Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:倉之助
私がレイシフト事故により墜落したのは、間桐家の別邸だったらしい。客人を招くためだけに存在されていたその家は、数年前に新たな別邸を作ったという理由で(大きく立派なのにもかかわらず)基本的に使われてないと言っていた。
ここなら何をしても彼のいう『お爺様』は文句を言わないため、慎二は勝手に使っているらしい。魔術師の陣地なのにサーヴァントの存在がばれないなんてそんなことあるかな、なんて不安を覚えたのは私だけじゃなかったようで。
慎二もサーヴァント反応はバレると困るから霊体化していた方が安全だ、と言った。
私は霊体化などできないため、バレンタインのお返しシリーズ・ハサン先生の万能布ハッサンを身にまとった。
ロビンの宝具を使う手もあるが、魔力の消費は控えたい。それに、ハッサンはとんでもなく優秀なのだ!
身にまとうだけで気配遮断できるし、スマホは磨けて冬は毛布、夏はタオルケットのように使える。カルデア内で試して見たが、気配遮断はアサシン以外のサーヴァントになら通用するすごい布なのだ。(マーリンは幻術を使って存在をごまかすらしい)
彼が本家である間桐邸に帰るのは、ご飯を食べるためと寝るためだけで、本家では自室以外に入ることのできる部屋は食堂ぐらいしかない。
彼は息苦しい本邸には帰らず、別邸で過ごすことが多いと言っていた。人を連れ込んでも、別邸ならば何も言われない。
魔術師は一子相伝だというから、後継じゃない人間は苦労すると聞いていたが…これほどまで差別されるものだとは知らなかった。
故に、拠点が見つかるまではここで過ごすのだと思っていたのだが違った。とりあえず、慎二の行動力はすごい。
「今から拠点を探しに行くぞ!」
制服など着ていない。完全に私服。平日にもかかわらずその格好ということは、学校をサボるという明確な意思を感じる。そしてその言動から察するに、家探しをするということだろうか。
「…まじか。」
文系だと思っていたのだが、彼は意外と体育会系らしい。
***
「まさか、家を探しに出かけて五時間後には引越しとは…」
本当に、行動力がおかしい。間桐の所有だからと言ったって、まさか手続きとか総スルーで部屋を借りられるなんて思わなかった。未成年者が部屋を借りるには身元引き受け人とかその他諸々確認すべきことがたくさんあるはずなのに、なんでマーリンが「ここがいいんじゃないかな」と言った次の瞬間に「ここに住む」って即決するんだ。そして、なんで「わかりました。」で済むんだ。なんでそのまま入れるんだ。しかもこの部屋、家具備え付けな上に二階建ての一軒家なんだよ?しかもかなり大きい屋敷だ。
…考えるのはやめよう。もうラッキーでいいじゃない!
冷蔵庫も、レンジ(しかもこれオーブンレンジ!)も、オーブントースターもコンロも何から何まで備え付けられている。
現在慎二は自分の部屋から私物を運び出している。ランスロットの宝具である
ランスロットは騎士なので、燕青や清姫やエルキドゥやロビン達などのように私の知らないうちに慎二をサクッと殺したりなどしないはず。…該当者多すぎない??
ガチャリ、と扉が開く音とともに、ずしん、と重たい音が響いた。明らかに近所迷惑だが、心配はいらない。すでにマーリンの魔術工房と化したこの屋敷は『何が起きても気にならない』ようになっているらしいので。
「おかえり、マスター。」
私が玄関まで出迎えると、慎二はなんとも言えない微妙な表情で「…ただいま。」と呟いた。慣れていないのだろう、小さすぎてほぼ聞こえなかったけど。
マスターの私物をマスターの部屋(洋室八畳)に運び終えると、時計の針は午後二時を指していた。
買い物をしていないので今日の遅めのお昼はコンビニ弁当だ。
まずい、と毒づきながらも慎二は素直に食べている。食べ物にはこだわらないタイプなのだろう。
「日給バイト探さないとね。タウンワー○とかあるのかな?」
できれば手渡し日給がいいよね、と笑うと慎二は訳がわからないと言うような顔をした。
「なんでアルバイトなんかする必要があるんだ?」
きっぱりとそういう慎二に、私はぱっかりと口を開けた。呆然、とはまさにこのこと。
「え、マスター、この家に住むんだよね?」
「そうさ、ここを拠点にすると言っただろ?」
「…え、ならどうやって暮らすつもりなの?生活費は?」
「そんなの、銀行に行けばたくさんあるだろ。アルバイトなんか庶民のすることだ。」
「何言ってるの!?」
思わず私が叫ぶと、慎二は意味がわからないというように首を傾げた。すると、閃いたというように「ああ。」と声をあげた。
「家賃のことか?ここは間桐の所持する家の一つだからいらないよ。」
「光熱費!水道代!電気代!食費!そういうのどうするのさ!
お金は働かないと稼げないんだよ!」
「はぁ?銀行行けば毎月勝手に振り込まれてるじゃないか。」
何を言っているんだ、このマスター。「はぁ?」じゃないよ、こっちが「はぁ?」だよ。あまりに感覚が違いすぎて頭が痛い。
おそらく、慎二は生まれも育ちもお金持ちのぼんぼんだ。おそらく、間桐家には不労所得というものがあったのだろう。お金を稼ぐという意味がわからないタイプなのかもしれない。魔術師は皆お金持ちらしいし。いや、違うっけ、お金があるから魔術師をやるんだっけ?
まあ、どっちでもいい。とにかく、彼はお金はどこかから湯水のごとく湧いてくるものだと考えているのだろうか。または、銀行に行けば無料でもらえるとでも?
「あのね、マスター。お金は勝手に生まれてくるものじゃないんだよ?」
「いや、そんなこと知ってるけど?」
不思議そうな顔で私を見る慎二。知っているという割には働く気ゼロとは何事だ。だめだ、この人早くなんとかしないと。社会に出られない。
思わず真顔になる。今、この思考を矯正しないとこの人には将来がない。延々と親の脛をかじるか、犯罪行為に手を染めてしまうかの二択だ。私は慎二の肩を掴んだ。
「な、なんだよ。」
「マスター、お金は稼ぐものだよ。
あなたも将来大人になったら働いてお金を稼がないといけないんだ。」
「でもそれ、間桐の当主になれば関係ないだろ。」
「しゃらっぷ!間桐のお家がお金持ちなのはお爺さんが頑張って働いているからだよ!
いつまでもご老人働かせちゃだめでしょ!」
「うっ…だからと言ってなんで僕がアルバイトなんて庶民の真似事を…」
心底嫌そうな慎二の顔を見たロビンは「まじかよ。」って顔をしてた。ロビンだけじゃない。燕青も、剣スロットも同じ顔をしてた。どことなく哀れみも感じる。
マーリンとエルキドゥはよくわからないというようなクエスチョンマークが浮かんでそうな笑みを浮かべていたが、清姫は汚物を見る目だった。
「庶民で結構。間桐の家を出てここで暮らすと決めた時点で、マスターは庶民だ!」
ぴしゃーん!と雷に打たれたような顔をするマスター。「そうだな」と譫言のように呟いて、すん、と私を見る。目からハイライトが消えていた。
「でも、マスターは学校があるからね。学生は学業優先だからしなくていいよ。」
そういうと、明らかに安堵の表情を浮かべる慎二。そんなにバイトが嫌か。
「でもマスター、バイトしない代わりに家事は手伝ってもらいますからね!」
びし!と人差し指を床に向けて、宣言する。なんだかお母さんになった気分だ。
突然、私の通信機がププー、と機械音を立てた。私は目の前に慎二がいることなど忘れて急いで通信を繋げると、そこには立体映像ホログラムがパッと映る。
『立香ちゃん!無事かい!?』
ダヴィンチちゃんが髪を振り乱して身を乗り出していた。あまりみないその様子に驚きながらも、心配をかけてしまったことが情けない。
『よかった、ようやく通信が繋がった。君がレイシフトした座標はすぐに観測できたのに、君と連絡だけが取れなくて…
いくら立香ちゃんのレイシフト適正が100%だと言っても、レイシフト先で意味消失をしていたらと考えると、私は…!
生きててくれて、本当によかった…』
はぁ〜と大きく息を吐くダヴィンチちゃんに、「心配かけてごめんね」と謝った。愛されてるなぁと不謹慎にも実感してしまう。
「でも、なんでそんなに慌ててたの?ダヴィンチちゃんらしくないね。」
『そりゃ、今回の事故の原因が原因だからね。落ち着いてられなかったのさ。』
「どう言うこと?」
私はレイシフト中の不慮の事故で違う座標に飛んでしまったのではないのだろうか。割とよくあることなのに、なぜダヴィンチちゃんはあんなに焦っているのだろう?
ダヴィンチちゃんは深刻な表情で「落ち着いて聞いてほしい」と前置きをしてから、重たい口を開いた。
『今回のレイシフト事故はただの事故じゃない。レイシフト中に何か大きな力が座標を捻じ曲げて、立香ちゃんを連れ去ったんだ。」
「座標を捻じ曲げる?」
そんなことができるのだろうか。レイシフトというものはとても繊細なものらしく、機械的にも魔術的にも素人の私にはよくわからないことが多いけれど、一度始まったレイシフトに介入できる力があるという事があるのか?
得体の知れない恐怖が私の背筋を撫でた。
『力の検討は皆目つかない。でも、私は『阿頼耶識』じゃないかと思っている。』
「アラヤ…?」
聞きなれない言葉を、オウムのように繰り返す。背後で、サーヴァントのみんながハッと息を飲んだのが一層不安を煽る。
『「人類の無意識下の集合体」、「霊長という群体の誰もが持つ統一された意識」、「我を取り外してヒトという種の本能にある方向性が収束しカタチになったもの」
言い方は色々あるが、霊長の世界の存続を願う願望そのものさ。
まあ、推測でしかないし、これが事実だとは言い切れない、というか極めて低い確率だ。でも、私はね、立香ちゃん。
有り得ないけど、本当に有り得ないとは思うのだけど…君が、抑止の守護者として選ばれたのではないかと恐れている。』
「抑止の守護者?」
ありえない、確率は低い、と何度も繰り返してダヴィンチちゃんは語った。
抑止の守護者って…エミヤ(弓)とエミヤ(暗)のことだろうか?それともクロエ?沖田オルタ?
でも私は世界と契約なんか結んでないし、ましてや死んですらない。
いまいちその単語にピンとこなくて、私は首を傾げた。眉間にしわを寄せながら考えるも、一切思い当たらない。
『可能性は限りなく低いと言ったろ?
でも、その時代の状況的に、そう考えてもおかしくないことが起きているんだ。』
はぁ、と重たいため息をついたダヴィンチちゃんは、近くにいたスタッフに『マシュを呼んできてくれないかな?』と声をかけた。
「マシュは?大丈夫なの!?」
『マシュは大丈夫。ちょっと疲れて休んでいるだけさ。
君のことを心配していたから、せめて画面越しにでも会わせてやりたくて。』
「そっか。」
私も、安堵のため息をついた。しばらくすると、マシュの『先輩!』と言う声が聞こえて、目の下に隈を作ったマシュが映った。
「マシュ、その隈…!」
『い、いえ、あの、その…先輩が心配で、寝ていることなんてできなくて…』
しどろもどろになりながら、マシュが弁明する。私は、この少女にどれだけの心配をかけてしまったのだろう。だからこそ、わたしはいつものように笑顔を浮かべて、マシュの目を見つめて言う。
「マシュ、私は大丈夫。だから安心して寝てほしいな。」
『先輩が、そう言うなら…
通信が切れたらちゃんと休みます。』
にこりと力なく笑うマシュは、かすみ草のように儚い。心配させたことが心苦しくてぎゅうと唇をつぐんだ。
『うんうん、やっぱり立香ちゃんの言葉が一番マシュには効くね!』
ダヴィンチちゃんのわざとらしいほど明るい声にハッと顔を上げた。優しい眼差しが私を捉える。
『さて、本題に入ろう。私が君が抑止力なのでは?と推測した理由のことだね…。』
勿体ぶった大げさな動きに、ダヴィンチちゃんも動揺しているのだと悟る。それほどまでに異常な事態なのか。ふう、と息をついて睨みつけるかのように厳しい眼差しを持って、ダヴィンチちゃんは重ったるそうに唇を震わす。
『単刀直入に言おう、君が今いる冬木の地は聖杯に汚染されている。』
「へ?」
思いがけないかつ意味不明な言葉に、間抜けな声が出た。
『訂正しよう。冬木の大聖杯が、泥で汚染させれていることが原因で、冬木の地全体が泥に汚染されている。汚染は大聖杯につながる霊脈にも流れ込み、約七割はすでに汚染している。以前エルメロイ二世と行った第四次よりも事態は深刻だね。
そして、今大聖杯には泥が…わかりやすく言うとティアマト神の襲撃の際に我々が苦戦したケイオスタイドに酷似したもので満ちている。現在でもいつ溢れ出すかわからない状況だ。
おそらく、サーヴァントが一騎でも脱落すれば、ケイオスタイドは冬木を中心に一気に溢れ出し、全てを飲み込む。
日本全土なんて生温い。全世界を飲み込む泥だ。人類は滅亡一直線、聖杯はこの世全ての悪で満たされている。』
「そんな…嘘でしょ…」
カタカタと指先が震える。私の脳裏に、ティアマト神の姿と、ラフムになってしまった多くの人たちが浮かんでは消えた。
『ゆえに、立香ちゃんが呼ばれたと推測したんだ。君は
ゆえに、今回冬木の地に招かれたのだと、私は仮定したんだ。』
私は、ホログラムのダヴィンチちゃんを見つめた。次に来る言葉を待つために。よく見るとダヴィンチちゃんはサーヴァントであるにも関わらずどこか窶れていて、ああ、心が痛い。
『こんな時に、君のそばにいてあげられないのが心苦しいよ…。』
きっと、無理をしたんだ。ただでさえ彼(彼女?)はサーヴァントであることを免罪符に無茶を重ねる。天才であるからゆえに、自分の限界を軽く見ている。ちょっと道を踏み間違えれば奈落に落ちてしまうような、そんなチキンレースを常に行なっている。
(そう、まるでドクターの姿を追うように…。)
浮かんだ思想に蓋を閉じ、記憶の棚の一番上の段に大切に置いた。
「ねぇ、ダヴィンチちゃん。私は、何をすればいいの?」
私は、もう覚悟ができていた。
『…聖杯戦争でサーヴァントを一騎も脱落させず、大聖杯を破壊、および大聖杯の中に残るアンリマユの討伐。
立香ちゃん、これは今までとは違いサーヴァントだけでなく、そのマスターとも戦わなくてはいけない。
世界に呼ばれた野良サーヴァントもいない。協力者なんていないと思った方がいい。』
「それでも、私はやるよ。」
『先輩…』
マシュが、今にも泣きそうな表情で私を見る。私は、彼女を励ましたくて、精一杯の笑顔を作った。きっと、うまく笑えているはずだ。
「だって、見捨てることなんてできない。だからマシュ、サポートよろしくね。」
『はい、先輩!』
私が真っ直ぐに彼女の目を見つめれば、マシュはいつもの頼もしい後輩の顔に戻っていた。
「協力なら、僕がするさ。」
背後から、声が聞こえた。それは、ついさっきまでは一番そばにあったのに、今の今まで忘れ去られていた不憫な声。私の後ろには、間桐慎二が立っていた。
「え、ま、マスター…?」
私のマスター(仮)である慎二が、堂々と仁王立ちしている。しかもなんかめっちゃ得意げな顔をしている。すでに(主に衣食住の関係で)この上なくお世話になっているにもかかわらず、まったく頼りにならなさそうに見えるのはなぜだろうか。
「そう!こいつの、フジマルリツカのマスターであるこの僕が!
お前達の言う条件で聖杯戦争を優勝してやるよ!」
なぜだろう。いつもなら協力者ができると聞いて嬉しくもなるし感動すら感じるのだが、今回に至ってはそれが一切ない。ありがたい申し出ではあるのだけれど。
「あの、何言ってるか分かってる??」
「ああ、当然だろ。」
慎二は涼しい表情をしながら、肩をすくめた。
「死んじゃうかもしれない…ううん、死ぬよりひどい目にあうかもしれないんだよ!?」
「だからなんだ。そんなもの、お前を召喚しようとした時からとっくに出来ているさ!」
そう言いつつも、目線は明後日の方向へ泳いでいた。うん、説得力がない。
「それに僕は君のマスターだ。サーヴァントの使命に付き合うのも、マスターの役目だろう?
それに、人類滅亡なんて冗談じゃない!
なんで僕が死ななくちゃいけないんだよ!」
だん!と足を踏みならしてそう宣言する慎二は、ついさっきまで「アルバイトなんて庶民が…」うんぬん言っていた人間と同じだとは思えないほど、凛々しく、使命に燃えている人間の表情だった。さっき全然頼りにならなさそうと思ったこと撤回してもいいぐらい。
『えっと、立香ちゃん?その人は誰かな??』
明らかに戸惑っているダヴィンチちゃんの声が、引っ越したての無機質な室内に響く。誰も、何も言えないまま、得意げな笑みを浮かべた少年は言った。
「僕は間桐慎二、始まりの御三家である間桐の“嫡男”の、ここにいるマスターのマスターさ!」
『ちょっとまって、どう言うことだい立香ちゃん!
というか今どういう状況なんだい立香ちゃん!?』
『先輩!?先輩がサーヴァントって、どう言うことですか!?』
「説明するから!あとで説明するから!」
先ほどまでの悲壮な空気はすっかり消え失せていた。