Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 07

2001年 12月 ―

 

 

吐く息はとうに白く。

例年に比して気温は低い。BETAによる地形変化が齎すものか ― 気象の変動は未だ予測がついていない。

 

日本帝国帝都。斯衛軍第16大隊北の丸駐屯地。

 

昨年の今頃は新兵器・電磁投射砲の実戦試験と甲21号への準備で、一種異様な熱気に包まれていたことがまだ記憶に新しい。

 

赤服の斯衛、真壁介六郎は窓の外の冬枯れを見ながらその痩身で廊下を進む。

 

「失礼します」

 

ノックの後入室した部屋の主は、勲章の付いた青い斯衛服に身を包んで、きちんと執務机の椅子に座っていた。

ただ横を向いて頬杖を突き、何やら思案げな。昨日もこうだった、もう2日目になる。

 

「閣下。横浜でなにかございましたか」

「ああ。だが大分思案も纏まってきた」

「左様ですか」

 

 

先月末、テロに遭った国連軍横浜基地。

開発局の任務で居合わせた、かの中尉が魔女殿からの書簡を携えて帰隊したのがその2日後。

それを受けて一昨日、斑鳩公崇継は国連軍横浜基地を訪れた。

当然介六郎も同行したが、肝心の会談の際には人払いをとの願いを主が受け容れた為席を外していた。

会談は思いの外長引き、午前中の訪問だったが短い休憩を挟んで夜まで続いた。

 

 

話しても良い、伝えるべきとお考えになればそうなさるだろう。

故に介六郎は実務に終始し、手にしていた書類の確認を崇継に願った。

 

「調練も順調のようだな」

「は、新装置の習熟は進んでおります。皮肉にも、甲21号後補充の経験浅き隊員の方が馴染みが早い場合もあるようで」

「我らの歳で老いた等と、それこそ老害共に聞かれたら鼻で笑われような」

「然り。とはいえ82式でこれ程かと皆驚いておりますのも事実」

 

介六郎が見やる窓外、駐屯地の前庭には立ち並ぶ鉄の巨人の威容。

白色塗装の82式 瑞鶴が4機、16大隊装備機の00式 武御雷に交じって屹立している。

第1世代機に分類される82式は、その完成時には折鶴が如く端正と賞されたものだが00式と並べると、その装甲厚ゆえに無骨な荒武者といった佇まい。

比較試験の為に他部隊から回させた物だが、その結果は十分すぎるほどだった。

 

「軍はどうなっている」

「富士の教導隊にはすでに送られているようで。元が94式でしたので、あちらは早いでしょう」

「ふむ…」

 

コツ、コツ、と。崇継が白手袋に包まれた指で、机を叩いた。

僅か呟き、まだしばらくかかるか、と。

 

「…」

 

その静寂はおよそ、10秒程か。

 

介六郎は、主の思案を妨げぬよう沈黙しながらふと、机上の書籍に目をやる。

ぽいと打ち捨てられたようなそれ。題名は「日本帝国改造法案大綱」。

 

「城内に連絡を。近々、御時間を頂戴したいと」

「は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

帝都。師走の慌ただしさは、もう其処彼処に。

龍浪響少尉は、夜の街にいた。

 

 

欧州からの帰還後、原隊復帰を書類上だけで済まされ分隊ごと帝都駐屯地へ仮配属。

その理由はハイヴ攻略最終段階で見てしまったあのステルス部隊のせい ― 本来なら会うこともないお偉方にあれこれと聴取を受ける羽目になった。

 

 

とはいえ飛び入りの後入りだったのに帝都城で挙行された派遣兵団解団式に出席し、煌武院悠陽殿下のご臨席の下おことばを皆と一緒に直接頂戴する栄にも浴した。

その後はしばしの休暇も得られ、久しぶりに実家に顔を出すことも出来。

 

そして基地に入っていた連絡は、折良く所用にて配属先の九州から帝都へと来ていた同期のひとりからだった。相変わらずあれこれ見ているというか、耳が良いというか。

 

「おーう! 生きてたか、英雄!」

「お前までそういうこと言うかよ」

 

待ち合わせた同期・松風諒一少尉は会うなり手を挙げ、肩を組んできた。

二枚目よりちょい下の優男風の顔立ち、性格は軽めでやや皮肉屋。

 

「ちゃんと野戦服で来たな? よしよし」

 

軍服はやめろよ、でも野戦服で来い。そう指定してきたのは松風。

 

その方がモテるし、マケてもらえる場合だってあるんだぜ。

ましてやお前さんは、「巨大種殺し」だからな。

 

実家に戻った時に見せられたしばらく前の新聞に、カチコチに緊張した軍服姿の自分を見たときは頭を抱えたくなった。

 

 

見出しに「ス伐討ヲ種星異大巨種新 軍国帝ルス戦勇」。

そして小見出しには「勲殊尉少浪龍 隊遣派州欧行先」。

 

BETAの詳細な姿自体は一般には伏せられているため、乗機89式が参考写真的に併載され。

駐屯地で広報隊の取材を受けたときのものだが、面倒事はお断りだとばかりに斯衛の中尉殿は何も言わずにさっさと姿を消していた。

 

 

「やめろって。俺はただ、ついていっただけだからな」

「おーおー謙虚だねえ。ま、いいや。行こうぜ行こうぜ」

 

まずは一杯、と連れだって飲み屋街へ向かう。

最初から色っぽいところへ行かないのは昔と同じ。

 

適当に選んだ居酒屋へ入る。さして広くもない店内はそれなりに混んでいた。

 

カウンター席に着き、お通しに麦酒、焼き物に揚げ物。

大方は合成食で、いちおう魚屋の小倅の端くれくらいのつもりの響には、魚料理はとても食えたものじゃない…わけでもなく。

 

「ひでえからな、欧州の…ってか特に英国の合成食料は」

「おー、噂には聞くけどな」

「米国のも正直…まあ日本人には日本が一番だよ、やっぱり」

 

あの本物の牛肉は、別格として。

乾杯の後には、気のおけない友人の会話。近況も交えて。

 

「んで、浅葱は?」

「ああ、遺骨は俺が実家に届けたよ。弟がいてさ…」

「そうか…そりゃキツかったな。骨があったりすんのがいいとも限んないな」

「そうだな、でも衛士目指すって言うんだぜ。負けん気が強いのは浅葱と似てたよ」

 

死んでしまった者は戻らない。

残った、残されたものは悲しみを抱えてでも戦って生きる。

 

「しかし…おい、帝都ってこんなだったか?」

「あー、さすがに、わかるか?」

 

半年以上ぶりの日本と帝都。

 

少しだけ声を潜めて問えば、松風も心得たもので。

皮肉げにわずか唇を歪めた。

 

「俺も九州から戻って驚いたぜ、こんなイケイケだったかなってさ」

「なんでだ?」

「さあて、お前さんらのせいでもあるんだぜ?」

 

また松風は小さく笑い…いや嗤い、麦酒のジョッキを傾ける。

 

「破竹の勢い! 赫々の大戦果、世界に冠たる我が帝国軍!ってな」

「…そんなことになってんのか…」

 

戦場が遠くなった帝都は、浮かれている。

響にはそう感じられた。

 

「いやま実際、佐渡島に続いてリヨンだろ、おまけに欧州軍は大打撃だったらしいが帝国軍は比較軽微だったってな」

「軽微ってお前…2割喪失だぞ。斯衛の人なんて…」

 

隊長さんが自爆して、最後の退路を守ったのだ。

千堂少尉は多少なりと話したりした間柄だったらしく、けっこう沈んでいた。

軌道降下兵団の人たちとだってそこまで近しくなる機会はなかったが、それでも同じ釜の飯を喰った仲。

 

「んなこと一般人に判りゃしねえよ。外国と比べて凄かった、ってだけで十分なんだよ」

「ってもなあ…」

「ねえお兄さん達。あんたら、軍人さんかい?」

「おー、おばちゃん。よく聞いてくれました、こいつの顔、知らない?」

 

やめろよ、と言うのに。

カウンター内から女将と思しきおばちゃんにかけられた声に松風が反応する。

そしてしばらくのやり取り、あー! ええ、本当?などとちょっとした騒ぎになる。

 

こそばゆく思うよりも、居心地が悪い。

響は正直そう思う。

そんな器じゃない、大体ハイヴ侵入後はほとんどなにもしなかったし、と。

 

「なんか思ったより小さいんだね」

「…」

 

おばちゃんの心ない一言に深く傷ついたが、まあそれなりに楽しく過ごし。

 

勘定も少し負けて貰ったりして、泡の出るお酒の後は泡の出るお風呂でもどうかと。

少し酔った頭で松風とまた連れだって店を出た。

 

寒風がやや強く、野戦服のブルゾンの前を閉じ。

そして色町方面へ向かう途上、やや薄暗くされている料亭街を通りかかる。

 

向こうから歩いてくる一団、5、6人組。

軍服に軍帽、外套姿に軍刀まで提げて。酔っているのか喋りながらも軍歌を歌っているらしい。

小さくも鋭い女の声で、飲み過ぎだぞとも聞こえた。

 

「…やだやだ」

「――おい貴様、今何と言った」

 

バカ松風、と止める間もなく。

ちょうどすれ違うとき、わざわざ聞こえるようにか言った松風の呟きを聞き咎められる。

 

「いーえ、何も言っておりません」

「ふざけるな。貴様何処の隊だ」

「やめろ栗原。そっちの貴様らも、さっさと行け」

「止めるな駒木、貴様らぁ」

 

いきり立つ士官 ― 階級章は中尉 ― を止めようとする女性士官、そして素知らぬ顔で通そうとする松風。

 

こいつこんな喧嘩っ早い奴だったか!?

 

面倒事になる前にと響は松風の腕を引き。

しかし制止しようとする、眼鏡をかけて冷たく厳しくもどこかしら線が細い印象の女性士官を無視して、絡んできた中尉が松風の胸ぐらを掴んだ。

 

「貴様等の様な柔弱な連中がだなぁ!」

「ちょっ――」

「――何をやってる」

 

低く重い声。

すぐそこの料亭から出てきた、スリーピースの男性。

響には見覚えがある、つい先日聴取にも立ち会っていた人で。

というかその強面に向こう疵、帝国軍の衛士なら知らない方が珍しいはず。

 

「い、巌谷中佐殿」

 

慌てて背筋を伸ばして敬礼、隣の松風も倣う。

軍服外套連中も同じく敬礼したが…形だけ、という雰囲気が伝わる。

 

「往来で騒ぐな。軍刀まで提げおって、何を考えてる。何処の隊だ貴様ら」

「はッ、失礼しました。自分は帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団第1戦術機甲連隊・駒木咲代子中尉であります」

「防衛師団が帝都で揉めてどうする」

「は! 失礼しました!」

「…チッ」

 

絡んできた中尉殿が聞こえよがしに舌打ち。

 

「不満か、貴様」

「いえ滅相も御座いません、中佐殿こそ日頃より国費開発の新装備を公家様方へ次々に回しては尻尾を振られるにお忙しい中斯様な夜半まで鉄砲遊びとは恐れ入ります」

「栗原!」

「…ほう」

 

数カ所つっかえつつの長口上、女性士官の叱責。

巌谷中佐殿の後に続いて店から出てきた洋服姿の若い女性、彼女を揶揄して言ったのだろうが、

 

「貴様…!」

「いい、篁中尉」

 

遠慮のない大声が当然聞こえたのか出てくるなり明確な怒りを瞳に宿した女性を、中佐殿が制する。

しかしその名を聞いて、女性士官を除いた軍服外套組が何やら囁き合った。

 

「篁家と言えば、鍛冶屋上がりが癒着で財成し摂家類縁の血筋を買ったと名高い、あの篁家様ですかな」

「なん、だと…!」

「新型機を持ち出されたにも関わらず早々にご戦死なされた主家筋の崇宰も、中々ご当主が決まらぬとか。折角の散財が無駄になりましたな」

「貴、様…ッ!」

「やめろ磯部! 中佐殿、申し訳ございません、ここは」

「…駒木といったな、さっさとその酔っ払い共を連れて帰れ。俺の亡き友を侮辱したことは特別に聞かなかったことにしてやる。二度はない」

「は! ありがとうございます、行くぞ貴様ら!」

 

敬礼した駒木中尉が叱咤し先頭になり、軍服外套組が去って行く。

その去り際に唾でも吐きそうな勢いで。

 

おいおい、上官に…

 

なんて怖いもの知らずな連中だとも思うが、本土防衛軍の帝都防衛師団といえば参謀本部隷下で精鋭の集まりだ。

元々は同じ陸軍とはいえ、現在では陸軍技術局所属の巌谷中佐殿とは命令系統も違う。

そして当の陸軍自体の実戦力たる本土軍・大陸派遣軍は双方共に、前者は98年の本土防衛戦から今年の佐渡島までに、後者は91年の東亜戦線への派遣以降で大半を損耗した後、本土防衛軍にそのほとんどが移籍吸収されてしまっている。

響のドレイク分隊にしても、元々本土軍所属だったものが未だ宙ぶらりんのままで、甲21号成功後に組織の改編が急がれているがそれもなかなか進まない。

 

「とんだ跳ねっ返り連中だな…」

「中佐殿…」

「なんだ唯依ちゃん、歳も考えず大立ち回りでもすれば良かったか?」

「いえ、それは」

「貴様らも、…龍浪少尉か?」

「は」

 

逃げられるはずもなく。やっぱ覚えてますよね。

視線に答えて敬礼すれば、松風も同じく。

 

「中佐殿、お知り合いですか」

「ああ。彼が『巨大種殺し』だ」

「なんと…斯衛軍篁唯依中尉だ」

 

こ、斯衛かよ。

 

なんか妙に縁があるなと。私服女性のぴしりとした敬礼に慌てて応える。

またしても年の頃は同じくらいなのに、妙に気迫というか迫力がある。美人なのに。

 

「しかし防衛師団の風紀はどうなっているのです」

「今の帝都じゃ軍服姿の方がドスが利くんだろうさ」

 

中佐殿にちらりと見られ。

カッチリと制服ではないとはいえ居心地は悪い。

 

「…たぶん、いえおそらく将道派の連中だと思います」

「ン…貴様は」

「松風諒一少尉であります! 龍浪とは同期です」

「そうか。――そうか、あれがな」

 

連中が去って行った方を見やる中佐殿の眼が僅か細められ。

 

「俺も尻で椅子を磨く時間が長すぎたな。どうも軍の実際を掴み損ねている」

 

 

行って良し。但し程々にな。

 

中佐殿にそう言われ。

ちなみにその後行ったお風呂屋さんでは、しっかりとでっかい地雷を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

年の瀬を控えて、新年の諸行事に向けての準備を進める帝都城。

師走の慌ただしさの匂いの中に。夜半、青の斯衛は赤服の供回り1名のみを引き連れて現れた。

 

「御時間を頂戴し恭悦の至り」

 

薄暗く照明された室内。御帳台、三尺足らず巻き上げられた内御簾の向こう。

磨き上げられた板敷の上に互跪する斑鳩公崇継を、政威大将軍・煌武院悠陽は見ていた。

 

「斑鳩公、表を。私も摂家の長として扱いを」

「御意…では畏れながら」

 

す、と上げられるよく知る顔。

どこか茫洋としたその眼差しは、奥底の鋭利さを隠したものだとも悠陽は知っている。

 

 

世が世なら、自分等より余程将軍職に相応しかった筈。

 

乱世の雄で、治世の賢君でもあったろうに。

 

只お飾りとしておくには、余りに才気が在り過ぎた故。

 

 

真壁、とその姿勢のまま崇継が差し出した手に。正座して軽く俯いたままの供回りが資料を差し出した。

 

「まずはこちらを。要約のみ御目通しを」

「はい…」

 

同じく侍っていた近侍、赤服の眼鏡姿の麗人衛士・月詠真耶が受け渡しを担う。

資料は日本語。英語でも読書会話に支障はないが、母語に越したことはない。

そして。

 

………これは……!

 

「…真なのですか」

「推論ではございましょう」

「当たるとお考えか」

「さて、ま…なんとも」

 

崇継のくだけた態度に月詠の気配が硬化した。

かつては指揮下にいたこともあると言うが。

 

「盲信の要はなくとも備えて憂いはないかと」

「その根拠は奈辺に」

「魔女殿は日の本を愛してはおらぬ故に」

「斑鳩公…」

 

月詠、と崇継の物言いに声を上げた真耶を控えさせて。

 

国や組織と言った集団自体に帰属意識がまるでない人間がいることが、特に武家の人間には理解し難い。瑞穂の国の天土の恵みに感謝し、父祖を念うことを幼少の砌より身に染み込ませてきたが為に。

 

「あらゆる意味で謀る要がないと」

「御意。おそらく魔女殿が愛するは、人類と、この世界」

「…なんとも器の大きい話ですね」

 

尤も学者故に自らの言説の正しさを証したいとは思うでしょう、と――けれども。

 

「とまれ國軆護持に汲々とする我らなぞ何とも滑稽な存在に映っておるに違いない」

「斑鳩公!」

「よい、月詠。広き意味での国体ならば私はそれを恥とは思いませんが、斑鳩公の存念は如何に」

「なに、大それたものは何も。魔女殿の折角の御厚意ゆえ御相伴に与るのも佳いかと」

「…民には」

「知らせて何とします。徒に恐慌を呼ぶがお望みと?」

「公、殿下に対し…!」

「控えよ月詠。……他国はどうなりましょう」

「さてそれは。警句を容れるか虚言妄言と断ずるかは夫々でしょうな」

 

逆に我々とて空振りでない保障はないと、韜晦を仄めかすかのような崇継の声。

寧ろ滅びてくれて良い。そう言いかねない冷たさは、自分には到底ない。

 

己より一枚も二枚も上手の相手、その内心を伺う術も。

 

「政は」

「摂家と内閣には此方で」

「成算はおありか」

「摂家は兎も角、内閣には耳打ち程度。しかし榊総理は現実路線ゆえ。魔女殿からも一言添えて戴く由にて、何やら元来知己であった様子」

「私の役目は」

「殿下にはその暁に大詰にて民に号令を願いたく」

「……いいでしょう」

「殿下…」

「よい、月詠」

 

気遣う素振りの真耶を制する。

彼女の忠義に疑いはない。

 

 

己には、一片の権限すらない。

ただ、偶像としての自らに、価値がある事程度は自覚している。

 

民を想うが故とはいえ。

近い未来の危険を知りつつ、その時が来たる迄沈黙を守らねばならない。

そして万が一のその時が来たれば、権限を越えて民に呼びかけ煽動せよと。

 

 

「…斑鳩公、よもや他念がおありではなかろうな」

「月詠…」

「殿下、差出口をお許し下さい。公、しかし昨今の民の過熱振りたるや動もすれば行き過ぎ。その掣肘に殿下の玉体を晒す御心算か」

「殿下を政争の具に貶めよう等とは思っておらぬ」

「信じられませぬな」

「変わらず手厳しい。なら本音を申せば、斯様な面倒事など纏めて放り出して揚屋にでも詰めておりたいところよ」

「斑鳩公!」

「そう怒るな、…真壁」

「…は」

 

頭を下げたままさらに小さく一礼し、赤服の介六郎が音もなく辞した。

そして程なく戻ったその手には、朱の三方に青の袱紗。そしてその上には、黒塗りの鞘に納められた一振りの太刀。

 

それを一見した真耶が、警戒するより僅か瞠目する。

そして崇継は無造作にそれを掴み取ると、その真耶へと突き出した。

 

「我が伝刀、流星天破。殿下にお預け致そう。御心に背きし折にはこの素っ首刎ねられよ」

「な…」

「武家斯衛すら一枚岩に成れぬでは、来る国難は乗り越えられまい」

 

固まる真耶に、悠陽は自ら御簾を潜った。

そしてずしりと重い斑鳩当主の証をその手に。

 

 

魔女殿の推論が当たらずとも。

今、座視するのみでは日の本は沈んで行こう。

それをさせぬ為には。

 

武家の復権、復古の到来。そんなものでは無く――

 

 

「その覚悟…受け取りましょう」

「なに、征くも止まるも何方も地獄。禄を食んで来た我らにはその程度の責務はあろう」

「違いありませんね…ああ」

 

太刀を月詠へと渡し。

それでは私からも、私と同じく何の実権もない位ですがと。

 

「斑鳩公崇継殿、今より其方を政威軍監に任じます」

 

酷く面倒そうな顔になった崇継に、悠陽は微かに口の端を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年 1月 ―

 

 

帝都。帝都城。

 

突き抜けるような蒼穹。真冬の空は高く。

その中で挙行された新年参賀には例年を上回るおよそ10万人が詣で、乾燥した強い寒気の中しかし帝都城は熱気に包まれていた。

 

「煌武院悠陽殿下、万歳!」

「帝国万歳! 日本帝国、万歳!」

 

手に手に小さな日の丸を振る参集客の歓呼に応えるは、帝都城三階の高さに位置する簀子縁 ― 高欄には透明の防弾硝子 ― に立つ政威大将軍・煌武院悠陽。

金の装飾を随所に施した紫基調の袍に日輪の輝きを模した髪飾り。年始の佳節に相応しく、柔和な優しさの中に凜とした美を湛えて小さく手を振る。

 

 

将軍とは、祈る存在である。

 

民が安寧で在ります様。

國が安康で在ります様。

 

森羅万象の総てに対し、この神州と、其処に住まう民総てのために、只只管。

 

武の頂点と位置づけられながら、斯く在る可きと、悠陽は自らに任じ務めてきた。

 

 

そして1日5度の参賀答礼を終え。

城内奥の洋式の広間にては、帝国の枢要たる人々が集まり ― 例年ならば、将軍殿下よりのおことばを頂戴してからの非公式の賀詞交換の場となる其処は、五摂家の一・斑鳩公崇継が持ち込んだ話により、佐渡島攻略を控えた昨年に引き続いて今年もまた緊張感に包まれた。

 

「では斯衛がたは米国の軍門に降る…いや走狗となると仰るか」

「誰もそのようなことは言っておらぬ」

 

居並ぶ列席の行政軍部の各長――総理大臣榊是親を始めとし、国防大臣、参謀総長・次長、陸海航空軍参謀軍令部総長・次長達の思案顔を、雛壇からこの場の長とされる悠陽は黙って俯瞰していた。

 

「…」

 

通例、将軍はそれが御前会議であっても、いやだからこそ言葉を発すること自体が稀。

故に今回は五摂家を代表する形となった斑鳩公崇継が、雁首を揃えた行政・三軍の長たちとの窓口を務めることになる。

 

「同盟を一方的に破棄した上、G弾などという暴威を無断で投下したのは他ならぬ米軍ですぞ。自己都合で約定などねじ曲げて来ぬという保障はない。挙げ句昨年の甲21号では損耗に慄いて早退き等と、他国の斟酌などあの連中がするだろうか」

「願うのではなくてさせるのだ。今の時期ならばそれが可能であろ」

「摂家がたは実務を執られぬ故お気軽に仰る」

「故に提案しかしておらぬ由。いくさと成れば先陣でも殿でも務めようぞ」

「斯衛の精兵たるは存じております。しかしその皇国の誇りたる貴軍も含めて帝国が曲がり形にも米軍の風下に立つかの様な有様は、臣民の待ち望む処ではありますまい」

 

元帥府の長たる若年の五摂家当主連に、控え目ながらも否定的な言葉を投げつけるのは国防大臣。

その言い分は、悠陽から見ても、民の心情を代弁している様に聞こえる。

 

民の思いに行き場を見つけると云うのは、何とも...

 

内心にさえ零す事は赦されぬ溜息を、そっと。

だが榊総理のこれまでの沈黙は、取り敢えずのものだったろう。

 

「私は、摂家方の意見に賛成だ」

「総理っ」

 

悠陽が見る榊の表情は、既に意を決したものだった。

とりわけ彼は、一般には知らされる予定のない所謂「香月レポート」にも目を通しているはず。

 

「感情としては、大臣の言も理解できる。国民の大半も、帝国が自ら進んで米国と轡を並べるなど怒りを通り越して噴飯物やもしれん」

 

甲21号直後ならば、戦勝の全能感が国民に他者を赦す寛容を与えていた。

しかしある程度の時間が経過した今、その自尊は再び過去の雪辱を促そうともしている。

 

「だが現実として、米国がG弾でBETAを根絶やしにした後、その力を以て世界に君臨するは必定。欧州が疲弊し、その頸城を逃れたアフリカ諸国が米国に追随する世界で、我が国単独で抗する方法があろうか」

 

 

甲20号・鉄原ハイヴ攻略作戦。

元帥府よりの案件とする為、すでに摂家間では確認済み。

 

 

国連に通達の上、帝国軍が中心となり米軍に協調を打診。

解放した朝鮮半島はアジア連合に一任するものとするが――反応炉は破壊せず確保。

 

のち国連安保理にてバンクーバー協定の一部改訂を提起。

甲20号反応炉の所管を米国一任とし、国連保有の甲22号・横浜の反応炉所管は日本とすることに賛成し合う。

さらに英国を含む欧州連合各国には、大陸戦線への支援に加えて内々に当地での反応炉の確保と先々のBETA由来技術共同研究の可能性をちらつかせて同意に引き込む。

 

 

どの道米国の覇権は揺らがない。

 

悠陽が目にした「香月レポート」、そのG弾攻勢によって齎される「予想の未来」が来るか来ないかに関わらず。

故に帝国は、侮られぬ様呑み込まれぬ様危険視され過ぎぬ様立ち位置を調整しながら。

また演者として欧州連合にも程々に生き残って貰わねばならない。

そして多少の楽観が許されるのであれば、米国とて旧西側諸国に関しては、その生存権に対して寛容な可能性も十分見込める。

 

米国に領土欲は無い。BETA大戦以前に言われていた将来の人口爆発による居住空間の逼迫等という話ですら、元々広大な国土を持つ米国にはほぼ関係が無い。

そして半世紀前ならいざ知らず、現代にて開発福祉等手間暇資金のかかる土地と人とを抱え込む理由など無い。資源等を欲するなら現地へ大資本や技術等を開発段階から投下して、金と契約とで雁字搦めにしてしまえば良いだけ。

 

 

公然・秘密・公然の秘密が入り混じる協定になろう。外交交渉としては、先の大戦前程度には困難さが予想される。

帝国は敗戦後事実上米国の保護属国的な立ち位置で対外的な立場を自ら明確化することを怠ってきた。この枢要の場に外務の司が居ない事がそれを如実に示しているが、実に半世紀以上ぶりにその交渉力を問われることになる。

 

だが今ならば、その為の手札がある。

 

米国に提供する甲20号・鉄原ハイヴは、政治上管理の困難が予想される旧東側領域ではなく、また対BETAならば攻撃防衛共に比較的容易な半島部に存在する。

同様の条件を満たすものは、地球上に19箇所残置するハイヴの内では甲08号・ロヴァニエミ程度。しかしそちらは欧州連合加盟国の旧フィンランドに属する為利害調整が困難になる。

 

そして斯衛発案・国内企業により開発された、戦術機の性能を劇的に向上させる新装置。

さらに国連軍の装備と云いつつ、実際の開発は帝国が担った大型電磁投射砲。

 

それらに深く関わり伏魔殿とすら囁かれる国連軍横浜基地は。

その実質的な支配者とされる「日本人」の香月夕呼博士の手元には、「精製済みのG元素」が一定量以上集まっている…

 

必ずしも実を伴う要はなく、可能性を示唆することもまた重要――

 

 

米国にしかない「はず」のG弾。

それが極超音速で極東の島国から撃ち込まれるかもしれない。

ただ相手はその意思はないと明確に表明していて。

共に「先々を見据えて」異星種を打倒しようと云ってきた。

内々には、何ならばいずれ同盟の再締結も吝かでないとすら。

 

対日強硬派は芽を摘めと云うだろう。

しかし工作員の侵入を阻み続ける伏魔殿の厚い壁。

非正規戦での実力行使も、謎の新装置を装備した精鋭部隊が迎え撃つ。

無論突破は叶うだろうが、証拠を残さずそれが可能か――

 

 

「軍としても、我が国単独で米国に相対するなど夢物語を通り越して別世界の話ですな。半年一年なら暴れてご覧に入れる等と、前大戦の轍を踏むが如き真似は致しかねる」

 

三軍を代表して陸軍総長が意見を述べる。

 

「如何な米軍とてG弾攻勢を今日明日始めるというわけにもいくまいが、我が軍も甲21号の痛手が癒え切ったとは言えぬ。外交については職分を超える故内閣に一任する他ないが、動員できる兵力には限りがある」

「しかし斑鳩公の仰り様も理解できます」

「左様、今ならば、逆に言えば米国のG弾攻勢が始まる前にしか、交渉の余地がない。ノーと言えば欧州に売り渡す、そのような余地が」

「アジア連合がそれで納得しますかな」

「気の毒だが彼らには選択権がない、与えもしない。我が国に解放域への領土欲はないことの証として、長期の進駐も行わない。そこでも先の大戦の轍を踏むわけにはいかん」

「頼み込まれて自国編入としたのに後になって絡まれては堪りませんからな」

 

話を戻そう、と榊総理は咳払い。

 

「猶予はどの程度と思われる?」

「楽観はできぬが本年中はなかろうな。欧州に今少し吐き出させたかろう」

「軍としても同意見ですな。仮に米国が最大限西側諸国との関係を考慮する、或いは見せ札とする場合でも、旧西独領域の確保と甲08号攻略までは待つ可能性があるでしょう」

 

または、ラグランジュ点で建造中の宇宙船団の進捗次第ですね…

 

この場にいる、誰がどこまで情報を持っているのか。

それを把握しきっていない悠陽には、尚更口の出し様もない。

 

「しかし総理、国会は…」

「何とか纏める」

「紛糾しますぞ」

「党内反対派には醜聞を含めて持ち弾がある。野党には決議後に解散する方向で手回しする」

「…そこまでの覚悟がお有りでしたら」

 

世論を考えれば、ほぼ勝てない選挙になる。

内閣の一員である国防大臣も、榊総理の決意を受けて引き下がった。

 

榊総理は現実主義者だと、崇継も評していた。

以前左右両翼からの批判を承知で帝国軍基地を国連に開放する等の政策を強行したのは、それにより駐留する国連軍を事実上国防に利用できると判断した故。

そうした榊の判断を悠陽は評価しているが、それが周囲の政治家達は兎も角、支持者含む国民に正しく理解されているのかはまた別の話になる。

 

そして日陰の身たる瞼の妹とすら言えぬあの者、それを止むに止まれずとは云え国連への供犠とした、その処遇に関してのみは含む処もあるがそれは己の感情論。

 

「斯衛は摂家方がお纏め下さるとして、軍はどうかね」

「三軍は問題御座いませんが…参謀総長」

「…本土防衛軍の一部に、跳ねっ返りの連中がいるのは事実です。世論も後押ししておるのでしょうな、米国何するものぞと云う」

 

指された参謀総長は小さく頭を振った。

 

「精鋭とされながら実戦の機会が少ないことにも不満を持っておるようで」

「前線の兵が聞いたら鼻で笑うぞ」

「彼らの中にも光州や本土防衛の生き残りはおります」

「すると…」

 

この場の誰もが、榊総理に視線を送りつつその名を出さなかった。

泣いて馬謖を斬った、いや規則規範の為だけでなく、その友の屍を以て国防の礎としたことが、国の枢要たる人間達には明白だったが故に。

 

「対策は?」

「今夏迄には予定されている軍の再編計画に伴い、帝都防衛師団の一部を欧州派遣軍に致します。足は、軌道輸送が叶わぬなら国連頼りで海路ですな」

 

 

その力を振るう場を与えて、かつ中央からも遠ざける――

 

合理的な、判断ではあった。

 

それが、間に合えば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

帝都。まだ長くなりそうもない陽は、とうに落ちて。

寒さの割に遅かった今季の初雪。ほんの僅か積もりかけた白さが、道端で醜く泥に交じる。

 

繁華街からは少し離れた、料亭通りの一角の店、その二階。

 

「大隊長らの決断を待つ迄もない!」

「そうとも!」

「応! 尻の重い地方の連中など放っておけ、奴らどの道間に合わん」

「やるのだ! 我々の手で!」

 

気勢を上げる、軍服の青年将校達。

二十畳足らずの部屋は5人の男達の熱気に充満し、窓の硝子を白く結露させていた。

 

しかし上座のもう1人は沈思黙考し、座したまま動かず。

 

 

昨年辺りから二週に一度程度の定例になった様な光景。

いつも大抵同じ話の繰り返しになる。酒が入ってくれば尚更。

 

ただそれが、ここ最近具体性を帯びた内容になってきた。

 

 

いつも通りやや醒めた思いで男達を下座から眺める駒木咲代子中尉は、その点の危惧だけは抱き続けていた。

 

 

――常に日の本を第一に想われる悠陽殿下を、内閣の佞臣奸賊共が蔑ろにしている。

自らの権勢と保身の為にその威光を利用しているのだ。

 

その殿下をお支えする筈の五摂家を頂点とした武家も又、腐敗している。

政治屋達と共に殿下を傀儡に仕立て上げて、独立組織との名分を持ちながら武家に阿る軍上層と癒着して新装備を次々と吸い上げていく。

故に戦果が挙がるのは当然であり、斯衛人気等と国民を欺いている。

 

そして極め付けは、今国会に提出される予定だという甲20号攻略作戦。

 

鉄原ハイヴは半島残余と日本海を縦深とするとはいえ、目下国家の一大事。

しかしそれを攻略するに、内密に得た情報によれば、事もあろうに彼の憎き米国にお伺いを立てるが如くした挙げ句、あたかもその軍門に降り走狗と成り果てBETAの首魁たる反応炉を無傷で差し出すというのだ。

 

これは、税と血とで鉄を購う国民への背信であると共に、民を第一に愛される煌武院悠陽殿下の御心に背くものである。

 

そしてそれを正さんとする我々をその作戦に先立って遠く欧州の地へと追いやり、自らの邪な企みを妨げられまいと画策している――

 

 

気持ちは…判らんでもないが…

 

変わらず大声を上げ、杯を干していく同僚たちを横目で見やり。

いつもの事ながら声量を諫めにやって来た仲居に廊下で応対して。

 

 

精鋭とされる帝都防衛師団、その中の地方出身者には困窮する家族を残して軍務に就いている者も多い。彼らからすれば、京都や帝都出身の高学歴者が占める軍上層やそもそもが世襲の武家には以前から不満があった。

それが最近になり、民間の思想家の理論が彼らの思いを代弁しかつ政治的思考へと昇華させた。

 

彼らの考えの全部が全部、過った問題意識ではないと思う。

駒木とて、現状の政治や軍のあり方に思うところはある。

ただ今この宴席で気炎を上げる連中は、その掲げられた理想の中に自らの嫉妬や欲求を混ぜ込んでしまっていることを自覚しているのだろうか。

 

そしてさらに、ここ暫くで「苦労はするが順調に」情報や同志が集まりだしたことに。

 

 

「…」

 

正座して黙って男達を見やる駒木、その視界一番奥にいた男が立ち上がった。

なんだ厠かと声をかける僚友達を軽く手で制し、襖を開ける際に目が合った。

 

鍛えられた長身。短髪に眼鏡をかけ、引き締まったその表情が緩んだ瞬間を駒木は知らない。

何気ない素振りで立ち上がり、駒木もその男 ― 沙霧尚哉大尉を追った。

 

「大尉」

 

座敷から程近い廊下で声をかければ、目線でのみ着いて来いと。

それに従い、そのまま店を出る。

 

「――妙だ」

「…は」

 

薄暗い道を歩きながら。

 

「君側の奸は除かねばならん。一握りの者共の為に民が虐げられる現状も変えねばならん」

「は」

「だがどうにも…」

「我らに同調する者達の身元は洗ってはおります」

「ああ。そうだ」

 

決意の揺らぎではなく。

言いつつも、沙霧の厳しい表情からは疑念が晴れない。

 

「駒木…気付いているのだろう」

「……はい」

 

 

何者かが、憂国の志士を踊らせようとしている。

 

 

立ち止まり振り返った沙霧の視線が、わずか緩む。

だがまたすぐに引き締められ。

 

「お前は残れ」

「――は?」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

そしてその意味を解し、反射的に自分が女だからかと問いそうになって。

そんな愚かな質問をしなくて良かった。

肯定されれば、落胆の衝撃は拭えぬ程だったろう。だがあり得ない。男女の別で、同志を選ぶ人ではないと信じている。

 

「...何故、ですか」

「お前は、気付いているからだ。事実を、真実を知る者は残れ」

 

正義と理想の為の決起とはいえ、殿下の知らす神州を乱すには相違なく。

 

失敗は元より死。成功もまた死。

 

故に気高き志に唾する者がいたことを、知る者が残らねばならない。

 

何らかの形で、後の世に遺す警句の為に。

 

「大尉…」

 

駒木には判っていた。

沙霧には、理想がある。ただその理想の世界に、自らは不要だと決め付けていると。

 

そして恐らくは。

彼は、未だ敬愛して止まぬ、あの中将閣下の仇を討ちたいのではないか。

 

 

3年前の光州作戦。朝鮮半島南東部。

難民と将兵の命を天秤にかけ、知将として知られた彩峰萩閣中将閣下は前者を取った。

結果数多の兵の生命が失われ、その判断の対価を閣下は自らの命で贖われた。それは物事の帰結として、認めざるを得ない。

 

ただ、その、高潔な死を。

政争の具に貶めた者達だけは、赦すことが出来ないのでは。

例えそれが、彩峰閣下が望まぬことであったとしても。

 

 

「駒木、頼む」

 

沙霧が向き直り、深く頭を垂れる。

やめて下さいと言っても、沙霧は動かない。

 

「お前にしか頼めん。お前にしか」

「……あんまりです…」

 

素直にその言葉が出た。そんな云い方をされたら。

 

沙霧への敬愛が、敬慕を含んでいることは自覚している。

そして沙霧には、それに応える心算はないことも。

 

彼が心から愛し想うのは此の瑞穂國だけ。

そして生を見ていない。生きながら、既に死んでいるのだから。

 

 

 

 

 

俯いていた駒木が去った。

店には戻らず、是とも否とも言わず。

 

沈黙する沙霧は、少し離れた街灯の下、佇む男に気付いていた。

 

帽子に外套、何の変哲もない勤め人の様な。

 

「…約定を違えるな」

「心得ておりますとも」

 

その声と共に、男の気配は夜の闇に溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年 2月 ―

 

 

払暁。寒明けから三週間以上が過ぎても冷え込みは未だ強く。雪の降る日だった。

 

帝都防衛師団第1連隊。水盃を交わし、烈士を自認する志士たちは起った。

 

戦術機108機、呼応した師団付歩兵2個大隊計1500人程。

決起軍青年将校らは制止しようとする連隊長及び大隊長連を拘束。

彼らに同調まではせずとも同情的な同師団他連隊や近隣部隊は見て見ぬ振りをした。

 

そして戦術機数機と歩兵部隊がその第1目標である首相官邸を襲撃、内閣総理大臣榊是親を殺害。

ほぼ同時に帝都内の閣僚私邸へも分遣し、蔵相や内相等重要閣僚を警備員達を含め次々に殺傷した。

 

またやや遅れて帝都の大手通信社数社を占拠。

 

そこで決起の主導者・沙霧尚哉大尉が全国に向けてTV演説を行った。

決起の趣旨が表明され、帝国軍の相撃は望まぬ事や軍上層将官ら数名の罷免や拘束の要望が出された。

 

そしてこの時既に、帝都城は内堀内にて守りを固める城宮警備隊ごと、決起軍の歩兵部隊に包囲されていた――

 

 

 

 

「何だと!?」

 

それが、帝都城北の丸駐屯地へと向かった決起軍戦術機第1大隊、94式36機の指揮を臨時に執る衛士の最期の言葉になった。

 

未だ夜も明けやらぬ空からの奇襲。

しかし駐屯地からは即座に迎撃機が上がってきた。

 

黒の2刀。

 

ヤツだ、と思う間もなく。

 

鶴翼参陣の中央に臆する風すら無く突っ込んできた漆黒の00式。

帝都それも帝都城上空。火器はとの逡巡の暇など無く、激突寸前の黒い00式に信じられない迅さで背後を取られ。

正確に突き込まれた74式長刀が装甲諸共その衛士を貫き絶命させていた。

 

「河野大尉!」

「おのれ…っ!」

「馬鹿、火器を使うな!」

 

ご丁寧に帝都城の堀辺りに落ちるよう撃破した長機を蹴飛ばし、その黒ははらはらと散る雪の中、明け方の闇に紛れて疾風と化した。

 

主腕を、機器の集中する頭部を。

被撃墜こそ出ないものの、編隊中を稲妻の如く宙を駆ける黒い00式が次々に隊機を屠っていく。

 

「ば、化け物か!」

 

時間にすれば2分と経っていない、しかし既に10機近くが何らかの損傷を負わされている。

そしてその空隙を縫うように、赤い00式が白の同型機を引き連れて上がってきた。

 

 

決起軍の奇襲は完全に失敗した。

 

内閣の奸臣共同様、五摂家の当主連は事実上不在の崇宰を除いて粛清の最優先目標だった。

 

 

そして僅かな時間差での駐屯地侵入占拠を目論んだ歩兵部隊は、既に全機起動した戦術機を目の当たりにした。

 

「投降せよ。濫りに血を流すが大望ではあるまい」

 

駐屯地内に屹立した青色の00式が外部音声で告げる。最重要目標、その者の声。

歩兵にとっては散兵となって地内に侵入するは可能ながら、そこにいるのは整備兵などの後方要員のみ。中にはそれらを人質にとって逆に投降を促すべしとの声も出たが、大勢には至らなかった。

 

16大隊機は、後退していく決起軍機も歩兵部隊も追わなかった。

 

そして一時後退した決起部隊は暫くして、他摂家を襲撃した部隊も私邸は空振り、帝都近郊の駐屯地の場合は頑強な抵抗を受けている間に他所からの援軍が到着して挟撃に遭う等し、事実上の敗走の憂き目を見たことを知る。

 

 

そして決起から3時間後。

 

帝都城に集結した、いや集結を余儀なくされた決起軍部隊は、戦術機約70機。

歩兵戦力は損耗はほぼ無いが、一時退却の際に逃散が出て1200人程。

帝都城内堀内にて守りを固める城宮警備隊に背を向けつつ、実際は帝都城本丸を大きく包囲していた。

 

 

しかしその帝都城内から、政威大将軍玉音による放送がTV・ラジオの電波と広報拡声器に乗って流れ出す。

 

「賊軍に告ぐ」

 

映像を見ている者には、豪奢な紫の袍、日輪の髪飾り。

しかしその強烈な第一声に、聞いてしまった決起軍の兵士衛士は余さず仰け反った。

 

「愚かな行為を止めなさい。皇帝陛下よりも逆賊討伐の勅命を受け賜りました。私の股肱を殺傷する等真綿にて我が首を絞めるに等しい行為です。直ちに武装解除して投降しなさい」

 

画面に映し出された政威大将軍の表情は、常に湛える凜とした美の中の柔和さ等欠片もなく。

見下すように傲然として、冷たく怒りを秘めた瞳。

そして一転、

 

「親愛なる国民の皆様には、全く私の不徳の致すところにてお詫び致します。直に我が忠勇なる皇軍・斯衛の精鋭らが叛徒を鎮圧せしめます故、取分け帝都にお住まいの方々は御自宅より出ぬ旨お願い申し上げます」

 

その美貌と清らかな佇まいにて。

常通り、いや寧ろ更に沈痛さの中にも親愛を込めた声音と表情で、臣民を惹き付ける煌武院悠陽殿下の御姿。

 

そしてそれが画面から消えると、都下に大音量で鳴り響く警報。

戒厳令の発令。

 

 

瞬く間に決起部隊には動揺が拡がる。

 

國の為、殿下が御為の決起。

それを頭ごなしに否定され、最初から賊軍扱い。

 

 

そして警報の吹鳴が終わるや否や、続いたは再びの放送。

戦術機に乗る者は映像で、歩兵に少数の砲兵などはラジオを聴いた。

 

画面に映ったのは何処かの会見場らしき場所。

国連軍の制服を纏う壮年を過ぎた外国人男性と、彼に付き添われるかのような少女。

少女は訓練生らしき制服を身に付け、上腕には国連所属を示す章。

大きな眼鏡をかけ、三つ編みを長く垂らした彼女は、生真面目そうな顔立ちの中にも色濃く疲労と憔悴の陰。

 

「失礼する。私は、国連軍横浜白陵基地司令・パウル・ラダビノッド准将です。本日当基地所属兵士の家族が、暴徒により殺害されたとの報を受けて抗議の声明を発表する。殺害されたのは日本国首相・榊是親氏。他閣僚の方々にも死者が出たと…衷心よりお悔やみ申し上げる」

 

流暢な日本語が紡がれ、ラダビノッド司令は瞑目して見せる。

 

「当基地には、榊氏息女、榊千鶴嬢が所属している。暴徒諸君、貴様らは彼女の父親を殺したのだ」

 

俯き加減の少女 ― 千鶴の肩が僅かに震えた。

 

「今すぐ蛮行を止め、投降しろ。これは在日国連軍の正式な通達となる――…ん、榊君…いいのかね?」

「――はい、ありがとうございます司令。…反乱軍の皆さん、私は榊千鶴…榊是親の娘です」

 

何かを司令に告げ、千鶴は顔を上げた。

 

「私の父は、懸命に務めていました。批判が多い政策も、すべては国を思えばこそと…この横浜基地を招致したのも、本土防衛で損耗した帝国軍の戦力の穴埋めになればと………私はそこに、志願して入隊しました。父が招いた基地、国連を通して、帝国のためになりたかったからです」

 

決したまなじりが画面から見据えてくる。

しかし。

 

「父を…返してくれとは言いません。恨まれることもあったと思います。ですが、ですが父は一生懸命やっていたんです。いつも、国を、と……」

 

遂に堪えきれなくなった感情が溢れ出すように。

言葉は切れ、顔を覆い、俯いて。

 

「もう、止めて下さい。これ以上不幸な人を増やさないで下さい。お願い、ですから……」

 

最後の力を振り絞るように、涙を溜めた瞳でそう訴えて。

ラダビノッド司令に支えられるような千鶴の姿で、放送が締めくくられた。

 

 

包囲部隊にはさらに動揺が拡がった。

茶番だ、偽物だ、と怒号が飛び交う。

どうせ後方勤務にするだけの格好付けだと穿った意見も出る。

 

 

そして降っていた雪が止み始めた時。

 

北の丸方面から跳躍機の轟音が複数。

同時に広大な帝都城前庭の一部が動き出し、隠蔽されていた地下格納庫の入口が開いた。

 

 

空からは、各色を引き連れた青の鬼神が。

 

そして地からは、紫の鬼神が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷い茶番を見せられている気分だ。

 

帝都上空。舞い散る雪が止み、重い曇天の下。

強化装備の篁唯依は愛機山吹の00式の操縦桿を握る。

 

 

一週間程前から。一部の斯衛には内密に厳戒態勢が敷かれていた。

 

帝都防衛師団ニ叛乱ノ兆候有リ。

 

摂家当主連及び有力武家が率いる大隊は秘かに臨戦状態に入り、唯依の率いる開発衛士隊は自衛戦力の回復が間に合っていない崇宰の警護を命じられた。

だが崇宰には襲撃部隊もなく護衛は不要だと悟った時点で、念の為数機を残して唯依は他駐屯地への援軍へ飛んだ。3機斬った。

 

各駐屯地の装備機はほぼ82式、しかし全機が例の新型装置に慣熟済み。

旧式機と侮った決起軍94式はその防衛線を破れず、逆撃を被りさえして退いていった。

 

 

「勅命は下った。軍旗に逆らうな。繰り返す、勅命は下った――」

 

近接データリンク含む全周波数と外部音声に乗せて、唯依の00式は飛行しながらその文言をばら撒く。

 

「叛乱加担の下士官兵に告ぐ。今からでも遅くないから原隊へ還れ、国元の父母兄弟迄国賊とする気か――」

 

 

一君万民。政威大将軍・煌武院悠陽殿下を頂点且つ中心とした國。

腐敗した政治家や軍上層部、大企業や富裕層。そして特権階級たる武家を打倒し、対BETAの名の下重税に苦しむ民を解放して、殿下を中心とする政治に立ち返らせる――

 

巌谷から聞き、決起軍の思想背景たる北だか西だか云う思想家の論考書籍は唯依も目を通した。だがそれは殿下の名を随所に挙げつつも、

 

正しき國軆の護持に名を借りた社会主義革命ではないのか…?

 

決起軍の連中にはそれが判らなかったのか、或いは見ない振りをしたのか。

ともすれば何も判っていない下士官達を巻き込んで、何が維新か。

 

国内シンパか、旧東側の? ……いや、或いは…

 

BETA大戦勃発とユーラシア失陥以降、一部有耶無耶に成った東西対立。

冷戦構造自体は未だ続いてはいるが、共産主義思想の輸出による革命の拡大等と東側盟主たる当のソ連ですら励んでいると聞いたことがない。どころかそんな余裕はない筈。

 

故にこれは。そう思わせたい、誰かの。

 

 

「こちらホワイトファング05、隊長!」

「なんだ?」

「防衛組から入電、相模湾沖に米太平洋艦隊と思しき船団が展開中!」

「……成程。了解した、横浜基地は?」

「変わらず、帝国及び斯衛軍を支持し待機すると」

「……重畳。……急ぐとしよう」

 

複数の人間が絵を描いている。

夫々の思惑で、未来を――いや或いは混乱を撒き散らそうとして。

 

「だが概ね見えてきたな。行くぞ!」

「了解!」

 

白の列機を引き連れ、唯依は帝都城へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じ。腕を組んで。

沙霧尚哉大尉は、乗機94式の管制ユニット内で事の推移を辿っていた。

 

「……流れは定まってきたか…」

 

地獄まで引き連れていく同志達は、集まっている。

同調して地方で決起する者達は、現れなかった。

 

 

この日の本の為に。

 

復仇の意思が、無かったとは云えない。

師父と仰いだ方の骸に唾を吐き掛けた者達など赦せる筈もなく。

 

だが榊を斬った時に達成感が無かったこともまた事実。

彼奴は従容として死を受け容れた。それが故にではなく。

 

掲げた理想は間違っていない。

真底よりこの國を想われる殿下が御為に。

総てを擲ち逆賊の汚名を着て、五体を引き裂かれても尚。

 

この日の本の為に。

 

 

「…現れたな」

 

上空からの轟音に、乗機の向きを変える。

 

青い00式。

赤を1機、そして数多の白と黒とを引き連れて。

 

しかし同時に、紫の00式もまた姿を現した。

左右に侍るは赤の2機。

 

――!

 

「お、おい…」

「紫の…武御雷…?」

 

帝都城を背にしていた決起軍もまた、振り返って呆然とした。

堀を挟んだ帝都城前庭に立ち並んだは帝国斯衛。この國の武の象徴達。

 

進み出た紫の00式は長刀を地に突き立て、その柄に両主腕を乗せた姿勢で歩みを止めた。両脇に侍る赤2機、左手前には青。

 

音も無く紫の胸部装甲が開くと、滑り出る管制ユニット。

そこから立ち上がったのは――

 

「政威大将軍・煌武院悠陽殿下、御成りぃ」

 

別機から響き渡る朗々とした大音声、堀幅は100m近いが決起軍衛士達は望遠でその御姿を見た。

 

 

青成す長い黒髪に深い海の底の様な瞳。

美々しい紫の強化装備姿に、一振りの太刀。

 

 

「逆徒共に告げる。煌武院悠陽が名において命ず。投降せよ」

 

その、張り上げたでもない声は、しかし機械の力に宿りて決起軍へと届く。

魂を抜かれたように脱力する者、膝を突き項垂れる者も現れた。

しかし中には状況を認められず、歯軋りして銃把を握る者も。

 

殿下…

 

沙霧も僅か自失して、その姿を見た。

 

まさか、御出座になるとは。

既に決起軍の戦意折れたとはいえ、この槍衾の只中へ。

何たる高潔。何たる御覚悟。

斯くなる上は、不測の事態が起きぬ内に――

 

 

その時、包囲する決起軍の側から、1発の噴進弾が発射され。

 

一直線に紫の00式へ向かった。

 

 

「―――!」

 

瞬間、信じ難い疾さで踏み込んだ赤の00式が立ち塞がり。

身を挺して紫の将軍機を守った。着弾して爆発、胸部付近に弾体を受けた赤が倒れ込む前に決起軍からはさらに銃声が連続した。

 

「だッ――!」

「で、殿下が!」

「倒れられたぞ!」

「誰だ馬鹿者! 撃つな、撃つな!」

「止めろ! 止めろ! 早く止めろ!」

 

怒号が響くが銃声は止まない。

包囲体制の数カ所から火線が帝都城へと伸びていく。

遠く沙霧の目にも、操縦席の中へと殿下が仰向けに倒れ込んでいった様に見えた。

そして堀の向こうの将軍機の前には十重二十重と斯衛機が固めるも、当の悠陽殿下本人に何かあったのか紫の00式は動かない。

 

さらに帝都城には背を向けて起立していた決起軍の戦術機、数機が城へと向き直って銃撃を開始した。

 

「なっ…止めろ坂井! なにやってる!」

「馬鹿撃つな!丹生!」

 

先に城前庭では追加装甲を構えた斯衛機隊が前に出て壁となっていたが、暴発した決起軍機は僚機の制止もまるで聞こえていないかの様に突撃砲を撃ち続ける。

 

おの、れ――!!

 

「銃撃している者を止めろ! 手荒な真似をしても構わんっ!」

「沙霧大尉!?」

「各指揮官は部下を暴発しない様統率しろ!」

 

激発と云うより。よもやここまで浸透が。後ろで糸引く者が「そう」だとは聞いてはいたが、下士官どころか衛士の中に迄潜り込ませていたとは。

元より己の生命等どうでも良い。しかし殿下の玉体に瑕疵一つもあろうものなら万死を以ても贖い切れぬ。

 

最悪の事態を迎えた事に沙霧は動き、決起軍の統率を図る――しかし。

 

「戦闘を止めよ。繰り返す、戦闘を止めよ」

 

その、冷静な声。

堀の向こうの青い00式から。

 

「まさか……」

 

白と赤の機体群に両脇を抱えられるようにして後退する紫の将軍機、被弾し倒れたままの赤い機体もその列機らしき数機が引き摺って行く。

そしてそちらを一瞥だにせず赤や白黒を従えて傲然と立つは青色の00式。

長刀を携えて睥睨するその様こそは、傲慢なる公家武家の在り様そのものか。

 

やはり、貴様が――!?

 

現状への不満分子。

それを利用して我が国を乱さんと画策する米国。

そしてさらにそれを利用して簒奪を企てるは――

 

「斑鳩公! 殿下は御無事か!」

「大逆の叛徒に話す舌等持たぬ。戦闘を停止し武装解除して投降せよ」

「くッ…!」

「手緩いな…中尉、埒を明けよ。2人程生きておれば良い、どうせ何も出て来ぬ」

「……了解」

 

開放回線で訴えるも、黒の2刀が動き出した。

鋭角に急上昇すると全速でこちらへ突っ込んで来る。

そして壊れた機械の様に味方機の制止を無視して突撃砲を撃ち続ける機体に接近すると、無造作にその胸部に長刀を突き刺した。がくん、と刺された94式は動きを止める。

 

「野中大尉ぃ!」

「き、貴様ぁ!」

「…邪魔するな」

 

何とか僚友を止めようとしていた2機が激昂するが、1機は頭部を仕込み短刀で貫かれ、1機は片脚を断ち斬られて転がされる。

 

「…俺は今、機嫌が悪い」

 

黒の00式がロケットに点火、紅い炎を引きながら超低空で次の獲物へと迫る。

そしてまた同じく人形のように突撃砲を撃ち続けている機体の急所を一太刀で抉り停止させる。

 

「な…っ、殺……てめええ!」

「…」

 

すぐ脇で暴走機を止めようとしていた決起軍機は一瞬呆然となるも、容赦なく僚機を殺されて逆上したのか短刀を抜いて突き込むが素気なく躱されて機体ごと左腕を斬り落とされた。

 

「ぐぁ…っ、ぎゃああああ!」

「――やめんか!」

「…なら部下を止めろ」

 

黒の暴虐に沙霧は94式を駆った。

標的を変えた黒鬼に追い縋るが、機体差故にか届かない。そして沙霧の目の前で、もう1機が血祭りに上げられた。

 

「き…貴様…!」

「こちらホーンド02、傀儡機を確保」

「宜しい。では再度賊軍共に告ぐ。武装解除して投降せよ」

 

火砲の音は急激に静まった。

 

乱射していた歩兵は味方に取り押さえられ、残余の暴走機は16大隊の00式が押さえたらしい。

空からは山吹と白の00式中隊が増援として降下し、さらに遠巻きには決起には呼応しなかった郊外の帝都防衛部隊が網を張っているだろう。

 

ここまでだな…

 

幕引きは、図らねばならない。

何より殿下の御容態は気にかかるも、どの道最初から事後の自らの生命など沙霧は欲していない。

 

「……こちらは沙霧大尉だ。決起軍に告ぐ…武装解除して投降する」

「た、大尉!」

「大尉!」

「…こちら決起軍沙霧尚哉大尉…降伏勧告を受け容れる」

「衛士は除装後に降機。歩兵は士官共で統率せよ」

「……了解。だが――」

 

 

彼奴こそが、本当の黒幕かも知れぬ。

 

佞臣奸賊許すまじ。

烈士。腰部装甲に大書された、その志のままに。

 

ならばたとえ、いや。相討ってこその本望――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち会いを願おう、開放回線にそう聞こえた。

 

「斑鳩崇継ッ!」

 

そう叫んで一機の94式が全速の噴射地表面滑走で突撃するのを、帝都城に到着したばかりの唯依は見た。

 

その目標は青い00式 ― 斑鳩機。

 

しかしその途上、2刀を提げた黒い機体が立ちはだかった。

激突する1と2、烈士の前進が止まる。

 

「退け!」

「…断る。…大隊長、お退きを」

「おや。中尉、怒っておるのではなかったか?」

「…」

「よい、直言を許す。申してみよ」

「……貴方が戦場にいないと死人が増えます」

「はっは、そう来るか。良かろう、とはいえ死ぬなよ」

「…了解」

 

戦場とは思えぬやり取り、前庭中程で黒と烈士は一旦離れる。

その間に斑鳩機は赤の真壁機らに守られるように距離を取っていく。恰も高みの見物、と云わんばかりに。

 

中尉…!

 

唯依は網膜投影越しに黒の機体を見つめる。

損傷も消耗も無いようだが、突撃砲を装備していない。しかし対する沙霧機も、右主腕の74式長刀一振りのみ。

 

「退け、貴様!」

「…」

 

沙霧の怒気が開放回線に走る。

数秒の敵味方が僅か動静を決めかねる空気、その中で真正面から黒が突っかけた。

 

地を滑るような機動、激突の寸前で脚を使って鋭角に背後へ回り込み――しかしその死角からの斬撃を後ろ手で沙霧機は受け止め、間髪容れず襲い来る2刀目すらも脚と腰部の回転を乗せた神速の一太刀で払い除けて見せた。

 

「…ッ!」

「ぬるい!」

 

回線を貫く裂帛の気合い、しかし動きを止めない黒の機体は再度距離を開け。突撃。今度は正面、数合の牽制を交えた打ち込み、しかしその総てを沙霧機は受け、払い、打ち落とした。

 

「……!」

「その珍妙な構えに我流の剣筋…基礎は多少囓っているようだ――が!」

 

無言のまま三度突っかける黒の機体、待ち受ける形の沙霧機の太刀の間合いより僅か内側まで踏み込んで其処から鋭角の機動で翻弄しようと試みるも、如何な方向からであろうともその初太刀が見切られ、数合の打ち合いの後嫌ってか黒が離れる。

 

「…、…そうか」

「どうした!」

 

何かを悟ったかのような黒の衛士の呟きに、沙霧が気を吐く。

しかし斑鳩機へは行かせまいと四度目の突進に漆黒の00式が移り、急角度の機動から数合の剣戟――だがまた同じ繰り返しになる。

 

「その程度で立ち塞がるなど――笑止千万!」

「ッ…!」

「浅薄な理由で人を斬る者など! 物の数では無い!」

 

そしてついに逆撃とばかりに沙霧機が斬りかかると、2刀の手数を以ても抗しきれない重さと迅さの凄まじい迄の剣捌き。

 

「私は、義に依って起っているのだ!」

「…ク!」

 

数合打ち合ってはやはり黒の機体が円の軌道で退き距離を取る。

 

唯依は彼が単機にここ迄追い詰められるのを殆ど初めて見た――が。

 

いかん、中尉に不利だ…!

 

彼の持ち味はその圧倒的な機動の迅さと冴え。だが変幻自在のその機動も、凹凸も遮蔽物も一切無いこの100m四方程度の前庭では大きくその利を失う。

そして沙霧の機動剣術が余りに圧倒的。斯衛でも果たして彼に打ち勝てる衛士がどれ程いようか。対して中尉は純粋な剣技自体では16大隊でも良くて中の上程度の筈。長刀のみでは分が悪いと云うほか無い。

 

だがそれでも、誰も加勢するとは言わない。

堀の向こうの決起軍も同じく。

 

それは今この場を支配するのが黒の衛士の圧倒的な機動ではなく、死に臨んで尚事を成そうとする沙霧尚哉の気迫ゆえなのか――

 

「覚悟無き者は去れ! 是れは日本の未来を決める闘いだ!!」

「…ッ!」

 

沙霧機が発気して踏み込む、しかし黒の機体もそれに応じた。

下段から振り上げた左主腕、そこから飛ぶ――短刀!

 

「ふンッ」

 

沙霧機が迫りつつ長刀の柄でそれを弾き、その向こうで更に右手腕を振った黒、再度の短刀。

 

「小賢しいッ!」

 

94式は首のみを振って回避してのけ、黒の機体を両断せんと上段から――しかし極鋭角の機動で低く地を滑った00式がその背後へ、一度見切った太刀筋ゆえ沙霧機は後ろ手に一太刀を受け止――

 

「何ッ…!?」

 

背後に黒の機体はいない。

沙霧の視界上方には、僅かな陰が映ったろう。それは短刀の投擲時に放り上げられ落ちてくる2本の長刀。

そしてその更に上、見えたのは鋭く分かたれた爪の如き黒い鬼の足の裏。

 

宙空の刃が、当たる――沙霧機は左右の腕と肘とでそれを受け弾き――右主腕の長刀を突き上げる――それは黒の機体の左足を貫いて――

 

「ぅおっ!」

「ッ…!」

 

黒の機体を胴近く迄貫いた沙霧の太刀は、しかしそこで止まって。

そのまま落下してきた00式と共に縺れ合い、轟音と土煙を上げて地に伏す――も、直前僅かに噴射をかけた黒は倒れ込むことなくそのまま長刀が刺さった脚でうつ伏せの沙霧機を踏み付けた。

そして間髪入れず下方へと全力噴射。00式の跳躍機FE-108が紅の炎と共に唸りを上げる。

 

「な、にッ」

 

94式の耐熱対弾装甲は貫かれ、00式に刺さったままの長刀の柄が管制ユニット内部コネクトシートのすぐ隣にまで突き抜けた。

背面から機体を踏み潰された沙霧には正面コンソールが一瞬で迫り、挟まれた両足から下半身、腰の上までを一気に押し潰された。そして込み上げる熱のまま、大量に吐血。

 

「グ…ぶぅッ!」

 

倒れ伏す烈士の94式は動きを止めた。

背部からそれを踏み抜いていた漆黒の00式がゆっくりと脚を引き、沙霧機から抜き出された、刺さったままの長刀の柄からは血の如くに赤黒い潤滑油が滴った。

 

「、…!」

 

壮絶な決着に、見ていた唯依も周りの斯衛も声もない。開放されている回線に、拉げる沙霧の苦悶が響いたからだ。

 

 

奇策と云えば奇策。

散々平面での機動に引き込んでおいて、二重三重の詭計。

 

人間は平面から身長の倍以上も跳ばない。

頭上直上からの攻撃など本来想定していない。

剣ならば薙ぐか、突くか。

 

だが戦術機には跳躍機があり操縦席があり。

串刺しにされても痛みはない。痛みで動きも鈍らない。

人間なら致命傷でも操縦系が無事なら動く。

そして第3世代機は比較的装甲が薄く重心も高い――

 

実際の剣技に慣れ、剣に練達した者程戦術機操縦においてもその様式が人間に近付いていく。間接思考制御故の、思わぬ落とし穴。

 

 

回線に浮かぶ、吐血する沙霧の表情には既に濃い死の色。

かけた眼鏡には罅が入り、網膜投影装置は近視を問題とはしないが沙霧の視界は暗く落ち始めているだろう。

 

「グ、ふ…、おの、れ…!」

「…覚悟で勝てれば苦労はしない」

 

片脚で器用に機体を維持する黒の衛士が踵を返す。

 

「な……で、は…な、ん…、だ…と…」

 

流石にふらつき、唯依は慌てて乗機で肩を貸すように接近した。山吹の機体が黒の機体を支える。

 

「…単に機体の差だ」

 

反応、跳躍、主機出力。

そして小さく ― 貴様の動きは知っていた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

日は既に落ち。

月詠真耶がその病室へ戻った時、気配の残り香を感じた。

 

「…」

 

此処は帝都城内部、貴人や斯衛用の病室。

この城が戦火に晒される等築城以来無かった事だが、その混乱を置いてもおいそれと余人が入り込む場所ではないはずだが。

 

「……ん…、ん……」

「…お気づきですか」

 

寝台の主が目を覚ました。

わずか変えていた髪型を戻した青成す黒髪は白い枕に拡がり、同じく白の入院着が微かに衣擦れの音。

 

「……月詠……いや…」

「真耶に御座います。冥夜様」

「……! つ、月詠は、真那は――ぐッ…」

 

覚醒した意識につれて思い出したのか、御剣冥夜は身を起こそうとするも身体が訴える痛みに呻かされた。

名前程度はお聞き及びだったらしいが、実際にお会いしたのは本作戦の直前が初。

 

「御安心を。軽傷で済んでおります」

「そ、そうか…」

 

安堵したように布団へと身を沈める冥夜、しかし彼女の盾になった真那の生命は実際の処紙一重だった。

負傷自体は軽かったもののあの時撃ち込まれた弾頭は、対BETA・戦術機用の歩兵用携行APCBCHE。装甲を侵徹して内部で爆裂した炸薬の威力は、あと数cm着弾箇所がずれていたら00式の操縦機能を破壊するに留まらず、真那の命もなかっただろう。

 

そして当の冥夜とても、運が悪ければ死んでいてもおかしくはなかった。

 

至近弾で脳震盪。腹部に受けた小銃弾2発は強化装備の特殊保護皮膜で何とか止まったが、衝撃を完全に殺しきれるものでもない。

 

「今暫くお休みを。まだ城外の混乱も多少残っております故」

「ああ…首尾は、どうだったのだ…?」

 

少し躊躇うように。

事態の推移を最後まで見届けられず、意識を喪失して退いたことを悔いておられるのか。

貴女様に責任は、何一つ無いと云うのに。

 

「僭越ながら、御立派で御座いました。賊軍めらも無事鎮圧に成功致しました由、お伝えするのが遅くなりまして申し訳ございません」

「そうか……」

 

床に就く冥夜が、大きく深く息をついた。

 

 

生まれ出でてより、一度たりとも逢ったことのない姉。

己はその、決して誰の目にも触れてはならぬ影。

いや影ですらなく冥き夜の中でのみ生きることを宿命付けられた身として。

 

死する危険が在ろうとも、只其の殿下が御為に、いや逆にならば尚更その身を挺するを歓びとして。

 

 

「まだ数日は此方でお休み下さい。これよりは御出座を戴く機会も」

「ああ、判っている。では今日は、そうさせてもらう…」

 

ふっと冥夜は目を閉じた。

疲労はある。痛みもある。だがそれより何より、殿下の役に立てたのならそれが至上の歓喜だった。

 

 

そして先程までの眠りにも、誰かが、傍に。

 

いてくれたような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

深夜。

国連軍横浜基地。地下施設、副司令香月夕呼博士の部屋。

 

「やれやれ。とりあえずは、一件落着というところですかな」

 

大して深刻でもなさそうな口調で。

施設内にも関わらず、帽子とコートとを脱がないその男性は入室するなり手にしていた小さなモアイ像を入口付近の棚に置いた。

 

「…っとに。ざけんじゃないわよ」

 

もうコーヒーではなく酒が欲しい。

それがこの部屋の主、白衣姿の香月夕呼博士のやさぐれ。

 

帝都の怪人。単身赴任のサラリーマンを名乗る忍者の末裔だかどうかは知らないが、このいつも帽子にコートの鎧衣左近が持ち込んだタネも発端の一つだった。

 

「珠瀬次官が『呼びたかった』極東国連軍の増援は無用に。相模湾沖の米軍艦隊も『予定されていた』演習を終えたら帰還するそうです」

「なんでこういつも綱渡りなのかしらねえ…」

「いえいえ、あの榊『前』総理のご令嬢といい、さすが香月博士、素晴らしい仕上がりでしたとも」

「あれはあの子が役者だったってだけよ。軍人より政治家向きなんじゃない?」

 

血は争えないのかしらね、と。

 

当然ショックは受けていたようだった。

無理なら顔見せだけで良い、司令と共にそうも告げた。

それでもやると言った少女は、虚実入り混ぜて見事にやり遂げた。

 

「これで『勝てない選挙』も所謂弔い合戦になる。惜しいのはご令嬢が被選挙権年齢に達していないことですかな。とはいえ彼女の応援演説…までいかずとも、支持の言葉ひとつも貰えば盤石でしょう。勝つのは与党ですかな」

 

「第4計画」支持派の。

 

夕呼は先が欠けている爪を見つけた。

散らかる机からヤスリを見つけて神経質に研ぐ。

 

「閣僚連中、特に蔵相が殺されちゃったのは痛いけど。軍内の反動派はアンタがたらし込んだ烈士サンが道連れ、同情派もしばらくは黙る。武家は斑鳩が前に出てきてまとめ出した。煌武院とも手を組んだみたいだし」

「元々佐渡島攻略以降は軍の大半と斯衛の関係は良好でしたからな。軍政に関して言えば、殿下のお心とは関わりなく挙国一致というやつです。殿下の求心力も今回の一件を通してさらに高まるでしょう。民主主義の信奉者としては、少し複雑ですがね」

「あの将軍サマは、独裁者って柄じゃないでしょ。斑鳩もやる気はなさそうよ」

 

必要となればやるでしょうけど、斑鳩は。

 

「そう」だったと、あの男も言っていた。

 

「そうそう。その斑鳩のご当主とは、何をお話しに?」

「別に? 前からレポートにして出してる推論を見せてレクしただけよ。面倒くさがりのお武家様がちょっとやる気出すには良かったのかしらね」

 

頭の回転速い人は好きよ、もうちょっと歳いってたらな、と。

 

「おや、てっきり私を差し置いて綿密な打ち合わせでもされたのかと」

「まさか。アンタだって国内限定とはいえ摂家の情報力くらい知ってるでしょ」

 

 

長い歴史を持つ名家、というのは侮れない。

それこそ父祖の代からお付き合い、上は政治家から下は町の酒屋まで。

懇意の老舗に出入りの業者、緩く広く繋がる紐帯は社会に根付いて自覚無自覚問わずに情報網を形成し、醜聞程度の噂話から大企業の投資先まで推測できる場合すらある。

確度は低くとも概ねの方向性さえ判れば十分ならば、非常に有効に機能する。

 

そしてBETA侵攻以前首都はあくまで京都だったとはいえ、経済の中心だった江戸=東京には所縁のある武家も多く。

例えば今回、烈士を気取る連中が毎回変えていた会合場所の料亭にしても、そのうち何軒かは譜代以上の武家と何らかの繋がりを持っていた。

 

 

「とはいえ発端はどうせアンタが耳打ちしたんでしょうが」

「流石、お見通しですか。しかしますます榊前総理には顔向けできませんな、地獄で会ったらどうしましょう」

「何を今さら。そこまでボンクラじゃなかったわ、当然気づいてたでしょ」

 

不人気法案の強行採決。軍内の不満分子の暴発。

「第4計画」の継続。国内政治の安定と一本化。

 

それらをまとめて落着させる、条件の一つは?

 

「彩峰閣下と同じ道を選ばれるとは皮肉ですな」

「親友だったそうよ。だからって真似た訳じゃないでしょうけど」

 

同じく、国の礎を志したとはいえ。

そもそもが敵前逃亡での処刑と道半ばの非業の死として祀りあげられる者とでは、天と地ほどの開きがある。

 

「しっかしまあ、小手先の工作だけでよその国引っかき回してくれちゃって」

「それがあの国の恐ろしさですよ、博士」

 

夕呼は研ぎ終わった爪に息を吹きかける。

鎧衣は帽子のつばを少し引き下げた。

 

 

軍事的対米協調路線。

事務レベルでは内々に米国へも既に打診済み。反応は概して良好。但し、対日強硬派を除いて。

 

米国内最強硬派に言わせれば、日本などさっさと完全傀儡化して対BETA及びその後の共産勢力との不沈空母にしてしまえば良く、例え僅かでも米国を脅かす可能性など持たせるべきでない。もののついでに日本にある「第4計画」とやらも一緒に接収してしまおう。

また単に、日本のプレゼンス増大に釘を刺したい奴もいる。いつでも殺れると気づく者には気づかせておきたい示威行動派。

 

そういう連中の工作の一部が、今回の事件の一端。

 

またそれを掣肘したい連中もいて。

そこから匂わせ程度の情報提供、米国の穏健派。

それを鎧衣は夕呼と斯衛に同じく匂わせ。

 

それぞれがそれぞれの絵を描いて、現場現場のアドリブ勝負。

 

 

「まあ、誰が言ったか米国は、巨大な多頭蛇なのだそうね」

「ほう」

 

夕呼は次はあちこちかき回して決裁が必要な書類を探す。

今日はとにかく騒がしくて、ピアティフの手も回りきっていない。

 

 

米国はその名高い中央情報局を筆頭に、国防情報局・国家安全保障局・国家偵察局、さらに陸海空三軍に統合軍各々の情報局、加えて軍産複合体に巨大企業まで。

それら国家の舵取りに影響を与える夫々の首が時に合力し時に相食みながら、彼奴らの云う「ザ・ワン,アンドオンリー,スプリーム」を実現している。

 

 

「となるとその最強最凶成る多頭の巨大蛇を討ち倒すは、高天原より追放されし荒ぶる神。すなわち須佐之男命。それが不在の日本に勝ち目などは…おや、どうされました?」

「…いや…クク、そうね…まったく、皮肉な話ね」

 

その奇妙な符合に、夕呼は嗤った。

まだ書類は見つからない、ひらひらと手を振って鎧衣に退出を促す。

ちゃんとそのヘンな小物も持っていきなさいと。

 

そうして神出鬼没の怪しいおじさんが出て行くと、書類を諦めた夕呼は椅子に深くもたれかかった。

 

 

 

今回は乗り切った。首の皮一枚、までも行かなかったろう。

 

だがいつまで乗り切れる? こんな綱渡りがいつまで続く?

 

そしていつまで時間の猶予があるのか。

 

 

知らなければよかった。

 

「本来」は、とうに時間切れだったなんて。

 

 

「未来が…決まっていてたまるもんですか。負けないわ、絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想に評価を下さる方々、ありがとうございます。


クーデター未遂といえば、これしか思いつきませんでしたw
安直で御免なさい
ホンモノの方にも詳しいわけでは全然ないので御容赦下さい
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