Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
それは、突如として現れた。
破壊された道路。人気のない田舎道に吹き上がる炎の壁。
「うわっ!」
「慎二!!」
「ダメだマスター!」
火の壁の向こうにいるのは立香とエルキドゥだけで、僕を含めた四人が取り残された。
「あー、しくった。 全部足止めするつもりだったんだが…」
そして前後を分断して俺たちの間に立ったのは、全身青尽くめのサーヴァント。初めて見るその姿に、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「よう、ルーラーにライダー。殺しに来たぜ」
「キャスターー!!」
その男は、杖を肩に抱えて笑った。
「おう、そこのお前。」
青い魔術師は、杖でエルキドゥを指す。
「お前は初めて見る顔だな。ルーラーのサーヴァントか?」
「ああ。僕はルーラーのランサー。彼女の一番槍さ。」
「はぁ、ランサーねぇ。その割には槍持ってねぇけど?」
「はは。武器ならここに“いる”だろう?」
「ーーーふぅん?
なかなか面白いのを一番槍にしてるんだな、ルーラー。」
「うん、自慢のサーヴァントだよ」
エルキドゥは当然だ、と。余裕な顔で「そうだね」と微笑む。武器として自分以上の性能はあるはずがないという自負からくるものだろう。
「まあいい。アインツベルンの城に行きたいなら行けばいい。」
え、と少女は声を上げた。今にもガントを打とうと腕と、人差し指をピンと伸ばした状態で。指された男はあっけらかんと語る。
「俺は足止めを命じられたが、“誰の”とは言われてねぇ。
こいつらだけ止めてりゃ十分だろ」
「見逃してくれるってこと?」
「さあな」
ただ、とキャスターは杖を弄ぶ。ギュンギュンと槍でも回すようで、大道芸にもみえる派手な仕草だ。
「俺の願いは血沸き、肉踊る戦いがしたいってだけさ。」
もちろん、与えられた仕事はこなすがな、と付け加えたが、この赤い双眸は獲物ーーーライダーから逸らされない。
「早くしねぇと、俺のマスターが小聖杯の嬢ちゃんを殺すぜ。」
「そんなことまで教えていいの? マスターを裏切ることになるけど」
「ああ。構わないさ。オレはあいつが嫌いなんでね。」
ひゅう、と口笛を吹いて、キャスターが皮肉に笑う。
「今回の計画だって反吐が出るぜ。令呪を使われてなきゃこんなところにいねぇよ。」
「だ、けど…」
ちらりと、リツカの黄金が僕らを捉えた。心配と不安に揺れる瞳。
何を恐れているのかは、聞くまでもなかった。
「ーーーリツ「おい、“星読み”!」
僕の口から滑り落ちた単語を隠すため、イアソンが叫ぶ。はっと片手で口を塞いだ。キャスターは、それに気がついている。それでも、“今は”見逃している。
「ここはオレに任せて、お前たちは先にアインツベルン城へ行け!」
「でも!」
振り返り、拳を振り下ろす。炎の壁が気まぐれように揺れて、ちらちらと見える影ではリツカがどんな顔をして言っているのかわからない。
「バーサーカーを守るならお前たち二人いれば十分だ! だから、早くあの緑のアーチャーと合流しろ!」
だけど、それでも。イアソンの台詞は力強かった。物理的に遮られて、その姿が見えなくたって、他人を鼓舞する何かがある。
「不本意だが、私は窮地に立てば経つほど強くなる」と自称した男が、(見た目だけは)余裕綽々と大見栄を切る。
「キャスターは俺に任せろ。なぜなら私はライダー。クラス相性では優っているのでな。」
ごわっ!と。 炎の壁が一瞬切れた。違う。切った奴がいる。
それが誰なのか、わからないほど鈍くはない。
向こう側のリツカは一瞬泣きそうな顔を浮かべる。次の瞬間にはぎゅう、と一度固く目を瞑って、唇を噛み締めて。
それからーーーふわりと。不安と心配も何もかもを忘れたように、勇ましく笑う。
「ありがとう。」
これが、人類最後のマスター。人類最後の希望として、勝ち続けてきた女の姿。
あまりにも、強いと思った。その心が。不屈の魂が。
不安も心配も何もかも、棚に上げて仲間を信じることのできる強さは、眩しかった。
「ーーーエルキドゥ!!」
「ああ、マスター!」
空を飛び去った二人を目で追う。すぐに夜空に紛れて二人は見えなくなった。
もうすぐにでも、アインツベルン城にたどり着くだろう。
「はぁ〜、あの緑のやつ、エルキドゥってマジか。」
ぽり、と後頭部を掻く美丈夫。その顔には隠しきれない愉悦がある。
「ああ、大マジだ。」
「そりゃあ随分と“相性がいい”
こりゃ終わった後が楽しみだな、吠え面かいて帰ってくるだろうよ!」
悠長にも準備運動をしながら、ゲラゲラ笑う。屈伸、前屈、腕伸ばし、、隙だらけにしか見えないのに油断を許さないその圧迫感。
まちがいない。こいつは英雄だ。
「おい、ライダー…」
本当に、大丈夫なのか。メラメラと燃え続ける炎の灯に照らされて、白い貌が暗闇で浮き上がるように見えた。
「慎二…」
決意と覚悟が宿った緑色の瞳が、僕を映す。
そしてーーーーなぜか、僕はイアソンから強烈なビンタを与えられ、後方に吹き飛んだ。ベシャリと尻餅をつく。尻も痛いがジンジンと絶え間なく痛みが襲ってくる頬の方が痛い。これは腫れる。明日絶対に腫れる。
「バカめ、何を不安に思う必要があるというのだ。
ーーーいいことを教えてやろう。」
人の頬を殴っておきながら、なんか悠長に話し出しやがったサーヴァントに怒りがふつふつと湧き上がる。
だが当の本人はお構いなしにペラペラとお得意の弁舌を振るのだから世話ない。
「マスターのサポートを得たサーヴァントは通常のサーヴァントよりも圧倒的に強い!
知名度の低い三流サーヴァントでも最優サーヴァントをくだせる程度にな!」
きらりと、視界に星が舞った。メラメラと燃え続ける炎の灯に照らされて、白い貌が暗闇で浮き上がるように見えた。
それは、それはつまりーー
「だがマスターの質にはよる!」
「上げて落とすか普通!?」
僕への信頼の証か、などと口にしなくてよかった。要らぬ恥をかくところだった。
だけどそんな怒りに上塗りされて、心を塗りつぶさんばかりの不安は霧散していた。
「
叩き上げられたセンスと、数々の修羅場を潜ってきた経験値。それに付随する勝負勘がなによりも優れてる。
まだその高みには立っていないが、そのうち無意識に最善の指揮を飛ばせる司令官になるだろう。」
この私のように!
左手を胸に、右手を大きく広げて高らかに讃える。過剰な自信はどこからくるのか。それとも、相当追い詰められて自己暗示してるだけなのか。
「それは、お前の方が知ってるはずだ。見たんだろ、あいつの旅を。あいつの闘い方を。」
ああ。僕は知っている。彼女の旅は、全て彼女から教えてもらった。カルデアに保存されている資料映像だって何度も見た。
「そして何より、お前は最高の指令官であるこの私の指揮を一度見たはずだ。」
そんなことを言いながら、イアソンの膝は小さく震えている。恐怖を飲み込み、自分に言い聞かせるイアソンは、強い目をしている。
「まさかとは思うが、やれないなんて言わないよな?
できないなら、お前は所詮凡俗だ。」
少し前なら烈火の如く怒り震えた蔑称すら、どうでもいい。
「はん、この僕が凡俗?
誰に向かって言っているんだ。」
うっすらと眦に浮かぶ涙を乱暴に拭う。
「やるさ、やってやるさ!!
できないなんていうわけがない、不可能だって可能にしてやる!
魔術師になれないと、唯一の肉親に見放されたって。僕は今、この戦場に立っている!
それが何よりの証拠だろう!」
「よく言った、慎二!
ならば星読みに変わり、この私が! お前の手足となり敵サーヴァントを蹴散らしてやろう!」
士気が高まるとはこういうことを言うのだろうか。僕も所詮、イアソンのカリスマに惹きつけられた夜光虫と同じなのだろうか。
「言うねぇ、“船長”さん。
見直したぜ。鬼嫁の尻に敷かれてるだけじゃねぇみたいだ。」
「あの、私は現界した際にこの方と離婚しまして。今の旦那様は宗一郎さまです」
「うるさいぞ外野! 余計な話はするんじゃない!」
ぺたりと葛木の腕に抱きつくメディア。離れた場所に仁王立ちするイアソン。 そして、そんな3人の少し後ろに立つ僕。
ーーー始まる。僕の初めての戦いが。
「…飛んだ修羅場じゃねぇの。
苦労してるんだな、
ニヤリと、キャスターは快活に笑った。
無邪気な子どものようでいて、悪意に満ちた翁のように。
「アルゴナウタイの英雄、イアソンよ!」
一白の静寂は、きっと秒数としては1秒にも満たないのだろう。だがそれは、無限にも感じたし永遠にも思えた。
イアソンは、はぁーーとため息を深々とついて、嘆く。
「なんで私の真名を知ってるんだ…いや、いい。
どこから漏れたのかなんて想像に容易い。」
「答え合わせをしてやろうか?
俺に勝てたら、だがな!」
「はぁ〜?」
イアソンはニヤリと意地悪く笑う。そして、キャスターをびしっと指さした。
「やいキャスター!
お前だけが一方的に有利だとは思うなよ。私だって、貴様の真名を知っているぞ!」
英雄的に、煌びやかに。しかし英雄たりうる迫力を持って、イアソンは叫ぶ。
「ランサークラスじゃなくて残念だったなぁ、さぞかし槍が恋しいだろう!」
怪訝に歪むキャスターの表情。そうだ、僕も知っている。この男の正体を。この男の逸話を。
真名をリツカが教えてくれたときから、研究していた。
「クランの猛犬、クーフーリンよ!」
「槍のことは言うんじゃねぇ!!」
槍、ではく。杖が勢いよく突き出された。
ひゅるひゅると回転させた杖の先端をイアソンに向ける。真っ直ぐな殺気が炎で囲われたフィールドに満ちる。
「さて、とっくの昔に準備運動も済んでいることだし。」
四対一(いや、慎二と葛木は戦力外なので二対一か)にもかかわらず、飄々とした表情でキャスターは告げる。
「さあ、始めるとしようや」
「っ!!」
はやい。瞬きの一瞬で距離を詰められた。目前に、棍棒のような杖が…
「っあ"ぁ!!」
真っ先に狙われた慎二を庇ったのはイアソンだった。腰に下げられた剣を引き抜いて、剣の腹で強烈な打撃を受け止める。
「お前キャスターだろうが! 魔術はどうした魔術は!」
「はん!ちまちまルーンを描くのは性に合わないんでね!」
「キャスター名乗るのやめろ!」
「俺もやめれるもんならランサー名乗りたいね!」
鍔迫り合いからの剣戟。それを全て杖で受け止めるキャスター。
「なかなかやるじゃねえか!」
「とある馬に扱かれたんでね!」
がきん!と剣と杖が交差する。
「誰が戦えないと言った?
オレは多芸なんだ、船がなくともまあまあ強い!!」
「そうこなくっちゃなぁ!!」
イアソンは強かった。軽い身のこなしで打撃を受け流し、避け、そして反撃する。
ヒットアンドアウェイスタイルの戦法は彼の先頭スタイルとして確立していた。
「
「させません!」
キャスターのルーン魔術により生まれた木がイアソンに襲いかかる。その前に、メディアが杖を振るって全て木っ端微塵にしてしまう。
「イアソン様! サポートはお任せください!」
「当然だろうが!」
口喧嘩ですらない。イアソンは魔術(の技量)に関してはメディアを全面的に信用している。
そうして、イアソンが時間を稼いでいるうちに僕はメディアに回収され、安全地帯に匿われた。
「強い…」
「はい。イアソン様はやる時はやる男ですから。
限界をどう考えても上回ったあたりからがイアソン様の真骨頂です。」
「(火事場の馬鹿力ってやつじゃないの、それ。)」
だが、今の状況はまさにメディアが言った状況に一致するだろう。
「是非とも槍で戦いたかったなぁ!」
「絶対嫌だね!!」
距離を詰めたクーフーリンの打撃を、イアソンが杖を握って受け止める。瞬間、クーフーリンはニヤリと獰猛に笑う。
「
豪っ!
突如として発生した炎にイアソンは飲み込まれる。
「イアソン!!」
死んだ。絶対に死んだ。チリチリと全てを焼き焦がすまで消えない炎はイアソンの息の根を止めるだろう。
「そんな…」
ここにきて、脱落するのか。聖杯から泥が溢れてしまう。
「誰が死ぬか、この間抜けめ!」
べしん!と後頭部が叩かれる。
「い、生きてた…」
「当然だ! 俺の命はこんなところで散らすほど安くはない!」
ひどい火傷を負いながらも、イアソンは立っていた。真っ直ぐ大地に。
「はい。生き汚さでイアソン様に勝る者はいません!」
「おい!!」
「へぇ〜、おもしれぇじゃねぇか!」
呑気なライダー二人組に怪しい視線を送り、ニヤリと笑う。悪役めいたその顔は、まさに邪悪そのものにみえる。
「もっと、もっとだ。殺し合おう! 血を流し、肉を抉る戦いをしよう!
さあ、死合いと洒落込もうじゃねぇか!」
「これだから、戦闘狂は嫌いなんだ!!」
第二ラウンドが始まる。
「応急手当!」
礼装を起動させ、回復の魔術をかける。イアソンの怪我は軽傷程度にまで回復したが、完治とはいかない。
「メディア」
「はい、
メディアがイアソンに短剣を突き刺すと、傷は完治し、やけどすら跡形もなく消え去った。イアソンが振り返る。
「慎二。貴様を今この時だけマスター代理として認定しよう。もっとしっかり私をサポートしろよ。」
「私は頭脳派なのだ」などと文句を垂れて、剣を構える。
それを、キャスターは怪訝な表情で見ていた。
「なあ、ライダー。なぜ
「あん?」
キャスターは首を鳴らし、「心底わからない」と表情で訴える。
「マスターでもない。魔術師でもない。なんでかわからんが礼装を使ってるが、それを差し引いても足でまといだろう。
なにより、同盟相手とはいえ
「……。」
わかっている。僕を守りながら戦っているせいで、イアソンは不利な戦闘を強いられている。
僕を見捨ててしまえば、霊基を損傷せずに済んだシーンが幾度もあった。
「守る理由がねぇじゃねえか。むしろ見捨てた方がメリットがデカい。
なのに、どうしてお前はそいつを守る。」
「どうして、か…」
にやりと、イアソンは笑う。そして、瞳のエメラルドをきらりと輝かせて、堂々と。声を張り上げる。
「そんなもの決まってる。気まぐれだ!」
胸を張って、イアソンは叫んだ。「大した理由なんてない!」と。
「確かに、“コイツ”が死のうが生きようがどちらでもいいのだろう。
特異点を解決するのに必要なのはあの星読みであって、そのマスター(仮)など、聖杯戦争の参加権を主張するための道具でしかない。」
「特異点っつーのがなんなのか知らんが、そー言うこったな。」
イアソンの回答に、裏切られたような気分になった。当然のことなのに。
「(別に、わかっていたさ。僕は最初からそのつもりだったさ。)」
背後から刺されないように、リツカに忠告したのは僕のはずなのに。僕が背後を取られるなんて……
「だからどうした、
意味が、わからなかった。話の脈絡が繋がってないように感じて、ぽかんと呆ける。
「聖杯戦争は潰し合いだ。馴れ合いなんてサムイぜ?」
「ふん。あの“星読み”には恩があるからな。
それに、オレはこいつをまあまあ気に入ってる。」
「は?」
どこが。いつ、そんな事があった。わからない。僕はライダーに出会ったのは昨日で、昨日といってもたった一瞬の会合だ。
彼は、ニヤリと子どもみたいに笑った。それは、まるで一枚の絵画のように。
「英雄を集めた私もまた英雄だと、讃えたじゃないか。」
なあ、慎二。イアソンは告げる。たったそれだけを誇れと。無邪気に、傲慢に、押し付けがましく。
「そうだ。オレの栄光の全てはあの冒険だ。仲間となった英雄たち。無理難題を押し付けられてもなお、王になると信じて疑わなかった輝かしい栄光の道。
そうさ。オレの人生の絶頂はあの瞬間だった。英雄たる仲間たちを集めたこのオレは、最高に輝いていた!」
たとえ、その先に待ち受けるのが破滅なのだとしても。
「それを、お前は肯定した。」
その賛辞は、イアソンという英雄を彼たらしめた。
「そんな、そんなことで…」
「そんなこと、か。」
ふ、と。小さく微笑む。
「(お前にとってみればそれだけのことでも、私は嬉しかったんだ。)」
感傷に浸るイアソン。今のオレ最高にかっこいいな、と気持ちよく自己陶酔に浸る。実際、無駄なことを喋らず物思いに耽る姿は“美”を体現している。
「そんな言葉程度に、命を賭けるつもりなのかよ!」
「はぁ!?賭けるわきゃねーだろ!!」
カッコいい空気は一気に霧散した。「お前を守る程度に散らすほど、オレの命は安くねえんだぞ!」とギャアギャア喚く姿に、神々しさすら感じさせた勇姿はない。
「そもそも、そもそもだ。なぜ命をかけねばならんのだ。」
キャスターから視線を逸らさず、片手が慎二の顔まで伸びた。そのまま、きゅ、と。長い指が鼻をつまむ。
「前提が違う。勝利条件を見誤るな。
いいか慎二、これは撤退戦だ。ある程度時間を稼げばいい。あとは逃げれば勝ちだ。
アインツベルンならあいつらがなんとかするさ。
我々が考えることはただ一つ。どうやって逃げるか、だ。」
なるほど、確かにそうだ。そもそも、キャスターの目的は「僕たちの足止め」
ある程度時間を稼いだあとは逃げればいい。それが英雄的かといえば、そうではないだろうが。
「かーっ青いねぇ」
見てるこっちが照れるぜ、と。楽しそうでいて笑ってない瞳が光る。夜行性の動物のように、瞬きもせずに慎二を見ていた。
「だが
ドルイドの杖が、優雅に振られる。信託でも下すように。
「
「逃げろ慎二!」
ざわっと森がざわめく。ゾワゾワと全身を駆け巡る防衛本能に喉の奥が「ヒュッ」と締まった。
コンクリートを突き破って、木の根が槍のように襲ってくる。緊急回避を、いや間に合わない!
あまりにも突然すぎて、どう動けばいいのかわからない。1秒が永遠にも感じる。
「(あ、死ぬ。)」
本能で悟った。これに貫かれたら僕は死ぬと。
「…へぇ。そっちのやつも、ただの人間ってわけじゃなさそうだ。」
痛みはなかった。寒さもなかった。ただ、どうしょうもない息苦しさがあった。
「私は教師だ。教え子を見殺しになどしない。」
腹に、太い腕が回っている。足が地面から離れている。
「葛木…!?」
慎二は葛木の脇に抱えられていた。それも腕一本で。
「(どう言うことだよ。
サーヴァントの反射速度に勝ったっていうのか? 葛木が?)」
嘘だ。だってこいつは、魔術師でもなんでもない。僕以上に凡俗な人間のはずだ。
だけど、実際僕はこいつに助けられて、生きてる。
「宗一郎様!」「無事か、宗一郎!」
サーヴァント二人が焦ったように叫ぶ中、いつもの無表情で葛木は「なんともない。」と告げる。
「イアソンだけに戦わせない。私も戦おう。」
僕を小脇に抱えたまま、宣言する。ぞわりと、蛇に巻きつかれるような恐怖を感じた。つま先から競り上がってくるような、得体の知れないものを。
「おいおい、強化魔術も使わずにただの身体能力で俺の魔術の速度を上回るとは…
お前さん、
それは、僕も聞きたかった。何をどうしたら生身でサーヴァントを上回るのか。
「私は葛木宗一郎。ただの教師で、今は彼女たち…ライダーのマスターだ。」
教師のはずのその男は、何かの武術の構えを取る。
まるでアサシンのように、気配を極限まで薄くさせる。まさか、葛木がアサシンのサーヴァント?
いや、ありえない。こいつが穂群原高校にきたのは何年前だと思ってる。そもそも聖杯戦争が始まってない。
「ははっ!
面白い! こっちを選んで正解だった!」
「そうか。じゃあ第二
ーーーメディア!」
「はい! 宗一郎さまはこちらへ!」
「了解した。」
それは、突如として現れた。まるでそこに最初からいたように。当然のように。
「(いや、違う! 目眩しの魔術をかけていたのか!!)」
隠していたのか。この瞬間のために。そんな指示をいつイアソンはメディアに出したのかーーー否、イアソンがこの瞬間を求めるだろうと考えてメディアが隠したのか。
黄金の船が空を飛ぶ。昨日と同じだ。アルゴー号が宙を漂う。
葛木が僕を抱えたまま、人外としか思えない跳躍力で船に飛び移る。イアソンはとっくに乗船していた。
「おい!! 降りてこいライダー!!」
「ヴァーーーカめ!! ライダーにして指揮官のこの私が!
正々堂々地上で肉弾戦なぞするわけがないだろう!
下品に中指を立てて、地上を見下す。
「私が強いのは、この船の上でこそだ!」
堂々と、高らかに。イキイキと声を張って宣言する。地上でキャスターが引き攣ったのが確かに見えた。
「砲撃ようーーい……撃て!!」
ドドドン!
イアソンの号令でものすごい数の大砲が射出される。
「(強い…!)」
鬱憤を晴らすが如く、ハイテンションのイアソンが次々に指令を飛ばしていく。とてつもなく底意地の悪い、嫌がらせじみた攻撃の指示を。あまりにも一方的な攻撃に地上からは「うぉおー!」「クソが!」と悲鳴が聞こえる。
「ここでこうだ!」
「うぉ!? テメェ!! 卑怯だぞ!」
「はん、当然だろ。私は指揮官だ。卑怯で結構、前線には出ない!!」
「お前、それでもサーヴァントか!!」
「ほざいてろ!」
優雅に玉座(みたいな椅子)に腰掛け、ワインなんか飲みながら。とてつもなく煽っている。慢心もここに極まれり。
「いいか、慎二。戦略なんてものは単純だ。
往々にして数と地の利があれば勝てる。」
くるくるワインを回すな。というかそもそも戦闘中に酒を飲むのってどうなのさ。
「だがそれは普通の戦争だ。
英雄がいる戦場じゃそれが通用しない。一騎当千、万夫不当の戦士なんて最悪だ。味方ならまだしも、敵として現れたら特にだ。」
私みたいな司令官からしたら目の上のたんこぶでしかない!と大袈裟に嘆いて、天を仰ぐ。
「質問だ、慎二。英雄と戦うにはどうすればいいと思う?」
「……弱みを握って脅すとか。人質を取るとか。」
「それすら抑制力にならない時は?」
どうすれば、いいのだ。無言で答えを求めた慎二に、イアソンは笑った。美貌を限りなく歪めて、卑しい笑顔を。メディアも、イアソンの隣でニコニコ笑っている。
「………その時は、どうするのさ」
「ボコれるうちにボコっとく。これが鉄則だ。」
迷いなんてなかった。即答だった。
「さぁ、畳み掛けろ!!」「そぉーれ!」
メディアとイアソンの、(元)夫婦の息のあった攻撃が打ち込まれる。人の心がないとしか思えない。何があろうがお構いなしのその攻撃はいっそ蹂躙と言えるだろう。
「どうせ滅多に死にやしないんだ、殺すつもりで攻撃しろ」などと言う姿は味方ながら畏怖を覚える。
「(悪魔かこいつら。)」
そもそも、英霊としてそもそもの霊基が反則的だ。そこに加わる肉弾戦担当の葛木。完璧な布陣と言えよう。
「フハハハハっ! どうだ、我が新生アルゴノーツは!
強いだろう! 最強だろう!
さらにヘラクレスが加わることで無敵だ!!」
住宅街ですべきではない派手な戦闘に巻き込まれる家、家、家。人払いの魔術をかけているから死者が出ることはないだろうが、被害が甚大すぎるのではなかろうか。
そう、ふと顔を上げてーーー青ざめる。巻き込まれる家屋は奇跡的に僅か一軒。広大な敷地面積をもつその豪邸は、よく見慣れた生家。
間桐の屋敷はイアソンの容赦のない弾幕により三分の一が瓦礫へと姿を変えていた。
「ちょ、おいおいおい待て待て待て!!
屋敷が! 間桐の屋敷がボロボロになってんだけど!!」
どうすんだよ、あそこにはおじいさまのコレクションがたくさんいるのに!!
希少な魔導書だって山のようにいるんだぞ!!
「構うものか。これは戦争だぞ。砲撃の射程圏内にある方が悪い」
ぱりーーん
「あああ、結界が…!! 間桐の結界が割れた!!」
「フハハハハっ! サーヴァントの攻撃に持ちこたえたことを褒めるべきだろう。
だが…そうか、間桐か。」
ちゅどーん
「ぎゃーーー!なにやってんだ!」
「いやな、貴様の因縁深い家なのだろう?
ほら、さっき否定され続けたとか言ってたしな。
戦争のついでだ。」
「ついで!?」
「なんだ、嬉しいか? はははははっ、よし!
もう少し打ち込んでやろう!」
「うわーー!!」
「はっはっは、嫌な思い出は壊しとくに限るぞ慎二。」
「まあ、さすがですイアソンさま! 実感がこもってますね!
ワカメさんも嬉しそうです!」
「一言余計だぞメディアよ。だが、嬉しいか!
そうかそうか。いやぁ、いいことをしたな。
ふはははは!」
ノリが軽すぎる。どうなってるんだギリシャは。情緒どうなってるんだまじで。
「積極的に敵の拠点攻撃してるのさ!
桜のサーヴァントまで出てきたらどうするんだ!!」
「はぁ!? それを最初に言えよ!!
敵戦力増強なんて冗談じゃないぞ!!」
「お前が勝手にやったんだろうが!!」
もはや間桐の屋敷は家の形を成してない。
1/3が瓦礫と化し、1/3が燃えていて、最後の1/3だけがなんとか家の形を保っている状態に涙も出ない。
「は、ははは、楽しそうに喧嘩してんなぁオイ!!」
ぴたりと、二人は固まる。言い争う声も中途半端に途切れ、忘れかけていた緊張感が場を支配する。
「オレも混ぜてくれよ、なぁ!」
聞こえるはずのない声が、真後ろから聞こえた。
「うわ、まぁ〜じで生きてんのかよ。
いや、殺すつもりはなかったんだが」
「タフなのが取り柄なもんでね」
そこにいたのは案の定、キャスターだ。ボロボロになって、全身から血を流しているくせに。彼は狂気的に笑っていた。
「よくも高いところからバカスカ攻撃してくれたなぁ!
ここからは一騎討ちと洒落込もうぜ!」
「キャスターのくせに、肉弾戦してんじゃねぇよ!!」
イアソンが後ろに飛びのき、後退する。代わりに、キャスターの前には黒い影が蛇のように揺らめくように現れ…
「!!」
次の瞬間、キャスターは弾き飛ばされた。受け身をとって甲板に立ったキャスターが目を見開く。
「そう言うことか…!」
最前線に立つのは葛木宗一郎。何かの武術の型らしきものを構え、いつもの無表情で立っている。その背後に寄り添うように、メディアは杖を構えていて、イアソンは船の舵取り。
「肉弾戦は私が請け負おう。」
「サポートはお任せくださいね、宗一郎様!」
まさに四面楚歌。魔力欠乏の問題を解決した今、今回の聖杯戦争で最強であろう陣営。
「あーー、くそ。これはオレ一人じゃちとキツイな…
ーーーーだから『精々蛇には気をつけろ』か。あの金ピカ、わかってやがったな。」
「(金ピカ。蛇。手柄を掠め取られるーーー。)」
そして、立香のランサーがエルキドゥと聞いて、『相性がいい』と笑った。
リツカと共にいた時、エルキドゥは『僕が行かなぎゃダメ』と言った。それはきっと
そして、エルキドゥという英霊がそこまで断言する脅威たりうる英霊なんて一人しか思い浮かばない。
「ギルガメッシュがいるのか。」
ぽつりと、僕がこぼした言葉にキャスターは軽く目を見開いた。
「どうしてそれを…」
「まあ、簡単な推理さ。解説はしないけどね。」
本当に、簡単すぎる推理だった。知っていれば、誰にでも解ける謎だ。
「ほう、まあそうだろうな。手の内を見せびらかす奴は三流か、慢心しきった間抜けぐらいだ。」
「まあ、イアソン様のようですね!」
「おいおいメディア。それは一体どういう意味かな?」
「うふふ」
どことなく険悪だが、穏やかさも感じる独特な不穏が、ライダーらしいというのだろうか。
慣れ切った空気感だ。疑問は薄い。
「だが、意外だな。
ギルガメッシュがアサシンとは…」
「はあ?
あのヤローが
なんでそうなったよ。」
「え?」
だって、そうだろう。現在確認されているサーヴァントはセイバー、アーチャー、バーサーカー、キャスター、ライダーの五騎。残るクラスはランサーとアサシン。しかし先程、キャスターは「ランサーに横槍を入れられる」と言った。だから、ギルガメッシュがランサーである事は除外される。ならば、残るクラスはアサシンのみ。
「違うのか?」
「たりめーだろ。そもそもハサン・ザッバーハ意外のアサシンは冬木の聖杯じゃ召喚できねぇ」
「じゃあ、
キャスターは…クーフーリンは見るからに不機嫌になる。言葉に出すのも汚らわしいとでも言うような汚い舌打ち。
たくさんの感情を煮詰めて仕上がった怒りを赤い瞳にのせて、低い声が夜に響く。
「イレギュラーさ。」
時刻は、六時を少し過ぎた頃。欠け落ちた月が空に登る。
聖杯戦争五日目の夜は、まだ始まったばかりだ。
「答えてくださいキャスター。あなたは何を知っているんです?」
「無理だな。
「令呪による誓約ですか?それとも忠義ですか?」
「さあ、どっちだと思う?」
やけに冷たい紫水晶が「どちらでもいいですよ」と告げる。
「やめろ。今する話じゃない」
「ーーーええ、はい。そうですね!」
何を理解したのか、何を伝えたかったのか。僕にはさっぱりわからないけど、ライダー陣営にのみ通じる何かがあるのだろう。
「まあいい。何はともあれ私の勝ちだ、キャスター。大人しく軍門に降ってもらうぞ」
「とどめをささないって?」
「させるものなら刺したいさ。」
「?
刺せばいいじゃねぇか。」
「何度言わせるつもりだ。この聖杯戦争でサーヴァントを脱落させるなんてことは不可能だ。
世界を滅亡させたいのか。」
「……どう言うことだ?」
「むしろなんでキャスターのお前が知らないんだ。」
なんのことだよ、とキャスターは首を傾げた。「本当に知らないのか。」と尋ねれば、「わからない」と素直に告げた。
「今回の聖杯戦争がイレギュラーだってことは知ってるぜ。だが、サーヴァントが脱落してはいけないとはどういうことだ。」
「それはーーー」
説明、するか?今ここで。どんな横槍が入ってるくのかわからないこの状況で。
「実際に見せて差し上げた方がいいのでは?」
「そうだな…」
メディアの提案に頷いたイアソンが「ちょうどいい機会だ」と溢す。
「慎二、オレたちはここで一度戦線を離脱する。この男に『アレ』を見せる必要があるからな。
お前はどうする。」
“あれ”とは、例の大聖杯だろう。汚染されて呪いの毒杯となっているそれを一眼見ただけで、アインツベルン家のイリヤスフィールが心変わりするぐらいだ。相当強烈な代物なのだということは想像に容易い。
「当然、バーサーカー陣営のところへ行くさ。」
「ーーーそうか。なら最後に助言をしてやる。」
「助言?」
いらない、という本音が顔に出てたのだろう。「まあ聞け」と、イアソンは意外とゴツゴツした手で肩を叩いた。
「ーーー慎二、お前には奥の手がある。」
「奥の手」
「そうだ。」
そっと、右手の甲を叩かれる。そこにあるのがなんなのか、わからないほど馬鹿じゃない。
「だけど、これはーーー!」
「知ってるさ、それが偽物だとな。だが魔力リソースなのは変わらない。
慎二、覚えておけ。偽物も本物も、価値なんて結局はおなじだ。使えるか、使えないか。この二つに限る。」
まじめ腐った顔で、イアソンが言葉を並べていく。
「偽物だろうが使えば勝ちだ。うまく使えば、偽物だって本物以上に使える。」
要は使い方次第だ、と。イアソンは真面目な顔で告げた。
「使い所を見誤るな。うまく使え、慎二。」
「ーーーわかったよ。」
「よし。」
ならば、とイアソンは葛木に目配せをした。葛木もわかったというようにうなずく。
「宗一郎。バーサーカーのマスターの拠点まででいい。慎二の護衛を頼む。」
「構わないが…だが、その男が目覚めた時はどうする。
お前たち二人ならば大丈夫だとは思うが、万が一ないわけではない。」
「その時は、メディアがなんとかするだろう。
記憶とか契約とか、そういうのめちゃくちゃにするの得意だし。
なんとかなるだろ、うん。いや、なんとかさせろ」
「…ふふふ。」
あまりにも不穏なのだが、本当に大丈夫か?
「…そうか。ならばその役目、引き受けよう。」
「いえ、それには及びません。」
だが葛木には何かが伝わったようで、納得して首を縦にふる。だが、それにまったがかかった。
ざり。小石を踏みつける音が、やたらと響く。
「そのお役目、私に預けてはくれないでしょうか。」
現れた男は、静かにそう告げた。