Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 04

 

2001年 10月 ―

 

ユーラシア。旧フランス、ボールペール付近。

 

更夜。

BETA支配域となって以降、人工の灯りなど消え果てていたこの地域。

今、それが一時的かもしれぬにせよ再び灯っていた。

 

地球上12番目のハイヴ ― 甲12号リヨンハイヴにほど近く、約50kmを隔てたこの地に日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団+オマケの駐屯地はあった。

それはBETAによって均された荒野の中に仮設の格納庫と複数の大型天幕によって構成され。人間の可視光とはまるで無関係なBETAの習性ゆえに、必要なだけの光源・照明が準備されていた。

 

そしてその一角。

なかなかの達筆で入口に「璃四之湯」と掲げられた大型天幕は、野外入浴装備一式弐型。

内部はやや薄ぼんやりとした照明、湯気に満たされた空間。

湯船は詰めれば30人ほども入れる大きさ。

軍務上は男女の別なく過ごすとはいえ、現在は、女子の時間である。

 

そこで第1大隊付属臨時予備分隊 千堂柚香少尉は、ひそかに楽しみにしていた湯浴みの時間を迎えていた。

 

欧州を転戦しているときはシャワー程度は使えたが、そもそも湯船につかる習慣のない欧州では、日本の入浴習慣とはかなり違っていて。まして清潔な水の確保が容易でないBETA大戦大陸戦線において、こんな機会はそうそうない。

 

「…」

 

しかして今は、柚香は共に湯につかる同大隊斯衛遊撃中隊の武家女子たちと一緒に、微妙な気分を共有している。

 

やれ、どこぞの大尉は愛撫が巧かっただの。

やれ、誰それの……は、大きいが早かっただの。

せっかく近くにいるんだから、外国のオトコはどうなんだとか。

 

洗い場から聞こえてくるそんな赤裸々な話は、現在洗体中の軌道降下兵団第1大隊第3中隊の女性衛士陣。姦しいことこの上ない。

 

 

ハイヴ突入戦の開始からすでに5日。

合成食品の成分により過剰な代謝や排便の量が抑えられているとはいえ、2交替12時間シフトの合間に身体を拭くのが精々の衛士。交代の際もハイヴ内を警戒しながら退き、帰投後も整備班への乗機引き渡しと報告書の作成などを済ませるとあとは糧食をかきこんで寝るくらいが関の山。

 

ゆえに湯船に入る前に髪と身体を洗うのは当然の常識で、先んじて入浴に臨んだ柚香と斯衛中隊はすでにそれを終えている。

 

柚香の隣、斯衛中隊長の雨宮中尉は変わらずの冷静さだが、その向こうの斯衛中隊の05などは半分程度まで顔を湯船に沈めてぷくぷくと泡を立てている。

その顔が赤く見えるのは、薄暗い照明のせいか湯のせいか。

 

 

衛士には、若年者が多い。

それだけ死傷率が高いということで、とりわけ斯衛軍は元々の絶対数が少ないことに加えて光州作戦から日本本土防衛戦・京都防衛戦に至る戦役の損耗著しく。生き残っていた熟練者の多くも明星作戦と先の甲21号にて九段へと赴き、英霊に列せられているという。

 

そのためばかりでないにせよ開発衛士隊が前身となる斯衛遊撃中隊は、柚香と同い年程度の二十歳近辺の子女ばかり。そして皆また、才あるとはいえ例外なく斯衛軍付属の女子衛士訓練校で…要するに、家格の上下に関係なく世間ずれしていない初心な者が多い…らしい。

 

 

「…」

 

無言の雨宮中尉、しかしわずかに嘆息したかような。

やれやれ破廉恥な、とでも思っていそう。

 

でもそれを口に出したりはしないところが、中尉らしいと思う。

 

共に轡を並べる者同士、同じ釜の飯を喰う者同士。

何より我々は軒先を借りている身だと、矜持を保った堅い口調ながらいつも帝国軍との協調を重視している。

 

でも…

 

「…先日は、恥ずかしいところを見られたな」

「え。あ、ああいえ…」

 

突然ぽつり、と小さな声で告げられて。

 

 

新種の巨大BETA ― 母艦級と名がついたらしい ― との戦闘、その残務処理が一段落した夜。明くる朝にはハイヴ突入を控え。

 

駐屯地の立ち並ぶ天幕の間、その暗がりで。

雨宮中尉と、あの黒の中尉がいるのを見かけた。

 

戦死2名。負傷後送2名。先の戦闘で斯衛中隊はその1/3を失った。

もっと自分がうまくやれれば、もっと自分に力があればと雨宮中尉は部下を喪ったことを悔いていて…きっと、心の中では泣いていたのだろう。

 

黒の中尉は黙って聞くだけで。

最後に雨宮中尉の肩に手を置くと、雨宮中尉はそっとその手を両手で覆った――

 

 

湯船につかる雨宮中尉は、簡単に髪を結い上げ手拭いでまとめている。

うなじにかかる後れ毛と湯の水滴とが重なり合って、白い肌を流れる。

少し硬質な中尉の雰囲気とはまるで逆の、妙な艶めかしさ。

 

「元々私は、2番手なのだ。開発衛士隊の頃から隊長は別の方で、私はその補佐役としての能力を買われた…のだと思っている。ゆえに今も、あくまで代理のつもりだ」

「そうなんですか。でも、失礼ですが十分ご立派におつとめかと」

「そう言ってくれるか。だが事実として、衛士としての力も本来の隊長には到底及ばなくてな。彼の脇を守ることすら覚束無いとは…情けない話だ」

 

自嘲すらも淡々と。

 

「その意味では驚いたぞ、貴様のところの龍浪少尉。いい腕だな」

「はあ、ですがあまりおだてないでいただけると」

 

こちらの方が、生きた心地がしなかった。

 

戦術機操縦は、腕はいい方だろうと思ってはいたけれど。

あんなムチャクチャをして。

 

「私が言うのも烏滸がましいが、彼はいい衛士になるだろう。…貴様もな」

「は…」

「そのためにも生き残れ。日本には優れた衛士がいくらでも必要だ」

「は、でもそれは中尉も」

「ああ、当然だ。借り物の隊長の座を返すまでは死ねん」

「また美味しいものも、食べたいですしね」

 

ふふ、違いないと。

小さく笑う中尉と自分たち部隊の皆には、先日ハイヴ突入の前に特別食が配給された。

 

米国産の、本物の牛肉。

 

それに世界に冠たる日本帝国陸軍需品科の当番兵たちが腕を振るって、さらに本国からの指示で改善を図られた糧食が並んだ。

欧州の…とりわけ英国のお世辞にも美味しいとはいえない合成食品すらも味わってしまった舌には強烈すぎる一撃で、荒くれ者の降下兵団はもとより慎みを旨とする斯衛の面々も楚々とした挙措の中にも抑えられない食欲が透けて見えたほど。

 

「糧食の改善が成ったことも大きいが…やはり、天然物は違ったな」

「お武家様でも、そうなんですか?」

「ああ、私の家は譜代などと言ってもな、古くて名前があるだけで…数代前から倹約倹約が家訓な程だからな。先の大東亜戦争の後も米国からの配給品が口惜しくも美味かったと、亡くなった祖母がよく話していた」

 

天然物などそうそうお目にかかれんよ、と。

柚香としては、雨宮中尉にそうなんですかと返しつつ、複雑な思い。

合成食品とは大分異なる、食後の体臭やお通じの問題とはまた別に。

 

 

千堂家 ― 柚香の父は、河崎重工の重役だ。正確には専務。

だから生活はかなり裕福で本物の肉や魚などを口にすることもあったし、それは他一般の家庭と比べるときっと多かったのだろう。しかし母や兄弟はそんな暮らしを当然だと思っていたし、自分も幼い頃はそうだった。

しかし父の主たる仕事は技術畑より対外折衝などのようで…世間からは甘い汁を吸う政商と陰口を利かれていることを、長じるごとに知るようになった。それが事実の一側面を捉えていることも。

 

徴兵免除も、望めば得られたろう。

実際兄弟は二人ともそうしたし、母もそれを望んでいた。

 

自分は反発した。

 

 

そこへ、大声で笑い合いながら身体を洗い終わった衛士たちが湯船へやって来た。

 

「…と、これは、中尉どの」

「いい、少尉。こういう場だ、楽でいい」

「あは、そりゃどうも」

 

二十代半ばくらい。

少し蓮っ葉で、まさに猛者揃いの軌道降下兵団ずれ。

わりにしっかり中尉の顔を覚えている当り、如才のなさも。

彼女は濡れた手拭いを肩にかけ、足を開いて湯船の縁に腰掛ける。

 

だが少しくらいは、慎みを持ってもらってもいいんじゃないか。と思う。

 

そのやや長身の女性衛士の張り出した胸は大きく、その頂点はかなり濃く色付いて。くびれた腰から連なるお尻にも量感があり、開いた脚の奥には整えられたと思しき茂みまでが見えた。

 

浅葱少尉も、きっとこんな衛士になったんだろうか。

 

 

光線級に灼かれた彼女は、しかし管制ユニットの中で原型を留めていた…といっても、見た目で個人の判別がつく状態ではなかった。

 

溶融した操縦装置に囲まれる黒焦げの、人間だったらしき物体。

吐き気を催す悪臭の中、それでも龍浪少尉は、彼女だったその物体から認識票を取り上げ。

それを握り締めると、遺体を担ぎ出して死体袋へと入れた。

 

涙は、見せなかった。

 

 

自分は、彼のことが好きだ。柚香は自覚している。

 

そして彼は、浅葱少尉とはそういう関係があったことも。

 

欧州交流事業での休暇中など、浅葱少尉は同室の柚香にはなにも言わず前晩からふらっといなくなったり、同期3人で食事に出たりしても、どちらの場合も彼女が明朝のベッドにいないことはよくあった。朝は大して強くないのに。

そういう時は決まって、翌日は妙に浅葱少尉と彼との距離感が普段よりさらに近かったりしていて、正直な話、幾度人知れず嫉妬に胸をかきむしったか知れない。

 

いなくなって欲しいと思ったことは、何度もある。

 

でもだからといって、死ねばいいなんて思ったことはなかったから。

 

それに彼が悲しんでいるのは、自分にも辛い。

 

 

「どうです、中層の先は」

「とにかく数は多いな。欧州軍司令部の腹積もりは私などでは判らんが、予定よりは遅れているだろう。損害が少ないとはいえ、浅層も気を抜いてくれるなよ」

「了解ですって。んで正直な処、欧州軍の連中ってどんなもんです?」

「技量という意味でか? 一般の部隊は、貴様らの方が練度はずっと上だろう」

 

おぉ~、と、縁に腰掛け話の中心になっている女性少尉の周囲の面々も会話に入ってくる。

 

「だが精鋭…私が実際に見聞したのはかの44大隊のみだが…口惜しいが、同数でも我が中隊では話にならんだろうな」

「ええ…そうなんですか」

「相手は西独最高だ、我らは日本有数ですらないのでな」

「あの中尉さんを入れてもですかね?」

「そう変わらんだろう。彼を活かし切る技量が我らにない」

 

淡々と事実を告げるような誇り高き武家とも思えない言葉に、逆に聞いている方が毒気を抜かれた風になる。

そうなんですかねの追従を兼ねたような問いにも、見ていたらわかるだろう?とのあっさりとした答え。

 

「中尉、中尉」

「なんだ」

「あの中尉さんには、いい人っているんですか」

「なに、あんた気になるの?」

「えー、ちょっといいかなって。英雄さんだよ、いっしょの部隊なんてないよ?」

 

横から話に入ってきた、少し小柄で悪戯げな表情の。

無言の雨宮中尉の向こうの05が、ちらちらと視線だけ動かしたのに柚香は気づいていた。

 

「でもだいぶ暗そ…、し、失礼しました」

「構わん。恋人や婚約者がいるという話は、聞いたことがないな」

 

おぉ~、と。周囲が湧く。

05はなぜか少し得意げに目を閉じた。

 

「そもそも彼は一般の出だ。斯衛とはいえ、交際や婚礼に際して武家のしきたりなどとはあまり関係がない」

「中尉どのご自身としちゃ、どうなんです?」

「私は不調法者でな。そういう話には乗らないことにしている」

 

えぇー、と不満げな声にも雨宮中尉は取りあわず目を閉じたまま。

しかし05は疑わしげな視線を自分たちの隊長へと向けていた。

柚香もまた、あの夜のことを思い出して。

 

「お武家さまがたもお堅いのはいいんですけどね、たまには積極的に迫るのも必要っすよ」

「そうそう、そういえば第3大隊の人気の二枚目、落としたコが言ってたんだけど!」

 

やれ野戦外装の下になにも着ないで迫っただの。

やれ上着に下着一枚で枕を抱えて忍んでいったら結ばれただの。

 

再開された女子的会話に適当に相づちを打ってから、柚香はのぼせる前に風呂を上がり。

 

 

その夜、とある男性斯衛の天幕の前に、枕を持った女子斯衛が何人現れたかは不明である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 同月 ―

 

アメリカ。アラスカ、ユーコン国連軍基地。

 

日米合同新型戦術機開発計画・通称XFJ計画の日本側開発主任・篁唯依中尉がそれを見つけたのは、近づいてきた日本への帰国へ向けての雑務を片付け、普段よりさらに遅く宿舎へ戻った時だった。

 

宿舎内、自室の扉前に。

 

見慣れた ― だが、もう手元にあるはずがないはずの、紺地の正絹に金糸で少しの刺繍を施された長い包み。

 

「!?」

 

驚愕に疲れと眠気が吹き飛び。

慌てて駆け寄り取り上げると、自分宛の封筒が添えてある。

 

 

すまない

これは返す

本当にすまない

 

 

一筆箋と、除隊申請 ―

 

あ、の――!

 

「大馬鹿者め!!!」

 

本気で唯依は、激怒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

人はそれぞれに、色々なことを言う。

 

自分に利益を誘導するため。

あるいは、自分でない誰かのために。

 

俺は、騙されたくない。

 

だが俺は、俺が自分で思っていたよりもずっとバカだということも知った。あらゆる意味で。

 

だから俺は、自分が信じたことを、やるしかないと割り切った。

 

たとえそれが、誰かに迷惑をかけることになっても―

 

 

DIAのエージェントと別れ。

宿舎に戻って準備を整えた。

 

タカムラ中尉から預かったカタナも返しておいた。懐中時計も。俺にはどちらも、資格がない。

 

ドレッシングルームで強化装備を。銃。

エイドキットや戦闘糧食を詰め込んだバッグ。

そして格納庫へ向かう。

 

そこには―

 

「よう、どしたこんな夜に」

 

ヴィンセントがいた。

 

アルゴス小隊ハンガー内、管制ユニット搭乗用キャットウォークの上。

照明も、ついたままだった。

 

長い付き合いの相棒。

俺は、こいつの信頼や協力も裏切る。

 

「いや…」

「……行くのか?」

「! …ああ」

 

詳細を、知っているはずがない。

だが俺がここ最近開発任務の傍らクリスカのことを気にかけていて、彼女の方がなにやらトラブっていることくらいはこいつなら気づいているだろう。

 

「そうか…」

「…まさか、待ってたのか?」

「おーう、戦術機バカのお前さんのことだ、なんかやらかすならここからだと思ってなァ」

 

一昨日から泊まり込みだ、と、その明るさが、つくりものなことくらいは俺にも分かっていた。

だが俺は、もう決めた。

 

「……本気、なんだな」

「ああ」

「そうか……タンクか、武装か?」

「タンクだな。武装はいらないくらいだ」

「OK、でも丸腰ってのもなぁ」

 

頭をかきながらヴィンセントが格納庫管制の端末を操作する。

背部担架換装のドロップタンクはすでに燃料が満たしてあったのか、すぐさま装着シーケンスに入る。

俺は管制ユニットを操作して開き、バッグを投げ入れ固定してからヴィンセントへ向き直った。

 

「すまねえな」

「…気にすんな」

 

ドロップタンクの装着が終わる。

ふたりしかいない格納庫に大きな金属音が響く。

さらに左右主腕に突撃砲と長刀。

 

黙って見ている俺に、ヴィンセントが近づいて。

正面から、肩を掴まれ。

 

 

数瞬、黙って視線を交わした。

 

 

「あばよ、大バカ野郎の相棒。お前さんといると最高だったぜ。…達者でな」

「ああ、じゃあな、大間抜けのお人好し野郎。…お前こそな」

 

ヴィンセントの青い目が、わずか緩む。

 

日系で、しかも自分から孤立を呼び込む俺を、ずっと支えてくれたお人好し野郎。

その大きすぎる恩を返すことは、結局できないまま。

 

 

最期の別れだ。

 

もう会うことはない。

 

 

管制ユニットに乗り込み、弐型を起動。

すまねえな、お前にはつきあわせちまう。

 

あえてクレーンを破壊し、鳴り響く警報。

管制ユニットから目を配ると、退避したヴィンセントはずっとこちらを見ていた。

手も振らず、目もそらさず。

 

「幸せにやれ、ロシア美女によろしくな」

「ああ。俺には脅されたって言っとけよ」

 

集音器が拾った言葉に外部音声で返すと。

言われなくてもそうするぜ、といつものように朗らかに笑う、親友。

 

「ユウヤ・ブリッジス、94 sec.出るぞ!」

「グッドラック!」

 

あばよ、生涯最高の相棒。

そのサムズアップに見送られて、俺はアラスカの夜空へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

XFJ計画の首席開発衛士 ユウヤ・ブリッジス少尉がその試験1番機・XFJ-01a Type-94 sec.不知火弐型 を盗み出し、ユーコン基地内ソ連軍施設から同軍クリスカ・ビャーチェノワ少尉を拉致して脱走。

 

脱走機はレーダー網を高速匍匐飛行により掻い潜ったとみられ、また今夏のテロ事件の影響から北米司令部の衛星情報の遮断が継続されていた為、事実上失探。

 

皮肉にも同計画の開発衛士の技量の高さと、増槽装備とはいえ燃料効率が低下する極低空飛行の連続で逃走に成功したType-94 sec.の燃費性能の優秀さを実証する事態となった。

 

同計画試験小隊並びに要員は即座に基地憲兵隊に拘束され、引き渡しを要求する米ソ両軍に対しプロミネンス計画総責任者ハルトウィック大佐は国連の独立性を盾に峻拒。また同計画日本側研究開発主任篁唯依中尉は、容疑者は米軍派遣の衛士であり彼が帝国の資産である試験機を盗み出したこと、ソ連軍衛士に抵抗の痕跡が無く共謀の可能性が否定出来ないとして真っ向から抵抗した。

 

これを受け米ソ両軍は各機関の綱引きもあり、表面上は国連軍に対処を一任。

その一方でブリッジス少尉を基督教恭順派及び難民解放戦線との関与が疑われるテロリストとして認定、自国内で発見した場合においては自衛権の範疇にて撃墜をも可能なものとする判断を下した。

 

そしてハルトウィック大佐により拘束を解かれ、脱走兵追討の任に当たったXFJ計画アルゴス試験小隊がソ連領内でブリッジス機を発見するも、同機追撃に当たるソ連軍試験部隊イーダル小隊と「相互連絡の欠如から」交戦状態に突入。

 

同時刻、同空域にてソ連軍イーダル小隊特務機がブリッジス機と交戦するも、撃墜され―

 

 

逃亡犯 ― ユウヤ・ブリッジスは、その消息を絶った。

 

 

 

 

 

「あの、大馬鹿者め…!」

 

山吹の零式強化装備。

もう何度目かも判然としないその悪態を、唯依は愛機00式Fの管制ユニット内で呟いた。

 

外は猛吹雪。視界は悪い。

 

主機出力全開。

左右主腕には87式突撃砲、74式近接戦闘長刀。

背部には兵装担架に換わって推進剤増槽。

しばらく動かしていなかった00式の調整に手間取ったのが痛い。

 

 

何があったか、詳細には判らない。

 

だがおそらく ― 基督教恭順派やら難民解放戦線やらが背後にある、といった。

 

「難しい」話では、ない。

 

ローウェル軍曹やアルゴス小隊の面々は先んじて種々感づいていたようで。

 

 

ビャーチェノワ少尉に、関することだろう。

 

彼女の様子が ― そもそも以前から ― 色々とおかしいことには気づいていた。

 

軍務以外の事物での年齢にそぐわない言動や、常識の欠如。

 

自分のように、武家のある種の箱入りとはまた違って。

 

まともな育ちではないことは、すぐに判った。

 

 

要するに、駆け落ちである。

 

 

「あの、大馬鹿者め…!」

 

再度。

 

立場のある人間のやることではない。

 

甘い考え、甘い行動、甘い責任感。米軍は、あんな衛士を許容できるとは。

アルゴス小隊の連中といいローウェル軍曹といい、情ゆえの判断なのだろうが線引きを間違えすぎている。小隊員は実戦経験豊富な連中のはずだったが、余りに緩い米国の雰囲気に呑まれたか。それとも外国の軍隊は元々みんなこうなのか。

 

奴が身勝手な都合で持ち出したのは、帝国臣民の血税で購われた戦術機。しかも高価な試験機だ。94式弐型1機を建造するのに、幾らかかるか自覚しているのか。

軍用機を自己都合で好きに使い回すなど、法的にも倫理的にも許容される事ではない。

 

父様といい…篁の男は乳の大きい外人女に弱いのか?

 

愚にもつかない思考が混じる。

 

そして何より。見誤った、という自戒が強い。

 

血縁という贔屓目。

そしてその燦然と輝く衛士としての才能に目が眩んだか。

監督不行き届き以外の何者でもない。

 

94式弐型の次期主力機選定はほぼ確実だった情勢に、とんでもない落ち度。

 

プロミネンス計画総責任者で、戦術機によるハイヴ攻略の実績を高く評価して下さるハルトウィック大佐の御裁可で米ソ並びに憲兵からは解放されたものの、アルゴス小隊の解散は確実。ドーゥル中尉の責任問題も不可避。

自分のことなどどうでも良いが、自分を選ばれこれまで散々に骨折りを頂いた巌谷中佐殿には申し開きの仕様がない。

 

斯く成る上は――

 

まずは手心を加えたに違いないアルゴス小隊の報告地点へ。

 

そして個体識別により追跡も可能だった緋焔白霊は置いていかれてしまったが、94式弐型に搭載されたままの新型装置 ― 斯衛開発部発 ― には、機密漏洩対策用の発信機が組み込まれている。

ブリッジスの詰めの甘さに救われた格好だが――

 

絶対に許さん…!

 

斬る。その上で腹を切る。

 

もうすぐだ。待っていろ。

 

 

激情に駆られ、しかし冷えていく思考の唯依機の上空。

その漆黒の電波吸収塗料に包まれた、戦術機輸送機から。

 

 

「――! なんだ!? 空挺!? どうなってる!?」

 

落下傘降下の戦術機。中隊規模。6機か?

最大望遠で追いかけるが、吹雪の影響もあるのか判然としない機影。

 

ちッ―!

 

すでに最大戦速。戦術機としては十分に過ぎる速度だが、それでももどかしい。

 

見る間に降下し来る不明部隊、こんな状況だ。

しかも隠密作戦。間違いなく目標は同一。

 

「―何者だ」

 

信号の発信源はまだ数km先。

しかして降下部隊から4機の戦術機がこちらへ。

滑らかな機動で半包囲に…手練れだ。

 

見たことがない機体。装甲色は闇色。

 

「応えろ。こちらは日本帝国斯衛軍篁唯依中尉である。現在逃亡犯追討の任務中につき、道を空けてもらいたい」

「…」

 

応答なし。英語で二度尋ねた。

 

「ならば、是非もないな」

 

唯依機は増槽を落とした。

 

雪が、止み始める。

 

 

 

 

 

 

 

面倒な…!

 

黒い不明機 ― 外装に偽装を施した94式 ― の管制ユニットにて、国連軍特務部隊A-01隊長 伊隅みちるは唇を噛んでいた。

 

山吹色の00式。斯衛軍。

作戦にかかる関係者資料にあった、XFJ計画主任の斯衛衛士だ。

 

 

遅きに失しながらも、結果タイミングとしては最上のはずだった。

 

最初ボスの命令が出たとき古参連中は肩をすくめたり天を仰いだりで済ませたが、先日の例の新装置の実戦テストを兼ねた鉄原の間引きから生き残れた新任共は、顔を真っ青にしていた。

 

隊の愛機たる青色塗装の94式に偽装を施し。簡易とはいえステルス技術を投入。

実は米軍のステルス機に関しても電子機器の一部は日本製なんだとか。

 

その上で目標「白雪姫」の入手のため、最悪国連軍ユーコン基地遠隔地の演習場にて演習中のソ連軍機を強行拿捕せねばならないという。

 

どう考えても裏仕事に汚れ仕事。

死して屍拾う者なし。

 

こんなことするために国連軍に入ったんじゃないと叫んで逃げたくなるがそれをすれば冗談抜きですぐに自分は行方不明になり、近々姉妹に死亡通知書が届くだろう。

 

しかし「怪人のおじさま」の情報により米国DIAの手引きの成果を横からかすめ取るだけで済みそうとなって、少し楽観的になった。最悪から最低になったくらい。

 

米国ソ連国連が三竦み的に牽制し合い潰し合い、その網をすり抜けるようにした「白雪姫」。その居場所は、仕立てた後席に乗せた「全滅しても必ず生かして帰せ。傷一つつけるな」とボスに厳命された特別ゲストの「妖精」さんには何故かわかるそうで、残る「ご説得」も「妖精」さんに一任というから。

 

 

そうそう都合良くは進まないとはいえ…

 

「ならば、是非もないな」

 

日本語。低く響いた。

 

4対1、数的には圧倒有利。

しかし臆する風もなく、山吹の00式は増槽を落とした。

 

「隊長、向こうさんはやる気みたいよ」

 

今にも飛びかかりそうなのは、前衛隊長速瀬水月機。

突撃砲に追加装甲、兵装担架は長刀が2本。

例の新装置の配備と習熟以来、間引きだけじゃ物足りなくてやりたくてやりたくて仕方がないと日々うずうずして過ごしていたのをみちるは知っている。

 

死人を出すと面倒なことになる。

しかも向こうはバックボーンも色々おありのお方だ。

相手が00式だろうがなんだろうが、新装置での機動に習熟してきた自分たちにはそう問題にはならないだろう。

 

「…仕方ない、殺すんじゃないぞ」

「了、解っ!」

 

嬉々として水月機がつっかけた。

 

 

そして、唖然とする羽目になった。

 

 

水月機が突撃砲の斉射、当然これは牽制。

左へわずかに動いて避けた00式へ、水月機は砲を放り捨てて背部長刀を火薬式ロック解除の勢いも乗せて上段から渾身の一刀。

 

受けられ――いや、打ち落とされ。

 

「――ッ!?」

 

確かに機体性能は00式が勝る。しかし加速度をつけての打ち込みを、片手で。

水月機の体勢が崩れた瞬間、切り返しの刃。

 

怒濤の勢いで襲う。

 

「くッ―っ、く、このッ、ッ、ッ、うわ、わッ、うわッ、ッ――!?」

 

受け、受け、受け、受け、受け、弾かれ、右、右脚、左脚。

 

一息での九太刀。四合目からは両手持ちに替えられて。

止めとばかりに00式の左仕込み短刀が水月機の頭部を貫き首を獲った。

 

「は、速瀬!?」

「嘘!?」

「速瀬中尉!」

 

左主腕と追加装甲を残し、水月機が達磨状態で地に転がる。

 

「そんな殺気のない剣で…舐められたものだ」

 

向こうはオープンの回線。底冷えのする声。

血糊を払うかのように短刀が振られ、突き刺されていた偽装94式の頭部が飛んでいった。

 

水月のバイタルは…問題ない。

斬撃の衝撃に加えかなりの恐怖を感じたようではあるが。

 

だが仰天したのはみちるも同じだった。

水月の能力はよく知っている。それをこうまで圧倒的に屠るとは。

しかし。

 

いや――そうか―

 

 

 

 

 

そのみちるの洞察は、まさに正鵠を射ていた。

水月機を一方的に撃破したかに見える唯依にも、そう余裕はなかった。

 

かなりの手練れだな…

 

動きに戦術機特有の「繋ぎ」がなかった。

これはまるで。

 

しかもこれは94式ではないのか…?

 

ごく初期の挙動で練度を知り、初手全力でまず一機。

今見た近接戦に限っても、五合まで受けてのけてさらには反撃の気配まであったことから、ブリッジスは元より本気になったマナンダル少尉をも上回る技量と見た。

 

ただ ― 兵士、だな。

 

よく鍛えられている。資質も高い。

対BETA戦などの隊員としては、自分より余程巧く立ち回るかもしれない。

 

だが「剣で人を斬る」 ― そのためだけに代々業を磨き続けてきた術理にその領域で態々単身挑むのは、無謀とまで言わずとも蛮勇の範疇。

 

 

元々、斯衛とは「人間から」将軍家を守る組織。

 

さらに言えば、近年の唯依の戦術機動剣技はある男を破るためのもの。

常識外れの機動で翻弄し、虚と疾さとを高次元にて織り交ぜたそれを、研ぎ上げた「理」にて打ち破らんとするため鍛え上げたもの。

 

短刀を用いる業などは本来の篁の技からすれば外式に属するが、彼奴を越えるためだけに唯依が自ら踏み込んだ領域だった。

 

 

さて、どうする…

 

向こうはこちらの意図を見抜いたようで、微妙ながら遠巻きに牽制する意思を感じる。即座に動き出さないのは、足下に転がる味方機が気にかかるからか。

 

腕は立つが…非正規戦部隊というわけではない…か?

 

どこか、甘さがある。

ならば多少強行にでも突破してその先にいるであろうブリッジス機を討ち果たすか。

それができれば、その後包囲射殺されようが別に構わない。

 

ならば、佳し。

 

九段へは往けそうもないが、身から出た錆故のこと。

割腹自刃など許されず、獄門とされても文句は言えない立場。

死に花を添えるのも悪くはない。

 

 

覚悟を決めた唯依が一歩を踏み出し、闇色の部隊機が緊張を高めた時。

 

「――待ってください」

 

その高く澄んだ少女の声が解放回線 ― 闇色部隊の長機か? ― から聞こえ。

 

正面からは、白基調の戦術機 ― 94式弐型が噴射地表面滑走にて接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 11月 ―

 

リヨンハイヴ攻略作戦は終盤に差し掛かっていた。

 

政治上の都合により、主攻部隊に加わっていたソ連を始めとする旧東側諸国軍はミンスクハイヴからの来援BETA対策としてリヨンハイヴ外北東方面へ展開となり、また核心部まで最短距離と思われる地表構造物近辺のゲートは出現BETA数が極めて多く、陽動と漸減を兼ねて戦力が割かれた。

 

突入を開始した欧州米日豪国連の連合部隊は甲21号での戦訓により、戦力を分散しすぎないようかつ複数経路から慎重に慎重を期して重層的に兵站網を構築。

入念に偽装横坑を探査しながら進められていくそれは、衛士の疲弊を考慮に入れた輪番交代制に加えて即応部隊用の停滞睡眠と、豪州とアフリカ連合、そして米国が供出する圧倒的な物量によって支えられていた。

 

会敵BETA数はフェイズ5ハイヴという状況も加味して大幅に上方修正されたものすらやや上回っていたが、米軍が装備しまた貸与を開始した電磁投射砲により、局所的には損耗を出し時間的にも遅延しつつも、突入戦開始9日目には最先鋒が最深度横坑の主縦坑側出口 ― 底部、すなわち大広間まで約600mの高度 ― に至り、反応炉に迫っていた。

 

概ね順調に作戦は進行。

 

少なくとも、現場はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅葱が死んだ日、その日は泥のように眠った。

 

逆に翌日から、あまり眠れなくなった。

 

持ち味は明るさだと思っているから、残る分隊員に心配させるのもよくない。

でも空元気を出すたび、千堂少尉が辛そうな目で見るのが苦しかった。

 

すぐに忘れるとか、吹っ切るなんて、やっぱり無理だ。

死んじまった小隊長には悪いが、浅葱とは、一緒だった時間が違いすぎる。

 

 

でもな、浅葱。俺はもう悲しまないぜ。

お前のような死人を出さないためにも、BETAを叩く。徹底的にな。

 

 

…とはいえ、正直、きつい。

 

肉体的なものより精神的なものか、と自覚しながら、日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団・第1大隊付属臨時予備分隊分隊長 龍浪響少尉は愛機89式陽炎の操縦桿を操る。

 

分隊での制圧地帯哨戒任務。

別にオマケだからとイジメを受けているわけではなくて、持ち回りのルーチンだ。

浅層および中層部では、各国軍がある程度の割り当て区域を決められて哨戒行動を続けている。

 

薄暗く青いような緑がかった空間がハイヴ内。

訓練校時代もシミュレーターでさわり程度の経験しかなかった。

それが今、フェイズ5ハイヴの中層付近。深度にして地下1kmほど。

空間としてはかなり広大なのに地下特有の閉塞感のようなものがずっと付きまとい、どこにBETAが潜んでいるかもしれないとなれば衛士の疲弊が加速するのも無理はなかった。

 

「少尉…眠れて、ますか?」

「ああ、おかげさまでな」

 

網膜投影に浮かぶ、こちらを気遣う千堂少尉。

2日前…時間感覚の狂いからそうだと思うが、素直に軍医から軽めの睡眠導入剤をもらった。自分の体調不良が原因で、仲間を死なせることはできない。

 

オマケのドレイク分隊は部隊編成外ということで停滞睡眠を使用した警戒待機から除外されている。

外様ながら前線の押し上げにつれて進んできた帝国軍部隊に割り当てられた領域から地上の駐屯地まではそう近いとはいえないものの、ベッドで眠れるだけそうとうに恵まれている。

 

「前に出てるあの中尉殿には、悪いけどな」

「水先案内人ですから。光栄なことだと、雨宮中尉も」

「そりゃあの人は真面目だからなあ」

「そういう言い方だと、あの中尉殿は不真面目みたいですけど」

 

連日にわたる地下空間での作戦。かかるストレスは尋常ではない。

だから任務に支障がない範囲ならば私語が見逃される程度には、規律が緩められていた。

 

「こ、怖いこと言うなよ。…そろそろ、始まる頃か」

「そう、ですね…」

 

 

帝国斯衛軍部隊から甲21号の実戦経験者が招聘され、形ばかりとはいえ水先案内人を務める欧州連合軍中心の最前線部隊 ― 深奥へと到達した後の斥候及び探査の結果、想定通りに主縦坑下部大広間には甲21号と同様かつさらに多数のBETA群が確認され。さらに偽装横坑の存在も予想されるため、作戦司令部はあくまで予備計画とされてきた、主縦坑へのS-11の大量投入もしくは核兵器の使用によるBETA殲滅を提案。

 

これが、紛糾の元となった。

 

S-11配備数及び生産能力自体が非運用国である欧州米国では高くない上、運用国である日本帝国及びソ連も今作戦への配備量自体は多くなく、本国での備蓄にも余裕はなかった。

その備蓄を繰り出して本国より輸送するにせよ日ソ両国は作戦遠隔国であり、仮に日本からでは海上輸送では1ヶ月以上、軌道輸送でも宇宙港のある英国から地中海経由の海運からの陸送になる為現地着は最短1週間以上。危険を冒しての空輸でもBETA支配地域であるユーラシアの大半及び中央アジア経由は論外で、北回り航路から英国に入る他なく、そこから以降は軌道輸送と変わらない。

そもそも欧州連合にはハイヴ制圧後ないしBETA戦後の政治的パワーバランスの問題から、最初からソ連に頼るという選択肢はなかった。また頼みの綱の日本も甲21号により疲弊著しく、供出による国防力低下の懸念から与党内でも意見が割れ、さらに目下生産を急ぐ戦術機への搭載需要増大から供給備蓄両面に問題があった。

そして欧州では政治指導部のみならず世論にもアジア蔑視は未だ根強く、常任理事国入りや甲21号の成功に続いての日本の国威拡大により戦後のイニシアチブを握られることを忌避する動きもあるなど、S-11の集中運用作戦は暗礁に乗り上げた。

 

また核兵器使用については、欧州連合の中ですら意見がまとまらず。

英国は賛成。西独は第二次世界大戦での被爆国でもあることから世論が二分。そしてハイヴ所在国のフランスは強硬に反対した。

フランスはBETA大戦勃発以前独自技術で米ソ英に続く4番目の核保有国となったが、しかし自国本土では一度も核実験を行っておらず、本土での核兵器使用に対する忌避感が強かった。またハイヴ深奥大広間は通常の地下核実験に比較しても相当な大深度であるにも関わらず、「奪還した領土が放射能汚染されていては意味がない」という世論の後押しを受けた政府も引けず。これにケベック州に広大な仏租借地を抱えるカナダと、フランスの影響が強いアフリカ連合内の数カ国が同調し、核兵器による攻略作戦立案も頓挫。

 

米国は基本G弾戦略に基づき、そもそも今作戦には有志による国際協調という建前での参加のため静観の構え。保有核の大半をBETAによる国土失陥で失っているソ連もS-11を出すに出せず。日本は今作戦そもそもの参加戦力が小さいため発言力もその意図もなく、豪州は英国を見つつ日和見、統一中華戦線と中東連合は核使用賛成ながら東アジア連合は影響力を持つ日本の顔色を伺って沈黙した。

 

その一方で作戦日程の遅延による戦費増大の財政への圧迫が、以前より前線国であった国々にはまだ許容できても後方国のアフリカ連合及び豪州などでは世論の反発を生み始めており、制圧作戦の早期決着を求める空気も醸成されつつあった。

 

そしてこれら参戦各国の絡み合う事情、本来それらを纏めるべき国連は、米英仏ソ中の旧来からの常任理事国にナウル決議によるまだ拒否権のない新常任理事国である日豪を入れてもなお意見が纏まらず、事実上の機能停止状態に陥ってしまった。

 

そもそも各国軍は作戦以前から甲21号の分析によりハイヴ深層攻略には大量破壊兵器に属する装備が相当程度有効だとの認識でほぼ一致していた。しかしそのための予算も整備も議論すらも間に合わないまま、沸騰する世論の後押しとそれに迎合する政治の圧力に作戦は見切り発車。現実的目線からハイヴ攻略は時期尚早とする少数の政治家や識者の意見は押し潰されるか黙殺された。

 

元来今作戦の発端が軍事的合理性よりもむしろ各国内の政治的都合に重心があり、そもそも対BETA戦は外交の延長としての戦争ではなく種の生存を賭けた闘争であったはずが、軍事力の行使に際して政治と世論とを排除できないという近代以降の人類政体の構造的特徴が弱点として露呈してしまったのである。

 

結果、現地作戦司令部は有効策を取り上げられた上早期制圧を迫られ。

苦渋の選択として日本帝国軍とソ連軍に無人状態で爆弾として使用するため戦術機の供出を求めたが、ソ連は機密保護とS-11搭載機がスラブ系ロシア人乗機に限られていることから拒否。欧州連合政府も元々ソ連へは忌避、日本へは無償供与が条件と言い出したため日本側も難色から反発に転じる始末。

 

 

3日間。全軍の進行が止まり。

 

結論。ハイヴ突入部隊は現状採り得る総ての手段で可及的速やかに反応炉を破壊せよ。

 

砕いて言えば、投射砲でなんとかしろ。

 

 

一気に全部吹っ飛ばすのはダメ、突っ込んで死ねってか?

 

戦地における衛士の心情、しかし当の欧州連合軍の方はさらに複雑か。

 

基本難しいことはあんまり考えたくない龍浪少尉にしても、かかる現状は自分と分隊員と他の仲間の生死に直接関係してくるとあっては。

 

 

投射砲は確かに強力な装備だ。長大な射程に凄まじい貫通力を備える。

 

しかし装備機の運動性低下は単機での生存をほぼ絶望的なものにし、基本1射(米軍製2射)毎の砲身交換が推奨され、背面弾倉も撃ち切り。

照準から射撃開始まで時間を必要とする上当然ながら射線は開けなければならない。つまり発射前は無防備。

掃射角度も殲滅性を優先して連射性を上げるとそう広くはとれず、また誤射は絶対に許されない。

そして利点にも弱点にもなり得るのが、BETAに狙われる、という点。核心部がBETA由来技術のためというのがもっぱらの噂で、真相は不明ながら実証実験段階から所与の前提として扱われるようになっている。

ある程度の数を揃えられた今、陣地防衛や外部での戦闘、大軍を擁してのハイヴ侵攻などでは極めて有効な一方、狭隘部にBETAがひしめきかつ偽装横坑が多数存在するであろう主縦坑大広間などでは乱戦が必至となり、最初期の犠牲は避けようがない。

 

 

「ったく…」

「ぼやかないで下さいよ」

 

並んで緩く飛行。

進んできた横坑から、折り返し点の広間へ入る。

設置センサーはここまで、機載センサー類を最大に――

 

「ん?」

 

大きめの広間。その出口付近、正面右方向。

ぽっかりと口を開けている横坑の入口、全力噴射で5秒の距離。

 

そこに入っていく、なにか…跳躍ユニットの噴射炎だったような。

 

「千堂少尉、見えたか?」

「え? すみません、なにかありましたか?」

「見間違いか…?」

 

疲れてるからな、と口には出さず。

レーダーにもセンサーにも感はないまま。

 

一応確認しておくか、と―

 

「センサーに感! 横坑内にBETA!」

 

件の横坑内、掃除済なのはこの広間までだが規模の確認だけでもしておく必要はある。

千堂機にいくぞと声をかけ鋭角にターンして横坑内へ。

 

偽装横坑があったのか坑内に湧き出る戦車級と要撃級――その、向こう。

 

急速に遠ざかっていく―噴射炎。中隊規模。

 

「ステルス機!」

「はあ!?」

 

千堂少尉の叫び、たしかにセンサー類にはBETAのみ。戦術機は探知していない。

そしてBETAの噴出が続く横坑からはさらに要撃級がなだれ込んで来る。

 

「くっ…後続も不明だ、退くぞ!」

「了解っ」

 

後進噴射で後退をかけつつ、2機で36mmをばらまく。

後方の広間の味方部隊に連絡、分隊で無理をする必要はない。引き込んで始末すれば良い。

 

ステルス、米軍? 特殊部隊、秘密任務?

BETA群を誘引しつつもそんな単語が思考に飛び交い。

 

報告して…なにやってんだ、こんな時に!

 

「ああもう、なんなんだよ一体!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄への降下となる。

 

 

フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊所属のベルナデット・リヴィエール中尉は、ハイヴ最下層横坑にずらりと並んだ僚機たちと共に、愛機ラファールの管制ユニットの中装備の確認に余念がなかった。

 

やや色の濃い金の髪は長く、青い瞳は強気の光。

その身は短躯で凹凸に乏しく、それが少し前米兵の揶揄いの対象になったが「四丁拳銃」「前衛砲兵」とあだ名される彼女の戦いぶりを見て自ら引っ込めたという逸話も。

 

まったく、このままじゃ予備マガジンあたりはアンクルサムの世話になりそうね…

 

愛機ラファールの4本の牙たる突撃砲・FWS-G1。アメリカ軍のAMWS-21をモデルに開発されたがゆえに、元々互換性には融通が利く戦術機装備の中でも問題なく使用可能。とはいえ。

 

配給糧食といい、銃使いでも前衛配置の自分には縁がないがあのリニア・レールガンといい、今作戦はアメリカの協力と物量なしでは成り立っていないだろう。

 

緊張は…特にない。強がりでなく。

 

祖国の地を―フランセーズを、取り戻すための戦いだ。

 

この少し先、そこで薄暗く青緑に浮かぶハイヴ壁の連なりが途絶えて、ぽっかりと口を開けている。

 

主縦坑側出口。

600m下には確認されているだけで5個軍団規模―15万を超えるBETAが待ち受け、壁面にまでびっしりと戦車級が集って今以上に近づくと察知されて登ってくる危険性すらある。

突入に参加する戦力は欧州国連米豪合わせて4個連隊相当。しかし広大とはいえ主縦坑広間は400機を超える戦術機が同時に展開するには狭隘で、逐次投入の愚を承知で初期2個連隊の降下、その後損傷損耗部隊の後退を交えての波状攻撃となる。

 

ベルナデットは第1陣。

 

西ドイツは例の番犬部隊みたいだし、アメリカ軍も精鋭か。

 

降下突入に先立ち、日本軍から提供されたF-15を5機 ― 現地司令独断で負傷後送衛士の乗機を融通したとか。本人は背任横領の責任を取って辞職したらしい ― オート・カミカゼに使用して戦端を開き、反応炉室と目される方面の壁面に降下して戦線を維持しつつ反応炉破壊を目指す。

 

「できれば『ニンジャブレード』の戦いぶりをこの目で見たかったけど」

 

自分に、新たな発想をくれた人間だ。

その当人はあくまで水先案内人とされて、お付きの白いF-15 1機と一緒に前線司令所付近に固定されている。

 

政治がどうとかは、ベルナデットにはどうでもいい。

気にしないわけではないが、「ただ、一振りの剣たれ」 ― その家訓のままに。

 

 

時間だ。自律稼働のF-15が動き出した。

 

 

自由・平等・博愛、しからずんば死を。

 

何か演説をぶとうかとも思ったが、そういうのはあのゲグラン大尉あたりにやらせておけばいいだろう。

 

「行くぞ! 中隊続け! クラウツ共に後れを取るなよ!」

「了解ッ!」

 

気分は殺到、しかし序列は保って。

列なす機械の巨人の群れ、轟音と震動、爆風が初弾カミカゼの着弾を告げる。

 

列機を引き連れ、虚空へと飛び出す。

 

 

深淵。

 

 

ほんの一瞬足らず、網膜投影の明度調整タイムラグ。

そして眼下、跳躍機を全開にして赤く燃える地獄の底へ。

 

「着底ッ」

「降着成功!」

「戦線構成! 前線維持! 押し上げて投射砲陣形だッ!」

 

網膜投影内の作戦マップに従い、各持場へ友軍機が次々と降下してくる。

その中で、ベルナデットはいち早く敵中に躍り込んだ。

 

ハイヴ内では光線級は、存在しても照射しない。

その戦訓を受け、低空ながら宙を舞う。

 

オートジャイロOFF ― 左跳躍ユニット全開下方30°!

 

疾風の名そのままにラファールが空中で角度を付け回転。ベルナデットはその中で眼球のみをめまぐるしく動かし高速で視界を過ぎていくBETA共を次々と網膜投影システムで設定、間接思考制御でロックオン。CPUとメモリ上限を超えた分は自らの空間識に残置。

主腕2門兵装担架2門の突撃砲が各1体、計4体の要撃級を捉え――

 

オープンファイア!

 

着地前、いまだ空中に在りながら。

回転しつつ射撃を開始したベルナデット機、その間にも次々とその主は視界に入るBETAを照準候補に入れていく。

そして着地、小刻みな噴射地表面滑走にターンを加え、36mmに時折120mmを交えてばら撒きながら計4門それぞれの射撃間隔にわずかに差をつけ ― 弾倉交換。

交換に伸びる補助腕、右側のそれが用を成す間は兵装担架と左主腕がそれぞれ違う獲物を求めて動き回り、左側を給弾中には右主腕が斉射をかける。

這い上ろうとする戦車級は両主腕固定の炭素短刀で切り裂き排除、時にはその両主腕を交差させて銃撃と斬撃とを織り交ぜ ―

 

 

サドガシマ・ファイルで観た、黒いType-00。

 

その動きから着想を得た戦術機動銃術。

 

 

小規模とはいえ面制圧さえ単機で成し遂げる。

密集戦で掻き乱し、味方機の展開時間を稼ぐ意味では十分な働き。

 

周囲に集るBETAを削り取るように、円を描いて殲滅していく。

 

「張り切ってますね、フランス人」

「フン、お飾りのデカブツ背負ってやられるんじゃないわよ」

 

近接データリンク、英軍ライトグリーンのEF-2000。

その背中にはBWS-3「要塞級殺し」の異名を取る大剣。

 

「騎士の嗜みですとも。フロッギーには理解できませんか」

「後ろで大人しくマーマイトでも舐めてなさい!」

「間借り人が実に興味深いご意見で。いつも最初は威勢が良い」

 

悪態混じりの軽口を交わし合う。

 

言うほどに余裕がないのはお互い様、無駄弾は撃たない技量とはいえ消費が激しいのもまた事実。中隊内に連絡し、確保エリアに投下された補給コンテナを確認。

 

いち早くBETAに躍り込んだ彼女は、いち早く補給に戻る羽目に。

やるべき事は十分やっているが、ほら見なさいというライミーの嫌味は無視するもクイーンズの発音も含めて腹立たしい。

 

間借り、ね……取り戻してみせるわ!

 

ベルナデットだけでなく、欧州軍、とりわけフランス部隊の士気は高い。

 

 

集められたのは精鋭。

しかし誰もが、彼女や番犬共程に練度が高い訳はなく。

 

 

 

 

 

 

戦力比はおよそ1:400。

投射砲掃射戦術が機能すれば、覆せない差ではなかった。

 

 

 

 

 

大広間での降下開始から2時間。

 

出現した偽装横坑は30を超え、損耗が拡大する中。

 

反応路室前の横坑を確保し、護衛部隊と共に工兵隊が侵入。

 

 

 

 

「反応炉の破壊に成功!!」

 

その報に応えたのは歓呼の声でもラ・マルセイエーズでもなく。

 

ハイヴを揺るがす激震だった。

 

 

 




なんか…迷走してきましたw

厨二成分足りず
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