Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 34

 

 

 

 

 

― 2003年 6月

 

アメリカ合衆国・アラスカ州。

国連軍ユーコン基地総司令部内。

 

 

フォートユーコン。この時季通りやや雲が多いが晴れ。

冬期となれば厳しい寒さと雪と氷を免れ得ない北緯61度、しかしサマータイム真っ盛りの現在は長い日照時間のかたわら20℃少しの気温と過ごしやすい。

はるか1000km南のルウェリン氷河を源流とする大河・ユーコン川と北からの支流・ポーキュパイン川の合流点にあたるこの地は、ゆるやかな流れを見せるそれら河川とその両岸に広がる草原に針葉樹林とが青と緑のコントラストをなす風光明媚の環境。

 

元は東西240kmに及ぶこの地域全体で人口1000人にも満たない大自然の領域であったが、このユーコン基地の建設に伴いそれら豊かな環境を残しつつも10万もの人々が住まう一大軍事都市へと変貌して久しい。

 

そしてそのユーコン基地とは、対BETA戦線においては前線基地などではない ― が、元々B E T A(異星起源種)大戦の災禍により旧大陸から追いやられたソビエト社会主義共和国連邦へのアラスカ北西部租借に伴い同時にアメリカ合衆国から東西の緩衝地帯とすべく国連に無償提供されたという経緯をもつ。

 

それは先々を見据えての戦略的慧眼というよりむしろ当時の情勢からしても至極まっとうな判断だったにすぎないが、昨今高まり続けるBETA大戦以前の世界状況すなわち東西冷戦の再燃という状況下においては、なおさらその成果の意義と価値とが再確認されている――

 

 

そんな高緯度地帯の夏、遅くまで沈まぬ陽の光が夕刻の広いオフィス内に差し込んでいた。

その中央やや奥、大きな執務机に就くのはそれに劣らぬ大柄な体躯に厳めしい風貌のドイツ人男性 クラウス・ハルトウィック。

 

UN-Truppen(国連軍)のユニフォームの襟元に光る階級章が大佐を示す彼は当基地にて推し進められるプロミネンス(先進戦術機技術開発)計画の総責任者であり、元TSF(戦術機)パイロットであり、さらに米軍派遣の当基地司令を事実上の傀儡として担ぐ手練手管の耆宿でもある。

 

 

通常のスケジュールならばすでにオフィスを辞している時間、だがここ数日ははるか5500kmも彼方の戦場での情勢が緊迫続きで定時で帰れた例しがない。

とりわけ今日はその重要度だけでなく複雑さにおいてもきわめつきといってよく、4時間前に入ってきた第一報の続報を待つ間も通常の業務を滞らせたつもりはないが気にかかり続けていたのもまた確か。

ゆえにハルトウィックは遠いドアがノックの音を奏でるや否やで即入室の許可を出していた。

 

「入りたまえ」

「失礼します。――大佐、お待たせいたしました」

 

少し鼻にかかったような高い声、入って来たのは秘書のレベッカ・リント少尉。

薄い金髪を短く揃え、やや童顔だが知的な美貌に細フレームのフォックスグラス。きっちりと身につける国連軍の制服の胸元はしかし華奢な肢体にはやや不釣り合いなほど大きく押しあげられていて、影では「兼愛人」と囁かれてもいるが当人は気にする素振りを見せたことはないしハルトウィックも取りあったことはない。

 

無駄な会話は一切なく、こちらを、といくつかのペーパーメディアを差し出してのち彼女は隣室へと消え。ほどなく芳醇なコーヒーの香りが漂ってくるまでには、ハルトウィックは渡された資料からまず一通りの欲していた情報を得ていた。

 

「――やはり『黒』か」

「…はい。ロスアラモス研究所・ボーニングの担当部門、双方とも間違いないと」

「ソ連側から声明はあったのか?」

「いえ。軍・政府共に公式なリリースは未だ」

「そうか。まあ、敢えて語らずともこれを見れば一目瞭然ではある」

 

戻ってきたリント少尉から差し出された間違いなく美味のはずのコーヒーに口を付ける前に、ハルトウィックは一枚目の資料 ― 今から5時間ほど前、A K D T(アラスカ標準時(夏時間))午後1時ごろすなわち現地ヴェリスクではE E S T(東ヨーロッパ(夏時間))深夜0時ごろに撮影された衛星画像の写真をデスク上へと放り滑らせた。

 

そこに写っているのは ― 夜の闇に出現してなお暗く星空を切り取る、直径8kmにもなる巨大な暗黒洞。

 

 

G弾 ― 五次元効果爆弾。

 

現在異星起源種の巣・ハイヴからのみ獲得可能なBETA由来物質・G元素を用いて開発された新型爆弾。

 

従来世界列強の中でも唯一西側盟主たるアメリカ合衆国だけが保有しているとされてきた超兵器だったが、今般ついに東側盟主たるソビエト社会主義共和国連邦もまた開発に成功したらしい。

 

 

今回その標的となった旧ソ連北西部・アルハンゲリスク州に在するヴェリスクハイヴは、超重光線級2体までをも含む総計30万体超のBETAを吐き出し切ってほぼ「空き家」になったと推定されていたところ。

 

そこへまず少数の精鋭部隊による周辺地域のレーザーヤークト(光 線 級 吶 喊)(ほぼ単なる哨戒索敵行動程度に留まったとみられる)を実施し、しかる後に軌道上のH S S T(再突入型駆逐艦)から投下したのが1発のG弾。

 

 

「起爆実験兼実用試験というところか」

「はい。結果は成功といえるのかと…凄まじい威力です」

「ああ。たしかに人知を超えている」

 

2枚目の衛星画像、それに向けられる上司の視線を追ってか。

リント少尉の冷静な声にも微量の感情が混じる。

 

1枚目から数時間後の早い夜明けの後に撮影されたと思しきそれには巨大な擂り鉢状の地形 ― 半径5km超に及ぶそこには地上高600mの威容を誇っていたはずのいびつな悪魔の塔・モニュメント(地表構造物)は跡形もなく、さらに地下1000m付近までもきれいさっぱりえぐりとられて残る半分の深さ程度のスタブ(地下茎構造)をむき出しにされたフェイズ5ハイヴの遺構が写る。

 

 

軌道から投入されたG弾はハイヴ直上高度3000m付近で炸裂――正確には臨界に達し。

 

発生したムアコック・レヒテ(M L)即発超臨界反応は強力な重力波を伴い(光速で地球を3周したのが観測された)、その境界面すなわちラザフォード場はナノセカンドで球状に拡大。

境界外縁に接触した物質は強力な重力偏差による潮汐変形を引き起こされさらに多重乱数指向重力効果域と化した境界内に包含されたあらゆる質量体は分子レベルで分解された後に「どこかへ消し去られた」とみられる。

 

 

「仮に戦略核を集中運用してもこうはいかん…」

「はい。開発段階のR N E P(核弾頭型地中貫通弾)でも不可能でしょう」

 

そしてさらに3枚目の資料には、その爆心地へと次々に飛来するTSF部隊。

白海南東部・アルハンゲリスク州セヴェロドヴィンスク近海にまで進出してきていたソ連軍北方艦隊からの部隊だろう、ロヴァニエミハイヴ防衛戦から超重光線級討伐にまで至る経緯の中でも温存され続けてきた赤い星の機動部隊が、今や暴かれた宝の山と化したヴェリスクハイヴに殺到していた。

 

共産主義のイワン共め、とハルトウィックは内心で罵りつつ。

 

「エヴェンスクを確保しG元素を入手した以上、実用化は時間の問題とは思っていたが…」

「ここまで早期に、とは…D I A(米国防情報局)も予想外かと」

 

 

たしかに ― ソ連のG弾開発と保有については、アメリカをはじめとする西側陣営にとってもむろん将来的な可能性としてはほぼ確定事項ではあった。

 

なにしろアメリカにおけるG弾の開発完了と実用化は91年とすでに12年も前、さらにG元素の兵器転用を進めるべく開発を始めたのはさらにさかのぼる79年。つまりG元素関連の研究自体がすでにそれだけの時間を閲しており周知の通りにソ連の軍事科学技術が高水準であることから、少なくとも基礎研究のレベルでは相応の域にまで達しているとみられていた。

 

とはいえ実際にG元素そのものをソ連が入手したと考えられるのは今年初頭、「モノ」の生産と実用化までにはまだそれなりの時間を要するであろうというのが西側の政軍指導層らの想定ではあったのだが ― その一方で。

 

BETA禍以前すでに人類史上最も凄惨な100年ともいわれた20世紀の歴史を繙けば、ソ連は原子爆弾開発の際にも一切の躊躇も臆面もなく非合法な手段において同研究開発にて先を行くアメリカの技術を盗用してわずか4年の遅れで実戦投入にまでこぎ着けた「実績」がある。

 

ゆえに今回もまた同様な手段を採る可能性は十二分に考慮されていたためG元素由来兵器に関わる要員たちについては厳重な機密保持体制がとられてきてはいたが ― どうやら共産主義者の手は、自由資本主義者の想像するそれよりはるかに長くそして巧緻かつ――常識外れであったらしい。

 

 

「…あの女狐の推測通りだったわけだ」

「…はい。残念ながら…」

 

半年ほど前実際に会い、警句とも予言ともとれるメッセージを受け取ってきたリント少尉はその声音に悔しさを滲ませる ― 彼女に何が出来たというわけでもないにせよ。

 

 

― 『常識とは18才までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない』 ―

 

貴女の上司の同郷の方の言葉でしょ?、それにクラークの第3法則はご存知?

 

さして興味もなさそうに。

伏魔殿の地下深く、黒衣を纏う銀色の使い魔を侍らせる魔女は冷たく言い放ったらしい。

 

 

「まさかエスパー(ESP発現体)とはな…テ レ パ ス(リーディング&プロジェクション)だのが実在するなら諜報にも使わん手はない」

「内通者の可能性もゼロではありませんが…」

「…いや。『スカーレット・ツイン(紅 の 姉 妹)』に二人のビャーチェノワ…それにフェニーチェ(不 死 鳥)の報告でもソ連がクローン衛士を運用していることは確かだ。…未だ信じがたいがな」

 

「常識というものは世間一般に信じられているほどの根拠を持たない」 ― たしかにそうなのかもしれない、だがそれを最初から考慮に入れるにはすでに年を取り過ぎている自覚があるハルトウィックは小さく頭を振る。

 

オカルトまがいのの詐欺行為と馬鹿にしてきた「第3・4計画(オルタ3 & 4)」。

その成果の結実をこう見せつけられては。

 

 

さらにソ連軍がこの基地でもSu-37(チェルミナートル)UBやSu-47(ビェールクト)Eを持ち込んで行っていた「先進戦闘システム」搭載機の開発。

 

国連主導下のプロミネンス計画 ― 各国の技術・情報交換を主目的とした国際共同計画 ― においても分厚い機密のベールの向こうに隠したままだったその核心部とは、従来比較的廉価でありつつも高性能なソ連製TSFの泣き所とされていたアビオニクス類の性能と信頼性とをSu-37Mにて克服して以降の成果の集大成と目されていたが――

 

 

「『極めて高度な統合機体制御及び戦術予測システム』…フェインベルク・ナストロイカ(同 調 未 来 視)現象の利用だとかいったか、だがその実態が四肢切除したクローンエスパーを容器に詰め込み機体に直接接続して操縦補助を担わせるなどと…道徳をいえた立場ではないが明らかに度が過ぎていると言わざるをえん」

「はい、『クローンの人権』については調べた限り各国共に議論されたことすらないようですが、内実が露見した場合のリスクを考慮すると西側(われわれ)には導入のハードルが高すぎます。情緒的にも指向性蛋白による思考誘導などよりさらに抵抗感が強いかと」

「滅亡に瀕しての倫理…まさにカルネアデスの板だな。しかしたしかに強力なユニットには違いがない、仮に衛士の方に適性を求めないとすればなおさらだが…」

「はい。ただ未だ不明な点が多く推論の域を出ませんが量産性については問題点が多いようで、少なくとも現時点で実戦投入できている数は限定的と思われます。ですので我々のプロミネンス ― 大佐の志される道により適しているのは、やはりXM3になるのかと」

「楽観的な見立てにも聞こえるな。その判断の根拠は?」

 

ついそう問えば。

リント少尉は一度その細い指で、つ、と眼鏡を押しあげ。

 

「はいまず第一に量産性についての問題点では実戦配備に至るまでに要している時間が挙げられますご存知の通りソ連軍の軍管区は陸軍が2つ本国近辺のアラスカ軍管区とカムチャツカ方面の極東軍管区で海軍は北方艦隊と太平洋艦隊の同じく2つで構成されていますが今回件の部隊は現地からの急報によれば北方艦隊から出撃したのはほぼ確実ながらその指揮官はここで開発任務に就いていたガヴェーリンだったそうですので当基地での開発を経て当該システムがロールアウトしたと思われる約2年前から現在に至りまだ各方面への整備は進んでおらず参謀本部ないしは中央軍事会議直属の特殊部隊程度のみの配備に留まるのではと実際に衛星での追跡によると当該部隊は欧日連合部隊とのいざこざののちそのままヴェリスクのレーザーヤークト(光線級吶喊)に駆り出されているほどですのでよって現状すでにI O C(初期作戦能力)は獲得した段階にあるといえますがその拡大とF M C(完全任務遂行能力)評価に至るまではまだ相応に時間を要すると思われる一方ほぼ同様の期間でXM3は日本から始まりアメリカそして欧州連合へと急速に搭載機を増やしておりその整備の対象はより幅広いものですまた今後に関してもソ連の当該機を1セット作成するにあたり必要なモノを列挙しましたら従来のソ連軍TSF生産に求められるもの以外でいえばまず生体ユニットを据えつける改造ないしは改修した管制ユニットになりますよってライセンス元のマーキン・ベルカーに問い合わせしたところそのような申請は受けていないしもちろん許可もしていないそれどころか先年来ソ連軍からのライセンス料支払い自体が滞りがちで無許可の違法コピー品を第3国へ輸出しているケースも報告されているとかでしたのでこの点は内製化しているものとしましたがではクローン胚を成体に仕上げるのに用いているのはいわゆる代理母なのかと思いましてその場合クローン体は新生児で産まれてくるのでしょうからシェスチナ少尉はともかくビャーチェノワ少尉は何年前に造られたのかという話になってしまいますが無論成育速度を司る遺伝子にまで手を加えている可能性もありますその一方で例の半分機械の身体の間諜も調査した施設内に妊娠中ないしは産後の母体は見かけなかったと報告しておりますのであの無類のスケベ男のセンサーを以てしても若い女を見つけられなかったことは留意すべきですしさらに生命工学の専門家に聞いたところ仮説にはなるものの設計通りの成体を得るためにはいわゆる自然的な人体である母胎からのノイズは避けられるなら避けたいはずとのことでしたので何らかの生育器なり培養器なりといった機械的な装置で胚から場合によってはロールアウト前に新生児以上の状態にまで成育させているのではと推測しますとそれらは極めて特殊なものになる一方でソ連はBETA大戦前から医療の制度についてはともかくその内容とりわけ先端技術くわえまして各種基礎研究や電子技術においてもハード・ソフトともに西側に対しての遅れが目立っていたようですから件のオルタ3に際しての人工ESP発現体量産だとかの折にも先進電子機器の類は西側から導入したのではないかと考えその線から洗ってみましたところ昨年来日米欧の再生医療関連機器企業に対して発注を増加させた企業がいくつか見つかりましてそのうち少なくとも2社はソ連のフロント企業と思しき会社でしたイギリス本土の東独エリア内での大型の新病院建設に伴っての発注という名目で今年も同数の発注を受けていましたが現在監視衛星で調査する限りにおいてはそのような建設工事は英本土東独エリア内ならびにアラスカのどこにも行われている形跡は発見できませんでしたのでビンゴの可能性アリですまた本システムの搭載機となると予想されるSu-47に関しましては以前知人の変態もといTSFオタク(ヴィッツレーベン)がグラフ誌の写真からスクラッチ・モデルを作成して概算したところ当機はSu-37比で各部ブレードベーン等に使用されるスーパーカーボンの量がおそらく1.82倍ほどになるらしく東側陣営内の同素材の生産能力で従来機への需要を満たしながらそれだけの増加分を賄えるかと考えましてご存知のように炭素繊維生産の世界シェアトップ3は京レ・皇人・光菱ケミカルの日本企業になりますからそちらへ閣下のお名前で照会したところ結論から申し上げれば3社いずれも甲芝と伊東忠の紹介を受けた倭光交易なるダミー企業経由でノルウェーのキングスベルグ社に製品を輸出しておりました同社はその直後に同製品とまったく同量の同等品をソ連に対し販売していましたので典型的な迂回輸出の事例かとこの件については日本では外為法に抵触しまた再整備が検討中のC O C O M(対共産圏輸出統制委員会)違反の可能性がありますので大佐の許可を戴け次第日米両政府に通報する準備はできていますが先んじて内々に横浜の女狐ないし例の斑鳩家へ知らせるのも手かと思いますともかく以上の調査事例から生体ユニットの生産には高価な先端機器が多数必要と思われ同時に搭載機も元々最新型のハイヴ攻略用局地戦機ですから生産コストも相」

「――わかった。ありがとう」

 

滔々と続く説明の傍ら楚々たる挙措で次々に差し出されるペーパーは参考資料としての各種写真にグラフや表の他びっしりと書き込まれた文字に埋め尽くされて黒く潰れがち、O S I N T(公開情報調査)の名手たるリント少尉にとってみれば朝飯前の軽い運動程度だったのかもしれないが。

ハルトウィックは内心の呆れと汗とをようやくに口を付けたコーヒーで流し込む、当然すでに少し冷めているかとも思ったものの普段より少し厚めのカップに注がれていたそれはまだ十分飲みごろ、有能な部下の抜け目のなさに元衛士は内心で脱帽した。

 

「まあ…要するに搭載機(Su-47)と併せて、基本的には局地戦用のエリート部隊向けか」

「はい。BETA大戦においてソ連の共産主義者共はプロレタリアートの団結という建前をかなぐり捨ててより民衆の感情に訴求しやすい民族意識を利用する形で戦闘単位を同一民族で構成していますが」

 

反面その叛乱を恐れてもいるのが紛れもない事実で、それがゆえにスラブ人衛士以外のTSFには巨大な威力を秘める電子励起爆薬・S-11を搭載していないほど。

 

「ですので元から党上層部(ノーメンクラツーラ)への忠誠厚く実力も確かな精鋭部隊(グヴァールヂヤ)にのみ配備する計画なのではないかと」

「対人・対BETAの虎の子(アルファ)であり他民族部隊への督戦隊(スメルシ)でもあると」

 

仰せの通りです、と低頭するリント少尉のつむじを見つつ。

 

「G弾による米ソの M A D (相互確証破壊)が成立した以上、東西陣営間で武力衝突が発生した場合それがより限定的なものになる可能性が高くなった」

「はい、G弾は通常の M D (ミサイル防衛)では迎撃不能です、仮に大昔のAIM-26(核搭載AAM)なりLIM-49(核弾頭ABM)なりを倉庫から引っ張り出してきたところで…」

「防げたところで自国領内が第二のアサバスカになる、か」

 

この光景が灰燼に帰すのは見るに堪えない、無骨な元ドイツ軍人はしかし故郷からは既に喪われて久しい窓外の雄大な自然を一瞥し嘆息。

 

「またG弾自体の影響についてはヴェリスク爆心地の詳細なデータが得られない現状ではまだなんとも言えませんが、ヨコハマの状況を見るに今回の爆発の規模からして当地の重力異常をはじめとする持続的な影響は相当なものになりそうです」

「動植物の発芽率・受精率の低下、運よく生まれ出でても著しい発育阻害…文字通りに死の世界だな」

「ですので仰るように仮に衛星国同士の紛争が勃発してその代理戦争が米ソの介入を招くまでにエスカレートしたとしても、双方ともに限定戦争化を志向するインセンティブが高まり――その場合、少数精鋭の部隊が持つ意味合いはより大きくなります」

「まさかこの時代にトゥルネイ(騎士団戦)とはな…だがこのシュタインアドラー(Su-47)にせよラプター(F-22)にせよゼロ(00式)にせよ」

 

TSFの進歩自体は喜ばしい、だがハルトウィックが抱く歯痒さは今度こそはっきり溜息になった。

 

揃って確かに強力な戦闘単位であることに間違いはないが ― これらは、リント少尉の指摘通り本来プロミネンス計画が目指すものとは明らかに違う。

 

 

国連という中立機関が、ユーコンという中立地域で推進する先進戦術機開発計画 ― それは東西陣営の垣根を越えた技術・情報交流によりその発展とさらにはそれらの後進国への供与を通して対BETA戦争の勝利を目指すもの、さらにはこの計画自体が政治信条の差異を超えた人類同士の団結を明示する好例となる――という表向きのお題目だけでなく、無論米ソに代表される戦術機先進国にとっては格好の国威発揚兼セールスの場でもある。

 

とはいえ前線国家、中小の弱小国のみならず長大な防衛線を抱えて四苦八苦の死闘を続ける欧州連合にとっては、とりわけその戦力がオールTSF・ドクトリンによって戦術機に偏重している都合も相まって強力な機材は常に喉から手が出るほどに欲しい装備ではある。

 

そして同時に選りすぐりの衛士により構成された特殊部隊の強力さを否定はしない、状況次第ではそうした彼らに命運を託さざるをえないケースも生じ得るだろう――実際、今回の超重光線級討伐作戦などは凡庸な機体に乗せた凡百の衛士を100人動員したところでどうにもならなかったように。

 

だが同時に、平凡な衛士100人で担える作戦すべてを天才的なエース1人で肩代わりしてこなせるわけがあるはずもなく。

なにより傑出した超人的な衛士などというのは、それこそ100人に1人どころか500あるいは1000人に1人の割合で現れるかどうかという程に稀有な存在 ― つまりほとんどいないのだ。

 

 

結論からいえば、「どちらも必要」――しかし軍備には人・モノ・金にさらには時間といったリソースすべてが必要であって、そしてそれらには一切の例外もなく限度がある。

ゆえにその配分をどうするか、という話に収斂していくわけだが ―

 

 

本来TSFが戦うべき相手はBETAであって、けして主義主張が違うだけの同じ人間ではないはず ― 少なくとも、それら宇宙から来た化け物共を駆逐するまでは。

そんな種の生存のための戦いは全地球規模的なものであって、その戦域はあまりにも広漠だ。そしてヨーロッパ大陸程度の広さの戦線ですら、「数」で勝る敵により少数の「質」では対抗し得ないことは歴史が証明している ― 敬愛すべき祖国の英雄たち(エクスペルテン)がそうであったように。

 

ゆえに究極的に戦局を決めていくのは ― 圧倒的多数の「普通の衛士」が乗る、「普通の機体」の優劣になるはず。

 

それがハルトウィックの、プロミネンス計画の優先順位――しかし。

 

「…」

「閣下?」

 

不意の沈黙の理由を訝しんでか、聡い部下が伺いを立ててくるが。

すでに遠い日々の記憶とはいえ過酷な戦場の匂いを色濃くその魂にまで刻みつけられた元衛士は、資質に恵まれまたそれを磨き続けて今もその才を示し続ける若き情報将校を軽く手で制した。

 

とまれ一握りの高級機に用いられた技術とていずれはトリクルダウン式に普及的なものになる、それはそうだろう、だが。今の人類にはその「いずれ」 ― 時間というリソースにすら余裕があるかどうかもわからないのだ。

 

人が人である限り争いに諍いの種は世に尽きまじ、たしかに多少のいざこざやら衝突程度は逆に刺激になるかもしれないが本来の本題たるBETAそっちのけで人類同士の殲滅戦争など始められたら元も子もない。

 

「米ソの指導者層が最低限は理性的であることを願いたいな」

「ごもっともです。が、ソ連のG弾保有によってアラスカの租借権はアメリカ側の交渉カードから消えましたので、逆に今後は米強硬派が盛り返してくる展開もあろうかと」

「たしかアメリカでは家主の権利の方が強かったはずだがね」

 

個人的にはアメリカ人がいくら困ろうが大して問題とは思わないが、こっちにまで火の粉が飛んでくるのは困るともう一口コーヒーを。

 

「ある種役割分担ではある。これで列強は放っておいても強力なエース用機材を開発し続けるだろう、我々は全体の戦力拡充を志向しつつ先端技術の獲得と開発を続ければいい」

「はい、大佐のご尽力ですでに我々は国連のTSF部門として列強の販路拡大に際しての陣営間取引や各国国内世論対策のバッファとしての評価を得ていますし、その列強とて開発に行き詰まった折には打開策の糸口を求めて接触があるでしょう。例のシラヌイ・セカンドの時のように」

 

加えるなら現時点ですでに、タイプ94・2ndはこれまでの実戦での成功を通してプロミネンス計画の名を大いに高めてくれている。

 

「…あの女狐の思惑通りに事が運ぶのは面白くはない、が。『面白くないだけ』だ」

「…はい。彼女のプランに乗るのが大佐にとっても最大のメリットになると考えます」

 

 

あの「レポート」は読んでいる ―

ムッター・デア・フーレン――大いなるバビロンがもたらす、あり得べき崩壊の未来。

 

あの魔女は自らのその予測に基づく地獄の未来を避けるべく、恐らくはあえてだろう本来それを推し進めるはずだった「第5計画(オ ル タ 5)」の中にその身を擲って、今なお孤独な戦いを続けている。

 

 

劫掠の極みに荒らされてなお故郷の土を残したい老いた軍人と、世界の総てを守りたいと願う若き異才の科学者。

単純にいえば一時的な利害の一致、交わらなかった両者の道は今たしかに交差していて。

 

「私と君の判断を信じよう。少なくともあの女狐には下種な私利私欲はないのだろう」

「仰せのままに。ただ申し訳ございません今回の作戦時の詳報は今少しお待ち下さい、現地はまだずいぶん取り込み中のようです」

「ああ()()()()()()()()な、急がんよ。それにまあ…とりわけあのエース連中のデータは、サンプルにはなってもベンチマークにできる類のものではない」

 

ハルトウィックは軽く鼻を鳴らしながらも鷹揚に頷き、リント少尉を下がらせると座り心地の良い椅子に深くかけ直した。

 

 

25年前 ― 史上初のTSFたるF-4(ファントム)の配備が追いつかずその廉価機ともいえるF-5G(トーネード)でやりくりしていたブンデスヴェーア(西ドイツ軍)、たしかに第1世代型機も草創期のそれらは現行機に比すればあらゆる点が未発達かつ未成熟で、その意味では操縦難度も高かった。

 

しかし当時それらを躍起になって飛ばしていた身の実感として、仮にあと10年若くとも、現行第3世代型機それも例のXM3を搭載して運動性・応答性をはねあげた欧州連合が誇る疾風の騎士 EF-2000(タイフーン)をあの 彼 ら (ツェルベルス)の如くに操ることができると断言するには正直なところいささか自信が持てない。

 

往時は衛士として超とまでは言わぬも一流には手をかけていたと自負するこの身をしてそう言わしめる、彼らはそれほどの英俊 ― しかしその一方で。

 

 

そんな彼らを下支えするはずの ― プロミネンス計画の結実たる良質な汎用機を託すべき「普通の衛士」が――今どれだけ残っているのだろうか?

 

 

「天才たちの輝きが弥増す一方、凡夫の摩滅は目を覆わんばかり…か」

 

その意味でも、新兵やそれに近しい衛士の生存率を大幅に底上げし得ると目されるXM3の早急な配備は目下の一大目標でもあり。

同時に不承不承でもあの魔女の手を取った最大の理由の1つでもある。

 

 

果たして間に合うのだろうか、そして万事が首尾よく進んだとしてもそれでBETA討滅と祖国復興の道筋が見えるのだろうか ―

 

神ならざる身に過ぎぬがゆえに見える訳もないこの先の世界、そううまくいくはずがないとどこか諦念と共に受け容れてしまうのはやはり己が老いたからなのか。

 

 

広い執務室で独りやや天井を仰ぐようにしつつわずか閉じたハルトウィックの瞼の裏によぎるのは、掴むべき未来の光景ではなく残酷な現在の投影と無残な過去の追憶――

 

いや、なればこそ。

今さら善人を気取るつもりはないし感傷に晒されて絆されたのでもない、ただ人類の勝利と祖国(ハイマート)の奪還と安堵のために。

 

ハイネマンも発った頃だな…

 

本業の傍らでも後方からしっかりと支えてやるのが老人の務め、若人たちがその翼で未来を切り開くために――たとえそれが、血塗られた道に過ぎぬとしても。

 

過去の遺物と忘れ去られていたはずが…

 

戦略航空機動要塞 ― XG-70。

 

「地の底の魔女の鋼鉄の神殿。供物は血の色、戦士の命…か」

 

年経た元衛士が独り仰ぐ天井、見慣れたそこに刻まれる残照は徐々に ― しかし確実に短くなりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大所高所から見下ろして、世の行く末を悩みつつもなんとか描こうとする者たちがいれば。

その未来像に現実をすりあわせるべく東奔西走・のたうち回る羽目になる者たちもいる。

 

 

 

― 同年 同月翌日。

 

旧フィンランド。

ロヴァニエミハイヴ付近・欧州連合軍駐屯地上空。

 

 

初夏の時期の北欧は元から曇りの日が多いらしい。

ゆえに雲霞の如くに押し寄せたBETAの群れと、それに続いた超巨大種を撃滅しても鈍色の北天が晴れ渡ることはなく。

 

そんな変わらぬ雲の下の大気を裂いて、ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」所属のイルフリーデ・フォイルナー少尉は乗機であるアッシェグラウのEF-2000 タイフーンを先を行く僚機らに続いて駐屯地へのアプローチ・コースに乗せた。

 

「CONTROL, Rote:06 Initial. OverHeadApproach」

「Rotes, Report Break」

「Roger ― Rote:06, Break!」

 

3機編隊、眼前のローテ06 ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉の機動には迷いがない。

哨戒兼掃討用にGWS-9(突撃砲)3門にBWS-8(フリューゲルベルデ)1本の重武装状態でもイニシャル・ポイントから最も近いブレイクポイントに至るやコールと共に素早く一気に機体を左ロールさせて滑走路上を並行に逆走するダウンウィンド・レグへと持っていく、とうに見慣れたその鮮やかさに遅れぬようイルフリーデももうわずか先に設定されたポイントでブレイクすれば ― 続く列機ローテ08 ルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉機もまた同じようにターンを切った。

 

 

見はるかす荒野、曇天の下に聳えるモニュメント(地表構造物)

その付近に立ち並ぶプレファブリケーション(規 格 建 築)の駐屯地施設の一画。

 

「ねえ、このあ ― 」

 

荒土の上に敷き詰められた長さ500m・幅30mのマーストンマット(穿 孔 鋼 板) ― 簡易滑走路上に愛機を着け、歩行にてタキシングさせつつ口を開きかけたイルフリーデの耳朶を通信からの罵声が打つ。

 

『バカヤロー! そうじゃねえってんだろ!』

『サー! 申し訳ございません、サー!』

『謝る前に機体を戻せ!――そっちじゃねえ! 編隊にだ!』

 

アイドリング状態にまで落ち着きゆく跳躍(ジャンプ)ユニット・AJ200の唸りと両主脚が着地時に奏でる金属音の合間に響くのは国際共通語である英語 ― だがやりあっているのはそれを母語とするイギリス軍の連中だろう、自分たちに続いて小隊でのスリーシックスティー(オーバーヘッドアプローチ)を試みたらしい。

どうも哨戒任務からの帰投時にタッチアンドゴーまで含めた編隊機動・離着陸訓練を兼ねている模様だが――

 

「…『死の8分』はもう越えてるっていっても、あれじゃあ」

 

一昨日前 ― ここロヴァニエミへ駆けつけるやいなやで文字通りそのまま2個軍団規模約5万にもなるBETA相手の迎撃戦になだれ込み、その後多少の哨戒に出たりこそすれこれまたすぐに超重光線級討伐のため進発元のファスタオーランド島前線基地へのとんぼ返りだったから、増援本隊の連中をつぶさに見ている暇なんてあるはずもなかったとはいえ。

 

今さらながらにイルフリーデが振り仰いだ後方上空、ミスをしたらしく編隊から外れたヴァイスグラウの英軍機・F-5E トーネードADVはその飛び方そのもの自体がどこかヨタついて危なっかしくさえ見える ― けれどそれは、別にあの機体が旧式に属する第2世代型機だからだけではないだろう。

 

「ほとんどグリューンシュナーベル(ヒ ヨ コ)じゃない?」

「ああ…たしかにあれでは」

「ただのカカシですわ」

 

それこそB()E()T()A()()()()()まだしも。

 

偉ぶるつもりはまるでなくとも、帰還後からずっと沈みがちな気分が揃ってそう呟かせた。

 

 

元来高度なV / S T O L(垂直/短距離離着陸)機能をそなえるTSF(戦 術 機)にとって、これまた本来の運用目的である対B E T A(異星起源種)作戦においては、たとえばオーバーヘッドアプローチのような「着陸時の無防備な時間を最小化する」類の行動はさして必要とされてこなかった。

 

なぜならいくら人類側の基地ないしは拠点における対地レーダー等の設置が乏しく震動センサー網や低軌道偵察衛星・哨戒機等による警戒監視には限界があろうとも、BETAの行動速度は最速の突撃級を以てしてすら時速200km未満にしかすぎない上に光線属種という全体数からすればごくわずかになる例外を除けば全種体当たりないしは打撃や噛みつきといったごく至近距離での有視界戦闘・いわばC Q C(近接格闘)の攻撃手段しか持たない。

ゆえに基本的に対BETAにおける拠点防衛は「見つけてから対処」すればよく、近年になって確認されだした不意の地下侵攻に対しても振動波の検知による事前対応が可能であるため、少なくとも戦術的奇襲についてはそれを人類側が被るという可能性自体がかなり低かったからである。

 

が、しかし ―

 

 

18時間前 ― 旧ソ連領内奥地にまで進出しての超重光線級2体討伐という至難極まるミッションを、さらにあわやソ連軍との軍事衝突というともすれば列強同士が実際に角突き合わせる世界大戦の引き金にもなりかねない想定外の事態まで含めて無事完遂してこのロヴァニエミハイヴ駐屯地まで帰投したツェルベルス含む欧州連合(ウニオン)軍選抜部隊を迎えたのは――今はなきブランデンブルク門における盛大な凱旋式などではないのは当然としても、歓呼の声さえもまばらな、変化する状況に忙殺されるスカンジナビア司令部の様相だった。

 

どこを見たって人手不足の連合軍、司令部付属の指揮統制管制のための人員にしても本来の目的であるロヴァニエミハイヴ防衛に携わるのが精一杯――にもかかわらず、その従来任務の全情報の処理に加えて超重光線級討伐隊が直面した武力衝突事態に関するあれこれ ― 当該敵性部隊の追跡に卑近の脅威となるソ連軍北方艦隊の現状確認と未知の打撃群等の存在の有無を含めた走査、さらにそれら総ての情報に対する在グロスブリタニア欧州連合軍司令部並びにドーバー国連地中海方面総軍司令部からの報告命令、加えてソ連側から半分以上恫喝めいた猛烈な抗議を受けているらしき欧州連合政府外交部門と国連安全保障理事会部門が異口同音に「このBETA大戦のさなか貴重きわまるデタント(緊張緩和)の萌芽となり得た機会をあの巨大BETAもろとも丸ごと吹き飛ばすとは軍部はそんなに人間同士の戦争がしたいのかね」と寄越す嫌味混じりの状況説明の要求エトセトラエトセトラ ― などがまとめて襲いかかり、そこへとどめを刺すが如くにソ連軍のヴェリスクハイヴへの攻撃開始が重なって、ついに処理能力が飽和を超えて決壊に至るその寸前。

 

ダメ押しとばかりに降って湧いたのがあの忌まわしき兵器――G弾の使用。

 

これまでアメリカのみが保有していた超兵器を事実上の敵対勢力たるソ連もまた少なくとも実戦投入できるレベルにまでこぎ着けたことが明々白々となった以上、近年再燃した東西冷戦構造のさらなる激化はもはや避け得ようのない事態となった。

 

そしてその中で、西側に属する欧州連合軍がやっとの思いで制圧したこのロヴァニエミハイヴの立ち位置は、政治的にも戦略的にもさらに重要度を増したと共に――後者についてはその色合いが変わってきた。

 

 

すなわち ― 攻めてくる相手が「BETAではなくなった」。

 

 

なぜならBETAの発生源とはハイヴで、当ロヴァニエミ家の最寄りのお隣さんはヴェリスクさん家。もう一軒のお隣さんのミンスクさん家はもう少し遠いせいもあってかおつきあいは滞りがちで、実際ここしばらく呼びもしないのにこのロ家に対して大挙して押しかけてきていたのは全部ヴさん家発のお子さん方。

 

しかしお出かけが過ぎて留守がちになったヴさんのお宅は哀れイワンさんに目を付けられて、残ったわずかの家人もろとも吹っ飛ばされて乗っ取られてしまったご様子。

そうなった以上、もうこのロ家には迷惑な招かざるお客さんは来ない ― と安易に決めつけられるほどに、人類は――いや少なくともヨーロッパ町の人々は楽観的でもなければ良心的でもない。

 

なにしろイワンさんといえば、遠いお空の上のお月さまでめぐりあったBETA一族が地球に降ってくる直前までは、過去に色々とモメた経緯のあるハンスさんの家の中に強引に壁をつくったり海の向こうのサムおじさんと力自慢の競争に明け暮れたりとその剛腕ぶりは町内でも際立っていて、いつ何時ウラーの挨拶一言だけで近くのお宅に平気で土足で上がり込んでは何もかも盗っていったり手当たり次第にぶっ壊していったりするか判らなかったくらいなわけで。

 

しかもそんなイワンさん相手に先だって、ここ最近も色々と嫌がらせをされているなか彼らが身勝手かつ一方的に所有権を主張しだした貴重なオマケつきのでっかい獲物2匹を目の前でむざむざとくれてやるのも面白くないからとはるか東から遊びに来ていたサムライ・センセイに手伝ってもらい、町内会のおまつりと称してイワンさんの目の前でちょいと大きな爆竹をつっこみ景気よく吹き飛ばして差しあげてしまったものだから。

 

当然カンカンになったイワンさんがある種等価交換ともいえる報復行為の一環として今度はこのロ家のお宝をぶんどるなり打ち壊して台無しにするなりしに来てもおかしくない ― それが怖いなら最初からちょっかいをかけるなという話ではあるけれどもそれはそれ、なにせこちらにはつい昨日まではイワンさんも持っていない(と思っていた)強力きわまる爆弾をそれもたくさん抱え込んでるサムおじさんが用心棒についてくれているのだから!

 

でもそれが、まったく同じものをイワンさんも持ちはじめたことがわかったとなればまるで話が変わってくるわけで、いくら共産主義のイワンさんが凶暴きわまる人類共通の敵とはいえどうせ本当には来やしないさと高をくくって壁も造らず鍵もかけない開けっぴろげな建て付けにしたうえ自警団を組織したりも強そうな用心棒との契約を再確認しないでもいたりしたら底抜けのバカと誹られても文句は言えない、この町内含む世界すべてが弱肉強食のサバンナなことは(たまに忘れたりするが)町民にとっては周知の事実で第一そもそも有史以来この惑星の人類社会をそういう世界にしていったのは控え目にいっても半分以上このヨーロッパ町のご先祖様がたの行いが基(むろん他所様には平和主義の尊さを説いてやまないけれども)。

 

 

実際のところ ― 今朝早くにはすでにソ連軍がTSF4機1小隊程度の小規模部隊ながらもこのスカンジナビア半島東部を南北に貫いて走る芬ソ国境線沿いに設けられた非武装緩衝地帯すれすれを通過していて、それについて問い質せば答えはないかあるいは哨戒とでもいうのだろうが、ともかく明らかな示威ないしは挑発行動といえ。

 

事ここに至れば西側陣営の政府高官なかでも文武のタカ派のみならず外交の力を信じていると思しきその畑の専門家たちまでも ― いやだからこそだろうか、その彼らも含めて大慌てで国連安保理でソ連への非難決議提出を画策する一方急遽西側列強の首脳級会合を招集することとし、後者は近日中にイギリスにての開催が決定。

 

その一方、かかる状況についてまさにその現場となった08ロヴァニエミハイヴにおいては、当然ながらその防衛体制を根本から見直す必要に迫られる。

 

 

東西間の政治的側面から考慮すれば、08防衛について最もリスクが高いのは国連安保理はさておいても西側首脳級会合が開催されるまでの数日間 ― ソ連側が「やる」とするなら、西側諸国の意思が統一される前に速攻をかけて既成事実をつくってしまった方が得策に違いない――しかし。

 

現在ハイヴ防衛を担う欧州連合軍は、イギリス軍のTSF2個連隊を中心に北欧国連軍が2個大隊未満程度、額面上は250機超を号する大兵力。

 

ここへさらに防衛戦勃発に際し先行して急派されてきたイギリスが誇る特殊空挺部隊(S A S)1個大隊に加え、さらにバルト海ファスタオーランド島前線基地にての異機種・異国籍部隊間連携訓練(D A N C C T)から駆けつけた臨時編成ながらも欧州連合最精鋭2個大隊近くまでもが居合わせる。

 

これに対してはいかに世界第2位の軍事力を誇るソ連軍といえどなまじの戦力では陥落せしむること能わぬ一方で、あまりな大兵力の投入は明確に過ぎる東西熱戦の口火になりかねないしまたそれらの動員に要する時間的猶予もない。

さらにいかに彼らが人海戦術的な戦法を常とするとはいえ、すでにオホーツク海・カムチャツカ半島に東シベリア海・ウランゲリ島の従来の防衛線に加え先年の電撃的な攻略により惹起されたユーラシア大陸東端・26エヴェンスクハイヴの防衛という長大かつ膨大な戦線を抱える現状からして、すぐさま今以上の大兵力をユーラシアの西側へ展開させることは明らかに困難であろう。

 

よって近々のソ連軍侵攻の危険性はさほどに高くない ― だがその一方で。

 

08防衛主力のイギリス軍2個連隊は本国で新編・再編中の戦力を無理矢理かき集めて持ってきた第2世代型機を中心とする言ってしまえば2線級かあるいはそれ以下、轡を並べる北欧国連軍こそは実戦経験豊富なベテラン揃いながらも元来2個連隊を誇る規模だったものが損耗を続け今や2個大隊程度と数的には1/3以下にまで落ち込んでいる。

 

さらにその他戦力であるところのイギリス軍特殊空挺部隊については、本来その名が示す通りの特殊作戦用の戦力であってどこかの拠点に継続的にはりつけて防衛を担わせるような部隊ではなくそもそも今回の派遣も実際には要人救出とその警護に護送のためだったし、ファ島部隊もまさに緊急事態への対処としての一時的な増派であるため可及的速やかに本来任務の再開しかる後の原隊への復帰が本筋とあって、双方ともに今後のハイヴ防衛に就く見込みは当然存在しない戦力である。

 

よって西側首脳級会合という政治的イベントが終了し本来オマケというか通りすがりのその他戦力・その実精鋭たちが08から去った後にも ― あるいはその時にこそ、軍事的リスクはさらに高まる危険性すらある――

 

 

これら状況を鑑み、欧州連合軍スカンジナビア方面司令部は軍総軍司令部に対し常駐戦力の増強を要請すると共に、現在保有する能力= A H (対 人 類)戦における防衛力について急ぎ厳正かつ詳細に評価し把握すべく演習の実施を決定。

 

これを受けて現地部隊は数度の図上演習を経たのち統合仮想情報演習( J I V E S )を起動。

衛士が実機に搭乗して行われる当演習は、仮想演習場の構築および運用がTSFのみで完結すること、さらに万が一実施中に不測の事態(敵 襲)があろうとも即座に対応が可能という点で今般の状況下でも実施に耐えうる。

 

そして実戦形式となったその仮想演習において、増援イギリス軍と北欧国連軍部隊からなる防衛部隊(ブルーチーム)に対し、アグレッサーたる攻撃部隊(レッドチーム)役を担うのは ― 同じイギリス軍選抜部隊並びにドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルスを中核とする、ファ島由来のベテラン衛士の部隊となる――

 

 

「レールガンは双方10門ずつ、衛星情報の利用も共に可 ― 」

 

慣れた手つきで愛機EF-2000の起動シークェンスを進めつつ、イルフリーデは網膜投影に呼び出した演習の概要を今一度確認する。

 

「対象ハイヴは内部構造ともども縮小・簡略化。スタブはフェイズ3相当の半径4km、ただし1層化してゲート()もランダム配置の20前後で固定、と…」

「ハイヴ内では防衛側のみ敷設センサー網利用可、メインホール(大 広 間)を模した中央構造中心部の『フラッグ』の破壊ないしは奪取を巡る攻防戦か」

「制限時間は1時間。ロヴァニエミ原寸大では時間がかかりすぎますものね」

 

宙空にしかし鋭い目線で同じく網膜投影の情報を追うヘルガとさらに付則情報も挙げるルナらも揃ってCウォーニング・ジャケット(充 電 外 套)は脱ぎ捨ててのレインフォース・ギア(強 化 装 備)姿。

乗り込む機体は常の明灰色ではなくJIVESにより全機一様のルッシスグリュン(ロシアングリーン)の迷彩模様へと塗り替えられている。

 

そしてドイツ狼らともう幾度目かで轡を並べるフランス騎士たち、

 

こっち(攻撃側)は2個大隊程度76機、むこう(防衛側)は256機で2個増強連隊規模ね…」

「こちらは全機XM3装備の第3世代型機とはいえ戦力比は…4:1ですか」

「襲撃してくるのが例のエーグル・ロワイヤル(S u - 4 7)2個大隊程度って想定なのよ」

「なるほど…」

 

東洋人比でいえば男女問わずに長身の者が多い欧州人、その中で逆にひときわ目立つ短躯の金髪の虎 ベルナデット・リヴィエール大尉 ― 彼女の愛機たるフランスの風・ラファールは先の超重光線級討伐作戦においてその照射能力を奪い去った殊勲の一撃と引き換えに喪われているものの、本演習には負傷中の部下の機体に乗り換えての参加となる。

 

そんな彼女は、至難のミッションを共に乗り越え今や側近従士と呼べる二人を筆頭とする配下1個中隊を引き連れて。

 

「でも…ソ連軍はそれで作戦成功させられると?」

「思ってるんじゃない? …実際、()()()()はなんだか…不気味だった」

「エレン…」

 

肩口で切りそろえた髪はやや色が濃く群青の瞳には勝ち気さが覗くエレン・エイス少尉をして、つい昨日の記憶にややの恐怖を忍ばせれば。

相棒のジョゼット・ダンベルクール少尉は、育ちの良さが透けるような肩に垂らしてふわりと巻いた明るめの金の髪をいじる仕草を途中で止めた。

 

実際にあの部隊と砲火を交える寸前にまで至った部下たちの報告とその感覚自体を無下にするつもりは毛頭ないベルナデットではあったものの、

 

「…ま、そんな連中とやり合わずにすませるためにもこの訓練が必要と思いなさい」

「は。…ですが『攻撃三倍の法則』どころじゃありませんよこれ」

「いくらなんでも…演習の本当の目的は防衛隊の士気向上ですか?」

 

対する二少尉も眼前の任務に集中を促す上官の意図をくみ取りつつも、できることならメシャン(や ら れ 役)は御免被りたいと形勢の不利さを指摘する ― が。

 

「さてね…ロンドン狐が主催のゲームよ、そう素直な話かしら」

 

まあやってみましょう、そう細い肩を竦めたベルナデットを通信ウィンドウに見たイルフリーデはしかし。

 

「…」

 

進みゆく状況の中で身体の動作だけは淀みなく所定の手順をなぞりつつも、今一つ気乗りがしない己を自覚していた。

 

 

実戦形式の訓練はけして嫌いではない――が。

これはA H(アンチ・ヒューマン) ― つまり対人戦闘。

 

あの「実戦」 ― 本当に同じ人間と命のやりとりをすることになりそうになった時に味わわされた、喉の奥まで無理やり鉄の塊を突っ込まれたような重く苦しい不快感。

 

殺すか、殺されるか。

殺さなければ殺される、だからそうなる前に殺すしかない――

 

あれを知ってしまった今は、かつてのように無邪気に ― あるいは無知に ― 事に臨む気にはとてもなれない――だが。

 

 

「皆、同じだぞ」

「ヘルガ…」

「同じ人間を殺すために衛士になったんじゃない、主義や主張は違えど…だが我々の剣は守りの剣だ。祖国と人類を守るための」

 

硬質の美貌、グライフ(鷲獅子)の女騎士は揺るがない。

 

「だがそれだけに、鋭くなければ意味がない。対話不能なBETAを斬るにも力の論理しか通じぬ輩を思い留まらせるためにも」

「平和のコストというやつですのよ、人類相手でしたら抜かずの剣こそ我等が誉れ ― AH戦の訓練全部が無駄になるようむしろ祈るべきですわね」

 

そしてまたルーヴェン(雌獅子)の僚友も同様に。

 

「ルナ…」

「ソ連のアラスカ避退とヨーロッパ陥落以降、結果的にはユーラシアのBETA支配領域が東西の巨大な緩衝地帯になっていましたが…私たち西側のリヨンやロヴァニエミ攻略はあちら東側から見れば敵勢の伸長に他なりませんし」

「ことスカンジナビアは陸と海とで旧ソ連と目と鼻の先だ。BETA禍以前の北欧諸国の難しい立ち位置を考えても当然だろう、摩擦が増えるのは仕方がない」

「それは…そうね…」

「それに思い悩むなんてイルフィらしくありませんの。珍しく頭を使うのですからもっと他のことにすべきですわ」

「同感だ」

「な…、なによもう!」

 

だがしれっと差し込まれるルナの嫌味とそれに窃笑を漏らすヘルガのふたりには腹を立てざるを得ない、せっかくいい励ましをもらったと思ったのに。

 

「でも――よし…やるわよ!」

 

― 炎の中から己を高めよ ― ドラッヘ・ヘルツ(竜 の 心 臓)の家訓のままに。

 

自らの頬を数度叩いて気合いを入れ直すイルフリーデ、その視界中央に演習開始のサインが映れば現実の曇天とはうってかわってどこまでも高く抜けるような蒼天の下。

その仮想の荒野のただ中に立つ黒き狼王・ツェルベルス大隊長 ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐 ― 常は黒一色のその乗機EF-2000だが今は緑黄迷彩塗装のうち左肩部のブレードだけが黒く染め落とされている ― の指揮の下に精鋭たちが動き出す。

 

「――始めるぞ」

「Jawohl!」「Roger」「Entendu」「Signor sì」

 

各国言語様々の応答、目指すハイヴはまだ15kmも先と遠いが ―

 

「防衛側は…各ゲートを中隊単位で固めてるようだな」

「数的には有利なんだしまあ順当だが…こっちのレールガン排除の意図はなしか?」

「こりゃ机上演習時点での最消極プランだぜ、タートルガードってな」

「まあ実際にはTSF同士の高速機動戦に対応できる部隊がないんだろ」

「それならそれで ― こっちはプラン通りに強気に行かせてもらうだけだがな!」

 

レールガン装備でヘルガとルナを護衛に付けたイルフリーデが後衛に就いて戦況を俯瞰する中、自軍の赤いマーカー群は小隊単位で散開し同時複数の各ゲートへと接近していく ― と。

 

「FCSレーダー照射検知っ」

「レールガンだ!」

「乱数回避ッ、かまうこたねえ高度を使え!」

「あらよっとぉ、…おいおい位置がバレたらすぐ陣地転換 ― 座標送るぜ!」

「データ受領・目標確認。潰すわ」

「――命中確認。近傍小隊集合、戦果拡大に移る ― E-01クリア」

 

地下深く潜りゆくハイヴの入口 ― ゲートの縁を掩体がわりにレールガンを構えていた防衛側F-5E ADV部隊が遠距離からの掃射を試みたらしいがバカ正直に火器管制レーダーを使ったのか ― いや有効射程の10kmにもなる距離の狙撃では無理もないが、ゆえに当然察知した攻撃側部隊の機動は速く鋭く。

対BETA戦とは違いある程度までの高度も有効に利用しつつ散開しての三次元機動、超々音速の火線を宙空を貫くのにみ留まらせ即座に後方レールガン部隊からの返礼を浴びせてゲート入口の銃座ごと数機まとめて吹き飛ばしたうえその間にも素早く距離を詰めて120mmの射程に入ればHESHを数発撃ち込み退避が遅れた残存機も仕留めてみせる。

 

防衛側でも古参と思しき隊長級の衛士が操る機体はその主腕までも使い躍起になって部下の統率をはかりたきつけているらしいが後手に回ってさらに対応が遅れた彼らが伸ばす火線は明らかにまばら、あるいは逆にどうせ訓練だからと高を括ったかそれともヒーロー気取りなのかは判然とせぬも敵味方の砲火の中に無闇に飛び出してくるバカまでもいて。

対して近くに展開していた小隊と合わせて三方向から襲いかかった攻撃側の砲火は今や計1個中隊規模となりその密度と正確性の双方において防衛側のそれらを圧倒していて、それにより防衛側の指揮官級らしき機体が撃破されるとさらに彼らの混乱には拍車がかかって一挙に壊乱状態に陥っていく。

 

そうしてほぼ同時にほぼ同様の展開を見せたゲートは5ヶ所に上るが、

 

「進入路確保。順調だな、プランAでいこう」

「了解。おいロ メ オ(イタリア軍)、遅れてるぞ」

「ちょっと待った ― 」

 

こっちは手強い、と報告を寄越すそちらはハイヴ北東部。

その方面の防衛部隊は即興だろうが複数ゲートからの相互支援体制を構築した上でレールガンと長距離用の支援突撃砲を巧みに併用して頑強な抵抗を見せているらしい。

 

「なんだおい2機喰われて」

「ちッ、揃ってしぶとい上に腕のいいのが――」

「チラっとしか見えねえがたぶん…、機種特定きた ― JAS-39(グリペン)!」

 

もはや生存機こそ残り少ないが成功作と名高いその白夜の国の有翼獅子を中核とする北欧軍部隊は第2世代型機JAS-37(ヴィッゲン)の列機も含め、元々は山岳部がその多くを占める国土の地形に合わせての設計である伸び出た頭部センサーマストによる敵機捕捉能力を活かす形で、掩体ないしは壕に見立てたゲートを最大限有効に利用する形で攻撃側ファ島部隊を食い止めている。

 

「ヴァイキング共の巣はそっちだったか、ご愁傷様」

「いやハズレってかアタリだ、この狙撃はあのベッラ・ドンナ(カワイコちゃん)に違いない!」

「スウェーデン軍の金髪さんか? ありゃ確かにいい腕してるしいい衛士だな」

「それにいい乳だしいい尻だ」

「まあ任せるぞ、頭を抑えて退いたら食いつけ、そいつらが一番厄介だからな」

 

ハイヴ防衛戦を生き抜いてきた彼ら北欧部隊は士気も練度も高いうえ元から列強軍とて簡単には打ち負かせない粘り強さにも定評がある、数的不利の攻撃側の一部を割いても遅滞をしかけるだけの意義はある ―

 

「よし、確保したゲートより突入! 急げ、ヒヨコ共でも集まりゃ面倒だ」

「明後日のゲートを守ってる連中がモタついてる間にフラッグをいただくぞ!」

「了解ッ」

 

レッドチームは各ゲートごとに概ね1個中隊*5の構成を成しつつドリフト(横坑)へと滑り降りていく、そして5秒遅れでイルフリーデもまた隊の仲間たちが制圧したゲートを潜り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分後。

 

再びCウォーニングジャケット姿のツェルベルス隊員たちは、駐屯所簡易格納庫内・片膝を着いて並ぶTSFの間の通路にいた。相変わらず照明の光量は足りない。

 

「うーん…」

「…これは正直」

「18分32秒。言葉もありませんわね」

 

揃って網膜投影の情報視界内にて振り返る終わったばかりの演習のその内容に、「やった側」でありながらも半ば近くは唖然というか。

 

演習に先立ちファ島部隊留守番組の連中が「まあ、ひどいもんさ」と揃って肩を竦めていたその理由を如実に知る羽目になった。

 

 

制圧したゲートから突入した各ファ島部隊は、伏撃に備えまた友軍相撃を避けるためレーダーの効かないスタブ内では近距離データリンク機能を活かすべくドリフトの結節点たるホール(広 間)手前でこそ一旦停止したものの、その他では地表とさほどに変わらぬ速度で進行を続け。

途中それぞれ中隊規模の迎撃部隊と遭遇したものたちもいたがまさに鎧袖一触とばかりに蹴散らして、難なく中央部メインホールまでのルートのクリアリングに成功すれば防衛側としては万事休す。

 

仮想的 ― ソ連軍の立場からすればロヴァニエミの反応炉は壊してしまっても別にいい、いや奪取したとてその後の維持防衛までをも含めて考慮した場合むしろそうしてしまった方がいいともいえるわけで。

その立場を模すレッドチームはほぼ唯一追い縋ろうとするブルーチーム内・北欧軍部隊に遅滞戦闘をしかける一方フェイズ5ハイヴ相当を模したメインホール ― 直径400m超の逆椀型空間 ― 入口付近に後続のレールガン部隊を糾合。そこから高速機動に秀でる前衛のEF-2000複数隊を突出させて牽制・陽動をかけ、それに釣られた…というより対処せざるを得ない最終防衛ラインのF-5E ADV部隊めがけて電磁加速された120mm砲弾をしこたま撃ち込んだ。

 

これにはそれまでほとんど出番がなかったイルフリーデも参加して、手持ち無沙汰の解消がわりにマッハ10超の鉄の嵐を慮なく浴びせて目標たるフラッグを防衛側部隊もろとも蜂の巣どころか吹き飛ばし ― 状況終了。

 

 

「ひでえな。機体の性能差もあるったっていくらなんでも脆すぎんだろ」

 

番犬部隊の本音担当・ブラウアー少尉がややの苛立ちすらも込めて言い捨てれば、上官たるベスターナッハ中尉からいちおうの釘を刺される。

 

「じゃあブラウアー、お前はかけだしの頃からまるきり今と同じにやれたってのかい?」

「ンなこた言ってねえよ小隊長」

 

だがそれにも鼻を鳴らして悪びれて見せるのは、別に彼の露悪傾向ゆえでもなければ初陣で同小隊の先任古参が全滅するという過酷に過ぎる試練からすら生き残ってみせた個人的経験からでもない。

 

 

BETA禍以前、今世紀に入って幾度かの「総力戦」 ― 人類の歴史上それまで発生し得なかった規模での戦争 ― を経験した国家たち、とりわけ西側列強の間では、「軍隊」というものへの科学的・実証的な研究と交渉が重ねられた。

その結果判明したのが、兵器や技術とその運用の発展により兵科ごとの専門化・固定化が進んだこともあり、膨大な人員を抱える「軍隊」という巨大組織の中でいわゆる「実際の戦闘に直接参加する」要員は全体の2-3割程度にすぎないということだった。

 

これは決して非戦闘状態にある7割以上もの人員が無駄の象徴というわけではなく、逆にいえば、最前線の現代的な戦闘を支えるためにはそれほどまでの規模の後方要員が必要ということ。

よって対BETA戦というおそらく人類史上最大かつ最も過酷な世界規模の今次大戦においても、適性と訓練の結果に編成上の割り振り等の都合を加味した上で可能な限り適材適所の人員配置が行われてきた ― が。

 

 

「すぐに使える予備兵力なんざ、ウニオン各国のどこを見渡したってもういやしないってことなんだろ」

「そうさ。だから後方の補給基地あたりを平和に警備させるはずだった坊やに嬢ちゃん連中を、急場しのぎで最前線まで引っ張り出してくる羽目になる」

「おまけにまさか戦う相手が人間になるとは思わずに、ってか」

「だろうね。無茶の上塗りなんだから酷な話さ」

 

隻眼の女中尉はさして表情も変えはしないが微量に憐憫を含んだ呆れの吐息をひとつ。

冷徹な軍人であり影では蛇女とも称されるベスターナッハ中尉だが、明確に不可能なものを無理強いする理不尽さは持ちあわせていない。

 

「ってもこれじゃあいつら全員無駄死にしちまうぞ、実際あのソ連野郎共は相当ヤバい」

「…だね。どうしたもんか…」

「装備機だけでもなんとか…ならねえか」

ユーロファイタス(E F - 2 0 0 0)を持って来れたとして機種転換はどうするんだ。あのヒヨコ達じゃ少なくとも満額の6週間は必要になる、イワン共の目の前でのんびり訓練なんてしてちゃ産毛が抜け替わる前に残らず喰われちまうさ」

「それに彼ら(ソ連軍)は明らかにAH戦訓練も行き届いた精鋭衛士 ― それも最新鋭機に乗ったヘーアクリーガー(熟 練 者)。対して実戦経験自体がろくにないアンファンガー(初 心 者)の集まりでは、装備以前の問題ですの」

「実際さっきも北欧部隊は我々相手にXM3非搭載の第2世代型機で頑張れていたしな…」

 

鋼の狼たちをして揃って漏れ出る重いため息こそが、ハイヴ防衛ひいては欧州連合の現状を象徴しているかのようで。

 

「でも…そもそもこれ、防衛側はホントに有利?」

「いや…だが特段防衛側を不利に設定したわけでもないだろう」

「要塞化以前に陣地化すらもされていない『地点』の防御ですのよ、それも最重要部周辺は大兵力の展開が困難な閉鎖空間ですから」

「つまりは概ね現在のロヴァニエミハイヴの状況に近い。伏撃に適した環境といっても攻撃側の選択の自由が強調されて防衛側は総体的な数的有利の原則が通じにくいし、同数程度の局所的な戦闘では彼我のユニットの優劣がまともに出てしまう」

「そうね…それに実戦になればフェイズ5ハイヴなんだからもっと大きいんだし…防衛部隊の戦力が今と変わらないんじゃよけいに」

「ええ。たしかに縦深を利用する形で中枢までの到達時間を単純に伸ばせる可能性も波状迎撃で敵を消耗させる戦い方もあります、BETAがまさにこれですが…それも圧倒的な物量があってのこと。戦力が限定的なものにすぎない我々にとっては戦域が広大になったぶん初動で遊兵化する戦力はさらに増えますし、その到着にもより時間がかかってしまいます」

「まして反応炉の破壊を最優先にされた場合、ソ連軍にはS-11装備機もある…1機でも突破を許せばそれでおしまいだ」

 

 

唯一楽観が許されるとするなら、イルフリーデの言の通りに実際のロヴァニエミハイヴは巨大かつ深大であるということ ― つまり飛び込んできたソ連軍部隊が経路案内はもちろん見取り図もない深遠なる地下迷宮で勝手に迷子になってくれる可能性もあるということだが――それら機密情報に関していえばはなにしろ共産主義者の手は長いし、現場で捕虜にした衛士なり鹵獲した機体なりから入手する方法だって考えられる。

 

 

とにかくかくも至難のハイヴ防衛 ― それが判っていたがゆえにかとイルフリーデがちらと見やった少し離れた場所で部下達と共にたむろしていた小柄なフランス軍大尉は、その視線に気づくとこめかみ付近でくるくると指を回して見せた。

 

「ホントにあんたは、帽子を乗せる以外にも少しは頭を使った方がいいわよ」

「な、なによ! ― でもこんな、負けるとわかってて実戦形式の演習だなんて…」

「現地部隊の士気が下がるだけだって? まあそりゃそうね」

「だったら、」

「古来軍隊ってのは予算要求からして、たいてい敵の巨大さをある意味その実体以上に言い立てるところから始まるのよ」

「…それが?」

「現時点の戦力…というか編成では、たとえどれだけ士気が高かろうとも防衛はかなわない。だからまあ援軍の要請はすでにしているわけなんだけど――」

 

そのベルナデットの言を遮るように狼たちの網膜投影に現れたのはハイヴ防衛を預かるイギリス軍の少将閣下。

 

皆と同じく強化装備にCウォーニングジャケット姿ながらも目下部下らの惨敗を受けてかなんともいえない表情を浮かべる一方で、しかし同時に壮年を過ぎて老境にさしかからんとするその面長の口の端にはすでに英国人ならではの皮肉が浮かんでもいた。

 

「――少佐、どうかね、()()()()()()だろう我が軍は」

「…は。改善すべき点が明確化したのは良いことかと」

「前向きなのは素晴らしいがその問題点がザ・ベン(ネビス山)より高く山積みでもかね? ビーバースカウトを率いて登るには高すぎるぞ、あげく道中で襲ってくるのは人喰い熊だ」

「…」

 

そうひらめくクイーンズを相手にも黒衣を纏う鋼鉄の狼王は直立と寡言とを守ったまま。

 

「まあいい、ともかくこれで数合わせだけが得意な総司令部と金勘定が最優先の官僚に政治屋共の尻がいくら重くとも仰天して飛び上がるだろう ― BETAも厄介だが人間はより厄介だとな」

「…は」

「増援要請にはバスターウルフ(伝 説 の 狼 王)の名で一筆添えてくれたまえ、『大至急援軍を乞う、ただしおしめとおしゃぶりが不要な衛士に限って小グロスほど』と」

「…他戦線の状況も鑑みれば実現の可能性は」

「それはそうだ、熟練の古参兵などどこも部隊どころかもはや戦線単位で手放したがらない。選り抜きの即応遊撃部隊たる君たちサーベラスに補充が来ないのもそれに関係する…知っているのだろう?」

「…」

「先のマジス・マグヌス(超 重 光 線 級)討伐のような作戦ですらやってのける君たちだ、その価値は計り知れないがまた同時にその任にかなうだけの人員となると…他所から手練れを引き抜くことは容易ではない、かといって素質だけの新兵を送り込んでも今までのように次々死なせることになる。…他の部隊ならば順当に経験を積んで熟練兵になれるかもしれなかった衛士をだ」

 

そのイギリス人将官の言には他意も悪意も含まれていない、ただ事実のみの指摘。だが狼王アイヒベルガーの常に緩まぬ両の拳にはわずかながらもさらに力が込められて。

それをただ悼み労るように、傍らの后狼ファーレンホルスト中尉は長い睫毛のその瞳を静かに伏せる。

 

「よって戦意高揚のために名前こそ残しはするが、この際実質的には解隊して現隊員は他部隊の基幹要員として再配置すべきという意見も根強いと聞いている」

「か、解た――むぐッ!?」

 

他国とはいえよりにもよって欧州連合盟主国、その高級軍人の口から出た聞き捨てならない単語にぎょっとしてイルフリーデが身を乗り出し声をあげかけるも、腕と肩とを押さえるヘルガと口を塞ぐルナの素早い連携の前に沈黙を余儀なくされ。

 

「ともあれつまり ― 今やここ(ロヴァニエミ)は紳士淑女の社交場だ、プリスクールの童男童女にはまだ早いというべきだろう。彼らには今少しBETA相手に泥遊びをさせてからで良い」

「…ではやはり、アメリカ軍と」

「それしかあるまいよ。リヨンから入れ替えで1個大隊ばかり融通してもらおうじゃないか、その場合なにもウシガエル(グリーンベレー)D-ボーイズ(デルタフォース)でなくてかまわん」

 

明確かつ単純なトリップワイヤ(抑 止 部 隊)なのだからな、基本脳天気なあの親愛なる元植民地人たちだがとりわけ自国民を殺された場合にどう出るかくらいは陰気かつ陰湿なロシア人どもにも解っているだろうさと。

 

「…直接衝突のリスクを嫌ったアメリカ軍が拒否した場合は」

「そこを何とかするのがシビリアン(背 広 組)の仕事なのではないかね」

「…」

「君の懸念も勿論だ、この『トレード(編成替え)』が実現したとしても…しかし言うまでもないが本来ハイヴ権益の案分などは政治屋と外交屋の領分だよ。奴らにしてもアバカス(そ ろ ば ん)弾きは得意なだけに『Penny wise, pound foolish(一文惜しみの百知らず)』の諺くらいは知ってるだろう」

「『Give them an inch(庇を貸して), they’ll take a mile(母屋を取られる)』とも言いますわよね」

「ルナ、しっ」

 

口数少ない大隊長の思いを代弁したかのようなその小さな棘は、激発しかけたイルフリーデとは違って当然司令官殿には聞こえないようしっかり配慮がされていたけれども。

 

「むろん火器類含む防衛設備敷設の要請も含めるがそちらも生産がまるで追いついていない、ようやくに取り返した地も守れぬオールTSF・ドクトリンとは()()()()()()()構想だとは思わないかね?」

「…」

 

手練れの衛士であるがゆえ、己の手足の限界はよく知っている。

そして同時に自陣営の苦境もまた現場でつぶさに目にしてきたし今もまた見せつけられ続けているがゆえに痛いほどに理解している。

 

よって連合が掲げるその構想が、かつての大陸からの敗走の過程で通常兵器の多くを喪ったがための苦肉の策に過ぎぬものという裏面も知悉するこの場の皆は、困難な鉄火場の最前線を任された鬱憤からか(どこまで本音かわからないにせよ)好き放題に上層部を腐す老将官を前に礼儀正しくただ沈黙を守る。

 

 

とりわけドイツ狼たちにしてみれば、なにしろ発言の主がとかく信用ならないダス・ブリティシェ・ライヒ(大 英 帝 国)そのなかでも手練手管の歴史を重ねるアーデル(爵 位 持 ち)アルター・フックス(老 ギ ツ ネ)閣下ときては、音に聞こえた外交下手のヤーパンライヒほどまでではないにしてもかの鉄血宰相去って後の対外悪手の数々とその結果を顧みればハイマート(我が祖国)だって決して褒められたものではないのだから、そう簡単に心を許してつきあっていい相手ではない――が。

 

 

「で、だ。不幸なことにあの不愉快な共産主義者連中もこれくらいの予想はすでに立てているだろう、とすれば彼らが次に冒険心を発揮するのは――」

「…アメリカ軍の展開前、と」

「そう考えるのが自然だな。可及的速やかな『トレード』の実現を目指すが、それまではつまり ― 引き続き君らに頑張って貰うほかない」

 

さらりと告げられたそれは言外にたとえ帰還命令が出たとしてもすぐには帰さんぞとの意までも込めた、超過労働の命。

久しくまとまった休暇など取れていない歴戦の衛士どもはそれぞれ薄暗い天井を仰いだり額を押さえてため息をついたりといっそ大仰なほどに己が身の不運を嘆いてみせるも――

 

「ついては我が軍の最精鋭たる君らも訓練が必要だろう、幸いにしてまだ当地には我等が友邦にしてAH・ハイヴ内戦闘のオーソリティが駐留している。そこでひとつ ― 」

 

エキシビション(親 善 試 合)といこうじゃないか。

 

BETA禍以前は盛んだったフットボール(ラグビーユニオン)に擬えるように、その発祥たる国の貴族はそう言った。

 

 

 

 

 

 




なんだか盛りあがらない静かな展開…
超重光線級討伐のあとかたづけが終わりませんでしたw

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