Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 28

 

 

― 2003年 6月

 

旧フィンランド・ロヴァエニエミハイヴ南東35kmクルヴィラ付近。

 

 

厚く垂れ込めた雲。鉛色の曇天。

その下には生命の影ひとつとてない芝翫茶の荒野がどこまでも続く。

 

いや正確には、しばらく前まで動いていたこの星のものではない生命体 ― なのであろう種の、死骸というべきか残骸というべきか共は、そこかしこに散らばり体液溜まりを造っていた。

 

そして今も、また。

欧州連合盟主・イギリス軍が擁する第2世代型機 トーネードADVの1中隊12機が横隊を組み南から押し寄せるBETA群3000に相対する。

 

「全機ATACMS用意、まだだ引きつけろ…4100…4000! 全機発射、APAR起動ッ」

「吹き飛べBETA共!」

 

NATO準拠の国際単位、人類史上最大の帝国の裔たる彼らをして帝国単位(ヤード法)は少なくとも軍事面では放棄して久しく。

全機が両肩部に搭載していたMGM-140(ミサイルランチャー)を一斉発射、比較的小型ながらも計300発を超えるミサイルが不規則な軌道を描きつつそのコンテナ基部から照射されるレーダー波に誘導されて北を指向するBETA群へと降り注ぐ。

 

着弾と共に噴きあがる爆炎と土塊、それらに混じる血煙。

しかしその戦果を確認するよりまず先に中隊長は隊内の回線へと怒鳴り声をあげた。

 

「気を抜くなっ、FCSに ― 来やがった!」

 

視界を遮る爆煙と土煙を突き破るように突進して来る――青い炎。

 

今次作戦から確認されだしたオーラ・タイプ ― 要撃級の強化亜種。

通常型よりさらに敏捷な定常旋回速度に加えてはるかに強靱な生命力、そして強固な前腕衝角による防御行動で砲撃効果を減殺してくる新たな脅威。

 

「あれで生きてるのかよっ!?」

「糞ッ、撃て! 撃て撃て!」

 

同群中の戦車級含む小型種の多くは吹き飛ばせたらしいが雑然とながら全体としてはまるでこちらに互するかの如くに3列ほどの横隊を成して迫るオーラ型は200体近く、さすがに無傷の個体はほぼ存在しないが同時に弱った様子の個体もまた見当たらない。

さらにその後ろには同じく爆撃を潜り抜けてきた要撃級通常種が1000体はいる。

 

それらへと向けて英軍中隊は各機数門の突撃砲WS-16Cから36mm・中隊1門のMk-57支援砲からは57mmを一斉に撃ち放つ ― が、まさに最前列を構成する青白い燐光を放つ強化亜種共が交差させた前腕衝角でその破片と火花とをあげつつもそれらAP弾を残らず弾いてのけて一気に距離を詰めてくる。

 

「と、止まらないぞ!?」

「盾持ち突撃前衛(ストームバンガード)ってわけかよ畜生!」

「この、このこのっ」

「近づくなタコ野郎ッ!」

「馬鹿野郎無闇に撃つな、小隊ごとに火力を集めろ120mm使用許可っ」

「りょ、了解ッ!」

 

あっという間に恐慌状態三歩手前あたりにまで転落した部下たちをなんとか統率しながら数少ない古参たる中隊長は回線にがなり立てた。

 

「CP、こちらデヴォンシャー01っ、支援を乞う!」

「こちらCP、そこは貴隊の担当戦域となる、哨戒班よりの情報では――」

「敵勢力過大、抑えきれん抜かれるぞ!」

「CP了解、支援は回すが時間がかかる。支えられたし」

 

了解だが急いでくれとの応答をしつつしかし中隊長は内心でその抑揚のないCPの声にバカ言ってんじゃねえと毒づいていた。

 

 

現着してすでに2時間ほど、中隊単位で設定された防衛線に散らばり。

 

本国で再編したばかりだった部下たちの、半分どころか2/3は新兵候のひよっこかそうでなくても着任以降は穏当に国境警備をしてました程度の半分坊やに嬢ちゃんの集まりで。

それらがいきなり激戦地へ放り込まれればどうなるかくらいは考えるまでもなかったから昔馴染みの大隊長らとは散々に愚痴りながらも対策を練ってはきたのだが。

 

 

俺たちゃSASでもサーベラスでもドラグーンでもねえんだぞ…!

 

信じられない速度で超人的な機動を繰り出し少数もしくは単機ででさえ数百を越える敵と渡り合うそんな化物じみた技量なんぞは持ってない、おまけに乗ってる機体も最新型の第3世代・EF-2000やらラファールやらじゃなくそもそも分類上は第2世代型だがその実第1世代型機たるF-5E IDSの改修型にすぎない。

 

それらを重々理解しているから初会敵でも受領していたデータ以上にヤバそうな相手と見て補給の乏しさも承知の上で虎の子ともいえるMGM-140を一気に投入してもなおこの戦況。

 

「やべェぞ01中隊長、ッ…」

「尾節を吹き飛ばせりゃそれでいいらしい、まだ動いててもほっとけ無駄撃ちになる!」

「砲撃継続微速後退、距離を保て!」

 

そして実際に、いちおう古参が充てられている小隊長連の統率の下ややのばらつきを見せつつも集中させた火線は着実にオーラ・タイプを仕留めていくが、明らかにその処理速度は消費される弾薬と縦深距離とに見合わない。

だからといってADVの両主腕に装備させてきた近接戦用クローで殴りかかってなんとかできる相手じゃないし、散開しての包囲攻撃に持ち込もうにも元々要撃級は旋回速度に優れるがために横や背後は取れないのだし個々の撃破に時間を取られるこの状況では誘引できなかった連中にがら空きになったハイヴ外縁の「門」まで突っ走られる。

 

光線級がいなくてこれかよ…っ

 

いたらとっくに全滅してる、中隊長は小隊長らと忙しなく無線のみならず眼でも意思の疎通を図りながら今度こそ指揮所への回線へ怒鳴り声を上げた。

 

「CP! 早く支援を――」

「こちらCP、あと10…いや少し待て」

「はぁ!?」

 

その少しが待てねえって言ってるだろうがと中隊長は再度叫びかけるが、

 

「CPよりデヴォンシャーズ。増速し指定ルートで北上、迂回機動から防衛担当域へ戻れ」

「なん…、つまりこいつらはほっとけってことか?」

「そうだ」

「そりゃ助かるが…」

 

下がっていい、またすぐバケモノ共の相手をする羽目になるとしてもとりあえず今は。

網膜投影の情報視界・戦術マップとメイン領域に指定ルートが表示され、そのCPからの指示を素直に承った中隊長は隊機へと全機砲撃中止反転を通達。当然戸惑う部下らには俺に続けと告げて跳躍ユニットに火を入れた。

 

侵攻ルートの予測が完了したのだろうが妙に拍子抜けするような話、防衛部隊の戦力的にはかなり逼迫してる印象だったがまるで手伝わなくてもいいとなると存外まだ手数も打撃力も残っているのだろうか。

そんな戦力があるならもっと早くに出しといてくれというのが本音ながらも、

 

「CP、出てくれるのはどこの連中だ? 生きて帰れりゃ一杯奢りたい」

 

単純移動速度でTSFに追随できるBETAなどいない、最大戦速で一気に敵群を引き離しつつ微振動する管制ユニット内コネクトシート上で中隊長は突撃砲の残弾数を確認しながらCPに問うた。

 

今日まで生き残って来られたのはほとんどツキと逃げ足の速さに恵まれたおかげとそう自覚する臆病者にもそれくらいの気概はある、奢る相手が我が英国の誇りならそれが一番だがまあたとえいけ好かないクラウツ達でも気に入らないフロッグ共でも仕方ない。が。

 

帝国(エンパイア)だ」

 

聞こえたのは自国を含めて欧州からはとっくの昔に滅びて消えた政体の呼称。

 

ジャパンのサムライ連中がノースのヴァイキングらと一緒に三日間ぶっ通しで戦い続けてハイヴを守ってきたことくらいは知っている、だがそれゆえに戦力的にはもうとっくに限界を超えてて後退したものだと思っていたがまだ活動している隊もあったとは。

 

「そうかい。だがサケは手に入らんからエールで勘弁してもらおう」

「04より01、たしかドーバーのPXにはあったぞ。相当高かったけどな」

「なんだって。最近カードの負けも込んでんだ、小隊分だって無理だぞ」

 

古参中心に軽口の応酬、それは離れていく戦場への安堵感というよりまだ顔色の冴えないヒヨッコ共への配慮でもあったが ―

 

「CPより01。出費の心配はない」

「へえ、お前さんが出してくれるのか?」

「いや――」

 

そのCPの返答の間に。

 

「奢るのは1杯でいいからな」

「は?」

 

挟み込まれたのはレーダーの感。

 

「! 前方上空60m、なんか飛んでくるぞ」

「TSFにしちゃ小さい…」

 

北欧の曇天の下、飛翔するそれは ― 強引に2個連結された補給コンテナ。

そしてこれまた強引にくくりつけられた跳躍(ジャンプ)ユニットの推力でもって弾道曲線を描きつつ、地表へと落着する前に本体のスライドが展開するやその中身をばらまいた。

 

飛翔物体の高度はまだテムズ川タワーブリッジ主塔の高さ程度はあって、進みゆく中隊の前方で慣性と重力とに従い引かれたコンテナの内容物は次々に荒れ果てた大地へと突き立っていく――

 

 

「なんだありゃ…」

 

 

曇天に薄暗く吹き続けるは冷えた風、異形の死骸が散乱する終末の北辺。

 

 

「剣…、か?」

 

 

ここがこの世の果ての修羅の巷なら、その永劫に続く闘争の為の武具の園として。

 

 

「CIWS-2A ― Type74 Proximity Battle BLADE――」

 

 

そして同時にそれらはあたかも散っていった数多の衛士らへ捧ぐ沈黙の墓標。

 

 

「…だそうだ」

「まさか…」

 

データベースとの照合、次いでADVのレーダーが機影を発見。

データリンクとIFFが戦術マップに味方機として表示した。

 

 

それは東の地平線下より。

たった1機で、超低空を迅る黒い鬼。

 

 

「ホントに単機だぞ…」

「CP、援護くらいなら」

「必要ないそうだ。次任務に当たられたし、と」

「嘘だろ、あの数のオーラ・タイプ相手に単機でチャンバラしようってのか?」

「普通なら考えられんが……」

 

そういえばと彼ら古参兵は思い出した。

 

 

サドガシマに始まるハイヴ攻略、最近でいえばここロヴァニエミ。

 

それら帰りの戦友たちの幾人かが言っていた ― 東の果ての戦場の鬼神。

 

 

「1機でBETA5000匹皆殺しにしたとか睨んだだけで要塞級が逃げ出したとか」

「いくらなんでも噂話のホラ話、よくある戦場の与太話だと思ってたぜ」

 

 

曰く「血の代わりに推進剤が流れてる」「レーザー除けのニンポーを使う」

 

サムライの末裔たるインペリアル・ロイヤルガード、その彼らが擁するニンジャの子孫。

 

 

「最近じゃあKoRもサーベラスも揃って撫で斬りにされたって聞いたぞ」

「1発当てるにゃゲイボルグ(必中魔槍)が必要だともな」

 

 

人類が生んだ反攻の牙にしてBETA共に絶対の死を告げる黒の執行者。

 

 

「ここがそんな化け物のまさにキルゾーン…いやロンドン橋ってわけか」

「BETA共をハング、ドローンアンドクォータード(吊して八つ裂き)ってか? 冗談じゃねえ」

 

 

英軍部隊は中隊12機、1機も欠ける事なくその剣の庭の上空を通過する。

 

沈まぬ陽はしかし厚い雲に隠れてその光を見せず、昼なお昏く逢魔時の如くして。

 

自らを灼いて戦い続ける復讐者の殺戮劇が始まるその前に。

 

 

「あれが『ツイン・ブレード』…大禍時の処刑人(Nightfall Executioner)か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ北東部2km。

北欧国連軍仮設兵舎。

 

 

どこかでなにかが鳴っている。

よく知っている音だ、うるさいな。

 

鎧衣美琴は硬くてガサガサするカバーがついた、しかも不快といって差し支えない臭いがする枕にしかしまた顔を埋めた。

 

 

元からどんな枕でも寝られるよう身体を躾けてきていたけれど、そんなことは無関係に文字通り泥のように眠れるほどにまでひどく疲れていて。

どれくらいの時間眠れたかちょっと解らないけどまだ明らかに寝たりない、いくらこの警報とはいえさすがにもう少しくらいは休ませてほしい……、……警報?

 

 

――コード991!

 

 

やや高めの音域の、1.2秒間隔での繰り返し。

任官以降とりわけここ最近で特に聞き慣れてしまったその吹鳴。

 

各国軍共通。厚みのないチープな電子音の連続なのは後方や貧困国の小規模基地でも運用可能にするためか。

 

だがそれが、人類に敵対的な地球外起源種・BETAの襲来を告げる警報。

 

 

「!、――っ、う…っ」

 

ノンレムからレムへ、そして一気に覚醒へと。

ぱちりと開いた眼と共に飛び起きようとした意思を裏切って、若い身体をもってしてなお抜けきらない疲労と共に各所から疼きと呼ぶには強すぎる痛みを伝えた身体に美琴は小さく呻いた。

 

 

1000kmもの遙か南方・ヴェリスクハイヴより30万もの大群でもって押し寄せ続けたBETA群から、人類軍によって攻略なったこのロヴァニエミハイヴを守るべく圧倒的寡兵でもって戦い続けて丸三昼夜。

 

その開始前、いや始まってからもずっと。

本当の本心をいえば、少なくとも自分にとってはたぶんかなりの確率で、この防衛戦の終わりはKIAという形になるだろうと思っていた。

 

それでも軍人としてはともかく危機に瀕した人類の切っ先たる衛士としての覚悟と責務と闘志とで、いつ終わるとも知れず屠れども屠れども押し寄せる絶望と絶え間ないGとに抗い続けて。

設計上の想定値をゆうに逸脱して酷使される乗機XFJ-01不知火弐型と同様に、限界以上の負荷に堪えかねて悲鳴を上げて久しい肉体は、意志力と勢いとで無理矢理に動かしていたにすぎなかったから。

 

 

おまけに入眠前に摂取した戦闘薬寛解剤の影響で全身が重怠いなか、

 

「うう…、起きてみんなっ、千鶴さん、慧さん壬姫さんっ」

 

意に沿うのを嫌がる我が身を叱咤して身を起こした美琴は周囲3つのベッド上にそれぞれまるでむずがるように蠢く多少サイズに違いがあるシーツの盛りあがりへと声をかけ、付けたままだった腕時計で現在時刻も確認した。

 

 

元207B・ヴァルキリーズの面々だけでいま占有しているこの部屋は、本来北欧国連軍の衛士らのための兵舎の中の一室。どこかの中隊12名が使っていたもの。

ロヴァニエミハイヴ防衛戦に際して最初に築いていた駐屯地を放棄した日本帝国軍とオマケの国連軍部隊のために、「空いた」施設が宛がわれたということらしい。

 

衛士は合成食品によって代謝が抑えられているとはいえベッド上の寝具はシーツ含めてその前の使用者たちのものがそのままだったから控え目に言っても気になる臭いやらはそのせいながら、自分たちだって3日前からの防衛戦の間どころかその以前からろくにシャワーも浴びられていない。

 

もっともそれについては、このスカンジナビアは元来湖沼の多い土地柄だったにも関わらず長年に渡りBETA支配圏であったがゆえにそれらのほとんどが水源と共に涸れ果ててしまっていたせいでもあって。兵員の飲料水確保がやっとの程度に不自由して常に上層部と補給担当の頭を悩ませていたくらいなのだから、帝国軍自慢の野外入浴装備一式弐型も出番なく梱包されたまま。

 

ともあれだいたい3時間ほど前ここにやってきてベッドに倒れ込んだその瞬間には軍靴を脱ぎ捨てベルトを緩めてズボンを脱ぐのが精一杯で、もうそれ以外の他のことを気にするだけの余裕なんて4人揃ってあるはずもなかった。

 

 

「ぅぐ…、ごめん鎧衣…っ、みんな起きて、警報ッ」

「うー…」

「ぁぅ…」

 

美琴と同じくやや呻きつつ枕元の眼鏡を手探りし、寝乱れた長い三つ編みのまま身を起こしてそれを掛ける小隊長・榊千鶴少尉。

そして気怠げな声を出した黒髪の前衛兵・彩峰慧にはひときわ激しめな寝癖がついていて、矮躯の狙撃兵・珠瀬壬姫はやっとの事で覚醒を果たした風。

 

みな普段に較べれば明らかに遅く ― のろのろと言ってすらいいほどに初動までの時間はかかったが、促成とはいえしっかりと訓練された上に過酷な実戦で鍛えられた彼女たちのその後の動きは速かった。

 

すでに耐用限界が近かった強化装備(第一層の特殊保護被膜部は通常10回程度の着用で交換・再生処理に回す。今回はBETA大攻勢以前よりの着用だった)は後退前に帝国軍駐屯地に急遽設えられていた更衣用天幕で除装済み、ゆえに4人揃って上は黒のタンクトップかハイネックに下は白いショーツ1枚、引っ掴んで脚を通す脱ぎ捨てていた国連軍BDUのボトムスも含めすべて官給品の無味乾燥なもの。

 

そしてあとは手早く軍靴を履きさえすれば手荷物もなにもあったものじゃないからまさに着のみ着のまま蹴破る勢いでドアを開けてから大して広くはない通路へ出、同じくばらばらと他の部屋からも出てくる帝国軍衛士らと「なんです?」「さあな!」と声をかけ合いつつ競うようにして兵舎の出入口へと向かった。

 

そして外界へと駆け出せば曇天続きだった北欧の空、その雲はさらに重く垂れ込めて来ているようで。

振り返れば2kmほどの距離があるものの視界を遮るものなど何一つないがゆえに荒野に聳える地上高600mの歪な地表構造物(モニュメント)がよく見える。

 

次いで兵舎出入口付近におおむね揃って駐車されていた帝国軍制式の73式装輪車のうち1台 ― ここに来るときにも使ったもの ― を目指せば小隊では瞬発歩幅回転数共に優れる慧があっという間に一歩抜きん出て野生の猫科のしなやかさでオープントップのドアを開けるでもなくひらりと飛び越えるやそのまま運転席へ納まりエンジンをかけた。

 

「彩峰出して! 鎧衣っ」

「了解」

「うんっ、壬姫さん!」

「あ、あわわわ…」

 

美琴と千鶴が転がり込んだタイミングで動き出す73式、その2人が差し伸べた手に掴まり最後尾だった壬姫もまた宙空から車上へと引き込まれた。

 

こことは真逆のハイヴ南2kmに陣を張る帝国軍仮設駐屯地までは地表構造物を避けてもいいとこ6km程度の距離で、それこそ戦術機ならまさに指呼の間。

その高速性に慣れきった衛士からすれば地上を走る装輪車なぞじれったいほどに遅く感じる、おまけに行きに運転したのは小隊長の千鶴だったから元々の性格に加えて疲弊を自覚していたがゆえの慎重な運転 ― だったのだが、今ハンドルを握るのは敏捷性のみならずおよそあらゆる乗り物の操縦センスに優れる慧で。

 

「うわ、うわわっ」

「ひええッ」

「ちょっ、彩峰っ、飛ばしすぎないっ」

「急がないと」

「もうッ!」

 

そのドライビングはBETAによって均されきっているとはいえ未舗装かつ轍もろくにない荒野を時速100km近くでぶっ飛ばす豪快なもの、兵舎からの走り出し自体は僅差の一番乗りにすぎなかったが見る間に帝国衛士たちが乗り合わせる他車両との差を広げていく。

 

73式のサスは不整地仕様でストロークが多めにとられてはいるが当然かなり激しく跳ねては揺れるその車上、迂闊に喋れば舌を噛むし小柄で自重も軽い美琴に壬姫はどこかにしっかり掴まっていなければ車外に放り出されかねないダイナミックさ。

 

あの激戦下で被撃墜を免れ命を拾い得たのに陸の上を行く10分足らずの短い旅路のこんなところで事故死なんてしようものなら笑い話にすらならない、美琴は後席からナビ席のシートバックに必死で掴まりながら後席背後の架台に取りつけられた無線機のマイクをその前席へと納まる千鶴へと渡して本体のスイッチを入れた。

 

「CP、CP、応答願いますっ、こちらヴァルキリーリーダー!」

 

 

5時間ほど前 ― ようやくにイギリス軍の増援本隊・戦術機2個連隊が到着して。

帝国軍は欧州連合軍として防衛線に現れた彼らに任務を引き継ぐ形で事実上後退した。

 

というのも防衛戦開始時には総計240機近く2個連隊超を号した日本帝国軍欧州派遣兵団だったが、甲04ヴェリスク発の北上BETA群は結果として当初予想の20万をはるかに超える10個軍団30万体にものぼった巨大さで。

 

それらとの激戦のなか戦線を共にした北欧国連軍と共に著しく戦力をすり減らし、世界屈指の高性能機・00式 武御雷を擁しその精強さで知られる帝国斯衛軍の生き残りを合わせてなお出撃可能な作戦機は60機程度2個大隊未満と作戦開始前に比すれば1/4にまで落ち込んでおり、またそれらもごく一部を除けば「出撃自体はかろうじて可能」という判定にすぎず ― もはや一定以上の作戦能力どころか壊滅すらも通り越して事実上ほぼ文字通りの全滅状態といってよく、大陸での対BETA戦ではほぼ形だけといってよいにせよ被撃墜衛士の捜索救助を行う余力すら残っていなかった。

 

 

そんな状況下で彼らと轡を並べて戦い抜いた国連軍横浜基地所属の特務小隊・ヴァルキリーズは、奇跡的に脱落機こそ出なかったものの当然すでに戦える状況とはとてもいえず。

 

ハイヴ近傍の帝国軍仮駐屯所まで後退し、自分たちと同じく疲労困憊の整備班に申し訳なさを覚えつつ乗機を預けて降機したものの指揮所は戦況の沈静化をよそに各種処理に忙殺されきっていて、展開していく連合軍各部隊からの「救難信号・生存者共になし」の報が入るたびに肩を落として眼前の荒野を眺めながら待つこと1時間。

 

その後やっとのことで報告を済ませ待機という名の休息の許可を受け、向かうよう指示されたハイヴ直上北東部の北欧国連軍の仮設兵舎へ入ったのがなんだかんだで3時間ほど前だったのだが。

 

 

「こちらCP。欧州連合軍司令部より緊急電、南方甲04ヴェリスクハイヴ付近に大規模な光線属種積乱雲(レーザークラウド)を確認」

「!」

 

緊迫感漂うCPの報 ― 巨大な光線属種積乱雲、それが意味するところは明白で。

 

「発生源は超重光線級の可能性が高い、総員第二種警戒態勢、全衛士は強化装備着用の上待機せよ。加えて第四級光線照射危険地帯警報を発令――、少佐殿、どうぞ」

「――神宮司だ。榊、聞いての通りだ」

「はッ」

 

おそらくは休むことなく指揮所に詰めていたのだろう、無線に現れた連隊長代理・神宮司少佐の声も当然硬く。

 

「防衛戦全体の指揮は欧州連合軍が執っている、協定により我々帝国軍には独自行動権が認められているがヤツが北上を始めればどのみちお鉢は回ってくるぞ」

「了解致しました。しかし少佐、実際の接敵までは――」

「ああ。ヤツが動いたとしてもこれまでのデータ通りなら巨体相応に鈍足のはず、だが楽観はできんしそのための第二種だが…皆を休ませる必要もあるし状況次第では再度警戒レベルは落とす」

「はっ」

「だがすまんな、珠瀬以外の貴様ら弐型乗りには機体の点検整備が済み次第哨戒に出てもらう。戦線は落ち着いているが増援のイギリス軍も手が足らんことには変わりがない」

「は、了解しました」

 

生真面目にも無線機に向かい敬礼して通信を終えた千鶴の表情には強い緊張が浮かび、オープントップで吹き抜けては入れ代わり続ける車上の空気すらもやや硬化したかのよう。

 

 

ついに来た、やっぱり来たか来なくていいのに!

 

元々そのBETA巨大種・超重光線級の排除こそがヴァルキリーズの最優先任務とはいえ、同種が存在しないのが一番だったことには間違いがない。

 

ちょうど3週間ほど前のロヴァニエミハイヴ攻略に先立つ地上制圧戦においては、2体同時出現という想定内でもほぼ最悪に近いケースながらも無事排除を成し遂げたものの。

 

でもそれは準備万端整えて迎え撃てたからこその話で、装備も人員も消耗して疲弊しきった今の状況下で果たして再び同じ戦果をあげられるのだろうか――

 

 

「珠瀬、指は大丈夫?」

「あ、はい……ちょっと、まずい、かな…」

 

短い沈黙を破った千鶴のその問いにその小さな両手を開いて指を()()()()させる壬姫、その動き自体にさして問題は見受けられないが。

 

 

機動兵器での戦闘に従事する衛士として、当然握力も鍛えてはいても。

元々の人体の構造上末端部とりわけ手指は耐久力の点では劣りがちなところ、それをあれほどの長時間緊張状態のなか連続でしかも時には高いG負荷に抗ってトリガーを引き続ける人差し指とまたそれを支えながら操縦桿を握らねばならない他の四指とに違和感のひとつも残らない方がおかしいといえた。

 

実際、壬姫のみならず隊の皆が両手指のその付け根やらには疼痛やしびれに似た麻痺感を覚えていて。

鍛練を重ねた若い身体には深刻な後遺症とはなりがたく文字通りの日日薬ではあるものの、今はその時間がないかもしれない。喫緊の最重要任務に回復が間に合うか ― なにしろ眼前のBETAに突撃砲を連射するのとは訳が違い、80km先の目標を狙撃し命中させるために求められるその指先の動きの巧緻性と精密性たるやどれほどか――

 

 

「軍医から鎮痛剤をもらって」

「はい」

「それで、珠瀬と神宮司少佐は健在だけど…」

「うん。斯衛のひとは被弾負傷、大上小隊は…隊長の中尉以外は戦死だったはずだよ」

 

つまり、

 

「正射手のうち半分いない?」

「そうなるわね…」

 

ハンドルを握る慧の問いかけに千鶴は首肯する他なく。

 

担う責任はさらに重くなる、とりわけ最高の狙撃能力をもつ衛士には。

 

3人共に自然その壬姫へと視線を集めてしまい ― 美琴がしまったと思う前に、以前に比すれば相当に肝も据わってきたとはいえそれでも壬姫は変わらず揺れる車上の後席で「ひう」と呼気とも吸気ともつかぬ小さな悲鳴を漏らしつつ同じく小さなその身をさらに縮こまらせた。

 

 

軍隊というのは装備のみならず人員の損耗も考慮に入れて組織されているもので、二重三重に代替要員が用意されている――のは通常の話。

 

帝国軍という組織自体が疲弊著しいという状況を除いたとしても、特殊な支援システムを用いての超長距離狙撃だなんてかなりというにも異質かつ困難にすぎるその任務の性質上適性のある衛士は限られてくるし、そもそもその適性の高い衛士から順に先の作戦から正狙撃手となっていたわけで。

 

 

「でも準備する時間はある…はずよ。多少はね」

「そうだね、目標が北上して来るにしてもどのみちソ連領内にいる間は――」

 

大任を負う壬姫に不要なプレッシャーを与えていいことなんてなにもない、だが慌てはせずフォローを入れる千鶴に美琴が同調しようとしたとき後方上空からジェットの轟音が響いた。

 

この音――

 

高めの音域は高出力を誇る第3世代型機特有のものながら。

すっかり美琴の耳にも付いた愛機・94式不知火弐型のFE140とは違う、94式と00式が備えるFE108系それも後者が用いるハイチューン型。いやそれらよりさらに高く突き刺さるような。

 

「これって――」

「中尉殿だわ」

 

その言葉と共に座席から伸び出すようにして後方を振り仰いだ千鶴に皆がつられて。

 

 

提げた二刀に担いだ二門。

その漆黒に染め落とされた機体をさらに赤黒くBETAの返り血に染め。

 

 

後方はるかより瞬く間に接近するや100mほど向こうを高度20mの低空で、地上を進む美琴らの装輪車をあっという間に追い越していく。

 

「休んで…ないんでしょうか」

「…たぶん…いつだって無理をされるから…」

「でもあれが新型か…変わったのはえーと…どこだろ」

「…そうね」

 

少々遠望する限りではつい先まで彼が乗機としていたC型との違いは大してわからない。

というのも彼女ら4人は戦術機を駆る衛士としての技倆自体はすでにいっぱしといって差し支えはなくとも、どこぞの欧州連合軍の士官のように遠目での小さなシルエットやら跳躍ユニットの噴射音どころか場合によっては各部駆動音の差異から各国様々な機種を判別しうるほどまでに戦術機オタクというわけではないゆえながら、

 

「中身はだいぶ違うと思う」

「わかるの?」

「けっこう動きが違う」

 

いつも通りの素っ気ない物言いの中でも言い切る慧は、だがしっかり皆と揃って飛び去る黒い機影をその目で追い――

 

「って、慧さんは前見てッ」

「大丈夫」

「大丈夫って彩峰あんたね、ぁいたッ!」

 

変わらぬ勢いで土煙を蹴立てて荒野を駆ける軍用車両、気がつけば先ほどからそのドライバーたる慧も平然たる素振りの片手ハンドルよそ見運転で隊の会話に加わっていて。

確かに衝突する心配のある物体など存在しえぬ原野とはいえ、大きめのギャップを乗り越えたか一際跳ねた車体に一同お尻をシートから浮かせられてから再度の着地、そんな十二分にスリリングな地上の旅路。

 

「ちょっとスピード落としなさいっ、状況が解った今そこまで急がなくてもいいからっ」

「了解」

 

以前ならとにかく急げと焦っていたろう小隊長たる千鶴の指示は今はしかし野戦ずれした実戦将校のもの。

 

哨戒任務に弐型乗りがご指名なのはそのセンサー範囲と航続距離ゆえ、しかもある程度は94式の部品で補修が可能だからなのだろうがその準備にも多少以上に時間がかかるだろうと、その指示通りにやや速度を落とした車上から曇天の下にかなり小さくなった機影をまた4人揃って見送る。

 

「いたたた…でもあれって横浜から送られて来たんだよね?」

「らしいわ」

「副司令がつくっていたんでしょうか」

「どうかしら…扱いとしては在日国連軍から斯衛軍への供与という形だそうよ」

「見た感じあの調整じゃ最初から中尉向けだったと思う。色も黒だし」

「やっぱりそうかな」

「とにかく…ご無事でよかった」

 

ほう、との千鶴のため息は強い安堵に感嘆が混じったもので。

 

 

皆を救うため5万のBETAを足止めすべく、単身満身創痍で最前線に残った英雄。

 

その絶体絶命の危機を救ったのは ― 遠く本土は横浜の、伏魔殿の地下深くに住まう魔女。

 

とはいえ戦場の真っ只中へと送られ来たりしその新たな剣を手せんと、あろうことかかの双刃は巨万のBETAが蠢く地獄の荒野を生身で数kmもの距離走破し突破して乗り換えたのだとか。

 

 

そんなのホントに英雄譚とか戦場伝説の類の話みたいだし、小隊揃って、とりわけ先の戦場でもかなり危ないというか文字通りに撃墜寸前間一髪のタイミングで生命を助けてもらっている千鶴がその眼鏡の奥の両の眼に以前までよりさらに強く憧憬と尊崇とそして敬慕の色を浮かべるのも無理もないなあと美琴は思う。

 

そんな千鶴ほどまでではないにせよ、美琴としても本来なら遠く仰ぎ見るにすぎない存在のはずの英雄と折に触れては妙にいくばくかの縁があることについては嬉しく思う部分があるのも事実。

 

ホントに多生の縁ってやつなのかなあ。

 

そんならちもない考えが浮かぶ中、前方はるかの黒の00式へと近づいていく機影が3つ。

 

やはりハイヴ近傍を進発した部隊にもまだ緊急発進という気配はない、戦線自体は落ち着いているようだしそれこそ哨戒へでも向かうのか、

 

「どこの機だろう」

 

まだ距離があるから判別しづらいけれどたぶん見慣れない機体だと思う、日本軍機ではないようだし聞こえてくる排気音の高さからして第3世代型機。

でも幾度か見ている北欧国連軍のJAS-39はもう少し小型のはずだからおそらく欧州連合軍の部隊だろう、とすれば英独軍が誇るEF-2000か、

 

「ラファールかしら――フランス軍の」

「へえ…」

 

近視ながらも眼鏡越しに目をこらす素振りの小隊長・千鶴が隊で最も各種予備知識の修得に余念がない。

 

「フランス軍もきてたんですね」

「増援本隊はイギリス軍だったよね?」

「ええ。でもファスタオーランド島基地発の先遣隊にはフランス軍部隊がいたはずよ」

「じゃあ最精鋭」

「そうね…」

 

なにしろ到着直後には、あの黒の中尉殿と共に2個大隊程度の規模でもって残存南下BETA群5万をそこに含まれる500体の重光線級もろとも見事撃滅したらしい。

 

あのツェルベルスもいたっていうし、フランス軍のエース部隊もかあ…

 

よくよく考えてみたらすごい人たちと同じ戦場にいるんだなあと月並みな感想を抱いた美琴の視界の中、当然低空のしかしやけに近い距離で1機と3機が行き違う。

 

そしてその綺麗なデルタを形作った欧州部隊の長機と思しき1機がすれ違いざまにくるりと機体をロールさせると、残りの2機もそれに倣ったかのように跳躍ユニットの翼を振ってから揃って増速をかけて飛び去って行った。

 

あれは…

 

挨拶代わりのロッキング・ウィング。

だがその中でも、特に長機のあの動きは。

 

 

手練れを示す緻密で鮮やかな機体制御。

でもあの瞬間だけ、さっぱりとしたただの戯れと言い切るにはどこか丸くて。

 

ほんの少しだけれど絡みついていくような、あの機動の感じは――

 

 

「女」

「女ね」

「女の人ですぅ」

「あ、あはは…」

 

慧と千鶴に壬姫がこぼした異口同音、残る美琴の乾いた笑いも同じ印象を抱いたがゆえで。

おまけに降り行く黒の機体も小さくも長刀を握る右主腕を挙げ答礼を返したとなれば、

 

「ファ島で一緒だったのかしら…」

「フランス女。きっと金髪碧眼の長身巨乳、榊じゃ分が悪い」

「よけいなお世話よ。ったく自分はちょっと大きいからって…」

「…あのぅ、彩峰さんも、そのぅ…」

「私は別に。でもあの強さは目標だし世話になってるお返しはしたい」

 

それは戦術機の訓練以外でも。

たしかに慧はロヴァニエミ攻略戦後に彼から教えてもらった焼きそばパンなる珍奇な料理を、以降この防衛戦が始まる前まで帝国軍は需品科の調理担当に頼んではしょっちゅうといっていいくらいに愛食していたほどだから。

 

「お返しね。……まさかそういう?」

「求められたら拒否はしない。他に返せるものもないし」

「あなたねえ」

「昨日も来てもらえなければ、たぶん榊の次には私が死んでた」

 

だから命の恩人でもあると。

以前一度は窮地を救ったこともあるとはいえそれ以上に救われている。

 

本当は、一緒に戦えるくらいに強くなれればそれが一番なんだけど。

でも力の差がありすぎて、ほとんど助けてもらうことしかできない。

 

「お互いいつ死ぬかはわからない。けど私の方が確率は高いから」

「彩峰…」

 

だから迷いや躊躇で機を逃し、恩知らずで終わりたくない。それが彼女なりの筋らしくて。

 

「でも困ってなさそうだから困ってる。周りは女だらけ、引く手あまた」

「それは……そうなのよねえ…」

 

色っぽそうでまるで色っぽくない話、顔色ひとつ変えないままの慧と、はあー、と深いため息をついた千鶴とに。

やっぱりライバル多いなあとふと考えてしまった自分に美琴も内心でどきり。

 

なんにせよ彼の好みはわからないけれどたぶんあのラファールの衛士も西洋人の女性だったらやっぱりボン・キュッ・ボンな感じなんだろうか鉄原で一緒だったアメリカ軍海兵隊の人たちもすごかったし。

 

成長期からの合成食品摂取によっていろんなところの発育はそれ以前より促進されることが多いって話のはずなんだけどなんでボクとか壬姫さんは例外なのかなと、まさか話題の主のフランス衛士その人もまた「お仲間」だと知るよしもない美琴はただその航跡を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警報で飛び起き ― 否、無理矢理に起こされたのは何も一般の衛士等だけに限らず。

 

ハイヴ北東部・欧州連合軍高級士官用兵舎の一室、その寝台上でコード991を聞いた彼女 ― 日本帝国全権代理・政威大将軍の影武者たる御剣冥夜は慌て飛び起き全身各所の痛みに呻いた処までは他と変わらず。ただその後の動きに関しては、皆とはやはり異なっていた。

 

「月詠っ」

「お目覚めで御座いますか。暫しお待ち下さい」

 

下着姿のままひたりと素足を床に付け、寝室の扉の際で隣室に声を掛ければ即応。

 

宛がわれた一室は指揮官級のものと在れば出入口から寝室に続く一間は執務室になっていて、そこには親藩赤服の剣の達人・月詠真那中尉を長とする第19独立警護小隊が疲れ果てた身体に尚鞭打って、交替制乍らも不寝番として詰めてくれている。

 

 

そもそも冥夜自身は欧州連合軍へと任を引き継ぎ防衛線から退く際にも一番最後にと思いはしたが、その我が儘を通せばその分真那等に負担が行く事も容易に想像がついたが為に今は寝ることが任務だと自らを納得させ ― とはいえ身体は正直で、寝台に倒れ込んだ数秒後から記憶は途切れていた。

 

 

盗聴盗撮の類が有った処で今更の話、月詠からの報を待つ間に身につけていた肌着一式を脱ぎ高級士官用とは云え単なる兵舎に強化装備用トルソ等という気の利いた設備は無い故に入眠前部屋の片隅に纏めておいた紫の強化装備を手に取って、丸三日以上着続けたその臭気が鼻腔を刺したがそんな場合かと再度着用。

充電外套も羽織りつつ強化装備第二層・頭部装備の頬部のスイッチを入れて無線回線を開けば指揮所からの繰り返しの通達が聞こえた。

 

超重光線級だと……!

 

驚きと焦燥にも言の葉を漏らさなかったのは、主に影たる務めの故とは云え。

どの道戦術機との接続状態なら兎も角強化装備単体では帝国軍指揮所からこれだけ離れていれば受信がやっとと云う処でもある。

 

その直後に声を掛けてきた月詠以下を伴う形で帝国軍指揮所へ ― 向かおうとした処で、政威軍監・斑鳩公崇継よりの上奏…という名の実際は命令で20分待機――その間に威儀を正しておけとの事で、身につけたばかりの強化装備を再度脱ぎ月詠が用立ててきた手桶一杯の白湯を用いて身体を拭く。

 

今この北辺の戦地でこの桶一杯分の湯が如何に貴重なものか判らぬわけもない、御手伝いをとの月詠以下警護小隊の申し出は固辞したものの。

絞った熱い手拭いで顔を拭った後の清涼感にややの罪悪感を覚えつつも身を清め、終えた頃を見計らい月詠が差し出した今度は新品の強化装備に袖を通す。

 

そして迎えに現れた、青の強化装備に充電外套姿の斑鳩公と同じく帝国軍仕様衛士姿の神宮司少佐(+その2人に運転手兼従兵として適当に見繕われて連れられてきたらしき感満載の寝起きと思しき龍浪中尉)らと共に月詠だけを伴って欧州連合軍司令部へ。

 

道中車上で縷々状況説明を受けつつ到着したその地表構造物北部の欧州連合軍施設はと云えば、野戦天幕の帝国軍と違い規格建築(プレハブ)乍らも一応の営造物。

 

その戸口に出迎えとして立っていたのは、欧州連合軍増援部隊指揮官たる英軍高級士官。

 

面長で鼻が高く如何にも英国人と云った風貌の少将閣下は壮年を過ぎた辺りだろうか名家出身の爵位持ちと聞いている、教科書の如くのクイーンズでYour Highness,と慇懃に礼を取る彼に先だっての各国王族の方々との通信同様戦闘とはまた異なる緊張を内心に抱きつつ何とか無礼に当たらぬ程度に鷹揚に応ずれば、預けようとした皆琉神威はどうぞ帯剣の侭でと促され。

 

ついちらと斑鳩公の顔を伺いそうになるのを既の事で何とか堪え。

招き入れられる侭に歩みを進めれば全員起立して迎えた英国連合軍参謀らも揃って強化装備、しかしその充電外套の胸には綺羅星の如くの勲章がぶら下がる。彼らの敬礼にも応じて就いた先はそれなりに広い作戦室の最上座。

 

道化も甚だしい…

 

陸大や幕僚課程の修了どころか碌な作戦指揮立案の経験も無いのにこの扱い。

単純な感情面からすれば、帝國軍の尽力への感謝は既に伝えられたとは云えその中に援軍派遣が遅れて済まなかったと詫びの一つも入れられぬのかと憤りの部分もあるし、加えて欧州貴族はそんな風に手練手管の魑魅魍魎の類の集まりとも仄聞するゆえ此の身の影武者たるを確信に迄は至らずとも当然疑義程度は抱いて居ようものをと、これでは前線で長刀でも振っていた方が余程に気楽やも知れぬと頭痛をも通り越して目眩すら覚える中、さらに北欧国連軍含む数人の将校が入室し――一番最後に入って来た士官の顔だけは、知っていた。

 

この方が…

 

浅黒い肌に銀髪、鍛え上げた長身に眼光も鋭く。

常在戦場、纏う強化装備の黒色こそは異星種共への死の宣告か、或いは散っていった部下達への服喪の証か。

 

 

東西世界にその名を馳せる西独逸連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・通称地獄の番犬(ツェルベルス)

 

その牙持つ狼たちの黒き王 ― ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

 

「少佐、前線はどうだね」

「落ち着いてはいます。が、防衛ラインがハイヴ外縁至近では下げすぎかと」

「運動戦に堪える部隊が足りんと知りつつそれを言うかね? ない袖は振れん」

「哨戒線は上げておきます。 ― ライヒの殿下にはお初にお目にかかります」

「よしなに。高名はかねがね」

「恐縮に御座います」

 

型通りとは云え稀代の英傑からの挨拶、母語たる独逸語だろうか訛りを感じる英語になんとか短く応じるも。

 

これはいっそ…

 

「少将どの」

「なんでしょう殿下」

「軍評定に就いては此方政威軍監・斑鳩と連隊長代理・神宮司少佐に委ねています由」

 

襤褸が出る前にはっきり言い置いた方がよかろう、すぐ隣、最上座の直下へと就いた斑鳩公と神宮司少佐とを努めてゆるりとした視線で示しながら。

 

 

帝より国家全権の代理を任ぜられる立場の筈がそれを更に他者に預けると云うのも妙な話ではあるが。

元より姉上様すなわち殿下御自身こそが、常より己が身を単に帝國とその臣民統合の象徴としてのみ規定しまた其の様に振る舞っておられるのは明々白々でもある話。

 

 

「承知致しました。御高配に感謝致します殿下――では諸君、はじめよう」

 

衰えたりとは云え嘗ての世界帝国の軍、斯様な鉄火場に派遣されてくる指揮官が無能である筈も無く ― 英軍少将のその一言で、場の空気が一段締まったのは冥夜にも判った。

 

「まず状況の共有を」

「は、こちらが低軌道偵察衛星よりの画像に ― 目標は2体、北上開始は確実です」

「進行速度は概算で15-25km/h程度と低速。構造上はもう少し速く移動可能なはずですが」

「先の作戦から得たデータ通り、一移動挙動ごとに全射程内を走査しているものかと」

ミニオンズ(重光線級)は確認されていません」

「湧出元ヴェリスクはフェイズ5とはいえさすがに打ち止めなのでしょう」

「BETAが阿呆で助かったな、随伴分の光線属種を温存されていた方がまずかった」

 

大判の衛星写真が斑鳩公、そして神宮司少佐へ、次いで手渡しにて末席の狼王へと届いたところで英軍少将は再度口を開いた。

 

「さてそこで、だ」

 

 

全高80mにもなる超重光線級、ゆえに通常の戦術機匍匐飛行高度40mを以てしてもおよそ半径120km近くの広大な範囲内すべてが致死の光線照射圏。

 

それに対抗するための手段として帝国・在日国連軍が編み出したのが超長距離狙撃戦術。

 

これは地平線下の見逃し距離に半埋伏した戦術機で特殊電磁投射砲を用い、現在判明している超重光線級の急所たる主体節中央部を狙い撃つ ― という、言葉にすればそれだけながらもその実現には「無誘導弾で80km先のおよそ10m四方以下の目標を撃ち抜く」精度が求められ――それはGPSに加えて電子光学センサーによる終端誘導が可能な巡航ミサイルでの対地上静止目標への平均誤差半径よりさらに小さいものであり、さらに狙撃に使用される零式徹甲弾はそのサイズと素材そして8km/sという驚異の弾速により目標貫通破壊能力そのものは人類史上最大級といってよいものの爆発物の搭載により加害範囲を担保できるミサイルや榴弾と異なり単なる質量兵器に過ぎないため確実な戦果のためには確実な命中が求められる。

 

すなわち卓抜した精密砲撃技術を備える衛士とそれに応えうる精度の装備がなければ到底実現し得ない戦術といえ、そして前者はともかく後者の装備は、類似するものすら欧州連合軍には存在しない。

 

ゆえに彼らにとって現存する戦力と装備で実現可能性の高い戦術となるのは ―

 

 

我々(アライド)のプランは、坑道作戦となる」

「ハイヴ至近、地下茎構造(スタブ)半径内までおびき寄せて背撃すると」

 

はっきりと区切る発音の英語で問うた神宮司少佐の問いに英国将官は頷いた。

 

「或いは、予測侵攻ルート付近に既知の大規模洞穴がある場合はそこで伏撃をかける」

 

 

超重光線級のレーザー攻撃は0.2秒という人類からして絶望的な照射間隔に凶悪極まる射程と威力とを誇る ― が、その発振源は主体節前面に突き出した放射頭節。

 

3本のそれらはある程度は伸長や屈曲が可能なのだろうがこれまでに確認されている戦闘データ(後背へ侵入した特攻機に反応を示さなかったことや照射可能圏外からの狙撃弾迎撃後にも上方伸長により射界を拡げようとしなかったこと)からその稼働範囲は限定的であると推定され――すなわち少なくともレーザー攻撃に関しては、その背面側は相応の死角になっている可能性が高い。

 

よって、おそらくはここロヴァニエミハイヴを目指して来るのであろう超重光線級2体を、とりわけその照射圏内に入って以降は奴らBETA共自身が掘り拡げたハイヴの地下茎構造あるいは自然が成した大洞窟を隠蔽壕とし息を潜めて隠れて待ち伏せ。

 

のこのこ現れ無防備な背面を晒したところを地下から飛び出した戦術機部隊で肉迫攻撃する ―

 

 

とはいうものの。

 

「リスクは承知だ、他に手段がない」

 

特に意気上がるでもない会議室の空気がその困難さを象徴していた。

 

勇気が無ければ他のあらゆる資質は意味を成さず。

そしてまた、時に楽観主義者は運命の糸を掴むとは云え。

勇敢と蛮勇は異なり、事前の準備を怠るのは愚者の行いたるを欧州の将軍以下皆が重々知るにつけ。

 

成算は…なくはないのだろうが…

 

名実ともに傍聴者(オブザーバー)たる立場となった冥夜もまた、内心の危惧を表情に出さぬよう努めていた。

 

 

仮に ― 後方からの攻撃により超重光線級のレーザー攻撃を時限的に無力化する事が出来たとして。だがどう楽観的に見繕っても、1分までの時間が許されるとも思えない。

 

伏撃部隊を加速瞬発力に優れる第3世代型機のみで編成できたとしてもそれだけの猶予の間に詰められる距離といえば最大10kmにも届かない。

確かにこの芬蘭の地には非常に多くの洞穴が存在し既知の中にも大規模なものが多く存在はするが、果たして都合良く超重光線級がその付近を通るだろうか。

また伏撃を企図する部隊は目標の背後を取るまで狭隘な洞穴内で隠蔽潜伏することになるが、湧出は相当に軟調化したとはいえBETAが根絶されたわけではないこのスカンジナビア、少なくとも待機に要する数時間以上を戦闘もなくやり過ごせると考えるのは楽観が過ぎよう。

それに攻撃部隊の隠蔽後に目標が予測侵攻ルートから大きく外れてしまった場合、照射圏内に入り込んだ攻撃部隊は当面の間身動きが取れなくなってしまう。

 

よって実現性がより高い戦術としてはハイヴ近傍まで引き込んでの坑道作戦の方になるが――その場合でも、奴にはまだ無数の衝角触腕による防御網が残る。

 

ほぼ零距離といえる直下もしくは真後ろの洞穴あるいは「門」からの伏撃が叶ったとしても、初撃を加えるまででさえ一度か二度はその触腕群による超高速攻撃を躱すなり撥ね除けるなりせねばならない可能性は高い。

だがそもそも欧州連合軍増援本隊には、言ってしまえば急遽かき集められた二線級の部隊も少なくないようで、それだけの高難度任務に能うだけの装備と練度を備えた衛士がどれほどいるか。

 

さらにはそうしてある程度以上の損耗を前提に肉迫し得たとして――どうやってあの巨体の異星種を仕留めるのか。

 

総体としての生命力はあれだけの巨躯相応に強力でありしかも外皮は相当に強靱で、通常戦術機が携行する火器類で最大となる120mm滑腔砲でAPFSDSやらAPCBCHEを多少撃ち込んだところで小揺るぎもしない上、急所と思しき部位は防御の厚い主体節前面。

 

ならばと伏撃部隊に投射砲を持たせたところでその装備機は機動性低下により触腕攻撃を回避するのが極めて困難になるし、それ以前にその強力なBETA誘引効果によって攻撃開始前に隠蔽自体が露見する。

囮とする投射砲部隊も用意してあえて引きつけるという手もありはするが、そこには他BETA種も殺到するだろうしより強力な誘引効果を期待して一ヶ所に投射砲を集めすぎれば先の帝国軍の例と同じく地下深くから母艦級を呼び寄せる可能性が否定できずそうなれば伏撃どころの話ではなくなるし、攻撃を担当する投射砲搭載機の機動性低下の問題が消えるわけでもない。

 

さらに目標が最外縁の「門」に至った時点でいきなり地下への侵入を始めた場合には、それを阻む手立てがない。

たしかにハイヴ内においては光線属種は照射攻撃を行わなくなるのが通例でまたその通りになったとして。目標が地下へ潜った後に即時追撃をかけられれば背後を取ることもできるだろうが、地下茎構造内の戦闘となればやはり戦術機動の自由は封じられがちになり暴れ回る衝角触腕への対処は一層困難になる。

 

 

「だが貴軍と指揮下の国連軍部隊の助力が得られるならば――イカルガ閣下」

「ふむ。どうかね少佐」

「は。現状我が軍の作戦能力は相当に限定的な点にご留意頂ければ」

「承知しているよ。ま、慎始敬終であるかな――殿下」

 

青い瞳の貴族の願いに視線はそちらへ合わせたままで青の斯衛はあえてか日本語で問い、それに戦場の犬も母語で応じ。

そしてその後に政威軍監からの伺いが寄越されること程度は冥夜にも判っていた。

 

「良きに」

「御意。少将殿、我等生残の兵、微力乍ら合力致そう」

「ありがたい。僣越ながら英国と連合を代表して感謝申し上げる」

 

実に迂遠な遣り取り ― そこから漸くに出た斑鳩公の模範的標準英語、それを辛抱強く待っていた英軍将官は軽く目を伏せ礼を述べる。

 

「公式の書面は後ほど、なにぶんここには政治家達も官僚連中もおりませんので」

「其れが電信で国元に届く頃には暁の祝いとしたいものです――少佐、進め給え」

「は」

 

そういくらかの軽口も出る中、実務に終始する表情で進行を神宮司少佐 ― まりもが受けた。

 

「まず確認させて頂きますが――こちらから進出しての超長距離狙撃作戦は困難です」

「理由を聞こう」

「目標の侵攻ルート予測の正確性や待ち伏せ地点の掃討などは洞穴を用いての伏撃作戦も同様ですが」

()()()が必要と?」

「はい。低速でも80km先の動体目標への精密砲撃など、少なくとも小官には不可能です」

「貴官には……、いや少佐、もしや貴官が狙撃担当なのかね? 先の作戦でも?」

 

はい、と明確に答えた少壮の女将校に老境にさしかかりつつある将軍は素直に驚嘆の色を浮かべ、居並ぶ参謀らも同じくやや姿勢を正した。

 

「そうか、マリモ・ジングウジ。どこかで聞いた覚えがあると…」

チョンチン(重慶)戦線のファントムライダー…『魔女の猟犬(マギカ・ウェナティクス)』か」

 

この場においては、脇に控える従兵等を除けば少佐級など下位も下位。

世界に冠たる実戦部隊・ツェルベルスを率いる黒の狼王は兎も角、連隊長代理を名乗る彼女が、佳麗と称えて相応しい容姿にその年齢からみても単に指揮層の戦死による地滑り的な臨時の人事だろうと侮る部分があっても無理はなかった。

 

「いやすまない。阻止制圧火力は、ボスニア湾戦隊からの対地ミサイルと軌道爆撃だな」

「AL弾の運用も含みます。軌道爆撃は着弾までの時間差の都合上動体目標阻止には不向きですし洋上火力は駆逐艦4隻、対して目標は2体。拘束時間は限定的では」

「…いつまでも仲良く近くを歩き続けるとも限らんしな」

「加えて狙撃手が。現在我が軍には自分を含めて任に堪えうる者が2名しかおりません」

「速やかな排除を目指すなら同時4発の命中弾が必要なのだったな」

「はい。それも目標が積極的には相互支援をしないという前提で、です」

「各員2度の照準と発射に必要な時間は?」

「軍機に触れるため小官にはお答えできません。が、先の作戦の詳報をご参照下されば」

「我が軍にも狙撃手はいる。腕は保証しよう」

「英軍が誇る特殊空挺群の手腕は存じております。しかし機密指定機材の貸与については小官の一存では。また貸与が叶ったとしても乗り換えに伴う機種転換訓練ないし貴軍装備機とのマッチング、及び個人設定の構築作業は時間的猶予を置いたとしても()()では不可能かと」

 

当然といえば当然ながら従前より種々の可能性を考慮していたのだろう、まりもの応答に淀みは無く。

 

「…では目標を1体に限定しての排除は可能かね」

「不可能とは申しません。しかし残った目標との距離が120km以上離れていなければ護衛機含めた狙撃部隊の帰還は極めて困難になります」

「…成程。貴官には酷な話だ」

「人材の希少度でいえば、部下の方が余程」

 

とまれ以上の点から、

 

「進出狙撃作戦は実現性が低いと考えます。よって貴軍作戦案と重層化する形でハイヴ最外縁部の『門』を隠蔽壕に利用しての狙撃作戦の後、討ち漏らした際には坑道戦術での伏撃。帝国軍としてはこれを提案致します」

 

なお伏撃となった場合の対処装備は現在準備中ですとまりもは申し添えつつも。

 

「ただし、最大の懸念点がひとつ」

「そもそもヤツらが大人しくハイヴまで来るか、だな」

「はい」

 

進出狙撃作戦こそは、その点の緩和を狙ったものであったのだ。

現状出現した超重光線級には2体共に北上の動き自体は観測されてはいるが――

 

 

目標が、遠くソ連領内深くで進軍を止めその場に留まってくれるならともかく。

ハイヴを射程に収めたあたりで停止し居座りを決め込まれれば、その広大なレーザー防空網によって周辺一帯の空も地上もまさに封殺されてしまう。

そうなれば伏撃を企図して籠もっていた欧州連合軍に帝国軍・北欧国連軍は文字通りに身動きが取れなくなる。

 

 

「持久戦になった場合はハイヴへの侵入BETAを迎撃しつつ制圧火力の充実を待たねばなりませんが…連合軍部隊の物資は」

「着の身着のまま手ぶらで飛んで来た我々が言えた台詞ではないが、いささか心許ないな」

 

燃料弾薬、そして水。

やはりこの北欧の地は遠すぎた。

 

 

海上輸送は時間を要し、空輸は光線属種の存在により採りようがない。

ならばと軌道経由に頼ってしまえばその分火力の準備が遅れるし、そもそも地上へと人類を縛りつけている重力を振り切り天空へと跳ぶためには相応に高いコストが必要になる。

 

とりわけ水は、重いのだ。

衛士は最悪強化装備の濾過機能を利用してある程度は「自己循環」が可能だが、その衛士の数倍にもなる人数の、他要員たちはそうはいかない。

 

 

さらには本来他BETAへの機動防御と捜索撃滅にあたるべき戦力を地下に集めて隠している期間が長くなればなるほど、当初より懸念のひとつでもあったスカンジナビア半島広域へのBETAの再散逸という事態に陥る。

 

そしてまた、先の北部滞留背撃BETA群10万がそうであったように、万が一超重光線級がハイヴを素通りして北上し、さらには半島北部に2000m級の連峰を成して聳えるスカンジナビア山脈に登って陣取るような事になれば ― そこを中心に文字通り地平線と水平線の彼方までが絶死の照射圏内と化し、人類は再びこの北欧の地から灼き溶かされて叩き出される。

 

さらに或いは、未だ不明なハイヴ建設に関し、その中枢たる反応炉に類似する器官を超重光線級が抱えていることを考慮すれば、地上に出てきたあの巨大種を放置するとそこに新たなハイヴを建設し始める可能性すら排除できない。

 

新規建設後のハイヴの稼働についても未解明のことだらけだが、少なくともオリジナルハイヴ:甲01カシュガルについては着陸ユニットの落着後20時間以内にBETAを吐き出し始めたことが確認されていて、つまり新規ハイヴも同様であった場合には一昼夜程度で眼前に新たな敵の拠点が築かれることになってしまう――

 

 

「本当に地上戦では手段がないか? ファ島基地からの精鋭ならどうだ」

「それに帝国の『ツイン・ブレード』は先の作戦で単機誘引してみせたと」

「馬鹿な、ギャンブルで手練れを損耗すれば坑道作戦にも支障を来すぞ」

「そもそも特定個人の能力に依存しきったそれを作戦といえるのか」

「どうかねアイヒベルガー、ジングウジ両少佐」

「無謀です。北上BETAの軟調化は遮蔽の減少を意味します」

「アイヒベルガー少佐と同意見です。近接戦に長けた精鋭は白兵攻撃時に欠かせません」

 

交わされる議論にやがて作戦室には紙巻きの煙が混じりだし。

 

ちらとした斑鳩公のと気遣う素振りの神宮司少佐の、そしてすぐ気づいた風の少将閣下の視線とには冥夜は小さく手を挙げ制した。

煙草の煙は正直不快ではあるが、己一人が我慢すれば良いもので議論を阻む謂れも無い。

 

「いずれにせよ延々ソ連領域を北上されたら手出しの方策がないな」

「それに先の北方滞留群と同じく山脈南まで進んでくれればまだいいが…」

「中途半端に立ち止まられても厄介だ。ハイヴから最寄りの国境までは160kmしかない」

「おまけに東西10kmは非武装地帯、本国と国連のソ連大使を通じてなんとかならんか」

「折衝は進めているだろうさ、ポリティシャンズ(政治屋共)イレブンジズ(おやつとお茶)の合間にな」

「討伐自体はおそらく不可能ではない…が、またしてもBETA共のご機嫌次第か」

 

 

不確定な戦場の霧 ― それを厭うならば、少なくとも軍事的合理性に対してより配慮して兵を起こすべきではあった。だがそれを許さぬ政治の都合が彼らを戦場へと追い立て、結局どこまでも祟る。

 

極論すれば有志参戦の帝国はともかく、文字通り軍事的にも政治的にも出血を続けながら戦線を維持するほかない欧州連合――

 

そして往々にして現実というのは、想定のうちの、わりとツイてない方へと進んでいく。

 

さらにこの3時間後時点での超重光線級2体の予測進路は、おそらくは旧ソ連領内を進むと目されるものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再度着替えた帝国軍野戦服、ややの肌寒さのため上着を羽織って。

短躯でしかし歴戦の衛士・龍浪響中尉が歩みを進めるロヴァニエミハイヴ南・帝国軍駐屯地は曇天の下、ある種奇妙な雰囲気に包まれていた。

 

絶やさざるべき緊張の中にしかし漂う弛緩。

疲労、悔恨、哀悼、怒りと憎しみと復仇の念にそして――安堵。

 

なにせ一連の絶望的といっていい防衛戦が一応の収束をみたと思った直後、次はあの動く巨大な災厄が現れたと思ったらその襲来はまだ50時間は先だそうで。

 

だからそれを知ってしまえば ― ここまで生き残ることができた者もみな疲れ果てていたから、頭と身体で共に戦意と緊張とを堅く保つべきと理解してはいても、やはりその双方にはもう休息が必要だった。

 

だが気づけばいつの間にかすっかり古参兵の枠に入っている響から見ても、今の指揮層の人たちはそうした空気というのをかなりうまく扱っていた。

 

まあ…神宮司少佐に斑鳩閣下だもんな、さすがにわかってる。

 

 

なにしろまずは飯だと階級の上下の境無く設けられた大型天幕の下の飯台に並べられたのはきちんと温められた戦闘糧食Ⅱ型。

しかも米飯は合成でない本物で、導入されたばかりのはずの食べやすいトレー型、そこに手指の疲弊を気遣ってだろう箸の他にも匙がつけられ、さらにはさすがに量こそ少ないものの貴重なはずの水を使った味噌汁までが供されて、その遠く離れた祖国への郷愁を誘う味と香りに流れ落ちる涙と共に啜る者も少なくなかった。

 

そして防衛戦が始まる前に軌道輸送されてきたコンテナ群 ― 帝国軍制式塗装のもの以外にも急遽かき集められたことを示すように国内軍需企業各社のロゴが入ったそれらの中には一際目を引くライムグリーンの差し色が入ったものも混じっていて、それを見る柚香の表情が微妙だったのは通りかかる衛士らに整備兵たちまでが「カワザキか…」と呟いていったからではないだろうが、ともあれそれらの中から防衛戦開始前に引っ張り出してもうほとんど使い果たした武器弾薬のその隙間には、それら以外の――軍事郵便に恤兵品が詰め込まれていた。

 

家族、恋人、近親あるいは地縁者。そういった人たちから届いた便りに品は見る者読む者を大いに慰めたし、響宛にも実家からの葉書が来ていた。

 

だがその時は正直むしろそんなことより、故郷の小学校からの慰問袋を開く神宮司少佐をたまたま見かけて。

そこに入っていたのは児童たちが描いたのだろうけしてうまくはない戦術機の絵やらたどたどしい字の寄せ書きやらだったみたいだけれど、それを見る少佐のその眼差しがあんまりにも優しくて暖かくてとても綺麗で。

ああやっぱり本当はこういう人なんだなあと思わず見とれてしまっていたら、一緒だった柚香に思い切り足を踏んづけられた。

 

 

だがそれでもまた、戦いになる ― それを忘れる者がこの戦地にいるはずもなく。

 

「おう少佐殿、弐型はもうやってらあな、次は94式だが…斯衛さんは大丈夫か?」

「なんとか…即応部隊に臨時編成する機だけに集中させてはいますが」

「こっちも機数が減っちまった分手数にゃ余裕が出てるが、00式は元がなあ」

「それに触ったこともない機体なんてこの状況でやれませんよ」

「まあ雑用の手伝いでよければですね」

「助かる皆、よろしく頼む」

「それよか少佐殿、ちったあ儂らに任せて休んでくれよな」

 

帝国軍野戦整備場では74式導入以前より軍に奉職しているのだろう老齢といって差し支えない古兵を筆頭に整備兵らが工具を振るい、

 

「大尉、すみません第1中隊は」

「構わん、神宮司少佐の命に従ってくれ。私以外のは後でいい」

「00式改主脚にやっとアタリが出たから次は主腕をみられるはず起重機空いてますかっ」

「ちょっと待ってくれ!」

「急いで下さいすぐにあっ改型は燃料搭載多いって言ったでしょそれじゃ足りない!」

「おい伍長」

「班長あとにして下さいッ」

「聞けってあの中尉さんな、戻ったら次は点検兼ねて2()()()()()()ぞ。いいな」

「え、…あ、で、でも」

「閣下の許可は取ってある。お前さんも少し休んどけ、新型の整備書見ながらでもいい」

 

斯衛軍同場でも戦術機整備の職能者たちがようやくに得た休息を交替で挟みながら、肌寒さの中でも額に汗して駆けずり回る。

 

そしてそれを待ちながら衛士たちは翼を休める――再び戦いの空へと飛ぶために。

 

大体の者がまず先に散った戦友の遺品を整理して、その後ある者はまだいつ出せるかわからぬ故里への手紙をしたため。ある者は生き残れた戦友と共にカードに興じ、またある者はすることもないし寝るに限ると上着をかぶって草枕と決め込んだ。

 

修理整備の順番待ちの機体が並ぶ駐機場の一角、そんな衛士たちが思い思いにたむろする一帯へと響も入ってしばらく。

 

へ…、うわやべ。

 

俺も寝るかなと横になろうとしたその時に少し向こうに停まった装輪車を見、降りてくる人たちを見て慌てて飛び起きた。

 

「で、殿下だ」

「は? ぅえっ」

「おい馬鹿起きろっ」

 

青成す黒髪、冥い夜の海の瞳に御手には黒鞘の宝刀。

青と赤の斯衛を伴い、紫の強化装備のそのお方が。

 

慌てて気をつけの姿勢から敬礼する帝国軍衛士たち、少し向こうの愛機の下で肩を預けあいウトウトしていた白牙中隊の女衛士たちもすっ飛んできたが青の政威軍監閣下はいつもの古拙の笑みを浮かべて片手で制し。

 

「かまわん野戦ぞ、みな楽に致せ。殿下も衛士で在らせられる故にな」

「は、はあ…」

 

数時間前にはなりゆきでお供する事態になったとはいえ、本来なら近くどころか同じ高さに立つこと自体がないはずの方。

 

長いこと続いたその作戦会議の後には、野戦病院とした天幕を訪ねられ傷病兵ひとりひとりの寝台の傍に膝をつき紫の強化装備の被膜越しとはいえ自らその手を握っては「もうすぐ国元へ帰れますよ」と励まして回られたと――そこへ。

 

「馬鹿者! 貴様!」

「し、失礼しました!」

 

その鋭く響いた怒声は殿下の囲みのひとつ外あたりから、第2連隊の上官と部下か。

 

同連隊はその多くが帝都防衛師団由来で要するにお膝元の部隊、当然軍紀の厳しさでいえば国内随一と聞きもする。

だが起立が遅れて叱責されたその部下の目が赤かったのは上官の怒声のせいではなくて、今なおその手に握る手紙と1枚の写真ゆえだったろう。

 

それだけで今この場にいる者のほとんどがそんな事情を察したし、それは至尊の方も同様だったらしく。

優美に笑みを形作った表情は変えず、いや見ている響にもそれが明らかに貼りつけたものにすぎなくなったと気づいた瞬間、その夜の瞳の視線がわずかに動くやそれを受けた青の斯衛が僅か低頭し。

 

「構わんと言った、大尉」

「はッ! 閣下、お騒がせ致しました!」

「違う。斯様な懸軍、稀な便りに家族の写真が何れ程兵の心の支えに成るか貴官も解ろう」

「は、はっ…」

「すまぬな少尉、邪魔をした」

「い、いえッ…」

「大尉、あなたの忠節も嬉しく思いますよ」

「はッ! 身に余るお言葉拝謝致します!」

 

反り返るほどの気をつけからの敬礼をした、その大尉と少尉へと進み出た長身が諭せば次いでの殿下直々のお言葉に、強面の上官も恐縮しきりといった風情。

 

「あっ、あの閣下っ、失礼ついでにお願いが」

「申してみよ」

「はッ、あのこれ、故郷(くに)からの手紙で…子供が、生まれたと。男の子が」

 

そうして画素も荒い小さな写真を見せる少尉自身もまだ薄くも雀斑が残るあどけなさ、いいとこ二十歳あたりと地方出身の兵役組で衛士適性が見つかった口か。

 

「それであの、閣下に名前をつけてもら、いえ、いただければと」

「ふむ」

「将来は閣下にお仕えできるくらいに強い衛士に…なってくれればと思いまして」

 

前から考えていたのかそれとも単なる思いつきなのか、いくら政威軍監・斑鳩公が稀代の英傑と名高いとはいえ政威大将軍・悠陽殿下その方を差し置くような真似になるのと、そもそも市井の者が口にしていい願いなのかの考慮も緊張の余り吹き飛んでいたのだろうか。

 

しかし今度は青からちら、と流された視線に殿下は今度は本当の笑みを深められ、大きく頷かれた。

 

「相分かった。考えておこう」

「あ、ありがとうございます!」

「但し私は貴官にしか伝えん、細君には貴官の口から直接伝えよ。良いな」

「は…はいッ」

「それと令息が元服を迎える頃迄には衛士等不要の世にするのが我らの務めぞ」

「了解です!」

 

重畳、と鷹揚そのものに零した斑鳩公は、そして周りを見渡すように。

 

「彼奴はまだ戻らぬか?」

「中尉殿でしたら間もなく ― ああ」

 

問われた白牙の05が振り仰ぐ間に徐々に大きくなりゆく大気を震わす遠雷の如くの響き。

曇天の下、荒野の果てにぽつりと見えた黒点は見る間に大きく成り来たり。

 

「お戻りです」

 

低空にて。南寄りの進入。

地上から見上げる面々の、鼓膜を轟と揺さぶって後に髪を羽風で揃って大きく靡かせ。

 

その黒い機体は肩部と跳躍機翼端から鋭くヴェイパートレイルを引きつつ一旦駐機場直上を通過、場周経路へ入ってからのオーバーヘッドアプローチ(スリーシックスティー)

 

「01より03。中尉、功一等の卿に殿下が御言葉を下さる。降りて参れ」

 

頬部通信機に呼びかける斑鳩公の傍らで、殿下の頭上を全く彼奴奴と舌打ちせんばかりの月詠中尉に内心でビビりながらも響は着地までに至るその機動と挙動とに以前の彼の常との違いを見出していた。

 

また極端な機体っぽいなあ…

 

とはいえやはり衛士としてはまだ遠目にしか見ていないこの新型に興味がないはずもなかったが高貴のお歴々を前に好奇心むき出しで駆け寄るわけにもいかない、だが駐機場隅へと機を落ち着けて後降機し歩いてきた黒の中尉の顔を見ればさすがに少し休んだらどうだと言いたくなった。

 

「中尉、此方へ」

「…は」

 

御前へと至り型通りの敬礼をした其の彼は。

 

頭の傷の包帯は、何度か交換してはいるのか真白な中にしかし再び滲み始めた血の斑点。

そして澱み沈んだ瞳の色は常のものとは云えその下には大きな隈、伸びた無精髭の頬は明らかに窶れまた元から血の気も薄かった唇はさらに色を失い乾いているときては。

いっそ幽鬼かと見紛う程で、重傷者は除くとしても野戦病院の患者の方がまだ生気がありそうだった。

 

その彼を眼前にするや、殿下は一度僅かに目を伏せられ。

 

「――、…」

 

それを上げられた後も数秒の間恰も言葉を探すかの如くに小さく口を動かされてから。

 

「……此度のいくさ働き…まこと美事と申すもの」

「…は」

「拠って此の期に際し、皇祖の故事に徴し金鵄勲章を授與し――」

 

だがそこにはすでに貼りつけられた笑みすらもなく。

 

「永く武家の威烈を光にし以て其方の忠勇と――」

 

まるで人形が、あらかじめ仕込まれた台詞を流しているだけの ― いや。

 

「更なる…武功を、獎勵……せんとす」

 

その口上の、最後の部分だけは。

その意味するところをひどく悔いておられるような。

 

帝國の武人としての最高の栄誉のはずが。

まるで与える方にも与えられる者にも歓びも安堵も欠片ひとつとてない、ただ痛みだけを確認する作業のようになってしまって。

 

ただ――

 

 

「よく……ご無事で……」

 

再びやや俯かれたまま伸ばされた殿下のその御手が、黒の被膜の手を取って。

 

「あまり無理を……」

 

御手を下さるのは他の傷病者も賜る恩寵。ただ今は。

 

「されては…いけません……」

 

撫で、さすって、両手で握って。

いたわり、暖め、癒やすように。

 

だが届かぬと知り、叶わぬとも知るその愛おしさは痛々しいまでに切なく――

 

 

「……殿下、間もなく連合大統領からの表敬通信の御時間に」

「……わかりました。では公、私はこれで」

 

実際よりもひどく長く感じたその時間、ある種異様なその空気を破ったのは月詠中尉のやや押し殺した風な声。

そしていつもの気遣うような笑顔に戻られた殿下はまだ大変ですが衛士の皆さんお願い申し上げますと述べられその傍付と共に装輪車で去って行かれた ― ものの。

 

 

…いやいやこれは…

 

鈍いだのなんだのと散々言われる響にしてもさすがに判った、あの殿下のご様子は。

なにせ彼の中尉の手を取った時の殿下の瞳は、吶喊から何とか生きて戻った時に迎えてくれた柚香の瞳とまるで同じ色に見えたから。

 

でもマズいんじゃないのか…?

 

当事者の片割れたる彼の中尉殿はいつも通りの鉄面皮のままだが傍付斯衛の月詠中尉の調子からして好ましからざる関係ってやつらしい、そりゃそうだろういくら中尉殿が斯衛所属で帝国最強の衛士とはいえ身分違いにもほどがある。

 

 

殿下がいわゆるお年頃なのは事実でいわゆる皇婿ならぬ将婿がどなたになるかは以前から市井の巷ですら話題に上ったりもする ― それこそそのお相手は斑鳩家当主そのお方だというのがもっぱらの噂 ― 一方で、他国はどうだか知らないが少なくともここのところの帝国では将軍家含む摂家級の方々の男女間での艶聞含む醜聞なんて聞いた覚えがない。

 

つまり帝国では代々続くお偉いお武家様がたにもその内側では当然色々あるんだろうけどそれが庶民に見えたり聞こえたりすることは一切なくて、伝えられるのはおおむねたいていどこそこの誰それ様と誰それ様がご成婚なさるとかなさったとかの確定もしくは完了形になるのが常で。

 

 

とするともしかして…ヤバいもん見た、か?

 

響は走り去る臨時御料車を敬礼で送りながらたぶん同じく見送る面々のうち少なくとも平民皆は自分と同じような思いと思い、気遣わしげに視線を周囲へ伸ばしたくなる衝動をなんとか堪える。

 

それにしてもこの場に篁中尉がいなくて良かった、前々から少々怪しいとは思っちゃいたが文武両道・謹厳実直の仮面の下にあれだけの激情家の素顔を隠していた彼女が今の場面を見ていたら、無表情のままおもむろに中尉を刺してすぐに自分もその後を追うとかしかねない怖さがある。

 

やっぱり少佐、少佐殿しか!

 

武家はあかん、でも神宮司少佐殿なら厳しいところはあるけれど本当はすごく優しいひとだから――と、尽きせぬ妄想に逃走を図る巨大種殺しはしかしまたすぐその戦場の犬から過酷な任務を下されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんルビコン旅行は如何でしたか
私もなんとかトロコンしました

某ミ○イルもこれくらい動けばなあと…(小声


いつもながらなんだか冗長な感じになってしまいました…
次回こそ戦闘シーン入れたいと思います


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