Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 30

 

 

 

 

 

高度計のデジタル表示は一桁を指し弱く震える。

 

闘志の中に焦燥を秘め曠野を疾る機影群 ― 目指す異形は巨大異星種・超重光線級。

 

ここは旧ソ連領内北西部。生命の影一つとて無いBETA支配地。

 

行き着く先は炎の地獄か血の海か…今再び戦いの火蓋が切って落とされようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

超重光線級侵攻開始から24時間。

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ付近。

帝国軍駐屯地内指揮所。

 

 

帝国軍制式の屋根型天幕2号は彩りなどない暗灰黄緑色(オリーブドラブ)一色ながら、室内高3mに四方6mほどと必ずしも狭くはない。だが今その指揮所の内部は、情報端末に紙媒体の編成表やら作戦図やらが散らばる机とそこで任務に就く管制官らでほぼ占拠されていた。

 

その中で、うなじで結った長い髪、明るめの茶色のそれを深紫基調の帝国軍仕様99式衛士強化装備の上に羽織った灰色の充電外套の背へと垂らして。

日本帝国軍欧州派遣兵団連隊長代理・神宮司まりも少佐は厳しい表情を崩すことなく指揮所用の折りたたみ式野外椅子に腰掛けることもせず立ったまま、だがあえて腕は組まないよう勤めつつ、天幕内奥に設えられた複数枚のディスプレイへとその視線を飛ばしていた。

 

「…」

 

空は変わらぬ曇天模様。野戦指揮用天幕の一面は開放されたままで外部から北欧の初夏としてもなお低めの外気が遠慮なく流れ込み、それは内部の人員と機器とが発する熱を圧して余りある。

薄手ながらも耐環境性能に優れ避暑防寒を容易にする強化装備を纏うまりも以外の管制官らには野戦服の上に冬軍衣もしくは外套を重ねる等しての服務が許されている。

 

「欧州軍司令部より支援要請、北東部66.622・26.193ビカヤルビ付近に大隊規模BETA群」

「駒木隊、出られるか?」

「は。補給完了まで3分」

 

通信回線用ディスプレイ内その左上隅の物堅く生真面目な眼鏡の面差しは、生残の帝国軍将兵で編成した即応部隊を預かる駒木咲子大尉。

 

 

現在ハイヴ防衛を担うのは、急遽 ― といっても3日がかりだったが ― 来援した英軍2個連隊100機超。

彼らはフェイズ5ハイヴが有する半径30kmの地下茎構造物(スタブ)外縁付近に中隊単位で展開し、散発的とはいえまだ来襲するBETA群の警戒監視と迎撃とを行ってはいるのだが――

 

 

「やれやれまたかよ。イギリスさんも来てくれたのはまあ、ありがたいがよ」

「ちょいとピーピー鳴きすぎじゃねえか留守番組のドイツ狼さんらも手が回ってねえ」

「まさかこんな鉄火場にオムツも取れてねえあんなよちよち歩きの坊や共を寄越すたぁな」

「仕方ない、誰もが最初から熟練兵なわけもなかろう」

「まして装備機材からして二線級かそれ未満。つまりは」

「それだけ欧州連合の戦力事情が逼迫しているということだな」

「無駄口を叩くな」

 

降下兵団あがりと元帝都防衛師団、そんな混成部隊を指揮する駒木がそんな部下らを制するのみで己は文句のひとつも言わないのは、彼女が見た目通りの堅物ゆえなだけでなく。

 

彼女にも解っているからだろう。

精鋭と呼べる衛士が漸減していっているのは、欧州連合軍だけに限らぬということを。

 

「頼むぞ――攻撃隊の状況は?」

「英軍給油小隊の離脱を確認。作戦時間通りです」

「全機異常なし。欧州連合軍部隊も同じく」

 

出撃に移る駒木隊を視線で見送り、報告を寄越すその管制官らと共にまりもが目を移したディスプレイには、簡略な地形図の上に重ねあわせられた複数の線と輝点 ― それはここからはるか遠く750km南の、フィンランド湾上を進む超重光線級討伐部隊の現在位置。

 

 

この甲08ロヴァニエミハイヴ攻略の足がかりとなったバルト海に浮かぶファスタオーランド島前線基地は欧州連合軍が擁する一大軍事基地――ではあるが、実際のところその設備の不足に老朽化は否めずなかでも電探類はほぼ無いに等しい。

 

それは概ね欧州連合なかんずくその軍が現在おかれる苦境を如実に示すものといってもいいが、仮にそれらを整備しうるだけの余力が彼らにあったとしても、そもそも対空レーダーなぞはBETA大戦下の現在の世界においてはさほどに優先度が高くはないというかむしろほぼ必要がない…はずなのだし、対地レーダーにしても元々島内にはその見下ろし距離を稼げるような高所は乏しくまた近傍の大陸側にしても長らくBETA支配域となっていたがためにこの短期間でどこかの山頂部等に新たにレーダーサイトを設置できるはずもなかった。

 

さらに今次作戦にて攻撃隊が進むフィンランド湾は南北70km程度。

その両岸の光線属種の脅威度が未知数である以上作戦域到達前から通常の戦術機匍匐飛行高度40m未満を維持するのは当然といえ、そんな低空ですでに攻撃隊はファ島基地より500km以遠にまで長駆進出しているため、たとえ十全にレーダー網が完備されていたところで探知範囲が350km程度の航空路監視レーダー(ARSR)は元より同460kmを有する洋上航空路監視レーダー(ORSR)をもってすらもはや捕捉することはかなわなかったろう。

 

ゆえに現在帝国軍を含む欧州連合スカンジナビア方面軍が入手しうるリアルタイムな情報は、おおよそ作戦参加機から直接衛星経由で送信されてくるデータを管制情報処理システムに通したもの ― 米国国防高等研究計画局(DARPA)が開発した統合情報戦術分配システム・いわゆるデータリンクを用いたもの ― になる。

 

 

「篁中尉より入電、『ヒノデハヤマガタトス』」

「了解。武運を祈ると」

「は」

 

まりもは管制官とのそのやりとりの間にもディスプレイ上を右へ ― 東へと向かう光点群を見やりつつ、内心で気をもう一度引き締めた。

 

 

スカンジナビア戦域を一気に南下しての大迂回機動。

涸れた河川に運河跡、それら自然人工双方由来の地形を利用して地平線下を隠密進行。

 

目標たる超重光線級2体へ能う限りの距離まで接近しつつ同時に洋上軌道上よりの砲爆撃で拘束、そしておそらくはヤツらが致死級の脅威とまでは見なしていないであろう戦術機にはしかし――一撃必殺の牙。

 

試製刺突破甲爆雷。

特殊爆弾S-11を縦二連結した破壊筒。

 

それは小型核並の破壊力を有する電子励起爆弾をしかもタンデム搭載した代物、急遽こしらえた整備班の制作陣らは防衛戦からの疲労が抜けきらぬ身にも関わらず休息時間返上での突貫作業を強いられたせいだろうか皆なにやらギラついた目つきで口々に「やはりとっつき、とっつきはすべてを解決する」とか「これが私のドミナントだ」とか意味の判らないことを呟いていたが――

 

 

言うは易し、だな…

 

豊富な戦歴の中で苦境に身を浸した経験はすでに数知れず、まりもの表情は鉄で覆ったかのように動かない。だがそれは、内心の危惧の不在を意味しない。

 

なにせ現在渦中の作戦においてすら、その遂行の成算は決して高くはない――どころか、むしろ事ここに至った経緯を知らぬ身であればあまりに無理無謀な机上の空論と断じたであろう。

 

 

連続長時間の超低空飛行、それも寡兵での作戦遂行のため各機目一杯の爆装状態で機体サイズギリギリの狭隘な水路をしかも距離的時間的な制約から戦闘速度近くで潜り抜けての。

 

偵察衛星での事前調査で大型種による()()()()という単純だが最悪の事態の可能性こそはほぼ排除されているとはいえ作戦参加の衛士らに求められる操縦難度は過去類を見ない域ときて、この時点でもう並の部隊では成功率を計算することすら無意味なほどの困難さだが ― いやあの連中なら実際のところ()()()()はやり遂げるだろう。

 

 

しかし本作戦の真の主眼はさらにその先――絶死の地上要塞BETA・超重光線級の撃滅。

 

だがそのための攻撃機会はごく短時間、しかもおそらくただ一度きり。

 

 

というのもまず、今作戦にて支援を担う洋上砲撃と軌道爆撃についてだが。

前者は欧ソ軍それぞれ作戦域からの距離的または編成上の制約により、巡航ミサイル攻撃となるため支援艦のVLS数で撃ち切り。そして後者軌道爆撃もまた、欧州連合軍が半ば以上無理矢理にかき集めた戦力に加え政威軍監・斑鳩公崇継の下命に応じた日本帝国軍航空宇宙艦隊の助力とさらにはソ連宇宙軍の協力に加え米軍国連軍の合力も得て総体としてはハイヴ攻略にも匹敵するほどの規模を確保したものの、元々各軍揃ってHSST(再突入型駆逐艦)の配備数含めてその高コストさゆえに余裕があるとはとてもいえず。

さらには今作戦での洋上支援は白海ソ連軍艦隊はともかくバルト海英軍戦隊は作戦域からはるか西方500kmの距離とあって亜音速の巡航ミサイル攻撃では発射から着弾まで所要時間が30分以上と、軌道爆撃の10分程度というそれすら大きく上回る。

 

つまり両支援共に持続性・反復性・即応性に著しく欠ける上、そもそも支援砲爆撃自体が通常戦術機による浸透攻撃と同時に行うようなものではない。

 

とりわけ、終端誘導までが比較的高精度に行える巡航ミサイルと異なり、軌道爆撃で用いられるMRV(多弾頭再突入体)に搭載される火力とは ― 基本的に無誘導の対地爆弾。

 

それすなわち光線属種による迎撃効果を最小化するため大気摩擦での減速すらも厭うて再突入後にロケットモーターを用い軌道周回速度ほぼそのままの7km/sすなわちマッハ20の超々高速で目標座標目がけて殺到してくるというもので、通常の光線属種相手ならば大隊規模程度(BETA群総体としては軍団規模級)存在していたとしても、第一波こそその恐るべき探知照準照射能力で大半が撃ち落とされるがそれを見越したAL弾編成により重金属雲が形成された第二波以降はレーザー充填時間を狙った波状攻撃も含めて被迎撃率を著しく低下せしめて着弾、爆炎の中に他種諸共葬り去ることが可能という、人類の叡智の結晶たる超々高空からの殲滅火力――であるがゆえ、そんな代物は戦術機の探知及び機動能力では回避はほぼというか事実上不可能だ。

 

だが一方で、それすらも無効化してのけるのが巨大種BETA・超重光線級。

 

現在3種確認されている照射能力のうち最小のものでも戦艦の重装甲すら容易に溶融させる重光線級相当のレーザーを0.2秒という驚異的な間隔でそれも最大9つの照射膜から連続照射してくるため、これを真正面からの正攻法で打ち破る術を、少なくとも現時点では人類は持ち得ていない。

 

ならばと仮にその超絶的な防空能力を逆に信頼する形で、軌道爆撃第二波以降の総てもまた空中で迎撃されその拘束のみに役立つと期待した天地逆のイノシシ作戦(ヴィルデ・ザウ)に挑むという手もなくはないが ― 光線属種特有の超高精度な探知照準能力ゆえに「当たらない」「無害」と判断された弾頭が無視され放置された場合、接敵する戦術機にそれが直撃せずともたとえば付近に着弾する至近弾となっただけで軽装甲の第3世代型機などはたやすく大破に追い込まれる可能性が高いしあるいはたとえ小破でも跳躍ユニットに損傷を受けたりすれば衝角触腕により形成される近接防御網の格好の餌食だ。

 

ゆえに支援砲爆撃は攻撃隊の突入直前まで。

 

そのタイミングあわせ自体はあの手練れ共なら即興でやってのけるだろうが ― 同時に以後支援再開の見込みはないうえ問題はさらにその後。

 

 

攻撃隊は、その存在が敵に露見した時点で、目標を撃破ないし最低でもレーザー照射能力を奪えなければ戦域からの離脱自体がきわめて困難 ― 言葉を飾らず言えば、不可能だ。

 

 

なにせ避退を企図して照射を引きつけるべく砲爆撃を再開したとてその着弾は最短10分も先、それまで彼らが生きていられると考えるのは楽観が過ぎる。

そしてもし独力でレーザー攻撃を免れえて離脱できたとしても、帰投ルートに来るとき使った水平線下へ機体を隠蔽可能な運河は――もう使えない。

 

その理由は至極単純。燃料と推進剤が保たない。

 

攻撃隊はレニングラード沖での給油を挟んでこそいるが重攻撃を企図して爆装した機体は重くそれを燃費が著しく悪化する匍匐高度のしかも高速飛行で700kmも飛ばしての長駆攻撃 ― 想定交戦ポイントから西側国境までなら200km程度で済む、ゆえに作戦成功の場合は国境付近まで補給と出迎えを兼ねての部隊が赴くことになっている――が。

 

撤退となり超重光線級の照射圏内120km以南に逃れてから国境を目指せばその距離400km超。

戦闘機動を行っていればほぼ確実にその途上でガス欠で墜ちる。

 

そうなれば地に伏し動けなくなった戦術機などは未だ湧出と北上ないし徘徊を続けるBETAの餌かあるいは――同じ人間、ただしクラスナヤ・ズヴェズダ(赤い星)をつけた連中の手に落ちる。

 

今作戦はソ連軍との協調によって成り立ってはいる、だがコミュニスト共が、自分の庭に落ちてきた西側と日欧の最新機密がたっぷり詰まった最新鋭の機体と最精鋭の衛士とを、はいそうですか残念でしたねおつかれさままた頑張ろうねとそのまますぐ送り届けてくれるなんて思っている底抜けのお人好しは、おそらくこの地球上で日本にしかいないだろう。

 

 

ゆえに作戦の成功、ひいては彼らの生存と尊厳とを守るためには。

あの恐るべき呪われた巨獣を確実に葬る必要があり、その要こそが刺突破甲爆雷。

 

それは喩えるならまさに破邪の聖釘 ― あるいは山査子の白木杭。

だがそう、それは釘や杭であるがゆえに。

必滅を期すならば――確実に急所へと突き立て穿つ必要がある。

 

 

なにしろ目標たる超重光線級は、伝説や物語に云う不死の吸血鬼でこそないがなにしろ全高90mのみならず主体節の全長もまた40m近くになる巨体。そしてその生命力は他BETA種に勝りこそすれ劣るはずもなく、ゆえに致命点を抉られぬ限りはたとえ全身を穴だらけにされても動き続けるだろう。

 

一方で破甲爆雷の実際をいえば、作戦開始までの短時間になんとか準備できたのは予備を含めてわずか4本。

また戦地での急造品ゆえ先駆弾頭と主弾頭の起爆タイミングの調整は緻密かつ正確とは言い難く、熱線や爆轟の指向性を決定する炸薬配置についても目標の分厚く強靱な外皮の向こうの巨大な主体節に確実な破壊を及ぼすためには貫通貫徹力優先の配置とするほかなくその加害範囲は射入口から同方向へと直線状に発生する ― つまり縦横方向への破壊範囲はさほどに広くない。

 

さらに今回同巨大種は相対距離1km程度で並列侵攻を続けているため、意図しての戦術行動は見られ難いBETAとしても単純な攻撃行動そのものが相互支援となり得る近さと来る。

 

 

ゆえに突入する攻撃機は、ボスニア湾上のイギリス軍艦隊及び白海ソ連軍艦隊からのミサイル攻撃と日欧ソ三軍と米軍国連軍の軌道爆撃これらが超重光線級が有する絶死のレーザー網を拘束しうるであろうごく短時間に目標へ接近、さらに2体分およそ計200本以上を数える超高速の小型衝角触腕により形成される鉄壁の対空防御網をかいくぐって文字通りのゼロ距離まで肉迫密着した上で。

後背でも横腹でもいいが相応の正確性で目標急所の直線上へ ― いや限られているというにもわずかに過ぎる手数でより確実な撃破を期すならば。

 

最も防禦が厚いであろうその生命点たる主体節前面の準反応炉器官へと、直接この破壊杭を突き立てねばならない。

 

 

確実に戦史に残る作戦になる ― 成功すれば輝かしい人類の勝利の一幕として、失敗すれば無能な軍人が立案したあまりに無謀な試みとして。

 

後者であれば貴重というにも貴重すぎる優れた衛士たちの命を失い――そしてあるいは人類の歴史の終焉への序奏とすら語られるだろう…さして長い期間ではないにせよ。

 

 

だがそれでも、戦場に絶対は無いとは云え。

やはり彼らならばおそらくは。

 

「黒き狼王」ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐率いるドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊 地獄の番犬(ツェルベルス)、その生え抜きの手練れらと。

「四丁拳銃」ベルナデット・リヴィエール大尉を擁するフランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊第131戦術機大隊(レジマン・ド・ドラゴン)から選り抜きの精兵たち。

 

そしてそれら欧州軍のおよそ最精鋭をしてすら露払いとし突入するのが日本帝国軍。

その枢要が護国の神剣「終の双刃」と彼に次ぐ機動術の俊秀「巨大種殺し」龍浪響中尉。

彼ら2人は世界的にも数少ない超重光線級との近接戦闘の実戦経験者、本命としてそれぞれ破甲爆雷1本ずつを託され必殺の瞬間を狙う。

 

さらにその彼らの直掩として近接支援を担うのはまず高貴の三色。

巷間その剣力がゆえに森羅万象五行の基「天」「月」「雷」に擬えられる斯衛の泰斗 ― 揃って大公儀の身に在るがため元枢府設置以降すなわちこの150年間では現在こそが摂家筋最優の時代とまで称される由縁、斑鳩・月詠・篁の家名を背負う剣太刀と。

 

さらに龍浪機との連携において分隊単位の戦闘力では並ぶ者なき好一対・千堂柚香少尉と戦歴浅くも才気煥発・親藩気鋭の赤備え真壁清十郎大尉。

両名は共にファ島以来の教導任務担当ゆえに欧州部隊の呼吸も判り、また先だっての北部滞留BETAへの大規模吶喊行には除外された無念を晴らすためか当人らたっての志願もあって今回こそは作戦参加の運びとなった。

 

そして――

 

 

何の因果か巡りあわせか、この戦域に居あわせた日欧両軍の精鋭をば束ねあわせて。

彼らならばやり遂げるだろう、否だからこそ立案できた作戦。

 

しかしてまりもは軍人としての謹厳を重んじるゆえ決しておくびにも出さぬにせよ。

 

狙撃型投射砲(03型)の準備は」

「あと二〇(フタマル)で完了、整備班より少佐殿へ、最終調整を願いますと」

「了解だ」

 

内心に抱くそれは極めて個人的といっていいためらいと危惧。

戦術マップ上、東進する輝点群のうち後尾三つが()()()だろう。

 

「居残りの珠瀬は?」

「は。少尉の砲は準備完了、すでに搭乗して待機中」

「繋いでくれ――珠瀬。まだ時間はある、焦るな」

「は、はい」

 

管制官に近距離回線を繋がせ強化装備頬部ユニットから網膜投影を起動、その情報視界左側に現れた ― やや、だが明らかに逸り気味の珠瀬壬姫少尉に釘を刺す。

 

世界的に見れば小柄な日本人、その中でもひときわの短躯に幼い容貌の壬姫はしかし世界屈指の狙撃能力を有するがゆえに03型狙撃用電磁投射砲を装備し、二次作戦へと繰り下げられた超長距離狙撃作戦を担当する ― ずっと一緒に戦ってきた、仲間たちと別れて。

 

「怖いか」

「……はい」

 

切り替えた秘匿回線、なにがどう恐ろしいのかとはあえて問わず。

 

「そうだな。私も怖い」

「しょ、少佐でも、ですか」

「ああ」

 

動いている方が怖くなくていい、まりもがそう告げてやれば、壬姫も硬い表情のままながら頷きを返した。

 

 

狙撃担当に出番が回ってくればまさに自分たちの双肩 ― トリガーを引く指先に、少なくとも西側世界の命運がかかることになる。それも相当に分の悪い勝負――目標の動きを止めるための支援砲撃すら、おそらくはもう十全に確保できないだろう。

 

いやだが、それ以前に。それはすなわち第一次攻撃が失敗したということで。

その場合、攻撃隊の生還の見込みは絶望的。

 

 

今回の攻撃作戦には、榊千鶴少尉以下国連軍横浜基地所属小隊3名が参加している。

 

東西冷戦の垣根を越えたこの共同作戦、そこに国連軍部隊がいる意義は小さくない。

 

その意味をまともに云うなら常より正しく国連軍へと編入されている北欧軍機が入っているべきではあったが、彼ら自身の技量はともかく搭乗する機体には戦術機の運動性と操縦性・応答性を大幅に底上げする特殊装置・XM3は未導入とあって、導入済みの連合軍ファ島部隊及び帝国軍機と足並みを揃えるのは困難といえ。

 

確かに榊ら横浜基地隊は少なくともハイヴ攻略から連なる今次会戦においては、実質帝国軍の指揮下にあることは他国から見ても明々白々。ゆえにその機体に纏うUNブルーはしょせん建前に過ぎない。

しかし、否、だからこそ、対外的には列強たる日本帝国がその拠出戦力でもって国連とそのバンクーバー協定を尊重する姿勢を今なお保っていることを示すことにもなる ― または、先般日本がアメリカへ甲20号鉄原ハイヴの制圧と占有を使嗾して同協定の形骸化に一役買った「前科」からすれば。

日本は今後東西を跨ぐ国際社会において旧来からのある種優等生じみた装いは脱ぎ捨てて、他列強と同じく政治的なふるまい(ポリティカル・ビヘイヴィア)を考慮していくという意思表示にもなる――

 

 

そしてそうしたいわば外野の要因は置いて、純軍事的な観点からしても。

 

少数精鋭で臨む本作戦、さらに長駆浸透はともかくその先の近接白兵戦となれば本来斯衛軍の十八番 ― ではあるものの、建造は元より修復整備にもとかく手間がかかるのが彼らが擁する専用高級戦術機・00式 武御雷。

ゆえに帝国軍他機種と同様あるいはそれ以上に生存機ほぼすべてがハイヴ防衛戦での酷使著しく損耗の度合いも深いとくれば、斯衛付整備大隊のまさに死に物狂いの奮闘むなしくこの二〇時間足らずでは改式含むF型5機をそれも共食い整備混じりで仕上げるのがやっと。

結果白袴のA型を操る者共なかでも作戦参加は当然視されていた白牙中隊古参連が丸ごと抜けることになった穴は決して小さくない。

 

一方防衛線開始当初2個連隊200機超を号した帝国軍欧州派遣兵団をして今や生残機は50機未満と2個大隊にも届かない、その惨状の中から残存戦力を見渡した時そもそも第2世代型機でやはり運動性には劣るため89式 陽炎は除外されるし第3世代型機の94式 不知火を操る古兵らと比しても ― 最新鋭機・不知火弐型の助けがあるとはいえ、今や分隊から小隊単位での戦闘力では彼女ら(ヴァルキリーズ)を上回る者はいなかった。

 

 

― 光栄には思います。ですが… ―

 

まりもは数時間前、選抜と出撃を告げた時の、榊の緊張した表情を思い出す。

生真面目な彼女はおそらくあるいは作戦そのもの以上に、率直にいえば作戦参加に名を挙げられた他衛士らのみならず同小隊の彩峰慧と鎧衣美琴の両少尉と比べてさえ見劣りする自らの操縦技能に不安を抱いたのだろうが。

 

「油断や過信は禁物だ。だが状況は正しく分析しろ。教えただろう」

 

確かに彼女らの先任たる、伊隅や速瀬は衛士として完成の域にあった。

だが。

 

「偶然だけで生き残れるほど甘い戦場ではなかったぞ ― 能力に応じた義務を果たせ」

「は…はッ!」

 

彼女らはすでに亡く。

そしてその後ろをおっかなびっくり追いかけていた榊らは――しかし今、彼女らの域にまで近づきつつある。

 

 

この壊れかけた世界で。魔女が紡ぐ因果の糸に絡め取られてなお。

 

戦って、生きて残れと母犬が手塩にかけたラスト・ドーターズ。

 

 

「先達の名を汚すな。生きて還って正門前の桜並木に戦勝を報告せよ。いいな」

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超重光線級侵攻開始から25時間 ―

旧ソ連カレリア自治ソビエト社会主義共和国。オネガ湖北端より北東12km。

 

 

白い闇を抜けて。

 

「!」

 

焦燥を煽る連続した電子音、「PULL UP! PULL UP!」と繰り返す対地接近警報(GPWS)

さらにそこへ対物センサーの接触アラートまでがわめき続ける管制ユニットの中で、彩峰慧はミスを自覚した。

 

第7閘門を突破するその瞬間。

網膜投影の情報視界中央・外部映像に重ね合わ(オーバーレイ)されるグリーンの矢印、先導機(パスファインダー)の通過コース。同じく重なる高度許容限界を示す長方形のボックス内へと機体はきっちり乗せていたつもりが。

 

感覚的にはほぼ機体サイズギリギリといっていい水路内壁 ― その左側へほんのわずか擦る程度ながらも乗機弐型の左肩部装甲の端を接触させた。

 

マズっ…!

 

両肩部にはファ島基地で受領しユニバーサル規格を活かして基部変更のみで取りつけた欧州連合軍仕様のミサイルランチャー(MGM-140) ― 帝国軍保有のものは先の防衛戦でとっくに使い果たした ― が載っかってるうえ背部左兵装担架にはしょせん予備の立場とはいえこの作戦の要たる刺突爆雷を積んでもいる、だから喪失したら大問題だが万が一にも衝撃で連鎖誘爆なんてしようものなら全部ご破算になってしまう。

 

だが幸いにもその兆候はなく ― というか起爆してしまえばどうせ一瞬なのだがしかしそれよりむしろ予想よりもずっと大きく乱れかけた機体の姿勢に慌てて――だが実際の操縦では手動と間接思考制御の両方ともをなんとかほんのわずかに留めて進路と機体姿勢とを修正し、

 

「ッ!?」

 

そこへ次の瞬間網膜投影の情報視界が一気に開け。

霧の向こうに現れた暗く黒々とした水を湛える湖面へと突っ込みそうになってまた慌てて今度は機首をわずかに上げた。

 

この間わずか2秒足らず ― だが。

 

「ッぶつけた出口左側っ」

「え…っ、…っ! …、…大丈夫ちょっと崩れてただけ!」

 

後続の小隊長、攻撃隊最後尾となる榊機とは約1km ― 10秒以下の間隔しかない。

なのに警告が遅れ、だが幸いにも大過なく。崩れたコンクリート壁は戦術機サイズからすれば小片程度で榊は構わず弾き飛ばして突破したらしい。

 

「ゴメン」

「ン…、彩峰、装備含めて損傷は?」

「アラートなし誘爆なし」

「ならまあ、了解。まだこれからよ気を抜かずに行きましょう」

「了解」

 

ようやくに開けた湖上 ― 慧は素直に千鶴へと謝ってから我知らず両肩を固めていた力をわずかにだが抜く。

いつもなら憎まれ口のひとつも叩くところだけれど今はそんな余裕はない ― お互いに。

 

 

バルト海のイギリス軍戦隊から初手の巡航ミサイル攻撃開始の報が入って10分近く。

その着弾はまだ15分ほど先にせよ、もう後戻りなんてできないのに。

 

こんなのがあと最大7回も残ってるだなんて、考えるだけでどうにかなりそうだった。

 

 

垂れ込めた厚い雲により降り注ぐ陽光は弱く、さらに濃霧に閉ざされた暗い湖。

視程1km未満といえば戦闘速度で空を飛ぶ戦術機からしたらほとんど目の前が見えない状況といっていい。

 

だがその中でなお相当に下がった水位の傍らまだ残る湖水をジェットの噴射圧で白く蹴立てて超低空を疾駆するはおよそ1km間隔に長く伸長した縦型(トレイル)を組む計21機の戦術機部隊。

 

 

すでに少しでも迂闊に高度を上げれば目標たる超重光線級に感知照射される危険域。

 

 

オネガ湖を過ぎて通り抜けた今の水路が事実上最初の曲芸飛行のトンネルで、長さは10km少しと所要時間は2分程度しかなかったはず。

 

だが突入時からして視界が悪くもだだっ広いことだけは確かな湖上から1km向こうにようやくぽつんと見えた小さな水路入口へ向けてスロットルを一切緩めず突っ込んでその後まばたきもできず呼吸さえほぼ止めるくらいで目の前ギリギリを通り過ぎる水面もしくは崩れかけたコンクリート壁の隘路を駆け抜けてきた身からすれば、少なくともその3倍はあったように感じた。

 

 

このヴォロゼロ湖はすでに抜けてきたラドガ・オネガの両湖の広さに比べれば大体1/10以下しかないらしいけれど、実際には琵琶湖の倍の面積があるらしい。湖内には島も多いらしく霧の向こうの黒い影々がそうなのだろう、湖だって知らなければ大海原とはいえないまでもどこかの湾内だとは思ったはず。

 

今回の作戦で通過し終えまたこれから通過する予定の湖の面積を足しあわせると軽く30,000平方kmを越えるんだとかで、日本でいえば関東地方1都6県すべてまとめたそれにほぼ等しいとまで聞けばやはり大陸の広漠さには圧倒される ― が、今はゆっくりそれらを眺めるヒマなんてあるはずもない。

 

 

「こちら最後尾榊少尉、ゲート通過完了」

「よし全機抜けたな。閣下」

「重畳。真壁の、今少し肩の力を抜け」

「は…、申し訳御座いません。然し想定通過時間を2秒超過致しました」

「大尉、確かに00式はEF-2000より小回りが利きますが、彼ら(ツェルベルス)は」

「解っている…殊高速機動に於いては彼らこそが」

 

慧の網膜投影に映る通信窓、上段に帝国軍・下段に欧州軍の顔が並ぶ中。

 

「だが私とて…必ずや辿り着きこれを彼奴腹めの準反応炉とやらに撃ち込んでみせる」

 

悔しさを滲ませるベビーフェイスを明らかに強ばらせしかしそう強がって見せた赤の斯衛はたしか真壁大尉。

 

その常に持って回って取ってつけたようなクドい言い回しが鼻につくけど、

 

「大尉、矢張り私が預かりましょうか」

「いや月詠中尉。貴官の剣腕は私の及ぶ処ではない、そちらを活かす布陣ゆえ」

「了解しました」

 

横浜基地からの顔見知り、堅物の赤服女斯衛・月詠真那中尉にやはりとかこっそりはっきり失礼な事を言われても怒り出さないのは隠しきれてない良家のお坊ちゃん的な育ちの良さか ― それともやっぱり余裕がないのか。

 

 

なにせ同じく予備とはいえど虎の子の破甲爆雷を背負った身、真壁大尉はウデの方だってそれなり以上には確かだろうけどバケモノだらけの斯衛上位 ― あんな飛ばしにくそうな新型に乗り換え早々眉毛一つも動かさずにこんな曲芸飛行をやってのけているあの中尉殿やもう何度か一緒に戦っている篁中尉は言うに及ばず、強いだろうとは思ってたけどその予測範囲は軽く超えていた月詠中尉と――事実上帝国の総大将なのにこんなアブナい作戦に平然と参加してたりする、あのなんだかやる気なさげな眼を見た瞬間理由はわからないけど本能的などこかの部分が全力で警報を鳴らした斑鳩閣下 ― たちに比べたら、たぶん二段三段と落ちるだろうし。

 

 

要するに作戦開始前に聞かされた、「侵入行程における予想損失率15%」つまり計21機中3機ちょいくらいは墜ちる計算からしてこの攻撃隊中味噌っかすの自分たち(ヴァルキリーズ)に大尉を足せば、ちょうどおつりが来るくらいの数になる。

 

 

それくらいだから当然、判ってたつもりだったけど――キツい。

 

ロヴァニエミの帝国軍駐屯地を発ってすでにかれこれ3時間以上飛びっぱなし、そのうちレニングラード通過後の1時間はひたすら匍匐飛行の連続。

 

それも飛行中の機体は地平線下への隠蔽を企図しておよそ水平となる伏臥姿勢、だから乗ってる衛士はコネクトシートにずっと宙づり状態。

いくら強化装備の頚・腰・下腿の計4点で固定されてて落下することはないといっても無理な姿勢に違いはないし、しかも網膜投影の外界映像は外部カメラ由来で衛士自身は必ずしも進行方向へと首を上げていなくても()()()()ことは可能とはいえ頭が向いてる方向と実際に体感する加速度のGの方向が一致しないのは違和感が強すぎるから操縦に繊細さが求められるこの状況下ではなおさら結局ずっと首を持ちあげ続けることになる。

 

そしてそんな体勢での作戦行動はといえば ― とりあえずは網膜投影の外界映像、そこのオーバーレイ表示を辿って飛ぶだけでいい――とは軽く言いすぎ。

 

 

そもそも反射・反応速度(リアクションタイム)だとか咄嗟の判断やら全開での急機動戦闘とかなら榊は元より鎧衣よりもずっとうまくやれると思うし自信もある、率直にいえばもう1対1の近接機動戦なら帝国軍エース級の神宮司少佐や龍浪中尉を相手にしたってそこそこイイ線いくはずで。

けれど同じ動作を正確に反復し続けたり誰かの動作を真似て精密になぞり続けるなんてのはたぶん一番苦手な分野、それについては正直神がかり的な狙撃能力以外はまあそこそこの衛士どまりだと思う珠瀬とどっこい程度だと自覚している。

 

それにだだっ広い陸上を単純に低く飛ぶのとは違って狭い水路内には前走機が残していった乱流が巻く一方で濃い霧はすぐに流れ込むうえ爆装状態の機体は重い――にもかかわらず。

 

 

「こちらツェルベルス02。後続全機の追随を確認」

「了解。先導機ツェルベルス01、ヴォロゼロ湖中部の島嶼を通過する」

 

はるか十数kmも先、霧に煙って見えやしないが。

この突撃部隊の先頭を切って飛んで行くのが黒と白のEF-2000の2機編隊(ロッテ)

 

 

前人未踏の隘路ですらも果断に切り開くのが黒き狼たちの王ならば。

 

その王の背に寸分違わず追随しつつ、子狼たちへとその軌跡を伝え教えるのが純白の后。

 

 

地形データはソ連軍由来のものだけだからどこまで信じられるのかわかりゃしない、おまけに低軌道衛星からの情報に見落としがあれば水路内壁の損傷どころかヘタをしたらなにか落ちてて塞がってるかもしれないのに一切の躊躇すら感じさせずに信じられない域の速度で駆け抜けて行く ― それも2機の間の相対距離はエアショーもかくやの超至近、さすがにダテに国連軍が発行してる米軍機関紙(スターズアンドストライプス)の親戚くらいの宣伝雑誌の特集記事の常連をやってない。

 

 

あれがヨーロッパ連合軍の頂点 ― 群狼の統率者にして比翼連理のエレメント。

 

地獄と化した欧州戦線を生き抜いてきた文字通りのリーベンデ・レゲンダ。

 

 

そしてその王と后とに続くのが、

 

「たは、上下左右にせいぜい数十センチが許容限界とはアクロバットもいいとこだぜ」

「また泣き言かい11、そのよく動く口くらいに機体を動かせ」

「アイサー小隊長殿」

「まあたしかにカザチョーク(コサックダンス)というには右に左に忙しいですわ」

「12から08、ルナ、ロシア民謡にも詳しいの?」

「いえ、マゼッパ(オペラ)で一度観たきりですけど」

「なあんだ!」

 

回線に混じるブツクサ文句に軽口の応酬、それでもおおむね平気な顔で遅れもせずに水面ギリギリをかっ飛ばしていくわずかに青みを帯びたアッシェグラウ(ツェルベルス大隊仕様)のEF-2000。

 

 

彼や彼女が王の配下の狼の群れ。

 

祖国と人類への忠誠こそが我が名誉。縦え総てが背くとも、我らを頽れしむること勿れと。

 

 

そして長く伸長した作戦部隊の縦型は続いてヴォロゼロ湖北東部の水路へ進入、

 

「02より全機。交戦予測地点まで160km、間もなく軌道爆撃も開始」

「了解。さて…いよいよね」

「隊長…」

「フン、やれているわよ、エイス、ダンベル。その調子で私の尻に着いてきなさい」

「りょ、了解っ」

 

3機かぎりのフランス騎士も、見る限りでは危なげなくドイツの軍狼に続いていく。

その彼女らが駆る機体は揃って明るめのグレー塗装、疾風とその名に冠する戦術機ラファール。

 

中でも長機を担うはその左肩部に白く染め抜いたバラの紋章、あれが遠く極東の地にまで音に聞こえた「前衛砲兵」――

 

 

 

 

――それこそ慧も、雑誌で顔写真くらいは見たことがあったけど。

 

「ふゥン…ま、よろしく」

 

ファ島での合流時。

降機の時間も惜しんだ作戦計画、だからの回線越しでの顔合わせにも謹厳なる敬礼だけを寄越したドイツ軍人たち続いて。

 

その視線にほんの少しだけ値踏みする色を滲ませただけで大して興味もなさげに挨拶をしてきたのは、見慣れない明るめの紫基調の強化装備に身を包んだはたして幼女と見紛う矮躯の金髪の衛士。

 

「よろしくお願いします、大尉殿!」

「ああ、小隊長、サカキ、少尉? 堅ッ苦しいのは勘弁して、ところで聞いていいかしらチョルォン(鉄原)()()ドゥ(弐型)に乗ってたのは誰? UNの機体だったでしょ確か」

「え? あ、いえ、我々では」

 

目ざとく強化装備の襟元のフランス軍階級章を見て取ったらしい榊がしかし言いよどめば、

 

「そ、残念。アレがいりゃアンタも少しは楽になったでしょうに」

「…」

 

ねえニンジャブレード、と統合された通信回線の中でやや皮肉げな笑みを浮かべて薄い胸の前あたりでヒラヒラと手を振るその仕草、そして中尉に呼びかけたその二つ名の前には。

単なる親しみの意味ではあるらしいけど、しっかりとMonがついていて。

 

千鶴がぴしりと固まりかける一方、慧にも直感的にこの大尉殿があのときのラファールに乗っていた衛士だとわかった――

 

 

 

 

本当に見境なし…

 

べつにあの中尉が自分からコナかけて回ってるわけじゃないだろうけど。

こうも次から次へと色目を使う女が湧いて出てきちゃさすがに榊が気の毒になる、おまけに今度は列強国家の軍を代表するくらいに名の知れた衛士ときては。

 

もっともあの大尉殿はひどく凹凸に乏しいカラダをしてるからアレでいいなら珠瀬や鎧衣でもいいわけなんだし、中尉がそういう特殊な趣味でもないなら榊にだって勝ち目はあるかもしれない ―

 

「? なに? 彩峰」

「なんでもない」

「ったく、言った傍から。集中しなさい」

 

知らず視線を送ってしまった通信ウィンドウ、返されたお小言は受け流して。

 

この状況下でも他事へと思考を散らしてしまったのは自らを落ち着かせるためというよりムラッ気ゆえの悪いクセ、そんな慧が進む次なる水路は緩く左へカーブしながら5kmの距離を稼ぐ経路は平均幅が50mほどとやや広め。

そのぶん低めの西側岸壁を気にしながらより飛行高度に気を配れば眼下に流れる水位のさらなる低下に気づいたその時。

 

「――ツェルベルス02より全機、ウニオン司令部より入電。低軌道衛星からの情報精査終了、次水路先の第8閘門付近にBETA群、小型種約3000水路内滞留も相応」

 

怜悧な金髪の后狼 ― ファーレンホルスト中尉が攻撃隊に共有すべく回したデータに、

 

「周辺にいた小型種が集まってきたのか? …だがよりにもよって第8か」

「最狭隘部のひとつですわね、幅員14mと少し水路長800m」

「強引に突破するにも戦車級が多いと……、大隊長っ」

 

険しい視線のファルケンマイヤー補足を加えたヴィッツレーベン、そこに意を決した様子のフォイルナーの三少尉。

 

「進路啓開志願! 63.090・34.971付近のBETA群を掃討しますっ」

「…許可する」

「ありがとうございます! ヘルガ、ルナっ、お願い!」

「了解だ」「やれやれですの」

 

素早く手短なやりとり、ただそれだけで。

慧が見る情報視界のなか先行する12・06・08のマーカーが水路を抜けるや突出を始めた。

 

どうするつもり…?

 

 

BETAというよくわからない異星種自体、総じて単体もしくは少数だったら人類科学の叡智の粋たる戦術機の敵じゃない。

まして全高3m未満の戦車級が最大となる小型種なぞは全高18mで高速飛行する第3世代型機にとっては害虫以上害獣未満の脅威でしかない――が、ヤツらはとにかく膨大で、さらには恐怖も痛覚もそしておそらくは生存本能すらもないらしく人類と人類が造りだしたモノにひたすら向かってくる習性がある。

 

つまり戦車級数匹だけならまだしも次々に集られれば飛行自体が困難になるだけでなく第3世代型機の運動性重視の薄い装甲なんぞは一瞬で囓られ喰い破られる。「最も多くの衛士を殺したBETA」の異名は看板倒れなわけじゃない。

 

たとえて言えば生身で下水道を走り抜けようとする時に火も刃物も銃器も恐れない大きめのドブネズミが次から次へと集ってくるようなもの、しかも噛みつき引っかいてくるその牙と爪は毒こそないがたやすく皮膚を裂き骨まで砕く鋭さ強さ。

 

そんな小怪物が少なからず蠢いているらしいこの先の狭い水路。

ならばと砲撃で排除しようにも連隊規模で閉所に詰まったあの数相手じゃ36mmじゃラチがあかない、だからといって榴弾系の120mmで吹き飛ばそうにも携行弾数は限られてるしさらに炸裂の余波がたやすく水路内壁を崩落させてしまうだろう。

 

 

だがやや開けた湖の上で増速を続ける3つのマーカーは間を置かずやがて先頭を疾る王と后とをも追い越し。

 

「準備はいい?」

「兵装担架システム起動、前方展開、オールウェポンズフリー」

「跳躍ユニット出力上昇、データリンク同期」

 

通常ダウンワード展開される背部兵装担架がしかし今は前方頭上へと跳ね上げられ。

増大する空気抵抗をねじ伏せさらに加速するべく蒼く吠え猛る跳躍ユニットAJ200。

そして3機揃って構えるは突撃する騎士の長槍・Mk-57中隊支援砲。

 

「進行軸設定完了、ピッチアングル・ロールレート送る」

「FCS同調、トリガーはイルフィ管制はわたくしヘルガはサポート」

「了解だ」

「よーし行くわよ…、ケッテ軸合わせ!」

 

まさか――

 

その決然たる号令一下、はたと思い当たった慧を他所にし。

 

「アイン!」

 

前方へと突進しつつも宙空にびたりと針路を固めた12番機 ― ドラッヘ・ヘルツ(竜の心臓)を長にして。

 

「ツヴァイ!」

 

その下方へと225°ロールをかけた06グライフ(鷲獅子)と ―

 

「ドライっ」

 

鏡映しの相対位置へと機体を振った08ルーヴェン(雌獅子)とが滑り込む。

 

俯瞰視点では寸分違わず重なる3つのマーカー ― 腹合わせの機体間距離わずかに10cm未満、構築されたは変則3シップ・インバート。

 

「フォアヴェルツ! パンツァー・フォー!」

 

そしてイルフリーデのその鬨の声と共に。

唸りを上げる3対6機のAJ200、吐き出される6本の蒼い炎は長く曳かれて螺旋を描く ― 3機間の中心点を軸にした最小半径のファスローレ(バレルロール)

 

微塵の躊躇も感じさせぬ敢然たるその機動、そして運命の三女神の駆る装甲騎はまさに颶風と化して2km先にまだぽつんと見えるにすぎないであろう次水路の入口へと突撃しつつその直線火力を解放した。

 

「フォイヤー!」

「ローテ06、FOX2!」

「08コピー」

 

破壊の顎を開くMk-57*3とGWS-9*6 ― 束ねられた36mmと57mmの高速徹甲弾の嵐が水路内部に蟠るBETA群へと殺到しそれら叩きつけられる大口径機関砲弾の前には非装甲種たる小型種など体液の詰まった革袋にすぎない、さらにぬらりとして丹念ささえ感じさせる照準の遷移により何らかの抵抗や反応の挙動を示す前に次々に余さず撃ち抜かれ吹き飛ばされ血煙へと変じて狭い人造の峡谷を赤黒く染める。

 

そしてまさにデア・ミューデ・トード(死の谷)と変じたそこへと独軍3少尉の駆るEF-2000は砲撃を続行しつつ突入し ― さらには極小というにも憚られる程度の猶予のなか加えられた一糸乱れぬ高速回転機動により彼女らの機体各所果ては跳躍ユニット主翼にまで施されたスーパーカーボンブレードでもって生残の個体・死骸の肉片問わず切り裂き引き裂き吹き飛ばして攻撃隊の進路を確保していく。

 

 

冗談――

 

その様子を情報視界のマーカーと共に遠景し、後続する慧は内心で素直に感嘆と驚嘆とを零した。

 

 

あんな隊形に機動は展示飛行でだってやらない、そんなミリ単位のズレさえ許容されない操縦の中でしかも多砲門同時使用で照準を動かしてなお水路内壁にかすらせもしない砲撃精度。得意分野の違いとはいえ同じ芸当は珠瀬にだって無理だろう。

 

さらにそれらを実現させた高い技量が実行力なら進行ルートの水位低下を見て取るや否や瞬時にあの戦術を組み上げたのが発想力、その双方を併せ持つがゆえの欧州最強 ― 地獄の番犬ツェルベルス。

 

 

「掃討率75、80,85――」

「――このまま押し通るッ」

「はいだらー!」

 

闘志に輝く三色の瞳、メグスラシルの娘達は自らで創り出した血の回廊を一気に駆け抜け――

 

「ブレイク!」

 

水路のその先、大きく開けたマトコゼロ湖にまで到達するや超低空を維持したままでぱっと三方向へと散開、揃って余さずBETAの返り血に塗れた機体各所の翼端部からヴェイパートレイルを曳きつつMk-57機関部両側にマウントされた弾倉のうち撃ち切ったらしい片方を投棄するところまで淀みがない。

 

 

やっぱり世界は広い…

 

大して歳も変わらないのに。まだこんなにも()がいる。

当然といえば当然すぎるその現実を、自らも赤黒く染まった水路へと突入しつつ受け止めざるを得ない慧にしかし。

 

「う、うー……おぇぇ」

「く…ッ…」

「ま、回りすぎですの…」

 

彼女らのすぐ直後に追随していた敬愛する大隊長からよくやった一旦下がれと命ぜられるまま迂回機動に入ったものの、通信ウィンドウには完全に目を回した風情の3人娘。

 

「なんで設定レートを守らないんだ、あれで十分だったろう…っ」

「い、イケたんだからいいじゃない…うっぷ」

「感覚派のイルフィに任せた私が迂闊でしたの…」

 

その飛行機動はつい先程までの鋭さはどこへやら、3人揃ってよたよたとして頼りなくややダッチロール気味で今にも墜ちそう、

 

「…」

 

死と隣り合わせの困難極まるシリアスな道行きそれをさすがは欧州列強が誇る鉄血の凄腕 ― と思わされたのは束の間で。

 

今や揃ってぐるぐる目をして頭はフラフラ真っ青な顔で吐き気をこらえて口元を抑えるその姿といえば英雄譚(古エッダ)の女神というよりさしずめ四大悲劇の墓掘り人か門番か。それともあるいは ―

 

「…弥次喜多道中?」

「け、慧さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約8分後 ―

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ付近。

帝国軍駐屯地内御本陣。

 

 

帝国軍制式の業務用天幕2号(改)、締め切られた内部は弱い北辺の外光を遮断して暗く。

実務実利一辺倒の軍用品なれば当然蚊帳地は暗橄欖色のみの設えゆえに主上の臨御を尠くも有職故実に則り荘厳すべきとの近侍の顧慮かその上には黒々と煌武院の定紋が刻まれた雪白の天竺木綿の陣幕が飾られるも、やや頼りない室内灯の直線的な光は其処彼処の影を一層濃く切り出していた。

 

「…」

 

その中央奥、冥夜は背後に用意された床几に拠る事はせず他衛士等と同じく強化装備に充電外套の出で立ちにて。

内心の焦燥を押し隠し剥き出しの地へと突いた宝刀・皆琉神威の柄尻に諸手を据えて立っていた。

 

「失礼致します」

 

天幕入口、外からのその声と共に斜め巻き上げの幕が少しだけ開けば。

幕内に控えていた独立警護小隊・巴雪乃少尉がその小兵故の俊敏さの侭さっと動いて開きかけた入口の幕を持ち上げ、荷物を小脇に抱えて入ってくる同小隊・涅色の肌の神代巽少尉を扶ける其の間には残る戎美凪少尉が幕内隅にと寄せてあった陣卓子を冥夜の前へと移動させた。

 

「お待たせ致しました、冥夜様」

「いや…済まぬな」

 

此の場に居るのは冥夜と警護小隊の3名のみ、とは云えやや声を潜めての遣り取り。

神代が調達してきた手荷物 ― 膝上端末(ラップトップ)を陣卓子上に据える。

 

「斯様に小さな画面のみにて、御寛恕賜れれば」

「何を云う、私の我が儘に。…その、問題は無かったか?」

「無論で御座います。冥夜様の命は悠陽様の命も同じ、即ち勅願に他なりませぬ」

 

帝国軍人たる前に皆帝国臣民なれば反駁の在ろう筈も等と強化装備下のやや控え目な胸をふんすと張る神代、いやだからそれが心配だったのだがと冥夜はやはり己の求めを素直に出し過ぎたかと内心に悔いるも、

 

「御心配には当たりません、流石神宮司少佐は心得た物で冥夜様が御所望と有ればと直ぐ様徴発に応じました。冥夜様の御慧眼通り諸庶の軍卒としては十二分に見所が御座います由」

「…」

 

勿論御名前を出した訳では御座いませぬと申し添えつつてきぱきと端末を起ち上げる神代にしかし、冥夜は正にそう云うところを案じていたのだと秘かに頭痛を堪えた。

 

 

戦時下の近年、武家に生まれついたとなれば。

物心ついた折から剣を振り出し初等教育の間に現代の幼年學校 たる斯衛軍衛士訓練校への選抜者たり得るを目指して励み、入校叶ったその後にも中等・高等教練課程へと進むべく文武に厳しい修練を重ねる。

 

其れ等が長じた者共が集うが斯衛軍 ― 禁闕守護に鳳輦供奉を司る一騎当千の壮兵。

 

そして其の彼等の中でも帝都近傍就中帝都城に詰める者共更にその中の時の将軍の御側侍衛を担う独立警護小隊とも成れば、その選任には殊厳格な基準 ― 心技体に優れ主筋たる摂家への忠心厚いは元より、並んで家柄血筋ともが揃う必要 ― がある。

 

故に勢いそうして選び抜かれた者共は、武家の世界の純粋培養――つまりは箱入りに成りがち。

 

それは同じ箱入りでも、()()()により世間一般のみならず武家社会からも隔絶した御剣の家で過ごした己とは又違って。

武家にあらずんば人に非ずと迄は云わぬも國軆護持に一意専心・滅私奉公を尽くす斯衛こそが真なる帝國臣民にして衛士ゆえ、その他は喩え如何様に腕が立つとも一段二段と下に置かるるが道理と――然うした心持ちが皆無とは言えまい。

 

況して当代屈指の斯衛の剣人・月詠真那の指南の下、何時何時戦陣に立ちて聖上守護を担うに不足有間敷候と日々帝都城内済寧館にて鍛え上げられた其の力量を此度の此の北辺の戦場にて存分に発揮し、先に一刻傍付の任を離れて出撃したその月詠から暫時総べて託すと任された彼女等とすれば、万事遺漏なく其の任果たす可しと意気込んで仕舞い。

抑抑現状況下で戦陣には必ずしも要の無い斯様な本陣を設えるに中って尚、御本陣が衆庶の指揮所の天幕よりも小ぶりなのは如何なる了見ゆえか等と、気づいた冥夜が慌てて釘を刺さねば作戦開始直前で殺気立っていたに違いない帝国軍指揮所へまるで空気を読まず苦言を呈しに突撃しようとしたりもする訳で。

 

 

砕いて云えば、神代らの言動は押し並べて総て煌武院と或いは御剣への忠義と斯衛の誇りゆえではあるものの、いくら摂家付将軍付とはいえいち少尉風情が国軍の兵団を預かる佐官相手に思し召しである其処な機材を疾く寄越せと上から目線で要求したのではなかろうかと。

 

少佐殿に謝罪に行こうにも…

 

当面は到底無理だ、そんな真似が出来るのであれば端から指揮所に入らせて貰っている。

我が身の影武者たるをご存知の少佐殿は兎も角他士官達はごく至近での天覧としか思わない、そんな無用の負荷で任務に支障を来す可能性など有ってはならぬ一方で、だがこうして機材を借り出してまで戦況を知りたく思うのは――

 

「お待たせ致しました、お繋ぎ下さりませ」

「…済まぬ」

 

端末の準備を終えた神代へ今一度礼に代わっての詫びを述べつつ。

冥夜が強化装備頬部を操作し付与されている最上位権限で端末から指揮所の回線へと入れば、

 

『こちら最後尾榊、第10閘門通過ッ』

『了解。ツェルベルス02、全機通過を確認。脱落機なし』

 

傍受したその聞き覚えのある声とない声、英語でのやり取りに求めていた情報を得られて内心にまずは安堵をひとつ。

 

無事であったか…

 

 

戦勝の報をお待ち下されよ ― 政威軍監・斑鳩公崇継はそう、軽い散歩にでも行くかの如くに。斯衛と帝国軍きっての精兵を引き連れて戦地へと発った。

 

だがその作戦の成否と。彼の中尉に月詠の安否と。そして元207Bの同輩らの身を思えば。

 

遠く内地に在ったならば煩悶する他無かったものが、逆にこう近くと成れば、戦況のひとつもなんとか知りたいと願って仕舞う。

 

また一方で、そうした残される身の遣る瀬なさのみならず ― 同じ釜の飯を喰って切磋琢磨しその後も奇縁と呼び得る間柄の207Bの面々に対しては、未だ同期としての仲間意識と競争心。それは身勝手な想いとは自覚しつつも――

 

最早此の世に「御剣冥夜として対等に扱ってくれる」人間は、彼女等を於いて他に無い。

 

 

ゆえに赦されるなら共に征きたかった、だが果たして今の己に剣技は扨措き彼女等ほどの操縦技倆があるだろうか ― そうも自問する冥夜の網膜投影に開く情報視界、端末の液晶画面と共に戦術機搭乗時と近似の機能となる。

同時に実視界の隅にはやや伺う目線の神代ら、眼で頷きを返せば失礼致しますと近侍たちも傍受に加わる。

 

『目標は現在64.506・34.610 ペレクレストク付近、ヴィグ川北約3km。相対距離0.8-1km』

『よし悪くない位置だ、運河跡からも近い」

『間もなくバルト海戦隊の巡航ミサイル(トマホーク)第一波、AL弾が被迎撃圏に入ります』

『ソ連軍より入電、支援攻撃開始の報』

『低軌道衛星からの映像回せ、北方艦隊を捉えているか?』

 

神宮司少佐の声に応じて生成され浮揚した情報窓が冥夜の視線照準により拡大、

 

あれが――

 

白海。夏季でも低い水温の海は曇天の下でやや薄暗く、その連なる白波を蹴立てて進むは8隻の洋上艦。

 

「空母1、戦艦が2に巡洋艦1、駆逐艦とフリゲートが2ずつ…」

「いや巴、恐らくあの大2杯はキーロフ級だ。重原子力ミサイル巡洋艦」

「しかし対米帝聖域守護艦隊との喧伝の割には…やはり、()か」

「は。主力は潜水艦、その総数は200超と」

「改めて聞いても…途方もない数だな」

「はい。腐っても軍事力では万邦次席、侮れませぬ」

「BETA戦の対地支援火力はオスカー型が主に御座りますが、これも信じ難き巨艦」

「戦略原潜も同艦隊には最大8隻残存の可能性が、加えて此れ等は」

「恐らく対異星種向けに換装もされず…核搭載の大陸間弾道弾の侭でしょう」

「…この期に及んで相互確証破壊とはな…」

 

それらSSBN ― ソ連式にいえば戦略任務重ミサイル潜水巡洋艦の照準は、主に米国へと向けられているのだろうが。

BETA戦下の現在の世界情勢、あらゆる意味で世界を支える米国の、華盛頓なり紐育なりが火の海と化せばほぼ間違いなく人類は敗北する。

 

そう乱れる内心を他所に神代らと共に観戦宜しくも注視する中、

 

『ソ連艦隊攻撃開始っ』

『DPS衛星、熱源確認』

『攻撃隊へ通達、SS-N-19(シップレック)は速いぞ着弾予測ッ」

『320秒、送ります!』

 

情報窓内まず見えたのは洋上キーロフ級の甲板上にずらりと並んだ垂直 ― 同級の場合は内包噴進弾の巨大さ故に前方へ約45°傾斜しているが ― 発射装置のうち一つから白煙と共に撃ち出された白色の弾体は全長10mと凡そ平均的な西側巡航弾比で倍近くの巨弾、固体ロケットの赤色炎を曳くその初弾に続いて艦上他枡からも1秒程度の間隔を以て次々に同型弾が発射され。

上空からの視点ではそれらの発射に伴う炎と煙とで艦体が隠されていく中、同時に近傍海中からも潜水艦隊が撃ち上げたのだろう同じ巨大なミサイルが続々と波打つ水面を突き破って現れる。

 

元来が、米軍空母打撃群が備える圧倒的な防空能力をすら遠隔飽和攻撃により凌駕し突破殲滅すべく構想されていたと聞くソ連軍潜水艦隊のミサイル戦術。

 

まだ第一波に過ぎないそれらはしかし冥夜にはその数20から先は数えられなかったものの少なくともその倍以上はあったはず、その一大軍事行動の成果はかつて米国にすら先駆けて実用化された衛星誘導(レゲンダ)により一様に画面下側即ち南南東――超重光線級がその威容を誇っているはずの、作戦域へと飛んで行く。

 

これほどの火力を――

 

有していながら。

先の防衛戦にはまともな助力の一つも寄越さず様子見を決め込んでいたというのか。

これだけの火力支援があれば、散らせず済んだ衛士の命がどれほどあったやも知れぬのに。

 

「これが…これが政だというのか…!」

「冥夜様…」

 

否、温存していたからこその今のこの支援なのだとその理屈も解るにせよ。

冥夜はやり場の無い怒りと口惜しさとに奥歯を噛み膝上の拳を握る――一方で。

 

 

『トマホーク第一波全弾信号途絶、目標西150kmっ』

『重金属雲形成順調、想定濃度へ ― 第二波到着まで30秒』

『軌道爆撃が来ました!』

『目標の侵攻停止を確認! 砲弾迎撃率…、100%!』

『シップレック第一波被迎撃圏入ります…重金属雲発生を確認っ』

 

作戦はおよそ手はず通りの進行を見せ冥夜の情報視界内には ― 低軌道偵察衛星からの映像に進軍を止め巡航ミサイルと軌道爆撃を迎撃すべく照射を始めたがためその頭上に急速に形成されていく光線属種積乱雲(レーザークラウド)により隠されゆく超重光線級の異形。そして模式化された作戦図には南から東寄りへややの蛇行を見せつつ運河跡を辿る攻撃隊が、

 

『11閘門通過!』

『02了解。目標まで70km、全機各部並びに兵装チェック』

 

さらに東西北の三方向から目標へ迫る各ミサイル群――

 

『トマホーク第二波信号消失っ』

『! これは…、待ってください!』

『どうしたッ』

 

その緊迫した管制官の報を質す神宮司少佐の声に。

 

『超重光線級からじゃありません! 別働隊出現!』

 

なんだと――!?

 

注視を続けていた冥夜は我知らず床几から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソ連軍第二波も迎撃されました! さらに別集団からです!」

 

回線に響いた管制官らの声はやや悲鳴に近く。

 

作戦図内の東と西から伸びゆく複数の矢印に一斉に赤い×印が刻まれた。

無論その間にも北側から無数に下り来たる軌道爆撃を示す矢印が2体の超重光線級によって迎撃され続け同じく無数の×印が量産されていく。

 

おのれ、やはりか…!

 

モグラ組か伏兵か、いずれにせよ悪い予想ほどよく当たる。天幕内の部下らに見えぬようにしかし拳を握り締めるまりもがそう、内心で臍を噛む思いを抱くのはもう何度目か。

 

作戦目標以外からの照射 ― それもそれぞれ別地点からの。

すなわち目標2体に加えて他に光線属種を擁するBETA群が、少なくとも2つ存在するということ。

 

「発振地点と規模分析ッ」

「お待ちを……、東側:64.521・34.761 ベロモロスク ヴィグ川河口付近、西側:64.401・34.063 シュエゼロ湖付近、共に光線属種積乱雲形成中っ」

「東西共に大隊規模推測、内包光線属種、西は光線級、東は…重光線級です!」

「ち…、数こそ多くはないが…」

 

作戦立案時には無論各種状況への対応策も考慮してはいるものの、これは最悪に近い。

 

「トマホーク第三波が西群被迎撃距離に――」

「――全弾信号消失っ」

「…欧州連合軍司令部は?」

「お待ちを、今 ― 入電、作戦は継続、貴軍部隊には引き続き助力を乞う。以上です」

 

無茶を言う、と反射的に吐き捨てたくなったその言葉をまりもが飲み込めたのは軍の飯を長く食べ過ぎたからか。

 

 

戦域南500kmに位置する04ヴェリスクハイヴからのBETA湧出は軟調化してはいるものの ― 元々ソ連領域内はまるで()()ができてはいない、さらに旧カレリア共和国はフィンランドと同じくその国土には自然の湖沼や洞窟がかなり多い。

 

そして目標から東西それぞれ5km・30kmの距離に別の光線属種が存在するとなれば――超重光線級の急所たる準反応炉器官は地上高およそ60m、すなわちそこへ刺突爆雷を打ち込むべく飛び上がった瞬間東側は元より西側からも撃たれ放題になる。

 

 

ならばまず先にそれら東西のBETA群を排除しようにも ― 位置がまずい。

 

まず西側のそれらの位置へは最短距離となる地点で渓谷を離脱すればおよそ20km、光線級の対戦術機地上高18mへの見逃し距離22kmからすればすでに照射圏内といえるもののそこはツェルベルスはじめ百戦錬磨の衛士共、文字通りに地表すれすれの匍匐飛行をこなして地上高4m以下に抑えられるのは実証済み。となれば残りは12kmほどで突撃砲120mmの射程は榴弾使用なら5km近辺が確保されるゆえ残り7kmを詰めるために必要な時間は俊足の第3世代型機なら30秒と少し程度か、それでも並の衛士ならば高確率であの世行きだが手練れも手練れの狼共の爪牙にかかれば巡航ミサイル迎撃後の充填時間と地形の起伏に両肩部ATACMS(ミサイルランチャー)を利用して、相応に危険度は高いとはいえ決して不可能ではない――が、東側はそうはいかない。

 

まず確認されている限りでも東群には重光線級が居、不幸中の幸いにして最寄りの水路からは3km程度と遠くはないが頭頂高20m近辺から撃ち放たれるその照射は露出を地上3mに納める超低空匍匐飛行をしてすら22kmの距離で戦術機を捕捉する。つまり運頼みでも回避は不可能、ならば現在と同じく運河跡を利用して距離を詰める他なく ― だが。

 

 

攻撃隊の現地点から渓谷離脱地点までは約60km。

現在のペースではそこに到達した時点で支援の軌道爆撃が尽きる、これは計算通り。

だが東群BETAまでは同離脱地点から水路を辿れば――さらに10km向こう。

 

すなわち攻撃部隊本隊が60km先で渓谷を飛び出すその瞬間までに最大70km以上進軍し、その上で西群光線属種の掃討を終えなければならない。

 

つまるところ ― 残る12-19閘門、7つの極隘路を含めたコースをこれまでのペースよりさらに迅く――おそらくは、最低でもプラス20%の速度での進行が必要になる。

 

 

附言するならここまでアイヒベルガー少佐が先導してきたペースは決して遅くなどない ― 否、他列強一流の衛士らをしても実現可能な速度だったかどうか。

無論欧州連合最強衛士とまで称される彼単独でならばもっと速く飛ぶことだってできただろう、しかし才あるとはいえ戦歴浅く知己とも云えない衛士らまでもが後続に混じるなか短時間でそのギリギリ上限を正確に見切ってかつ可能な限り急がせてきたその統率力こそは王の異名に恥じぬもの。

 

とまれそこからさらに2割増しのペースなどというのは、種々常識外れのこの作戦においてすらまさに狂気の沙汰といっていい。

 

 

「重金属雲形成位置、誤差許容範囲を逸脱!」

「軌道爆撃被迎撃速度も上昇中、このままでは…」

 

直接の指揮権がないゆえとは云え。

対応に苦慮して眉根を寄せざるを得ないまりもに明らかに悲壮感を隠せなくなった管制官らの声にも焦燥が増した。

 

撤退させるべきか…しかし…

 

 

この作戦に負う欧州連合軍の軍事的・政治的リスクの大きさは理解している ― が。

 

個人的な感情を抜いて考慮しても、帝国軍は指折りの優秀な衛士らのみならず、文字通りの国家指導者級の人員を肉迫攻撃部隊に送り込んでしまっている。

 

 

「――閣下、お聞き及びですか」

「応。ま、良からぬ胸算程当たるものよな」

 

衛星通信、やはり感じるレイテンシ。

だが通信ウィンドウに現れた切れ長の双眸、その常と同じ古拙の笑みはやはりまりもにこんな焦燥下でも微量の警戒心を抱かせる。

 

 

斑鳩崇継 ― 衛士として戦士としてその力が古今最優の域にあるのもよく解るし、すでに横浜・佐渡島・鉄原と3度のハイヴ攻略戦において文字通りの最前線に立ち作戦を成功に導きさらに生還しているというその実績は余人の否定を許さぬ動かしがたい事実だが。

 

どこかしら、生来の高貴さゆえの頽廃というか。

政も軍も所詮は死ぬ迄の手すさびに過ぎぬ、滅びて仕舞うならまあ仕方が無いであろうと ― そんな我が身の破滅をも肯んじる、刹那的で快楽主義的な気配を感じる。

 

 

「…お退きにはなられませんか。単機ででもです」

「フム。否と申しておこうかの」

「御身のお立場と前連隊長のご遺志を知悉しておいでですか。とても合理的な判断とは」

「はは、直言するか小気味が良い。流石は魔女殿の猟犬、大した肝魂ぞ」

 

赦しを乞うこともせずまりもが切り替えた秘匿通信、相手は至尊の位にも程近い、五大執柄その筆頭。しかし冷徹にして傲慢なる政威軍監は少し乍らも愉快げに嗤って。

 

「そうさな、命冥加の生き恥云々等とは言わぬ。寧ろ単なる成功率の問題よ」

「目下現状でも成算がおありと」

「貴官と魔弾の技倆を疑いはせぬが薄い支援下での狙撃等と土台甚だ無体な要求であろ」

「確かに仰せの通りですがそれは議論のすり替えで…、…何か他にも目的が?」

「クク、実に鼻が利くな。まあ少々()()()()()()()()()()()のは確かよ」

「御身を危険に晒してでもですか。夕呼 ― 香月博士にとっても今閣下を失う訳には」

「魔女殿の名を出されれば辛いな、が――何れにせよ、そう案ずるな」

 

 

指揮者達の内緒話の傍らで、作戦図内に動き出すマーカーが一つ。

 

 

「其の為の彼奴と――彼奴の機体なのであろうが?」

 

 

元々止めて聞くような男では無し。

 

 

「異星種共を討つ事しか知らぬのよ。喩え外法の鬼に身を喰わせようとも」

 

 

其の身を灼いて焦がして積み上げた、屍さえも己が地獄の一里塚。

 

 

「然らば迅らせて遣るが佳かろうて」

 

 

皇軍の先触れにしてBETA共への荒御霊――

 

 

「さあ征け、大和の御先よ。その双刃の鋒に奴等の目玉を提げて来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2分前 ―

旧ソ連カレリア自治ソビエト社会主義共和国。

ニシュネヴィグスコエ・ヴォドフラニリシェ中央ポチタ・ラシー付近。

 

 

曇天と霧、延々と続く薄暗い河と水路を潜り抜けての湖上。

作戦強行の命、それを受けた狼たちの行動は素早い。

 

「ローテ01、ファル・ヴァイス。分遣隊にて西光線級を掃討せよ、レーザーヤークト(光線級吶喊)だ」

「王の仰せのままに」

「ゲルハルト卿、可及的速やかな排除を。これ以上の砲撃拘束力の低下は許容できません」

「超重光線級側面放射頭節の可動域推定値更新、送りますわ。ご注意を」

「諸々了解である」

 

王と后の求めに応じる赤の男爵が片眼鏡を光らせて皇帝髭をひとつ弾いたそのやり取りを、龍浪響中尉は高速匍匐飛行状態のままの乗機弐型の管制ユニットで通信窓内に見やりつつ、操縦桿を握り直した。

 

分散同時攻撃、やる気かよ…!

 

 

地形の起伏に敵集団規模が大まかには捉えられているとはいえ、わずか数機で光線属種の捜索撃滅など通常ならばまずやらない。

 

しかも断続的な支援砲撃でなんとか拘束しているとはいえすでに超重光線級の探知照射圏内、分遣隊が渓谷から飛び出し隠密接敵が露見する以上目標の動きが変化する可能性に加えて爆撃の薄弱化もあり狙撃照射されるリスクは北上するごとに増していく。

 

さらに言うなら本来の、そして最大の目的でもある超重光線級討伐のための唯でさえも少ない戦力が削がれることにも間違いはなく――

 

 

「では東側は ― 」

「…俺が行く」

 

遂に唯黙して飛び続けていた黒が動き出す。

 

「…本来なら主攻のあんたにそんな真似させられないんだけど」

 

言うと思ってたと言わんばかりに通信ウィンドウの小さな窓で小さな肩を竦めるリヴィエール大尉には明らかに、彼の言への呆れとそして、自らの力不足への悔い。

 

本来策定されていた対応案なら、第2分遣隊は彼女ら(フランス軍)だった。

しかし今以上のペースで極狭の隘路を潜り抜けていくことなど ― あるいは前衛砲兵には可能だったとしても、残念ながらその従士2名には不可能だ。

 

「す、すみません…」

「やっぱり私たちが足を…」

「…気にするな。大隊長」

「応。さあ征け、大和の御先よ。その双刃の鋒に奴等の目玉を提げて来い」

「感謝致しますヘルツォーク・イカルガ。…頼んだぞ、我が友(カメラード)よ」

「…了解。…先行して引きつける、分遣隊はタイミングを」

「了解である。卿にも武運を」

 

だが只淡々として黒は至難の行程へ。

 

「…」

 

一切の間も躊躇もなくスロットル全開、漆黒の00式改の跳躍機・FE-108 FHI225SPが甲高い絶叫と共にロケットの赤炎を吐き ―

 

――速ェ!

 

殺人的な加速。

真後ろでそれを目にした響が瞠目する中つい一瞬前まで1km先を飛んでいたその黒い背中がまさに瞬く間にさらに小さくなってすぐに消え、追った作戦図内のマーカーにおいても先行する欧州軍機を次々に抜き去りそのまま西へ緩やかにカーブする水路へ向けて突っ込んで行き、

 

「…弐番機起動」

 

そう聞こえた呟きに次いで。

 

「――ッ」

 

通信窓内horned03のアイコンが黒地白文字の「SOUND ONLY」に変じるや同時に響いた聴覚を震わすその耳鳴りというには大きすぎる不快ななにか。

 

なんだ――!?

 

だがそれは顔をしかめた響にだけでなく。

 

「っ…、なにかの共振音か?」

「外部音声…いえ通信から、ルナっ」

「可聴域上限付近からそれ以上…2万ヘルツ超の高周波まで含んでますの」

「これって」

「ええ、中尉殿よ…!」

「でもこれだとたしか…」

 

通信窓内、居並ぶ精鋭のうち顕著な反応を示した若年組らの中でも耳に手をやるなり操作盤をいじるなりした欧州組と思い当たる節があるらしき横浜隊で対応が分かれる中、

 

「ユーロCPより攻撃隊、目標の行動に変化を認む注意されたし!」

「! こちらツェルベルス02、詳細を」

「迎撃照射が数秒鈍化、さらに両側面の放射頭節と衝角触腕基部の蠕動を確認!」

「気づかれた…?」

「でしょうか…、いえ、まさか…誘引効果ですの?」

「…そうか! 仮に存在を検知されても機体が地平線下なら――」

 

 

実際に照射を受ける事は無い。

 

さらに検知可能であるがゆえ、光線属種はまずその目標を追い続ける。

 

 

「成程、()()()()()か ― ゲルハルト」

「承知。03・11、続くがよい」

「ヤーボール・ヘル」「了解っす」

 

今ぞその時、素早く隊列を離れる赤の男爵に隻眼の蛇と若き狼が即座に続いた。

 

「あー11から12、ってなわけで大将首はくれてやるぜ。…死ぬなよ」

「…そっちこそ。ミスして中隊長と小隊長に迷惑かけないようにね」

 

ハッ言ってろ、とのブラウアー少尉の返しはあえて取り直して努めた軽薄さ ― たとえこれが今生の別れになろうとも。

 

 

敵BETA、とりわけそれが光線級なら燃え尽きるまで数秒しかかからない。

 

それが最前線の衛士の死に様 ― コンバットと呼ぶにはあまりに鋭利なすれ違い。

 

 

でも連中は、生きる希望を捨ててない…けどっ

 

いま響が見る作戦図、黒が突き進むその先には狭隘部。

だがそのマーカーはまるで障害物など存在しないかの如くにほとんど速度を落とすこともせず突破していく。

 

その飛び様は並どころか手練れの衛士であってもそのまま壁面に衝突するか地表に激突していてもおかしくない、そしてわずかな調整機動ですら失神しかねないほどのGがかかっているはず。そんな負荷にハイヴ防衛戦から酷使し続けてきた彼の身体は ― いやそれだけでなく。

 

また戻るつもりがないのかよ…!

 

その力と覚悟には敬服するし、そのどちらもが自分は持ちあわせないもの。

だが毎度毎度こうも平然と命を投げ棄てるような真似を目の前でされては。

 

 

戦術機の跳躍機とは、ジェット+ロケットのハイブリットエンジン。急機動に用いるロケット燃焼時にもジェットは低出力状態ながらも維持されているし、とりわけあの00式改型用は特別仕立ての上に極端な高機動戦闘向けのセッティングからしてバイパス比が通常よりさらに低く設定されているはず。

 

つまり燃費自体は素のC型より悪化している可能性が高くそれを補うための脚部大型化による燃料搭載量の増大なのだろうとは容易に想像がつく話 ― いわば継戦能力自体は低くはないがそもそも局地戦での運用を想定した決戦用の機体という00式のコンセプトをさらに先鋭化させた機体なわけで、間違っても定速巡航での長駆進行・打撃からの帰還なんていう任務に向いてるわけがない。

 

 

そんな機体をほぼ最大出力に近い状態で長時間ぶん回せばどうなるか ― 彼のことだからBETAを討ち果たすまでは保たせるのだろうが、その後ガス欠になったら曳航してもらえばいいだなんていう真っ当な考えじゃないだろう。

 

いやむしろ――照射を躱して触腕を弾き零距離にまで接触したら。

破甲爆雷を突き刺すと共に平然と自爆ボタンを押すかもしれない。

 

 

アンタが死んだら ― 泣く女は山ほどいるだろ!

 

ほぼ涸れ果てた河川上1mを辿りつつ響は反射的に斯衛機の位置を確認してから背後に続く千堂柚香少尉機を見やる ― 本音を言えば選抜メンバーから漏れていてほしかったという願いも半分あるが、彼女の実力は十分知っているつもりだから「大丈夫か?」との問いかけは三度目以降はしていない。

 

俺は死なせねえし…死なねえぞ!

 

「クッソ…」

「02より全機、本隊は設定速度遵守、引きずられてはなりません ― 01、貴方も」

「、解っている」

 

そこへ欧州部隊の回線から届く后狼 ファーレンホルスト中尉の怜悧な声。

それが彼だけに任せるわけにはとか向こうっ気の強さがゆえに知らず負けてなるかとスロットルを開けがちになる衛士らを、王まで含めて掣肘し。

同じく響も無自覚に踏み込み量を増やしかけていたフットペダルから力を抜いて定位置を守る――が。

 

「CPより攻撃隊! 軌道爆撃被迎撃速度が許容上限突破!」

「な――」

「西側個体が顕著だ、左放射頭節が拘束から――対空照射の停止を確認!」

 

ヤバい――

 

本能的な警戒感が走り見はるかす北東方向の空、本隊の現在位置はヴィグ川中北部レトネレチェンスキーを過ぎたあたり ― 信じがたいことに黒い00式を示すマーカーはすでに12km近く先の14閘門にまで迫っていて――

 

空が光った。それが目視できたのは薄暗い霧の曇天ゆえ。

 

そして前方はるかに上がる爆炎 ― 大出力レーザーに炙られた地表面が瞬間的にプラズマ化して噴き上がる。

 

「撃たれた!?」

「目標が攻撃を開始して…射線が通ってないのに!?」

「そんなッ、中尉!」

「落ち着けっ彼奴がこの程度で…シグナル健在、見ろッ」

 

先行する00式改とはその至近距離での強力なプラズマ爆発に伴う電波干渉で音声回線は途絶えさらにデータ通信にもノイズが混ざるも、しっかりとマーカーを見て取り狼狽も明らかな榊少尉を叱咤する篁中尉の声にもしかし焦燥の色。

 

たしかに作戦図内には未だ高速で北上を続ける単独のマーカーに加え途切れぬ爆炎がその健在の証、そして同時に衛星映像情報窓内にも暗く厚い光線属種積乱雲の下ぐにゅりと気味悪く伸ばしねじ曲げた左放射頭節から未だ切れ間なく光条を放ち続ける西側個体の姿もまたその証左 ― だが。

 

光線属種の照準捕捉追尾能力は絶対的でそこに光速のレーザーを以てすれば本来およそ偏差射撃の必要すらない、いやだからこそゆえに黒の00式はその存在を誇示しつつも河畔の大地を数瞬限りの盾にして、絶死の光線を文字通りの紙一重で躱して進撃を続けるが――

 

「放射頭節の稼働域が…!」

「予測値を超えてるぞCP再解析急げ!」

「周辺地域の土壌データから対レーザー予想耐久値を戦術データベースに該当なしでしたら衛星経由でデータバンクへ弾かれましたの大隊長のコードを拝借再設定NORAD接続許可申請通りましたわオービトロン起動TLE全取得アルゴリズムをSGP4からSDP8へ各パラメータ更新学術ネットワーク接続該当データ検索ヒットしましたの予測関数指数許容誤差入力推測値演算終了送りますわ!」

 

目の速いフォイルナーに果断なファルケンマイヤーの両少尉が行動を促すなか残るヴィッツレーベン少尉が小さな通信窓内からでも判る程に高速でコントロールパネルを叩いての戦術支援、これらによって、

 

「水路が、不味いぞ!」

「01より全機、ルートK(カー)へ変更。西ソスノヴェツ側の河川へ、ダム跡を抜ける」

「ヤーボール!」

 

幸いというべきかそこは全行程中2ヶ所だけ存在した複数ルート地点のうち1つ、急遽攻撃本隊は破壊され崩落した可能性が高い人工の水路ではなく涸れた河川跡へ。

 

だが独り先行する双刃は無人の荒野と成り果てた川縁を灼くレーザー攻撃を引きずりつつ本来の渓谷離脱地点をも通過、東群重光線級を討ち果たすべくその先の17閘門へと突撃する――その時。

 

 

「東側個体も拘束が――いかん!」

「右放射頭節に高エネルギー反応ッ! 一斉照射きます!」

 

 

まさか地面ごと――!?

 

 

CPからの悲鳴、響の情報視界内、刹那の視線照準でさらに拡大された衛星情報窓内に映る光線属種積乱雲に一際強い稲妻が走った。

 

 

「中尉――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その叫びが自分の口から迸ったことを千鶴は自覚していなかった。

 

 

「中尉――!!」

 

 

だが音は光よりもはるかに遅い。

 

だからそれが光ったと、ヒトが知覚し統覚し認識したその瞬間にはもう決着がついている。

 

ゆえにそれを覆すならば――

 

 

Я не позволю тебе(させません)

 

 

確かに聞いたその声は、BETAがその眼を光らすよりも迅かったのだろう。

 

 

「えッ――」

 

 

突如弐型のセンサーが警告を発し。動体反応急速接近。

 

 

「きゃああ!?」

 

 

攻撃本隊その最後方。死に絶えた河上を這う千鶴機の、その頭上ギリギリを掠め。

 

 

「は? ――うわわ!」

「衝撃波!?」

RGM-109(トマホーク)!? いえ――」

 

 

先を急ぐ狼たちをも音速の2.5倍の速度で瞬時に抜き去り。

 

 

SS-N-19(シップレック)! なぜここに!?」

 

 

白い巨弾が計2発。渓谷の両壁に切り取られた曇天を貫く。

 

 

そして縦型を組んだそれらは渓谷から飛び上がるや散開、長い弾体後端からインテグラル・ロケット・ラムジェットの轟音と火焔とを曳いて一挙に北上。

だがすぐさまその危険性を察知したのか ― いや()()()のだろう、一斉照射を取り止めた東西2体の超重光線級から迎撃のための通常照射レーザーが振りかざされ瞬く間に2本の長い弾体は溶断され爆発するも――

 

「AL弾!」

「それに今の」

「うん回避機動をとってたよ、それも乱数回避、戦術機みたいだった」

 

西側標準巡航ミサイルの倍近い巨体から発せられた重金属雲は広く厚く、最後尾ヴァルキリーズを伴い渓谷離脱地点へと駆ける攻撃隊の行き先を覆う。

 

渓谷離脱地点まであと12km、殺し間に迫りつつある精鋭部隊に寸刻の閑寂 ―

 

「なんでソ連が」

「ええそうね…、いや。まさか ― 」

 

千鶴が急ぎ作戦マップを確認すれば――そこには巡航弾を示す矢印が4、 いやこの瞬間にも1つ消えて3。

そしてそう見る間にご丁寧にも「AL missile」の表示が追加された、それらすべては。

 

 

今や東群BETAを討つべく北から東へと翔けるたった1機の00式へと。

 

遠巻きにも包み込むように。ただひたすらに、あのひとを守り通さんとして。

 

 

「こちらCP、攻撃隊、状況を報告せよ」

「ツェルベルス01――、詳細は不明、だが全機健在」

「なにが起きた、重金属雲が? 形成されているか? 巡航ミサイルらしき機影が」

「詳細不明。いずれにせよ作戦に支障なしと判断、任務を続行する」

「…了解。貴隊に武運と神のご加護を」

 

隊内に欧州軍指揮所との応答の中には狼王と后狼のわずかの目配せが混じり。

其れを横目に山吹の斯衛が右耳の付近でくるくると指を回した。

 

「――閣下」

「かまわんよ、秘匿使用許可」

「拝謝致します。榊少尉」

「は、はい。推論になりますが…」

 

 

おそらくは――衛星回線からのハッキング。発射後の乗っ取り。

 

 

SS-N-19・シップレック ― P-700・グラニート。

 

その、西側陣営標準たるRGM-109・トマホークシリーズとの違いとは。

倍近い巨体にマッハ2をゆうに超える巡航速度、いち早く導入された衛星誘導に加え。

 

「編隊制」の採用――長機となったミサイルが他数機を率いて目標に向かうそのシステム。

 

 

「つまり長機を奪えば残りもついてくる訳だな」

「はい。それから超重光線級へは向かわず迂回機動、支援位置につけたものかと」

 

 

ミサイルを捕捉するようなレーダー網はこのエリアに整備されてない、それも超低空を飛ぶ巡航ミサイルとなればなおさら。

そして同じく地表すれすれ、しかも水路や渓谷といった両側を遮蔽された空間を進んできた攻撃隊には感知のしようがない。

 

さらに現実を映像として記録しうる低軌道衛星の類については最重要作戦を展開している今現在、この近辺を観測可能なものは超重光線級とそれを狙う攻撃隊 ― すなわち鈍足のBETA大型種及び亜音速にも満たない程度の戦術機が単位時間あたりに移動可能な範囲のみを重点的に監視していて――音速の2.5倍で最大射程は550kmも飛翔可能な兵器の戦術展開範囲、それも本来飛来させるはずの北からではなく南方向からとなれば、衛星リソースも限定的である以上想定外とされ盲目状態だったのもある意味当然。

 

 

「ソ連軍が騒いで居ないのは…偽データを噛まされたか」

「おそらく。迎撃されて破壊されたと偽装したのでしょう」

「欧州連合軍の指揮所にさえ正確には捉えられていないとは…ではこの弾種表示も」

「はい、私たちに――いえ正確には、たぶん…中尉殿に伝えるため」

 

 

それはすなわち国連軍 ― つまり米軍が造ったシステムにすら介入して見せたということ。

 

そんなことができるのは――

 

 

「はっは成程成程。然し此の甲斐甲斐しさ、魔女殿ではないな」

「畏れながら。電子欺瞞に長けた子飼い士官が居るのは存じております」

「はてさて下命のみに拠り斯くも健気にやれるものかな」

 

遙けき内地より搦手でなお夫君に尽くそうとは弥速正に内助の功、銃後を守る妻女の鑑。

思えば先の機体輸送も果たして其の者の差配では無いのか、いくさ男は無骨で在る程存外そう云う殊勝な女中に弱いものでな?

 

斑鳩公のそんな明らかな揶揄いに一瞬ほぼ表情が消える篁中尉、ははは怒るな怒るなと鉄火場に似つかわしくなく愉快げに笑った青の斯衛はしかし。

 

 

「男は天下を動かし女は其の男を動かす ― 」

 

 

異星種憎しの虚仮の一念、彼の阿呆は思うた以上に八紘を動かすやも知れぬ。

 

 

「令閨志願の嬢子らよ、彼の朴念仁活かすも殺すも其方ら次第ぞ。死なせたくなくば構わん、首に縄を付けてでも連れ帰れ。良いな?」

「「「「了解!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またおつきあい頂ければ幸いですw

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