Muv-Luv UNTITLED   作:厨ニ@不治の病

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Muv-Luv UNTITLED 09

2002年 6月 ―

 

 

降り続くは霖、梅雨の証。

とはいえ今日は止んでいるのだとか。

 

早朝。帝都城地下道場。磨き上げられた板張りの床。

 

数ヶ月前迄御剣冥夜という名だった彼女は、しかし日課であった鍛練は出来得る限り継続したい旨を告げていた。

そして今、その身を包むは先年来着慣れた国連軍BDUではなく、斯衛軍女子衛士訓練学校運動着に準じた物。髪は結い上げ、白の半袖、袖口と襟刳は臙脂色。同色の下穿きは短く、そこから伸びる鍛えられつつも女性的な優美さを誇る白い脚は、今は流れ落ちる汗で光っていた。

 

「二百…ッ」

 

風切り音と共に。太刀筋に乱れ無く。

使い慣れた木刀も、持参させて貰えている。

 

日課としている回数を熟し終えた事を知って、道場の入口付近に控えていた赤い斯衛服の月詠真那が音も無く近付き跪いて頭を垂れたまま手拭いを差し出してきた。

 

「良いというに…」

 

無益と判りつつ言ってしまい、礼を言って受け取る。

素振り位昔のように共にやろうと言っても、中々応じてはくれず。

掛かり・地稽古の類にしても、以前程には付き合って貰えない。

 

 

正直を云えば、影武者の日々は、そう楽では無い。

 

この地下へ入り、早4ヶ月。

影武者の存在を知る者は多くない。

 

侍従職でも高位の者達に限られ、他は日常生活に関わる侍医・大膳程度。無論そちらでも一握りにのみ。

現在の内閣にも詳細には知らされていないと云うし、武家でも近侍傍役の月詠真那・真耶を除けば五摂家当主辺り迄で留め置かれているらしい。

 

故に基本、この帝都城の地下からは出られない。

 

御剣の家に居た頃も4年程前の殿下…いや、恐れ多くも姉と呼べとの儀を頂戴したが…の御即位以降、「誤解」を避ける為に外出の頻度は減らしていたし、その後も横浜基地での訓練生生活だったが故にそれ程の大差は無いとも云えるが、それでも始終地下暮らしという無形の重圧は少しずつだが身体の切れにも影響が出ている。

 

一日の日程がある日はまだ良い。

殿下が一身に執り行われる祭祀は兎も角、言葉遣いから立ち居振る舞い、国内外の様々な事物の学習など影武者として修めておく可き座学の類は多い。

 

しかし何より堪えるのは休日として好きにせよと申しつけられた場合で、大衆音楽に本やらBETA大戦以前の旧作映画等、好みの物を手に入れると言われても歴史・剣戟小説の類以外にはよく判らない。

 

しかし乍ら、総ては殿下の御為に。

 

例の大逆未遂事件以後、膝を突き合わせる様にして畏れ多くもお話し下さったあの時間を、生涯忘れまい。頂戴した掌に乗るほどの産屋の御守人形が、終生の宝となる様に。

そして今でも、週に一度程度は食膳を共にする栄に与る等身に余るにも程があろう。

 

 

そして更に、殿下に成り代わる形で帝都城から出る機会もある。

 

その最たる物はいずれ来たるいくさ場乍ら、それ以外にも ― 戦術機の、訓練等だ。

 

 

 

 

 

 

 

帝都城。北の丸駐屯地。

 

将軍家を護る力の象徴、斯衛軍第16大隊が其の牙城。

冥夜が城内に入って以降、訪れるのは二度目。

 

「政威大将軍・煌武院悠陽殿下の、御成ぃ」

 

雨間は続いていて。今日一日の時間をとれた事と併せて、僥倖と云って良い。

送迎の御料車を降りれば ― 歩いても良い距離だ ― 、濡れた石畳に物々しい出迎え。駐屯所門内にはずらりと整列した16大隊が精鋭達。

過度の気遣いは無用と、殿下から念押しを戴いていてもこれ。

 

「敬礼ッ」

 

一糸の乱れも無く。敬礼する彼らに答礼しつつ、歩みを進める冥夜の内心には緊張。微笑みを浮かべるよう注意を払う。

 

任官前の名残、まだ訓練生だったのだ。

無用に喋りすぎれば直ぐに襤褸が出ようし、声も殿下に比べてやや低い。早々気付きはしない程度とはいえ、聞く者が聞けば疑念も抱こう。

 

「斯様なむさ苦しい処へ恐縮です」

「世話になります、斑鳩公」

 

一番奥で迎えるは内心を読ませぬ涼やかな青の微笑。

「正体」を知りつつ謙って見せる斑鳩公にも冥夜は答礼。

 

 

忌み子として生涯を完全な日陰の身で閉じゆく筈であった身を、引き摺り出したのはそもそもこの方。

侍従長閣下等は婉曲な言い回し乍ら気を許すな信用するなと幾度も繰り返すが、煌武院のしきたり故にと面会を迷われた殿下に「妹御こそは明日が来る保障なき身ですが」と告げられたのも公だと云う。苛烈だが、我が身の覚悟が試されるお言葉でもある。

 

 

「さ、先ずはゆるりと茶等と申し上げたい処乍ら、殿下も気が急いておられる御様子。御時間にも限りがありますれば、早速始めましょうか」

「助かります、お願いします」

 

先導する斑鳩公に続けば、背後では侍っていた赤服の真壁殿が解散の号令を掛けた。

その足で更衣室へ向かい、月詠と共に強化装備へ。

着替え前に、では、と辞した斑鳩公が是れにてお役御免とばかりに退散する風であったのはおそらく気のせいではなかったろう。

 

厄介者には違いない…

 

 

殿下御本人は一通りの衛士訓練を終えておられるそうで。

鉄火場に限った影武者、しかし実際に戦陣に立った処で自ら戦術刀を振るう局面等は早々やって来ない…来たとすれば、それは恐らく死ぬ時に成る。

とはいえ国連軍では戦術機搭乗訓練未修のまま今の立場に成った以上、殿下に成り代わる形の僅かな時間で何とか侮られない程度の基礎機動なりを身に付けなければならない。先の大逆事件の折の如く、いつもいつも自律稼働やら月詠の制御に頼っている訳にもいかない。

本音の欲を申せば、突撃機動の真似事のひとつも描いて見せて、政威大将軍此処に在りと死地に臨む同胞を鼓舞して殿下のお役に立ちたい。

 

 

格納庫では、先般も世話になった山吹の女性衛士が待っていた。指南役。

まだ強化装備姿を男性に見られるには羞恥も残る為、有り難くもある。

 

そして立ち並ぶ各色の00式の一角には、先んじて搬入されていた乗機たる紫の00式R型。

 

帝国臣民、まして衛士なら誰しもが知りまた憧れる戦術機だが――難物だった。

 

単純な話で、腕が機体にまるで追いついていない。

 

現状の技術に合わせて調整するには時間がかかる。

その時間が、無い。そもそも己の技術の程度の詳細な情報も無い。

それに前回の訓練からも間が空きすぎていて、前に出来た事が出来なくなっている――

 

 

――そして結局、危惧はその通りになって。

 

 

「…殿下。あまり気を落とされませぬ様」

「……ああ…。…いや、ええ」

 

午前中をほぼ無為に送り。月詠に付き添われ、個室で昼食を摂る。

他の衛士と同じ物を、との希望通りに合成食品。冀って強化装備のままにさせてもらった。時が惜しい。

気晴らし等と云っては余りに畏れ多いが、偶に出られる外界での在り様がこれでは。意気込みはそのまま空転していた。

 

冥夜にとっては、終了間際の指南役女性衛士の「素質がお有りです」の追従は却って辛かった。

 

 

月詠の言いたい事も判る。

 

御飾りなのだから最悪、歩いて、立って居られればいいと。

全軍を率いての突撃どころか、空中機動以前に現状では近侍の月詠2機を従えて着地を決める事すら覚束無い。

妙に意地を張らずに、自律稼働なりに任せておけば良いと。

 

だがそれでは、駄目なのだ。

 

ただ立っているにせよ、殿下に成り代わり戦陣に並ぶ以上は、殿下の名声が弥増す様にしなければ。血の通った機動か否か等、衛士ならば直ぐに判ってしまうだろう。

食って、寝て、腐っているだけの替え玉等と、それでは殿下にまるで申し訳が立たぬ。

 

 

そうして言葉少なに ― 元々、城内では市井の如くお喋りをしながらの食事はあまりない ― 昼食を済ませ、冥夜は再度月詠を伴って指定時間より10分前に格納庫へ向かう。

而してそこには――

 

黒の斯衛服。茶色がかった長めの髪。感情を映さない同色の眼。

 

この方が…

 

冥夜は内心で息を呑む。

指南役の山吹から紹介を受けるも、顔や名前は報道で見知っていた。

 

 

BETAの横浜侵攻から生き残り、まだ少年と云える歳の一兵卒から叩き上げ。

甲21号において常に先陣を切り、反応炉破壊を成し遂げ。

遠く欧州は仏国の甲12号では殿を買って出て5000体に及ぶBETA共を単機誘引足止め。

そして先の大逆未遂では、精鋭たる帝都防衛師団の首謀者を見事討ち取った。

 

帝国最強の剣。先鋭たる斯衛の、さらに切っ先。頂点の衛士。

その名声は今や、かの伝説の衛士・巌谷榮二中佐を凌いでいるだろう。

 

 

しかし。

 

「……お目にかかり光栄です」

「殿下、この者市井の出ゆえ至らぬ点多々あるかと思いまするが」

「いえ、構いません。よろしくお願いします、中尉」

「…は」

 

…暗い、方だな。

 

冷静というか、無機的。それが冥夜が彼に抱いた第一印象。

年の頃は報道の通りに同い年に見えるが英雄の呼び名や勇戦ぶりを聞くにつけ、もっと覇気ある人物かと思っていたのだが。

 

ともあれ指南役の女性斯衛も不出来な生徒に手を焼いて、助っ人を連れてきたということか。そしてその黒の衛士にこちらへ、と案内されたのは格納庫内00式Rとは反対側の一角。

そこには橙基調の所々に朱の差し色が入った、「赤とんぼ」仕様の97式高等練習機 吹雪。

 

「貴様、殿下を斯様な機体に…」

「構いません、月詠。中尉、根拠はあるのでしょう?」

「…82式は旧すぎます。00式では癖が強すぎます」

 

し、触れなかったので。と。食ってかかる月詠にも彼は冷静だった。

将軍専用機として常に厳重な管理下に置かれている紫のR型には、斯衛の英雄とて彼是と許可無く手出し出来る筈もなく。故に昼前に御指南役を言いつかってから、97式に調整を入れたと。

 

「しかし…」

「よい、月詠」

 

まだ言い足りなさそうな月詠を制し、冥夜は昇降索条に手を掛けた。

危なげなく登って、管制ユニットへ。運動能力自体は不遜ながら殿下よりも高いと自負している。

 

歴戦の英雄が良い教官とは限らないが、この際、藁をも――

 

こ、これは…!

 

JIVESにて再現された、北の丸駐屯地練兵ならぬ練機場。

恐る恐る一歩目を踏み出して、冥夜は驚愕した。

 

おそろしく、自然。

 

「…歩行から走行へ移れますか」

「ん…」

 

格納庫内、回線を通じて聞こえて来る黒の衛士の声。

それに応えて操縦桿と足踏桿の入力操作、走行姿勢を思考。

それは冥夜自らが身体を動かし、走る動作と姿の想起。

 

JIVES内を最初ゆっくりと、徐々に速度を上げて駆け出す97式。

人体がトラック走をするが如くに練機場を走り、その速度はどんどんと上がっていく。

 

「…!」

 

冥夜は必要以上に頬が緩みそうになるのを堪えた。

 

すごいな、これは!

 

既に自らの身体の、歩幅も速度も上限を超えているだろう。

なのに違和感がまるでない。

 

手足の延長が、その伸長分がまるで掴めずおっかなびっくりになってしまう――

筋力の増大が、その増進分が今一つ把握しきれず稼働姿勢の維持にも一苦労――

 

そういった処が一切無い。

 

如何に練習機とはいえ、初めて乗る機体。予備機も含めて複数衛士で機体を使い回さないのが戦術機の常識だと云うに。手動操縦と間接思考制御の癖や強弱の度合いが、見事に調整されているのだろうか。

 

 

まるで、私の総てを知り尽くしているかの様に。

 

 

そんな事が可能なのか? いや、とにかくこれは――

 

素晴らしく、気持ちが良い。

 

「…跳躍機を」

「了解っ」

 

そっと、少しずつとの大きくもない声の指示に従い、出力を僅かに。

脚部にかかる荷重感が減少していく、浮く。浮いた。

 

「…柔らかく。…風を感じますか」

「ああ…!」

 

JIVESと強化装備の感覚欺瞞による仮想のもの。

それでも冥夜には、機体の装甲すらも通して頬に直接当たるような。

 

窮屈な地下では到底感じ得ぬ、大気の流れ。

 

「…左へ。…刀を持って、すり抜けるような」

「こう、か…っ」

 

脳裏に描くは袴姿で下段脇構え。摺り足からの水平移動、感覚欺瞞が仮想の「足場」を伝え。

操る97式も滑るように空を切る。

 

「…上へ。高所への一太刀、右切り上げ」

「――ふッ!」

 

言われるまま。想起した型の姿勢が、黒の衛士にも伝わっているようで。「足場」を蹴って、目に見えぬ宙空の目標へ向かう。

一瞬のみロケットに点火した97式が一条の朱線を曳いて虚空を突く。無手のままの主腕はしかし、長刀を振り抜く様に。

 

「…下へ。飛び込み刺突、角度をつけて」

「――ッ!」

 

人体ではあり得ない、しかし今なら。猛禽の挙動を真似て大地を襲う。

一直線に下降した97式は着地直前で再び上昇に転じ、くるりと180°身を翻した。午前中迄には到底考えられなかった滑らかな挙動、冥夜の肉体そのままの動きの様に。

 

「ふ、ふふ…」

 

仮想の空間に滞空する97式、その管制ユニット内。

冥夜は今度こそ、漏れ出る笑みを殺しきれなかった。

 

これは、素晴らしい。

 

何という全能感。自分の身体がそのまま10倍に成り、力もそのまま増したかの様な。

扱いに苦労していた跳躍機すらも、まるで機動の自由を象徴する翼と化した様で。

早く刀も振ってみたいし、他にも色々試したい。

 

 

鬱屈していたものが解放されて、何処までも飛んで征きたくなる。

 

それこそ一晩中でも乗っていたい程に。

 

 

「殿下、如何ですか」

「ああ! 素晴らし……い、です、よ」

「…」

「………この機体で慣らしていきましょう」

 

冥夜はかけられた月詠の声に、慌てて口調を戻すと同時に。

網膜投影越しの彼に見られる己の身体に思い至って、僅か赤面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 7月 ―

 

 

帝都。帝都城北の丸駐屯地。

 

梅雨過ぎ去りて、盛夏。

その中でも緩まずきっちりと赤の斯衛服を身に付ける真壁介六郎とて暑さを感じないわけではない。ノックの後入った大隊長室は、本来空調完備で湿度も低く快適…

 

「閣下…」

「ああ、なにかな」

 

大隊長室。

重厚な執務机に椅子に書棚という洋風の設えのうち、その一角に畳が二畳 ― 昨年末から今年の春先迄は使われていなかったのに。

 

そこに大隊長たる斑鳩公崇継は青い斯衛服の前を寛げ開いて寝そべり。眉目秀麗な面立ちに眠たげな眼、片手には何やら文庫本。

その彼に膝枕をしているのは、黒髪を快活に短くした白服の女性斯衛。こちらも少しだけ乍ら制服の首元は開かれ、白い素肌が覗く。手にはゆるく扇がれる骨竹に紙の団扇、傍らには冷えているのか汗をかく急須と茶碗。その女性斯衛は驚きに大きく目を見開いて入室してきた介六郎を見ていたが、すぐに秘め事やら房事やらを見られたかのように真っ赤になって俯いた。

 

「…」

「なんだ、倹約の為彼是と切り詰めよと申したのは其方ではないか」

「暑さを理由にお休みなられる程でしたら空調をお使い下さい」

「まったく無粋な…」

 

介六郎の批判的な眼差しに無益な抗弁をしてから、崇継はやれやれとばかりに身を起こす。

赤面したまま固まっている女性斯衛にすまないな、また頼むぞと宛も後戯の様にその頬に手を当て、襟元を直してやりながら言い置いて。再度茹で上がって崇継の触れた場所を押さえながら脱兎の如く退出していく女を横目で見遣りつつ、介六郎はあからさまな嘆息。

 

昨年末から今年の春先まで、少し精勤ぶりを見せたと思ったらすぐにこれ。

 

「閣下、初心な新任をあまり玩具にされませぬ様」

「粗略な扱いなどしておらぬが」

「先だっても取材とやらに答えられ、北の丸は鎖鑰放閑衛士のみならず傾城恙なく来たれ等と放言なされて門前に列成さしめた事、お忘れで」

「軽い戯れ言よ」

「戯れ言で駐屯地の機能が麻痺しては堪りませぬ」

「十分に働いたではないか、余人に任せられぬ仕事は残っておらんぞ」

「御説は御尤もでございますが、他の者に示しと云うものも。御斟酌頂ければ」

 

億劫そうに執務机に就く崇継に、介六郎は持参した分厚い書類の束を差し出した。

 

確かに斑鳩公崇継の、昨年末からの主に影働きとなった仕事の数々は、大小はあれど確実にその進行と影響とを見せ始めていた。

無論崇継独りの成果ではなく、適材適所にて幾人幾つもの人間なり組織なりを用いた故のもの。そこには介六郎も少なからず関与してきた。

 

「此方が保留根尾・須磨多良等の戦術機工廠関連、此方が合成蛋白洋上設備の増設の件、此方が新造含む帝国籍並びに即時確保可能な大型船舶の一覧、此方が北米大陸大型工場等跡地の便覧…」

「…纏めて置いておいてくれ。そもそも何故私の処へ其れ等が来る?」

「大方は一報若しくは内覧の類いです。何しろ政威軍監閣下ゆえ」

 

多少の愉快さを込めて言う。

崇継は受けねば佳かった、と大袈裟に顔を覆って天を仰いだ。

 

「断る等と云うことが出来たらばの話よな」

「殿下も存外に御人が悪う御座います」

「策士には違いなかろ。自らを誰にも害成さぬ様等と定めておられねばまさに一廉よ」

 

おや少々不敬だったかな、と。

しかし言う崇継にも頷く介六郎にも、悪意も害意もさしてない。

 

 

斑鳩一門に、現状将軍家たる煌武院に弓引く意図はない。

武の斑鳩が半ば後見となって民の信望厚い煌武院を支えるのは、一重に両家の当主同士の合意に依る。軍閥と云えばまさにそのもの乍ら、其の斑鳩に私心無きを当の煌武院殿下が城内省侍従職含めて近侍の者共に常々御自ら言い含み置きになるとあっては、帝国中枢に少なくとも表立って異を唱える者は居ない。

 

その崇継の勧めに依り、初春の事件以降、殿下が国内各所の基地や病院、避難所や養護施設等へ視察や見舞、激励等で行幸・御出座になる機会は一挙に増えた。

そうした場で、近く親しく臣民と触れ合おうとされる殿下への求心力は弥増すばかり。

月詠の真那真耶辺りは「殿下を客寄せの歌手か何かと勘違いしていないか」と憤るも、殿下御本人が精力的に行幸に出られるとあっては、二人乍ら独り相撲に過ぎぬ。

 

そして概ね君君たらざれば臣臣たらずに同意する介六郎としては、一定の能力を悠陽殿下が示されることには寧ろ好意的とすら。終生の忠節を誓う主たる崇継が明々白々に君臨するを面倒がる以上、実質その才を振るえる現状を拒む謂れも無い。

 

 

「云えば妹御は如何かな?」

「戦術機の調練はいたくお気に召したご様子。中尉を指南役に就けたのは正解でした、しかし日々には倦いておられるようですな」

「地下暮らしではな、無理からぬ。とまれ留意せよ、今はまだ潰れられても困る」

「御意」

 

殿下の心証も悪化するとは言わずもがな。

 

「しかしその殿下の御心を安んずるのも容易でない模様にて。やはり交渉は一筋縄ではないようです。英仏の議外政活が活発化しており、判ってはおりましたが相手が上手です」

「そうであろうな。手練手管の場数が違おう。連中には我等なぞ赤子に等しかろうよ」

「本音の処、連中そもそも我等を対等の立場とすら思ってはおらぬでしょうしね」

 

崇継はそう興味もなさそうに言うも、介六郎はつい皮肉げに口の端を歪める。

人種差別撤廃等は、もう30年以上も前の決議だった筈ですが、と。

 

場所は米国、舞台は国連にて先日来行われている各種交渉。

想定通りと云えばその通り乍ら、制圧ハイヴの占有権を巡る協定改定の事前交渉は裏表含めて必ずしも順調とは言い難い状況。

 

「新内閣の外相と、まあ首班も含めてですがどうも旗色が悪いようで。予想はしておりましたが、前総理の穴は大きいですな」

「あの御仁、何だ彼んだ各国首脳に顔が利いた故にな」

 

でなければ国連の何やら秘密計画だのを帝国に誘致することなど出来なかった筈。

とは言え暗殺を半ば以上予期しておいて止めなかったのだから、言っても詮無きこと。

 

「元々大きな事は言えん、我らがやっても変わらぬどころか却って下手であろ」

「然り。我が代表堂々退場す、等と何時ぞやの愚挙を繰り返すばかりかと」

 

言ってしまえば、斯衛なぞ斬った張ったの力自慢で終われば良い。

そうすら言いたげな崇継の嗤い。本来は、国内の見える相手だけを相手取る組織。

介六郎も追従で無く笑った。

 

しかし。

 

「太平洋艦隊はどうかな」

「久瀬、いえクゼ提督には既に内々に。色好い返事を頂戴したとの由」

「ならば、佳いな」

「は」

 

瞬きの間だけ。崇継の眼は軍略家のそれだった。

 

 

米太平洋艦隊は近年縮小の憂き目を見たとはいえ、今尚その戦術機戦力は3個連隊に及ぶ。

そしてその太平洋艦隊には父親の代から日系米人として米軍に奉職し、令息もまた米国軍人だというクゼ提督が所属する。

2月の大逆未遂事件当時の米太平洋艦隊の動きから判る通り提督は軍人の規律と良識とを遵守される方だが、同時に父祖所縁の地たる日本に愛着深き事も周知の事実。さらに京都防衛戦の折に勇戦した米海軍第103戦術歩行戦闘隊ジョリー・ロジャース等、死地に斯衛軍と共に轡を並べた経緯も存在する。

 

そしてG弾戦略による戦術機市場の後退縮小を危惧する者達はノースロック・グラナンのみならず、戦術機の他に当のG弾開発にも関わるボーニング社内部にすら存在し。残る雄、ロックウィード・マーディンに至っては何やら横浜の魔女殿の計画に関与しているらしく技術陣の一部はとうに日本にいるのだという。

 

参戦に前向きな実働部隊とそれを後押しする企業体、さらには最終的に「G元素鉱山の確保」が至上命題の米国にとってはまったくの無関係で居られる筈もなく。

対する帝国も端から援軍は太平洋艦隊の戦力以上を見込んでおらず、欧州の助力も期待していない。

そして国土奪還の名分がある以上参戦以外の選択肢がない、大半が国連軍に吸収された形のアジア連合の戦力も加算すれば、佐渡島・リヨンで得られた情報からしてその確保兵力で甲20号攻略には十分な成算が立つ。

さらに後事を考えれば、欧州のみならずソ連や統一中華等も小なりと云えど戦力を派遣してくる可能性もある。逆に其方があまり大規模に成り過ぎれば後々の要らぬ禍根ともなり得るが、3者共に自国に前線を抱える身故にその可能性も高くはない。

 

そもそもハイヴ攻略後に広漠な解放域の浄化と長大な防衛線に戦力を割く必要性が低い今次作戦は、帝国にとってその作戦の発起人たる地位を得た時点で5割は完成したのである。

 

欧州の強欲な魑魅魍魎が策謀を巡らせて来ようとも、地球上何所其所であろうが帝国にはBETA排撃に反対する理由は無いし、そもそもが帝国と欧州とではその地政学的立地条件から現実の利権が衝突する事が少ない。前大戦以前の様に、アジアにその収奪的植民地主義を押し付けて来さえしなければ。

帝国としては連中が好む国家間での干戈交えない丁々発止に付き合いすぎるつもりは最初からなく、許容できる譲歩範囲すら逸脱して来るつもりならば、米国に賛同し再同盟した上でG弾攻勢の策源地として協力しても良い、程度の匂わせはする予定であった。

 

 

「旧東側が甲08号攻略への不参加を仄めかしたのも追い風になりそうです。東西対立を基軸に推移すれば、甲20号に続いて西側勢力のみでの攻略が視野に入ります」

 

旧フィンランド・甲08号ロヴァニエミハイヴを攻略すれば、甲4・5・11のヴェリスク・ミンスク・ブダペストの3ハイヴが有る以上防衛線の構築が必須となるも、欧州連合西側勢力としては取り敢えずは旧支配域の解放となる。

 

そうすれば、G弾による「直接の被害」から国土は守られることになるが…

 

「しかし…魔女殿の予言、成就しますか」

「さてな。ただこの八洲が水没せぬならそれに越したことはないだけの話よ」

 

合成蛋白工場等は、現状半後方国家に近い帝国には増えても全く問題がない。

軍需工場の類の洗い直し・代替地の検討の情報も他への転用流用が可能。

 

「魔女殿が言うに、G弾賛成派の学者連中とて予想に用いる数式やらは大して変わらぬのだそうだ。その計算に用いる変数がコンマ1違うかどうかで重力偏差やらの影響予測が異なってくるのだとか」

「それは、なんとも…」

 

介六郎をして、遂に先だって主より明かされた、横浜の魔女殿が描いて見せたと云う近未来は想像の範疇を超えていた。

 

重力異常により。海水が偏在して1000mを超える大津波を発生させ現在の陸地を襲い、地域によっては大気が消失する可能性も高い――

 

地獄絵図ではないか…

 

どれだけの死者が出るか、見当も付かない。

まして生き残った処で、継続的に生存が可能な環境がどれ程残され。そして其れを巡って必ず争いが起きる。

そして肝心のBETA共を殲滅し損なっていれば、その状態で奴等と相対せねばならぬのだ。

 

 

その様な状況では。畢竟、総てを救う事等到底不可能。

最上で、相対多を維持できれば良い。人口も、軍事力も。

養えない守れない人数を無理に保っても意味は無い。

 

 

それが魔女の予言を知らされた崇継の判断で、介六郎も同意だった。無論被害は少ない方が良いにせよ、この点ばかりは「一人でも多く救いたい」とされる悠陽殿下とは隔たりがあったが…

 

「殿下も判っておられるよ。どの道、そうせざるを得ん」

 

多少の敬意を表しながらも。

そもそもの毒を飲ませたに等しい崇継はしれっと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 8月 ―

 

 

以前は怖々と乗った機体だった。

それが、今や。

 

 

入道雲が屹立する、突き抜けるように広く青い空。

 

レッドアラート。

冥夜は上方から襲い来る強烈なGに歯を食い縛る。

 

「ぐぅぅ…っ!」

 

出力全開で上昇してのバーチカルローリングシザーズ。蒼空を舞う紫の00式Rが錐揉み回転しながら急旋回、強化装備が下肢を締めつけ、過大な負荷をブラックアウト寸前のグレイアウトで留める。

しかし変わらず管制ユニット内には鳴り響く警報。

 

流石…ッ…!

 

目をやる余裕すらないレーダー画面には、斜め後方にひたりとつけた黒い00式。

網膜投影に表示されるは、蒼穹に重ねられる「LOCK ON」の朱文字。

兵装担架に突撃砲がある場合6時方向は必ずしも死の方角ではなく。

 

なら…!

 

乗機にトンボを切らせ、跳躍機を噴かして一気に下降。

スライスバック、高度を速度に換えながらさらに出力を上げて小半径のループで黒の背後を狙う。

それでも取れないことは予想済み、

 

これで――ッ!

 

スラストリバーサー全閉、無手の両主腕も拡げて空気抵抗最大。

減速負荷は零式強化装備ですら上限一杯、レッドアウト寸前で冥夜の視界に赤みがかかる。

そして前方にはオーバーシュートさせた黒の00式が――

 

――いない!?

 

「……そういう時は、身を隠します」

 

敵機を見失っても動きを止めない、そもそも博打じみた機動は禁物、貴女は生き残る一秒を稼ぐことこそが肝要と。

平坦な声が告げる中、ピーッと最大音量で鳴り響き続けるロックオン警報。

 

冥夜はシートに身を預け、大きく息を吐いた。

 

「降参です。いけるかと、思ったのですが」

「…いえ、感服しました」

「ふふ、ではまあそういうことに。次は、こちらもお願いできますか」

 

兵装担架から。74式近接戦闘長刀。

刃引きしたものがあるはずもなく、実剣に軽量な覆いを被せてある。冥夜はその質量の差を、素早くコンソールを操作して補正値を入力した。

 

「…」

 

そして応じるように。

黒の00式もまた、背面から長刀を。

正眼に構える冥夜機に対して、変形の霞 ― 右主腕で頭上に掲げ、刃は上向き。前を向く切っ先を左手指が摘まんでいる。

 

また面妖な…

 

その珍奇な構えに冥夜は内心で笑みを漏らし、しかし呼吸と集中とを高め。

 

「――参るッ!」

 

現高度で固定、暗黙の了解。得意は抜刀術ながら、これは打ち込み稽古のようなもの。

両脚と跳躍機とで突進し、袈裟懸けの初太刀。しかし黒はその冥夜の太刀筋に自ら飛び込むようにして、変形霞のままで受け止めた。

 

そう来るか! しかし、これでっ――

 

定石外れには定石外れで。

受け止められた勢いのまま、身を翻して背を向けての右薙ぎ。

そしてそれも防がれるは予想通り、

 

どうだっ!

 

空手の左主腕を突き出す、その慣性も利用しての半回転。脚と跳躍機とを利用して超小半径の水平機動、一瞬で黒の背を取って背後からの薙ぎ―

 

――止めるか!

 

振り返りもしないまま。後ろ手に回した長刀で受け止められた。

にも関わらず、冥夜は内心で快哉を叫んでいた。

 

元々この機動は2月の折に黒の衛士本人が見せたもの。

その記録映像を見た冥夜が、自分なりにアレンジを加えて編み出した戦術機動剣。

これで届くとは最初から思ってもいなかったが、会心の出来だったことも事実。それを易々と防がれた事実こそは、相手の力量の高さを物語る。

 

「…、ふふふ…さすが本家には、というべき…ですか」

「…いえ」

「では!」

 

一旦離れて距離を取り、再度冥夜は前進した。今度は小細工なし、正面から。

そこからは数合の打ち合い、薙ぎ、上げ、逆袈裟。しかしそのすべてが刹那遅く、合わせるように繰り出された黒の太刀に防がれた。いつもと、同じ展開。

 

やはり――読まれている――なんだ…、呼吸だろうか――?

 

 

剣の技量はそう変わらない。

いやむしろ、術理ではわずかだが優っているような。

しかし相手は最強衛士、土をつけられるとは思っていない。

だが月詠と立ち会うのとはどこか違う。

 

 

そうだ…稚気が、許されるような――

 

 

最初の印象とは裏腹に。

月詠相手では、先程のような機動を見せたら邪剣だと叱られそうなもの。

 

そして乗機00式R型は、あちらのC型に比べて最高出力では4割近くも高い。

直線加速をすれば呆気なく千切ってしまうほどの差を、敢えて技量で埋められる機動格闘戦で挑むはそれこそ冥夜の稚気でもあり。ささやかな、意地でもあり。

 

 

そして紫と黒とが織りなす、剣戟の響きは蒼穹へと吸い込まれて。

 

楽しい、な。本当に――!

 

意識は集中、視界は広く。

操縦桿を握る冥夜の瞳は今、生気に満ち輝いていた。

 

 

 

 

 

箱根上空。

 

設定されていた教練行程はすでに終えて。

JIVES訓練の頃から終了間際にはつきあって貰えていた、余戯の如き模擬空戦と打ち込み稽古。そちらももう、惜しくも終わってしまった。

 

実機搭乗での機動は三度目、しかし今回が初の「遠乗り」。

 

ゆるりとした飛行、紫色の00式R ― 武御雷の管制ユニットの中。

心地よい疲れの中解放されていく感覚に、冥夜は酔いしれていた。

 

自由だ――

 

高度200m。今はちょうど塔ヶ島離宮上空。左手には青く水を湛える芦ノ湖、離宮周辺は元より、人々の帰還が始まりつつもなお自然の大地には濃い緑。まさに瑞穂之国。

 

素晴らしい眺めだな…

 

JIVESではなく、本物の空。実機にて広い宙空を舞い。

この時のために練ってきた、教練の成果自体は存分に発揮出来たろう。

 

 

紫の自機が長機となるロッテでの飛行。後方上空は黒の列機が固める。

その黒い00式もこちらと同じく、両主腕は無手、兵装担架には突撃砲と長刀。

供回り兼指南役、英雄を従えて。帝国で最高の贅沢だろう。

 

晴天にも恵まれ、言うことなし。

実は楽しみで仕方なく昨夜はなかなか寝つけず、今朝の鍛錬でも月詠に「上の空ですな」と小さくも皮肉られたほど。

 

 

「……殿下、高度を」

「ああ、すま――…すみません」

 

冥夜は少しだけ慌てて高度計を見、乗機を下降させる。

 

 

厳重に設けられた飛行制限区域、有視界外には二重三重の警戒線が敷かれているのだろう。しかし甲21号の脅威なき今、仮に1000m近辺まで高度を上げても光線級の心配はないが。

 

 

殿下には申し訳がない。

そして今回、警戒線を引くなどで労をかける多くの者たちにも。

 

必要な沙汰だとして戦術機の調練を言いつかっておきながら、週に一度程度の機会が待ち遠しくてたまらない。

こんな、自らの愉しみのようになってしまった調練に、殿下が上達したと聞いたと喜んで下さるのも嬉しいやら面映ゆいやら。

 

北の丸に赴く前には、道場に端坐し前回の調練を想起してから自らの肉体を動かし。

調練を終えて戻れば、得た感覚を忘れぬよう幾度も脳裏に反芻反復した。

 

そうすれば、みるみると上達していく己がわかった。

まるで剣術を基礎から始めて、一番力がついていく時のように。

 

 

それもこれも――

 

「どうでしたでしょう、中尉」

「…大変にお上手でした」

 

無口な御指南役は感想も素っ気なく。

無用な追従が過ぎないところも冥夜は気に入っていた。

 

 

言葉ひとつ交わすでもなく、JIVESでも実機でも、こちらの動きを見るだけであれこれと整備兵たちとやり取りをして機体と制御装置とに手を入れ。

どうぞ、と言われて乗ってみれば、ともすれば自分でも気づいていなかった僅かな違和感や引っかかりが失せていて。

 

そうして仕上げてきたこの00式Rは、今や真に生身の身体の延長とさえ。

 

歴戦の衛士というのは、ここまで凄いものなのだろうか。

月詠にも尋ねてはみたがはっきりとした答えはないようだった。

 

 

「それでも一本も取れませんでした」

「……御容赦を」

 

少し悪戯っぽく言ってみせれば、謝罪しつつも少しも畏れる風はなくて。

貼りつけ慣れた笑顔とはまた違った笑みを、冥夜は口の端に浮かべた。

 

花を持たせたところで喜ばない、それをわかってくれている。

冥夜は風を切り空を舞う爽快さに包まれながら、網膜投影に映るその無表情な黒の衛士をちらと見やる。

 

 

孤高。

まるで、研ぐのではなく削ぎあげて。

豪奢な飾りも優美な纏いも一切皆無の、叩きあげた戦場刀。

 

 

この方は、きっと本心では、誰にも何にも膝を屈してなどいない。

 

そして何も信じていない。

おそらくは、自分さえも。

 

恃むはただ、己の力のみ。その強さも、限界も。

 

 

生まれに、現状に。

雁字搦めの自分とはまるで違うその強靱さは、一体どうやって。

 

まるで夜のように昏いのに、眩しくて。

 

ああ、そうだ、これはきっと。

 

 

憧れか――

 

 

「中尉、今日もありがとうございました」

「……いえ」

 

黒の00式の無言の促し、帰投経路。

先んじつつもそれに従い、冥夜は乗機の進路を取った。気を利かせたのか距離を取っていた月詠機もじきにやって来るだろう。

 

楽しい時間は終わった。

また、あの陽の当たらぬ地の底へと帰らねばならない。

 

 

本当はもっと、飛んでいたい。

 

 

そう、許されるなら、もっと。

 

彼と、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時期の陽はまだ高く。

 

白い雲よりは下、蒼空を駆けるは中隊規模の00式。

山吹1機を先頭に、白11機の縦型陣。コールサインの02番は欠番となった。

 

「帝都上空管制。こちら斯衛開発局・ホワイトファングス」

 

開発衛士隊に、戦技研究まで回されるとは。

元々斯衛軍は小所帯だし、所属衛士も相対的に熟練兵となりつつ在るとは云え。

が、ごく小規模なりと雖もこの時期に電磁投射砲を用いたものも含めた戦術機部隊の空中機動訓練を大宮島発の米軍部隊と共に行う意味を、理解できない篁唯依中尉ではなかった。

 

「こちらホワイトファング01、これより帰投する」

「了解…いや、一寸待て。…貴隊進路を間もなく御料機が通過される」

「なんだと? いかん、失礼に当たる、推進剤もない故最寄りの駐機地へ誘導してくれ」

 

帝都上空管制からの指示。

戦闘中等なら兎も角、余裕があるなら大きく退避するなり滞空して御見送りするなり。

 

予定ではもう終わられていたはずだがと唯依は今朝確認していた時間表を思い出しつつ、中隊を率い管制に従って連絡を入れさせた北の丸16大隊の駐屯地へ。その殿下が御帰着に成る場所。

御出迎えの準備が整っている其処へ隊を進めて、練機場隅へ機を並ばせて急ぎ降機。

盛夏の日差しは強いが強化装備で暑さは然程、整列する16大隊員の後ろに隊員を付けた。

 

む…

 

遠く響いたジェット排気音、其れが何か判らぬ衛士はここには居ない。

南西の空に現れ、見る見る大きくなる機影が三つ。

 

紫色の00式R型を先頭に、付き従うは赤のF型に黒のC型。

上空でその赤と黒が先行し降着、紫の将軍機がそれに続いた。

そしてほお、と声には成らない響めき ― いや、小さくも確かな納得の吐息か。謙り過ぎぬのが16大隊の気風を示すとは云え。

最後に降りた紫の00式は、歴戦の衛士達をしてそうさせる程の凛然たる機動で駐屯地内練機場へ着陸した。

 

「出迎えに感謝します」

「は!」

 

管制ユニットのハッチが開き、現れたは強化装備姿の殿下その方。

片手を上げられての挨拶に、一同は敬礼して応える。

 

御指南の成果は上がっているようだな…

 

紫の将軍機の後ろ、先着した黒の00式から昇降索条で降りてくるのは黒の衛士。

開発局、16大隊、御指南役にそして時折には国連軍基地迄と実に英雄殿はお忙しい模様。

 

 

殿下を戦陣に立たせる、と云う斑鳩公の方針は、斯衛では概ね好意的に受け止められ。

誰も実際に長刀を振り回して先頭に立たれる等とは思ってはいないにせよ。

 

政治的な思惑を度外視して考えれば、唯依も何方かと云えば肯定派だが――

 

 

「……」

 

ああ!と、ごく小さく押し殺し乍らも。

整列した開発中隊の一部から驚きというか悲鳴というか。

 

唯依は堪えた。軽い頭痛と共に。

 

 

乗機より昇降索条で降りて来られた殿下が、御疲れ故か着地して僅かふらりと成され。

す、と進み出てその玉体を支えたのは、傍に居た黒の衛士。

 

何か小さく御礼のお言葉でも発せられたのか。

軽く笑まれて直ぐに自ら立たれた殿下の尊顔は。

 

 

畏れ多くも、確かに。

 

女の顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 9月 ―

 

 

ユーラシア。旧ドイツ領東部ドレスデン付近。

曇天の空、眼下には砂塵舞う荒野。

 

「敵影見ゆ。連隊規模、先頭に突撃級。進路西南西」

「CP了解。邀撃可能か」

「こちらロレーヌ01、問題ない。連隊集結せよ」

 

飛行高度は40m以下。隊伍を組むは疾風の名を冠すTSF、ラファール。

欧州連合フランス義勇竜騎兵連隊、索敵斥候のため中隊ごとに広く散開していた部隊は迅速に集結を開始した。

 

「ロレーヌ04、ディールだ。昨日の負けはチャラにしてやるぞ」

「ロレーヌ04了解。隊長、ツキがいつも自分にあるとは限りませんよ」

「相変わらず態度はデカいな、まぁ全員キチンと生き残れ。かかるぞ!」

「ウィ・モンカビテーヌ!」

 

隊長の言い様には引っかかりを覚えつつ。

僚機らと共に、ベルナデット・リヴィエール中尉は愛機を突撃させた。

 

 

リヨンの攻略、祖国の解放からすでに半年以上。

「引きこもり」を決め込む本国を尻目に、クラウツ連中への助力を申し出たのはフランス人と衛士としての矜持から。

本国は補給すらも満足に出さないというのだから徹底していて、英独で運用されているEF-2000とは似通いつつも異なる部分も存在するこのシュヴァリエ・フランセ、ラファールの整備を確保するのがやっとのありさま。火器類はすでに独軍からGWS-9の供給を受けている。

 

 

レールガンはない。元から配備数が限られているものが義勇兵部隊に来るはずもなく。

 

それでも。

戦術機の全高に近しい突撃級の群れ、スモーク・ウォールよろしく砂塵を巻きあげ壁の如く迫り来る。ベルナデットは臆することなく先陣を切って真正面から突っ込んだ。

120km/h超で迫る巨大な砲弾の如き突撃級、それを寸前で躱しつつの突撃行。ヤツらの前面装甲殻はおそろしく硬い、しかし後背は柔らかな鹿肉のメダイヨン如きもの。

進行方向は変えないまま、兵装担架の2門で次々に狙い撃つ。

 

「突破して後背からかぶりつけっ! 要撃級共が来る前に平らげるわよ!」

 

巻いた金の長髪を揺らし、碧い瞳は闘志に光らせて。

ベルナデットは僚機に発破をかける

 

ここは生命を張ってまでの防衛線ではないにせよ。

突破長駆を許すは沽券に関わる、また誇り以前にも後方への負担が少ないことに越したことはなし。

 

 

太平洋を中心に、政治が動いている。

 

今人類に、複数ハイヴを同時攻略するまでの余裕はない。

次はチョルォンで決まりだろう。フェイズ4ハイヴに推奨される3ヶ月ごとの漸減、5月に続いて先月も順調に行われたと聞いている。

 

なら、その次は?

 

祖国の政治屋連中にボッシュ共はミンスク・ブダペスト、ジョンブル連中はロヴァニエミ。ラップランダーズも後者だろうが、「召し上げ」を喰らうことは確実のフィンランド人は良い面の皮か。

元々が小国の上、NATOにもワルシャワ条約機構にも加盟してこなかった歴史がBETA大戦以後に西側寄りになったが為に、ある種踏み絵のようなもの。ノルウェーはともかくスウェーデンは似たような立場で、いわゆるノルディック・バランスがここに来てひとつの要素になっている。

 

 

ったくもォ、どこもかしこも何かにつけ政治、政治、政治、と…!

 

ベルナデットは小刻みに操縦桿を操り、左右を怒濤のように流れゆく突撃級の間隙を縫う。

その操作が僅かにでも誤って、愛機ラファールの肩部ブレードベーンでも引っかけようものなら弾き飛ばされて一巻の終わり。

しかし苛つく内心とは全く別に、訓練にて鍛えられ実戦で錬磨された彼女の才は、迫る死の壁に覗く生の光明を見逃すことはない。

 

 

数日前に国際報道で見た、オンピア・ドゥ・ジャポンのコネターブル・ユウヒ。

その視察とやらの映像に、大きく映り込んだあの黒の衛士。

その仏頂面にぎこちなく貼りつけられた微かな笑みが、プロパガンダの類なのは間違いないにせよ。

 

 

突き抜けた。ベルナデットの青い眼にはまだ十分に遠い土煙 ― 要撃級と戦車級の中衛団 ― 、最速で回頭して主腕・兵装担架の全門を開放する。

 

「失せろ、そして腐り果てろッ!」

 

36mmが、120mmが。規則的に咆哮してその牙を剥く。

借り物のGWS-9だろうが関係ない、ベルナデットは忙しく動き回る眼球が照準するままトリガーを引き、脆い後背を晒す異星種共を肉塊に変えていく。

 

 

衛士は剣で良い。

ただ鋭利な、力なき人々の為の。

 

 

ただ一振りの剣でいい…アンタもそうでしょ、「ニンジャブレード」!

 

 

リヨンの作戦終了後、「地獄門」でのわずかな邂逅。

 

次にまみえる時には果たして――敵か、味方か。

 

前者でないと願いたい思いを、ベルナデットは自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 10月 ―

 

 

初秋。肌寒くも感じるその宵の口。帝都・帝都城内。

本日の傍付を終えた月詠真那中尉は、深く低頭して地下の部屋を辞した。

お休みなさいませ、冥夜様。と。

 

今となっては、その名でお呼びするのは殿下と、月詠姓の二人だけ。

 

結局…斯様な道しかあの御方には許されぬと云うのか…

 

無用に歩き回る者も無い城内、赤い斯衛服で歩を刻みながら。

常に緩みの無い真那の表情は、ここしばらくより厳しさを増していた。

 

 

今年の2月 ― 冥夜様を影武者として立てると聞いた時は、反発もしたが心の何処かでは、生かさず殺さず国連に人質として取られているよりはと思いもした。若しかすれば殿下と相対する機会も得られるのではないかと。

 

短慮であった。

 

確かに状況は大きく変わり、望外にも殿下と冥夜様の御相見すら叶った。

しかしそれが故に今や、その絆だけが冥夜様をお支えするものに。

 

気丈に振る舞っておいでだが事実上虜囚に等しい生活が半年以上も続けば、憖じ自由な生活を体験しておいでなだけにその心労たるや如何ばかりか。

そしてそれを自覚する己すら精神未熟・鍛練不足と断じて封じ込めんとなさり、邁進してこられたのだが――

 

 

その殿下との絆が逆に…今般、斯様な仕儀と成ってはな…

 

無言のまま湯浴みを済ませ、城内の宿舎へ。

変わらず厳しい面持ちの真那は、そこで従姉妹に出会した。

 

「どうした」

「ああ…」

「少し話すか」

「ああ」

 

それだけで事足りて。

怜悧な顔に眼鏡をかけ。血縁であり、同胞であり、好敵手でもある、月詠真耶。

真耶は殿下に、真那は冥夜に。其れが月詠二人が選んだ道。

冥夜付の真那と異なり行幸の多い殿下付の真耶は城に居ないことも多く、顔を合わせたのも久方振りになる。

 

連れだって二人で使うにはやや広い洋風の設えの斯衛の士官用控室に入り、鍵を掛けた。

城内とは云え、余人に聞かせたい話では無い。

 

「冥夜様の事か?」

「ああ。前々から耐えては来られたが、此の処、特にな」

「やはりか…」

 

真耶が手にした水差しから、真那は硝子の器に注がれた冷水を含む。

 

「殿下も気に掛けておいでだ…しかし昼餉夕餉に問われても壮健だとしか仰らぬそうだ」

「少し空気を変えれば…平生は市井とまでは言わぬが、それこそ御剣に戻す等というのも」

「少なくとも次の作戦迄は秘匿せねばなるまい…そもそもその為の御沙汰ゆえに」

「何時になるのだ」

「漸減は兎も角、本格攻勢はおそらく…臘月」

「まだ二月先か」

 

溜息と共に。真那は器を置いた。

 

「何があった? 殿下の御公務を軽んじる訳ではないが、祭祀は兎も角行幸の機会を代わって戴くと云うのはどうだ」

 

その真耶の提案自体は、真那も考えたものだった。

 

「然すれば外の空気を吸う機会も増やせよう、殿下も冥夜様の為ならば」

「其れが殿下のお気遣いと判れば冥夜様は頷かれまい…それに、問題の半分は其処だ」

「どう云うことだ?」

 

真耶の問いに、先程とはまた少し違った色の溜息を真那は吐く。

 

「冥夜様は戦術機に入れ込んでおいでだ。畏れながら殿下の技量はとうに超えられている…どころか、近接戦機動に限れば優がつく。武の才には天賦のものがお有りだ」

「ああ、お好きで上達なされているのは知っていたが、それ程か」

 

内緒だぞ、うっかり申し上げれば戦陣の折には真っ先に突撃なされかねんと真那が言えば、人の気も知らず真耶は楽しげな笑みを浮かべた。

平生ならば真那も人のことは言えぬ様に、真耶もまた本当は前線に立ちたい人間なのだ。

 

「とまれそれ自体は良いことだが…問題は、指南役だ」

「そう云えば誰だ? 16大隊ならば藤原大尉か?」

「いや…」

 

彼奴だよ、と。

それだけで真耶には通じた。

 

 

討魔の黒き剣――現役最強の呼び声高い、黒の衛士。

 

真耶と真那は、衛士としても剣士としても互する。

そして精鋭を自負する斯衛でも、その五指に揃って入ると自認する。

ゆえに剣技でならば、その黒い衛士とてさして問題では無い。

 

ただ戦場で逢ったらば、その限りでは無いとも。

 

あの男は甲12号での撤退戦、殿を買って出て旅団規模のBETA群へ狭隘なハイヴ内で単機突撃誘引する等、ほぼ沙汰の限り。それで五体満足で生還どころか事実上乗機にも被弾は無かった等と、凡そ現実とは思えない。

 

戦場では互いに突撃砲でも持っておれば、長刀の間合いに入る前に撃ち合いになる。

如何に剣技に優れようとも高速機動で大きく水を開けられていれば案山子に等しく、それこそ彼奴に確実に打ち勝つには多勢で押し包む以外にはあの米軍の誇るステルス機等で一方的に撃墜する他ない――

 

 

「しかし、それが何か問題なのか? 彼奴の機動は奇矯だが、腕が立つのは違いあるまい。冥夜様が上達なされたと云うことは指南も得手だったのか」

「と云うか、いや、どうもな…」

 

4ヶ月前、黒の衛士が御指南役に就いた時の事を。

 

「個人特性情報もなしに『当り』を出したと云うのか…?」

「普通は考えられん。その後も冥夜様の上達につれて的確な設定と提言とを出してな…それで、冥夜様はいたく彼奴をお気に召して仕舞われた」

「別に良いでは……そういう、意味でか?」

「いや…思慕と云うより、憧れであろうと…そう、思っていたのだが」

 

半ば愚痴を聞く態だった真耶には、少しの驚き。

目線を落とした真那は、水の器を見たまま。

 

「…暫く前、殿下が北の丸を視察なされたろう」

「ああ、先月だな。同行した」

「新聞を見たか?」

「いや」

 

 

無論一面の大写しは、政威大将軍・煌武院悠陽殿下の御姿。

続くは第16大隊・大隊長たる五摂家の雄、斑鳩公崇継。

 

そして、その次には。

 

 

「…つまり嫉妬だと?」

「単純にそうとは言い切れん…ただ、殆ど唯一と云って良かった居場所を…畏れながら、殿下に取られた様なお気持ちになられたのではないか…」

「ふむ…」

「それに彼奴は、影武者の存在等知らぬ筈…」

「ああ……それは、そうだな……そうか…」

 

真那の含む処を、真耶も理解した。

 

 

冥夜の自覚有る無しに関わらず。

 

閉塞的な地下での日々、恐らくは唯一の潤いで発散の場でもあった教練の時。

遠く距離を取って眺める真那からしても、教練中の冥夜の姿は本当に楽しげで、また自然だった。其れこそ取って付けた言葉遣い等を忘れてしまう程に、

 

しかし黒の中尉のぎこちない笑顔が向けられた先は、自分と同じ顔をした自分では無い方。

しかも中尉は、その方を自分だと思っているに違いないのだ。

 

師と仰ぎ、その力量故に尊敬する先達とみた黒の衛士。

そこに男女の思慕の有無は兎も角、共に剣と機動とを通じて語り合った掛け替えのないと思う時間を、根刮ぎ奪われてしまったと感じたのではないだろうか。

 

 

詰まる所、「御剣冥夜」なる人間は、やはり既に無き者として扱われているという事実を。

残酷な迄に突き付けられたに等しく。図らずも、殿下御自身に依って。

 

 

「常通り振る舞おうとされればされる程、時折沈み込んでおられるようでな…」

「…そうか…」

 

 

殿下を妬む事も、嫉む事も出来よう筈が無く。

さらに悪い事に、丁度件の報道前から冥夜の戦術機教練の機会は減らされていた。

その技量の段階が、当初予定より遙かに向上したが故に。

 

冥夜は時折黙然とし心此処に在らずとばかり、かと思えば我武者羅に剣を振り。

そう云う時には真那も黙って見てはおれず、憚りながらも苦言を呈した程。

気晴らしをしようにも地下からは出られず、唯悶々とそんな自分とだけ向かい合う日々。

 

 

「…いっそ引き込んでしまってはどうだ」

 

心中を察する真耶が言う。

彼奴を16大隊から引き抜いて。強引だが月詠傘下に組み入れてしまう等して、独立警護小隊辺りへ。無論斑鳩公が頷くとは限らぬにせよ。

 

「それも、考えはしたのだが…」

「彼奴の身辺は洗ったのだろう?」

「ああ、残されていた住民票から洗ってみたが特に怪しげな点はない。斑鳩公の覚えはめでたい様だが、それも一重にいくさ働きに尽きる」

 

尤も、黒では婿入りでもせねば武家の政に干与し様もないが、と。

 

「…よもやその類の野心があるのか?」

「いや、どころか当人は御指南役を下りたいと早々に言ってきたのだ」

「なに?」

 

それも事態を面倒にしている、真那は言ってまた一度唇を引き結ぶ。

 

 

冥夜様の戦術機への慣れは早く、8月中頃には00式での慣熟に入られた。

その段階で、もう御役御免とばかりに彼奴は斑鳩公に申し出たと。

 

その申請自体は即座に却下されたらしいが、それを聞かされ驚きと憤慨とを抱いたのは真那の方。

黒の分際で名誉極まる御指南役を蹴るとは何事か、あれだけの成果で冥夜様を喜ばせておいて何を勝手なと…そこではたと気が付いて、更に対応に苦慮する羽目になった。

 

 

「彼奴にはおそらく此の神州や、畏れながら将軍家に対する忠義は、ない」

「曲がり形にも斯衛だぞ?」

「にも拘わらずだ。見ていたら解る」

 

巨大な功績の割に中尉止まりなのは、黒ゆえだとしても。

まあ妙に左がかった連中の様に武家の廃止等との妄言は口にせぬのは救い乍ら。

 

「それになんたらの刃などと渾名されている様だが、彼奴の本質は鍛え抜かれた名刀ではない。云う成れば機関銃だ」

「…只殺戮を目的として造られた機械の様な物だと?」

「ああ。彼奴はBETAさえ殺せれば其れで良いのだろう、栄達にも金銭にも興味が無い。何せ家族から近隣縁者を…恐らくは目の前で喰われたのではないか」

「そう云えば、旧神奈川区辺りでは唯一の生存者だったのだな…」

 

真耶は瞑目する。

その場に直接では無いにせよ。本土防衛、その天王山の一つ、京都防衛戦に参加していた身として。一衛士として死力は尽くし、全体としてそれでどうなる規模の戦では無かったとは云え。

 

「恃むは己の腕一本。確かに斑鳩公は好みそうだな」

「しかし真底よりの忠義無き者等、お側以前に参内すら許可できんではないか」

「それは…そうだな。そして、斯様な心胆知れぬ斑鳩公の手勢を冥夜様のお側に等は、か」

「そうだ」

 

冥夜様を大切にされる殿下のお気持ちを、斑鳩公は十分把握しているだろう。

故にその様な者を冥夜様のお近くに引き入れる等、さらに公の手駒を増やしてやる様なもの。いつ何時、身中の虫となるやも知れぬ男等。

 

「大体斯様な色恋に属するやも知れん話等、我らの埒外にも程がある…」

 

是れについては、市井の者達の方が余程上手に彼是と策を弄するなりするのではないか。

言って嘆息する真那に、全面的に真耶も同意した。

 

そも縁談やらは仲人なり媒酌人なりを立てて行うものでは無いのか、その程度の認識で。

其の気になれば引く手は数多、しかしその自覚無く互いに浮いた噂の一つとて無い、月詠従姉妹には些か勝手が違うと云うか、勝ちすぎる荷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

何故、これ程迄に心が弱いのか。

 

あまりに…未熟。

 

――!

 

「未熟未熟未熟ッ!」

 

吐き捨てて、遮二無二振り下ろした木刀が空を切った。

型も崩れ、見るも無惨な一刀。月詠が見ておれば、手首の一つも叩かれたやもしれぬ。

 

深夜。眠れぬ冥夜は寝床を抜け出し着替え、独り道場にて。

 

最初は只坐していたものが、如何にも心中の懊悩が拭い切れず。

木刀を振り始めはしたがさして数打った訳でもないのに、直に肩が上下して。

滴る汗が顎を伝って板張りの床に落ちた。

 

 

夜が明けて、朝に成れば。

北の丸に赴かねばならぬ。

 

実に一月ぶり。

彼程までに待ち遠しかったその日が、今や。

 

 

判っていた、解っていた事では無いか。

 

冥き夜と名付けられ、悠成る陽を見る事等夢想だに赦されぬ身だった。

 

其れを一度澱の底から拾い上げられ、図らずも影と成れて。

分も辨えず浮かれておったのか。

 

盾と成りて散るは本望等と、己に酔った世迷い言。

真に其の覚悟の一片有らば、斯様の如き醜態等晒さぬ筈で。

 

剰え殿下に御心配をお掛けするとは、臣下の末席を汚す者として有るまじき振る舞い。

 

 

破廉恥も此処に極まれり。

自らへの憤りと遣る瀬なさとに。

 

「く…」

 

がらん、と音を立てて。

懊悩する冥夜は使い込んだ愛用の木刀を取り落とした。

 

 

己は何を勘違いしていたのだろう。

 

見栄え良く戦術機を動かせる様に成れれば其れで佳かったものを、我知らず煽てに乗ったか才が有るやも知れぬ等と上気せ上がって。

 

 

あまつさえ――彼の英雄が、多少なりと気にかけてくれているやもしれぬなどと――

 

いや、僅かとはいえそうなのかもしれぬが、それは、自分ではない。

 

「御剣冥夜」ではないのだ――

 

 

殿下をお恨みする等言語道断、万死を以ても償い切れぬ。

而してこの生命遣うは戦場にてのみと定められた由。

 

 

心を凍らせろ。

唯の剣で良い。

姿形が殿下に能く似た、刀を振れる木偶で良い。

そして何時かは、殿下の代わりと成りて散る。

 

それで佳い、それで――

 

 

 

 

――そして、6時間の後。曇天模様。

 

北の丸、御料車に乗り。

出迎えの精兵達に貼り付けた笑顔で答礼。

物言いたげな月詠を従え強化装備に着替え、紫の将軍機の下へ。

 

其処には変わらぬ、無表情な黒。

 

「先日は、お邪魔致しましたね」

「……いえ」

 

然うして飛び立つ天空、しかし。

 

「殿下、バイタルが」

「…大丈夫です」

「ですが」

「…大丈夫と言っています」

「殿下…」

「…この、程度の不調で…!、…衛士は飛ぶのを止めない、でしょう」

 

生体情報を見ていた月詠には、思わず当たりそうに成り。

 

「……中止に。これは訓練です」

 

事故が起きては元も子も無い。

そう言った黒の衛士に賛同した月詠迄を、拒む事が出来ず。

 

 

急遽帰投した北の丸駐屯地、召し上げた形の控室。

室内入り口に控える月詠を従え、冥夜は自らへの憤りを抑え切れずに居た。

 

何たる無様…!

 

大袈裟な、とは思う。

睡眠不足は事実で、体調も確かに良くは無い。

とは云え実戦に出る衛士達はこの程度でと思う一方、其の「普通の衛士」で無い自分にも思い至る。万が一にも事故が起きて、墜ちたりすれば徒では済まない。

 

しかし是れでは、役立たずにも程があろう…

 

戦術機一機飛ばすにも、臣民の血税が。その機会を無為にして。

ましてや殿下の資産たる将軍機。

 

影失格だ…!

 

そうはしまいと決意していた顔を、俯かせてしまい。

掛ける言葉に苦慮する月詠の気配、しかしそこでノックが鳴った。

 

 

名乗り、入り来るは黒の男。

出で立ちは未だ強化装備。

 

しかし入室はしても言葉を発せず。

 

「…」

「……何、か?」

 

その無感情な視線。

思えば眼を合わせたことは余り無く。

自らの惨めさも手伝い、冥夜は戸惑い。

 

「貴様、無礼であろう!」

 

入室から難色を示していた月詠が憤る。

しかし黒い刃はそれに動じず、視線も動かさないままで。

 

「……横浜基地には行ったことがある」

「――――!」

 

息を呑んだ。

告げられた言葉に。

以前からな、今でもたまに。そして前は訓練生も見た、と。

 

「…っ」

「き、貴様……」

「…預かり物だ」

 

月詠を無視し、ぴぃん、と指で弾かれ。

とっさに開いた冥夜の掌に落ちたそれは小さな――徽章。ウィングマーク、衛士の証。

 

「こ、れ…、は…」

「…特別合格だそうだ」

「国連軍の…か…?」

「……後ろにいればそう死にはしない…戦場では気張って前に出てくるな」

 

言い捨てるように踵を返して。

その男の背中を、冥夜は半ば呆然と見た。

 

「いつ…から、気づいて……」

 

 

知って、いたのか。

知っていて、くれたのだろうか。

 

我知らず掌中の小さな翼を握り締め。

問うた冥夜に、彼は振り返らぬままで。

 

 

最初からだ、と。

 

 

「……俺は、一緒に飛んだ奴の事は忘れない」

 

 

死んでもな。

 

 

そう言ってその部屋を辞し。

 

 

閉じた扉の向こうで、男は歪に開いた己の右掌を見つめた。

そこに幻視するは、とうに失われた――

 

 

赤銅地金覆輪。煌武院家の意匠が隠し施された、宝刀・皆琉神威の鍔。

 

 

「…まして魂はひとつと誓ったのなら尚更。…そうだろ、冥夜」

 

 

だが――現し身は所詮写し身。

 

喪われた魂は、戻らない。

 

 

「……そう、二度とな」

 

 

その最後の呟きだけは、宙空に消えて散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます
いつも励みにさせて戴いております

返信はじめました
以前ご感想頂戴したままの方々は御免なさい

次回こそは戦闘シーン多めの予定…

207Bの残り面子の個別エピソードは…まったく思いつきませんでしたw
ひんぬーだからですかね


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