Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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呪われた聖杯

 メディアリリィの言う通り、大聖杯は柳洞寺の敷地内の洞窟の中にあった。鍾乳洞の洞窟の中はひんやりと冷たく、しかし、清浄であるはずの空気はどこか淀んでいた。

 

 「ここです。」

 

 洞窟の最深部はぽっかりと広い空間で、その中央に大聖杯はあった。

 大聖杯は巨大な彫刻のようだった。

 見慣れた黄金の杯ではなく、黒い球の浮いた王冠のような形。吹き出る赤黒いオーラが禍々しい。

 

 『これが、大聖杯……!? 』

 

 通信機の向こうで、ダヴィンチちゃんが息を飲んだ。

 

 『そんな。』

 『こんな、こんなの、嘘だろう……?

 これが、こんなものが聖杯であるはずがない……!! 』

 

 ホログラムの向こうの職員さんたちの、悲鳴にも近い否定の声。

 

 『……呪われた聖杯、と言うべきだろうか。』

 

 落ち着いたテノール。通信機越しに煙管を咥えた名探偵と目があった。

 彼らが見ているものは私と同じもの。真っ黒な泥をなみなみと溜め込まれた大杯。

 恐怖と拒絶。否定と畏怖。

 これは、存在してはいけないものだーーー。

 本能が警告している。

 

 『大聖杯に浮いているように見える黒い球体は、話に聞く第七特異点のケイオスタイドと似て非なる物質だろう。

 聖杯の泥、と言うべきか。』

 「これ、人類悪関連なのかな……? 」

 

 ホームズは答えない。ダヴィンチちゃんは泥を見て『人類悪、なのだろうか……』と言い淀んだ。

 

 「あの聖杯に近づいてはいけませんよ。

 サーヴァントが泥に触れれば、たちまちのうちに霊基が汚染されて反転してしまいますから。」

 『霊基の反転……オルタナティブ、サーヴァントの黒化のことか!

 つまり、特異点Fが起こる前の時空ということか? 』

 『では、特異点Fの大災害は、この大聖杯から泥が溢れた結果ということですか?』

 

 マシュの声が、まるで隣にいるかのように近くで聞こえる。

 特異点Fに関連するとはわかっていた。レイシフト中に誘拐されたとダヴィンチちゃんが語った理由だけがわからない。

 

 『その可能性が高い。何より、あの場所に我々は見覚えがあるはずだ。

 そう、反転した騎士王が守っていた地。聖杯のありか。』

 「……そして所長が、オルガマリー所長が消滅した場所。」

 

 ああ、そうか。燃えていないからわからなかった。ここは、第五次聖杯戦争が行われた時空。

 

 「……ねえ、ダヴィンチちゃん。」

 『立香ちゃん、その時空が特異点Fにならなくても、所長の死は変わらないよ。』

 

 わかっているけれど、どうしても思ってしまったことを的確に指摘されて、私は「わかってるんだけどね。」と言葉を漏らす。

 人理焼却を覆しても、犠牲になった人が帰ってくることはない。わかっているのだ、そんなことは。

 それでも一瞬、思ってしまうのは私が人間だからだろう。

 両手の拳を握った。

 

 『立香ちゃん、大聖杯をみて改めて確信した。

 聖杯の中にある悪意を外に出していいわけがない。泥は世界を焼き滅ぼし、反転した願いは死をもって願いを叶えるだろう。魔神柱案件なのかどうかはわからない。

 だが、やるべきことはただ一つ。我々の使命は以前から変わらない。』

「聖杯戦争を中止させる。

 サーヴァントは脱落させない。」

 

 私は真っ黒な聖杯を睨みつけて、宣言するように声を張り上げた。

 

 「そして、大聖杯を破壊する!」

 『うん、そうだ。

 立香ちゃんのいう通り。カルデアは君を全力でバックアップするよ。』

 

 ダヴィンチちゃんが力強く頷く。

 

 『大聖杯の泥の解析結果、出ました!』と女性(多分シルビアさん)の声が私たちを奮い立たせる。

 

 『ご苦労。……ダ・ヴィンチに変わり僕が説明しよう。』

 

 解析結果を手にしたホームズのホログラムが現れた。彼は唐突に『結論から言わせてもらう。』と話し出した。

 

『大聖杯の破壊だが、やり方はかなり限定される。

 魔術的な観点から説明してもミス フジマルには理解できないだろうから、簡略に話そう。』

 「一言余計だけどありがとう。」

 

 ホームズが宝具を発動するときのように両手を合わせて言った。

 

 『まず一つ目に、今大聖杯を破壊することはできない。

 聖杯の端末……仮に、小聖杯としよう、それが大聖杯の中にある汚染の原因であるなんらかの存在と接続しているため、大聖杯を破壊しても本当の意味で災厄の回避にはならない。

 恐らく、小聖杯は聖杯を作ったアインツベルン家が所持しているはずだ。

 天の衣(アイリスフィール)のようなホムンクルスの可能性が高い。

 マスターの記録を見させてもらったが、恐らくはバーサーカーのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが小聖杯だろう。

 大聖杯の破壊には、まず彼女の小聖杯としての機能を停止させてから行わなくては意味がない。

 二つ目に、宝具による破壊は現状不可能だ。

 マスターがわかりやすいようにいうと、宝具封印状態の永続付加がかかっていると思ってくれて構わない。

 おそらくこれは大聖杯に本来備わっている防御機構だろう。

 解除にはやはりアインツベルンの魔術師に解除してもらう必要性がある。』

 「つまり、どっちみちバーサーカーのマスターを味方にしないとダメってことか。」

 

 はぁー、とため息をついた。今回、一番話を聞いてはくれなさそうなマスターが大聖杯破壊のためのキーパーソンである。

 

 「遠坂と間桐じゃだめなのかい? 」

 『遠坂は土地の提供、間桐は英霊召喚システムの構築。聖杯の防御機構は門外漢だろうね。』

 「なら、カルデアの天の衣(アイリスフィール)なら? 」

 

 思いつきを声に出すが、ホログラムの向こうのアイリ本人が『力になれなくてごめんなさい、マスター。』と申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 『私のいた世界とその世界のアインツベルン家の魔術形態が全く同じとは言い切れないわ。

 下手に大聖杯をいじっても失敗するリスクが高い。失敗したときどうなるのか、想像ができないの』

 「なるほど・・・、ありがとうアイリさん」

 

 魔術というものはなかなか厄介だ。だけどそれだと、やっぱりこの世界のアインツベルン家の協力が必須条件か。

 

 「しっかし、よりによってあのヘラクレスのマスターか。」

 

 ロビンのため息混じりな声に私は同意する。

 

 「せめて、エミヤかアルトリアだったらまだ会話の余地があったのにね。」

 「それなら、僕が彼と戦おうか? 彼ほどの神性なら対神兵装()の強度も相当高まるだろうし、身動きが取れない程度には拘束できると思うけど。」

 「悪くないけど、それだと相手を刺激して、余計に話を聞いてもらえないんじゃないかな? 」

 「一度勝敗をつけた方がいい時もあるぜ、マスター。」

 

 うーん、と唸りながら打開策を考えるも、いい案が出ない。

 ふと、イアソンが視界に入った。メディアから顔だけ男と評されるように、女神にも愛されたとにかく美しい顔はしかめっ面で歪んでいる。

 

 「今、なんといった?

 私には敵のバーサーカーがヘラクレスだと聞こえたんだが、気のせいかな?」

 

 イアソンがわざとらしく片手をあげた。ああ、そういえば彼らと情報共有がまだだった。

 

 「うん、それであってるよ。

 今回のバーサーカーはヘラクレス。マスターはイリヤスフィール・アインツベルン。

 今回の聖杯戦争の中でも最強最悪の組み合わせ(主従)だとおもう。」

 

 ちなみに、キャスターはクー・フーリンで、セイバーはアーサー王。アーチャーは抑止の守護者だよ。と付け加えた。

 メディアは「クー・フーリンがキャスターだったんですね。」と頷き、「でも私の方が強いです。」と無邪気にすごいことを言う。

 一方、イアソンはふぅーと大きな息を吐いて、きらめく笑顔で一言。

 

 「うん、無理だ。諦めよう。勝てるわけない。」

 

 美形の自信満々な表情は変な説得力がある。でも、イアソンの笑顔は「なに言ってんだこいつ」としか思えなかった。

 

 「ちょっと、イアソン」

「だってヘラクレスだぞ。不死身の大英雄だ!

 英雄(オレ)達の誰もが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされ続けた頂点なんだぞ!?

 勝てるわけないじゃないか!! 」

 「勝つんじゃなくて和解でいいんだけど。」

 「同盟より難しいって理解してるか??

 聖杯戦争を諦めろって言ってるんだぞ! 」

 「そうなんだよなぁ。」

 

 うーん、と再び唸った立香は、「とりあえず、提案なんだけど。」と言ってみる。

 

 「なんだ? 言っておくがオレはヘラクレスとの戦いに協力なんてしないぞ。」

 「いや、そうじゃなくて。

 一回、ここから出ない? 」

 

 どうも、ここは落ち着かない。禍々しい空気(オーラ)は、ビリビリとした圧力さえ感じた。

 

 『ああ、その場に留まっていても仕方がない。一度洞窟を出よう。』

 

 大聖杯に背を向け、来た道を巻き返す。

 足取りは重い。

 まだ、洞窟に入ってそれほど時間は経っていないのに何時間も経っているような感覚。

 時間感覚がはっきりせず、おぼつかない。

 眩しい太陽が真上にあり、暗い場所から出てきたばかりの私たちを容赦なく照りつける。

 

 「明るいね。」

 「ええ、もう少し時間が経っているものかと思いました。」

 

 清姫が太陽の位置を見てまぁ、と驚く。

 

 「(あー、でももう10時か。慎二、今日何時に帰るって言ってたかな。)」

 

 まあでも、 慎二は朝のこともあるし、帰宅は遅くなるだろうとあたりをつける。

 それでもそろそろ帰宅しないと時間がやばい。夕食の下準備を始めないと、夕飯がカップ麺になってしまう。私と清姫はこの後バイトがあるのだ。

 慎二が帰って来た時に夕食ができてないと慎二の機嫌は最悪なことになるだろう。

 

 「じゃあ、私たちは帰るね。」

 「では、私も後ほどマスターさんの拠点にお伺いしますね。今後の話もしたいですから。 」

 

 メディアが朗らかな笑顔で名乗り上げた。

 

「え、でも、いいの?

 ライダー陣営の拠点ここだし、なるべく離れない方がいいんじゃない?」

 「確かにそうですが、そのためにイアソン様が門番してくださっておりますので安心してください。」

 

 ニッコリとメディアが笑う。有無を言わせない黒いオーラがうかがえる笑顔だ。

 当のイアソンは心底嫌そうな顔だがメディアに文句を言えないらしい。

 

 「それじゃあ、私12時からバイトあるから、また後でね。19時ぐらいに来てくれる?

 夜ご飯ご馳走するよ。」

 「うふふ、楽しみです! 」

 

 花のように笑うメディアは本当に可愛かった。

 さて、私はというと屈伸運動と簡単なストレッチを始める。

 

 「ちょっと、時間がやばいからね。走るよ。」

 「じゃあ、僕らは霊体化するよ。」

 

 うん、よろしくと頷いて己の足に(しょぼいしないよりかはマシな程度のものだけど)強化魔術をかける。

 最短ルートを脳内マップで組み立てて、礼装を着慣れた(走り慣れた)カルデアの制服に変える。

 

 「……っよし! 」

 

 私の健脚がコンクリートを蹴り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極彩色の少女が洞窟を去った後。

 泥が、たぷんと揺らめいた。

 少女の決意を嘲笑うように。

 泥が意志を持つように跳ねた。

 一雫の泥が、大地に落ちる。

 泥は形を取り始める。

 少女の記憶に忠実に。

 少女の絶望に忠実に。

 悪意を持って形をとる。

 悪意を持って脈動する。

 そして悪意は芽吹いた。

 醜悪な形をとって、生まれた。

 ――――――母の胎から、産み落とされた。

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