制御もできずにそんなんでっ」

「近くにさえ落とせればいいんです! 中尉殿なら、中尉殿なら…っ」

「ヘタすりゃ爆発するぞ、やめろ、やめろ!」

 

必死の形相で工具を振るい、損傷機から取り外したらしい跳躍機一対を何とかコンテナに固定しようとしていた女性下士官はしかし年嵩の整備班長にその手と肩とを掴まれ、

 

「……うまくいっても、もう…間に合わん…」

「…!」

 

刹那の空白からその顔をぐしゃぐしゃに歪めた。

 

「わ…っ、…わた、しが…もっと…もっとうまく、整備できてれば……」

「バカ野郎お前のせいじゃねえ…お前のウデはあの中尉さんだって…認めてたろうがよ…」

 

そして俯きその場にへたり込む繋ぎ姿の彼女の嗚咽に、居合わせる者達もまた一様に顔を伏せる――

 

 

…彼奴の機付長か…

 

紫の御料機に続き足下で大きく手を振る誘導兵の指示に従い斯衛機用駐機位置へと乗機を進める真那も、既に通信での遣り取りから大凡の状況は把握している。

 

 

北方滞留BETA群10万への光線級吶喊と連隊長以下幹部衛士の挺身攻撃。

 

そして残余5万と出現した母艦級群を共に遅滞させるべく――彼奴が単機、残った事も。

 

 

…冥夜様…

 

元より要無くば多弁な御気質では在られぬにせよ。

吶喊部隊進発以降も変わらず南部方面にて正に陣頭に立たれ督戦旁々前線衛士等を率いて血刀を振るってはおられたものの、明らかに口数は少なく。

そして帰還した同部隊より彼奴が独り死出の最前線へと赴いた事が報じられたその直後には畏れ多くも噛み切られたのか唇のその端より精血を流され。

今此の時も機内に座されたまま御目を伏せ下を向いておられる ― 臣下に宸憂を案じさせる事無き様長い御髪で其の玉顔を隠されんとなさる大御心か。

 

次いで網膜投影の情報視界・外部映像に見れば。

同じ斯衛部隊の駐機域には先んじて帰還していた吶喊部隊が5機 ― うち白栲の零式強化装備に身を包む4人の衛士が身を寄せ合い、片膝をつき停止する譜代山吹の00式を見上げていた。

 

数多の鉄火場を潜り抜け歴戦の勇士の名を欲しいままにする彼女らをして、揃って苦衷の表情と共に或いは泣き腫らした眼で仰ぎ見る他無い彼女らの長機たる鮮黄色の機体。

動力を落として仕舞えば自立叶わぬ第3世代型機ならば当然の見慣れた駐機姿勢にも拘わらず今片膝を着いた山吹の00式は恰も悲傷し項垂れて居るかのようで。列機と同じく異星種の返り血に染まるその胸部装甲は堅く閉ざされたまま昇降索条(ホイストケーブル)が垂れた気配も無い。

 

無理からぬか…

 

剣姫とまで称され名高い篁の現当主が、日に増し弥増すその武名と家名の傍らとある細民出自の黒に強く恋慕の情を寄せているらしいと云うのは斯衛では間々知られていた話。

 

だが……無駄死にでは無い…

 

同じ剣人としては彼女の剣に思うところが無くも無い真那ではあるが。

補給には10分以上を要するゆえ後輩にして同輩たるその女子斯衛らへ何くれと声を掛けるべきかとやや言葉を探す。

 

 

あの男は事実、遣り果せている。

 

その真那が視る網膜投影の情報視界、その広域戦図――5万を超える異星種共は、未だ北方90粁の地点で見事足止めされている。

 

いやそれどころか僅かずつながら更に北方へと誘引の気配すら ― 進めば進む程に元から蜘蛛の糸よりか細い生残への道筋を自ら踏み消すに等しいにも関わらず。

 

そして戦域を俯瞰するに――彼奴のあの挺身により、指揮官層では半ば以上絶望視されていた援軍到着までの戦線維持への筋道もまた視えて来た。

 

 

煌武院と斑鳩、そして冥夜様。

その御側にと迎えられぬのであれば彼奴の立場に言動存在ほぼその総てが真那から見れば不都合な物でしか無く、此の場の斯様な形で戦死してくれるなら何れは冥夜様も受け容れられよう、加えて最大武家・斑鳩が誇る実行力の一角が崩れるならそれはそれでと…だが其れは明らかに疚しき企み。

 

彼奴の衛士としての力は純粋に凄まじい。

彼の場に居たのが自分であっても或いは稀代の英傑と称される斑鳩公崇継その人であってもあの様な真似は不可能だった事には疑いが無く、故にこの、本土からは遠く離れた謂わば局地戦にて喪うには余りに惜しい衛士で又帝國にとって巨大な痛手と成った事もまた事実――

 

 

そして。

 

「どうか、どうか少佐…!」

「榊、何度も言わせるな。仮に後退を命じようにも無線は向こうから封鎖されている」

「では救援、いえ救助に――」

「貴様と貴様の小隊で5万のBETAに囲まれた味方機を救えると? よしんば突入が叶ったとしても離脱はより困難な事くらいは解るだろう。貴様らの任務は戦線維持だ、ファ島発先遣隊及び援軍本隊が到着するまで堅守せよ」

 

広域回線に乗る指揮所へ入った帝国軍神宮司少佐 ― 連隊長代理の指示には鉄の強固さ。

何の道もう間もなく燃料推進剤も尽きる頃だと口にする程迄に冷酷では無いにせよ。

 

「ハイヴ内防衛の北欧・欧州連合軍にもすでに余力はない、これ以上侵入BETAを増やすわけにはいかん。地上の防衛線から戦力は割けん、それとも敵前逃亡で銃殺されたいか」

「そんな……」

「中尉や前連隊長閣下の挺身を無駄にするな。正念場だぞ、各員一層の奮戦を期待する」

 

― と。

 

「至急電! ハイヴ内欧州軍より通達ッ、迎撃中の小隊規模BETA群を失探!」

「! 位置は!」

「62.264・23.103 A層 ― この付近ですッ」

「出られる機体はすぐに動かせ地上に出ている要員は最寄りの『門』から距離を――」

 

――!

 

その報と同時に真那は乗機のセンサーが感知した揺れに身構え ― 即座に機体に取りついている整備兵らに退避を命じようとした瞬間しかし200mほど向こう、荒野に無防備のまま黒々とその口を開ける「門」から噴き出る土塊と土煙と共にまろび出たのは巨大な紡錘形の異形――

 

突撃級!

 

その全高16m・だが砲弾型の形状故に衛士からすれば精々戦術機の胸元辺り迄といった感覚、しかし生身で露地作業に当たる整備兵等からすれば ―

後方要員の立場では軍歴の長短問わずまたこの激戦下でも直接視認する機会なぞほぼ無かった上に、見上げる大きさ処か建築物なら5階建て相当・本土劫掠で失われた奈良の毘盧遮那仏像級の大きさと体積の、人類に敵対的な巨大異星生物。

 

「べ…BETAだ!」

「う、うわあああ!」

「退避だ、退避ー!」

「め――殿下!」

「ッ― 整備兵は退避を! 月詠!」

「は!」

 

一気に拡がる混乱の中僅かの遅滞こそあれ反応した紫の00式に真那も続く、否傍付として先んじようとするも ― 折悪しく自機と御料機とに付いた整備兵等は数少ない整備用起重機(クレーン)を用いておりその避退に僅かな――だが致命的な遅れが。

 

不味い――!

 

慌てふためき宙空に伸びたままの起重機作業腕にしがみ付く整備兵 ― 故に動けぬ御料機。

200mの彼我の距離など全長18mにもなる突撃級からすれば加速を得れば正に指呼の間。

 

突撃級を討ち果たすべく前に出るにも退いて守るにも今此の時の動きを阻害するのは整備兵のその命、冥夜様には御無理またさせるべきでは無いゆえならば先に我が手でと紅の鬼を起ち上がらせんと真那が決意するその瞬間――いや刹那――それすらも否。

 

 

――!!

 

 

その雲燿に迅ったのは ― 雷閃。

 

 

「……穢らわしい……」

 

 

そして低く回線に響く ―

 

 

「……BETA共奴……」

 

 

――呪いの谺。

 

 

神速の踏み込み、左斬り上げ。

 

停止していた筈の山吹の00式の瞬撃、その神鳴るが如き疾さの一太刀を動き出し初速を得る前に受けた突撃級は有ろう事かその強固極まる外殻ごと寸断され()()()()()裂けてずれ落ち。

 

次いで噴き出す赤黒い体液の血飛沫、長刀を振り抜いた姿勢の侭既に乾いていた返り血の上に更にそれを浴びる譜代の鬼は再び紅に染まり ― その頭部遮光板の端からは真に血涙と成って流れ落ちる。

 

そして間を置くこと無く続いて「門」から姿を現す突撃級に要撃級の群れ――へと。

 

 

「………死ね」

 

 

一瞬の赤炎。地の下より這い出た異星種共が動き出すより迅く。

荒土に踏み出しにより穿たれた足跡だけを残して。

 

鞘走る稲光が垂直に突撃級を断ち割り。

続く刹那に2体並んだ要撃級が揃って上下に分かたれ。

 

斬断された衝角前腕が、尾節が、主体節が、赤黒い体液の尾を曳いて次々に宙を舞う。

 

 

「な――…」

「ッ…!」

 

その00式F ― 唯依が放つ剣気――否、鬼気に気圧され。

僅か動きが止まる冥夜に一方真那とても動き出しつつ瞠目した。

 

 

鈍色の雷が閃くたび次々に巨大な異星種が背中から裂け血飛沫を噴き上げる ― それは唯一重にあまりの太刀行きの疾さに依り斬撃の衝撃が総て瞬時に対象の背面へと達し突き抜けるため、そして続く刹那にはその血風散る紅の帳もまた翻る刃によりその先のBETAごと切断されていく。

 

剣術の心得を持たぬ整備兵らからはまるで齣落としの如くに映るであろうその機動剣。

其処には一厘の粗さすら無く。総ての無駄が削ぎ落とされ。然し機械的では無い。

 

 

それは戦闘と云うより。排除と云うより。一方的な、殺戮劇。

 

 

「た…隊長…?」

 

後方にて山吹の鬼の初動その至近距離での爆発的な踏み込みから身を守るべく咄嗟に頭を抱え地に伏していた白の戦侍女らがそのままの姿勢から顔だけ上げて呆然と彼女らの長機を見ていた。しかし繋がっているはずの回線にも応えは無く。

 

 

彼女らが、万一に備え燃料推進剤の補給程度は成されはしたが吶喊からの帰還後其の侭に留め置かれたのは、既に機体は限界ゆえ。

加えてそれを操る衛士も防衛戦開始当初から最前線で戦い続けて肉体的な疲弊は全軍通して尚最も深い ― にも関わらず。

 

 

父を。師を。そして友を殺され。

遂には喩え傍惚れで在っても構わぬ現世で叶わぬならばせめて来世にこそは我が背の君にと想った男までをも奪われ。

 

遺髪として自ら断って渡した一房だけが彼と共に発ち逝かんとする今、鬼哭慟哭の剣姫のその刃の研ぎ澄まされ様は尋常ならざる域にまで ―

 

 

復仇の存念に忘我したか!? いや――

 

 

繋げた回線、真那が見やる網膜投影の情報視界・左下側回線越しの唯依の整った面差し ― その眦には半ば乾いて掠れたしかし明らかな涙痕。

 

だが半眼に落として一切の感情を伺わせぬその黒耀の双眸は今や――真黒の(Eclipse)

その辺縁には憎悪と閨怨の黒炎が無音の内に燃え盛り、また奈落に等しいその奥底で荒れ狂うは絶対零度の殺意の雷霆。

 

 

魔道に堕ちたか…!

 

 

以前より ― 彼女のその鋭すぎる太刀筋を識って以降、危ういとは思っては居た。

 

彼女のその出自境遇ゆえに周囲皆に優越たるを示し続ける必要のあった思春期はしかし京都防衛戦での敗北の屈辱に塗れて終わり、だが折れず曲がらず剣に戦術機にと正に己の総てを投じて従前以上の研鑽を重ね来た結果年若くして余人には終ぞ及び難いそれらの高みにまで辿り着き――そしてそれは、ある種究極の手段にて証された。

 

 

人斬り。

 

 

その経験が、それも複数人斬り殺した事が有る者は斯衛でも決して多くは無い。

 

別けて大逆事件の折に彼女が斬った3人、うち2人は精鋭揃いの帝都防衛師団に於いてその剣腕は三指に入ると云われた使い手だったと――すなわち彼の大逆犯・沙霧尚哉に並び立つ或いは及ばずとも遠からずの剣人ら。

 

そしてそれらを数瞬の ― だが濃密極まる斬り合いの果てに斬殺せしめ――爾来彼女の剣は明らかに変わった。

 

其れを昇華したと呼べなくも無いが、端的に表せば…闇を纏った。魅入られたと云っても良い。

 

まして元々彼女の剣流は、古来摂家親藩が本則と定めた剣禅一如・修身心法の御流儀では無い。彼女が彼女の父から受け継ぎ旨とするのは ―

 

 

人を活かすために斬る、誰が為の剣では無く。

 

唯、剣に依り殺す為の。斬る為に斬る、見敵必殺の古流剛剣。

 

 

「 ― 殿下お退きを! 整備班も退避、動ける機は要員を守れっ」

 

現実の時間にすれば僅か3秒足らずの出来事、しかしその間に起重機から自機の起動に足る距離を取れた真那は彼らを冥夜と共に促し下がらせ自らは前に出た。

 

警戒の七分を異星種共に、残る三分を ― 唯依へと振って。

 

「篁中尉!」

「……」

 

突撃砲を降ろし空いた兵装担架のみの山吹の00式の背、先ずそれへと声を掛けたのはひりひりと感じる危うさゆえ。

そうせねば後方から間合いに入った刹那に白刃が首元へ飛んで来る、そう真那にすら思わせる程に一切の遠慮会釈無く放射される唯依の殺意が帯電させる空気に、

 

「下がれ、保たんぞ!」

「……了解」

 

踏み込んだ真那へのその応えもやや遅く ― しかし場を引き受けんとする紅の鬼に対したBETAの真新しい返り血に染まる山吹の鬼は一応の思慮分別は残したものか従順にもやや下がると拾い上げた突撃砲での支援に切り替える。

 

 

いやそれは、自らの生命続く限りに最大限にBETAを殺す、その決意の顕れに過ぎず。

また単に ― 亡き良人の足跡を辿らんとする代償行為其の物なのやも。

 

 

そして少数なれど駆けつけてきた帝国軍機が退避していく要員らを支援しつつ地中より出でる小隊規模30体程のBETAを血祭りにあげていくなか、神宮司少佐の厳しい響きが回線に乗った。

 

「腑抜けてはいなかったか。…だがその手の見切りは誰のためにもならんぞ中尉」

「…」

「僣越だがな、老婆心からの忠告だ」

「……は」

 

機械と云うより巖の硬さ、唯依のその無機質な返答。

 

掃討されゆく異星種共へ残心を取りつつ端で聞いていた真那からすれば。

この譜代当主にして斯衛屈指の使い手が復讐の斬鬼剣魔と化してもまだ一遍の思量勘考を有する分ある種余計にたちが悪い、上官と云うより年長者としての魔女の猟犬の戒飭も恐らくは届いておるまい ― だがそこへ。

 

「来援中のファ島先遣隊並びに欧州連合軍司令部より入電…、再突入機が1機ボスニア湾を北上中 ― 国連軍横浜基地発とのことですっ」

「横浜から…? この状況下に何を……斑鳩閣下?」

「いや、私では無い。ふむ」

 

指揮所からの回線に応えたのは遠く南方の前線で指揮を執る、流石に疲労は隠せぬものの丸二昼夜に渡る戦線の中で尚無精髭の一筋も残さぬ上におよそ戦闘中とも思えぬ口振りの貴人。

 

「何処に落ちる?」

「落着予想……、最終修正舵から82%で北部戦域ですっ」

「とすれば…はっは。四方や吸付煙草の類かや」

「…?」

「なに、成れば彼奴めの閨室志願の髪長方に恨まれずに済むやも知れぬと云う話だが…あの朴念仁、伏魔殿にすら此処に来ておる者共以外にも御敵がおるとは弥速敵わん」

 

況して斯様な北辺の地にまで付け文するとは一体誰ぞやまさか魔女殿御本人ではあるまいなと嘯きながら、浮かぶ通信窓の中ちらと動かす視線は果たして誰を見たものか。

 

「閣下、では」

「今少ししたら吶喊の信号弾でも上げてやれ。生きておるなら其れで戻ってくるであろ」

 

古今無双の衛士がゆえにとあの黒に独断専行権を与えた張本人・青の政威軍監閣下はまこと悪運も強い男よと言いつつも、何処か心弛びた様に小さな笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より149分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東91km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

元来豊かな緑と湖沼とに彩られた明媚な土地であったはず。

だがそれは今や見はるかすすべてが生命の気配ひとつとてない赤茶けた荒野と化し、吹き抜ける風は六花の清冽さなどは伴わぬ硝煙と航空燃料と金属臭とが合い混じるただ冷涼な空気の流れ ―

 

その中でなお熱を放つは人が作った機械の兵器とそれを操る黒い魂、そして其処彼処にわだかまるのは累々たる異形の死骸の山。

 

そして今なおその屠り地に沈めた異星起源種の、数倍数十倍数百数千倍の数にもなる蠢くBETA共が周囲すべてを埋め尽くして。

 

 

 

あと45秒。

 

 

全部己を狙ってくるのが判っていれば、逆にやりやすい ― しかしそれは、通常なら。

 

例えば「鬼火」相手に後の先を取るため特定モーションから命中の成否に関係なく連続攻撃動作を引き出すには、特定のタイミングで対通常種よりよりシビアな1/30秒回避が不可欠――だが。

 

「――!」

 

右主腕が反応しない、左主脚の応答も遅れ。

 

「ち――」

 

間に合わないのはもう判っていた ― 衝撃。

 

「…――ッ!」

 

去なし損ねて避け損ねた衝角前腕の一撃、辛うじて機体ごと捻って右肩口で受けた。

戦術機で最も厚い装甲部位。

 

だがそれで「鬼火」の直撃を弾けるはずもなく元々ステータスレッドだった右主腕部総てが「使用不能」表示へと変わる――のみならず受けた過大な衝撃に機体各部センサーの闇色の輝きが断続的に明滅し管制ユニットもまた軋み歪んでその内壁までが破損し飛散した破片が飛び散る凶器と化した。

瞬間顔を伏せ目を守りはしたものの強化装備の防護がなくヘッドセットからもむき出しだった右側頭部に熱、だが吹き出し流れたぬめりには一切の頓着をせず、

 

「 ッ― 」

 

止まればそこで終わりになる。

まだ動く右主脚で地を蹴り踏み込み「鬼火」へ密着、前腕衝角を振れぬその至近距離から機体中有数の大型部位たる右膝部構造で真下からかち上げわずか浮かせたその瞬間に咳き込みが目立ちだして久しい両の跳躍機FE-108を全開。

半ばひっくり返した「鬼火」そのものを盾として目指す重光線級へと迫って左主腕に残る1本半ばから折れ飛んだ74式長刀をその巨大な単眼の付け根辺りに叩き込む。

 

「――」

 

勢いよく噴き出す体液が00式に浴びせられ過稼働により帯びた熱でそれらは即座に蒸発を始めるも先の被弾で死に始めた冷却系を補うには甚だ足りない、管制ユニット内の温度も急激に上昇するが強化装備の体温調節機能の幅を逸脱するまでにはどの道決着がつく。

 

兵装担架の突撃砲その左1門をダウンワード展開、だがそれはとうに撃ち尽くしていて賢しくも身構えた新たな「鬼火」への一瞬の牽制だけでその隙に放った左主腕の折れた長刀が回転しつつさらに1体の重光線級へと飛ぶ。

投げた長刀は瞬時に閉じた強固な保護膜に当たって弾かれるも再びそれが開くまでになんとか間合いを詰め、伸ばした左の00式近接短刀を巨大な眼窩へと裏側から突き入れ内部の照射構造を毀す。

 

 

あと30秒。

 

 

「 ― ッ――!」

 

光線属種としては死に体と化したそいつの主体節、今度はそれを利用し横から圧すべく機体を近づけあと数度の噴射で推進剤が底をつく跳躍機を開き不安定化したその出力の脈動すらも利用してさらにもう1体の重光線級へと迫る。が、横合いからまた別の「鬼火」の突進を受け ―

 

「グッ――、ッ!」

 

残った左肩部で漸くに受けつつ同ベクトル方向へ瞬間的な噴射を入れて衝撃を逃がすも即撃墜を避けるのが精一杯、弾き飛ばされ倒れた姿勢で荒土を削らされ同時に激しく揺さぶられる管制ユニット内に頭部からの出血が散る。

しかし即座にもう一度の噴射を入れてその場を脱し間一髪で「鬼火」の致死連携の叩きつけを回避、御しやすい盾とすべく通常の要撃級へと狙いを定め文字通りに地を這ってでも――

 

 

戦いに誇りなどない。

 

 

あと20秒。

 

 

「死ぬ」戦場にも慣れている。

 

 

あと15秒。

 

 

だから「今回」は此処で終わって。

 

 

あと10秒。

 

 

また「もう一度」、始めるだけ――

 

 

あと5秒。

 

 

「…それだけの話だ」

 

概算に過ぎないカウンターには 00:00 の表示。

 

頭からの出血が入り視界が赤く染まる右目、だが管制ユニット内には元から照射警報と各種アラートの赤色灯。

跳躍機の推進剤はあと数秒の噴射で底をつく。左右両主腕は機能を停止しだらりと下がりきったまま。主脚膝部も過稼働の負荷に耐えかね薄く黒煙を上げつつ火花散を散らし ― 機体もまた死につつある。

 

「…」

 

取り立てての感慨などない。

コントロールパネル上を手繰る指ががわずか震えるのは単に疲弊と限界を超えた酷使ゆえ。

ゆえに動き自体は至極無造作、コネクトシート正面にあるボタンが淡く光り出す。

 

あとはもう、機体が完全に停止するまで1体でもいいBETAを殺して回るだけ――だが。

 

 

「!」

 

 

警告の電子音と共に。情報視界に赤く大きく浮かぶ「SDS LOCKED」。

安全装置を解除したはずの自爆装置がロックされ。

 

 

「……」

 

 

次いで指揮型に比すれば広くはないうえ機能を停止しつつあった00式C型のレーダー探知範囲に極超音速で接近する飛行物体。

 

 

「……霞か…」

 

 

鳴り続けるアラートに混じる衛星経由のデータ受信。

 

 

「……いいだろう」

 

 

それらの諸元を受け取り黒の鬼札は最後の力でBETA群へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Дай нашим воинам боевой дух.(戦士に闘志を)

 

 

 

ロケットモーターの噴射で大気摩擦を相殺しながら。

高度を下げつつぎりぎりまでマッハ20の軌道周回速度を保ち続けた流星 ― 再突入カーゴは相対距離210km地点で重光線級の射界に入るもそれへの照射は地上至近で誘引を続ける黒の鬼の存在がためにややまばら、そしてすでにその数を減らされている光線級に対しては戦艦並みの対L処理に加え分厚く垂れ込めた雲の減衰効果も相まって地上からの照射を受けつつも12秒間 ― 120km地点までその内容物を運び遂に荷室から分離されたのは2つの再突入殻・またの名を対レーザー装甲カプセル。

 

それらは本体自体の空気抵抗と後方へと展開した複数のドラッグシュートによる空力ブレーキに加え設けられた第二宇宙速度まで加速可能な大推力のスラスターが全力噴射し有人降下では不可能な域のGに苛まれながら軌道周回速度から極超音速・さらに超音速から遷音速域へと急激な大減速をかける。

 

そして2つの再突入殻のうち先行する1つがハの字に展開、内部から放出されたのは2つの装甲補給コンテナ。それらは姿を見せるや即座に自己爆散し各々5・計10個の小型飛翔体を射出した。

厳重な対L蒸散膜処理が施された対弾耐熱装甲の中に投射砲核心部に近似する装置が詰められたそれらは対BETAアクティブデコイ。戦域へと拡散しつつより小さな空気抵抗値で残るコンテナと再突入殻に先行、レーザーを浴び白煙を上げつつ光線属種の照準を散らす。

 

 

 

Отдайте дань уважения мертвым.(死者に鎮魂を)

 

 

 

他方最先行した空荷のカーゴは機体表面を焼かれ損壊させられながらも極超音速のまま戦域中央直上まで2km・高度600m地点に至り ― 瞬間最後の噴射で要塞級の直下へと滑り込んだ満身創痍の黒の00式を見届けたかのように残していた最後の搭載物・S-11を起爆させた。

 

「――――ッ…!」

 

地上に這うBETA群に向け扇状に放射される熱と衝撃波と爆風、カーゴを狙わんと射線の確保に動いていた光線属種はその熱と光とをまともに浴びた。射爆範囲にいたもののうち脆弱な光線級は焼かれ吹き飛ばされ重光線級もまた死なずに済んだものもその重心の高さゆえに転倒を余儀なくされ照射被膜を守るべく保護膜を閉じる。

 

そして焼け爛れる要塞級の主体節下でその第一波をやり過ごした黒は次いで間髪入れずコントロールパネル脇の緊急レバーを引きパワーアウトモードを起動。

瞬時に展開した99式気密装甲兜とスレイヴモジュールを纏い89式機械化歩兵装甲へと変ずると残された主機出力にて全力稼働を続ける特殊装置はそのままに損傷した管制ユニットを内側から破砕しつつ一気に飛び出した。

 

 

 

Мы берем меч за человечество,(人類がために剣を取り、)

 

 

 

戦場は爆発により灼けた大気が乱気流と化して渦巻きまともに吸い込めば一瞬で肺が焼ける高温、そこに混じる硝煙と排気煙とBETAの体液が放つ金属臭とを突き破って機械化歩兵の背部固形燃料ロケットモーターが吠える。

目指すは減速を終えた残る1つの再突入殻・展開するやその内部より姿を見せた――

 

「――!」

 

漆黒の鬼。

 

 

 

Смертная казнь для захватчиков.(侵略者には死の制裁を)

 

 

 

500m向こうに自律制御で降下してくるそれを極低空から確かに視認しつつも周囲に迫るは戦車級に闘士級・さらに兵士級共の小型種BETA。

大型種共の多くは半死半生で頽れた要塞級の下で停止したままの00式と、レーザー迎撃網を潜り抜けS-11の爆発直後に戦域にまで殺到し質量弾と化して大地深くへ突き刺さった3発のデコイへと引き寄せられるも ― 対人探知能力に優れる小型種はそうとばかりは限らない、戦術機ならば敵たり得ないそれらはしかし歩兵にとっては明らかな脅威となって十重二十重に襲い来る。

 

「ち――ぐッ!」

 

速度は出るも緻密な制御には向かない固形燃料ロケットモーター、上部複合装甲のメインブロックで突っ込み腕部スレイヴモジュールで殴り飛ばして強引に突破を図るも3体目の戦車級に横合いから飛びかかられもつれ合って地を削り――

 

一瞬の躊躇すらなく歩兵装甲をパージして慣性のまま宙を飛び、高速で迫る茶褐色の大地へと足から脚へそして尻から背中・続いて肩へと着地しさらに2回転して衝撃を逃がし吹き飛ぶ勢いのままにまた走り出す。

 

 

 

И мы будем, (しかして我ら、いつの日にか)

 

 

 

残る200m・集り寄せる異形の殺人異星起源種、全力で駆けながらホルスターから大型自動拳銃を抜き放つ。

BETAの強靱極まる生命力は小型種といえど変わらないうえ装弾数も7発きり、ゆえに正面を塞いでくる闘士級兵士級共の重心位置より遠いその頭部と思しき箇所または手足らしき部位を狙って走りながらのウィーバースタンスで.50AE弾を叩き込む。

 

過大な反動に暴れる銃身を抑え込み撃ち放つはおよそ自動拳銃弾最大級となる2000Jを超える弾薬、その中間弾薬にも等しく大型動物ですら一撃で屠りうるストッピングパワーで穿たれ貫かれた前後の銃創から体液を噴き出しもんどり打っては転がる異形の間を駆け抜け ― 最後に立ち塞がった戦車級のその直下を滑り躱して遂に掴んだホイストケーブル。

 

「、――…」

 

即座に巻きあげられるそれに片脚をかけ上昇しながら獲物を追い振り仰がんとする戦車級の、その小型車並みの背中側から残弾すべてを醜い複眼が並ぶ頭節へとぶち込んで風穴を開けて体液を噴き出させ――ゆっくりと自らがつくりだした血の海へと沈むその個体、立ち上る硝煙と熱に陽炎を放つスライドが下がりきった自動拳銃と共に脱ぎ放った装甲兜を眼下に遠ざかりゆく赤黒く蠢く地獄へと投げ棄てて、漸くに大きく息を吐いた。

 

 

 

когда-нибудь дойти(「 あ の 寓 話 」) до «Измененной басни».(へと 辿りつかん)

 

 

 

そして見上げる片膝をついた姿勢の新たな機体 ― わずかに大型化した主脚に両肩・腰部スカートに追加されたスラスターを除けば00式とそう変わらない、道具などなんでもいいが使い慣れているものがあるならそれに越したことはない。

 

音も無く展開した胸部装甲、伸長するガイドレールの向こうにその口を開けた92式戦術機管制ユニットに身を放り込めば真新しいコネクトシートに零式強化装備の頚・腰・下腿の4点で固定される。

 

「…接続」

 

ヘッドセット頬部先端を押し網膜投影展開開始。

情報視界に浮かび上がるは交差したオリーブの枝に抱かれた地球 ― United Nation Force.

 

 

機体型式 XFJ-00Fb ― 帝國斯衛と先進戦術機技術開発(プロミネンス)計画の落し子にして国連極秘計画の使徒。

 

 

ゆえにその名を――00式改 Type-00 Alternative.

 

 

「…起動」

 

 

提げた二刀に担ぐ二門。

漆黒に沈む機体各所の橙に光る各種センサー。

高まりゆく主機出力と跳躍ユニットFE-108 FHI225SPが奏でる高周波音。

 

それら刃と翼と抗う意思と ―

 

 

 

Во имя «Альтернатива 4»,(「オルタ4」の名に於いて、)

 

 

 

総てのBETAに――

 

 

 

「…鉄槌を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より153分。

 

ロヴァニエミハイヴ・帝国軍駐屯地。

 

 

 

唯依は変わらぬ曇天の空に登りゆく信号弾を見つめていた。

全身を侵す疼痛すら忘れ、乗機00式F型の中から。

 

歓喜 ― 逡巡 ― 恐怖 ―

それら総てが交互に或いはない交ぜになって飛び交う心中は己で判る程迄に千々と乱れ。

 

1発、2発、計3発。白夜の空に打ち上げられた帝国十式信号弾・龍。

頂点に達した後のそれらはゆっくりと降下しつつ30秒間発火する ― 塩素酸カリウムとナフタレンの化合により着色された煙は――黒。

 

それは嘗て陣営の東西を越えてその武名を轟かせた彼の独逸民主共和国軍・黒の宣告(Schwarzesmarken)隊に由来するとされる光線級吶喊(レーザーヤークト)開始の証。

 

どうか…!

 

天と、神仏と、そして何より亡き父と巌谷閣下と友らとに。

そう祈りを捧ぐ事数瞬。

 

 

「…ホーンド03。CP」

 

 

――!

 

 

斯衛軍広域周波に載ったその声は、何事も無かったかの如くに常と変わらず。

 

「中尉! こちらCP、ご無事で!」

「…戦闘継続中。機体を換えた、更新を」

「換えっ?、いえ了解ですッ」

 

喜色滲ませるCPの声もその背後に混じる歓呼の響めきも唯依には聞こえず。

 

良かっ――――……!

 

声にならない歓喜が弾けて。

知らず口許を覆う両の掌、見開いた黒耀の双眸からは先程迄とは異なる輝きが零れ。

 

だが一方、

 

「中尉、負傷をっ」

「…そのうち止まる。…吶喊は」

「は? あ…、その」

「……ならいい」

 

指揮所との遣り取り、まだ近接データリンクが可能な距離ではないが繋がった回線の向こうに現れた黒は比喩ではなく血に塗れていた。

 

被弾したのか!? いや乗り換えたと ― ?

 

「…大隊長」

「応とも」

「…引き続き光線属種掃討を」

「ふむ」

 

な――

 

「いけるのかね」

「…」

 

その黒の無言の小さな頷きにしかし。

 

「待て中尉ッ、閣下お赦しを、馬鹿を言うな幾ら貴様でもあの数相手に単機では…!」

「…」

 

まだ南下BETA群は5万近く、重光線級も700体は残って居よう。

並の衛士ならば数秒を数える前に灼き溶かされるそんな死地、如何な彼でも今ああして生きて居られる事自体が驚異とすら。

 

漸くの再起動を果たした唯依は主従の手短な遣り取りに非礼を承知で割り込むも ― 返答どころかちらとすら寄越されぬ闇の瞳に逆に焦燥を搔き立てられて。

 

「87式を頼む、1門あればいい!」

「た、篁中尉? まさか出るんですか!?」

「支援に行く」

「無理ですよ!」

 

何の道彼らにはこれ以上取り付く島も無かろうと整備班へと繋げた回線、数歳だけ年上の機付長が目を剥くも構わず唯依は乗機を起ち上げる。

 

 

喩え一度きり、数秒きりの囮や盾になるのが精々だとしても。

それで己が死んでも彼が生き残ればより多くのBETAを斃してくれる、それだけは疑い様の無い事実。

 

それに何より ―

 

 

「跳躍機自体は問題ない、全速なら戦域まで10分かからん」

「無茶言わないで! さっきあれだけ動けたのだってッ」

 

 

あんな想いを、もう一度するくらいなら――

 

 

「整備兵は下がれっ。篁機、出るぞ」

「隊長、私も参ります!」「お供しましょう」「どのみち元々」「一蓮托生」

 

駆動音にややの軋みを交えながら一歩を踏み出す唯依の00式に、言い募る隊員らもまたそれぞれ満身創痍の愛機へと駆け登り搭乗を始める。

 

「貴様等は残――」

「ちょっ…皆の00式だってガタガタで、少佐っ、なんとか――」

「――神宮司だ。また騒いでるのか小娘共、斯衛のエリートが整備班に世話焼かせるな」

「遊撃隊隊長としての独自行動と御理解下さい」

「却下だ。大体ついさっきまで奈落の底の様な眼をしておいて今度はなんだ、軍は斯衛の女紅場とは違うとまだ解らんか?」

 

間に入った指揮所の猟犬は半ば呆れた声を出し。

 

山百合だか姫百合だか知らんが貴様ら軍歴もあって滅法腕が立つわりにいつまで市ヶ谷台上の人に憧れる女学生気分だ、かくばかり恋ひつつあらずは高山のと一方的に思い詰め戦場での意馬心猿も大概にしろと。

 

「そもそもそんな半死半生の機体で何が出来る」

「足手纏いになるつもりは」

「貴様の意思など関係あるか、つきあいは長いとか言う癖にまるで奴の事を解ってないな」

 

自分の甘さが原因で好いた男に庇われた上に目の前で死なれるなんて後悔しか残らんと、その実体験を持つがゆえで元教職志望の古参衛士の言葉ではあったが。

 

「…支援は必要ない」

「また貴様はそうやって…!」

 

私を置いていくのだろうと乗機を進める唯依へとしかし回線に伝う平坦な黒の声。

 

「…策はある。誘引性の投下物が戦域に埋没」

 

BETA共が群がって躍起になって掘り返している、ゆえに今しかないのだと。

 

「誘引弾だと…香月博士の新兵器か!」

「成程…指揮を預かる身としても南下群光線属種漸減の必要性は認めます ― 閣下」

「ふむ。許す、但し誘引効果のある内で良い。目下完調機は穏座の初物よ、持って戻れ」

「…は」

「附言するなら其の機体の贈り主に礼の一つも啓せぬ侭に貰った命を放り出すのも僻事ぞ」

「……了解」

「然し偶さかの符号とは云え ― 些か時季は違えど冬至の夜に子供らへと贈物を配って回るルーテル教会の司祭とやらは正しく此の芬蘭はロヴァニエミが当地では無かったか?」

 

ほれ異星種共が降ってくる迄は年の瀬に彼の米国がNORADも追跡情報を出しておったろうがと、気安くも高貴の知識人たる斑鳩公は異朝の習俗にも通暁するを披瀝されるも応じられる者は――

 

「……では」

 

否、応じる者はおらず。

 

そう何時もの通りに平然たる素振りで黒の中尉が回線を閉じて消えると、場違いにもやれやれとでも言いたげな青の斯衛は指揮官級の者共のみの回線へと切り替えた。

 

「さて聞いたな篁の。確かに単細胞に成れとは云ったが常の卿ならいざ知らず、気息奄々の今の卿では盾どころか文字通りに彼奴の足手纏いよ ― 然許りに甘い男ゆえにな」

「閣下…」

 

大凡不帰の決意が故とは云えど猪突を自覚せぬ訳もない唯依にしてみれば、殿下に扮する影殿からならば兎も角斯衛軍首魁・斑鳩公崇継其の人よりの直々の指顧と迄為れば。

 

「未だ機体も身体も動くなら南を固めよ。先より南を保たすが為に卿らの命を秤に掛けた、其れを成せぬでは話にならん」

「は…」

「それに、ま…そう案ずる事もなかろ」

 

彼奴はてんでの甲斐性無しで、還る心算なき折にでも還ると云うて卿を安心させることも無ければ目算ありし時にも背水の陣よと気を持たせるが如くの事も言うまいが、

 

「故に諾と返したからには推算あっての事よ。何れにせよ ― 」

 

忍んで待つも恋路の艶ぞと未だ内心では歯噛みをする唯依へとそう言い付けて、

 

「畏れながら『殿下』もお含み置きを。白虎隊と成り玉砕を以て北欧の防波堤たらんとした栄誉は前連隊長らが浴すもの」

「……解っています。我々は、赤穂浪士と成る可きと」

「如何にも、彼の者らの顕彰と然る後の異星種共への返報こそが宸謨かと。過日当人らにも釘を刺され申しましたが今頃の遅参では雑巾がけどころの話では御座いませぬ」

 

実の処一歩過てば唯依に続いて飛び出したやも知れぬ影殿 ― 冥夜に迄も噛んで含めて、回線を閉じた崇継はしかし。

 

「尤も…統帥の外道なぞを黙認して居る予が赴くは、九段ではなく無間地獄であろうがな」

 

何時何時でも部下の命と戦況戦果を比較衡量するが領袖たる身の役目とは云え。

其れが余人に語らぬ雲上の胸中だけの独白 ―

 

「いや、地獄とても入れてはくれぬか」

 

ならば其の果て迄も征くのみと。

 

そして衛士の掟に自刃の文字無し。

掌中に九寸五分在らば己にでは無く眼前の異星種共に突き立てよ――

 

「卿ならそう云うのであろうな、中尉」

 

皮肉にも斯衛の矜持に忠義なぞは知った事かと無言の侭にそう体現する彼の中尉こそが、矢張りその道行きの供回りに成りそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より154分。

 

日本帝国・国連軍横浜基地。

 

 

 

地下施設最深部。90番ハンガー脇司令所。

 

大深度地下特有の重い空気感。

当基地副司令兼国連極秘計画・オルタネイティヴ5主幹研究員たる香月夕呼博士は、徹夜続きの頭に居座る疼痛にうんざりしながらややよれた白衣の裾を翻してこの空間へと入ってきた。

 

「――うまくいった?」

「…はい」

 

部屋の外と同じ薄暗さの中。各種モニタリングデータに衛星からの情報などが映し出される複数のディスプレイが放つ仄明るさを浴びるその席から立ち上がったのは銀色の髪の黒衣の少女、社霞特務少尉。

ありがとうございます、との言葉と共に下げられた頭には兎の耳を模したヘッドギア。

 

「そ。ならよかったわ」

 

その彼女にひらひらと手を振る夕呼にはさしたる感慨もなく。

現在の日本時間は午前6時すぎ、ちらと目をやったディスプレイの向こうは東ヨーロッパ夏時間でてっぺんを少し回ったくらいなのだろうか。

 

 

常には言葉数少なく無感情な社の、珍しい「おねがい」。

 

あの戦術機の建造自体は富嶽と遠田の持ち出しだからともかく、試験段階のアクティブデコイ弾に強襲降下用の重装カーゴ等々他にかかったコストを諸々全部合計したら戦術機2個中隊を軌道投入するのと大して変わらないほどだけれど、それを叶えるための財布は第5計画のもので。

 

一切替えの効かない彼女のメンテナンス料と思えば高すぎる対価じゃないだろう。

 

 

「でも本当に使い物になるのかしら?」

 

夕呼はそう、大して興味はなさそうに ― 実際にあのテのオモチャにはさして必要以上に興味がない、物理学者としてみれば。

 

 

元々の素案はボーニングの戦術機の鬼さん発。

 

一時手元においていた米ソの脱走兵(シェスチナとブリッジス)の件でつながりができたそのおっさんが、自らの友人でもあったとかいう父と父であった人たち(ファーザーズ)を亡くした娘に、歳のせいか柄にもなくセンチメンタルな感傷を抱いて。

有り物ででっち上げたらしい00式の強化改修案。

 

最初から帝国及び斯衛軍宛にと預けられたそれをいけしゃあしゃあと交渉に先立っての手土産よろしく持ってきたヨーロッパ人の厚顔さにも今さら驚きはしない、そうされることを承知でハイネマンもユーコンの連中を経由させたんだろうし。

 

ともあれそれをこの基地に出入りする遠田と富嶽の技術屋連中に渡しておいたらやはりというか日本を代表する変態もとい職人気質の企業だけあって、以前から両社内には少なからずいたらしいあの「なれの果て」により強力な機体を渡したいっていう層を巻き込んで ―

 

元々のプランからさらに極端な仕様に変更したうえ本社工場で摂家外征用にと建造していたF型2機の余剰予備パーツを磨きに磨いて試験機として丸ごと1機組み上げた挙げ句完全に特定個人向けなデッドエンド・チューンを施したのだとか。

 

しかしそうして半ば勢いで仕上げてはみたものの当の斯衛の第16大隊か帝国軍の開発部隊へ献上するにも一般市民出身の黒服に高機動型が下賜された前例はないからどう切り出したものかと悩みつつ、とりあえずXM4までを搭載すべくこの横浜基地へ搬入される間に肝心の搭乗(予定)衛士は遠く北欧へ行ってしまい――もっとも怪我の功名とでも言うべきか、その間にJIVES上でとはいえ最終調整もできたわけだけれど。

 

 

連中曰く、現時点における究極の近接白兵機動戦用戦術機 ― それでも餅は餅屋ともいうし。

 

「迅すぎて怖い、こんな過敏な機体実戦で使えるの?」

 

それがJIVESであの機体の調整を担った、原型機としては同じF型を駆るそれなり以上の腕利きのはずのこの基地駐留の斯衛衛士の言だったから、なんだけど――

 

 

「大丈夫です…あのひとなら」

 

いつもと同じぽそりとした物言い、さして霞のその表情も変わらないけれど。

 

愛しちゃってまあ…

 

今さらここまで来ておいて、それは「彼女」を()()()からでしょとまた口に出すほど夕呼も野暮をするつもりはない。

 

「そう。まあ満足したら仕事に戻って頂戴。近くシェスチナも来るわ、お願いね」

「はい」

 

言い捨ててその部屋を辞してから、ふとまりもが生きてるかどうかわかるかくらいは聞いておくべきだったかと思い立つ。

でも彼女は軍人としても優秀らしいし大切な友人でもあるけれど、その生死が直接的に人類の存亡に関わるとまではいえないから。

 

なにしろもう――時間がない。

 

まだ確証はない。だがその可能性が高い。それに追われるのはいつものこととはいえ。

薄暗く人気のない広大な地下空間、歩みを止めて見上げれば ― 明るさの乏しい空間内に、さらに黒々と聳える全高180mの威容。

 

「間に合うかしらね…」

 

霽れぬ気分を引きずりながら、夕呼はヒールの音を響かせつつ再び闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より155分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東91km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

管制ユニット内外の景色は何も変わらない。

 

両脇の操縦桿とコントロールパネル。

足下のフットペダルに正面コンソールと ― その下のSDSボタン。

 

そして機体の外の――巨万のBETAばかりが蠢く滅びゆく世界も。

 

 

まだ止まらない頭部からの出血、赤く浸食される網膜投影の情報視界。

オーバーレイ表示される指示通りにコントロールパネルを操作 ― するが指の震えはすでに腕からのものになり、四肢の疼痛は既に心臓の鼓動に伴い全身を走る激しい物に変わりつつある。

 

「…――!」

 

それでも無造作にフットペダルを踏み込めば。

主機と跳躍機の吹けが魂の髄まで慣れ親しんだC型に比して数段鋭い。

 

機体の応答を確かめつつ数度のターン、行きがけの駄賃に要撃級を矢継ぎ早に5体斬り捨て屠る。

 

「……シャオ寄りか」

 

カイゼルと云うよりは。

我知らず口をついたその固有名詞、記憶の底に残っていた事自体を忘れていた――が、いずれにせよ随分と極端な機体。

 

 

この霞からの贈り物 ― 先の大隊長の言、12月末の年の瀬に。

 

いつだったか、なにかを……なんだったか。

 

いや ― それよりももっと旧く。

 

 

記憶の――奥の。

血の色をした追憶よりさらに遠い、あの日々の。

 

最早既に褪せたセピア色ですらない、色そのものを喪ってしまったいつかの――

 

 

 

サンタさんまってるの

 

 

「…」

 

 

サンタさんがきたらね、ありがとうっていおうとおもって

 

 

 

もう――どれくらい前のことなのだろう。

 

 

強化されたセンサーが発する照射検知その警報を一瞬未満に留める回避行動、急機動の過大なGに悲鳴を上げる全身は無視。

デコイを目指し地を掘り始める戦車級に要撃級を遮蔽に当ててそれらへと無防備に続く重光線級を2体斬り捨てその噴き出す体液すらも置き去りにして敵中へと躍り込む。

 

薄暮の荒野、空間に走る斬撃痕とジェットの蒼い排気炎。

 

視界内BETAの動きを読み視界外BETAの行動を予測して。

そのどちらへも先の先或いは後の先を奪って只、殺す。

 

 

「…装甲展開」

 

 

「世界」はもう ― なにもかもが壊れてしまって、誰もいなくなって。

 

 

「…出力制御変更…強制冷却開始」

 

 

だからなにかを得るための戦いでもなければ、なにかを守るための闘いでもない。

 

 

「…XM3通常駆動停止…入力予測演算停止」

 

 

必要なのは唯 ― BETAを殺す、その力だけ。

 

 

「…弐番機起動…」

 

 

そしてこの機体なら今まで以上にBETAを殺せる。

この空飛ぶ鉄の塊は、BETAを殺す ― 其の為だけに造られた物だ。

 

 

「最大稼働開始…演算能力最大…全出力を強化装備へ…」

 

 

所詮安寧も休息も束の間に過ぎない。

総てが不安定に揺れ動くこの現世に溢れた地獄の上で。

 

 

「…筋電流操作最大…保護皮膜耐G収縮上限解除…感覚欺瞞最大持続…」

 

 

立ちこめる電子臭とまだ素材の匂いの取れないシートも直に己の血と汗に染まる。

永劫に続く戦いの中で、この機体もいま開発(エックス)ナンバーから解き放たれて ―

 

 

「…戦闘薬・加速剤混合投与、…ッ…!…」

 

 

熱を帯び痛みと共に全身を巡る血液が一気に冷却されていく。

そんな赤い流れが侵す右目以外の視界がわずかクリアに感じられ――

 

 

「XM4・コード316 ― 起動…!」

 

 

虚空に散らす金色の粒子と共に。

終の大地に死を振り撒く黒の災厄が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より215分。

 

ロヴァニエミハイヴより北東30km。

旧フィンランド・ラーテンペラ付近。

 

 

 

荒涼たる白夜の大地、それを覆っていると言って差し支えない程のBETAの死骸。

それらから流れ出る体液がわずかな地形の起伏に沿って赤黒い川となり、この戦場での支援火砲の僅少を示すそう多くは無い砲撃痕へと流れ込む中 ― 狼の群れは獲物を見つけた。

 

「Feind gesichtet!」

「Alles gut…, Der Angriff!」

 

遙かファスタオーランド前線基地より700kmを長駆してきた狩人達は俊敏かつ獰猛、そして狡猾でありながらなにより戦意に燃え。

 

abschießen…!(もらった…!)

 

快哉にはほど遠いにせよ。

愛機EF-2000の管制ユニットの中、全速での180°転回から爆進してくる突撃級群をリニア・レールガンのサイト内に捉えて ― 輝く金色の髪のイルフリーデ・フォイルナー少尉は最初の戦果を確信した。

 

 

刻々と変化する戦況に応じ ― ウニオン司令部は現地守備の主力を担うライヒ司令部との間で改めてロヴァニエミハイヴ死守の意図を確認。

 

そしてそれを受け、ファ島進発のユーロ混成先遣隊は戦域へと駆けつけるなり。

ライヒ部隊が採っていた突破浸透機動誘引戦術に倣って、突入後誘引しながら広く2km程度の横隊に展開。

引っさげてきた1中隊あたりおよそ1門のレールガンのうち半数を用いての一斉掃射戦術。

 

 

沈まぬ太陽、薄暮の荒野に走る数条の閃光。

それらが南下してきていた大隊規模突撃級群を散乱していた死骸もろともまとめて貫き薙ぎ払いつつ吹き飛ばした。

 

「有効射と認むっ」

「ツェルベルス01より各機、残敵を掃討せよ」

「ヤーボール!」

「こちらノルドUNCP、来援に感謝を!」

 

ありありと判るほどに喜色を滲ませる北欧国連軍CPの声、でもこれだけの数のレールガンがあれば5000やそこらの突撃級くらいどうってことはないし逆に遅参を申し訳なく思うのがこちらの立場。

 

「――ツェルベルス01。全隊所定の作戦行動に移れ」

「ゲート・クラー、マイン・ケーニッヒ。ツェルベルス02より各機、グラーベンタクティケン(塹壕戦術)

「ヤーボール、フラウ!」

「セスト・アンタンデュ。全機マグ・ルクス(重光線級)にポワレされたくなきゃ急ぎなさい」

「ウィ・マダム!」

 

手短な大隊長の指揮の下、手早く残敵を掃討してややの後退。

 

元々ファ島前線基地に集いしは激戦の欧州各地から選りすぐられた手練れも手練れ、その彼らが極東の島国よりもたらされた特殊装置・XM3でTSFの真骨頂たる運動性を倍化させれば文字通りに地表すれすれの匍匐飛行とて造作ない。

 

揃って戦域マップに登録済みの「門」へと向かい、荒野にぽっかりと口を開けたそこへと各国軍中隊単位で滑り込んだらレールガン装備機だけが地表側で掃射位置に就く。

 

「ローテ12、射撃準備よし!」

「そのまま待機せよ」

 

そして最外縁の「門」入口付近、BETAたちの整地もやや荒い気がする横坑内壁に皆それぞれ機を預ける間にウニオンとUNのデータリンクが統合された。

 

「こちらレギンレイヴ04、『はぐれ』共は任せて。悪いけどそちらはお願いするわ」

「こちらエクィテス01、任せてくれ。ところで君を夕食に誘ったら喜んでくれるかな?」

「もちろん。イタリア料理は大好きなの」

「それはいい、”体が満たされれば心も満足”さ」

「あら、やっぱり私のイタリアの()()()と同じこと言うのねスィニョーレ・ガランテ」

「ああ、なんてことだ、君は今まで僕の身に起こった事の中で一番美しいものなのに。男女の間には情熱と崇拝と愛、そして悲しいことに敵意もあるけれど、友情だけは絶対にない」

 

網膜投影内に現れた現地守備隊の美貌のしかし憔悴の色濃いグリフォンライダーにさえ挨拶代わりのコナをかける長靴型の国の衛士には、小型の虎が苛立って。

 

「Fxxk、誰かあのロマーノを黙らせなさい」

「おやムスケテール01、嫉妬かい? 君だって素晴らしい女性だけれどたったひとつ弱さという魅力を欠いているよ。それに前も言ったろ僕は太陽の地ナープラの生まれだ」

「ティトワ、もう夏が来ようってのにピザ男の寒すぎる漫談なんて聞いてらんないわ」

 

怖けりゃとっととおうちに帰ってマンマ自慢のピアット・ポヴェロでも食べてなさいと、そうその短躯に秘めた攻撃性を隠さないのがフランスの銃士 ベルナデット・リヴィエール大尉。そして、

 

「おい06、アヴェ・マリーアのお祈りは済ませたか?」

「11、私は信仰告白もしてない不敬虔のエヴァンゲーリッシュだがそれでもマリーアは崇敬してるつもりだ、彼女をヴィッツのネタにしたりはしない」

 

入念にも再度機体チェックを走らす整って生真面目な面差しそのままの性格の女騎士・ローテ06 ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉に対して。

不心得な軽口を叩いた11 ブラウアー先任少尉はおっとそいつは悪かったと戯けるも、その気持ちは皆わからないわけじゃない。

 

 

塹壕の中に無神論者はいない ― これから始まるに違いない激戦を思えば尚更。

 

 

遠く04ヴェリスクハイヴより1000kmの距離を北上してきたBETA群は総計30万超の極大規模、二昼夜に渡り途切れることなく押し寄せ続けたそれらにはようやくに軟調化の兆しが見えたとはいえ。

 

ハイヴ南側ではショーグン・ジェネラル直卒の下、この熾烈を極めた防衛戦を生き残ってきた手練れの中の手練れたちが瓦解した戦力のなか文字通りの死兵と化して今なお断続的に襲来するそれら北上BETAを食い止めている。

 

ゆえにこのハイヴ北側へと襲い来る南下BETA群約5万に対しては、ファ島発のウニオン先遣隊だけで当たらねばならない。

 

そしてハイヴを目指して南下してくるBETA群、その中衛の波は現在この半径30kmにも及ぶ地下茎構造物(スタブ)外縁からおよそ15km先。

その中には今次作戦から会敵報告があがっている「アウラ・クラーケ」が多数いるはずで、実際の戦闘データの概算値は今しがた北欧国連軍より受領したものの異様にタフで動きも素早いそれらは近接白兵戦を得意とするライヒのリッターたちをしてすら厄介だと言わしめるとか。

 

そんなBETA共はできればレールガンでまとめて吹き飛ばしてしまいたいところなのだけど ― 数万にもなる中衛群を一気に排除できると考えるのも楽観的すぎるだろうし、仮に掃除しすぎてもその後さらに15kmほど後方に続いて迫る後衛群の重光線級に対する遮蔽がなくなってしまうのも困る。

 

さらにその、後衛の重光線級群というのが先のロヴァニエミハイヴ攻略作戦における地上制圧、その最終盤で相対した300体をゆうに上回る5()0()0()()超。

 

油断をする愚者などこの精鋭の中にはいないとしても涓塵の怯懦から来る刹那の遅滞ですら即座に命取りになるこれほどの戦場は、ブンデスヴェア最強と称えられしツェルベルスの戦歴をしてもそう多くは――

 

 

すなわち単純に考えれば無理に無謀を重ねた作戦判断とはいえ、

 

「各機装備確認、敵後衛との相対距離と位置関係には常に注意。レールガン装備機は砲撃後除装して支援装備に変更、BETA共が寄ってくるから喰われるんじゃないわよ」

「ジェ・コンプリ!」

 

そう回線に乗るリヴィエール大尉の若い隊員らへの指示を聞きながら。

 

やれるはず……きっと。

 

地に身を隠した隊機らを背に、前哨戦たる砲戦を担うイルフリーデは内心にざわめく怖気を払うがために操縦桿の感触を確かめる。

 

 

あの時は、この愛機とこの掌中にはなかった特殊装置・XM3。

それに慣熟した今 ― 誉れも高きツェルベルス、Gott mit uns の合い言葉の下背中合わせで死線を潜り抜けてきた大隊戦友たちと共になら遂行できない任務などこの地上には――まして。

 

 

「BETA中衛群接近…、相対距離5km…掃射開始!」

「命中! 命中!」

「砲身交換、次弾装填ッ」

「よしいいぞ、レールガンの食べ残し共には57mmをくれてやれッ」

「ヤーボール!」

 

牙研ぎ待ち伏せていた歴戦の欧州精鋭ら、その彼らの故郷を蹂躙し荒し尽くした憎き異形の異星生物共がキルゾーンへ入るや電磁加速した120mm砲弾をしこたま撃ち込み、次いではMk-57 中隊支援砲からの榴弾化した多目的運搬砲弾を雨あられと浴びせかける。

 

そうして甲高いレールガンの発射音が絶えた後にもわめき続ける複数のマシーネン・ゲヴェーアの砲音の中、「門」内部・地の下にて機を寄せあう部下らへ向けて矮躯のフランス騎士は口を開いた。

 

「さあプラ・プランシパル(メインディッシュ)のお出ましよ」

 

南はギリギリ膠着状態、ハイヴ内にも余裕はゼロ、後退の余地は無論ナシ。

つまり思ってた通りかそれ以上に状況は最高、

 

Aux armes, citoyens(さあ武器を取れ)、ヤツらを平らげる!」

「ウィ・マダム!」

「行くわよ――ア・ラタック!」

 

言うやベルナデットは波打つ金の髪を靡かせ疾風の名を冠するTSFを駆って率いて最先鋒を買って出た。

 

後方から伸び来て追い越しまだ前方遙かのBETA群へと殺到していく複数の火線を背負い、目指すは着弾の土煙とそれらに混じって噴き上がる血飛沫が舞う煉獄の鉄火場。

 

そのベルナデットの情報視界には高速で流れ行く地表、微調整を加えて操る操縦桿にフットペダル、機体の応答性にも文句なし。

網膜投影の戦域マップに映るBETA群の予想位置に経路予想もハイヴに接近するにつれて正確さを増してきていて予備照射検知も今はまだない、ましておそらくは怪物共は「門」に陣取る後衛機らが除装したレールガンに誘引されゆくとなれば ―

 

これで――

 

突撃行の跳躍ユニットは最大出力を維持したまま。

愛機ラファールからばらりと展開するは両主腕に左右兵装担架の計4門の突撃砲・FWS-G1。

 

XM3による演算強化を受けて従来の同時40目標探知と8目標追尾からブラッシュアップを果たした火器管制レーダー・RBE2 ― まだ遠方のBETAをそれが次々に検知認識照準追尾を開始するやベルナデットは躊躇なくトリガーを引いた。

 

消え失せろ(Dégage)!」

 

あわせて8門の砲口が一斉に火を吹き伸び出す36mmAP弾の火線と噴進炎を曳く120mmAPCBCHE弾。それらが狙い過たず各々の目標へと着弾するなかベルナデットは詰まる相対距離と共にRBE2の目標設定に加えて自らの空間識にも敵影を刻み込みながら1中隊12機による楔壱型陣形の鏃となって弾雨の中でも爆進を続けてくる敵中へと躍り込み、最も得意とする白兵距離での近接機動砲撃戦 ― 前衛砲兵の二つ名そのままBETA共に死を齎す砲戦円舞を披露する。

 

「隊長に続け!」

「Marchons!! marchons!!」

 

機動戦はなにもクラウツ共の専売特許ってわけじゃない、いやむしろかのコルシカの怪物が擁したグランダルメ以来アルメ・フランセーズの得意戦術でもあって。

 

機動の軌跡を刻むジェットの青焔に空を裂く火線と膨れあがる爆光が白夜の薄暮の中ではより際立ち、砲弾を浴びて頽れ吹き飛ぶ異星種の返り血を浴びながらヨーロッパの大半を制圧せしめた束の間の大帝国の末裔たちは戦場を駆ける ― も。

 

「クソっ、こいつらが!」

「聞いてた通りに防ぎやがってっ」

「砲が効かねえ! ならコイツで!」

 

白夜に燃える青い燐光、懸念のピューヴル・オラが多数。

通常種比でかなり優れる耐久力に定常円旋回速度とのことだったがその情報に偽りなしで、交差させた強固な前腕衝角で36mmを弾いてのけてその衝角ごと120mm APFSDSが数本突き刺さっても意に介した素振りすらない。

ならばと数機がフランス軍独自の近接白兵装備・鎌型剣フォルケイトソードを兵装担架より抜いてつっかけるも、容易に背後を取らせぬとあっては要撃級種の明白な弱点たる尾節を狙うのも困難なうえ大振りの斬撃を弾かれでもすれば逆に大きな隙を晒すことになる。

 

先陣を切るベルナデットも回避機動から両主腕2門の36mmを集中させて迫る1体の要撃級強化亜種の尾節を狙うが、

 

「ち…!」

 

通常種なら確実に尾節を引き千切っていたタイミングで放ったその火線はしかし、やはり俊敏に転回しての前腕衝角による交差防御に撥ねのけられて立ち上る青いオーラを貫くのみで虚空へと消える。

 

同時に素早く網膜投影の情報視界、左側の地表レーダーと戦域マップに目を転じても ― 攻勢に出たボッシュの番犬連中をしてすらDANCCT(異機種・異国籍部隊間連携訓練)終盤に実施したXM3慣熟を経ての対BETA・JIVES演習における進行ペース比で3割程度は遅れている。

 

あのシュヴァリエ共でも手こずるってだけのことは…!

 

概ねは北欧UNからの受領データと変わりはしないしやりあって倒せない相手では決してない、実際今も2度目のターンで裏を取りきり尾節を撃ち抜いて見せはしたものの手数がかかることには違いがないし急所をついてもすぐには動きを止めないしぶとさと来る。

 

「小隊行動1匹ずつ仕留めなさいっ、迂闊に距離を詰めるな!」

 

高い素質と高性能機、ゆえに果敢に ― 言い換えれば、やや軽率に ― 攻めがちになる若い部下らを統率しつつ直卒小隊は副官に任せ、四丁拳銃は敵中ただ中で機体を振り回しながらとどめを焦らず弾幕を張りBETAの注意をその小柄な身体に引きつける。

 

巴戦中、目の前のBETA共を後方から迫る重光線級への遮蔽としても機能させている都合上あまりに大きな機動はとりようがないしまして高度を上げるなんてのは論外だから、今は多少手間取っても確実に片づけていくほかない――し。

 

 

「後方から接近する機体!」

 

 

それは荒野を疾るジェットの蒼焔。ハイヴ近傍より発して短く東への機動から。

 

 

来た来た…!

 

 

きっと来るはずと予感していた。否、確信していたと言うべきか。

ベルナデットの青い瞳は眼前の戦場を忙しなく追いながらもその胸中に浮かぶは快哉。

 

 

 

― 40分程前、この戦域へと急ぐファ島先遣隊がボスニア湾北岸に達した頃。

衛星経由でもたらされたその画像には、およそ動いているものは何も写っていなかった。

 

どこまでも続く死の荒野、そして地を埋めるBETAの死骸。

それは欧州軍兵士、中でも前線の衛士にとってはある種見慣れてしまった大陸の戦場の光景――

 

 

唯一点、それがたった1機の戦術機によって生み出されたものであることを除けば。

 

 

数多の戦車級が踏み潰され蹴り裂かれてその体色に似た体液溜まりに沈む中、方々に混じり散らばり突き出す人体にも似た形状の翠色の脚は光線級のもの。

その凄惨な血の海の中の其処彼処に多く浮かぶ島の如くに屍を晒すのが体高10mを超す要撃級、尾節を断たれ頽れたもの主体節前面を斬り割られたもの四つに寸断されたもの ― 加えてさらに巨大な異形・要塞級すらもまた醜怪な頭節を断首されたもの体節の繋ぎ目を斬り分かたれたものらがそれぞれ一息には把握しきれぬほどの数、5対10本の装甲脚を力無く開いて自らが造り出した体液の赤黒い淵に沈んでいた。

そしてBETA群中種別比率でいえば圧倒的に少数のはずの二足歩行の大型種・重光線級の骸は明らかに多く ― 頑強な保護被膜を下ろして防御する間もなく最大の弱点たる照射被膜を斬られたもの照射寸前に横腹を裂かれたがゆえ充填した出力に体節が耐えかね爆砕したとみられるもの両脚を断たれるなりカウンターウェイトたる尾部を斬り飛ばされるなりして転倒したのち照射部を踏み破られたと思しきもの付け根から斬断された要撃級の衝角触腕を照射被膜にぶち込まれて息絶えたもの――

果てはそれら死に満ちた荒土の向こうに更に巨大な母艦級が旧乗機から取り出したS-11を喰らわされたか全高180mにも及ぶその巨体に大穴を開けられて、止めどなく溢れ出すその体液で周囲に満ちる赤黒く汚れた湖の源泉と化していた。

 

 

その光景はあたかも地獄の第5圏。

永久の闘争を続ける憤怒者の、血で満ち満ちたステュクスの湫。

 

そしてその地獄をこの世に現出させた者こそが。

 

 

 

「IFF ― オンピア・ドゥ・ジャポン(日本帝国)セズィエム・バタイヨン(斯衛軍)デ・ラ・ギャルデ・アンペリアル(第16大隊)

 

 

前線からはまだ遠い。だが北への瞬転と共に淡い陽光を反射したのは漆黒の塗装。

 

 

「機種識別・Type-00F――」

 

 

次いで点火したロケットの赤炎と甲高く絶叫するFE-108の噴射音とを曳いて。

 

 

「いやもっと迅ぇぞなんだありゃ!」

 

 

奴こそが復讐のアリギエーリ(永続者)

 

わずか1機で残存の光線級すべてと200体もの重光線級を狩り殺したワンマンアーミー。

 

 

「…来たか」

「はい」

 

先遣隊を率いる黒き狼王がその鋼鉄の相形に僅か口の端を緩め、白き后狼も常の婉然たる笑みをより深め。

 

「総員傾注。(ZERO)が来た、我らがエクスペルテンに続け」

「ヤーボール!」

「なんですのこの加速は…!? 新型ならはやく見たい見たい見たいですの!」

「落ち着け08、ルナっ」

 

歴戦の狼たちもまた、揃って鼻を鳴らして肩を竦める。

 

「ハン、手助けに来たつもりで助けられてりゃ世話ないわ」

 

そして自嘲というにはやや明るく軽く、毒づいたベルナデットは戦術マップ上で一気に接近してくるその光点を確認しながら。

 

 

アレがさっきの季節外れのカドー・ド・ノエルのその中身なのだろう、とすれば不信心者の祈りでも届くことがあったりしたのが意外といえば意外。

 

戦場での願いが叶ったことなんてのは指折り数えるほどにもあった覚えがないし、物心ついた頃にはとっくに祖国は奪われていたからクレシュ・ヴィヴァンも1度観たきりだしマルシェ・ド・ノエルの賑わいだって子供の頃に聞かされた程度にすぎないけれど、ずいぶん物騒なプペ・サントンもあったもの。

 

 

「とはいえ『天国への道は地獄から始まる』、ね…ハ、まだまだ先なんて見えやしない」

 

神様の御座す至高天だかは9圏に及ぶ地獄の先の煉獄の、さらにその果てにあると云うなら。

つまりはとうに地獄と化したこの欧州の戦場ですらまだ折り返し点がいいところなのか。

 

「ってもベアトリスってガラじゃないのよ、とりあえずはジュディカの底のリュシフェルに劣化ウランの洗礼を浴びせに行きましょうか」

 

ねえニンジャブレード、と。そう獰猛な笑みを浮かべて小柄なフランス軍エースは両主腕のFWS-G1に新たな36mm弾倉を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロヴァニエミハイヴ防衛戦開始から62時間 ―

 

ようやくにイギリス本土を発した戦術機2個連隊規模の増援が到着し、同ハイヴ防衛を担ってきた日本帝国軍並びに欧州国連軍は甚大な損耗を被りながらも急遽駆けつけた欧州連合軍先遣隊の活躍もありその任を完遂した。

 

しかしそのわずか数時間後――

 

遙か南方の今次防衛戦における敵策源地たるヴェリスクハイヴ付近にて、2つの巨大な光線属種積乱雲(レーザークラウド)の発生と北上の開始とが確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやあ、できたできたと思ったら今回もヒキがまたベルナデットになっててびっくりしましたが…

…なんでNなんですかねw

ご感想頂けると幸いですー
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