Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
そこからの展開は一方的だ。
足を負傷して動けないセイバーに群がったラフムは、いたぶるように腕を切りつけた。
セイバーのこらえるような呻き声に、ラフムが歓声をあげる。
キシャキシャ、と表現するのが正しいのであろうか、いくつもの不快な音がセイバーを囲んでいた。
セイバーは善戦していた。だが大多数に一斉に攻撃されるのではいくらセイバーでもダメージが重なる。
セイバーが校庭に倒れこんだのは必然だろう。いくら個人が強くても、数の暴力に押されていた。
血まみれになり動けないセイバーを笑いながら、ラフムが鎌のような腕を振り下ろす。
「セイバーーーー!!!」
守るために駆け寄る。時間が足りない、俺の手は届かない。衛宮の背中がラフムの鎌で切り裂かれそうになる、まさにその瞬間に小さな影が間に入る。
「F.Cフィールド、全展開!!」
ガラスが割れるような鈍い音と、金属がぶつかり合ったような高い音。
「大丈夫、怪我は!?」
砕けた盾の魔術。光を持っているその破片がうっすらとその色を暗くしながら大気に消えていく。
目の前にいたルーラーがキャスターの持つ杖とそっくりな杖を握って立っている。
つまりーーールーラーがセイバーを庇ったと言うことだ。
「なぜ、私を助ける……! 」
セイバーがルーラーを睨みつけた。ルーラーは振り返る余裕がないのか、ラフムと相対しながら叫ぶように答えた。
「あなたがここで敗退すると私も困るの!
それに、こいつらはできるだけここで倒さなくちゃいけない!」
地面に足を植え込むように、力を込めて踏ん張って立つ姿その姿は、ただの凡人だ。
「(彼女は、英雄ではない。)」
直感だった。だがそれが真理だとも思った。
かと言って、反英雄というわけでもない。どうしようもなく人間で、かつて己が守りたかった国民よりも非力で、哀れなほどに凡人だ。
だけど、ああ、どうして。
恐怖も飲み込んで巨大な敵に立ち向かう彼女の姿は、どうしてこんなにも愛おしいのだろう。
彼女は人間だ。それ以上にもそれ以下にもなれない。善性も悪性も平等に理解して併せ持つ。
臆病なのに、なけなしの勇気を振り絞って立っている。
「(まるで、まるでーーー人間の可能性を体現したような…)」
「慎二、セイバーに応急処置をお願い! 」
「ふん、なんで僕が衛宮のサーヴァントなんて…」
「慎二! 」
「うるさいな、わかったよ! 」
慎二が両手をセイバーに当てると、緑の光がセイバーを覆い、傷が癒えていく。
そして、少女が守るように前に立つと、後ろで戦闘に関わらず控えていた男に微笑んだ。
「イアソン、みんなをよろしく」
「仕方ないから任されてやる。」
金髪の美丈夫はひょいと慎二を担ぎ上げると、飛び上がって空飛ぶ船に乗り込んだ。
「連れてこい。」
イアソンが一言。気づけば体に刺青を施した大男が士郎とセイバーを担いで船に乗り込んだ。士郎は甲板から身を乗り出す。
地上ではルーラーのサーヴァントだというアサシン、ランサー、そしてアーチャーが死闘を繰り広げていた。
ルーラーは動かない。後方で指示を飛ばし、危なくなった時だけ自衛する。
船はそこから動くことはなく、ただ漂ってる。
上から見ればよくわかる。敵の数が多すぎる。ルーラーを守るサーヴァントも手一杯で、彼女を完全に守るには至らない。
ルーラーは緑槍を軽く回してから、向かってくるラフムという黒い怪物に構えた。
「せやぁ!」
槍は、ラフムの脇腹に浅く刺さる。それを承知していたと言いたげに少女がどこからか取り出した見事な日本刀を構え、何処か危うげな抜刀中で首を落とした。
だけれど、切り飛ばした端からラフムは増殖して、それでも何度も何度もルーラー陣営はラフムを切り飛ばしていた。
元は五体しかいなかったラフムは、気がつけば20体は優に超えている。
ふ、と空が暗くなる。雲で太陽が隠れただけならいい。
だけど、なぜか嫌な予感がして、空を見上げた。
「…嘘だろ」
士郎が嘆く。私も同じ気持ちだった。空を埋め尽くす黒い影。それらはすべて、彼らがラフムと呼ぶ化け物だった。
「…嘘でしょ」
空を覆う黒い影。追加で降ってきた真っ黒なそれに、私はもはや軽口さえたたけない。
空を埋め尽くしているのではないかというほど大量のラフムの群勢。
「は、はは」
いつぞやの再来を思わせる絶望感に、思わず乾いた笑いが出た。
あの時は、どうやったんだっけ。どうやって、倒したんだっけ。
今、私たちの戦力は少ない。
たった一人でウリンディムの猛攻に耐え抜き消耗したランスロット。
私たちを庇うために積極的に前線で奮闘した上に、単騎でウガルと戦い大怪我を負った燕青。
上空からの援護射撃の連発により魔力切れ寸前の清姫。
戦闘参加辞退のエルキドゥ。
マーリンは結界の維持で手が回せない。
遅れて駆けつけてきたおかげで唯一無傷なロビンフッドも慎二の護衛で手が離せない。
一つ言えるのは、私一人じゃ倒せない。
「(私は、弱い)」
『そうだね。』
声が、声が聞こえる。私の真後ろに立って、首を絞めながら囁いているような酷薄な声が。
「(他人の魔術で強化されてようやく、みんなの三歩後ろに立てる程度だ。)」
『私は前線にいなくてはならないけれど、前に出てはいけない。』
「(彼らと同じ場所に立っちゃいけない。
同じ力量を持つもの以外、隣に立ってはいけないから。)」
『自惚れるな、調子に乗るな。少し戦えるようになったからって、少し魔術を使えるようになったからって、結局、私は凡人でしかない。』
「(自分を守る力もない私が同じ戦場に立てば、私を守るために誰かが傷つく。)」
『私が前に出るだけで、誰かが犠牲になる。
誰かが私を庇う。誰かの攻撃を私は邪魔する。
藤丸立香は、率直に言って足手纏いだ。』
(だから、邪魔にならない程度に近い場所で、私にできることをしようと思った。)
首に、誰かが触れている。
『私は、邪魔にならない場所で、安全な場所で、指示を出すだけの無能な人間だ。』
「(だけど、私が勇気を振り絞るだけで解決する方法がある。私が役に立つなら、少しは戦いたい。)」
きゅう。首が閉まった。
『嘘つき。』
ゾッとするほど冷たい声が、私を責める。
嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
『あんたの本音は、もっと汚いよ。』
「(なんなんだ、なんなんだもう!
煩い、うるさいよ!)」
幻聴に腹を立てて、私は虚空を睨んだ。
「ああ、そうだ。
私は、機械がわからない。
私は、魔術がわからない。
私は、戦略を知らないし戦術も知らない。
指揮官としての判断力だって未熟だ。」
突然語り出した私に、視線が集まる。顔が熱い。だけれどそれすらも怒りに変えて、腕を振り下ろす。
「私は!
恐怖を飲み込んで立つ強さも、恐怖を希望に塗り替える強さもない!」
私は、英雄にはなれない。
「でも!」
私は、ただの人間でしかないから。だから!
「絶対に諦めたくない!
怖くても、苦しくても、絶望しても、立ち止まっても、前に進むことはやめない!」
どんなに頑張ろうと、私は凡人にしかなれない。だからこそ、どこまでも人間らしく生きる。
図太く、図々しく、愛を分け合って、何かを恐れて、そしてどこまでも前進する。
「慎二、令呪をつかう。」
右手が汗を握る。すこし慎二と距離をとり、仁王立ちして令呪を構えた。慎二が歯をむき出しにして叫んだ。
「なんでもいいからさっさとやれ、リツカ!」
慎二の言葉に答えるように、リツカの令呪と腕の機械が輝く。
腕時計によく似た端末は、ホログラムの魔法陣を投影する。
中央に十字盾、それを囲うようにグルリと三本、青い光が浮いていた。
霊脈は、多分ある。そんな不確かな、本物の魔術師が見れば激怒するだろう、準備不足極まりない儀式が始まろうとしていた。
「――――告げる。」
すとん。言葉が落ちる。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
人理の輪より来たれ、天秤の守り手よ……
令呪を持って命ずる!
天文台より来たれ、カルデアのセイバーーー!」
三本の光は七色の光の粒を交ざり収束、閃光。
光の粒が集まり、人の形を取った。ぱら、と淡い光が溢れていく。
「召喚に応じ参上した。随分と雑な召喚だな、マスター」
黒いドレスに黒い鎧。そして仮面で顔を隠した白が強いプラチナブロンドの女。
画面に覆われた顔は見えないけれど、声、背格好に立ち姿、醸し出す雰囲気を除くそれら全てが、衛宮士郎のセイバーによく似ていた。私は彼女を見て、“笑う”
「オルタ!無茶を言うけど真名封鎖でラフムを倒せる!?」
「…ふん、いいだろう。」
一瞬送った立香の視線。その先にいたのは青いセイバー。
真名封鎖、か。
黒いセイバーは立香の懸念を、どうせ無駄だと嘲笑うように鼻で笑った。セイバーの霊基が変化して、顔の仮面が外れる。その下にあったのはやはり、“セイバー”の顔だった。
真っ黒な邪剣を振りかぶり、冷たい瞳でラフムを睨む。
「令呪を持って命ずる!
宝具解放!」
令呪が赤く光る。膨大な魔力が抜けていく。
「真名封鎖……宝具擬似展開」
がしゃん。鎧が音を立てる。
「ーーー卑王鉄槌、極光は反転する。
光を飲め!■■■■■■■・■■■■■!!」
ごう!
赤と紫色の魔力が、数多のラフムを飲み込む。周囲の建物の存在を忘れたように、光はすべてを薙ぎ払う。
光が薄れた後に、ラフムの影は一つもなかった。
「……ここまでか。」
パラパラと突如現れたセイバーの体が消えていく。
それすらどうでも良さげな彼女は、己のマスター……ルーラーの頬を片手で掴んで無理やり視線を合わせた。
「…、……。」
「え?」
聞き取れないほど小さな言葉を聞き取れたのは、リツカだけだった。
「……ルーラーがマスターなのはわかった。そう言うサーヴァントっていうことも。
信じられないけれど、ルール違反でないのなら私は手を出せない。
でも、やっぱりあんたが聖杯戦争のマスターなんかじゃない。」
遠坂は僕を睨みつけ、吐き捨てるように告げる。
「ふん、あいつは僕のサーヴァントだ。令呪が見えないのか? 」
「ああ、それ。 偽物でしょ、わかるわよ。」
しゅるりと包帯を解いて見せるが、遠坂は相変わらず僕を見下していた。冷ややかな視線が僕の内側をえぐる。
「あんたが知らないみたいだから教えてあげる。ルーラーは、マスターが必要ないのよ。」
嘲り笑う。遠坂は悪魔のような表情を浮かべて言う。興味も、関心も、何一つない冷たく凍った表情。
「間桐慎二をマスターだと思っているのはアンタ一人だけよ。」
遠坂が僕を冷めた目で見つめる。僕の後ろに控えるセイバーを見て、「アンタ、可哀想。」などとのたまう。そのまま踵を返して、遠坂は去っていった。取り残された僕の舌打ちなんて、一切聞こえてないように。
ああ、そうだよ。
リツカのサーヴァントは、僕のサーヴァントではない。そもそもリツカがサーヴァントではない。それでも、僕はマスターだ。
たとえ、魔術師ではなくても。
たとえ、聖杯戦争のマスターではなくても。
それでも、リツカは僕のサーヴァントで、僕はリツカのマスターだ。
イレギュラーな参加者で、本当ならば参加資格もない。最初から嘘ばかりの陣営だ。
「慎二は私のマスターだよ。」
かつり。ブーツがリネンのタイルを蹴る音が響く。
「……
僕を守るようでいて、そうではない。
僕を守るなら前に立つ。だけれど、リツカは僕の隣に立った。
「訂正してください。」
遠坂の背中に、言葉がぶつかる。緩慢に、遠坂の青味を帯びた黒い髪が揺れた。
「間桐慎二は可哀想なんかじゃない。」
遠坂が振り向く。
僕の手を立香の手が握る。立香の瞳はいやってほどにまっすぐだ。
熱い。手汗でぬるつく。リツカは握力がゴリラだから、力を込めすぎて僕の手がごりこり悲鳴をあげている。
だけれど、それでも。
離せと一言、言えなかった。やめろとその手を振り解けなかった。
遠坂が不思議そうに首を傾げた。
「魔力もなく、令呪も仮なのに?
それは本当にマスターって言える?」
「言える。魔術的な繋がりがなくても、魔力という絶対的な上下がなくても。
私は慎二を尊敬している。
私たちが“主従”でないというのは、そうだよ、あなたのいう通りだ。」
リツカはその黄金の瞳を爛々と輝かせて、赤い髪を逆立てて叫ぶ。
「それでも、私は、
忠誠がないと言うなら友情で誓う!
今!ここに!宣言する!
私は間桐慎二の
友愛を持って慎二を守る!」
堂々としたその態度に、熱いものがこみ上げてきた。遠坂は呆れた、と一言言って、そのまま去っていったけれど。
『(どうです、うちのマスターは。
とんでもない人でしょう? )』
脳内に、緑衣のアーチャーの声が響いた。
ああ、そうだよ。とんでもない奴だ。
聖杯戦争3日目、終了。
校舎半壊。テロ事件として偽装され、穂群原高校は学校閉鎖になった。