Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 29

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ付近。

帝国軍駐屯地、戦術機整備場脇衛士待機所(仮)。

 

 

「さあ、もう良いぞ」

「は、はあ…」

 

解散して良し、と。

曇天の荒野に走り去る装輪車 ― 臨時の御料車が立てる土煙を見送って、あからさまにやれやれ面倒事は去ったとばかりな声を出したのは長身の青い斯衛・政威軍監斑鳩公崇継その人。

 

だが短躯ながらも生気溢れる快男児・龍浪響中尉を含むこの場に居合わせる帝国軍ならびに斯衛軍の衛士らほぼ全員からすれば、むしろあなたも完全にそっち側の方なんですがと揃って心の声を上げつつもまあせっかくのお言葉ですからとこれ幸いに三々五々退散を決め込むその中で、

 

「御苦労中尉、卿も下がれ」

「…は」

 

今のこの面倒事の当事者でもあるはずの黒の中尉殿は常の如く世事一切に興味なしとの風情で、やはり型通りの敬礼の手を下ろすと取り出した密封包装の飲料水を一口飲んでから巻かれた包帯の下の傷にも構うこともせず残りを頭からかぶった。

 

文字通りの一騎当千、新型機を得てさらに戦場を駆け続けてきた黒の英雄は流れ落ちる水を拭うこともせずやや俯き息をつくその姿、すでにその消耗ぶりは明らかで。

そして一呼吸置き踵を返しかけたその折にわずかとはいえふらついて ― だがその彼を小揺るぎもせず支えたのは直接の上官にして大隊長たる崇継だった。

 

「少し休め。慣熟も概ね済んだであろ、卿が止まらねば整備の兵も止まれぬ」

「…」

「今逸らずとも大物が控えて居る、必ず出してやる故暫し力を恢復させよ」

「……了解」

「そうそう、卿には言伝を幾つか預かっても居るのよ」

 

次いで支えるその手を部下の肩へと親しく回し、

 

「『雪待』の格子共が卿の復りは何時に成るやと馴染みの高尾をせっついて居ってな」

「…」

「甲20以来随分足が遠のいて居るらしいが廓の門を潜る暇も無い程多忙であったか?」

「…まあ」

 

やおら顔を近づけてのひそひそ話、崇継は部下たる中尉よりも顔半分ほどは背が高い。

 

それは秀麗そのものの容姿の高貴の御方のおよそ見たこともない気さくな姿で、一方無愛想さは極まるものの目鼻立ちもまあそれなりで今は水も滴る益荒男たる中尉との取り合わせ。

 

その2人揃っての強化装備での近すぎる身体と顔同士の距離に少し遠巻きに様子を伺っていた白牙の女子斯衛たちからは黄色い悲鳴、その彼女らのうちからは垂れた鼻血を抑えつつ「捗る…」とかの意味不明な発言も聞こえてきたが、

 

傾城町の大見世だっけか…?

 

なんとなく逃げそびれていた響の耳にはそのどこかで聞き覚えのある名詞が届き。

たしか一見さん完全お断りの妓楼でどっかの武家の御用達とは聞いたことがあった気がするが、まさか斑鳩昵懇だったとは。

 

 

負って果たした任務に釣りあうかはともかく昇進とそれに伴う昇給のみならず前線勤務の各種手当てがつく響の懐事情をしても、件の青楼あたりは奮発してもそうそう遊びに行ける処じゃない。

そもそも入れてもらえないという敷居の高さを抜きにしてもなにせあの階層というか領域のいわゆるお遊びとなれば、やれ趣だの雅だのまで気を配る必要があるとかコトの前には取り巻き含め一席設けて歓待するのが定番だとかむしろ初顔合わせの際にはそれ()()で終わるのが常識だとか、本来の料金よりそうした諸費用のお支払いの方が大きいとも聞くし。

 

ただしその分並ぶ娼妓は粒ぞろいの美姫ぞろいのうえ床の組手の技に留まらず言葉遣いから立ち居振る舞いつまり行住坐臥総てに至るまで、当たり前だがそのへんの街娼やら辻君やらとはまるで世界が違うのだとか。

 

 

そんな風にやっぱ斯衛は違うなあ、と羨むような感心のようなあるいは呆れのような思いでいると、

 

「おや龍浪中尉…構わん皆まで云うで無い」

「え?」

「貴官の大功に報いるは何も俸禄褒章に限らぬし、帰国の暁には如何かな?」

「え。いやあの…い、いいんですか?」

 

その望外の誘いに響は戸惑うも。

政威軍監閣下は無論の事ぞと普段の古拙の笑みよりずっと深めて見せて、それならますます必ず生きて還らねばと健全な男子たる者として決意を新たにするも、

 

「だがそう云えば御内儀が有るのだったか?」

「は、いえ。千堂少尉とは同僚ですが」

 

これまでにも周りの皆には嫁だなんだとさんざん茶化され続けているから誰とも問われぬままでの響の即答、しかし変わらず気安く中尉と肩を組んだままの斑鳩公はほうと呟きその耳にした姓を数瞬だけ反芻されたようでもあったが。

 

にしても、今そのテの話を聞くのはちょいとキツいぜ…

 

健全な男子であるだけよけいに。

日本を発ってもう二ヶ月ほど、当たり前と言えば当たり前だがその間ずっとご無沙汰だ。もちろん死ぬか生きるかの瀬戸際だらけでその最中にはそんな余裕なんてありはしないが、だからこそ今こんな風に眠れて食べて少し休める時がヤバい。

 

 

生への渇望を抱いて死線を越えた後に来るのは強い性への衝動だというのは種の保存を本能に組み込まれた生物たる人間としては当然の流れ、だから見慣れてるはずの女性衛士の強化装備姿にも色んなところに普段よりずっと目が行ってしまう、正直言って目に毒だ。

 

なにしろまだ眼前には見える危機が残り迫っている最中であって、なし崩し的にずいぶん緩められてはいる軍紀の中でも飲酒と同衾だけは御法度なことくらい皆が判っている。

 

だからそれとなくほんのり柚香を避けているのもそれが理由、つまり心なしか普段より温度も湿度も高い気がする視線と自分の名を呼び開閉する彼女の桜色の唇やら柔らかくも美しい曲線を描く腰回りやらもう少し大きめな方がホントは好みだがそれでも立派に強化装備を押し上げているその胸の膨らみやら。

そんな気丈だがどこか従順さをも匂わせる彼女と一緒に、いま兵舎なんかに行ってしまえば自制を保つだけの自信がないからで――

 

 

「ならば良いかな。まあ序でに我が大隊へ来てくれれば尚良いな。如何かね龍浪中尉」

「……は?」

「我が隊に入らぬか? 貴官にならば此奴の列機も任せられよう」

「い、いや…、その…」

 

笑みを形作ったままに見下ろしてくる怜悧な視線、唐突な勧誘。

 

俺が…斯衛? しかもあの16大隊?

 

帝国軍の衛士なら、全員とまではいわないがその大半は一度は夢見る話。

しかも「強力な衛士」を集めていると聞く大隊長その人からの直接の勧誘だなんて、下半身方向に行きかけていた邪な考えも吹き飛ぶもの。

 

 

斯衛軍第16大隊。

帝都城は北の丸をその牙城とする帝国最強の衛人。

 

98年の京都防衛戦及びその翌年の明星作戦そして01年の甲21号佐渡島攻略という激戦の中で損耗と補充再編を繰り返しながらもその威を減ずるどころか増さしめ続け、近年でも先の大逆未遂事件の折には帝国軍最精鋭と謳われていた旧帝都防衛師団の精兵たちをまるで寄せつけず撫で斬りにし、甲20号攻略でも全軍の先鋒を務めて押し寄せるBETAを草でも刈るように討ち倒しハイヴ深奥への道を斬り開いた精鋭中の精鋭。

最近では世界的にもそれこそあのツェルベルスに比肩しこと対人戦闘能力ではほぼ確実に凌駕するとまで評され、とりわけその近接白兵戦闘能力の高さは砲戦主体へと向かう戦術機運用の潮流に一石を投じるどころか一蹴してしまったとまで囁かれている。

 

そしてさっきから実に親しく話をさせてもらっているその長たる斑鳩公は、名実ともに帝国軍政両面のほとんど頂点。すなわち世界第3位の軍事大国の7500万臣民を統べる日本帝国指導層、その五指どころか三指に入る。

つまりその気になれば小国のひとつやふたつは消し飛ばせるしその動向次第で国際情勢が動揺する、実際に今ここで目の前で笑っているこのお方がなにかの気まぐれでも欧州から手を引くと言いだせば国元の参謀本部は恐らくそれを受け容れ帝国軍は即座に撤兵を開始するだろう。そうなればその後のロヴァニエミ防衛の成否に影響が出ることも間違いはなく東西の均衡まで変わってくる話にまでなるという、要人中の要人。

 

おまけにそんな絶大な権力に併せて「帝国最強の衛士は誰か?」との話題になれば必ずその筆頭格に名が挙がるほどの天才的な使い手でもあり ― すなわち世界屈指の衛士ということだ ― 、家格含めた出自を一切問わず実力最優先で集められた猛者揃いゆえそれだけに曲者も多い16大隊員をしてこれまでに一度の出藍も許していない――いや、たった一人だけ、入隊直後にそのあまりに奇抜かつ鋭い機動ゆえに「鈍重な82式同士では私が下手の手合割よな」とまで公に言わしめた少年兵がいて、あげく対BETA統合仮想情報演習(JIVES)(単機戦)で過去最高得点を叩き出したその彼を公は大いに気に入られて当時極秘裏に開発中だった試製98式4機のうち1機を任せたといわれ。

 

そうしたいわば生まれながらの高貴さだけに囚われない気っぷの良さに加えてさらには長身美形ときては、天は二物も三物も与えてるわけで正直ほとんど反則といえる。

 

 

そんなお方にしかし響が官位姓名を直接名乗ったのは数時間前欧州連合軍との作戦会議へ赴く際の運転手を務めた折が初めてで。

 

つまり以前からたぶん「巨大種殺し」としての認識くらいはしてもらえていたのだろう、でなければまさかいきなり子飼いの大隊エースの僚機にしようとかまではお世辞でも言わないはず。

大袈裟な通り名だと恥じたことの方がずっと多いけれどそれで祖国のトップにまで認知されて評価してもらえるというなら、単純に嬉しくて誇らしい気持ちにもなる部分も――だが。

 

 

「…すみません。身に余る光栄なお話ですが…」

 

お断りを。

不興を買って怒らせるかもという怯えも正直あったが、その上でなお。

 

 

過信を承知でいえば ― 単純な衛士個人としての強さなら、帝国軍内では十分に精鋭揃いといえた神宮司大隊その中でも今となっては一二を争う立場だと、責任と共に自覚してきた。

だが一方で、16大隊の先頭に立つ斑鳩閣下や中尉殿と較べたら実力的には天と地ほどの差があるというのが実感で。

 

実際のところ現在の自負にまで至る機動術のその発端は、偶然のなりゆきで中尉と一緒に飛んだあのリヨン攻略戦での衝撃と気づき。その後も奇縁かわりと近しい配属になり、以来その隔絶の域の戦闘機動を見て、教わり、学び、また言葉は悪いが盗む形で自らの血肉に変えてきた。

 

なにせ訓練校時代から実技含めて首席だったことなんてない、つまり才能自体はそうあるわけじゃない。だから今より強くなろうとするならなにかを変える必要がある、そして16大隊は中尉殿含めて帝国・斯衛両軍から集められた選りすぐりの衛士たちが日々切磋琢磨し腕を競いあってさらに高みを目指している、そんな要するに「上澄み」の環境。その中に身を置けば、本当にやっていけるのかという不安もあるが逆にだからこそ自らの伸びしろを拡げることができるかもしれない。

 

 

それに俸給含めた待遇はよく知らないがなにより名誉なことには間違いなくていつも心配ばかりかけている両親だってご近所に鼻が高いだろうし、ついでに子供っぽい助平心で言ってしまえば、第3世代型機最強格・斯衛専用機たる00式 武御雷にも乗れるようになる。

 

 

そしてたぶん――内地勤務が多くなって、今よりは危なくないかもしれない。

それこそ両親も今よりは安心させてやれる。

 

なにせ斯衛軍の中では近隣国での作戦だった甲20号攻略を除けば、外地を飛び回っているのは開発中隊・白い牙くらいのもの。

斯衛本来の任務は本土守護、なかんずく帝都と帝都城護持を主眼とする16大隊に入れば ― 少なくとも当面は危険極まる最前線からは離れられるだろう。

 

そもそもその白い牙中隊・武家生え抜きの腕利き衛士の集まりである彼女らをして、篁中尉以下あのツェルベルスの隊員すら一対一なら瞬時に斬り刻むほどの甲12リヨン以来の生き残り数人を除けばほぼ全員戦死による補充を繰り返しているという凄まじい損耗率が、最前線での衛士の死傷率の高さを物語っている。

 

 

だが、だからこそ。自分が知らないところで、いないところで。

 

柚香や神宮司少佐、それに駒木大尉だって。

戦死したと聞かされたら ― 耐えられないかもしれない。

 

たぶんこれはとんでもない思い上がりで、自分の腕と翼と刃が届く範囲なんてひどく狭くてちっぽけなものだとは思う。

自分が先に死ぬ可能性だって高いのだし、戦場の現実はまるで甘くはないから喪うときはきっと一瞬でどうしようもなくて、結局は後悔する ― 浅葱のときと同じように。

 

でも、それでも――

 

 

「左様か。ふむ残念だが仕方あるまい」

「申し訳ございません…」

「良い良い。然し力と誉とには染まらぬか、卿の予想が当たったな」

「…は」

「え?」

 

怒りはせずとも言葉通りに少しは残念ではあるとの声を出しながら、矢張りいくさと男を見る眼はあるな?と常よりさらに含みの有る笑みを漏らす斑鳩公に、響は帝国きっての英雄2人の話題にのぼることなんてあったのかとその点は素直に嬉しくも面映ゆく、

 

「ま、あの猟犬を支える意思ならそれも又善し」

「は、はい」

 

だが顔にそう書いてあるぞよとはっきり指摘されればさらに恥ずかしくもある。

ついでにまあ是れも何かの縁よ件の見世の二階は好きに使って良いとまで言われてしまって、本当ですかぶっちゃけそっちの方には興味も期待もものすごくありますがそれでのこのこ登楼するにはあまりに図々しい気もするし実際いくらくらいかかるんですかね給料下ろしてこなくっちゃと内心かなりの逡巡が――

 

「ははは、正直者よな。卿も少しは見習ったら如何だ?」

「…」

「す、すんません」

 

また見透かされて恐縮しきりの響に、げに愉快そうに笑った斑鳩公は、無口な部下と肩を組んだまま ― 実際は逃がさないよう捕まえていたのだろうその大笑を引っ込めるやすぐに常のアルカイックな笑みに――ややの冷たさを加え。

 

「で、話の続きよ。卿、以前、ついた新造の年季を買い上げたとか」

「……、…はい」

「其の娘がな、また苦界に戻ったそうだ。別の暗屋だがな」

「……何故」

「御陰で病床の親も看取れた故に、卿に借りた金子を返す為だと」

「…あれは別に貸したわけでは」

「然れば卿は唐変木だと云うのよ。何故囲ってやりもせぬのに身請けの如き真似をした」

「…俺には必要ない金で」

「其れが浅墓、卿の節穴でも判る程に義理堅き娘なら如何するか迄知恵が回らなんだか」

「……」

「此程女手一つでは活計がやっと、年季に利子の身請け分。身をひさぐ他になかろ」

「……俺は」

「兎に角目を掛けて居た新造を玩具にされたと高尾太夫は癇々で、散々に叱られたわ」

「……どうしろと」

「今更卿に娘心を事解せよとは云わぬ。行って、逢ってやれ。それで良い」

「……了解」

 

そうしてようやくにその口元に常の笑みを戻して浮かべ、死ねぬ理由するか否かは好きにせよと仕舞いに部下の肩をひとつぽんと叩いて。

後ろ手に小さく手を挙げながら高貴の斯衛は整備場の方へと歩き去っていった。

 

「…」

 

…ええと…

 

立ち去る機を逃したがゆえにその男同士の内緒話、というには込み入った話を立ち聞きするようなことになった響は正直戸惑う。

 

普段からおよそBETAと戦うこと以外にはまるで興味がなさそうでしかも鉄面皮を地で行くこの中尉殿が、同情からか人助けめいた真似をしていたらしいことはともかく、ごくわずかにその澱んだ瞳に後悔というか憤りの色を揺らめかせたことに。

 

まあ…なんだかんだ、このひと悪い人じゃないからなあ…

 

「なんか……大変スね」

「……」

「俺もしょっちゅう鈍いだのなんだのって言われるんで…へへ…」

「……」

 

そんな響の下手なフォローにも、ちらと寄越された視線には無言の中でも謝意なりが混じる関係性。

 

だが今は ―

 

「でもまあ…中尉の親切心は伝わってますって、きっと」

「……親切じゃない」

「え?」

 

呟いた黒の掌中では飲料水パックが握り潰され。

今度こそ踵を返した男は未来ではなくもうどうやっても取り戻せない過去だけを ― それももう、おぼろげにしか追えないなにかを ― ただ見ているようで。

 

 

「………似ていた気がした。…   に」

 

 

北辺の風に紛れて消えたその語尾は、誰かの名前だったように響には聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超重光線級侵攻開始から15時間 ―

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ東南東150km。ルカ付近。

 

 

低空での匍匐飛行、高度は40mをやや切る。

 

「04より01、敵影なし」

「02同じく。オールクリア」

「01了解…、ヴァルキリーリーダーよりCP。付近に敵影なし」

「CP了解。哨戒を続けられたし」

 

管制ユニット内コネクトシート上、長いお下げに大きな眼鏡の小隊長・榊千鶴少尉は500m間隔で左右に拡がる列機2機からの報告を取りまとめて指揮所へと送り一旦通信を終えた。

 

得られた休息により身体の調子もおおむね許容範囲内にまでは回復し、乗機・94式不知火弐型も整備班の奮闘により完調とまではいえずとも問題はなく。

原型機たる94式不知火より強化されたセンサー類と増加した燃料搭載量はCAP ― 戦闘空中哨戒任務においても効力を発揮する。

 

今は3機編成にて行動中のヴァルキリーズ、極東一の狙撃兵・珠瀬壬姫は来るべき別の最重要任務のため駐屯地で待機中。

元々彼女については本来の上司たる香月副司令から生かして帰せと言われていたから、その時が来たというべきか。

 

 

ハイヴ外縁近辺で守りを固める防衛主力の欧州連合イギリス軍2個連隊を支援すべく、同軍ファスタオーランド基地発の精鋭約2個大隊を主軸とする哨戒部隊が、ハイヴを中心としてスカンジナビア半島北部の主に南東部へと向けて広く展開していた。

 

欧州連合軍防衛部隊到着前の激戦を経て戦力を消耗した日本帝国軍並びに北欧国連軍部隊からはそれぞれ生残機のうちから優先的に補修整備を受けた第3世代型機がそこへ参加し、低軌道偵察衛星と震動センサーとで構成される早期警戒網の穴 ― 前者は周回周期により観測に空白の時間帯が生まれ、後者はその数が著しく減少して復旧の目処も立たない ― を塞ぐ。

 

 

とはいっても…

 

千鶴はまず網膜投影の情報視界・メインゾーンの外部映像経由で隊機2機の飛行状況を念のため確認してから、同情報視界内・左側の戦域マップを切り替えた。

 

段階的に縮尺を変更しておよそ250万分の1、右に東の白海・左に西のボスニア湾が表示される程度にまで広域を表示させれば ― そこには巨大な三重の同心円が2つ。

 

 

日本人にわかりやすくいえば台風の、アメリカ人にならハリケーンの進路予想図のようなものだが――この場合、その中心部はそれら自然の猛威すらも凌駕して余りある脅威・超重光線級。

 

黄色く表示される最外環は半径160kmにも及びそれが平均的な戦術機匍匐飛行高度・40mに対する照射圏、次いで半径120kmからはじまるオレンジ圏が戦術機地上高・20mへの照射圏、そして最も小さくしかしてその実半径80kmにもなる赤の圏内がいかなる対象をも灼き消す絶対致死の領域を示す。

 

はるか南ヴェリスクハイヴを発したそれら2体の目標は平均およそ20km/h程度の低速でだが互いに500-1000mほどの距離を保って休まず北上を続け、現在旧ソ連領内ヤンゴリあたりにいるらしい。

 

 

「まずいわね…」

 

そうぼやいてみたところでなにが変わるというはずもなくそもそも千鶴には作戦の立案権なぞありはしないし命令に従って全力を尽くすほかないのだが、元来超重光線級討伐を任務として課されていたという当事者意識に加えて生真面目なその性分が彼女にそうさせていた。

 

「東側に…行っちゃうかなあ」

「ええ…」

 

隊内の回線。

等倍では小さくしか見えない距離、左翼へ展開した戦乙女04・快活な短躯の鎧衣美琴少尉もまた広域図を見ているようで。

 

「東の海側を進まれると…今次作戦のパターンだとそのまま北へ抜けてしまう率が高いわ」

「その場合に途中から西に向かってハイヴを目指すケースは?」

「多く見て…8%」

「…望み薄だね」

「榊が中尉を落とす率よりは高い」

「ふん、言ってなさい」

 

千鶴はどういう意味の()()()かはあえて問わずに、しなやかな獣・02彩峰慧少尉の軽口を流した。

 

 

先のロヴァニエミ攻略戦時と同じく狙撃作戦。

加えて半径30kmの地下茎構造物(スタブ)圏内にまでおびき寄せての坑道戦術。

 

だがこの二段構えの討伐作戦は共に、目標たる超重光線級がハイヴ近傍まで進軍してくることが前提で。

 

そもそも本当に目標後背が文字通りにデッドシックスたりえるのか否か以前に、このまま手出しができないソ連領内を北上されれば先の北部滞留BETAに類似した展開になる確率が高い。

 

その際と同じように半島北部のスカンジナビア山脈山麓部で立ち止まりやがて南下・あるいは居座り続けてくれるならばまだいいが、光線級でもそのレーザー攻撃範囲は単純射程300km・重光線級ならば同1000kmにもなるわけで、万が一にも「登山」されて高所をとられたら誇張抜きで人類軍はおしまいだ。

 

ハイヴは封殺。補給は途絶える。半島全域にBETAは拡散。

いくばくかの幸運に恵まれればもしかしたら地表構造物(モニュメント)を遮蔽にして反対側の最外縁「門」からこそこそ逃げ出すことができるかもしれないが、その場合せっかく攻略して必死で守ってきたロヴァニエミハイヴは放棄せざるを得なくなる。

 

 

それら種々のリスクを考慮すれば、超重光線級2体は可及的速やかに撃滅するのが望ましいのだが ―

 

 

「白海にはソ連艦隊がいるんだよね? なんとか協力してもらえないかな」

「梨の礫じゃないようだけど…」

 

30kmほど西、荒野の向こうの国境線を見はるかすようにする美琴の意見はある種国連軍所属ならではとも。

 

防衛戦の最中にソ連軍の対地支援が決定した旨の司令部通達を聞いた覚えはあるが、それが完全に戦意高揚のための方便だったとは言わないまでも、実際のところ決定から実施に至る過程のうちどこまで進んでいるかはまったく不明だ。

 

「そもそもアテにできる戦力がある?」

「ソ連の北方艦隊はたしか、洋上艦艇の数は大したことないけど潜水艦が多いのよ。原潜もね。だから総火力はかなりのはず、まあそれでも…」

「鉄原じゃ大和級・改大和級計5隻と米艦隊とで攻撃したけど全部迎撃されたもんね」

「それも単体相手によ。北方艦隊は旗艦からしてミサイル重巡だったと思うし、瞬間の火力量はともかく持続性では疑問符がつくわね」

 

 

それにソ連にとっては西側勢力により攻略なったロヴァニエミが落ちたところで表向きにはお見舞いの一言くらいは言うかもしれないが実際には痛くもかゆくもないどころかざまを見ろと指をさして笑うくらいが本音だろうし、なにより連中にとって一番面倒なのは、超重光線級に領内に居座り続けられることのはず。

 

排除が極めて困難なこの大型種が止まることなく北上を続けているのが現状ならば、無闇に刺激して停止されたりあるいは攻撃源たる洋上の北方艦隊を狙われたりするより静観注視という名の放置を続ける選択をする蓋然性が高いのではと ―

 

 

ならば、

 

「ヤツが国境を越えたあとなら」

「あるとしたら、そうねえ」

 

果敢な攻めを信条とする慧にすれば、待ち伏せよりは打って出て解決してしまえるならその方がいいのだろうが。

 

 

もはや東西対立の再燃が明らかなこの国際情勢下では、敵対勢力に善意の協力などは望むべくもない。

国家の威信やら軍のメンツだのを一旦忘れて共産主義者に頭を下げた上でさらに自勢力圏内で敵方の武力行使を是認するとしても、現時点のこの北欧でより困っているのは西側なのだから、ソ連を盟主とする東側にしてみれば軍事的助力の条件となる対価はつりあげ放題だろう。

 

 

ただ、

 

「もし私がソ連軍の立場なら――」

「! 対地レーダーに感!」

「ッ緊急降下!」

 

言いかけた千鶴を遮ったのは美琴があげた警告、同時に鳴るセンサー音が響く管制ユニットの中で3人の戦乙女は揃って即座に機体の高度を下げた。

2秒以内に一気に着地状態にまで持ち込むが幸いにして照射警報はなし。

 

「どこから!」

「たぶん地下だよ東北東25kmっ」

「国境線ギリギリ」

「了解、もう少し情報を取るわ――CP!」

 

指揮所へと敵発見の報を入れる間に千鶴は自機に抱えさせている02式中隊支援砲のステータスを確認。

隊の2機も同じくする中、04番機の美琴はわずか高度を上げて地平線までの距離を稼いだ。

 

「04より01、大隊規模総数…500、かな。前衛に突撃級、50-80」

「まだ突撃級がいた」

「だね。迷い組か湧き組か、どっちだろう」

 

一次索敵を終えるや再び素早く地表へと戻った美琴と右主腕の74式近接戦闘用長刀をくるりと翻して逆手に持ち替えた慧に、千鶴は了解との応えを返しつつ。

 

「『オーラ付き』の数次第だけど――」

 

管制ユニット内の淡い光を眼鏡に反射させながら02式のコッキングレバーを引いた。

 

「片づけましょう」

「「了解」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少し、ほんの少しだけれど。

敵の動きがよく見えて、視野も広くなった気がする。

 

慧を先頭にしたデルタの後ろ側一角を担いつつ、美琴は乗機弐型を鋭く前進させた。

 

 

光線級なし。

ハイヴ本体を防衛するイギリス軍までにはたっぷりとした縦深がある、焦る必要はない。

 

国境線10kmの非武装地帯寸前で待ち受けた突撃級群を散開して背撃、それら爆走する全高16mの巨大生物どもを沈黙しうずくまるだけの巨大な肉塊に変え。次いで後続の要撃級・戦車級の群れと交戦する。

 

 

曇天の荒野、敵中所々に確認できる青い燐光 ― 「オーラ付き」。

その数およそ20体ほどか、他の通常種及び戦車級も含めて構成される400あまりの敵群にしかし臆する素振りもなく突入していった慧への主たる支援は、常より彼女とコンビを組んで息が合ってる小隊長の千鶴に任せる。

 

壬姫さんがいないから――

 

その代わりをするのはとても無理だけれど。

援軍も来てる、少し心許ない補給の件はこの場では一旦忘れて両主腕の02式に加えて背部兵装担架の87式突撃砲2門も同時にダウンワード展開させた。

 

面制圧だっ!

 

その美琴の攻撃的な思惟と視線照準とに応えたFCSが地を這う目標を次々に捕捉、84式の120mm滑腔砲からHESHをばらまき同時のその36mmに02式の57mmも併せたAP弾で一気に掃射をかける。

 

爆炎を指向する銃口が放つ斜め十字のマズルフラッシュの向こう、噴きあがる土煙の中に千切れ吹き飛ぶ戦車級と穿たれ血飛沫をあげる要撃級。

だがそれらと美琴の間に割り込むように飛び込んでくる「オーラ付き」が4体、

 

こいつらは厄介だ ― けどっ

 

隊列を崩しつつも大きな弧の機動、「オーラ付き」の急激に速度を変えての突進を警戒しつつ本隊から引き剥がしてしまえば。

 

「千鶴さんっ!」

「了解彩峰3秒もらうわっ」

「2秒でやって」

「無茶言わない!」

 

即座に機首を巡らした01番機・千鶴の放った57mmの火線が無防備に晒された「オーラ付き」の尾節を次々にぶち抜く。

 

その肉片を飛び散らせながらも強化亜種はまだしばらくはその動きを止めない、無論油断して近づけば危険だから美琴はそちらへも注意を割きつつ引き続いて指向してくる要撃級通常種とは距離を保ちながら放つ火線で戦車級を蹂躙し、あらかたそれらの排除を終えたところで逆撃とばかりに前に出た。

 

慧さんのようにはいかなくたって――

 

機動の余地さえあれば通常種なぞは弐型にとって敵ではない、すり抜け振り回し背後を取って着実に1体ずつAP弾のバースト射撃で尾節を粉砕して葬りながら慧へと向かう「オーラ付き」へはちょっかいを出して陽動を果たし、

 

「おっと!」

 

後方から飛びかかってきた要撃級へは逆に機体を屈めつつの急速後進、その下を潜り抜け躱し着地後の無防備な背部を撃ち抜く。

 

「千鶴さんチェックシックスっ」

「了解!」

 

当然気づいてはいたのだろう、即座に背部兵装担架を後方へと跳ねあげ2門の突撃砲を起動した榊機は敵陣を切り裂きかき乱す彩峰機を休まず支援し続け、美琴はその2機のサポートに回りながら隙を見せた個体を片っ端から刈り取る。

 

当人らにしてみればただただ懸命な任務遂行、積みあげた訓練と潜り抜けた実戦の成果にすぎない。だがそれらすべての機動に砲撃、近接戦に連係はもはや腕利き熟練兵のものと称して差し支えなく――

 

「04クリア!」

「02同じく」

「01敵の殲滅を確認。CP」

「CP了解。哨戒の継続は可能か?」

「ヴァルキリーリーダー了解。引き続き哨戒に当たる」

「こちらノルドUNCP。大した手並みだな極東の戦乙女は、お株を奪われたよ」

 

突撃級の排除からものの10分ほど、無事掃討を終えた美琴はそれら回線上のやりとりを聞きつつ少し離れていた位置から隊列を再構築、その前に周辺の索敵をもう一度とわずか高度を上げ。

 

「…」

 

ふと。

最初の背撃で屠り地に伏して動かなくなっている突撃級の群れのうち1体が眼に入った。

何かの違和感。

 

巨体前面には大きな紡錘形の装甲殻。

そして基本濃緑色のそれに時折ほかに赤色黄色等の歪な斑点模様が浮かぶのは、砲弾痕の再生痕だと言われていて。

 

今も頽れるこの個体の装甲殻には、まだ再生が終わらずというか穿たれてほどなくといった様子の大穴が空いていた。

 

…これって…

 

「千鶴さん慧さん、さっき突撃級に120mm使った?」

「…」

「いいえ」

 

無言で首を横に振る慧と簡潔な応えの千鶴に美琴はいま見ている映像を複写し転送した。

 

「じゃあこれ、なんだろう」

「砲撃痕……でも浸徹榴弾(APCBCHE)の射入口じゃない」

「…そうか。ソ連軍は攻撃自体はしてるのね」

「だねえ」

 

集まってきた隊機らと共に残余の死骸も検分すれば、装甲殻に瘕持つ個体は他にも数体。

 

ソ連軍の保有する対地ミサイル・SS-N-27 シズラーなら弾頭の炸薬量は400kgを超える、射入角によるとはいえ直撃したならさしもの突撃級とはいえ吹き飛ぶだろうしそうでなくともこの程度で済むはずがない、だからここまで来たのは至近弾か破片を受けた程度の個体なのだろう。

 

その一方で無傷で通過してきた個体の方が圧倒的に多く後続の要撃級戦車級群にも手負いのものはほとんど見られなかったことから、つまりソ連軍は探知した目標群に向けて数発あるいは1発だけとか撃ち込んでお茶を濁しているんじゃなかろうか。

 

「やっぱり支援は形だけ」

「それはそうなんだけどさ。こいつら地下から出てきたでしょ」

「…つまり、『トンネル』ができてるってことね」

「しかも大隊規模だったんだよ、突撃級が掘削機(シールドマシン)役をした大穴があるはず」

 

()()()()()()にね、と手振りで示す。

 

「射爆地点は散発的で突撃級はもうそんなに多くないはずだし」

「偵察衛星の情報を洗って群れの特定ができれば」

「『トンネル』の入口地点が推測できる?」

「うん。だからうまくすればひょっとして、伏撃地点に使えないかな」

 

トンネルなら目標が攻撃可能範囲を通らなくても地下を通って帰還が可能 ― と。

 

「…面白い案ではあると思うけど」

「やっぱりダメかなあ」

 

千鶴の小さなため息には、美琴も怒るつもりはない。

 

「まず ― 目標が東の白海側を通る可能性が高い以上、()()が有効な位置にあると仮定したら最短120kmは先。それも未知の地下道よ、リスクが高すぎるわ」

 

既知の自然洞窟で、長大なものなら200kmを越えるものも確認されてはいるものの。

 

 

軍事行動は冒険家の探検とは違う。仮にソ連が越境を認めたとしても ―

 

進入は当然戦術機部隊で行うことになるがそれが先遣調査隊にせよぶっつけの攻撃隊にせよ、無線とGPS信号の喪失には角・加速度センサー類である程度は代替できたとしても内部構造が複雑に分岐していた場合は遭難の可能性が否定できない。

 

同時にその地下洞穴が全域にわたりハイヴの地下茎構造物並に強固だという保証もない以上は常に崩落の危険性を抱えながらの進軍になり(以前リヨンハイヴ近辺で撃破した母艦級の死骸の向こうの坑道もその先すぐで崩れて塞がっていた)、BETAと遭遇しても火器どころか噴射圧や轟音を伴う跳躍(ジャンプ)ユニットの使用すらも憚られる。

また戦闘機動はおろか移動自体が戦術機の歩行のみに制限されるとなればその進軍速度は顕著に低下してしまい、臨時緊急作戦としての用をなさなくなってしまう。

 

 

「そもそも国境のすぐそばに出ていたらこの場合ほとんど意味がないし」

「でも偵察衛星からBETA予測の注意喚起もなかった。トンネルは長いかも」

「いや…そっか、新たに掘ってたんなら速度もかなり落ちるから」

「そう、単に長時間地下にいれば失探リストに入るわ」

「…そういえば前衛中衛一気に出てきた。榊にしては冴えてる」

「うるさいわね。で彩峰、あなたがソ連軍で白海にいたら遠近どっちのBETAを撃つ?」

「……なるほど。西側に抜けそうなヤツを狙うってこと」

 

得心した風な慧に、でしょ?と千鶴が肩を竦めた。

 

 

BETAは基本、人類の攻撃に対して逃げることなどない。

まったく意に介さないか ― 逆に向かってくる。

 

それがBETAの地球上の生命体とまったく異なる点であり同時に最も厄介な点で、絶対に勝てない状況だろうがなんだろうが最後の一匹になるまで攻撃をやめずまた大型種ともなると生命力も高いために迎え撃つ人類側としてはとにかく不毛な消耗を強いられる。

 

ゆえに、比較的安全な海の上にいるといえど、まず自分たちの方へと突進してくる可能性が低く同時にちゃんと協力はしていますよという西側への弁明となりさらに海側を北上するBETAは無傷で通せばいずれスカンジナビアへ拡散して資本主義者たちへの嫌がらせにできるかもしれないという、一石三鳥の手法。

 

 

「ただ ― 」

 

さっきの話の続きだけれど、と言いつつ千鶴機の主腕が動き空になった02式のドラムマガジンを排除した。どん、と重い音を立てて荒土に鉄の塊が落ちる。

 

「トンネルはともかく、ソ連にも超重光線級排除のインセンティブはあると思うのよ」

「どんな?」

 

その慧の問いに千鶴は軽く眼鏡を押しあげ。

 

「甲04ヴェリスク。今あそこはたぶん、空っぽだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然 ― 欧州連合の軍にとっても政府にとってもそれは想定範囲内だった。

 

だがこの場合でも、「誰がヴェリスクのBETAを掃除したと思ってるんだ、空き巣や火事場泥棒めいた真似はやめろ」というのを少なくとも外交の場では「自国の利益のみに囚われることなく人類共通の敵を打倒するため価値観の相違を越えて協力してほしい」と言い換えざるを得ない。

 

 

なにしろ欧州連合盟主国たるイギリスはその本土たるグレートブリテン島に軒並み避退国家化した欧州大陸諸国民を抱え込んでいて、その中には当然東側陣営国家の人々も含まれる。

そんな彼らの多くは常識的かつ良心的な一市民に過ぎないが、国家の枠組み自体が消えてなくなったわけではなく――個々の人間というのは、往々にして、その帰属する集団とまったくの無関係ではいられない。

 

そもそも欧州全体が疲弊し困窮の度合いを日々強めていく中での冷戦の本格再開とあっては ― 先鋭化した英国民の中には間借りの厄介者はみんな出ていけとわめく者たちが現れ、それには西側避退国家民らも誰のおかげで本土が守れたか忘れたのかと反発をし、そしてその中でもまず最初にアカの手先はいなくなれとこればかりは一緒になって同東側住民たちを攻撃するから、ただでさえ元々気まずかった彼らの立場はより悪くなった。

 

おまけにそんな人々は皆揃って過大な戦費を賄うための重税にあえいでもいるわけで、社会全体に蓄積しているフラストレーションは相当なもの。

その状況下で不用意に外交上でのトラブルを起こせばそれが火種となってあっという間に大火事になる、そうでなくても自国内に大量に他国民を住まわせていること自体が潜在顕在裏表、あらゆる意味でリスクの源でしかないのに。

 

 

それら諸々の要件を折り込みつつの言葉による丁々発止は外交交渉を担当する当人らの間では見えない火花を散らす真剣勝負 ― かもしれないが、実際に血を流してBETAを食い止めている現場の軍人たちにしてみれば。

 

ただでさえ与えられた兵力は少なく目の前の状況だけでも手一杯だったところに頼んでもいないバカでかいプディングまでつけられて、空調の効いた安全なオフィスで紅茶にスコーンを楽しみながらなに言ってんだ遊んでないでさっさとしやがれというものになる。

 

 

ともあれ欧州連合の読むソ連側の思惑とは ―

 

 

BETAを吐き出しきったヴェリスクに再度それらが充填される前に殴り込みをかけ、手つかずのフェイズ5ハイヴにたっぷりと貯め込まれているはずのG元素を根こそぎ入手してそのあとは、野となれ山となれにするのではないかと。

反応炉も破壊せず残して西側へのハラスメント源にするかもしれない。

 

ただ、それをするにも超重光線級2体に十分にハイヴから離れてもらう必要があるはずで。

 

というのも絶対の対空防御網を成す超重光線級、3パターンある照射行動のうち最も出力が低くまた射程も短いと予想される連続照射のレーザーですら重光線級のそれと同等と推認されている。

そして光線属種は帰属ハイヴへの攻撃に反応して迎撃照射行動を取るのが常なことから考えれば、戦術機部隊は標準的な匍匐飛行高度40mであれば相対距離およそ160km程度から地平線下の見逃し距離に入って侵攻できるにしても、その援護となるもののうち、艦隊火力は発射後低高度を進む巡航ミサイル中心がゆえにまだしも軌道爆撃については高い高いお空の上から飛んでくるわけで、ハイヴ直上高度ですらともすれば600kmの彼方からでも迎撃される可能性がある。

 

だがこれについて実際にはどうなるのかと試してみようにも、その試射に反応されて超重光線級が北上の足を止めたりしたらそれこそ藪蛇になる。

 

ゆえにソ連軍にとっては現状待ちの一手が最良なのかと問われれば ― そうとも言い切れない。

 

東側盟主たるソ連軍は世界第2位の勢力であり他の列強と比してなお強大と評して差し支えない規模と力を保持するが、いわゆる東側陣営その全体としてはBETA禍により構成国が軒並み避退国家だらけになったことも含めて、明らかに西側総勢力に劣後する。

 

つまり通常状態のフェイズ5ハイヴの攻略は、戦力的にはおそらく相当に厳しい。

 

よってヴェリスク奪取を試みるなら速攻の他に手段はないが、現状では他の東側諸勢力には動員の兆候は確認されておらずソ連軍がハイヴ攻略を発起したところで攻勢実施には少なくとも数週間は時間を要するとみられ、ならばソ連軍単独で攻撃しようにも ―

 

年初のエヴェンスクハイヴ攻略によって得たG元素を用いて早くもレールガンの開発と実戦配備に成功していたとしても現時点ではその数は限定的と思われ、またそれ以前からコツコツと戦場で死体漁りをして集めた分とあわせてもなお、先年暮れチョルォンにて軌道降下部隊が大打撃を被ったこともあり欧州戦線側へ迅速に投射可能な戦術機戦力のみでヴェリスクの最奥部にまで辿り着くことが可能か――

 

そのためにはやはり、突入部隊の損耗を最大限抑制した上でハイヴ攻略前の地上制圧を短時間で行う必要があり、それには北方艦隊と軌道爆撃による火力支援が不可欠。

 

 

つまりソ連としても、超重光線級を可及的速やかかつ確実に葬ることができるのならば多少の算盤弾き程度はするのではないだろうか。

 

さらに付け加えるなら、うまくすれば ― 今なお未解明の部分も多いあの巨大種が、その絶大な照射能力のエネルギー源として抱えている反応炉に近しいと思われる器官をまるごと2つも入手できるかもしれないと目論む可能性も存在すると――

 

 

「しかし貴軍は…実際に、あの化物を無力化できるのですかな?」

「幸いにも現在、作戦域に我が軍の最精鋭が揃っておりますのでね。()()()()()()()、彼らは『特殊装置』への慣熟も済んでおります。加えるなら ― 」

 

そうあえての余裕すら漂わせながら。

欧州連合軍並びに同外交部は、その交渉の席上で鬼札(ジョーカー)を切る。

 

 

Imperial Royal Guard(日本帝国斯衛軍) ― The Carnage Zero。

 

レイヴンブラックに染め落とされた鬼を操る最強の衛士「ツイン・ブレード」。

 

 

超重光線級に対し単機真っ向からの近接戦で後退せしめた衛士なぞ、現時点では彼をおいては他になく。

 

さらにはマスタークラスのハイ・サムライらにラビドリー・ドッグ率いるUNヨコハマ・マジックブレットまでをも擁するエンパイア・オブ・ジャパン ― 世界最強のアメリカ軍部隊にすら局地戦ならば優越するとされる戦闘技能集団。

 

今ならば、その彼らが欧州連合軍が誇る精鋭らと共に作戦参加するという――

 

 

食糧支援の拡充と()()()()供給についての交渉の加速。

 

それらを条件に、国連の仲介と影響を最小限に留めた相互の直接的な交渉の結果の東西合同軍事作戦としてはおそらく83年の海王星(ネプチューン)作戦以来となる――超重光線級排除作戦の実施が決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超重光線級侵攻開始から23時間 ―

バルト海・ファスタオーランド島前線基地。

 

つい1日半ほど前にほぼ総てのTSFを送り出したこの基地は、だが再び戦場の空気と喧噪に満たされていた。

 

「急げ急げ! 時間がないぞ!」

「とりわけヤーパンの連中は時間に厳しい、遅れて嫌味を言われたくないだろっ」

MGM-140(ミサイルランチャー)もありったけ出せ!」

「整備班長、BWS-8(フリューゲルベルデ)は」

「作戦を聞いてないのか重石にしかならん、自殺志願者がウチ(44)にいるか?」

 

滑走路脇のハンガー内、急ぎガントリーに固定された部隊機の装備が変更されていくなか通信回線は整備兵たちのやりとりが入り混じり騒がしい。

 

その中でイルフリーデ・フォイルナー少尉は結い上げた金髪をなびかせつつ、ホイストケーブルではなく上昇する整備パレット上から愛機・EF-2000 タイフーンを見上げた。

 

やっぱり…

 

「…重いな」

「ですわね」

 

愛機の両脇、同じ西ドイツ軍仕様のEF-2000へと向かう同僚にして親友たるヘルガローゼ・ファルケンマイヤー、ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉も思いは同じらしく。

 

背部兵装担架の2門のGWS-9 突撃砲、両主腕には適宜各自の選択装備を持たせる上に両肩部にはMGM-140という爆装状態。

それら作戦のための兵装に加えて満タンの燃料と推進剤、ついでに整備班はじめ直接作戦には参加しない皆の願いと期待まで込められているとすればなおさら。

 

「…いつものことじゃない。それよりルナ、またなにか気がついたことでもあったの?」

 

イルフリーデはあくまで軽い調子にと努めながら。

例のゼロの新型を見た当初は相当にはしゃいでいたルナが、だがすぐに ― あの500体の重光線級含む5万のBETA群を共に迎撃した時から、何やら考え込んだ風になったことには気づいていたから。

 

「ええ、まあ。あとで話しますわ」

「そうね。じゃあ」

「ああ、またあとでな」

 

また、あとで。

いつもの ― しかしいつも、保証も確証もないその約束を友と交わして。

 

「主腕にはMk-57(中隊支援砲)をお願いしますっ」

 

管制ユニットに身を放り込み機体と接続、コントロールパネルに指を走らせ機体状況の最終確認。

 

臨時も臨時の編成で、しかも突撃作戦。

でもその中でもたぶん、砲撃支援を担う事になる。爆装の上に長物にあたるMk-57を持っていけば運動性の低下はさらに著しいが、

 

「なんだと少尉、それでいけるのか?」

「私、ツェルベルスですよ?」

「お嬢様が言うようになった――必ず帰って来い!」

「了解!」

 

そうあえての軽口を叩いてみせて、イルフリーデは機体をリフトオフさせた。

両脇のヘルガとルナたちと同様に、準備を終えた隊機らと共に主脚歩行で滑走路へと向かう ―

 

 

 

 

ほんの2時間前までは、ハイヴ防衛線よりはるか前方で哨戒任務に就いていた。

 

二交代の小隊単位で戦線へと散りBETAを索敵、発見したBETA群が大規模なら速報を担うもたいていは小群だったから、慣熟なったXM3の効果は抜群そのまま適当に駆逐しては再度巡回 ― を繰り返していたところ。

敬愛する大隊長 狼王アイヒベルガー少佐より急遽の命令、僚機たるヘルガとルナと共にファ島基地への帰投となり。

 

取るものも取りあえず多少の時間差はあれどほとんどまさしくとんぼ返りとなるその途上、大隊長以下召集された限られた人員わずか11名のみで構築された回線内にて伝えられた作戦内容には皆が言葉を失った。

 

 

「ボスニア湾を南下して反時計回りの大迂回機動、目標の後背を衝く ― ?」

 

そうだ、と答えた網膜投影内左下・通信ウィンドウ内の狼王には迷いはなかった。

 

「レニングラードからラドガ・オネガ両湖を経由。ヴィゴゼロ湖ないしマトコズニヤ湖北にて目標2体を捕捉し撃滅。その後西進して越境、帰投する」

「本任務はソ連側との共同作戦になりますので領内通過については問題ありません」

 

補足した后狼ジークリンデ・ファーレンホルスト中尉の怜悧な表情も常と変わらず。

 

決定の場がはるかに遠いニューヨークの会議場だったかどこかの高級サロンだったかは知らないが。

ともかくやっと()が話をつけたかこのBETA大戦下で国境なんぞという見えない障壁が一時的だろうにせよ消えたことは素直に喜ばしい、そこで質問を?と短躯の虎女 ベルナデット・リヴィエール大尉が投げかけた。

 

「まず、こちらの戦力は?」

「我々11機に加えてライヒとリッターからあわせて同数程度と」

「2個中隊ぽっちであのデカブツを2匹やれっての? メチャクチャね、レッドベア共は?」

「洋上と軌道上の艦隊から砲爆撃が。TSF部隊の展開は間に合わないそうです」

「ハ、なら領域侵犯してもスクランブルしてくる連中なんていなかったってことね」

 

だとしたらまったくおめでたいお話じゃないとフランスの騎士はそう皮肉そのものの物言いで吐き捨てる、回線内の皆もあの第三インターナショナルの末裔どもがこちらと素直にお手々繋いで戦陣に並んでくれるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

 

だから、

 

「できるできないはまあともかく――『撃滅』しちゃっていいわけ?」

「本共同作戦に関する覚書では『目標2体の()()()を目的とする』と」

「いかにも外交屋どもが好きそうな言い回しだわ」

 

さほどに深刻ぶりはせずともベルナデットの言葉にはやはり棘。

 

配下の重光線級共がいない以上、超重光線級の放射頭節を破壊するなりしてレーザー照射能力自体を無力化しさえすれば。

あとはヤツの放射頭節が時間経過による再生能力を有していたとしてもその前に遠距離から大威力の砲火力で煮るなり焼くなり自由自在にできるのだから、それだけを作戦目標に――というわけにはいかないのが東西冷戦下での世界の都合というもの。

 

「おそらく、照射能力を奪った時点でソ連側から攻撃中止要請が来るでしょう」

「ああ、TSF部隊の準備が()()()()()()()でしょうしね」

 

宝の山かもしれない生きたサンプル、それらをみすみすくれてやる必要はない。

まして人に危ない橋を渡らせて高みの見物を決め込んでる連中などに。

 

「だからコミー共がすっ飛んでくる前にあと腐れなくブチ殺――せればだけど」

「それについてはジングウジ少佐から対策装備の準備が整ったとの報が」

 

こちらを、と回線経由で面々へと送られた画像データ。

そこには全長7mほどらしい、オレンジ色の六角柱。

 

日本帝国軍整備班により急ぎ作成されたらしきその仕様書というか設計書、網膜投影で回覧するこの場の皆には手書きかつ殴り書きの日本語での添え書きは解せなかったがその中のアルファベットと数字の組み合わせだけはすぐ読み取れ ―

 

「S-11…それも指向性タンデム弾頭、ってこと?」

 

 

戦術機運用型・対BETA巨大種制圧資材 ― 試製刺突破甲爆雷。

 

損傷機から取り出したのか縦2連結、さらにその先端には同じく損傷し修復が間に合わなかったゼロからだろうか装甲部のスーパーカーボンブレードを流用したと思しき鋭利な刺突部。

 

超重光線級の主体節外皮はあれだけの巨体相応に強靱で至近距離での大爆発にすら耐えうることが判っているが、一方その高い耐爆性能の傍ら斬撃および高速質量弾での切断や貫通は可能なことも判明している。

ゆえに蟻の一穴を穿って後にS-11の熱線と爆轟とを押し込みさえすれば十分に仕留められるのではと――

 

 

「まあたしかに威力はありそうだけど……これ、どうやって刺すわけ」

「おそらく……白兵で直接。持ち手もついていますし」

「……今さらだけど正気を疑うわね」

 

現地部材でのあり合わせ、しかも急造品とくれば仕方ない部分があるにしても。

愕然とまではいわないまでも半ば程度は唖然呆然、端で聞いている皆も揃って小さく首を振る。

それはなにしろ帝国軍+S-11となれば容易に想起される単語はKAMIKAZEになるからで、

 

「遅延信管なのよね?」

「はい。それに運用はあちらの要員で行うと」

「そりゃそうでしょうよ、こんなのユニオンじゃあんたらかジョンブル連中の懐かしのBWS-3(フォートスレイヤー)使い共しか扱えないし、だいたいあの触腕をかいくぐって零距離まで…ああ」

 

そういえばもう実際にやってみせたヤツがいたし他にも当を幸いに近づく総てをカタナ片手に斬り飛ばしては突っ込めそうなヤツもいた。

 

「っとに冗談みたいな連中ね…じゃあ私らはその突入支援?」

「基本的にはそうなります」

「了解、でもそいつをぶちかますにしたって手数の問題は…それにそもそも匍匐飛行前提、ヤツら2体が予測ルート通り動いたとしても――さっきのコースじゃオネガ湖を越えたあたりで探知内、つまり照射圏内に入るでしょ。そこからどうすんの」

「ご指摘の通りです ― こちらを」

 

傾注、と促されるまでもなく。

皆もまた操縦は半ば自動航法に任せて転送されてきた戦術マップへと目を移した。

そこには偵察衛星による俯瞰画像、二つの大湖を含む多くの湖が点在するなか曲がりくねってそれらのうちいくつかを繋げる川と ― 水路。

 

「白海ーバルト海運河…なるほどね」

「偵察衛星によればラドガ・オネガ両湖にはまだ水位があります。その北、分水嶺先のヴォロゼロ湖以北も最近まで水が残っていたとみられ、ヴィグ川流域含め運河の北側は大半凹型地形の残存が確認されています」

 

 

【挿絵表示】

 

 

偵察衛星の映像に加えて、これについてはソ連側の情報提供があってこその判断ともいえ。

 

基本的にBETAは水を ― それが大規模なものであれば、だが ― 避ける。

 

そして作戦域となる旧ソ連領・カレリア自治ソビエト社会主義共和国は27000もの河川とその倍以上にもなる湖沼を持ち、件のヴィグ川にしてもその川幅はそれこそ話に聞く急流だらけのニホンのものとは比べものにならないほどに広い。

 

「加えてカレリア水域内は総じて北および西側の標高が高くなっていますので、目標50km近辺までは地平線下の隠蔽飛行が可能と見込まれています」

 

とはいえ、

 

「そう水深があったわけじゃないでしょ」

「はい。場所によっては北岸壁の低いところも」

 

 

たとえそれが1機であっても高度を逸脱するなりして超重光線級に探知されれば、その行動が予測から外れてしまう可能性が高い。

 

そうなれば ― 白海のソ連艦隊とユニオンのボスニア湾戦隊は巡航ミサイル攻撃で、特に後者は500kmの彼方からの亜音速支援で発射から着弾までは30分近くも要するとはいえ共に終端まで自律誘導が可能がゆえにともかく、軌道爆撃は極超音速弾でそのタイムラグこそ10分程度ではあるものの誘導能力はかなり限定的なためその効果は薄弱化を免れない。

 

いずれにせよどちらもほぼ確実に迎撃される前提での支援攻撃、いわば目標の足止めのための鉄火力ではあるものの、異常に高度な目標捕捉能力を備える光線属種には「当たらないとわかっている弾」は完全に無視されるケースも少なくなく、軌道爆撃分を欠いた遅滞火力で目標2体の拘束に足るか否かは ―

 

そしてそれら洋上・軌道上ともに爆撃は当然ながら目標北側からの飛来。

 

ゆえに攻撃隊の存在が露見した場合でも、超重光線級は従来レールガン系兵装を除けばせいぜい120mm砲弾程度の携行火力しかないTSF部隊よりも500kg近い炸薬を搭載する爆撃弾をより危険度の高い目標と判断してその迎撃を優先する可能性は存在する――が、たとえ偶然ではあっても万が一にも1体が北面したままもう1体が南面してそれぞれ防御にあたるといった連携めいた体勢になってしまった場合、砲爆撃も肉迫攻撃も封じられた形になって事実上撃破は不可能になる。

 

 

「要するにバレたらおしまい、露出した川底ギリギリを飛び続けろってことね」

「また目標320km地点到達でバルト海戦隊が、同100kmで軌道爆撃が開始されますので」

「ミサイルの配備数を考えれば一発勝負よね」

 

なるほどそれでこんな少数精鋭ってわけ、にしても戦闘そのもの以前に先立つそっちの方が疲れそうだと言わんばかりにリヴィエール大尉はその細く小さな肩を竦めるも、

 

「れ、連帯責任…」

「…上等だわ。やるわよジョゼ」

「…そ、そうね。やりましょ」

 

同じく作戦参加にと選抜指名を受けた彼女の部下の金髪衛士2人は強気の仮面をかぶり直すもすでに半分顔色がない。

なにしろ軍のみならず国家としてのユニオン全体の命運がかかっているといっても過言ではない任務内容、ミスを犯しても自分一人が溶けて死ぬだけと割り切ることも許されない。

 

そしてその彼女らの心境をさらに悪化させるつもりがあったわけではないのだろうが、

 

「お待ち下さい中尉。ルート上の各湖内には島も多くございますし水位も下がっているとなれば遮蔽としての利用と水平線下の進行が可能かもしれませんが――()()となりますと」

「その通りですヴィッツレーベン少尉。ルート全体には19の、うち、より露見と照射リスクが高まるオネガ湖北方面に12の閘門が存在します」

「…閘門及び水路の内径を伺っても?」

 

努めて表情を変えないようにしているそのルナの問いに。

 

「最小部で幅14m。水路内水深は4m。最小Rは500mで総延長50km」

 

同じく淡々と事実を告げるだけといった后狼にしかし一同は一瞬言葉をなくし。

船舶の場合航行速度上限は4.3ノットだったそうですとまで付け加えられて、「いや無理だろ」と回線にぼやいたのは隊の賑やかし兼本音担当ウォルフガング・ブラウアー少尉。

 

 

なにせツェルベルスはじめ欧州の騎士たちが駆る白騎士・EF-2000は大型機ではないが小型機でもなくそれはフランスの疾風ラファールにしても似たようなもの、ゆえに装備状態の全幅は10mに近く兵装担架を含めた全高は3m超、全長はいわずもがなの18m。

 

 

「また作戦時刻は日中になりますが域内の天候は曇天、かつ霧の発生が予想されます」

「視程は1km未満…ですか」

「それじゃほとんどなんにも見えないんじゃ…」

「ただし危険域の閘門内の階段水路は下りのみ、また内壁にも喫水上の高さが多少は」

「大して変わらねえよ…」

 

追加された悪条件に比べて申し訳程度の緩和では、青ざめを通り越しそうなエイス・ダンベルクール両少尉にブラウアー少尉も悪態そのもので相づちを打つ。

 

「それにヤツとの接触までは極力戦闘回避でしょ、上陸以降ずっと匍匐飛行で燃料は?」

「レニングラード沖まで給油機が随伴します。が、以降作戦域までは700km」

「戦闘と帰還まで考えれば余裕はなしか…支援爆撃の持続時間から考えてもゆっくり飛んでるヒマはないわね」

 

 

最も狭くなる閘門部はほぼ直線が多いのだろうが実際にはBETA含めてどんな障害物が落ちているかもわからない上に視界は悪く、加えていくらTSFが光線級出現以前のジェット機に較べればはるかに機動の自由度は高いとはいえ水路内には機体を片膝着かせて停止させられるだけの深さもないのだから失速落下はもちろん落着停止も許されない、ちょっとどこかにぶつけたりして内壁を崩してしまえば後続機が通れなくなってしまうしおまけに時間的猶予もない。

 

 

つまりは霧に煙ってよく見えない機体サイズギリギリの狭隘な通路をスロットルを開けぶっ飛ばして駆け抜けろと来た。

 

ついでにいえば本題はさらにその先、あの「ハイヴ上の怪物(ギガント)」をなんとかしなけりゃならない。

 

 

Sie machen wohl Witze(冗談キツいぜ)...」

「フン、Wenn du Angst hast(怖けりゃ), wickle deinen Schwanz ein und renne(尻尾巻いて逃げたらどう、), du feiger Hund(臆病犬).」

「っと、Ich würde das gerne tun, wenn möglich, Captain!(そうしたいのは山々であります大尉殿!)

 

吐き捨てた母国語でのぼやきに流暢なそれで返されて。

ヤケクソ気味に背筋を伸ばして敬礼までしつつのブラウアー少尉のその応え、だがそこには自分たちより適任の衛士がいないってんなら仕方ねえ、との諦めと自負。

 

 

なにしろ今こうして集められたのはわずか1中隊未満11人。

狼王に后狼、音速の男爵に隻眼の雌狼。若年組の4名とてリヨン以来の猛者。

そしてフランスからは炎散らす竜騎兵・四丁拳銃とその新進気鋭の従騎士2人。

 

他にも名のある衛士らに部隊はあれど、ハイヴ防衛こそが本来欠かすべからざる任務。

その中で先日来ファ島で行われてきたDANCCT(異機種・異国籍部隊間連携訓練)参加者より選り抜かれたこの面々は、誰よりも彼らの力量を知る狼王と猟犬とが個々の能力のみならず他参加衛士との連携をも重視して峻別した顔ぶれといえ限られた頭数の中では最大限の効果を発揮すると判断されたがゆえに ―

 

 

 

 

北洋の淡い陽光の中で瞬く誘導灯に着陸灯、その滑走路脇に立ち並ぶは欧州の精鋭騎士らが駆る巨大な動甲冑。

 

「七英雄」のうち3名が駆るシュヴァルツ・ヴァイス・ローテの各EF-2000に従うアッシェグラウの同型機が5、さらにはアルジャンに輝く竜騎兵ラファールが3。

 

物々しくも爆装した彼らが見上げる北の空には、今まさに飛来せんとする複数の機影。

 

次いでセンサーが捉えたジェットの轟音、そのバーナー・ノイズこそは戦神が吹き鳴らす角笛の響き ― それらを伴い闘争の刃を引っさげて、一騎当千のサムライ共がやって来る。

 

「まあ今回は大人しくオンピアの連中のコール・ド・バレエ(バックダンサー)務めましょ」

「あッ、大尉ならクラシック・チュチュもお似合いかと!」

「ハ、よしてよチャイコフスキーってガラじゃないわよ」

「なら赤い風車(ムーラン・ルージュ)の羽根つき衣装でカンカン(足上げダンス)と?」

「ああエイスとダンベルクールなら似合いそうだわ、()()()()見せて頂戴」

「おっといいねェ、ウチからも3人出すぜ、それなら整備班の連中だって大喜びだ」

「(無視)」*3

「っとに愛想がねえな、カードの負け分もう待ってやらねえ()()()()請求するからなっ」

 

だが迎える彼らも怯懦は戦意で塗り潰し、そう軽口を叩きあいつつ。

 

 

この手練れの集いを以てしてなお、予想される損耗率は ― 15%。

 

それも超重光線級との戦闘を除外しての数字にすぎず、曲芸まがいの飛行経路(タイトロープ)をクリアして後あの化物と真正面きってやりあって果たして何人が生きて戻れるだろうかそもそも仕留めること自体ができるだろうか。

 

 

「ところで大尉、右に左にと機体を振ってはパソ(ステップ)を踏むならバレエよりむしろフラメンコじゃございませんの?」

「それもいいわね。ただあんたくらいにでっかいとバタ・デ・コーラからうっかりはみ出すわよ、気をつけて踊るのねニション」

 

 

だが勝算のない戦いなんぞはいつだってやって乗り越えてきた。

無理を通さば生きてこられた、でなけりゃとっくに冷たい心臓抱えてBETAの胃の中。

 

ならば今日も今日とて最後まで踊りきった者だけが生き延びられる、地獄の谷のフラメンコ・サヴァイヴァー。

 

 

「皆、いつもの如く戦い、全身全霊を賭けて祖国と人類に尽くせ。そして――」

 

いつもの如く帰還せよ。

それが鉄血の黒き狼王が下す、栄光のドイツァ・オルデンの裔 ツェルベルスの指標。

 

「さあ行くわよ ― 撃鉄を起こせ!」

「ウィ、オン・ニヴァ!」

 

同じくAu-delà du possible(最高を越える)を眼目に掲げるフランスの銃士らもまた。

 

 

 

ここは北辺バルト海。

BETA大戦最前線中の最前線・煉獄の激戦区スカンジナビア。

 

神に背を向け悪魔を撃ち抜く命知らずの男と女。

 

勝利と生還叶うか否かは――すべて己の腕ひとつ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな大好き伝統のオペレーション・タイトロープw


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