Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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 それは幕間の物語。別陣営の聖杯戦争の記録。

 間桐慎二、藤丸立香の知り得ない物語である。

 

 


 

 聖杯戦争三日目、夜。

 学校を化け物に襲われ、慎二のサーヴァントと名乗る赤毛の、俺によく似た少女に会った日の深夜のことだ。

 ラフムという謎の敵による襲撃に危機感を覚えた凛は、桜にこう提案した。

 

 「同盟を組みましょう」

 

 桜が聖杯戦争に参加するマスターであるということを知ったのもその時だ。

 曰く、ルーラーに対抗するため、一時的に共同戦線を組もうと。

 

 「ルーラーはサーヴァントを複数召喚できるのよ。単独撃破なんて不可能よ。」

 「…わかりました。それでは、私も先輩の家にお邪魔すればいいんですね。」

 「ええ。その方が都合がいいわ」

 

 そう言うわけで、桜は俺の家に泊まることとなり、桜のサーヴァントであるランサーもうちに来た。

 ランサーは、中学生ぐらいの少女の姿をしていた。人見知りみたいですぐに霊体化してしまった。

 

 「あの!

 サクラの先輩って、貴方……ですよね?」

 

  まさか、話しかけられるなんて思わなかった。その内容も、理由も。

 

 「わたし、本当ならランサーで召喚されないはずなんです。」

 

 ランサーの、少し舌ったらずの幼げな声が俺の鼓膜を揺らした。

 俺はこれから夕食を作るために握った包丁をまな板において、振り向く。そこにはいつもフードに隠されて見えない美しい顔があった。昏い金色の瞳が伏せ目がちながらも惜しげも無く晒されている。

 服装は現代風のものに着替えられているため、いつもの目のやり場に困るスリットの深いワンピース姿ではない。だが、その分いつもの服装では見えない腕や、首筋が蠱惑的な色香を放っていた。

 不死殺しの鎌を果敢に振るう腕は、華奢で白くて、俺が力を入れそうなほどに細い。女の子の腕だ。

 

 「突然、どうしたんだ?」

 

 動揺を押し殺して疑問を問う。伏せ目がちの瞳がゆらりとゆれた。

 

 「わたしが聖杯戦争に呼ばれるとしたら、全盛期のメドゥーサとして呼ばれるはずです。でもわたしは全盛期というにはかけ離れている。

 アテナに呪いをかけられたあとであるはずの姿でありながら地母神としての側面が強いこの霊基は、本来ならばありえない。

 この蛇の髪も、わたしの鎌もそう。わたしの中身と霊基はチグハグなんです。

 だから、あのルーラーを名乗る人が語る『大聖杯の致命的なバグ』というのにも、納得しています。」

 

 バグだらけの聖杯戦争。そもそもの始まりからしてイレギュラーであるこの戦争の裏には何があるのだろう。

 

 「それにーー」

 

 メドゥーサ…否。アナは、意を決したというように小声ながらもはっきりと告げた。

 

 「そして、そのバグには多分桜が関わっていると思うんです。」

 

  まさか、そんな。と俺はこぼした。だけど、他ならぬサーヴァントからの言葉に無条件に否定することはできなかった。

 おやすみなさいとアナは消えた。その晩、なかなか眠れなかった。彼女との一瞬の会合はそれだけ強烈だったのだ。

 モヤモヤした想いを抱えた翌日。

 

 「新都に行くわ」

 

 付き合いなさい、と遠坂が言った。桜は実家でやることがあるから、と家に帰ってしまった。

  4日目の朝。遠坂により強引に連れ出された俺とセイバーはまず遠坂の魔術に使う宝石を求めて宝石店を梯子することから始まった。

 

 「うーん…。さすがに、あんまりいい石はないわね。

 でも今の状況で宝石商を招くのもなぁ…今日はストック目当てだし、ある程度は我慢するかぁ」

 

 落胆した様子で肩を落とした彼女は、次の瞬間「ショッピングと行きましょう!」とハキハキと告げる。

 

 「ショッピング、ですか…?」

 「そうよ。セイバーも可愛い服買いましょ。息抜きよ息抜き。

 最近、なんかよくわかんないことだらけで頭こんがらがってるし。気分転換も大事でしょ。」

「いえ、私に服は必要なくてですね…」

 「いいのいいの。せっかく可愛いんだから、今日ぐらいおしゃれしましょう!」

 「凛!本当に私はおしゃれなんて必要なくて…って、聞いてください!」

 

 遠坂に腕を取られて、セイバーはオロオロしながら引き摺り回される。助けを求める子犬のような瞳で俺を見るが、どうしようもないからそっと首を横に振る。絶望したような顔がなんだか印象的だった。

 いろんな店を回った。大体がファッションショップで、試着をしては勝ったり買わなかったり。

 そろそろいい時間だから、お昼にしようと話の流れが変わって、そんな時のことだ。

 楽しげな顔で笑っていた遠坂が、突然「うげ」とうめいて顔を歪める。

 

 「うわあ、見たくない顔を見た…」

 

 遠坂の視線の先にあったのは、アクセサリーショップ。宝石を取り扱うジュエリーショップだが、高校生にも求めやすい値段と穂波原の女子生徒の間で有名になってた店だ。

 しかし、彼女の求める品質の店ではないだろう。それならば、どうして。

 よく見たら、遠坂はジュエリーショップのガラス窓の向こうを見ていた。その視線の先を目で追う。そこにいたのは…

 

 「慎二?」

 

 アクセサリーショップのガラス窓から見えたのは、見慣れた顔。店員に話しかけられながら何かを真剣に選ぶ姿は、いつもの軽薄な表情とかけ離れている。

 

 「(そういえば、慎二も聖杯戦争に参加しているんだったな。)」

 

 昨日発覚したことだ。ルーラーのマスターである慎二は、先日学校に侵入してきた魔獣や「ラフム」という謎の敵を倒すのに一役買っていた。

 しかし、ルーラーの能力は恐るべきものだった。単独での戦闘力はやや劣るものの、サーヴァントを複数騎同時召喚できるルーラーはまさに『最強』のサーヴァントだ。

 かつて聖杯戦争に参加したマスターが死後、座に登録された英霊。あまりにも規格外の存在が告げる聖杯戦争の異常性。

 もし、もし彼女の言い分が正しいとしたら……今すぐにでも聖杯戦争を中止すべきだ。

 

 「(何が、正しいんだろう。)」

 

 ルーラーは聖杯戦争をしてはいけないと言った。聖杯は汚染されていると。

 遠坂は「そんな事実はあり得ない」と言う。

 セイバーは「聖杯が汚染されているなどあってはならない」と言った。

 だけど、昨日の魔獣から、ラフムから。悪意の煮凝りのようなものを感じたのだ。

 

 

「だけど、それは間違いだったみたいだ。」

 

 

 血まみれになって倒れるイリヤスフィール。そんな彼女を攫うように抱き上げる慎二と、付き従うように背後に立つルーラー。

 

 「これを、セカンドオーナーへと。」

 

 きっかけは、監督役である言峰綺礼を通した連絡だった。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの署名がなされた手紙には、ルール違反に対する告発についてと、バーサーカー陣営に対する救援依頼。

 

 「ルーラーのルール違反に関する指令だ。救援要請を受けるならば、特例として令呪を一画を寄贈しよう」

 「なんですって?」

 

 ピクリと凛が眦を釣り上げる。

 

 「そんなことが許されるの?」

 「ああ。許されるとも。実際、前回の聖杯戦争ではキャスターに対する討伐報酬として令呪が譲渡された。」

 「へぇ。それでも、前払いっていうのはおかしいでしょ。私たちはまだ、ルーラーを討伐したわけじゃないけれど。」

 

 あやしい、と視線で訴える凛に、言峰は笑う。

 

 「ふふ…そう警戒するな。ルーラーのルール違反というのは既に明白だ。

 既に参加枠が埋められたクラスのサーヴァントの召喚、および複数使役。

 令呪を使うことになるだろう。

 残り一画の令呪で応戦するには、部が悪すぎると判断したまでだ。」

 「…まあ、一応筋は通って…いるのかしら?」

 

 凛は「受けるわ。」と頷く。セイバーに促された士郎も同じ依頼を受けることとなった。

 だけど、令呪の寄贈がなくても、士郎はバーサーカーのマスターの救援に行っただろう。

 「殺されるかもしれない」という文脈は士郎を突き動かすには十分すぎた。

 そして、彼女の告発文通り、ルーラー陣営はイリヤを襲撃していた。

 

 「今すぐイリヤを解放しろ!」

 「…はぁ? 何言ってんのお前。」

 

 怪訝そうな慎二。意味がわからないというように首を傾げて、「お前らには関係ないだろ」と吐き捨てる。

 

 「私たちは教会からバーサーカー陣営に対する救援要請を受けてきたの。私には、あんたたちルーラー陣営を討伐する義務がある。」

 「救援依頼?

 それこそ意味がわからない。何で教会がお前たちに救援要請なんてものを出すのさ。

 そもそもイリヤスフィールを助けたのは僕たちだ。」

 「あんたが救援要請を受ける? そんな冗談通用すると思った?」

 「ああ、通用するね。僕たちは同盟者なんだ。部外者の遠坂は首突っ込むなよ。」

 「何が同盟者よ! 暴行して無理やり言わせてるだけじゃない!」

 

 遠坂が、とうとう声を荒らげて叫んだ。慎二はいつものすました顔で、「やれやれ」と肩をすくめる。

 

 「はあ。これだから遠坂は。

 僕たちのこれは救援だよ。悪いけど急いでるんだ。」

 「彼女をどうするつもり?

 魔力供給のタンクにでもするのかしら?」

 「そんなことしなくても、膨大な魔力には当てがあるんでね」

 「ふぅん。セカンドオーナー(わたし)も知らない魔力の当て、ねぇ。

 ルーラーがサーヴァントを6騎同時に使役できるカラクリ、教えてもらおうじゃないの!」

「はあ、めんどくさいな。」

 

 慎二が髪を掻き上げて、ため息をつく。

 

「付き合ってられない。帰るぞ、ルーラー。」

 「了解よ、慎二。」

 

 茜色の髪の少女が、朗らかに告げる。ああ、やはり彼女がルーラーか。案の定、そこにいたのは昨日の少女だ。

 デスマスクと角と翼と尻尾がないが、あの日も戦闘中に出したりしまったりしていたから今もそうなのかもしれない。

 

 「うわ、何その喋り方…きも…」

 「ふん!」

 「ぐっ!?」

 

 慎二のデリカシーのない発言に腹を立てたルーラーが、脛を蹴り上げる。

 

 「な、何しやがる…!!」

 「ふふふ、慎二。言っていいことと悪いことの区別もつかないのかしら?」

 「いや、その口調おかしすぎるだろ…って脛はやめろ!弁慶だって泣くんだぞ!」

 「うん、よく知ってるよ」

 

 ひょい、とバックステップで華麗に避けた慎二に、ルーラーが舌打ちをする。

 あまりにも気安い主従関係は、「意外」だった。

 

 「ここは通しませんよ。」

 「どいてセイバー、イリヤが死ぬわ。」

 「いいえ、退きません。

 ルーラー、あなたがバーサーカーのマスターを攫うのをみすみす見過ごしたりはしません。」

 

 じゃき、とセイバーが両手剣を握る。

 

「ーーー交渉は決裂か。なら、仕方ない。」

 

 ルーラーが何かを口の中でつぶやく。彼女の衣装はボディラインを強調したピッタリとしたものに変わった。

 

 「慎二、礼装は着てる?」

 「ああ。カルデア制服を。」

 「よかった。なら、イリヤに応急手当を。」

 

 ルーラーの言葉に頷いて、慎二が片手をイリヤの頭にあてる。

 

 「気休めにしかならないが…応急手当。」

 

 瞬間、イリヤは緑色の光に包まれた。

 光が引いたあとは、傷が癒えたイリヤの姿が。だけど、遠坂がその光景を見て「ありえない」と震える声で囁いた。

 

 「何あれ…

 慎二程度の貧弱な魔術回路であれだけの魔術を行使できるなんて…」

 

 あんな魔術礼装見たことない。遠坂は言う。技術力が段違いだと。

 

 「聞くことが増えたわ。絶対にここは通さない!」

 「…しつこいな。」

 

 ちっと、舌打ちが反響する。慎二は目を細めて、軽蔑したような蔑むような冷たい眼差しで俺を見る。

 

 「退け。」

 「退きません。」

 

 セイバーが入り口を塞ぐように立ち塞がる。

 

 「退けと言うのなら、力尽くで。」

 

 卑怯とは言わせませんよ、とセイバーは言う。確かに,卑怯とは言えない。これは戦略だろう。

 少し肩を上げて、寒がるようにマフラーに顔を埋める。ずび、と鼻を啜り、不機嫌に吐き捨てる。

 

 「僕はさっさと帰りたいんだ。こんな寒いところにずっといるなんて冗談じゃないね。」

「そうですか…! ならば全力で止めるまで!」

 

 すぅーと大きく息を吸い込み、セイバーの胸が大きく膨らむ。型を構えて元々低い体制が、さらにグッと重心が落とされ…

 

()()()()

 

 セイバーが大きく足を踏み込んだのと,慎二がぽつりと言葉を落としたのは同時だった。

 剣と鞘がぶつかり合い鈍い音を立てる。

 

 「(あいつは…!)」

 

 慎二の前には、先日彼に同盟を持ちかけられたときに同席していたサーヴァントが沈痛な面差しで立っている。

 

 「な!?」

 

 セイバーが、言葉を失う。「あなたは…」と弱々しい少女めいた声が夜に溶ける。

 

 「剣を納めてください、王よ。」

 

  謎の男は、剣の柄をそっと、しかし力強く握る。

 

 「でなければ、私はあなたに剣を向けなければならない。」

 「そうですか。」

 

  セイバーの瞳はとっくに覚悟が宿ってる。

 

 「ならば、私の方から向けるまで!」

 

 2人の騎士は剣を構えた。『士郎のセイバー』しか知る由はないが、この状況は類似していた。“かつてこの地で起きたこと”の再現のようで、全く違う。

 

 「マスター、こちらは私にお任せを。

 どうか戦線離脱を優先してください。」

 「了解!」

 「ルーラー、命令だ。遠坂に勝て。」

 

 慎二が、ダメ押しのように命令した。マスター礼装により瞬間強化魔術が重なり,強化されたルーラーが「無茶言うなぁ」と笑った。

 

 「できるだろう、ルーラー」

 

 イリヤを抱え直して、慎二が告げる。

 

 「私も、怪我してるんだけど。」

 

 慎二の無茶振りにため息をついて肩をすくめるルーラー。

 

 「『少し前の戦闘での傷は小さくない。パスの関係を弄られたせいで私の貧弱な魔術回路は結構な負担を強いられた。完全回復には程遠い状態。

 だけど、考え方を変えれば戦う必要はない。逃げるだけ、切り抜けるだけ。道はランスロットが切り開く。』」

 

  覚悟を決めたように、ルーラーが魔術回路を励起させる。今度は慎二が呆れたようにため息をついた。

 

 「それでも天文台の魔術師か。お前のことだから、逃げる方法は考えてあるんだろ?」

 「まあ、あるけどね」

 

 「撤退戦の経験値はたくさんありますので」とルーラーが戯けながら、何かの機械を起動させる。

 ブワッと空気中に投影されたホログラム画像で、ルーラーは何かを操作している。

 明らかなるオーバーテクノロジー。機械いじりが趣味であるけれど、あの機械の原理はわからなかった。

 

 「約束は、忘れてないな?」

 「忘れてないよ。」

 「ならいい。さっさと帰るぞ。」

 「はいはい、慎二。」

 

 慎二の前にルーラーが立った。セイバーに向き直る彼女。互いの相反した瞳は、それぞれの決意で彩られる。

 

 「と言うわけで、ごめんね。強行突破させてもらう!」

 

 少女が取り出したのは、数枚のカードのようなもの。

 

 「礼装発動ーーーさあいってらっしゃいちくたくくんたち!!」

 

 ばら撒かれたカードから、蜘蛛をモチーフにしたゆるキャラが出現する。

 

 「ーーーっ!?」

 

 ドカン!!!!

 

 そして、それらが地面に着陸した瞬間、爆発した。爆風と瓦礫が降り注ぐ。

 

 ドカン!!!!ドカン!!!ドカン!!!

 

 再び爆発。爆発。爆発。

 

 「くそ、逃げられる…!!」

 「ああ、もう!!!」

 

 凛が二画残る令呪を輝かせ、叫ぶ。

 

 「令呪を持って命ずる!  ルーラーを逃すなー!」

「F.Cフィールド、全力展開!礼装起動、 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!」

 

 轟音と、爆風。ガラガラと崩れる城と、砂煙の中に見える影。床に転がる試験管。

 

  「え…」

 

 それは、まるで卵みたいだった。人が3人、ギリギリ包まれる程度の大きさの水銀。アーチャーの攻撃によりバキバキとひび割れ、壊れていく。

 ぱしゃんと形を失い、試験管の中に戻る水銀。

 銀の卵の中にいたルーラーは無骨な機械の盾と、その前に展開される五枚の光の盾。

 凛の命令が聞こえた瞬間、ルーラーは盾と礼装を展開していた。

 

 「ほう、面白いものを持ってるじゃないか」

 

 ざり、と砂利を踏みつける音と、ニヒルな微笑み。

 

 「あー、失敗した。逃げられないやこれ。」

 

 赤い弓兵がそこにいた。

 

 「『くそ、話が違うぞ。衛宮がいる時はアーチャーは出没しないんじゃなかったのか!』」

 「『そのはずなんだけどさ、実際いるんだからどうしようもないよね!』」

 

 されど、士郎たちが礼装を通した主従の会話など知る由もなく。不審な目配せをするルーラー陣営に対して不信感を募らせるのみ。

 

 「あは、お久しぶりです?」

「まさか君がサーヴァントとはな。」

 

  気やすげな会話に遠坂がピクリとこめかみをひくつかせる。

 

 「なに、知り合い?」

 「慎二のお気に入りラタトゥイユのレシピ提供者」

 「え、あいつが?」

 

  嘘だろう、全然見えない。慎二が呟き、遠坂が己のサーヴァントに怪訝な視線を送る。アーチャーはいつものように不機嫌な顔で立っている。そしてやれやれ、と言うようにため息をついて…

 

「仕事だ。全力で行かせてもらおう」

 「っ!!」

 

 ルーラーが構えた盾と、アーチャーの短刀がぶつかり合う。

 

 「マスター!」

 「ランスロットはそのままセイバーと戦ってっ!!」

 

 なんとか弾いて、距離をとる。防御系の概念礼装を使用して耐久の姿勢を取るが、火力が足りない。

 ルーラーはぐしゃりとカードを握りつぶす。

 

 「受け流すならこっちの方がいい!」

 「!」

 

 鉄扇がひらりと舞う。戦っているというより踊っているようだった。だけど、それは確かに武術だ。短刀の軌道をするりと逸らし、攻撃を与えさせない。

 だが…

 

 「(体力の消耗が激しい…!)」

 

 これは高度な体裁きを必要とする『武術』だ。短時間で攻撃を交わし,逃げることを目的とした体術。持久戦には向かない。

 

 「!」

 

 ふらりと、ルーラーの足がもつれる。

 

 「もらった!!」

 「緊急回避っ、応急手当!」

 

  ルーラーに攻撃は当たらない。それは、スキルが正しく発動した証だ。

 

 「慎二…」

 

 だが、もう終わりだった。立香はもう戦えない。

 奥の手も使い切り、もはや気力で立っているだけ。体力も魔力も尽き掛けて、ふらふらと揺れている。

 

 「何やってるんだよ。何負けそうになってるんだ!!」

 

  叫ぶ。力強く。手のひらを限界まで突き出して、少しでもはやくルーラーに魔術をかけようとして。抱いていたイリヤはとっくに地面に寝かされていた。

 

 「約束を破るのか! お前が死んだら僕はどうなる!」

 

 彼らしくないと士郎は思う。慎二は,こんなふうに必死になって声を荒らげるようなやつだっただろうか。

 

 「僕のサーヴァントは最強なんだ!

 たとえ相手が『守護者』でも勝て、勝てよ!」

 

  ピクリとアーチャーの眉が動く。 なぜそれをーーー唇が小さく動く。

 

 「立て、戦えよ!

 ーーー藤丸立香!! カルデアのマスターだろ!!」

 

 げほ、と赤毛の少女が咳き込んだ。藤丸立香(フジマルリツカ)、もしくはカルデアのマスター。それがルーラーの真名(なまえ)

 慎二が、グッと右手を握り手の甲を掲げた。

 

 「令呪を持って命ずる、負けるな!」

 

 一瞬の花の香り。英雄作成(れいじゅ)の効果でルーラーの傷が癒える。体力も回復する。

 それでも、叩きのめされた心は弱っていて悲鳴をあげている。

 

「はーー、ほんと慎二って無茶ばっか。

 こーんな親友(マスター)についていけるの、私ぐらいだね。」

 

 でも、諦めない。弱っていても、折れてない。

 

 「ほう、まだ立つか。」

 「うん、勝負には負けちゃうかも。」

 

 でも、と。力強く。

 

 「心は絶対に負けないから許してねっ!」

 

 走る。逃げる。避ける。交わす。そして切り込む。

 英雄作成(れいじゅ)より強化されたことでルーラーの反射速度は向上する。それでも,足りない。

 この武器を使うのはこれで最後だ、とリツカが鉄扇をアーチャーに向かって投げつける。

 

 「礼装、月女神の沐浴!」

 

 消耗し続ける体力を回復するべく回復礼装を使うがまだ足りない。特攻しか残されて居ない。

 

 「礼装、死の芸術…!」

 

 獲物を槍に持ち替え、とある殺人鬼のーーー人間に対する特攻状態の概念を付与する。ずしりと重たい槍が、ひんやりと立香の手に馴染んだ。

 

 「(ルーラーの攻撃の重みが変わった…)」

 

 アーチャー…エミヤは戦いの中で考察する。彼女が握りつぶすたびに魔力の粒子となるカード。ただ武器の携帯に利用しているだけだと思ったが…

 

 「(なるほど。ルーラーの強みは、あの礼装か…!)」

 

 ルーラーの礼装は、概念を付与する礼装だ。効果は強大だが効果範囲が限られていたり,使用回数に制限がある。

 だからルーラーは次々に礼装を起動させるわけだ。礼装の効果が切れたら、新しい礼装を起動させるために。

 

 「(ならば、交換させなければいい。)」

 

 ルーラーが、なんの英霊なのかはわからない。だが、成り立ちは違えど『自分と同じ』ような者なのだろう。

  彼女の魔術は、明らかに『近代魔術』だ。

 そしてなにより、彼女はオールマイティにさまざまな武器で戦えるが『必要最低限』しか戦闘能力はないのだ。

 戦況は一方的だった。そもそも魔力を消耗していた上に、戦闘に特化していないサポートタイプのルーラー。

 普段から霊体化している上に魔力の消耗が少ない戦闘特化のアーチャー。

 

 「げほっ!」

 

 はっはっはっと犬のように短い呼吸を繰り返し,今にも倒れそうなのを気力だけで立っているルーラー。

 魔力を使いすぎていた。彼女の顔色は真っ青で、後少し魔力を消耗したら、今にも倒れそうだった。

 

 「(そうだよ。いくらカルデアから供給されているからと言っても魔術を使っているのは立香だ。消耗するのは当然だ…)」

 

 じんわりと黒ずんでいる指先を隠して、立香は「ごめん」と笑った。

 

 「先に逃げてよ。私は私で、なんとかするからさ。」

 「嫌だね」

 

  腰に手を当てて、ニヤリと。悪ガキみたいに慎二が笑う。

 

 「どこに親友(サーヴァント)を一人、敵地に置いていく親友(マスター)がいるんだ。」

 

 ぽかんと、ルーラーが口を開けて呆ける。

 

 「逃げるのは別にいいよ。

 でも、僕とリツカ、二人でだ!」

 「ーーー無茶、言うよなぁ!」

 

 まだ回復しきっていない、二画しか揃っていない令呪に魔力を注ぐ。

 

 「告げる!

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 「あいつ! またサーヴァントをここに呼ぶつもり!?」

 

 遠坂の悲鳴。アーチャーの驚愕。

 

 「誓いをここに!

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者!

 汝三大の言霊を纏う七天、

 人理の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 「させません!」

 「邪魔はさせない!!」

 

 俺のセイバーと、ルーラーのセイバー(ランスロット)が激しく剣を交え、戦う。

 セイバーがルーラーのセイバー(ランスロット)を袈裟切りにした。ルーラーのセイバー(ランスロット)がセイバーを足ごと剣で貫き、地面に縫い付ける。騎士らしくない泥臭い戦い方。

  ルーラーの前に三本の光の輪が現れて、光を強める。

 あと、一小節。一小節で新たなサーヴァントがこの場に召喚されてしまう!

 

 「令呪を持って命ずーーっ!?」

 

 重たい、衝撃だった。痛いと言うより、苦しいと言うか。ずしゃ、ともどす、とも言えない肉を裂く音だけが確かだった。

 

 「残念。」

 

 ルーラーの腹に、剣が刺さった。アーチャーが放った()が、深々と。 時間差で「ごぽ」とルーラーが口から鮮血を吐き出す。

 アーチャーが剣を引き抜く。無感情に。

 穴が空いた腹は……貫通していない。だが腹の傷から噴水のように血が噴き出した。

 

 「応急手当!!」

 

 慎二が叫ぶ。緑色の光は薄く、ルーラーの傷も完全に癒えたわけではない。

 

 「な―――なんだよ、なにやってんだよおまえ…!」

 

 駆け寄る。慎二が走り方を忘れたみたいに、足をもつれさせながら走る。

 

「負けるなって言っただろう!信じられない、こんなの命令違反だ!」

 

 縋るように、必死に、必死に声を上げて。

 慎二が「聞いているのかリツカ!」と叫んでいた。

 まだ血が止まらない腹の傷を必死で押さえて。

 コートを脱ぎ捨てシャツを脱いで、そのシャツをそのまま傷に押し当てる。

 慎二が服の下に来ていた白い制服は、初日にルーラーが着ていたものと一緒だった。

 

「せっかく僕がマスターになってやったのに、遠坂のサーヴァントなんかにやられやがって…!」

 

 ぐったりと、息も絶え絶えなルーラーが、曖昧に笑った。

 

 「ごめん、慎二。」

 「黙れ。お前は、お前は僕の友人(サーヴァント)なんだぞ!

 僕が勝てと言ったら勝つんだ! 許さない、お前が死んだら,僕はーーーっっ!!」

 「大丈夫、大丈夫だから…」

 「何が大丈夫だよ!

 死んだら全部おしまいだ!

 バカかよ、出し惜しみせずにさっさとサーヴァント召喚してればよかったんだ!」

 「だから、死なないってば…何とかなるから…」

 「なってないじゃないか!」

 

 どんどん青ざめていくルーラーのそばで、慎二が涙を流していた。取り乱して、怒りで顔を真っ赤にさせて。

 

「令呪を、令呪を持って命ずるっ!!!」

 

 手の甲には残り一画しかない令呪。それが赤い光をぼんやりと発していた。

 

 「“生きろ”! 勝手に死ぬなんて許さない!」

 

 令呪が強く発光した。赤い光とともに最後の一画がすぅ、と消える。

 その代わりに回復魔術により完全回復したルーラーがぐったりと眠っていた。腹の傷は回復している。まだ、生きている。

 

 「(だけどーー)」

 

 これで、慎二は令呪を全て失った。聖杯戦争の参加資格は剥奪される。ルーラー陣営は敗退だ。

 

 「なにこれ、どう言う状況…?」

 

 ふと、幼い声が場違いに響く。音のなくなった世界が、急に音を取り戻す。

 

 「今更起きたのかよ」

 

 慎二がボソリと、小さく答える。イリヤは首を捻り、そして慎二が縋り付いている人影に目を向けて、ギョッと目を見開いた。

 

 「え、リツカ!?

 なんで血まみれになって倒れてるの!?」

 

 ルーラーに駆け寄り、腕を取る。イリヤが腕に指を当てて「よかった、脈はしっかりしてる」と安心したようにため息をつく。

 

 「ねえ、なにが起きてるの?  そもそも、なんで私床で寝てたのよ。

 “あいつ”はランサーが倒したんでしょ? あとは帰るだけって言ってたじゃない。

 なのに、どうして立香が倒れてるのよっ!」

 「(…?)」

 

 奇妙だ、と思った。彼女は、イリヤスフィールはルーラー陣営に襲われたのではなかったのか。

 彼女の言葉にはルーラーへの恐れがない。そもそも、言葉ぶりから想像するに第三の敵が現れ,バーサーカー陣営を襲撃。それをルーラー陣営が対処したとしか聞こえない。

 

 「なあ、ルーラー陣営と同盟を結んでるっていうのは本当なのか?」

 「!

 衛宮、士郎…!!」

 

 士郎の質問のために声を上げて、ようやくイリヤは“第二の招かれざる客”を認識した。

 瞬間、イリヤスフィールの瞳に明確な敵意が浮かぶ。

 

「ああ、そういうこと。そうなの、そうなのね…」

 

 ゆらりと、イリヤスフィールがマリオネットじみた動作で立ち上がる。かたりと、首が横に倒れた。

 

  「ねぇ、立香を殺した(やった)のは貴方たち?」

 

 疑問形だが、彼女は確信を持っていた。何を言っても通じないだろうと言うことは想像しなくてもわかる。

 

 「いえ、答えなくてもいいわ。分かるもの。

 アナタたちがやったってことくらいね!!」

 

 イリヤの背後にバーサーカー……ヘラクレスが現れる。霊基を損傷しているがそんなことはなんのハンデにもならない。

 

 「ーーーやっちゃえ、バーサーカー!!」

 「レディ、お待ちを!」

 

 バーサーカーを、イリヤを止めたのはルーラー陣営のセイバーだった。

 

 「止めないで、ランスロット!」

 「いいえ、いいえ!

 命に変えてでもあなた方を止めます!

 今ここでサーヴァントが脱落したら“奴ら”の思う壺です!我々の目的を忘れてしまわれたか!」

 「でも!!」

 「今優先すべきことは撤退です!

 それにーーーもうすぐ夜も明けます。」

「ーーーうん。」

 

 悔しそうに、イリヤが唇を噛む。

 

 「どう言うことよ。」

 

 でも、それでは納得がいかない。声を上げた遠坂はそんな不満をありありと顔に出していた。

 

 「私たちは貴方からの『救援要請』に従ってここにきたのだけれど?」

 「はぁ? なにそれ。」

 

 今度はイリヤまであからさまに嫌悪を張り付けて、唾棄する。

 

 「そんなの知らない。私が『助けて』ってお願いしたのはルーラーよ。そもそもどうして教会が出てくるのよ。」

「それは…」

 

 たしかに。中立の立場といえども伝言を任せたりするだろうか。それも、敵相手への。

 不審な点を考え出したらどんどん湧いてくるもので、疑心暗鬼に支配されていく。

 

 「でも、今日のことでわかったことがあるわ。」

 

 はっと、顔を上げた。ルーラーと慎二を守るように立ったイリヤは宣言する。

 

 「ねぇ士郎。私、やっぱり貴方が嫌いだわ。

 許せないし、心底憎い。」

 

 イリヤの敵愾心にピクリと反応したのはセイバーだ。己のマスターに向けられる真っ直ぐな害意は殺意にも似ていた。

 

 「ーーー」

 

 どうして,そんなに嫌われているのだろうか。何かしてしまったのだろうか。心当たりがない。

 

「 覚えておきなさい、衛宮士郎。

 私は、あなたに助けてなんて口が裂けても言わない。

 貴方にだけは、絶対に助けられたくない!!」

 

 明確な敵意に貫かれる。わからないことばかりで頭が混乱する。

 

「どうして、アインツベルン家の貴方がルーラーに協力するのよ。

 あいつら、大聖杯壊すって言ってるのに!

 あなたはそれでいいの!?」

 「ええ、構わないわ。

 だって私は,私の目的のためにこの戦争を利用すると決めたのだから。」

「目的?」

 

 空気が、ぴりりと張り詰めた。張り詰めた理由はわかりきってる。彼女が放つ、雪のように冷たい魔力。

 

 「私がルーラーに協力するのは,『10年前の真実』を知るため。」

 「10年前ーー?

 それって…」

 「第四次聖杯戦争。」

 

 冬木の大火災。パッと思い浮かんだそれは遠坂の言葉に上塗りされた。「ええ、そう。」とイリヤは頷き、セイバーに視線を送る。セイバーは目を逸らさなかったが、何も答えることもなかった。

 

 「私が知りたいのは主に二つ。

 お母様の死の真相と…」

 

 言葉を区切り、赤い瞳が士郎を睨む。

 

「父がーーーセイバーのマスターとして参加した衛宮切嗣が、 私を捨てて貴方を育てた理由。

 その理由に大聖杯は関わってる。十年前に起きた大火災もね。」

 

 あなたは知ってるんでしょう、とイリヤが告げた。表情を消して、氷のような怜悧さでもって。なにも、知らなかった。前回の聖杯戦争のことも、じいさんがマスターだったことも。セイバーは口籠もり、目を伏せた。

 

 「あなたに聞くつもりなんてないわ。自分で探すから。」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてふり帰る。

 「帰りましょう慎二」と慎二を促して、誘導する。ルーラーはセイバー……ランスロットに抱えられて運ばれていく。

 

「ああ、最後に言っておくけれど。

 私は大聖杯を破壊する。これは決定事項よ。 」

 

 俺たちに背中を向けたままされた宣言を最後に、イリヤが俺たちに言葉を告げることはなかった。

 そうして、彼らはアインツベルン城から立ち去った。

 惨劇の傷跡だけを残して。

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