Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント 作:蔵之助
投稿しようか迷ってたんですが、待ってくれている読者がいるとわかって勇気が出ました。コメントありがとうございます
「なんだこれ、どう言う状況だ?」
イアソンの声が、やたら静まり返った部屋に呑気に響いた。
【聖杯戦争五日目、昼】
ライダーと葛木を伴って帰宅して、一番初めに目にしたものは青みがかった黒と赤銅、そして金色の頭だった。次に見えたのは向かいに座る流れるような銀髪。その隣に赤銅よりも少し黄味が強い見慣れた夕日色。
「あら、ようやく帰宅かしら?」
赤い瞳が慎二を移す。可憐な少女のソプラノ。思わず漏れ出たため息。
「これは、どういうことだリツカ?」
「あはは〜」
尋ねた少女は曖昧に笑う。
イリヤスフィールがいるのはまだわかる。先日拠点が襲撃されたので、アインツベルン城からこの間桐慎二邸に拠点を移したからだ。だが何故、衛宮と遠坂がリビングにいる?
ダイニングテーブルは部屋の隅に寄せられ、どこから出したのか座布団と大きめのちゃぶ台が鎮座していた。(多分、全員を座らせるのに、椅子が足り切ったのだろう。)
「説明しろ!!」部屋に響く怒声。両手で耳を塞いで、リツカが「ごめんごめん」と苦笑いを浮かべた。
「おかえり慎二」
「ただいまーーーじゃなくて!
なんでいるんだ! 敵だろこいつら!」
「まーまー落ち着いて」
「落ち着けるか!」
荒れ狂う僕を宥めるようにリツカが手のひらを向けた。「敵じゃないよ」と簡潔に一言。
「それに、色々あって今は味方だから大丈夫」
「そうよ。私たちはあなたたちルーラー陣営に同盟を申し込みに来たのよ」
偉そうに、遠坂が胸を張る。
「(何様だこいつ。)」
率直な感想だった。
やたらドヤ顔の遠坂の隣に、衛宮の気まずそうな顔とセイバーの不服そうな顔が横並ぶ。本当にこいつら何しに来やがった。嫌ならさっさと帰れというのが僕の素直な気持ちだ。
「昨日の一件、あんただっておかしいと思ったんでしょう?」
「当然だろ」
むしろこちらが被害者だ、と舌を打つ。「う、うるさいわねっ!」遠坂が吃って目を逸らした。
「言っておくけど、私は反則をしたわけではないわ。
聖杯戦争は争うもの、その勝利がどんな形であれ、勝者であることには変わりないでしょ?」
「はっ! 魔術師らしい理論ご苦労様。なら同盟なんて必要ないね、さっさと帰れば?」
「ぐぅ……」
唇を噛んで悔しそうに、上目遣いで睨む遠坂に迫力なんてものはないし、魔術師らしい威厳もない。
もう何も言えない遠坂に変わり、衛宮が口を開く。
「昨日も言ったけど、俺たちはたしかに言峰に言われてバーサーカー陣営の救出のためにあの場に行ったんだ」
「そこからしておかしいだろ」
「まあ、今考えればそうよね」
神妙な顔で少女たちは頷き合う。視線が混ざって、色が錯綜するような。そんな不思議で奇妙な感覚に襲われて、僕はなんとなく視線をリツカに固定した。
「改めて情報を整理させて。
昨晩、バーサーカー陣営を襲撃したのはあんたたちルーラー陣営とは別の第三者で間違いない……それも、アーチャークラスのサーヴァントで間違いはないのね?」
「ああ、間違いないね」
「そして、そのサーヴァントはタイミングを見計らったように消えた。そうよね?」
「ああ、『仕込みは上々』と言っていたからね。君たちが来たのは彼らの筋書き通りなのだろう」
「そして、そのアーチャーのサーヴァントは……本当に、ギルガメッシュ王で間違いないの?」
「ああ、僕が保証しよう」
エルキドゥの証言に遠坂は完全に沈黙する。彼が「……そうだ。彼にそれを知らせに来た男のことを、ギルは「キレイ」と呼んでいたよ」と付け加えたのを俯きながら聞いていた彼女は小刻みに震えていた。
「じゃあ、第二のアーチャーと言峰綺礼は共犯ということで間違いないのかしら?」
「その認識で間違いはないと思うよ。まあ、あのギルガメッシュ王は「彼らしくなかった」けれどね」
マーリンが口角を上げて薄く笑う。言葉をつなぎ合わせるように復唱して、イリヤは薄く唇を引き伸ばす。指で唇を触れるようにかくしながら、「くすり」。
「ふぅん、これは決定かしら?」
「ええ」
イリヤフィールの声に、遠坂が続く。
「言峰綺礼とアーチャー・ギルガメッシュは共犯。私たちは、言峰綺礼に嵌められたのよ」
夕暮れ前の、強烈な日差し。ほんの少し赤みを帯びた太陽が、彼女を後ろから照らしている。夜はまだ来ない。
「同盟とまでは言わないわ。休戦協定を結びましょう。監督役の言峰がこちらを裏切っている以上、この戦争が正しく運用されるとは思えない。
あなたたちにもその方が都合がいいのでしょう?」
「まあ、そうね」
「イリヤも、それでいい?」
「まあいいわよ。だいたい、貴女たちに保護されてる身で文句言えるわけないでしょ?」
「はは、ありがとうイリヤ」
正反対な容貌の少女が二人、顔を見合わせて頷き合う。
「その同盟、歓迎するよ。よろしく、アーチャーとセイバーのマスター」
「凛でいいわ、ルーラー」
リツカが差し出した手を遠坂がとる。手のひらが重なり握りられた。友好はなされた。
「だけど、一つだけ聞かせて欲しい。あなた、本当は何者なの?」
力がこもる。きつく握られた手は、逃がさないという彼女の意思表示。
俄かに殺気だった己のサーヴァントを「私は大丈夫だから」の一言で止めて、立香が小さく息を吸う。向き直る。遠坂は語るのをやめない。
「セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、ライダー、アサシン。ただでさえルーラーという第八の陣営があるのに加えて、さらにイレギュラーな二騎目のアーチャー。
一つの聖杯戦争に九つのサーヴァントが召喚されて聖杯戦争に参加してる。ありえない、イレギュラーにも程がある!
完全にチャートが狂ってるわ」
遠坂が立香を睨む。「私はまだ、あんたたちを信用できない」と同盟を申し出たその口で断言して。
「私からすれば聖杯の汚染っていうのもあなたたちが聖杯勝ち取るための方便としか思ってない。
でもね、言峰綺礼はもっと信用できない!
だったら、ちょっとはマシなあなたたちと組む」
「その割には、態度がなってないんじゃない?
遠坂の当主さん?」
「あら?
アインツベルン様には少し刺激的だったかしら?」
軽口じみた挑発の応酬。「それで?」と尋ねた僕に、なぜかリツカが返答する。
「そういうわけで、今回の経緯について私は全ての情報を彼らに開示することを決めた。イリヤはその付き添い人」
「私はリツカの同盟者だもの、同席するのは当然でしょ?」
衛宮も頷く。これはもう確定事項なのだろう。しかし、僕にはまだ疑問が残る。
「桜はどうしたんだよ。あいつ、ランサーのマスターだろ」
「アンタに桜は会わせない」
きぱり。遠坂が答えた。殺意が混じった鋭い視線で「アンタだけには、あわせない!」と。
「アンタが今まで桜にしてきたこと、私が知らないと思った?」
どきりと、心臓が跳ねた。さっき折り合いがついたばかりでまだ複雑な内心が、ミキサーにかけた牛乳みたいに泡立って膨張しているような、そんな心境。
「私は、アンタを許さない。間桐の家から出たアンタに、桜を会わせるなんて絶対しない」
「許されるなんて思ってないさ」
無意識に、そう言っていた。口が滑って、言葉が連なっていく。
「僕は、自分がしたことが悪だと知ってる。だけど、僕だけが悪かったと思ってない」
まだ、僕の心の中に残っていた不満の残滓が音になっていく。あと1日あれば消化できた感情が沸々沸騰して、爆発するような。
「お前に、僕の気持ちがわかるか?
留学から帰ってきたら、ただでさえ壊れてた家族がさらに壊れてたショックが。
酒浸りだけど僕には優しかった父が、片手をなくして廃人同然になってた衝撃が。
帰ってきたら、僕の代わりに知らない子どもがいた驚愕が。
透明人間のように暮らす家は、僕にとって地獄だった。
僕の居場所はあの家になかった。それでも、僕が正気を保っていられたのは、僕が間桐の後継者であり、魔術は使えなくても選ばれた存在だと自分に言い聞かせてたから」
その誇りすら、桜に奪われてたって知った時の僕の気持ちを、お前に理解できるのか。そう告げられた遠坂は「私だって!」と叫ぶ。知っている。お前も聖杯戦争で父を失っていることくらい。母が廃人になったことくらい。でも、お前は一人ぼっちになれたからまだ救いがあっただろう。敵も味方もいなくなった方がきっとずっとマシなんだ。
僕は、敵しか残らなかった。
「遠坂、お前は僕ばっかり責め立てるけれど、そもそもお前の父親が桜を
「違う、違う!
お父様は、遠坂はっ! 盟約を盾に間桐に桜を奪われたの!」
「違うね!
僕はもう真実を知った。十年前の、第四次聖杯戦争の裏事情をね。
桜には、悪いことをしたと思ってる。もっと早く知ってたら、僕だって……」
まあ、今更言っても仕方がないことだけれど。
「桜が望むなら、僕はあいつに償うさ」
ありえないような言葉を、自分が吐いていることに。一拍おいてから気づいた。
静まり返る室内。人間の息遣いだけが聞こえる。
「ちょっと待ってくれ」
不安に揺れる声が、どぽん。
静かな水面に石を投げるように静寂の中に投げられた。
声の主は、衛宮士郎は。青い唇で震える声を投げ落とす。
「十年前に、第四次聖杯戦争が開催されたってどういうことだ……?」
「は?何言ってんだお前」
そこまで言って、はた、と。気付いた事実は誰にとっても残酷すぎて、まさか、そんなと。疑問符ばかり頭の中で踊っていた。
「衛宮、お前まさかーーー」
僕が「何も知らないのか?」と聞く前に、イリヤスフィールが「ねえ」と尋ねる。一番、この真実が残酷に聞こえる相手が、氷柱のように冷たくて鋭い声で。
「ねえ、衛宮士郎。あなたは、キリツグから何も聞いてないの?
ほんの、少しも?」
「じーさんになんの関係があるんだよ。あの人も関係あるのか?」
イリヤスフィールの表情があからさまに固まって、それから「そう」と落胆する。
眉間に皺が寄った、一見怒っているようにも見える彼女の表情。泣きそうな彼女の手を、リツカが握った。
黙り込んだイリヤスフィールに代わって、僕が代弁する。
「関係あるも何も、衛宮切嗣は前回のセイバーのマスターじゃないか」
きっと、衛宮が気づかないふりをしていた真実。触れたそれは狂気かもしれない。どう言うことだと呟いたのを、僕の耳は確かに聞いた。
「なあ、本当なのかセイバー」
「……ええ」
全部本当です。暗い声とたしかな嘆き。再び世界が凍りつく。
そんな地獄のような静寂を切り払う音が響く。立香が拍手を打ち鳴らす。
「一回こんがらがってきたからさ、整理しよう」
引き攣った、下手くそな笑顔。
ロビンフッドがブリーフィング用のホワイトボードを運んできた。しっかりと今まで書いた相関図とは反対側の面を表にして。
「じゃあ、まず私たちの正体から説明するよ。いいよね、慎二」
「ああ、好きにすればいいじゃないか」
不機嫌な態度でそういえば、リツカは「わかった」と頷く。まだぎこちなさが残る空間の中で、時間が解凍されて動き出す。
「あなたたちの正体って?
本当のクラスがルーラーじゃないってことかしら」
「うん、それもそうだけど、もっと重要な秘密」
リツカがイリヤに目配せをする。殺意は未だ瞳に孕みつつも、ほんの少し頭の調子を取り戻したイリヤが「話せば?」と、無言で顎をしゃくって了承した。すう、と息を深く吸う。
「まず、あなたたちに謝らなくちゃいけない。
私は、『第五次聖杯戦争に参加しているサーヴァントじゃない』」
「でしょうね」
なら、あなたは何者なの?
尋ねられて、リツカはーーー藤丸立香は、まっすぐ彼女の目を見つめた。
「驚かないで、聞いてほしい」
みんな、リツカに注目していた。目を瞑っていた彼女が、見開く。まつ毛の下から現れた黄金色の瞳が世界を写す。
「私は、ルーラーでもなければサーヴァントでもない。
私は、2017年の未来からやってきた13年後の未来人。わかりやすくいえば、タイムトラベラー、時間警察みたいな感じの人間です」
案の定、部屋の空気は再び硬直した。部屋の、と言うよりも遠坂凛が固まった。
「時間遡行?」
ワナワナと震える唇。「うそよ」と首を振って、堰を切ったダムのようにわぁっと言葉が氾濫する。
「タイムトラベラー? 未来人?
ありえないわ。時間旅行なんて、第五魔法の域じゃない!」
『いいや、限りなく近づいているが厳密には違う』
現れたホログラムに「今度は何!?」と驚く。「カルデアからの支援だよ」とリツカが教えたあとも、遠坂は何故かホログラムに怯えていた。そういえば、機械音痴だったか、あいつ。
ダヴィンチとホームズが遠坂に説明をするのをぼんやりと眺めながら、そんなことを考えた。
『……つまり、レイシフトとは肉体ごと特異点に行くわけではない。
マスターを一度情報まで分解し、特異点に送信。観測した特異点で肉体を再構築し、カルデアから彼女を観測し続けることで存在消失を回避する。
我らがカルデアのレイシフトシステムの仕組みはこんなところだ』
「肉体の情報化!?
一度分解して再構築するなんて死ぬようなものよ。正気じゃない!」
『ところがどっこい!
こちらもそんなことは百も承知さ。
だから、立香ちゃんなのさ。彼女はカルデアのシステムを使わず、レイシフトを単独成功させることも可能な脅威のレイシフト適正100パーセントのマスターだ。
過去、異世界、心象世界。ほとんど全てに干渉できる。いうならば、夢渡りのような存在さ!』
弾んだ調子で美女が告げる。初めて聞いたとリツカが目を丸くする。
「レムレムにそんなかっこいい能力名的なのあったんだ……」
「ちょっと待てーーい!」
思わず、と言ったように。ツッコミをいれた遠坂が立香に食ってかかる。僕はなんか喉が渇いてきたらキッチンに向かう。冷蔵庫に炭酸の500mlペットボトルがひとつ。誰のかわからないが拝借しよう。文句を言われたら買い直せばいい。
「むしろ何であんたが知らないのよ。今までなんだと思ってたのワケ?」
「あー、何というかですね……レイシフトしすぎてレムレム癖みたいなのがついちゃったのかなぁって」
「神秘の一端がそんな軽い理由なワケないでしょ!」
信じられない、と頭を抱える。その後も情報の開示は続き、そのたびに遠坂が口を挟んで話が逸れてを繰り返し。ようやく全て話し終えた時、なんだかすごく疲れていた。
「ほんとう、信じられない……っ!」
頭を抱えた少女はなかなか絵になるけれど、今ではただのギャグ要員にしか見えなくて。心境の変化に改めて驚いた。僕は、どれほど魔術師という存在にコンプレックスを抱えていたのだろうか。考えるだけでぽんぽん湧いてくるから、根は深い。けれど、それも受け入れて前を向かなくてはいけない。
ふと、遠坂が「そうだ!」と顔を上げた。視線の先にはメディアがいる。
「というか、ライダー!
魔力足りてるならなんで民間人誘拐してんのよ!」
「?」
首をかしげた彼女と、「なんのことだ?」と眉を寄せたイアソン。
「柳洞寺周辺の失踪事件はライダーの仕業じゃないのか?」
「私たちはもう魂喰いなんてしてませんよ?
まあ、マスターさんに会うまではちょっと拝借してましたが」
今では必要ありませんから、と。穏やかに告げる少女は「多分、皆様がいう失踪事件は私とは別件ですね」と微笑む。
「心当たりはあるの?」
「ええ、まあ」
「アンタが犯人じゃないなら、誰がやってるのよ」
ボソリと文句を言った遠坂の声を拾って、メディアが言を紡いだ。
「犯人はまだちょっとわからないんですけど、行方不明の方々にならすでに皆さん出会っているじゃないですか」
なにを、言っているのだろう。だけれど少女は純粋無垢に微笑み告げた。罪悪感など微塵もなく。
「先日、穂群原高校を襲った魔獣やラフム。あれらの材料は人間です」
そんなに気になるなら、あれらの胎に行きますか?
狂気の一言に誰もが息を飲んで、ホログラムの向こうが慌ただしく動く。
第七特異点、ティアマト、ケイオスダイト。聞こえる言葉を僕は知らない。だけど、ただ漠然と。
この聖杯戦争が終局に向かっているのだと理解した。