Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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間桐慎二のサーヴァント

 その日も特筆して特に語ることのない半日になるかに思われた。聖杯戦争は夜に行われるため、平静の学校生活にあまり気を配らなかったということが今回の反省点だろう。

 

 いつものように起床して、顔を洗う。僕が不快にならないように水道水はちゃんとぬるま湯に設定してある。

 リツカが朝食を用意して、僕にふるまう。食卓に座るのは僕らだけだ。僕が食事を取る時は、リツカのサーヴァントは座らせない。なぜなら、あいつらが食べると基本的に争奪戦になるため、食いっぱぐれる事もあるからだ。

 1日の中でもっとも大切な食事であると言える朝食の時間は、僕とリツカの二人だけが食べる。

 ま、リツカを同じ席に座ることを認めてやってる僕が一番寛大なんだけどね。

 サーヴァントは基本的に食事をしなくても構わないんだけどさ。でも、食事というのは魔力を得るにはそれなりに有効な手段なのだとリツカが僕に進言したので、その意を汲んで僕もそれを推奨している。

 でも、1日に白米を30合(5キロ)も食べるのはどうかと思う。

 お陰で我が家には入居翌日に業務用炊飯器を買うことになった。

 朝食として出された納豆チーズマヨネーズパン(リツカのお気に入りのパン。異臭がすごいが味はそれなり)を文句を言いながら食べきり、歯を磨く。

 自室に戻り制服に着替える。それと同時にリツカと同じ令呪が宿る右手に丁寧に包帯を巻く。

 これは昨晩、僕が寝た後にマーリンが勝手にやったことだ。真実を知った今、この先令呪がないことを不審に思われることもあるだろう。ならば、仮初めで偽物で形だけのただの刺青のような痣でしかない令呪が僕の右手に宿った。

 つまりは、ハッタリだ。一応魔術的な機能も備わっており、念話の礼装がない場合でも、令呪の霊基グラフに乗っている6騎のサーヴァントおよびリツカとの直通の念話ができるという。普段は念話の礼装で事足りているので死にスキルだ。

 もう一つはリツカの持つF.Cフィールドの劣化版の行使。バリアの膜は一枚だけで、強度もエネミーの攻撃を数撃だけならしのげる程度で、サーヴァントの攻撃は威力の減少はできても相殺は不可能。魔力の補填にも時間がかかる。

 だが、ないよりはマシである。

 これを見ると複雑な気持ちになる。僕は魔術師ではなく、聖杯戦争のマスターでもなかった。だが、藤丸立香のマスターではある。

 この感情に名前をつけることは難しく、強いて言うのならば優越感と劣等感かもしれない。

 僕が玄関で靴を履いていると、リツカがいつものようにランチバッグを持ってきた。

 

「今日は部活遅くなる?」

 「まさか。帰るさ。」

 「そっか。じゃあ、今日もよろしくね、ランスロット。」

 「は、お任せを。」

 

 白いセイバーが恭しくこうべを垂れる。

 ここ数日ですっかり歩き慣れたコンクリートロードを進む。車がすれ違うのがやっとになる細い道路は、人間様を歩かせる気がない白線すらなかったことにされる。

 女の悲鳴で振り返れば、間桐の屋敷よりも住み慣れた新しい家の窓から黒い煙が黙々と立っている。

 きっと、朝っぱらからやってきたメディアの相手をしているんだな。そして、キッチンが爆破されてもリツカは慌てはしても笑って許すんだろう。

 目を閉じれば、その風景がまぶたの裏に映るような気がした。

 『リツカ』

 そう呼びかければ振り返る赤毛の少女。僕の配下であり、僕が魔術師であるという証……だった存在。昨日までは。

 『マスター』というエクストラクラスのサーヴァントで、何騎ものサーヴァントを従える最高の性能の持ち主。本人自体は弱いけれど、さまざまな礼装を用いることで『それなり』に使える。

 頭は少し悪いけど、それぐらいなら僕がカバーできる。

 まさに、僕のために存在しているといっても過言ではない特別なサーヴァント。

 

 『私は、英霊じゃないよ。』

 

 たった一言でそれらが否定された時、怒りの前に喪失を感じた。喪失は僕の中身をえぐって、それが虚しくて虚無を感じた。

 手のひらの盃に溢れるほど満ちていた全能性が指の隙間からこぼれ落ちた。

 恐ろしいほどあっけなく、全能だった僕は無能に堕ちた。胸の中央に空洞があって、その隙間をすうすうと風の通る気配は存在しないはずの痛みを伴って実感させる。

 彼女は人間だ。マーリンの魔術でサーヴァントに見せかけている人間だった。

 アインツベルンの代表であり、今回の聖杯でもあるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの信用を得るためにセルフギアスロールを作ってもいいと言って語った『事実』は、僕が事前に知っていたリツカの情報と違うところなんてほぼなかった。

 ほぼ、というのは僕が彼女はサーヴァントだと信じきっていたということだけで、それ以外に相違なんてない。

 リツカは最初から真実を言っていた。多少ごまかしたり、わざと言わなかったことはあれど彼女は限りなく真実を僕に教えていた。

 

 「(今考えるとサーヴァントだと決めつける僕の対応が面倒になったから話を合わせたように思えるけれど。)」

 

 そんなひどい裏切りを見ても、まだあいつを信頼しているのは、きっと彼女の暖かさを捨てるには惜しいからで。

 見捨てればいいのに他人を切り捨てることを疎むお人好しは、懲りずに『間桐慎二のサーヴァント』を名乗り続けている。それは全幅の信頼で、僕に裏切られても構わないと言いたげな凡人の忠義だった。

 百を優に超えるサーヴァントを誑かす、魔女めいた存在。リツカに聖女は似合わない。

 そんなのが、僕なんかを信じているとのたまうのだ。だから、僕はまだ懊悩を捨てられずに曖昧な夢を見ている。

 一晩経って他人事のように思った。昨夜の自分はどうかしてると。あんなにみっともなく喚くなど僕らしくない。僕はもっとクールで冷静な伊達男だ。子供のように癇癪を起こすなんて信じられない。

 まあ、その結果、手に入れたものはそれなりに価値があるものだけれど、それを手に入れるのに払った対価は大きかった。

 やめよう、思い出すのも恐ろしい。

 ふと、人の気配を感じて顔を上げる。

 

 「おはよう、シンジ。ご機嫌いかが?」

 「やあ、イリヤスフィール。たった今から最悪だ」

 

 不敵に笑う少女と、その後ろに控える二体のホムンクルス。バーサーカーはいない。当然だが。僕の偽令呪については知っていたのか、何も聞いてこない。ただ興味深そうに見てるだけだ。

 

 「昨日の今日でまた会うなんてね。僕に何の用? 」

 「あら?

 マスターの真実にショックを受けて立ち直れてないんじゃないかと気を回してあげたんだけど、必要なかったみたいね。」

 

 くす、と小さく笑ったイリヤスフィールに「余計なお気遣いどうもありがとう。」などと嫌味を吐く。

 

 「まあ、今のはついでだからいいの。

 本来の用事は別よ。」

 

 ふふん、とイリヤは胸を張り。

 

 「あなたに、お兄ちゃんのことを聞きに来たの。」

 「僕にアインツベルンの知り合いなんて、君しかいないけど? 」

 「衛宮士郎のことよ。」

 ピタリと、足が止まる。

 「詳しいんでしょ? 」

 「よくご存知で。」

 

 ふん、と鼻を鳴らして笑う。イリヤは「当然よ。」と冷めた目で吐き捨てた。

 

 「ここに来た目的の半分ぐらいは衛宮士郎なのよ。

 調べるに決まってるじゃない。」

 「あっそ。」

 「あ、もちろん、もう半分は勝利よ。」

 

 慌てたのは、きっと後ろの二人に言い繕る為だろう。幼子のように手を振り回し、「ほんとだからね?」と伺う姿は人間そのものだ。

 

 「なんで衛宮? あいつ、ただの一般人だろ。」

 「セイバーのマスターが一般人なわけないじゃない。」

 

 それはそれはごもっともで。だが衛宮がセイバーのマスターになったのはごく最近のことで、それがイリヤスフィールの目的になるとは思えない。

 僕の疑わしげな視線を振り払うように手を振って、仕方なくといった様子でイリヤスフィールは口を開いた。

 

 「衛宮士郎はね、第四次聖杯戦争のセイバーのマスターだった衛宮切嗣の養子なの。」

 

 幼い顔に影を落とし、淡々と語る。

 

 「それで、衛宮切嗣は私の父親。アイツは、娘の私より衛宮士郎を選んだのよ。」

 「……へぇ。」

 

 ぴり、と肌を刺す刺々しい圧力。下手すれば押しつぶされてしまうのではと錯覚した。

 幼い少女とは思えない凍てついた赤い瞳。青く透けるほど白すぎる肌が瞳と対照的だった。

 

 「でも……。」

 

 彼女によって作られた重苦しい空気は彼女自身により壊された。息苦しさが消え、代わりに年相応の少女めいたイリヤスフィールが立っていた。

 

 「私は、ずっとアイツに捨てられたと思ってた。ううん、今でも思ってる。

 でも、もしかしたら違うのかも、知れない。

 だから……。」

 「だから、衛宮を知りたいわけ?

 いや、衛宮から聞きたいのか、衛宮切嗣の生前を。」

 

 そうね、その通りよ。と声をこぼす少女に、僕はアイツは多分なにも知らないよと告げた。

 

 「そうね。でも、それでもいいの。

 衛宮士郎が私のことも、キリツグのこともなにも知らなかったら、やっぱり私は捨てられたのよ。

 どっちでもいい、私は知りたいだけ。」

 「そんなことで、アイツに協力するって?

 まあ、僕はどうでもいいけど、アイツの目的ちゃんと知ってるよな? 」

 「大聖杯の破壊でしょ。知ってるわよ、そんなの。」

 

 アインツベルンの魔術師とは思えないほどあっさりとそれを告げた白い少女に僕は愕然とする。それでいいのか、と後ろに控える二体のホムンクルスに視線を移すが、それらは人形のように佇むだけだ。

 

 「大聖杯を壊すことに躊躇いがないかと言われたら、嘘になるわ。」

 

 イリヤは「でも。」と話を続ける。

 「それでも、私は本当のことを知りたい。

 お母様のことも、キリツグのことも。

 大聖杯とはなんなのか、汚染とはなにか。そもそも、アインツベルンは何を作ったのか。

 私は、何も知らないでいうことだけ聞く、都合のいいお人形じゃない。」

 赤い瞳に宿る決意は揺るがない。まるで人間のようだ。ホムンクルスの小聖杯と聞いていたが、彼女は人間らしく感情を持って、人間らしく独立しようとしている。人に作られた存在なのに。

 だからなんだ、という話なのだけれど、自分の意思で絶対支配者に抗い、自分の力で地面に立つのを“羨ましい”とほんの少しだけ思った。

 

 「私はその為だけにあなたたちに協力する。」

 「……。 」

 

 なぜ羨ましいのだろう。イリヤスフィールはホムンクルスで、短命で、小聖杯で、故に優れた魔術回路を持つ魔術師で、強力なサーヴァントであるバーサーカーのマスターだ。そのことを羨むよりも、この少女の生き様を羨んだのは何故だろう。

 

 「あなたはどうして?」

 「僕を、間桐の真の後継者だとお爺様に証明する為だ。」

 

 今となってはなんの意味もなさないけどね。と内心自嘲する。

 証明も何も、魔術回路がお粗末すぎて魔術が使えないと再確認したばかりだ。

 それでも、僕はこの野望は捨てられない。これを捨ててしまうと、僕の人生はどうしようもなく無意味で、無価値になる。

 聖杯戦争に勝ち抜いたと言う実績があればいい。聖杯は手に入らなくても、武勲をたてることはできる。

 それが、たとえ偶然に偶然を重ねた結果の勝利だとしても。

 そもそも、僕は最初から偶然から始まっている。

 あの日、僕が召喚を決行しなければ、リツカがレイシフトに失敗しなければ、リツカの手に令呪が残っていれば、僕と彼女は出会わなかった。

 イリヤスフィールは黙りこくって僕の話を聞いて、それからねえ、シンジ。と小さく言った。

 

 「ねぇ、聞いてもいい?」

 

 それは、今思えば核心をつく質問だった。

 

 「シンジはなんで魔術師になりたいの? 」

 

 僕は、その質問に回答を出すことができなかった。

 

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