Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
登る、登る、登る。もう、何段登ったのかわからないほど長く感じる階段を上る。
運動はできる方だし、体力だってそこそこあるはずだ。それでも、果ての見えない階段を登るという行為は気力と体力を多分に消耗する。
「おかしい…」
ぜえ、ぜえ、と息を整えながら、私は階段の先を睨みつけた。
「ここ、元から階段長いけどこれは長すぎだろ!」
あー!と狂声を上げながらは山門を指差した。
さっきから景色はほとんど変わってない。ジムのランニングマシンの階段バージョンをやらされてるのではないかと疑うほどの苦行。やれやれ、というように肩をすくめたマーリンが呑気な声で告げる。
「これは幻術だよ、マスター。さっきから同じ場所をぐるぐる回ってる。」
「わかってんなら最初から言ってよ!」
ぐわりと歯をむき出してマーリンに掴みかかった。ぐわんぐわん前後にゆすられているのに、ははは、と呑気に笑うマーリンにひたすら腹立つ。
突然だが、私は今柳洞寺に向かっている最中だ。理由はいくつかある。一つは柳洞寺周辺でおこる失踪事件、もう一つはそこに聖杯があるかもしれないというマーリンの言葉からだった。
メンバーは私はもちろんのこと、黒い魔力を感知したというマーリンと護衛役のランスロット、斥候にロビンフッドとエルキドゥ、そして清姫だ。
ちなみに、清姫は自宅(魔術工房)の護衛の予定だったが本人の強い意志により同行。
燕青は各マスターの監視と、本日に限り慎二の護衛も行ってもらってる。燕青だけやたらハードスケジュールだ。家に帰ってきたら私ができる範囲でお願いごとを聞いてあげよう。
これは余談だが、本日の礼装は月の海の記憶だ。
理由は特にないけれど、この時間帯にうろついていても違和感を感じさせないためだ。制服を着ていない高校生ぐらいの少女というのは、目立つ。必要以上に人目を引いてしまう。
その点、
閑話休題。無限階段地獄の話に戻ろう。
登っても登っても終わらない地獄の階段を登り続けて数十分。私は幻術と見破りながら何も言わなかったマーリンにキレている。
疲れているという割に余裕そうに見えるって?
アメリカ横断した私の体力をなめないでほしい。
だいたい、少ない魔力回路と、それを扱う才能がないポンコツ魔術師もどきの私が努力して身につくものなんて、体力と筋力しかないじゃない!
脳筋仕様になるのはしかたないと思うのですが何か文句でも?
レオダニス・ブートキャンプだけでなく各種英霊たちによる武芸指南まで履修している私に死角はない。
でも疲れるものは疲れる。なんか、登っているだけで体力以外にも魔力とか精神力とか、ゴリゴリ削られている気がするのだ。
私はロビンが差し出してくれた水筒をひったくるようにして受け取り、グビグビと銭湯上がりの牛乳のように腰に手を当てて程よい冷たさの麦茶で喉を潤す。
ロビンが半分に減った水筒を仕舞いながら、「人のこと考えて飲んでくれません?」と私にとても正当な苦情をつける。ロビンの言うことは正しいので素直に謝った。ごめんなさい。水分は貴重なのです。
「まあまあ、とりあえずは幻術を解くところからはじめよう。」
「今の状況は特殊な結界の中に閉じ込められているといってもいいからね。さすがはキャスター、陣地作成はお手の物ってね。」
返事の代わりにマーリンが肩をすくめる。エルキドゥがこてん、と首をかしげた。
「まさか、破れないのかい?」
「もちろん、無理だとも! 」
マーリンが澄み渡る秋空のようなカラッとした笑顔で答える。私は「そっか、ありがとう。」と一つ頷いて、攻略方法に考えを巡らした。
「この結果は確実に陣地作成だろう。
すると、キャスターの陣地作成のクラスはAランクオーバーだろうね。」
「Aランクオーバーの陣地作成…?」
この聖杯戦争に参加しているキャスターは、クー・フーリン。あれ、キャスニキの陣地作成ってBじゃなかったっけ?まあ、ステータスは呼ばれた魔術師の実力で変動するし、なくはないのだろう。
「まあ、あちらさんも、大人しく自分の陣地に入れてくれるわけないですよ、ねっ!」
突然、ロビンフッドが私を抱えて飛び退いた。かん!と石に何かを打ち付けたような甲高い音が響く。からん、と転がる一本の矢。それを皮切りに矢の雨が私たちに降り注いだ。
「マーリン、幻術!」
「お任せを。夢のように片付けよう。」
キラキラとした光がマーリンの杖からシュルリと出てくる。光は私たち6人をくるりと包み、甘い花の匂いが広がる。矢は見当違いの方向にしぱしぱと落ちていった。
その場の空気が一瞬にして変わった。真昼間なのにもう聖杯戦争は始まるのか。ルール的に大丈夫なのコレ。
それとも、私たちが思ってないだけで昼間の戦闘もあるのだろうか。
でも弓は確実に私を、マスターをねらって放たれている。現在はマーリンの後ろに庇われているが、決して安全とは言えない。
「なんで弓!? 」
「マスター、アーチャーはあの赤いのじゃないのかよ!?」
「アーチャーは基本弓使わないじゃん!」
「俺は使いますけど!?」
いや、そんなのは今は関係ない。今やるべきことは敵サーヴァントを殺さずに倒しきること。和解が一番好ましいが、気絶や捕縛でも構わない。勝利条件は極めて厳しいが、これはやる、やらないの問題じゃない。『やるしかない』のだ。
それならば、どんな無茶でも完遂させなくてはならない!
「マスター、第二陣くるよ!」
エルキドゥの声に、私は反射的に魔力回路を
「叩き落とせ、ランスロット!」
少しでも補助になればと指示とともに
「お任せを。」
ランスロットがアロンダイトの
「…ぬぅん!」
見開かれた目は、きっと全ての矢を捉えていた。
ゔん!という獣の唸り声にも似た音が剣のきらめきから一拍遅れて私の耳に届いた。
空気とともに切り裂かれた静寂。
無限の矢の雨が容赦なく降り注ぐ。
光の線が
高速で振られた剣の軌跡が光に照らされて銀色の線のように見える。
一歩。
ランスロットが踏み込むと同時に大剣は横薙ぎされる。
二歩。
身を翻す勢いでもって、振り抜いた剣が丁寧に真っ二つに矢を切る。
三歩。
屈むように重心を落とす。紙一重で避けた矢は石畳を砕く。片手で切り上げられた剣はしかして一瞬のブレもなく。
四歩目。
頂点で両手で握られた剣は力強く振り下ろされた。
素人さえも見惚れる剣技でもって、矢の雨は瓦礫と化した。
たった四歩。ランスロットの超人剣技によって斬り伏せられた数十本…否、百本を超えたのであろう矢の残骸を、アロンダイトを鞘に収めたランスロットはただ見ていた。
からん、と最後の一つが地面に落ちるときにはすでに、ランスロットはアロンダイトの柄を握っていた。
「マスター、来ます。」
「うん。」
続いて現れたのは大量の竜牙兵。神社の階段に溢れかえるそれらは、目算だが合計で30体は超えているだろう。
ここが、横に拓けた土地ならば、わたし達はとても苦戦した筈だ。だが、あいにくと今いるのは神社の階段。縦に長い。
階段にしては広いが、神社の階段の範疇を超えていない。いうならば、少し広い路地裏ほどの幅しかない。
お行儀よく整列した竜牙兵など、的でしかない。
私はニヤリと意地悪く笑って、私の腕に寄りかかる少女に問いかけた。
「ねぇ、清姫。宝具いける?」
「ええ、もちろん♡」
可愛らしく頷いた清姫は優雅にわたしの前に躍り出た。完凸しているカレイドスコープを受け取った清姫は、にっこりと美しくも邪悪を感じさせる蛇のような笑顔。
「それでは……見ていて下さいましね。
清姫、参りまぁーす。」
甘ったるい声は不気味な笑い声と混ざり、妖しい色を帯びる。清姫は「ふふふ。」と笑う。扇子で顔を隠しながら、金色の瞳に狂気を宿して。
「清姫。焔色の接吻発動……宝具開帳!」
清姫はただ、立っていただけだった。だが、ぞっとするほど美しい。美しい蛇が、しゅるりとながい舌で唇を舐めているような妖しげな美。
扇子が、ひらりと翻された。
「それではご覧ください。わたくしの、一世一代の晴れ姿!
これより、逃げた大嘘付きを退治します。
『
朗々とした詠唱と、青い炎の龍が竜牙兵を飲み込む。どこまでもどこまでも伸びる炎は勢力を伸ばし、あっという間に竜牙兵を全て
「さぁ、戦いは終わりです。張り切って走りましょう!」
テンションの高い清姫が握りこぶしを作って笑う。さすがは清姫、威力がえげつない。
「さすが清姫、頼りになるね!」
「まあ、そんな……!」
くねくねと恥じらうようにシナを作る清姫の頭を撫でる。そして、最後の敵を睨みつけた。
竜牙兵を全て倒し、奥から現れたのは巨大な死霊……ヒュージゴースト。
「スケルトン退治の次は幽霊退治ってか? 」
ロビンフッドが冗談めかして笑う。戦えなくはないが、通常攻撃で削るには少しきつい。これ以上戦いを続けるのはいい判断とは言えない。サーヴァント戦の前に、無駄な消耗と戦いは避けるべきだ。
……だけど、ここは一度、私たちの力を見せつけるべきだと思う。木の上から弓を射ってきた相手に。
「ランスロット、宝具いけるよね!?」
「お任せあれ!」
私の確信的な問いかけに、ギラギラと肉食獣を思わせる瞳の騎士が力強く応える。ならば、これ以上はないだろう。
「一撃で決めるよ!
マーリン、夢幻のカリスマと英雄作成をランスロットに!
ランスロットは湖の騎士と無窮の武練、騎士は徒手にて死せず、全部発動!」
ランスロットに大量のバフがかかっていく。シュインシュイーンとエフィクト音が鳴り響き、ランスロットのNPチャージが100%に達していることを確認した私は、最後の仕上げと言わんばかりに礼装を発動した。
「霊子向上、完勝への布石!
ランスロット、宝具開帳!!」
ランスロットのアロンダイトが光輝く。
「最果てに至れ、限界を超えよ。彼方の王よ、この光をご覧あれ! 『
大量のバフをこれでもかと積んだランスロットの宝具が放たれる。
ヒュージゴーストはランスロットの攻撃に耐えられず、跡形も残さずに消えた。
「さっすが!」
ランスロットの活躍に声を上げる。ロビンが「俺も行けましたけど?」と不満そうに唇を尖らせた。
「じゃあ、次はロビンに任せていい? 」
「りょーかい、りょーかい。」
ロビンフッドの楽しげな声。
木の上にいた、大きな魔力が近づいてくるのがわかる。ここ一年半ですっかり慣れてしまったサーヴァント反応。
ごくり、と生唾を飲み込んで、いつでも礼装のスキルを機能できるようになけなしの魔術回路を励起させる。
木の枝の間から、美しい金色が光る。しゃら、と今にも音がなりそうな金糸が風に揺れてさらりと揺れた。
「これだけやっても無傷とかありえないだろ!
というか、サーヴァント5騎とか卑怯にもほどがある!反則だろう!
どうなってるんだこの聖杯戦争は!」
木枝の陰から現れたのは、癇癪を起こしながら弓を引く天使のような容姿の美青年。だが、翠の瞳が苛だたしげにつり上がっていた。目立つ白い礼装。髪の色にあわせた黄金の装飾品が、太陽の光を反射してキラキラというよりギラギラ光る。
オレンジ色の腰布が枯れた枝の間から覗くのはなんとも滑稽なようで、しかしその手に持つ実用性だけを追い求めたロングボウが英霊が英霊たらしめる要素であると主張しているようにも感じた。
「…イアソン?」
オケアノスで出会った、女神に愛された青年がそこにいた。そういえば、イアソンはケイローン先生の弟子だったか。ならば、弓が得意なのもうなずけるなぁ。
先ほどの宝具レベルの弓の猛攻を思い出しながら、今まさに弓を引いた青年を見つめる。
ようやく私の存在に気がついたのか、鬱陶しそうに前髪を書き上げながら見下ろしていたイアソンは、顔色を一瞬のうちに青白く変化させ、あからさまに動揺しながら今度は私を指差してきた。
「おま、お前!カルデアのマスター!?」
きっと、すごく驚いたんだろう。ずるんと足を滑らせて間抜けにもイアソンは落下した。
■■■
イアソン。ケンタウロスの賢者ケイローンに預けられた、女神ヘラの加護を持つアルゴー号の船長。アルゴナウタイの冒険で知られる古代ギリシャの英雄。
王位を継承するために金羊毛皮を手に入れるため、コルキスの王女メディアを利用して捨てた男。メディアには蛇蝎の如く嫌われ、天敵とまで言わしめる彼女いわく『顔だけ男』
クラスはおそらくライダー。
天敵は、彼の元妻のメディアである。
「やっぱり、
「そうだね。」
墜落して石の階段の上で伸びている金髪を見下ろしてエルキドゥが言う。例の令呪奪っちゃえ作戦はどうかと思うけど、イアソンがいると知ってたら呼んでいた。
イアソンは、メディアが苦手だ。自分がやらかした負い目もあるだろうが、それ以上にメディアが怖いから。
おそらく、メディアに杖向けられて「服従、するわよね?」とでも言えば一瞬で従いそうだ。
びくり、とイアソン肩が揺れる。立ち上がろう、というより逃げようとするイアソン。そこをすかさずランスロットが背中を足で踏みつけて再び地面に逆戻りさせた。えげつない。
「と言うか、ここで呼んじゃいましょうよ。
龍脈も近いんすよね?」
「うーん、召喚サークルの設置もだけどこんな中途半端な場所で召喚はできないかな。
まあ、僕ほどの魔術師なら召喚することもできるのだけどね!」
「マーリンに呼ばれるメディアってカルデアのメディアじゃないじゃん。あ、召喚サークル出来上がってるんだっけ。」
「一度、家に帰って呼んでからきます?」
「やめろ、それだけはやめろ!」
私たちが好き勝手に言い散らかすのに我慢ができなかったのか、イアソンが声を張り上げて抗議した。
バタバタと腕を振るが、縄(ロビンが提供した)でぐるぐる巻きのうえにランスロットに背中を踏みつけられているので全く動けていない。哀れだ。
オケアノスの因縁は時間神殿の時の活躍でチャラとなっている今、ただの可哀想なイケメンでしかなかった。タレ目のせいでどんなに眉を釣り上げようと全然怖くない怒り顔も一つの要因かもしれない。
ぎゃあぎゃあとイアソンは叫び続ける。
「ただでさえ恐ろしいんだ、“成長した方まで増える”だなんて考えたくもない!」
「え?」
今、イアソンはなんと言った?
『成長した方まで増える?』
それを信じるのならば、つまり、ここにすでにメディアがいるのか?
「(ちょっと待って。)」
もしここにメディアがいるとしたらクラスはキャスターに違いない。成長した方といったから、この場にいるメディアはリリィなのだろう。
でも、そんなのありえるのだろうか?リリィは普通の召喚では呼べないはず。でもこの場にいる?
イアソンのマスターはキャスターのマスターと同盟を組んでるのか?
だが、キャスターのマスターは時計塔の人だったはず。時計塔の魔術師が日本のお寺に居候?そんなことあるだろうか?そもそも、同盟なんて組むかな。いや、これはただの偏見だけど。
「…ううん、違う。」
多分、前提から違う。考え方を変えるべきだ。
オケアノス、アルゴー号。あの船で、メディアリリィはイアソンと共にいた。メディアは、あの
『メディアリリィとイアソンがこの場にいる』=『キャスターのマスターとライダーのマスターが同盟を組んでともいる』んじゃなくて、そもそも、『イアソンがいるからメディアがいる』と仮定しよう。だいたい、いくらマスター同士が同盟を組んだとしても、よりにもよってメディアとイアソンが協力し合うわけないじゃないか。よほどのことがない限り。
ならば、逆説的に余程のことが起きていると言うことが証明された。
というか、キャスター枠はキャスニキで埋まっているのだから、いくらメディアでもキャスター枠で参加できないのだ。
この聖杯戦争は始まりから狂っている。ならば、イレギュラーは
オケアノスには特例とも思われるサーヴァントがいた。ライダー、アン・ボニー&メアリー・リード。
彼女たちは二人で一騎のサーヴァントだった。ならば…
「イアソン。もしかしてあなたは、メディアリリィと二人で一騎のサーヴァントとして召喚されたの?」
イアソンが大げさに驚く。これは、正解なのかもしれない。
最初から気づくべきだった。陣地作成により作られた結界にもかかわらず、出てきたサーヴァントは
イアソンは私をカルデアのマスターだと知っていた。イアソンとメディアが二人してライダーと登録されるのには不完全だ。なぜなら、本来ならばメディアはアルゴナウタイの一員として数えることはできないから。しかし、第三特異点にかぎり、それは可能になる。
そして何より、イアソンは私を知っていた。
どう言う理屈かは知らないけれど、特異点で核となったサーヴァントはその特異点での記録を持っている存在もいるにはいる。ジャンヌ・オルタなんかがまさにそれだ。
だがまあ、今はそれは置いておこう。大事なのはメディアリリィとイアソンが二人で一つのサーヴァントであると言うこと。
ぶっちゃけると、神話からイアソンを引っ張ってくるのならメディアはセットになることはないだろう。メディアはアルゴナウタイの50人に入らない。
だが、それが特異点オケアノスという点から見ると別になる。
イアソンとメディアリリィは共にアルゴー号に同乗し、私たちカルデアと敵対した。
いわば、物語の核のようなもの。消えるはずの特異点の英霊。特異点こそを全盛期と定めるのなら、このようなイレギュラーもあり得るのかもしれない。
いや、やっぱり無理があるだろうか?生前ではなく、死後なし得たことを元にサーヴァントになるというのはやはり矛盾がある。それに、メディアの陣地作成はAランクで間違いないがリリィの方はBランクだったはず。(まあ、先ほども言ったように召喚された魔術師によってスキルのレベルの上下が起きるのは不思議なことではないのだが。)
だが、その矛盾もこの聖杯戦争の異常の一つなのかもしれない。
「この推測、間違ってるかな? 」
『うーん。可能性として、全くないとは言えないかな。』
ダヴィンチちゃんがにこやかに言う。
まあ、私のような魔術師もどきの結論が間違っててもなんら不思議でもない。「なくはない。」という結論まで導き出せたのだからまだましだ。
「イアソン、今の私の推察、どう?」
「……ふん、間違いだらけだね。」
「正解だってよ、マスター。」
「そうだね。」
イアソンの反応で確信した私は、彼の前にしゃがみ込んだ。イアソンは心底恨めしそうな顔で私を睨む。……うーん、慎二に似てる。
「ねぇ、イアソン。
私が、カルデアがあなたたちと仮契約をして、魔力バックアップをすると言ったら。
貴方達は私たちに協力してくれる?」
イアソンが目を見開く。
「話ぐらいなら聞いてやってもいい。」
それは、事実上の肯定だった。
***
「こんにちはカルデアのマスターさん。
お久しぶり、の方が正しいかしら?」
メディアリリィがにっこりと笑う。キラキラとした少女の笑顔はあまりにも可憐で、その裏に隠された側面のギャップを思い出す。
「魔神柱……ハーゲンティ……無限パンケーキ……う、頭が……! 」
『先輩! しっかりしてください、せんぱーい! 』
「嫌な、事件だったね。」
かわいそうな魔神柱ランキングでもトップ3に入るパンケーキ魔神柱は置いておいて。
「突然だけどメディア……メディアリリィって呼んだほうがいい?」
「私はどちらでもいいですが、
にっこり笑顔で残酷なことを言うメディアリリィにカルデアにいるメディアが発狂しそうだなぁ、なんて思いつつ「わかった、よろしくリリィ。」と右手を差し出した。
メディアリリィはクエスチョンマークを浮かべて、ハッと閃いた顔で私の右手を白魚の手で握り返した。
「イアソン様から聞きました。魔力供給をカルデアで受け持ってくれるというのは本当ですか? 」
「うん、本当だよ。もちろん、令呪を寄越せなんて言わない。魔力供給のための仮契約しか結ばない。」
「なら、私はマスターさんと魔力供給のパスをつなぐだけで、
『うーん、本来ならあまりよくないけれど、魔力を送りなれた立香ちゃんなら問題はないだろう。
もっとも、立香ちゃんに近いほうがいいに越したことはないけれどね。』
メディアリリィは「それは良かったです。」とニコニコ笑う。メディアの笑顔に反比例してイアソンの表情は最悪だ。
「でも、令呪を渡せって言われなくて本当によかった。
カルデアのマスターさんは優しいですね。」
「うん?」
どこか不穏な気配を滲ませた言葉に引っ掛かりを覚え、思わず問いかけてしまった。
「だって。」
メディアリリィは妖精のように手を合わせて喜んだ。
「私、前のマスターを殺すために令呪を全部使わせたので、もう残ってないんですもの。」
てん、てん、てん。
何も言えない私をよそに、「聞いてくださいよ! 」とメディアリリィは両手で握り拳を作って怒る。
イアソンが重いため息を吐き、「俺は何も聞かない。」と両手で耳を覆った。
「だって、本当に酷かったんですもの。
あの人、あ、前のマスターのことなんですけど、マスターって呼びたくもないのであの人でいいですよね。
大人の私を召喚したかったみたいなんですけどね?
キャスターは先に召喚されていたから、私、ライダーとして召喚されちゃったんです。
だから、魔術師として十全に力を震えない私に勝手に失望するだけにとどまらず!
魔術師として弱体化している私に、魔術師として劣ることに嫉妬して、意地悪してきたんです。
それだけなら私も殺そうとまでは思いませんよ。
でも、あの人、私を誅殺して新しいライダーを呼び出そうとしていたんですもの。
だったら、殺される前に殺しちゃおうって思って!
令呪全部使いきらせて、私に対する命令権を破棄させてから殺したんです。
ほら、いざ殺すぞって時に、自害しろって
うふふ、と笑うメディアリリィに本気で恐怖を覚えつつ「うん、そっか。」と一言返した。
『サーヴァント界が誇るサイコパスの称号を持つだけはあるね。』
『魔神柱パンケーキはまだマシなほうだったんですね。』
ダヴィンチちゃんとマシュの声がやたら遠くから聞こえる。
下手したら、私もカルデアのメディアリリィに殺されていたのだろうか、と思うと鳥肌が立つ。
「あ、もちろん、カルデアのマスターさんはあの人と比べ物にならないぐらいいいマスターさんですよ!
それに、そのおかげで宗一郎様に出会えたって考えたら今回の現界も悪くはないかなって。」
うふふ、と幸せそうにメディアリリィは笑った。
「宗一郎様?」
「私の旦那様です。」
思わず、イアソンを見てしまった。イアソンは三角座りで座っている。キノコを生やす勢いでジメジメした空気を放つ存在を見なかったことにした。
「宗一郎様は行き倒れていた私を助けてくれたんです。魔術回路のない一般人なんですが、とても優しいお方ですよ。」
「魔術回路がない?」
『だから
ダヴィンチちゃんの問いにメディアリリィは申し訳なさそうに眉毛を下げた。
「だから、カルデアのマスターさんとの契約は歓迎こそすれ、断る理由はありません。
私はまだ、宗一郎様とともに居たいのです。」
ほわっと天使の笑顔のメディアリリィに「イアソンは?」などとは聞けない。
まあ、イアソンはイアソンでメディアを弄んで捨てた前科があるので仕方がないのだろう。
「えっと、イアソンはどうする?」
「え、イアソン様は門番ですよ?」
イアソンに出した助け船はメディアリリィの無邪気な瞳で沈没。イアソンの泥のような目を直視できず、思わず己の目を片手で覆った。
『おほん。
では、早速パスをつなぐよ。
仮契約を行ってくれたまえ。』
ダヴィンチちゃんに促され、私はメディアリリィとイアソンに向き直った。私は令呪の宿る右手を差し出す。
「告げる。
汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に―――
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば―――
我に従え!!
ならばその命運、汝らが“船”に預けよう!! 」
「ライダーの名に懸け、誓いを受けます。
……貴方を我が主として認めましょう、藤丸立香。」
令呪が赤く光る。確かにつながったパスを確かめ、どっと感じる疲労に耐えた。
「確かに、ここに契約は完了しました。
ありがとうございます、カルデアのマスター。」
「……ふん、私はこのままでもどうとでもなったんだけどね。
むしろ、私と言う偉大な英雄と契約を結べたことを誇りに思うがいいさ。」
イアソンの不遜な態度はいっそ清々しい。そして慎二に似てる。
「ところで、私たちの陣営に協力するってことは聖杯にかける望みを諦めるってことだけど、了承してくれる? 」
「ええ、もちろん。
私たちとしてもあんな呪われた杯に望みをかけるなんて愚かなことはしません。大元から汚染されているんですもの。
死を撒き散らす願望機では願いなんてかないっこありませんよ。」
「ちょっと待った。」
メディアリリィの爆弾発言には慣れたつもりだったが、私もまだまだらしい。
「メディアリリィ、もしかして大聖杯の在り処を知ってるの? 」
「はい、知ってますよ。」
「私も見たが、あれはない。願いをかける気も失せる。」
イアソンとメディアリリィは訳知り顔で頷いた。
呪いの杯。今回の特異点の原因と思われるそれ。
「私も、そこに連れてってくれない? 」
「ええ、もちろん。だって、
地面を指さしてメディアリリィが微笑んだ。三度目の爆弾発言に、私の意識は遠のいた。