Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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「それでは、私は『あるばいと』に行ってきますね。」

「うん、ごめんね清ちゃん。私が行くはずだったのに……」

「いいのです、旦那様。今日は一日、しっかりとご静養くださいませ。」

「うん…」

私がそういうと、マスターの眉間に皺が寄った。申し訳なさそうにもう一度「ごめんね」と言葉を垂れ流す愛しい人に、「気にしないでくださいまし」と微笑む。

「今日の当番私なのに、朝ごはんまで清姫に作らせちゃったね」

「それくらいお安い御用ですもの。ーーそれに。」

“大丈夫”と嘘を吐かれるよりも、よほどいい、と。

清姫は縦長の瞳孔を見開いて笑う。

「清は、誠実な旦那様を愛しておりますの」

きゃっと、両手を頬に当てて清姫はうっとりと笑って、しかし視線はまっすぐすぎるほど私に突き刺さる。普段はまとも(?)な清姫のバーサーカーらしい一面。

マスターは「ありがとう」と笑った。ええ、それでいいのです、と心の中で呟き、玄関の戸に手をかける。

「それでは、行ってきます。帰宅は遅くなる予定ですので、お夕飯の準備をお願いしますね。」

「あいよー」

新シンさんが軽快に頷いて、追い払うジェスチャーで私を追い立てる。

ムッとした清姫が最後ににっこりと笑って、「ますたぁ、清姫の帰りをお待ちくださいね♡」と手を振った。

私は「うん、待ってるよ清姫」と手を振り返して、ようやくドアが閉まった。

「じゃあ、私も」

「ああ、そうだな。寝ろマスター」

「あっ!」

マスターの声を背後に聞きながら、清姫はあるばいと先のカフェへと向かう。

制服に着替えて、給仕をするのには慣れた。お仕着せは愛らしく、マスターとお揃いできるのが楽しい。カルデアではなかなかできないマスターの独占ができる時間は、大切なもの。

今こうして、一人で働いていても。彼女のためになるのならば一向に構わない。

からん。ベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

鈴の鳴るようなころりと可愛らしい声が、静かでクラシックな店内に柔らかく響く。

「ーーーーあら、あなた達は……」

清姫が口元を扇子の代わりに手で隠す。彼らは、“彼女”にとって因縁のある相手。しかし敵ではなく味方に引き込みたいと愛する旦那様が願っていた相手。

「あなた“たち”に、お願いがあるの」

カウンター席に座って、コーヒーを注文したその“相手”は、ウヱイトレス姿の清姫に誠意として所持する宝石を全て預けてから、告げた。

 

 

「ーーーー同盟を組まない?」

 

そして運命は加速する。

 

 


 

 

「遅かったな。」

「悪かったね。」

「迎えに来たよ。」と鼻を鳴らしたら、イアソンは「知ってる。」と腕を組んだ。

「なんだお前、泣いたのか? 目が腫れているぞ。」

「別に。たいしたことないさ。」

花粉症でね、と誤魔化したらイアソンは「今日は花粉そんなに飛んでないらしい」とニヤリと笑う。ランスロットは僕の泣き顔を見ないためか、霊体化して消えている。まあ、そこら辺にいるのだろう。

メディアを呼んでくると家の中に引っ込んだイアソンを縁側に座って待つ。

「お茶をどうぞ。」

「ああ、どうも。」

……迎えにいった本人、ここにいるけど。あいつ何しに行ったんだよ。

気まずいのを誤魔化すために茶を飲む。冷えた体に熱すぎずしかし温いわけでもないちょうどいい温度の緑茶が染み渡る。

「あのさ、あとどれぐらいかかりそう?」

「宗一郎様のご準備ができ次第出発しますね。

今、小テストの採点をなさっていたんです。」

「へぇ、あいつ、仕事を家に持ち込むタイプなんだ。」

「意外ですか?」

「まあね。」

話題がなくなって、2人して茶を啜る。

「聖杯戦争も今日で五日目ですね。」

ぽつり。

「この戦争の行方は、どこへ行くのでしょうか。」

切なくこぼされた言葉に、ぐっと詰まる。第五次聖杯戦争。汚染された聖杯の奪い合いに成り果ててしまった人類存亡のかかった戦い。

敗退者0で終わらせるために他所の陣営を妨害し、大聖杯を解体するために暗躍する僕たちがどれだけ異常なことか。

何も知らなければ、僕も聖杯を欲して争いの中にいたのだろうか。そもそも、リツカがいない聖杯戦争に、僕はどのように関わると言うのだろう。

簡単に想像できる、惨めな己の末路。

「聖杯戦争の行方なんて決まっているだろう。

敗退者0で大聖杯を破壊。聖杯戦争というシステムそのものを壊す。

そのために僕たちは他陣営の争いを妨害して、聖杯解体のためにこうやって会いに来てるんだろう。」

「そうでしたね。」

くすり。微笑む少女は少し切なそうに眉をハの字に寄せていた。

「でも、こう考えてしまうんです。

妨害活動をするんじゃなくて、皆さん全員仲間になってくれたらいいのにって。

そうしたら、誰も傷つかず、誰も苦しまないのに。」

メディアリリィは空を見上げながらそう言った。彼女はリツカが言う通り、純粋な少女なのだ。純粋に、全ての人を信じようとしている素直な子ども。

女神ヘカテに魔術を教わり、極めた少女。

しかし、師事した女神と同じ女神であるアフロディテに呪われ、イアソンに妄信的な恋をして使い捨てられた哀れな魔女。

彼女はこの度の現界で新たに『本当の』恋をしたという彼女は、かつての復讐(というには優しいの…か?)をしているかのように、イアソンをひたすらにこき使っている。自分がされたように利用だけして捨てるつもりなのかと思ったのだが、どうにもリリィはそれができないようだ。

きっと、記録はあっても人格を形成する年齢が幼いから、イアソンを心の底では信じたいと思っているのかもしれない。

イアソンはイアソンでメディアリリィを恐れており、門番をやらされようが、目の前でメディアリリィと葛木がいちゃついてようが何も言わず黙って耐えている。哀れだ。

「全員、仲間ねぇ…」

それができたら、苦労はしないのに。

 

『 もういっそ、旦那様が他の陣営のサーヴァントを奪ってしまうのはどうでしょう?』

 

『コルキスの魔女を連れて来ればよかったね。ルールブレイカーでさくっと契約解除して、仮契約を結ぶのが一番効率がいい。』

 

唐突に、思い出した。まるでそれが一番の最適解だというように、僕の頭に浮かんでは消える。

(…そんなこと、できるのか?)

ーーあいつなら、できるのだろう。たとえ強引に奪ったとしても、彼女に従うサーヴァントたちがそれを言い切ったのだ。時間は多少かかるかもしれないが、不可能ではない。

「なあ、ライダー。クラスは違えど、お前は神代の魔女メディアなんだよな?」

頭のてっぺんからつま先まで、彼女を見る。幼い少女だ。13歳ぐらいだろうか。まだ善悪もわからず、「幸せになりたい」「人を信じたい」「そのためならどんなことでも成し遂げる。」というサイコパスじみた行動理念で動く理不尽の象徴。

彼女はまさしく魔女だった。

「まあ、私は幼少期( リリィ)ですけれど、確かにメディアです。」

それが何か?というように、メディアは小さく笑う。

「なら…ルールブレイカーも、持っているのか…?」

賭けのような質問だった。

メディアリリィはきょとんとした顔で僕をみてから、可憐な笑顔を浮かべた。彼女の瞳は笑っていない。僕を信じていない。どこでそれを知ったのか、僕を責める目とは対極に、声は優しげだった。

 

「夜には、持ってますよ」

破壊すべき全ての符 ( ルールブレイカー)も、修補すべき全ての疵( ペインブレイカー)も、と笑顔で答えた。

今日、立香は拠点で『カルデアのメディア』を召喚する。ライダー( メディアリリィ)はそれを奪うつもりなのか。

いや、憶測だ。

「夜には」などと不穏なことを言ったことに対する真意はわからない。でもきっと、何か意味がある言葉だとわかった。

「ルールブレイカーを使えば、サーヴァント契約も切れるんだよね?」

「まあ、かなりざっくりですが概ねあってます。

ルールブレイカーは人を殺せない代わりにあらゆる魔術を初期化する能力を、ペインブレイカーはあらゆる呪い、魔術による損傷を零に戻す能力を付与した短剣です。」

魔術の初期化、と僕は呟く。令呪という魔術が初期化されれば、必然的にサーヴァント契約も切れる。

ならば、あとは再契約を結ぶだけになる。

「令呪の契約も、記憶も消せるのか。」

「消すというより、初期化ですが…まぁ、使い方によっては可能です。」

「記憶の改竄は?」

「ペインブレイカーはあくまで消すだけなので、一度記憶を消してから新たな記憶を植えつければ改竄も可能なのでは?」

そうか、できるのか。

この瞬間、僕がやるべきことは決まったも同然だった。きっと、賛同してくれるサーヴァントはいる。あの発言をした、清姫とエルキドゥなら、絶対に僕に協力するはずだ。バーサーカーとランサー。片方は神代の兵器だ。しかも両者ともに高火力のサーヴァント。

清姫に嘘つき扱いして燃やされる危険性もあるが、あくまで思考を誘導するだけに向ければ勝算はある。

「頼みがある、メディア。」

彼女の青い瞳を見つめた。無垢で、透明で、しかしながらよく見慣れた色を孕む瞳がなんでしょうと笑う。

「一度だけでいい。ルールブレイカーとペインブレイカーを貸してくれないか。」

聖杯戦争に敗れた僕ができることなんてそう多くはない。

ならば、せめてやれるだけのことはやってみせる。時間だってそう多く残されていない。

時間をかければかけるほど、脱落のリスクは上がるんだ。ならば、全ての陣営の令呪の契約を切りそれに伴うサーヴァントの記憶を消す。

「僕の計画に、三騎士同盟( 衛宮たち)は邪魔だ。」

「計画内容次第ですね!」

メディアリリィがコロコロ笑う。僕の計画を告げると、メディアリリィはなるほど、と呟いてから僕を見た。そして「それは名案ですね!」と笑った。

「清姫やロビンフッド。燕青はどうかわからないけど……きっと、あいつのサーヴァントも協力してくれると思うんだ。」

「それなら成功率は高いですね!

対価はあなたのマスターが持つマナプリズムでいいですよ。」

高密度なマナを込めた物体、あれは滅多にないものですから。と楽しそうに、歌うように笑った少女に、「もちろん。」と僕は自信ありげに答えた。

「…ちゃんと調達するさ。」

入手経路を考えなくては。でも、今それは関係のないことだ。

「ねえ、間桐慎二さん。」

初めて、この魔女に名前を呼ばれた。無垢な瞳に写る自分がやたらと寂しい顔をしていて。魔女は、語る。

「あなたはレイシフトの仕組みを知ってしまったのですね。」

……。

「ほとんど知らないさ。ほんの少し、取るに足らないことを知っただけ。」

メディアはそうですかと微笑む。僕はそれがどうにも薄寒く感じた。

「大丈夫。あなたは、きっと忘れない。」

「……そこまで知ってるのかよ。」

そうだよな、と鼻で笑う。もともと、立香の敵であったというのだから、彼女の旅にまつわるそれらを知っていてもおかしくはない。

「他の人は忘れてしまうかもしれませんが、あなたは大丈夫。」

「僕を慰めてるつもり? そう言うの、うざいよ。」

「いいえ、だって真実だもの。」

僕の言葉はきっと彼女に届いてない。だから、不気味な笑顔のまま少女は言葉を紡ぐ。

「それがある限り、あなたは大丈夫ですよ。」

にこりと、僕の胸元指して笑った。僕はどきりとして手を胸元に当てた。正式には、服の下にあるペンダントを服の上から握った。

「物は時間を超える。ときには、世界すら超えて渡るもの。

それを手放さない限り、大丈夫です。

忘れても、思い出す。忘れなくても思い出す。

物とは、触媒とはそういうもの。」

触媒? こんな安物が?

だけど、メディアは笑う。

「すこし、貸してください。」

加護を与えてみます、と。水に浸したウサギの皮のようなしなやかな指先が、ペンダントを指していた。

躊躇。好奇。不安。期待。

結局僕は、彼女にペンダントを差し出した。手のひらに置かれた二つの石は、白魚の手に包まれ、握り込まれる。メディアはそのまま胸に抱いて、朗々と詠唱をする。古代ギリシャ語の発音は、一部聞き取れなかった。

「moira chrismos. paron、mellon.

自由の石よ。時を超えてなお、彼の者を守りたまえ。

守り石となり、持ち主の大切な記憶を守りますように。」

魔術式が浮かんで、圧縮していく。なんの変哲もないただの石が、魔女の魔術により聖遺物となっていく。

「勝利と幸運を運ぶ石よ。自由の石の対の石よ。

どんな逆境に立って打ち勝つ強さを、持ち主に与えますように。」

魔法陣が収束する。パチパチと幻想的な光が、線香花火のように弾けては輝く。

美しい魔術に目を奪われていた。魔術が終わったことに気づかないほど。

「どうぞ。これで安心しましたか?」

「ああ、ありがとう。」

石は、心なしかずっしりと重い。気休めかもしれない。だけど、大魔女が魔力を込めたこの石ならばと、期待する。

「この特異点が修復されたって、あなたは絶対にリツカさんを忘れません。

だって、愛は最も簡単で強力な魔術なんですから!」

先ほどまで年相応に歯に噛んでいた恋する少女は、次の瞬間年不相応に美しく笑う。

「だから、ちゃんと、“もう片方を”マスターさんに渡さないとダメですよ。」

「ああ、わかってるさ。」

その時、ポンと肩を叩かれた。背後にはいつのまにか葛木が立っている。その隣にはイアソンも。

いつのまに、と息を呑む。葛木はなんでもないような顔をして首を傾けた。

「待たせた。それでは行くとしよう。」

「はい、宗一郎様!」

「私を無視するな!」

葛木の腕に抱きついたメディアに、イアソンが叫んだ。

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