Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
巨大な魔獣が現れて、一気に劣勢となった戦局は、たった“二人”のサーヴァントの出現で優勢となりつつある。
「は、はは、あはは。あはははははは! 見たか衛宮! これが僕とお前の力の差だ!」
慎二が笑う。高らかに。
目の前で慎二のサーヴァント達だという仮面の少女が、迫り来る魔獣(ウリディンムというらしい)たちを見事な槍さばきで倒す。それを繰り広げている。だが、倒しても倒しても全く数が減らない。
もうすっかり日も傾いて、世界は夕日で赤く染まる。それだけ戦っても、まだ終わらない。
このまま、夜明けまで戦うしか方法がないのか?そんなゾッとする考えが脳裏をよぎる。
「今、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「うるさい!黙ってろ!」
ぎゅう、と爪が食い込むぐらいに、慎二は右手を握りしめた。
「僕は、魔術師だ。そうだ、そうに決まってる。間桐の後継者は僕だ。」
ぶつぶつと下を向いて唇を噛む。ぎらりと敵を睨みつける眼は鋭利な刃物のように尖っていた。
「り…ルーラー! 殺せ、あいつら全部、殺し尽くせ!」
「言われなくても!」
最前線で己のサーヴァントたちに指示と補助魔術を飛ばしながら、赤銅色の少女が戦場を駆け巡る。緑槍が鮮やかに舞い、的確に急所を穿つ。
その槍捌きはどこかキャスターの杖術に似ていた。
「っ慎二!補助!」
大ジャンプからの着地。その一瞬崩れた体制を整える前に襲いかかるウリディンムを前に、少女が叫ぶ。
「緊急回避!
気を抜くなよ、ルーラー!」
「ごめん! ありがとう慎二!」
白い光がルーラーを包む。少女の姿がぶれたと思った瞬間、まるでそうなることが必然と言えるかのようにルーラーは攻撃をかわした。
「アサシン、真名解放、宝具開帳!
ウリディンムの群れを掃討しろ!」
「いいよぉ。」
黒髪のアサシンが腰を落とす。その瞳は肉食獣のように爛々と輝き、そして声だけ残してその場から消えた。
「奥義装填。」
否、違う。高速で移動したのだ。彼が立っていた場所は蹴り飛ばされた衝撃に耐えられず、足がめり込んだような跡が残っているし、瞬間的な突風も彼の移動の証拠にしかならない。
「闇の侠客ここに参上。『十面埋伏無影のごとく!』」
破壊、破壊、破壊、破壊、破壊。
血の雨がごく普通のありふれたグラウンドを汚し、大地を赤黒く染める。一撃で仕留められたのであろう、その証拠血絶命した魔獣の脳天や腹には貫通した拳大の穴が開いている。
死、死、死、死、死、死、死、死。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。
理不尽なまでの暴力がそこにはある。電光石火などではまだ足りない。光速を超えた速さ。
力というものは物理の世界で運動量と言われる。ものを壊そうとするとき、質量が大きいほど、速度が大きいほど破壊しやすい。
ならば今、現在神速で活動するアサシンの拳から繰り出される運動量は、破壊力はどれだけのものなのか。
その答えが、魔獣たちの死体に他ならない。
一撃だけでも必殺の拳が、目にも留まらぬ速さで何百、いや何千回も繰り出される。
魔獣の体に無数の穴が開き、血が吹き出す。
先ほどまで絶望的な数でこちらを襲ってきていた魔獣たちが見えない何かに殴り殺され死んでいく。穴だらけの死体が増えていく。
その拳は魔獣の体を貫通し、蹴撃は頭蓋を破る。
ピシャリ、と頬に生ぬるい液体が付着した。目の前にアサシンがいた。逆光のせいで顔は真っ黒で見えない。アサシンの拳は(寸止めで止められたが)俺の顔面を捉えていた。
つう、と頬を伝う液体が彼の拳から飛んだ魔獣の血液だと気づき、背筋が凍える。彼の背後には全滅した魔獣の死骸で山が完成されていた。にやりと、アサシンが口角をあげる。
「天に星、地には悪漢。
幻想であるはずの男は、拳法と共に創成された。
さあて、俺様は誰でしょう!?」
楽しそうに語尾をあげて、高らかに口上を述べる。拳は開かれて、水を払うようにして振られた手から血が飛び散る。
ここまでくれば、答えはわかった。
「……燕青、浪子燕青。水滸伝の登場人物で、架空の存在。」
物語の英雄。燕青拳の開祖とされているがその存在は確認されていない。
架空の存在であるはずの英霊が、目の前にいた。
俺の呟きに、アサシンはパッと顔を明るくさせて、満足そうに頷く。
「そう、その通りだ。
我こそは天に輝く百八の星の一つ。天罡星三十六星の末席に輝く天巧星。
俺は燕青。浪子燕青だ。」
獰猛に、猛々しく。かのサーヴァントは血だまりの中にいるのが一番美しい瞬間なのだと全身で主張する。俺は強化魔術で強化した箒を構えた。
「燕青くん。」
彼の背後に人が立っていた。白いマントを風で膨らみ、うすい紫色がかった白髪がふわりと揺れる。
「次に行こう、こちらも手が回らなくてね」
「
彼は少女に「マスター!」と呼び掛け、少女は「外お願い!」と指示を出した。
「慎二、準備はできてる? 礼装着てる?」
「ふん、言われるまでもなく十分だ!」
慎二が笑う。腕時計のようなものを操作してから胸元のボタンを三つも開けて、下に着ている服を主張した。
まるで、SF映画の未来人が着るようなぴったりとした服。令呪が見えるよう手の甲の部分がぱっかり空いているグローブをはめ直し、ガッツポーズをするようにそれを見せつけた。
「ハズさないでよ?」
「誰にものを頼んでると思ってんだ。」
溌剌な表情。慎二が楽しそうに指銃を構える。見たことがないほど生き生きしていた。
「それじゃあ一発目ーーっ!」
少女の掛け声に合わせて礼装を起動させる。一際巨大な魔獣を前に腹に力が入る。声を張り上げる。
「「ガンド!」」
ズドン!
大きな音がした。雷が落ちるように赤い閃光が魔獣を突き刺し、ばたりと倒れる。
とん、と背中に飛び乗った仮面の少女はゴリと肌に銃口を押し付けて、6回連続で引き金を引く。
完全に絶命した魔獣は光の粒になって消える。気づけば先ほど燕青が倒した魔獣たちも血のあと一つ残さず消えていた。
「燕青!」
「おうよ。」
それは、理想的な主従の形だ。お互いを信頼し、信用している。
後方に移動したルーラーが白いどこかの制服に衣装を変えて立っていた。
手のひらを突き出した。
「燕青!」
「はぁ!」
それは暴風。緑の光に包まれたと燕青は、まばたきの一瞬で彼女の前から魔獣の前に移動している。
巨大なウガルという魔獣の懐にあっさりと入り込んだアサシンは、重心を落として掌底の構えをとる。
「せい!」
どん!
突き上げた掌から生まれた衝撃が、ウガルの巨体を少し浮かせた。腹にきれいに入った掌底は連続した衝撃をウガルに与える。1秒に数十発繰り出された超人拳に衛宮士郎は目を見開いた。
ダメージが蓄積する体を動かして、ウガルが爪を振るう。アサシンは腕をクロスさせて受け身をとるが、ざっくりと腕を切り裂かれる。
「ぐっ!」
呻き声が一つだけあがる。思わずというようにぽろりと。
腕には三本の爪痕がぐっさりと残っていて、その切り口から赤い肉が見えた。ぼたた、と液体の溢れる音に息を呑んだ。
血が、こぼれている。霊基という、エーテルを編み上げて作った器から堰を切ったようにあふれる赤い液体。それすらもエーテルのはずなのに、人間のように生々しい。
慎二が「かひゅ」と息を呑む。ルーラーは目を逸らさずに唇を噛んだ。
アサシンはそれがどうしたと言いたげにウガルの巨大な頭に軽やかに飛び乗る。
「千山万水語るに及ばず!」
最後に、拳が叩き込まれた。太陽の獅子と称えられる禍々しくも神々しい黄金の獅子は、血を吐いて絶命した。
だが、それでもアサシンは止まらない。
黒い髪がさらりと靡く。目を離した数瞬間の間にアサシンがその場から消える。
1秒。
ウリディンムが一体、血を撒き散らしながら空に浮く。
2秒。
魔獣の体を踏みつけて上空に飛び上げ、縦回転の回し蹴りが魔獣の頭蓋を蹴り割った。
3秒。
天に向かって蹴り飛ばした魔獣が落下するのと同時に、別の魔獣が校舎の壁にぶつかり破壊と同時に死亡。
たった3秒。3秒後にはウガルを取り巻く魔獣たちの屍が転がっていた。転々と残る赤い血の跡が彼の移動の痕跡を残している。
風が強く吹いた。魔獣の首が落ちた。
最後に残っていたのは手刀を構えたアサシンだけだ。
首ら刀で落としたようにすとんと落ちた。
「すごい…」
衛宮がちいさく声を漏らした。
称賛すべきはこれが全て強化魔術を用いない純粋な身体能力だと言うことを言うことだ。えぐれた土が彼の身体能力による移動だと言うことを物語っている。
いくら英霊だとは言え、生前の身体能力が伺える。いや、燕青に生前はない。幻想ゆえの能力なのだろうか。
「ふぃー、終わった終わった。」
手首をぷらぷら振りながら、得意げに笑った燕青にルーラーが笑う。
「おつかれ、さすが燕青。」
「うぅん、照れるねぇ」
血でドロドロになったアサシンは少し屈む。ルーラーはほんの少し背伸びして、顔の血をすでに血塗れのハンカチの、まだ汚れていないところで拭った。アサシンはそれに目を細めて、子犬のように愛嬌よく笑った。
ふと、日が沈んだかのように暗くなる。
風を切る音と、耳を覆いたくなる不快な音。
おぞましい、黒い群れ。本能がアレはダメだと訴えている。それは空を、地上を、全てを覆い尽くす地獄の光景。ぼちゃ、びちゃ、と泥を踏みしめるような音まで聞こえた。
黒い影が僕と衛宮を覆った。見たくない。見なくてもわかった。僕らの上、つまり空を飛ぶ何かがいるという事を!
不気味なケタケタ笑いがその存在がいかに邪悪かを証明している。
「(怖い、寒い、苦しい!)」
それをほんの一目見ただけで体から体温が奪われていく。
「慎二、深呼吸だよ。」
ルーラーの掌が慎二の背中を摩る。
「恐怖は無くならないけど、筋肉は和らぐ。」
廊下にある窓という窓が全て割れた。そしてようやく気づく。窓の外にいる悍ましい生物に。
本能で感じる嫌悪と恐怖。目なんて見当たらないのに、じっとりと見られているかのように感じる。
顔全体にある縦向きの口が横に開き、ケラケラとせせら笑う。
たった五体だ。だけれど、それでも感じる絶望感に立香は息を呑んだ。
「なんだよ、あれ!!」
慎二が震える声で叫ぶ。ルーラーは十字盾を構え、慎二を守るように立ちふさがった。その後ろで、緑衣のアーチャー…ロビンフッドがボウガンを構えた。
「ラフム……!」
「まさか、コレが出てくるなんてな。俺、即死もってなんですけど。」
ロビンフッドがニヤリと笑う。彼らは何を知っているのか。ラフムとはなんなのか。何もわからない、けれどわかることが一つある。
「ケイオスタイドがないだけウルクの時よりマシでしょ。」
「おや、ティアマト復活フラグかな? 」
「冗談でも笑えないよ」
たった今、この瞬間から。本当の意味で第五次聖杯戦争は始まったのだ、と。
怯えを必死に飲み込んだような、切羽詰まった歪な表情だった。