Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 36

 

 

 

 

 

此の世は総てひとつの舞台 人は皆その演者に過ぎぬ

 

ゆえに人は哭きながら生まれる

 

この終わりなき愚者達の舞踏に引き出された我が身を嘆いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

イギリス。

国連大西洋方面第1軍 ドーバー基 地 群(コ ン プ レ ッ ク ス) 北東50km。

 

 

御剣冥夜が高度30mから見る、ドーバーの海は淡い陽光を映して青く。

数々の歴史を刻んできた海峡の波はしかし今日は穏やかだった。

 

「ドーバー・アプローチ、こちらウォードッグ01。現在位置ブルズアイ(基 地)北東30マイル・高度100フィート。着陸進入をリクエストする、オーバー」

『ウォードッグ01、ドーバー・アプローチ。レーダーコンタクト ― ようこそ、英雄諸君。滑走路27へのストレートインを許可する。現在貴隊のために空域をクリアにしている、高度を維持しそのまま進入せよ』

 

バルト海・ファスタオーランド島前線基地にて合流した、日本帝国欧州派遣兵団長代理・神宮司まりも少佐率いる帝国・斯衛・そして国連三軍からなる総勢60機超の戦術機部隊はややゆるやかなフェリー飛行ながらも乱れのない縦型(トレイル)を組み。

 

冥夜の駆る至尊の色を纏った00式戦術歩行戦闘機・武御雷は、その最前列中央にいた。

 

 

北欧 ― それも旧芬蘭北部に当たるロヴァニエミからの旅路は長く。

 

沈まぬ太陽が照らす白夜に暁闇は無く、未明から飛びに飛んだりその距離はゆうに2300km超。途上にて不測の事態こそは起きなかったがファ島基地とユトランド防衛線での着陸給油を挟みつつ計8時間にもなる空――というにもやや低い高度での道行きだった。

 

 

「――ウォードッグ01、こちらドーバー・タワー。風は250度から5ノット、視界良好。滑走路27、着陸を許可する ― 全機お疲れ様でした、地上では女王陛下の名代と我々の仲間たちが首を長くして待っていますよ」

「ウォードッグ01、了解。ストレートイン、滑走路27。感謝する、ドーバー」

 

…来たか……

 

隊内の回線に聞こえる神宮司少佐の応えは簡潔。

だがドーパー管制官からの後半部、やや柔らかくなったその声の響きとは裏腹に――冥夜の胸中には、また新たな緊張が広がっていた。

搭乗時間は既にどれ程か、かなり馴染んだ感のある操縦桿を握る手にも力が籠もる。

 

穏やかに連なる波濤の向こうに見えだす白亜の連なり ― あれが噂に高いドーバーの白い崖…に違いないのだろうが、今はそれをゆっくりと見やる余裕もそこに宿る先人達の業績の数々に思いを致すだけの余地も冥夜には無く。

 

 

滅茶苦茶な話だった。

 

日英友好の再活性化とその為の第一歩となる王室外交 ― その概要も眼目も理解できはするが――

 

 

今日では信じ難いが、嘗ては東西陣営の垣根を越えぬ限りは一般の民間人の身ですらいずれ海外渡航も容易く行えるようになると無邪気に夢想されていたらしい ― が。

 

この長く続く世界規模での対異星起源種(B E T A)戦争下、日本から遠く欧州までの移動自体がそもそも困難である。

 

というのも距離こそあれど基本的に空路にせよ海路にせよ比較的安全が担保されている太平洋上を横断する日-米間の航路と異なり、日-欧間のそれは空路においてはBETA大戦以前の60年代ジェット旅客機の登場により拓かれたいわゆる「北回り」 ― 旧ソ連領シベリア上空を回避し米領アラスカのアンカレジ経由での極圏航路 ― を採ろうにもその経由地たるアンカレジが位置するアラスカ自体が米国からソ連へ租借されてしまい利用不能になっており、では大幅な旅行時間の増加を許容してかの大戦以前の主要航路であった「南回り」 ― 旧フィリピン・マニラや旧タイ・バンコク、旧インド・カルカッタないしはニューデリーに中東バーレーンやレバノン等の各主要都市を経て欧州各地へ至る航路 ― を代替としようにも東南から南アジア地域そして中東から欧州まですなわちユーラシア大陸総てがBETAの劫掠に晒され失陥しており(欧州連合軍の欧州放棄宣言は93年、その他地域の戦線崩壊と陥落は94年インド亜大陸・96年インドシナ半島・97年アラビア半島と比較的近年乍らも)BETA各種中絶対絶死の対空攻撃能力を持つ光線属種は通常の航空機の巡航高度3000mに対し光線級・重光線級両種共に200km超の有効射程を備える為空路の使用自体が自殺行為。

同時に海路もまたアフリカ大陸南端・喜望峰回り航路こそ利用できるが本来より利便性の高いスエズ運河経由航路はそのスエズ運河自体が欧州連合フランス軍が中心となって死守する絶対防衛線と化していて一般貨客船は元より要人輸送のためとして軍艦を用いたとしても危険性は排除できずさらには前者後者共にそれぞれ所要日数は片道で60日・40日前後とあっては今日び民間富豪のゆるり豪奢な物見遊山の船旅等あり得ぬ以上実際にこれを用いることになるであろう政務軍務に多事を抱える要職の徒にとっては許容し得る移動時間ではない。

 

すなわち日-欧間における海空双方の移動手段はその確実性と利便性両面においてほぼ死に体と化していると言ってよく、事実上主に再突入型駆逐艦(H S S T)を用いた軌道上航路による大気圏外弾道輸送のみが機能している――一方で、それに要する費用は海路・航路の比では無い。

 

 

故に在外公館の類は在れど、現在帝国と欧州連合各国との関係性はやや疎遠。

 

依って偶さかの此の出征在欧の機会、先方からの招聘を受諾せぬ手は無いと ―

 

 

だが国賓だぞ!?

 

よって会談会食から果ては叙勲式までもあると聞かされれば、影武者としての振る舞いも板についてきている冥夜をして、頭を抱えて狼狽えるのは内心のみに留められはしても必死で取り繕う鉄面皮の中口の端一つ程度は引き攣るのも無理からぬ話では無かろうか。

 

そもそも本来いくさ場に限っての影に過ぎぬ身の筈がこれでは ― 戦地での待機中やらそれこそ搭乗中に通信での表敬を受ける程度は何とか誤魔化しようもあるにせよ、

 

斑鳩公も無茶を仰る…!

 

冥夜は欧州北欧戦線天覧に飛び出るより遙か以前・数ヶ月前から始まる地下暮らしの日々で叩き込んだ帝国と各国との関係及び世界情勢に主要国の式典礼式作法の数々(うろ覚え)を必死で反芻しつつも、あの涼やかでしかし何処かしら妖しい古拙の笑みを思い出さざるを得ぬ。

 

思えば一昨日の極秘裏での演習飛び入り参加はこの対価の前払いだったのやも知れず ―

 

 

同胞らが決死の思いで死地を駆ける中何も出来ず坐視するのみの我が身が情けなく、況してその渦中で今や強い思慕の念を自覚する方が傷つき斃れるに迄至れば遣る瀬ない想いだけが重なり連なって。

 

そう煩悶し鬱々と送る時を経て、せめて最後に一衛士として皆と共に戦空を飛ぶ機会を与えられ ― そしてその皆の献身助力とこの高機動型00式Fの機体性能に大いに助けられての事とは云え、欧州一流の熟練衛士達相手にそれなりには喰らい付いていけた事には得も言われぬ達成感と充実感――

 

 

だがそれに舞い上がって無邪気に礼を述べる等と…

 

正に女の浅慮以外の何者でも無く、公は内心嘸かしお嗤いになったに違いない。

 

とは云え今更とても無理です出来ませぬと泣き言を云ったところで帝国本土より遙か10000km近くも離れた当地の何処かで本物の殿下と()()()()()等出来る筈もなく ― それどころか既に諜報分野の取り分けその精度と深度に於いては米国にすら勝ると謂われる英国の縄張りからその庭の内、ここで迂闊な動きの一つも見せようものなら忽ち秘密が露見し公にご迷惑をお掛けするのみならず殿下の顔に泥を塗った上帝国の威信を毀損する事態にも成りかねぬ。

 

 

責任重大だ…!

 

もっとも英国に対する個人的な感情としてはあの中尉殿を(むろん多分に思惑含みではあろうが)収容治療してもらっている恩義もあるわけで、兎も角失態は許されぬと気を張りつつもこれなら大隊規模BETA相手に長刀を振るう方がまだましやもと内心に愚痴を零す冥夜は指定された滑走路へと向かう本隊と別れて青と赤の00式2機 ― 政威軍監・斑鳩崇継機と傍役・月詠真那機 ― のみを引き連れ、より司令部らしき建造物近くに設えられた降機場へと機首を巡らす――

 

だが迷う余地どころか然程に探す要も無かった、何故なら基地建物入り口へ向けて敷かれた真紅の長い絨毯とその両脇に整然と並ぶ100名余りの儀仗隊の姿は上空からでも見えたからで、挙げ句その彼らの後ろには木管楽器のみならず大型の金管・打楽器までをも備える同数近くの軍楽隊の姿まで在る。

 

大仰な…

 

そう云うものだと頭では理解していても、緊張の傍ら呆れも半ば、さらには一匙の嫌悪も綯い交ぜにして。

 

生まれは果たして摂家に有るとは云えどその後の育ちは武家としても質素なものでは在ったし、つい昨日まで戦地にて身体を拭く白湯一杯にすら事欠き惜しんでいた身としては尚更。

 

とも有れここで四方や着陸に失敗する訳にはいかぬと慎重に着地を決めて、冥夜は生来初の英国の土は乗機00式の主脚でまず踏んだ。

 

「ふぅ…」

 

深めに呼吸を一つ入れてから跳 躍 機(ジャンプユニット)を停止し次いで主機をも落とす前に網膜投影の情報視界に自機右側へと同じく機を落ち着けた深紅の00式の胸部に開いた管制ユニットから月詠が出て来て降機を始めるのを確認、急ぐ素振りも見せぬのにしなやかで速いその身のこなしに常通りの感心と共に頼もしさを覚え。

 

さらにもう一呼吸してから主機を停止させれば情報視界の外部映像は途切れて目に映るのは待機状態の機器達が放つ仄かな灯りのみが照らし出す暗い管制ユニット内部 ― それがゆっくりとせり出すにつれて開いてゆく外部装甲ハッチ、差し込んで来た陽光に目を細めながら身を預けていたコネクトシートから立った冥夜は少し前へと歩を進めて外気に晒され、そして小さく手を挙げた。

 

十米超眼下の人々より送られる拍手の音が僅かに聞こえる、悠然たる動作を心がけ昇 降 縄 索(ホイストケーブル)により降機したそこは赤絨毯の終端手前。地に足を付けるや否で直ぐ月詠が薄灰色の充 電 外 套(Cウォーニングジャケット)を掛けてくれる、帝国よりは幾分も活発と聞く報道陣も来ているだろうことを失念していた。

 

「殿下、長らくの御旅ご安泰にてあらせられ、臣は恐悦至極に存じます」

「ようこそ英国へ」

「お目に懸かり光栄です」

 

その場に待ち構えていたのは背広姿の在英日本帝国大使(勿論初対面)の他数々の勲章徽章をぶら下げた軍服姿の英国側出迎え代表陣 ― 王室名代となる恐らくは公爵級の高位軍人2名とこのドーバーの基地司令に国連大西洋方面軍司令、さらには英国国防参謀次長 ― から簡単に名乗りを受けつつ握手を交わし、それとなく促されて正面へと向き直れば軍楽隊に号令が下り――

 

重々しくはじまる厳粛な調べ ― 『君が代』日本帝国国歌。

次いで奏でられる荘厳な旋律 ― 『神よ女王陛下を守り給え(God Save the Queen)』大英帝国国歌。

 

僅かに潮の混じる微風に乗り碧空へと昇りゆくそれはふたつの國の統治者の為 ― そして世界の為に戦って散っていった戦士らへの鎮魂と、彼らの遺志を継ぐ衛士たちへ奮起を促す響きでもあり。

 

冥夜はその東西両帝国国歌を敬礼を以て受けて後、出迎え陣の先導により土足で上がるのが躊躇われる程に毛足が長く柔らかな赤絨毯の上を進み儀仗隊の巡閲をしつつ「地獄門」 ― ドーバー基地群中央司令施設へと足を踏み入れ――

 

「殿下。明日にはロンドンでございますので、本日はまことに恐縮ながら簡略に」

 

との王室名代殿の言に秘かに安堵しかけたのも束の間、

 

「こちら本日の歓迎式典を統括致します当基地群副司令にあちらがケント州統監にドーバー市長、続いてカンタベリー大聖堂主教殿とファーンバラよりBATのCEOにECTSF計画英国代表 ― 」

 

軍・官・民と延々と続き重なる応接に。

これなら連隊規模BETAを相手にしていた方がまだましだと、冥夜はつい最前の考えを訂正した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日 夜―

 

イギリス。

ドーバー基地群・将校クラブ。

 

 

6月も末のドーバーは日が長い。

午後8時を過ぎても窓外の景色に薄暗さはない ― だが広大といってよい大広間の内部の照明は柔らかな暖色系であってもすでに煌々と点り、そしてその源は無味乾燥な蛍光管とは異なり高い天井数カ所の大型シャンデリアや古式(を模した)ブラケットライト。

 

威厳ある石造りの外壁に相違せず室内もまた腰壁にはマホガニーやダークオークがふんだんに用いられた重厚な色合い、その上の化粧額縁つきの大きな窓の間に間には歴代の王に女王の肖像画のほか幾多の戦役における英雄達のそれらが飾られるなか床には深紅と深緑で彩られた毛足の長い絨毯。

そしてその上には本革の沈んだ光沢を放つバーガンディのチェスターフィールドソファにアンティークな彫刻入りテーブル等々をはじめとした調度品が設えられ ―

 

パクス・ブリタニカ(1 9 世 紀)――太陽の沈まぬ帝国と称されたその最盛期・ヴィクトリア朝時代の様式でまとめられたこの空間こそは、入口・車寄せ手前の門柱に埋め込まれた真鍮製のプレートが示す通りのOFFICERS' MESS(将 校 ク ラ ブ)

その中央エントランスから繋がるアンティルームは、ロンドンはピカデリー通りのリッツが誇るロビーラウンジにも劣らぬ広さに格調をそなえたもの。

 

そして今まさにその大広間は、遙か東の果てより来りし「フェアリィ・ジェネラル」迎賓のための賑わいを見せている――が。

 

その絢爛たる会場からは少し離れ ― さらに別室に区切られたビリヤード・ルームまでには、大広間の優雅な素振りで獲物を取りあう貴顕紳士に淑女らのたてる上品さを塗りたくった喧噪は届かない。

 

いくら国賓が来ているといえどBETAの脅威は消えないし普段の業務もなくなりもしない、だからほぼいつも通りの静けさの中で歓迎レセプションに関係のない勤務あがりの将校らは軍服姿ながらもくつろいだ様子。

 

また別室とはいえこちらも80平米以上はある広間。

品のよい調度品の他バーカウンター脇のスヌーカー(英 国 撞 球)にて、

 

「お前からブレイクしろ」

「フン、言ったな?」

「今日は調子がいいんだ。キューが身体の一部に――ん?」

 

部署違いの同僚と共にゲームに興じるひとりの40男 ― 大佐は、控え目なノックの後に開いた扉から入って来た4人組のアジア人女性士官たちに気づいた。

 

 

揃ってライトグレーにペールブルーの差し色、短めのスカートに黒いタイツ ― UNフォースの制服。

 

大きな眼鏡がいかにも生真面目そうな長い二本の三つ編み、他の3人より際立つ長身(平均的イギリス人女性より高い)で感情を伺わせない黒髪黒瞳、逆に小柄すぎて幼女にしか見えない小動物と、その彼女よりは大きいものの痩身短躯の少年めいたショートカット。

 

 

少女といっても差し支えない年齢にすら見える彼女らは誰かを探しているような素振りで、小動物一人を除けばオドオドとはしていないが明らかに場違い感を抱いてもいるようで。

 

「見慣れない顔だな?」

「ああ、…いや、そうだな」

 

国連軍の新任オペ子かなにかだろうか同僚との少し意味のないやりとり、だが同僚はキューを置きビリヤードテーブル外枠レール上の飲みかけのスコッチをもうひと舐めしてからその少女たちの方へと歩み寄り。

 

少し緩めていた襟元を直しつつ近づいた彼には少女たちから即座にきっちり揃った敬礼が返って来て、その雰囲気で、大きな眼鏡が長なのがわかる。

 

「君達は――、ああ、敬礼はいい」

「は。失礼しました」

 

興味半分で同僚に続いて近づけば聞こえた。

ずいぶん発音が堅い、日本人だろう。

 

「人を探しているのか?」

「はい」

インペリアル・ジャパニーズ・アーミー(日 本 帝 国 軍)ブルネット(栗 髪 美 人)ならさっき見たぞ」

「…応 接 用 個 室(プライベート・ダイニング)へ来いと」

「それならここじゃないな、3つ先のドアだ」

「は。ありがとうございます」

 

いいと言ったのに律儀にももう一度敬礼をして回れ右をし、出て行く少女たちをなんとなく見送ってから再びバーカウンター脇へと戻れば、同僚は今度はやや勢いよくグラスを傾け琥珀色の液体を喉へと流し込んだ。

 

「まったく…」

 

それでも置くときには薄いテイスティンググラスではない気取らぬ丈夫なロックグラスながらも叩きつけたりはしないのがジェントルマンズ・クラブの嗜み。

 

「知ってる連中か?」

「少しな」

「ずいぶん若いな。それともアジア人だからそう見えるのか」

「そうだな、ただまだ二十歳程度ではあったと思う」

「なら俺の娘とそうは変わらん…どこも事情は同じか、たまらんな」

 

親としての情と職業軍人の倫理と論理、妻との話にもいつも困難がつきまとう。

 

「後方職に就いたとて、安全とは限らんし…」

「ああ。だが彼女らは兵站担当でもなければCP将校でもない」

「なるほど、TSF乗りか。本当に衛士は見かけによらんな」

「今日来た部隊だ、サンタクロース村(ロ ヴ ァ ニ エ ミ)から」

「へえ、ハイヴ・ヴェテラン(帰 還 兵)か」

 

本当に見かけによらない、つい先日までのロヴァニエミ防衛戦はその攻略戦よりはるかに過酷な激戦で、損耗率もかなり高く参加した衛士の6割以上が戦死したと聞いている。

 

だが ―

 

「UNはノルデン(北 欧 諸 国)以外にも出てたのか?」

 

その点は、R L C(王立兵站軍団)将校たる己が関知するところではなく。

 

防衛戦力の主軸はエンパイア・オブ・ジャパンとノルディックスだったはず、そしてユーラシア本土からの避退民が多く流れ込んでいるアルビオン(ブ リ テ ン 島)にしてすらアジア人はそう多くなく、いわんやスカンディア(スカンジナビア)においてをや。

 

だが、ああ、と応える同僚 ― I C(情報軍)所属 ― はトライアングルラックを使って15個の赤球と6個の色球を整え終えるや手にしたキューの先へとチョークを押しつけ、数度軽く擦ってからオープンスタンスで手球へと構え ―

 

「さっきの女と合わせてな…あれが」

 

放つは鋭いブレイクショット。

 

「ヨコハマのモーガン・ル・フェイ(大 魔 女)の使い魔 ― 」

 

ひとつの球が齎すその衝撃は、一瞬で他球へと伝播し散り散りにその軌跡を描かせ――

 

バスカヴィル(黒 魔 犬)グリマルキン(灰 色 猫)さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えられたドアをノックすれば、聞き覚えのある声で中から日本語での応え。

 

「どうぞ」

「失礼します。榊以下ヴァルキリーズ、参りました」

 

分厚いドアは思いのほか軽く開き。

その部屋 ― 個室だと聞いていたけれどゆうに三十平米はある広さ、コの字型に配されたたっぷりとしたサイズのソファに隅には小さなバーカウンターまである ― へと足を踏み入れた榊千鶴は、そこに見慣れた顔を見つけた。

 

すぐれた軍人にして鬼教官 ― 日本帝国軍欧州派遣兵団団長代理・神宮司まりも少佐。

 

だが今は、かっちりと帝国陸軍の制服こそ身につけてはいるがその雰囲気はどこか柔らかく。その目元のみならず背に揺れる襟元で結わえられた長い栗色の髪もどこか優しい。

 

「迷わずに来られたか?」

「は。…いえ、少し」

「だろうな」

 

ふ、と笑んだその空気はやはり丸く。

まだ続いているだろう大広間のパーティの賑々しさも届かないこの部屋の空気に溶けて消えていく。

 

 

彼女が佇む大きな窓の外には ― 少しずつ暗くなりだした外気のなか黒々と点在する植樹林の間からやや遠くに覗く、岬を望む高台の上にそびえるドーバー城。

基地到着時にも上空から見た、角ばっていかにも堅牢そうなその城郭は、実は去る85年のBETA英本土侵攻に際して破壊された「本物」のレプリカらしいけど――

 

 

とにかくやたらに広大に思えるこの欧州連合軍ドーバー基地。

 

そもそも一番はじめに着陸した基地施設あたりはさほどに変わり映えもしなかったものの、今いるこの一画などはまるでどこかの閑静な高級住宅地かなにかのよう。

 

青々とした下草の原を貫く白いコンクリート舗装の道は軍用車両がすれ違える程度にも広いし、複数の植樹林もちょっとした森のようなボリューム等々、規模といいつくりといいおよそこれまで想像していた「基地」の姿の範疇から明らかに逸脱している。

 

この将校クラブにしても、一般人に比べれば相当に大きく立派な実家 ― なんといっても父は長く与党議員を務めてもいた前内閣総理大臣・故榊是親 ― をもつ千鶴をしてすらどこの大貴族の邸宅だろうかと見まがう規模のもの、さらに足を踏み入れたその内部は幼いころその父に数度連れられて行ったことがある帝都の最高級ホテルもかくやといったしつらえで。

 

だがここドーバーどころかイギリス本土のテムズ川以南全域は18年前の防衛戦で大被害を被ったはず、だからドーバー城のみならずこの建物も再建されたものだろう。

大英帝国と欧州の意地といえばそうなのだろうけど ― ここまでやるか、というのが正直な思い。

 

 

そんなところで催された歓迎と戦勝祝いのレセプション、首都への表敬訪問を明日に控えて立食式に簡略化したといいながら結局ひっきりになしに挨拶に訪れ続けるお歴々に囲まれて姿も見えないかつての同僚(御 剣 冥 夜)をさすがに気の毒に思いつつ――

 

会場内大型のテーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々 ― イギリスの魂だとか聞いたローストビーフにヨークシャー・プディングやドーバー・ソールのムニエルといった地元の名物 ― は、ここしばらくのあいだ質素というより簡素にすぎる戦闘糧食に慣らされきった視覚・嗅覚・味覚の三者すべてにとってあまりに蠱惑的に過ぎ。

たまらずよそってかぶりつけば肉体と精神双方の飢餓を差し引いたとしても(意外にも)すごく美味しい、さらには全部天然物らしいときては。

 

それら魅惑のエネルギー源に舌鼓を打ちおおよそ満足できたあたりで少佐殿の呼び出し、いっぽう隊の中でもまだひとり料理に未練タラタラな彩峰慧を引っ張ってここまで来た ― わけだが。

 

 

「帝都の将校クラブも…ここほどではないがそれなりの規模だぞ」

「そうなんですか」

「驚くのも無理はないがな、なにしろ横浜基地は急造だし…実用一辺倒なのは ― まあ、夕呼の意向かもしれんが」

「…は」

 

…わざわざ…副司令の名前を…?

 

不自然さこそはまるでない、しかし常とは異なるまりもの様子に千鶴は違和感 ―

「目」やら「耳」やらはあって当然のここでそれを言うということは。

 

それにこんなおよそ見た覚えがないくらいにくだけた雰囲気の少佐殿なのに、座れとも促されないし自ら座ることもなさらないとは――

 

「…」

 

沈黙を守る小隊の仲間たち、どうせ面倒ごとだろう渉外はお任せってことね身勝手なと千鶴のその思考がまとまる前にノックの音が。

どうぞ、と応えを返すまりもの傍ら開いたドアから入って来た面々を見た千鶴はああやっぱりと総てを察した。

 

最初に見えたのは長身の青い斯衛服 ― 手ずから自ら扉を開いたのは政威軍監・斑鳩崇継。

眉目も秀麗なその面差しには常の如くに浮かべた薄笑み、単独でならば世界第三位の軍事大国・日本帝国の実質の最高権力者。

 

そしてその背に隠されるようにして続いたのは――至尊の色・紫の斯衛服を纏った「殿下」だった。

 

「応、此処では敬礼は不要ぞ、英国士官等にも云われなんだか?」

「は…」

「殿下が少々御疲れでな。小休止と云う訳だ」

「公…」

 

いつもの通りといえばそれまでだけれどやや揶揄するかのようにも聞こえた斑鳩公のその言に、続いて入って来た赤の2人 ― 月詠中尉と真壁大尉 ― のうち前者がやや咎めるような声音を向けるも。

 

「すみません…」

 

「殿下」は同様に小さく笑みを浮かべつつもそれがやや貼り付け候のものになっている、見ればその海の深さにも似た瞳の色には明らかに疲労の色が滲んでいた。

 

まあそりゃ、そうよねえ…

 

なにしろ今日は8時間かたも戦術機に乗り通しで飛び通しの末そこからさらに迎賓歓待の連続ときては身も心も安まる間がなかったろうから、

 

「――お久しぶりでございます殿下。お目にかかるのは鉄原の戦勝祝い以来でしょうか」

「…ええ。壮健そうで何よりです、榊少尉。それに他の皆さんも…先の作戦も見事でした」

「恐縮です、小隊の皆のおかげで」

 

言葉を選ぶ必要はあるが。

少しはリラックスさせてやれということだろう、表向きには年の近い旧知の顔見知りで、しかも横浜基地の関係者という立場として。

 

そして珍しくも聡くその空気を察したか、

 

「…殿下、こそ。最後の模擬戦でツェルベルスをのしたって聞き、ました」

「彩峰少尉…たまたまです。00式の性能と何より神代らに助けられました」

「謙遜。です。あの3人はまぐれで勝てる相手じゃない、私ではたぶん…まだ無理。です」

「ではそういうことにしておきましょう…フフ、『まだ』ですか。変わりませんね」

 

それとも単に一番気にかかっていたことなのか。

口調こそちょっと危なっかしい慧とのそんなやり取りはしかし、たしかに「殿下」も好むところでもあったようで。

 

 

和らいだ雰囲気のなか勧められるまま最上位の一人がけソファに就いた「殿下」に続き自然と斯衛組と横浜組で右左の席へと分かれる形になるも。

 

傍付としての任からか直立不動で入口脇を固めた月詠中尉はともかく、ごくさりげない所作でバーカウンターへと向かった斑鳩公がそこに並べられた酒瓶の数々を検分しつつ妙に慣れた手つきで人数分のグラスを取り出すに至れば、柔らかく深い大きなソファに小柄な身を沈みこませすぎてやや苦戦気味だった真壁大尉が仰天して飛び上がった。

 

「か、閣下! そのようなことは自分が」

「良い、構わぬ故座っておれ」

「っ、しかし」

「卿に酒が解るのかや?」

「そ、それは…」

「構わぬさ。寧ろ役得ぞ此れは…」

 

真壁大尉のみならず千鶴にもさっぱり判らないがきっと当然高価な酒ばかりなのだろう、矯めつ眇めつ楽しげにその青の貴人が吟味に要した時間はしかしそう長くはなく。

此れにしようと選び出した緑色の瓶をこれまた慣れた手つきで開封するや、1つだけ他とは形の違う足のついた卵形のグラスにわずかに注いでまずは持ち上げ眺め・香りを確かめ・ようやく含んで転がしほうと一息。

 

それから並べた人数分より1つ多いこちらは口の広い大きめのグラスへと等量注いでいきながらもその色と音に香りまでをも嗅ぎつけ得たのか神宮司少佐殿が小さくも喉を鳴らせばおう猟犬そう鼻を利かすな貴官にはまずこれをやろうぞと、政威軍監閣下はどこから取り出したのか黒と銀との長い缶。

 

あれは――

 

そうあれはたしか帝国軍でも曰くつきの代物、疲弊の極みの兵士は元より苦痛に耐えられぬ時や終わりの見えない戦いの中に明日を見失い不安に駆られてやまない者に配給されるといわれる忘憂の物 ― 誰が呼んだかその名も高い飲 む 福 祉(STR○NG ZER○)

 

「…」

 

目の前の美酒におあずけを喰らって憮然としつつもぽいと放られたその缶をキャッチした少佐殿はこちらもやたらに慣れた手つきでやおら開けるや炭酸が噴き出す間すら許さず一気に呷り。

息もつかせずその一本を飲み干せばさらにかわりもどうだと投げつけられたもう一本をも同じくあっという間に干してのけ、そこで噯気がわりか妙に熱い吐息をひとつ。

 

 

「しょ、少佐殿…?」

 

その勢いに圧倒されつつすぐ隣に座る千鶴は困惑と共にそのまりもへと声をかけるが、

 

「ああス〇ゼ〇の氷〇のストゼ〇にはウォッカ入ってますけどこの〇結の酎ハイ毎日ではないけどかなりのペースで飲むと2本今も例えば月曜とかだと氷結でストゼロ飲んでって感じで飲んでるから人気なるんだと思う楽でいろんな味だし」

「え、えぇ?」

 

まりもは表情こそさほどに変わっていないがわずか目が据わっているようにも見えいや明らかにどこか様子がおかしい、そもそも千鶴にとってはあれは文学の中にしか存在しない酒…酒?だった。

 

ともかく他方で銘酒を注ぎ終えグラスを配って回る崇継からさらにもう一本手渡された同じ缶を躊躇いもなく開けようやく少しペースを落としつつも変わらずグビグビと呷り続けるその狂犬の姿に唖然となる元207B、流石の月詠中尉も瞠目するほか真壁大尉に至っては明らかに怯えている。

 

しかし千鶴からみても ― まりもが多少…多少?飲みたくなる気分もわからないではない、

いくら彼女が日本国内ではそれなり以上に知られた腕利き衛士にして軍人とはいえ――

 

 

なにしろ今から半年ほど前昨年12月頭の朝鮮半島北部の20・鉄原ハイヴ攻略後ほどなくして国連軍から帝国軍へ「出戻り」となるや同攻略戦にて凄絶な散華を遂げられた軍神・巌谷少将閣下の後任として帝国軍開発部隊隊長の重責を担うことになりそこからすぐさまこの欧州派遣兵団へと部隊ごと編入、さらにはその激戦の最中で前線指揮官として文字通りに死と隣り合わせの任務を遂行するなか名誉の戦死を遂げられた連隊長より連隊長代理を拝命、その後さらに出現した超重光線級2体を討伐すべく作戦策定に人員の選出とついでに自らも後詰めあるいは肉迫攻撃失敗時の最後の保険としての狙撃任務担当、とまで至れば ―

 

ついでに当然それらの編入編成の過程においては毎回要員や装備に関する事務手続きが山と襲ってくるのだし、それらのうちいくらかは外征中しかも作戦中だからと後回しにできたとしても、今度は現地での欧州連合軍との種々の折衝が切れ間なく攻め寄せてくる。

同じ軍人同士とはいえ言語の違い以上に組織文化の違いは時として大きな摩擦を生みもするから、意思疎通に生じた齟齬から万が一にも予期せぬ衝突が起きたりしないよう心を砕かなきゃならない。

 

つまるところ信じられない規模と量と質の責任と仕事が神宮司少佐殿にはのしかかり続けているわけで、その意味では、少なくとも内側 ― 帝国軍側の管理運営において少佐殿を万全以上に補佐されている駒木咲子大尉殿の手腕がなければ、さしもの少佐殿といえども途中でパンクしていたかもしれない。

 

 

そうどこか敬意というより哀れみを込めてようやく二十の花の乙女が見やるはやさぐれた所作でロング缶を呷る三十路も手前の独身女、しかしそこへ再びのノックの音が。

 

そして入れ、との公の許しを得てのち開いた扉の向こうには山吹の斯衛服。

 

「篁入ります、遅くなりまし――じ、神宮司少佐殿…」

 

現れた長い黒髪も凜乎たる篁唯依中尉は「殿下」の姿へとぴしりと整った敬礼の一方、すさんだ気配を漂わす少佐殿がすぐ目に入ったのか一瞬でその秀麗な顔を引きつらせたが、

 

「まあ入れ。さて揃ったな、では殿下。献杯の御発声を賜れますかな」

「え。ああ、はい」

 

皆揃って杯を取り。

同じく席を立つ千鶴が手にしたそのロックグラスの、美しい外見にそぐわぬ重さにやや驚く間に、閉ざしたドア近くでは真那と唯依とが互いに斯衛側ソファの下座の位置を「どうぞどうぞ」と譲りあっていた。

 

「では ― 此度の戦勝と散華した英霊と帝國の弥栄に――献杯」

 

静かな唱和と共に。

まだ名前も覚えきれぬ間に次々と北辺の戦陣に散っていった先達ら、その果てに得た勝利よりもむしろ彼らへと献げてからの琥珀の液体。

 

はじめ千鶴は上唇だけ浸してみたが警戒したほどまでの強烈なアルコール感はなく香りも甘く香ばしい。たぶん相当高いお酒なんだろうけど微量嚥下した喉にはやはり相当な熱感で、漏れた呼気にもそれが混じった。

 

 

今回もなんとか生き残れた、負った任も果たせただろう。

その実感が酒精と共に染みていく ― だがまだヒヨコにすぎない自分たちはともかく神宮司少佐や、また斯衛の彼らのような手練れたちはどうなのだろうかと――

 

そう数秒の沈黙、だがその帳を破ったのは政威軍監。

軽くも慇懃に低頭しつつ再度席を勧めるその口の端にはやはりいつもの笑み、

 

「――誠に忝く深謝申し上げます。暫時ごゆるりと御寛ぎを」

「はい、ありがとうございます」

「貴官等も座れ ― 何、斯く呼び立てしは仔細在っての事よ」

「は、はい」

「そう身構えずとも良い榊少尉、英国女王陛下より貴官等にも叙勲をとの話を頂戴してな」

「勲章、ですか…」

 

超重光線級を見事討伐してみせ欧州連合ひいては英国の危機を救った栄誉を称えてのことらしい、しかし千鶴にとってはまだ酒がほとんど残ったままの手の中のグラス以上にやり場に困るし――

 

「名誉なこととは思いますが…少なくとも、私個人としてはそれに価するとはとても」

「謙虚よな。まあ拝受しておくが良い、何も父君の墓前に供えよとは申さぬ」

「…はい。…ところでその…閣下、畏れながらお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「応。なにかな」

「その、中尉殿は…中尉殿のご容態は ― 」

 

むしろこちらの方が、いま知りたい聞きたいことで。

 

 

4日前。

旧ソ連領奥地での討伐作戦においておよそ人間の限界をはるかに超えた機動を繰り出し見事超重光線級を討ち果たしはしたものの、その代償に人事不省に陥るほどの戦傷を負ったあの黒い衛士 ― 中尉殿とはその後帰投したバルト海ファスタオーランド島前線基地までは一緒だったが、そこからは意識不明のまま待機していた輸送機により搬送されていくのを見送るしかなかった。

 

 

そしてその彼と共に先んじてこのイギリス本土へ来ていたのが、

 

「ああ、そうであったな――篁の」

「は」

 

ゆったりとソファに長身を預ける政威軍監、その指名に応えたのは紅の傍役との着座場所の譲りあいの末結局ドアの右と左とに立つことで落ち着いたらしい山吹の開発中隊長兼遊撃隊副長。

 

「案ずるな。今朝方意識も戻った、未だ寝台から起きられる状態では無いが…」

「そうですか…」

 

ほっと一息、まさに安堵の吐息を千鶴は漏らして。

そしてそれは並んで座る小隊の仲間たちも同じだった、「殿下」の様子からしておよそ最悪の事態までにはなっていないだろうと思ってはいても消息のひとつも得られないままでは心の落ち着かせようもなかったのだから。

 

しかし――

 

「そうでした、貴女達には伝えていませんでしたね。すみません」

「い、いえ…」

 

言葉と共に軽く目を伏せ気配だけながらも頭を下げるようにまでなさったその「殿下」 ― 冥夜の所作には紛れもなく謝意が込められていたものの、

 

「畏れながら。殿下、彼女等には勿体のう御座います」

「まあ。手厳しいですね」

 

扉の傍から同じくその瞳を閉ざしたままで、告げた唯依とで揃って纏ったその空気には明らかに ― 余裕というか優越感。

 

な、なによ――身内ぶって!

 

たしかに同じ斯衛なのだから、国連軍所属の自分たちより距離が近くて当然とはいえ。

先の安堵もどこへやら、やおら出現した武家同盟に正直千鶴はカチンと来て。

 

「篁中尉…そういう情報は共有して頂けると」

「済まんな。だが彼奴の安否は情報としてそう安くは無い、況して外地となれば尚更」

「…斯衛の秘密主義も、過ぎれば他組織との連携への悪影響になるのでは」

「そうだな。だが今伝えた。これで問題なかろう」

「そういう態度が…、知る権利があると思います、救護したのはうちの鎧衣ですしっ」

「ッ!?――ゲホゲホッ、ち、千鶴さんっ」

 

路傍の小石を蹴って退かすが如くに言い捨てる唯依とそれに食ってかかる千鶴という構図、漂いだした不穏な空気におっかないなあ我関せずとグラスに口をつけかけていた美琴が急に振られて激しくむせる。

 

いきなり勝手に結成された横浜連合、ボクを巻き込まないでよと少年めいた大きな瞳に涙を浮かべて非難がましい視線を向けるも。

 

そういえば ―

 

なにしろその救護者たる美琴といえば、当然の処置とはいえ彼に何度も口づけての人工呼吸にその後も体温確保にあれやこれやで、直接的な肉体の接触度でいったら他の誰をもぶっちぎっている。

 

す、スゴいこと、したよね…

 

その色んな感触を思い出してかはたまた酒でせき込んだせいかとたん真っ赤になった美琴へと、冥夜がとてもにこやかな笑顔を向けた。

 

「そう、でしたね鎧衣。さん。お礼を、まだ言っていませんでしたね」

「え、ちょっ…怖、怖いです殿下っ」

「あ、あう」

 

昼からの気疲れもすっかり吹き飛んだのかその冥夜の笑みはやたらに優しげな一方でなぜか感情が抜け落ちたかのよう、その謎の迫力にソファから身を浮かしかけた美琴のその隣で余波を食らった壬姫までが引きつり。

 

Uの字ソファの向こうとこちらでいつ戦争が始まってもおかしくない、だが戦況は連合側圧倒的不利 ― そんな空気の中で同盟側にはさらなる援軍、

 

「まあそう責めてやるな榊少尉」

「閣下…」

 

悠然と掌中の美しいグラスを弄びながらやんわりとだが諫めてきたのがこの場の最上位者にして世界3位の軍事大国・日本帝國が事実上の首魁たる斑鳩崇継であれば、いかに怒れる乙女の千鶴といえど後退の一手を採らざるを得ない――が。

 

「篁には貴官等に報せる暇は無かったのよ、何せ近比の日毎は床に伏した彼奴の下へと通い妻の如くで在った故にな」

「な――」

 

軽く杯を傾けながらも光る切子の向こうには、にやりと嗤う口の端が。

ロヴァニエミ司令殿から医師よりの報告を聞いて居るぞと。

 

「日次昼夜分かたず彼奴の傍らに只管付ききりだとか、余りの甲斐甲斐しさに倭撫子斯く在りきとあはれがりたまひきぞ。万邦でも上が上の英国王立防衛医療院が医師に看護婦連でも打ち任せられなんだとは、弥速」

「い、いえ、それは ― 」

「篁中尉…少々職権濫用が過ぎませんか」

「つ、付添なのです。当然の任務です」

 

にわかに思い切り後ろから撃たれて脆くも武家同盟にはひびが入り。

口元は笑みの形のままながらも冥夜が送ったきろりと冷たい視線に唯依が辛うじての虚勢で応じれば、

 

「ほう。任務とな」

「はい閣下。無論に御座います」

「てっきり私心故の振舞だと思っておったわ」

「まさか。誓って軍務を忘れた事など片時もございません」

「殊勝な心掛よな」

 

神妙な面持ちへと変じうんうんと頷く崇継はしかし次の爆弾を放り込む。

 

「許嫁とも成れば心安からぬが尤もであろ、其れを押し殺すは生半ではあるまい」

「いっ――」

「許嫁!?」「篁中尉が!?」

「なのであろ? 何しろ宿 泊 所(フィッシャー・ハウス)の利用申請書に『婚 約 者(フィアンセ)』と記したと」

「はあ!?」「ほ、本当なんですか!?」

「ば、馬鹿者! かッ、閣下、そ、それにつきましては――」

 

色めき立ってソファから立ち上がらんばかりの横浜連合+冥夜の剣幕、ギクリとしてのち真っ赤になりつつ弁明を図る唯依ではあったが。

繊細かつフクザツな心情ゆえの乙女の秘密を暴露しておきながらも続ける崇継は今度は保護者の如き声色を出した。

 

「彼奴の婿入り先が既に決まって居ったとは終ぞ知らなんだ、然しと成れば先に縁談を寄せてきおった諸方へは謝絶の触れを出さねばならんな…月詠、煌武院筋からも数件来ておるゆえ」

「…は。粗方は承り及んでおりますが」

「ま、まことか ― っ、い、いえ真なのですか?」

「…畏れながら。殿下に御進講申し上げる程の儀では御座いませぬし御耳汚しに障るかと」

「そ、そうですか」

 

知らないうちに足下付近に潜んでいた爆弾話に狼狽しかけた冥夜がしかし視線すら送られぬまま躾けるが如くぴしりと差し込まれた真那の上奏に沈黙を余儀なくされる中、それを横目に崇継はまた指折り数えながら有名無名の家門を挙げていく。

 

「水谷川に常磐に…あとは何処であったか、ああ加えて篁の、卿の隊士の家からも計らいを受けて居るのよ。何でもまなごが偶の休暇の帰省の折にも床に入る前には必ず彼奴の写真に夜も更けり侍りぬ大殿籠らせ給へと愛しげに告げて居るとかで、就いては叶わぬ恋とは心得て侍れど我が娘いと不憫にて堪へ難く、何卒公に於かれましては我が娘と彼奴とを一夜なりとも夫婦の契りをお許し下し賜りたいと、其の厳父より涙乍らに訴えられての」

「めおっ ― だだだ誰ですかそれは!」

「其れは云えんの。何れにせよ主立つ大身には辞退を報せに家司を遣る要は有るゆえ我が家よりは介六郎に行かせるとして…篁の。崇宰からは誰ぞ出すのか?」

「たかつ――!? おおおお待ちを閣下、けッ、決してその様なだだだ大それた話ではっ」

「聊爾なる事を申すな。権門累家の獲物を横から掻き浚うのだ、斯く程の道理は守らねばなるまいぞ。其れに納采から三日夜餅に露顕の段取りも有ろう、媒酌人は崇宰で決めるのだろうが彼奴の親代わりは私がせねばならぬ由。先ず栴納殿には帯地料は不要と伝えよ」

「かっ、母様に――い、いえ閣下お赦し下さいあれはその護送時の英軍空挺隊(S A S)の大尉殿が本来家族向け最寄り施設の利用には戦友や上官では無理だしそのこッ恋人でも難しいゆえそうするがよかろうとの助言を下さったゆえの便宜上の方便でして――」

 

常の鉄面皮はどこへやら、滔々と論われる武家婚礼のしきたりに関してのあれやこれやに今度は真っ青になった唯依が弁明を試みるも哀しいかなそれをそのまま信じる者はこの場に居ない。

 

「まさか中尉の意識が戻る前に既成事実を…」「酷いですっ」

「でも勝手に婚約者って…」「重」

「ぐ…!」

 

さらには主に一般庶民で構成されておおよそ旧い習わしの類は実際のところ形骸化して久しくもある立場の横浜組から一斉に突き刺される敵意と侮蔑の冷たい視線にたじろがされての晒し者、これにはさしもの剣姫といえど捌ききれずに撃破と相成る。

 

「――ま、それはそれとして、だ」

 

そうしてさんざんに部下をその純情もろとも弄んでおいて、青の貴人はさらりと空気を入れ換え。

 

「その彼奴にも叙勲が有ってな、…何と言ったかや」

「ヴィクトリア十字章です」

「応、其れよ。何でも女王陛下より直接授与の栄を賜る代物でな」

「は、はあ…」

 

応じた千鶴が困惑気味にやや気の抜けた応答を返したのは、実は取り立てて大したものでもなさそうに言った崇継の声音に対してではなく。

 

彼の下問にさっと答えつつ同じく素早く席を立った神宮司少佐 ― 酩酊した風にはまったく見えない ― が、しかし一方こちらはさっきの献杯の酒にほんの少し口をつけただけで酔っ払ったのか顔を真っ赤にしてゆらゆらと上体を揺らす真壁大尉に寄り添い座り。

 

さらにはそのままその膝へと彼の頭を誘い枕と化さしめ、おまけにぐるぐると目を回した風な真壁大尉をまるでそのまま寝かしつけるが如くに頭を優しく撫ではじめたとまでくれば、龍浪中尉あたりが見ていたら歯ぎしりと共に血涙を流して悔しがったかもしれない――が。

 

千鶴を含むこの場のすべての者はそのまりもの真の標的は清十郎が持っていたほぼ手つかずのままのグラスの中身だとすぐ気づいていたから、表向き猟犬が見せる母性山盛りの仕草よりむしろさも自然にそれを取りあげすぐさま口元へと運びだすその抜け目のなさ手段の選ばなさにむしろ慄かされていた(当然まりもが座っていた席の前にはとっくに空になった杯が残されている)。

 

「…半端に呑ませたは却って悪手であったかや?」

「…あの量で半端と申すなら、ですが」

 

話の腰を折られながらももういっそ呆れを隠さぬ崇継が浅ましい真似をするでないと手元の酒を瓶ごと滑らせてやればまりもはそれをすぐさま受け止めあっという間に干し終えていたグラスに躊躇う素振りも見せずになみなみと注ぐ、その光景についていけないとばかりにわずか目を伏せ首を振る真那もまた横浜の魔女の子飼い衛士の底無しぶりにその認識を改めたらしい――が、ともあれ。

 

「其の彼奴への格別の誉れは格別故に、女王陛下御自ら彼奴の病室に迄臨御賜っての授與となる。其処で、だ」

 

貴官等横浜隊の面々には、其の場への臨席の栄に浴す機会を与えると。

 

「それは…」

「何分場所が場所故、殿下と私に女王陛下以下英国側の列席者が加われば流石に少々手狭には成ろうが暫し堪えてはくれぬかな」

 

 

 

なるほどたしかにいくらあの中尉殿が最重要人物(V I P)として特別な病室に収容されているのだとしても。

 

世界に冠たる大英帝国、その女王陛下が ― いくら若かりし日には身軽に出歩かれることも多かったと仄聞するお人柄といえど ― 公式も公式たる行事に身一つわずかな近侍の者だけ伴っておいでになるとも考えがたく――その意味では今の日本帝国はむしろ異常というか、それでも戦地とその延長という文脈がなければ、武家に斯衛のそれも高位ともなればかくも平民と膝つき合わせて懇談するような立場の方々ではないのが本来。

 

とにかくそうして一人二人で行動すること自体がまずあり得ない立場の方々が一堂に会するとなれば、いくら広いとはいえその場が病室ではすし詰めもいいところになるはずで。

 

 

それに…そうか。報道陣も入る、と…

 

 

自分が酒に強いか否かまでの経験があるわけではない千鶴だが、まだ酔いを自覚するほどではなく。

少し考えを巡らせれば、崇継の意図するところも容易に察し得た。

 

 

「画」が欲しいのだろう、超重光線級討伐の英雄への叙勲のその場に。

英国女王と貴族や軍の高官たちと共に、日本の政威大将軍と、さらには国連軍それも肩の徽章に「UN YOKOHAMA」と刻まれた士官たちまでもが同席しているという図が。

 

 

「…光栄に存じます、が…横浜へ確認を取らせて頂いても?」

「構わぬよ。然し慎重にして機を見れば時に大胆…やはり血は争えぬか」

「…」

「ははそう怒るな、他意は無い故にな。 ― 他の者等も、佳いかな?」

「は、はいっ」「はい閣下」「了解、です」

 

突然向けられた水にしゃちほこばる壬姫に美琴 ― が、隊の仲間でただひとりだけ。

半ば以上もう我関せずとばかりにかなりくつろいでいた様子の黒髪の猫科衛士――彩峰慧の、そのまるで興味がなさそうな態度は逆に貴人の関心を引きもしたらしく。

 

「気疲れする場は好まぬかな、彩峰少尉」

「…それは。はい」

「彩峰っ」

 

ゆっくりとだが飲み進めていた酒のグラスをつ、と下げて。

ぬけぬけと言い放った慧に隣の千鶴が小さく叱責を向けるも。

 

 

「よい榊少尉 ― 貴官、名聞利養には執着せぬか」

「よくわかりません。…でも」

「申してみよ」

「中尉も興味ないと思うし。勲章とか名誉とか」

「――」

 

そのあまりにもあけすけな慧の物言い ― 一瞬で固まった場の空気の源は、無表情のままながらも片眉だけを跳ねあげた月詠中尉が放った剣気ゆえだっただろうか。

 

ば、バカ彩峰…!

 

慧の指摘自体にはほぼ同意しつつも千鶴は内心で頭を抱えた。

イギリス側の情報組織に聞かれているとか、そういうこと以前に。

 

 

中尉殿は帝国の英雄、そして「斯衛」。

 

要するに目の前の方々は、本来その絶対の忠誠の対象たる存在にして。

勲章だのなんだのの、要するにそれら権威や威光の源泉そのものといっていいお立場。

 

つまり慧は、その彼らに対して、「英雄殿はお前らのくれる名誉だか栄誉だかには一銭の価値も感じてないし。ついでに私も」と言い放ったに等しい――が。

 

 

「はは言いよるわ。よろしいですかな殿下、月詠もそう怒るな」

「はい、無論です。…まあ、中尉らしいといえば、そうですし」

「殿下…、公がそう彼奴に甘いゆえ彼奴の増長が収まらぬのでは。彩峰少尉も言葉を選べ」

「下問したのは私なのでな、思い捨てよ彩峰の」

 

 

愉しげに笑った斑鳩閣下にややの苦笑を匂わせる「殿下」、一方ひとり苦言を呈した月詠中尉に対して。

そう気にするなと言われてはいわかりましたと即答するほどまで彩峰もまたアホや天然ではなかったらしく軽い頷きだけに留めれば、

 

「猟犬の牙を抜き去り良犬忠犬為らしめて、然し異星種共の首を獲れぬ様に成っては本末転倒。場に応じて愛想笑いの一つも出来れば良かろ、少尉も其れ位の分別は有ろうし ― 更にも言わず彼奴もな」

「――閣下。寛大なお言葉に拝謝申し上げます」

「おや何故卿が礼を申すのか、早や正妻面かな篁の」

「ど、どうか御容赦を…」

 

ようやくの再起動直後にまた釘を刺されて恐縮しきりの篁中尉をよそに、この場の面子では最も古くから帝国とその軍部上層に関わってきた青の貴人は。

 

「然し彩峰、か。其の天稟と云い…あの堅物から斯様な娘が出てくるか」

「……父を、ご存知で」

「無論よな」

 

つい先程とはまるで矛盾した物言い ― しかしその、少々面白い物を見つけたとばかりにちらと向けられた崇継の視線に慧が気配を明らかに硬化させたその理由を、正しく理解し得た者は横浜組の中には居らず。

 

「魔女殿に捨てられたら何時でも北の丸の門を叩くが良い――今少し精進すれば彼奴の隣も目指せよう」

 

貴官の席は空けておくぞよ、と。

言い置き今なお広間にて今宵の主賓を待つ列座の英国貴顕たちを先んじて執り成すべく ― いや実際にはこの方をこそ待っているのだろうが ― 、独り席を立つ事実上の日本帝国最高権力者の背を女達は見送った――

 

 

 

もしかしたらこの人が、一番高いハードルなんじゃないかと思いつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 翌日。

ドーバーコンプレックス(基 地 群)・「ヘレントーレ(地 獄 門)」。

 

 

実に8ヶ月ぶりの帰投となる。

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス所属の快活なる金髪少尉 イルフリーデ・フォイルナーは敬愛する大隊長以下共に命を預け合う戦友らと共に、昨日の御剣冥夜とはまた違った思いで日中の陽光の下にたゆたう海峡の波間から久しぶりのホワイトクリフ(ドーバーの白い崖)を見た。

 

 

かつて我が祖らに大陸から叩き出されて命からがらこの島へと逃げ帰ったイギリス兵らは、大きな失意としかし同じくらいの安堵を抱いてこのアルビオン(白き巨人)の腕へと戻ったらしい ― それに倣うわけではないが、いまその彼らと同じく白亜に連なる断崖を目にしたイルフリーデの胸中には――安堵と勝利感がほぼ等量、しかしてその和に等しいだけの寂寥感ともいうべき感情がない交ぜになっていた。

 

今やこのイギリスはハイマートにとって最たる友邦のひとつでありまたイルフリーデにとっても物心ついて以来の居住国という、少なからず複雑な関係性――それが今の欧州連合のありようにして、多くの問題の出発点でもある。

 

 

そしてつい一昨日くらいまでの状況ならば、まだ到底帰投かなわぬと思っていたところ。

思いもかけぬ「支援」によって戻ってこられることになったのは、素直に喜ぶべきところ――なのだろうか。

 

 

ともかく ― 200日以上ぶりの基地とはいえ。

訓練から実戦任務での度重なる使用を経てもうとっくに骨身にまで染みついているのが出撃と帰投のシーケンス、滑走路へのアプローチからハンガー及び格納庫への移動それらすべてを淀みなく終え、降機したイルフリーデはまずシャワーへと向かった。

 

ファ島出立以来身体を拭くのが精々で入浴についてはその機会すらも与えられなかった、衛士は専用の戦闘糧食とそれに含まれる薬品によって排便と代謝とが抑制されてはいるし何より共に在る戦友たちも当然皆衛士になるから周囲の目というか鼻を気にする必要はそこまでないが、それでもむしろなにより自分自身が気になるわけで ― 長時間のフェリー飛行の疲労感となにより気分を入れ替えるという意味でも、一度たっぷりと温かいシャワーを浴びたくもあって。

 

まだ十分残っていたはずの私物のシャンプーを部屋から持ってくるのを忘れはしたがドーバーの基地施設は使い込まれてはいても長年放置されていたものを急遽無理くり再稼働にまでこぎつけたファ島基地のそれらよりははるかにマシで、ありきたりで泡立ちもイマイチな官給品のソープ類でもそれなり以上のリフレッシュにはなった。

 

そして同じくらいの所要時間でシャワーを終えて、手際よく髪を乾かす同僚二人 ―

 

「…始めるか」

「ブリーフィングまで2時間、手分けして済ませましょう」

「そうね」

 

凛然たる女騎士ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーと深窓のおっとり令嬢(但し腹黒)風のルナテレジア・ヴィッツレーベンと共に。

揃ってきっちりと着込む黒色基調の西ドイツ軍服、イルフリーデはその金の髪を結いあげながら衛士向け宿舎エリアへと向かった。

 

そしてその先で手をかけたドアは自室のものではなく、開いたその先の空間もまた同じ ― そこはもう帰ることのない主を待ち続ける、戦死した同僚たちの部屋。

 

 

当初の想定以上に長期に及んだ今回の任務、その中で欧州最強と名高いツェルベルスをして払った犠牲は必ずしも小さくはなく。

 

2年前の旧フランスは12リヨンハイヴ攻略成功以降、多くの戦場は、変わらず困難ではあってもどこかしら統制の利いた展開が続いていて。

ゆえにそれらはおそらく ― 促成とはいえ訓練過程で優れた成績と資質とを示したがために最新鋭の第3世代型機・欧州連合が誇る白騎士EF-2000への搭乗を許されさらには最精鋭たるこのツェルベルスへと配属された彼らにとっては、あるいはどこか余裕すら覚えながら乗り越えられる障害にすぎなかったかもしれない――が。

 

先月実施された北欧は旧フィンランド・08ロヴァニエミハイヴ攻略その前哨戦、地上に散らばる数多の重光線級を掃討すべく展開された大規模なレーザーヤークト(光 線 級 吶 喊) ― その時点で対BETA戦史上最大であった至難極まるその任務において、隊の半数を占めていた新人たちは――突然一切の容赦なく襲い来た、鉄と血と火の試練を突破することができなかった。

 

 

おそらくは無念さを抱く暇さえなく。

照射されたレーザーの灼熱に消えていった新人たち。

 

しかし以後も大隊は任務続きで根拠地たるドーバーまで戻れぬまま、だがそうして先延ばしにされていた責務をいま果たさねばならない。

 

 

今ごろ敬愛する大隊長ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐とその副官ジークリンデ・ファーレンホルスト中尉は、執務室の机に向かい Mit tiefem Schmerz から始まる遺族宛のコンドレンツシュランツ(お 悔 や み 状)を認めるべく筆を執っているはずで。

 

ならば生き残った大隊員がすべきことといえば ― 散っていった歳若きというにも若すぎた彼や彼女たちが出撃直前まで用いていた品々を、集め整理して遺族の元へ送り届けてあげること。

 

 

入るわね、と心の中でだけ声をかけて。

イルフリーデが開けたドアの向こう、長く無人のままだった部屋の空気は停止していた。

 

ほとんど規則通りすなわち訓練生の宿舎とほぼ変わりないほどに整えられた室内 ― ツェルベルスは任務外での風紀にうるさくはない、よって抜き打ちの査閲点検などもほぼないが、だからとそれに馴染んで個室に個性を出せるほどまで彼らの軍歴は長いものにはならなかったからだろう。

 

照明をつけ、さっと室内を見渡しクローゼットを開きデスクも調べる。

数着かぎりの私服の類、自らの手で無駄になったと笑って破り捨てられればよかった家族宛の遺書、そして大小二つのフォトラーメン(写 真 立 て) ― 大きい方には戦死したこの部屋の主を中心に据えた家族写真が入っていてひとりだけ軍服姿なところからして任官から配属直後に撮ったものだろう、そして小さい方には――中身が入っていなかった。

 

たぶん恋人か想い人の写真でも入っていたのか、こちらは肌身離さず身につけて戦地へ持っていったのだろう。

 

それらをまとめて粗略にはならないようしかしどこか機械的な手つきでイルフリーデは用意してきた箱に詰めていく。

 

慣れていくのね…自分でもわかる。

 

淀みなく両の手を動かしながら。

リヨン攻略後に戦死した戦友たちの部屋を片付けたときには、次々に溢れ出す感情の方が大きすぎて一向に作業が進まなかったというのに ― もちろん入隊以来ずっとお世話になってきた先達たちのものだったということも大きかっただろうけど、散っていった新人たちにしたって中には明らかな敬意や敬慕を向けてくれた者たちもいた――かつての自分たちと、まるで同じに。

 

 

だからいつか――自分たちも。

 

こうして送られる立場になるのだろう。

 

 

やや飛躍する思考の傍ら、ものの15分ほどで。

手際よく戦友の遺物をまとめ終えた今や歴戦の強者と称してまるで差し支えないテヒター・フォン・メークズラジール(メ グ ス ラ シ ル の 娘 達)の一人にしてドラッヘ・ヘルツ(竜 の 心 臓) イルフリーデ・フォイルナーはその空間を辞した。

 

「おやすみなさい…いずれ、ヴァルハラで」

 

去り際に消す部屋の照明、そしてもう前だけを見て歩き出す青い瞳と揺れる金色の髪――空になった写真立てに入っていた、その輝きのままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またしてもご無沙汰しておりました

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