Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
「さて。儂も久々に戦うかのう」
カ、カ、カ
調子のはずれた猿人形みたいな、引き笑いが耳につく。ああ、なんたることか。記憶の中に残る青年の面影を残さない醜い老人。
しかし、その正体が誰であるのか立香は既に知っていた。
「マキリ・ゾォルケン…!」
「儂を知っているか。」
夜のしじまに老人の下駄の音が嫌に響く。
随分と小さな人影だ。陰鬱な影を背負っていたが、凛々しく立っていた男とは似ても似つかない。それに、彼はもっと背が高かった。
まだ生きているとは聞いていた。500年で一体何が起きたのか。
「はん、あの出来損ないがサーヴァントを召喚したと聞いて見にきたら、なんてことない。
いくら偽装しようが儂にはわかる。」
ぎょろりと、洞穴みたいな眼が立香を捉える。暗闇の中でギラギラと光る黄色の虹彩。
「貴様は、人間だな。」
愉快そうに声色を弾ませてるのに、その顔は1ミリだって笑ってない。隠す気もない憎しみが染み出して凶悪そのもの。
「よくお分かりで」
「誰がサーヴァントの召喚システムを作ったと思っているのじゃ。
わかるに決まっておるだろう」
さあ、と。彼が告げるや否や翅刃虫ーーー否。翅刃群虫が背後に出現する。
厄介なライダー系エネミーの出現に立香は唇を噛む。
「小聖杯を置いていけ。さすらば、貴様は見逃そう。」
「イリヤをどうするつもり?」
「貴様に、教える必要があるか?」
「嫌だと言ったら?」
マキリ・ゾォルケンーーー否、間桐臓硯は落ち窪んだ瞳の奥を怪しく光らせて、言う。
「ならば死ね」
大量の虫が目前にいた。速い!くそっ、いつの間に!気がつかなかった。
「(だめだ、今から礼装を使っても間に合わない…!)」
どうすればーーー
【グシャッ!】
生き物が潰れる音が、生々しく空間に響く。大量の虫は全て『素手』で握りつぶされ、汚い色の液体を巻き散らかして床に落ちていた。
牡丹の刺青。背中に背負うは『義』の一文字。風に揺蕩う長い黒髪。
「少し目を離したらすぐコレだ。貧乏神にでも取り憑かれてんのかねぇ?」
なあ、と語り変えて、振り返る。
「助太刀必要かい、マスター?」
「燕青!」
せぇかい、と甘く囁く男は、立香の前にだって型を構える。その武術の名は燕青拳。
「さてぇ、お前の相手はこの俺だ。」
燕青は、挑発するように
激しい攻防だった。状況は切迫していた。
かたや幻霊と融合したサーヴァント。架空の英霊。
対抗するはサーヴァントに渡り合える魔術師。妄執により500年を生きる大魔術師。
とはいえ…やはり、マキリ・ゾォルケンは強い。あの魔霧の都市の時も思ったことだが。
「カカカ、そこにいる三流魔術師には勿体ないサーヴァントじゃな。」
「そりゃどうもっ!!」
燕青の重たい踵落としが老体の頭蓋目掛けて落とされる。だが彼を守るように大量の蟲が集まり盾となる。
潰しても潰しても、間桐臓硯の使役する蟲は尽きない。どんどんと強くなっていく。
いや、違う…? どんどん燕青が弱くなっているような気が……!?
ハッと気づいて、反射で老人を見る。間桐臓硯はニヤリと、口裂け女みたいに笑った。
「今更気づいたか、小娘」
「燕青!」
「おう!」
燕青を己の近くに呼び戻し確認する。やっぱりだ、燕青と私のパスが弱くなっている。
『先輩!!』
『先輩のバイタルが低下します!
どうしてっ!?
先輩とカルデアの魔力を繋ぐパスが弱くなっている…!!』
マシュの悲鳴じみた報告を「やはり」と言う心持ちで聞いていた。
「燕青、魔力は…」
「ああ、ちょっと足りねぇかな」
ちょみーと、と人差し指と親指が触れるぐらい近づけてジェスチャーをする。
「宝具は打てねぇけど、だからどうした。
あんな老ぼれジジイ、宝具を使わなくても余裕で勝てるネェ」
ニヤリと、おどけるような口調で笑う。ああ、本当に。無邪気な子どもみたいに笑う。その理由がわからないなんて言うほど鈍くないよ、私。
「大丈夫だ、心配するな主」
「ーーーーうん。」
だから、私はあなたの優しさに甘える。目の前の敵を睨みつけ、真っ直ぐ立つ。
「カカカカカ!
時間をかければかけるほど、貴様と小娘の繋がりは薄まるぞ!
儂を倒すなどとほざく前に魔力欠乏に陥る!」
燕青は無言で型を組む。私もうしろで、邪魔にならないように立った。
「ーーー儂の元に下れ、アサシン。そこの魔術師とは違って魔力に不自由はさせないぞ?」
「はっ!」
馬鹿にしたように燕青が笑う。わかってないな、というように。
「こうみえても忠義者なんでね。主の鞍替えは論外なんだ。
そんでよぉ爺さん…」
燕青はビリビリと皮膚が痺れるほどの殺気を放ち、低い声で唸る。
「我が主にこれ以上の侮辱をしてみろ、死ぬより残酷に殺してやる。」
「霊基を保つのも精一杯な分際で吠えよるわ!!」
弱った今が好機と思ったのか。燕青を掌よりもひとまわり以上大きい翅刃虫が襲う。
燕青はいつものように握りつぶすのでも、殴り消し飛ばすのでもなく左手でそれを捕まえた。
「魔力不足がなんだってんだ。そんなものーーー」
そして、右手で翅刃虫の頭を掴み、ぶちりと。頭を引きちぎる。
「こうすればいいだろ」
燕青はニヤリと笑った。右手で持っていたものを自分の口元に運び、そして……
「うえ、マッズ!!」
“それ”を食べる。魔術師の魔力をよく吸い上げ、魔力に満ちたそれーーーー間桐臓硯の使役する蟲を。
まずいと言いながら貪るように。頭も胴体も翅も数秒で全て食い切って、「うぇっ」と手で口を覆って嘔吐く。
「まあ、でもこれで魔力の問題はどうにかなっただろ、マスター?」
べろりと下品に手のひらに残る虫の体液まで舐め尽くす。月明かりがスポットライトみたいに彼を照らしている。
「はっ! パスが切れたら喰えばいい!
魂喰いに抵抗があるほど高潔じゃないんでね!」
燕青は間桐臓硯の使役する翅刃虫をひたすらに捕まえては貪り食う。
『燕青さんの魔力残存量はギリギリですが規定値をクリアしてます。
コストカット状態にはなりますが、このままカルデアから供給をーーー』
「いや、魔力は俺以外の奴を優先して回してくれ。
なぁに、俺はマスターのそばで戦ってんだ。他の奴らよりもパスは安定してるし、こうして魔力供給のアテもある。
他の奴らの戦闘に支障が出る方が問題だ。」
『しかしそれではーーーっ」
「わかった。ありがとう燕青」
『先輩!!』
マシュが叫ぶのは突然だろう。私の身が危険に晒される。だけど、それでも構わない。これぐらいのピンチは何回か潜り抜けた。
「マシュ、私は大丈夫。だって燕青が私を危険な目に合わせるわけが無い。」
ふぅーっと不安を吐き出すように、一気に呼吸を吐いた。
「勝ち筋はあるんだよね?」
「当然!」
「なら、安心だ!
ーー」」マシュ!」
『ーーーっ了解です、マスターっ!』
『ははっ、藤丸らしい!』
『全力でサポートするわよ!』
やけっぱちに叫んだ彼女と、カルデアにいるみんなのポジティブな応援。
『全工程オールグリーン。魔力供給パス定常値を維持。』
『ーーープロテクト完了。これ以上皆さんのパスが低下することはありません!』
「そりゃ頼もしい!」
『サポートはお任せください!』と叫ぶマシュに、「さすがっ!」と賞賛の声を上げた。
再び間桐臓硯に向き直る。老翁は凍てついた表情で私たちを眺めていた。
「甘いのう、そんなもので勝てると思っているのか。」
「勝てるとか勝てないとかじゃなくて、勝ちます。」
宣言すれば、幾分か強気になれる。弱気になるより百倍マシだ。
『先輩、パスが弱まっているので魔力充填に時間がかかります。
燕青さんの要望通り、他のサーヴァントの皆さんに優先して魔力を回しているため供給量は通常の3/5までカットされます。
マスター礼装のチャージは通常の三倍ほど時間がかかると思っていてください。』
「チャンスは一回ってことだね。」
「一回ありゃ十分だ!」
短期決戦だ、状況はしっかり見極める必要がある。
燕青が弾丸のように飛び出す。短期決戦だ、状況はしっかり見極める必要がある。
「カカカッ!
三流魔術師のサーヴァントは哀れよの。戦うだけで一苦労とは!」
「黙れ。」
蟲の壁をくぐり抜けながら、燕青は走る。燕青は強い。だがそれは接近戦。彼の戦闘スタイルからわかるように遠距離戦は不向きだ。反対に、間桐臓硯をはじめとする魔術師は中・遠距離特化。
まずは、距離を詰めなくてはならない。魔力の供給だって不十分だ。現に燕青は『虫を食べながら』戦っている。丸呑みにしているのを逆手に取られて
時間がない。でも、
私ができることはただ一つ。いつでもすぐに魔術を放てるように待機すること。そして、戦況を見誤らないように必死で目と脳を働かせること。
近接戦が長引くにつれて、最初は余裕そうに笑っていた間桐臓硯もだんだんと焦れてきたらしい。始めた当初はたっぷりと顔面に塗りたくっていた余裕の色が、だんだんと薄れ始める。
「おのれ、ちょこまかとっ!」
「ーーー燕青!!」
今だ。考える前に魔術を放った。バフスキルは燕青目掛けて一気に飛んでいく。
一瞬。ほんの一瞬だ。一瞬だけ完全に統制されていた蟲の動きが遅れた。その隙を突くのは『達人』でもなければ不可能だろう。常人の反応速度では切り込むことなんてできない。でも、今戦っているのは燕青。カルデアでも有数の、武闘派サーヴァント。
「(ーーー切り込めないわけがない)」
ニヤリと悪い顔で笑った燕青は、次の瞬間世界から消えた。いや、消えたんじゃない。早すぎて目で追えなくなった。
「ぐぅ!?」
岩がぶつかったような音と、衝撃波から来る爆風。目にも止まらぬ連撃。音だけが取り残される光景はまさに“武の頂点”
「千山万水語るに及ばず!!」
腹に強烈な掌底を浴びて吹き飛んだ小さな影に脚力だけで追いついて、トドメとばかりに頭部を踏みつけた。
「ぐっ…!!」
「はぁ、はぁ……」
重症とまではいかないが軽症とも言えない怪我。切り裂かれて滴る頬の血を雑に拭って燕青が冷徹に『それ』を見下す。
「じゃあな、あの世で詫びろ」
高く上げられた脚。なにをしようとしてるのかぐらいすぐにわかる。
「待って燕青! 殺しちゃダメだ!」
振り下ろされた足は、翁の頭蓋を砕く寸前でぴたりと止まる。
「あんでだよ。」
「マスター殺したらサーヴァントも脱落する。」
捉えようによってはひどく残酷な言葉を、少女の唇は告げた。「ああ、なるほどね」と言いながらも、まだ納得していないアサシンに手のひらの令呪を見せる。三画全て残っているそれはマスターの証拠。
「じゃあどうすんだよ。拠点に連れ帰るなんてふざけたことは言うなよ、マスター」
「とりあえず、拘束するとか……」
まだ余裕を見せていた老人が、ぴくりと体を震わせた。
「ーーーアサシンがやられたか。」
ロビンが勝った。よかった、と胸を撫で下ろす。
燕青の足の下で、翁がからからと笑う。
「取引をしよう、小娘。儂とアサシンを見逃せ。
代わりに、お主のサーヴァントとのパスを正常に戻そう。」
「なんでテメェが偉そうに仕切ってるんだ。殺すぞ?」
「燕青。」
一言名を呼んで、静止を促す。私はしゃがみこんで間桐臓硯と目を合わせた。
「先にパスを元に戻して。」
「カカカ、そうだろうの」
不気味にケタケタ笑い、「それどうだ」と言葉を吐き捨てた。魔術がかけられたのは分かったが、自分では変化がわからない。
『先輩、魔力供給のパスの異常改善を確認しました。
全身スキャンしても異常らしき異常は見当たりません!』
私は特になにも感じなかったが、マシュの報告から無事済んだのだろう。燕青に視線を送り、こくりと頷く。
無言で脚を退けて、ため息をついた。美貌に不機嫌な表情を貼り付けて。心底嫌だが、という副音声が聞こえてきそうだ。
念話の礼装でロビンにも呪腕先生を解放するように願い、「『はぁー、わかりましたよ』」と渋々な返事が返ってきた。
「そら、行けよ。俺の気が変わらないうちにな」
「言われなくても」
間桐臓硯の姿はあっという間に消えた。現れた時と同じように。
「よ、お疲れさん。なんかズタボロだけど大丈夫っすか?」
「あんたもねぇ」
ロビンが軽く手を振って歩いてくる。少しフラフラとした足取りだが、意識はしっかりしているようだ。
「燕青、ロビン、これ。回復魔術のスクロール」
「いや、取っとけ。どうせあとは帰還するだけだ。」
「そーそー、物資は大事にするべきだぜ」
「でも……」
さっきまで軽口叩き合っていたくせに、頑固な二人は瞬時に結託した。一人は従者気質から、もう一人は節約根性からスクロールの利用をひたすらに固辞する。
「使って」「使わない」の押し問答の末に私が負けた。
「『こっちは終わったよ。ちょっと消耗しすぎちゃったから先に帰るね。』」
同時に、エルキドゥから念話が入る。「『了解』」と一言告げたらそのまま念話は切れた。
「ーーーエルキドゥの旦那も終わったか。」
そういった瞬間、燕青とロビンフッドの両名がぐしゃりと地面に崩れた。
電池が切れた人形みたいに。糸が切れたマリオネットのように。
「燕青! ロビン!!」
「すまねぇマスター、ちょっと毒を食らっててなあ」
「大丈夫だよぉ、ただの魔力切れだ。」
「だからスクロール使ってって言ってるのに!!」
「「それはもったいないからダメだ」」
変なところで息がぴったりの二人が顔を見合わせて、笑う。
戦闘で張り詰めていた空気が緩んでいくのを感じた。
「リツカ!!」
名を呼ばれる。パッと振り返れば濃紺の髪の少年が走っているのが見える。
遠目で見れば見るほど,かつてロンドンで出会ったマキリ・ゾォルゲンに似ていると、そんな感想を抱く。
「慎二!!」
膝に手をついて肩で息をする彼が、「なんで
「イアソンたちは?」
「あいつは捕まえたキャスターに大聖杯見せるために柳洞寺に帰ったよ
サーヴァントを脱落させられない理由を教えるためだとさ」
そっか、と立香は呟く。慎二が「そっちはどうなのさ」というから「拠点に帰って話すよ」と答える。一から話すと少し長引く。
「じゃあ、帰るとしますか」
「うへぇ、もうちょい休んじゃダメかい?」
「いえ、お二方は霊体化して先に帰還してください。」
ランスロットの言葉に、
「あとは帰宅するだけです。マスターと慎二は私に任せて、お二人は拠点に帰還してください。」
「だがしかし…」
「問題はありません。護衛は騎士の仕事ゆえに」
決意は固い。こうなったランスロットは自分の意見を変えることはないだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えることにするかね」
「ーーーはぁ〜、しゃあねえなぁ」
それをよく分かっているから、ロビンはお手上げですよ、と皮肉るように両手を上げる。燕青もため息を吐きながら霊体化した。二人はその場から消えた。残されたのは未だ眠るイリヤスフィールと、リツカ、慎二、ランスロットの四名。
現在、21時。月はすっかり上りきっていた。今日は、いろんなことが起こりすぎた。たった 時間で三騎のサーヴァントが霊基に傷を負い戦線を離脱した。
「…ん、」
「おはようイリヤ」
うっすらと瞼を開いて、イリヤが小さく「リツカ」と言葉をこぼす。
「私、襲撃されて…
あいつは……、そうよ、あいつはどうなったの?
あの金ピカのサーヴァント。あいつがバーサーカーをっ!」
「大丈夫。金ピカのサーヴァント……ギルガメッシュ王はエルキドゥがなんとかしたから。」
「そう…」
一瞬怒りを露わにした彼女は、次の一言で落ち着きを取り戻す。今にも眠りにつきそうな彼女に立香は微笑んだ。
「あとは拠点に帰るだけだから、寝ちゃいなよ。」
「うん、そうね…」
じゃあ,よろしくと最後に告げて。すう、とイリヤは眠った。
「とにかく、イリヤスフィールを運ぶぞ。」
「そうだね。じゃあ慎二がイリヤを運んであげてよ。
ランスロットは護衛だから手が塞がるのは良くないし。私より力があるでしょ?」
「仕方ないな」
やれやれと肩をすくめ、慎二がイリヤを横抱きにする。私たちが来たことで霊体化を解いたバーサーカーにも、もう一度霊体化してくれて構わないと告げて。
聖杯戦争四日目は、こうして終わるとーーー思われた。