Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 31

 

 

 

 

 

空で死んだ人間に風は優しいという…

 

だが生きて帰った者にはそれ以上の試練を与えるともいう…

 

ならばいかなる死地からも戻り得て来た彼らには今…

 

ここは北辺ベロモルスク… ベソヴィ・スレドキ(悪魔の足跡)が残る最果ての戦場…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 2003年 6月

 

 

日本帝国・国連軍横浜基地。

地下施設最深部、90番ハンガー。

 

 

大深度地下、しかし広大な空間。

そこに屹立する全高130mもの鋼鉄の異形、さらにその内部でしかも周囲を精密機械に埋め尽くされた操縦席 ― 厳密には管制室というべきか ― ともなれば、そこに佇む人間には一種独特の圧迫感を与えるもの。

 

でも消えることなく疼き続ける頭痛はそのせいじゃない、可聴域内外から鼓膜を震わす大量の電子機器が発する微振動やコイル鳴きのせいでもない。

 

 

仄暗い空間 ― 光源といえば大量の電子機器の電源その他の確認用ランプに本来の稼働時には半球状のスクリーンとして外部映像が投影されるはずだが今はまだ未整備で寒々しい灰色の素材色のままの周囲内壁に管理用として取りつけられた数枚のディスプレイ程度で、さらに分厚い最終防壁により外界と隔てられたこの中にまでは、外側で作業を続けるロックウィード・マーディンの社員らの起こす喧噪も聞こえない。

 

 

「…」

 

だが、ひとつの山を越えたことには違いがなく。

香月夕呼博士は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、内心に嘆息をひとつ。

 

派手な色合いの長髪をその背に流し、冷たくも妖艶な美貌。蠱惑的に豊かな肢体は日本人女性としてはかなりの長身、それを国連軍高級士官の制服に包み。

見目も婀娜なる横浜基地副司令、だが羽織った白衣はよれ気味で常の冷笑的な雰囲気も今は萎れがちとくれば三十路も近い実年齢以上にあるいはくたびれても見え。

 

それもそのはず、まだクリアすべき課題は山積みなのに今日のわずかな成果にすら安堵が混じってしまったのが、誰に見られたわけでもないにせよ自らに失望感を抱くところ。

 

 

いま彼女が立つのは全長7mを超える巨大なコックピットブロック、その周縁に配されたキャットウォーク上 ― 元々が複座仕様だったことを加味してもおよそ現在運用されているあらゆる機動兵器のものよりはるかに大きなこの鉄の棺桶――否、これほどまでの規模となればむしろ祭壇というべきか。

 

だとすればこの、おおまかには2段構造となるその上段・元来の複座仕様のままなら航空士官用ナビ席であるまだ素材の匂いがとれないまま140°まで倒されたシートは供犠台で ― そして今、その上に横たわる娘こそが神に捧げる生贄だろうか。

 

 

無垢な少女を妻合わせてまで、追儺を冀うは破壊を司る機械神――

 

その名をXG-70 ― 凄乃皇。

 

 

そしてその荒ぶる神に献げられし千座置戸の贄たる櫛名田 ― 社霞はといえば、しかし彼女の出で立ちは常の黒衣の制服ではなく。

色こそ同じく漆黒で統一されてはいるがその光沢は強い、この巨大兵器を十分に制御すべく専用にしつらえられた強化装備が小柄で華奢と称するにも余りあるほど細い肢体を包む。

さらにその大きな瞳の傍ら整ってはいるが無機質で人形めいた容貌は、今は未完成の視覚装備を補うべく口元近くまで覆う大型のHMDをすっぽりとかぶり隠されたままで横たわる――が。

 

彼女の左右両手の十指だけは、ほぼ無音のまま凄まじい勢いで手元の分割式エルゴノミクスキーボードを叩き続けている。

 

「――上出来といえるのかしら?」

「…ミサイル制御奪取完了、飛行高度下限削除、全弾マニュアル制御中、です」

「ああ発声にリソースは割かなくていいわ、続けて頂戴」

 

独りごちたに近い言葉だったから応答は期待していなかった、夕呼は数枚の壁面モニターのうちひとつ、低軌道偵察衛星が観測する戦場の映像を映し出すそれを見やりつつ小さく手を振った。

 

いくら社が第3計画(オルタ3)の産物たるESP発現体・その中でも希少な成功例かつ生き残りとして常人に比してはるかに優れる基礎スペックを持つとはいえ、その超常能力の具現であるリーディング及びプロジェクション能力の総ては今、このXG-70b・凄乃皇弐型の制御と管制に注がれている。

 

となれば、いくら彼女がその出自の由来ゆえPROL2やらDIPOLにDRAKONといったロシア語キリル文字を基礎としたアーキテクチャ自体は大して障壁にならないとしても、本来俊敏な運動能力などは考慮されてない巡航ミサイルを暫時とはいえ無理矢理戦闘機動させるべく奪取した8発すべてを同時並行制御する ― それも弾頭の誘導方式はIRH(赤外線誘導)ARH(アクティブレーダー誘導)である以上得られる視覚情報は通常人間が認識する映像世界とはまるで異なる ― とまで知れば、彼女の連日のハードワークぶりも知る夕呼をして今以上の無理強いをするつもりはさらさらなかった。

 

 

今や巨大な集積回路の塊と化したこのXG-70b ―

 

本来00ユニットに搭載予定だった量子電導脳――BETA由来のG元素・高温超伝導物質「グレイ・ナイン」を用い近似確率時空の同位体との並列演算をも可能せしめるがため、()()()()()電算機用微細半導体換算でおよそ150億個分の演算能力を有することが企図されたそれに比すれば、()()はるかに非力と言わざるを得ない――が。

 

それでもこの巨塊が産み出す演算能力を以てすれば、発射後の巡航ミサイルの乗っ取りやら統合情報戦術分配システム(戦術データリンク)への一時的な干渉程度は本来朝飯前の余技にすぎない。

 

そして実際いまその演算能力のおよそ4割は70b本体 ― 正確には、その主動力源たるML機関 ― に費やされていて、各種ハッキング行為に投じられているのはあくまでその残余部分――だがそれこそが、第5計画(オルタ5)において香月夕呼博士が提唱し承認され開発を続けてきたものに他ならないといっていい。

 

 

稼働試験を兼ねての最初の運用テストとしちゃ、まあ及第点かしらね。

 

夕呼は壁面ディスプレイのうち70bの状況を映す1枚に目を移し、同機が予定通り臨界出力に達した状態で維持されているのを確認してからよれた白衣のポケットから手を出して、肩に手を当て二度三度と首を回してから常時しかめがちになってしまって固まりかけた眉間を揉んだ。

疼くように引かない頭痛にふと、もうしばらく会ってない姉のように煙草を吸うといいのかもとすら思う。

 

 

とにかく仕事が多すぎる。それも正直雑務といっていいようなものまで。

 

明らかにオーバーワークになっている、そのこと自体が自らの無能の証明でもあるから余計に腹が立つ。

 

 

一言でいえば人手がない。

 

第4計画(オルタ4)の頓挫により最高責任者から上位とはいえ要するに中間管理職へ、事実上の降格になったんだから仕方ない部分だってのもあるけれど。

 

現場実働部門では、目に見えるパワーとして基地駐屯の斯衛部隊が有名無実化したA-01の代替として程度には機能していて、肝心要のXG改修用の機材や部材も外注分を国内企業の甲芝や大日本電機あたりが優先的に製作してくれている――一方で。

 

それらの組み付け及びXG-70*2の再組み立てのためにやって来てるロックウィードの社員といえば、その実もう16年も前に中止されたHi-MAERF計画を諦めきれずずっと社内で細々と開発を続けてたくらいの連中なわけで。

多少なりとも目端が利くのは計画中止決定時にノースアメリカーナやらマグダエル・ドグラム経由でボーニングあたりへさっさと転職を決め込んでるからそもそもの頭数が多くない、おまけに閑職・窓際・日陰の身と三拍子揃った職場に居残り続けてたなんていうのは要するに頑固者やら変人ばかり。

前者の中には仕事への熱意がヘンな方向に突っ走ってて本来仕様との変更点に異議申し立てしたくてたまらない偏屈者が引きも切らないし、後者の連中に至ってはハゲデブメガネやコミュ障陰キャはまだしもロリペド嗜好をこじらせてるのかいつも社を異様にギラついた目で見てるようなギーク野郎も混じってる。

面倒だからそんなのまとめて放り出そうにもそいつら全部が貴重な人手、当然向こうもそれを判ってるからハンドリングが難しいったらありゃしない。

 

でもさらに悲惨なのは事務方で、ピアティフは有能だけれど一人の人間である以上限界はあるしオルタ5計画首脳部からはそれなりに裁量が与えられているからスタッフの融通を頼んでもいるけど機密事項が多すぎるせいもあって結局のところ仕事を任せられるやつがほとんどいない。

 

よって本来業務に充てるべき貴重な時間を、時代錯誤も甚だしい感すら漂う山積みになったペーパーメディア相手の組んずほぐれつに割かなきゃならない。そんな日々の格闘戦に三十路も近い腰から背中さらに両肩首筋はコリを通り越して鉄板みたいになってるわけで、もういっそまりもには北欧のみならず帝国軍からも戻ってもらって毎日マッサージをしてほしい。

 

 

これが天才の仕事だっていうのあたし本業は物理学者なんだけどと正直誰かに当たり散らしたい、いやええわかってますとも大事なことをうっかり他人に任せて失敗されるくらいだったら自分でこなした方がいいそもそも他人なんて信じられないしだいたいいつも十を説明したところで一も理解してもらえないんだからそのコストが無駄じゃない?と、そうやって抱え込んでは分け入ってきた茨の道がこの半生。

 

 

ッたく…どうせあのお殿サマもデスクワークに嫌気がさしたクチなんでしょうが…

 

夕呼が目をやる壁面のモニターには、直線距離でもはるか7000km向こうの戦場の光景。

旧ソ連領域内北西部にて展開されているそれは人とBETAが鎬を削る一大決戦。

 

だが正直、魔女の異名を取る横浜の女狐からすれば、勝ってもらうに越したことはないし欧州連合が痛手を負いすぎるのもうまくはない、けれどむしろ主な関心事はといえば、試作品が完成間近の零式改徹甲弾(1200mmOHTC(超水平線砲)用砲弾参考)を実戦テスト含めて任せる予定の珠瀬壬姫の保全と、あとは斑鳩閣下に死なれるのはちょっと困るわというところ。

なんてったって手勢としての斯衛の派遣のみならず本来けっこうプライドが高い国内企業にファウンドリー(請負製造)めいた事業をしてもらえてるのもあの人にあれこれ()()()()もらってのものなんだしという、どちらかといえばミクロなもの。

 

頭よくて物わかりもいいのに、どうしたって好戦的というか現場主義というか…

 

実戦畑の軍人の実際はよく知らないけど「大隊長が一番楽しい」なんて聞いた覚えがある気もするし、あの閣下もクールなフリしてまあ実際に冷静な一方やっぱり基本は力自慢の体育会系なんだろう、得意の剣を振り回して解決できることならそうしちゃおうか、みたいな。

 

 

そもそもが、人類対BETAという全体的な構図でみたなら。

今この時期にロヴァニエミを攻めたこと自体が悪手でしかなかった。

 

というかそれ以前のリヨン攻略からして、多大な損耗と引き換えに得たものといえば関係国国民の熱狂以外には、草木一本どころか水含む地下資源もほぼ掘り尽くされて文字通りに死の大地と化したかつての国土とそれを守るためのあの一次大戦時の「海への競争」もかくやという長大な防衛戦。むろんその維持には膨大なコストが必要となる、それも継続的に。

 

 

そりゃ各国各人さまざまに種々御事情はおありだろうし自分のとこだけハイヴを確保しといて身勝手なと言われるだろうが ― なんでこうバカばっかりなんだろうか、物事はそうそう頭の中で引いた図面通りにいかないなんてことはわかっちゃいるし、まして人間の判断なぞは感情なんていう非合理的なものにすら、知らず左右されちゃうものと忘れないよう心がけてはいる――けれど。

 

 

そういうものに衝き動かされて、成果を出してる連中も、たしかに居る。

 

 

「カバーは間に合ったのね…あら」

 

夕呼が見やる俯瞰視点の戦場を映すモニター内には、地表付近に薄黒くたゆたう重金属雲 ― 霞が操るAL弾由来のそのただ中を突っ切るさらに黒い影――00式改は目指す重光線級に肉迫するや ―

 

「ちょっと」

 

具体的になにをしたかまではわからなかった、だがわずか一呼吸二呼吸する程度の間――しかしそれだけの間に、人工の闇の帳を突き破って次々と赤黒い血飛沫が噴きあがりさらにくるくると回転しながら虚空を舞うは人体にも似た巨大な足が複数本。

 

そして続いてその惨劇の下手人たる黒い鬼は自らがつくりだした重金属雲下のキリングフィールドから飛び出て再度の南下、一切の迷いすらなく渓谷を目指す。

 

次こそ向かうは真なる獲物・超重光線級なのだろうけど、

 

「もう始末したの?」

「…当然、です」

「はいはいごちそうさま」

 

横たわりHMDをかぶったまま断言した霞へはやや冷ややかに鼻を鳴らしながらも。

 

映像回線は機体側から遮断処理されているが()()には関係ない、通信ウィンドウに浮かぶ無造作に伸ばされた茶色の髪に澱んだ双眸は夕呼の記憶と相違ないものつまり戦地にあってもまるで平時と変わりがない。

 

いずれにせよこの男の戦闘場面をまともに見たのはおそらく初めて、しかし強い強いと聞いてはいたけどたしかにあの強さは普通じゃない。

 

 

排除対象の光線属種自体は小隊規模未満、数にしたら10体程度と一聴たいしたこともなさそうだがその周囲には大隊規模・最大1000体近くの他種BETAが蠢いているわけで。

 

そんな敵地に本来2機分隊での運用が基本のはずの戦術機でもって単騎突撃・しかもXM4起動により強くBETAを誘引してるのにもかかわらずあっけなく目標の重光線級を狩り殺して平然と離脱してくるなんていうのは実戦に出てる衛士連中から英雄視どころか神格化されるのも無理はない、常人では到底成し得ぬ長い年月戦術機を駆りBETAと戦い続けてきた彷徨者(ビオサバール)の力はダテじゃないらしい。

 

 

そういえばもう一人のシェスチナ(イーニァ)とはブリッジスとどっちが強いかで言いあっていたっけと夕呼が思い起こす中、霞の手に残された2発のAL弾 P-700(グラニート)もまた寸分遅れず黒い戦術機に追随の動きを見せる。

 

 

だがそう、いくら強いとはいえど。

あいつ自身は、ただの人間にすぎない。

 

ゆえに「いつも」、BETAの顎にかかりレーザーに灼かれ()を迎えてきたそのはずで。

 

 

いやだからこそ。

残る2発のうち1発がやや高度を上げるやすかさず超重光線級よりの照射を浴び爆散 ― だがそれは当然霞が採ったあえての機動、辺り一帯の重金属雲の薄弱化を許さず00式が再度渓谷に飛び込むその瞬間まで確実に守護するためのもの。

 

そして無事再び渓谷へ入る黒い機体と、三尺下がってその影踏まずかひそやかささえ匂わせつつ静かに黙ってしかし遅れずその後を追う残る最後の1発・白い弾頭。

 

尽くすタイプねえ…「彼女」がそうだったのかしら。

 

社に()なんてものがあったのなら、そうとも限らないのだけど。

共に揃って衛星画像から姿を消す黒と白とを確認しつつ、ややの皮肉も交えてそう思考するのが魔女の冷徹。

 

 

なにしろ遡ること8年前、95年に第3計画の成果として第4計画に接収した、今現在「社霞」と呼ばれる彼女の本来の名は「トリースタ・シェスチナ(第6世代300番台)」。

 

肉体的には幼体固定ないし老化遅延処理が施されているらしく見た目成長期といっていい外見に反してこの8年間でもその容姿にはほとんど変化がないし、精神面では先天あるいは後天的に上位者には従順に従うよう設計または条件付けられ ― つまり外向けのお題目はともかく実際には人権意識もへったくれもない共産主義国家主導の第3計画下において、規定設定された機能を生来獲得させるべく「作成」され十全にそれを発揮させるための訓練「だけ」を施された存在。

そこには一切の誇張もなければ修辞もない、まさに正しく「用途」に耐えうるだけの強度の肉体と無機質な精神とを備えた「機材」。

 

 

そんな彼女を哀れだと思う感情は夕呼にだってなくはない、けれどそもそも人命やら人間やらの尊重については活きのいい若人らをA-01という名のモルモット部隊につっこみひと山いくらの使い捨てで戦場にぶちまけてきた身からすればさして非難はできやしないし、彼女を接収以降もそのコストに見合うだけの意義を見出せなかったからとあとは単に面倒だったという理由で、わざわざ「人間らしい」生き方やらふるまいだのを必要以上に教えてやったこともない。

 

ゆえに本来、そんな社が自発的に誰かのために何かをするなんてことがあるわけがなく。

まして数回会ったことがある程度の人間なぞに入れ込んで、身を粉にして働くなんてことがあるはずがない…すなわち。

 

 

どこかの誰かの人格や想い ― そうしたものを写し取ったのでなければ。

 

 

「『彼女』は、まだ保ちそう?」

「……いえ」

 

銀の兎の短い応え、だが先立つ長めの沈黙こそはその言葉以上に雄弁。

横たわるままHMDに覆われ見えないその表情は果たしてどう動いているのか。

 

 

多忙な任務の隙間の時間、欠かさずこの地下90階から19階にまで足を運んで。

寸刻すらも惜しんで佇む、あの薄暗い部屋に淡く浮かぶシリンダーの前。

 

砕け崩れて散っていく「彼女」の願いに想い――その意志を ― 遺志をわずかたりとも零さず受け止め、拾い集めて形にかえて。

 

 

どうか、どうか。

 

「彼」に――いや彼に、届きますように。

 

 

だがそれはもう、叶わぬ願い。

 

永劫に続く戦いの中、復讐に囚われ「彼女」を忘れてしまった彼と。

そのあまりの変わり果て様ゆえ「彼」を見失ってしまった彼女では。

 

繋がらなかった絓糸はたやすく切れて、無収縮波動関数(確率時空)の波間へ消えた。

 

 

でも、それでも――

 

 

「それでも、続けるのね」

「…はい」

 

夕呼への霞の応えは短くも、そこに迷いの欠片はなく。

 

ならまあ好きにしなさいと呆れた風を装いつつも、実際さして問題だとは思っていない。

なぜなら希薄な自我に芽生えた願望がたとえ他者からの汚染にすぎないとしても、いちいち他人の色恋沙汰にケチをつけるつもりはないし、何より今の社の真摯さは現状「計画」にポジティヴなもの。

 

ただその一方で ― ()()次第ではいかに希少なESP発現体相手とはいえ投薬あるいは指向性蛋白の使用も辞さないのが魔女の冷徹――が。

 

「――まずいわね」

 

見やるモニターにはしかし。

 

東西両側の伏兵排除を受け、即殺を期して本命に襲いかかった精鋭ぞろいの攻撃隊はだがその初撃からわずか数合で苦境の模様。

まだ撃墜こそ出てはいないが、元々の作戦意図は接敵必殺での速攻決着のはずだろうに素人目にも明らかに攻めあぐねている。

 

まりも…慣れない賭けに出るにはちょっと駒が少なすぎたんじゃない?

 

本来冒険主義の欠片すらない慎重派のはずの親友の顔を思い起こしつつ。

 

 

端的にいって、戦力 ― というか要するに手数が明らかに足りていない。

 

現場には現場の判断があるのだろうが、そもそも超重光線級それも2体を相手にあの程度の規模の手勢しか用意できなかった時点である意味すでに負けているのだし、BETAが予想を超えてくるのはいつものことで、本来ならそれを彼女が無視するはずがないのに。

 

もしかしたらまりも自身が常々口にしていた通り自らの「戦術機乗り」としての能力自体には見切りをつけているがゆえ ― 文字通りの一騎当千、漸減というにも明白にすり減らされ続ける人類戦力の中なおさら希少さを増すあの連中の才能の輝きに勝算を読み誤ったか。

 

それとも――

 

 

「 ― 支援に戻ります」

「そうして頂戴」

 

思考を遮る霞の物言い、だがその常通りの平板さの中に決然とした意志を感じて。

残された手立てはそう多くはないはずだけれどと、夕呼は人類に残された時間の再計算を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧ソ連カレリア自治ソビエト社会主義共和国。

マティゴラ付近 地上20m。

 

 

これは――…っ

 

マズい、の単語を内心にすら出し切らずに飲み込んで。

ツェルベルス(ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊)第2中隊・ローテ12 イルフリーデ・フォイルナー少尉はさらにトリガーを引き絞る。

 

 

日中にも関わらず薄暗い死の大地と大空 ― だが峡谷突入以降ずっと視界を妨げ続けてきた霧が消えているのは数少ない僥倖、しかしそれは――前方3kmの地点から照射され続けていた超高出力レーザーとその発振源の膨大な輻射熱によるもの、そしてまた元からの曇天をさらに黒く覆って陽光を遮るは超巨大光線属種積乱雲(レーザークラウド)

 

 

そんな不吉さを強調する仄暗い戦場の空でイルフリーデが連射するMk-57 中隊支援砲、北辺の大気に突き刺すその砲口のマズルブレーキ先端に凸型に形成される発火炎は乗機EF-2000 タイフーンの装甲表面グレーの塗装に反射するのみで機体内部の彼女の金髪までは届かない。

 

そして一方いまその両の碧眼の網膜には投影される情報視界 ― 作戦図に戦域図、機体ステータスと通信ウィンドウに加え中央広くに外部視界。

 

そこに大きくオーバーレイする「安全圏」 ― 2体の超重光線級の放射頭節計6本の後背10-15°のエリア ― 、さらにその辺縁に高度に対地速度および目標との相対距離が、だが支援位置およそ3km近辺の低空20-40mで浮動するそれらに対してMk-57の残弾カウンターだけは一気に吹き飛び減っていく。

 

「弾かれる…っ!」

 

レティクルの向こう望遠視界に見えるのは ― あの憎き巨体の超重光線級が2から3本程度の衝角触腕を束ねあわせてその先端硬質部位でもって複数のピンポイントの盾それも傾斜装甲と成し、最大の脅威たる放射能力を奪うべく3本の頭節に浴びせかけられる57mm高速徹甲弾の驟雨を1発残らず逸らしてのける光景。

 

「照準も弾道も読まれているぞ、こう砲撃位置が変えられないでは…!」

「できたところで元が砲口初速でたかだかマッハ3のAP弾では、相手は第1宇宙速度(マッハ20)の軌道爆撃弾すら100%撃ち落とす探知照準能力ですのよっ」

「言ってる場合か!」

 

僚機たる06 ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーと08 ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉の整っていて見慣れた頼もしい顔にも明らかな焦りの色、小隊3機で揃って背部兵装担架をダウンワード展開させてGWS-9の36mmの弾雨を付け足し3機全9門を束ねて撃ち放ちながらさらにその照準を遷移させようとも、必殺のはずの大小機関砲弾の嵐は10発に1発の割合で混ぜられた曳光弾の軌跡と共に空しく虚空に光の尾を曳き続ける。

 

「脚を狙っても、ちィッ…!」

「大尉っ、どのみちペトワール(36mm)だけじゃどうにも…ッ」

「もう一度トロンボーヌ(120mm)で一斉に!」

「ソレでなんとかなるなら初手のフダルティフィス(ATACMS)との同時攻撃でこじ開けられてるでしょうがッ」

 

フランス軍が誇る風の騎士・ラファールを操り制式FWS-G1突撃砲を自在に駆使する「四丁拳銃」ベルナデット・リヴィエール大尉以下2名の竜騎兵たちはしかして最初から長竿57mm砲を持っていない。

そして多用途かつ火力も高い120mm弾倉はしかし部隊単位ですら携行数がより限定的で、支援攻撃の最重要目的たる照射頭節の無力化に欠かせない以上有効打となる当てもないのに無闇やたらに撃ちまくるわけにもいかない。

 

 

攻撃開始からまだわずかに1分程度、だが状況は――明らかに困難。

 

 

渓谷離脱のその瞬間 ― まさに北方上空彼方からの支援軌道爆撃が尽き、東西共の別働隊光線属種群の排除完了の報と同時に。

はるばる750km超もの距離を這いずってきた地の底から飛び出した17機の攻撃隊本隊は、さらに2隊に分かれて同時に北を向いたままの2体の目標・超重光線級へと襲いかかった。

 

敵地奥深くへ浸透しての電撃作戦、元より持久戦は採り得ない。

とりわけ「厚い皮膚より速い脚」、その教えを継いで体現してきた鉄血の裔なれば。

 

まずは超重光線級打倒のための絶対条件 ― それはその地上高80m超に位置する主体節のさらに上、醜く突き出た3本の放射頭節の破壊ないしは無力化。

 

それが成らねば、タツナミ・マカベ両機が抱える本作戦の本命たるアウスフォールシュリットミーネ――ヤーパンライヒが謹製のカミカゼ爆雷、その一撃必殺の牙を現状判明している巨大BETAの致命点たる主体節前面中央の発光部位へと打ち込むことはかなわない。

 

ゆえにその彼らを支援すべく ― 西側個体を担当する独仏両軍機は、即殺を期して重荷を承知でここまで背負ってきたMGM-140(ミサイルランチャー)より各機16*2、AL弾混成のそれら全8機分・計256発を一斉に撃ち放った。

 

超重光線級の近接対空防御兵装たる小型衝角触腕は左右合計およそ100本、主体節前面の基部から伸び出るそれらは全長1200mとあって多少の湾曲をしつつも後方1km程度はゆうに扼しうるに足る。

 

ゆえにそれすら見越しての飽和攻撃、元々光線属種対策として設定目標に対し不規則軌道で飛翔するMGM-140の一斉発射により数瞬限りとはいえ触腕防空網を拘束しつつ、加える120mm弾の同時砲撃にて3本の放射頭節すべてあるいはいくらかか、最低でも相当程度の衝角触腕をもぎ取り食い千切って対空能力を減殺する――はずだったが。

 

 

「新手の触腕攻撃のパターンとは…!」

「あのレーゲンシルム(回転刃)をなんとかしないと――」

ザウコフ(防楯)もですわ、なにか、手は…っ」

 

手練れの狼の群れが即興ながらも組み上げた包囲網は脆くも散らされ。

その爆炎の間隙を縫わんとした黒の狼王の突撃すらも跳ね返された。

 

 

小型ミサイルの弾幕に加え突進する王の牙さえ阻んだのは数本の「傘」 ― 先端部から任意の長さで折れ曲がり、そこを支点に高速回転する触腕 ― により前者はまとめて防ぎ止められ爆散し後者もまた宙空での回避機動を余儀なくされた。

自在に旋回半径を変え最大のものでおよそ半径200mにもなるその先端部の速度はその長大さにもかかわらずゆうに音速を超えているらしく、断続的に発生する衝撃波が地表に機体に衝突するたび強烈な爆発音として顕現しそれらは衛士の耳朶と鼓膜を打つのみならず物理的に機体をも振動させる。

 

そしてAP弾の類は衝角束の「盾」に弾かれ逸らされ、初撃で同時攻勢をかけた120mm砲弾各種も――APCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)HESH(粘着榴弾)はそれぞれ信管手間前の弾体および着発前のプラスチック爆薬部を、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は高密度重金属製の高硬度弾芯を、弾道まで含めて正確に捕捉してくる超音速の衝角「槍」によって文字通り横腹を突き貫かれ切って払い落とされ無効化された。

 

 

「ピュタン! 懐まで潜ればってとんだ楽観、きっちりTSF対策してきてンじゃない!」

「ロヴァニエミでは超長距離狙撃で仕留めたから解らなかっただけで…っ」

「もうチョルォンとエヴェンスクで()()してた、でもニホン軍は大して砲戦は…」

「Fxxk! Fais chier,Communistes!!」

 

ウェーブのかかる金色の長髪の下、矮躯相応の童顔に白皙の頬を歪めるリヴィエール大尉の毒づきにも無理はない、元々寡兵の攻撃隊はさらに東西に分遣してるってのにやはりというかいまだソ連軍は直接支援のTSF部隊を出してこない。なのにそのくせ、

 

「CPより攻撃隊、状況を報告せよ」

「01よりCP。目標未撃破、戦闘継続中」

「CP了解。なおソ連軍より()()()()()()()()()()が来ている」

「 ― 了解」

 

高みの見物を決め込みつつ「我が軍の資産なのだから丁重に扱え」とでも言わんばかりの傲岸なその言い様に、狼らが上に戴く大隊長・「七英雄」がその筆頭「黒き狼王」アイヒベルガー少佐も鋼鉄の表情筋の底に苛立ちを押し込めつつ応じるも。

 

 

労せず戦果だけをかっさらおうとしてる共産主義者連中に一泡吹かせるその為に、横槍を入れる間など与えず放射頭節の無力化から間髪入れず本体を吹き飛ばして吠え面かかせてさしあげろというのが司令部から内々に来ているお達しではあるのだが。

 

 

「02より01、近接戦は無謀です」

「解っている」

 

敵「制空圏」への再突入のタイミングを計る狼王に、この状況下では怜悧な「白き后狼」ファーレンホルスト中尉の諫めの方に理はあった。

 

 

いくらXM3の導入と慣熟を経て機体の反応及び運動性は鋭敏化したとはいえど、機動の自由が「安全圏」にのみ制限されるなか超重光線級が有する計100本の小型衝角触腕のうちここまでに無力化できたのはまだ10本とないときては単機侵入はあまりに危険、さらになにしろ現状EF-2000には腕部ブレードしかCIWS(近接防御兵装)がない。

 

本作戦においてツェルベルス標準装備の斧槍・BWS-8(フリューゲルベルデ)を持ち込んだ者は一人もいない、なぜなら曲芸まがいの高速機動と飛行での進軍が求められたのと基本的に支援中心となる任務内容、そしてなにより目標との相性問題 ― 小型かつ高速しかも多数という超重光線級の触腕防御網に対して大きく重い同兵装は過去のJIVES(統合仮想情報演習)においてすでにアンマッチたる事実が証明されていたゆえながらも。

 

リーチ含めた取り回しからほぼ完全受け身でかつ超至近距離での防御にしか使えない一対の腕部ブレードのみでは、いかに后狼の支援があるとはいえども狼王をしてすら敵本体への肉迫はなお至難と言うほかない、せめて分遣した「赤の男爵」ララーシュタイン大尉が部下2機と共に戻ってくれればなんとかなるかもしれないが、レーザーヤークト帰路上の彼らはまだ30km以上も遠くとあっては。

 

 

あっち()は6機で抑えてもらってるのに…!」

 

イルフリーデが57mmのトリガーに指切りを入れつつ見やる網膜投影内左下の通信ウィンドウ、そこには作戦開始時の21名よりまだ欠員はないが――

 

 

なに先駆け飛び込んで阻礙するだけよ月詠に篁と居れば何とかなろう、寡戦と雖も捨てがまるつもりはないぞと見慣れつつあるやや冷たい笑みを残して。

ヴァッハリッター(斯衛)3機に同数のフェアアイネン・ナツィオーネン(UN)部隊の6機きり、増強小隊程度の戦力だけで向かって行ったタカツグ・イカルガ。

 

 

なのに突入機含め11機回してもらってるこっち(西)がこれでは。

 

こっちを一気呵成に叩き潰して即座にむこうの支援をするはずだったのにアテが狂ったどころの話じゃない、これでソ連軍に邪魔される前に一気にトドメをだなんてできるんだろうか。

 

なにしろそうするためには放射頭節の破壊と主体節への刺突爆雷攻撃を2体揃ってほぼ同時に行う必要があるっていうのに、現状では1体撃破の目算すらもおぼつかない。

 

 

どうすれば ―

 

だがこの短時間とはいえよくあの手数で向こうの個体を封殺している、空戦中のイルフリーデにはつぶさに確認するだけの余裕はとてもない――ものの。

 

「――!」

 

ちらと動かした視線で確認した側方望遠ウィンドウ、そこに映るはUN部隊のものらしきいくばくかの火線の他には。

 

 

暗晦の宙空に ― 断続的に散る火花。

 

 

「まさか――」

 

 

それらの源は ― 山吹の電光と紅の斬月とそして青の瞬き。

 

 

「本当に剣で!」

 

 

超硬炭素の白刃が傍目ですら追えぬ速度で翻り。

矢継ぎ早に襲い来る衝角を総て去なし弾いて撥ね除けて。

のみならず踏み込み切り返しては斬断してのけたのか、既に複数本の触腕が仄暗い空に赤黒く体液の尾を長く曳く中――

 

 

「あれがソードマスター…」

 

 

不生不滅の剣持ちて、虚空に鈍色の斬痕を刻み続ける三色の剣機(鬼)。

 

 

「ニッポンのデュランダル!」

 

 

その彼に彼女らが騎乗する機械仕掛けの鎧武者こそは研ぎ上げられた名刀(キ ー ン ソ ー ド)の名に恥じぬ、数度に渡るハイヴ攻略を成功に導いてきた殊勲機にして第3世代型機最強格 ― Type-00 武御雷。

 

 

「アンクォヤブル! ホントに冗談みたいな連中ねッ」

 

ファ島のDANCCT(異機種・異国籍部隊間連携訓練)でさんざんに見せつけられたタカムラ中尉の実力からある程度は想定してたけれども実際に目にしてもなお信じがたいその光景に、リヴィエール大尉も感嘆に呆れを混ぜた悪態をつく。

 

 

実際には ― 近接戦闘最重要視で設計建造されたTSFとCIWS-2A・Type-74 P.B.Bladeという白兵戦特化の装備があっての話、さらに各機ともに背部兵装担架の予備のカタナと突撃砲こそ残してはいるが剣闘には妨げになるからだろう両肩部のミサイルランチャーも早々に撃ち放って投棄ずみらしくまた左主腕に握っていたはずの砲も手放した上で、超重光線級との相対距離を約1kmすなわち衝角触腕の射程ギリギリ近辺に留め立ち回ることでその攻撃をほぼ「前方からの突き」攻撃のみに限定させているのだろうが ―

 

 

「UN部隊の支援も巧いわ、けどそれにしたって1機あたり30本もっ」

「――そうか! 小型衝角触腕は鋭く速いがしかし()()から…!」

「ええ彼ら(リッター)の振るうタイプ74の剣先速度はおそらく音速を超えていますもの発生させた衝撃波で後続触腕の軌道をわずかに逸らしているのかもっ」

 

 

それでも砲弾並みの速度で次々に繰り出される衝角を、複数で極小の時間差を持つ攻撃なら先ず払い除けた一本をして後の阻害と成し束ねられた重い一撃なら刃上を滑らせその直下を潜って逆撃までも狙う等、大きく機体位置を変えることなく超高速かつ超高精度の剣閃と微細な機体捌きでもって迎撃し撃ち落とし続け躱してのけるその技倆は率直に言って欧州連合軍衛士中でも最精鋭を自認するツェルベルスをして常識の埒外といっていい――

 

が、しかし。

 

 

「でもあれは、いくらなんでも綱渡りもいいとこよ!」

「わかってる!」

 

ベルナデットの警句に促されるまでもなく、イルフリーデもまた焦燥を抱く。

 

極限の集中の域にあるがゆえか通信ウィンドウに浮かぶ青赤黄の面々は恐ろしいほどの無表情 ― いや、ヘル・イカルガその人だけはその口の端に薄笑みが刻まれたままにせよ――

 

 

あれほどの業、凄まじいまでの剣技。事実上ほぼ3機だけで超重光線級を封じている。

だが近接戦による消耗速度は中距離以上の砲戦の比じゃない、それは衛士も機体も同じ。

 

いくらライヒスリッターが剣の達人でそのTSFも白兵戦を十二分に考慮しているとはいっても ― 比喩ではなく文字通りにまばたきすら許されないあんな剣戟の連続を無制限に続けられるはずはないし、「安全圏」からの逸脱が許されぬ以上大機動は採り得ないがためほぼ足を止めての打ち合いになっているから機体関節部の熱問題はそれこそ秒ごとに大きくなっていくはず。

 

おそらく当の彼らからすれば今少しリスクを取ればもう少し距離を詰めることだって可能なのだろう、すでに先端衝角の根本付近から斬り飛ばされた触腕らがその証。

だがまかり間違ってあの3名のうち誰か1人でも被弾撃墜されればさすがに残る二名だけでさらに増大することになるその負荷を捌ききれるとは思えない、我らが狼王と后狼をしてすら2人だけではどうにもならないのだから。

 

 

「まずこっちの触腕を減らさないと、『傘』はAP『盾』には120mmなら通るはずっ」

「だがここからでは()()()で十分間に合う、距離を詰めるかっ?」

「けれど接近すればそれだけ『安全圏』は狭まりますの、射角もさらに限定されて…」

 

速攻での決着を企図したはずが状況はまさに膠着――否、この手詰まりは敗北の断崖へと転がり落ちる寸前の短い停滞。

 

なぜなら仮にこの際残り30%を切った燃料推進剤には目を瞑るとしても、もうこれ1つきりのMk-57用500発装填ドラムマガジンの残弾は20%以下つまり100発も残っていない、分間最大900発の連射速度を誇る同砲からすれば制圧射撃一回分になるかどうかという程度、

 

「でも砲撃は止められない、『盾』の防御をやめたらきっと――」

「たぶん動き出しますわ、照射時と同じで探知と照準が不要になりますからっ」

「36mmはまだ多少なら、だがそれで制止できるか!?」

「もし回頭されたらすぐその尻について回れるウエスト(こっち)はよくても ― 」

エスト(向こう)のニホン隊は――」

「デカブツの陰から出た瞬間にプーレ・ロティ(丸焼き肉)ね、Sxxt!」

 

それではいずれ前衛がほぼ密集した状況になるほどまでに立ち回り位置の自由度が奪われてしまい向こうの抑止も崩壊する、そんなのはより寡兵で抑えてくれている彼らに対してウニオン選り抜きの精鋭にして地獄の番犬たる面目が立たないどころか申し訳がなさ過ぎる。

 

「だいたい主体節正面をレーザーで相互支援できる形に持ち込まれたらおしまいなのよ!」

「それもわかってる、けどっ!」

 

せめてもう少し戦力があれば――!

 

あと1個中隊、いや1個小隊でもいい。やはり手数が足りなかった。

だがイルフリーデがいくら嘆いてもどうにもならないのがこの現実、東西伏兵の光線属種別働隊は排除するほかなかった以上分遣も避けられなかった。

 

 

そもそもが、ただでさえ相当に無茶を重ねたこの作戦 ―

 

単体ですら数万の将兵を一瞬で焼き尽くし大隊規模でのレーザーヤークト(光線級吶喊)すらはねのける超大型光線属種、それも2体を、臨時編成しかも混成のわずか2個中隊未満21機で撃滅せよとの特殊作戦。

 

だがそれも止むにやまれぬ事情があっての話、スカンジナビア方面のユーロウニオンの戦力不足は明白で、だからこそ「衝撃の薔薇」シュトルムガイスト大尉とその配下古参狼たちにファ島由来の他各国エース連中は、最重要戦略資源たるロヴァニエミハイヴ防衛のために残さざるを得なかった。

 

つまるところ ― もうウニオンには、長大な防衛線の火消しに使える即応可能な部隊は元より、装備山盛り爆装状態のTSFで数cm操縦を誤れば激突不可避の曲芸飛行を数百kmも続けて長駆侵攻などという真似ができる衛士なんて、全軍を見渡してすらすでにほとんど残っていないのだ。

 

 

そして欧州の手練れらの焦慮の時間と共にいっそあっけなく残弾もまた吹き飛んで、

 

「! 弾切れっ」

「こっちも――くッ」

「同じくですわ阻止制圧火力低下32!」

 

ついに撃ち尽くした57mm中隊支援砲、続き数秒足らずの差異で同じく単なるデッドウェイトにすぎなくなった同砲を投棄したドイツ軍機らは即座にダウンワード展開した兵装担架の突撃砲を撃ち続けつつ両主腕へと移すがその火力低下はやはり大きく、

 

「――目標に旋回兆候ッ!」

ウァツァイガージン(時計回り)、予測角度14°!」

「全機『安全圏』確認!」

 

小賢しくもすかさず一照準あたりの「盾」に用いる触腕本数を減らしてみせた巨大BETAは、余裕ができたとばかりにそれら複数の触腕を遊ばせつつ低速ながらも回転を始め。

 

当然といえば当然ながらその方向は東を向くものつまり都合が悪い方、確実に迫る崩壊の予感に内心で舌打ちと共に冷や汗をかきつつ西側欧州軍部隊は后狼の警告の下情報視界内オーバーレイが示す照射域外へと一斉に逃れ――東側日本軍部隊は。

 

「一旦引くぞ、国連隊は位置変更後も2粁は間合いを開けよ」

「りょ、了解!」

「では月詠篁三拍子」

「承知っ」「は!」

 

その笑みにも冷静さにも綻びを見せぬヘル・イカルガの指示にやや慌てて支援位置を変更するUN部隊、そして刹那の狂いすら無く ― 払い・引いて・またすかさず詰める剣と機体捌きの三鬼だが、

 

「これじゃジリ貧。っていうかもうマズい」

「彩峰ッ」

「いっそ突入した方がいい。私が行く」

「無理だよ慧さん!」

「そうよ、いくらあなたでも…!」

「まあ待て貴官等、とは云え矢張り彼の化物は人の及ぶ処では無いか」

「公っ、四方や泣き言とは」

「見栄を張っても仕方あるまい、やれやれ()()()()済むに越した事は無かったのだが」

「――何を ― 」

 

その、日本語のやり取りが自動翻訳されるより先に。

 

「嗤え中尉。然して其の禁遏の業、見せるがよい」

「!」

 

それは東の彼方より。

イルフリーデの碧眼に映る情報視界、その戦域マップに浮かんだマーカー。

 

 

「もう戻って…!?」

「まずいぞ、また!」

「目標に照射兆候ッ ― 」

 

 

振り乱す衝角触腕であたかもこちらをあしらうようにしながら、多少とはいえ回頭を遂げ照射範囲を広げた西側個体がその東端の眼を光らせる――も。

 

 

SS-N-19(シップレック)! まだ残ってっ」

 

 

その照準先渓谷から飛び出した白い巨弾が1発、襲い来た死のレーザーをあたかも身代わるが如くに受け止めコンマ2秒とかからず爆散するも共に即座に拡散するは重金属雲。

 

そして続いて薄黒くもわだかまるその雲の帯の中から白煙を曳いて無数に飛び出す小型弾頭 ― ATACMS(92式多目的自律誘導弾システム)32発の一斉発射。

 

弾頭先端部のシーカーが振る赤外線と機体取付基部のアクティブ・フェイズドアレイ・レーダーにより迂回機動を描きつつ光線属種を圧迫するそれらはしかし先んじて超重光線級にはほぼ無効化された代物――のはずが、

 

 

「あんなに拡がる!? それに機体はまだ渓谷の中じゃ…!」

「だが軌道乱数が無数に…、なんだあれは!」

「ランダムモジュレーション、いえ――まさかIDIコントロール(全弾個別制御)!?」

 

 

小さな姿勢制御翼を広げた弾頭たちはまるで1発1発それぞれが意志を秘めたが如くして。

バラバラの軌道を描きながら空を裂き地を滑っては照射域を逃れつつ、触腕の間隙を狙い「傘」を避け「槍」から身を潜めるようにすらして超重光線級へと距離を詰め ― しかし力及ばず次々に払い打ち落とされるも。

 

それこそが真の狙いにして本望、たとえ己が身を挺してでも寸毫の刻を稼がんとしてさらに拡がる重金属帯それはまさしく。

BETA必殺の光線すらも弱め散らしては幻惑させて逸らしてのける――八重の霞か。

 

 

твой навсегда(ずっと、一緒です). ―

 

 

だがそのソプラノの想いと願いを耳にしてなお。

 

 

「……92式コンテナ投棄」

 

 

男は独り黙して死地へと向かう。

 

「…装甲・放熱翼展開…出力制御装置解除…強制冷却開始…」

 

 

其れは恰も刀禁呪の如くして。

 

 

「…外翼展開、前進角33°…渦流制御器起動…修正舵設定毎秒40…」

 

 

急急如律令 ― 秘めたる禁忌の力を解き放つべく姿を変えゆく黒い鬼。

 

 

「XM4通常駆動停止…演算能力最大…入力予測演算停止…余剰全出力を強化装備へ…」

 

 

数多の戦場を渡り幾多の死を繰り返そうとも。

脆き人の身、才限られし身ではBETAの暴威に打ち勝て得ぬなら。

 

 

「…筋電流操作最大…保護皮膜耐G収縮上限解除…感覚欺瞞最大持続…」

 

 

己が身のまま己とヒトとを超えていく――喩え須臾の業に過ぎぬとも。

そのための手段は問わずそして代価もまた問わず。

 

 

「…脳神経系干渉拡大…脳内麻薬強制分泌…電・化シナプス肥大化促進、伝達加速…、!」

 

 

復讐者の妄執が技術者の理性の箍を外したその結実。

魔を討つ為に鬼と化す――血と身と命を贄と焼べても。

 

 

「戦闘薬・加速剤最大投与――、ッグ!」

 

 

漆黒の強化装備が投薬の衝撃に反り返り跳ねて再び沈み。

吐き捨てた喀血の跡も拭わず見開いた眼は澱んでなお滾る憎悪に燃えて。

 

 

「XM4・コード99 ― 起動…!」

 

 

災ヲ以テ禍ヲ討ツ ― 斯くして招来せしむるは。

 

 

四方四角より疎び荒び来む――黄泉之国より憧れ出づる人造の魔()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは急速に迫り来る。

 

― ……、ィ――…――…! ―

 

薄暗い北辺の大気を震わす――いや、貫いて斬り裂くように。

 

「これは――」

「例の共振波と…なんだ!?」

 

イルフリーデにヘルガらは、砲撃を続けるなか自らの聴覚に届いたそれらの発振源を探り。

 

― …ィ…ィィ――!……――! ―

 

2万Hz超の共振波は通信回線から。

そしてさらにそれに共鳴するかのようななにかは――外部から。

 

確実に、一気に近づいてくるそれは。

 

跳躍(ジャンプ)ユニットの――」

「排気音!?」

 

 

― ィィ…――ァァァァァァァアアアアア!! ―

 

 

「な――!」

 

 

それはあまりに甲高く ― あまりに不穏な。

 

 

「女の……悲鳴……?」

 

 

兵士級に食い千切られる ―

闘士級に引き裂かれる ―

戦車級に噛み砕かれる ―

 

突撃級に跳ね飛ばされて要撃級に吹き飛ばされて。

要塞級に踏み潰されてそして光線級に灼き焦がされて。

 

殺され、殺されて、殺され続けてまた殺されゆく ― 女と。女たちの。

その今際の際の恐怖と、苦痛と、絶望と怨嗟のすべてを象ったような。

 

青ざめた肌に落ち窪んだ深黒の眼窩よりなお黒い血涙を流し、喉元を掻きむしりながら同じく闇色の淵と化した口腔の奥底から溢れ出し迸る慟哭そのもののような――

 

 

叫声。

 

 

― ィィヤァァァァァァァアアァァ阿亜唖亞AAAH!! ―

 

 

「な、なんなの…」

 

形勢の悪い戦闘中、だがイルフリーデを総毛立たせた怖気は敵BETAによるものでなく。

薄黒く蟠る靄の向こうから響き寄せるその悲嘆と呪詛の喚き声に対してだったか、

 

「――来るぞ!」

 

そして王の警告もまた。

続く刹那に狼たちは仰ぎ見た。

 

 

「!」

 

 

地表近くの黒雲を突き破りて来る ―

 

夜より深く染め落とされた漆黒の装甲、薄く開いたそれらの合間に覗くは更に闇色。

紫黒に滲む各部センサー、両肩部より伸び出た三対六枚の鋭翼が薄く陽炎を放つ。

そして提げた二刀は既に赤黒くもBETAの血に濡れ、対の跳躍機が紅蓮を吐き出し。

 

 

「あれが…ゼロ・ウムバウ(改型)の…」

「本当の姿…」

 

 

それは地獄の底から顕れたブラスレイター ― 剣と災厄と殺戮を司る暗黒のゼーラフ。

 

ツェアシュテーラー(殲滅機)・アウフ・ティープ(TYPE)ゼロ(00)フリードリヒ(F)アルター(Alt.)――

 

 

「――疾ッ」

 

通信にその鋭い呼気のみ伝えて。

そいつは文字通りに黒い疾風に――否、それすら及ばぬ程迄迅く。

 

「な……!」

 

イルフリーデの情報視界、その東の彼方の地平下から。

現れ飛び出るや否や瞬間的にトップスピードに達したと思しき黒い機体はまさに一瞬で照射圏から抜け出て東側個体へと肉迫を開始、即座に迎撃に向かう数本の衝角触腕はしかし――捕らえ貫いたのは、その影だけ。

 

「|lügen!?」

 

追えない。追えていない。

いや正確には続けて追尾を試み次々に繰り出される「槍」はだが、黒が不規則の稲妻形に曳き続ける紅蓮の軌跡を突くのみに終わり。

展開し転回を始めた「傘」はそもそもその僅かな空隙に目標を逃し必然落ちる追尾速度も相まってむなしく空をかき乱すだけ。

 

「――避け、いえ当たらない!?」

「読んでいる、いや察知しているとでも ― 」

「いえおそらく触腕の追尾能力を完全に凌駕しているのですわ砲弾なら速度こそ超音速でも単純な直線軌道ですから偏差迎撃できるにしてもっ」

「だがあれが、TSFに――いや人間に可能な動きか!?」

 

我が目を疑うとばかりのヘルガの驚愕にも無理はない、それは概ねこの戦場に居合わせる皆が同じく抱いた認識。

 

たしかに超重光線級の衝角触腕の追尾挙動はその攻撃動作中のある時点で終了しているらしい、ゆえにこそ剣で弾くなんて芸当だって可能なわけだがそれを機動で実現するなどと。

 

戦闘中の横目程度だからとはいえ1.5kmも離れた地点からですらあまりの高速と急角度にその機影を眼で追うことすら難しい、それはリヨン脱出戦時は元より資料で見たチョルォン戦時のものと比してすらさらに鋭く凄まじく――なにしろすべての挙動と機動に文字通り一切の()()()がない。

そして完全に質量も慣性も無視したかの如くの切り返しに連なる加速は ― 通常「加速」という単語から想起される現象を明白に超越しているといってよいほど過渡時間が無い、いわば瞬間的な超加速。

しかもそれら旋回と呼ぶにもあまりに鋭角すぎるターンを切るたびその場に残すは朧気なる漆黒の影――

 

残像(ナハビルト)!?」

「――機体表面に付着した重金属雲の残滓が急機動により剥離しているのでしょうかBETA相手に単純な視覚情報欺瞞の効果は認められませんけれどですがそれでは持続性の説明がいえお待ちを機体細部の光学観測誤差がやや大ですのこれは何かに阻害されているとでもそういえば妙ですわこの湿度の中あれほどの高速機動ですのに翼端渦も機体背面の減圧雲も著しく少ないようなといたしますとはっもしやなんでしたでしょう実験機に搭載されていたとかいうそうですわVFCまさかあの機能ですの能動的渦流制御なるほどそれで外気から取り込んだ重金属粒子が微量ずつ排出されているのではだとすればあのブンシンノジュツは意図しての機能ではないのかもでしたらあの補助翼の主目的は空力よりも放熱ということでしょうか機体表面を渦流で覆ってしまえば空力特性向上の代償として冷却効率は落ちますからその対策ですのねそれにしても主翼の変形による前進翼とは考えましたの推力偏向が自在の跳躍ユニットには必ずしも必要でないとされた構造ですけれどたしかに高い失速限界はあって困るものではないですしとりわけ近接高機動戦闘のエキスパートにはそれに不安定性の増加というデメリットもXM3の搭載に加え搭乗衛士を限定する前提ならば最小化できますしむしろ元からCCV化が大前提の第3世代型機にはうってつけともいえますわねただしステルス化には圧倒的に不利ですからAH戦は考慮しないということですのヤーパンライヒは対人類戦争を是としない政治的アピールいえ違いますわあれだけの高速性に機動性ですもの間合いに捉えて有視界戦闘に持ち込んでしまいさえすればそもそもステルスもなにも問題にならないという圧倒的な自信の――」

「ルナ、観測と分析は生きて帰ってからにしろ!」

「中尉、先ず西だ」

「――」

 

堪えきれずか始まったルナの長広舌に一切構わず入るヘル・イカルガの指示、了解の応えを見せたのは短い呼気に紫黒に滲むセンサーバイザーのみながら。

今暫し此方は抑えるとばかりに東側個体へと再び間合いを詰める三機の同型機とは阿吽の呼吸かその背を預けて黒いゼロが西へと迅る。

 

目指すは西側超重光線級その左側面、躊躇の素振りなど一切見せずに1km未満すなわち敵制空圏内に突進するとすかさず迎撃に出てきた触腕群を超高速のスリップ機動で躱してのけつつ左側兵装担架がダウンワード展開、即座に連射される36mmAP弾と120mmHESH。

 

残る距離は900m、対する巨大BETAも他と同じく「盾」と「槍」とで放射頭節を狙ったそれらを防ぎ弾いて叩き落として見せるも ―

 

「――ッ!」

 

残り800m、ばきりと回線に響いた奥歯までをも噛み砕かんばかりのその歯軋りは明らかに人の限界を超える負荷に耐えんがためのものだったろうか00式の超高速かつ精密に作動する跳躍機が推力方向を瞬時に変更、赤炎と共にさらに甲高く女の断末魔を吐き出し ― 黒い機体は横滑りの軌跡から一気にベクトルを前方へ移し自ら放った弾丸を追って稲妻と化した。

 

続く36mm砲撃を「盾」で防ぎ止めつつ間髪入れずに襲い来る「槍」が計10本以上、だが時間差をつけたそれらを鋭角の不規則連続シザー機動で置き去りにしさらに続いた10本の触腕もまたその悉くを躱してのけて駄目押しのはずの追加10本には辛うじて届くものもあったが虚空に走る双刃が弾いて去なせば仄暗い空に揺らいで浮かぶは10を超える黒い影、まさに瞬きの間に間合いを詰めて残るはわずか200m ―

 

 

入る、とイルフリーデが驚愕と共に確信を抱きかけたその刹那にしかし下方から上空へと一斉に突きあげる触腕の――

 

「『壁』!?」

 

熟練あるいは手練れの衛士の危機察知と対処能力はともすれば機械の処理速度すらも上回る、しかも彼ほどの使い手となれば尚更――だがおよそ2-3m間隔・20本近くの触腕ですなわち50m近くにも渡り瞬時に形成されたそれは突進してくる戦術機を直接狙うのではなくその前進を阻害すべく突如眼前に出現したいわば馬防柵、

 

「 ― グッ!」

 

触腕1本1本はTSFスケールからすれば決して太くはないがその靱性は侮れずそこへ空中衝突となればいかな改型とて最低でも機動の遅滞は免れ得ない、ましてやほぼ最高速での激突となれば損傷どころか分解の可能性も――

しかしそれにすら黒は反応してみせ9時方向左へと鋭角に回避、しつつ同時に宙空にて立ち上がりわずか動きを止めた触腕の列を軒並み斬り裂き断ってのけるも ―

 

「罠だ!」

「!」

 

ヘルガの叫びと超重光線がその背面後部に隠し持つ中型衝角触腕を撃ち出したのはまったくの同時、黒の回避機動の方向を左右どちらかへ制限それもおそらくは東側個体からの照射圏を避けるべく左方へ動く可能性が高いとまで踏んでの挙動かとイルフリーデが気づくより速くさらに残余の触腕も周囲から弧を描いて包囲するかの如き布陣で一斉に00式へと迫る ―

 

「――ッッ!」

 

回線を貫く裂帛の呼気、黒い機体は1mmたりとも速度を緩めぬまま文字通りの颶風と化した。

超高速のロール機動、その回転中にも襲い来た中型触腕をその双刃にて弾き返しつつ自らを捕捉し得たらしき小型触腕の群れ共へすらも、

 

「は、跳ね返した!?」

「タカムラ中尉たちとの剣と同じだっ、機体辺縁部が音速を超えて…!」

「発生させた衝撃波で直撃を逸らし回転する機体各所のブレードで弾いたんですの…?」

 

そんな真似がと三人娘が呆気にとられるその数瞬に満たぬ間に大きな動きを見せたのは超重光線級、未だ残る2/3の触腕に加え寸断されたものらまで加えていっそ無秩序ささえ感じさせるほど大きく振り回し始め同時にその4対12本の巨大な装甲脚を動かし西へと ―

 

逃げる!? BETAが!?

 

それは光景としては超絶の衛士が成した驚愕すべき現象――しかしその実際としてはおよそ恐怖からなどあり得ぬ異星生物、まして人類やその操る機動兵器を個体識別した結果でもない、ならば乏しくも備えてはいるらしき戦術判断。

 

 

BETAの「学習」については ―

そもそも個体間ないしハイヴ間においてその情報伝達の手段からして未解明ではあるものの、少なくとも母体となる後者を通す形で前者にまでそれが行われていること自体にはもはや疑義を挟む余地はなく、また少なくとも時間的かつその変化の強度においては、従来ではオリジナルユニット降着以後ほぼ唯一航空攻撃への対抗手段と思しき光線属種の出現のみが時間的にかなり素早く行われたものと目されていたが――

 

この超重光線級と名づけられた巨大光線属種においては、その各部特徴及び構造自体は既知既存の各種の合成によると考えられる一方で、現在では回収した体組織サンプルの分析によりそれらのどれにも合致しないまったくの新種と判定されている通り、その学習の速度や深度が既存種を大きく上回っている可能性が高い。

 

そのためだろうここまでの触腕の挙動はおそらく過去2度の対TSF近接戦を経て得た知見により攻撃と防御を最大効率で行うもの、それらがすなわち肉迫を阻む「傘」であり砲撃に対する「盾」、そして速く鋭く正確な「槍」。

 

だがその一方でしょせんBETAの「学習」はあくまで受動的なもの ― 直接の戦闘経験から得たいわば経験則にすぎず、それはどうやら撃破された個体のものまでをも含むらしいが――その編み出した対TSF戦術をはるか飛び越えてくる超高機動機が現れたとなれば。

 

 

「――っ」

 

漏れ出た短い呼気は舌打ち代わりか、当て推量もいいところで振り向けられる触腕の群れに照射圏をも避けねばならず機動の余地が相当に限られる以上退かざるを得ぬ黒の00式。

 

恐怖は元より感情も執着もない異星起源種、犠牲を払って学んだ戦訓・鉄壁であったはずの即殺戦術もたやすく捨て去りかつて対応に苦慮した高機動機を暫時掣肘し得た空間制圧的な触腕運用に切り替えたのか。

 

奇しくもそれこそが()()()()()()()な相手に対しては最善手、そしてさらに後退を選べば緩慢ながらもその巨体ゆえにわずか数歩で数100mは距離を稼げる、同時に転回も交えるなら振り回した照射圏に捉えることも――

 

 

迫る「黒」が、彼だけであれば。

 

 

「――Schluss jetzt(やらせん).」

 

その退路を塞ぐが如くに牙を剥いたが今一人の黒の雄 ― ケーニッヒスヴォルフ。

東より再度迫る双刃に合わせ西から回り込んで「制空圏」へと飛び込んだ。

 

乗機と同じく漆黒に塗装された跳躍ユニットAJ200を全開、全4門のGWS-9を斉射しつつの突撃に即応してくる10本を超える「槍」 ―

 

しかし鋭角の急機動と共に躊躇なく両主腕に抱えていた2門の砲を捨て去り空手となった狼王機の両主腕その前腕部が高速回転、EF-2000の両主腕にマウントされたスーパーカーボン・ブレードが一対の竜巻となって襲い来る触腕を逸らし去なしながらも斬り刻む――マシーネンクリーゲ・ザイテンヴィンダー。

 

「各機援護」

「了解っ!」

 

さらにわずかの遅滞すらなく支援を指揮する純白の王妃ヴァイスヴォルフ、黒の王とは言葉はおろか視線を交わすことすらなくとも。

 

次代を担う娘たち・エルベヴォルフを率いてまた自らだけは「制空圏」の際からその内部までへと機を進めて牽制をかけ、王の死角を狙う触腕の二次攻撃を砲撃により叩いて落とす。

 

「砲弾制限使用解除」

「ヤーボール・フラウ!」

「CS装填、焦点拡散っ」

「06コピー、キャニスター!」

 

再び戦場の空に勢いを増す複数の砲声とジェットロケットの排気音、そのアイザーネ・リッターらの発気にローズ・デ・ヴェルサーイュも即座に呼応、

 

「一気に潰すッ! エイスダンベルは援護!」

「大尉!?」

 

垣間見えだした戦機を逃さず掴むべく、フランスの風・ベルナデットは全4門のFWS-G1を連射しながら果敢にも後方中央から「制空圏」へと突入した。

 

「Mon Blade, 右は任すわ!」

「――」

「これ以上チンタラやってらんないでしょうが!」

 

明滅した黒のセンサー光に(ノン)の意図、さらに部下らの危惧の通りに近接白兵戦の機動においては二人の黒の頂点に比すれば一歩ならずも譲ることなど元より承知。

 

だがすでに心許ない燃料残弾に加えイワン共の茶々が入る前にとかそういう事情にさらに加えて、決着を急ぐその理由こそは。

 

 

アンタそんなの――保つわけないでしょ!?

 

 

残る触腕は7割弱、うち半数以上をアイツが引きつけ残る大半もボッシュ連中が相手してくれているなら。

両主腕の砲は左右へ展開、兵装担架を前方でなんとか――

 

――なれッ!

 

主機出力に跳躍ユニットS88を共に全開、広げた両主腕部により増大する空気抵抗の中しかしラファールが弾かれたように突出する。

 

持ち前の空間識に捕捉し得た動き出す前の衝角触腕へは視線照準、足りないところは直感と部下らの支援に任せてAPとCSを撃ちまくりつつのロールを加えたシザー機動。

高速で天地が入れ替わる管制ユニットの中で踊る金髪、コネクトシートから華奢な身を乗り出して歯を食いしばってGに耐え、網膜投影が伝えるマズルフラッシュを双の碧眼に反射させながらフランスの竜騎士は超重光線級への距離を一気に詰める――が。

 

「ぐッ――、ちィ!」

 

わずか2秒の突撃行、だが自機と僚機の弾幕をかいくぐって抜けてきた「槍」が2本。

躱し損ねて矢継ぎ早に左から右へと両の主腕のその付け根から貫かれて捥ぎ取られ。

 

直撃を避けられたのはほとんど運にすぎない、さらに衝撃に揺れる管制ユニットの中次いで頭上から鋭く落ちかかってくる確実な死の影をベルナデットは知覚――そう、知覚していた。

 

上か下かで来るってんなら ― !

 

「これで!」

 

推力全開のままピッチアップで最大仰角。

鋭角の連続旋回軌道上で残留する運動エネルギーのまま突進する乗機のなか強烈なGに耐え操縦桿を引き続けるベルナデットの意志と操縦に応えて赤炎を吐き吠えるS88。

 

高度も針路も維持したままでの後方宙返り(ソート・ペリユ) ― 空力制御のため限界まで反らされたラファールの頭部ユニット上部ギリギリを2本の「槍」が掠めて通る。

 

有象無象と侮ったのが命取り――

 

ロール中とは打って変わって縦方向での天地逆、だがその最中でも集中により限界まで引き延ばされた時間感覚のなか矮躯の騎士の空間識は自機の周囲に砕け散りゆく左肩装甲の薔薇の紋章と ―

 

 

「――摘んだバラにも――」

 

 

目指す目標*3へと、クリアになった射線を捉えた。

 

 

「棘があるわよッ!」

 

 

それはまさしく闇然たる戦空を貫き伸びたアリアドネの糸、逃さず辿りベルナデットに残された兵装担架2門の120mmが火を吹けば。

 

「エイス! ダンベル!」

「! サボット弾!」

「APFSDS!」

 

FWS-G1が放つAPFSDSの砲口初速はマッハ5近く、さらに発射後装弾筒が離脱し極端に細長い形状の弾芯 ― 侵徹体のみが残るため空気抵抗は激減、存速ですらマッハ4超。

すなわち「制空圏」内800m未満にまで飛び込んでのけて放ったそれらは着弾までに0.5秒もかからない。

 

そして後ろに控える部下らにしても戦歴浅き身とはいえども元が度胸自慢に腕自慢の降下兵団(ヘルダイバーズ)、「制空圏」近くにまで距離を詰めていた上データリンクで共有されたそれぞれの目標座標へめがけて手動と間接思考制御でもって必殺の有翼硬芯徹甲弾を撃ち放つまでコンマ2秒未満、つまり着弾まででも1秒未満。

さらにそれらの進む射線はXM3の強化CPUの演算により列機の座標ごとに最適化すべく発射時の主腕位置までも補正されたもの。

 

 

しかし対する超重光線級はやはり脅威の重BETA、瞬間的な飽和により発生した防空網の空隙にも即座に反応してみせたが ― さしもの超高精度の弾道予測に超高速の軌道演算、さらに超音速の触腕を以てしても距離と時間が足りなさすぎた。

 

否、正確にいえば予測ないし演算までもは間に合ったらしい、だが「槍」による迎撃とは飛来する弾体に対し触腕でもってその進行方向に対し垂直あるいはそれに近しい角度で衝角をぶつけ打ち落とすという極めて高度に動的なランデヴー。

左右双方から共に黒い機体に迫られほぼすべての触腕が出払った状況下、そこへ後方中央からの突破を受けての至近距離からの砲撃とあっては大きく弧を描いての触腕迎撃などはさすがに望めぬ話、ゆえにか弾きだし得た弾道と着弾位置へと緊急で縒り集めた数本の触腕でもって合計6つの「盾」を構築し――逆にそれが仇となった。

 

 

超重光線級の衝角硬度は要塞級とほぼ同等 ― つまり突撃級の装甲殻と同格にしてモース硬度15以上の堅牢さを誇りはするが、本来刺突攻撃の速度と鋭利さを求めて形成されたと思しき衝角には至極当然の帰結として突撃級の装甲殻ほどの厚さはない。

 

他方その分厚い装甲殻すら正面突破してのけるのが第3世代型機標準の120mm滑腔砲から放つAPFSDS、その装甲浸徹力はRHA換算で600mmをゆうに超え、薄く軽い衝角を数本束ねたところでさしたる障害にはなり得ない。

 

さらにAPFSDSの侵徹原理は基本的にユゴニオ弾性限界の突破による、すなわち超高速かつ小断面積の高比重物質により形成された侵徹体が敵装甲に命中するとその超高圧で以て自らと敵装甲とを共にあたかも液体であるかのように振る舞わせ双方の摩耗変形を伴いながらも穿孔し結果破壊をもたらすという物理現象の前には、傾斜装甲による避弾経始はほぼ意味を成さない。

 

そして核保有国でもあるフランス軍が有する120mmAPFSDS侵徹体は、非核国たる日・独軍のタングステン(TU)合金製とは異なり英米露と肩を並べる劣化ウラン(DU)合金製。

硬度においてはややTU合金弾に劣るとされるDU合金弾だが侵徹時の断熱剪断がより早く発生する特性により高い穿孔性を発揮し ― さらに着弾から穿孔に至る過程での圧力を受けて侵徹体の結晶構造が変化するなか運動エネルギーが熱エネルギーへと変換され、侵徹体先端部が1200℃を超えた時点で融解温度に達すると剪断により微細化し周囲に撒き散らされた金属ウラン成分が酸素と結びついて一気に燃焼――それは生体組織に対しては致命的といっていい焼夷効果を発揮する。

 

 

超重光線級は主体節から放射頭節に至るまでその巨体相応の高密度でさらにその外皮は強固かつ靱性に富みはすれども究極的には非装甲、なんらの干渉もなく侵徹体の直撃を受ければあるいは一息に貫通してしまい内部組織の損傷はより限定的だったやもしれぬ。

だが可能がゆえに「盾」を展開、結果それらを貫き破り焦熱の矢と化したDU合金弾は3本の放射頭節中央付近に各2本ずつ突き立った。

 

溶融した造岩物質(マグマ)に匹敵する高熱を発する鋭利な放射性物質の塊は長さ700mm・重さ10kg。

それらは等しく着弾部位及び穿孔する内部構造を引き裂き灼き焦がしながらやがて停止しさらに深刻な破壊を周囲へもたらし続け。

 

 

西側個体は照射能力を喪失した――が。

 

 

「タツナミ! マカベ! あとは頼むわよ!」

 

 

復仇か追撃か。いやおそらく単なる排除。

 

だが襲い来る衝角触腕を撥ね除ける力は、ベルナデットにはもう残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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