Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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 自宅について簡単にシャワーを浴びてから、下準備と昼食を同時に行った私は、清姫とともにバイト先のカフェに到着した。時刻は11時50分。よく間に合ったものだ。

 

 「こんにちはー。」

 「こんにちは、藤丸さん。今日もよろしくね。」

 「はい、頑張ります! 」

 「よろしくお願いします。」

 

 ちなみに、清姫は藤丸清姫(ふじまるきよひめ)いう偽名を使っている。本人たっての希望だ。

 マスターの初老の男性はシルバーカトラリーを磨いている。サイフォンでドリップされた香ばしいコーヒーの香りが店に充満していて、心地がいい空間ができていた。

 それなりに人の多い店内。バイト着に着替えたカフェエプロンスタイルの清姫は看板娘としてレジ打ちを任せる。

 私は裏でお食事(フード)のサンドイッチの材料を準備していた。店長はコーヒーカップを温めていた。

 カラン、カランとドアベルが鳴る。常連さんがレジからこちらを覗き込んだ。

 

 「やあ、藤丸さん。今日の気まぐれサンドは何かな?」

 「サーモンのハニーマスタード照り焼きのサンドイッチです。サラダセットのモッツァレラトマトと一緒にいかがでしょうか?」

 「お、それはいいね。よろしく頼むよ。」

 

 サーモンの照り焼きを作りながら「注文はレジでお願いします。」と接客スマイルを浮かべる。

 ランチタイムは常連客の多くが店長の気まぐれサンドイッチを注文する。本日のサンドイッチはサーモンサンド。カリカリのフランスパンと照り焼きサーモン、そしてレタスにからまる甘辛いハニーマスタードソースがたまらない一品。自宅でも簡単に作れるのにとっても美味しい。

 エミヤですら美味しさのあまり唸り声をあげ、キャットがお魚くわえたどら猫ならぬお魚調理した良妻ネコとして食堂を占領し、カルデアにいるフィンが「さーもんありなん! 」とドヤ顔で食べる姿が目に浮かぶ。

 濃い味付けなのであっさり塩味のモッツァレラトマトと一緒にお客さんに勧めると飛ぶように売れた。

 

 「あすかの行きつけってここ? 」

 「そう、カフェオレが美味しいの。」

 

 混雑の波が引いて、少し落ち着いた店内に、スーツの女性が二人入店してきた。新都のキャリアウーマンだろう。

 清姫に案内されて座席に座ると、二人揃ってレジに来た。

 

 「いらっしゃいませ! 」

 

 たしか、あすかとよばれた女性が慣れたようにピースサインをむける。

 

 「カフェオレ二つお願いします。」

 「セットメニューに当店おすすめのサンドイッチはいかがですか?本日はサーモンサンドです。」

 「じゃあ、それも。ゆみはどうする? 」

 「私も食べるー」

 「じゃあ、二つ。」

 「ありがとうございます。1600円でございます。」

 

 レジを済ませてサンドイッチを作る。女性二人は「美味しい。」と言いながら楽しそうに食べていた。二人が出て行くとしばらく来客は来なかった。

 気づけば窓の向こうは赤色の世界で、5時を告げるチャイムが鳴っていた。地元でも聴き慣れた七つの子が厳かに響く。

 

 「立香様。外にこんなものが。」

 

 店先の掃除を任されていた清姫が両手で何かを差し出した。ピンクの宝石(ピンクダイヤだろうか?)が上品に飾られた、ハートモチーフのシルバーネックレスだ。いや、もしかしたらプラチナだろうか。

 

 「落し物かな。

 金庫に入れてくるよ。」

 

 ちょうど、レジの清算を終えたところだ。私は現金と一緒に金庫に入れた。

 バックヤードから戻ってきたちょうどその時、少し前に来店したOLのうち一人(たしか、ゆみと呼ばれていた人。)が慌てた様子で店内に入ってきた。

 

 「あの、忘れ物届いてませんか? ネックレスなんですけど。」

 

 ハートのモチーフで、ピンクの宝石が付いていて、と身振り手振りで語る女性に「少々お待ちください。」と断ってから、先ほど清姫に渡されたネックレスを金庫から取り出した。

 

 「こちらでよろしいですか? 」

 「これです! よかったぁ。」

 

 間延びした声は安堵が漏れ、心底安心したという表情でもって、女性が感謝をつげた。

 

 「カフェラテ注文してもいいですか? 」

 

 Lサイズのアイスカフェラテを注文した女性(ゆみさん)はテーブル席でノートパソコンを立ち上げ、書類を見ながら何かを打ち込んでいる。

 

 「お待たせしました、アイスカフェラテです。」

 

 カフェラテは書類やノートパソコンから遠い場所に置いた。

 気づいたゆみさんは「ありがとうございます。」と笑う。

 

 「いえ、お仕事ですか? 」

 「はい、本当なら会社で済ませる予定だったんだけど、ちょっと事情があって。」

 

 ゆみさんは誰かに愚痴りたいと言うかのように、言葉の堰を切った。

 

 「私の職場、あ、新都なんですけど。なんか事件があったみたいで。

 通り魔殺人とかなんとか。

 ほら、新都って人多いでしょ、まだ捕まってないみたいなんです。

 流石に1、2件なら会社もそのまま仕事させてたでしょうけど、被害者が2桁いったとかで。

 警察の指導で今日、社員全員残業禁止ですよ。それなのに書類の提出期限変わらないんだから、困っちゃいますよ。」

 

 こんなのサビ残ですよ、サビ残。と嘆くゆみさんに「大変ですね。」と相槌を打つ。

 気づけば、店内の電子時計は17:55分を示していた。

 私たちの他のバイト仲間(四時から出勤)が私のもとにやってきて、「ねぇ。」と軽く声をかけた。

 

 「藤丸さんたち、今日はもう上がりでいいって。」

 「ほんとですか? ありがとうございます。」

 「では、お先に失礼しますね。」

 

 ついでにと、サービスで店長にもらった貰ったカフェオレ片手に裏側に引っ込こむ。(ブレンドコーヒーのロスが近いからとくれた。)

 うん、美味しい。店長の美味しいコーヒーの味は是非とも習得したい。

 コーヒー好きの童話作家や私の共犯者に飲ませてあげたい。私は紅茶も好きだけどコーヒーもすきだ。

 タイムカードを切って、制服から私服に着替える。

 

 「本当に、たいむかぁどというのは面白いカラクリですわね。」

 

 清姫は勤務時間が印刷されたカードをまじまじとみて、「墨はどうなっているのでしょう?」と呟く。

 

 「帰ろっか。」

 「はい、ますたぁ。」

 

 甘ったるい声と笑顔が、私に向けられる。金色の瞳がとろとろ溶ける。まるでべっこう飴のようだ。

 

 「お疲れ様です。」

 「お疲れ、明日もよろしくね。」

 

 店長が笑顔で私達を送り出す。ぺこりと頭を下げて外に出た。

 カラン。

 ドアベルが軽い音を立てる。街灯の明かりで出来た影が、歩くたびに伸びては縮む。

 影には清姫の角がしっかりと写っている。影は真の姿を写すという。鬼や悪魔の伝承でよく語られるように。

 

 「明日の朝ごはんはどうしよっか。」

 「そうですね、何か簡単なものを作りますわ……!! 」

 「わーい、きよちゃんのごはんおいしいんだよねぇ〜。」

 

 ふと、気づく。私たちの後ろから大きな影が伸びていることに。

 

 「やっちゃって、バーサーカー。」

 

 そのシルエットの正体に気づく前に、清姫は私を抱えて一軒家の屋根に飛び移った。

 先ほどまで立っていたあたりのコンクリートは陥没しており、砕けたコンクリートが塀をえぐる。

 

 「ちぇ、避けられちゃった。残念。」

 「ますたぁ、“あれ”は……。」

 「うん。まさか、こんなに早く会えるなんてね。」

 

 白い髪。赤い瞳。ロシア帽をかぶった小柄な美少女。

 

 「こんばんわ、偽ルーラーさん。」

 「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン! 」

 

 アインツベルンの小聖杯だと推測されるホムンクルスの少女。

 ヘラクレスの肩に乗って優雅に微笑んだイリヤは、しかして獰猛な獣のように瞳を妖しく輝かせた。

 

 「じゃあ、死んで! 」

 「させません! 」

 

 ヘラクレスの斧が振りかぶられる。清姫の瞳孔が縦長に変幻し、しゅるりと長い舌が口からはみ出る。

 

 「清姫、まって! 」

 「シャアアアア!!」

 

 ごうっ!と清姫が炎を吐く。炎はヘラクレスを包み、轟々と燃え上がった。炎の渦は物理的に切り裂かれ、鎮火する。

 

 「ふぅーん、やっぱり。そうなんだぁ。」

 

 イリヤが楽しそうに笑う。嗜虐的にも感じられるその顔には愉悦が浮かぶ。

 

 「あはは、あなたがルーラー!?

 そんなわけない! ルール違反を取り締まるルーラーがサーヴァント召喚してるなんて!

 あなたはルーラーなんかじゃない!

 ほぉら、聖杯が呪われているなんて狂言よ! 

 私は汚れた杯なんかじゃない! 」

 

 高らかに笑うイリヤ。叫びは狂気的に歪んでいた。

 ……しかし、この状況はまずい。私がルーラーと言い張るのは最初から無理があると思うが、こんなにも早くネタバレするとは。

 ルール違反だと糾弾され、私の言葉が届かなく鳴るのは困る。なんのためのサーヴァント偽装かわからないではないか。

 ならば、いっそ、開き直ってしまおうか。

 

 「……私は、ルール違反をしていないよ。」

 「この期に及んでまだいうの?

 そこにいる、二騎目のバーサーカーがいい証拠よ! 」

 「うん、そうだね。でも違反じゃないよ。」

 「ふん、この状況で何を言っても無駄よ。」

 

 イリヤは私をまるで親の仇のように憎んでいるような印象を受ける。憎しみという分厚いフィルターがある限り、私の言葉は通じない。

 

 「ますたぁは嘘は言っておりません。」

 

 嘘は嫌いです。と清姫がうっそりと笑う。

 

 「……じゃあ、なによ。あんたはサーヴァントを使役するサーヴァントとでも言いたいわけ?」

 「事実、私はますたぁのサーヴァント。それ以上にはなれるかもしれませんがそれ以下ではありませんわ。」

 

 気づけば日はすっかり落ちていて、人よけの結界をイリヤが張ったのだろう。これだけ騒いでも誰一人現れない。

 

 「そんな英霊、聞いたことない。」

 

 イリヤの表情は以前硬く、怒りすら感じさせる。

 

 「イリヤ……ううん、アインツベルンさん。

 私のいうことをあなたが信じるのは難しいかもしれない。

 でも、今から言うことは確かに真実なの。

 大聖杯は何者かの悪意に汚染されていて、願いを殺戮を持って叶える願望器とは言えない何かに成り果てている。

 ……本当は、あなたも何か知ってるんじゃない? 」

 

 礼装もない無防備な姿。唯一あるのは通信端末だけど、礼装を着てない私は概念礼装すら発動できない。やれるとしたらF.Cフィールドだけだ。

 俯いているイリヤの表情は影になって読み取れない。肩を震わせたイリヤは顔をあげて、眦のつり上がった真っ赤に染まる顔で叫ぶ。悲鳴のような激しい怒りは物理的に私たちを襲う。

 

 「……知らない。知らない、知らない、知らない!! 

 聖杯の汚染なんて知らない! あるわけない!

 こいつを殺して、バーサーカー!! 」

 「清姫! 」

 「ええ……! 」

 

 火竜に転身した清姫が私を掴んで空をとぶ。

 

 「『ますたぁ。私の転身は長く持ちません。

 あくまでこれは時間稼ぎ。

 優秀な魔術師である彼女に強化された彼に対抗できるのはエルキドゥさんだけです。』」

 

 ヘラクレスは地面を蹴って空にいる私たちに襲いかかった。とっさに展開したフィールドが全部持っていかれ、激減してもなお吹き荒れる威力の高い攻撃とその余波に吹き飛んだ。

 

 「清姫!」

 「『大丈夫です、まだやれます! 』」

 

 脇腹に大きな傷ができた。血がじわじわと清姫である青緑の竜の鱗を赤に染める。

 もう、やるしかない。

 

 「令呪をもって命じる……。」

 

 出し惜しみはできない。やる。やるしかない!!

 

 「こい、エルキドゥ! 」

 

 びゅお、と強い風が吹き目を閉じた。じゃら、と聞き慣れた金属音とばだばだと風に煽られる貫頭衣がたなびく音が間近で聞こえた。

 

 「大丈夫かい、マスター。」

 

 やんわりと微笑んだ彼/彼女は闇の中で神聖な輝きを纏って立っていた。

 

 「……エルキドゥですって?」

 

 ピリ、とした緊張が走る。エルキドゥを見た彼女は「あり得ないわ。」と小さく零した。

 

 「エルキドゥが宝具ならまだしも、サーヴァントとして実在するなんて!」

 

 信じられない! とイリヤは叫ぶ。

 

 「やっぱり、絶対おかしいわ、貴女。

 存在しない二騎目のバーサーカー。空き枠のランサークラスが神が作りし泥人形のエルキドゥ。

 ステータスが軒並み見えないあなた(サーヴァント)は令呪をもっていて、バーサーカーとランサーのマスターだなんて変よ。

 やっぱり、あなたはルール違反(ズル)しているんだ!」

 

 イリヤがピシリとヘラクレスの肩の上から私を指差す。私はなんとも言えない表情で言葉を飲み込む。

 

 「もういいわ! 

 バーサーカー、全部まとめて倒しちゃって!」

 「■■■■■ーーーー!!!」

 

 ヘラクレスの雄叫びで空気が震える。イリヤの魔術に強化されたヘラクレスがまっすぐこちらに向かって来る。

 

 「いいね、性能を競い合うんだね?」

 

 エルキドゥはにっこりとわらって「いいとも!」と言葉を紡ぐ。

 

 「エルキドゥ、ヘラクレスの足を鎖で繋いで! 」

 「そうだね、的確に行こう。」

 

 エルキドゥが地面に手をつく。コンクリートが変容し、黄金の鎖がヘラクレスの足に絡まる。ヘラクレスが足を取られることを狙った攻撃だが、ヘラクレスは倒れなかった。それはきっと、その肩にイリヤが乗っていたからではないか。

 ヘラクレスとイリヤは悪い関係ではない。むしろ、良好な関係だ。もしかすると、今回の聖杯戦争で一番の主従であるかもしれない。

 が、動きを止めたことに変わりはない。私は思考するよりも前に「全身拘束!」と指令を出した。

 

 「■■■■■■ーー!! 」

 「ふっ!」

 

 エルキドゥの神性封じの鎖がヘラクレスを締め上げる。金の鎖で雁字搦めになったヘラクレスは最後の抵抗というようにイリヤを投げ飛ばし鎖から逃がした。

 

 「バーサーカー!!」

 

 魔術で綿毛のように着地したイリヤが悲痛に叫ぶ。だがヘラクレスの拘束は外れるどころかより強くなる。 エルキドゥの鎖は神性が高ければ高いほど強力になるから。

 

 「ありがとう、エルキドゥ。」

 「どういたしまして、マスター。」

 

 にっこりと笑う。そして私たちはイリヤに向き直った。おびえたイリヤが後退る。

 

 「手荒な真似をしてごめん。

 でも、あなたと話すにはこうするしかなかった。」

 「私をどうするつもり!」

 「話をするだけだよ。手荒なことはしないし真実を話すと誓う。

 信用できないなら、いまここでセルフギアススクロールを書いてもいい。」

 

 端末からセルフギアスロールを取り出す。そこまでしてようやくイリヤは落ち着きを取り戻し、「前言撤回は許さないわよ。」と私を睨む。

 ぴくり、とエルキドゥが肩を震わせた。

 

 「これは……。」

 

 目を瞑り、気配を感知する。エルキドゥは確信したように頷くと、一言「ごめんね。」と言った。

 

 「ごめん、マスター。僕はもうここにはいられない。」

 「へ?」

 

 肝心の、ヘラクレスを鎖で拘束するエルキドゥがいつもの穏やかだが鋭い刃物のような雰囲気をまとい、どこか遠くを見つめる。

 

 「ちょっと詳しくは言えないけど、ここに僕がいたらちょっとまずいことになる。

 確証が持てたらちゃんと言うよ。だから、今はごめん。

 もうちょっと待ってほしい。」

 

 戦闘放棄と取れる言葉を並べるエルキドゥがいつもの笑顔で言う。エルキドゥに今抜けられるのは正直困る。

 令呪を使ってまで呼んだのに、と思わないわけでもない。でも、私は……。

 

 「エルキドゥを信じるよ。」

 

 エルキドゥがまずいことになるというのなら、きっとそうなる。大丈夫、エルキドゥがいなくても清姫が守ってくれる。

 

 「ありがとう、マスター!」

 

 エルキドゥは一度、拠点に帰るといって霊体化する。霊基が空気に溶ける光景を私は見送った。

 エルキドゥが去ると同時にヘラクレスの拘束も解けた。イリヤは「ヘラクレス!」と駆け寄った。

 そして、疑問とやはり怒りが混ざった複雑な表情で私を見つめていた。

 

 「……ねぇ。」

 

 なにか、言葉を言おうとした。でもそれはカルデアの通信機がけたたましい音を立てたことで途絶えた。

 

 『立香ちゃん、強大な敵性反応がそばにいる!

 これは、魔神柱……? いや、これはもっと別の……!!』

 

 慌てたダヴィンチちゃんが身を乗り出して叫んでいる。

 耳を覆いたくなる、不快音。

 目を閉じてしまいたいほどおぞましい生命。

 泥が跳ねる音。

 

 「まさかーーー!!」

 

 快楽で人を殺す間違った生命。

 変わり果てた人々の悲鳴が、嗚咽が、断末魔が。

 悪夢、悪夢、悪夢、悪夢、悪夢、悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢悪夢夢夢夢夢夢夢夢夢!!

 

 「なんで、ラフムがここにいるの!?」

 

 黒い生命体の群集。

 発狂はしない。でも、理解を拒絶したいと願ってしまう残酷な生命体がそこにいた。

 むせるほどの血の香りが満ちる。多い、数が多すぎる。かつての再来のようだ。

 逃げられるだろうか。いや、逃げなくてはいけない。

 

 『(マスター、わたくし達だけなら逃げられます。

 ですが……。)』

 

 清姫が横目でバーサーカーを、その肩にいるイリヤを見る。

 心身喪失したように呆然としているイリヤがそこにはいた。

 

 『(彼女を連れていけば、確実に逃げられるとは言えません。)』

 

 可哀想なほどに怯えていた。唇は真っ青で、顔もアルビノという要素以外の要因で紙のように白くなっている。

 バーサーカーにまともな戦闘指示ができるとは思えない有様だ。いくらヘラクレスが強くても、彼女はきっと逃げられない。

 

 『(でも、私は見捨てることはできない。)』

 『(それでこそわたくしのますたぁですわ。)』

 

 うっとりと、清姫が笑う。

 

 『(清姫には、嫌な役を頼むことになる。)』

 「大丈夫です、わかっておりますわ。」

 

 清姫は笑った。その笑顔は、強がりも混じっていて、だから私は彼女を空気も読まずに真正面から抱きしめて「朝ごはん、楽しみにしてる。」と一言告げた。

 私は清姫に送られ、ヘラクレスの肩に乗り移る。そして、氷のように冷たいイリヤを横抱きにして立ち上がった。

 

 「清姫、2時の方向、一番ラフムが薄い場所を狙って! 」

 「ええ……!」

 

 仄暗い瞳が、ラフムを捉える。わずかとは言え、ラフムの数がすくない一角を目視し、清姫は笑った。

 

 「焼き払え!」

 「全部まとめて灰燼に還してさしあげます!」

 

 豪っ!

 

 燃え盛る滅殺の炎がラフムを焼き殺す。己とイリヤを守るために展開したF.Cフィールドのお陰で熱気に肌を焼かれることはなく、しかし、熱風に煽られて襲ってきた瓦礫の残骸でフィールドの最外層にヒビが入った。

 

 「イリヤ、逃げるよ!」

 

 イリヤを抱えて走り出す。小柄な少女ひとり横抱きしたところで、散々鍛えた健脚は衰えることなどない。彼女を連れて逃げればヘラクレスも付いてくる。オケアノスを連想させる鬼ごっこは、その後ろにいるラフムの脅威よりは恐ろしくなかった。

 清姫は追っ手が来ないようにラフムを燃やし続ける。彼女は私達が逃げきるまで、あの場で独り、ラフムと戦うのだ。

 彼女一人を残して逃げるのは心苦しい。だけど、ここで彼女を信頼しないのは、マスター失格だ。

 私は、私のサーヴァントを信頼してる。

 だから、彼女を信じて逃げるのだ。

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