Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 32

 

 

 

 

 

― 2003年 6月

 

 

人類戦力なかでも欧州連合の悲願たる大陸奪還の口火を切る作戦であった旧フランス・12リヨンハイヴの攻略成功からはや数年、停滞していた戦線を再度押しあげようやくに攻略成った旧フィンランド・08ロヴァニエミハイヴ。

 

その後旧ソ連・04ヴェリスクハイヴを発した大規模BETA群からの08防衛作戦を辛くも成功させたかにみえた日欧連合軍であったが、ほどなく保有BETAを吐き出し尽くしたかとも思われた04から巨大光線属種・超重光線級2体が出現、同時に侵攻が発生。

 

これを長駆迎撃するため、先年の旧ソ連・26エヴェンスクハイヴの攻略以降BETA禍以前の世界構造すなわち東西の対立による冷戦状況の再浮上によって不安定化していた陣営間の緊張を暫時棚上げする形で日欧・ソの作戦協力が実現。

 

単体ですら一個軍団をも壊滅させうる脅威の重BETA2体を討伐するため、日欧軍選りすぐりの一騎当千の衛士らは寡兵を承知で事実上の敵地奥深くへと進出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 同年 同月

 

旧ソ連カレリア自治ソビエト社会主義共和国。

マティゴラ付近 地上15m。

 

 

 

 

分厚い雲の曇天、ひたすらに薄暗く拡がるその層積雲へと突き上がってさらに陽光を遮る巨大な黒雲 ― 光線級積乱雲(レーザークラウド)がそびえる戦場は見はるかす限りの荒野。

 

 

過酷な劫掠に晒され果てた大地からは自然の地形さえも消え去って久しく、生命の気配はおろか痕跡すら見つけられない終末の光景――

 

 

 

 

黙示録の到来(ポストアポカリプス) ― これが地球上の陸地面積の3割を占めるユーラシアの現状。

 

 

 

 

空を奪われ、地を荒らされ。

 

 

燎原の火の如く拡がる異形の異星種 ― BETAによる劫掠を押しとどめ得たのは、半ば以上その代価に領域を明け渡したがゆえに過ぎず。

大陸という戦略縦深をほぼ全消費しさらに海という防壁を盾にして日々漸減を図り、遂には幾多の苦難を乗り越え奴らの巣といえるハイヴをいくつか陥落せしめてもなお、文字通り無尽蔵に湧き続ける怪物共は倒しても倒しても一向に減る気配がない。

 

 

対して少しずつ、だが確実にそして明らかに摩耗し続ける人類の力。

守るべき人々は困苦に喘ぎ、取り返すことが叶った場所も再建の目処すらたたない。

 

 

 

 

夜明けはあまりに遠く ― いや確認ないしは推定できうる範囲ですら膨大に過ぎるBETAの勢力を思えば、未だおそらくは暁闇にさえ至らぬ今はそう――人類の黄昏。

 

 

ゆえにその暮れゆく地平線の彼方に沈む太陽の赤に滲んで染み出すは破局の姿。

 

 

 

 

だがそれでも、人は戦い続ける。

 

 

音も無く這い寄る破滅の影に慄きながらも。

我が物顔で地上を闊歩するBETA共に抗わんと。

 

 

機械仕掛けの巨大な兵器を操って、命の炎が続く限り、ただ。

 

 

 

 

そんな諦めの悪い者のうちの一人 ― 日本帝国陸軍・龍浪響中尉は、戦域内やや後方・目標2体の超重光線級をおよそ北4km超に望む地点付近に遊弋させる乗機94式 不知火弐型の管制ユニットの中、ただ耐えて待ち続けていた。

 

 

頼むぜ、みんな――!

 

 

網膜投影の外部映像、望遠のその視界内には、虎の子の刺突爆雷を抱えて必殺を狙う自分たち ― 真壁清十郎大尉以下龍浪響・千堂柚香両名あわせて3機からなる突入小隊 ― の血路を開くべく、文字通り身を削りながら戦ってくれる自軍友軍の仲間たち。

 

 

 

 

元からそう我慢強い方じゃない、それに戦場ではどちらかといえば先陣を切ることの方が多いはず。

短躯ながらも精気溢れる、そう評されるに足る快活さだけが取り柄だと(除く前半部分)自覚するにつけ、長年の苦楽を共にしてきた相棒たる柚香の方が深窓の令嬢然とした佇まいのかたわら実は肝の据わったところもあって、どっしりと構えているような気さえする。

 

 

だが決して長いとはいえない最前線の衛士の平均余命から考えればもうとっくに古参の域に片脚以上は突っ込んでいる立場からして、今回この状況下ではともすれば逸って撃発するかもしれない若年大尉を抑える役目ということくらいは誰に言われずとも解りはする――が。

 

 

 

 

「タツナミ! マカベ! あとは頼むわよ!」

 

 

 

 

自動翻訳を通す前の高いその声はあのフランス軍女大尉の。

 

 

 

 

巨大BETA・超重光線級が誇る衝角触腕・半径1kmにも及ぶ「制空圏」内へとはた目で見てもかなり強引とわかる突入をかけた仏軍の白騎士ラファール ― ベルナデット・リヴィエール大尉機 ― が、最大出力での旋回機動中鮮やかに過ぎる失速下機動を繰り出して鉄壁の敵防空網のわずかな空隙を縫い120mm砲弾を目標のレーザー放射頭節へ見事ぶち込んだ ― まではよかったが。

 

 

その直前の被弾で両主腕を喪失さらにそれ以上に致命的なのが攻防一体と成したその機動そのもの――失った速度を再度得るまでの時を待つBETAであるはずがない。

 

 

 

 

即座といえるほどの間すらなくしかも無感情かつ無機質に。

鋭利な触腕の刺突・「槍」が2本、中破したラファールに突き立てられる――その刹那。

 

 

それらより迅く。殺到したのは黒い疾風。

 

 

「――ッ」

Quoi()――!?」

 

 

天翔る鎧武者 ― 00式改。

跳躍機(ジャンプユニット)FE-108 FHI225SPから吐き出される赤炎に甲高い女の絶叫を捲く漆黒の颶風。

 

 

その日本帝国斯衛最強騎により瞬きの間に斬断される2本の「槍」、そしてまったく同時に左右主腕を失ったラファールの背面が兵装担架と共に吹き飛び内部から飛び出す箱形の構造物――管制ユニット。

 

 

装甲の爆圧排除による緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

射出に成功した管制ユニットが火を吹くロケットモーターによる加速を得て両端のオレンジ色の警戒識別塗装ともども即時展開するエアクッションに包まれつつ後退していく、一方で主を失い力尽きたかの如くに落下を始めた仏軍機には別方向からの「槍」が2本今度こそ無造作に突き込まれるその間に、

 

 

P――, Putain d'idiot !!(こッ――、この大バカ!!)

「――」

Ce n'est pas le moment(あたしに構ってる) de s'inquiéter pour moi(場合じゃないでしょ!)!! Pauvre con(バカー!!)!!」

「た、大尉!」

「確保します!」

 

 

射出直後の強烈な初速を終え「制空圏」外へ達するや否や通信に響くは怒り狂って声高くわめいては怒鳴り散らすフランス語、だがそれには一切構わず再びの疾風と化して飛び去る黒い00式の一方救援救助に向かう彼女の部下2機。

 

 

ぶ、無事かよ、脅かしやがる。

 

 

響もまた機体喪失に伴い網膜投影内左下の作戦要員リストの勝ち気というにもちょっと攻撃的に過ぎる気がするベルナデットの顔の上に刻まれた大きな赤い×印を目にしつつも、背筋が一瞬凍りついていたのをそれが解凍されたことで自覚した。

 

 

 

 

緊急脱出自体はその操作直後にタイムラグなしで自動にシーケンスが進む、あのタイミングからしてどうやら砲撃直後というかほぼトリガーを引くと同時にすぐイジェクションレバーを引いていたらしい。

 

 

命賭けるに躊躇はないが死ぬつもりは毛頭ない。無理は押しても無謀はしない、たとえ勝算がなくったって成算程度はちゃんとある ―

 

 

そのあたりがさすがにベテランのしぶとさにしたたかさとでもいうべきか、とはいえ実際のところはあの中尉殿が割って入っていなければ無事の脱出は難しかったろう、けれども射出時にかかる15G超の負荷に晒された直後にあれだけ本気の憎まれ口を叩けるあたりやっぱりただ者じゃないとも思う。

 

 

そして ―

 

 

 

 

やっぱアンタは、そういう人だよな!

 

 

眼で追うことすら難しい、隔絶の機動の黒い竜巻を響はそれでも視線で追って。

 

 

 

 

己が命など元から不要、多くを語らぬ黒い背中の最優先はいつ何時もBETA打倒。

護国の神剣にして斯衛の絶刀、覚悟の彼岸の衛士の極み ― それは揺るがないにせよ。

 

 

なんだかんだ、特に戦場では、きっと誰より周りを見ていて。

でなけりゃいくら彼と彼の機体が迅かろうとも超音速の「槍」に対して割り込みをかけるなんてマネができるはずもない。

そうやって考えるより先に身体が動いて仲間を助ける――たとえその身と命をより削り落とすことになろうとも。

 

 

だからなおさら、死なせられない。

 

 

過酷な現実を見せられ続けてきた古参としての冷徹は常に最悪を囁き続ける、でもそれでも、同じように思ったからこそ。

あの女大尉もあえてのリスクを負ったそのはずで。

 

 

 

 

ならここは俺だって――ツッパるとこだぜ!

 

 

「中尉! こっち(西)はもういいっ、むこう()のを!」

「――、」

 

 

回線に叫べど音声での応答は無く。返ったのは遅疑を匂わす呼吸音だけ。

でもそれは手間を省いたんじゃない、たぶんもう――それだけの余裕すらも。

漏れて聞こえた呼気にはたしかに、すでに押して殺し損ねた苦悶が入り混じっていた。

 

 

「任せてくれっ、決めてみせますよ!――斑鳩閣下っ」

「応。流石のいくさ達者よ『巨大種殺し』、勘所を掴んでおるな」

 

 

次いで呼びかけるは政威軍監、斯衛の首魁にして事実上の帝国指導者・斑鳩崇継。

 

 

家格と同色の青に染め上げられた00式F 高機動型武御雷は火花散らして異星種の攻撃を撥ね除け続けてなお雅、そしてその主にはこの鉄火場においてすら消えぬ薄笑み。

しかし常通りの茫洋たる眼差しにもさすがに戦気を宿しつつ、さらにちらと伺う黒の機動には刹那の鋭さ ― そこへ。

 

 

『こちら、ユーロユニオンスカンジナビア方面軍司令部コマンドポスト、聞こえるか、臨時編成多国籍連合特務攻撃隊、応答せよ』

「 ― 02」

「いえここは――ローテ08」

「了解ですの ― CPへ返信、こちら西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊、第2中隊ヴィッツレーベン少尉、『01(ケーニッヒ)』と『02(ケーニギン)』は現在近接戦闘機動中、代わって応答いたします、通信状況は、クリア」

『了解だ、いいぞ少尉、まず戦況を報告せよ。確認したい、作戦の達成状況をだ、レーザークラウドが想定より厚い。衛星のSAR画像では判別が難しい、詳報が、必要だ。報告を』

「Ja, 目標2体中西側の――命中して――東側の――撃破は――照射が――」

『ちょっと待て少尉、なんだ、砲撃音と噴射音で聞こえない、聞こえないんだ、もう一度』

「ああごめんなさ――外部音声が――遮音機能に――戦闘は継続中――」

 

 

おそらくは束の間の友邦(エスエスエスエル)からせっつかれているのだろう、直線距離でも500km向こう・実際には衛星を挟んでさらにはるか遠くの指揮所よりの通信その初手からの含みを察してあからさまな時間稼ぎの小芝居をはじめた独軍機。

 

 

その遣り取りに青の貴人は愍し玉の顔の割に何とも小才が利いておるわと感心とも呆れとも付かぬ笑みを見せつつ、

 

 

「とまれ急くが荒間欲しき哉 ― 中尉、彼奴がやると云うておるのよ」

「――」

 

 

独り善がりも大概にせよ其方1匹のみに拘いて2匹共誅する好機を逸するか?との冷然かつ傲慢なそれは反駁を許さぬ下問に他ならずして。

 

 

黒の00式から声は無いまま、ただ明滅する同色のセンサーが寄越した光音声にしかし ― 「マカセル・タツナミ」。

 

 

「任されて! やります、ツェルベルスもそっちへ!」

「はは、見得を切りおる其の意気や佳し、尚又心付いたぞ。では狼王殿」

「 ― 了解。各機東側個体の攻撃支援に移る」

「ヤーボール!」

 

 

歴戦のドイツ狼たちも当意即妙、即座に火砲の向きを東へと移す。

 

 

 

 

実際のところすでに西側の超重光線級は防御すべき部位の喪失を自覚しているらしくドイツ軍機の砲撃に対しもはや何の反応も示さなくなり主体節への36mmに対しては当たるに任せて一切頓着していない ― 全高90m・全長40mにもなるあの巨体相手では当然といえば当然だが戦術機携行火器の通常弾頭ではあまりに効果が薄すぎる、それこそAPCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)あたりをまとめて何百発と撃ち込めれば話は別だが現状そんなの望むべくもない、だから主体節正面中央部の準反応炉へ刺突爆雷を撃ち込むしかない。

 

 

だが照射能力を喪失した西側個体はしかしその正面をやや東側へと向けていて同制圧資材を使うため正面側へ回れば確実に東側個体の照射圏に入ってしまう、超重光線級のその巨体自体を利用する形でその()()を潜ろうにも ― 相当に楽観をして4対12本もの巨大な装甲脚に挟まれた狭い空間内だけで未だ多く残る自在の追尾能力を誇る衝角触腕の攻撃を回避できると想定したとしても、手持ち式の刺突爆雷を使うには主体節正面ゼロ距離にまで肉迫しなければならない上に()()()()その瞬間には確実に作戦機の動きが止まる。

 

 

ゆえにあの巨大BETAを打ち破るためには――

 

 

 

 

「其の為の揚幕係が我々であろ。さてや月詠篁――()()()()な?」

「は」「及ばず乍ら」

「重畳、では花道を開こうぞ。立役は五つ数えて突入せよ」

 

 

それだけのやり取りで。

 

 

「さあ――参るぞ」

「了解! 真壁大尉!」

「ッ――」

 

 

 

 

― 5 ―

 

 

 

 

突如激流と化す戦場にももはや歴戦の闘犬は即応可能、何らの戦術合議なくともその嗅覚と肌感覚とで状況を嗅ぎ分け乗機弐型が提げる跳躍機FE140を一挙全開にして遊弋していた戦域南部から北上を開始それに四半秒の遅れさえなくもう一機の同型機も追随するが。

 

 

しかし若すぎる赤・清十郎には課された重責への最後の怯懦を払う決意の暇すら無く――とも。

 

 

 

 

― 4 ―

 

 

 

 

「――やらいでか!」

 

 

勇気を奮い起こし。

 

 

「天よ地よ、火よ水よ、八州護持せし八百万の神々よ…我に力を与え給え!」

 

 

別ニ仔細無シ。胸坐ツテ進ムノミ也 ―

 

 

「敗れて死すが定めで在ろうと ― 」

 

 

祖国と人類の為。

偉大なる父と兄達、そして散っていった戦友(とも)達の為に。

 

 

「斯様な運命――この手で断ち斬るッ!」

 

 

未だ捨て去り得ぬ震えのままに走らす指先の操作盤、さすれば乗機00式Fの右兵装担架に佩いた74式近接戦闘長刀が抜刀位置にまで展開するとその柄尻だけが外れて落ちて。

 

 

「我、今此処に闇裂き魔を討つ刃と成らん…!」

 

 

右主腕に握りし長刀もまた柄尻のみが切り離されて、両刀を同部位にて組み合わせればガチリと内部で接合音――

 

 

「これぞ戦術機動剣極意・二刀一刃! 名づけて74式改・近接戦闘双狼牙!」

 

 

赤狼の闘志に映える唐紅の装甲、水縹の光を放つセンサーバイザー。

 

 

「巻き起これ嵐ッ! この戦いに勝利を!」

 

 

裂帛の気合いと共に跳躍機FE-108もまた高く雄叫び清十郎機は突進を始める。

 

 

 

 

― 3 ―

 

 

 

 

「……大丈夫そうですね」

「……だな」

 

 

言ってまだ経験も浅いお坊ちゃんだ、逸るか竦みあがるかの心配がなかったとはいえない。

だから抱いた思いは同様だったか響は並ぶ柚香と共に、きっと本人は不本意なのだろう間違いなく整ってはいるがまぎれもなく童顔の面差しにしかし闘志を漲らせて全開で突撃していく若武者の背を瞬間見送りながら場違いにもやや毒気を抜かれた気分を抱くが、

 

 

 

 

― 2 ―

 

 

 

 

「俺たちも――やるぜ柚香!」

「了解響っ!」

 

 

今さら危地に伴ったことを詫びはしない、これから踏み入る死地についても。

それは彼女の覚悟と力を軽んじることでそんな資格は元からない、ましてや独りの力で戦い抜くことだって。

 

 

だから素直に力を借りるし出し惜しみだって一切しない、こちとらハナから命懸け!

 

 

「跳躍ユニット出力リミッター解除、全アクチュエーターリミッター解除!」

「タービン温度許容上限・エンジン回転許容上限共に解放っ」

 

 

揃って左コントロールパネルを素早く操作 ― 解除コードを打ち込むやすぐさまその下のガードワイヤーを引き破断させ露出したスイッチを押し込んだ。

 

 

「モードVmax!」

 

 

攻撃隊内2機きりの暗灰色塗装、日本帝国陸軍制式仕様。

弐型の各所に光る水色のセンサーが輝きを増し共にその左肩部の日の丸に映え。

 

 

「限界まで――飛ばすぜ!」

 

 

高度にデジタル制御された腰部跳躍機FE-140の角形形状コン・ダイ・ノズルが収縮してより細く長くそして高圧の赤炎を吐き出す。

 

 

 

 

― 1 ―

 

 

 

 

94式より相当な強化が成った弐型をしてなお通常の単純出力では00式F型には及ばない、だが制御関連を全解放して超過禁止速度(Vne)への到達すら許容させた今ならば。

 

 

「加速して突っ込んで一気に決めるぞ! 真壁大尉!」

「応とも!」

「了解っ、最大速度到達所要距離算出――」

 

 

すばやく3機で雁行(エシュロン)を組みロケットの航跡を曳いて鋭く北上する突入隊はそして一息に今作戦の絶死圏 ― 東側個体の照射圏へと進出する――

 

 

 

 

― 0 ―

 

 

 

 

「南無三っ」

 

 

その瞬間、響が聞いた真壁機からのその呻きは噛み締める歯の間から漏れたかのよう ―だったが。

 

 

超重光線級のレーザー照射はその通常のものですら重光線級、つまり戦術機の対L蒸散膜と耐熱対弾装甲程度は無いも同然瞬時に灼いて融かしてのける。

 

 

だからすなわち清十郎のそれを聞いて終えてなお、最大出力の微振動を伝える管制ユニットの中で網膜投影に刻まれ続ける変動する各種数値に僚機の反応とさらに向こうの異形の巨体を認識できているということは、その照射が来ていないということで。

 

 

流石かよ!

 

 

信じてなかったわけじゃない、それでも驚嘆に内心で快哉を叫ぶも一体どうやったのかと側方後方を視認する余裕まではない、ごく短時間の直線飛行で距離と共に速度を稼いでの北上からややの西進 ― 9時方向へと素早く機の鼻先を向ければ3km先には目標たる超重光線級、被弾し照射能力を失った放射頭節はそのままに残された60本ほどの小型衝角触腕を揺らめかせつつ明らかにこちらを認識している。

 

 

その異様にして威容たるや万の兵士を消し飛ばすレーザー攻撃こそは封じたとはいえあのツェルベルスの手練れ達をして容易には寄せつけないもの、それを直接かつ直截に目にしてしまえば歴戦の響とても恐怖を感じぬわけではない。だが。

 

 

「――行くぜぇ!」

 

 

それらすべてを喝破し掴み取るのが勝利の細糸。

 

 

「まずはこいつだ!」

「92式! 全弾発射!」

「応っ!」

 

 

雁行から即座に散開しつつ突入コースに機体を乗せて間接思考制御と共にコントロールパネル操作、3機同時に撃ち放つは戦端を開くと同時に使用した支援隊と異なりここまで我慢強く担いでいた92式多目的自律誘導弾システム(ミサイルランチャー)

 

 

同時に空になったミサイルコンテナは即座に投棄されるも発射された1機あたり16*2、計96発の小型ミサイルの群れは肩部装甲脇に残された誘導用のアクティブ・フェイズドアレイ・レーダーの目標設定により大きな迂回機動を取りつつ手負いの巨大BETAへと迫る中――

 

 

「こいつも持ってけ!」

「砲弾使用制限解除! 照準、データリンクっ」

「神鳴る一撃、受けよッ!」

 

 

響が左主腕と右兵装担架で計2門・柚香が両主腕に両兵装担架の計4門の87式突撃砲を展開(清十郎は左主腕1門)し36mmAP弾と120mm各種弾が一斉発射、まず狙うは超重光線級の近接攻防の要にして基、左右主体節正面の触腕基部。

 

 

だが即応した巨大BETAが展開させた4本の「傘」 ― 高速回転させた小型触腕 ― がブレードスラップを伴いつつ振りかざされ宙空の白煙を曳いて疾駆する92式弾頭を次々に払い落とし、さらに極小の時間差で以て局所的な弾雨として殺到する36mmは「盾」 ― 数本の衝角触腕を束ね形成した防楯 ― に弾かれ120mm各種弾もまた「槍」 ― 高度な弾道予測に基づく触腕迎撃 ― により切り落とされ叩き落とされて無力化される。

 

 

重い曇天の下に咲く数多の爆光、硝煙を排気煙を貫いて走る火線はしかし一発たりとも超重光線級の巨体には到達しない、しかしそれも響らにすればすでに当然折り込み済みの光景。

 

 

絶対の防空能力を誇る触腕を、破壊減殺できるならそれは御の字ながらも実際には数秒でかまわないから拘束することこそが主目的 ― そしてその黄金より貴重な数瞬を喰い破るべく。

 

 

こいつがホントの――切り札だ!

 

 

 

 

「XM3、オーバークロック!」

 

 

 

 

ロックはすでに解除済み、間接思考制御と音声入力により。

敬愛する猟犬がもたらした魔女の秘術 ― それは仮初の魔法の時間(シンデレラ・タイム)

 

 

 

 

「マキシマムマニューバ ― エミュレート!」

 

 

 

 

そして許された寸刻に駆け上るは頂点へのきざはし。

 

 

定格を超えた駆動を開始した特殊装置 ― 正確にはその心臓部たる高性能集積回路の冷却に用いられるブロアファンの超過稼働音が管制ユニット内に満ちる中、共に解放した柚香機と揃って弐型のセンサーが虹色に輝きを放つ。

 

 

 

 

膨大な時間という糧を費やしての進化を経ずとも先駆けが切って開いた高みを知により学びて継ぐを可能にするのが人類ならでは、機体の限界を超えたがゆえに真の限界を識った手練れの極みの衛士たち ― かつてあの巨大BETAとすら互角以上に戦った、その二人の業を私淑し今ここに。

 

 

 

 

「正面は私が!」

「――頼む!」

 

 

対触腕の阻止制圧拘束火力は突撃砲4門装備の柚香が最も高い、響は自らと同じく機動に鋭さを増した彼女への無理はするなの一言を咄嗟に飲み込み砲撃を続けながらも機体を3時方向へと滑らせ突撃行へ。

 

 

そして一方の柚香は超重光線級真正面へと機首を巡らせ乗機の全砲門を展開しつつ前面投影面積を最小に抑えるべくの飛行姿勢から高速の連続ロール機動を伴うバレルロールへ持ち込んだ。

 

 

「やあああ!」

 

 

残る距離は2km足らず、各種リミッターを解除した今の弐型の出力ならばそれをゼロに詰めるのに10秒とまでもかからない。

 

 

高速で入れ替わる天地の中、長い黒髪をなびかせ倍化したGに耐えるべく気合いを発し乱数機動も交えて砲撃位置を連続的に変え火砲を放つ ― それは最前突入かなわず撃破の憂き目に遭った前衛砲兵(ベルナデット)に近似したもの、しかしいま柚香が操る弐型の砲が目指す先とは ― 動きの少ない主体節正面・触腕基部への攻撃は左右の主攻2機に任せる形で、全4門で狙いすますは振りかざされ続ける触腕そのもの――いやより正確には。

 

 

彼女が狙うはその網膜投影に映し出される幾重かにも揺れる影、それらこそは通常視認することすら困難な超音速を誇る触腕の、コンマゼロ2から3秒先の予測位置――すなわちこの火器管制(FCS)制御プログラムの提供者、銀色の戦闘妖精が幻視し描き出す未来予測図(リーディング&プロジェクション)を擬えたもの。

 

 

当たって――!

 

 

その刹那の情報すら見逃すまいと柚香は黒目がちな瞳を見開きトリガーを引き絞る ― が畢竟、模倣は模倣。

 

 

高機密かつ高価値なXM3ユニットを過負荷による破損を承知でぶん回そうとも国家規模すら超える予算を投入したうえ社会宗教生命それらすべての倫理規範も完全無視で開発された本物の超能力者(イーニァ)には及び得ないし、同時にいくら柚香が歴戦かつ熟練した一流の衛士であっても機体性能を常に理論値上限まで自在に引き出しさらに秘められた上振れ分とその限界点まで含めて操れるような超一流の天才(ユウヤ)ではない。

 

 

ゆえに放つ砲弾の6割は空を切り2割は「盾」に弾かれ「槍」に落とされ残る2割が超重光線級の演算結果と拮抗し得て想定外の防御ないしは触腕の撃破に成功するも、自機の防禦まではとてもかなわず相対距離1km以内すなわち「制空圏」への侵入直後に襲い来た5本の触腕のうち2本が120mmキャニスター弾による弾幕をかいくぐって殺到すればうち1本を躱し損ねて右主腕を持っていかれた。

 

 

「――ぐぅ!」

 

 

衝撃に揺れる機体とその内部の管制ユニット、さらに高機動の接近目標と判定されたがゆえか衝角部を失っている触腕までも迎撃に加わりそれらに打ちすえられれば即撃墜には至らずとも挙動を乱されただでさえオーバーロード状態のXM3がその補整のための姿勢制御を無理強いされて悲鳴がわりに破滅的な異音を発する。

次いで四半秒後には頭部ユニットに掠めるというにも近すぎた至近弾を浴び外部センサーを多く失って網膜投影に激しくノイズが走りついに機体が大きくバランスを崩せば今度は左主脚を貫き壊されフラットスピンに陥りかけてなお ―

 

 

まだもう少し――!

 

 

もう少しだけ引きつけてみせる、響は絶対やらせない!

本体への体当たり ― 特攻自爆をも学習しているならなお好都合とあと1秒足らずで迫る死を前にしながら柚香はまだ諦めなかった、だからそれゆえにか――彼女はすでにその任を果たしていた。

 

 

絶大な防空能力を誇る超重光線級の衝角触腕網、だがその多くを中央付近で引きつけてもらえたとなれば。

 

 

「柚香ぁっ!」

 

 

もう十分だとの思惟を飛ばしつつの突入隊右翼 ― XM3超過稼働により得た演算出力をFCSでなく強化装備に回して耐G性と感覚欺瞞を増大させた響の機動は常よりさらに鋭く速く。

 

 

勝負所での爆発力と瞬発力に極めて秀でるそう評されるのが「巨大種殺し」、響は明白に希薄化した右「制空圏」内にて勘と経験と動体視力とを総動員して散弾と徹甲弾をばらまきながら右主腕手首を高速回転させての長刀による旋回剣で触腕を弾き返しつつ超重光線級その本体近くにまで一気に距離を詰めていた。

さらに柚香の離脱を補助するべく肉迫して残るはあと200m、だがその瞬間に前方下方に。

 

 

来るって知ってりゃ…っ!

 

 

突如眼前に出現する「壁」、周囲からも糾合した触腕で突きあげる20本。

しかし響は一切の迷いなく両主腕の長刀も突撃砲も手放すやまずは空いた右掌を触腕の壁に叩きつけつつ強引に跳躍機の噴射方向も9時へと変換、同時に右肩部スラスター・刹那遅らせて右腰部スラスター全開。

高速のきりもみ(フルツイスト)状態で空中を横滑りしつつ眼前を通り過ぎ引き戻される前の触腕壁の左端の一本を左掌で掴み支点と成しそのまま機体を3/4回転、ぐるりと回る視界と荷重の中で手動思考の両制御により再度跳躍機の噴射方向を変えさらに裏側から「壁」を右主脚で蹴りつけ足場に代えすらして突破してみせ、

 

 

――そいつも見た!

 

 

巨大BETAが後方に隠し持った中型衝角触腕、だが主体節背面から伸びてくる都合上のタイムラグとなにより読んで ― いや識っていたがゆえ。

先に展開を始めさせていた両主腕のナイフシースから掴み取った65式近接戦闘短刀でのX防御、弾いて滑らせ反らしてのければ残るは主体節下部の大型触腕毒々しく色づいたそれが他と同じく音速を超えて撃ち出され ―

 

 

 

 

だが向かった先はこちらではなくその狙いは逆方向。

 

 

「真壁たい――」

「とおああーー!」

 

 

瞬間警告を発した響の耳に届いたのはしかし裂帛の(ちょっと高めの声の)気合い、(ちゃっかり)反対側から間合いを詰めてきていた紅の00式を駆る清十郎。

しかも伸び出した大型触腕に対しその旋風刃・近接戦闘ナントカ剣をかざすや意外にもしっかり弾いた上に長刀2本連結により単純に旋回密度を倍にさせた効能か衝角下部の触腕部分で切断してのけ衝角含む先端部分は残った勢いのまますっ飛んでいく。

 

 

「えっ嘘!?」

「驚くの!?」

 

 

はからずも低身長同士で思わず揃って口を突いた互いへの不条理な思いに感想は瞬時に押しやり網膜投影の左下隅に柚香の緊急脱出信号を確認しつつ視界内正面に今や無防備な ― だがおそらく数瞬限りの ― 隙を晒す超重光線級へ、闘犬と若武者とはそれぞれ左主腕の短刀と突撃砲を放り捨てその脇下へとダウンワード展開させた兵装担架にて背負い続けてきた決戦兵器の銃把を握る。

 

 

 

 

それは虎の子と云うにはあまりに無骨でにわか作りの。

先端には損傷機から取り出した超硬炭素刃を強引に取りつけてありさらに整備班による急ごしらえを示すが如くに外装はほぼわずかな骨組みだけのガイドレール、同じく現地改修の74式ガンマウント後端には同ブレードマウントから流用した火薬式ノッカーを仕込み。

 

 

しかしその本体とはオレンジ色の六角柱・電子励起爆薬S-11を縦二連結。

小型戦術核2発分の威力を秘めた、鬼を裂き邪を討つまさに神槍 ― 一撃必殺の天魔反戈。

 

 

 

 

「これで――!」

「終わりだっ!」

 

 

狙うは超重光線級中心部 ― 不規則に明滅する主体節中央・準反応炉器官。

突撃の慣性に射出火薬の撃発をも乗せ、響と清十郎は勢いのままに主腕も折れよと巨大BETAの中心部へと2機並んで突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西」側個体から約1.5km空中。

 

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」所属のイルフリーデ・フォイルナー少尉は、乗機EF-2000 タイフーンの中で前方1kmと少しの目標へと砲を開きながらも自らの網膜投影・情報視界の中にその一部始終を見ていた ― 否、見ていたつもりだった。

 

 

 

 

清十郎たち「西」側個体への突入部隊が北上を開始するのと同時に動き出した3機のゼロ ― ゲルプ(山吹)グラナートロート(深紅)、そしてインディゴブラウ(青藍) ― ら。

 

 

「さあ――」

 

 

ややの距離をとるようにぱっと散開するや否や――その機動の()が変わった。

 

 

「――参るぞ」

 

 

その青の号令は、あたかも貴人たちの夜詠の発句の如くして。

一切の躊躇も見せぬは無論としても、逆に何らの気負いも感じさせず。

まるで磨き抜かれた板間の上をわずかな音すら立てぬままに滑り歩むかのように三方から巨大BETAの「制空圏」へ侵入し――

 

 

 

 

― 地の果ては見ゆるとも ―

 

 

青の瞬きにより総ての「槍」が墜とされて。

 

 

― その途は荒れまどひて ―

 

 

宙空に刻まれる紅月は「傘」よりも数段鋭く。

 

 

― かへりみれば屍の群れ ―

 

 

鞘走る稲妻の前に「壁」は意味を成さずして。

 

 

― 我等ゆくけもの道なり ―

 

 

三色の鬼が集いしは、巨大異星種の腹の上。

 

 

 

 

「な――」

「にが…」

 

 

リッター(斯衛)の突入を察知して支援砲撃を一瞬止めることこそ出来はしたものの。

我知らず半ば以上絶句したイルフリーデの言を継いだのは僚機たるヘルガローゼ・ファルケンマイヤーだったがその思いはおそらく残る僚友ルナテレジア・ヴィッツレーベンのみならず、ツェルベルスの皆が同じだったろう。

 

 

 

 

それは5秒たらずのテルツェット(三重奏) ― その、すべてを見ていたはずなのに。

 

 

ほぼ寸分違わず正確無比に揃って衝角付根付近で断たれた「槍」。

残存する慣性のまま回転しつつ消えていく斬り飛ばされた「傘」。

突きあげ伸びきる瞬間に横一文字に斬断され打ち破られた「壁」。

 

 

加えて超重光線級にとっての奥の手にして最終防御手段でもあろう中型・大型の衝角触腕までもが斬り払われてそのどれもが仄暗い曇天の空に赤黒く体液の尾を曳く中、

 

 

「上乗上乗、いや寧ろ帰りが童歌の如くかな?」

「この状況下で戯れ言を――」

「全速後退っ」

 

 

突入から主体節上部での半瞬に満たぬ停止の後、追撃に振り向けられる触腕を弾きつつ離脱していく3機のゼロ、と同時に超重光線級の主体節から醜く伸びあがる3本の放射頭節がその付け根付近からごくわずかに()()

 

 

途端そこから放射状に噴き出す巨大BETAの体液 ― そしてそれに押しやられるかのように勢いを増して滑り落ちていく放射頭節*3、それらが数秒かからず前方左右へと3本ばらばらに泣き別れれば残された本体の断面からはまさに間欠泉の如く高々と血飛沫が噴き上がった。

 

 

 

 

信じられない ―

 

 

見開いた紺碧の瞳はまばたきを忘れ。

いっそ簡単そうにすら見えてしまった、だが実際に同じBETAと相対していた身からすれば何故そんなことができてしまうのかが理解できない ― そんなどこか現実感を欠いた光景。

イルフリーデはもう感嘆を通り越してなにか巧妙な詐術にでもかけられた思いを抱いて。

 

 

 

 

たしかに「西」個体から目標を移したツェルベルスの支援砲撃により「東」個体の触腕の拘束が始まっていた、いやそれら触腕が主体節前面の基部から伸び出でるという構造上、対砲撃防御の開始直後こそ最大の他方向からの突入チャンスだったとはいえるはず。

 

 

それに彼ら ― ハイ・サムライたるあの三衛士の剣閃はその太刀行きの速さにおいて欧州連合最精鋭たるツェルベルスのその優れて獲物を狩り得る眼ですら捉えられない領域のもの、さらにその技量は神がかり的ときて砲弾並みの速度を誇る触腕攻撃を()()()()()()()なんて真似は我等が戦場の生ける伝説「七英雄」をしてさえ困難に違いなくまさにマイスターレイストゥング(達 人 芸)の名に相応しい。

 

 

そしてそれほどの剣技に加えて彼らが駆るタイプゼロ・タケミカヅチは現行の第3世代型戦術機の中でも最強格、とりわけ近接戦闘であればなおさら。

 

 

だから今の突撃も速いことには速かった――だがいやあれは、そういう数値としての速度の話だけではないような。

 

 

およそ3機のゼロが、突入に際して急加速をすべくロケットの赤炎を伴っていたことどころか跳躍ユニットを使っていたことすら意識の外へ追いやられてしまったような ― 粘性を増した空気の中を、しかし己達だけはその束縛の埒外とばかりにぬるりと滑り進むかの如きあの動き――それはまるで彼らの先の空間だけがわずかながらも圧縮されてその中を進んでいったかのようで。

 

 

 

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター(日本帝国斯衛軍) ― 世界最強の近接戦闘技能集団。

 

 

そして間違いなくその先頭に立つのであろうあの三衛士は、類い希なる天賦の才にさらにおそらくは筆舌に尽くしがたいほどの鍛練を積み。結果およそ剣人としては頂の領域にまで到達した、すなわち人としての限界点――だとしたら。

 

 

 

 

「さて名題下の立廻りは此れ迄よ」

 

 

国崩しの敵役を討つが荒事の華と離脱をかける青の貴人が喚び出すのは。

 

 

「さあ中尉――見事果たして見せよ」

 

 

異星種を討つ ― 唯その為だけに。

ヒトの限界を超越すべく、総てを棄てた一匹の修羅。

 

 

「!」

 

 

戦場を斬り裂く黒い稲妻 ― 機体各所のセンサーからは幽暗の大気にさらに昏く滲む闇色を曳き、背部跳躍ユニットからは紅の轟炎と共に女達の絶唱を吐いて。

 

 

鋭角と呼ぶにもあまりに鋭すぎるターンに過渡時間など無きに等しい加速を伴いさらにその都度都度に朧気なる影を残して瞬きの間に必殺のレーザー照射を無力化された巨大BETAの正面へと回り込んだ、――その刹那。

 

 

「グ! ――ッ」

 

 

 

 

回線に聞こえたのは明らかな苦悶の呻き、次いで響いたびしゃりと濡れた液体の音。

それらはイルフリーデの網膜投影その左下部の部隊内アイコンにてSOUND ONLYへとブラックアウトしたままの彼からのものに違いなく。

そして明確に鋭さを失う00式改、宙空にありながらもまるでがくりと膝を折ったかのように。

 

 

限界が――!?

 

 

およそ常識の埒外からすらさらに逸脱したかのようなあんな機動を続けて人の身体が保つはずがない、直感的にそれを悟るはこの戦場でイルフリーデのみであるはずもなく。

 

 

だがこの場で最も速度に勝るは未だ高々と3本の血柱を噴き上げながらも健在の超重光線級、高脅威度の敵性体の隙を逃すはずもなく残る衝角触腕60本近く否その他先端衝角部を断たれたものまで含めた100本すべてを黒への迎撃へと振り向けた。

 

 

無論手練れの狼たちだけでなく一旦は離脱をかけたリッターらにそれを援護するUN部隊も咄嗟に支援体勢には入っていたが放射頭節という柔弱ながらも防備を要する高価値な重要部を失っているあの巨体が相手ではどれほど鋭く斬撃兵器で切りつけようが話にならず36mmは元より120mmですら多少撃ち込んだところでどうにもならない、それを見切っているゆえなのか或いは黒い00式改の特別仕立ての特殊装置が発する強烈な誘引効果ゆえなのか音速を超える触腕群は他には一切目もくれず ― あたかも()()兵器の利点を殺す、周囲の空間ごと制圧するが如くにただ一機きりの鬼へと振りかざされ――

 

 

 

 

「中――!」

 

 

 

 

誰かが発したその叫びこそは生者の嗁呼に他ならずとも。

 

 

 

 

「――ッグゥ、…ゥ!」

 

 

 

 

黒の憎悪と妄執とはそれらが届く遙か前にも凝着していて。

 

 

 

 

「オ――オオオオオ!!」

 

 

 

 

回線を貫くのが魂削る男の雄叫びなら ―

 

 

 

 

― ィィヤァァァァァァァアアァァ!! ―

 

 

 

 

仄暗い戦場の大気を震わすは――彼を復讐の黄泉路へと誘い促す死せる女達の断末魔。

 

 

 

 

!!

 

 

 

 

そして停止と呼ぶには余りにも短いだが確かに晒したかに見えた1/75秒の停滞めがけて襲い来た触腕群は――ほぼ同時にすべてが迎撃された。

 

 

「!?」

 

 

いや正確には黒の機体周辺半径10m程かその領域へと殺到した触腕は衝角の有無に関係なく残らず切断されてその機体へと届くことが能わない、それらを成したは超高速の斬撃に加えて支援位置1.2kmから目視観測する練達の機動砲戦衛士たるイルフリーデをしてすらその機影を正確に捉えられない超々高速のスリップ機動。

 

 

それは同時に外気から取り込んだ重金属粒子が渦流器より排出されて形成される薄闇の残像が機体左右に連続的に発生するがためにまるで実際に2機3機へと分裂したかに見え、さらに無音のうちに展開していた背部兵装担架の突撃砲があたかもそれらの位置から砲火を放っているかのようで。

 

 

迅すぎる――!

 

 

そして赤焔。

此の現世総てへの怨嗟を唱う女共の叫びと共に。

 

 

「ゥオオオオオオオ!!」

 

 

― ィィヤァァァァァァァアアァァ阿亜唖亞AAAH!! ―

 

 

防御 ― 否。只前進し殲滅するその為だけに。

全方位から襲い来る触腕をその周囲の空間ごと視認叶わぬ速度の二刀により切断しばら撒く徹甲弾と榴弾にて火線と爆炎とを生み出しながら。

薄く開いた漆黒の装甲各所に同色に澱むセンサー光が排熱の陽炎に揺らいで滲み両肩部から伸び出た三対六枚の鋭翼が終末の戦場の灼けた大気を斬り裂くなか跳躍機から紅蓮と共に吐き出される女達の怨念を曳き。

 

 

突撃する黒の嵐(シュヴァルツァーシュトゥルム) ― 立ち塞がる総てを破壊する黒い死の颶風。

 

 

それは文字通り瞬きの間に超重光線級が有する「槍」「傘」「壁」のどれをも叩き落とし打ち払い斬り破って主体節正面にまで到達してみせ、

 

 

「オオオオアアアアア!!」

 

 

逆X字に奔る斬撃いやそれが疾ったとイルフリーデが知覚しえたのはその衝撃に巨大BETAの巨体をしてすら震えて見えたからに他ならず。

そしてその斬撃痕から体液が噴き出すより速くダウンワード展開していた左兵装担架から破壊の魔槍がその後端部・火薬式ノッカーの撃発により射出されるやその中程まで深々と突き刺さる――と。

 

 

 

 

「待って」

「――!?」

 

 

 

 

その呼びかけから。半秒以下の時間差でその黒の隣にもう1機 ―

ヘルブラウ(水色)のUN塗装――シラヌイ・ツヴァイ。ワルキューレ(ヴァルキリー)02、ケイ・アヤミネ少尉機。

 

 

 

 

あの突撃に――追随した!?

 

 

最後のほんの一瞬とはいえ。

しかもさすがに止まりきれなかったのか半ばは主体節正面へぶつかるようになりながらもそれを逆利用したかのように刺突爆雷を撃ち込んでもいて。

 

 

ツヴァイも優れた機体だしそれを操る彼女もこの攻撃隊に参加しているのだから手練れなことには間違いがない、ましてや刺突爆雷を預けられているとなれば。

だがそれでも彼よりはずっと遅いはず、見れば驚くべきか彼女は軽量化のためだろう刺突爆雷以外の全兵装それも背部は可動式兵装担架までをも含めてすべて除装済み、あれじゃ自己防衛もままならないのにそれにそこまでしたってなおまだ改型の速度には及ばないはず――いや。

 

 

()()()()の!? 攻撃タイミングまでを完全に!

 

 

そして丸腰で先に動き出した ― 絶対に彼が突破してくると信じて。

 

 

 

 

そんな黒髪黒瞳の天性の猫科狩人は感情の動きも窺わせず、

 

 

「いま起爆したら私も道連れ」

「な……、ぜ…」

「許可はもらってる」

 

 

黒の切れ切れの反駁に取りあうつもりはないとばかりに唯一持ってきていた刺突爆雷を突き立て空手となった左主腕まで合わせて停止しかけた00式改に抱きつきまた抱きかかえるようにして主体節から引き剥がすや、

 

 

「彩峰急いで!」

「邪魔はさせないよっ!」

 

 

さしもの超重光線級も急所への衝撃にわずかな硬直があったのかだがすぐさま胸元のその2機へ向けて振り向けられんとする残余の触腕、それを阻止すべく正面へと回り込んでいたUN隊の僚機らが「制空圏」内にまで突進しつつ全火力をがら空きになった触腕基部へと叩きつける。

その支援を受けた彩峰機が動きを止めた00式改を抱いて離脱の最短ルート ― 超重光線級主体節真下から脇へと抜け出でていく――

 

 

「こちらウォードッグ03っ、攻撃成功!」

「ウルフブレイズ01同じく!」

「ヴァルキリー02、攻撃成功離脱中」

「よし全機退避――起爆するぞ!」

 

 

 

 

接敵からおよそ5分――欧日混成超重光線級討伐部隊は目標の撃破に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!」

 

 

鎧衣美琴は灼けた大地に片膝をつかせた愛機弐型の管制ユニットからホイストケーブルにて滑り降りつつ、かぶった99式気密装甲兜の遮光バイザー越しながらも数時間ぶりに肉眼で外界を見た。

大爆発直後の戦場跡はまだ焦熱、外気温はすぐに下がるはずだがまだこれと強化装備がなければ生身で出られる状況にない。

 

 

 

 

大規模な破壊。

十分な指向性を持たされていたとはいえ小型戦術核計8発の同時起爆に近しい規模の爆発ともなればその余波だけでも凄まじい。

 

 

攻撃隊は起爆前に全速退避し2km以上の距離を取ったがそれでも空中で遮光・遮音フィルターにオートバランサーの介入を受けたし、目標付近で被弾損傷して衛士脱出の後に放棄された2機 ― ラファールと弐型 ― は爆発に伴い発生した熱線と衝撃波により原型を留めぬまでに破壊され。

 

 

そして無論直撃を受けた巨大BETA・超重光線級はその比ではなく。

その制圧がために拵えられた刺突爆雷は計4本ともほぼ理想的な状況で使用されたことも相まって、それら2体の巨獣は主体節前面の射入口から前半下部・全体の1/3ほどを残してほぼ跡形もなく吹き飛ばされその遺骸というべきか残骸というべきかの物体は自らの4対12本の巨大な装甲脚の合間に頽れていた。

 

 

 

 

「中尉…!」

 

 

強化装備の通信機にはもう何度目かにもなるUN隊小隊長・千鶴の切迫した声 ― 仰ぎ見れば彼女もまた降機途中、反対側から同じく降機する慧の他にも欧州連合軍部隊が司令部とやりとりする英語の会話が混じりもするが焦っているのは美琴も同じ。

ホイストケーブルの下降速度さえも焦れったく感じて目測で地上2mにまで伸びた時点で飛び降り駆け出す――目指す先はすぐ隣、千鶴と慧とに抱えられるように曳航されてきた黒い鬼。

 

 

 

 

― 救護を! お願いします!! ―

 

 

その細く高い声が回線に飛び込んだのは10秒前。

美琴らには聞き覚えのある、だが攻撃隊内にはいないその声の主の要請にしかし政威軍監の判断は速かった。

 

 

「参番機の全管理権限を暫時国連軍に委譲する!」

「は…はッ! ただちに救護に移ります!」

 

 

 

 

だが権限を委譲されてなおバイタルデータは取得不能、高重心で停止時の自立が困難な第3世代型機特有の片膝をついた駐機姿は他と同様だがそれは自律稼働によりとらせたもの。

その機体自体はすでに禍々しいとさえ思える形状と放っていた光とを音もなく変化させて見慣れつつあった00式改型の姿へと立ち戻っている ― それを操る衛士からの応えはないまま。

 

 

 

 

― データを送ります、急いで下さい! ―

 

 

「社さん、なの!?」

 

 

同じ国連軍で基地も同じだけれど小隊の仲間と違っていつも一緒にいるわけでもなければそう親しく話したことなんてない、それでもあの彼女がこんな切羽詰まった声を出すなんて。

 

 

00式改から降りてきていたホイストケーブルに飛びつく前には自分と同じ紫と黒の国連軍仕様99式強化装備姿の千鶴に慧と、そして黒と山吹色とのひときわ目立つ斯衛仕様同零式を纏う篁中尉が駆けつけてきていたが皆が遮光された気密装甲兜の内側では同じ表情だったろう。

 

 

「頼む…ッ!」

 

 

血を吐くような篁中尉 ― 唯依の声を背にケーブルを掴んで上昇、本当は彼女は ― いや千鶴さんに慧さんだって1秒でも早く中尉の元へ駆けつけたいはず、その想いを背負いつつ上がりきった美琴は胸部装甲付近をまさぐり管制ユニットハッチを緊急開放させ ―

 

 

「…!」

 

 

飛び込んだ内部は曇天の外部よりさらに薄暗く。そしてコネクトシート中央に蟠る闇。

項垂れぴくりとも動かないそれが救護対象。

 

 

「――中尉、中尉っ」

 

 

小さくも鋭く呼びかけてみる、反応無し。

 

 

自発呼吸 ― なし…っ

 

 

続いて脈を取ろうにも耐熱耐寒耐衝撃性にすぐれる強化装備の皮膜越しでは、代わりに顔を覗き込むと血まみれで両の瞳は閉ざされたまま、被弾はしていないはずだけれど塞がりかけていた頭部の裂傷が過大なGに晒されて開いたのか見れば巻かれた包帯も鮮血に染まりきっている。

 

 

そこへはるか遠い横浜基地から乗機弐型へデータが届く、急ぎ頬先端部ユニットを操作して網膜投影を起動・急ぎ確認 ―

 

 

過負荷で強化装備が動作不良 ― 最新鋭で斯衛用の零式が? ― コード99(ラストダンサー)救急救命プログラムがスタック ― 準備してたの? こうなることを予想して?

 

 

― 強化装備は再起動を試しますっ、とにかくファーストエイド(救急処置)を! ―

 

 

「了解っ!」

 

 

ともかく機体自体は生きていることが解っているから美琴は迂闊に揺するような真似はせずシート脇の淡く発光するコントロールパネルを操作しバックレストを最大近くまで倒す――が、中央部のSDSボタンまでもが発光していることに気づいて絶句した。

 

 

安全装置が――

 

 

解除されている。

やっぱり生きて帰るつもりはなかったんだと絶望的な気分になりながらあの瞬間に()()をやめさせるために突撃を選んだ慧さんと千鶴さんの判断はすごい、そして祈る想いで黒の両肩・鎖骨両脇のレスキューパッチを押し込めば分解液機能は生きていた。

瞬時に軟化し色が変わった特殊保護皮膜を両手で引き裂き露出させた肌やや痩せて見える鍛え抜かれた肉体はしかしその全面が内出血で青紫色。

次いで自分の装甲兜を除装するとむせ返るような強い血の匂い、かまわず黒の胸板へと耳をつけるが、

 

 

心臓が止まってる!

 

 

強化装備が生きてさえいれば投薬のほか簡易診断にカウンターショック機能までついているのに、ただどのみちこれが心静止状態だったら除細動でも効果はない。

 

 

なら――!

 

 

「鎧衣っ」

「蘇生するよ! まだ3分も経ってないんだっ!」

 

 

管制ユニットまで上がってきた千鶴に振り向きもせず両手を重ねて胸骨圧迫30回、次いで気道を確保し人工呼吸それを2回。強い鉄錆の味。

 

 

「戻ってきて! お願いだよ!」

 

 

2セット続けてまだ反応がない、すぐに3セット目に入る。

まだ可能性は十分あるはず、訓練で何度もやったしそれ以前にだって――

 

 

――そうだ! たしか父さんが…

 

 

叩き込まれたサバイバル術。その中にはこういう救命術も含まれていて。

 

 

「――呼んで!」

「鎧衣!?」

「なにをだ!?」

 

 

手を休めないまま叫べば背後からは千鶴に加えて同じく上がってきていたのだろう唯依の戸惑い、だが美琴は吹き出しはじめた汗を拭いもせず、

 

 

「呼びかけるんだ! こういう時は『声』が一番効くんだって!」

「声!?」

「そう! 家族とか――恋人とかの!」

「ッ――」

 

 

だがそれはある種過酷な要望で。

装甲兜を外した千鶴は殴られたような衝撃を受けて息を呑み、唯依もまた口惜しげに唇を噛んでわずか俯く。上がってきたばかりの慧もまた場の空気に動きを止めた。

 

 

「友だちだっていいんだよ! 心を許してる人なら、きっと――!」

 

 

その美琴の叫びを繋がったままの通信回線で聞いてはいたのだろう、しかし居並ぶ歴戦の衛士らの表情は揃って暗く。

 

 

厚い敬意と友誼の念を抱くと雖もあまりにも相対し得た時間が短い黒き狼たちの王 ― ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐はその鋼鉄の眥を歪め。

 

 

周囲が認める実力者同士・また衛士同士の間柄としても帝国内でも指折りに近しいはずの「巨大種殺し」 ― 龍浪響中尉も辛そうにまた自らの力不足を恥じるように目線を落とし。

 

 

そして直接の上官にして彼の斯衛入り以来の戦友でもある政威軍監・斑鳩崇継までもが、常の笑みすら打ち消してすまなさそうに目を伏せ小さく首を振ったとあっては。

 

 

 

 

彼は天涯孤独の身 ― 肉親や近しい人たちは皆BETAに喰われて死んだらしい。

それに友人と呼べるような間柄の人も聞いたことがない。

 

 

挙げ句想いを寄せる女だなんて、それを自覚する者どもならば己を抜いても何人いるか、けれどその気持ちが一方通行のものにすぎないことくらいはその全員が知っている――

 

 

 

 

それでも。

 

 

「ダメでもなんでもやるんだよ! いま中尉を助けられるのはボクたちしかいないんだ!」

 

 

救護者たる鎧衣美琴は諦めない。流れる汗が組み合わせた掌にまでしたたり落ちても。

もう10回目のマウス・トゥ・マウス、残り少ないプラチナタイム(最初の10分)

 

 

「一人でダメならみんなでやろう! いくよ! せーのっ――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと沈む――先は見えない。深いところへ

 

 

冷たく周りに満ち満ちて、ゆるやかにだが重苦しく流れをつくっているのは

たぶん人とBETAの体液と臓物。臭いだけは感じない

 

 

()()()終わりはこんなだったか、それもよく憶えていない

いつからかもう()()()なのかだとか数えるのもやめている

 

 

 

 

ただ()()から()()だったのではないと思う

 

 

必死に戦い、味方を探して ― いつかは、やがていつかは、と

だがその間に何度も――人類同士でさえ争った

 

 

何が起きようとも、何を得ようと失おうとも

誰もが己が正しいと言い、理解できねばあり得ないと決めつけあるいは逃げて

 

ゆえに知ろうともせず、聞く耳すら持たず

滅びが眼前にまで迫る中でも互いに妬み、憎んで、武器を向けあう

 

瀬戸際へと追い詰められてなお猜疑を宿す眼に敵意を向けあう心

互いに向けての引き金を引く指しか持たぬ人々の狭間で戦い続けた幾星霜の果て――

 

 

己はその()()だ。ゆえに知る

 

そんな人類が ― BETAに勝てるわけがない

 

奴らは無機質で無感情で――無尽蔵だ

 

 

 

 

だからどれほど激しく抗おうとも、知恵を集めて戦おうとも

最後はいつも押し潰され踏み潰されて噛み砕かれる

 

 

見知った顔、心通わせた友、そして愛した女

彼や彼女らの悲鳴と怨嗟に苦悶の呻き、断末魔の絶叫を浴び続けて

 

 

終わりのない地獄、救いの御手の気配すらない奈落迦――ならもう、それでいい

 

 

願っても終わらず、抗っても救えず

ひたすらに殺すしかないのなら、ひたすらに殺せばいい

 

 

 

 

そうして、また、繰り返す、だけ――――……

 

 

 

 

― ……ル……… ―

 

 

なにか ― 聞こえる

 

 

― …ケ………… ―

 

 

音 ― 誰かの、声……ひどく懐かしい

 

 

― ………ち…… ―

 

 

こんな、声だったろうか

 

 

 

 

 

 

いつもあいつだけがなぜかいない…()()()いるのだろうといつしか諦め

 

 

もうあまりにも遠くなった記憶…思い浮かべようとしても…それは決まって後ろ姿で

 

 

長くつややかな赤い髪、結ばれた大きな黄色いリボン

 

 

だが振り返ったその顔を――――もう思い出せない

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

ふと胸に。熱を感じる

弱く心許ない ― だが人のぬくもり。

 

 

いつか握ったあいつの手も、こうだっただろうか。

 

 

「…」

 

 

 

 

― …ケ…ル……… ―

 

 

 

 

まだ声は聞こえて――――もしかして俺を探しているのか。

 

 

 

 

「…、」

 

 

 

 

呼べば…応えがあるかもしれない。

 

 

 

 

たとえ途切れ途切れでも ―

 

 

 

 

「……、か……」

 

 

 

 

あいつの名を――――呼んでみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日2度目の歓声に湧く屋根型天幕2号 ― 日本帝国軍欧州派遣兵団指揮所の内部で、連隊長代理・神宮司まりも少佐は他管制員らに気取られぬようしかし重く大きく息を吐いた。灰色の充電外套(ウォーニングジャケット)の下の肩からもどっと力が抜ける。

 

 

「攻撃隊より伝、別働独逸軍部隊との合流完了、撤収を開始すると」

「帰還を急がせろ、出迎えの部隊にはIFAKⅡ以外にも応急の――」

「欧州連合軍司令部より入電、傷病者集合点(CCP)の使用と医療後送(MEDEVAC)に加え要員提供の準備があると!」

「ありがたく受諾すると伝えろ、今度は時間との勝負だ――」

 

 

ぞ、と言いかけたところで開け放したままの指揮所入口から駆け込んできたのは。

 

 

至尊の位を示す紫の強化装備に充電外套。

青成す長い黒髪に、安堵の中にも消せぬ焦燥の冥い夜の瞳の。

 

 

「少佐!」

「みッ――殿下。どうなさいましたか」

「女王陛下から直通だっ、Q.E.バーミンガム病院の王立防衛医療センターで受け入れ準備を始めていると! 英本土からの輸送機をファスタオーランドまで寄越すゆえハイヴ内SAS機を護衛につけて急ぎ移送された、し…と……」

 

 

息せき切ってそこまで言って、ようやく唖然とした周囲の視線に気づいたようで。

みるみる強ばり青ざめていくその尊顔、日本帝国全権代理・政威大将軍 煌武院悠陽 ― の影武者にして実妹たる御剣冥夜。

王族同士の直接通話を切るや否やで白服近侍の斯衛らも置いて別棟として設えられた御本陣からすっ飛んできたのだろう、遅れて駆けてきた彼女らも相当な焦り顔に困り顔。

 

 

「……すみません、少し…取り乱しました」

「いえ殿下、大御心ゆえと拝察申し上げます。女王陛下の御厚意を頂戴致しましょう」

「頼みます…」

 

 

気の毒にいっそトボトボといった足取りで戻っていく「殿下」のその姿、これまでそれなり以上にうまくやっていると思えるだけにまりもも同情を禁じ得ない――が。

 

 

「欧州連合軍より緊急電! ミャグレカ沖群島付近に複数の熱源確認!」

「!」

「これは…戦術機です!」

「 IFF照会――」

 

 

どこのだ、とはまりもをして訊くまでもなく。

 

 

 

 

「ソ連軍部隊です!」

 

 

 

 

指揮所内大型ディスプレイの戦術マップ上に一斉に赤い三角形が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご無沙汰しておりました

お読みくださった方々に感謝を、お待ちくださった方々にはさらなる感謝を申し上げます(平身低頭

いつものことながら久しぶりになりましたwので、あれこれ間違いが普段にも増して多そうな気も致しますがとりあえずキリ的なところまでできたので勢いで出しちゃいます

感想や評価をいただけますと大変励みになりますのでよろしくお願いします
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