Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 03

 

 

2001年 9月―

 

旧フランス。マルセイユ付近。

 

地中海を経て欧州連合を中心とする戦力が上陸を開始した。

 

オール・TSF・ドクトリンにより戦術機中心に編成された部隊群は展開力に優れ、艦砲射撃による支援を受けつつ今次作戦より投入されたリニア・レールガン掃射戦術による面制圧力を活かして迅速に橋頭堡を築いた。

 

そして待機していた戦力を含め、続々と各勢力が集結し展開。

 

目標はリヨンハイヴ、甲12号。

欧州各国の悲願・ユーラシア奪還の口火を切る作戦である。

 

 

日本帝国政府に欧州連合より、来たるべき攻勢作戦に援軍の要請があったのは7月。

 

甲21号による損耗激しく、また遠洋渡海戦力投射能力を持たない帝国軍は、軌道降下兵団の派遣を決定。そして斯衛軍との協議の上、その第1大隊に斯衛軍より搭乗機変更に慣れた開発衛士隊から抽出した1個中隊を増強した。

 

 

訓練通りで良い。光線級も確認されていない。

日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団・第1大隊斯衛遊撃中隊 中隊長雨宮鞠子中尉はそのように自分に言い聞かせ、外地での運用が困難な00式ではなく今回の作戦参加のため特別に山吹色に塗り替えられた89式 陽炎 の管制ユニットの中で降下の手順を進める。

 

「…ホワイトファング01。先に行く」

「…01了解、ブラックファング01、気をつけて」

 

心の中でだけ、お礼を。

開発衛士隊から、気づけばけっこうなつきあいになる。

 

久しぶりの実戦。臆することはないが中隊長などを拝命しても軌道降下の経験なぞはないのだし、他の斯衛衛士たちもそれは同様。

彼もそのはずなのだがさっさと手順を進めては、管制官に「先に出る」とだけ告げて了解を得ていた。

 

 

斯衛が誇る、帝国と日本の剣。

 

今回の派遣に際しては彼にもまたF-15改修機である89式が用意されたのだが。

悪い機体じゃない、との彼の言葉に奮起したのは、00式に携わっていない河崎と光菱。

試製98式以来遠田と富嶽に凄腕の開発衛士をとられっぱなしだった連中にしてみれば、その面目にかけてもとあれこれと手を入れ。果ては跳躍機の燃料噴射ポート内部まで手作業で研磨するなど、職人気質で鳴る遠田の悪癖が伝染したかのような有様だった。

 

汎用機たる戦術機に、本来は勧められない。それでもそこには彼らの意地だけではなく。

かの衛士に十全に力を振るってもらった上で、生きて帰ってきてもらうため。

 

 

軌道上の装甲駆逐艦より、本職の降下兵に続いて降下。

光線級なし、高度40km。規定高度で再突入殻を切り離す。襲い来る凄まじい減速Gに歯を食いしばって耐え、さらに降下。高度2kmを切ったあたりで装甲カプセルも切り離し、地表の様子が見えた。

 

なにもない。

 

風光明媚、歴史ある煉瓦造りの建物と緑と水とが織りなす美しい町並みも。

起伏に富んで地の恵みを約束した丘の連なりも。

 

いや、その代わり、茶褐色の大地に黒くざわめくなにか。

 

BETA共だ。

総てが均されて不毛の大地へと変貌したこの地もまた、彼奴らが我が物顔で闊歩している。

そして南、海側からはその異星種共を討ち果たさんと挑む人類。

 

借り物のコールサイン01を返すまで死ぬつもりはないし、斯衛の使命も果たす。

 

「中隊続け、BETA共を駆逐するぞ! 欧州軍にも武家の威光を知らしめよ!」

「了解ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 10月 ―

 

帝都。城内省斯衛軍第16大隊駐屯地。

残暑がようやく去り行き始め、しかし今日の日中はまだ汗ばむ陽気。

 

その中できっちりと赤の斯衛服を纏う、するりとした長身痩躯の真壁介六郎はノックの後名乗って大隊長室へと入った。

 

「閣下…」

「ああ、なにかな」

 

大隊長室。

重厚な執務机に椅子に書棚という洋風の設えのうち、その一角に畳が二畳。

 

そこに大隊長たる斑鳩公崇継は青い斯衛服のまま寝そべり、眉目秀麗な面立ちに眠たげな眼。その彼に膝枕をしているのは、流れる黒髪も艶やかな白服の女性斯衛。手には耳かき。照れる風もなくこちらにも流し目を送ってくるあたり、肝も据わっている。

 

「少し外してもらえるか」

「は…崇継様、よろしくて?」

「ああ、すまないな。また頼む」

 

今源氏と囁かれていた昔と変わらず。

崇継は起き上がりながらほんの軽く女性斯衛に触れ、それを受けて彼女も艶然と笑んでからどこかとろみのある挙措で敬礼。退室していった。

 

「やれやれ無粋な…」

 

そして大隊長殿はどこまで本気かわからないぼやき、椅子へと移動しながら。

 

詩歌に優れ茶華に通じ、文筆を嗜みつつ剣を握れば無双の腕前。

兵どもを自在に操り万の敵にも果敢に抗す、貴人であり武人。

 

今や日本に知らぬ者とてない英雄だが、その実この半年はほとんど仕事もしていない。

斯衛軍の仕事も斑鳩家の仕事もその大方を介六郎に投げつけて、調練も適当に済ましては気ままに日々を過ごしている。

 

「時折、閣下は実はおふたりいらっしゃるのかと思いますよ」

「ほう」

「作戦時にはもうおひとりの方が戦陣に立たれているのでは」

「であれば良かったのだがな。残念ながら我が家はどこぞのように双子ではなかった」

「左様ですな」

 

本当に悔やむように嘆息する崇継、皮肉げに笑う介六郎。

手にしていた書類を机へと。

 

「そういえば、どうしている?」

「は、変わらず横浜基地で飼い殺しです。月詠の独立警護小隊がついております」

 

榊彩峰に鎧衣や珠瀬の娘やらと共にと付け加える。

 

「難儀な。長じたのならなおさら、はっきり影武者として使えばよかろうに。瓜二つなのだろ」

「正しく。今さらながら、煌武院の老人どもも機転が利きません」

「機械の塊が空を飛んで異星の生き物と戦う世だ。千切れた手足も繋がるのだぞ。忌み子もなにもあるか、どちらもとうに元服を無事終えておいてな」

 

くだらぬ、と一蹴。

 

「ところで閣下。件の新装備、御裁可を頂きたく」

「やっておって今更」

「なに、斑鳩公あっての大隊です。御裁可を」

「ふむ…其方、柳沢吉保という男を知っているか?」

「中世期の人物ですな……そこはせめて、田沼あたりになりませぬか?」

 

仰々しい正規の押印事務、とはいえそれをするのすら面倒がる崇継と軽口を交わし、先ほど出した書類に決済印をもらう。

 

「道具の発展は発想によるもの、それを実現するのは技術の問題とはいえ。よくやる」

「然り。道具が在ればそのように使う、改善はすれども。身体を合わせろとまでは言いませなんだが、それでも古い考えだったのですね」

 

ますます横浜には足を向けて寝られんな、と嘯く崇継に、「彼女」に対する奇妙な信頼感のようなものを感じ取って、介六郎はごくごく小さくだが羨望ともいえる感情を抱いた。

 

 

発端は、斯衛開発衛士隊から出た試案。

 

帝国軍技術廠の協力の下、旧来戦術機生産の中心となってきたものだけでなく、甲芝・大日本電気といった国内有数の電子電気関連会社の技術者の参加を経て。

 

戦術機の各種操作及び挙動に関し、既存のものより一歩も二歩も進んだ調整と制御。

操縦にあたり違和感なく衛士を補助している間接思考制御技術のさらなる洗練。

 

そしてそれらを可能にするための、新型の高速演算処理装置と大容量の記憶装置。

 

10年は進んでいると参加した電子技術者に言わしめたそれを提供してくれたのは、またしても「横浜の魔女」殿とそのお抱えの要員。

 

その装置は数度の試作を経て、米国発で日本でもライセンス生産されている戦術機操縦のための管制ユニットへ問題なく搭載できるサイズへと辿り着いた。

 

 

「我が隊でも先行試験運用が始まっています。魔女殿のところでも同様のようで」

「人機一体とは言ったものよ。しかし本領はそれこそ中尉のような軽業師もかくや、といった挙動になるのかな」

「慧眼恐れ入ります。しかしあのように使いこなすには、逆に旧来の経験がない方が良いのかもしれません」

 

 

戦術機は、人型をしている。

兵装の汎用性を求めた結果でもあるが、ゆえに空を飛びこそすれ概ね10倍化したヒトの延長として捉えられがちだった。

 

此度の新装置により、武術を修めた者が多い斯衛においてはより生身での動きを再現することが可能になり、特に近接戦においては相当な戦力向上が見込まれた。

しかしその一方で操作系の応答性即応性が大幅に増した結果、「人間には到底不可能だが戦術機には可能」という機械への理解と発想の柔軟さが求められる段階ともなってきた。

 

 

「帝国軍でも導入は決定しております。次に欧州派遣部隊ですが」

 

末の弟が征きたがっていたが、今少し背丈が伸びねばなと告げると。

いつもの開いた手で顔を覆う仕草 ― なにかの病気らしい、不治だとか ― で考え込んだ後、やおら普段より多めに牛乳(合成)を飲んでいたことが思い起こされる。

 

それはともあれ。

 

「作戦経過は順調、損害も軽微。されど多少士気の低下がみられると」

 

帝国軍はもとより、斯衛軍においてさえ。

 

「やむを得まいな。心情の問題ゆえ」

「元より国論が割れての派遣ということもあり…かかる事態をみるにつけ、不本意ながら米軍のすさまじさを見せつけられますな」

 

嘆息しつつ。

 

 

派兵から4週間程。里心がつきだすには十分な時間。

そして元来、斯衛は将軍家と武家、何より神州護持こそが主眼の集団。

 

ましてや日の本はBETA共を国から叩き出し、目先の平穏を手に入れてしまった。遠く離れた地球の半周裏側で、目も肌も違う人間のために荒野で身命を賭せと言われても、それが続けば意気軒昂とは言い難くなる。

 

一方米軍は世界中に兵力を展開し、それぞれの現地で問題がないとは言わぬまでもそれなりに管理運営してのけているのだ。

そしてこれまた魔女殿の予測通り、甲21号から半年。米軍は今次作戦より電磁投射砲を開発どころか先行量産にまでこぎ着けて、実戦投入してきていた。

 

 

「確かにな。しかし連中、存外祖国防衛のつもりなのやもしれぬぞ。あまねく世界おしなべて、総て自分たちのものだと思う故にな」

「ありそうな話です…あと、現地から些事ながら深刻な問題として、『食事が不味い』と」

「ははは。で、あろうな」

 

それは深刻よ、と。

しかし崇継が笑みをこぼしたのも一瞬、改善の方策を検討するよう命じた。

 

固形の戦闘糧食などはどこの国でも似たようなものにせよ、駐屯地等での食事などは後発の輜重部隊の持ち込み分を食い尽くせば現地で調達するほかない。日本の合成食品の質の高さは各国が認めるところであるし、そもそも日本人の舌に合うようにつくられている。

 

「その点も米軍の強味やもしれん」

「元が不味いですからね。して閣下、その米国からは続報が」

「どうなった」

「篁中尉は生存しておりました。本人からも、連絡が」

「…」

 

さすがに面白くない情報に。

表情を変えないままながら崇継も不興を示す。

 

「生存は喜ばしいが」

「は」

 

二転三転した情報。

 

 

アメリカは国連軍ユーコン基地にて発生した、大規模テロ。

基督教恭順派と難民解放戦線とが連携して企図・実行したとみられている。

そしてその鎮圧後、XFJ計画日本側主任の篁唯依中尉が基地内にて何者かに狙撃され。

 

死亡したとの情報が入ったのが、二週間ほど前のこと。

 

テロ鎮圧に功績大であった篁中尉への報復の可能性が高かったというが、斯衛所属の譜代当主が外地で害されたとあって、城内省から国連軍への派遣を主導した帝国軍までかなりの騒ぎになり。

篁中尉とはその幼少期から交誼のあった「鬼の巌」とあだ名される帝国陸軍 巌谷中佐は、表情がより険しくなった一方で一挙に前髪に白いものが混じり。

篁家ではすでに夫君に先立たれ、さらに今回ひとり遺されることになる母君が気丈にも葬儀の段取りをはじめ。崇宰を介して遺体の移送などに斑鳩も助力を申し出た。

 

それが一転、死亡通知は欺瞞。

本人の安全確保と狙撃犯捜査のためであったというが。

 

その報を受け取った母君の栴納殿も、安堵からとはいえさすがにへなへなとへたり込んだという。

 

 

「新機種開発計画を潰したい輩でしょうか。しかし94式弐型はほぼ完成したと…迂闊に藪をつついて蛇を出すような真似は、避けたいところです。外地の情報に疎いのはまこと我が国の泣き所ですな…」

 

愚弄されていると介六郎でも思う。

米国にせよ国連にせよ、本音のところでは我が国など歯牙にもかけていないのだ。

 

テロリスト風情が、多少混乱していたとはいえ国連正規軍基地に侵入して、遠距離から軍人を狙撃。そのまま誰にも見つからず逃走。などと、いくら後方とはいえ。結局未だ下手人は不明のまま。

 

「帝都の怪人などと属人的な能力に頼っていては、いつまでも」

「真壁、それは斯衛の職分を越えている」

「は…失礼しました」

 

さらりとだが釘を刺され、介六郎もすぐに引き下がった。

 

本来なら、この方こそが、この日の本を率いるべきだと思うのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

ユーラシア。旧フランス、ボールペール付近。

 

リヨンハイヴの建設から15年。すでに旧フランスの大半はすでに地形すらBETAにより平坦に均され、動物植物問わず生物の痕跡すら乏しい不毛の大地へと変わり果てている。

 

ひでえ有様だぜ…

 

乗り出して半年以上、すっかり慣れきった愛機・89式のシートに身を預け、小柄だが俊敏そうな体躯に活発な瞳の龍浪響少尉は周囲を見渡した。

 

ハイヴがあっても、日本はここまでひどくはなかった。

横浜以西は、わりと荒れてしまっているらしいけれど。

 

 

今作戦の目標たるリヨンハイヴまで、あとおよそ50km。

 

推定フェイズ5のリヨンハイヴは、その地下茎が半径30km程度まで伸長していると予測されている。すでに警戒範囲内。戦術機の足ならば、指呼の間と言ってもいい。

 

今回の作戦開始から1ヶ月、進行はほぼ予定通り。

 

総兵力70万。パレオロゴス作戦以来の大兵力。

 

地中海から上陸し、北上する主攻部隊は欧州軍を中心に、国連にソ連と旧ワルシャワ機構国を加え。これには米国・豪州と日本帝国が支援。

そしてアフリカ連合・統一中華戦線は東へ、中東連合・東アジア連合は西へ、それぞれ陽動・牽制を兼ねて進軍を開始した。

 

 

元々が多分に各国内的な政治的思惑が絡んだ作戦。

参加勢力が増えるにつけやがて国家間の綱引きが軍事的合理性を無視し出す。

事実上各方面軍にはそれぞれの勢力ごとの指揮系統が存在し、そのため政治的友好もしくは対立関係によって配置が決まるなど、バンクーバー協定に基づく国連主導のハイヴ攻略という前提はすでに形骸化しつつある。

 

 

今年の春先 ― 龍波響は訓練校からの同期2人と共に、新米少尉として隊に着任した。

 

甲21号での損耗の補充だったが、隊長曰くくじ引きに当たり、すぐに交流事業に選ばれて小隊ごと欧州へ。以来日本の土を踏んでいない。

小規模な間引き作戦で初陣を経験し、休暇を挟みながら沿岸部を転戦。そして今次作戦の発動に際して、来欧する帝国軍派遣部隊へ合流する旨の命令を受けて北上する部隊に同伴し―

 

 

3日前、駐屯地がBETAの奇襲に晒された。

 

震度計が感知し警報が出、慌てて緊急搭乗したときには大深度地下に伸びていた ― と思われる ― 横坑から垂直上昇してきたBETA群が至近に出現していた。

今次作戦より顕著に見られるようになったこのBETAの出現パターン、めでたく何番目かの被害地となったらしい。

 

混乱する戦場でなんとかBETAを排除したものの、まだヒヨコ扱いの自分たちを生き残らせようとしてくれていた小隊長はKIA。新米3人だけの半壊小隊となってしまった。

これにより今まで面倒を見てくれていた仏軍部隊からも厄介払いの如くに本国軍との合流を勧められ。3機でおっかなびっくり200km程東進し、無事帝国の欧州派遣部隊と合流できた。

 

 

しっかし驚いたぜ…

 

聞いてはいたが、合流した帝国軍は軌道降下の精鋭部隊。

しかもそこには。

 

おおお…「終の双刃」、本物かよ…!

 

格納庫にて居合わせ、紹介を受けたのは斯衛の選抜部隊。

みんな女性の黄色が一人であとは白の武家衛士、だがただ一人の黒の斯衛こそは。

 

日本出立前、甲21号作戦成功の立役者のひとり。

名前だけしか知らなかったが、本当に若くて自分と変わらないくらいだ。

 

しかし、

 

「アンタが『討魔の黒き剣』かい?」

 

とバカの浅葱が面と向かって尋ねると、無表情な鉄面皮らしい本人はともかく、後ろに居並ぶ白の斯衛たちが一様に顔を背けたり下を向いたり、もっとあからさまに笑いを隠すために両手で顔を覆ってプルプル震えたりと、とても微妙な空気になってしまった。

 

 

ともあれ帝国軍との合流により、調達が難しかった74式長刀も替えることができた。

大隊の隅っこに配置され、要は大人しくしていてくれということだ。正直な話、多数の味方、しかも同国人と一緒というのはやはり安心してしまう。

 

仮設とはいえハイヴ攻略の拠点のひとつとする予定の駐屯地。

ある程度は連携できる距離に他国の同様の拠点もあるはずだ。

衛星と偵察機による索敵が終わり次第前進を ―

 

「ゲートよりBETA出現! 師団級と推定!」

 

CPからの報に緊張が走る。

突撃級の速度なら15分ほどで接敵する。

 

「まわせーっ」

「投射砲隊形! 砲撃小隊は手順通りやれよ!」

「引きつけろ、びびるなっ」

 

整然と、だが素早い布陣。

自分たちオマケのドレイク小隊は、邪魔にならないようにやや下がる。

 

深窓のお嬢様然とした千堂と、下町の不良女じみた浅葱 ―

2人とも、訓練校からの同期で今は3人だけの小隊の仲間だ。

 

 

今回の作戦から米軍も持ち込みだした電磁投射砲、あちらさんのがつくりは雑だが数と耐久性には勝っているそうだ。

だが少なくともこいつのおかげで、北上する主攻部隊は想定以上の会敵BETA数ながら、以前までとは比べものにならないくらい損耗が抑制できているらしい。

 

 

はるか前方に土煙が見え出す。遮蔽物がなにもないため距離感が掴みにくいが ―

 

最初に、微震。そして地鳴り。続く。

次に震動、すぐに激震へと。

 

「な、なんだ!? ドレイク01よりCP!」

「震源特定不能っ!」

「全機急速噴射上昇! 飛びすぎるなよ!」

「浅葱、千堂、遅れるな!」

「了解っ」「あいよ」

 

経験したことがない揺れの大きさ。

すぐに戦術機のオートバランサーの限界を超える、察知した連隊長からの命が飛んだ。

 

近づいてきていた重低音が連続した轟音になり。

場所は遠い気がするのに、凄まじい音量。そして ―

 

「な、んだ…ありゃ…」

 

見晴るかす距離、東だ。レーダーに感、20km?

なにかが、ある。いや、いる?

荒れ果てた地面から突き出て斜めに、横倒しになるように。

 

この距離であの大きさ、凝視に網膜投影システムが反応して望遠。

 

赤黒い巨大な円筒形の…BETAだ!

 

「CP、CP! 応答せよ! っ全隊、まずは正面に応戦せよ! 降下!」

「了解ッ」

「各隊長級は部下をまとめろ! 味方を撃つなよ!」

 

大地震でCPとの連絡が途絶、連隊長の命令一下揺れが収まりつつある地上へ降下。投射砲掃射での最大効率は水平射撃、崩れてしまった陣形を ― 間に合うか?

 

「ゲートより後続来ます! 師団規模!」

「ハイヴに近づきすぎたのか!? 」

「照準内! 掃射開始!」

 

完全とは言いがたいが整う陣形、始まる掃射。

フィルタリングされた閃光と轟音が視覚と聴覚に及ぶ。

 

「有効射と認むっ!」

「2番槍続け! 各大隊から抽出してコンテナを運ばせろ、交換砲身と弾倉!」

「…っちらCP、連隊長、メテオール01、聞こえますか」

「応! 無事か、補給コンテナを!」

「了解、なお指揮所は地震により被害甚大、衛生班…連絡途絶っ…」

「誰か行って…、ドレイク小隊、急行せよ!」

「っ、了解!」

 

急にお鉢が回ってくるも、そこで戸惑うほどじゃない。

列機を引き連れ噴射地表面滑走で指揮所へ。救助と救援に向かう。けが人こそいるが、機材を除けば被害はそこまで大きくはない ―

 

「戦域警報! 出現した新種と思しきBETAより、要塞級多数排出!」

 

聞き慣れない声の警報、さっきのデカブツ近くからか?

 

「さらに要塞級から光線級出現!光線級警報!」

「CPより各機、当地域は第3級光線照射危険地帯です!」

「出やがった、こんな近距離で、遮蔽物もなにもないぞ!? 後方砲兵隊に支援砲撃要請! AL弾!」

 

空が光った。

 

「東側の西独軍です! 被害甚大の模様!」

「早く支援砲撃を! 畜生、欧州軍にゃ砲兵が…!」

「再照射予想まで5、4、3…!」

「糞ったれ!」

 

閃光。目を閉じる間も、なかった。

しかし自分にはなにもなく。

 

「え…?」

 

隣の、ドレイク03 ― 浅葱機の胸部が灼熱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照射が自分に来なかったのは、運でしかない。

 

あちこちで溶解し爆発、あるいは崩れ落ちる味方機。

斯衛中隊長・雨宮鞠子中尉は、長い黒髪を冷や汗で額に張りつかせながら操縦桿を握った。幸いというか、失禁はしていない。

 

光線級警報が出るや否や、伏せるか突っ込めと声をかけて一直線に掃射から生き残っていたBETA群へ向かっていったのは黒の衛士。だがまだ距離はあったはず ―

 

「ホワイトファング01、ホワイトファングス!」

「02健在っ!」「03同じく!」

 

中隊からは残らず応えが。

 

「ブラックファング01っ」

「…光線級吶喊を進言する」

 

先任は自分だが階級は同じ。同じ中隊の列機。

 

しかし彼だけコールサインが違うのは、誰も彼と並び立てないゆえ。

 

分隊規模から真価を発揮するはずの戦術機。

しかし集中しての彼の全力機動についていける者が隊にいない。

かつての16大隊クロウ小隊が如くに、彼を十全に支えてその真価を発揮させることができない。

 

篁中尉がいれば…!

 

しかし彼の僚機を務め、さらに指揮しつつの吶喊などいくら彼女でも荷が重い。

そして現実として、今ここにいない。

 

ならば―

 

「連隊長、こちらホワイトファング01。只今より光線級吶喊を敢行する」

「ッ…行ってくれるか!」

「任されよ、中隊各機楔壱型!ブラックファング01、先鋒を務められませいっ!」

「…了解。遅れるな」

 

まだ熱を持つ電磁投射砲を切り離し。

 

やるしかない。いや、やる。

 

今ここで征かずして、なんのための衛士。なんのための斯衛か。

 

たとえ、力が足りずとも――!

 

高まる跳躍機の出力。

噴射地表面滑走から速度を高める。

飛び出していく黒の機体に続いて。

 

「ホワイトファング01より各機、特殊装置制限解除っ」

「了解!」「了解!」「了解ッ!」

 

外地任務ゆえの機密指定を限定解除。

 

管制ユニット内、右側コントロールパネル。

素早く指を滑らせコードを入力。

 

― eXecute and Massacre alien Monsters Maneuver ―

 

山吹の89式陽炎、そのゴーグルアイが橙に光る。

 

「XM3、起動――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盾 ― 追加装甲 ― 持ってない!

両主腕 ― 突撃砲 ― 誘爆する ― !?

間に合わ ― ッ!

 

刹那か寸毫か。いやそこまでは短くはなく。

しかし思考の稲妻に応じて龍浪機の右主腕は浅葱機を押しやり――

 

大質量に押されて動いた浅葱機、しかし胸部を灼く光柱は外れなかった。

 

「ひびッ…キ、ァンッッ!」

 

あの時のような声を、耳に残して。

対L蒸散膜と耐熱装甲を貫いた光線、それが起こす灼熱の中に浅葱は消えていった。

 

「あ、さ…ッ、! う、うわああ!」

「伏せて少尉!」

 

追加装甲を持った千堂機が前に出、ゆっくりと仰向けに倒れていく浅葱機。

間接思考制御の介入を妨げるほどの感情の爆発、しかし訓練された挙動操作は心中を余所に龍浪機に膝をつかせた。

 

なっ…! 糞ッ…! 糞ォ!

 

 

5秒あるんじゃなかったのか!?

なんで助けられなかった!?

なんで浅葱も動かなかった!?

 

 

別に、恋人ではなかった。

いつも強気で、少し誕生日が早いってだけで姉貴風を吹かせて。

 

いや、わかってたはずだろ。

ホントにヤバいときは、固まっちまうヤツだったんだよ!

 

「畜生…ッ」

 

涙は出ない。まだ。

怒りだけがある。

 

指揮所は丸裸だ。

戦術機ほどに高さはないから、光線級には大丈夫。たぶん。

 

だが正面BETA群、第2陣。その先頭の突撃級が見える。

投射砲の掃射がない。データリンク、その第2陣の横腹へ回る部隊がいる。

超高速の匍匐飛行、斯衛部隊だ。

 

敵のど真ん中…!、光線級吶喊か!

 

「指揮所は放棄! 要員は緊急退避だ!」

「突撃級はやり過ごせ、後ろからケツを抉ってやれ!」

「ゲートから近い! すぐに要撃級共が来やがるぞ」

「ドレイク小隊は指揮所の退避を手伝ってやれ!」

「っ…、了、解…っ」

 

命令に従い、退避要員の車両の付近につく。

といっても、いるだけだ。逆に戦術機が光線級に狙われて危ないかもしれない。

 

前線の方へ。ズームになる視界。

はるか小さくしか見えないが突撃級の大波の向こう、要撃級の荒波を縫うように吶喊していく部隊がある。

 

漆黒の89式を先頭に、山吹と純白の同型機が計12機。

うじゃうじゃいる要撃級の間を地を這うように。

 

すげえ…!

 

怒りと恐怖すら一瞬忘れ、我知らず操縦桿を握り締める。

いくらBETAに均されて平坦な荒れ地とはいえ、全高12m程度の要撃級から頭を出さずに回避しながら突撃機動を描くなんて正気の沙汰とは思えない。

 

「こちらドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊、救援に感謝する。こちらからも吶喊を開始する」

 

呼応して東側の西独軍が動き出す。

 

少し散発的だが西独軍のいるあたりから砲撃が ― 戦術機の中隊支援砲か ― 始まり、緩く放物線を描くそれが光線級に迎撃される間隙を縫って突進したらしい。

 

指揮所の要員がようやく退避を始めた。はるか後方の支援砲兵からAL弾の斉射。

光線級対策が機能し始めた。

 

西独軍も精鋭のはず、44大隊といえば ― ツェルベルス!

ドーバーの「地獄門」にいた番犬共だ!

 

「こちらドレイク01、指揮所の待退避開始っ」

「了解、いいぞヒヨッコ共、そっちに行かせるつもりはないが、突撃級に送り狼をさせるな。退避の高機動車はまっすぐ逃げるな、横だ横!」

「了解っ」

「投射砲小隊は乱戦を避けて東西へ展開、遅れてお出ましの要撃級連中にはたっぷり120mmをご馳走してやれ。直掩は大事なサオを囓られないように守れよ!」

「―こちらホワイトファング01、光線級の、排除に成功…っ」

 

その無線に歓声が湧く。

普段冷静な斯衛中隊長は少し荒い息の下、負傷ではなくただ息があがっているだけか。

 

「こちら第44戦術機甲大隊、大隊長アイヒベルガー少佐。支援に感謝する、こちらも光線級の排除を終えた。さすがはライヒス・ヴァッハリッター、噂に違わぬ手並みだ」

「恐縮です、――ッ!?」

「巨大BETAからさらに要塞級多数ッ! また口が開いて!」

「デカすぎる! 120mmでも話にならんぞ!」

「対地ロケットを集中してぶちこんでやれ!」

「要塞級からまた光線級が! 第2陣!」

 

光線級吶喊を終えて離脱を図っていた斯衛が鋭角にターンし、さらに高度を下げて再度の吶喊をかけ ― 爆光が2つ、開いた。

 

「くッ…怯むな!」

 

吶喊、光線級の排除、離脱後に対地ロケット。

次々に起こる着弾の爆炎と爆風、もうもうとした土煙が風に吹きさらわれると ―

 

そこには、要塞級すら楽に通れるサイズの「口」をぴったりと閉じて。

傷ついた素振りさえ見えない新種らしき巨大なBETAが横たわる。

そしてまた、がぱりと「口」が開いていく ― どんだけいるんだ!?

 

「くそッ、艦砲があれば…」

「投射砲でなんとかならんかっ」

「装備機は機動性がっ…、有効距離に近づくには要塞級を突破しないと!」

「…内部から破壊する必要がある」

 

少し任せる、無理はするな、と。

異星種の返り血に染まる列機たちと離れて、黒の89式が。

地を這う高速での噴射地表面滑走、乱戦となっている前線を避け、なにかを探してる? ような素振りでこちらの方へ来る。

 

そして、これがいい、と言わんばかりに。

 

退避する指揮所要員の高機動車を支援するため少し後退していたドレイク小隊 ― といってももはや2機 ― の前方、仰向けに倒れる帝国軍色の89式。

 

「――ッ、おい!」

 

それは、浅葱の―!

 

そのすぐ傍に長刀を突き立て、膝部から短刀を取り出す黒。

躊躇う素振りは一切なく。倒れる浅葱機の前腰部 ― S-11を斬り取った。起爆状態にないとはいえ、小型核並の特殊爆弾を、なんの迷いもなく。

 

まるで、手慣れた作業の様に。

 

さらに短刀を収納した主腕マニピュレータがおそろしく細密に動く。

起爆できるようにしたのだと、直感的に判った。

 

―やるつもりだ。

 

「――俺がやる」

「! 龍浪少尉!」

「そいつは俺の小隊員のだ。中尉、俺がやります」

「…」

 

仇討ちだ。それもある。

 

だが同時に、今一番手が空いてるのはドレイク小隊。

連隊は師団級BETA群と乱戦に突入し、斯衛中隊も2度の吶喊で疲労損耗している。

いま時間はこちらの味方じゃない。あのデカブツからまた要塞級と光線級が湧いてくるだろうし、退けば後方の指揮所と砲兵は壊滅する。

 

そして投射砲はハイヴ攻略の虎の子でもある。

数がそろってきたとはいえ損耗は避けたい。

そしてS-11は今この戦域で帝国軍しか装備していない。

 

危険な任務。感情に流された判断。

生還の可能性は高くな…いや、低い。

 

だがブラックファングを1機で征かせて、彼がどうかなれば?

帝国軍の士気はガタ落ちだ。

 

なんとかあのデカいのに近づいて、S-11を放り込むくらいなら―!

 

「千堂少尉は残れ。指揮要員の支援だ」

「そんなっ!」

「命令だ。…お願いします、中尉」

 

機体ごと向き直り。黒の89式を見る。

 

わずかな間 ―

 

「…いいだろう」

 

ひょい、とS-11が投げ渡された。ちょ!

 

「ついてこい、龍浪中尉」

「え? いや俺…ッ、りょ、了解!」

 

言い間違いを確認する前に。

噴射浮上からぬるりと180度向きを変え、飛び出す黒の89式。

疾え! 同じ機体だよな!?

 

慌てて左主腕の突撃砲を除装、S-11を小脇に抱えて後を追う。

一直線にあのデカブツへ。

 

「…高度を上げすぎるな」

「りょ、了解!」

 

確かに光線級が出てきたら即死だ。

しかし厚く布陣するのは要撃級、その向こうに要塞級。一体何匹いやがる?

 

「―――っ!」

 

こっちだ。そう黒い背中が告げる。

背部担架の突撃砲が2門とも前を向き、正面ではなく少しだけ脇へ斉射されていく。

 

続く俺のスペースがわずかに空く。

こっちは突撃砲を撃つ余裕はない、必死に食らいつく。

浅葱のS-11を抱えて。

 

撃ち抜かれた要撃級、その向こうから新たな1体。

振り下ろされる前腕衝角、前機は下へ俺は上へ。

正面にももう1体、すれ違いざまの2刀の斬撃が人面めいた尻尾を切り裂く。

続けてなにもない虚空にまた2刀が振るわれ、寸断されて後方へすっ飛んでいったのは ― 要塞級の触腕か!?

 

すげえ…! クッ、Gが…!

 

強化装備の上限ギリギリ。

こんな機動が89式で…!

 

要撃級の防御陣、そして要塞級の壁すら越えて ―

 

見えちゃいたが…でけえ!

 

そびえ立つ新種BETA、その円筒形の直径が200mはある。

鋭い機動でその正面に回り込む。放射状にびっしりと生えた棘、棘といっても大きさは小型種なんかよりもデカい。

 

しかし「口」は閉じたまま、黒の89式が120mmをぶち込んでもヘコみもしない。

それもそうだ、あの大きさで地面の下の岩盤やらを掘り進んできたんだ。

 

「支援する。側面だ、一斉射撃」

 

回線に飛び込むドイツ語なまりの英語、高G旋回をかけつつなんとか視線を送るとEF-2000中隊が侵入経路とは別方向 ― 東の西独軍側から接近、中隊支援砲が叩き込まれる。まだ開かない。

 

「ブラックファング01、支援砲撃を要請した、カウント5!」

「…了解」

 

正気かよ!?

あの冷静な山吹の斯衛女隊長の声が入って、黒の89式が滑るように新種BETAの側面ギリギリで再度の高G旋回。なんとか続く。

 

3、2、1 ― !

 

火を噴いて落ちてくるロケット弾の群れ、網膜投影で一瞬だけ後方を確認。

爆炎と爆風、視界を閉ざす土煙。だが――

 

「…征くぞ」

「了解ッ!」

 

鋭角にターン、しかし速度は殺さず。黒に続いて噴煙に突入する。

そうだ、ヤツは砲撃を受けて取り巻きが減ると「口」を開けて追加BETAを出していた、今しかない!

 

視界はほぼなく、データリンクも当てにならない。

しくじれば激突、体感のタイミングで――

 

目の前が光に ― 光線級 ― ! 「口」から直に ― ダメだ!

 

――するり、と。

交差させた2刀を構えて。眼前に黒い影が、こちらに背を向けて。

 

「―――!!」

 

なんであんたが ― いや、そうか ― !

 

 

そうだ、俺は、避けるだけでいい。

 

こんなのは、ガキの頃から悪さして下町の近所のおっさんに追っかけられて。

チビだとバカにしたヤツをぶん殴ったら群れて追いかけ回されて。

だから、逃げ回って、跳んだり跳ねたりするのは。

 

こういうのは――

 

「得意なんだよッッ!!」

 

強引に跳躍機の角度を変える。

軋む機体、悲鳴に近い噴射音。

そして目の前の黒の肩を足場にして ― 上へ。

瞬間、背部兵装担架のロックを解除、長刀を2振り共分離。

少しでも軽く ― そして、きっと、アンタなら!

 

上昇して粉塵と土煙を突っ切った、見える巨大BETAの上部、「口」が開いて――閉じる!?

 

突っ込む。

 

「口」の縁、光線級!

 

そこに2刀を振るう黒い嵐。俺の長刀!

 

「喰らい――やがれッッ!」

 

S-11を投げ込んだ、浅葱の仇!

 

「カウント5! 中尉!」

 

離脱をかける。

黒い89式は閉じかけた「口」の外縁を蹴って、Gを無視した機動で巨大BETAの後ろ側へ。光線級がいても死角、必死でそれに続く。しかし周囲にはまだ要塞級に要撃級。

 

前面装甲を灼かれて変色した黒の89が、丸腰のこちらの前に出て何度目かの颶風となる。片脚を斬り飛ばされて傾ぐ要塞級、撃ち抜かれる要撃級。そこに飛来する中隊支援砲、黒が離脱をかけ―

 

カウント0、どぉん、と籠もった音と同時に。

 

膨れあがる巨大BETAが、次の瞬間すさまじい勢いで破裂した。

赤黒い体液を伴う猛烈な爆風と共に吹き飛ばされ、きりもみ状態で宙を舞わされ。

 

巨大BETAの体液が赤黒い驟雨となって大地に降り注ぐ中、残余のBETA群を黒一色のEF-2000を長機とする部隊が薙ぎ払っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

世の中は、予想外のことに満ちている。

ゆえに「その時」に際し、過たぬよう、日々精進を重ねて。

 

全霊を以て当り、その結果こそは従容として受け容れる可し。

 

 

そう心がけて邁進してきた篁唯依にしても、この米国で起きた様々のことは驚きを超えて衝撃に値することだらけだった。

 

アメリカ。アラスカ国連軍ユーコン基地。

白夜の時期も終わり、窓からの残照が差し込む唯依の自室。

 

「すまないな、呼び出して」

「ああ…いや、は」

「…敬礼はいい」

 

初めてここへと招いたXFJ計画首席開発衛士 ユウヤ・ブリッジス少尉は怪訝な様子ながらも少しばかりは緊張しているように見えた。

女の部屋にしては殺風景だな、と小さく呟いたのは聞き流して。

 

 

彼は腹違いの兄だと。

ハイネマン氏から聞かされて。

先刻急遽、日本の巌谷中佐にも確認したが…事実であるようだった。

 

海を隔ててのやや粗い画像の通話。

それでも中佐殿のご様子には、安堵と増えた気がする白髪と。

ご心配をおかけしましたとお詫びを入れても、聞かなければならなかった。

 

ただ巌谷中佐にしても、ユウヤの存在を知ったのはXFJ計画が始動してハイネマン氏が強く彼を首席衛士に推してからのこと。

中佐殿がフランク奴と憤っていた通り、当時から父・祐唯とミラ・ブリッジス女史との交際…というよりむしろ秘やかに情を交わす関係には気づいていたものの、父と同じく突如失踪した女史が妊娠していたことまでは知らなかったらしい。

 

時期的には母様との婚前だ。

そのとき鳳の家とは、どういう関係だったのかまではわからない。

 

 

ハイネマン氏に見せられた、ユウヤの母君は ― 綺麗な、方だった。

 

誰にも言わず。誰にも知らせず。

ひとりですべてを抱え込んで、息子と、そして愛した男を守ろうと。

 

それには、応えるべきだろう。

ゆえに唯依も。誰も恨むつもりもないし、告げるつもりもない。

 

―少なくとも、今のところは。

 

 

「…貴様の…いや、少尉の尽力でXFJ計画は成功した。その、礼を言いたくてな」

「なんだ、改まって…でもな」

「比較性能試験の結果は気にする必要はない。…まあ、負けろとも言わないが」

「当たり前だ」

 

笑みを含んで告げれば、鼻を鳴らして応える。

この気性の激しさは、父にはなかった…と思う。

 

「でもありゃ異常だぜ、中尉はどう思うんだ」

「…純粋な意味での戦術機本体の性能ではなかろう。…衛士も、合わせてなのだろうな。だがそもそもこちらは次期主力汎用機の開発、あちらは高コストの局地機だ。比較する意味が…ないとは言わないが、あまり重要ではないな」

 

ソ連開発部隊・イーダル小隊のSu-47 ビェールクト。

各国特有のドクトリンがあるにせよ、以前のS-37UB チェルミナートル も同様、基本複座で貴重な衛士を通常の倍必要とする上、時折常軌を逸した ― という意味ではどこかの誰かも同じだが ― 機動を見せるなど、不透明なところがあまりに多い。

 

「XFJ計画の所与の目標は十分に達成した。新しく届いた試験部品もあるが、そもそもカムチャツカからの帰還後、フェイズ2への換装で94式弐型は完成だったんだ。…しかしまあ、色々あったからな」

「…あんたも相当大変だったよな…」

 

確かに、と笑うしかない。

 

あわや大規模核爆発を伴って世界を巻き込むようなテロは起きるし、撃たれて死にかけるしで。

経験といえば経験だろうが、正直生きているのが不思議だ。

 

「…日本に帰るのか?」

「そうなる。細かい日取りはまだだが、近いうちにな」

「そうか…」

「なんだ、寂しいのか?」

「…ああ」

 

慣れない軽口を肯んじられて。

しかし目をそらしてのユウヤは、照れているようで。

 

「…勝ち逃げだろ、あんたの」

「……ふふ…」

 

そういえば、そんなこともあった。

なら日本に来い、そう言いそうになった自分も。

 

そこで唯依は、傍らに用意しておいた包みを開けた。

 

「そりゃ…カタナ、か?」

「ああ。緋焔白霊、篁家当主代々の証。持ってみるか?」

「え、いいのか?」

「ああ。ただ、抜き放つなよ。少しならいいが」

 

本来なら、貴様が…いや、兄様、あなたが持つべきもの。

 

そして刀を抜き放つ時 ―

それは相手を斬ると同時に、自らも斬られる覚悟を決めたということ。

 

渡されたユウヤはまずその重さに驚き、続いてそっと五寸ほどだけ引き抜いた。

刃文は湾れ刃、剛健なつくりの中にも流麗さが匂い立つ。

 

「…なんか、すげえな」

「以前、剣を教えてくれと乞われ、私は断った」

「ああ。ナマビョーホーハ、だとかなんとか」

「そうだ。私もまだまだ未熟なゆえもあるが…少尉、貴様には才能がある。おそらく私よりも遙かに。それを惜しいとは思うが、貴様はその道を選ぶつもりはあるまい。それに本格的な修練を始めるには、残念ながら遅きに失している」

「今さらサムライになれって言われても、なあ」

「…衛士としてなら、斯衛でも十分にやっていけると思う」

「そうか? あんたみたいなのがゴロゴロいるんだろ、どんなジャック・イン・ザ・ボックスだよ、日本は」

 

ゴロゴロはいない、と笑う。

未だに皆が皆、刀を差して歩いているとでも思っているのか米国人は。

 

「ま、正直…もう一回本気でやってみたいけどな」

「やめておこう。近接戦のみならともかく、もう私では相手になるまい」

「なんだ、剣なら勝てるってか?」

「当たり前だ。もって四合だな」

 

謙遜でも自慢でもなく。

00式を持ち出しても、機動砲撃戦では勝ち目がないだろう。

しかしいくらユウヤの資質が優れているとはいえ、素人剣法相手に不覚を取るほど衰えても慢心してもいない。

 

なんだよ、と納刀しつつ不貞腐れてみせるユウヤへ。

 

「頼みがある」

「なんだ」

「それを、預かっていてくれないか」

 

ユウヤの手にあるままの、緋焔白霊。

 

「は? いや、当主の証なんだろ」

「そうだ。ゆえにだ。少尉、貴様は開発衛士を続けるのだろう」

「ああ、…まあそのつもりだ」

「私は帰国後、また戦陣に立つ」

 

今この時も、輩たちは欧州の戦場で、その血を灼いて戦っている。

 

ゆえに私も、共に征く。

異星種共を駆逐し日の本の旗を高く掲げて、殿下と武家の威光を世に示さんがために。

 

軽々に死ぬつもりなどないが、いくさ場に絶対はない。

 

だから万が一の時には。そこに入れてある文を読み、「しかるべき人」にそれを「渡せ」。

 

「…死ぬつもりじゃ、ないんだな」

「当たり前だ。なに、預けるだけだ。時が来れば受け取りに行こう…信頼できる衛士と見込んで頼みたい」

 

売り飛ばしたりするなよ、「わかる」からなと釘を刺すと。

どうやってだよと言いつつも、ユウヤは了承してくれたらしい。

 

ならば、心残りはあとひとつ。

 

こちらは、受け取って欲しい、と。唯依は壊れた懐中時計を取り出した。

 

父の形見。自分の生命を救ってくれた。

時間は ― 8時16分を指して止まったまま。

 

「いやこれは…前に言ってなかったか、形見だって」

「そうだ」

「ってもなあ…そういや止まってる時間、撃たれたときとも違うよな。日本時間? いや……おい、まさか」

「…聡いな。これは父様の形見。明星作戦で戦死した。G弾の爆発に、巻き込まれて」

「――! じゃ、あんた、中尉…、それじゃ今まで」

 

立ち上がってしまったユウヤへ、頭を振って。

 

「米国への恨みはない。結果論になるが、G弾の投下がなければ横浜は奪還できなかったろう。そうなれば帝都もBETAの手に堕ちていた」

 

米国人に、知ってもらいたかったわけではない。

貴方たちの行為で、父を喪った女が、いたことなどと。

 

 

これはあなたの母君が愛した、ひとの形見。

そしてあなたの父の、最期の時間。

 

私はもう、たくさんのものを父様からもらって。受け継いでいるから。

篁の名。篁の家。そして母様。

 

 

ほんの少しの押し問答で、なんとかユウヤに納めてもらう。

明日も頼むぞ、と送り出し、唯依はその閉じた扉へと向かったまま。

 

「これで……私に何かあったとしても、篁の血脈は……父様…」

 

 

 

 

 

 

この日の夜。ユーコンの歓楽街 ― リルフォートにて。

アラスカの寒さにはやや足りない、コート姿に帽子を被った東洋人男性が目撃されている。

 

そして ― ユウヤ・ブリッジス少尉はこの一週間後、ソ連軍衛士と共に出奔した。

 

 

 

 

 

 




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