Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
なぜ、こうなったのか。目の前にいる男の殺気に全身から血の気が引いた。
足先が冷たい。恐怖で瞳に涙の膜がはる。
指先はカタカタと震え、全身が強張り金縛りにでもあったように動くことができない。
「早速だが死んでもらうぜ。」
青き賢者は杖を槍のように向けて獰猛に笑った。
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全ての始まりは15:30分。午前から午後に切り替わる、アフタヌーンティーの時間の出来事だった。
「それでですね。昨日作ったラフムパンケーキなんですが、切れば切るほど無限に増殖するパンケーキが完成しまして。」
「ああ。ナイフを入れた瞬間に増殖するだけじゃないんだ。咀嚼するたびに口の中で……うっ」
「あ、マジで作ったんだ。」
メディアリリィがおすすめするスコーンの美味しいティールームで紅茶を飲みながらする会話は、到底優雅なんてものじゃなかったけれど。
「イアソン様が召し上がったんですが、泣いて喜ぶほど美味しかったみたいで!
腕によりをかけて作った甲斐がありました!」
「は、はははー」
引き攣り笑うリツカ。顔面蒼白で黙々とスコーンを食べるイアソン。
なぜか葛木だけは「ああ。美味かった。」と頷いていた。
「あんなの美味いわけないだろ…味は良くても異物混入だぞ…
ナイフで切った端から増えるパンケーキなんて誰が欲しがるんだ。丸ごと食べなきゃ無限増殖が止まらないパンケーキなんて料理じゃない。」
ぶつぶつと念仏を唱えるみたいに文句を吐き連ねるイアソンはあまりにも哀れに見えて、親切な僕は彼のスコーンにアホほどクロテッドクリームを塗りたくってやった。
「おい、何をする。」
「いいや? スコーンには馬鹿みたいにクロテッドクリームをつけるのがイギリス式らしいからね。親切心ってやつさ。」
「はっはっは。あいにく私はギリシャ生まれギリシャ育ちでね。
胃もたれしそうなほどクリームが乗ったスコーンはイギリス被れの慎二に下賜してやろう。」
「悪いけど、僕の系譜はロシアなんだよね」
「あーはいはい。じゃあ生まれも育ちも死に場所も全部イギリスの俺が食べますよ。」
はーめんどくさい。とあからさまなため息をついて、ロビンフッドがクリームたっぷりのスコーンにジャムを乗せる。
「え、マジで食べるのそれ」
「まあ。これぐらいは普通っすよ」
あが、と大きく口を開けてスコーンを食べる。
そろそろお開きにしようかと話しをして。そんな、ありふれた午後の一幕を切り裂いたのは一本の電話だった。
ピリリ、と携帯電話のコール音。
「あ、私だ。」
ひょい、とコートのポケットから取り出した携帯電話は、僕のものと色違いの機種。デコレーションもストラップもない簡素な携帯を開いて、リツカは目を見開いた。
「イリヤからだ」
たったそれだけで緊迫する空気。
出てもいい?と視線で語るから、僕は頷く。メディア達も同じだった。
二つ目のコールが終わる前に、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『ーーーもしもし、立香』
囁くようなイリヤスフィールの声が、どう言うことか僕にも聞こえた。不審に思ったが、すぐに納得する。
視線の先にいたメディアが、にっこりと笑った。
『ねぇ、立香。今日、アインツベルンの城に来てくれない?
どうしても、今日話さなくてはいけないことがあるの』
そして、彼女は決定的な言葉を告げたのだ。
『私が殺される前に、伝えなくちゃいけないから。』
「今すぐ行く。」「まて、マスター」
リツカは立ち上がる。僕たちをおいて、駆け出そうとしたのをロビンフッドが引き止めた。立香はいつのまにか礼装まで使って、身体強化をしている。
「ロビン、アインツベルンまで最短で行くならどれぐらいかかる?」
「落ち着け!どんなに急いでも、20分はかかるぜマスター! 身体強化してもだ!」
「それじゃあ間に合わない!」
取り乱す立香の肩を押さえつけ、「少し冷静になれ!」と叫ぶ。焦点の合わない目で立香はロビンフッドを見つめて、「そうだよ、単独行動」と早口で呟く。
「令呪を持って命ずる、ロビン、イリヤのっむぐっ!!」
「何やってんすか、このバカ!!」
「どうせ明日には回復すんだ! 一画くらい!!」
「今、俺がバーサーカーのマスターのところへ行ったら、アンタと慎二の護衛はどうなる!」
「要らない!」
「要らない、じゃねーんですよ!! 聖杯戦争を舐めるな!!」
「私なら大丈夫だ! こんな修羅場、何回も経験した!」
「今まではマシュの嬢ちゃんがいたからだ!!」
ロビンフッドの叫びに、立香は硬直した。突きつけられた現実。叫びたいほどの無力感と、己の弱さに対する失望。
それら全てをわかって、ロビンフッドは言葉を続けた。
「いま、マシュの嬢ちゃんはいない。あんたは本当の意味で単独になる。マスター、あんた今、サーヴァントを偽称してるんすよ。聖杯戦争を舐めるな。あんたを殺しにかかる連中は腐るほどいる。
それで、あんたが死んだらどうする。亜種特異点の旅は始まったばかりだろう!」
「…でも、でも…!!」
「じゃあ、僕がマスターを護衛するよ。それなら君も安心だろう?」
割り込んだ声は、よく聞き慣れたものだった。
「やあ、マスター。」
「エルキドゥ …!」
「バーサーカー陣営の元に行くのだろう?
僕も連れていってくれ。」
「いいの? だって、エルキドゥは…」
「うん。もういいんだ。
今回に限っては『僕が行かなきゃダメ』だから。」
草花のように穏やかに微笑む。瞳の奥にはチリチリと物騒な闘争心が燃えている。
「はっ。昨日は『僕は戦わない』とか言って日和見決め込んだくせにな。
どういう風の吹き回しだ、エルキドゥ」
「はは。僕だってマスターのサーヴァントだ。
マスターを守るのは当然だろう。」
「じゃあなんで昨日は!」
「その答えは、アインツベルンの城につけばわかるさ。」
不穏な言い回しに、何か嫌なものを感じる。ふと、ロビンフッドは考える。何か変だ、と。
いや、そもそもだ。そもそも、この戦闘狂が戦うことを嫌がるなんてことはあるか? 理由があるとしたら、『戦うことでマスターを危険に晒す』可能性ぐらいで。
「……(まさか、“奴”がいるのか。この聖杯戦争に)」
ロビンフッドの頭に浮かぶ一騎のサーヴァント。
もしそうだとしたら,なるほど。たしかに事態は一刻を争う。あの『王様』はーーーきっと、遊ぶように全てを殺し尽くすのだろう。それでも、我がマスターを危険に晒すわけには…
「お願い、ロビン。イリヤを助けに行って。」
自分の予測と、マスターの懇願により決意は折れる。
「ーーーったく、ああ! わかりましたよ!!」
霊体化して、駆ける。直線距離で、最短でアインツベルン城に着くために。
ロビンフッドの気配が完全に遠のいたことを確認したエルキドゥは、「じゃあ僕たちも行こうか」と笑った。
「ねぇ、エルキドゥ。この聖杯戦争は、何が起こっているの。」
「うーん、あんまり上手くいえないんだけどさ。
この戦争の問題は、大聖杯の泥だけじゃないんだよね。
イレギュラーなサーヴァントにイレギュラーなマスター。
さらには小聖杯まで“二つ”ある。」
「それって…」
相当、おかしなことが起きているのではないか。
「ごめんね、確証を持ってるわけじゃないんだ。でも、僕の勘がたしかなら…
この聖杯戦争には“彼”がいる。」
エルキドゥが、にっこりと笑った。冗談じゃ済まされないことをいいながら。さあっ血の気が弾くのを感じる。嘘だ。まさか、そんなのって…
「彼って、まさか…」
「まあ、彼に限ってアサシンはないと思うんだけど…。ランサーの可能性もあるからね。
それを、確かめに行くんだ。」
まさか、うそだ。確かにあの人がアサシンなんてクラスで現れることがあっていいのだろうか。だけど、もしそうだとしたら。彼が、この聖杯戦争に参加してるならーーー!
「(昨日のエルキドゥの判断は正しかった。)」
ラフムなんて生ぬるい。もっと恐ろしいことが起きていた。
「なんの話だ、リツカ。」
「ーーーううん、なんでもないよ慎二。」
ぱし!と両頬を彼の両手で叩かれた。そして、みちみちと両頬が裂けるんじゃないかと思うほどに力強くつまみ伸ばされる。
「いひゃい。」
「誤魔化すな。」
縦縦横横、ぐるりんぱ
理不尽な罰ゲームを受けた私はまだヒリヒリする頬を押さえて慎二を睨む。
「お前の下手くそな嘘笑いなんてお見通しなんだよ。」
「なぁ!?」
「隠すな。全部言えよ。」
慎二の紺色の瞳に夕陽のような赤が映る。真剣な慎二の迫力に飲まれて、何も言えない。
「今すぐにとは言わない。だけど、絶対に後で説明しろ。家に帰ったらすぐにだ!
僕に隠してること、言ってないこと、全部洗いざらい吐いてもらうぞ!」
すう、と深呼吸をして。怒りか羞恥か、真っ赤に染まる顔で、慎二は眉毛を釣り上げて叫んだ。
「僕は、お前の友人なんだろ!!」
恥ずかしいほど青春してる。そんな青臭い主張に、思わず笑った。
「そうだね、慎二。」
そうだ。何を隠していたんだ。いずれバレるのに、隠すなんて私らしくない。
「話すよ、全部。
まだ言ってない大事なこと。隠してること。全部教える。」
ほんの少しの不安を浮かべず、リツカは笑った。
「だから、私を信じて!」
「恥ずかしい奴。」
言われなくても信じるさ。慎二が柔らかく笑った。
「なぜなら僕はーーー間桐慎二は、藤丸立香の友人だからね。」
うん、と力強く頷いて、リツカは「約束するよ」と微笑んだ。
「おいおい、青春ごっこは後にしろよ。」
呆れたようなイアソンの言葉。はっと顔をあげたら、生ぬるい視線がグサグサ刺さる。
「行くんだろ、アインツベルンの城に。」
「うん。行くよ。」
「ご一緒します。人数は多い方がいいですからね!」
「それならば、私たちも同行しよう。」
同盟者だからな、と。頼もしく笑うイアソンに「やはり彼も英雄だった」と今更な感想を抱くのだ。