Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
「やぁ、間桐慎二くん。」
ごく普通の住宅街のT字路で、朝イチで見るには不吉すぎる存在が僕を待ち構えていた。
薄っぺらい笑みを貼り付けた死んだ目の神父が、僕を引き止める。まるで、待ち伏せしていたかのように(いや、おそらく待ち伏せされていた)現れた筋骨隆々の男に、僕は「うげぇ」と内心舌を出した。
奴の名前は言峰綺礼。前回の第4次聖杯戦争の生き残りの一人で僕の叔父だとかいう間桐雁夜の知り合いらしい。
正直に言おう、僕はこの不気味な神父が苦手だ。この男の粘つくような視線が嫌いだ。気持ちが悪くて仕方がない。
実はこの男、ペド趣味の変態ではないかという疑惑もある。
「…どーも、言峰サン。」
僕らしくない無愛想な態度で、しかしながら普段使いの笑顔の仮面を貼り付けて答える。
神父はそれでよく聖職者が務まるな、と罵りたいほどに酷い笑顔で僕を観察する。
いつものことだ。
「先日、間桐の翁から報告があってね。君の妹の間桐桜がサーヴァントを召喚したと。」
「……。」
「間桐の代表は彼女ということには驚いた。
間桐の当主は君だとおもっていたのだが、違ったようだ。」
言峰は邪悪に笑う。
「今回の聖杯戦争のマスターは若いマスターが多いようだ。」
「ふぅーん、で?」
明らかに挑発されている。
「先日登録に来たセイバーのマスターの少年は、衛宮士郎といったか。」
衛宮が、セイバーのマスター。セイバーのマスターが昨日生まれたことは知っていた。マスターが言っていたからだ。
だが、それが衛宮とは知らなかった。
「(衛宮と同盟を組むか。)」
衛宮なら、僕が同盟を申し出れば喜んで受けるだろうさ。だって、あいつは僕の………。
……。
…………。
うん、まあ、衛宮は僕側につくだろうさ。
「そんなことわざわざ伝えに来てくれたんだ。ご苦労様。」
嘲るように笑ってやる。今回の聖杯戦争、優勝は僕のものだ。
いや、違った。誰も優勝させないのだったか。まあ、未来の英霊であり文字通り人理の防人であるリツカと、立香の使い魔……というよりも人理継続保障機関カルデアという概念が「誰も勝たせてはいけない。」とあれだけ懇願するのだから、あいつがやりたいようにさせてやるよ。
僕は慈悲深いマスターなんだ。
「(それに世界が滅びたら、僕も死んじゃうじゃん。)」
優勝を狙えば、たった1日で優勝することだってできる最強のサーヴァントを手に入れた僕よりも、優秀なマスターはいない。その事実がなによりも甘美であり、優越感を感じる。
「(僕のサーヴァントは最強だ。)」
こいつは、考えてもいないだろう。僕をバカにしに来た言峰は、僕が最強のマスターだとおもってすらいないのだろう。
「(マスターの従える6騎のサーヴァントに加えて、マスター自身も強い。
なんせ、あの遠坂の英霊だって一瞬で真名看破する英霊だしね。)」
「ところで、君はルーラーを知っているかな? 」
すれ違いざまに、そう言われた。耳に入った瞬間に凍りついてしまうような、本能を揺さぶる冷たい声。
「ルーラー? 知らないね。」
振り返らない。振り返ったら飲み込まれる。
形容できない不定の恐怖が足元からぞわりと這い上がるような。
いくつもの目に見つめられているような。そんな恐ろしさだった。
「そうか。“君ならば”知っていると思ったよ。」
言峰は何かを確信してる。ガンガンと鳴り響く警報。
「ところで、君はグランドオーダーを知っているかね?」
その何かは、きっとマスターの事だった。
■■■
「ふう。」
本当に、なんなんだあいつ。普通に怖い。わけわかんない。
ぐらぐらと足元が崩れていく感覚を思い出して、寒気に身を震わせる。
思い出すのは、最後に聞こえた気色悪い猫なで声。
『君さえ良ければ協力しよう。』
協力? あんたに何できるってんだ。やたらと僕の手の甲を覗き込んできた不愉快な視線まで思い出して舌打ちをした。
「(にしても、あの衛宮がマスターねぇ。)」
魔術回路も(認めるのは癪にさわるが)“僕並みにお粗末”な彼がまさかセイバーを召喚するとは思わなかった。というか、あいつ魔力供給大丈夫か?
知名度の高いセイバーだ。僕のマスターみたいに低コストなわけではないだろう。
「(カルデアからの魔力供給はできると言っていたな。)」
なら、魔力の供給は僕のマスターが代行するといえば、協力を得られるだろう。
「(ま、衛宮が僕の誘いを断るわけがないんだけどね。)」
なぁ、衛宮。僕と組まないかい?
僕はきっと、お前とならいい関係を築けると思うよ。だってお前、正義の味方とか大好きだろ?
リツカがやろうとしてるのはまさにそういうことだろう。なんだって世界を救うための戦いだ!
「そういえば、桜のサーヴァントはなんだろう?」
桜の、虚無の表情を思い出す。
『ごめんなさい、兄さん。』
連鎖的に
「(今、存在を確認しているのがセイバー、アーチャー、キャスター、バーサーカーの四騎。)」
遠坂がアーチャー。
衛宮がセイバー。
今日リツカが交渉しに行くのはキャスターで、あとアインツベルンがバーサーカーだったか。
僕のマスターがエクストラ枠は分類として四騎士の代行だったはず。
だから、残るクラスはアサシン、ライダー、ランサー。
三騎士は出場必須だからランサーは確実にいる。
最後の一枠はアサシンとライダーのどちらか。
「(……お爺様なら三騎士を狙うだろうな。だがすでに最優のセイバーは衛宮にとられた。
ランサーはよほどビッグネームでない限り決戦力に欠ける。
だけど、ランサー最有力のクー・フーリンはキャスターだしな。
クー・フーリンがランサーではないということは、クー・フーリンを召喚した時にはすでに別のランサーが召喚されていたということか。)」
そして、もしそうだとしたら。
「(おそらく桜のサーヴァントはランサー……。)」
「あら、早いのね。」
女の声で思考の海から引き上げられた。顔を上げると、そこにいたのは見慣れた顔。
「やあ、遠坂。君こそこんなに早くに学校へ来るなんてね。
運命を感じないかい?」
「お生憎様、さっぱり感じないわ。」
昇降口にいた遠坂が蔑みの視線とともに言葉を投げかける。包帯で隠された右手の甲。その下にあるもの連鎖的に思い浮かべてしまった。
「そんなことより。」
キッと僕を睨みつける遠坂。
「あんた、間桐の家を出たんですって?」
今、一番触れられたくないことを切り込まれた。傷口に腕を突っ込むが如く、遠坂は鋭敏に言葉の刃を重ねた。
「桜がサーヴァントを召喚したって聞いたわ。
あんた、桜になんかしてないでしょうね?」
とっくの昔に絶縁したんじゃないの、お前? と口に出そうになって、止める。
やめだ。今こんなことを言ったら余計に遠坂を刺激する。
今日は朝から疲労している。マスターとの意見の食い違いの上に、あの何考えてるかわからない神父と来たものだ。
残りは穏やかに過ごしたい。
「僕があいつに何をするって?
教えてくれよ遠坂。」
「あんた……!」
眦を釣り上げ、美しい顔を嫌悪で染め上げる。
「まあいいわ。今回の戦争、あんたには“関係がない”のだから。
余計なことだけはしないでね。迷惑だから。」
「……なに?」
遠坂からしたらなんでもない一言だったのだろう。だがそれは僕を何よりも苛立たせる。
「僕が関係ない?
いいや、大ありさ。僕だってマスターの一人だからね。」
「はぁ? あんたが?」
遠坂は鼻で笑った。僕を哀れむようなその表情は、かつての桜を彷彿させて。
「
くすりと、笑いながら遠坂は言う。
地雷を踏まれた。僕をおとした。貶した。
「(バカにしやがって……! )」
僕にはちゃんとサーヴァントがいる!
しっかりと、確かにいる。イレギュラークラスの最強のサーヴァントが!
マスター、フジマルリツカ。未来から来た人類の救世主。
僕のサーヴァントに昨晩、手も足も出なかったのはお前だろう! 忘れたのか、遠坂!
お前のサーヴァントの正体を僕は知っている! アラヤの守護者? どうでもいいね!
お前のサーヴァントは僕のサーヴァントに一瞬で真名看破された!
お前が確信してるアドバンテージは僕にとっては無に等しいんだよ!!
隠そうとしても無駄無駄無駄!
僕はお前のサーヴァントの宝具も! スキルも! 弱点だって全て理解している!
「(マスターは僕のサーヴァントだ!!!
僕のサーヴァントは最強なんだ!)」
苛立ちに任せて、叫びそうになる。それを奥歯を噛み締めて耐えた。
僕は自らの手の内を怒りに任せて晒す程、愚かではない。
僕は優秀なマスターだ。
『私は、間桐慎二のサーヴァントだよ。』
そうだ、リツカは僕のサーヴァントだ。リツカの力は僕の力だ。
「……ふん。」
いい、どうでもいい。遠坂なんて歯牙にかけるまでもない。
今日の僕には目的がある。衛宮を僕の陣営に引き入れると言う大切な目的がね。遠坂なんかに構ってる時間はないのさ。
「(にしても、衛宮が最優のセイバーねぇ。しかもアーサー王。
引き入れれば大きな戦力になる。
ま、あいつが僕の誘いを断るわけがないし。
目下の問題は桜の召喚したサーヴァントの真名だね。)」
僕は知らなかった。僕の行動を遠坂が怪しんでいたことを。
そして、すでに衛宮が遠坂と同盟を組んでいることを。