Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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 衛宮が学校に来た。遅刻ギリギリで。窓から見える衛宮は急いで来たのだろう、赤銅色の短い髪はボサボサになっていた。いや、これはいつものことか。呑気な衛宮をみると、否応無しに今朝のことを思い出す。

 アインツベルンの協力者を得たということは、大聖杯破壊という目的にかなり近づいたと見ていい。

 イリヤスフィールは、己の母が死んだ原因が大聖杯にあると見て真実を知りたいと言った。

 それは、裏を返せばアインツベルンの魔術師が大聖杯に異常があると確信するほどのなにかがあるということに他ならない。

 リツカとカルデアの言う通り、大聖杯には世界滅亡が起こり得るだけのなにかがあるのらすでに決定事項だ。

 

 「(そんな聖杯戦争の根底を揺るがすことを、遠坂は知らないのか?)」

 

 いや、知っているはずだ。遠坂は冬木のセカンドオーナーであるという事実がこれを証明する。

 もしも遠坂が知らないとしたらそれは管理者責任問題である。リツカが言うには、一目大聖杯を見れば異常がわかる、という代物なのだ。

 つまり、遠坂はそれでも良かったと言うことか?

 穢れた聖杯でも根源へ行くことはできるだろう。膨大な魔力があるということは事実なのだから。

 

 「(やはり、遠坂は一番に潰さなければならないな。)」

 

 そうしないと何が起こるかわからない。遠坂の頭を抑えていないと、大聖杯の破壊になんて踏み込めない。

 まあ、それは別にいい。どうでもいいわけではないけれど、今考え、頭を悩ますことではない。

 僕を悩ますのは世界の行く末なんかではなく、僕自身のことだ。今朝、どうして魔術師になりたいのかという質問に答えられなかったことが問題なのだ。

 いままでなら、きっと言えた。でも、今は言えない。

 そもそも、魔術師とはなんなのだろうか。

 “魔術師(かのじょ)”をみてわからなくなった。

 魔術師とは生まれた時から選ばれた存在で、栄光への道筋が最初から見えている、そんな存在だ。僕は魔術師になり、間桐の人間として認めてもらいたい。それは変わらない。

 きっと僕は、魔術師になってもお爺様に反逆するなどできない。

 だけど今朝、イリヤスフィールは反逆した。

 家族すらも憎み、信じられなくなっていた少女が前に進むために、彼女の“お爺様”に叛逆することを決めた瞬間を見た。

 

 『シンジはなんで魔術師になりたいの?』

 

 イリヤスフィールの言葉は軽かった。なのに、言葉は僕の心にいつまでも棘のように刺さっている。

 認められたい。お爺様に。遠坂に。みんなに。今でもそれらに魅力を感じる。

 ならばなぜ、答えられなかったのか。

 

「(僕は、なにになりたいんだろうか。)」

 

 ふと、赤銅色の後ろ頭が脳裏をよぎる。衛宮ではない、リツカだ。

 リツカは未来の果てに立つ人間だ。カルデアは事実、世紀末にある。雪山の上にあると言う施設で、魔術と科学が融合していた。

 

 「……。」

 

 一瞬考えたそれは、一番近くで藤丸立香を見ている一握り。

 

 「(だから、なにって話だろ)」

 

 ホログラムの向こうに映る彼らに色彩はない。実感も共感もない。ただ唯一、リツカを観測し存在証明を行い続けているということしか知らない。

 というか、だからなにって感じだ。未来の果てにいる彼らと僕がどう関係するのだ。

 終わらない思考は授業終了を告げるチャイムの音で中断された。

 僕は誰かに声をかけられる前に立ち上がり、教室を出て行く。

 

 「衛宮呼んでくれる?」

 

 ドアの近くにいた生徒に声をかけた。知らない女だ。頬を赤らめ、「今呼んでくるね、待ってて間桐くん」と早口で言う。

 その間にもどこからともなく名前もあやふやな女たちが僕の周りに寄ってくる。がらと教室の扉が開き、衛宮が現れた。

 

 「やぁ、衛宮。」

 

 少しの緊張を悟らせないように、とびきり笑顔を作る。

 

 「土曜日は弓道場の掃除ご苦労だったね。

 おかげて気持ち良く練習ができるってみんな感謝してたよ。」

 「ああ、慎二。役に立てたならよかったよ。」

 

 いや、違う。そんなことじゃない。話を切り出す話題に選ぶ内容じゃなかった。

 

 「あー、いけないんだ!

 あの用事って間桐先輩が言われてたんじゃないですかー」

 

 話の内容的に僕の後輩らしい女が媚びた笑顔で囁く。

 

 「いいんだよ。こっちは三年が抜けたばかりで忙しいんだ。」

 

 まあ、それだけじゃないけれど。

 

 「衛宮は元弓道部員なんだからこれくらい当然だ!

 そうだろ衛宮?」

 「ああ……俺も途中で部を抜けたのは悪かったと思ってるし、こんなことで良ければいつでも協力するよ。」

 

 笑顔で肯定する衛宮。ああ、そうだろうさ。衛宮は僕に協力するとちゃんと言った。これなら、僕の本来の目的もすぐに果たされるというものさ!

 

 「ははは! そうだろうそうだろう!」

 「ああ。話はそれだけか?」

 

 機嫌よく笑う僕に衛宮が水を差す。まだ本題にすら入れていないのに何を言っているのか。

 僕は周りにいる女に「邪魔だから帰れば。」と声をかけて追い払う。

 

 「慎二、今のは言い過ぎだ。」

 「フン、お前に指図されるいわれなんかないね。

 それに衛宮、僕の話は終わってない。少し僕に付き合ってくれよ。」

 

 手を差し出す。衛宮はそれを見て、わかったと一言言った。

 そのまま衛宮を屋上に連れて行き、職員室からパクった鍵で扉を開けた。

 

 「慎二、話ってなんだ?」

 「まあ、いい話とは言っておくさ」

 

 中に入り、衛宮を入れた後に屋上の鍵は閉めた。

 ドアを背に立つと衛宮が2メートルほど離れた場所にいた。

 

 「いるんだろう、出てきてよ」

 

 背後に声をかける。リツカに言われてだか、自主的なのか知らないけれど今まで僕の護衛を殆ど担当しているセイバーが念話で『いいのですか?』と一言聞いてきたが、それに頷き肯定すれば霊体化を解いてランスロットが現れた。

 

 「!?」

 

 衛宮の驚愕の表情にほんの少しの優越感。やはり、衛宮はサーヴァントの存在を知っている。

 

 「ど、どういうことだ慎二?」

 「見ての通りさ。僕もお前と同じマスターなんだよ。」

 

 ランスロットの肩に手をかけ、体は衛宮に傾ける。恐らくだが、衛宮の困惑はランスロットがどう見てもセイバークラスにしか見えないからだろう。事実、このランスロットはセイバーだ。

 別に、ランスロットを見せたところでリツカは怒らない。僕も戦略としてこれで構わないと思っている。

 肝心なのは“僕のサーヴァント(フジマルリツカ)”の隠蔽であり、リツカのサーヴァントであるランスロットならば公開してもいい。リツカと、それに従うサーヴァントさえバレなければいいんだ。

 特に、遠坂には。これはどこかで見ているであろう遠坂や、そのほかのマスターに対する牽制だ。こんなにも堂々とサーヴァント反応が現れるんだ。

 できればやれるステータスの隠蔽なんて一切やらずに。僕のことは二体目のセイバーのマスターとでも思えばいい。

 リツカの目的のために動くと決めた今、僕自身を駒にすることぐらいどうでもいいのさ。

 勝つために必要ならば、全くもって構わない。

 

 「驚くのは無理もない。僕だって困惑してるんだからね。」

 

 全ての聖杯戦争のサーヴァントを手中に収め、そのマスターをも裏から操る。とっくの昔に決めていた。計画はずっと考えてた。

 「そこで、昔からの友人であるお前を見込んで相談があるんだ。」

 僕は微笑む。僕の作戦はもうとっくに始まっている。魔術師の常識、理想、信念、性質、その全てが当てはまらないお前に尋ねるよ。

 突然始まった聖杯戦争に困惑しているだろう。何もわからず巻き込まれたんじゃないのかい?

 大丈夫、僕が後ろ盾になるさ。僕が全部教えてやるさ。

 そして、最後に大聖杯を破壊するのにお前のセイバーを、アーサー王を利用する。お前の令呪も利用する。

 

 「どうだい衛宮、僕と手を組まないかい? 」

 

 衛宮、お前は僕の計略に捕まるマスターの一人目だ。

 

 「だったらなんで学校に結界を張った?

 みんなの魂をそいつに食わせようとしたんじゃないのか!?」

 「結界?」

 

 は? 何言ってるんだこいつ。結界ってなんのことだ。まさか、あれか? 土曜の夜にリツカが言っていたやつのことか?

 あれはお前を助けるためのものだろ。人避けと幻術の結界。まさか、まだ効力があるのだろうか。

 ならば、それはきっと僕のためだろうな、と納得した。

 

 「おいおい待ってくれよ。

 あの結界はあくまで保険だよ。ほかのマスターに襲われた時のためにね。」

 「保険だって……?」

 「そうさ。

 ……僕はね衛宮、別に聖杯が欲しいとかそういうんじゃないんだ。

 実のところ、“こいつの”マスターになったのだって僕の意思じゃない。

 僕は巻き込まれたのさ、間桐の家の宿命とやらのせいでね。

 お前だってそうなんだろう、衛宮?」

 「!?

 何故それを……」

 

 衛宮は僕の嘘を見抜けない。

 今、僕の言ったことはほとんど本当さ。すこしの嘘と言ってないことが混ざっているだけで。

 衛宮が今回参加したことは、僕の推測できっと間違いなく正解だろう。

 イリヤスフィールの言うことが正しければ、こいつの養父は前回のセイバーのマスターなんだ。

 

 「わかるさ、長い付き合いだからな。」

 

 でも、今のこいつの反応で確信が持てた。お前は衛宮切嗣の正体を知っている。そして第四次聖杯戦争を生き残ったなら衛宮切嗣だって知っているに違いない。聖杯の正体も、大聖杯の真実も。

 そして、それらは衛宮に確実に継承されている!

 勝利を確信した。自然にほころぶ口元を引き締めることはしないで、逆に綺麗に笑ってやる。差し出した手は重なることもを待っていた。

 

 「僕たちは同じ立場にあるんだよ。

 お互い不本意にも聖杯戦争に巻き込まれた被害者なんだ。

 衛宮だって、“大聖杯の真実を衛宮切嗣から聞いている”だろう? 

 だったら、身を守るために手を組むのは自然なことじゃないか。

 僕らが手を組めばあの遠坂にだって負けやしないさ。」

 

 僕の陣営がすでに取り込んだ陣営は二つ。ライダーとバーサーカー。

 残るは五つ。ランサー、セイバー、アーチャー、キャスター、アサシン。

 衛宮を取り込むと言うことはセイバーが手に入る。衛宮を手に入れれば桜が付いてくるから、おそらくランサーも手に入る。

 

 「さあ、衛宮。」

 

 すると、取り込んだ陣営は四つになり、遠坂のアーチャーがいくら優秀でも、数の不利でこちらの軍門に下るしか無くなる。

 三騎士を取り込めば攻撃力に乏しいのこる四騎士は簡単に手に入るだろう。

 それはすなわち全陣営の取り込みということであり、聖杯戦争の停戦ということに他ならない。あとは、火力でもって対聖杯を破壊するだけだ。

 

 「さあ!」

 

 衛宮はこの作戦の要であり、僕の計略における初手だ。

 

 「(こい、衛宮。お前をヒーローにしてやる。好きだろう、お前。

 僕の手を取れ、協力すると言え、僕はお前を信じている。)」

 

 世界滅亡まで知らなくても、冬木滅亡程度なら聞いているんだろうお前!!

 だって衛宮、お前はあの大火災の生き残りだもんな!

 ならお前はきっと僕の手を取る! 確実に! 

 あの悲劇を再び起こしても成し遂げたい欲望なんてお前ないだろ!

 魔術師じゃないんだからな!

 

 「(取れ、取れ、取れ、取れ、取れよ!

 早く、この手を取れ!)」

 

 下を向いて考え込んでいた衛宮が僕を見る。そして、唇が動き……

 

 

 「断る。」

 

 

 

 「……………………………………は? 」

 

 言葉が理解できなかった。聞き間違えか?

 

 「俺は遠坂と手を組んだ。裏切ることはできない。」

 

 何言ってんだこいつ。信じられない。どうして僕の手を振り払うんだ。

 

 「俺は、お前に協力なんてできないよ、慎二。」

 

 意味がわからない。どうして僕が衛宮にフられるんだ?

 なんで遠坂? おまえ、あいつと接点ないだろう?

 桜なら、まだ少しだが理解はできる。なんで遠坂?

 僕の方が、おまえとの付き合い長いだろ。

 お前、何考えてんの?

 ぱき、ぱき、ぱき!

 小さな音が上から聞こえる。普段なら気にも留めない音さえ煩わしい。

 舌打ちをして、上を、空を見た。透明な紫の膜がぐるりと学校全体を覆っていた。

 

 『……違う、やはりこれは“あの男”の結界じゃない! 』

 

 脳にランスロットの低い声が鳴り響く。

 

 「は!? どういうことだよ!」

 瞬間、学校全体を覆う黒い繭のようなものが現れた。体は重くなり…

 「慎二、やっぱりお前!」

 

 衛宮が僕を睨む。違う、こんなのは知らない。

 

 「違う、これは僕じゃない!」

 「何が違うんだ! 早く結界を解け!」

 「僕じゃない、こんなの、僕の計画に入っていなかった!」

 

 ぞわ、と凍るような寒気が背筋を走る。鼓膜を揺らすこの雄叫びを、本能が恐れている。

 

 「ーーーーー!!!」

 

 真っ赤な獅子だった。太陽のような立髪を持つ、立派な獅子だった。

 長く鋭い牙と、金色の眼球を持ち、刺青のような模様を赤い毛皮に刻んでいた。

 だらだらとよだれを垂らす姿。しかしどこか神聖で、だが邪悪極まりない獣。

 それが校庭で暴れ回っている。鋭い爪を振り下ろすだけでコピー用紙を引き裂くように校舎が引き裂かれた。

 

 「シンジ、ここは一時離脱を!」

 「ち、くそ!

 ランスロット、衛宮も連れて行け!」

 「いいえ、彼なら大丈夫です!」

 

 ランスロットが僕を抱えて逃げに入る。でも今、衛宮はマヌケにもセイバーを連れていない!何が大丈夫だ、と叫ぶ僕に、ランスロットは一言叫んだ。

 

 「我が王が、マスターの危機に駆けつけないわけがない!」

 

 バカなんじゃないの! じゃあなんでアーサー王来てないんだよ!

 でも悪態なんて付いている暇もない。

 だが、衛宮は僕が目を離した隙にとっくに屋上から逃げていて、僕らだけが取り残されていた。半開きのドアと、もうそこにいない赤銅色に苛立ちがつのる。

 

 『慎二、無事!?』

 

 息を切らしたリツカの声が頭に響いた。胸ポケットの礼装がほんのり熱を持っていた。

 『今そっちに向かってる!

 

 私たちがつくまでの間、耐えて!』

 『馬鹿か! 来るな!』

 『はあ!?

 この緊急事態に何言ってんの!? 』

 『お前が来ると僕の計略が全部おじゃんなんだよ!』

 『また新しいの立てればいいじゃん!

 もう着くからランスロット、慎二と生徒を守って!』

 『承知致しました。 』

 

 接続が切れた念話。険しい顔のランスロットが黒の群れをにらんだ。

 

 「なあ、お前、アレのこと知ってるの。」

 「……ええ。今、この場にいる中では一番。」

 

 僕を横抱きにして校舎を飛び降り、衝撃とともに地面に着地した。

 そして、裏門からすぐ近くのベンチの前に僕を下ろすと、何かの礼装を持たせて僕の前に跪いた。

 

 「時期にマーリンが来ます。それまで、ここで待機していてください。」

 

 渡された礼装は防御系の礼装で、例の時限爆弾のカードもあった。これなら僕でもしばらくの間耐えることはできるだろう。

 

 「お前はどうするの。」

 

 ランスロットは立ち上がり、視線を僕から外した。

 

 「シンジ。」

 

 ランスロットが校舎に侵入しようとしている化け物の群れを睨みつけている。ぞくりと、背筋に鳥肌が走った。息をするのが苦しくなるほど空気が薄くなり、じりじりと日に炙られているような灼熱。

 

 「アレを、すべて切り捨てる許可をください。」

 

 全ては、この男の殺気だった。僕の身に起きた異常事態はすべて僕に向けられたわけでもない殺気に当てられたから。心臓が握りつぶされるようなプレッシャー。

 爛々と紫の瞳を光らせて、すでに手は剣の柄を握っていた。今にも駆け出しそうな一人の男。

 ああ、こいつは英霊(サーヴァント)だ。目の前にいるのは、かつてブリテン最強と謳われた騎士! 

 そんな存在が僕を守ろうとすることが、どうしようもなく嬉しくて楽しい。

 ふふ、と笑いがこみ上げてきた。自分でも驚くほどに愉快だ。

 

 「“アイツ”に変わって命令だ、ランスロット。

 全部切り殺せ!」

 「は!」

 

 巨体は一瞬でかき消えた。

 白い稲妻がドォンと落ちる。初めて見た命の簒奪は一方的だ。ガシャカジャと鎧を鳴らして、力強い大剣が魔獣の命を伐採していた。

 ある魔獣は首を突き刺されて

 ある魔獣は首を落とされ

 ある魔獣は脳天から尻まで真っ二つに両断され

 ある魔獣は胴体が切り分かれていた。

 

 「うおおおぉぉぉ!!」

 

 獣のように雄叫びを上げて、全身に返り血を浴びて立つ男。土留色の血が彼の紫の髪を滴る。

 血でへたった髪を鬱陶しそうに片手で乱雑に掻き上げて、ほんの数秒中断していた殺戮を再開する。

 校庭の土は魔獣の血を吸って不気味な色に染まっている。それはなんだか魔法陣のように見える。

 だがそれは、僕のいる場所に血飛沫一つどころか砂埃一つ起こさせぬために配慮した結果であると悟っている。

 

 「はは、最強かよ……!」

 

 円卓の騎士最強だと、騎士の中の騎士だとアーサー王が絶賛した男。

 サー・ランスロット。お前は恐ろしい男だ。

 情けも容赦もなく、冷徹に剣を振るい、戦場に持ち込むには侮辱的な気遣いすらして見せる男。狂気的といえるその有り様に、僕は生唾を飲み込んだ。

 だが、油断はできない。

 迫り来る神話時代の魔獣は、たった一人の英霊によりその数を減らしているが、まだ多い。ランスロットも万能ではないのだ。

 

 「セイバー! 僕に変な気を回すなら全部確実に掃討しろ!」

 「は!」

 雄々しく響く低音が了承を告げると、白銀の騎士の暴威はより苛烈になる。

 踵は地を踏み破り、命を引き裂く。

 時に素手で魔獣の頭蓋を握り潰し、重量任せな強烈な足技で腹を蹴り破った。

 先ほどの蹂躙が可愛らしく思えるほどの暴虐に、僕は頬を引きつらせる。風に乗って血飛沫が僕の足元まで飛んできた。

 だけれど、時間は僕らの敵だった。

 魔獣はどこからか湧いて出て、数はどんどんと増えてゆく。魔獣の死骸の山で己の足場が減っていく。

 英霊であっても、ランスロットがいかに強くとも、疲労というものは蓄積する。

 魔力はカルデアから供給されているとは言っても、宝具はまだ使っていなくても、連戦続きならば消耗も激しい。

 軽傷も積もり積もれば重傷になる。

 

 「応急手当!」

 

 初めて、礼装をサーヴァントに使用した。ぐん!と己の内側から何かが抜けてゆき、緑色のベールがランスロットを包む。

 緑の光が晴れたら、ランスロットがある程度怪我は残っているが回復していた。

 だけれど、礼装の再装填は時間がかかる。

 討ちもらしが真っ先に狙ってきたのは僕だった。

 

 「逃げろ、シンジ!」

 

 僕のもとに駆け寄ろうにも、ランスロットは校門前の敵の食い止めで精一杯で身動きが取れない。

 ランスロットの暴威をすり抜けて入ってきた敵にまで対処はできない。サーヴァントは彼以外にいない。

 脂汗が吹き出る。顳顬を冷たい汗が伝い、ぽた、と土を濡らした。

 鋭い爪をもつバケモノはもうすでに目の前まで迫っていて、僕に襲いかかる。その動きはスローモーションのようにゆっくりと見えるのに、息をつく間もないほど一瞬の秒なんだ。

 

 ーーーこの仮初の令呪の機能はね……

 

 マーリンの声がフラッシュバックして、僕は、とっさに令呪を構えてさけぶ。

 

 「F.Cフィールド!」

 

 青い魔術障壁に刻まれる紋章は月桂樹と三日月。いつだったかリツカが僕に教えてくれたカルデアのマークだった。

 ぱりんと割れたシールドに、エネミーが怯む一瞬のうちに校舎に逃げ込んだ。僅かではあるが距離を取れ。

 走り、走り、走り、行き止まる。

 これ以上逃げられない。戻る道は大型の魔獣で塞がれている。囲まれている現在の状態が最悪なのは誰から見ても当たり前だ。

 手のひらの赤が視界に映る。あの夜の後悔と立香の手のひら。

 わかってる。こんなことに意味なんてない。滲む手汗を握り込んで、喉の奥を震わせた。

 

 「令呪を、持って命ずる……」

 

 でも、それでもいい。目を閉じればまぶたの裏に映るほどに。今、僕は『赤』に焦がれている。

 

 「(助けてくれ)」

 

 心の中に死体がある。涙が枯れて、愛に飢えて餓死した誰かが、音にならない言葉を告げた。

 僕がマスターじゃないとか、リツカがサーヴァントじゃないとか、そもそも聖杯戦争に出場する資格がないとか、そんなわかり切った事はもうどうだっていい。

 僕が魔術師になりたい理由を考えるのもやめよう。

 僕は魔術師になりたかったし、聖杯戦争にマスターとして出たかった。お爺さまに認めさせて、人を勝手に哀れんで見下す桜を、僕が正当な理由で見下したかった。

 これが理由だ。答えなんて探すまでもなかった。

 偽りで塗り固めて、とっくに正解は出ている。

 

 「来い、マスター!!」

 

 無意味で、無価値で、無様な行動だ。

 これで発動するのは直通の念話ぐらいで、リツカが現れるわけない。なのに、僕は令呪というものに縋った。願った。どうしようもなく。魔獣の爪はすぐそこにあった。

 

 「……は、はは」

 

 令呪が光り、一画消えた。花吹雪が視界を奪い、甘い花の匂いにくらつく。

 黄金の光の粒が集まって人形に変わる。

 それに気づく前にガッシャンと窓が割れた。ガラスの破片が廊下に散らばる。

 割れた穴から小柄な体が飛んできて、右手で作った銃の指先から赤い玉が浮いていた。

 

 「ガンド!」

 

 ぴたり、と魔獣の体が停止した、ガラスを踏みしめ、 弾かれるように彼女は魔獣に向かっていく。握りしめた両手の中にはシワが寄ったカードが左右に一枚ずつ入っていた。

 カードは少女の手の中で緑槍に変わり、そして彼女は動けない魔獣の背後をあっさり奪った。

 

 「はあぁぁああ!!」

 

 投擲された若草色の槍が柄まで深々と、魔獣の突き刺さる。槍を背後に放り投げた彼女の反対の手には短機関銃が握られている。槍は一瞬で形を失い、一枚のカードが床に落ちる。

 背中に飛び乗り、追撃にゼロ距離で撃ちこまれた銃弾が3発、黄色と赤の体毛のライオン、もとい魔獣の脳漿が飛び散らす。

 魔獣の血を全身で浴びて、少女が振り向く。仮面もローブも何もない。擦り傷だらけで、全身血で汚れて、両手なんて魔獣の体液でベタベタだ。

 さらりと揺れたサイドテール。カルデア戦闘服を纏い、拾い上げた二枚のカードを片手に持つ、僕と同い年ぐらいの少女は擦り傷だらけで全身血で汚れてた。よく見れば髪は乾いた血で固まっているし、撥水性のスーツには青紫の水滴がプツプツ浮いている。

 とん、と魔獣の骸から飛び降りて、したり顔で彼女は笑った。

 

 「お待たせ、慎二。」

 

 差し出されたリツカの手は血で一面紫色で、少しだけ震えていた。

 

 「遅い。」

 「さっきは来るなって言ったくせに。」

 

 僕は躊躇わずにリツカの手を取った。ぬちゃりと生温い液体に手が滑り、離れた。

 受け身も取れずに尻餅をつく。

 あは、と思わず耐えられずに噴き出したリツカの手を、笑うなと怒りながら僕はしっかり握った。

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